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1 プルシアンブルー型錯体のナノ粒子を活用した放射性 Cs 汚染焼却灰処理 産業技術総合研究所 材料化学領域 ナノ材料研究部門 川本徹 * 、髙橋顕、Durga Parajuli、南公隆、田中寿 放射性セシウムを含有する焼却灰の減容化に関し、セシウム吸着材を活用し、開発した技術を 紹介する。そのコア技術は、プルシアンブルー型錯体ナノ粒子の高いセシウムイオン吸着能を利用 した吸着材である。その技術は、放射性セシウムを再飛散させない焼却方法、焼却灰から効率的に 放射性セシウムを抽出する方法、抽出したセシウムを吸着材により回収する方法、使用後の吸着材 を安定的に管理する方法からなる。また、本技術を活用した場合のコスト低減効果についても紹介 する。 1. 背景 2011 年の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子 力発電所からの放射性物質漏えい事故は、福島県を中心に、 東北、関東に渡り、広く環境中に放射性セシウムの汚染を 引き起こした。政府は放射線量が 0.23 Sv/h を下回るよう 除染を実施することを決定した 1 。また、環境だけでなく、 都市ごみや下水汚泥の処理から生じる廃棄物にも放射性 セシウムが混入し、その処理に困難が生じた 2 。これらの 問題に対し、産総研は高性能放射性セシウム吸着材である プルシアンブルー(PB)ナノ粒子(NP)をコア技術とし、様々 な技術開発を行った。 PB が放射性セシウムをよく吸着することが知られた のは 1950 年ごろである。最初は放射性廃液中で PB やその 類似体を合成したところ、セシウムイオンを取り込んで生 成することが報告された。その後、事前に合成した PB セシウムイオン(Cs + )の水溶液に浸しても Cs + をよく吸着す ることが分かった 3 。福島第一原発事故より以前に、PB 放射性セシウム対策に使用された例としては、米国の原子 核研究施設における廃液処理 4 、チェルノブイリ原発事故 後に、乳牛への餌に混ぜて牛乳中のセシウム濃度を低減さ せたこと 5 、被爆した患者への投与による生物内半減期の 低減 6 、原子力発電所から生じる廃液の処理への利用 7 等が 挙げられる。また、福島第一原発事故直後にアレバ社が導 入した汚染水処理施設は NiPBA を汚染水中で合成するも のであった 8 * [email protected]. 2017 3 31 日公開。著作権は放棄しておりませんので、再利用ご希望の際は [email protected] までお問合せください。 除染目的では、産総研のほかに、大日精化、三菱製紙 9 、アタカ大機(現日立造船)、国立環境研究所および神鋼環 境エンジニアリング、 DOWA エコシステム 10 等、多数の企 業が PB を活用した除染技術を開発している。その中でも 我々の特徴は、材料のナノ粒子化と組成最適化による機能 向上に加え、焼却灰除染、ため池対策、環境水分析技術へ の応用など、幅広い用途に向けて実用化レベルまで技術を 発展させたことにある。本稿では、最初に材料開発につい て触れたうえで、この三つの技術開発についてその技術内 容を紹介していく。 2. 吸着材の構造最適化 我々の吸着材は PB 型錯体をベースとし、必要に応じ て粒状化や基材への担持等を施し、成型している。 Cs を吸 着するには、吸着する材料の原子レベルの多孔質構造で決 定される性能はもちろん、nm, m, mm レベルの多孔質構 造も極めて重要である。なぜなら、吸着材料に迅速 Cs 到達するためには、そこに至る経路が必要だからである。 そのため我々は、材料のみならず、図 1 に示す通り、 nmmm の構造を多段階に設計している。 PB 型錯体の組成式は AyM[M’(CN)6]xzH2O と書ける。 ここで A Na + ,K + などの一価陽イオン、M,M’は遷移金属 を示す。結晶構造は図 2 に示すように M,M’の間を CN 架橋する形になっており、約 0.5nm の大きさの空隙ネット ワークを形成している。セシウムイオン Cs + は、Na + ,K + のイオン交換によって吸着することが多いが、 H2O 中の H +

プルシアンブルー型錯体のナノ粒子を活用した放射 …...1 プルシアンブルー型錯体のナノ粒子を活用した放射性Cs汚染焼却灰処理 産業技術総合研究所

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1

プルシアンブルー型錯体のナノ粒子を活用した放射性 Cs汚染焼却灰処理

産業技術総合研究所 材料化学領域 ナノ材料研究部門

川本徹*、髙橋顕、Durga Parajuli、南公隆、田中寿

放射性セシウムを含有する焼却灰の減容化に関し、セシウム吸着材を活用し、開発した技術を

紹介する。そのコア技術は、プルシアンブルー型錯体ナノ粒子の高いセシウムイオン吸着能を利用

した吸着材である。その技術は、放射性セシウムを再飛散させない焼却方法、焼却灰から効率的に

放射性セシウムを抽出する方法、抽出したセシウムを吸着材により回収する方法、使用後の吸着材

を安定的に管理する方法からなる。また、本技術を活用した場合のコスト低減効果についても紹介

する。

1. 背景

2011 年の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子

力発電所からの放射性物質漏えい事故は、福島県を中心に、

東北、関東に渡り、広く環境中に放射性セシウムの汚染を

引き起こした。政府は放射線量が 0.23 Sv/h を下回るよう

除染を実施することを決定した 1。また、環境だけでなく、

都市ごみや下水汚泥の処理から生じる廃棄物にも放射性

セシウムが混入し、その処理に困難が生じた 2。これらの

問題に対し、産総研は高性能放射性セシウム吸着材である

プルシアンブルー(PB)ナノ粒子(NP)をコア技術とし、様々

な技術開発を行った。

PB が放射性セシウムをよく吸着することが知られた

のは 1950 年ごろである。最初は放射性廃液中で PB やその

類似体を合成したところ、セシウムイオンを取り込んで生

成することが報告された。その後、事前に合成した PB を

セシウムイオン(Cs+)の水溶液に浸しても Cs+をよく吸着す

ることが分かった 3。福島第一原発事故より以前に、PB が

放射性セシウム対策に使用された例としては、米国の原子

核研究施設における廃液処理 4、チェルノブイリ原発事故

後に、乳牛への餌に混ぜて牛乳中のセシウム濃度を低減さ

せたこと 5、被爆した患者への投与による生物内半減期の

低減 6、原子力発電所から生じる廃液の処理への利用 7等が

挙げられる。また、福島第一原発事故直後にアレバ社が導

入した汚染水処理施設は NiPBA を汚染水中で合成するも

のであった 8。

*[email protected]. 2017 年 3 月 31 日公開。著作権は放棄しておりませんので、再利用ご希望の際は

[email protected] までお問合せください。

除染目的では、産総研のほかに、大日精化、三菱製紙

9、アタカ大機(現日立造船)、国立環境研究所および神鋼環

境エンジニアリング、DOWA エコシステム 10等、多数の企

業が PB を活用した除染技術を開発している。その中でも

我々の特徴は、材料のナノ粒子化と組成最適化による機能

向上に加え、焼却灰除染、ため池対策、環境水分析技術へ

の応用など、幅広い用途に向けて実用化レベルまで技術を

発展させたことにある。本稿では、最初に材料開発につい

て触れたうえで、この三つの技術開発についてその技術内

容を紹介していく。

2. 吸着材の構造最適化

我々の吸着材は PB 型錯体をベースとし、必要に応じ

て粒状化や基材への担持等を施し、成型している。Cs を吸

着するには、吸着する材料の原子レベルの多孔質構造で決

定される性能はもちろん、nm, m, mm レベルの多孔質構

造も極めて重要である。なぜなら、吸着材料に迅速 Cs が

到達するためには、そこに至る経路が必要だからである。

そのため我々は、材料のみならず、図 1に示す通り、nm~

mmの構造を多段階に設計している。

PB 型錯体の組成式は AyM[M’(CN)6]xzH2O と書ける。

ここで A は Na+,K+などの一価陽イオン、M,M’は遷移金属

を示す。結晶構造は図 2 に示すように M,M’の間を CN が

架橋する形になっており、約 0.5nmの大きさの空隙ネット

ワークを形成している。セシウムイオン Cs+は、Na+,K+と

のイオン交換によって吸着することが多いが、H2O 中の H+

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2

と交換する場合もある 11。構造最適化を行う場合、A,M,M’

の種類に加え、x,y,z の組成比もある程度制御可能であり、

それらを用途に合わせてそれらを最適化していく。

図 1. 吸着材中の多段階多孔質構造の模式図(Reproduced

with permission from RSC)12

図 2. プルシアンブルーの結晶構造とその最適化

放射性セシウム吸着材の場合、吸着容量などの Cs+の吸着

能に加え、水中へのシアンの溶出の低減、高温下での安定

性、価格なども考慮に入れて最適化を行った。PB として

は、顔料として市販されている紺青とは異なる

Fe[Fe(CN)6]0.75という組成を選択した。これは Cs の吸着容

量を大きく増加させることができるためである 11。また、

PB に加え、銅置換 PB 型錯体(CuPBA)を吸着材として選択

した。Cu置換により、吸着容量をさらに高めることができ、

安定性も高いためである。NiPBA コバルト置換体(CoPBA)

はさらに高性能が期待できるが、ニッケル、コバルトがレ

アメタルであり、コスト上課題が発生する可能性が高く、

使用を見送った。

次に nm スケールの構造最適化のため、我々は、関東

化学(株)と連携し、ナノ粒子化技術を確立した。ナノ粒子

化により、吸着速度の向上が見込めるうえ、溶媒に分散さ

せインク化、または懸濁液とすることで各種成型が容易に

なるためである。ラボレベルではマイクロミキサーを使用

したナノ粒子の精密合成技術を確立した 13。実際、マイク

ロミキサーにより合成した CuPBA はバッチ合成したもの

に比べ粒径は小さくばらつきもない(図 3)。Cs容量も高く、

吸着速度はバッチ合成品の 7.7 倍を達成した。製品化する

場合は、必ずしもナノ粒子の性能が必要であるわけではな

いが、この精密合成は材料開発には極めて重要である。バ

ッチ合成では、単一の組成、構造の合成が困難であり、最

適化の検討が難しい。つまり、精密合成は結果として不要

であることもあるが、開発時には極めて重要なツールであ

る。

m 以上の構造については、粒状化 12,14–16と、不織布 17–

21や綿布 22などの基材への担持を行った。前者については

関東化学(株)と、後者については(株)日本バイリーン、ユニ

チカトレーディング(株)等、多数の企業との共同研究によ

り実現した。粒状体は PB あるいは PB 型錯体の含有量が

高く、高い吸着容量を維持できることが特徴である。一方、

担持体は高速な吸着速度が期待できる。粒状体であっても、

mm スケールなどの高次多孔質構造を制御することにより

高速化は可能である 12。

図 3. マイクロミキサー合成とバッチ合成で作成した

CuPBA の電子顕微鏡像(Reproduced with permission from

RSC)13

図 4. PB-NP の粒状体(左、関東化学製)および担持不織布

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3

(右、日本バイリーン製)23

3. 吸着材の放射性 Cs吸着能

吸着材の構造最適化において、当然ながらもっとも重要

なことは放射性 Cs の吸着力である。図 5 に灰洗浄水およ

び純水に Cs を溶解させた水溶液に様々な固液比で吸着材

を添加し、1 時間攪拌した時の Cs 吸着率を示す 24。例えば

V/M=5,000(L/kg)は 200ppmの濃度で吸着材を添加したこと

を表している。純水 Cs 水溶液の場合であっても、PB-NP は

顔料として販売されている PB の市販品や、ゼオライトに

比べ十分高い吸着力を示すが、その差は灰洗浄水でさらに

広がる。PB-NP の 11mm粉末は、灰洗浄水でも吸着率にほ

ぼ変化はないが、ゼオライトは 20%まで落ち込む。これは

灰洗浄水には Na+, K+などの Cs と同様のアルカリイオン

の濃度が高く、選択性の低い吸着材では性能が落ちるため

である。

図 5. 灰洗浄水および純水で作製した Cs 水溶液に 1,000

ppmの濃度で吸着材を添加した時のCs吸着率。11m, 60m

は粉末の二次粒径を示す。14

また、吸着特性とともに、実用化で重要なことに、吸着

材からの溶出が挙げられる。特に PB およびその類似体は

内部にシアノ基を有するため、シアンの溶出の確認が必要

である。図 6 に PB-NP および CuPBA の粒状体を用いた

Cs 吸着試験前後の pH の関係を示す 15。全 pH 領域で吸着

能に大きな違いはないが、溶出は初期 pH の影響がある。

PB は酸性領域でのシアン溶出量が小さく、CuPBA は弱酸

性~弱アルカリ性での溶出が少ない。このことから、液性

によって適切な吸着材を選択することが望ましい。ただし、

何らかの理由でシアンが溶出する pH 領域での使用が必要

になった場合でも、溶出するイオンはヘキサシアノ鉄イオ

ン([Fe(CN)6])であり、後段にその吸着カラムを設置する

対応法もある 25。

図 6. PB-NP および CuPBA-NP の粒状体の吸着試験前後の

pH 変化と液中全シアン濃度 15。

4. 焼却灰除染技術

4.1. 背景と概要

環境中に放出された放射性 Cs の一部は、人間活動の中

で移動し、その一部は都市ごみや下水汚泥などの廃棄物に

混入する。それらは焼却場などで焼却され、放射性 Cs 濃

度の高い焼却灰となるケースがある。現在でもそれらの焼

却灰の最終処分に向けた処理法は決まっていない。また、

除染作業で発生する可燃性汚染物も焼却されるため、そこ

でも放射性 Cs を含有する焼却灰が発生する。

この問題を解決するため、様々な企業、研究機関が技術

開発を行ったが、我々も PB-NP を利用し、焼却から廃棄物

管理までを一貫して技術を確立した。図 7 にそのスキーム

を示す。可燃性の放射性 Cs 汚染物はまず Cs が飛散しない

方法で焼却する。生じた焼却灰を洗浄することにより、放

射性 Cs を抽出する。洗浄後灰は放射性 Cs 濃度が低下する

ため、管理が簡便となる。抽出液中の放射性 Cs は PB-NP

を利用した吸着材により回収する。ここで重要な点は、本

吸着材の高い吸着容量と選択性である。抽出液は塩濃度が

高く、選択性の低い吸着材では放射性Csを回収できない。

吸着材はそのまま保管しても問題はないと考えると、数千

年といった長期管理が想定される場合は、酸化物などの分

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解しない物質に変換することにより、より簡便な保管も可

能である。次節から、各要素技術に関し、詳細を紹介して

いく。

図 7. 可燃性放射性 Cs 汚染物およびその焼却灰の処理ス

キーム 23

4.2. 焼却技術

日本国内の焼却炉はダイオキシン対策などの歴史から

極めて安全なものとなっており、放射性 Cs が排気中にほ

とんど検出されないことが知られている。しかしながら、

今後除染廃棄物などの放射性 Cs 濃度が高い場合について

もその安全性を確保するために、焼却から実証試験を行っ

た。

例として、1,000~2,000 Bq/kg 程度の放射性 Cs を含有す

る樹皮の焼却試験の結果を図 8 に示す 2。放射性 Cs は特

に排ガス処理装置であるバッグフィルタで回収される飛

灰での濃度が高く、樹皮中濃度が 986 Bq/kg, 2020 Bq/kg の

時に飛灰中濃度は 37,900 Bq/kg, 137,000 Bq/kg となった。

これは 38 倍、69 倍に濃縮されたことを示しており、焼却

前の濃度が低くても、灰中濃度が著しく上昇する可能性を

示している。一方、排ガス中には放射性 Cs は検出されな

かった。本結果は、バッグフィルタおよび HEPAフィルタ

を装備した焼却炉で実施したが、バッグフィルタだけでも

排ガス中の放射性 Cs 濃度は十分に低減しており、この程

度の装備でも十分に放射性 Cs の再放出が防げることが分

かった。

4.1. 放射性 Cs抽出技術

次に、灰を洗浄することによる放射性セシウム抽出する

ことを検討した。同様の技術は他機関でも実施しているが、

我々は幅広い焼却物および灰の種類、さらには薬剤添加に

よる抽出率の変化等も検討し、極力実用化に向けた技術の

確立を進めてきた。その一例を表 1 に示す。これは福島県

川内村で実施した試験で得られたものである。より多くの

放射性 Cs を抽出するため、塩化カルシウムを添加し、焼

却したところ、飛灰では 80~90%、主灰でも 60~70%の放

射性 Cs の抽出に成功した。また、これとは別に、下水汚泥

焼却灰については希酸による抽出を行ったところ、多いも

ので 91%の放射性 Cs の抽出を実現した 26。下水汚泥焼却

灰は粘土質が混入することから放射性 Cs の抽出率は低い

と考えられていたが、酸を使用することによって、抽出率

を向上しうることを確認した。

図 8. 樹皮(Bark)を焼却し得られる焼却灰の種類ごとの放

射性 Cs 濃度と排気ガス中放射性 Cs 濃度(Reprinted with

permission from ACS).2

4.2. 放射性 Cs回収技術

PB-NP および類似体の Cs 吸着能については、安定 Cs

を利用した基本性能の確認は 3 章にてすでに述べた。ここ

では放射性Csを利用した実証試験の結果を紹介する。我々

は福島県川内村での実証試験で、灰抽出水を PB-NP 粒状体

および担持不織布を充填したカラムに通水し、Cs 回収試験

を行った。その結果を図 9 に示す。カラムは図 4 に示し

たものを用い、その表面に線量計を設置した。図 9 右上図

は通水量に対するセシウム吸着率の変化であり、ある通水

量から吸着率が低減している。これは破過という現象であ

り、この結果から実際にこのカラムが使用できる通水量な

どを見積もることができる。ただし、本吸着材は極めて吸

着容量が大きいため、破過試験の実施には大量の水が必要

となり困難なため、本試験では安定 Cs を添加した加速試

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5

験を実施した。

今回の加速試験で用いた抽出水(放射性セシウム濃

度 876 Bq/L〔全て放射性セシウム 137 であると仮定して

算出すると 0.00027 µg/L〕、安定セシウム濃度 25 µg/L)の

場合、1 億 7,000 万 Bq/kg の吸着が可能であると結論付け

た。これは、本実験に用いた灰(放射性セシウム濃度

15.4 万 Bq/kg、76 %の放射性セシウムが水に抽出)の処理

に、灰の約 1,400 分の 1 の量の吸着剤で足りることを示し

ている。

表 1. 実証試験で実施した塩化カルシウム添加焼却試験に

おける、焼却物、焼却灰、Cs 抽出処理後の性状 23

図 9. 実証試験で行った放射性 Cs 吸着試験の結果。(左図)

通水による放射性 Cs 吸着と線量計による吸着挙動評価の

模式図(右上)通水による Cs 吸着率。(右下)カラム表面に設

置した線量計により測定した放射線量率 23。

4.3. 本技術の効果(廃棄物管理簡便化への貢献)

処理後の廃棄物としては、放射性 Cs 濃度を低減した

灰と、回収した放射性 Cs を吸着した吸着材、そして線上

に使用した水がある。

処理すべき焼却物と、処理焼却灰と使用済み吸着材の

重量、濃度の関係を図 10 に示す 23。例として 1,800 Bq/kg

の可燃性汚染物を焼却すると、主灰が 1.8 万 Bq/kg、飛灰が

22.6 万 Bq/kg と推測される。これを抽出処理することで、

それぞれ 4,100 Bq/kg、3.1 万 Bq/kg まで低減することがで

きる。放射性廃棄物の管理基準は 8,000 Bq/kg、10 万 Bq/kg

であり、それを超えることで管理が厳格になり、そのコス

トが上昇していく。つまり、灰洗浄を実施することで、処

理コストの低減が期待される。吸着材は 3.6 億 Bq/kg と高

い放射性 Cs 濃度となるが、4.4g と極めて少量であり、濃

度も一般的な原子力発電所の廃棄物基準で言えば、低レベ

ル廃棄物であるため、その管理コストに大きな問題は発生

しないと考えている。吸着材の管理技術については、よし

安全性を高める方法なども検討しており、詳細は 4.4 章に

て紹介する。

水は放射性 Cs を吸着材で除去しているため、通常の

排水処理で問題はない。また、処理水を再度利用すること

により、排水を最小限にすることもでき、さらにはその最

小限にした排水を蒸発処理することなどで、無排水での運

用も可能である。

図 10. 実証試験で得られた知見から推定される処理フロ

ーの一例 23

4.4. 使用後吸着材管理技術

前章までに紹介した通り、PBおよび PB 型錯体は極めて

高い Cs 吸着特性を示す。一方、その安定性には懸念の声

もある。その最大の理由は構造にシアノ基(CN)を有するこ

とである。シアン化合物は水に溶出した場合、その排水基

準は 1 mg(CN)/L であり 27、シアン化水素(HCN)として大気

中に放出されたときは作業環境評価基準として 3 ppmが指

定されている。PB は 300 年の歴史を持つ顔料であり、そ

の安定性は広く知られているが、本技術ではナノ粒子を使

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6

用していることもあり、改めて HCN の大気放出特性につ

いて検討した。

PB-NP 粉末の未使用乾燥分、湿潤させたもの、Cs を吸着

させたもの(89.5 mg-Cs/g-Ads)について、HCN の吸着がない

ことを確認したアルミバッグ中に空気/吸着剤比を 10 とし

て温度 25℃、24 時間静置したところ、アルミバッグ中の

HCN 濃度は 7.4 ppm, 1.8 ppm, 2.2 ppm となった。また、空

気/吸着材比の依存性は見られなかった。また、温度上昇に

よりHCN濃度は上昇傾向がみられた。これらのことから、

PB-NP からの HCN 遊離は化学平衡的な挙動を示すと推察

され、使用後吸着材は湿潤させたうえで密閉容器にて保管

し、温度管理がある程度なされることが望ましいと結論付

けた。

一方、CuPBAについて、実際に仕様が想定される造粒体

で同様の評価を行ったところ、60℃まで HCN は検出され

なかった。このことから、CuPBA の方が保管の観点からは

PB-NP に対し優位性があり、使用後もそのままの保管で問

題ないと結論付けた。

図 11. CuPBA ナノ粒子をアルミバッグに 24 時間封入した

後のバッグ内 HCN 濃度の温度依存性

一方、PB-NP はそのままの保管では、突発的な温度上昇

等など、保管環境管理の最悪なトラブルまで考慮すると、

周辺HCN濃度が上昇するリスクを完全には否定できない。

放射性廃棄物は、数千年以上に渡り保管する可能性もある

ことから、一般以上の安定性を求める傾向がある。これら

の懸念に対応するため、PB の安定保管法を検討した。

PB および PB 型錯体は金属とシアノ基の複合体である

ため、加熱酸化処理により金属酸化物とすることが簡便に

安定な構造に変換する方法と考えられる。しかし、その際

に課題となるのが、PB の大きな発熱量である。PB は Fe2+

を有するため、酸化時の発熱量が大きく、単純な方法では

温度の管理が難しい。吸着した Cs は、600℃を超えると揮

発放出される懸念がある。

これらの課題を解決するため、我々は過熱水蒸気を用い

た処理法を開発した(図 12)28。過熱水蒸気中で参加するこ

とにより、大気中のような急激な酸化は生じず、温度を十

分に制御した中での処理が可能となる。図 12(b)に処理後

の赤外吸収スペクトルを示した。500℃で処理すると、処理

物内にシアノ基に起因する 2100 cmのピークが消失して

いることがわかる。一方、CO3に起因するピークが現れ、

Cs は Cs2CO3として残留していると推測される。また、処

理時の排気ガスにはセシウムはほぼ含まれていないこと

も確認した。これより、吸着した Cs は炭酸塩として安定

に保管できると考えられる。

さらに、処理物を水洗した場合、ほぼすべての Cs が溶

出することを確かめた。この時に Na や K などの共存アル

カリイオンは Cs と同程度かそれ以下の濃度であった。こ

のことから、仮に炭酸塩として Cs を管理することが溶出

性の観点から問題である場合、処理物を水洗し Cs を溶出

させ、ゼオライト等の酸化物吸着材に吸着させて保管する

ことが可能であるこれらの結果を踏まえ、実際の処理法に

ついて考察した。処理を実施するためのシステムの例を図

13 に示す。放射性 Cs を吸着した吸着材は放射線量が高く、

その取り扱いには注意を要するが、作業者の被ばく線量を

計算しても、十分にこのシステムで実現可能と考えている。

図 12. (a)PB の過熱水蒸気による安定化の模式図。(b)処理

に用いた過熱水蒸気温度と処理後赤外吸収スペクトルの

関係 28。

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7

図 13. 吸着後の吸着剤過熱水蒸気安定化法の概念図

5. 処理コスト計算

ここまで述べてきた通り、我々は吸着材の材料開発から、

用途ごとの実施技術、さらには使用後吸着材の管理法まで

検討を行い、技術的にはほぼ確立されたと考えている。一

方、実際に実施するには、そのコスト低減効果が重要であ

る。我々は、焼却灰処理を例として、具体的なコスト低減

効果の試算を行った。

その際に重要になるのが、最終処分の在り方である。こ

こでは、10 万 Bq/kg 以上の汚染物については、原子力発電

所から発生する低レベル廃棄物と同様の管理であると仮

定した。

放射性廃棄物には L1-L3 の区分があり、除染廃棄物が該

当するのは L2 もしくは L3、10 万 Bq/kg 以下のものが L3

となり、それ以上のものが L2 となる 29。L2 はトレンチ処

分、L3 がピット処分となり、それぞれの費用は平成 26 年

度の日本原子力研究開発機構の埋設処分計画から 350万円

/トン、70 万円/トンと仮定した 30。3,000 Bq/kg 以下の廃棄

物については、一定の条件のもと土木資材等として再利用

が可能であり 31、廃棄費用は発生しないとした。

本処理法を施すことによるコスト低減要因は、焼却灰

の r-Cs 濃度低減により下のクラスに落とせることである。

一方、コスト増加要因は処理に要するコストと、新たに排

出される r-Cs 濃度が高い吸着剤の処分費用となる。よって、

本処分法の対象とするか否かは以下のコスト低減効果の

正負で考えることができる。

コスト低減効果= (処理後中間貯蔵保管費用

+処理後の灰最終処分費用)

- (処理前の中間貯蔵保管費用

+処理前の灰最終処分費用)

-{(処理コスト)+吸着剤保管費用

+吸着剤最終処分費用)}

この計算式で算出した各種処理法のコスト比較を表

2 に示した。例として焼却飛灰の濃度が 12 万 Bq/kg だっ

た場合、灰洗浄後放射性 Cs を PB で吸着、PB を過熱水蒸

気で安定化するケースが最も安価であると結論付けた。コ

スト低減効果の大半は飛灰濃度を下げ、その管理コストが

低減できることに起因する。つまり、飛灰濃度の濃度を下

げることにより、管理コストが低減できるならば、本技術

の活用は十分に意味があると記載される。

表 2. 飛灰処理法ごとの最終処分までを含めた飛灰1トン

当たりの費用比較。「PB 安定化」「ゼオライト直接」「固型

化」「未処理」はそれぞれ、飛灰洗浄後 PB 吸着+過熱水蒸

気による安定化処理、飛灰洗浄後ゼオライトにより直接吸

着、セメント固型化、未処理を表す。単位は千円.

PB

安定

ゼオラ

イト

直接

固型化 未処理

処理費用 ¥161 ¥186 ¥100 ¥0

中間

貯蔵

管理費

飛灰 ¥10 ¥10 ¥10 ¥10

吸着剤 ¥5.9 ¥51 ¥0 ¥0

最終

処分費

飛灰 ¥980 ¥980 ¥3,500 ¥3,500

吸着剤 ¥205 ¥1,785 ¥0 ¥0

総額 ¥1,360 ¥3,010 ¥3,610 ¥3,510

6. まとめと謝辞

本技術の確立には、幅広い協力が必要不可欠であった。

産総研内では、伯田幸也主任研究員および内田達也客員研

究員にはプラント設計、設置、管理に関し多大なご協力を

頂いた。保高徹生主任研究員に、特にコスト計算について

Page 8: プルシアンブルー型錯体のナノ粒子を活用した放射 …...1 プルシアンブルー型錯体のナノ粒子を活用した放射性Cs汚染焼却灰処理 産業技術総合研究所

8

ご協力いただいた。小川浩上級主任研究員にはカラムの線

量シミュレーションなどでご協力いただいた。その他、多

数の方に企業連携や実験実施の規程整備、特許戦略などで

お世話になった。外部では、関東化学、日本バイリーン、

東京パワーテクノロジー他多数の企業の協力があって初

めて本技術が確立できた。また、実証試験の実施について

ご協力いただいた福島県川内村の皆様に厚くお礼を申し

上げます。他にも、多研究機関・大学など研究機関の皆様、

政府・地方自治体の皆様など、本当に多くの協力を頂きま

した。ここで厚くお礼申し上げます。

公開履歴

2017/03/31 産業技術総合研究所ナノ材料研究部門にて初版開示

https://unit.aist.go.jp/nmri/ja/results/index.html

2018/01/09 一部文章を修正

2018/02/19 ナノ粒子機能設計グループ HP において公開

https://gtrgnriaist.blogspot.jp/2018/02/csin-japanese.html

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