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15 第1章 インダストリー4.0のコンセプト インダストリー 4.0 の本質とは、国家戦略として製造業の価値創造を実現す るための手段である。そのため、本章ではインダストリー 4.0 やサイバー・フ ィジカル・システム(CPS)など、グローバルに製造業で変革が起こる要因と 根本的な目標から議論を始め、「フライド・エッグ(目玉焼き)モデル」をベ ースに価値創造能力の観点について述べたい。 また、そこから事業変革の方向性について、課題が見えているのか・見えて いないのかの軸、解決するのか・回避するのかの軸で区分して論じる。最後に、 価値創造に向けたイノベーションを考察するための方法論を示したい。 1.1 なぜインダストリー 4.0 なのか? インダストリー 4.0 は、2011 年に行われたハノーバー・メッセ(ハノーバ ー国際産業技術見本市)において、ドイツによって初めて提唱された概念であ 6 。続いて、2013 年には「インダストリー 4.0 の推進に向けた提言」が発表 され、国際的な規模で第 4 次産業革命の開始の幕が上がったことが広く知られ るようになった。 第1章 インダストリー4.0 のコンセプト ~価値の創造~ 6 「Industrie 4.0」とは、2011年11月に公布された「High-Tech Strategy 2020 Action Plan(高 度技術戦略の 2020 年に向けた実行計画)」というドイツ政府の戦略的施策の 1 つである。

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15第1章 インダストリー4.0のコンセプト

インダストリー 4.0 の本質とは、国家戦略として製造業の価値創造を実現するための手段である。そのため、本章ではインダストリー 4.0 やサイバー・フィジカル・システム(CPS)など、グローバルに製造業で変革が起こる要因と根本的な目標から議論を始め、「フライド・エッグ(目玉焼き)モデル」をベースに価値創造能力の観点について述べたい。

また、そこから事業変革の方向性について、課題が見えているのか・見えていないのかの軸、解決するのか・回避するのかの軸で区分して論じる。最後に、価値創造に向けたイノベーションを考察するための方法論を示したい。

1.1 なぜインダストリー4.0なのか?インダストリー 4.0 は、2011 年に行われたハノーバー・メッセ(ハノーバ

ー国際産業技術見本市)において、ドイツによって初めて提唱された概念である 6。続いて、2013 年には「インダストリー 4.0 の推進に向けた提言」が発表され、国際的な規模で第 4 次産業革命の開始の幕が上がったことが広く知られるようになった。

第 1 章

インダストリー4.0のコンセプト

~価値の創造~

6 「Industrie4.0」とは、2011年 11月に公布された「High-TechStrategy2020ActionPlan(高度技術戦略の 2020年に向けた実行計画)」というドイツ政府の戦略的施策の 1つである。

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なぜインダストリー 4.0 は最初にドイツで生まれたのか?周知の通り、ドイツは工業製品の輸出志向が強い国であり、国内市場が比較

的小さく内需には限りがあるため、大部分の工業製品は輸出に回されており、機械設備の輸出では世界一の地位を誇っている。しかし、BRICs に代表される新興経済圏においてもひと通りの工業化が成し遂げられ、東南アジアやアフリカ各国の新しい経済成長のエンジンはまだ完全にはかかっておらず、ドイツの工業製品への需要は停滞が続いた。2006 年から 2011 年の 5 年間、ドイツの輸出高は伸びが見られず、ドイツ経済界と政府は深刻な懸念を抱えるに至った

(図 1-1)。このような背景から、ドイツがインダストリー 4.0 を提唱した主な目的は 2

つあると言える。第一に、ドイツ製造業の競争力を高め、ドイツの工業製品を輸出する新しい市場を開拓すること。第二に、機械そのものの売上が大半で、サービスによる売上が低いという旧来の状態から脱し、ドイツの工業製品が持続的に利益を上げられるような仕組みに変革することである。

ドイツは自らの工業製品の優位性を活かし、改革とイノベーションの施策を主に工場と製造プロセスのインテリジェント化・スマート化の方面に集中させることとした。ドイツが掲げた開発計画においては、カスタマイズと再構築可能な製造プロセス、製造プロセスの透明化、設備の状態をモニタリング可能にすること、自律判断決定能力の自動化、サプライ・チェーンと市場情報の融合、情報化されたオペレーションや保全・整備、ERP(基幹システム)との統合などが含まれている。

現在、ドイツはシーメンスやボッシュ、SAP などの企業をインダストリー4.0 推進力の中心と位置づけており、これらの企業はファクトリー・オートメーションや製品の研究開発、企業資産の管理などの方面で突出した優位性を持っている。

生産力に対する需要という面から見ても、インダストリー 4.0 が提唱されたのには必然性があると言える。これまでの産業革命の発生を見ると、その根本原因は拡大し続ける需要と生産能力の間に大きなギャップが生じており、産業革命の生産力の変革はこのギャップを解決しようとするプロセスでもあった。例えば、第 1 次産業革命における蒸気機関の発明は、人力による非効率とエネ

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17第1章 インダストリー4.0のコンセプト

ルギー不足の問題を解決するものであり、巨大な機械設備がこれにより駆動し、労働者の負担を大幅に減らすことができた。

第 2 次産業革命は量産化と生産コストの間のギャップを解決するため、生産プロセスの分業化により大量生産の新しい生産方式を確立し、労働力の効率が上がることで、工業製品は日常の消費材として多くの家庭に広まることとなった。

第 3 次産業革命はコンピュータによる制御やインターネットなど、情報技術の活用に焦点を当て、グローバルでのサプライ・チェーンの統合や生産効率の向上を果たしてきた。自動化設備が人の重複作業に取って代わり作業をすることで、加工精度や製品の品質は劇的な変化を遂げ、設備と工場間の情報通信は場所や距離に影響されずにやり取りされるようになった。今日、「モノのインターネット(IoT)」とクラウド・コンピューティングは、生産性に対する新たなニーズと既存の生産手段の間に新たな課題を投げかけている。

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2006 2007 2008 2009 2010 2011(年)

先端

技術

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(10

億 米

ドル

)中国

ドイツ

日本

米国

図1-1 2006~2011年の世界主要国の工業輸出額総額出所:www.worldbank.org/

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3 つの新たな課題⑴ 量産化と個別対応(カスタマイゼーション)

多様で変化が早いユーザーの要望に対し、いかにパーソナル化された製品やサービスを提供するかという問題で、そのポイントは複雑でカスタマイズされた機能やサービスをいかに低コストで提供できるかである。

⑵ 個別化と共通化大量生産時とカスタマイズされた個別生産時との間のコスト差について解

決する必要がある一方、コストがかさむ様々な装置を使用した複雑な作業が要求されるため、普遍性と実用性の両面のバランスを取ることが要求される。ポイントは柔軟な生産ができるように、柔軟な構成変更が可能なプラットフォームを作り上げること、運用していく過程でいかに自らを絶えず更新していけるかである。

⑶ ミクロとマクロ個別のミクロレベルの目標と全体のマクロレベルの目標を一致させ、個別の

利益と全体の利益の調和を図ることが求められる。ポイントは高レベルな連携と最適化である。

第 4 次産業革命に向けては、以上のような課題を解決する必要がある(図1-2)。

求められる生産能力を実現するためには、生産プロセスを細かいレベルで管理し、ビジネス活動をダイナミックに変化させていく必要がある。これを実現するための高度な分析、最適化に要求される能力は、すでに人の頭脳だけでコントロールできるレベルを超えてしまっている。そのために各種のスマート・テクノロジーを導入し、複雑なプロセス管理や迅速なオペレーション変更の実施、インダストリアル・ビッグデータの分析によるプロセス最適化を図ることになる。第 4 次産業革命は、スマート化、インテリジェント化の推進がポイントとなる。その究極のゴールは生産活動の高度な連携の実現であり、システムが人間と一緒に考え、作業をするレベルの実現である。

端的な言い方をすると、第 4 次産業革命はビッグデータを活用した「イン

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19第1章 インダストリー4.0のコンセプト

ダストリアル・バリュー・クリエーション(価値創造)革命」であり、具体的なテーマとしては個別ニーズに合わせたカスタマイズ製品の生産技術、複雑なプロセスの管理、ビッグデータの分析、意思決定プロセスの最適化と迅速な実施などが含まれる。個別ニーズに合わせたカスタマイズ製品については、従来の硬直的な生産方式を柔軟性のある方式に進化させる形で、既存の技術コントロールを再構成、改良していくことで実現される。複雑なプロセスの管理、ビッグデータの分析、意思決定システムの最適化と迅速な実施などについては、高度な分析力を備えた大規模な IoT 環境が必要である。

では、すでにある制御技術と情報技術を改良、アップグレードすることで前述した課題を解決できるのであろうか。答えは、難しいと言わざるをえない。従来の制御技術は固定的な制御ロジックとルールに基づいており、正確さや緻密さ、速さ、安定性や突発的事態に対処できるかに重点が置かれている。そのため個別カスタマイズ化、オーダー・メイド化された生産プロセスという柔軟性の高い要求に対応することは困難である。

また既存のデータ分析や管理・意思決定プロセスも、外部環境の変化やターゲットの変更に合わせた柔軟な対応ができず、さらに既存システムのデータの分析能力にも限界があり、効果的に意思決定に必要な情報に変換できずにいる。

インダストリー 1.0からインダストリー 4.0へ:第4次産業革命に向けて

第4次産業革命サイバーフィジカル生産システムに基づく

第3次産業革命さらなる生産の自動化のため電子機器とITを導入

第2次産業革命電気エネルギーを使用し、作業を分担することで大量生産を開始

第1次産業革命水と蒸気を使用し、機械の生産装置の製造を開始

18世紀終盤

初めての繊維

20世紀初め 1970年代初め 現在

Industry 4.0

Industry 3.0

Industry 2.0

Industry 1.0

複雑度

図1-2 産業革命の流れ

インダストリー 4.0

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現在の制御システムと情報システムは統合されているように見えるが、それぞれの中で情報が閉じており、リアルタイムでの意思決定支援の仕組みは実現できていない。

ドイツで何が始まっているのかインダストリー 4.0 の実践として、ドイツは製造業における自らの長所であ

る工作機械の製造及び生産ラインの自動化の先進性を活かし、製造現場におけるスマート化、インテリジェンス化を推進している。具体的には IoT と CPSを活用し、製造過程の中のそれぞれのポイントが情報交換を行い、設備や製造プロセス、注文リスト、生産計画、設計、スケジュール、人的資源管理、供給連鎖、在庫管理、販売、企業資源の管理など一連の業務をつなぎ合わせ、情報の高度な透明性を実現させようとしている。前述の3つの課題を解決するため、ドイツのインダストリー 4.0 では、生産過程の中のそれぞれの課題に合わせ、ふさわしい目的と適用すべき技術を提示している(表 1-1)。

ドイツは、技術研究開発の領域において「自国の英知を結集しつなげる」という戦略をとり、センサー技術、通信技術、情報・制御技術などの研究に力を入れて、ドイツ企業が世界トップクラスのスマート機器サプライヤーとなるように仕向けている。さらに IoT と CPS の研究開発も加速させており、スマート機器の統合化や CPS プラットフォーム技術を活用して機械、人、サービスをつなぐことに力を入れている。

また、ドイツはプログラム導入に際して「2 次元戦略」を打ち出し、縦と横の両方から産業の仕組みをスマート化させるための業務システムの導入を図っ

表1-1 インダストリー4.0 における個別目的と適用技術

顧客ニーズ ビジネス・プロセス 製造工程 製品 労働力 サプライ・

チェーン

目的カスタマイゼーション

変化への即応性

透明性 プロダクト・ライフ・サイクル管理・分析

効率化と最適化

需要ベースでの供給と在庫ゼロ

適用技術

3Dプリンター、フレキシブル製造システム

ERPなどのビジネス管理プラットフォーム

生産工程の状態監視、予知保全

RFID、使用量に応じたサービス課金

機械と人の協調作業の高度化

スマート工場、スマート倉庫