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432 食品と容器 2011 VOL. 52 NO.7 エルゴチオネインの食品の酸化的変色防止効果 特別解説 大 島 敏 明 お お し ま・ と し あ き 東京水産大学大学院食 品生産化学専攻修了。 東京水産大学助手,講 師,助教授を経て,現 在,東京海洋大学海洋 科学部食品生産科学科 教授。 農学博士 食品の色はクロロフィル,カロテノイドおよび アントシアニンなどのほかに,ヘム色素タンパク 質であるミオグロビン(Mb)やヘモグロビン(Hb) などの多様な化合物によって形成される。一般に, 食品の色は内在する酵素の関与や化学反応によっ て影響される。前者の例として,バナナ,リンゴ 果肉やジュースの色が徐々に褐変する現象をあげ ることができる。これは,組織に内在する酸化酵 素 ポ リ フ ェ ノ ー ル オ キ シ ダ ー ゼ(PPO,EC 1.14.18.1)が触媒するフェノール性化合物の酸化 反応が引き金となっている。一方,後者の例とし ては,マグロの刺身や牛肉の色が徐々に黒ずむ現 象が知られている。これは,MbやHbの酸化反応 に基づいている。この他に食品にみられる変色と しては,醤 しょう 油の製造に伴う褐色化などがあげられ る。これは,還元糖とカルボニルとの間で起こる メイラード反応に起因している。酵素が関与しな いメイラード反応やカラメル化などの化学反応は 香ばしいにおいの発生を伴うことが多いので,食 品加工の場においては嗜好性の増大にうまく応用 されている。一方,酵素的褐変やヘム色素タンパ ク質の酸化による色の変化は外観を損ねて商品価 値を下げることから,食品加工の立場からは歓迎 されない。本稿では,PPOの介在するエビ・カニ 類の黒変現象,およびMbの酸化による肉色の褐 変現象に焦点を絞り,そのメカニズムと抑制法の 一例を紹介する。 1.ポリフェノールオキシダーゼによる 黒色化機構 PPOは植物界に普遍的に存在し,フェノール類 をキノン体に酸化し,その結果として野菜や果物 の褐変や黒変を引き起こす酵素として知られてい る。これまでに提唱されているPPO酸化機構を第 1図に示した 1) 。PPOはmet型,oxy型およびdeoxy 型の3つの異なった化学形をとる。Deoxy型は酸 素の結合していない状態で,活性中心の銅は1価 である。Deoxy型に酸素1分子を結合すると銅は2 価となりoxy型になる。このoxy型にジフェノール が反応し,酸素・ジフェノール・PPO複合体を形成 する。ジフェノールはキノンへと酸化し,自身は deoxy型(銅は1価)に還元される。このように, 反応サイクルを1周すると,酸素1分子で2分子 のジフェノールが酸化されることになる。モノオ キシダーゼの場合は,まずoxy型の1分子の銅に モノフェノールが結合する。ベンゼン環が回転し てオルト位が第2の銅に近づき結合した酸素によ り水酸化され,2価の銅2原子にジフェノールが 結合した中間体を生ずる。これがキノン体と deoxy型を生じる。いずれの経路においても,生 成したキノン体はさらに重合してメラニン様黒 褐色物質を生成し,食品の黒変・褐変化を促進す る。 漁獲・斃 へい 死後のエビ・カニ類は貯蔵中に黒変が

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432食品と容器 2011 VOL. 52 NO. 7

エルゴチオネインの食品の酸化的変色防止効果

特別解説

大 島 敏 明

お お し ま・ と し あ き東京水産大学大学院食品生産化学専攻修了。東京水産大学助手,講師,助教授を経て,現在,東京海洋大学海洋科学部食品生産科学科教授。農学博士

 食品の色はクロロフィル,カロテノイドおよびアントシアニンなどのほかに,ヘム色素タンパク質であるミオグロビン(Mb)やヘモグロビン(Hb)などの多様な化合物によって形成される。一般に,食品の色は内在する酵素の関与や化学反応によって影響される。前者の例として,バナナ,リンゴ果肉やジュースの色が徐々に褐変する現象をあげることができる。これは,組織に内在する酸化酵素 ポ リ フ ェ ノ ー ル オ キ シ ダ ー ゼ(PPO,EC 1.14.18.1)が触媒するフェノール性化合物の酸化反応が引き金となっている。一方,後者の例としては,マグロの刺身や牛肉の色が徐々に黒ずむ現象が知られている。これは,MbやHbの酸化反応に基づいている。この他に食品にみられる変色としては,醤

しょう

油の製造に伴う褐色化などがあげられる。これは,還元糖とカルボニルとの間で起こるメイラード反応に起因している。酵素が関与しないメイラード反応やカラメル化などの化学反応は香ばしいにおいの発生を伴うことが多いので,食品加工の場においては嗜好性の増大にうまく応用されている。一方,酵素的褐変やヘム色素タンパク質の酸化による色の変化は外観を損ねて商品価値を下げることから,食品加工の立場からは歓迎されない。本稿では,PPOの介在するエビ・カニ類の黒変現象,およびMbの酸化による肉色の褐変現象に焦点を絞り,そのメカニズムと抑制法の一例を紹介する。

1.ポリフェノールオキシダーゼによる黒色化機構

 PPOは植物界に普遍的に存在し,フェノール類をキノン体に酸化し,その結果として野菜や果物の褐変や黒変を引き起こす酵素として知られている。これまでに提唱されているPPO酸化機構を第1図に示した1)。PPOはmet型,oxy型およびdeoxy型の3つの異なった化学形をとる。Deoxy型は酸素の結合していない状態で,活性中心の銅は1価である。Deoxy型に酸素1分子を結合すると銅は2価となりoxy型になる。このoxy型にジフェノールが反応し,酸素・ジフェノール・PPO複合体を形成する。ジフェノールはキノンへと酸化し,自身はdeoxy型(銅は1価)に還元される。このように,反応サイクルを1周すると,酸素1分子で2分子のジフェノールが酸化されることになる。モノオキシダーゼの場合は,まずoxy型の1分子の銅にモノフェノールが結合する。ベンゼン環が回転してオルト位が第2の銅に近づき結合した酸素により水酸化され,2価の銅2原子にジフェノールが結合した中間体を生ずる。これがキノン体とdeoxy型を生じる。いずれの経路においても,生成したキノン体はさらに重合してメラニン様黒褐色物質を生成し,食品の黒変・褐変化を促進する。 漁獲・斃

へい

死後のエビ・カニ類は貯蔵中に黒変が

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進行する。この黒変現象は,上述したPPOによる組織内のフェノール化合物の酵素的酸化が原因である2-4)。酵素的褐変現象は生鮮・冷凍エビ・カニ類の栄養学的価値ならびに外観を損ねることにより市場価値を引き下げる5)。PPOによる食品の黒変・褐変現象は分子状酸素が共存する場合に進行するので,組織の物理的損傷を避ける,塩水に浸漬する,窒素置換をするなど,酸素との接触をさけることは防止策として有効である。また,亜硫酸塩6,7),アスコルビン酸およびアスコルビン酸同族体8,9)などの還元剤を添加することにより褐変を防止できるとされている。生成したキノン体を還元する,キノンと付加物を作る酸素を直接不活化するなどがこの防止機構として考えられている10)。また,システインのようなキノン捕捉剤の使用も褐変防止に効果的である11-13)。しかし,亜硫酸塩は喘

ぜん

息患者にあっては危険因子となりうるし14),水産物では有害なホルムアルデヒドを生成する15)。さらに,消費者は食品の褐変防止添加剤として合成化合物よりも天然物由来の添加物を選択することから,近年は天然物由来の添加物の消費が増大するようになった。このように,これらの合成化合物に代わる褐変防止物質の開発が,生産者と消費者の双方から強く求められている。PPO活性阻害物質に関してはAgaricus bisporus16)など多種類のキノコだけではなく,天然資源を利用した添加物についての研究成果が報告されている。ここでは,食用キノコであるエノキタケの効果を紹介する。

2.キノコのエルゴチオネイン

 麦角菌胞子に感染したライ麦の麦角から単離されたアミノ酸同族体である2-thiol-L-

histidine-betaine(L-ergothioneine,エルゴチオネイン,ERG)はPPO活性を強く阻害する。これは,ERGがPPOの前駆体であるproPOの発現に関与する遺伝子の発現を抑制する17)ほか,遷移金属に対するキレート作用によりPPOの銅を封鎖する18)ためである。一方,ERGは強いラジカル消去能を有する。油脂の自動酸化を抑える19)だけではなく,ヘムタンパク質の酸化を抑制する20)。食用とされるキノコの品種は多いが,その中でもタモギタケ,エノキタケ,ヒラタケなどのERG含量は比較的高い。ERGはキノコ菌糸体が生成するので,キノコの可食部である子実体だけではなく,子実体を収穫後の菌糸が蔓

まん

延した菌床の表面に近い部分や,収穫後に子実体から切り落とされる菌床に近い石づき(軸の先端部分)にもERGは含まれている。菌床や石づきは有効に利用されることなく廃棄物として処理されてきたが,一方でERGの供給源として有望である。

第1図 ポリフェノールオキシダーゼが触媒するフェノール類の酸化反応機構

第1図 差し替え

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カテコール ポリフェノールオキシダーゼ

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1/2O2 + H2O

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3.生鮮エビ・カニ類の黒変防止

 生鮮エビ・カニ類の貯蔵中に進行する身肉および甲殻表面の黒変は,PPOによるポリフェノール類の酸化生成物であるキノン体の化学的重合反応で生成するメラニンによる。活エビ・カニ類の組織中には中間酸化物であるキノン体はほとんど存在しないが,斃死後には体液(へモリンパ)中に急速に増加する。ERG標品はクルマエビとベニズワイガニのPPO前駆体であるproPOの遺伝子発現を抑制し,また,銅と錯体を形成することから,これらのERGの複合作用の結果としてPPO活性が強く抑制されるものと考えられる。ERGを含むエノキタケ抽出物を配合飼料に添加しクルマエビに給餌すると,へモリンパ中のERG濃度は上昇し,そのPPO活性は低下する21)。このクルマエビの冷蔵中の黒変の発生は有意に抑制できる。しかし,甲殻類においてはPPO活性が生体の免疫能保持

に密接に関係しており,PPO活性を抑制するとウイルス等に感染しやすくなる。一方,養殖あるいは漁獲した活エビ・カニ類をキノコ抽出液に単時間浸漬すると,ERGは生体組織に取り込まれる。輸入冷凍エビの多くを生産するタイとベトナムにおいて,バナメイエビおよびブラックタイガーエビ,日本海で漁獲されるベニズワイガニ,養殖クルマエビに対して活状態で浸漬処理を実施したところ,その後の冷蔵中に亜硫酸ナトリウムへの同様な浸漬処理と同等以上の黒変防止効果が得られることを確認している(第2図)。

4.リンゴジュースの褐変防止

 エノキタケ抽出物を添加した際のリンゴ果肉ホモジネートの褐変の程度を第3図に示した。無添加試料では,ホモジナイズの最中に褐変が著しく進行し,ホモジナイズ直後にホモジネートは既に強く褐変していた。これに対して,エノキタケ抽

SS

HR

C

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C

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第2図 エノキタケ抽出物のエビ類の黒変防止効果C:海水,ME:エノキタケ抽出物,SS:亜硫酸ナトリウム,HR:ヘキシルレゾルシノールそれぞれを溶解した海水に曝気しながら活エビを30分間浸漬し,取り上げたのち氷でしめ,生のまま氷蔵し,電子レンジで加熱してから撮影した。(カラー図表をHPに掲載 C028)

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出物を加えた試料ではホモジナイズして4時間後においても褐変現象は見られず,リンゴ果汁本来の色を保っていた。これらの結果から,エノキタケにはリンゴなどの酵素的褐変を防止する物質が含まれているものと考えられる。 エノキタケ抽出物が酸素吸収に及ぼす影響を第4図に示した。エノキタケ抽出液を反応液に添加したところ,初期酸素消費速度はエノキタケ抽出液の濃度に依存して遅くなったが,生エノキタケ子実体1.25g相当添加以上では酸素吸収抑制効果が頭打ちとなった。このように,酸素電極法による測定で酸素消費の抑制が認められたことから,エノキタケ抽出液は果肉においてもPPOの活性を阻害す

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O2 Co

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第3図  エノキタケ抽出物の添加によるリンゴジュースの褐変防止(カラー図表をHPに掲載 C029)

第4図  エノキタケエタノール抽出液がマッシュルームチロシナーゼ活性に及ぼす影響

■:無添加区(基質はL-DOPA), ●:エノキタケエタノール抽出液添加区 (終濃度 0.078 g エノキタケ湿重量/mL), ▲:同 (終濃度 0.156 g エノキタケ湿重量/mL), ◆:同(終濃度 0.234 g エノキタケ湿重量/mL), ◯:同 (終濃度 0.312 g エノキタケ湿重量/mL), □:同 (終濃度 0.39 g エノキタケ湿重量/mL); ×:同 (終濃度 0.468 g エノキタケ湿重量/ml)

第5図 魚肉と牛肉の氷蔵中における肉色に及ぼすエノキタケ抽出物の影響(カラー図表をHPに掲載 C030)

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る作用をもつことが分かる。

5.魚肉,食肉の脂質とミオグロビンの酸化防止

 メバチマグロ肉および牛肉の冷蔵中における肉色の変化を第5図示す。無添加のマグロ肉では冷蔵3日目以降に肉色が茶色を帯びてくるが,エノキタケ抽出物添加肉では冷蔵5日目においても肉色の退色は認められない。エノキタケ抽出物添加による同様の肉色保持効果は冷蔵中の牛肉においても確認された。このように,エノキタケ抽出物をメバチマグロ赤身肉や牛肉に添加すると,その後の冷蔵中の肉色の暗褐色化を防ぐことができる22)。これは,筋肉色素タンパク質のMb(鮮紅色)の酸化によりメトMb(暗褐色)の生成がエノキタケ抽出物により抑えられたためと考えられる。 さらに,エノキタケ抽出物を添加した肉では,脂質酸化が効果的に抑制される。脂質過酸化物を指標とした場合,エノキタケ抽出物を添加したメバチマグロ赤身肉や牛肉においては脂質過酸化物がほとんど蓄積しない(第6図)。個々に示したMbと脂質の自動酸化の抑制はエノキタケ抽出物に含まれるERG

の有するラジカル消去能23)によるところが大きい。

6.養殖魚血合肉色の褐変防止

 ブリ(ハマチ)は血合肉の鮮やかな赤色が好まれるが,Mbのメト化による肉色の暗褐色化の進行が速い。エノキタケ抽出物を養殖ハマチの飼料に混ぜて給餌すると,ERGは血合肉と肝臓に取り込まれることが確認された(第7図)24)。このようにして組織中のERG含量を高めたハマチ肉においては,冷蔵中の血合肉Mbのメト化と脂質酸化が有意に抑えられ,肉色の劣化が遅くなることが確認された。マアジやニジマスなどの多魚種だけではなく,ブロイラーや牛においても,給餌により体組織へのERGの取り込みが起こる。さらに,飼料を通してERGを取り込んだハマチの肉では,冷蔵中の脂質酸化二次生成物である低級アルデヒド類の生成が有意に抑制され,酸化臭が抑制されることが確認されている(未発表)。このように,エノキタケ抽出物を飼料として動物に与えることにより,メトMb生成に起因する肉色の退色(暗褐色化)ならびに脂質酸化による酸化臭の発生を起こしにくい,品質の安定した魚肉や食肉を創作

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HPO

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MDA/g)

第6図 魚肉と牛肉の氷蔵中における脂質酸化に及ぼすエノキタケ抽出物の影響  HPO:ハイドロパーオキサイド,TBARS:チオバルビツール酸価

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することが実用化しつつある25)。

7.おわりに

 PPOに起因する酵素的褐変は,一般的にアスコルビン酸,クエン酸,塩化カルシウム,ケイ皮酸,システイン,グルタチオンおよびこれらの化合物の多様な混合物を添加することによって防止することができる。例えば,褐変防止のためにリンゴ果肉のスライスをアスコルビン酸(10g/L)とクエン酸(2g/L)の混液に5分間浸漬する26),ジャガイモをアスコルビン酸(25g/L),クエン酸(10g/L),ピロリン酸ナトリウム(10g/L),塩化カルシウム(2g/L),アスコルビン酸リン酸エステルナトリウム塩(16g/L)およびアスコルビン酸トリリン酸エステルマグネシウム塩(15 g/L)の混液で処理するなどの例が報告されている27)。また,アスコルビン酸とエリソルビン酸またはクエン酸との混液は,スライスしたリンゴの褐変を効果的に抑制する28)。アスコルビン酸と塩化カルシウムの混液を用い,スライスしたリンゴ果肉の褐変を防止できる29)。一連の報告でみられるアスコルビン酸は銅のキレート,o-キノンの還元およびPPOの阻害剤といった多様な効果を示すので,特に有効性が注目された。 本稿では,エノキタケなど数種の食用きのこにはPPO活性を効果的に抑制するERGが存在し,多様酵素的褐変を抑制することを示した。コウジ酸と4-ヘキシルレゾルシノールはエビの黒変を防止

し30)また,これらの化合物はリンゴ,ジャガイモ,アボカドおよびブドウジュースの褐変現象も防止すると報告されている31)が,わが国では食品には使用できない。亜硫酸塩のような合成添加物の健康に与える逆効果の影響で,FDAでは残存亜硫酸塩量が総SO2として10ppmを超えないように勧告している32)。さらに,製品の残存亜硫酸塩量をラベル化するように要求するなどのFDAによる使用基準の厳格化は,安全性の高い添加物の開発を促している。 褐変防止剤として,還元剤,pH低下剤,キレート剤,PPO阻害剤および無機塩などの多岐にわたる化合物が研究されているが,アスコルビン酸など一部の化合物を除いて,商業的な応用は未だなされていない33)。ERGを含有するエノキタケなどから調製したキノコ抽出物は,合成食品添加物にとって代わる天然物として,多様な応用が期待される。

第7図  エノキタケおよびタモギタケ抽出物を給餌したハマチ切り身の冷蔵7時間後の血合肉の褐色化に及ぼす影響(カラー図表をHPに掲載 C031)

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