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56 Semiconductor FPD World 2007.11 CNT 合成装置の現状 1. 大型で高価な CNT 合成装置 カーボンナノチューブ(CNT)の合成には,アーク放 電法やレーザ蒸発法,CVD 法があり,現状では CVD 法 が広く用いられている。CVD 法と言っても,使う原料 や,触媒,触媒担体,それらの導入方法,加熱方法など, 様々なバリエーションがあり,それにより得られる CNT の形態や特性なども多種多様になる。 例えば,CNT を樹脂などのフィラー材として利用す ることを念頭においた場合では,粉末状の CNT が望ま しく,粉末状あるいは噴霧状の触媒材料を炭化水素ガス と一緒に反応炉に連続導入できる縦型管状炉が専ら使用 されている。連続生産を目指すものであるため,安全設 備や付帯設備などを含め,装置全体の規模が大きい。 一方,CNT を半導体配線や,MEMS 部品,電極部品, センサなどのデバイスに利用することを念頭においた場 合,膜状の CNT,特に基板に垂直となっている垂直配 向 CNT 膜が望ましく,膜厚がナノレベルの触媒薄膜が 成膜されているデバイス基板に炭化水素ガスなどを接触 反応させる横型管状炉が多用されている。各種混合ガス の圧力や流量を一定に保持するためのガス導入システム と排気システムが重要視され,装置とプロセスの複雑化 をもたらしている。 その一例として当社の横型管状炉 CNT 合成装置の概 略図を図 1 に示す。 水素検知器 液体管状炉 石英 反応管 ガス流量 制御系 排気制御盤 排気ポンプ 脱臭器 温度制御盤 図1 マイクロフェーズの管状炉をベースにした CNT 合成装 置の概略図 太田慶新/マイクロフェーズ マイクロフェーズの卓上型 CNT 合成装置 誰でもどこでも簡単に作れ CNT の実用化を促進 夢の材料とも称されている CNT は,その新規機能 や応用が絶えず報告され,分野横断的に注目が集ま っている。最近になって,産総研が開発した「スー パーグロース」法により,数 mm の CNT の成長が 可能になり,さらに cm 級の CNT が合成されたと の報告もある。まさに夢の材料がいよいよ人間の手 のスケールで直接ハンドリングできる時代が近づい たと思われる。このような中,自ら CNT を作って 独自のアイデアを確認してみたいと思う研究者が多 くなっている。しかし CNT は,その道の専門家, 高機能な専用装置,複雑なプロセスというような敷 居の高いイメージが払拭できず,後ずさりの体勢と なってしまうのが現状となっている。そこで当社は, 長年蓄積してきた CNT 合成の知見を生かし,誰で も低コストで手軽かつ簡単に CNT が作れる卓上型 CNT合成装置を開発した。 ナノカーボンが駆る未来技術への挑戦

マイクロフェーズの卓上型CNT合成装置 誰でもどこ …microphs/pdf_SFW11.pdfSemiconductor FPD World 2007.11 57 2. 依然として少ない異分野の研究者 CNT合成装置の大型化,仕様の高級化,特にプロセス

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56 Semiconductor FPD World 2007.11

CNT合成装置の現状

1. 大型で高価なCNT合成装置カーボンナノチューブ(CNT)の合成には,アーク放

電法やレーザ蒸発法,CVD法があり,現状ではCVD法

が広く用いられている。CVD法と言っても,使う原料

や,触媒,触媒担体,それらの導入方法,加熱方法など,

様々なバリエーションがあり,それにより得られるCNT

の形態や特性なども多種多様になる。

例えば,CNTを樹脂などのフィラー材として利用す

ることを念頭においた場合では,粉末状のCNTが望ま

しく,粉末状あるいは噴霧状の触媒材料を炭化水素ガス

と一緒に反応炉に連続導入できる縦型管状炉が専ら使用

されている。連続生産を目指すものであるため,安全設

備や付帯設備などを含め,装置全体の規模が大きい。

一方,CNTを半導体配線や,MEMS部品,電極部品,

センサなどのデバイスに利用することを念頭においた場

合,膜状のCNT,特に基板に垂直となっている垂直配

向CNT膜が望ましく,膜厚がナノレベルの触媒薄膜が

成膜されているデバイス基板に炭化水素ガスなどを接触

反応させる横型管状炉が多用されている。各種混合ガス

の圧力や流量を一定に保持するためのガス導入システム

と排気システムが重要視され,装置とプロセスの複雑化

をもたらしている。

その一例として当社の横型管状炉CNT合成装置の概

略図を図1に示す。

水素検知器液体導入管

管状炉

石英反応管

ガス流量制御系

排気制御盤

排気ポンプ 脱臭器

温度制御盤

図1 マイクロフェーズの管状炉をベースにしたCNT合成装置の概略図

太田慶新/マイクロフェーズ

マイクロフェーズの卓上型CNT合成装置誰でもどこでも簡単に作れCNTの実用化を促進

夢の材料とも称されているCNTは,その新規機能

や応用が絶えず報告され,分野横断的に注目が集ま

っている。最近になって,産総研が開発した「スー

パーグロース」法により,数mmのCNTの成長が

可能になり,さらにcm級のCNTが合成されたと

の報告もある。まさに夢の材料がいよいよ人間の手

のスケールで直接ハンドリングできる時代が近づい

たと思われる。このような中,自らCNTを作って

独自のアイデアを確認してみたいと思う研究者が多

くなっている。しかしCNTは,その道の専門家,

高機能な専用装置,複雑なプロセスというような敷

居の高いイメージが払拭できず,後ずさりの体勢と

なってしまうのが現状となっている。そこで当社は,

長年蓄積してきたCNT合成の知見を生かし,誰で

も低コストで手軽かつ簡単にCNTが作れる卓上型

CNT合成装置を開発した。

ナノカーボンが駆る未来技術への挑戦

Page 2: マイクロフェーズの卓上型CNT合成装置 誰でもどこ …microphs/pdf_SFW11.pdfSemiconductor FPD World 2007.11 57 2. 依然として少ない異分野の研究者 CNT合成装置の大型化,仕様の高級化,特にプロセス

Semiconductor FPD World 2007.11 57

2. 依然として少ない異分野の研究者CNT合成装置の大型化,仕様の高級化,特にプロセス

の機密重視が一段と進み,誰でも使用できるような研究

開発用CNT合成装置はほとんど市販されておらず,異

分野の研究者が独自の応用開発のために自らCNTを合

成してみるという機会が依然として少ない。

当社は,CNTの普及がCNTの実用化を促進するもの

と認識し,小型で簡単なCNT合成装置の開発・販売を

始めている。異分野の研究開発者でも,自らCNTの合

成を経験することによってCNTに対する理解を深め,よ

り的確な応用を見出すことを期待している。

卓上型CNT合成装置

1. 小型で廉価なCNT合成装置CNTの合成に関しては,発見当初から今日になって

も,年々多種多様の手法と条件の報告があり,一見非常

にデリケートな条件が必要かのように見受けられる。し

かし逆に考えれば,どんな環境でもCNTが成長できる

ことを示唆していることになる。

そこで当社は,CNT成長に最低限に必要な要素は何

かを徹底的に調べ上げ,不必要な仕様を減らし,コンパ

クトかつ簡単な装置の開発に着手した。その結果,148

万円という廉価な卓上型CNT合成装置を完成させるこ

とができた。写真は開発した当社の卓上型CNT合成装

置である。図2には,同装置の概略図を示す。

2. エタノールによるCNTの合成既存の管状炉加熱方式の合成装置において,装置とプ

ロセスを複雑化している最大の障害はガス供給システム

であり,通常は,不活性ガス,水素,炭化水素ガスのガ

スボンベが必要不可欠である(図1)。

しかし当社は,エタノール液体中でCNTを合成する

技術を開発してきたため,炭化水素ガスの代わりにエタ

ノール液体を利用することを考えた。その結果,図2に

示すように,少量のエタノール液体を入れた容器を反応

器の中に事前に設置しておけば,反応器を真空引きする

だけで,CNT合成に十分なエタノール蒸気が得られる

ことが分かった。つまり,外部から炭素源ガスの供給が

不要で,ガスフリーのCNT合成装置が実現できたわけ

である。さらに,エタノールは分解すると水素が解離さ

れるため,水素還元効果も兼ね備わる。

また,CNT合成時に酸素があるとCNTが燃えること

が知られており,酸素をなくすために高真空の排気シス

テムが必要不可欠と思われてきた。しかし,当社が試し

た結果,高価な真空ポンプを用いなくとも,小型のロー

タリーポンプで十分であることが判明した。これにより,

コスト高の要因となっていたポンプ価格を大幅に下げる

ことができたとともに,排気システムも一気に小型化す

ることに成功した。

3. 内熱式の通熱加熱基盤ヒータの開発通常の管状炉方式では,触媒基板や触媒粉を加熱する

のに,炉心管を外部から加熱するため,触媒材料だけで

なく,炉内すべての空間を加熱してしまっている。従っ

て,昇温するのに約30分以上,冷却するのに約1~2時

間以上必要となるため,CNT合成に要する全プロセス

ナノカーボンが駆る未来技術への挑戦

▲マイクロフェーズの卓上型CNT合成装置の写真

CNT

触媒膜付基板

エタノール

加熱ヒータ

ヒータ電源

0.0.V

0.0.A

ポンプ

図2 マイクロフェーズの卓上型CNT合成装置の概略図

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58 Semiconductor FPD World 2007.11

は,少なくとも半日から一日を掛けてやっと1種類のプ

ロセス条件が試験できる程度である。この外熱方式も装

置の大型化と非効率化を招いた要因の一つである。

そこで,当社は加熱したい触媒や基板だけを加熱すれ

ばよいという発想で,内熱式の通電加熱基板ヒータを開

発した。その結果,図2に示すように,金属性や非金属

性の触媒基板や触媒粉末を絶縁性のヒータの上に乗せる

だけでよく,最速700℃/分の昇温速度が実現でき,冷却

も数分で済むようになった。この内熱式の通電加熱基板

ヒータにより,CNT合成に要する全プロセス時間は,わ

ずか10~30分程度で済むようになった。

4. ガラス製反応器を採用CNTがうまく成長したかどうかの判断として,一般

的には反応管が十分に冷却されてから反応管を開けて,

生成物を取り出して観察する段取りを取る。このような

CNTの成長状態を確認できない方法がプロセス開発を複

雑化する最大の障害であると感じた。

そこで,写真から分かるように透明なガラス製反応器

を用いることにした。その結果,基板変化やCNT合成

のタイミングがリアルタイムに観察でき,CNT合成の

最適条件を的確に特定することが可能になった。

例えば,CNTがある時点で瞬時に成長を始めたが,そ

の後は時間を掛けても伸びなかったといった場合を考え

てみると,得られたCNTの長さがトータルの合成時間

を要したという従来の成長過程を確認できない方法によ

る誤った結論は生じなくなる。また,基板や触媒がいつ

の時点で,どのような色合いの変化を経て成長したかを

知ることができ,CNT合成過程の傾向を把握すること

が可能となる。

垂直配向CNTの合成

基板に垂直に配向したCNTは,その比表面積の大き

さと導電異方性が大きいゆえに,スーパーキャパシタや

燃料電池の電極などに応用しようとする研究開発が盛ん

になっている。

当社が開発した卓上型CNT合成装置を用いても,こ

のような垂直配向CNTを合成することができる。図3に

Si基板上に合成した垂直配向CNT膜を,図4には,直角

に成長させた垂直配向CNT膜を示す。

このような垂直配向CNTを長くする研究開発が盛ん

になっており,産業技術総合研究所(産総研)の開発し

た「スーパーグロース法」により,CNT膜を3mm程度

の厚さに成長させることが可能になった。

当社の卓上型CNT合成装置を用いても,CNT膜をミ

リオーダーに成長させることが可能である。この装置の

簡単かつ迅速性を利用し,一度で数百μmの膜厚に成長

したCNT膜の上に,さらに触媒膜を成膜し,再度CNT

膜を成長させる積層作業を繰り返すことにより,CNT

膜の全体の膜厚を厚くすることが原理的に可能である。

問題は垂直配向したCNT膜の上にさらに垂直配向した

CNTが成長するかどうかである。実施した結果,垂直

配向CNT膜の上に再び垂直配向CNTが成長することが

分かった。図5に2回成膜を繰り返した成膜例を示す。

また,図6には積層の界面状態を示す。

ナノカーボンが駆る未来技術への挑戦

図3 垂直配向CNT膜/Si基板の膜断面のSEM画像 図4 直角に成長させた垂直配向CNT膜のSEM画像

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アイデアを即座に実験で

当社が開発した卓上型CNT合成装置を使って各種

CNT合成実験を行ってきた経験から,この装置の最大

のメリットは,簡便性と迅速性にあると感じる。ITO膜

にCNTが成長するか,NiとAuめっきされた電極パッド

にCNTが成長するか,酸化鉄を多く含む廃レンガの粉

は触媒になるか,バイオオイルが炭素原料として使える

かなど,ちょっとしたアイデアが浮かぶたびに,10~30

分程度で手軽に実験してしまえる,まさにセレンディピ

ティ(偶然の発見)を見つけるための道具といえる。

CNTの専門家のみならず,異分野の研究者にも広く

この装置を利用していただき,CNTの用途開発が加速

されれば幸いである。 □

ナノカーボンが駆る未来技術への挑戦

図5 2層の積層した垂直配向CNT膜(約0.8mmの膜厚)の断面SEM画像 図6 積層した垂直配向CNT膜の界面状態を示すSEM画像