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アパタイト型イオン伝導体には格子間酸素がいるか?yashima/documents/7308kagaku...70 最新のトピックス 化学 Vol.73 No.8 (2018) イオンO4 を介したc

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最新のトピックス

化学 Vol.73 No.8 (2018)

イオン O4を介した c軸に沿った酸化物イオンの移動が原因であることを示した(図 2) 5).また,福田ら6)は単結晶 X線回折により格子間酸素が存在せず,Si空孔(□で表記)が存在するR (28/3) +x (Si6–3x /4□3x /4) O26を示唆した(Si空孔モデル).しかしながら,粉末中性子回折では反射の重なりがあり,単結晶 X線回折では酸素原子の散乱能が相対的に低いため,微量の格子間酸素の有無を調べるのは困難である.この問題に決着をつけるための最も有効な方法は,単結晶を用いた中性子回折実験である.

格子間酸素が存在せず Si 空孔が存在することの実証

筆者らは同じロットの単結晶を用いてイオン伝導度と密度の測定,単結晶中性子回折実験および単結晶 X線回折実験の実施,および第一原理計算による構造最適化といった包括的な研究を 2018年に報告している7).選んだ化学組成は高い酸化物イオン伝導度 σ を示す基本物質 La9.333Si6O26,およびさらに高いσ を示す La過剰組成の La9.565 (Si5.826□0.174) O26である.単結晶

アパタイト型酸化物イオン伝導体

有機材料や金属材料に比べて硬い無機セラミック材料のなかには,固体であるにもかかわらず高い酸化物イオン(O2–)伝導度を示すものがあり,セラミックイオン伝導体と呼ばれている.セラミックイオン伝導体は燃料電池,酸素透過膜,センサー,触媒などの幅広い応用のため,注目を集めている.キャリア(電荷担体)が酸化物イオン O2–である酸化物イオン伝導体の歴史は 1世紀以上と古く,1897年には Nernstが代表的な固体電解質であるイットリア安定化ジルコニア(yttria

stabilized zirconia;YSZ)を報告している.YSZは固体酸化物形燃料電池(SOFCs)の固体電解質などとして実用化されている.SOFCsの発電効率を上げ,コストを下げるためには,高い動作温度(700~ 1000 ℃)を下げる必要がある.そのため,YSZに代わる材料が長年にわたり探索されてきた.中山ら1)はアパタイト型希土類(R)ケイ酸塩 R (28/3) +ySi6O26+3y /2 (=R (28/3) +xSi6–3x /4O26)が高い酸化物イオン伝導度を示すことを発見した.ここで xと yは過剰な希土類の量である.このアパタイト型酸化物イオン伝導体は 600 ℃以下の中温度領域において高い酸化物イオン伝導度を示すため,注目を集めている.

結晶構造とイオン伝導機構における争点

なぜ固体のイオン伝導体は高いイオン伝導度を示すのだろうか? イオン伝導は空孔あるいは格子間イオンを介して生じると考えられている.格子間イオンとは結晶構造における間隙に存在するイオンのことである.蛍石型 YSZやペロブスカイト型 LaGaO3固溶体の酸化物イオン伝導は酸素空孔を介して起こるのに対し,K2NiF4型(Pr0.9La0.1) 2 (Ni0.74Cu0.21Ga0.05) O4+δなどでは格子間酸素を介して酸化物イオン伝導が起こる〔δ は過剰(格子間)酸素の量〕 2).従来の空孔機構とは異なる格子間酸化物イオン伝導体は近年注目を集めている.粉末中性子回折実験などをもとにアパタイト型酸化物 R (28/3) +ySi6O26+3y/2には格子間酸素 O3y /2が存在し(格子間モデル),酸化物イオン伝導は格子間酸素を介して S字状に起こると信じられてきた(図 1) 3,4).一方,筆者らは高温でその場観察した粉末中性子回折データの最大エントロピー法(MEM)による中性子散乱長密度解析により,高い酸化物イオン伝導はアパタイトチャンネルの酸化物

アパタイト型イオン伝導体には格子間酸素がいるか?   ランタンケイ酸塩の単結晶中性子回折

固体化学(solid state chemistry),結晶構造解析(crystal structure analysis),酸化物イオン伝導体(oxide-ion conductor),アパタイト型ランタンケイ酸塩(apatite-type lanthanum silicate),単結晶中性子回折(single-crystal neutron diffraction)

Structure Analysis of Ionic Conductors

八Yashima

島 正Masatomo

知・藤F u j i i

井 孝K o t a r o

太郎

図 1  格子間酸素を介したS 字形イオン伝導経路3)

図 2  1558 ℃における La9.69 (Si5.70Mg0.30) O26.24 の結晶構造(a)と等核密度面(b) 5)

赤い矢印はチャンネル酸素O4に沿った酸化物イオン拡散経路を示す.

La3

La3

La3

La3 La3

La3

O5O5O5

O4

O4

O3O1O1

Si,Mg Si,MgSi,Mg

O3 O1O1O2O2

O2O2

La1La2

O3O3

O3

O5

a)

a bc

Si,Mg O4

O4

O3

O3

O5Si,Mg

La1

La2

O3

O3

b)

O5

71化学 Vol.73 No.8 (2018)

きな空間分布を示すことがわかった(図 4).この結果はほかの組成の単結晶 X線回折6,8),粉末中性子回折(図 2) 5)および第一原理計算9)の結果とも矛盾しない.また,La9.333Si6O26に比べて La9.565 (Si5.826□0.174) O26の O4の結合原子価の総和(BVS)が高いこと〔オーバーボンディング(overbonding)〕を見いだした.以上から,①過剰な Laにより La2-La2-La2三角形が収縮して生じた O4のオーバーボンディングによりアパタイトチャンネル内の c軸に沿った酸化物イオンのポテンシャルが平滑化する,②そのため大きな U33 (O4)と c軸方向の大きな O4の空間分布ならびに活性化エネルギー E||の低下をもたらし,その結果として c軸に沿ったイオン伝導度 σ||が増加することを筆者らは提案したい.この「O4のオーバーボンディングによる高い酸化物イオン伝導」という新概念が,今後イオン伝導体の開発の新しい指針になると考えられる.

謝辞:本研究は名古屋工業大学の福田功一郎教授, 石澤伸夫名誉教授, 新居浜工業高等専門学校の中山 享教授, 総合科学研究機構の花島隆泰研究員,日本原子力研究開発機構の大原高志研究主幹, 東京工業大学の日比野圭佑氏, 白岩大裕氏との共同研究である.中性子回折実験は J-PARCの課題番号 2013B0100, 2015A0146, 2017A0053, 2017L1303により実施し,研究の一部を科研費 JP21560730, JP15K06495, JP26870190, JP16H00884,

JP16H06293, JP16H06440, JP16H06438, JP17H06222のご援助により実施した.             【東京工業大学理学院化学系】

中性子回折,単結晶 X線回折実験および密度測定の結果はすべて「格子間モデル」がまちがいで「Si空孔モデル」が正しいことを示した.とくに単結晶中性子回折データから得た差フーリエ図(図 3)では,単結晶 X線回折に比べて約 3倍の高い精度で格子間酸素が存在しないことを示すことができた.また,過去の数多くの結晶構造解析や第一原理計算の研究で報告されてきた格子間酸素の 70種類の位置について,個々に 3種類の精密化を行って詳しく検討したところ,すべての位置について格子間酸素が存在しないことを確かめた.Si空孔が安定化される原因が,La-O結合距離が短い OLa3三角形の形成にあることも第一原理計算の構造最適化により見いだした.

高い酸化物イオン伝導度の原因

400 ℃において La9.565 (Si5.826□0.174) O26単結晶の c軸に沿ったイオン伝導度 σ||は La9.333Si6O26より 26倍高かった.この原因をアレニウスプロットから分析したところ,c軸に沿ったイオン伝導度の活性化エネルギー E||が低いためであるとわかった.La9.333Si6O26に比べて La9.565 (Si5.826□0.174) O26のアパタイトチャンネル上の酸素原子 O4が c軸に沿った大きな異方性原子変位パラメータ U33 (O4)あるいは分割サイト,および大

1) S. Nakayama, T. Kageyama, H. Aono, Y. Sadaoka, J. Mater. Chem., 5, 1801 (1995);S. Nakayama, H. Aono, Y. Sadaoka, Chem. Lett., 24, 431 (1995).2) M. Yashima, M. Enoki, T. Wakita, R. Ali, Y. Matsushita, F. Izumi, T. Ishihara, J. Am. Chem. Soc., 130, 2762 (2008).3) J. R. Tolchard, M. S. Islam, P.R. Slater, J. Mater. Chem., 13, 1956 (2003);M. S. Islam, J. R. Tolchard, P. R. Slater, Chem. Commun., 2003, 1486.4) 代表例:L. León-Reina, E.R. Losilla, M. Martínez-Lara, S. Bruque, M. A. G. Aranda, J. Mater. Chem., 14, 1142 (2012).5) R. Ali, M. Yashima, Y. Matsushita, H. Yoshioka, K.Ohoyama, F. Izumi, Chem. Mater., 20, 5203 (2008).6) K. Fukuda, T. Asaka, S. Hara, M. Oyabu, A. Berghout, E. Béchade, O. Masson, I. Julien, P.Thomas, Chem. Mater., 25, 2154 (2013);K. Fukuda, R. Hasegawa, T. Kitagawa, H. Nakamori, T. Asaka, A. Berghout, E. Béchade, O. Masson, J.Jouin, P. Thomas, J. Solid State Chem., 235, 1 (2016).7) K. Fujii, M. Yashima, K. Hibino, M. Shiraiwa, K. Fukuda, S. Nakayama, N. Ishizawa, T.Hanashimae, T. Ohhara, J. Mater. Chem. A, 6, 10835 (2018).8) H. Okudera, A. Yoshiasa, Y. Masubuchi, M. Higuchi, S. Kikkawa, J. Solid StateChem., 177, 4451 (2004).9) K. Matsunaga, K. Imaizumi, A. Nakamura, K. Toyoura, J. Phys. Chem. C, 121, 20621 (2017).

図 4  La9.333Si6O26 および La9.565 (Si5.826□0.174) O26 の結晶構造と高いイオン伝導度発現の要因7)

図 3 La9.565 (Si5.826□0.174) O26 の差フーリエ図(Ⓒ RSC) 7)

ー1.0ー0.8ー0.6ー0.4ー0.2 0.00.20.40.60.81.0

fm Åー3

z=0.00

z=0.05

z=0.10 z=0.25

z=0.20

La1

O4b

La1

La2La2

Si

Si

SiLa2

z=0.15

O4b

O3

O3O3

O3b

O3b

O3b

O4 O4

O4O4 O2

O2O2O2

O1O1O1

O4b

O4bz=0.00

z=0.05a

b

z=0.10 z=0.25

z=0.20

La1

O4b

La1

La2La2

Si

Si

SiLa2

z=0.15

O4b

O3

O3O3

O3b

O3b

O3b

O4 O4

O4O4 O2

O2O2O2

O1O1O1

O4b

O4b

c軸方向

c

a b

c

a b

c軸方向

La9.333Si6O26c軸方向に並ぶ酸化物イオン(O4)

400℃でイオン伝導度26倍

La2

La2La2

La2

La2La2

La2

La2La2

高イオン伝導度の要因

O4

O4

O4

O4

単結晶中性子回折法で解明

(従来の説)・格子間酸素が存在するため

(今回の成果)・格子間酸素はいない・Si空孔□が存在・O4の不安定化で高いイオン伝導度が発現

La2

La2が近づきO4が不安定化⇒O4の広い分布

La2La2O4

La9.565(Si5.826□0.174)O26(Si空孔)

La2La2

La2La2

La2

La2

O4

O4