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― 122 ― 【 目的 】両膝に高度拘縮を有する変形性膝関節症では、歩行 障害に加えて、著しい ADL 障害が出現する。高度拘縮膝に 対する TKA では術野の展開困難や膝の強い屈曲制限がある 場合 quadriceps snip 法や大腿四頭筋 V-Y 形成術などの併 用が必要となるが、可動域や筋力、歩容について術後理学療 法の詳細な経過報告はほとんど見られない。今回、両側高度 拘縮膝に対し一側に大腿四頭筋 V-Y 形成術を併用した 2 期 的 TKA 症例の理学療法を経験し、屈曲可動域の拡大、大腿 四頭筋の筋力回復、歩容の改善、ADL 拡大を得たので、理 学療法の工夫および経時的な変化を報告する。 【 症例紹介 】75 歳女性、主訴は長距離歩行困難と膝が曲がら ないため公共の椅子や乗り物に座れないことであった。45 歳時の外傷に対する左長下肢ギプス固定にて左膝伸展拘縮を 発症、65歳に両側末期変形性膝関節症と診断された。術前 評価では、疼痛は NRS で右 3左 0、ROM は左膝 0-10°、右 膝0-45°、筋力は大腿四頭筋右4左4、歩行は屋内独歩、屋 外杖歩行 30 分可能、歩容は左膝完全伸展位でぶん回し歩行 を呈した。X 年 7 月左 TKA 手術時に大腿四頭筋 V-Y 形成 術を併用し、大腿四頭筋腱を約 2 ㎝遠位に延長し、術直後 ROM は0-110°であった。同年 10月通常に右 TKA を施行 し、術直後 ROM は 0-100°であった。 【 説明と同意 】ヘルシンキ宣言を順守し、本人及びご家族へ 本発表の趣旨を文書にて説明し同意を得た。 【経過】大腿四頭筋 V-Y 形成術を併用した左膝は全荷重許 可で、術後翌日から端座位、車椅子への離床練習を開始。関 節機能練習は、術後 1 週間は持続硬膜外チューブを使用し、 疼痛を抑制させた状況下で、0-90°の ROM 練習を 1日2回 実施、術後 2 週から屈曲制限なしで ROM 練習を継続した。 筋力訓練は、術後 2 週間は setting 運動を実施したが、自動 伸展運動を実施せず、術後 2 週目より自動介助運動から開始。 退院時の術後 7 週で ROM は 0-95°、大腿四頭筋は MMT3-、 extension lag は20°残存していた。立脚期において大腿四 頭筋筋力が弱く、膝折れを代償する膝過伸展位での歩容を認 めたため、術後 2 週で膝折れおよび過伸展予防目的で支柱付 き膝装具を作成し、退院時には装具装着下で屋外歩行車歩行、 屋内伝い歩き、手すり使用し 2 足 1 段階段昇降が可能であっ た。左膝入院中、右膝へ関節可動域練習を実施した結果、右 膝関節は屈曲が40°から 65°と拡大した。右 TKA 入院時(左 TKA 術後3ヶ月)には左膝 ROM は0-85°、左大腿四頭筋 MMT3+、extension lag は10°であった。右 TKA は4週で 退院に至り、退院時の ROM は左膝 0-85°、右膝 0-100°、筋 力は大腿四頭筋右4+ 左3+、左膝 extension lag は10°、左 膝軟性装具装着下で屋外歩行車歩行、屋内伝い歩きまたは右 杖歩行、右下肢を軸とした 2 足 1 段での階段昇降が可能となっ た。左 TKA 術後 7 ヶ月で左膝 ROM は 0-85°、extension lag は 0°に改善、術後 8 ヶ月には軟性装具装着下で杖歩行で の通院が可能となり、歩容では遊脚期の膝関節屈曲が見られ、 ぶん回し歩行の改善を認めた。また、屈曲 ROM が拡大した ことで椅子への着座や、公共の乗り物の乗降が可能となり、 ADL 拡大に至った。 【考察】高度拘縮膝に対して大腿四頭筋 V-Y 形成術を併用 する TKA では、四頭筋の延長で可動域拡大が期待できるが、 大腿四頭筋周囲に対する手術侵襲が大きく、腫脹も続くため に術後合併症の発症や extension lag が残存し、長期に伸展 筋力の低下を認めるとの報告が多い。今回、本症例において 手術翌日より持続硬膜外チューブを用いた除痛下での可動域 練習を縫合した軟部組織の損傷を考慮し、0-90°の範囲内で 大腿四頭筋の筋収縮を認めないように注意しながら実施。筋 力練習は、縫合した筋の治癒過程に合わせ術後 2 週目から自 動介助より経時的に負荷を漸増し、内側広筋と外側広筋の筋 収縮を触診し促通した結果、左膝の extension lag も術後 7 ヶ月で消失し、屋外杖歩行に至り、長期罹患により廃用し た大腿四頭筋に対する V-Y 形成術術後でも、経時的な負荷 漸増による筋力訓練で膝伸展筋力が回復すると考えた。歩行 練習においては、術後に作成した支柱付き膝装具により膝折 れと過伸展予防が得られ、早期から歩行練習が実施でき歩容 の改善に有用であると考えた。 【 理学療法研究としての意義 】大腿四頭筋 V-Y 形成術を併 用した TKA の術後理学療法は、通常の TKA の理学療法に 比べて、可動域および筋力練習の開始時期や練習期間、膝装 具の工夫が必要であったが、屈曲可動域の拡大、大腿四頭筋 の筋力増大も得られ、歩容の改善、ADL の拡大につながる ことが示唆された。大腿四頭筋V-Y形成術を併用した TKA の術後理学療法における経過報告は少なく、今回の報 告は意義があると考える。 両側高度拘縮膝に対して一側に大腿四頭筋 V-Y 形成術を併用した 両人工膝関節置換術( TKA )を施行し ADL が拡大した症例 ○高森 宣行 ( たかもり のりゆき ) 1) ,川上 秀夫 1)2) ,青木 利彦 1) ,齋藤 佐知子 1) ,中村 慎也 1) 寿 良太 1) ,三好 祐之 1) ,住平 有香 1) ,秋野 賢一 1) ,樋川 正直 1) 1 )一般財団法人 住友病院 リハビリテーション科,2 )一般財団法人 住友病院 整形外科 Key word:高度拘縮膝,大腿四頭筋 V-Y 形成術,人工膝関節置換術 ポスター 10 セッション  [ 運動器 ③( 症例報告 ) P10- 1

ポスター第 セッション [ 運動器③(症例報告) ] 10 1kinki57.shiga-pt.or.jp/pdf/p10-1.pdf場合quadriceps snip法や大腿四頭筋V-Y形成術などの併 用が必要となるが、可動域や筋力、歩容について術後理学療

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Page 1: ポスター第 セッション [ 運動器③(症例報告) ] 10 1kinki57.shiga-pt.or.jp/pdf/p10-1.pdf場合quadriceps snip法や大腿四頭筋V-Y形成術などの併 用が必要となるが、可動域や筋力、歩容について術後理学療

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【目的】 両膝に高度拘縮を有する変形性膝関節症では、歩行障害に加えて、著しい ADL 障害が出現する。高度拘縮膝に対する TKA では術野の展開困難や膝の強い屈曲制限がある場合 quadriceps snip 法や大腿四頭筋 V-Y 形成術などの併用が必要となるが、可動域や筋力、歩容について術後理学療法の詳細な経過報告はほとんど見られない。今回、両側高度拘縮膝に対し一側に大腿四頭筋 V-Y 形成術を併用した2期的 TKA 症例の理学療法を経験し、屈曲可動域の拡大、大腿四頭筋の筋力回復、歩容の改善、ADL 拡大を得たので、理学療法の工夫および経時的な変化を報告する。

【症例紹介】 75歳女性、主訴は長距離歩行困難と膝が曲がらないため公共の椅子や乗り物に座れないことであった。45歳時の外傷に対する左長下肢ギプス固定にて左膝伸展拘縮を発症、65歳に両側末期変形性膝関節症と診断された。術前評価では、疼痛は NRS で右3左0、ROM は左膝0-10°、右膝0-45°、筋力は大腿四頭筋右4左4、歩行は屋内独歩、屋外杖歩行30分可能、歩容は左膝完全伸展位でぶん回し歩行を呈した。X 年7月左 TKA 手術時に大腿四頭筋 V-Y 形成術を併用し、大腿四頭筋腱を約2 ㎝遠位に延長し、術直後ROM は0-110°であった。同年10月通常に右 TKA を施行し、術直後 ROM は0-100°であった。

【説明と同意】 ヘルシンキ宣言を順守し、本人及びご家族へ本発表の趣旨を文書にて説明し同意を得た。

【経過】 大腿四頭筋 V-Y 形成術を併用した左膝は全荷重許可で、術後翌日から端座位、車椅子への離床練習を開始。関節機能練習は、術後1週間は持続硬膜外チューブを使用し、疼痛を抑制させた状況下で、0-90°の ROM 練習を1日2回実施、術後2週から屈曲制限なしで ROM 練習を継続した。筋力訓練は、術後2週間は setting 運動を実施したが、自動伸展運動を実施せず、術後2週目より自動介助運動から開始。退院時の術後7週で ROM は0-95°、大腿四頭筋は MMT3-、extension lag は20°残存していた。立脚期において大腿四頭筋筋力が弱く、膝折れを代償する膝過伸展位での歩容を認めたため、術後2週で膝折れおよび過伸展予防目的で支柱付き膝装具を作成し、退院時には装具装着下で屋外歩行車歩行、屋内伝い歩き、手すり使用し2足1段階段昇降が可能であった。左膝入院中、右膝へ関節可動域練習を実施した結果、右膝関節は屈曲が40°から65°と拡大した。右 TKA 入院時(左

TKA 術後3ヶ月)には左膝 ROM は0-85°、左大腿四頭筋MMT3+、extension lag は10°であった。右 TKA は4週で退院に至り、退院時の ROM は左膝0-85°、右膝0-100°、筋力は大腿四頭筋右4+ 左3+、左膝 extension lag は10°、左膝軟性装具装着下で屋外歩行車歩行、屋内伝い歩きまたは右杖歩行、右下肢を軸とした2足1段での階段昇降が可能となった。左 TKA 術後7ヶ月で左膝 ROM は0-85°、extension lag は0°に改善、術後8ヶ月には軟性装具装着下で杖歩行での通院が可能となり、歩容では遊脚期の膝関節屈曲が見られ、ぶん回し歩行の改善を認めた。また、屈曲 ROM が拡大したことで椅子への着座や、公共の乗り物の乗降が可能となり、ADL 拡大に至った。

【考察】 高度拘縮膝に対して大腿四頭筋 V-Y 形成術を併用する TKA では、四頭筋の延長で可動域拡大が期待できるが、大腿四頭筋周囲に対する手術侵襲が大きく、腫脹も続くために術後合併症の発症や extension lag が残存し、長期に伸展筋力の低下を認めるとの報告が多い。今回、本症例において手術翌日より持続硬膜外チューブを用いた除痛下での可動域練習を縫合した軟部組織の損傷を考慮し、0-90°の範囲内で大腿四頭筋の筋収縮を認めないように注意しながら実施。筋力練習は、縫合した筋の治癒過程に合わせ術後2週目から自動介助より経時的に負荷を漸増し、内側広筋と外側広筋の筋収縮を触診し促通した結果、左膝の extension lag も術後7ヶ月で消失し、屋外杖歩行に至り、長期罹患により廃用した大腿四頭筋に対する V-Y 形成術術後でも、経時的な負荷漸増による筋力訓練で膝伸展筋力が回復すると考えた。歩行練習においては、術後に作成した支柱付き膝装具により膝折れと過伸展予防が得られ、早期から歩行練習が実施でき歩容の改善に有用であると考えた。

【理学療法研究としての意義】 大腿四頭筋 V-Y 形成術を併用した TKA の術後理学療法は、通常の TKA の理学療法に比べて、可動域および筋力練習の開始時期や練習期間、膝装具の工夫が必要であったが、屈曲可動域の拡大、大腿四頭筋の筋力増大も得られ、歩容の改善、ADL の拡大につながることが示唆された。大腿四頭筋 V-Y 形成術を併用したTKA の術後理学療法における経過報告は少なく、今回の報告は意義があると考える。

両側高度拘縮膝に対して一側に大腿四頭筋 V-Y形成術を併用した 両人工膝関節置換術(TKA)を施行し ADLが拡大した症例

○高森 宣行(たかもり のりゆき)1),川上 秀夫1)2),青木 利彦1),齋藤 佐知子1),中村 慎也1),寿 良太1),三好 祐之1),住平 有香1),秋野 賢一1),樋川 正直1)

1)一般財団法人 住友病院 リハビリテーション科,2)一般財団法人 住友病院 整形外科

Key word:高度拘縮膝,大腿四頭筋 V-Y 形成術,人工膝関節置換術

ポスター 第10セッション [ 運動器③(症例報告) ]

P10-1