4
国民生活 2018. 7 1 仮想通貨は高度な暗号技術とインターネット (以下、ネット)を使った情報システムです。 そのため、正しく理解するには暗号技術やネッ トを熟知する必要があります。しかし、利用者 の多くがそのような高度な技術を理解している わけではありません。仮想通貨を利用するに当 たり最低限理解しておくべき点は、 取引はパソコンやスマートフォン(以下、ス マホ)を使い、すべてネットで行うこと 購入窓口や購入資金を徴収する係員は存在し ないこと 価値が変動すること ネットやスマホ不具合による問題も含め、す べて利用者の自己責任であること などです。また、ネットバンキングやネット証 券の利用経験があることも強く望まれます。 仮想通貨とは 仮想通貨を一言で表現すれば、「ネット上で 流通する通貨のような機能を持つ電子データ」 です。中央銀行などが価値を裏付ける法定通 貨とは異なり、価値は相場で変動します。「も の」は存在せず、ネット上にデータで保管さ れています。特徴をいくつかの側面から説明 します。 1.技術としくみ 仮想通貨は、主に 2 つの特徴があります。1 つは管理に「ブロックチェーン」 (分散管理台帳、 詳細は後述)と呼ばれる技術が用いられること です。ブロックチェーンは取引データの改ざん、 二重取引、価値の消失などが生じないよう設計 されたしくみで、仮想通貨最大の特徴となって います。2 つ目は、ブロックチェーンを用いた 管理は特定の事業者などが行うのではなく、誰 もが自分のコンピューターで自由に管理に参加 できることです。ブロックチェーンによる仮想 通貨管理に参加した人は、その報酬として一定 量の仮想通貨を受け取ることができます。その ため、この参加者をマイナー(採掘者)と呼ぶ こともあります。仮想通貨のシステムはマイ ナーによって支えられています。 2.本来の用途と目的 ビ ッ ト コ イ ン の 発 案 者 と さ れ る Satoshi Nakamoto 氏の論文には、個人やグループ間 が行う決済を、金融機関を通さずに、安全・確 実に行うシステム、という趣旨が記されていま す。現在では、ビットコインを参考に数多くの 仮想通貨が生まれ流通していますが、いずれも その用途や目的は似ています。実際に、仮想通 貨を使った海外送金は銀行送金に比べかなり格 仮想通貨講座 -相談対応のために- 特 集 仮想通貨の相談対応に 必要な基礎知識 関東学院大学経営学部講師、決済サービス事業の企画、戦略立案を専門とするコンサル タント。消費生活相談員を対象とした研修も実施。講演、執筆多数。 山本 正行  Yamamoto Masayuki 山本国際コンサルタンツ代表

仮想通貨講座国民生活2018.7 1 仮想通貨は高度な暗号技術とインターネット (以下、ネット)を使った情報システムです。そのため、正しく理解するには暗号技術やネッ

  • Upload
    others

  • View
    1

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 仮想通貨講座国民生活2018.7 1 仮想通貨は高度な暗号技術とインターネット (以下、ネット)を使った情報システムです。そのため、正しく理解するには暗号技術やネッ

国民生活 2018.7 1

仮想通貨は高度な暗号技術とインターネット(以下、ネット)を使った情報システムです。そのため、正しく理解するには暗号技術やネットを熟知する必要があります。しかし、利用者の多くがそのような高度な技術を理解しているわけではありません。仮想通貨を利用するに当たり最低限理解しておくべき点は、●取引はパソコンやスマートフォン(以下、ス

マホ)を使い、すべてネットで行うこと●購入窓口や購入資金を徴収する係員は存在し

ないこと●価値が変動すること●ネットやスマホ不具合による問題も含め、す

べて利用者の自己責任であることなどです。また、ネットバンキングやネット証券の利用経験があることも強く望まれます。

仮想通貨とは

仮想通貨を一言で表現すれば、「ネット上で流通する通貨のような機能を持つ電子データ」です。中央銀行などが価値を裏付ける法定通貨とは異なり、価値は相場で変動します。「もの」は存在せず、ネット上にデータで保管されています。特徴をいくつかの側面から説明します。

1.技術としくみ仮想通貨は、主に 2 つの特徴があります。1

つは管理に「ブロックチェーン」(分散管理台帳、詳細は後述)と呼ばれる技術が用いられることです。ブロックチェーンは取引データの改ざん、二重取引、価値の消失などが生じないよう設計されたしくみで、仮想通貨最大の特徴となっています。2 つ目は、ブロックチェーンを用いた管理は特定の事業者などが行うのではなく、誰もが自分のコンピューターで自由に管理に参加できることです。ブロックチェーンによる仮想通貨管理に参加した人は、その報酬として一定量の仮想通貨を受け取ることができます。そのため、この参加者をマイナー(採掘者)と呼ぶこともあります。仮想通貨のシステムはマイナーによって支えられています。2.本来の用途と目的

ビットコインの発案者とされる Satoshi Nakamoto 氏の論文には、個人やグループ間が行う決済を、金融機関を通さずに、安全・確実に行うシステム、という趣旨が記されています。現在では、ビットコインを参考に数多くの仮想通貨が生まれ流通していますが、いずれもその用途や目的は似ています。実際に、仮想通貨を使った海外送金は銀行送金に比べかなり格

仮想通貨講座-相談対応のために-

特 集

仮想通貨の相談対応に必要な基礎知識

特 集

関東学院大学経営学部講師、決済サービス事業の企画、戦略立案を専門とするコンサルタント。消費生活相談員を対象とした研修も実施。講演、執筆多数。

山本 正行 Yamamoto Masayuki 山本国際コンサルタンツ代表

Page 2: 仮想通貨講座国民生活2018.7 1 仮想通貨は高度な暗号技術とインターネット (以下、ネット)を使った情報システムです。そのため、正しく理解するには暗号技術やネッ

国民生活 2018.7 2

安な上に簡便です。また、決済サービスとしての利用も一部で進み、商品やサービスの対価を仮想通貨で受け取る事業者も現れています。

送金や決済に加え、マイナーとなって仮想通貨を得る人や、価値が大きく変動する相場に目をつけ、投資・投機を目的とした取引を繰り返す人もいます。特に日本人は投資・投機目的の売買が多いと言われていますが、一部で消費者トラブルが発生しており、課題となっています。

次に、企業等が電子的にトークン(証票)を発行し、公衆から資金を集める ICO(Initial Coin Offering)*も新たな用途として注目されています。例えばヒュンダイなど大手企業による ICO もありますが、多くが実体のない詐欺行為と言われており注意が必要です。ICOへの投資は十分な知識と調査のうえで行うべきで、安易に行うべきではありません。3.制度

日本では、資金決済法により、仮想通貨を取り扱う「仮想通貨交換業者」(詳細は後述)が規制され、金融庁の登録を受けることが義務づけられています。

海外では、一部の国で取り扱いが厳しく規制されており、今後さらに規制が進む可能性もあります。

仮想通貨と電子マネー

仮想通貨は、価値が電子的にコンピューターなどに保存され、ネット上で流通する、という点で、電子マネーにも似ています。しかし、そのしくみは大きく異なります。1.制度・運用の違い

電子マネーには必ず発行者が存在し、その価値を発行者が保証します。例えば、Suica を発行する JR 東日本などが「前払式支払手段発行者」として金融庁の登録を受けています。

それに対し、ほとんどの仮想通貨に発行者という概念がなく、価値は保証されていません。

2.技術的な違い電子マネーは、残高や取引記録は発行者のコ

ンピューター(サーバ)に保存されます。それに対し仮想通貨は複数のマイナーが運用するコンピューターに、ブロックチェーン技術を用いて分散管理されます。仮想通貨は発行者が存在しない代わりに、マイニング(詳細は後述)で価値を生み出しています。

仮想通貨とデジタル通貨

最近は、ブロックチェーンの特徴はそのままで、マイナーを一部の事業者に絞るものや、管理者を金融機関や政府機関に絞る仮想通貨も現れています。それらは広義の仮想通貨といえますが、正確には仮想通貨とデジタル通貨(法定デジタル通貨)に区別されます。

仮想通貨は中央に管理者が存在しないのに対し、デジタル通貨は金融機関など中央に管理者が存在します(図 1)。日本では、三菱 UFJ 銀行による MUFG コインなどがあります。なお、デジタル通貨の中で中央銀行が管理するものを、法定デジタル通貨と呼び、スウェーデンのe クローナなどがこれに当たります。

仮想通貨の種類

仮想通貨には数多くの銘柄があり、現在もその数は増えています。しかし、最も発行総額が多く、送金や決済でよく利用されているのが

仮想通貨講座-相談対応のために-特集

特集1 仮想通貨の相談対応に必要な基礎知識

* 本特集2「ますます広がる仮想通貨をめぐる現状と課題」参照

図 1  仮想通貨とデジタル通貨の違い

仮想通貨

中 央に管 理 者がおらず任意のマイナーによってシステムが成り立つ

※ 中央銀行が運営する場合は「法定デジタル通貨」(スウェーデンの  e クローナなど)

デジタル通貨

中央に金融機関など特定の管理者が存在する例:MUFG コイン、など

例:ビットコイン、イーサリアム、など

・ブロックチェーン技術を利用

・電子的にのみ記録され移転できる

・ 法定通貨※ではない

Page 3: 仮想通貨講座国民生活2018.7 1 仮想通貨は高度な暗号技術とインターネット (以下、ネット)を使った情報システムです。そのため、正しく理解するには暗号技術やネッ

国民生活 2018.7 3

ビットコインです。時価総額でみれば、ビットコインが最大で、次がイーサリアムです。このほかに、ビットコインキャッシュ、リップル、ライトコインなどが挙げられます。

種類があまりにも増えたため、最近はビットコイン以外の仮想通貨をまとめて「アルトコイン」と呼ぶこともあります。

仮想通貨交換業者とは

仮想通貨交換業者(以下、交換業者)とは、利用者の金銭や仮想通貨を管理し、仮想通貨の売買、他の仮想通貨との交換などを媒介する事業者をいいます。2018 年 4 月 20 日現在、16 事業者が金融庁の登録を受けています。交換業者には、①利用者への適切な情報提供②利用者財産の分別管理③取引時確認と疑わしい取引の届出義務、などが義務づけられます。

一般に、交換業者は主に次のようなサービスをまとめて利用者に提供します。●販売所(図2)

交換業者が保有する仮想通貨の販売利用者が保有する仮想通貨の買い取り

●取引所・交換所(図2)仮想通貨の取引(売・買注文)を仲介

●送金(図2)・決済仮想通貨の送金や決済

●入出金仮想通貨購入資金の入金仮想通貨売却金の出金

●保有資産の管理仮想通貨保有数、時価、日本円資産、など

仮想通貨の入手・取引・払戻方法

 交換業者を利用する場合、利用者はまずアカウントを登録します。登録の際には運転免許証などによる本人確認が行われます。アカウントの登録ができたら、主に次のいずれかの方法で仮想通貨を入手することができます(図2)。

❶販売所で交換業者から仮想通貨を購入❷取引所・交換所で仮想通貨の買い注文を出

す❸仮想通貨を持っている人から送金してもらう❶❷には、事前に交換業者に必要な金額を

ネットバンキングなどで振り込む必要があります。

入手した仮想通貨は送金や決済などに利用できますが、現金で直接払い戻すことはできません。払い戻すには、保有する仮想通貨をいったん売却し日本円に替え、その日本円を銀行口座などに振り込む手続き(入出金)を行います。

仮想通貨のしくみ

1.ブロックチェーンブロックチェーンは、送金や決済など刻々と

変化する取引台帳データを、ネット上に分散する複数のコンピューターで管理する方法の1つです。取引が行われる都度、台帳データを更新しますが、その際にすべてのコンピューターがデータを厳格にチェックしたうえで書き換えます。

今後、ブロックチェーンのしくみを銀行の取引管理、カード会社の明細管理など、さまざまな用途に応用する動きが活発化していくと考えられています。2.ブロックチェーンのメリットと課題

ブロックチェーンの場合、例えばあるマイナーのコンピューターがダウンしても他のマイナーがそれを補うため、データが失われることがありません。また、個々のコンピューターが必ずしも高性能である必要がないため、システムの構築が容易というメリットもあります。一

仮想通貨講座-相談対応のために-特集

特集1 仮想通貨の相談対応に必要な基礎知識特集1 仮想通貨の相談対応に必要な基礎知識

図 2  仮想通貨の入手・取引のしくみ

売り

売り買い

買い

送金

利用者

利用者

利用者

利用者

利用者

販売

取引

送金

交換業者を介さずに直接送金を行うスマホアプリ(ウォレット)も存在

交換業者(販売所)

交換業者 交換業者

交換業者(取引所・交換所)

Page 4: 仮想通貨講座国民生活2018.7 1 仮想通貨は高度な暗号技術とインターネット (以下、ネット)を使った情報システムです。そのため、正しく理解するには暗号技術やネッ

国民生活 2018.7 4

方で、マイナーが増えると数多くのコンピューターが処理するために、時間がかかることが課題となっています。

次に、誰もが参加できることから不正を働く人もいるのではないか?という素朴な疑問が湧いてきます。ブロックチェーンの技術は高度な暗号技術が採用されており、取引データや価値の改ざんは困難です。これまでに発生した仮想通貨の流出事故をみると、多くはマイナーによるものではなく、悪意をもつ外部のハッカーの手によるものでした。しかし、最近は匿名取引やマイニングが容易な仮想通貨もあり、しくみを悪用するマイナーも現れています。3.マイニング

マイニングとは、仮想通貨のマイナーのコンピューターが、処理能力に応じて一定量の仮想通貨を生み出すしくみです。また、マイナーに報酬を与える重要な機能も果たしています。しかし、マイニングによって仮想通貨が増えすぎるとインフレが発生する懸念があります。それを抑制するため、仮想通貨の流通量には上限値が設定されており、それを超えるとマイニングができないようにプログラムされています。例えばビットコインの上限は 2100 万 BTC(ビットコインの単位)と定められており、現在およそ 80% 程度がマイニング済みといわれています。4.ハードフォーク

ハードフォークとは、マイナーが自らマイニングした仮想通貨を新しい仮想通貨として独立させる処理をいいます。例えば、ビットコインキャッシュは、ビットコインからハードフォークで生まれた仮想通貨です。ハードフォークを行うには所定の承認手続きが必要ですが、新しい仮想通貨は、ブロックチェーンによって管理されるデータが小さくなり、マイナーも新たに募るため、処理時間がかかるという問題が解消されます。ハードフォークで分離した新しい仮想通貨は、元の仮想通貨とはまったく別の仮想通貨として成長していきます。

5.ホットウォレットとコールドウォレット仮想通貨の送金や売買の際には、利用者のア

ドレス、公開鍵、秘密鍵、の基本 3 情報が必要です。通常、基本 3 情報は交換業者が利用者に付与します。利用者がその存在を強く意識する必要はありませんが、万一、秘密鍵が第三者に漏洩

えいすると、保有する仮想通貨が第三者に

流出する可能性があるので注意が必要です。基本 3 情報は通常は交換業者のサーバに保

存されますが、サイバー攻撃を受けた場合に秘密鍵が漏洩するリスクがあります。それを避けるため、秘密鍵をサーバではなく USB メモリに保存したり、紙に秘密鍵を表す QR コードを印刷して保存する方法もあります。サーバ上に保存する方式を「ホットウォレット」、USB メモリや紙で保存する方式を「コールドウォレット」と呼んで区別しています。

トラブルの相談対応

仮想通貨の取引はすべて利用者の自己責任です。また、ネット上の処理ですべて完結するため、利用者が行った取引を調査するには高度な技術が必要です。そのため、消費生活相談員が介入できる余地は極めて限定的であることを理解しておく必要があります。そのうえで、トラブルの相談を受けた場合は必ず次の点を確認してください。●相談者が実際に行った行為を正確に聞き取る●相談者が登録している交換業者はどこか

交換業者が特定できない場合には、相談者を救済する方法はありません。交換業者が特定できる場合は、相談者に自らの取引履歴を確認するよう話してください。相談者の取引履歴に送金や着金の記録がない場合は、取引自体が行われなかったことを意味します。

万一、サイバー攻撃などによって仮想通貨が盗まれた場合は、一部に損害保険の補償が受けられる場合もありますので、交換業者に問い合わせてください。

仮想通貨講座-相談対応のために-特集

特集1 仮想通貨の相談対応に必要な基礎知識