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189 比例・反比例の授業における数学的談話の構成 ―関数の学習軌道からの授業場面の考察― CONSTRUCTION OF MATHEMATICAL DISCOURSE IN THE LESSON OF PROPORTIONAL AND INVERSE-PROPORTIONAL FUNCTIONS 日野 圭子 HINO Keiko 概要(Summary) Aiming at the development of students’ functional thinking, this study conducted a design experiment on proportional/inverse-proportional functions in grade 7. Hino (2016a, 2016b) examined the teacher’s talk about these functions in the lessons where a dynamic mathematics software “GeoGebra” was used and found that the teacher positively narrated the aspect of “motion,” which was different from the typical textbook-only lessons on these contents. In this paper, in order to examine further the quality of talk as well as learning activity in the lessons, the notion of learning trajectory is explored. On the basis of previous studies, the author proposes a model of learning trajectory on proportional/inverse-proportional functions, and reects on the lessons of design experiment to get implications for the revision of design of the lessons. キーワード:関数,学習軌道,変化と対応,デザイン研究 1.はじめに 本研究の目的は,生徒の関数的思考の育成を目指し,小学校から中学校への学習の円滑な接続を 視野に入れて,中学校第1学年の関数に関わる内容の授業をデザインすることである。そのために, 「比例と反比例」の単元において,小学校高学年で学んできた比例,反比例を振り返り,関数的な 見方で見直していくことを促進するための手立てを検討し,栃木県内の公立中学校において,デザ インした授業の実践を行った。日野(2016a, 2016b)では,手立ての1つとして導入した動的数 学ソフトGeoGebraに焦点を当て,ICT教材を用いながら,教師が関数や比例,反比例をどのように 語っていたかを考察した。その結果,授業をした教師の語りでは,ものの動き(動き方や動く速 さ)が繰り返し観察され,教科書の静的な表現のみによる語りとの違いが確認された。特に,「ス ピード」や「ペース」等の言葉は量の変化に関わる。即ち,教師や生徒は比例,反比例を,量の変 化の点から自然に語っていた。 その一方で,教師や生徒の語りにみられた量の変化については,更なる考察が必要であることも 分かった。GeoGebraでは,座標平面上を点が動いたり,軌跡を描いたりしていく。そのため,点 に注意が集まり,その分,点を構成しているxとyの関係が見えにくくなっていた。また,点が動い た結果としてのグラフでは,グラフがある条件を満たす無限個の点から構成されているという側面 宇都宮大学 教育学部(連絡先: [email protected]CORE Metadata, citation and similar papers at core.ac.uk Provided by Utsunomiya University Academic Information Repository

比例・反比例の授業における数学的談話の構成 - COREまた,Confreyらは,学習軌道の規 定の中に,「研究者が推測し,実証的な裏付けのあるもの」(Confrey

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比例・反比例の授業における数学的談話の構成―関数の学習軌道からの授業場面の考察―

CONSTRUCTION OF MATHEMATICAL DISCOURSE IN THE LESSON OF PROPORTIONAL AND INVERSE-PROPORTIONAL FUNCTIONS

日野 圭子†

HINO Keiko

概要(Summary)Aiming at the development of students’ functional thinking, this study conducted a design experiment on proportional/inverse-proportional functions in grade 7. Hino (2016a, 2016b) examined the teacher’s talk about these functions in the lessons where a dynamic mathematics software “GeoGebra” was used and found that the teacher positively narrated the aspect of “motion,” which was different from the typical textbook-only lessons on these contents. In this paper, in order to examine further the quality of talk as well as learning activity in the lessons, the notion of learning trajectory is explored. On the basis of previous studies, the author proposes a model of learning trajectory on proportional/inverse-proportional functions, and refl ects on the lessons of design experiment to get implications for the revision of design of the lessons.

キーワード:関数,学習軌道,変化と対応,デザイン研究

1.はじめに 本研究の目的は,生徒の関数的思考の育成を目指し,小学校から中学校への学習の円滑な接続を

視野に入れて,中学校第1学年の関数に関わる内容の授業をデザインすることである。そのために,

「比例と反比例」の単元において,小学校高学年で学んできた比例,反比例を振り返り,関数的な

見方で見直していくことを促進するための手立てを検討し,栃木県内の公立中学校において,デザ

インした授業の実践を行った。日野(2016a, 2016b)では,手立ての1つとして導入した動的数

学ソフトGeoGebraに焦点を当て,ICT教材を用いながら,教師が関数や比例,反比例をどのように

語っていたかを考察した。その結果,授業をした教師の語りでは,ものの動き(動き方や動く速

さ)が繰り返し観察され,教科書の静的な表現のみによる語りとの違いが確認された。特に,「ス

ピード」や「ペース」等の言葉は量の変化に関わる。即ち,教師や生徒は比例,反比例を,量の変

化の点から自然に語っていた。

 その一方で,教師や生徒の語りにみられた量の変化については,更なる考察が必要であることも

分かった。GeoGebraでは,座標平面上を点が動いたり,軌跡を描いたりしていく。そのため,点

に注意が集まり,その分,点を構成しているxとyの関係が見えにくくなっていた。また,点が動い

た結果としてのグラフでは,グラフがある条件を満たす無限個の点から構成されているという側面

† 宇都宮大学 教育学部(連絡先: [email protected]

CORE Metadata, citation and similar papers at core.ac.uk

Provided by Utsunomiya University Academic Information Repository

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が,やはり,見えにくくなる可能性がある。量の変化と対応という関数的思考の特徴づけの視点に

立って,教師や生徒の語りや学習活動を検討し,その質を向上させていく必要がある。これらのこ

とから,本稿では,関数の学習軌道の研究を参照し,実践した授業における学習場面を事例的に検

討していく。

2.学習軌道と関数における先行研究(1)学習軌道について

 「学習軌道」(Learning Trajectory)とは,ある学習目標に向けて,心的過程や行為を発生させ

るために設計された一連の課題を通して推測される,生徒の思考や学習の記述のことである

(Clements & Sarama, 2004)。学習軌道は,生徒の理解やアイデアの進展の様子をより良く理解

することに貢献し,より生徒に適した指導方法を考えたり,カリキュラムを考えたりする上でのガ

イドともなり得る。学習軌道が意味するところは,研究者によって違う部分もあるが,「生徒の数

学学習の目標」「生徒の学習の過程についての仮説」「生徒の学習を促進するための経験を与える

数学的課題の系列」を含むものとして考えられることが多い。また,Confreyらは,学習軌道の規

定の中に,「研究者が推測し,実証的な裏付けのあるもの」(Confrey et al., 2014, p. 721)を入

れている。そこでは,生徒の学習やアイデアの進展の実証的研究に基づくものの,学習軌道はあく

までも「推測」(conjecture)であり,発達の段階論によるアプローチではないことが強調されて

いる。

 学習軌道の研究では,様々な内容や年齢層,期間において,生徒の思考や学習の道筋が考えられ

てきている(Maloney et al., 2014)。等分割や分数,長さの測定,図形の合成や分解のように,

初等的な数学の概念に関わる学習軌道の研究が行われている。しかし,中等教育段階の数学的概念

や思考を対象にした研究は,あまり多くはない(Ellis et al., 2016)。割合や比例,代数,関数と

いった,生徒にとって簡単ではない内容に対する学習軌道の研究が,よりいっそう求められている。

(2)変化と対応からみる関数の学習軌道

 学校数学において,伴って変わる2量間の関数関係の規則性を捉える上で,共変関係と対応関係

が区別されている。横に延びた表に対する見方を考えると,共変関係は,表に表れている2つの数

量の関係を横に見る見方(変化の見方),対応関係は縦に見る見方(対応の見方)を指している。

変化と対応の見方は,我が国の数量関係の学習指導における要である。小学校において,伴って変

わる2つの数量の関係を考察する際に,変化や対応の特徴を調べることは,関数の考えの重要な部

分である。また,比例が小学校5年で導入されるときは,変化の見方に基づいている。そして6年

で,より連続的な変化とともに,式に伴って対応の見方が指導される。中学校1年では,「関数」

という用語の導入によって対応が強調され,y=axの式によって比例が再定義される等,対応関係

への注目が顕著となる。変化の見方と対応の見方は,関数の学習指導において,その後も継続して

役割を果たしていく。

 しかしながら,共変関係と対応関係が,生徒の関数的思考の進展において,どのような位置づけ

となっているかはそれ程明らかではない。比例的推論の研究では,生徒が問題解決において用いる

多様な思考方略をもとに,比率に関わる理解モデルが提案されている。Kaput & West(1994)は,

内包量の概念化,使用の仕方として2つの方法を区別し,発達のモデルを示した。1つは,「比率

としての比」であり,実態・状況・出来事の一般的な記述としての内包量の概念化である。もう1

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つは,「特定の比」であり,特定の例についての比の記述である。Kaputらは,「比率としての

比」の概念は,「特定の比」の経験,つまり,ある特定の量のペアを関連づける心的操作から,そ

れを一般化していくことで,認知的に構築されると述べている。Thompson(1994)も類似の視

点から比と比率を区別し,特に,「ある比を繰り返すことによる累積」と「一定の比による全体的

累積」を区別する。後者の理解に達すると,2量の間にある比の一定性を保ちつつ共変関係を連続

的に考えることが出来るようになる。これらのモデルでは,主として共変関係についての進展が考

察されている。

 関数の概念の理解や発達に関する研究では,対応関係の認識,共変と対応の発達的関係について

も指摘がなされている(例:Johnson, 2012; 布川, 2010)。また,近年は,研究者によって,共

変関係を用いた推論の質の高まりを捉えるモデルや,共変関係と対応関係の両面の認識を視野に入

れた関数の学習軌道が提案されている。ここでは,3つの先行研究を取り上げてみたい。

① Thompsonによる共変の意味のレベル

 Thmpson(to appear)は,自身のこれまでの比率に関する研究の蓄積を基に,教師の共変的推

論の力を調査している。Thompsonの問題意識は,教師による数学的意味の質(mathematical

meanings for teaching)である。教師の数学的意味とは,彼らが教える数学のイメージであり,彼

らが生徒に持ってもらいたいと意図しているイメージである。このイメージが乏しいと,当然のこ

とながら,生徒に提供される意味の質も乏しくなる。Thompsonは教師へのアンケートやインタビ

ューを通して,共変的推論に関して,教師が「生産的な意味」(生徒にとって価値のある意味)を

把握しているかどうかを調査している。以下の5つのレベルは,教師の解答を評価する目的で作ら

れたルブリックである。

表1:連続的な共変に対する意味(Thompson, to appear, p. 15より転用)レ ベ ル 記     述

変化するが調整はない 変数が伴って変わるというイメージを持っていない。1つの変数の変化に焦点が当り,値の調整は行われない。

値の前調整(pre-coordination) 2つの変数の値が伴って変わることを想像するが,同時的に伴っては変わらない(第1の変数が変わったら,第2の変数が変わり,また,最初の変数が変わる…)。値のペアを作ることを予想していない。

値の調整 ペア (x, f(x)) の離散的な集合を作ることを予想しながら,1変数の値を,他変数の値と調整する。

チャンク的な連続的な共変 1変数の値のチャンク的で連続的な変化を,他変数の値のチャンク的で連続的な変化との関係で想像する。

スムーズな連続的な共変 変数がスムーズかつ連続的に変化するところで,1変数の値の変化を,他変数の値の変化との関係で想像する。

 Thompsonは,ボールが床に落ち,バウンドしながら止まっていく状況についての課題を,111

名の米国の高校教員に解答してもらい,表1のレベルを使って評価をしている。教師の記述は予想

以上に乏しく分析は困難を極めたと言う。また,課題に添えられたグラフを,量の共変関係を表し

ていると捉えた解答が著しく少なかったことが指摘されている。

② Carlsonらによる共変的推論のレベル

 Carlson et al.(2002)は,Thompsonらの比率に関する研究(例:Thompson, 1994)を参照し

ながら,共変的推論を「量同士が互いに関連しながら変わっていく仕方に注目しながら,変化する

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2量を調整することを含む認知的活動」と規定し,共変関係の調整について,5つの行為を同定す

る。Carlsonらは,微積分を学習する生徒を対象にしており,彼らが微分係数を機械的に計算する

現状に問題意識を持って,共変的推論についての発達的な枠組みを提案した。

表2:Carlsonらの共変の枠組みにおける心的行為(Carlson, et al., 2002, p. 357を一部改変)心的行為 行     動

心的行為1(MA1):1つの変数の値を,他の変数の変化と調整する。

2つの変数を調整することの言語的指示によって,軸をラベル化する。(例:xが変わるとyが変わる)

心的行為2(MA2):1つの変数の変化の方向を,他の変数の変化と調整する。

増加する直線を描く。インプットの変化を考慮して,アウトプットの変化の方向の認識を言語化する。

心的行為3(MA3):1つの変数の変化の大きさを,他の変数の変化と調整する。

点をプロットし,割線を描く。インプットの変化を考慮して,アウトプットの変化の大きさの認識を言語化する。

心的行為4(MA4):関数の平均変化率を,インプット変数の一定の増加において調整する。

領域に対して連続する割線を描く。インプットの一定の増加を考慮して,(インプットに関する)アウトプットの変化の割合の意識を言語化する。

心的行為5(MA5):関数の瞬間的な変化の割合を,全体の領域に対する独立変数の連続した変化と調整する。

concavityな変化を明白に示すスムーズなカーブを描く。関数の全領域に対して,変化の割合の瞬間的な変化の認識を言語化する。

 そして,表2の心的行為を可能にする共変のイメージとして,次のような「共変的推論のレベ

ル」を設定している。ここでの「イメージ」は,Thompsonに拠り,「心的操作のダイナミクスに

焦点を当てたもの」であることが述べられている。

表3:共変的推論のレベル(Carlson, et al., 2002, p. 358を一部改変)共変のイメージの発達のレベル 記     述

レベル1(L1):調整 共変のイメージは,1つの変数の変化を他の変数の変化と調整する心的行為を支える。(MA1)

レベル2(L2):方向 1つの変数の変化の方向を,他の変数の変化と調整する心的行為を支える。(MA1とMA2の両方の心的行為が,L2イメージによって支えられる。)

レベル3(L3):量的な調整 1つの変数の変化の大きさを,他の変数の変化と調整する心的行為を支える。(MA1,MA2,MA3の心的行為がL3イメージによって支えられる。)

レベル4(L4):平均的な比率 関数の平均変化率を,インプット変数の一定の変化と調整する心的行為を支える。平均変化率は,アウトプット変数の変化の大きさを,インプット変数の変化と調整するために,取り出される。(MA1~MA4の心的行為がL4イメージによって支えられる。)

レベル5(L5):瞬間的な比率

関数の瞬間的な変化率を,インプット変数の連続した変化と調整する心的行為を支える。このレベルは,瞬間的な比率が,より小さな平均変化率への精錬(refinement)から生じるという認識を含む。また,変曲点は,変化率が増加から減少へ,あるいは減少から増加へと転じるところであるという認識を含む。(MA1~MA5の心的行為がL5イメージによって支えられる。)

 Carlsonらは,表2,表3で表された枠組みを使って,微積分の学習をAの成績で終了した20名の

生徒に行ったアンケートとインタビューの結果を分析している。そこでは,2量が伴って変わる場

面(球形のボトルに水を入れる,時間に伴う温度の変化等)に対してグラフを描くことを求めたり,

速さを求めたりする課題が扱われた。得られた結果から,生徒の共変的推論には差があること,レ

ベル4,5の推論が難しいこと等が分かった。

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③ Ellisらによる指数関数についての学習軌道のモデル

 Ellis et al.(2016)は,指数関数に関しての学習軌道を提案している。この学習軌道は,数名の

8年生の生徒に対する2回の教授実験を通して,生徒の様子を詳細に分析する中で見えてきたもの

であり,3つの主要な推論の段階,「前関数的な推論」(prefunctional reasoning)「共変推論」

(covariation reasoning)「対応推論」(correspondence reasoning)から成っている。ここで,

「段階」とは,ある特徴が継続して見られるような期間を指している。前関数的な推論の段階は,

他の2つの段階に対して先んじるが,共変推論と対応推論には順序付けはなく,初期の共変推論に

ついての理解が構成された後に,より洗練された共変推論と対応推論とが連携して働きながら両者

が構成されていくとされる(p. 160)。表4は,Ellis et al.(2016)のpp. 161-167の記述から,

「初期の共変推論」を含む4つの推論を特徴づける鍵となる理解の要素を示したものである。

表4:指数的な成長に対する学習軌道推論の段階 鍵となる理解の要素とその内容

前関数的な推論 PR1) 質的な理解 PR2) 累乗 PR3) 成長率の大きさ

・yの値が成長する率がどんどん大きくなることが分かるが,増え方は量的には表されていない。・yが累乗によって大きくなっていくことが分かるが,x(時間)には注目していない。・成長する率の大きさが,yの値の増え方を決めていることが分かる。

初期の(early)共変推論

Cov1) 暗黙的な調整 Cov2) 1単位の変化における明白な調整Cov3) 複数単位の変化における明白な調整

・yの値が「1回毎に」一定の率で大きくなることが分かるが時間の値は明白には量化されていない。 ・△x=1のxの変化に対してyの乗法的な成長率を調整できる。可逆性に達すると△x=1のときのy2/y1で成長率を求められる。 ・xの値の変化が複数単位のときにyの値の変化を調整できるが,累乗の行動にイメージは根ざしている。可逆性に達すると,yの値を△x回繰り返し掛けることで成長率を求める。

対 応 推 論 Cor1) 累乗の代数的表現Cor2) 初期の高さは定数倍

Cor3) 初期の高さは出発の値Cor4) 成長率の影響 Cor5) 対応関係,整数 Cor6) 対応関係,分数

・成長率bの累乗のパターンをy=bxの式で表す。 ・y=abxのaは,週(x)が与えられた時の高さ(bx)を,a倍するものであると考える。 ・初期の高さaは,かけ算が始まる最初の値であると考える。 ・xの値が大きくなると,成長率bは,初期の高さaよりも,植物の高さ(y)に影響を与えることが分かる。 ・y=bxの対応によって,xの整数の値が与えられると,yの値を求めることができる。(Cor6は,整数だけでなく分数でも)

共 変 推 論 Cov4) 再-単位化 Cov5) 複数単位の変化における明白な調整 Cov6) 新しいyの値を決めるために複数単位の変化における明白な調整 Cov7) 可逆性(成長率を求める) Cov8) すべての△xに対して,乗法的な変化を調整する Cov9) xの一定の変化が,yにお け る P r o p o r t i o n a l Multiplicative Constant な変化を導出する

・新しい単位で乗法的に操作するために,xの複数単位の変化から新しい単位を作り出す。・△x>1に対してyの値の間の比を調整する。もはや累乗のイメージには頼らない。・xの加法的変化に対してyの乗法的変化を調整することで新しい高さ(y)を決める。累乗のイメージには頼らず,y1にb(x2-x1)を掛けることで,y2を決める。・bが分からないときに,△xに対するy2とy1の比を調整し,y2/y1の△xの累乗根によって求める。・△x<1の場合を含めて,どんな変化xに対しても,yの値同志の比を調整する。・すべての△xに対して,対応する2つの高さy2とy1の比が,b(x2-x1)であり,x1やx2という個々の値に依存しないことが分かる。

 Ellisらは,教授実験の結果に基づいて,まだ関数についての学習があまり進んでいない生徒に対

しては,2量の関係に着目をし,その2量が共変的に変わることを探究することから始めるべきで

あると述べている。そして,Cor1とCov1の理解での推論が出来るようになると,共変推論の準備

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が出来てくる。その時に,関連する量について観察したり,視覚化したり,操作したりする機会を

与えることで,共変推論の質が高まってくるという。その際には,生徒が暗黙的に考えているxとy

の両方の変わり方に,彼ら自身がより明白に注目できるように支援していくことが重要であるとい

う。

(3)本研究における示唆:比例・反比例の学習軌道の提案

 本研究では,中学校1年生を対象に,比例,反比例の関係の学習を通した関数的思考の高まりを

考えている。本研究が対象とする関数は,上記の先行研究よりも基本的なものであるが,共変的推

論と対応的推論の両方の側面での思考の高まりを期待している。そこで,先行研究に基づいて,中

学校1年の比例・反比例の学習において,どのような生徒の推論の質が区別できるかを考えてみた。

ここでは,「比例・反比例の学習軌道」と呼ぶことにする。以下の学習軌道では,「段階」の名称

を用いているが,Ellis et al.(2016)に倣い,ある特徴が継続して見られるような期間を指してい

る。

1.伴って変わる2つの量の調整が行われる以前の段階

2.伴って変わる2つの量の調整が始まる段階

3.累加ベースの共変的な推論の段階

4.チャンクによる共変的な推論の段階

5.手続きベースの対応的な推論の段階

6.対応的な推論の段階

7.スムーズな共変的な推論の段階

 1,2は,3以降に先んじると考え,3は4に,また,5は6に先んじると考えてる。しかし,

Ellis et al.らの研究で明らかにされていることを受け,3,4の段階と,5,6の段階の間に順序

付けは付けていない。共変的な推論と対応的な推論は,同時に,互いに影響し合いながら進展をし

ていくと考えている。また,7については,共変的な推論の最終のゴールという意味で入れている

が,実際には,中学校上学年や高等学校での様々な関数の学習を通して到達すると考えられるため,

本研究では扱わない。以下では,1~6のそれぞれの段階について,簡単に述べる。

 「1.伴って変わる2つの量の調整が行われる以前の段階」は,2つの量が伴って変わるという

ことのイメージをまだ持っていない段階である。1つの量の変化(y)について注目し,その変化

の様子を質的に表現したり(「増えていく」等),数値によって表現したり(「2ずつ増える」

等)する。変数x(しばしば時間である)には注目していない。

 「2.伴って変わる2つの量の調整が始まる段階」は,2つの量が伴って変わるということのイ

メージを持ち始める段階である。1つではなく,2つの量が意識され,表のx,y,あるいは,グラ

フの2つの軸にラベルを付けることができる。また,2つの量の最初の調整の仕方として,方向の

言葉が出てくる(「時間が経つと,高さがどんどん高くなる」等)。ある限定された範囲について,

1つの変数の変化の大きさを,他の変数の変化の大きさと比べるような言葉も出てくる(「xが2増

えて,yは3増えた」等)。」

 「3.累加ベースの共変的な推論の段階」は,1つの変数の変化の大きさが1のときに,他の変

数の変化の大きさがどうなっているのかをイメージしていく段階である。基本的に△x=1に限定

された中で,yが一定に増えていることや,一定に増えていないことを,質的に(「同じペースで

増える」等),あるいは,数値を使いながら(「1増える毎に2増える」等)述べる。単位1を複数

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まとめた単位について(△x=2等)同様の推論をすることも,この段階に入る。

 「4.チャンクによる共変的な推論の段階」は,1つの変数の変化の大きさが1でないときにつ

いても,再単位化を行うことで,他の変数の変化の大きさがどうなっているのかを柔軟にイメージ

していく段階である。この段階では,割合の理解の進展を伴い,「累加ベース」によるイメージに

頼らなくなる。再単位化によって新しい単位を作って,その単位を操作したり,異なる変化の大き

さを比べたりする。△x<1に対しても,操作したり,変化の大きさを比べたりすることができる。

比例の場合,累加を短縮化した形である倍比例(「xがn倍になると,yもn倍になる」等)を使っ

て推論をすることも,この段階である。チャンクの理解が進むと,例えば反比例の場合,任意の

x1,x2とそれに対応するy1,y2について,x2/x1がa倍だと,y2/y1が1/aになっているという推

論ができる。

 「5.手続きベースの対応的な推論の段階」は,2つの変数の間の対応のきまりによって結び付

いた個々のxの値とyの値のペア(あるいはペアの離散的な集合)をイメージしていく段階である。

このきまりによって,xの値から,手続きに従ってyの値を求めることができる。ただし,2つの変

数の対応は,個別に,あるいは,離散的な部分集合については視野に入っているが,変数の全体を

見通すというところはあまり注目されていない。

 「6.対応的な推論の段階」は,2つの変数の間の対応関係を,全体を見通してイメージしてい

く段階である。式による表現では,式に表れる定数(a)が,xからyを作っていく上で,どのよう

に影響を与えているかがわかり,表やグラフによる表現でも,y/xが常に一定になっていること,

xyが常に一定になっていることを使って考えることができる。

 1~4および7の段階は,共変的推論に関する先行研究に基づいて設定した。対応的な推論につ

いては,Thompsonにおいては,「値の調整」として「チャンク的な連続的な共変」の前のレベル

に位置づいているが,その根拠はあまり明確ではない。Ellis et al.においては,「対応推論」は,

「初期の共変推論」の後の段階であるが,「共変推論」と同時に進展していく片割れとして,位置

づけられている。一方,筆者の中学1年生の長期にわたるインタビューの結果からは,xとyの対応

関係に注目し,その関係を手続き的に使い続けている生徒がいることが分かっている(日野,

2014)。彼らは,xにある手続きをすることでyが求められることに関心があるが,数値を個別に

捉えており,2つの変数の対応関係として手続きを使っているというわけではなかった。そこで,

このような生徒の存在を反映させて,対応的な推論を,5と6の段階に分けて設定することにした。

3.実施した授業における変化と対応 本節では,2015年11月から12月にかけて実施した中学校1年「比例と反比例」の授業(日野,

2016a,2016b)を,第2節で提案した比例・反比例の学習軌道を視点として見ていく。その際,

幾つかの授業場面について事例的に検討をすることで,生徒が共変的な推論,対応的な推論を行う

力を育てていくための手立てについて考える。

(1)授業について

 表5は,授業(全21時間)で扱われたトピックと,意図された変化と対応の視点,そして,実施

された授業での談話の分析において確認された変化と対応についての語りを示したものである。

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表5:比例・反比例の単元における変化と対応の視点時 概   要 変化と対応の視点

教師や生徒の語りにおける変化と対応

1具体場面で量の関係を考える 変化と対応から解法を整理したり,2つ

のお風呂の溜まり方を比べたりする。変化,対応の言葉は言わない。解法,比較では両方の視点が出る。

2関数の意味を理解する 関数の定義において,対応を指摘する。

変化,対応を表記する。特になし

3

比例について,変域を負の範囲に拡張する(表で表す)

高さ(y)の変化を見易くするために,時間(x)を用いてグラフや表に表す。比例の確認では,表での変化,対応を見て行く。

変化,対応の言葉は使わないが,生徒からは表,式による表現が出る。

4比例について,変域を負の範囲に拡張する(式,グラフで表す)

式では,「2」だけが変わらない。

5座標の練習比例定数が負について考える

座標は対応。比例の確認では,表での変化,対応を見て行く。

比例の特徴を示す時に,初めて変化,対応の言葉を使う。

6比例定数が負について考えるグラフのかき方を考える 表からグラフをかく時に対応を使う。

スピードが一定だと比例。

7グラフのかき方を考える y=2/3xのグラフをかく際に,(3, 2)を使う

理由を考える。(3, 2)の点は「取り易いから」と言う。点を取って(対応)直線で結ぶ。

8比例の式とグラフの関係を考える 式のaがグラフのどこに表れるか。対応,

変化を指摘する。変化については,方向の確認。階段の話に触れた。

9比例の式を求める 変化,対応に着目してaを捉える。 対応。変化については,第10時で生徒の

解法に触れた。

10比例の式を求める,練習問題 階段の例えも使って,グラフで変化を視

覚化。

11, 12比例の応用(マラソンの走り) 変化,対応を使ってグラフをかいたり,

読んだりする。グラフをかくところは質的な推論や言葉が出る。比例とみなして外挿する機会を与えた。

13具体場面で量の関係を考える,反比例の特徴の確認をする

変化と対応を視点として,長方形の縦と横の長さの関係を調べる。

変化,対応の言葉は言わない。

14反比例の特徴を比例と比べる 変化と対応を視点として,反比例の特徴

を比例と比べる。y=a/xは対応が捉えやすい。

変化と対応の視点は特に言わない。y=a/xで対応が計算しやすいことに触れる(生徒には難しい)。

15反比例の変域を負の範囲に拡張する

反比例の確認では,表での変化,対応を見て行く。

変化と対応の視点は特に言わない。

16比例定数が負について考える 反比例の確認では,表での変化,対応を

見て行く。変化と対応の視点は特に言わない。対応を主に扱う。

17反比例の式とグラフの関係を考える

式のaがグラフのどこに表れるか。対応,変化を指摘する。

特になし

18反比例の式を求める 変化,対応に着目してaを捉える。 「yをxの式に表そう」だとy=..と書かな

くてはいけない。生徒からは対応を使ったものだけ出る。対応を主に扱う。

19-21

反比例の応用,まとめ 変化,対応を使って表,式,グラフから比例,反比例,関数かどうかを調べる。反比例の変化,対応の特徴を使って,問題を解決する。

式,表,グラフで扱っていき,変化,対応というわけではない。反比例の問題解決では,変化を使った生徒が多い。

 表5が示すように,変化と対応の視点は,単元全体を一貫して流れる重要な視点として埋め込ま

れた。これは,「関数」によって小学校で学習してきた比例,反比例を振り返り,その意味を負の

範囲にまで拡張するとともに,日常場面で使っていく能力を身に付けるために,変化と対応という

見方・考え方が,重要な基礎を与えているためである。

 一方,授業では,「変化」「対応」という言葉自体は,はじめの頃は教師によって使われなかっ

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た。第5時に,比例の特徴を整理する際に,「変化」と「対応」という言葉が初めて使われ,その

後,表の数値を横に比べて読んだり,縦に比べて読んだりする読み方を区別する際に,これらの言

葉が教師によって使われるようになった。式に対して,「対応」の言葉が使われることもあったが,

グラフについては特に使われず,「変化」と「対応」の言葉は,表にほぼ限定された形で使われて

いた。

 「変化」「対応」という言葉はあまり使われなかったが,授業では,変化や対応の関係を使った

解法や表現,比較の方法が扱われたり,生徒から示されたりしていた。また,GeoGebraによるデ

ジタル教材によって,変化の様子が可視化されることで,動き(動く方向,動く速さ,動きの連続

性など)についての語りが活発化している様子が見られた(日野,2016a,2016b)。比例,反比

例のいずれにおいても,学習の前半は,表における数値の変化と対応が扱われたが,グラフをかい

たり,式を求めたりする学習では,対応が主として扱われていた。一方,生徒の中には,表を使っ

て変化に着目した解法を見いだす者も多く,第11時や,第19~21時の応用の時間には,変化に着

目をして調べたり,問題解決にアプローチしたりしている様子が観察された。

(2)幾つかの授業場面における変化と対応の扱いの検討

 ここでは,比例・反比例の学習軌道の段階を意識しながら,授業実践を見ていく。特に,2の段

階,4の段階,6の段階について,実践した授業の中から幾つかの場面を事例的に検討しながら,

それらの推論を授業の中で生徒が行うには,どのような手立てや注意を考えることができるかを述

べる。

① 具体的な問題場面において,量の関係を捉えていく場面

 変化,あるいは,対応に着目をすることが必要になる場面の1つは,具体的な問題状況において

量の関係を捉えていく場面である。今回実施した授業では,お風呂に水をためる場面(第1時),

エレベータが上ったり,下ったりする場面(第3時,第5時),長方形の面積と縦,横の辺の長さ

との関係を考える場面(第13時),マラソンの走りをグラフに表す場面,管を何本か使って水そ

うに水をためる場面(第11時や第21時)のように,量の関係を捉えて行く場面が幾つかあった。

具体的な問題状況から量の関係を捉えて,関数のモデルが適用できるようにすることは,数学化に

相当し,数学的モデル化の過程における最初の重要な過程となっている。これらのすべての場面で,

丁寧な扱いをする必要があるかどうかは議論の余地があるが,いずれかの場面で,具体的な問題状

況に生徒を直面させ,数学化に関わらせながら,2量の変化や対応の視点を示していくことは大切

である。その際には,比例・反比例の学習軌道の2の段階「伴って変わる2つの量の調整が始まる

段階」に関わった推論が生徒には求められる。2の段階の経験ができるように教材を工夫すること

で,1の段階にいる生徒を,2の段階に高めたり,2の段階を意識化させたりすることができる。

 第1時のお風呂の場面を例にして考えてみたい。実践した授業では,直方体の風呂の絵を貼り,

このお風呂(風呂A)では何分後に水を止めに行ったら良いかを問題とした。ここでは,「水が特

定のところまで溜まった時に止めに行きたい」というゴールに対して,溜まった深さを変数(y)

に選び,それと良い関係にあってしかも測定しやすい変数(x)として時間を選ぶことが必要であ

る。以下は,これらの変数が教師と生徒のやりとりの中で出て来た場面である。

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T:いつ止めにいったらよいですか?

S:・・・

T:わからないね。じゃあ,何がわかったらいいんでしょう。

S:1分間に入れる量。

T:でも,例えば,1分間に10Lとします。それで。1分間どれだけかわかればわかるね。何L。どんな量に

したらいいかね。こうやってたまって行くんだから,センチセンチ。センチって何?たまっていくお風

呂の。1分間に何Lたまるのと,1分間に何センチですよっていうの,どっちが使いやすいですか。

T:深さだったら,分かり易いね。定規差し込んで測るわけではないんですが,分かり易いですね。だから,

1分間の量でも考えられるけど,どれくらいの深さでも考えられる。そういうのが分かればみんなは,

条件が分かれば,瞬時にパパっと計算ができる。

 「1分間に入れる量」という発言が生徒からなされると,発言された時間(分)が変数xとして,

その後使われていった。一方,深さという変数yは,教師から提案されている。生徒からの発言が

殆どないため,水が時間に伴ってどんどん溜まって深くなっていく様子がどの程度イメージされ,

更に,知りたい量(深さ)を知るために,時間を変数xとすると都合がよいことがどの程度生徒の

間に広まったのかは分からない。2の段階の経験を生徒にさせるためには,水が溜まっていく様子

を動画などで見せながら,伴って変わる2つの量を色々と見つけさせることも必要であろう(変化

の視点)。その際,時間が増えるにつれて深さも増すが,入れる水の量が増えるにつれて深さが増

すなど,深さを制御している変数は時間だけではない。こうした点を話し合いながら,時間を変数

xとすることのよさとともに,関数における対応の視点を導入することもできる(布川,2015)。

② 伴って変わる2つの数量の変わり方を調べる場面

 比例・反比例の学習軌道の3の段階である「累加ベースの共変的な推論の段階」は,変数xの変

化の大きさが1のときに,変数yの変化の大きさがどうなるかをイメージする段階である。実践し

た授業では,この段階の推論が観察された。例えば,生徒がかく表は,変数xについては0,1,2,

3,…と並んでおり,xが1増えたときのyの変わり方ついてのパターンを見つけている様子が見ら

れた。2つの風呂の溜まり方を比べる際も,xが1増えたときのyの増え方に着目した意見が発表さ

れた。

 これに対して,4の段階である「チャンクによる共変的な推論の段階」では,割合の理解の進展

を伴う。従って,3と4の段階の間には,ギャップが存在している。しかし,授業を振り返ってみ

ると,4の段階の推論が授業の中で扱われた場面は,殆どなかった。比例であるかどうか,反比例

であるかどうかの確認をする場面でも,x=1からx=2になるときに,yが2倍になっているか,yが

1/2になっているかがまず確認され,次に,x=1からx=3になるときについて確認された。更に,

x=2からx=6になる時など,1,2か所,別の値についての変化の特徴の確認があった。これらは

どれも,簡単な倍関係を扱っており,3の段階の共変的な推論である。4の段階の推論,例えば,

x=2からx=5,x=5からx=8への変化,あるいは,xの値が小数や分数である場合については確認

されなかった。

 2つの数量が比例関係にあるときは,数量の一方がm倍(有理数倍)になれば,それに対応する

他方の数量もm倍になる。2つの数量が反比例の関係にあるときは,数量の一方がm倍(有理数

倍)になれば,それに対応する他方の数量は1/m倍になる。4の段階に進むためには,整数倍だけ

でなく,有理数倍を用いる共変的な推論をする機会を設けることが必要である。こうした機会は,

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数値を工夫することでも作り出すことができる。例えば,比例関係にあるxとyについて考えるとき

に,表に並ぶ数値を等間隔にするのではなく,間隔がばらばらな数値にして,表にないxの値

(x=4やx=6.5等)に対するyの値を,変化の関係を使って埋める課題を与えることができる(図1

参照)。

x  0    2.5    3   …

y  0    10    12  …

  図1:xの数値が等間隔に並んでいない表

 グラフについても,整数値の点だけではなく,小数や分数で表される座標を持つ点を,外挿や内

挿入によって求める課題を与えることができるであろう。あるいは,異なる2数量の関係を表す図

1のような2つの表を比べて,変化の様子を比べることもできる。4の段階に進むためには,きり

のいい倍関係にある数値だけでなく,有理数を使った共変的な推論をする経験を積むことが必要で

ある。

③ 式とグラフの関係を考える場面

 上述したように,2つの数量の間の対応関係に注目をし,座標を使って点をプロットしたり,式

を求めたりすることは,授業において重要な活動であった(第7~9時,第17~18時)。比例・反

比例の学習軌道の段階で見ると,5の段階である「手続きベースの対応的な推論の段階」,6の段

階である「対応的な推論の段階」の両方の段階が扱われていたと考えられる。数量の関係を式に表

す上では,表を作り,xとyの対応関係のきまりを見つけていく。グラフに表す上でも,表から,対

応するxとyのペアを作って,点としてプロットしていく。式からグラフ,あるいは,グラフから式

に翻訳をする際も,式あるいはグラフにおけるxとyの対応関係に着目していくことが必要になる。

こうした多くの活動は,5の段階の推論をする機会を提供したと考えられる。

 一方,6の段階の推論においては,式の理解が1つのポイントになる。式(y=ax,y=a/x)の理解,

特に,比例定数 a の意味の理解が大切である。実践された授業では,比例定数 a の意味は,式とグ

ラフの関係を考える授業(第 8 時,第 17 時)において,主に扱われた。例えば,第 8 時では,第

6 時,第 7 時にかいた複数の比例のグラフ(y=x,y= - 1/2x,y=1.5x,y= - 3/5x)を比較しなが

ら,比例の式とグラフの関係を考えていく課題が出された。生徒はグループ毎に発表し,比例の式

とグラフの関係の特徴がまとめられた。「y=ax のグラフは原点を通る直線」「a > 0 のとき右上がり,

a < 0 のとき右下がり」の特徴の他に,「永遠に続く」「同じ数 (a の絶対値のこと ) でも,プラスか

マイナスかで違う」という発言もあった。そして,発表後に教師は,教科書の y=2x のグラフに注

目させると,「これ階段みたいになってますね。x が 1 増えると,これ,y 幾つ増えてますか? 2

増えてますね。ね,x が右に 1 個増えてると,y が 1 増えてます。」と述べ,a とグラフの傾きとの

関連に触れた。

 生徒が発表した,aの正負とグラフの形との関係は,aが変数yに及ぼす影響を示すものであり,

6の段階の推論を支える知識である。第8時には主には扱われなかったが,「aの大きさによって

グラフの傾きが異なる」「aはx=1のときのyの値である」といった知識も,6の段階の推論を支

えている。y=axのaがyに及ぼす影響について,生徒の意識を向け,多様な見方でaの意味を見つけ

て行く上では,式とそれに対応するグラフが描かれるGeoGebraの教材を準備し,生徒が自由にaの

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数値を変え,表示されるグラフがどう変わるかを操作できるような環境を準備することも出来よう。

操作活動を通して,生徒自身が,比例定数aが直線の傾きを表していることに気付くことを期待し

たい。同様の教材を,反比例の式とグラフの関係を調べる際にも準備し,やはり多様な関係を生徒

が見出すとともに,反比例の式におけるaがグラフではどこに表れているのかを考察する機会も作

りたい。

 6の段階の推論をする機会を作り出す上では,生徒が対応のきまりを考えることの必要性を感じ,

式でどのように表すかを考えることもポイントである。これは,比例の式,反比例の式をいつどの

ように生徒に要求するかという問題に関わる。Ellisらは,xの値が非常に大きかったり細かかった

りして,表で小さい値から順に変化のパターンを使ってyを求めていくことが大変な場面,また,

きまりを一般的に(公式)表しておくと,どんな値についても求めることが出来て都合がよい場面

などが,式を導入する上で有効であったと言う(Ellis et al., 2016)。このような場面を作り出し,

生徒に対応的な推論をする機会を与えることも大切である。

④ 学習した関数を日常場面の問題解決に活用する場面

 単元を通して学習を進めてきた比例,反比例を,日常の場面での問題解決に活用することは,最

終的なゴールの1つである。実践した授業では,比例の学習後の第10時に,自分のマラソンでの

走りをグラフで表現し,その後,あるランナーの走行中の時間と道のりの逐次記録をグラフにして,

それがほぼ比例になっていることを確認し,そのランナーが同じペースで走り続けた場合50kmを

通過する時刻を予想することを行った(授業で扱った教材は,永田(2004)に拠っている)。自

分の走りをグラフに表し,どのような走りであるかを説明する活動では,生徒の個性が現れたグラ

フや説明が次々に発表され,クラスが盛り上りを見せた。生徒によるグラフの説明は,量というよ

りは質的な特徴を捉えたものであったが,「スピードが速くなっている」部分は傾きが大きくなっ

ていたり,「休んでいる」部分はグラフが平坦になっていたりと,グラフの特徴をしっかりと捉え

ているものが殆どであった。自分とランナーがゴールする時間を比べた説明もあり,xとyの対応に

ついてもグラフから読み取っていた。比例・反比例の学習軌道としては,2,3の段階のものが多

かった。

 反比例の学習後には,鏡を床において,鏡に映る対象を使って,その対象の高さを測るという課

題(杉山(2007)を参照)を準備したが,準備時間が不足したために実践することは出来なかっ

た。代わりに,教科書の管の問題を改変した以下の問題を与えた(第21時)。

水を入れるための管が5本ついている水そうがあります。それぞれの管から1時間あたりに出る水の量は同

じです。水そうをいっぱいにするのに,1本の管では1時間かかります。水を入れ始める時間がかなり遅れ

てしまい,15分でいっぱいにしないといけなくなりました。どうしたらよいでしょうか。あなたのアイデ

アを説明しよう。

 生徒は,予想以上に自由な発想で考えていた。多くの生徒は,友達と話し合う中で,管の本数と

時間の関係に着目をし,それらを変数として選び出し,表をかいて,あるいは,反比例の式で表し

て,4本という答を導き出していた。ここでも,2の段階の推論が見られ,また,表から変化に着

目して答を導き出す部分では3の段階の推論が見られた。

 日常の問題解決に関数を用いるには,数学的モデル化の過程を踏むことが求められる。その際,

2の段階の推論は,単元の最後であっても生徒にとっては簡単ではなかった。2の段階の推論を,

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活用の場面においても経験させていく必要がある。また,生徒は,この単元において,比例と反比

例の2つの関数について学んできている。問題場面において,どちらの関数の知識を使えるかを考

えながら,2の段階の推論を行っていくような課題も考えたい(比例定数が負の比例の関係なのか,

反比例の関係なのかを判断することが必要になるような場面)。加えて,変化について推論をする

際に,3だけでなく,4の段階の推論が必要になったり,対応について推論をする際に,5だけで

なく,6の段階の推論が必要になったりする課題も考えてみたい。身の回りにある事象を比例,あ

るいは反比例とみなすことで,未知の事柄が予測できるという経験は,上学年において関数を更に

学んでいくときの動機づけになり,また,方法知の基礎を与えてくれると考える。

4.まとめと今後の課題 本稿では,生徒の関数的思考の育成を目指して,比例・反比例における学習軌道を提案するとと

もに,その学習軌道を視点として授業に対する考察を行った。比例・反比例の学習軌道(1~6の

段階)は,比例的推論の進展のモデルを,比例という関数に限定することなく,より一般的に関数

について適用できるように言い直したものともなっている。一方,比例的推論では,共変的な推論

に焦点が当たっているため,対応的な推論の部分は,むしろ関数についての研究から示唆を得てい

る。また,共変的な推論と対応的な推論の関係について,Ellis et al. (2016)が「同時的に進む」こ

とを強調している点も示唆的である。このような同時的な発達が研究で指摘されているときに,中

学校の比例・反比例の指導が,対応関係の指導に偏っている傾向があることには注意が必要であろ

う。本稿で考察をしてきた幾つかの授業場面においても,5の段階が多く見られた。一方で,伴っ

て変わる2量の変化に関しては,3の段階が多く,生徒にとってハードルがある4の段階について

は,授業の中で扱われることは殆どなかった。さらに,これらの推論のベースとなる2の段階につ

いても,教師が主導で進め,教師によって与えられている傾向があることがうかがえた。生徒自身

に,2の段階の経験をさせることは,単元の最初だけでなく,活用の場面においても必要であると

考えられる。

 本稿の最初に述べたように,学習軌道は先行研究等に基づいて設定されるものではあるが,研究

者や教師による「推測」である。本稿で提案した学習軌道も,現時点での筆者による「推測」であ

る。学習軌道のモデルは,ある程度長期の学習におけるゴールを明確にするとともに,授業のデザ

インを改善していく方針を考える上で役割を果たしてくれる。本稿で得られた授業デザインへの示

唆を基に,授業を具体的に改善していくとともに,学習軌道自体についても精緻化をしていかなく

てはならない。

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 本研究は,平成27-30年度科学研究費補助金基盤研究(C)「小学校から中学校への移行期の生

徒の関数的思考の進展を促す継続的な授業のデザイン」の助成を受けて行われている。

平成28年9月30日受理