17
はじめに 先行研究と仮説 データ 分析の拡張 結びにかえて はじめに 本稿は, 『就業構造基本調査』 の個票データを 用いて, 前職が非正規雇用だった離職者について, 転職による正規雇用への移行に影響を与える要因 を明らかにする。 総務省統計局 『労働力調査特別調査』 (2 月調査) および同 『労働力調査 (詳細結果)』 によれば, 役員を除く雇用者のうち, 「正規の職員・従業員」 (以下, 「正規雇用者」) の割合は一貫して減少を続 けている。 調査を最もさかのぼれる 1984 年 2 月 に 84.7%だったその割合は, 2007 年 1 月~3 月 平均では 66.3%まで低下した。 一方, パート, アルバイト, 契約社員, 労働者派遣事業所の派遣 社員, その他 (正規雇用を除く) からなる 「非正 規の職員・従業員」 (以下, 「非正規雇用者」) は, 過 去最多の 1726 万人に達する。 非正規雇用者は, 正社員に比べた相対賃金の低 さや勤続年数の短さから, 不安定雇用にあるとい う認識が一般である。 ただ 2000 年代半ば以降, 景気回復による労働市場の需給改善の影響を受け やすい非正規雇用者の時給の改善度合いは大きく, 正規雇用者との賃金格差には改善傾向もみられる (厚生労働省 『労働経済白書 2007 年版』 第 2-(2)-5 図等)。 厚生労働省 『賃金構造基本統計調査』 か らもパートタイムの同一企業内勤続年数は増え続 けている。 30 歳から 34 歳の女性パートに限って も, 平均勤続年数は 1980 年の 2.0 年から 2.9 年 日本労働研究雑誌 61 転職による雇用形態間の移動に関する日本で最大規模のサンプルサイズを確保する, 総務省 統計局 『就業構造基本調査』 (2002 年) を用いて, 前職が非正規社員だった離職者について, 正社員への移行を規定する要因をプロビット分析した。 その結果, 家事等とのバランスや年 齢を理由とした労働供給上の制約が, 正社員への移行を抑制している証左が, まずは得られ た。 同時に, 失業率の低い地域ほど移行が容易となる他, 医療・福祉分野, 高学歴者等, 専 門性に基づく個別の労働需要の強さが, 正社員への移行を左右することも併せて確認された。 その上で, 本稿の最も重要な発見として, 非正規雇用としての離職前 2 年から 5 年程度の同 一企業における継続就業経験は, 正社員への移行を有利にすることが明らかとなった。 その 事実は, 非正規から正規への移行には, 労働需給要因に加え, 一定期間の継続就業の経歴が, 潜在能力や定着性向に関する指標となっているというシグナリング仮説と整合的である。 正 規化に関するシグナリング効果は, 労働市場の需給に関与する政策と並び, 非正規雇用者が 短期間で離職を繰り返すのを防止する労働政策の必要性を示唆している。 【キーワード】 パート・派遣労働者等問題, 労働移動, 労働経済 ●論文 (投稿) 前職が非正社員だった離職者の 正社員への移行について 玄田 有史 (東京大学教授)

前職が非正社員だった離職者の 正社員への移行につ …...目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 先行研究と仮説 Ⅲ データ Ⅳ推定 Ⅴ 分析の拡張 Ⅵ 結びにかえて

  • Upload
    others

  • View
    1

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 前職が非正社員だった離職者の 正社員への移行につ …...目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 先行研究と仮説 Ⅲ データ Ⅳ推定 Ⅴ 分析の拡張 Ⅵ 結びにかえて

目 次

Ⅰ はじめに

Ⅱ 先行研究と仮説

Ⅲ データ

Ⅳ 推 定

Ⅴ 分析の拡張

Ⅵ 結びにかえて

Ⅰ は じ め に

本稿は, 『就業構造基本調査』 の個票データを

用いて, 前職が非正規雇用だった離職者について,

転職による正規雇用への移行に影響を与える要因

を明らかにする。

総務省統計局 『労働力調査特別調査』 (2 月調査)

および同 『労働力調査 (詳細結果)』 によれば,

役員を除く雇用者のうち, 「正規の職員・従業員」

(以下, 「正規雇用者」) の割合は一貫して減少を続

けている。 調査を最もさかのぼれる 1984 年 2 月

に 84.7%だったその割合は, 2007 年 1 月~3 月

平均では 66.3%まで低下した。 一方, パート,

アルバイト, 契約社員, 労働者派遣事業所の派遣

社員, その他 (正規雇用を除く) からなる 「非正

規の職員・従業員」 (以下, 「非正規雇用者」) は, 過

去最多の 1726 万人に達する。

非正規雇用者は, 正社員に比べた相対賃金の低

さや勤続年数の短さから, 不安定雇用にあるとい

う認識が一般である。 ただ 2000 年代半ば以降,

景気回復による労働市場の需給改善の影響を受け

やすい非正規雇用者の時給の改善度合いは大きく,

正規雇用者との賃金格差には改善傾向もみられる

(厚生労働省 『労働経済白書 2007 年版』 第 2-(2)-5

図等)。 厚生労働省 『賃金構造基本統計調査』 か

らもパートタイムの同一企業内勤続年数は増え続

けている。 30 歳から 34 歳の女性パートに限って

も, 平均勤続年数は 1980 年の 2.0 年から 2.9 年

日本労働研究雑誌 61

転職による雇用形態間の移動に関する日本で最大規模のサンプルサイズを確保する, 総務省

統計局 『就業構造基本調査』 (2002 年) を用いて, 前職が非正規社員だった離職者について,

正社員への移行を規定する要因をプロビット分析した。 その結果, 家事等とのバランスや年

齢を理由とした労働供給上の制約が, 正社員への移行を抑制している証左が, まずは得られ

た。 同時に, 失業率の低い地域ほど移行が容易となる他, 医療・福祉分野, 高学歴者等, 専

門性に基づく個別の労働需要の強さが, 正社員への移行を左右することも併せて確認された。

その上で, 本稿の最も重要な発見として, 非正規雇用としての離職前 2 年から 5 年程度の同

一企業における継続就業経験は, 正社員への移行を有利にすることが明らかとなった。 その

事実は, 非正規から正規への移行には, 労働需給要因に加え, 一定期間の継続就業の経歴が,

潜在能力や定着性向に関する指標となっているというシグナリング仮説と整合的である。 正

規化に関するシグナリング効果は, 労働市場の需給に関与する政策と並び, 非正規雇用者が

短期間で離職を繰り返すのを防止する労働政策の必要性を示唆している。

【キーワード】 パート・派遣労働者等問題, 労働移動, 労働経済

●論文 (投稿)

前職が非正社員だった離職者の正社員への移行について

玄田 有史(東京大学教授)

Page 2: 前職が非正社員だった離職者の 正社員への移行につ …...目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 先行研究と仮説 Ⅲ データ Ⅳ推定 Ⅴ 分析の拡張 Ⅵ 結びにかえて

へと上昇している。 一律に低賃金で不安定雇用と

考えられがちな非正規雇用だが, 実際その存在は

多様である。

一方, 別途深刻視されるのが, 非正規から正規

雇用への移動機会の制限である。 一度フリーター

になると離脱の困難なことを多くのフリーター研

究は指摘し, 若年の自由な選択としての非正規就

業に警鐘を鳴らす (小杉編 2002 等)。 堀 (2007)

によれば, 大都市の若者についてフリーターから

正社員に離脱しようと試みる割合は 2001 年から

2006 年にかけて低下したという (124 頁)。 太田・

玄田・近藤 (2007) も, 就職氷河期に高校を卒業

し進学を断念した世代ほど持続的な低賃金に甘ん

じており, その理由にフルタイム就業が困難なこ

とを挙げる。

フリーターに限らず, 転職によって非正規雇用

が正規雇用へ移行する割合は確かに高くない。

『労働経済白書 (2006 年版)』 は, 『労働力特別調

査』 および 『労働力調査 (詳細結果)』 を特別集

計し, 15 歳から 34 歳 (在学中を除く) 離職者の

転職前後の雇用形態別割合を求めた (第 3-(2)-6

図)。 前職非正規のうち 1 年以内に正規へ移行し

た割合は, 1992 年までは 20%台半ばで推移した

がその後緩やかに低下, 2005 年には 19.0%となっ

ている。

しかし, 非正規から正規への移行が困難なこと

は, 移行が完全に不可能なことを意味するわけで

もない。 事実, 『労働力調査 (詳細結果)』 (2006

年, 参考表第 7 表) によれば, 非正規雇用から正

規雇用への転職者数は, 2002 年に年平均で 36 万

人だったが, 2005 年と 2006 年には, それぞれ 41

万人と 39 万人へとゆるやかに拡大している。

では, 離職直前における非正規就業経験者のう

ち, 正社員への移行が可能なのは, いかなる属性

を持つ人々なのだろうか。 この問題に対し, 従来

の小規模標本調査に基づく研究は, 信頼に足る回

答を示すことが出来なかった。 非正規雇用から正

規雇用へ移行したサンプルが少数に限られていた

ため, 豊富な標本を必要とする計量分析が, 事実

上不可能だったからである。

それに対し本稿では, 転職による雇用形態の変

化を調べる上で日本最大規模の標本数を確保する

『就業構造基本調査』 の個票データから, 正社員

への移行について分析する。 非正規から正規への

移行には, 労働供給と労働需要の両面の影響を受

け得ることがこれまで指摘されてきた。 従来の研

究を考慮しつつ, ここでは情報の経済学の一つで

あるシグナリング仮説を新たに念頭に置き, 実証

分析する。

本稿の構成は次の通りである。 次節で非正規か

ら正規への移行に関する先行研究を概観し, 仮説

を提示する。 Ⅲは, 『就業構造基本調査』 のデー

タを説明し, 基礎事実を述べる。 Ⅳでは主たる実

証分析の結果を紹介する。 Ⅴでは, 移行状況に関

する設定を拡張し, 結論の頑健性を確認する。 最

後にⅥで本稿の結果を整理し, 政策含意と今後の

研究課題に言及する。

Ⅱ 先行研究と仮説

本節では非正規雇用を離職した人々が, 転職を

通じて正規就業となる背景について, 非典型雇用

及びフリーターに関する先行研究等を踏まえつつ

整理する。

1 労働供給因

第一に, 労働供給に関する要因が, 正規化に

与える影響が考えられる。 非正規雇用が増えるに

つれ, 増加の背景について様々な説明がなされて

きた (例えば阿部 2005, 第 7 章 等)。 そのなかに

は, 非典型雇用は, 正社員の就業機会から排除さ

れた結果, 非自発的に就業したという考え方があ

る。 それに対し佐藤博樹氏はその一連の研究を通

じ, 非典型に占める非自発的就業は多数派でない

と指摘する。

具体的には, 労働省政策調査部が 1994 年に実

施した 『就業形態の多様化に関する総合実態調査』

の個人調査から, 非自発割合は派遣労働と若年パー

トで 25%程度, 既婚女性パートや高齢パートで

10%以下と述べる (佐藤 1998)。 その他の大部分

は, 生活との折り合いをつけることを重んじ, 柔

軟な雇用形態として非典型を自ら選んでいる。 よ

り最近の調査としてリクルートワークス研究所が

2001 年に実施した 『非典型雇用労働調査』 から

No. 580/November 200862

Page 3: 前職が非正社員だった離職者の 正社員への移行につ …...目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 先行研究と仮説 Ⅲ データ Ⅳ推定 Ⅴ 分析の拡張 Ⅵ 結びにかえて

も, 同様の結論を導く (佐藤・小泉 2007)。 なか

でも主婦パートのうち, 正社員ではない働き方を

希望する割合は 8 割に達し, 正社員希望者は

13.5%にとどまる (前掲書 47 頁)。

非正規という働き方が, 家庭生活とのバランス

や自分の生活リズム及び自由度を重視したいとい

う価値観から労働供給者本人の選んでいる結果な

ら, 何らかの理由により転職したとしても正規雇

用は望まないだろう。 生活重視の姿勢から非正規

雇用を望む傾向は, 主婦 (有配偶女性) や, 家事

もしくは通学の傍らに仕事をしている人々ほど強

くなる。 生活上の自由度と, 収入等のいずれを重

視するかといった選択は, 本人の年齢によっても

影響されるかもしれない。 そこで非正規から正規

への移行に影響を与える供給因として, 性別, 配

偶者の有無, 家事・通学, 年齢等を, 以下の推定

で考慮する。

さらに出生地域に現在も居住を続けている人々

には, 家の継承等の制約を職業選択にも受けてい

る可能性がある。 地方に居住する若年層では地元

志向が強まっており, そのことが正社員の就業機

会の乏しい地域でのフリーター選択につながって

いるかもしれない。 以下では正規化に与える供給

因の一つとして, 出生地域の現在居住の有無も併

せて検討する。

2 労働需要因

非正規の正規雇用への移行には, 供給因のみ

ならず, 労働需要が影響を及ぼし得る。 後に分析

する調査は, 2002 年という完全失業率の年平均

値が過去最高水準を記録した時点で実施されたも

のである。 その時期, 労働需要は大きく減退し,

なかでも正社員求人は制限されていた。 通常でさ

え限定的な非正規から正規への移行が, 労働需要

の全般的な不足から特に難しかった時期だったと

もいえる。

全般的な動向とは別に, 2002 年の年平均完全

失業率を地域別にみたとき, そこには大きな違い

がある。 失業率が高い地域として, 近畿 (6.7%),

九州 (6.1%), 北海道 (6.0%) が挙げられる一方,

北陸 (4.0%), 東海 (4.1%) 等, 相対的に低い地

域もある。 労働需要が乏しく, 正規雇用の就業機

会が乏しい地域ほど, 非正規から正規への移行も

困難になる。 そこで正規化に影響を与える労働需

要の間接指標として, 地域属性も考慮する1)。

さらに個別の労働者に対する需要は, その人的

資源保有状況に応じて異なる。 一連のフリーター

研究も, 保有する能力に応じて企業からのニーズ

が異なるため, フリーターからの離脱難易度は個々

に異なる事を指摘する (小杉編 2002 等)。 上西

(2002) は, フリーターからの離脱の困難な理由

として, 支援・情報からの孤立と並び, 専門技能

の欠如および年齢の壁を強く意識している事例を

述べる。

サービス化・情報化が進むなか, 正社員となる

人材には, 高付加価値に貢献する専門技能を求め

る傾向が強まっているかもしれない。 とすれば同

じ非正社員でも, 高度な専門性が要求される職業

や産業に従事してきた人々の方が, 正社員化は容

易だろう。 さらには職場の企業規模が大きいほど

高度な技能が要求されてきたとすれば, 大企業へ

の就業経験を持つ非正規雇用ほど, 転職による正

規雇用の門戸は開かれることになる。 そこで個別

の労働需要因として, 非正社員が転職前に従事し

ていた産業, 企業規模にも着目する。

また若年層ほど, 進展する技術変化により柔軟

な対応が可能とすれば, 年齢が若い非正社員ほど

正社員になりやすいだろう。 酒井・�口 (2005)

は, 学卒後の経過年数が長い年長フリーターほど,

非正社員からの離脱が困難であり, その傾向は強

まりつつあると指摘する。 そこで, 労働需要を反

映する指標としても年齢の影響を検討する。

非正社員の学歴も, 正社員としての労働需要の

違いに結びつく可能性がある。 学歴間で労働需要

の違いを生み出す背景を, 小原・大竹 (2001) は,

IT 化による技術革新の影響に求める。 正社員に

は技術革新への対応が不可欠な能力として求めら

れており, 柔軟な対応は高学歴層ほど得意とすれ

ば, 非正社員から正社員への移行も高学歴ほど有

利になる。 同時に, 低学歴層で労働需要が減退し

ていることは, 高校卒業直後の正社員移行が困難

になっていることを示す多くの研究から明らかで

ある (石田 2005 等)。

実際, 学歴の違いが, 非正規から正規への移行

論 文 前職が非正社員だった離職者の正社員への移行について

日本労働研究雑誌 63

Page 4: 前職が非正社員だった離職者の 正社員への移行につ …...目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 先行研究と仮説 Ⅲ データ Ⅳ推定 Ⅴ 分析の拡張 Ⅵ 結びにかえて

に影響している可能性は大きい。 フリーター研究

からも, 低学歴層ほど非正社員からの離脱困難が

指摘されている。 小杉 (2003) は, 卒業後にフリー

ターとなった高校卒では, 卒業 3 年目に約 3 割が

正社員となっていた一方, 大学卒業後に無業やフ

リーターとなった人々では, 男性の 3 分の 2, 女

性では約 5 割が, 4 年後に正社員になっていた調

査結果を紹介する。 堀 (2007) は, 学歴によるフ

リーターからの離脱率の差は, 男性より女性で顕

著であることも指摘する。

本稿と同じく総務省統計局 『就業構造基本調査』

を特別集計した相澤・山田 (2006) は, 非常用雇

用から常用雇用への移行に与える要因を 1982 年

から 1992 年の 5 時点について緻密に分析した。

その結果, 学歴が高いほど非常用から常用への移

動は生じやすく, 移動の学歴間格差も 20 年間で

強まったと指摘する。 本稿では非常用から常用へ

の移行を検討した相澤・山田と異なり, 非正規か

ら正規への移行に注目, 学歴の影響も検証する。

3 シグナリング効果

さらに本稿では, 転職による正規への移行を

規定する要因として, 離職するまでの同一企業で

の継続就業年数に着目する。 継続年数の長さが正

規雇用化にもたらす影響には, 相反する解釈が存

在する。 第一に非正規雇用としての年数が長くな

るほど, 正社員への移行が困難になるというもの

である。 正社員の場合, 就業を継続しながらの

OJT を通じて技能を高める機会が多いのに対し,

非正社員にその種の機会は乏しい。 非正社員とし

て能力向上の機会を長く逸し続けてきた経歴は,

潜在的能力の陳腐化も含めて, 正社員化を困難に

すると考えられる。

実際, 上記の解釈と整合的にみえる先行研究も

ある。 先の相澤・山田 (2006) は, 非常用として

の勤続年数が長い人々ほど常用へ移動しにくいと

指摘する2)。 フリーターから正社員への離脱を調

べた堀 (2007) も, フリーター期間が長くなるほ

ど, 離脱が難しくなると述べる。 堀は, 通算フリー

ター期間が 3 年超になると, 離脱出来るのは男性

で半数, 女性は 3 割にとどまるという。 堀の分析

は, 同一企業での継続就業を直接取り扱ったもの

ではない。 だが, 非正社員の長期化が正社員への

移行に負の影響を及ぼすという意味で, その主張

は共通する。

一方, 同一企業に一定期間継続就業した非正社

員ほど, 正社員化がむしろ促進される可能性もあ

る。 非正社員の場合, 育成を念頭に置かない補助

的な業務に終始すると解されることも多いが, そ

れは必ずしも事実でない。 佐藤 (2004) は 2003

年に企業人事担当者に対し行った調査から, 優秀

な非正社員に対し積極的な人材育成を行う企業も

存在することを指摘する。

同調査によれば, 特に優秀とみなされた非正社

員に対し, 積極的に高度な仕事を割り振る企業も

約 2 割見られる。 非典型の基幹労働力化の取り組

みは, 多くの事業主が意識している (佐藤・小泉

2007, 結章)。 基幹化し正社員と同じ仕事や責任

に就くパートには, 正社員との均衡処遇を通じて,

人的資源の質向上も期待される (佐藤・佐野・原

2003)。

これらの環境下, 高い生産能力を見込まれ一定

期間就業した非正社員にとって, 正社員としての

就業機会は拡大する可能性が, 生まれることにな

る。 転職希望者の能力を直接的に採用側が観察出

来ない場合, 先の解釈とは反対に一定期間の継続

勤続を果たした非正社員ほど, 正社員としての潜

在能力を有すると期待され, 正社員化確率も向上

すると予想されるからである。

さらに一定の継続就業経験は, 潜在能力のみな

らず, 長期就業に対する定着性向を反映するシグ

ナルともみなされる。 企業が正社員として採用す

る際, 長期的な人材戦略に基づき, 処遇や育成を

検討する。 そのとき求職者に求めるのは即戦力と

しての顕在的生産性より, むしろ長期的な訓練に

よる能力向上の潜在的見込みだろう。 定着性向に

関する個別情報が不完全の下, その見込みをはか

るため, 採用企業にとって, どの程度長期継続就

業に耐え得る求職者であるかを見極めることこそ

肝要となる。

そのとき, 過去短期間で転職を繰り返してきた

非正規雇用者に, 高い定着性向を予想するのは難

しい。 反面, 継続就業の実績を持つ非正規雇用か

らの転職希望には, 一定の定着可能性を期待出来

No. 580/November 200864

Page 5: 前職が非正社員だった離職者の 正社員への移行につ …...目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 先行研究と仮説 Ⅲ データ Ⅳ推定 Ⅴ 分析の拡張 Ⅵ 結びにかえて

る。 この点からも非正規雇用者の一定期間におけ

る継続就業という経歴は, 非正規転職者の正社員

としての特性を選別する 「シグナリング」 効果を

持つと考えられる3)。

経済学におけるシグナリングもしくはスクリー

ニング研究の歴史は長い。 Spence (1974) を嚆矢

とするシグナリングモデルは, 労働者の生産性に

ついての正確な情報を企業が有しないとき, 競争

均衡の帰結として, 最終学歴によって異なる賃金

等の処遇が実現する可能性のあることを示した。

人的資本理論は, 教育の経済効果を生産性向上と

して理解し, その結果として学歴による賃金差が

生まれると解釈する。 それに対し, シグナリング

モデルは, かりに教育それ自体に生産性向上効果

がなかったとしても, 学歴による賃金格差が生ま

れる可能性を理論的に説明し, 後の労働研究に大

きな影響を与えた (Wolpin 1977; Riley 1979; Lang

and Kropp 1986; Hungerford and Solon 1987; Weiss

1988; 等)。

シグナリングモデルは, 教育の経済効果に新し

い解釈を与えたのみならず, 企業内継続勤続年数

も, 労働者の生産性を示すシグナルとなる可能性

を示してきた (Abraham and Farber 1987; Altonji

and Shakotko 1987; Topel 1991; 等)。 それらは勤

続を積むことが仮に直接賃金を引き上げなかった

としても, 生産性の高さを期待された労働者ほど

淘汰のプロセスに残り, 企業から長期雇用の処遇

を受けやすいことを述べる。 同様の理由で非正規

雇用からの転職者のあいだでも, 過去の一定期間

にわたる継続就業経歴が, 採用する企業から潜在

的な能力や定着性向として重視され, 正社員とし

ての就業機会が提供される可能性の高まることを,

シグナリング効果は示唆している。

このように非正社員の離職前の継続就業が正社

員化に与える影響は, 事前には確定しない, すぐ

れて実証的な問題である。 そこで労働需給因に加

え, 継続就業によるシグナリング効果を実証分析

する。

Ⅲ デ ー タ

1 対 象

以下では前職の非正規を離職した人々のうち,

転職による正規への移行を規定する要因を, 総務

省統計局 『就業構造基本調査』 (2002 年) の個票

データから分析する。

提供されたデータは調査標本全体の約 8 割を無

作為抽出したものであり, 全標本数は 77 万 2948

である4)。 非正規から正規に移行が実現したケー

スは未だ少数であるため, その把握には相当規模

の標本数確保が求められる。 『就業構造基本調査』

は, その条件を満たす日本で最大規模の世帯調査

である。

『就業構造基本調査』 では, 過去に就業してい

た場合, その前職の就業内容も詳しく問われてい

る。 前職の内容について, 1998 年調査まで雇用

者は 「常雇」 「臨時雇」 「日雇」 から選ばれていた。

前職の勤め先の呼称が, 「正規の職員・従業員」

「パート」 「アルバイト」 「労働者派遣事業所の派

遣社員」 「契約社員・嘱託」 「その他」 からの選択

は, 2002 年調査以降である5)。

就業移行の検証には, 移行前後の分析対象を特

定化する必要がある。 本稿では移行後の対象とし

て, 調査が実施された2002年 10月からさかのぼっ

て 1 年以内にその状態となった人々に着目する。

調査時点の就業状態は, 設問の選択肢にしたがい,

以下の通り, 区分する。

●「正規雇用」 : ふだん仕事をしている人のうち,

「雇われている人」 であり, 勤め先における

呼称が 「正規の職員・従業員」

●「非正規雇用」 : ふだん仕事をしている人のう

ち, 「雇われている人」 であり, 勤め先にお

ける呼称が 「パート」 「アルバイト」 「労働者

派遣事業所の派遣社員」 「契約社員・嘱託」

「その他」 のいずれか

●「自営・経営」 : ふだん仕事をしている人のう

ち, 従業の地位が 「会社等の役員」 「自営業

主 (雇人あり)」 「自営業主 (雇人なし)」 「自

家営業の手伝い」 「内職」 のいずれか

●「無業」 : ふだん (収入になる) 仕事をしてい

論 文 前職が非正社員だった離職者の正社員への移行について

日本労働研究雑誌 65

Page 6: 前職が非正社員だった離職者の 正社員への移行につ …...目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 先行研究と仮説 Ⅲ データ Ⅳ推定 Ⅴ 分析の拡張 Ⅵ 結びにかえて

ない人々 (「家事」 「通学」 「その他」 のいずれか)

移行前の対象は, 2001 年から調査が実施され

た 2002 年 10 月までの, 前職の非正規雇用からの

離職者である。 非正規雇用は, 上記の定義と同様,

会社役員や自営業主, 家業の手伝い, 内職等を除

いた 「雇われていた人」 であり, 勤め先呼称が

「正規の職員・従業員」 と異なる人々である。 そ

の結果, 提供された 『就業構造基本調査』 のラン

ダムサンプリングデータには離職した非正規雇用

者が 2 万 3352 人含まれる。

表 1 に, これら非正規雇用離職者の移行状況を

整理した。 本稿の焦点である, 転職後に正規雇用

に移行した人々は 2407 人にのぼり, 全体の 10.3

%となる。 移行後の状況として最多は無業になっ

た場合であり, 47.9%である。 次いで, 前職と異

なる企業で非正規雇用となった場合が 39.3%に

達する。 非正規離職後に自営・経営部門へ移行し

たケースは 2.5%と正規への移行より少ない。

2 基本事実

表 2 には正規雇用への移行する割合を, Ⅱで

検討した離職者の属性別に求めた。

ひとくちに非正規といっても, 正規雇用への移

行割合は雇用形態によって異なる。 「契約・嘱託」

と 「その他」 を統合した 4 区分のうち, 「パート」

から正規雇用に転じる割合は 6.6%と他に比べ低

い。

性別では女性が 8.2%と移行率は低く, 男女間

で移行に違いがある。 年齢は, 労働供給因のみな

らず, 労働需要因とも考えられるが, 表 2 をみる

限り, 10 代を除けば, 年齢区分が高まるごとに

正社員への移行割合は下がる。

労働供給因に該当する属性として, 調査 1 年前

の時点で 「家事や通学の傍らに仕事をしていた」

No. 580/November 200866

表 1 非正規雇用から離職した人々の移行状況 (2002 年 10 月時点)

サンプル

サイズ構成比 (%)

2001 年以降, 非正規雇用から離職した人々に関するその後の移行状況 23,352 100.0

うち正規雇用 (正規の職員・従業員) へ移行 2,407 10.3

うち別の非正規雇用 (パート, アルバイト, 派遣, 嘱託, その他) へ移行 9,169 39.3

うち自営・経営 (役員, 自営業主, 家業手伝い, 内職) へ移行 591 2.5

うち無業 (家事, 通学, その他) へ移行 11,185 47.9

注 : 移行後の状況は, 2002 年 10 月時点のものであり, 過去 1 年以内に同状態となった場合とする。

資料 : 総務省統計局 『就業構造基本調査』 (2002 年) について 80%ランダム・リサンプリングデータを特別集計。

以下, 同様。

表 2 非正規雇用離職者の属性 (構成比) と正社員への移行率

非正規雇用者の属性 構成比 (%)非正規から正規

への移行率 (%)

全体 (n=23,352) 100.0 10.3

雇用形態 (n=23,352)

パート 44.8 6.6

アルバイト 31.2 13.4

派遣社員 6.1 12.5

契約・嘱託・その他 17.9 13.4

女性 (n=16,385) 70.2 8.2

年齢 (n=22,649)

15-19 歳 3.4 5.6

20-24 歳 18.9 17.0

25-29 歳 14.6 17.0

30-34 歳 10.8 11.6

35-39 歳 8.2 11.1

40-44 歳 8.0 10.5

45-49 歳 7.7 8.0

50-54 歳 8.3 6.1

55-59 歳 5.4 3.6

60 歳以上 14.8 1.0

家事・通学の傍らに仕事 (1 年前) 30.2 5.5

出生時と同一の地域に現在居住 16.0 15.1

配偶者あり 52.4 6.5

地域ブロック (n=23,352)

北海道・東北 13.5 9.5

関東 25.1 10.0

北陸・東海 16.5 11.4

近畿 14.6 8.5

中国・四国 14.5 11.3

九州・沖縄 15.9 11.0

注 : 前職産業分類のうち, 「公益業」 とは, 電気, ガス, 熱供給, 水道業を指す。

非正規雇用者の属性 構成比 (%)非正規から正規

への移行率 (%)

最終卒業 (n=21,308)

中学 19.7 5.2

高校 52.1 10.4

短大・高専・専門学校 18.1 14.0

大学・大学院 10.2 21.9

前職産業分類 (n=23,352)

農林漁業・鉱業 1.2 6.7

建設業 5.4 12.4

製造業 18.3 8.3

情報通信業 2.1 10.4

運輸業 3.5 12.0

卸売・小売業 25.3 9.7

金融・保険・不動産業 2.5 8.3

飲食店・宿泊業 12.8 9.3

医療・福祉 6.5 15.5

教育・学習支援・複合サービス 4.4 13.8

サービス業 (その他) 12.8 10.7

公務, 公益業 2.7 12.5

分類不能の産業 2.6 9.9

前職企業規模 (n=22,881)

1-4 人 7.5 8.4

5-9 人 12.3 10.8

10-29 人 20.4 9.9

30-99 人 17.7 10.1

100-299 人 13.0 9.6

300-999 人 9.4 10.8

1000 人以上 13.9 11.0

官公庁 5.8 13.0

非正規雇用者の属性 構成比 (%)非正規から正規

への移行率 (%)

前職職業分類 (n=12,167)

専門的・技術的職業従事者 9.0 35.6

管理的職業従事者 0.2 28.6

事務従事者 22.3 20.0

販売従事者 14.9 21.7

サービス職業従事者 18.7 14.8

保安職従事者 1.2 40.7

農林漁業従事者 2.1 8.2

運輸・通信従事者 1.9 37.7

技能工, 作業・労務従事者 28.7 15.9

分類不能職業従事者 1.1 12.1

継続就業年数 (n=23,352)

1 年未満 3.0 10.3

1 年以上 2 年未満 23.3 12.1

2 年以上 3 年未満 12.4 12.5

3 年以上 5 年未満 13.2 11.0

5 年以上 10 年未満 12.3 6.0

10 年以上 15 年未満 5.8 4.9

15 年以上 20 年未満 1.7 3.0

20 年以上 28.3 11.0

Page 7: 前職が非正社員だった離職者の 正社員への移行につ …...目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 先行研究と仮説 Ⅲ データ Ⅳ推定 Ⅴ 分析の拡張 Ⅵ 結びにかえて

と答えた場合や, 配偶者がいる場合ほど, 正規雇

用へ移行している割合は低い。 家計の補助や, 生

活上の自由度を重視する非正規雇用者ほど, 正社

員へ移行しにくいという供給因の影響を示唆する

数字である。

地域別の労働需要の違いを反映してか, 失業率

の高い 「近畿」 や 「北海道・東北」 等で, 正社員

移行率は低い。 高学歴者ほど正社員としての労働

需要が大きいとすれば, 高学歴者ほど正社員移行

率が高いのも頷ける。

離職前の産業を見ると, 非正規離職者が最も高

い割合で正規雇用に移っているのは, 医療・福祉

の分野であり, 次いで教育・学習支援・複合サー

ビスとなる。 医療, 福祉, 教育といった, 高度に

専門的な技能が不足がちな分野で就業した経験を

持つ人々にとって, 正規就業へのハードルは相対

的に低い。 ただ同時に民間企業では, 建設業や運

輸業等, 現場経験を特に重視される分野で就業し

た非正規雇用者も, 正社員就業の機会は比較的開

かれているようにみえる。

非正規から正規への転職移行は, 離職前の職業

分野によっても影響される。 表 2 にしたがえば,

正社員への移行割合は, 保安職や運輸・通信職が

4 割前後と, 全体平均に比べて際立って高い。 専

門的・技術的職業はそれらに次いで高くなってい

る。

職業分野による違いを詳細分類で見たのが表 3

である。 表には標本数が 100 以上である職業分野

について正社員への移行割合が高い 10 分野を示

した。 「販売類似職業従事者」 という営業関係の

職業が 57.9%とトップになっている6)。 「看護婦・

看護士 (2002 年時点の名称)」 「その他の保険医療

従事者」 「社会福祉専門職業従事者」 等, 医療・

福祉関係の専門職がここでも名を連ねる。 表 2 の

産業や職業分類と呼応するように, 保安職や建設

作業者, 教員の移行率が高い他, 生活衛生やその

他のサービス職も正社員となりやすい。

再び表 2 に戻り, 離職前の継続就業年数と移行

率の関係を見る。 継続就業年数が 1 年以上 2 年未

満, 及び 2 年以上 3 年未満について, 移行割合は

高い。 それより継続年数が長くなると, 移行割合

は低下している。 それは非正社員としての滞留が

移行を困難化するという仮説と合致するようにも

みえる。 しかし, 勤続が 20 年以上になると移行

率は再び高まることや, 勤続 1 年未満で移行率が

高くないのは, むしろ一定の継続雇用が正社員化

に有効という仮説と整合的に思える。

労働需給因の影響やシグナリング仮説を検証す

るには, 他の属性の影響をコントロールした推定

が必要になる。 次節でその推定結果を示す。

Ⅳ 推 定

1 正規雇用化の決定因

推定は 2001 年以降に離職した非正規雇用者を

対象とし, 被説明変数は 2002 年 10 月から過去 1

年内に正規雇用となった人々を 1, それ以外を 0

としたプロビット分析を行う。 説明変数には, 労

働需給因の他, 離職前の非正規雇用としての同一

企業内継続就業年数を逐次加える。 なお, 前職の

職業分類は欠損値が多く, 『就業構造基本調査』

論 文 前職が非正社員だった離職者の正社員への移行について

日本労働研究雑誌 67

表 3 職業詳細分類別にみた正規雇用への移行率 (標本数 100 以上)

順位 前職職業 (詳細) 標本数非正規から正規

への移行率 (%)

(1) 販売類似職業従事者 316 57.9

(2) 看護婦・看護士 131 48.1

(3) その他の保険医療従事者 241 46.5

(4) 保安職業従事者 145 40.7

(5) 社会福祉専門職業従事者 189 36.5

(6) 建設作業者 336 30.7

(7) 教員 185 29.2

(8) 金属加工作業者 172 27.9

(9) その他サービス職業従事者 370 27.6

(10) 生活衛生サービス職業従事者 110 25.5

Page 8: 前職が非正社員だった離職者の 正社員への移行につ …...目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 先行研究と仮説 Ⅲ データ Ⅳ推定 Ⅴ 分析の拡張 Ⅵ 結びにかえて

で非正規離職の前職業が特定出来たのは 1 万

2167 と, 対象者の半分程度に過ぎないため, 以

下では考慮しない。 一方, 同じ非正規でも雇用形

態によって正社員化傾向に違いがあるかもしれな

い。 そこで推定には前職雇用形態に関するダミー

変数を加える。

推定の順序として, まず労働供給側の影響を反

映する諸変数のみを説明変数とした式をモデル(1)

として推定する。 続いて, それに労働需要側の変

数を加えたモデル(2)を推定し, 最後に労働需給

因に継続就業年数を加えたモデル(3)を推定する。

モデル(1)とモデル(2)の推定結果を示したのが,

表 4 である。

供給因に着目したモデル(1)からは, 「パート」

「派遣社員」 より 「アルバイト」 が正社員となり

やすく, 最も正社員化しやすいのは 「契約・嘱託・

その他」 であることがわかる。 女性, 有配偶者ダ

ミーは共に有意にマイナスとなる。 家事・通学の

傍らに働いていた場合ほど, 正社員となる確率が

低いことと総合すれば, 家庭生活とのバランスや

時間面の自由度を重視する人々ほど, 正社員とな

ることを回避する傾向は明らかである。 その意味

で, 非正規雇用の正規化が進まない原因には, 少

なからず労働供給側の選択が影響している7)。

年齢は, 10 代を除き, 若年ほど離職後に正社

員となる確率が有意に高い。 ただ限界効果をみる

と, 20 歳から 44 歳までの数値に大きな違いはな

い。 むしろ 50 代以降になると, 40 代に比べて限

界効果が大きく低下する。 それは仕事上の負担も

大きい正規雇用の仕事を, 50 代以上は望まない

傾向があることを意味するのかもしれない。

表 4 のモデル(2)は, 労働供給因に, 労働需要

因を加えて推定した結果である。 パート, 派遣,

女性, 有配偶者, 家事・通学の傍らに就業してい

た非正社員ほど, 離職後も正社員となりにくいこ

とは, モデル(1)と共通である。

異なるのは, 年齢の効果が 45 歳までで有意な

違いがみられなくなることである。 反面, 50 歳

以上で年齢が高まるにつれて正社員化確率は低下

していく。 これらの結果から, やはり年齢効果は,

20 代等の若い年齢ほど労働需要が大きいために

正社員になりやすいというより, むしろ 50 代を

超えると労働供給側の理由で正社員を避ける傾向

が強まることを示唆している。

さらにモデル(2)からは, その他の労働需要因

が, 非正規から正規への移行に影響していること

がわかる。 地域ブロックでは, 相対的に景気動向

が良好であり, 失業率も低かった北陸・東海ブロッ

クは, 関東に比べて, 正社員化の確率が有意に高

い。 一方, 失業率が高水準にあった近畿では, 有

意に低くなっている。 これらは, 地域全体の労働

需要の大きさが非正規から正規への移行を左右す

ることを物語る。

学歴についても, 高学歴者ほど正規雇用者にな

る確率が有意に高くなっている。 不況による正社

員採用抑制により, 非正規雇用者となった新規学

卒者が, 1990 年代から 2000 年代初頭の就職氷河

期には多数発生した。 そのうち, 大学卒の場合,

潜在的な労働需要の大きさから非正規雇用に滞留

することは少なく, 転職によって正規雇用となる

機会が, 高校卒に比べれば, 多かったといえる。

前職産業で特徴的なのは, 医療・福祉分野から

の転職の場合, 正規雇用となる確率が, 他に抜き

ん出て高いことである。 紙幅の関係から掲載して

いないが, 非正規雇用からの離職確率の推定を行

うと, 医療・福祉分野の非正規雇用は, 就業を継

続する傾向が強くみられた。 看護師を代表とする

医療・福祉分野の専門職は, 時間制約と業務負担

が大きいため, 居住地域に近い病院や施設等で非

正規による自由度を保ちつつ, 継続して働くこと

を望んでいる。 ここでの結果は, 医療・福祉等の

専門技能に対するニーズの大きさから, 正社員と

して一定の就業条件が保証される場合に限り, 転

職を決断することを意味しているのだろう。

医療・福祉のみならず, 教育・学習支援・複合

サービス業等, 教育関連の専門的ニーズを有する

人々も転職によって正社員化する傾向は強い。 た

だ同時に, 建設業や飲食店・宿泊業等, 現場で培

われた実践スキルが重視される分野でも, 正社員

となる確率は有意に高い。 正規化には, 看護師等

の専門技能を有することに限られず, 非正規とし

て現場で地道に経験を積み増すことも一つの経路

となっている。

同様の解釈が, 企業規模による正社員化の影響

No. 580/November 200868

Page 9: 前職が非正社員だった離職者の 正社員への移行につ …...目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 先行研究と仮説 Ⅲ データ Ⅳ推定 Ⅴ 分析の拡張 Ⅵ 結びにかえて

論 文 前職が非正社員だった離職者の正社員への移行について

日本労働研究雑誌 69

表 4 非正規から正規への移行に関する決定要因 :労働需給因に関する検証 (プロビット分析)

モデル(1)〈供給因〉 モデル(2)〈供給+需要因〉

正社員へ移行=1, それ以外=0 限界効果 漸近t値 限界効果 漸近t値

雇用形態 〈アルバイト〉

パート -0.0122 -2.51** -0.0224 -4.38***

派遣社員 -0.0138 -2.08** -0.0177 -2.52**

契約・嘱託・その他 0.0231 4.27*** 0.0054 0.99

女性 -0.0545 -12.41*** -0.0737 -14.35***

年齢〈15-19 歳〉

20-24 歳 0.1038 7.24*** 0.0114 0.76

25-29 歳 0.1092 7.09*** -0.0080 -0.56

30-34 歳 0.0858 5.48*** -0.0181 -1.29

35-39 歳 0.0998 5.88*** -0.0081 -0.54

40-44 歳 0.1053 6.03*** -0.0052 -0.34

45-49 歳 0.0621 3.83*** -0.0236 -1.67*

50-54 歳 0.0291 1.96** -0.0372 -2.84***

55-59 歳 -0.0141 -0.99 -0.0558 -4.67***

60 歳以上 -0.0794 -8.08*** -0.1044 -10.98***

家事・通学の傍らに仕事 (1 年前) -0.0471 -11.81*** -0.0293 -6.47***

出生時と同一の地域に現在居住 0.0051 1.13 -0.0003 -0.08

配偶者あり -0.0221 -5.08*** -0.0312 -6.83***

地域ブロック 〈関東〉

北海道・東北 -0.0091 -1.56

北陸・東海 0.0172 2.94***

近畿 -0.0170 -3.00***

中国・四国 0.0109 1.82*

九州・沖縄 -0.0025 -0.46

最終卒業 〈高校〉

中学 -0.0352 -6.53***

短大・高専・専門学校 0.0156 3.19***

大学・大学院 0.0531 8.06***

前職産業 〈製造業〉

農林漁業・鉱業 0.0126 0.61

建設業 0.0209 2.18**

情報通信業 -0.0221 -2.01**

運輸業 0.0049 0.49

卸売・小売業 0.0104 1.74*

金融・保険・不動産業 0.0062 0.49

飲食店・宿泊業 0.0183 2.36**

医療・福祉 0.0977 9.32***

教育・学習支援・複合サービス業 0.0293 2.55**

サービス業 (その他) 0.0058 0.85

公務・電気・ガス・熱供給・水道業 0.0383 2.28**

分類不能の産業 -0.0003 -0.03

前職企業規模 〈1-4 人〉

5-9 人 0.0182 2.00**

10-29 人 0.0174 2.06**

30-99 人 0.0194 2.22**

100-299 人 0.0168 1.83*

300-999 人 0.0226 2.27**

1000 人以上 0.0228 2.45**

官公庁 -0.0028 -0.23

サンプル・サイズ 22,607 20,519

Log likelihood -6734.27 -6160.90

擬似決定係数 0.1047 0.1385

注 : *(有意水準 10%) **(5%) ***(1%)。 〈 〉 はリファレンス・グループ。

Page 10: 前職が非正社員だった離職者の 正社員への移行につ …...目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 先行研究と仮説 Ⅲ データ Ⅳ推定 Ⅴ 分析の拡張 Ⅵ 結びにかえて

にも当てはまる。 高度業務が大規模な企業に集中

するのであれば, 大企業就業者ほど転職によって

正社員になりやすいはずである。 モデル(2)の結

果をみると, たしかに 300 人から 999 人, 1000

人以上といった大規模企業からの転職ほど限界効

果は大きい。 ただ同時に, 1 人から 4 人の零細企

業に比べると, 5 人以上の企業からの転職はすべ

て有意であり, 限界効果も規模の増大につれて単

調に大きくなっているとは言い難い。 むしろ一定

規模以上の企業での就業であれば, 正社員化の機

会は少なからず開かれているというのが自然な解

釈だろう。

以上の労働需給因に加え, 離職前の継続就業年

数が正社員採用へのシグナルとなっている可能性

を推定したのが, 表 5 に示したモデル(3)の結果

である。 説明変数として継続就業年数ダミーを加

えても, 労働需給変数の推定値に大きな変更はな

く, 安定した結果となっている。

その上で継続就業年数の効果に注目すると, 勤

続年数が 2 年以上 3 年未満では 1%水準で, 3 年

以上 5 年未満が 5%水準で, 統計的に有意な正の

値となっている。 勤続年数 5 年以上 10 年未満と

比較して, 1 年未満および 10 年以上は, いずれ

も有意ではない。 限界効果を見ても, 総じて 2 年

から 5 年程度, 継続就業した後に離職した場合,

正社員となる確率は, 最も高くなっている8)。

このように実証結果は, 非正規としての一定期

間の継続就業の経歴が, 転職者の潜在的な能力や

定着性向に関する情報を企業が不完全にしか持ち

得ないときのシグナルとして機能しているという,

シグナリング効果と整合的である9)。

2 離職後の多様な選択

非正規から離職した場合, その後の移行は正

規化でなければ, 別の企業で非正規となるか, 自

営・経営になるか, 無業のいずれかである。 そこ

で正社員とは異なる状態に移行した人々に, どの

ような特徴がみられるかを調べたのが, 表 6 であ

る。 表は, 特定化された 3 つの状態ごとに, プロ

ビット分析を行った推定結果である。

主な結果を列挙する。 継続就業年数の効果とし

て, 就業年数が 1 年前後での離職からは, 表 5 に

示したように正社員となりにくいだけでなく, 無

業にもなりにくい。 かわりに別企業の非正規雇用

になる傾向が強い。 一方, 前職の勤続年数が 10

年から 20 年程度の長期になると, 新たに非正規

雇用となるよりは, 無業となりがちである。 勤続

No. 580/November 200870

表 5 非正規から正規への移行要因 :スクリーニング仮説の検証

モデル(3)

〈需給+スクリーニング仮説〉

正社員へ移行=1, それ以外=0 限界効果 漸近t値

雇用形態 〈アルバイト〉

パート -0.0229 -4.49***

派遣社員 -0.0173 -2.47**

契約・嘱託・その他 0.0049 0.89

女性 -0.0733 -14.30***

年齢 〈15-19 歳〉

20-24 歳 0.0092 0.62

25-29 歳 -0.0099 -0.70

30-34 歳 -0.0195 -1.40

35-39 歳 -0.0096 -0.65

40-44 歳 -0.0068 -0.45

45-49 歳 -0.0241 -1.71*

50-54 歳 -0.0376 -2.86***

55-59 歳 -0.0559 -4.67***

60 歳以上 -0.1042 -10.90***

家事・通学の傍らに仕事 (1 年前) -0.0302 -6.67***

出生時と同一の地域に現在居住 -0.0005 -0.12

配偶者あり -0.0312 -6.85***

地域ブロック 〈関東〉

北海道・東北 -0.0088 -1.51

北陸・東海 0.0169 2.90***

近畿 -0.0170 -3.00***

中国・四国 0.0111 1.86*

九州・沖縄 -0.0025 -0.45

最終卒業 〈高校〉

中学 -0.0347 -6.46***

短大・高専・専門学校 0.0152 3.12***

大学・大学院 0.0521 7.93***

継続就業年数 〈5 年以上 10 年未満〉

1 年未満 -0.0070 -0.61

1 年以上 2 年未満 0.0118 1.66*

2 年以上 3 年未満 0.0226 2.77***

3 年以上 5 年未満 0.0198 2.46**

10 年以上 15 年未満 0.0098 0.88

15 年以上 20 年未満 0.0062 0.29

20 年以上 0.0057 0.83

前職産業ダミー 有

前職企業規模ダミー 有

サンプル・サイズ 20,519

Log likelihood -6152.76

擬似決定係数 0.1397

注 : *(有意水準10%) **(5%) ***(1%)。 〈 〉 はリファレンス・グループ。

推計手法は, 表4 と同じく, プロビットモデルによる分析。

Page 11: 前職が非正社員だった離職者の 正社員への移行につ …...目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 先行研究と仮説 Ⅲ データ Ⅳ推定 Ⅴ 分析の拡張 Ⅵ 結びにかえて

論 文 前職が非正社員だった離職者の正社員への移行について

日本労働研究雑誌 71

表 6 非正規から正規外への移行に関する決定要因 (プロビット分析)

他の非正規雇用へ移行 自営・経営への移行 無業への移行

限界効果 漸近t値 限界効果 漸近t値 限界効果 漸近t値

雇用形態 〈アルバイト〉

パート 0.0130 1.26 0.0020 0.78 0.0101 0.92

派遣社員 0.0225 1.39 -0.0040 -0.91 0.0108 0.62

契約・嘱託・その他 -0.0440 -3.79*** 0.0079 2.56** 0.0326 2.63***

女性 0.0676 7.14*** -0.0084 -3.29*** 0.0374 3.66***

年齢 〈15-19 歳〉

20-24 歳 -0.0863 -2.78*** 0.9473 40.69*** 0.0453 1.28

25-29 歳 -0.1150 -3.70*** 0.9641 47.45*** 0.1099 3.08***

30-34 歳 -0.0961 -3.03*** 0.9830 52.24*** 0.0970 2.67***

35-39 歳 -0.0357 -1.07 0.9835 49.48*** 0.0215 0.58

40-44 歳 0.0161 0.47 0.9824 48.29*** -0.0351 -0.94

45-49 歳 -0.0170 -0.50 0.9779 44.96*** 0.0339 0.91

50-54 歳 -0.1184 -3.70*** 0.9833 51.30*** 0.1510 4.12***

55-59 歳 -0.1766 -5.61*** 0.9837 0.2415 6.58***

60 歳以上 -0.3190 -11.64*** 0.9742 56.76*** 0.4365 13.50***

家事・通学の傍らに仕事 (1 年前) -0.1137 -13.28*** -0.0091 -4.33*** 0.1595 17.31**

出生時と同一の地域に現在居住 -0.0039 -0.38 0.0186 6.13*** -0.0243 -2.20**

配偶者あり -0.0247 -2.84*** 0.0100 4.76*** 0.0556 6.10***

地域ブロック 〈関東〉

北海道・東北 -0.0267 -2.29** 0.0049 1.56 0.0340 2.73***

北陸・東海 -0.0092 -0.85 0.0073 2.39** -0.0213 -1.82*

近畿 -0.0315 -2.75*** 0.0043 1.35 0.0505 4.12***

中国・四国 -0.0461 -4.05*** 0.0051 1.62 0.0290 2.37**

九州・沖縄 -0.0360 -3.26*** 0.0047 1.54 0.0338 2.85***

最終卒業 〈高校〉

中学 -0.0098 -0.96 -0.0037 -1.68* 0.0520 4.85***

短大・高専・専門学校 0.0117 1.22 -0.0032 -1.27 -0.0309 -3.00***

大学・大学院 -0.0211 -1.70* 0.0053 1.60 -0.0693 -5.24***

前職企業規模 〈1-4 人〉

5-9 人 0.0055 0.34 -0.0097 -3.59*** 0.0030 0.18

10-29 人 0.0250 1.65* -0.0125 -5.02*** -0.0108 -0.69

30-99 人 0.0508 3.24*** -0.0137 -5.53*** -0.0391 -2.41**

100-299 人 0.0550 3.34*** -0.0175 -7.10*** -0.0255 -1.50

300-999 人 0.0486 2.75*** -0.0172 -6.66*** -0.0268 -1.46

1000 人以上 0.0212 1.28 -0.0147 -5.60*** -0.0077 -0.45

官公庁 0.1080 4.21*** -0.0198 -6.17*** -0.0337 -1.29

継続就業年数 〈5 年以上 10 年未満〉

1 年未満 0.1285 5.24*** -0.0055 -1.01 -0.0941 -3.70***

1 年以上 2 年未満 0.0434 3.43*** -0.0027 -0.98 -0.0436 -3.33***

2 年以上 3 年未満 0.0059 0.42 -0.0022 -0.71 -0.0196 -1.34

3 年以上 5 年未満 0.0188 1.39 -0.0031 -1.08 -0.0284 -2.03**

10 年以上 15 年未満 -0.0356 -2.06** -0.0048 -1.40 0.0325 1.80*

15 年以上 20 年未満 -0.1125 -3.90*** 0.0054 0.92 0.0781 2.59***

20 年以上 0.0623 5.07*** -0.0051 -1.94* -0.0544 -4.28***

前職産業ダミー 有 有 有

前職企業規模ダミー 有 有 有

サンプル・サイズ 20,519 20,519 20,519

Log likelihood -12665.86 -2392.61 -12633.26

擬似決定係数 0.0711 0.0686 0.1108

注 : *(有意水準 10%) **(5%) ***(1%)。 〈 〉 はリファレンス・グループ。

Page 12: 前職が非正社員だった離職者の 正社員への移行につ …...目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 先行研究と仮説 Ⅲ データ Ⅳ推定 Ⅴ 分析の拡張 Ⅵ 結びにかえて

2 年から 5 年程度では, 一部で無業化しにくい傾

向がみられる以外, 明確な特徴は見られない。 そ

の結果もまた, 2 年から 5 年程度働いて離職する

のが, 正社員就業の最も大きなチャンスとなるこ

とをうかがわせる。

継続就業以外の影響として, 契約・嘱託・その

他からは, 自営・経営もしくは無業へと移行する

傾向が強いこと, 女性は男性に比べて転職した場

合, 非正規もしくは無業となる傾向が強いこと等

も挙げられる。 家事・通学の傍らでの非正規雇用,

失業率の高い地域に居住, 高校から未進学の非正

規ほど, 離職後に無業となりやすいことも, 予想

に反しない。

その他の興味深い事実は, 非正規から自営・経

営部門への移行だろう。 表 6 をみる限り, 配偶者

のある人ほど離職した場合, 無業になりやすいと

同時に, 自営・経営部門に移行する傾向は強い。

1 人から 4 人への零細規模から離職した場合や,

出生時と同一地域に現在居住している場合も, 非

正規から自営・経営部門へ移行しやすい。 総合す

れば, 地元の小企業で非正規雇用として経験を積

んだ有配偶者ほど, 自営・経営部門への移行が生

じやすいようである。

3 観察不能な属性と分離均衡

シグナリング理論は, 労働者間で観察されな

い能力や嗜好についての異質性が存在する場合で

も, その異質性によって異なる水準のシグナルを

労働者が選択する結果, 能力や嗜好の違いを反映

した処遇が, 分離均衡 (シグナリング均衡) とし

て成立することを説明するものである。 非正規か

らの離職者が, 前職の勤続年数に応じて正規とそ

れ以外の異なる状況に落ち着く傾向があるという

上記の結果は, シグナリング均衡による解釈と整

合的である。

太田・橘木 (2004) 等が整理するように, シグ

ナリング理論は 3 つの条件を前提とする (92 頁)。

前提とは第一に, 労働者の生産性は本人が有する

能力や嗜好により規定され, シグナル獲得によっ

て直接影響されないことである。 第二として労働

者は自らの能力や嗜好を認知する一方, 企業は採

用段階でその違いを見極めることは出来ないとい

う情報の非対称性が存在する。 その上で第三に,

能力の高い労働者はより低い費用で一定のシグナ

ルを獲得可能なことが前提となる。 前職の勤続年

数は, 離職後に得られる期待純便益と定着してい

た場合の期待純便益との比較から選択されたもの

である。 シグナリング理論では, その選択こそが

観察不能な労働者の属性を反映し, 離職後の異な

る移行状況を生み出すことになる。

前職の勤続年数が 2 年未満の人々が離職後に非

正規化しやすい事実は, 次のようなシグナリング

仮説による解釈が可能である。 就職後に同一の職

場で働き続ける拘束や負担への忌避感が強かった

り, 職場の持続的な人間関係やしがらみに苦痛を

感じやすい人々にとって, 2 年を超えて就業を継

続することの心理的費用は大きい。 その場合, 転

職後に正規化や賃金増などの改善見込みが少なかっ

たとしても, 離職がもたらす期待純便益が定着の

純便益を相対的に上回る状況が生じる。 その結果

として, 2 年未満でも転職を決断し, 別の職場で

再び非正規就業することになる。

それに対し, 2 年から 5 年程度勤続を積み増す

ことの不効用が小さい非正規雇用者は別に存在す

る。 正社員の採用を意図する企業は, 就職希望者

から高い定着性向の人々を選別したいものの, 情

報の非対称性からその属性を直接観察することは

出来ない。 そのために企業は, 離職前に一定期間

継続して就業した客観的実績を, 正社員としての

高い潜在能力や定着性向の代理指標として期待す

る。

そのような採用企業の見込みの下, 2 年から 5

年程度就業した後に離職した人々にとっては, 2

年未満で離職した人々に比べて, 高賃金を持続的

に獲得可能な正社員就業の見込みは高まり, 転職

による期待便益は増加する。 したがって 2 年を超

えて勤続し, 同時に正社員就業を望み, その実現

によって高い効用を得られる非正規は, 転職を決

断することになる。

その結果, 2 年から 5 年程度継続就業した人々

は正社員として高い能力を有するはずという採用

企業の見込みも自己実現する。 このように離職前

の継続就業が正社員としての能力のシグナルにな

るという転職者と採用企業双方の見込みが合致す

No. 580/November 200872

Page 13: 前職が非正社員だった離職者の 正社員への移行につ …...目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 先行研究と仮説 Ⅲ データ Ⅳ推定 Ⅴ 分析の拡張 Ⅵ 結びにかえて

ることにより, 2 年未満勤続後の非正規就業と

2~5 年勤続後の正規就業との間で, 分離均衡が

成立するのである。

では, 10 年から 20 年といった, より長期の継

続就業からの離職者で無業化する傾向が強く見ら

れるという実証結果は, いかに解釈すべきだろう

か。 このような長期就業者にとっても, かつて 2

年から 5 年程度就業していた時点では転職による

正社員就業の機会も高まっていたはずである。 に

もかかわらずそのとき離職をしなかったとすれば,

当時の彼ら (彼女ら) にとって転職以上に非正規

として定着することの純便益は高かったと考えら

れる。 家事・通学の傍らで働くといった事情のみ

ならず, 仕事以外により高い効用をもたらす活動

や目的を持つため, 拘束度合いの強い正社員への

転職を敢えて望まなかったのかもしれない。 その

ような特性を恒常的に持つ労働者にとって, 勤続

年数が長期化しても, 離職して正社員化しようと

するインセンティブは生じない。

にもかかわらず, 10 年以上経過した時点で離

職し, 無業化する理由としては, 何らかの思いが

けない事情により, 就業そのものが困難になった

ことが考えられる。 例えば本人の健康状況が悪化

したり, 介護といった家庭に関する事情などによ

り, 就業以外に専念すべき事態が生じた場合, 定

着や転職を問わず, 就業を断念することになる。

長期勤続後に無業化しやすい背景には, これらの

統計的には観察されない予想外の状況も影響して

いると考えられる10)。

Ⅴ 分析の拡張

前節では, 2001 年以降に離職した非正規雇用

者のうち, 2002 年 10 月から過去 1 年以内におけ

る正社員への移行状況に着目した。 移行前後の状

況は別の対象に焦点を当てることも出来る。

その一つとして, 移行区間を一律に確定した上

で, 移行前後の状況を比較するという考え方もあ

るだろう。 調査実施のちょうど 1 年前に非正規雇

用であった人々が, 1 年後にいかなる状況に移行

しているかを分析する方法が, それに相当する。

『就業構造基本調査』 では, 離職者の離職年次と

同時に離職月次もたずねられており, 離職前の継

続就業期間を総月数としてはかれるため, 調査 1

年前の 2001 年 10 月時点で非正規雇用であった人

を把握することは, 計算上可能である11)。

しかし抽出された標本には, 月次に関する回答

項目の未記入も多い。 それを反映し, この対象区

分を用いた場合, 対象となる離職非正規雇用者が

先の 2 万 3352 から 1 万 7568 へ, 非正規から正規

への移行者にいたっては 2407 から 1691 へと, そ

れぞれ 3 割程度, 標本数は減る。 さらにはこの区

分で, 勤続年数 1 年未満で正規雇用になったのは

2 サンプルにすぎない12)。

ただし, 前節結果の頑健性を調べる上で, 離職

時期および入職時期について異なる区分を用いた

推定を行うことに一定の意義もある。 そこで前節

とは異なる区分を用いた上で, 継続就業年数の効

果を, 表 5 のモデル(3)と同一の説明変数につい

て推定した。 表 7 がそれらの結果である。 ケース

(1)の数値は, 表 5 にある継続就業年数の数値と

同一である。

同表ケース(2)は, 上記の 2001 年 10 月に非正

規雇用者だったことが判明している人々の 2002

年 10 月までの 1 年における離職状況を推定した

結果である。 その結果は標本数の減少が影響して

か, ケース(1)ほど明確でない。 それでも有意水

準 10%ではあるが, 3 年以上 5 年未満の継続就業

後に離職した場合に正社員化しやすいという結果

が得られる。

ケース(1)に示された表 5 の分析は, 離職中の

活動内容に関する異質性を極力捨象するため, 最

大 2 年弱の離職期間内での移行状況に対象を限定

した13)。 一方, 結果が標本数によって影響を受け

る可能性を考えると, 反対に離職時期をさらに過

去までさかのぼることで, 非正規から正規への移

行数をより多く確保した上で分析するのも一案で

はある。

そこでケース(3)として, 離職期間を 2001 年以

降でなく 1999 年以降と, より長期に渡る場合に

拡張した正社員への移行状況を調べた結果を示し

た。 離職期間を 2 年程度広げても, 結果的にケー

ス(1)にほとんど変更は生じないことがわかる。

より標本数を増やすことを優先すれば, 離職時

論 文 前職が非正社員だった離職者の正社員への移行について

日本労働研究雑誌 73

Page 14: 前職が非正社員だった離職者の 正社員への移行につ …...目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 先行研究と仮説 Ⅲ データ Ⅳ推定 Ⅴ 分析の拡張 Ⅵ 結びにかえて

期を問わず, 前職として非正規雇用の経験を持つ

すべての離職者について考えるのも一つだろう。

その結果も表のケース(4)に示した。 ここでもや

はり勤続年数 2 年から 5 年程度が正社員化に最も

有利となり, 前節の結果は頑健である。

ここまでの分析は, 移行後 1 年以内にある正社

員に対象を限っていた。 非正社員としての離職時

期を問わないのと対照的に, 正社員への移行時期

を問わないという考えもある。 そこで 2001 年以

降に非正規を離職した人々のうち, 入職時期にか

かわらず, 調査時点で正規雇用である確率を推定

したのが, ケース(5)である。 2001 年 10 月以前

からの定着者分だけ, 対象者は 3 万 4258 へと増

え, 正社員割合もわずかに上昇する。 推定結果は,

継続年数 5 年以上 10 年未満と比べ, いずれも 1

%有意水準で, 2 年以上 3 年未満のみならず, 3

年以上 5 年未満も正, 反対に 1 年未満は有意に負

となるなど, シグナリング効果はより鮮明となっ

ている。

さらには, 非正規雇用者の離職時期と移行時点

の両方を問わないとすれば, 対象となる標本数を

最大限拡大することも可能である。 その場合, 正

規への移行者数は拡大して 1 万 5372 となり, 移

行率も 14.9%まで上昇する14)。 その結果がケース

(6)である。 勤続年数 1 年以上 2 年未満が, 2 年

以上 3 年未満と同じく限界効果が大きくなる等,

正社員化を有利にする継続年数はいくらか短期間

になる。 それでも勤続年数 1 年未満は, 勤続 10

年以上と並び, ここでも正社員になる確率が有意

に低い。

このように移行状態に関して異なる区分を用い

た場合も, 継続就業 1 年未満の方が正社員化に有

利となる結果は得られなかった。 むしろ標本数を

拡大する区分変更を採用した場合ほど, 1 年以上

5 年未満の間に正社員移行を最も高める勤続年数

が存在するという結果は, より強まることが確認

出来る。

Ⅵ 結びにかえて

本稿は 2002 年に実施された 『就業構造基本調

査』 のランダム・サンプリングにより, 離職直前

に非正規雇用として就業していた人々について,

転職を通じた正規雇用への移行要因を実証分析し

た。 そこからは, 労働供給と労働需要の両因が影

響を与えている他, 本稿の新たな発見として, 離

職前の一定期間の継続就業が正規化に対して有利

に働いている事実が確認された。

その結果, 非正社員の正社員への移行を抑えて

いる複数の理由が明らかとなった。 第一に, 女性

を中心に家事とのバランスや生活上の自由度を優

先する傾向が存在し, 50 代以上では正社員とし

ての仕事負担を避ける傾向もある等, 労働供給上

の理由から, 非正規雇用者本人が必ずしも正社員

就業を望んでいない可能性も一部に存在する。 第

二に, 非正規が正社員化を望んでも, 景気低迷に

より正社員就業の機会が全体的に縮小していたり,

採用ニーズが高学歴者や医療・福祉分野といった

専門職に偏向している等, 労働需要のあり方も移

行を困難にしてきた。 第三に, 非正規雇用を 2 年

No. 580/November 200874

表 7 移行状況の区分変更と正社員化への離職前継続就業年数の影響

ケース(1) ケース(2) ケース(3) ケース(4) ケース(5) ケース(6)

前職だった非正社員からの離職状況 2001 年以降に離職

2001 年 10 月に非正社

員だったことが判明し

た人々のその後の離職

1999 年以降に離職 離職時期を問わない 2001 年以降に離職 離職時期を問わない

現職である正社員への移行時期2002年 10月から�っ

て過去 1 年以内入職

2002年 10月から�っ

て過去 1 年以内入職

2002年 10月から�っ

て過去 1 年以内入職

2002年 10月から�っ

て過去 1 年以内入職入職時期を問わない 入職時期を問わない

対象となる非正規離職者数 23,352 17,568 24,419 25,236 34,258 103,490

うち正社員への移行者数 2,407 1,691 2,532 2,618 3,684 15,372

(構成比) 10.3 9.6 10.4 10.4 10.7 14.9

離職前継続就業年数〈5 年以上 10 年未満〉

1 年未満 -0.0070 -0.61 -0.0489 -1.42 -0.0064 -0.56 -0.0089 -0.79 -0.0344 -4.04*** -0.0143 -2.61***

1 年以上 2 年未満 0.0118 1.66* 0.0074 1.09 0.0130 1.84* 0.0108 1.58 0.0072 1.19 0.0123 3.73***

2 年以上 3 年未満 0.0226 2.77*** 0.0121 1.56 0.0222 2.77*** 0.0209 2.67*** 0.0216 3.08*** 0.0126 3.54***

3 年以上 5 年未満 0.0198 2.46** 0.0140 1.81* 0.0195 2.46*** 0.0161 2.09** 0.0186 2.71*** 0.0095 2.80***

10 年以上 15 年未満 0.0098 0.88 0.0015 0.14 0.0107 0.96 0.0122 1.12 0.0041 0.44 -0.0231 -5.17***

15 年以上 20 年未満 0.0062 0.29 0.0081 0.38 0.0024 0.12 -0.0016 -0.08 0.0053 0.31 -0.0213 -2.83***

20 年以上 0.0057 0.83 0.0085 1.16 0.0061 0.89 0.0052 0.78 -0.0078 -1.35 -0.0279 -8.75***

注 : *(有意水準 10%) **(5%) ***(1%)。 継続就業年数以外の説明変数および分析手法は表 5 と同一。

Page 15: 前職が非正社員だった離職者の 正社員への移行につ …...目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 先行研究と仮説 Ⅲ データ Ⅳ推定 Ⅴ 分析の拡張 Ⅵ 結びにかえて

から 5 年程度, 同一企業で働き続けることは, 正

社員として求められる潜在能力や定着性向を示す

正のシグナルとなる。 そのためフリーター等の非

正規社員が 1 年未満で転職を繰り返すことは, 正

社員への移行を結果的に抑制することへとつながっ

ている。

以上を踏まえた政策含意は明瞭である。 非正規

雇用から正規雇用への移行促進には, 景気拡大お

よび, 高学歴化や医療・福祉分野等の専門技能化

の促進が効果を持つ。 さらに家事と正規雇用との

バランスが過度の負担にならぬようワークライフ

バランスも推進していくべきだろう。

同時にシグナリング効果は, 非正社員として短

期間で転職を繰り返すことに歯止めをかけ, 一定

期間の継続就業を可能にする離職抑制策が重要な

ことを示唆する。 具体策として, フリーターを含

む非正規雇用者の就職後 1 年未満での退職を極力

抑制するため, 仕事内容や人間関係等, 就業後の

職場の悩みについて, 非正規雇用への個別相談体

制がより整備されるべきだろう。 その意味で, ハ

ローワーク, 地域若者サポートステーション, ジョ

ブカフェ等の職業安定行政は, 無業者の就業促進

に注力すると同時に, 定着性向の弱い非正規雇用

者に対し, 2 年から 5 年程度の継続就業を促すこ

とが具体的な政策目標となる。

加えて, 非正規雇用政策は, 労働者側への働き

かけのみならず, 企業側にも向かわなければなら

ない。 立場の弱い非正規雇用者が短期間で離職せ

ざるを得なくなるような, 使用者側による賃金や

処遇等に関する不当な取り扱いを厳に慎ませるべ

く, 就業条件の明確化の他, 労働監督行政の強化

も非正規雇用の安定就業に向けた政策課題である。

本稿に残された研究上の主な課題は二つある。

一つは, 同一企業内での就業を通じた非正規か

ら正規への移行プロセスの解明である。 本稿が依

拠した 『就業構造基本調査』 では, 現職と前職の

区分は転職を通じて勤め先の企業が変わった場合

に限られる。 同じ企業内での配置換えや勤務地が

変わった場合, 別の仕事に移ったとはみなされな

い。 現在正規雇用の状態にある人には, 過去にそ

の企業で非正規就業していた経歴を持つ場合もあ

るかもしれない。 その動向は不明である。

この点の分析には, 同一企業内での雇用形態の

変化を調べた別の大規模調査による検証が必要で

ある。 その調査を通じて, 非正規が転職を経ず正

規化するには, 本人の能力や意欲を見極めるため

の一定の継続就業が不可欠なことも判明するかも

しれない。 非正規から正規への移行には, 転職の

みならず, 同一企業内での雇用形態の変更にも,

就業継続が求められるならば, 本稿で示唆された

シグナリング効果はさらに重要性を増す。

第二の課題は, 継続就業に関する内生性問題へ

の対応である。 本稿では分析対象を離職者に限る

ことで, 前職における継続就業年数は, 離職後に

は外生変数として取り扱うことが可能と仮定した。

本稿の結果が示した通り, 2 年から 5 年程度の継

続就業が正社員化に最も効果的とすれば, なぜ 1

年未満といった, 短期間で離職するのかという問

題の解明が, 今後残される。 それは同時に非正規

雇用に 5 年以上定着する理由の解明につながる。

無論, 非正規雇用者の離職理由は, 正社員にな

ることだけでない。 非正社員という立場でより望

ましい勤務先を求めることはある。 正規雇用を求

めていても, 周辺の成功事例が限られるため, 最

適な継続就業期間に関する情報を離職者が有して

いないことも考えられる。

これらの点を明らかにするには, 就業の移行お

よび定着をつぶさに把握したパネルデータなども

用いながら, 適切な手法による就業継続の動的意

思決定の実証分析が求められる。 この点も, 将来

の研究課題と指摘したい。

*謝辞 本研究は, 一橋大学経済研究所附属社会科学統計情報

研究センターで提供している 『就業構造基本調査』 (2002 年)

の秘匿処理済ミクロデータを用いている。 本誌編集委員会の

担当編集委員から頂いた助言に感謝する。

1) 本稿で用いるサンプリングデータは居住地域を都道府県で

なく地域ブロックで区分している。

2) 相澤・山田 (2006) は説明変数に勤続年数の一次項と二乗

項も含み, 共に有意である。 その為, 如何なる勤続年数が常

勤移行確率を高めるか, 検討の余地が残される。

3) 非正規就業者が就業を継続することで正社員化を促すこと

に関連した事例としては小島 (2006) 等が挙げられる。 小島

氏は 14 年間にわたるキャリアカウンセラーの経験のなかで

蓄積した事例に基づき, 就職に問われる要件の一つとして

「耐性 (がまん強さ)」 の重要性を指摘する。 短期間の就業で

の離職を考えている若者に対し, 「三年経つと, 仕事によっ

ては, その人の実績のようなものが出て」 くると助言する。

論 文 前職が非正社員だった離職者の正社員への移行について

日本労働研究雑誌 75

Page 16: 前職が非正社員だった離職者の 正社員への移行につ …...目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 先行研究と仮説 Ⅲ データ Ⅳ推定 Ⅴ 分析の拡張 Ⅵ 結びにかえて

その上で 「その会社と相性が悪くてやめるようなことになっ

ても, 三年間働き続けていれば, そこから何かしら得たもの

をもって次の仕事に進める」 と, 具体的な勤続年数を挙げ,

一定期間の継続就業が転職による就業改善のポイントとなる

ことを説明している (同書 99 頁)。

4) 提供データでは, 個人及び世帯の特定化を避ける為, 9 人

以上世帯は削除されている。

5) 調査では派遣社員の場合, 「派遣先」 を答えている。 2002

年時点, 平成 11 年 (1999 年) 労働者派遣法改正により, 26

専門的業務につき期間を限定されない派遣が認められていた。

それ以外は, 港湾運送, 建設, 警備, 医療関係, 製造工程を

除き, 広く 1 年以内の派遣を認めるというネガティブ・リス

ト方式が採用された。 継続年数について, 当時多くが法的に

1 年超の雇用継続を制限されている派遣労働者を除いて以下

の推定を行った場合もシグナリング効果に関する結論は変わ

らない。

6) 日本標準職業分類によれば, 販売類似職とは, 他人の間に

立った売買の取次, 斡旋の仕事や, 他人のための売買代理の

仕事等を指す。 不動産仲介・売買人, 保険代理人・外交員,

有価証券売買仲立人, 外交・勧誘員等からなる。

7) 但し, 労働供給要因の影響を男女別に推定すると, 有配偶

ダミーの係数は, 女性について有意にマイナスである一方,

男性では有意にプラスとなった。 その意味で男性の場合, 家

庭を有することは, 主たる生計の維持者として非正規から脱

し正規へ移行することの誘因を強めていると考えられる。

8) サンプルサイズは半減するものの, 説明変数に表 2 に掲げ

た職業分類ダミーを加えて推定しても結果はほぼ共通する。

シグナリング効果として継続就業年数 2~3 年は 5%水準で

正社員移行確率を高めていた。

9) 前職勤続年数が 1 年未満は, 正社員の機会が著しく制限さ

れていた 2000 年代に非正規となった人々である。 それは不

況が深刻化する以前に非正規となった長期勤続者に比べ, 正

社員としての資質や就業意欲が高い人々が, 勤続 1 年未満の

中に, より高比率で含まれることを意味する。 その意味で勤

続 1 年未満の係数には, 観察出来ない世代属性の影響により,

正社員就業確率に上方バイアスが生じている可能性もある。

にもかかわらず, 1 年未満の係数が有意でないとすれば, そ

れだけバイアスを相殺するかたちで, シグナリングによる負

効果が強く働いたことを示唆している。

10) したがってそれらの人々は思いがけない事情がなかったと

すれば, その後も引き続いて非正規就業を継続していた可能

性は高い。 玄田 (2008) は, 独自調査と 『就業構造基本調査』

の特別集計から, 無配偶の非正規就業者についても職場にお

ける継続就業年数と年収の間に正の連関を見出している。 そ

の結果は, 企業内訓練を通じて経験に応じた収入が支払われ

る年功的処遇及び能力に応じた選抜的処遇が一部の非正規に

行われていることを意味し, それらの内部労働市場下位層的

状況も長期雇用化を促す背景となっていると考えられる。 一

方, 表 6 からは, 勤続年数 20 年以上からの離職では別の職

場で新たに非正規として就業する傾向もみられた。 その理由

としては, やはり就業を望みつつも, 倒産等により職場その

ものが消失したり, 非正規にも定年が適用されるといった非

自発的理由による離職が影響していたのかもしれない。 この

ように離職前の継続就業年数とその後の就業の関係の解釈に

は, シグナリング仮説と整合的な状況がみられることに加え,

同仮説とは異なる統計的に観察不能な要因の影響を必ずしも

排除するものではないことも, 併せて指摘しておくべきだろ

う。

11) たとえば 2002 年 3 月に非正規から離職した場合, 前職の

継続就業期間が 5 カ月以上であれば, 2001 年 10 月に非正規

雇用であることが判明した人々とみなした。 同様の計算を

2001 年 10 月から 2002 年 10 月の各月次に該当する最低継続

就業年月数を照らし合わせて行った。

12) 表 2 も示す通り, 『就業構造基本調査』 では, 非正規離職

者に占める勤続 1 年未満の割合は低い。 理由として調査が,

就業状態をユージュアルベース (「ふだん」 の状態) でたず

ねている影響も考えられる。 非正規からの短期離職が実際は

より多いとすれば, その多くはふだん仕事をしていない人々

が一時的に就いた職を離れる過程で生じていることを物語る。

13) 『就業構造基本調査』 では求職活動状況は, 調査時点で無

業である者のみたずねられ, 離職期間中の求職活動や訓練等

の全体状況を把握出来ない。 離職期間を拡張した分析には,

求職活動等に関する観察出来ない異質性バイアスに注意を要

する。

14) 但し, 入職時期を問わないことは, 推定結果が移行のみな

らず, 正社員としての定着に与える過去の経歴の影響をはかっ

ていることにもなる。

参考文献Abraham, Katharine. G. and Farber, Henry. S. (1987) ‶Job

Duration, Seniority, and Earnings," American Economic

Review 77, 278-299.

Altonji, Joseph, G. and Shakotko, Robert, A. (1987) ‶Do

Wages Rise with Job Seniority?" Review of Economic

Studies 54, July, 437-459.

Hungerford, Thomas and Solon, Gary (1987) ‶Sheepskin

Effects in the Returns to Education," Review of

Economics and Statistics 69, February, 175-177.

Lang, Kevin and Kropp, David (1986) ‶Human Capital ver-

sus Sorting: The Effects of Compulsory Schooling Laws,"

Quarterly Journal of Economics 101, August. 609-624.

Riley, John. G. (1979) ‶Testing the Educational Screening

Hypothesis," Journal of Political Economy 87, October,

S227-S251.

Spence, Michael, A. (1974) ‶Competitive and Optimal

Responses to Signals: An Analysis of Efficiency and

Distribution," Journal of Economic Theory 7, March, 296-

332.

Topel, Robert. H. (1991) ‶Specific Capital, Mobility, and

Wages: Wages Rise with Job Seniority," Journal of

Political Economy 99, February 145-176.

Weiss, Andrew (1988) ‶High School Graduation,

Performance, and Wages," Journal of Political Economy

96, August, 785-820.

Wolpin, Kenneth (1977) ‶Education and Screening,"

American Economic Review 67, December, 949-958.

相澤直貴・山田篤裕 (2006) 「常用・非常用雇用間の移動分析

『就業構造基本調査』 に基づく 5 時点間比較分析」 総務

省統計研修所, リサーチペーパー第 6 号.

阿部正浩 (2005) 『日本経済の環境変化と労働市場』 東洋経済

新報社.

石田浩 (2005) 「教育 : 学校から職場への移行」 工藤章・橘川

武郎・グレン・D・フック編 『現代日本企業 企業体制

(下)』 有斐閣.

上西充子 (2002) 「フリーターという働き方」 小杉礼子編 『自

由の代償 フリーター 【現代若者の就業意識と行動】』 pp.

No. 580/November 200876

Page 17: 前職が非正社員だった離職者の 正社員への移行につ …...目次 Ⅰ はじめに Ⅱ 先行研究と仮説 Ⅲ データ Ⅳ推定 Ⅴ 分析の拡張 Ⅵ 結びにかえて

55-74, 日本労働研究機構.

太田聰一・玄田有史・近藤絢子 (2007) 「溶けない氷河 世

代効果の展望」 『日本労働研究雑誌』 No. 569, pp. 4-16.

太田聰一・橘木俊詔 (2004) 『労働経済学入門』 有斐閤.

玄田有史 (2008) 「内部労働市場下位層としての非正規」 『経済

研究』 59 巻 4 号近刊.

小島貴子 (2006) 『就職迷子の若者たち』 集英社新書.

小杉礼子編 (2002) 『自由の代償 フリーター 【現代若者の就

業意識と行動】』 日本労働研究機構.

小杉礼子 (2003) 『フリーターという生き方』 勁草書房.

小原美紀・大竹文雄 (2001) 「コンピュータ使用が賃金に与え

る影響」 『日本労働研究雑誌』 No. 494, pp. 16-30.

酒井正・�口美雄 (2005) 「フリーターのその後 就業・所

得・結婚・出産」 『日本労働研究雑誌』 No. 535, pp. 29-41.

佐藤博樹 (1998) 「非典型的労働の実態」 『日本労働研究雑誌』

No. 462, pp. 2-14.

佐藤博樹 (2004) 「若年者の新しいキャリアとしての 『未経験

者歓迎』 求人と 『正社員登用』 機会」 『日本労働研究雑誌』

No. 534, pp. 34-42.

佐藤博樹・小泉静子 (2007) 『不安定雇用という虚像』 勁草書

房.

佐藤博樹・佐野嘉秀・原ひろみ (2003) 「雇用区分の多元化と

人事管理の課題 雇用区分間の均衡処遇」 『日本労働研究

雑誌』 No. 518, pp. 31-46.

堀有喜衣 (2007) 「フリーターへの経路とフリーターからの離

脱」 堀有喜衣編 『フリーターに滞留する若者たち』 勁草書房.

〈2008 年 3 月 11 日投稿受付, 2008 年 7 月 4 日採択決定〉

論 文 前職が非正社員だった離職者の正社員への移行について

日本労働研究雑誌 77

げんだ・ゆうじ 東京大学社会科学研究所教授。 最近の論

文に 「若年無業の経済学的再検討」 『日本労働研究雑誌』 No.

567, 2007 年 10 月号。 労働経済学専攻。