Upload
others
View
1
Download
0
Embed Size (px)
Citation preview
ライフワークとしての
文脈依存効果研究
漁田武雄
静岡大学情報学部
[email protected] http://lab.inf.shizuoka.ac.jp/isarida/
情報学部最終講義 2016/02/18
エピソード記憶の機構解明
エピソード記憶は,「いつ,どこで,どんなとき,誰と,何をした」という体験の記憶。
「いつ,どこで,どんなとき,誰と,何をした等」が一体化して記憶される。
その中の何か(いつ?,誰と?)を思い出す時,他の残りの情報(文脈)が,検索手がかりとなる。 ◎エピソード記憶=人生の軌跡の記憶, 人格(こころ)の基盤の解明の基礎となる。
漁田の研究テーマ
(1) ハサミが必要になり,ハサミを取りに1階から2階に
行く。2階の部屋にはいると,壁のポスターか何かに気
を取られてしまう。そのうち,はっとわれに帰った時,自
分が何をしにこの部屋に来たのかわからなくなってしま
う。しかたなく,もとの部屋にもどる。もとの部屋にもどっ
たとたん,ハサミを取りに行ったことを思い出す。 (2) 講義資料を印刷するため,共同研究室に行く。メー
ルボックスに来ている書類を持ち,そこにいた先生と話
しをする。終わると,そのまま研究室に帰る。帰ったと
たん,印刷に行ったことを思い出す。
日常的な物忘れ
文脈=ハサミをとって来ようと思った時の心理的環境
ハサミ
2階の 物理的環境
×
心的復元
1階の 物理的環境
物理的復元
1階の物理的環境が文脈復元の手がかり ⇒環境的文脈依存記憶
⇒日常的想起は,心的復元
Godden & Baddeley (1975)
水中と陸上は,物理的環境のみが異なっているのか? 水中: 危険,緊張,不安….. 陸上: 安全,リラックス,安心…..
⇒物理的環境の効果は,疑問?
0.1
0.2
0.3
0.4
同じ状況 異なる状況
同じ部屋 異なる部屋
再生率
漁田・漁田 (1999). 心研 状況(授業と休憩) ×部屋(70名の中教室,200名の多目的ホール)
⇒環境的文脈依存効果は, 状況(心的文脈)が引き起こしている 。
複合的文脈操作 Isarida & Isarida (2004). Memory
6
7
8
9
10
11
12
13
A B
AB
Test Context
Num
ber o
f Rec
all Study Context 文脈A: 狭くて薄暗いブース 暗記の前後に計算課題 文脈B 広くて明るい幼児用プレイルーム 暗記の前後に,動作課題(豆つかみ)
Context effect size +95 -95
Exp 1 Place + Task 0.798 1.171 0.425
Exp 2 Place 0.315 0.719 -0.089 Exp 3 Task 0.023 0.411 -0.365
Exp. 1
◎場所は,情報処理の場を提供し,情報処理の内容を,ゆるやかに規定する。 居間,台所,廊下,風呂場, 電車,グラウンド,図書館 ◎課題は,情報処理の意味に影響する。
マルチ文脈パラダイム 複合場所文脈と単純場所文脈
マルチ文脈パラダイム
文脈A 文脈N
文脈B
学習1 学習2 テスト
文脈A
文脈A
文脈N
SCR 異文脈反復
DCR 同文脈反復
DCR > SCRの予測 (1970年代から現在までのモデル,理論) DCRは,多様な文脈と一緒に符号化され, 検索手がかりが豊富 文脈に依存しない記憶ができる(脱文脈化) butcher in the bus
DCR優位とSCR優位の逆転現象
漁田・漁田(2005). 心研
Experiment 1 Experiment 2
0
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
SCR SCRDCR DCR
異なっている点 文脈:単純場所文脈 複合場所文脈(場所,課題,社会要因)
反復間隔&保持期間:3時間 1週間 ⇒10分と1日で検討
SCR DCR SCR DCR
Smith et al. (1978) Glenberg (1979)
0
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
0.7
Place + Task + Experimenter Place + Task
Place only
Isarida & Isarida (2010). QJEP
分散間隔=保持期間=10分 or 1日の場合, 文脈要素1で,SCR < DCR 文脈要素2,3で,SCR > DCR ⇒単純場所文脈と複合場所文脈の機能は, 異質
10
複合場所文脈は,分散間隔=10分,保持期間1日でも, SCR有意が保持された 単純場所文脈では,分散間隔=10分,保持期間1日で, DCR有意が消失した ⇒単純場所文脈の現象は,比の法則に従う 複合場所文脈の現象は,比の法則に従わない
分散間隔=10分 保持期間= 10分 or 1日
11
10 min 1 day 0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
0.7 P
ropo
rtio
n C
orre
ct
Retention Interval
SCR
DCR
10 min 1 day
One element Three elements
比の法則
長期新近性効果 Bjork & Whitten (1972, 1974)
◎系列位置効果を消去しようとした。 (1) 新近性効果の除去: 保持期間30秒 (2) 初頭性効果の除去: 項目提示間隔30秒 ⇒連続緩衝課題
⇒30秒後のテストで新近性効果
学習からテストまでの遅延の効果 Glanzer & Cunitz (1966) 新近性効果が,遅延0秒で不変 遅延10秒でやや減少 遅延30秒で消失
新近性効果は短期記憶を反映
0
10
30
新近性効果と比の法則(ratio rule)
新近性効果の大きさが,項目提示間隔(IPI)/保持期間(RI) で決まるという法則
新近性効果の大きさは,IPIに比例し,RIに反比例する
直後自由再生 遅延自由再生 連続緩衝課題
IPI/RI = 1
IPI ≒0,RI ≒0
IPI/RI≒0
IPI ≒0,RI = 30
IPI/RI = 1
IPI = 30 ,RI = 30
14
Glenberg et al. (1983) の条件分析
複合場所文脈は,比の法則に従わない
複合場所文脈で,新近性効果を復元できる Isarida & Isarida (2006). Memory & Cognition
1 2 3 4 5 6 70
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
0.7
Pro
babili
ty o
f R
ecall
Serial Position
SC
DC
Experiment 2 場所・課題・BGM
IPI = 30秒,RI = 10分
Experiment 1 場所・課題・実験者
IPI = 30秒,RI = 24時間
1 2 3 4 5 6 70
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
0.7
0.8
Pro
ba
bili
ty o
f R
eca
ll
Serial Position
SC
DC
16
場所・課題・実験者
IPI = 60秒,RI = 60秒
場所・課題・BGM
IPI = 30秒,RI = 30秒
ところが, 新近性効果が生じる条件下(IPI/RI ≒ 1)では,文脈操作で新近性効果が消失しない。
1 2 3 4 5 6 70
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
0.7
Pro
port
ion
Cor
rect
Serial Position
SC
DC 場所・課題
IPI = 10分
RI = 10分
Table 1
IPI 30 s 60 s 10 min 24 hr30 s 0.129 0.660 0.58160 s 0.126
10 min -0.088
. Cohen's d as a function of IPI and RI.RI
比の法則は,文脈依存効果の成否と関係している。
学習時の文脈内からの想起
学習時の文脈外 からの想起
IPI/RI≒1 IPI/RI ≒ 1 学習時の文脈内からの想起 学習時の文脈との連合が検索に影響
IPI/RI ≒ 0 学習時の文脈外からの想起 学習時の文脈との連合が検索に影響しない
複合場所文脈は,学習時の文脈内の状態に復元する。 ⇒エピソード定義文脈として機能する。
単純場所文脈は,それができない。 ⇒エピソードを定義できず,エピソード内で変動する文脈
IPI/RI≒0
エピソード内外からの想起: 文脈依存記憶と文脈独立記憶
⇒文脈に依存する成分と依存しない成分を分離
文脈内外からの記憶現象の測定
口頭リハーサル数の関数としての再生率(漁田,1992 心研)
IM: 学習の30秒後 SC: 学習の24時間後,同文脈 DC: 学習の24時間後,異文脈 口頭リハーサルを行っての 意図学習 項目間連合が自由 (1) 保持期間(IM vs. SC)は傾きに 影響しない (2) 文脈(SC vs. DC)は傾きに影響 (3) SC - DC が文脈依存成分 (4) DCは痕跡強度+項目間連合?
21
Exp. 1 意図学習で,項目間連合を抑制 IR: 学習の30秒後 SC: 学習の24時間後,同文脈(場所+課題+実験者) DC: 学習の24時間後,異文脈 項目の前後に計算課題(20秒) ⇒項目間連合の抑制操作
学習時間の関数としての再生率 (Isarida,2005 Memory)
(1) IRとSCは平行 (2) SCとDCの傾きの差は 文脈の効果を反映 (3) DC条件で学習時間効果 が消失 ⇒痕跡強度はどこへ? エピソード痕跡強度とは, エピソード定義文脈との 連合強度では?
22
Exp. 2 偶発
Exp. 3 意図
23
項目間連合あり 項目間連合なし
文脈連合と項目間連合を分離
学習時間効果の文脈依存性の回帰分析 Isarida & Isarida (2014). Book Chapter
・場所+課題+実験者の複合操作 ・24時間後の自由再生テスト ・項目間連合の抑制操作なし ・複数項目を同時提示した 場合,平均学習時間
SC条件の傾きは, DC条件よりも,有意に 大きかった [t(20) = 2.79, p = .013]
SC: y = 41.10x + 9.47, R² = 0.776 DC: y = 24.38x + 9.43, R² = 0.866
0
10
20
30
40
50
60
70
0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 1.4
Per
cen
t C
orr
ect
Log (Study Time)
SC
DC
One-shot 仮説(Malmberg & Shiffrin, 2005)
Isarida (2005) より (1) 項目間連合が利用できる時, DC条件下でも学習時間効果が生じる (2) 項目間連合が利用できないとき, DC条件下で学習時間効果の消失 ⇒学習成果は,情報間のつながりとなる 項目間連合は,学習時の文脈に依存しない 意味記憶と同じ性質 ⇒文脈に依存する成分は,エピソード記憶 文脈に依存しない痕跡強度は存在しない
25
再認の文脈依存効果
再認
旧項目 新項目
yes Hit
FA (False Alarm)
no Miss
CR (Correct Rejection)
新項目と旧項目をランダム配置,yes/no反応
強制選択再認:旧項目+n個の新項目• 旧項目に○
ターゲット = 旧項目 = 学習項目 ディストラクター = 新項目
再認弁別=新項目と旧項目との弁別
d' = z(Hit率) - z(FA率) CRS = Hit率 - FA率
文脈=ハサミをとって来ようと思った時の心理的環境
ハサミ 1階の
物理的環境
2階の 物理的環境 ×
心的復元
物理的復元
ハサミ テスト項目 =項目手がかり
再認には,テスト項目=項目手がかりからの検索ルートもある
再認の環境的文脈依存効果
再生: 符号化特殊性原理の証拠
環境的文脈は,過去のエピソード想起の際に検索手がかりとなる。
再認: 文脈と項目手がかりとが共存しているので,再生のように単純ではない。
⇒符号化特殊性原理のみでは,説明が不十分。 (文脈が焦点情報の検索手がかりになる)
場所文脈依存再認の証拠の不明確さ
再生で生じるが, 再認では生じない
Godden & Baddeley (1975, 1980) Smith, Glenberg, & Bjork (1978)
再認でも,
文脈依存効果が生じる Canas & Nelson (1986) x
Emmerson (1986) ? Smith (1985)
Smith (1986) x
未知顔や非単語では, 明確な文脈依存効果
Dalton (1993) Russo, Ward, Geurts, & Schres
(1999) 目撃証言実験(未知顔の再認)
Klafka & Penrod (1985) Malpass & Devine (1981)
Smith & Vela (1992)
符号化特殊性原理の放棄 ICE理論 (Murnane, Phelps, & Malmberg, 1999)
M = f (I, C, E)
M: 記憶強度≒熟知性 記憶強度が強いほど,yes反応が多くなる ある文脈下で,ある項目が提示されたことを 思い出すわけではない。熟知性の判断で反応する。
I: 項目の熟知性 旧項目>新項目
C: 文脈の熟知性 旧文脈>新文脈
E : 特定の旧項目と旧文脈が統合されたもの 文脈に意味情報が多いほど形成されやすい
⇒アンサンブルが形成されると,再認弁別で文脈依存効果
エピソード想起説 アウトシャイン原理の追加 Isarida, Isarida, & Sakai (2012). Memory & Cognition
(1) 符号化特殊性原理 旧文脈の提示は,学習エ
ピソードの検索を促進する。
(2) アウトシャイン原理 項目手がかり強度が十分
であれば,文脈手がかり効果が表面化しない。
⇒butcher in the bus
項目手がかり強度が不十分なとき,文脈依存効果
が生じる。
ICE理論と符号化特殊性原理の予測のまとめ
Hit
SC-Old DC-Old New
FA
Old New
ICE理論 再認弁別
SC DC
Hit
SC-Old DC-Old New
符号化特殊性原理
FA
Old New
再認弁別
SC DC
Ensemble Ensemble
局所的文脈
Isarida et al. (2012) は,文献のレビューにより (1) 無意味や未知の材料(非単語,目撃証言)で文脈依存再認 (2) 有意味材料では,短い学習時間で文脈依存再認
⇒それを実験で実証
y = -4.290x + 3.427 R² = 0.708
-0.4
-0.2
0
0.2
0.4
0.6
0.8
1
1.2
0.5 0.6 0.7 0.8
Coh
en's
d
Hit rate in DC condition
Place Odor BGM
場所,匂い,BGMにおける文脈依存再認の効果サイズと項目強度(DC条件のHit率)による回帰分析
⇒場所,匂い,BGMはエピソード想起説で説明可能
その他 (1) 背景色文脈依存効果 Isarida & Isarida (2007). M&C
自由再生で初めて。局所的環境的文脈。 (2) 匂い文脈依存効果 Isarida, Sakai, Kubota, Koga, Katayama, & Isarida (2014). M&C
匂いの順応回復法を用いて明確な効果。 (3) BGM文脈依存効果 Isarida, Kubota, Nakajima, & Isarida (2016). QJEP 気分ではなく,心的文脈(心理的環境)が媒介 (4) ビデオ文脈の対連合学習促進法 再認のビデオ文脈依存効果 ⇒近日,論文化
To Be Continued
エピローグ
静大とともに33年
国家公務員になって39年5ヶ月と15日
漁田武雄と付き合って65年6ヶ月
1.漁田は生まれ変わり
2.新幹線が好き 3.コンピュータが好き 4.実験が好き そして,英語での論文書きが好き 5.大人数での講義が好き 6.ゼミ生と遊ぶ(遊んでもらう)のが好き ⇒情報学部,特に後半の10年は,とても幸せでした。皆様に感謝!!