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【開催レポート】プラチナ社会研究会 2017 年度 第 1 回セミナー AIIoT が拓く地域の未来」 今年度からプラチナ社会研究会は、最先端の技術、動向を学ぶ場を「セミナー」として 「総会」から切り出し、年に 3 回開催します。その第 1 回目が 6 7 日に開催され、200 名を超す参加者の方にお集まりいただきました。テーマは「AIIoT が拓く地域の未来」。 冒頭挨拶に立ったプラチナ社会研究会事務局長の仲伏が「1 日で 120130 人の応募があり、 あっという間に参加枠が埋まった。社会的な関心の高さを感じさせる」と話したように、 AIIoT は近年加速度的に社会に普及しており、ビジネス、私たちの生活に大きな変化をも たらすものと期待が寄せられています。 基調講演は弊社先端技術研究センター センター長の比屋根一雄が務め、外部からの演者 に、株式会社 Nextreamer 代表取締役 CEO の向井永浩氏、慶應義塾大学環境情報学部准教 授の中澤仁氏をお迎えし、AI IoT の可能性について議論しました。 ■「地域における AIIoT 活用の可能性」 三菱総合研究所 先端技術研究センター センター長 比屋根一雄 比屋根は 1980 年代、エキスパートシステムの登場による第二次 AI ブームから AI 研究に 入り、長く AI の動向を見てきましたが、「2017 年は正念場の年」と見ています。 21 世紀に入って細々と進められてきたビッグデータと機械学習が、 2011 年ころから業界 に、2015 年から一般に爆発的に広まった。2016 年は AI バブルの年で、まだまだバブルは 1

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【開催レポート】プラチナ社会研究会 2017 年度 第 1 回セミナー

「AI・IoT が拓く地域の未来」

今年度からプラチナ社会研究会は、最先端の技術、動向を学ぶ場を「セミナー」として

「総会」から切り出し、年に 3 回開催します。その第 1 回目が 6 月 7 日に開催され、200

名を超す参加者の方にお集まりいただきました。テーマは「AI・IoT が拓く地域の未来」。

冒頭挨拶に立ったプラチナ社会研究会事務局長の仲伏が「1日で 120~130人の応募があり、

あっという間に参加枠が埋まった。社会的な関心の高さを感じさせる」と話したように、

AI、IoT は近年加速度的に社会に普及しており、ビジネス、私たちの生活に大きな変化をも

たらすものと期待が寄せられています。

基調講演は弊社先端技術研究センター センター長の比屋根一雄が務め、外部からの演者

に、株式会社 Nextreamer 代表取締役 CEO の向井永浩氏、慶應義塾大学環境情報学部准教

授の中澤仁氏をお迎えし、AI と IoT の可能性について議論しました。

■「地域における AI・IoT 活用の可能性」

三菱総合研究所 先端技術研究センター センター長 比屋根一雄

比屋根は 1980 年代、エキスパートシステムの登場による第二次 AI ブームから AI 研究に

入り、長く AI の動向を見てきましたが、「2017 年は正念場の年」と見ています。

「21 世紀に入って細々と進められてきたビッグデータと機械学習が、2011 年ころから業界

に、2015 年から一般に爆発的に広まった。2016 年は AI バブルの年で、まだまだバブルは

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続いているがそろそろやばいなと感じている」(比屋根)

その比屋根は、AI、IoT の現状を概観し、地方創生におけ

る AI、IoT 活用の問題をフレーミングする講演を行いまし

た。

まず比屋根は人口減少が著しい「地方」において、今後経

済規模、社会インフラ等を維持するためには AI、IoT は必

須のものと見ています。

「これだけ人口が減る中で、いろいろなものを維持するなら

生産性を上げるしかなく、生産性を上げるには AI、IoT、ロ

ボットを中核とする第 4次産業革命しかないというのが世界のコンセンサスになっている」

(同)

AI やロボットの議論では、“技術の進展によって人間の職業が奪われる”とする「技術的

失業」が常に付きまといますが、「人間の職業の 47%が代替される」と論じた 2013 年の研

究(カール・ベネディクト・フレイ、マイケル・A・オズボーン)が、実は可能性の示唆に

過ぎず、より詳細な調査研究では代替されるのは 10%程度という結果も出ています。また、

MRI の研究では、740 万人が技術的失業で失職するものの、同時に新技術によって 500 万

人の新たな雇用が生まれ、生産年齢人口が減少する日本においては、むしろ雇用者の不足

が起きると指摘。

当日の配布資料より

「高齢者も女性も働いているだろうが、それでも人手は足りない。AI は技術的失業よりも

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むしろ雇用者不足を解消する観点から見て欲しい」(同)

そして AI がすでに「知覚」(デジカメの顔認識等)、「言語処理」(チャットボット、Siri

等)、「判断」(アマゾンのレコメンド機能等)、「行動計画」(自動掃除機等)の分野で、表

立ってはいないのものの活用されており、「PC やスマホのみならず、人、モノ、店、車な

どすべてがつながる」IoT とともに両輪となって回って、新たなビジネス、サービスが生ま

れていると話しました。特に産業化においては、3 つの機能「自動化」「最適化」「ノウハウ

の再現」が大きな役割を果たすことも予測しています。

その AI、IoT を地方創生に活用する場合、比屋根は「大きく分けて 6 つの分野が考えら

れる」とし、①観光、②農業・食品、③アウトソーシング、④医療・介護、⑤物流・交通、

⑥教育を挙げ、前 3 者を「地域産業創出」、後者を「生活基盤維持」に分け、それぞれにつ

いて現状の課題と AI、IoT の活用例を示しました。

①と③では、主に AI、IoT が新しい産業を起こし、新しい働き方を導くもので、②では

AI・IoT が大規模化、効率化を促す例を説明。④~⑥は生活基盤の維持のための AI 活用法

であり、主にインフラの効率的利用、最適化、または人手不足の保管などが活用例として

示されました。変わった例としては、④医療・介護の領域で認知症ケアメソッドとして期

待されている「ユマニチュード」の教育システムとして AI を活用できるのではないかとい

うもの、また、教育分野で思考力を重視したアダプティブラーニングの学習シークエンス

を AI が策定する例などがありました。

当日の配布資料を元に作成

そして最後にまとめとして「AI を使う人間になろう」とメッセージ。

「AI は万能だと誤解されているが、目的・問題の設定ができない、常識や創造性がなく共

感も得られない。結構な数の人間がそばにいて手を動かさないと何もできない。AI が普及

しても人間がやることはいっぱいある。今は AI に何をやらせるか、一生懸命考える人が必

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要だ」(同)

そして、この AI 活用法の模索が進めば、起きるのは「AI を使う人間と使われる人間の

格差の拡大」であると比屋根は指摘します。

「今起きようとしているのは、AI と人間の競争なんかではない。AI を使う人間と使われる

人間の 2 つに分かれ、その差が拡大しようとしている」(同)

そのため、今なすべきは、「AI 専門家ではない人が、『あれはできないか、これはできな

いか』とできることを探し、事例を積み上げること」と比屋根。現在は AI 関連のツールが

安価で使いやすくなっており、誰もが気軽にトライできるようになっています。

比屋根は改めて「AI を武器にビジネスをする人間になろう」と会場に呼びかけて締めく

くりました。

■「AI 技術を活用した地域づくり」

株式会社 Nextremer 代表取締役 CEO 向井永浩氏

向井氏は高知を本拠地に、インド、東京にも拠点を持つベンチャー企業で、AI を使った

対話システムの研究・開発に取り組んでいます。高知に新たな産業を起こし、グローバル

にも展開する同社。向井氏は「今日は技術的な話よりも、“地方に必要な人財は何か?”

について、思うことを話したい」とし、地方産業の現場のリアルな AI、地方創生のレポー

トを行いました。

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向井氏自身、地方出身で地方の大学へ進学。当時はインターネットが普及し始めた時期で、

在学中からネットで古着を集めて販売するビジネスを起こし、大学の内外から注目を集め

ました。大学卒業後は大手在京企業に SE として勤務。激務の合間を縫って(「休めと言わ

れて身の置き所がなく」)海外旅行を繰り返し、その結果、海外への憧れを強くして外国

ベンチャーへ転職しています。その後、紆余曲折を経て、2012 年に現在の Nextremer を起

業。2015年には、高知に AIラボも設けています。高知を選択した理由としては「ジリ貧の

時代を支えてくれたスーパーSE の人が出身地の高知に帰るというから」と、偶発的な展開

であることを紹介。そんな波乱万丈な経緯を「迷ったらワイルド」に選んできたと話しま

す。

Nextremerの対話システム「minarai」が野球情報サイトで採用された(PR 資料より)

「考えてみたらアドホックなのだが、こういう計画的偶発性こそが、地方においては大事

なんじゃないかとも思う」(向井氏)と語ります。

また、経産省が掲げる「新産業構造ビジョン」において、今後日本の産業にとって重要

な要素は、地方にとっても全く同じように重要であり、若者の才能の芽を摘むような硬直

化した現在の産業構造のままでは、優秀な人財が海外へ流出してしまうと危惧を示します。

そして、現在、AI関連で地方に必要な人財としては「トップエンジニア、リサーチャー」

が特に求められており、地方には彼らを集める力があると説明しています。加えて、地方

に今必要な人財とは、技術的な面を除けば「業務の幅やビジネスの創出機会の豊富さとい

う面での“スケール”を求めて地方で暮らしたい人」。一方で、“スケール”を求めず地

方で暮らしたい人は、「第一線のビジネス重視というより、プライベートの充実をより強

く求める傾向」があると見ています。向井氏は「AI×地方では、”スケール“を求めて地

方へやってくる人を必要としている」と述べています。

また、取り組むべきビジネスとしては、「実現可能性のリスク」が高く且つ「市場性の見

通しのリスク」も高い領域。市場性の見通しリスクを横軸、実行可能性のリスクを縦軸に

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取った場合、右肩に来るのがこの領域。ちなみに市場性見通しのリスクも実行可能性のリ

スクも共に低いビジネスとは、例えば「大手自動車メーカーの既存ブランド車を作って売

る」ような安全なビジネスで、大手を含む多くの企業が集まるレッドオーシャン。2つのリ

スクが高い領域は「まさにベンチャーが取り組むべき」セグメントであると向井氏は説明

します。

さらにこの領域でのビジネスにおいて、地方にこそメリットがあると向井氏。そのメリッ

トとは「未来の課題に挑戦できる」ということ。人口減少、高齢化をはじめ、今地方が抱

えている課題は、将来的に日本全体が直面することになる課題だ。

「地方の課題を解決することは、日本全体にとっても、より良い未来を作ることに繋がる

と確信している。未来の課題を解決するために技術の社会実装を繰り返し、実用化できる

ソリューションを生み出せる最高の研究フィールドである、これは地方の強みではない

か。」(同)

そして最後に、Nextremer のビジョン「Scale Up Human Ability」を紹介し、同時に scale を

もじって「AI の業界では、Scare(恐れ)を取り除くことが大切」と指摘。向井氏は「現状

を放置するとトップ人財が海外へ流出していく。産業構造を変え、Scare を取り除いて、新

たな雇用を作ることが、Human Ability のスケールアップにつながる」と話し、今後の AI、地

方産業への期待で講演を締めくくりました。

■「地域 IoT と情報力」

慶應義塾大学環境情報学部 准教授 中澤仁氏

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中澤氏の専門は計算幾何学で「AI 含むプログラム全般」を扱いますが、未来の都市の姿

=スマートシティを考える「SFCity ラボ」を学内に立ち上げ、藤沢市、茅ヶ崎市、寒川町

の湘南地域の自治体、企業とコンソーシアム「地域 IoT と情報力研究コンソーシアム」を

運営、主に藤沢市を舞台にスマートシティ創出のプロジェクトに取り組んでいます。

冒頭、氏は「今日は AI、IoT なんて極めて簡単で、明日からみなさんが始められるもの

だということ、そして“情報力”の大切さ

をお伝えしたい」と話し、スマートシティ

構築の観点からの AI・IoT、そして情報の

重要性について解説しました。

まず、そもそも「スマートシティとは何

か?」。スマートシティとは「あらゆるものに計算機能が埋め込まれた場所」であると中澤

氏。日本では一般的にスマートグリッドや再生可能エネルギーなどの文脈で「エネルギー

の話になってしまう」ことが多く、世界的な定義でも「都市機能にデジタルテクノロジー

が組み込まれている街」とされていますが「これでもまだ偏っている」。

「都市機能だけではなく、センサーやアクチュエーター、人、車、製品、およそありとあ

らゆるものに計算機能が組み込まれた街をスマートシティと呼んでいる」(中澤氏)

また、「シティ」というと「まち」のイメージに限定されがちですが、「情報量の観点で

は都市も地方も、どこでも変わらない」と中澤氏。空間に存在する情報量はどこでもほぼ

無限であり、「例えばこの室内で考えても、参加者一人ひとりの心電図、脳波、ミクロで考

えれば細胞の中の動きまで」あるように、事実上情報量は無限であり、スマートシティは

都市部に限ったものではありません。

「サイバー空間に情報をどれくらい取り込めているかという点では都市が勝るが、今後地

方でもあまねくセンシングし、情報を加工し、生活に役立てることが、スマートシティを

作るうえで、今後重要になってくるだろう」(同)

このセンシングを支えるのが IoT であり、コンピューターネットワーク機器の世界最大

手のシスコシステムズによると、2020 年までに 500 億個を超えるデバイスが社会に実装さ

れる見込みです。「現状は 100~200 億個あると考えられており、スマートウォッチのよう

にいずれ個々人もいずれセンシングされ、ネットに接続されるようになる」と中澤氏。シ

スコの予想を超えて、おそらく 2020 年には 500 億個を軽く超えるデバイスが普及するとも

見ています。

そんなスマートシティが、現在世界中で建設、構築されていますが、その多くがハード

寄り・インフラ重視です。中澤氏は「これからは健康や福祉など人に近い方の取り組みが

行われることになるだろう」とし、パナソニックが手がける藤沢のスマートシティ

「Fujisawa Sustainable Smart Town」(Fujisawa SST)が、カメラやセンサーを街に埋め

込んで、「かなり良い街になっている」ことなどを紹介しました。

そして今、藤沢市で中澤氏ら慶應義塾大学のコンソーシアムが行っていることを紹介。

慶應義塾大学が立ち上げ運営するコンソーシアム「湘南 IoT 推進

ラボ」

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やっていることは「インフォメーション・リッチな街を作ること」と中澤氏。

「情報がたくさん流れて巡っている街は、お金がたくさん巡っているのと同じように、な

んか景気がよく、スマートになる」(中澤氏)

もともと「情報には力がある」が今日の中澤氏のメッセージ。例えば犯罪多発エリアの

情報が公開されれば地価が下がる可能性がある。だから日本では公開されないことで分か

るように、「情報には人の態度や行為を変える力がある」とし、その力を「情報力」と名付

けています。中澤氏はそうした情報がなければ人は生きられず、情報が豊かにあることで、

「健康、安全、便利、楽しい」街が可能であり、それこそがスマートシティなのだと語り

ます。そして、そのために必要なのが空間の情報をデジタル化すること。

「街の中にあるアナログの未検出のデータを何とかしてデジタル空間に取り込み、オープ

ンにし、現実空間に還流させることが重要だと考えている」(同)

その一例に、サンフランシスコのパーキング空きデータの活用があります。路上のパー

キングメーター数千カ所にセンサーを仕込み、どこが空いているかが分かるようにしまし

た。しかも「日本だったらプログラムが使えない pdf や.csv にしてしまう」ところ、サンフ

ランシスコでは、企業がアプリ開発に利用できるよう、JSON(ジェイソン。データ交換言

語の一種)で公開し、駐車場探しによる混雑緩和に一役買っています。

当日の配布資料より

藤沢市の場合、ゴミ収集車にセンサー、カメラなどを搭載し、環境情報を収集する実証

実験を行っています。センサーはカメラ、加速度計、地磁気計、気圧計、湿度・温度計、

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照度計など 10 種にも及び、PM2.5 の計測も行います。この計測データを 100Hz で送信す

るため、1 秒間で 100 個のデータ、100 台の車なら 1 万個のデータが収集されることになり

ます。

「IoT というと、センサーを仕込んだ機器の開発をイメージするが、このやり方なら明日か

らでも、誰でもスタートできる」と中澤氏。この手法を氏は「P バック型」と名付け、さま

ざまな形で横展開することが可能であると紹介しました。

また、「市民・職員のセンサ化」の取り組みも紹介。これは、市民や職員がゴミの不法投

棄や落書きの通報を、スマホを使って位置情報と共に写真で回収車、清掃車に送るシステ

ムで、集められた写真をディープラーニングに掛けることで車に積まれたカメラと AI が自

動的かつリアルタイムに落書きや不法投棄ゴミを識別できるようになるというもの。

「機械学習、AI のソフトウェアは一昨年までは非常に難しかったが、今は学部生が 1 週間

勉強すれば扱えるくらいになった。みなさんならすぐに扱えるようになる」と話していま

す。

■パネルディスカッション

休憩とプラチナ社会研究会の案内を挟み、後半は登壇者 3 氏によるパネルディスカッショ

ンを行いました。モデレーターは弊社社会 ICT 事業本部主席研究員の村上文洋が務めます。

各人のトークをベースにし、非常に示唆に富んだディスカッションが繰り広げられました。

AI と IoT の産業化の可能性

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まず、村上から比屋根に今の AI ブームをどう見るかという質問があり、比屋根は「ディ

ープラーニング、ビッグデータ、CPU の性能向上の 3 つが揃ったことで、大きく状況が変

わった」と回答。ディープラーニングは「AI を研究している人間からすると、アルゴリズ

ムの小さな発明にすぎない」のですが、「インターネットの普及により、ビッグデータが

揃って、はじめて人間を超える知能に迫る性能に至った」と比屋根。このアルゴリズムと

豊富なデータを桁違いの計算パワーで扱えるのようになったのが現代のAIブームであると

解説しています。また、「今ある課題すべてが解決できるわけではないが、やれることは

いっぱいある。今がまさにいいタイミングではないか」と指摘。

続いて向井氏とは、地方に人財を集める手法として高知で盛んに行われている(らしい)

「友釣り計画」について討議。友釣り計画とは、主に高知出身の女性が東京などの都市部、

挙げ句の果ては海外からも結婚相手を見つけて高知に連れ帰るという方法。「統計をとっ

たわけではないが、そういう女性が多いのは事実だし、よく聞く話だ」と向井氏。

また、中澤氏には、時間の都合でインプットトークでは割愛された「情報の一次産業」

についての質疑を行いました。情報の一次産業とは、「情報産業における狩猟・採集」の

段階にあるということ。中澤氏は、今の日本の IoTはじめ情報産業がセンシング、すなわち

情報収集に終始しており、「もともと日本が得意とする加工製造の分野に至っていない」

と指摘。「情報産業における二次産業で、デジタル情報財が生み出す経済価値は、情報量

が無限であるように無限。GDP でいえば現在の 1.5~2倍になる可能性もある」とし、センシ

ングにとどまらず、収集したデジタル情報財を加工販売するビジネスを目指すべきだとし

ました。

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村上はこれを受けて「分かりやすくいえば、情報を集める人と加工製造する人が同じ、家

内制手工業のようなもの」と現在の日本の情報産業の限界を指摘。「流通業者、加工業者、

倉庫業者など、情報産業でもさまざまな業種が育つことで、新しいビジネスが起こるのだ

ろうか」とさらに質問。中澤氏は「その通り」だとしつつ、「誰が何の目的で何を仕入れ、

どんな製品にするのか」が課題で、それは今も模索中であるとしています。「それが分か

っていたらすでに商売にしている」と中澤氏。ただ、「地方の課題解決を情報で行うのな

らば、単一な情報では不可能だろう」とも指摘しています。

村上はこれを料理になぞらえて、「ピーマン一個では料理はできないということ。スー

パーマーケットのような場所があって、さまざまな素材が選べたり、レストランのような

場所も必要かもしれない」と話し、情報産業の二次・三次産業化とスケールアップの関係

についてどう考えるか向井氏に尋ねます。

向井氏は、同社が持つ対話エンジンを開放してシステムインテグレーションベンダーや

自動車メーカーと研究開発していることを挙げて「ビジネス的に考えるに、うちのような

ベンチャー企業が他企業との競合で勝ち残るには、ハードメーカーと融合していくことは

必要な戦略」であり、情報産業における他企業連携の重要性を認めました。

AI、IoT と人間の関係性

ここで話題を転じ、「AI の民主化」についての議論に。これは比屋根が指摘しているも

ので、AI の開発ツールの簡素化、低価格化が進んだことで専門家以外でも AI を扱えるよ

うになっている現状を指しています。比屋根はこの民主化が「個々人がチマチマやってい

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るだけではなく、大きなプラットフォームや仕組みを作るような動きが起こればさらに民

主化が起き、動きが加速する」と話しています。

ただ、ここで重要なのは、再三指摘されているように AI を使えるようになったことでは

なく「問題、課題、ゴールを設定すること」です。「AI は万能ではない。早く問題に気づ

いてゴールを設定し AI に解かせる、というサイクルを回すことだ」と比屋根。

中澤氏はその点で興味深い発言をしています。大学では学生でも AI を簡単に使用できるよ

うになり、「放っておいても勝手に問題を見つけて新しい取り組みを始める」そうですが、

問題なのは「大学教員と研究機関の人間のほうがまるでダメ」であること。

「大学や研究機関で、『データマイニングの専門です、機械学習の専門です、私に問題を

教えてくれたら解決します』という人が多すぎる。これは、包丁を研ぐ人が『食材持って

きたら料理しますよ、でも何を切ればいいかは分かりません』と言っているようなもの」

(中澤氏)

比屋根が「AI 非万能説」で指摘したように、AI の問題は「どのように使うのか」という

こと。「芸術系のほうが AI は使えるのではないか」という村上の問いに「AI が作った曲

や小説を、いつまでも人間は楽しんだりできないのではないか」と比屋根。

「結局、作品を作るために AI を利用する人、AI を武器にする人がこれから強くなるので

はないか。それは将棋や囲碁で AI が人間よりも強くなったことでも同様。AI を使って新

しい手を考え、自分が強くなることを考える棋士がこれから強くなるだろう」(比屋根)

この議論は AI と人間の関係性を考えるものですが、一方で、AI によって人間とモノの関

係性が変わることについての議論もありました。情報産業における設備投資やスケールの

話の中で、中澤氏が「情報産業単体では初期投資は少なくて済むが、これからはモノ(製

造)と情報、両方への投資が必要になる」と指摘。それは、情報産業の発展によってモノ

づくりの有り様も変わる可能性があるということです。

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「例えば机にチャットボットが装備された“話す机”のように、AI を使うことでモノのデ

ザインが変わる可能性がある。情報産業とモノがうまくうまく合体したような、間の交渉

領域が、これからメーカー、ベンダーが進む道かもしれない」(中澤氏)

これについては村上も先行事例を紹介し、今後の可能性を指摘しています。

「ゴミの日を教えるゴミ箱、天気予報の情報を取得し傘を持っていくことを勧める傘立て

などの製品がある。これからはモノと情報の間の境界線が興味深い論点になる。5 年後 10

年後にはスマホから情報を取るということが減っているかもしれない」(村上)

これはさらに踏み込むと「アクチュエーション」についての議論になります。中澤氏、村

上ともに今後の IoT はセンシングばかりではなく、人間の行動を喚起するアクチュエーシ

ョンも重要になると話しています。

これを受けて比屋根はエアコンメーカーがセンシングにこだわりすぎて、肝心の快適な

温度にするというエアコンの機能をおろそかにしてしまった例を話しています。

「細かい情報を取ることに注力しすぎて何もできなくなってしまった。どんなに詳細にセ

ンシングしても、結局やることはエアコンのオンオフの切り替えだけ。私はこれを“見え

る化の罠”と呼んでいる」(比屋根)

そして、これからの AI、IoT は「アクチュエーション起点になるべき」と指摘。

「どんなアクチュエーションをするのか、何をアクチュエートするのかを元に AI、IoT の

使い方を考えること。実用レベルで考えると働いている人起点で考えることも重要になる

だろう」(同)

この他にもさまざまな意見が交わされ、今後日本の産業を支えていくために、AI、IoT を

活用し、地方から新しいビジネスを起こしていくことの重要性を確認しパネルディスカッ

ションを締めくくりました。

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