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54 機 械 設 計 連載開始に当って グローバル化が進展する中,大企業に限らず, 中小の企業にとっても「書くコミュニケーション 技術」として,英文テクニカル・ライティング (以下,テクニカル・ライティング)が必須となっ てきている。 従来,テクニカル・ライティングは,「研究 者・設計者・技術者の特別な書き方の技術」で あったが,現在では,ビジネスで成功するため相 手[クライアント(依頼人),顧客,上司]にわ かりやすく正確に伝えるだけでなく,「相手を動 かす書き方の技術」としての「テクニカル・ライ ティング技術」が求められるようになっている。 筆者は「機械設計」2015 年 2 月号から 2016 年 3 月号において「英文テクニカル・ライティングの 基礎と実践」を連載した(この連載をもとに,「読 み手の心を捉える!英文テクニカルライティン グ」が日刊工業新聞社から 2016 年 3 月に出版さ れた)。その中でテクニカル・ライティングは相 手に「通知すること(=報告すること)」だけで なく「行動を起こさせること」,すなわち,「相手 を説得すること」に力点があることを紹介した。 すなわち,これからの研究者・設計者・技術者は, ビジネスで成功し生き残るには,「書くレトリッ ク」の知識およびその運用技術を必ずマスターし ておかねばならない。 本連載では,「英文テクニカル・ライティング の基礎と実践」のパートⅡとして,研究者・設計 者・技術者が日常作成する英文技術・ビジネス文 書,すなわち英語による「論文・レポート,企画 書,提案書,仕様書から毎日送る E メール」に必 須の相手を動かす「書くレトリック」の基本とそ の応用(コツ)について紹介する。 この「書くレトリック」の基本手法は,和文ド キュメントにも応用できることは言うまでもない。 本連載を参考にされてグローバルで活躍され,ビ ジネスで成功されることを願っています。 テクニカル・ライティングにおける 「書くレトリック」とは何かを理解 する 1.書くレトリックとは テクニカル・ライティングは,欧米では技術・ ビジネス文書を効果的,効率的に書くための基本 技術として知られている。しかし,日本ではまだ まだ知らない人が多く,かつ学習方法は「専門用 語(科学技術用語,熟語,言い回し)」,「英文法」 を中心とした,いわゆる「スクール英語(記憶力 中心)」の延長で,グローバルに通用するコミュ ニケーション技術(書く技術)からは,ほど遠い ものである。これではグローバルで生き残る英文 ドキュメントを作成することは困難であり,これ からの研究者・設計者,技術者(生産技術者,QC 技術者,セールスエンジニア)は,欧米で教えら れている,テクニカル・ライティングにおける 「レトリック」(説得)の手法(=証拠に基づく「書 くレトリック」) について学び,その基本を身に つけることが必須であり,また早道でもある。 以下理解を容易にするため,テクニカル・ライ ティングにおける「コミュニケーション運用技 術」の中心である「書くレトリック」の概念図を 示しておこう()。 英文テクニカル・ ライティングの 基礎と実践 相手を動かす書くレトリックの基本と応用 岡山大学 片岡 英樹 *かたおか ひでき:医学部非常勤講師。国立大学工学部卒業後,大手 ハイテク企業で半導体研究開発に従事。米ミシガン大学に派遣されテクニカルライティングコース修了後,国 際人財養成責任者としてグローバル研修の企画・運営,講師を務める。現在独立し多くの企業・大学・研究所 でテクニカル・ライティングを指導啓蒙中。近著に「読み手の心を捉える!英文テクニカルライティング」。 英文テクニカル・ライティングにおける 「書くレトリック」の基本  その 1 1

英文テクニカル・ライティングにおける 「書くレトリック」の基本pub.nikkan.co.jp/uploads/magazine_serial/pdf_5885aa7250957-1.pdf · 「レトリック」(Rhetoric:修辞)の辞書による

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Page 1: 英文テクニカル・ライティングにおける 「書くレトリック」の基本pub.nikkan.co.jp/uploads/magazine_serial/pdf_5885aa7250957-1.pdf · 「レトリック」(Rhetoric:修辞)の辞書による

54 機 械 設 計

連載開始に当って グローバル化が進展する中,大企業に限らず,中小の企業にとっても「書くコミュニケーション技術」として,英文テクニカル・ライティング(以下,テクニカル・ライティング)が必須となってきている。 従来,テクニカル・ライティングは,「研究者・設計者・技術者の特別な書き方の技術」であったが,現在では,ビジネスで成功するため相手[クライアント(依頼人),顧客,上司]にわかりやすく正確に伝えるだけでなく,「相手を動かす書き方の技術」としての「テクニカル・ライティング技術」が求められるようになっている。 筆者は「機械設計」2015年2月号から2016年3月号において「英文テクニカル・ライティングの基礎と実践」を連載した(この連載をもとに,「読み手の心を捉える!英文テクニカルライティング」が日刊工業新聞社から 2016 年 3 月に出版された)。その中でテクニカル・ライティングは相手に「通知すること(=報告すること)」だけでなく「行動を起こさせること」,すなわち,「相手を説得すること」に力点があることを紹介した。すなわち,これからの研究者・設計者・技術者は,ビジネスで成功し生き残るには,「書くレトリック」の知識およびその運用技術を必ずマスターしておかねばならない。 本連載では,「英文テクニカル・ライティングの基礎と実践」のパートⅡとして,研究者・設計者・技術者が日常作成する英文技術・ビジネス文書,すなわち英語による「論文・レポート,企画書,提案書,仕様書から毎日送るEメール」に必

須の相手を動かす「書くレトリック」の基本とその応用(コツ)について紹介する。 この「書くレトリック」の基本手法は,和文ドキュメントにも応用できることは言うまでもない。本連載を参考にされてグローバルで活躍され,ビジネスで成功されることを願っています。

テクニカル・ライティングにおける「書くレトリック」とは何かを理解する

1.書くレトリックとは テクニカル・ライティングは,欧米では技術・ビジネス文書を効果的,効率的に書くための基本技術として知られている。しかし,日本ではまだまだ知らない人が多く,かつ学習方法は「専門用語(科学技術用語,熟語,言い回し)」,「英文法」を中心とした,いわゆる「スクール英語(記憶力中心)」の延長で,グローバルに通用するコミュニケーション技術(書く技術)からは,ほど遠いものである。これではグローバルで生き残る英文ドキュメントを作成することは困難であり,これからの研究者・設計者,技術者(生産技術者,QC

技術者,セールスエンジニア)は,欧米で教えられている,テクニカル・ライティングにおける

「レトリック」(説得)の手法(=証拠に基づく「書くレトリック」)について学び,その基本を身につけることが必須であり,また早道でもある。 以下理解を容易にするため,テクニカル・ライティングにおける「コミュニケーション運用技術」の中心である「書くレトリック」の概念図を示しておこう(図)。

連 載新英文テクニカル・ライティングの基礎と実践

相手を動かす書くレトリックの基本と応用

岡山大学 片岡 英樹* *かたおか ひでき:医学部非常勤講師。国立大学工学部卒業後,大手ハイテク企業で半導体研究開発に従事。米ミシガン大学に派遣されテクニカルライティングコース修了後,国際人財養成責任者としてグローバル研修の企画・運営,講師を務める。現在独立し多くの企業・大学・研究所でテクニカル・ライティングを指導啓蒙中。近著に「読み手の心を捉える!英文テクニカルライティング」。

英文テクニカル・ライティングにおける「書くレトリック」の基本 — その1

第1回

Page 2: 英文テクニカル・ライティングにおける 「書くレトリック」の基本pub.nikkan.co.jp/uploads/magazine_serial/pdf_5885aa7250957-1.pdf · 「レトリック」(Rhetoric:修辞)の辞書による

55第 61 巻 第 2 号(2017 年 2 月号)

載連新英文テクニカル・ライティングの基礎と実践

 ここで示すように,「書くレトリック」は,コミュニケーション運用技術としての“約束事項(プロトコール)”で,文書作成における「構成技術の中心」と位置づけられる。この「書くレトリック」は,「パラグラフ,センテンス,ワード」の構成技術のソフトウェアであるといえ,しかも非常に汎用度が高く,文学以外のすべてのビジネス,アカデミック文書をコントロールする。ま さ し く MS-WINDOWS の OS(Operating

System:基本ソフト)に相当するものであると著者は考えている。 そして「ハードウェア」とあるのは,これらは辞典,書籍,および CD-ROM,DVD 媒体として「形のある具体物」として提供されているので,著者はこのように呼んでいる(ソフトウェアのハードウェア化:専門用語では firmware という)。ソフトウェア(OS)である書くレトリックはハードウェアである専門用語,英文法の用法をコントロールする。 すなわち,「専門用語」において,たとえばcomprise か consist of のどれを使用するかは「書くレトリック」が,そして「英文法」において,たとえばmayか preferablyか canのどれを使用するかは「書くレトリック」がコントロールするということである。 上記の「書くレトリック(ソフトウェア)」は,現在は人間しかできないが,この概念の最終目標は条件(読み手は誰か,ドキュメントの種類,使

用するレトリックのパターンなど)さえ入力すれば,コンピュータにあるビッグデータ(専門用語,熟語,言い回し[コーパス],約束事項)を使って,コンピュータが自動的に(人工知能[AI]を使って)上記に示す「世界に通用する効果的,効率的な書類」(レポート,カタログ,マニュアル,提案書,スペック,論文,抄録,特許・法律文,レター,E メール)を吐き出すことである。このように,“「書くレトリック」はグローバルで生き残るための「書く技術」の中心”であるといえる。 なお,「書くレトリックは何であるか」,すぐにはイメージしにくいが,筆者は「書くレトリックは“焼き鳥の串”の役割をしている」と考えれば理解しやすいのではないかと思っている。 すなわち,「焼き鳥」は,どんなにおいしい材料(鳥の部分,ねぎなど=書く材料)があっても,そのままでは十分に活かすことができない。 「串」があることによって, 1.焼きやすくなり(→文が書きやすくなる) 2. 食べやすくなり(→文が読みやすくなり,

理解しやすくなる) 3. おいしく食べられるようになる(→文が効

率的,効果的に伝わり,読み手に「満足できる,期待通りの行動」を起こさせる)

 つまり,どんなにおいしい材料であっても,バラバラに焼いたものをそのまま食べるよりは,串で料理されたものの方が圧倒的においしい。このように「書くレトリック(=焼き鳥の串の役割)」

図 コミュニケーション運用技術(書く技術)としての「書くレトリック」の概念図

構成技術

・パラグラフ(Paragraph)

・センテンス(Sentence)

・ワード(Word)

レポート,カタログ,マニュアル,提案書,スペック,論文,抄録,特許・法律文,レター(Eメール)

→世界に通用する効果的・効率的な書類 “読んで直ちに行動を起せる書類”

汎用ソフトウェア

(まさしくMS‒WINDOWSのOSに相当)

OS:Operating System(基本ソフト)

・専門用語・準専門用語

・英文法(助動詞,前置詞,仮定法, 時制,冠詞等)

(ハードウェア) (ハードウェア)

コミュニケーションプロトコール(運用技術:OS)

書くレトリック

OUTPUT

“comprise/consist of” “may/preferably/can”

Page 3: 英文テクニカル・ライティングにおける 「書くレトリック」の基本pub.nikkan.co.jp/uploads/magazine_serial/pdf_5885aa7250957-1.pdf · 「レトリック」(Rhetoric:修辞)の辞書による

56 機 械 設 計

は,文を書く上で非常に重要な役割を果たしている(担っている)といえる。

レトリックの定義とは何か 用語,文法との関係を学ぶ

2.レトリックの定義 「レトリック」(Rhetoric:修辞)の辞書による定義として,研究社第 5版英和辞典によれば,①

修辞学,修辞法,レトリック,② (実際には誠実さも意味もない)華麗な文体,美辞麗句; 誇張:high-flown ~ 大げさな美辞麗句&ギリシャ語「話し方」の意とある。この定義からわかるように,「レトリック」は政治家が使うような「まやかし」という意味がつきまとうが,テクニカル・ライティングにおけるレトリックは,「証拠に基づくレトリック」であることに留意する必要がある。 歴史的に「レトリック」という言葉は,アリストテレス(Aristotle)が初めて使った言葉で,その定義は,「レトリック(修辞法)とは,いかなる課題に対しても,あらゆる信頼できる説得手段の発見とその利用に関する技術」(“Rhetoric: the art

dealing with the discovery and use of all reliable

means of persuasion in any given case.”)とされている。その技術体系(話し方)は, (a)創案(話すことをみつける) (b)配列(どのように構成するか)

 (c)表現法(どのような言葉と文章で表現するか) (d)記憶(話す原稿を記憶する) (e)演述(声の調子や話しぶり)  の5つからなる。(出典:Microsoft Encarta (R) Reference Library 2003) この中でとくに難しいのが,(a)創案で,たとえば,明日 5分間スピーチをやってほしいと言われたとき,日頃から問題意識を持っていないと難しい。しかし技術系は,現在やっていることそのものが創案になるので,この点は文科系の人に比べ楽である。なお,書く「レトリック」として,(b)(c)が現在利用されている。3.レトリックと用語,文法との関係 レトリックは上記のように「読み手」(会話では聴衆者)と密接に関係している。さらにレトリックは,「用語(専門用語)」および「文法」と

の関係においても密接に関係している。 以下理解を容易にするため,和文例で説明しよう(参考英文例も挙げておく)。この例で「専門用語」と「文法」がOKにもかかわらず,「レトリック」ができていない。すなわち「one paragraph,one topic」の原則(機械設計2015年10月号参照)に反しているため(下線の第 3文),パラグラフの「統一」が失われ,効果的でなくなっていることがおわかりいただけるであろう。<和文例>1 生体が正常な機能を十分に発揮するためには,生体を構成する全ての臓器や組織に血液やリンパ液が常時,十分に循環される必要があります。2

そのような循環維持に直接関係する臓器群をまとめて循環器と呼びます。3 臓器群の中で脳と心臓の研究はさらに進んできています。4 循環器は心臓,動脈,毛細管,静脈,リンパ管から構成されています。5 それら循環器にかかわる疾病を総称して循環器病と呼びます。<参考英文例>Cardiovascular disease1To carry out fully the normal functions of an

organism, blood and lymph f luid must be

continuously and sufficiently circulated to all of

the organs and tissues constructing the organism. 2All of the organs directly related to such

circulations are called a “cardiovascular system.” 3The studies of brain and heart among all of the

organs have been further advancing. 4The

cardiovascular system is mainly composed of

heart, arteries, capillary vessels, veins, and lymph

ducts. 5A disease related to the cardiovascular

system is referred to as a “cardiovascular disease.” このパラグラフのトピックは「循環器」である。第3文で,読み手は循環器がくると予想(期待)しているにもかかわらず,異なるトピックの臓器群が現れ(下線部参照)戸惑う。ここでパラグラフの統一が崩れ,読み手はオヤッと思い,読み進むのが困難となる。すなわち,文の構成手法である「書くレトリック」の知識がないと,読み手に読んでもらえる効果的な文は作れないことがおわかりいただけるであろう。