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近年、情報通信技術の急速な発展によって、郵便物の 取扱量は年々減少の一途をたどっています。一方、eコ マース市場等の拡大によって、荷物の取扱量は増加傾向 にあり、日本のみならず世界各国も同様な状況です。す でに一部の諸外国では、郵便サービスレベルの見直しや 再検討が進められており、日本においても重大な判断が 求められることとなるでしょう。 単にコスト削減を目的とする配達頻度の縮小等によ る郵便サービスレベルの引き下げは、短期的には事業の 収支改善が期待できるものの、利用者利便の低下による 顧客離れや事業そのもののダウンサイジングなど、中長 期的には郵便事業体の経営や雇用に大きな影響を及ぼ すものと考えられます。 そのような中、私たちJP総合研究所は、JP労組とと もに、昨年11月、12月、そして本年3月に、欧州を中心 に12カ国(フィンランド、スウェーデン、デンマーク、 ノルウェー、ポルトガル、ベルギー、オランダ、オースト ラリア、ニュージーランド、イタリア、スイス、フランス) の海外郵便事業事情調査を行いました。目的は、サービ スレベルの再検討が進められている欧州各国の郵便事 業について、各国の労働組合、会社、政府の規制機関な 世界 (欧州) 郵便事情 どからヒアリングをおこない、現場調査も実施し、現状 を把握することでした。 「JP総研Report」では、スイスにあるUPU本部と、ベ ルギーにあるEU本部でのヒアリングを含め、特徴的な 国々をピックアップしてレポートします。 UNI-Europaとの意見交換(ベルギーにて) JP総研 レポート 特別号 2018 6 13 日(水)

の郵便事情 - jprouso.or.jp · える郵便の追跡情報含むビッグデータなどをベースに、 170の郵便事業体の実績を比較しています。 日本のスコアは94.09となっており、スイス(100)、フ

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フィンランド

スウェーデンノルウェー

デンマーク

ベルギー

フランス

スイス

オランダ

ポルトガル

イタリア

オーストラリア ニュージーランド

近年、情報通信技術の急速な発展によって、郵便物の取扱量は年々減少の一途をたどっています。一方、eコマース市場等の拡大によって、荷物の取扱量は増加傾向にあり、日本のみならず世界各国も同様な状況です。すでに一部の諸外国では、郵便サービスレベルの見直しや再検討が進められており、日本においても重大な判断が求められることとなるでしょう。

単にコスト削減を目的とする配達頻度の縮小等による郵便サービスレベルの引き下げは、短期的には事業の収支改善が期待できるものの、利用者利便の低下による顧客離れや事業そのもののダウンサイジングなど、中長期的には郵便事業体の経営や雇用に大きな影響を及ぼすものと考えられます。

そのような中、私たちJP総合研究所は、JP労組とともに、昨年11月、12月、そして本年3月に、欧州を中心に12カ国(フィンランド、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、ポルトガル、ベルギー、オランダ、オーストラリア、ニュージーランド、イタリア、スイス、フランス)の海外郵便事業事情調査を行いました。目的は、サービスレベルの再検討が進められている欧州各国の郵便事業について、各国の労働組合、会社、政府の規制機関な

世界(欧州)の郵便事情

どからヒアリングをおこない、現場調査も実施し、現状を把握することでした。「JP総研Report」では、スイスにあるUPU本部と、ベ

ルギーにあるEU本部でのヒアリングを含め、特徴的な国々をピックアップしてレポートします。

UNI-Europaとの意見交換(ベルギーにて)

JP総研 レポート

[特別号]2018 年 6 月 13 日(水)

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3JP総研 Report [特別号]2

国連の一機関であるUPU(万国郵便連合)は、1874年に設置され、1948年に国連の専門機関となりました。加盟国は192の国々と地域で、本部はスイスの首都ベルンに置かれています。その歴史は国連より古く、日本は1877年(明治10年)に加盟しています。

UPUが各国の郵便サービス全般を数値化し、これからのサービス向上に資するために設定した「郵便業務発展総合指数」というものがあります。加盟170カ国と数年にわたり調査項目を議論・決定し、2017年に発表されたものであり、「世界郵便戦略:ビジョン2020」の推進を支援する重要な柱とされています。

評価に当たってUPUは、①「信頼性(郵便業務運営における効率性レベルの評価)」、②「到達性(郵便サービスの国際化のレベルの評価)」、③「妥当性(全ての主な市場における競争力のレベルの評価)」、④「弾力性(ビジネスモデルの適応能力のレベルの評価)」という4つの基準を設けており、加盟170カ国の公的な統計や30億通を超える郵便の追跡情報含むビッグデータなどをベースに、170の郵便事業体の実績を比較しています。

日本のスコアは94.09となっており、スイス(100)、フランス(94.75)に次ぐ世界第3位です。UPUによると、3カ国は共通して郵便商品全般で非常に優れた品質と利用者へのグローバルな接続性を保証しており、国内で根強い需要の取り込みと急速に変化する環境への高い弾力性を備えているとの評価をしています。日本については、物流での高品質なサービスが他国に優り、貯金や保険分野を含む幅広いサービスへの高い需要を取り込んでいると評価しています。

右図表は、UPUが発表している上位10カ国と日本の周辺国、及びJP労組が昨年末から調査を行なっている国々を含め計26カ国の順位をまとめたものです。

UPUのミッションは郵便サービスの発展を促進することであり、グローバルな共通のアプローチを行うことによって、弱者が取り残されないようにする。デジタル化が進んでいても、必ずしも郵便事業の業績が悪いとは限らない。郵便事業の持続可能な発展を考えるとeコマースへの対応を図る必要があるなど、郵便事業がデジタル化に積極的に関わりを進めていくべきであるというUPUの考え方には基本的に賛同できます。

UPUの「郵便業務発展総合指数」を調査・分析して感

EU郵便指令の動向欧州の郵便事情を理解するには、EU郵便指令を理解

しておくことが必要です。今回調査において、ベルギーにあるEU本部でヒアリングをおこなったので、まずEU郵便指令の概要についてふれておきたいと思います。

28 ヶ国が加盟しているEUの郵便市場は巨大です。EU法令には「指令」「決定」「規制」の3種類があり、「指令」はそれに伴う各国国内法化が必要です。第1次・第2次・第3次の郵便指令は、①欧州郵便単一市場の形成、②良質なユニバーサルサービスの維持、③郵便市場の競争の導入、を柱とし、その実現方法は、リザーブドエリアと呼ばれる独占領域を徐々に縮小することによって段階的に競争を導入する方法がとられました。さらに、郵便事業の運営体と規制体を分離することによって、国営形態への復帰の可能性を封じ、その後の民営化、株式上場への道筋を描きました。

EU郵便指令の最も重要な事項としてユニバーサルサービス義務が挙げられます。その定義として、郵便事業体は恒久的にユニバーサルサービスを提供しなければならないことが示されており、「少なくとも1週間のうち5営業日は郵便サービスを提供しなければならない」としています。また、書状では2kgまで、荷物では10kgまでをユニバーサルサービスの中に含めなければならないとし、国内サービスのみならず国際的サービスも含まれています。ただし、地域的な状況、例外的な問題等により、加盟国が正当な理由であればこのルールを必ずしも適用する必要はないとされているため、各国のユニバーサルサービスレベル、特に配達頻度については、EU郵便指令の内容を個々に「拡大解釈」し、それにより欧州域内での郵便サービスレベルに大きな格差が生じています。

じたことは、この指標はあくまで「郵便事業体がどの分野に投資を行なっているか」、「バランスの取れた事業を行なっているか」、「デジタル化には対応できているか」等をインデックス化してランキングしたものであり、必ずしも利用者の視点で実感するものとはリンクしていないという点です。そのため、JP総研が各国の郵便労組から提供された情報や現地調査から得た内容とはズレがあるように感じるものの、上位3カ国の郵便事業体は

「将来的な投資やバランスのある事業展開を行っている」とする評価はそれなりに理解・納得できるものです。つまり、上位の事業体は郵便ネットワークを介して福祉や地域、社会貢献分野にも投資しており、それが評価された順位であると考えられます。

順位 国名 スコア1 スイス 1002 フランス 94.753 日本 94.094 オランダ 93.845 ドイツ 91.886 英国 86.467 ポーランド 84.948 シンガポール 83.779 中国 78.73

10 オーストリア 76.9911 韓国 75.4312 NZ 74.2413 米国 74.1716 フィンランド 72.5517 インド 72.05

先進国平均 67.4022 タイ 66.1123 マレーシア 66.0024 イタリア 65.3126 オーストラリア 63.4529 ベルギー 61.4931 ノルウェー 60.8236 スウェーデン 59.0254 インドネシア 49.4056 デンマーク 48.4857 ベトナム 47.8458 ポルトガル 47.84

欧州の各国の郵便事業体は、新たな郵便市場環境に対応し、ユニバーサルサービス義務を提供するために、新たな収入源、新ビジネスを模索し、事業の多角化を進めてきました。具体的には、①従来の郵便サービス以外の配達品目の配達(食料品や医薬品:ポストノルドデンマーク)、②ホームモニタリングサービス(家庭訪問サービス、高齢者みまもりサービス:ラポスト、bポスト、ポストノルド)、③リサイクルのための家電製品の収集や設置(ラポスト、ポストNL)、④郵便局での新たなサービス(金融ビジネス分野、保険・住宅ローン、クレジットカード・デビットカード:ロイヤルメール、ポステイタリアーネ)などです。

また、郵便市場は根本的に変わりつつあるとされ、郵便物の減少によってユニバーサルサービスの持続性が課題となっており、将来に向けて、いつその定義を見直すかということが喫緊の課題となっています。2019年には欧州議会選挙が実施され、EU郵便指令の見直しの議論はその後開始されると推測され、近い将来に改定が行われると考えられます。

一連のEU郵便指令は、欧州各国の郵便事業体では雇用の面での過度な改革・調整が行われることとなりました。「結果として、自由化によって、欧州委員

会の約束したサービスの向上も 価格の低下も起こらなかった。自由化の結果は、少数の利益を受けた者と、大多数の不利益を被った者に分けた。前者は旧国営事業体の民間シェアホルダー、経営者、大口利用者であり、後者は地方に住む人々、雇用や労働環境に影響があった郵便労働者である。」としたUNI-Europaの見解が象徴的です。

 「郵便業務発展総合指数」順位

出典: Integrated Index for Postal Development (2IPD) 2016 result

1992 年 郵便サービスの統合市場の発展に関するグリーンペーパー1997 年 第 1 次 郵便指令

1999 年 第 1 回リザーブドエリアの縮小 (350 グラム未満 かつ基本料金の 5 倍未満)

2002 年 第 2 次 郵便指令2003 年 第 2 回リザーブドエリアの縮小

(100 グラム未満 かつ基本料金の 3 倍未満)2006 年 第 3 回リザーブドエリアの縮小

(50 グラム未満 かつ基本料金の 2.5 倍未満)2008 年 第 3 次 郵便指令

2010 年 完全自由化 (東と南ヨーロッパ諸国を除く)2013 年 完全自由化

 EU 郵便指令  (出典 : EU)

欧州委員会

UPU「郵便業務発展総合指数」日本郵便は第3位の評価

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5JP総研 Report [特別号]4

スウェーデンの郵便事情スウェーデンは世界で最初に郵便事業の制度改革を

行なった国として知られています。1993年に郵政庁による郵便の独占を撤廃。その郵便自由化以降、郵便サービスへの民間事業者の新規参入が進み、一時期はおよそ100以上の事業者が郵便事業の免許取得。自由競争の中で淘汰が進み、2017年現在、小規模事業者が30程度。ユニバーサルサービスが課されているポストノルドにとって実質的な競争相手はノルウェーポストの子会社であるブリング・シティメールのみとなっています。

現在のポストノルド(株式所有はスウェーデン政府60%、デンマーク政府40%)による郵便事業の展開にいたる紆余曲折の中で、1970年代に約4,000あった郵便局は、1993年には約2,000と半分にまで減少しました。さらに1998年時点で約1,800あった郵便局のうち約4割以上が委託化され、2000年以降、政府からの指示により大規模な郵便局ネットワークの合理化を実施。従来の伝統的な直営郵便局を原則廃止、スーパーマーケットやガソリンスタンドに郵便業務を委託する「代理店(フランチャイズ)方式」に変更されてきました。

これまで、政府の規制機関である「郵便電気通信庁」は、ポストノルド・スウェーデンに対する郵便事業の免許付与条件として「2kgまでの郵便物について週5日」の集配義務としていたが、「改正郵便法」では、送達速度の違いによるクラス制をなくした上で250gまでの全ての郵便物は「週2営業日以内」の配達に変更しました。「改正郵便法」は、2018年1月からすでに施行されていますが、

ポストノルド・スウェーデンとしては「現在は週5日配達を堅持する」としていますが、先行きは不透明です。

スウェーデンの郵便事業の将来を暗示する上で、非常に重要なのは、デンマークにおける郵便事業の現状です。先に述べたようにポストノルドは、スウェーデン政府60%、デンマーク政府40%、株式を所有しており、議決権は50:50の郵便事業体です。欧州各国における郵便物の推移を示したグラフで明らかになっているように、年5%程度の減少となっているスウェーデンに対し、年25%の大幅な減少に至っているデンマークの郵便事業の現状は更に深刻です。

ノルウェーポストロイヤルメールベルギーポスト

オーストリアポストGLS

ベルギーポスト

ポストノルド・ロジスティクス

ロイヤルメールフィンランドポスト

オランダポストドイツポストDHL

ポストノルド・デンマーク

ポストノルド・スウェーデン

オランダポスト

ドイツポストオーストリアポストフィンランドポスト

10099989796959493929190898887868584830

13年第 4四半期~14年第 3四半期

指標(2013年第4四半期~2014年第3四半期=基準値100)

指標(2013年第4四半期~2014年第3四半期=基準値100)

14 年第2四半期~15年第1四半期

14年第3四半期~15年第2四半期

14年第4四半期~15年第3四半期

14年第 1四半期~14年第4四半期

13年第 4四半期~14年第 3四半期

14年第2四半期~15年第1四半期

14年第3四半期~15年第2四半期

14年第4四半期~15年第3四半期

14年第 1四半期~14年第4四半期

1161151141131121111101091081071061051041031021011000

書状の落ち込み

ポストノルド本社

郵便ユニバーサルサービスは終焉を迎えるのか!!― デジタル化の波に飲み込まれる郵便 ―

デンマークの郵便事情1624年12月24日、クリスマスイブにデンマーク国王

によって創設された郵便事業体は、長い間、国の直営事業として運営されてきましたが、公共セクターの合理化の一環として1995年に郵政庁より独立し、公企業の「ポストデンマーク」として経営されることとなりました。その後、2002年に株式会社化されたポストデンマークは、イギリスの投資ファンドである「CVCキャピタル・パートナーズ」と提携し「ベルギーポスト」の株式の49%を保有するなど、一時は積極的な事業展開を見せていましたが、2009年にスウェーデンの郵便事業体と合併し、ポストノルドとして郵便事業を展開することとなりました。これにより「CVCキャピタル・パートナーズ」が保有していたポストデンマークの株式はデンマーク政府が買い戻す一方、ポストデンマークが保有していたベルギーポストの株式は同ファンドに移行するという怪しげな成立過程を経ています。

北欧の福祉国家の一角をなすデンマークですが、2001年から右派政権が権力を握り「デンマークの小泉純一郎」と呼ばれるラスムセンが首相の座に就いた以降、福祉国家の内容も変わってきたように思われます。その政府は、「世界一の電子政府」を標榜。既に個人登録番号制度が導入されていましたが、2007年に全てを包括する市民ポータルが構築され、行政上の手続き等がすべてパソコン等電子媒体を通じて行なえることとなりました。さらに2014年には全ての住民に対して「e-ボックス」と呼ばれる

「電子私書箱」の保有が義務付けられ、2015年以降は、原則公的機関とのやり取りは電子通信を利用しなければならないとされました。この結果、公的機関から個人宛に送付される郵便物は基本的に廃止され、デンマーク国内の郵便取扱数は激減していくこととなります。ポストノルドのもう一つの不思議は、この「e-ボックス」の運営会社をNetsという決済サービス会社と共同所有していることで

す。「重要なことは物理的であろうとデジタル的であろうと、顧客の望むやり方で通信を届けること。e-ボックスとともに顧客は物理的な郵便に対して強力な代替手段を持つことになった。」とポストノルド役員は述べています。

そのような中、郵便のサービスレベルはひどいものとなっています。2016年、新しい郵便法が国会を通り、週6日配達の義務がなくなり週5日配達となりました。さらに2018年1月からは、実質週1日の受け取りとなっています。「これはEU郵便指令で最低週5日の配達を義務付けていることに違反していないか」との私たちの質問に対し、ポストノルド・デンマークCEOは次のように述べました。「週5日をどう解釈するかの問題であり、我々は週5日配達している。市民は毎日郵便を受け取るわけではない。1週間に一度受け取るだけだが、郵便外務員は違った地域を週5日配達している。我々はこれまで週5日を厳格に解釈しすぎていた。」

同時に働いている労働者数は削減につぐ削減がなされ、今後3 ~ 4年で5,000人にまで減少するということでした。

街には落書きだらけの「悲しいポスト」が立っていました。

デンマークの郵便ポスト

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7JP総研 Report [特別号]6

15世紀に創設され、以来常に国民とともにあったフランスの郵政事業ですが、1991年に郵便電気通信省(PTT)が郵便事業(ポスト)と通信事業(テレコム)に分割されたことに伴い、政府から独立した法人格を持つ公共事業体(公社)として「ラ・ポスト」が誕生しました。その後、2010年に株式会社化されたものの、現在もフランス政府が73.7%、政府系金融機関のCDCが26.3%を所有する事実上国有企業の形態を堅持しています。

欧州全体を取り巻く厳しい郵便事情の中にあって、フランスはEU郵便指令で規定されている目的・内容を厳格に順守し、さらに高いレベルで郵便サービスを維持・確保しようと懸命に努力している数少ない国の一つです。例えば、集配頻度に関しても、EU指令では「週5日以上」となっていますが、フランスでは土曜日を含む「週6日」が現在も維持されています。さらに郵便サービスへのアクセス面について、「国民の99%以上かつ各県の95%以上がコンタクトポイント(郵便局など)から10km圏内にあること」、「人口1万人を超えるすべての市町村は、住民2万人あたり1 ヵ所以上のコンタクトポイントを有すること」などと定められています。

フランスにおける郵便局の運営システムフランスでは現在、約17,000の郵便局(郵便アクセスポ

イント)があります。しかし、伝統的な直営郵便局の数は減少傾向にあり、他の欧州各国と同様、フランスにおいても郵便局の運営は業務自体の自動化と、郵便事業体による直営から他の運営主体への委託、具体的には地域の商店や他の公共サービス事業者、自治体などと連携した新たな郵便局の運営形態へ移行しています。

フランスの郵便アクセスポイントの約半数を占める委託局は「パートナーシップ郵便局」と呼ばれており、①郵便取次所(RP)[地域にある商店や店舗の事業主に郵便サービスや金融サービスの取り扱いをラ・ポストが委託するもの]と②地方郵便簡易局(APC)[ラ・ポストが直営郵便局の閉鎖を決めた地域において、同社とフランス市長連合会との間で包括的枠組み協定を締結し、自治体の庁舎内に郵便局窓口を併設して郵便・金融サービスを提供するというもの]に分類されます。このほか近年の新しいサービス拠点として、郵便局の建物を利活用して様々な公共サービスを提供している、③公共サービスハウス(MSAP)[州、地方公共団体、7つの公共サービス事業者(職業安定所、ガス会社など)の三者がパートナーシップを組んで、郵便局という一つの共有スペースにおいて複数の公共サービスの取り扱いを行

うというもの]という形態があります。フランスの伝統的な基礎自治体(コミューン)の中央部には、教会、庁舎、そして郵便局が例外なく配置されていて、そこでコミューンの中心にある郵便局を「地域における各種公共サービスの拠点」として利活用することにより、地域住民の日常生活に必要な各種公共サービスの申請や手続き、相談などを郵便局の建物内においてワンストップで提供可能とするものです。

ラ・ポストグループの事業戦略と今後の方向性ラ・ポストが事業戦略の中枢に据えているのが郵便配達

員です。「彼らは顧客のところを毎日回っており、信頼できる存在である。本格的な高齢社会を迎えて『シルバーエコノミー』が注目されている中、郵便配達員を活用した新サービスを発展させていく」ことがラ・ポストの基本的考え方です。

調査団がヒアリングを行うと、どの組織においても必ず「これからどういう変化が起こるか」という説明から始まります。「2016年には120億あった信書が2023年には60億通にまで減るという予想がある一方、eコマースの成長により小包は増加し、2023年には今の3倍になる。又フランスでも高齢化が進み、65歳以上の人たちが2,000万人を超えると、高齢者をできるだけ長く自宅で過ごしてもらう戦略が重要となる。こうした中、プロクシ(近接性)つまり身近なサービスを望む声が大きくなる。そこでラ・ポストは2020年までに、身近なサービスを提供する事業者として業界No.1になる」と述べます。こうした「将来の見取り図」に基づいてラ・ポストの事業戦略は描かれており、幹部職員の多くがこの見取り図を共有しています。当然、そこでは郵便配達員の将来の雇用という視点も考えられており、そうした考え方に基づいて会社側は新サービスの開発を積極的に進めているのです。

郵便配達員の多機能化郵便配達員が持つ地域住民からの信頼を基礎として、会

社は様々な新サービスを考案しています。ラ・ポストの郵便外務員は「ファクテオ」という携帯端末を持っており、これが全てのサービスの基礎になります。ファクテオは郵便配達人が業務で使うほぼ全ての機能を有しているスマート

フランス「ラ・ポスト」の挑戦-郵便局窓口と郵便配達員の多機能化-

フォンであり、電話とメール等については、プライベート使用が認められています。会社側にとってファクテオを導入することの一番の目的は「中間管理機構の解体」すなわちラ・ポストの官僚体質の刷新とコストの削減ですが、一方で郵便外務員が持つ「信頼」や「能力」をファクテオによって最大限に発揮・活用させることがもう一つの目的であるように思われます。

フランス版「見守りサービス」は、「プロクシ」と呼ばれる「お客様に寄り添うサービス」の一環で、①「コンタクト」(コメント付きの手紙を配る)、②「データ」(情報を収集する。例えば、道路が傷んでいるところを写真に撮って、役所と連携する)、③「ビジー」(「見守りサービス」だけでなく、バカンスの最中に自宅を見張るなどガードマンの役割も果たす)、④「イクイップ(機材)」(機材を設置する。例えば、TVを購入した際にデコーダーを取り付ける)、⑤「ショッピング」(例えば、利用者から「パンを買って」と頼まれたら、郵便外務員が買って持っていく)などの形態があります。

こうした中、ラ・ポストでは郵便外務員を4つのレベルに分けています。レベル1は通常の仕事をこなし、これに多少の新しい職務を付与するというものです。例えば、コメント付き郵便と呼ばれるものを顧客に配達した際、3つほ

ど顧客に質問するなどの業務です。レベル2は「見守りサービス」が実施可能な職員です。レベル3の職員は「多機能郵便配達員」と呼ばれ、高齢者に携帯端末の使い方を教えたり、家にパソコンを取り付けたりといった仕事も行ないます。レベル4は「エキスパート型郵便配達員」です。フランスでは全国民が確定申告をすることを義務付けられていますが、現在フランスの税務署では手続きのICT化を進めています。問題はそうした機器の使い方や扱いに慣れていない高齢者に対し、このエキスパート型配達員が、高齢者の税務手続きの手伝いをするわけです。

会社側はこの施策に基づいて職員の教育訓練を大規模に行っており、2017年だけで延べ231万時間、87.09%の郵便局員、1万730名の中間管理職が研修所で訓練を受け、この人事政策への追加費用として4億5千万ユーロが支出され、大規模な複数のコース研修が実施されました。このように将来を見据えて、ラ・ポストは積極的に新しい事業を展開していこうとしているのです。

ラ・ポストとしては、郵便配達員の仕事の多機能化、シルバーエコノミーの課題に応えることを「将来への挑戦」と捉えており、今ようやくこれら課題を実行に移す時が来たと考えているようです。

げる事が決して良いとは思えません。デジタル化と共存して新しいビジネスを見出すことが重要であり、いまだサービスを堅持している国と事業体は、その道を模索しています。

そういう意味で今回紹介した「ラ・ポストの挑戦」は、非常に興味深いものです。

社会・経済環境の変化に伴って「第4次産業革命」が語られる昨今、郵政事業においても職員の研修がますます重要になっています。デジタル化の中、ファクテオを職員全員に配布し、これを「私的に使っても良い、ただ慣れてもらいたい、自分のものにしてもらいたい」と、職員の「意識」と「やる気」を鼓舞するラ・ポスト経営陣。「第4次産業革命は、これまでのやり方とは違う研修方法を考えなければダメだ」という話をよく聞きますが、ラ・ポストの研修方法は時代を先駆けているように思われます。こうした斬新な方法が、郵便配達員を活用した「見守りサービス」や「お客様に寄り添うサービス(プロクシィ)」を発展させています。同時に、こうした新しいサービスは、近い将来、郵便局窓口職員や郵便配達員がこれまで行ってきた伝統的な郵便業務を転換する際の「切り札」となることは明らかでしょう。

欧州各国では1990年代半ばに行われた郵便の自由化・民営化以降、郵便事業体はサービスレベルの引き下げを含む徹底した経営の効率化が進行してきました。

では、日本でも欧州のようなドラスティックな郵便制度改革が、経営上あるいは社会的公正の観点から有効であるかという点については、大いに疑問が残るところであります。例えば、スウェーデンやオランダのように直営郵便局を廃止し、スーパーマーケットや雑貨店などへ委託するという思い切った施策が実現できた背景には、欧州が高度に進展した「キャッシュレス社会」であるということが指摘できます。翻って日本はどうでしょうか。

また、欧州各国で労働者のリストラを含む大規模な郵便事業の経営効率化やスリム化が実現できたのは、政府による手厚い社会保障制度や充実した再就職への支援体制があったからに他なりません。日本の環境下からみると、慎重な検討が必要となるのは言うまでもありません。

郵便配達頻度に注目してみれば、一度ユニバーサルサービスレベルを低下させると、転げ落ちるように週6日から週5日、そして週3日、挙句の果ては週1日配達へとあっけなく崩れていくという現実です。デジタル化は、日々進行していますが、郵便の減少をすぐさまサービス低下につな

日本郵便の持続的発展に向けて

UNI世界大会(長崎)での郵便局ブース

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■ JP総合研究所スタッフ

所長 増田 喜三郎副所長 下原田 寿研究員 澤口 由佳研究員 栗原 啓客員研究員 伊藤 栄一

■ JP総合研究所

JP総合研究所は、JP労組の付属機関として設置されており、主に郵政事業に関わる郵便、物流、金融等の産業政策・労働政策等の調査研究をはじめ、雇用・労働条件および組合員の生活改善に関する課題など、具体的な研究テーマを設定し、研究を進めています。

また、調査研究の充実をはかるため、連合総研等、他の研究機関・学者・研究者との連携をはかりながら、よりよい政策提言を行うことをその使命としています。

■ 各種研究報告

研究体制については、総研スタッフに加え、部外有識者に研究委嘱する「研究プロジェクト方式」を基本として調査・研究を進め、これまで数々の政策提言書を取りまとめてきました。主な研究報告書等は以下のとおりです。

■ 総研リサーチの発行

最も身近な政策情報誌「JP総研リサーチ」を年4回(3月・6月・9月・12月)発行し、郵政事業を中心とした政策研究ならびに各種調査データ等の情報発信を行ってきました。次号で42号を迎えます。支部には、支部執行委員数を基準に送付しています。なお、記載内容は、JP労組ホームページ

(JP総合研究所⇒出版活動)からバックナンバーを含めダウンロードできます。

■ ポスタルニュースの発行

JP総研では、世界の郵便・物流に関するニュースについて、UNI-LCJと連携し、「postal news」を発行しています。現在は、専従役員にメールで配信しています。子会社であるトール社の状況等も含めリサーチし、できるだけ情報を共有していきたいと思います。

JP総合研究所のとりくみ

JP 総研レポート[特別号]発行日:2018 年 6 月 13 日(水)発行:JP 総合研究所発行者:増田 喜三郎〒 110-0015 東京都台東区東上野 5-2-2http://www.jprouso.or.jp/activity/lab/guide/

「郵便の法制度見直しに関する研究会」2008 年

「郵便局の地域連携ビジネスのあり方に関する調査研究会」2008 年

「福祉型労働運動のあり方に関する研究会」2009 年

「新たな日本郵便の持続可能なビジネス展開を創造する研究会」2014 年

「株式上場・企業価値向上に向けた金融 2 社のあり方研究会」2014 年

「JP 労組組合員総合意識調査」2008 年、2012 年、2016 年

「創業 150 周年-日本郵政グループの新たな飛躍研究会」2016 年

「人口減少社会に向かう地域と郵便局のあり方研究会」2016 年

「郵政事業の未来構想研究会       =創業 150 年を見据えた事業の再構築=」 現在進行中

研究会の主なメンバー(夕張地方調査にて)