東海農政局 農村振興部 農村環境課 今井 幸彦

農業・農村の多面的機能

平 成 2 8 年 ６ 月 3 0 日

～農業のいろいろな働きと恵み～

講義の内容

はじめに １．農業・農村の多面的機能とは ２．多面的機能の維持・発揮にあたっての課題 ３．日本型直接支払の導入 ４．多面的機能を高める取組 まとめ

１

はじめに

２

Yahoo!ニュース意識調査を活用し、農業・農村の持つ「多面的機能」の認知度調査を行ったところ、言葉も役割も知っている人は３割程度。

平成２６年に内閣府が実施した「農山漁村に関する世論調査」によると、２０歳代で２０％と若い世代の認知度が低い結果。

３

○食料・農業・農村基本法（平成11年）

第三条 （多面的機能の発揮）

国土の保全、水源のかん養、自然環境の保全、良

好な景観の形成、文化の伝承等農村で農業生産活動

が行われることにより生ずる食料その他の農産物の

供給の機能以外の多面にわたる機能（以下「多面的

機能」という。）については、国民生活及び国民経

済の安定に果たす役割にかんがみ、将来にわたって、

適切かつ十分に発揮されなければならない。

（１）定義

４

１．多面的機能とは

資料：日本学術会議｢地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について(答申)｣ (平成13年11月)及び関連付属資料

（２）概念図

５

土砂崩れを防ぐ機能

地下水をつくる機能

癒しや安らぎを もたらす機能

川の流れを安定させる機能

生きもののすみかになる機能

体験学習と教育の機能

洪水を防ぐ機能

文化を伝承する機能

土の流出を防ぐ機能

農村の景観を保全する機能

暑さをやわらげる機能

1.物質循環系の形成

1.地域社会・文化の 形成・維持

2.二次的自然の形成・維持

1) 水循環制御 ・洪水防止 ・土砂崩壊防止 ・土壌侵食（流出）防止 ・河川流況の安定 ・地下水かん養

2) 環境負荷緩和 ・水質浄化 ・有機性廃棄物分解 ・大気調節（大気浄化、気 候緩和など） ・資源の過剰な集積・収奪 防止

1) 生物多様性保全 ・生物生態系保全 ・遺伝資源保全 ・野生動物保護

2) 土地空間保全 ・優良農地の動態保全 ・みどり空間の提供 ・日本の原風景の保全 ・人工的自然景観の形成

2.都市的緊張の緩和

1) 地域社会の振興 2) 伝統文化の保存

1) 人間性の回復､ 保健休養、やす らぎ 2) 体験学習と教育

農業・農村

将来に対する安心機能

環境への貢献 地域社会の形成・維持

持続的な食料供給

（３）分類（日本学術会議）

６

○印：主な多面的機能として、本資料において解説

下線：物理的な機能を中心に貨幣評価が可能な一部の機能について、日本学術

会議の特別委員会等の討議内容を踏まえて評価を実施

畦に囲まれた田や耕作されている畑の土壌には、雨水を一時的に貯留する働きがあります。そのため、農地は、ダムのように洪水を防止する役割を果たしています。

① 洪水防止機能（洪水を防ぐ機能）

７

② 土砂崩壊防止機能（土砂崩れを防ぐ機能）

斜面に作られた田畑は日々の手入れによって土砂崩れを未然に防止することができます。また、田畑を耕作することで、雨が降っても雨水を地下にゆっくりとしみこませ、地下水位が急上昇することを押さえる働きがあり、地すべりなどの災害を防止しています。

８

田畑の作物や田に張られた水は、雨や風から土壌を守り、下流域に土壌が流出するのを防ぐ働きがあります。

③ 土壌侵食防止機能（土の流出を防ぐ機能）

【水田】 水を張った田は、降雤が土壌表面に作

用しません。また、傾斜地帯でも土壌面は平坦なため、土壌侵食防止機能が高い。

【畑】 畑における作物の葉や茎は雤滴の衝撃

や表面を流れる水が土をはぎ取ろうとする力を弱めます。

９

水田に利用されるかんがい用水や雨水は、時間をかけて河川に還元されることにより、河川の流況を安定させ、下流地域の都市用水などに利用されていています。

④ 河川流況安定機能（川の流れを安定させる機能）

10

⑤ 地下水涵養機能（地下水をつくる機能）

田畑に貯留した雨水等の多くは地下にゆっくりと浸透して地下水となり、下流地域の生活用水などに利用されています。

かん よう

11

⑥ 有機性廃棄物分解機能 （有機物を分解し作物の養分に変える機能）

田畑の土の中にいるバクテリアなどの微生物は、家畜の排せつ物や野菜のくずなどから作った堆肥（有機物）を分解し、作物が養分として利用しやすい形に変えます。

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⑦ 気候緩和機能（暑さをやわらげる機能）

田の水面からの水分の蒸発や、作物の蒸散により、空気が冷やされます。この冷涼な空気は、周辺市街地の気温上昇を抑える効果もあります。

13

⑧ 保健休養機能（癒しや安らぎをもたらす機能）

農村の澄んだ空気、きれいな水、美しい緑、四季の変化などが、安心と安らぎを与え、心と体をリフレッシュさせます。

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⑨ 生物多様性保全機能（生きもののすみかになる機能）

田畑は、自然との調和を図りながら継続的に手入れをすることにより、豊かな生態系を持った二次的自然※が形成され、多様な生物が生息しています。 ※ 二次的自然とは、人が手を加えることで形成・維持されてきた自然環境のこと。

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⑩ 景観保全機能（農村の景観を保全する機能）

農村地域では、農業が営まれることにより、田畑に育った作物と農家の家屋、その周辺の水辺や里山が一体となって美しい農村景観を形成しています。

じゃがいも畑（北海道ニセコ町） 春の散居集落（山形県飯豊町）

ヒガンバナと棚田（奈良県明日香村） 棚田と漁火（山口県長門市）

そば祭り（群馬県中之条町）

16 かやぶきの里（京都府南丹市）

⑪ 文化の伝承機能（農村の文化を伝承する機能）

全国各地に残る伝統行事や祭りは、五穀豊穣祈願や収穫を祝うものなど、稲作をはじめとする農業に由来するものが多く、地域において永きにわたり受け継がれています。

奴おどり（鹿児島県曽於市） 17

農村歌舞伎（香川県土庄町）

あえのこと（石川県輪島市） 逆面獅子舞（栃木県宇都宮市） 三河万歳（愛知県安城市）

御田植祭（大分県豊後高田市）

⑫ 教育の場としての機能

農村で、動植物や豊かな自然に触れることで、生命の大切さや食料の恵みに感謝する心が育まれます。

麦踏み大会（大分県日田市） 田植え体験（愛媛県伊予市）

サツマイモ定植体験

（愛知県名古屋市） はさ掛け体験（北海道長沼町）

みかんの収穫体験

（和歌山県田辺市） 18

赤とんぼの生息調査

（三重県四日市市）

農業の多面的機能の貨幣評価（学術会議答申）

機 能 の 種 類 評 価 額 評 価 方 法

洪水防止機能 ３兆４,９８８億円／年 治水ダムを代替財として評価

土砂崩壊防止機能 ４,７８２億円／年 土砂崩壊の被害抑止額によって評価

土壌侵食(流出)防止機能 ３,３１８億円／年 砂防ダムを代替財として評価

河川流況安定機能 １兆４,６３３億円／年 利水ダムを代替財として評価

地下水涵養機能 ５３７億円／年 地下水と上水道との利用上の差額によって評価

有機性廃棄物分解機能 １２３億円／年 最終処分経費を代替財として評価

気候緩和機能 ８７億円／年 冷房料金の節減額により評価

保健休養・やすらぎ機能 ※ ２兆３,７５８億円／年 家計支出額の推定により評価

注１：日本学術会議における討議内容を踏まえて行った貨幣評価のうち、答申に盛り込まれたもの

注２：農業の有する機能は、評価に用いられた代替財の機能とは性格の異なる面があること等に留意が必要

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（４）貨幣評価（機能別評価額）

貨幣評価が可能な一部の機能の評価額を試算。

※貨幣評価が可能な一部の機能のみを対象とした試算

洪水防止や生きものに関する機能が重要とした回答が多い。また、農業者では農村景観、消費者では伝統文化の継承が重要とした回答が多い。

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（参考）意識調査（重要と思う機能）

（１）これまでは

農地周辺の水路

農道･ため池など

農地や農地周辺の水路等

「地域共同」の取組により保全管理される資源

幹線水路 排水機場

ダム

頭首工

分水工

幹線水路

地域共同で管理 個人が管理個人が管理

末端水路

農

道

○農地周りの水路、ため池、農道などは、農家を主体とする集落の共同活動によって保全されてきた。

○農業の多面的機能は、農業生産とそれを支える保全活動を通じて、維持・発揮が図られてきた。

多面的機能の維持・発揮

２．多面的機能の維持・発揮にあたっての課題

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出典：総務省「過疎地域等における集落の状況に関する現状把握調査」(平成23年4月)を基に作成

注 ：集落機能が低下している集落とは、上記の集落機能が低下又は維持困難と回答した集落。この他、良好、無回答と回答している集落がある

農家戸数 非農家戸数

１農業集落当たり平均戸数（戸）

出典：農家・非農家の戸数は、農林水産省「農林業センサス」（平成22年） 農村・都市部の高齢化率は、総務省「平成22年 国勢調査人口等基本集計」、国立社

会保障・人口問題研究所「都道府県の将来人口推計(平成19年5月推計)」を基に推計。 注 ：ここでは、国勢調査における人口集中地区（DID）を都市、それ以外を農村とした。 なお、高齢化率とは、人口に占める65歳以上の高齢者の割合。

0%

10%

20%

30%

40%

50%

農村の高齢化率 都市部の高齢化率

37 33 27 23 18

44

109

145

190

180

0

50

100

150

200

250

(9.1%)

(90.1%)

(89.3%)

(84.3%)

(76.7%)

(54.3%)

(10.7%) (15.7%)

(23.3%) (45.7%)

昭和45年 55年 平成2年 12年 22年

農村・都市部の高齢化率

○農業集落では、混住化、農家の高齢化、過疎化が進み、農地周りの水路、ため池、農道などを管理することが困難になっている。

○管理体制を再構築し、多面的機能の発揮を維持することが必要。

（２）しかし、実態は

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農家の割合と高齢化 集落機能が低下又は維持が困難とした集落の割合

調査期間：平成23年10月～11月 ほ場整備を進める301の土地改良区に対する調査結果 出典：株式会社 流通研究所「平成23年度農地整備事業に係る課

題調査業務報告書」

62.3%

32.2%

36.0%

33.9%

25.1%

34.7%

2.9%

8.8%

3.3%

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70%

高齢な農業者の管理が行き届かない

大規模農業者の管理が行き届かない

不在地主の管理が行き届かない

大規模農業者の負担となっている

一部の法面が長大化し、法面の管理の 負担について不公平感がある

農家組合や水利組合の共同作業への 参加者が減少している

その他

特になし

無回答

99.0

48.8

36.5

99.8

28.6

12.6

0

20

40

60

80

100

農家 土地持ち非農家 非農家

共同作業の出役義務のある集落の割合 （農業用用排水路、対象74,770集落） 農業生産に係る話合いへの参加割合 （対象81,030集落）

出典：農林水産省「農林業センサス」（平成17年）

○農道や水路などの管理について、農家の高齢化や不在地主の増加により行き届かない、または大規模農業者による管理が行き届かないなどの課題。

○共同作業の出役について、土地持ち非農家や非農家にも義務を課している集落は５割以下。

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農道・水路等の管理の課題 共同作業の出役等の割合

○農業・農村の多面的機能の発揮のための地域活動に対して支援を行い、 多面的機能が今後とも適切に発揮されるようにするとともに、担い手の育成等構造改革を後押ししていくため、日本型直接支払制度を創設。

日本型直接支払

中山間地域等の条件不利地域（傾斜地等）と平地とのコスト差（生産費）を支援

環境保全効果の高い営農活動を行うことに伴う追加的コストを支援

農地維持支払

多面的機能を支える共同活動を支援 ※担い手に集中する水路・農道等の管理を地域で

支え、農地集積を後押し。 • 農地法面の草刈り、水路の泥上げ、農道の路面維持等の基礎的保全活動

• 農村の構造変化に対応した体制の拡充・強化、保全管理構想の作成等

支援対象

農地法面の草刈り

水路の泥上げ

中山間地域 （山口県長門市）

カバークロップ （緑肥）の作付け

資源向上支払

地域資源（農地、水路、農道等）の質的向上を図る共同活動を支援

支援対象 ・水路、農道、ため池の軽微な補修

・植栽による景観形成、ビオトープづくり

・施設の長寿命化のための活動 等

水路のひび割れ補修

植栽活動

３．日本型直接支払の導入

多面的機能支払

中山間地域等直接支払

環境保全型農業直接支払

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農業の多面的機能は、これまで集落の人々が無償で水路、農道を守ることにより維持

都市では、道路や水路の 管理費用は自治体が負担

○多面的機能を維持・発揮

○担い手を支える集落共同活動や担い手以外の人達を含めて６次産業化、都市との交流で地域が活性化

水路や農道等を保全・補修する地域の共同活動を支援 ・担い手の負担が減り、安心して規模拡大に取り組める ・担い手への農地集積という構造改革を後押し

このまま高齢化等が進めば…

・水路や農道等の保全・補修に係る担い手の負担が増大

・農地を預けた人の中には地域を離れる人も

規模拡大しようとすると、水管理や農道補修が大変になるなぁ・・・

規模拡大しても水路、農道はみんなが守ってくれるのでありがたいなぁ。預かった農地でしっかり稼ぐぞ！

水路の共同管理

農産物の加工・販売

みんなで６次産業化に取り組むぞ！

農地は担い手に預けたけど、

水路や農道はみんなで守ろう！ 農地は担い手に預けて、隠居するか、息子の元へ引っ越そうか・・・

対策前 対策後

水路のひび割れ

鳥獣被害

雑草の繁茂、路肩の崩壊

農道

道普請

多

面

的

機

能

支

払 の 導

入

（参考）多面的機能支払で構造改革を後押し

高齢化、人口減尐により集落活動が低迷

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農業・農村の有する多面的機能の維持・発揮を図るため、日本型直接支払いの取組を法律に位置づける。

趣旨

１．農地、農業用水等の保全のための地域の共同活動により行われる取組【多面的機能支払】 ① 水路、農道、農地法面等の機能を維持するための取組（農地維持支払） ② ①の機能を増進するための改良、補修等の取組（資源向上支払）

２．中山間地域等における農業生産活動の継続を推進する取組【中山間地域等直接支払】

３．自然環境の保全に資する農業生産活動を推進する取組【環境保全型農業直接支払】

対象となる取組

国、都道府県及び市町村による費用の補助 など

活動に対する支援

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（参考）法的位置づけ

○農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律（平成27年）

（１）洪水防止機能を高める取組事例

○田んぼダム（新潟県他）

排水口に小さな穴の空いた調整板を設置

低平地が多い新潟県では、水害に強い地域づくりを目指して、水田の貯水機能を高める「田んぼダム事業」を展開。水田の排水口に「調整板」などを設置し、ゆっくりと排水することで、下流域の洪水被害を防止・軽減している。 （平成26年度：13市町村、 約1万2千haで実施）

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４．多面的機能を高める取組

（２） 地下水涵養機能を高める取組事例

○「地下水涵養田」と農産物のブランド化（熊本県大津町・菊陽町）

○水循環と地下水涵養

（富山県魚津市） ○「冬期湛水」による湧水文化の保全

（福井県大野市）

かんがい期の一定期間、上流の転作田等に水を貯め、下流域の地下水を保全。「水の恵み」ブランド。

市街化の進行により、水田が減少。地下水涵養能力が低下してきたため、冬期湛水を実施し、湧水文化を保全。

冬期に地下水位が低下するため、非かんがい期の水田に水を貯め、地下水を涵養。

28

かん よう

（３）生物多様性保全機能を高める取組事例

田んぼの

生きもの調査

ふゆみずたんぼ米

「コウノトリを育む農法」で栽培した米

田んぼを訪れるコウノトリ

○コウノトリを育む六方田んぼ

（兵庫県豊岡市）

○マガンとつくる「ふゆみずたんぼ米」（宮城県大崎市）

ふゆみずたんぼに飛来するマガン等

蕪栗沼（かぶくりぬま）の周辺水田では、冬期湛水により、蕪栗沼をねぐらとするマガン等の渡り鳥が分散し、「ふゆみずたんぼ」でも過ごす。 ※蕪栗沼・周辺水田はラムサール条約 登録湿地

○朱鷺と暮らす郷づくり（新潟県佐渡市）

田んぼで採餌するトキ 「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」の認定米

「水田魚道」の設置や冬期湛水により、水鳥の休憩の場を提供するなど、コウノトリの餌場にもなる水田づくり。

トキの餌となるカエルやドジョウが生息出来るよう、「生きものを育む農法」により栽培された佐渡米を認証する「朱鷺(とき)と暮らす郷づくり認証制度」を創設。

江(え)（深み）の設置による湛水状態の維持 中干し期の生きものの避難場所にも 29

と き

農業は私たちに大きな恵みをもたらしています。

「農業・農村の多面的機能」は、日本国民の大切

な財産であり、これを将来にわたって維持・発揮

させるために、農業や地域活動を継続すること

が大変重要です。

30

ま と め