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全部原価計算による JIT・小ロット化の合理性証明 ――「流れを創る」ものづくり経営をめざして―― 全部原価計算制度における製造間接費配賦法の一つである直接時間基準(CTB)を,自動的にリー ドタイム基準(LTB)に読み替えて,リードタイム全体に製造間接費を配賦することを提唱する。こ れにより,正味加工時間比率(NCTR)の向上をめざして進化する現場をサポートとする「流れ志向原 価計算(FOC)」として構築し,特に「すり合わせ型」製品の本社と現場のシームレスな横連携を可能 にする。 はじめに LTB 配賦と流れ志向原価計算(FOC) 解決しようとする問題点 Ⅳ 「流れ創り」―失敗から成功へ 流れ志向原価計算(FOC)と LTB 配賦のフレームワーク 個当り平均リードタイムの測定 JIT・小ロット化投資の合理性証明 FOC(流れ志向原価計算)の IT 化をめぐって 流れ志向原価計算の運用 むすびに代えて―原価計算基準との向き合い方 キーワード LTB 配賦と CTB 配賦,流れ志向原価計算(FOC),小ロット化とリードタイム(LT) 短縮,正味加工時間比率(NCTR),本社力,原価計算基準 はじめに 儲けるとは何か。素人なら「儲ける」とは, キャッシュが増えることだと即答できそうなこ とが,会計を多少でも学ぶと結構な難問となる という現実がある。これに対し,「流れ創り」系 の生産システムである制約理論(TOC)は,経 営の目的はキャッシュ増,“makingmoney”で あるとの明言から出発する。目先の利益を増や したければ余分に在庫を積めばよいかも知れな いが,キャッシュを増やしたければ,余分の在 庫は逆に減らさなければならない。トヨタ生産 方式(TPS)もまた,「儲ける」とは先ずはキャッ シュが増えることであり,利益が増えることは 将来に期待し得る「結果」でしかない。そこで は,代金回収確実な「売れた物」だけを迅速に 流すことをめざし,余分な在庫は作らないよう にする。 このように。TPS やTOCは,「流れ創り」を めざすものづくりとして,「作ること自体に価 値あり」とする「規模の経済」期に誕生した生 産スキーマ(思い込み)に正面から異議を唱え 1 名城論叢 2015 年3月

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全部原価計算による JIT・小ロット化の合理性証明――「流れを創る」ものづくり経営をめざして――

河 田 信

概 要

全部原価計算制度における製造間接費配賦法の一つである直接時間基準(CTB)を,自動的にリー

ドタイム基準(LTB)に読み替えて,リードタイム全体に製造間接費を配賦することを提唱する。こ

れにより,正味加工時間比率(NCTR)の向上をめざして進化する現場をサポートとする「流れ志向原

価計算(FOC)」として構築し,特に「すり合わせ型」製品の本社と現場のシームレスな横連携を可能

にする。

目 次

Ⅰ はじめに

Ⅱ LTB配賦と流れ志向原価計算(FOC)

Ⅲ 解決しようとする問題点

Ⅳ 「流れ創り」―失敗から成功へ

Ⅴ 流れ志向原価計算(FOC)と LTB配賦のフレームワーク

Ⅵ 個当り平均リードタイムの測定

Ⅶ JIT・小ロット化投資の合理性証明

Ⅷ FOC(流れ志向原価計算)の IT化をめぐって

Ⅸ 流れ志向原価計算の運用

Ⅹ むすびに代えて―原価計算基準との向き合い方

キーワード LTB配賦と CTB配賦,流れ志向原価計算(FOC),小ロット化とリードタイム(LT)

短縮,正味加工時間比率(NCTR),本社力,原価計算基準

Ⅰ はじめに

儲けるとは何か。素人なら「儲ける」とは,

キャッシュが増えることだと即答できそうなこ

とが,会計を多少でも学ぶと結構な難問となる

という現実がある。これに対し,「流れ創り」系

の生産システムである制約理論(TOC)は,経

営の目的はキャッシュ増,“making money”で

あるとの明言から出発する。目先の利益を増や

したければ余分に在庫を積めばよいかも知れな

いが,キャッシュを増やしたければ,余分の在

庫は逆に減らさなければならない。トヨタ生産

方式(TPS)もまた,「儲ける」とは先ずはキャッ

シュが増えることであり,利益が増えることは

将来に期待し得る「結果」でしかない。そこで

は,代金回収確実な「売れた物」だけを迅速に

流すことをめざし,余分な在庫は作らないよう

にする。

このように。TPS や TOCは,「流れ創り」を

めざすものづくりとして,「作ること自体に価

値あり」とする「規模の経済」期に誕生した生

産スキーマ(思い込み)に正面から異議を唱え

1名城論叢 2015 年3月

る生産スキーマである(1)。問題は,今日なおこ

の二種類のスキーマが,いずれが淘汰されるわ

けでもなく併存が続いているため,「在庫低減

の経済的価値」「小ロット化の効用」「リードタ

イム短縮の効果」「加工時間低減の非ボトルネッ

ク工程における無効性」などの「流れ創り」派

の言説が分かりにくく,そのため,「すり合わせ

型製品」のものづくり経営が進みにくいという

社会的現実がある。分かりにくさの主たる原因

は,加工時間と停滞時間に等しく意義を認め,

リードタイム全体の短縮を求める「生産知」と

整合する「会計知」がまだ発育不十分な点にあ

る。

藤本(2003)の「ものづくり=設計情報転写

論」を借りて表現すると,伝統的な原価会計で

は,設計情報の発信媒体としての経営資源(人,

機械)の情報発信速度で加工費の大小を測定評

価していたが,モノの流れのよどみの無さを追

求する以上,設計情報受信媒体としてのモノの

側の受信速度,つまりリードタイムの長短で加

工費を測定評価すべきである。

ところで,「流れ創り」の生産知が歴史に登場

して半世紀になるにも関わらず,「小ロット化

やリードタイム短縮」に逡巡し,「まとめ作り」

「早作り」から脱出できない企業が少なくない

直接の原因は,現行の標準・全部原価計算制度

における「個当り加工費=(段取時間+個当り

標準加工時間×加工数量×直接時間当り予定製

造間接費配賦額)/加工数量」の算式における次

の2点にある。

①小ロット化によるリードタイム短縮が,直

接作業時間(正味加工時間)に影響を与えない

限り加工費は低減しない。である限り,モノの

停滞時間を短縮しても原価は安くならない。

②分母が売上量ではなく,生産量であること

から,ロットサイズを,顧客の必要数(売れた

数)に関わらず大きくした方が,個当り段取時

間の負担が薄められ当期の報告利益は増加する

在庫肯定型の計算構造となっている。①,②が,

ともに流れ創りのものづくりには阻害要因とな

る(2)。

この状況に対し,本稿は,現行の全部原価計

算と直接作業時間基準の予定製造間接費配賦法

を否定することなく,むしろこれと連携して,

リードタイム全体に製造間接費をチャージする

LTB(Lead Time Base)配賦を提唱する。現行

の財務原価計算制度に即しながら,実務的にも

無理することなく導入できる「流れ創りをサ

ポートする仕組み」を作る。①②の阻害要因を

解消し,小ロット化によるリードタイム短縮が

ものづくり経営にとり得であることが「見える

化」される会計,つまり,流れ志向原価計算

(FOC:Flow Oriented Coating)を提案するこ

とが本稿の目的である。

Ⅱ LTB配賦と流れ志向原価計算(FOC)

1 LTB(Lead Time Base:リードタイム基準)

配賦とは

上述①の対極である「加工時間以外の時間短

縮も等しく原価低減になる」あるいは,「作るこ

と自体は没価値」という思考は,より短いリー

ドタイムと,受注してから作り始める限量生産,

そして代金回収の確実性の向上を狙う。そこ

で,このものづくり思考と整合する予定製造間

接費配賦基準を,人や機械の側からモノの側に

移し,モノの流れとしてのリードタイム全体に

予定製造間接費をチャージする配賦基準を考え

る。

第1図のように,予定製造間接費 20 億円を

「予定平均リードタイム合計」1000 万時間の合

計で除して得られる製造間接費予定配賦率 200

円を,停滞時間にも正味加工時間にも等しく配

賦していく。この LTB 配賦法自体は,河田

(1996)で提唱済みであるが(3),実務化には至っ

ていない。その原因は,二つある。

第 15 巻 特別号2

① 今日の企業会計実務においては,新しい

配賦法を採用し併行実施する余裕はない。

(そこで,改めて現行方法に融合させる形

で新しい配賦法をデザインする)

② 正味作業時間の測定技術は既にあるが,

リードタイムの測定技術が未確立である。

(そこで,今回コンピュータ技術によるリー

ドタイムの測定を行う。)

2 LTB配賦の期待効果

我が国の「すり合わせ型製品」のものづくり

におけるリードタイムに占める正味加工時間の

比率が数百分の一という状況はリードタイムの

画期的短縮余地の存在を示す。依然として「ま

とめ作り,早作り」を是とする旧生産知が根強

いためだが,LTB配賦により,「まとめ作りが

得」の錯覚から解放され,小ロット化するほど

原価安となることが可視化される。

従来の加工費(製造間接費配賦額)測定方法

(以下 CTB:Conversion Time Base)では,第

1図の工程の構成要素のうち,段取りと正味作

業からなる「正味加工時間」のみが,原価算入

されるので,モノの流れから見た「加工待,運

搬待,運搬時間」あるいは「倉庫でのモノの滞

留時間」などの停滞時間は原価不算入となる。

その結果,予定製造間接費を指図書に配賦す

る予定配賦率は,「製造間接費予定配賦率

20,000 円=予定製造間接費 10 億円/予定操業

度 10 万時間」のように,経営資源(人や機械)

が操業するであろう時間,つまり操業度を基準

に予定製造間接費率を設定する加工費(製造間

接費配賦額)計算の慣習が形成された。20 世紀

の初頭,アメリカのフォード,GMなどで誕生

した「人,機械のフル稼働」を至上命題とする

生産システムと,この操業度基準の製造間接費

配賦は矛盾なく整合していた。

しかし,「顧客に向かうモノの流れをよくす

る」ことを至上命題とする「すり合わせ型製品」

の生産システムにおいては,停滞時間が原価に

算入されない会計思考では,現場では,リード

タイム短縮が進行しているにも関わらず,その

成果は原価に反映されないことになる。

そこで,同じ予定製造間接費を「S予定平均

リードタイム」の値で除して,LTB配賦率 200

円を得る。これにより,正味加工時間が仮に短

縮していても,加工待ちや運搬待ちがそれ以上

に伸びていれば原価高,改善でトータルのリー

ドタイム短縮に成功してすれば,内訳としての

正味加工時間が仮に増加していても,原価低減

となる。

LTB配賦の運用は,「プル生産の流れ創り」

の代表格,トヨタ自動車グループがその最短距

全部原価計算による JIT・小ロット化の合理性証明(河田) 3

第1図 予定製造間接費配賦の従来の方法と新方法

予定製造間接費配賦率

配賦率

従来 予定製造間接費 20億円

予定操業度(∑正味加工時間) 10万時間 20,000円

新規 予定製造間接費 20億円

∑予定平均リードタイム 1000万時間 200円

含意:(生産性=正味加工時間比率100分の1)

離にあるが,「プッシュ生産の流れ創り」を行う

一般企業でも同様に,LTB 配賦の採用によっ

て,逡巡なく「流れ志向」を追求する企業風土

の形成が期待される。現場と本社,あるいは現

場と技術部門等のシームレスな横連携が進み,

組織能力の向上と顧客に向かう良い流れ創りが

進展することが期待される。

Ⅲ 解決しようとする問題点

リードタイム(lead time)とは,物が入口か

ら出口までを通過する経過時間(elapsed time)

である。従来の CTB 配賦では,工程の構成要

素のうち,段取時間と正味加工加工時間のみが

原価対象であるが,LTB配賦では,それ以外の

加工待ち,運搬待ち,倉庫滞留の時間もまた等

しく原価対象となる。その結果第2図の示すよ

うに,オーダー Aとオーダー B の大小関係が

逆転することもある。「流れ創り」立場からは,

LTが 690分を要するオーダー A(CT150分)

の方がオーダー B より安くなるのでは困るの

であり,LTが 390分で済むオーダー Bの方が

安くなる LTB配賦を採用するFOC(流れ志向

原価計算)であれば流れ創りに安心して邁進で

きる。

一般人の損得感覚も,LT のより短いオー

ダー B の方が得だと考えるはずだ。オーダー

A には 300 分もの倉庫滞留期間があることの

キャッシュ損が明らかだからである。実務家の

場合も,停滞時間と加工時間の関係について,

たとえばトヨタ自動車の張副社長(1995 年当

時)は,企業指導の際,次のように語っている。

「皆さんは,モノが機械で加工されている時間

が大事だと考えているかも知れないが,機械の

傍で,モノが寝ている,待っている時間も同じ

ように大切なのですよ」と。

特に,停滞時間のウエイトの高い(正味加工

時間比率の低い)すり合わせ型製品の現場力の

評価には,LTB 配賦が断然整合するのであっ

て,従来の CTB 配賦ではむしろ流れ創りの阻

害要因となってしまう。

Ⅳ 「流れ創り」―失敗から成功へ

「流れ創り」が失敗に終わる要因の一つに,「規

模の経済」時代に培養された「①早めに作れば

リスク少,②まとめて作れば単価安」という考

え方を支える原価計算上の錯覚がある。JIT や

第 15 巻 特別号4

( )( )

第2図 LTB(リードタイム基準)配賦とは

OPTなどの流れ創り系の技法を採用して,リー

ドタイム短縮が始まるとまず,人,機械,スペー

スなどの経営資源の余剰(ヒマ)が顕在化する。

(これこそ狙い通りの“吉兆”なのであるが)

ここで,「利益が減るようでは,ウチには TPS

は向いていないのでは」と腰が引ける例が少な

くないという現実がある。

しかし,財務三表を複眼で冷静に見れば貸借

対照表の構造からも明らかのように,流れが良

くなるとまず起きるのは,棚卸資産(特に仕掛

品)の減少であるから,先ずは当然,利益を含

む「純資産」が減少する。しかし,次にワンテ

ンポ遅れて材料仕入の「流動負債」の減少も発

生し貸借対照表の質がよくなる。一方,在庫低

減を通じてのキャッシュ・フローの増加という

グッドニュースも即座に発生し,その分,資金

繰りが好転している。何より「リードタイム短

縮による受注競争力アップ,ひいては売上増」

が「結果としての中長期的利益の増加」などに

つながっていく。この点さえわきまえておれ

ば,操業度低下による減益在庫減少と在庫低減

によるキャッシュ・フロー好転は,むしろグッ

ドニュースとして歓迎されるのが自然体のはず

である。

そうなりにくい場合の要因は,理論というよ

り,損益計算書の報告利益が突出して関心が注

がれているスキーマが形成されている場合であ

る。その場合の具体的要因は―

① 第2図の示すように,加工費(予定製造

間接費配賦額)が,直接作業(または機械)

時間基準で計算されるため,停滞時間の短

縮が原価に反映されないどころか,時には

LT は短縮していても小ロット化で段取時

間の個当り負担割合が増えることもある

が,その場合はむしろ製品原価がアップし

期間利益が減る場面もあり得る。(本社が

短期利益至上主義の思考の場合は)「一体,

現場は何をしているのだ」ということにも

なりかねない。

② 「予定売上が達成される一方で予定操業

度が未達」という現象は,本来グッドニュー

スであるが,会計上は,原価差額(製造間

接費配賦不足額)が,「操業度損・失・」として

表示される。「予定ほど人・機械が稼働し

なかった場合はすべてバッドニュース」と

いう「規模の経済時代」の資源稼働中心の

生産パラダイムが,会計スキーマにも反映

しているためである。

この問題における対応の基本は,「流れ創り」

による儲けを損益計算書の報告利益という「柔

らかい利益」でなく,「営業活動によるキャッ

シュ・フロー」という「硬い利益」で認識する

ことである。キャッシュ・フロー計算書は既に

制度として存在しているから,会計制度を変え

る必要はなく,視点だけを変えればよいのであ

る(4)。これが本件は理論をどう変えるかではな

くスキーマをどう変えるかという問題であると

する所以である。

そこで,次に JIT 小ロット化の合理性を可視

化する「流れ志向原価計算」のフレームワーク

を提示する。

Ⅴ 流れ志向原価計算(FOC)と LTB配

賦のフレームワーク

リードタイムの短縮を通じて創造される「機

会収益」を定量化し,流れ創りを命題とするも

のづくりを支援するのが,「流れ志向原価計算

(FOC:Flow Oriented Costing)」であり,そ

の目的は,原・価・計・算・基・準・の・定・め・る・全・部・原・価・計・算・

の・枠・組・み・に・沿・っ・て・,従来の直接作業時間基準配

賦(CTB配賦)も活用しながら,製造間接費配

賦差額のうち,LT 短縮効果として発生する原

価差額を操業度低下とは別の「機会収益」とし

て区分表示する点にある。

全部原価計算による JIT・小ロット化の合理性証明(河田) 5

第3図は,期首の標準ロットサイズ 20個を,

期中に2度にわたる改善で,5個までに小ロッ

ト化し,リードタイムが 400Hから,100Hにま

で短縮したケースである。

解説

1 「売上計画,予定操業度」が達成される一方

で,リードタイムが短縮されて,人・機械・

スペースの余剰が発生した場合の損得は,正

味加工時間(CT:Conversion Time)は 1H

で不変であるから,CTB 配賦からは不明で

ある。

2 「顧客に向けた良い流れ」とは,「よどみな

くモノが流れる」ことである。この場合の「よ

どみの程度」の測度は,第 3図②の個当り平

均正味加工時間(CT)と③個当り平均リード

タイム(L)の比率としての,正味加工時間比

率(NCTR=CT/L)である。この算式の分子

CT(Conversion Time)は,従来の直接加工

時間そのものであるから,分母の「個当り平

均リードタイム(L)」の測定が LTB 配賦を

行うための技術的キーポイントとなる。

3 ③従来のCTB配賦率(直接作業時間基準)

「10,000 円」に②のCT/L(正味加工時間比

率:0.0025)を乗じることで,CTBから LTB

への自動変換ができる。つまり,④の LTB

配賦率を「25 円」と読み替えると,期首では,

CTB=LTB=10,000 円であるが,④に短縮

後のリードタイム 200H を乗じることによ

り,⑫ LTB加工費の 10,000 円から 5,000(=

200 ×25)円への減少が可視化される。ここ

で「読み替え」とは,CTBをベースにして,

これを LTB に自動換算することであって,

CTB 全部原価計算の枠組みを否定すること

ではない点が従来にない特徴である。財務計

算による CTB予定配賦率計算と,期末にお

ける原価差額調整法を踏襲する一方で,その

土俵(枠組み)に乗った形で,流れ創りの現

場では,リードタイム短縮効果を検出するこ

とが可能となる。

4 当期中にリードタイム短縮が全くなされず

実際操業度は予定通りであったとすると,予

定製造間接費=LTB 配賦率×∑予定リード

タイム=CTB 配賦率×予定操業度であるか

第 15 巻 特別号6

第3図 流れ志向原価計算(FOC)のフレームワーク

期首 期中その1 期中その2

① ロットサイズ 20 10 5

② 個当り正味加工時間(CT) 1H 1H 1H

③ リードタイム(L) 400 H 200 H 100 H

④ 正味加工時間比率(②/③) 0.0025 0.005 0.01

⑤ 予定製造間接費 10億円 10億円 10億円

⑥ 予定操業度 10万H 10万H 10万H

⑦ 予定CTB配賦率 10,000円 10,000円 10,000円

⑧ 予定LTB配賦率=⑦×④ 25円 25円 25円

⑨ 実際LTB配賦率 50円 100円

⑩ CTB加工費(予定) 10,000円 10,000円 10,000円

⑪ LTB加工費(予定) 10,000円 10,000円 10,000円

⑫ LTB加工費(実際) 10,000円 5,000円 2,500円

⑬ 機会収益 5,000円 7,500円

ら実際加工費は同一である。また,第3図③

に見るように,リードタイム短縮改善が行わ

れる都度,LTB 配賦率は,25 円→ 50 円→

100 円と上昇し,究極的には CTB 配賦率の

10,000 円に一致する。これが,LTB 配賦は

財務原価計算の枠組み内で進行するという意

味である。

5 「期中その2」のように,リードタイムが期

首予定値の 1/4にまで短縮されると,⑫実際

LTB 加工費は 10,000 円から 2,500 円までに

低減する。その結果,LTB 配賦の⑪予定配

賦率 10,000 円と⑫実際製造間接費配賦額

2,500 円の間に配賦不足としての原価差額

7,500 円が発生する。本稿ではこの流れ改善

による配賦率差異額を「機会収益(oppor-

tunity revenue)」と呼んで,損失とは峻別す

る。従来の財務原価計算では,いかなる「操

業度差額」も損失の一部とみなしているので

あるが,FOCでは,売上計画未達で発生する

操業度損失と,リードタイム短縮で創出され

た人,機械,スペースの潜在余剰量を機会収

益として,両者を区別することができる。流

れ創りの経営としては,追加受注の消化,内

製化などにより「機会収益」を「実現収益」

に転化することが期待される。(これが現実

にトヨタ自動車の成長の軌跡でもあった。)

6 その結果期中改善その1の④の実際正味加

工時間比率(NCTR=CT/L)は,0.25%から

0.5%へと向上しているが,これは 200%の生

産性向上を意味する。(生産性の定義が,旧

生産パラダイムの正味加工時間(CT)の短縮

率では,生産性は全く上がっていないことに

留意(5))

7 CTB配賦率と LTB配賦率は選択適用が可

能である。財務会計としては,最終的に実際

製造間接費が適正に期間原価として処理でき

れば良いので,本社は従来型,現場は LTB

型という使い分けをする運用も,全社 LTB

型に統一する運用もいずれも可能である。但

し,開発,設計,生産技術,原価企画,生産

管理部門は,(すり合わせ型製品であるなら)

すべて LTB 配賦に統一することが望まし

い。これにより,「流れ創り」について上流と

下流のシームレスな連携が成立するからであ

る。次に,以上のようなフレームワークを実

現するために必要条件であるリードタイムの

測定について述べる。

Ⅵ 個当り平均リードタイムの測定

当該ロットの「材料投入」から「完成部品倉

庫入り」の2ポイント間の経過時間(LT)を加

工リードタイムとし,そのうち「個当り段取り

+個あたり正味作業」時間の和を「個当り標準

正味加工時間(CT)」とした場合の「CT/L」が

個当り正味加工時間比率(NCTR:Net Con-

version Time Ratio)であることは既に述べた。

この「CT/L」が「流れ創り」の生産システム

(現場力)の進化程度を表す「進化指標(evo-

lutionary indicator)」である。進化指標は,市

場・競争環境により上下動の変化もあり得る「契

約指標(contractive indicator)」と異り,会計

年度を越えてよ・く・な・り・続・け・る・こ・と・が・求・め・ら・れ・

る・。システムにとっても,それを構成する個人

にとっても進化程度の確認が可能となる指標が

進化指標である(6)。

1 品目別・ロット別の個当りNCTR(正味加

工時間比率)の測定

生産管理システム(MRP)の工程マスター中

には,通常,品目別の個当り標準時間((段取時

間+個当り正味作業時間×標準ロットサイズ)/

標準ロットサイズ)が既に登録してあるものと

する。これに加え,当該品目別の標準ロットサ

イズに対応する工場への材料投入時点から完成

入庫時点までの時間を「個当り標準平均 LT」

全部原価計算による JIT・小ロット化の合理性証明(河田) 7

として登録する。最低これだけの情報で,正味

加工時間比率が測定可能である。

「個当り」で測定する理由

ロットサイズを小さくするほど個当りリード

タイムは短くなる。負荷は平準化され,流れの

「よどみの程度」は小さく,流れの速度は早く

なり,究極にはロットサイズ1個の時が,「よど

みの程度」は最少,物流は最速となる。個当り

段取時間の負担が小ロット化の制約条件である

から,流れ創りには不断の段取り改善が求めら

れる所以である。そこで,工程マスター中には,

改善の都度更新される当該品目の「個当り標準

平均 LT」,その結果得られる「NCTR(正味加

工時間比率)」の更新来歴を“進化の軌跡”とし

て保存する。

工程別標準正味加工時間比率の測定

工程別のNCTR(標準正味加工時間比率)も

工程マスターにおいて把握する。これにより,

各品目の工程別(特にボトルネック工程)の,

タクトタイム,リードタイム,サイクルタイム

に改善をしかけるベースとなるデータを備え,

工程別の NCTR を高める手段とする。ボトル

ネック工程においては,サイクルタイムの短縮

もまた当該品目の LT短縮には有効である(制

約理論)。

第4図の示すように,すり合せ型製品の実際

の部品生産工程は,1ラインに複数製品が流れ

ていることを前提に,収容箱に付したロット番

号を自動認識読取装置で,各工程の通過時点を

リアルタイムに入力し,その間隔を測定する。

このデータは,日程進捗管理に使用するのが主

第 15 巻 特別号8

第4図 リードタイムの測定

目的であるが,同時に,実際 LTと工程マスター

における標準 LTの比較による標準値の精度検

証・メンテナンスに使用する。

実際の生産プロセスには,各種製品が混成状

態で流れる中で,工程内の時間要素,(仕掛り待

ち,ロット待ち,正味加工,運搬待ち,運搬)

の分析から改善点を見つけていく。物と情報の

流れ図を描き,ボトルネック工程から順にサイ

クルタイムをタクトタイムに近づける改善を行

う。その流れ改善のベースキャンプとなるの

が,工程マスターにおける工程別 NCTR であ

る。

Ⅶ JIT・小ロット化投資の合理性証明

本来,設備投資の効果測定には資本予算

(CapITal Budgeting)ないし,増分差額収支

計算という方法がある。しかし,JIT・小ロッ

ト化目的の投資は,たとえば,多頻度搬送(い

わゆるミルクラン)の導入や多軸マシニングセ

ンターの導入などにより,LT(リードタイム)

の短縮は前進するが,正味加工時間(CT)は特

に減らない設備投資案件が結構多い。このよう

な,投資は従来のCTB(直接作業時間基準)配

賦による全部原価計算に慣れた思考からは,当

面の原価低減効果が見えにくいことから,現場

も提案を控え,提案される本社もこれを容認し

難いという現実が見られる。この壁をどう突破

するか,21 世紀のものづくり経営は,本社側の,

「リードタイム短縮投資」の評価力が競争力の

キーポイントの一つとなる。

CTB 配賦と連携する形で,LTB 配賦による

加工費を測定することにより,LT 短縮効果が

「機会収益」として可視化される「流れ思考原

価計算(FOC)」については第3図で既に述べ

た。そこでここでは,FOC による LT 短縮に

有効な設備投資案の費用対効果の説明モデルを

示す。

生産プロセスにおける JIT・小ロット化投資

の意思決定手段に従来の CTB 加工費を用いる

と LT短縮効果が反映されないので,加工費の

低減が生じにくいが,FOCとしては LTB加工

費の低減額が,投資費用を上回ることが可視化

されればよいことになる。その手順としては,

① CTB 配賦率に NCTR を乗じて LTB 加工費

に読み替える②機会収益の測定③キャシュフ

ロー計算書による増分収支の測定という手順

で,費用対効果を提示した上で,提案シナリオ

の実現性(フィージビリティ)を現場と本社で

すり合わせることになる。このすり合わせを通

じて,本社と現場のシームレスな横連携が進む。

提案内容(第5図):製造現場において,現

場の LT(リードタイム)短縮活動の一環

として品目 Aのロットサイズを 96個から

12個へ8分の1にするプロジェクトにお

いて,合計 20 百万円の設備投資と仕入先

とのミルクランを計画する。その結果とし

て個当り平均 LTを 58日から 11 日へ5分

の1強の短縮と,それによる競争力強化で,

当面の売上増効果 10%増を見込む。本投

資の他に固定製造間接費の増加はなく,人

も増やさない。

この提案の投資効果の測定には本来 Case 3

の最尤値だけあれば足りるが,仮に,機会収益

が全く活用されない,つまり単に資源に余裕が

生じただけというワーストケースとして敢えて

case 2の悲観値を提示して論点を浮き彫りに

する。LT 短縮の狙いは本来,成長戦略である

から,可能性としては売上高がさらに増える楽

観値も措いてよいであろうがここでは省略す

る。

第5図に case 2を措いた理由は,現場とし

ては⑤の個当り CTが多少増えている(1.1分

全部原価計算による JIT・小ロット化の合理性証明(河田) 9

→ 1.3分)が,④の LTの短縮効果の方がはる

かに大きいので問題としていない。しかし,

LT 短縮で創造した資源余力(機会収益)を何

ら活用しないで,CTB 加工費がむしろ増加す

る場合,本社としては報告利益の減少が容認で

きるか否かという点を論点とするためである。

本モデルにおいても,Case 2の LT が Case

1の 1/6にまで短縮した成果は,CTB配賦の損

益計算では評価されない。むしろ,⑤の個当り

CT(正味加工時間)がやや増えている分が顕在

化して⑭の CTB加工費は悪化し,Case 3の売

上増 10%の場合でも,なお Case 1⑮の現状の

売上総利益を超えられない。これでは,この投

資提案は認め難いとなりがちである。そこで

FOC(流れ志向原価計算)としては,CTBを活

用しながら,次の LTB 配賦加工費の計算に進

む。

第5図Ⅱ⑧の CTB 配賦率 20,000 円を⑥の

NCTR の現在値 0.019を介して⑰の LTB 配賦

率 376 円に読み替える手順は既に第3図で説明

した。ここでは,ロットサイズが 96個流しか

ら 12個流しに縮小することによる,⑲の機会

収益はサイズ縮小時に1回限り発生するもので

あること。さらに機会収益を発生させるには,

改めてロットサイズを 12個以下にしていくこ

とが必要であり,究極的にはロットサイズ1個

第 15 巻 特別号10

第5図 JIT・小ロット化投資の合理性証明

Ⅰ 提案内容と期待効果現状 悲観値 最尤値

Case 1 Case 2 Case 3

〈工場から提案:流れ創りの投資要請①,②〉 売上増ナシ 売上増10%

① 小ロット化設備投資の減価償却費(千円) 15,000 15,000

② ミルクラン等経費増(千円) 5,000 5,000

〈生産原単位〉 Case 1 Case 2 Case 3

③ ロットサイズ(個) 96 12 12

④ 個当りLT(分) 58.5 10.5 10.5

⑤ 個当りCT(正味加工時間)(分) 1.1 1.3 1.3

⑥ 個当りNCTR(正味加工時間比率) 0.019 0.124 0.124

⑦ 品目A期当り総CT(時間) 5,760 5,878 5,878

Ⅱ CTB配賦による従来型増分損益考課現状 悲観値 最尤値

Case 1 Case 2 Case 3

⑧ CTB配賦率(円/時) 20,000 23,000 23,000

⑨ CTB配賦率(円/分) 333 383 383

⑩ CTB個当り加工費(⑤×⑨)(円) 367 498 498

⑪ 品目A売上高(千円) 460,800 460,800 506,880

⑫ 品目A直接材料費(変動費比率60%を想定) 276,480 276,480 304,128

⑬ 付加価値(千円) 184,320 184,320 202,752

⑭ CTB加工費(製造間接費合計)(千円) 115,200 135,200 135,200

⑮ 品目A 売上総利益(千円)⑪−⑫−⑭ 69,120 49,120 67,552

⑯ 増分損益(千円) −20,000 −1,568

(いわゆる「1個流し」)まで,小ロット化する

都度,機会収益は発生する。

また,case 1(96個流し)から,case 3(12個

流し)へとロットサイズが縮小すると,LTB配

賦率は,376 円/時から 432 円/時に上昇してい

るように,LT が短縮するほど増大し,最終的

に1個流しが実現すると,LTB配賦率は,CTB

配賦率の 20,000 円/時と一致する。

操業度低下には,売上高の減少に起因する操

業度低下と,売上高は維持・向上しながら操業

度はむしろ低下する場合の二種類が存在する。

前者がバッドニュースであり,後者がグッド

ニュースであることはいうまでもないが,CTB

配賦ではこれを識別することができない。小

ロット化により LT短縮を実現した時に発生す

る操業度低下のグッドニュース性は,NCTRを

介して CTB 配賦率を LTB 配賦率に転換する

ことにより,始めて見えてくるのである。

売上が1円も増えないと仮定する case 2に

おいても,⑲の LTB加工費でみると,115,200

千円(=CTB 加工費)から 20,533千円へと,

82%もの加工費が低減する。あとは Case 3 以

降,機会収益の活用次第で,利益はさらに増加

する可能性を秘めた投資提案と見ることができ

る。

関連であるが,「内製化」も機会収益活用の一

策であるがこの場合,CTB配賦では,加工費は

外注費よりアップすることが多い。しかし,「外

注したら安くなる」というのは CTB 配賦から

生じる錯覚である。小ロット化により創造され

た余剰活用としてある品目の内製化を行うと,

当該品目の LTB 加工費は LT 短縮により低減

するとともに,内製化による仕入支出減少とい

うキャッシュ効果が別に生まれることが一目瞭

然となる。以上が LTB 配賦と機会収益を用い

たトヨタ生産方式の会計的説明である。

最後は,通常の財務報告においては,JIT・小

ロット化投資効果は,損益計算書の増分損益(柔

らかい利益)ではなくキャッシュ・フロー計算

書(固い利益)における増分差額収支により,

投資提案を評価することが大切であることを確

認しておこう。

現状の期首在庫(Case 1)48,960千円は,年

全部原価計算による JIT・小ロット化の合理性証明(河田) 11

Ⅲ LTB配賦による加工費計算現状 悲観値 最尤値

Case 1 Case 2 Case 3

⑰ LTB配賦率(⑧×⑥)(円/時) 376 432 432

⑱ 品目Aの個当りLTの期間総計 306,327 47,478 47,478

⑲ 品目AのLTB加工費(改善前は⑭と一致) 115,200 20,533 20,533

⑳ 流れ改善による機会収益 期間合計 ― 94,667 104,844

Ⅳ 在庫減少による増分CF計算現状 悲観値 最尤値

Case 1 Case 2 Case 3

� 売上総利益 69,120 49,120 67,552

� 期末在庫(改善前は総原価の1.5ヶ月分想定) 48,960 9,236 9,857

� 在庫増減 −39,724 −39,103

� 減価償却費 −15,000 −15,000

� 営業活動によるCF 48,960 94,607 111,799

� 増分CF 45,647 62,839

間総原価(材料費+製造間接費)の 1.5ヶ月分

と想定した数値である。個当り LTの減少④の

58.5分→ 10.5分から類推すると,この期首在

庫は,期末には 9,236千円に減少する。これに

よる増分キャッシュは,39,724 千円であり,投

資による増分費用 20,000千円を倍近く上回る。

この投資提案は,売上増ゼロでも,増分キャッ

シュの観点から採用すべきであり,本社が審査

するのは,この LT 短縮シナリオの実現性

(feasibility)を押さえることであることが分

かる。

以上から,本社のスキーマ変革としては,

「CTB配賦から出発してこれを LTB配賦に読

み替えた全部原価計算による製品原価」を用い

ることがポイントである。Ⅳの在庫減少による

増分収入だけでは,CTB 配加工費の増加に関

する疑問は解消しないのである。ⅢとⅣを併用

して初めて本社の投資効果に関する意思決定は

可能となる。「本社よ,覚醒せよ(7)」であろう。

Ⅷ FOC(流れ志向原価計算)の IT 化を

めぐって

FOC の運営を,IT 化する場合としない場合

に分けてとりあげる。LTB(リードタイム基

準)配賦というコンセプトの目的は,LT(リー

ドタイム)短縮の原価への貢献が,従来のCTB

配賦では見えにくいため,CTB 配賦に慣れた

スキーマを,リードタイム志向に変革すること

にある。スキーマ変革を行うのに着実な方法

は,新しいロジックの維持定着がし易い IT 化

があるが,IT 化はスキーマ変革の十分条件で

あっても必要条件ではない。トップの支持と決

意さえあれば,町工場でも IT を使わずに導入

できる。

IT に関係なく行うには,そのNCTR を実測

し,その実績値を改善する,ITシステムとする

場合は,その NCTR に対応する標準値を原価

企画の一環として工程マスターにフロントロー

ディングして,NCTRの標準値を改善する方法

による。

⑴ IT 化に関係なく進める NCTR 改善ステッ

プ(例)

① 主要改善対象上位3品目を選択する。

製品あるいはユニットを構成する品目のう

ち,タクトタイム(TT)リードタイム(LT),

サイクルタイム(CT)の観点から重要度の

高い品目を3点選択。

② 当該3品目について,それぞれ「物と情

報の流れ図(受注から材料投入を経て,各

工程の流れを可視化したフローチャート)」

を作成する。流れ図には,時間軸欄を設け,

各工程で経過する時間を加工待ち,段取り,

正味加工,運搬待ち,運搬の各工程要素の

標準的な経過時間を(ストップウオッチあ

るいはビデオカメラなどを使って)実測の

上記入する。

③ 各品目の改善前 NCTR値(現在の実力)

を確定する。

a 現在の個当り段取時間と正味加工時間

時間(CT),b 現在の個当り平均 LT,c

現在のNCTR(=a/b)

以上で NCTR値は確定するので,あと

は,cの現在のNCTR値の改善を進めれば

よい。その向上度合いを定期的に確認すれ

ば,流れ創りは進む。

④ NCTR 値の改善度合いを原価で表現し

たい場合,当該品目の CTB 配賦率と,

CTB 配賦率を NCTR により読み替えた予

定 LTB配賦率に基づいて,CTB加工費と

LTB加工費をそれぞれ確認する。

⑤ 改善着手前は,CTB加工費= LTB加工

費であるが,改善進行(段取短縮による小

ロット化,ボトルネック工程の CT短縮,

共通部品化,設備投資など)を経て一定期

第 15 巻 特別号12

間後,再び③の確認を行う。⊿ NCTR(=

新 NCTR−旧 NCTR)が,流れ創りの進

化程度を示す。⊿ LTB 加工費(=予定

LTB加工費×新 LT)が,原価で測定した

流れ改善度を示す。

⑥ ⑤のデータを現場から本社に報告する。

本社は,CTB加工費と LTB加工費の差額

を機会収益(製造間接費配賦差額),および

LT の短縮により実現が見込まれる期末在

庫低減額(=期首在庫−期末在庫)をキャッ

シュ・フローの増分として現場努力を評価

する。

⑵ IT 化と連携して進める NCTR 改善ステッ

プ(例)

「すり合わせ型製品」のNCTR向上というコ

ンセプトを定着させるには,CTB 配賦の全部

原価計算が全社的に定着している場合,全社的

意識変革を必要とする。その場合に IT 化は有

力な補助手段である。

既存の財務会計・原価計算システム,生産管

理システム(MRP,ERP の BOM,工程マス

ター,生産計画マスター)と連携し,その中に,

NCTR を媒介として CTB 配賦を LTB 配賦に

読み替えるロジックと計算結果としての LTB

加工費や機会収益をサブマスターとして組み込

むだけで,FOCの IT化は可能である。サブマ

スターが更新するデータは,「品目別ロットサ

イズ歴」,「個当り LT」「NCTR」「CTBおよび

LTB加工費(予定,実績)」および「機会収益の

発生歴(現場努力の成果)」)などの流れ志向原

価計算の中核概念である。

FOCサブマスターの重要な役割は,測定デー

タを定期的に現場各工程,各部門に対して「流

れ創り」促進のために,可視化して提供するこ

とである。FOC,LTB システム設計担当部門

とは,設計,生産技術,原価企画,生産管理部

門であり,協力部門は本社会計部門である。流

全部原価計算による JIT・小ロット化の合理性証明(河田) 13

略号意味①ST,LT(標準時間,リードタイム)⑭WE(作業能率)

第6図 FOCとLTBのシステム概念図

れ創りの生産システムにおいては,技術部門と

計画部門が「NCTR」のメンテナンスを担当し,

本社経理部門も協力部門として NCTR管理に

参画する。これにより,初めて流れ創りのもの

づくり文化は,幹部の交替などがあっても次第

に定着していく。

特に生産管理部門は,現場の流れ創りを支援

するために,工程マスターと生産計画マスター

に基づいて,(日,月,四半期,半期,年度)の

品目別のロットサイズ,個当りCT,個当り LT,

個あたりNCTRの進化状況を,工程別,部門別,

期間別(日単位から年単位までの時間軸)に可

視化表示し,現場の自律的改善に供することが,

運用の中核となる。

FOCと LTBは,既存システムの修正,補強

という形でシステム設計可能である。第6図に

おいて,④∼⑪は,既存の財務・原価計算マス

ター関係,②③⑫⑬⑮⑯は既存の販売・生産計

画マスター関係である。①⑭⑰⑱⑲⑳は,既存

の工程マスターに組み込まれる FOC,LTB関

連項目である。

また,既・存・シ・ス・テ・ム・と・い・え・ど・も・,・流・れ・創・り・の・

ロ・ジ・ッ・ク・と・整・合・す・る・判・断・を・新・規・に・適用すること

が大切である。たとえば。⑪の間接費配賦差額

は,一律に操業損失とするのではなく,予定売

上計画が達成されていれば,機会収益として認

識する。⑳の仕掛在庫減,キャッシュ増は,損

益情報と同等に重視するなど,会計システムの

側も FOC のロジックに適応することにより本・

社・を・含・む・ス・キ・ー・マ・変・革・が全社に定着していく。

Ⅸ 流れ志向原価計算の運用

ここでは,「NCTR の向上」をめざす流れ創

り志向の現場と,伝統的な CTB 配賦のために

これを LTの短縮効果を積極評価することがで

きない本社との「ねじれ現象」が着実に解消さ

れていくような運用例を提示する。

FOCは,「すり合せ型製品」の製造業の上流

部門が計画管理し,生産現場が仕事の中心手段

として運用することで,「P-D-C-S」サイクル

を連携して廻すことがポイントである。生産部

門,技術部門,原価企画,生産管理部門などが

流れ創り思考を共有することにより,営業・技

術・生産のラインが「流れ創り」で連携して運

用する。CTBと LTBの併用と自動読み変えを

通じて,本社の財務会計とも連携する。

旧法の否定ではなく,旧 CTB(稼働重視)と

新 LTB(流れ重視観)の数値を対比表示するこ

とが,むしろ旧スキーマに対する免疫と,新ス

キーマの定着を育てる。ボトルネック工程で

は,依然として旧法の CT短縮が有効であるこ

とも忘れてはならない。

顧客に向けた良い流れ創りを志向する管理指標

の運用

ものづくり経営システムでは,特定会計年度

内において一定条件をクリーアすれば是とする

「契約指標」(たとえば売上高利益率)」以上に,

会計年度を超えて不断によくなり続けることが

求められる「進化指標」(たとえば棚卸資産回転

率や NCTR)を上位に置いた運用が大切であ

る。財務指標は,本社と経営者・上級幹部向け,

非財務指標は生産現場向けに適用し,財務指標

と非財務指標の目的・含意が一致していること

が欠かせない。

LTB情報の運用原理

現場が「NCTR(正味加工時間比率)」の向上

のためのサイクル(実力確認⇒改善提案⇒工程

マスターの標準値更新)を自律的に廻すことを

IT が支援する。FOC データの加工とアウト

プットにより,「流れ創りと会計上の損得関係

の理解」の共有化を図る。ボトルネック工程で

は,伝統的な「能率,稼働率」なども重視しつ

つ,その他の工程では,能率,稼働率以上に停

第 15 巻 特別号14

滞時間の短縮や LT短縮を重視するなど,CTB

と LTB の使い分けができる現場幹部を育て

る。

「まとめ作りは原価安」など,CTB配賦から

くる会計上の錯覚は,LTB 配賦加工費を併記

して違いを可視化するなど,FOC の実践教育

となるように運用を工夫する。特に,FOC情

報の発信するメッセージの含意を履き違えない

ように要点を幹部,管理監督者に繰り返し強調

することで,スキーマ変革がようやく実現する。

運用とメッセージの例を下記に示す。

LTB情報の構成(例)

〇 第一線技能者向けに代表品目別とグルー

プ別の「30 日移動平均折れ線グラフ」で

進化トレンドを可視化する。

① ∑CT

② 個当り平均 LT

③ 個当り平均NCTR

(メッセージ:①の∑CTの増加は,②,

③の改善が伴わない場合はバッドニュー

スつまり損である。②,③が改善されて

いれば,①が低下していてもグッド

ニュースつまり得である。)

〇 現場管理者向けの職場・工程トータルの

トレンド情報(折れ線グラフ)

④ 全体売上高トレンド(期首予定売

上高に対する当日現在売上高の予

実差額)

⑤ 全体操業度トレンド(期首予定操

業度に対する当日現在操業度の予

実差額)

(メッセージ:全体売上計画が達成され

ている中での⑤の操業度が低下している

差額は損ではなく,努力の成果としての

機会収益である。逆に,④の売上計画未

達の下で,⑤の操業度が上昇している場

合は,は得ではなく損(キャッシュ・フ

ローの悪化)である。)

⑥ 全体および主要品目の予定・実際

NCTRトレンド(原単位ベース)

(メッセージ:NCTRは増える程グッド

ニュース,つまり進化と生産性向上を意

味する。)(注:この場合でも CTベース

での能率は向上していないかも知れない

が,それはバッドニュースではない。)

⑦ 全体および主要品目の予定・実際

LTB 加工費トレンド(金額ベー

ス)

(メッセージ:期中の実際 LTB 配賦率

が,LT短縮により期首予定 LTB配賦率

よりアップするとグッドニュース,つま

り潜在資源余剰(機会収益)の発生を意

味する。余剰を申告して,繁忙職場の応

援に向かうのはボーナス対象であり,在

庫を作って余剰を隠蔽することはペナル

ティものである。)

⑧ 進化指標の更新と共有

(メッセージ:④∼⑦の情報は,原単位

指標は日々,財務指標は月次のサイクル

で端末機を通じて,工場幹部および本社

も共有する。これにより,グッドニュー

スとバッドニュースに関する捻じれや誤

解は解消し,本社を含む「流れ創り」の

進化が加速する。)

Ⅹ むすびに代えて―原価計算基準との

向き合い方

「まとめ作り」や「早作り」を奨励する会計は

あっても,「顧客に向かう良い流れ創り」をサ

ポートする会計が存在しないというのは,原価

計算基準の問題ではないし,全部原価計算の問

題でもない。CTB(正味加工時間基準)による

従来型配賦率もまた,LTB 配賦基準に読み替

全部原価計算による JIT・小ロット化の合理性証明(河田) 15

える前提として必要であり,両者を対比するこ

とにより LTB の目的適合性がむしろ明瞭とな

るのである。

原価計算基準(1962 年大蔵省企業会計審議

会)が,大戦後の混沌の中にあって,「作ること

自体に価値あり」,「操業,稼働を是とする」一

定の価値規範の形成が,我が国経済復興のため

に果たした貢献は間違いなく大きい。但し,そ

の後の生産パラダイムの変化によって,全部原

価計算における直接作業時間(本稿では「直接

加工時間(CTB)」)基準というシングルレート

による予定製造間接費配賦では,流れを創るも

のづくりの合理性が説明できないという問題点

は正面から受け止め,解決する必要がある。

予定製造間接費の配賦方法について LTB 配

賦を考えてみると,原価計算基準の定める配賦

基準としては,「予定配賦率計算の基礎となる

予定操業度は原則として,直接作業時間,機械

運転時間,生産数量等間・接・費・の・発・生・と・関・連・あ・る・

適・当・な・物・量・基・準・によってこれを表示する」(1962

年 企業会計審議会)としている条文の趣旨か

らして,LTB配賦基準の合理性は当然,「適当

な物量基準」として認められよう(傍点筆者)。

論理的にも,間接労務費や工場の減価償却費・

旅費交通費,交際費,通信費,地代家賃等は,

もともと直接作業時間にチャージするよりも経

過時間全体に均等にチャージするべき性格の費

用で,CTBよりも LTBの方がむしろ合理性は

高い。

結局,流れ創りのものづくりにとって明らか

に優れている LTB 配賦基準であるが,これを

採用するには,物の加工待ち,運搬待ち,運搬

時間を含むリードタイムの測定技術がポイント

になる。最近では,RFIDや,QRコード等,各

種ターンアラウンド媒体の利用も十分考えられ

るので,本稿もその活用を前提とした。

最後にアメリカにおいて,全部原価計算にお

ける製造間接費配賦問題をとりあげたジョンソ

ン・キャプラン[1987]は,「伝統的会計は,意

思決定者にとり遅過ぎ(too late),大括り過ぎ

(too aggregated),歪み過ぎて(too distorted)

いる」と指摘した(8)。その後,キャプランは活

動基準原価系手法の開発,ジョンソンはトヨタ

研究へと袂を分かつ(9)。

「遅過ぎ」と「大括り過ぎ」は,今日の ITに

よって既に是正可能であるとして,残る「歪み

過ぎ」の是正について,ジョンソン&キャプラ

ンの提案したコストドライバーという,費目別

に複数の配賦基準を適用する ABC(活動基準

原価計算)は,結局,設計情報発信媒体の発信

速度の精緻化ではあっても受信媒体側のリード

タイム短縮のサポートではなかった。これに対

し,本稿は,流れ創り支援のためには,設計情

報受信媒体であるモノの流れる経過時間に対し

価値時間とか非付加価値時間という色をつけな

いで,等・し・く・配賦対象とみなす LTB 配賦の方

が認識論的にも固定間接費の配賦における合理

性は高いという主張である。

さらに近年のアメリカの「リーンアカウン

ティング」研究は,儲けをキャッシュで考える,

付加価値で考える,直接原価計算で考えるとい

う知見に接近しており,本稿とも「何が問題で

あるか」という点の文脈はほぼ共有されてい

る(10)。しかし,「ではどうするか」という対策に

おいては,依然として全部原価計算を否定し,

それとは別の旗を立てるというスタンスであ

る。しかし,企業に本来の旗とは別の旗を立て

て両方同時にこなせというのは,現実の本社と

してはいかにも困難ではないか。「本来の旗に

従うことが,新しい旗を使いこなすことにもつ

ながるルーチンの仕組み」ができて初めて,「顧

客に向かう良い流れ創り」をサポートする本社

力となるのではないか。

本稿は特に「すり合わせ型製品」の本社力強

化という,我が国ものづくり経営の「本社よ覚

醒せよ」に関わる,ITを利用する場合も利用し

第 15 巻 特別号16

ない場合にも適用可能な現実的なアプローチを

提唱したものである。

謝 辞

本稿はものづくり経営学と会計理論(財務会

計・管理会計)の接・統合という未開拓で社会

貢献度も高い産学共同研究の場として 2009 年

に一橋大学廣本教授(当時)とともに立ち上げ

た東京大学MMRC(所長藤本隆宏教授)主催

「ものづくり管理会計研究会」の研究成果の一

端である。

同研究会を今日まで根気よく持続頂いている

事務局(山形大学柊准教授),およびご関係の先

生方,ものづくり企業のメンバーの方々に,記

して感謝申しあげます。(名城大学名誉教授

河田信)

⑴ スキーマ(認識枠,不文律)とは心理学用語で,

世界を認知したり外界に働きかけたりする土台とな

る内的な枠組みをいう。人間はある情報に基づき行

動し,その結果として認識が固定され,その固定化

された認識の集合によって認識枠すなわちスキーマ

が形成される。組織の場合でも個人と同じように以

上の過程で組織内に共有された認識枠を持ち,これ

をスキーマと呼ぶ。

⑵ TPS の開発者,大野耐一は「ワシはフルコステン

グは嫌いじゃ」を口癖とし,TOC の創始者 E. Gol-

drattは「会計は生産性の 100%敵である。Bylins-

ky(1983)」と述べた。

⑶ 河田(1996)pp. 217-221

⑷ 河田(2004)pp. 178-179 既存の財務報告書の組

み合わせだけで可能な「損益・キャッシュ・フロー

結合計算書」

⑸ 藤本(2012)pp. 62-65「正味作業時間比率と生産

性」を参照。(なお本稿では,「加工費」との整合を

とり,正味加・工・時間と呼ぶ。

⑹ たとえば,棚卸資産回転率は進化指標,売上高利

益率は契約指標である。

⑺ 藤本隆宏(2012)より,「本社よ覚醒せよ,現場よ

連帯せよ」「日本再生への現場主義宣言」

⑻ Johnson, H. T. & R. S. Kaplan (1987)

⑼ Johnson, H. T (1991) (2007)

⑽ Brian Maskell et. al. (2011) など。

参考文献

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