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就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察( · 就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察( 2) 三九七 同志社法学

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就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

三九五

同志社法学 

五九巻六号

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

―ドイツにおける事業所協定変更法理を素材に―

原 

第二章 

ドイツにおける事業所協定変更の法理論

 

本章では、日本における就業規則の不利益変更に関する問題についての示唆を得るため、ドイツの事業所協定変更に

関する議論、特に公正審査についての議論を検討する。

 

本稿は、日本における就業規則の不利益変更に関する問題の中で、特に多数者と少数者の利益の対立という側面をど

のように考えるかという点を課題とするものであり、具体的には多数労働組合の合意の位置付けと相対的無効論を検討

の対象としている。本稿で比較法の対象とするドイツにおいては、事業所レベルでの労働条件規制手段である事業所協

定があり、これは従業員代表たる事業所委員会と使用者との共同決定によるものであるため、同じく事業場レベルの規

 (二八〇七)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

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制である日本の就業規則が、多数組合の同意を得て変更される場合という本稿の関心と類似する点が多い。特に、従業

員代表との合意の上で定められた事業所協定の変更にはどの程度裁判所が介入するべきか(抽象的公正審査)、事業所

協定による労働条件の変更が全体として公正な変更であるとしても、個別労働者の特別の不利益を緩和すべき事態は生

じないのか(具体的公正審査)、という二つの問題は、日本での就業規則の不利益変更の問題を検討するにあたり、参

考になるものと思われる。

第一節 

ドイツの事業所協定による労働条件決定システムの概観

 

ドイツにおける集団的労働条件の規制手段は、労働協約と事業所協定である。

 

ドイツにおいては、産業別に組織された労働組合が労働協約を締結し、これにより労働条件規制がなされている。ま

た同時に、事業所ごとに労働者の代表が事業所委員会を結成し、事業所協定を締結することにより、事業所ごとの規制

も行われている。

 

集団的労働条件決定の第一の柱である労働協約の効力は、基本的には組合員にのみ及ぶものである。しかし、現実に

は、協約当事者となった使用者が、組合員以外にもその条件を適用しようとすること、使用者団体に加入していない使

用者も、しばしばこのような協約の条件を採用すること、労働協約の一般的拘束力宣言により、協約の適用範囲が拡張

されることがあること、協約を引用した労働契約、事業所協定などの形式がありうること等を考えると、協約は組合員

を超えて、かなり広い範囲の労働者への影響力をもつものであるということが言えよう。しかし同時に、労働協約は産

業別であるために、必ずしも個々の事業所における個別事情に適した規制をなし得るものではなく、広い範囲での最低

労働条件としての基準を設定するものとなっている。

 (二八〇八)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

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五九巻六号

 

このことは、協約の労働条件が、例えば経済状態の良くない使用者との関係にとっては高すぎたり、あるいは何らか

の理由で特に規制する必要のない個々の労働関係にまで労働協約の効力が及んでしまう可能性があるのに、労働協約

は、必ずしもそのような個別的な事情に対応できるものではないこと、また逆に、協約が一般的な最低労働条件を規律

するに留まってしまうため、個別の使用者との関係でもっと高い労働条件を設定しようとする場合でも、そのような個

別的な事情を協約に反映させることは困難であり、協約の基準が硬直化する恐れがあることを意味している。

 

第一の問題は、後述するように、協約が開放条項を定め、事業所レベルで事業所協定に、労働条件設定を委ねること

により、個々の事業所レベルでの柔軟性を確保することで解決される。また第二の問題も、個別契約によってはもちろ

ん、事業所協定によっても解決される。労働協約と事業所協定は規制対象が異なり、例えば賃金に関しては労働協約が

定めることになっているが、付加給付などを事業所協定が定めることは可能であるので、現実には事業所協定により労

働協約の労働条件の上積みがなされうるのである(

1)。

 

なお、このような硬直化は法律についても考えられる。ドイツ法はその解決を協約に委ね、いくつかの法律の規定や

判例法について、協約でこれを下回るような労働条件を定めることを認めている。こうした法は「協約に開かれた法」

と呼ばれているが、それは労働協約だけに設定されており、事業所協定には設定されていない。

 

以上のように、ドイツにおいては労働協約と事業所協定は並存しつつ、同時に協約の上に事業所協定が設定されると

いう図式で存在し、二元的に労使関係を規律している。

一 

事業所委員会

 

ドイツにおける事業所レベルにおける労働条件規制手段は、基本的に事業所協定(B

etriebsvereinbarung

)であり、

 (二八〇九)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

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事業所組織法(B

etriebsverfassungsgesetz (2))

により規整されている(

3)。

この事業所協定は、強行的直律的効力を有し、そ

の効力は事業所の全労働者にまで及ぶ。事業所協定の労働者側の当事者が事業所委員会(B

etriebsrat

)である。企業が

複数の事業所で構成され、複数の事業所委員会を有する場合には、企業あるいは企業内の数箇所の事業所に関わりがあ

り、個々の事業所委員会がその事業所内で対処し得ない問題を取り扱うため、中央事業所委員会(G

esamtbetriebsrat

が組織されることがあるが、これはその固有の権限の範囲内で活動するものであり、個々の事業所委員会に対して上位、

あるいは下位に位置するものではない。また、一つの支配企業と一つあるいは数個の従属企業とが統一的な指揮の下に

統合されているコンツェルンでは、これに属する中央事業所委員会の議決により、コンツェルン事業所委員会

(Konzernbetriebsrat

)が設置されることがある。このコンツェルン事業所委員会も、個々の事業所委員会、あるいは中

央労働委員会と上位、あるいは下位に位置するものではなく、コンツェルン単位で規制すべき事項についての問題を取

り扱う(

4)。

 

事業所委員会は通常五名以上の労働者が雇用され、三名以上が被選挙権を持つ事業所において、労働者の求めに応じ

て設置される(B

etrVG

第一条)。その委員は事業所に所属する労働者によって選出され、委員の人数は事業所における

労働者数五名以上二〇名以下の事業所での一名を最低として、事業所の規模に応じて増加する(九条)。

 

この事業所委員会は、使用者と協働を行うためのさまざまな参加権(B

eteiligungsrecht

)を持つ。それは対象の点から、

労働条件の基本的な部分に関わる社会的事項、人事計画、解雇、配点など人事に関わる人事的事項、そして販売や投資

計画等の企業の運営に関わる経済的事項の三つに区分される。また、参加権は、具体的な問題ごとに、使用者に対し情

報の提供を求めることができる情報権から、使用者と事業所委員会が共同で決定を行う共同決定権まで、その強度には

いくつかの段階が定められている。たとえば人事的事項に分類される人事計画の策定に関しては情報権が認められてい

 (二八一〇)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

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るが(九二条)、社会的事項に関するいくつかの事項は、共同決定権が定められている。この社会的事項に関して、

BetrV

G

は共同決定されるべき事項として、八七条で労働時間や賃金制度、福利厚生などを挙げる。これらの問題では、

使用者は事業所委員会と共同決定を行い、事業所協定を締結しなければならない。このような事項は強行的共同決定事

項と呼ばれる。一方、これ以外の諸条件についても、当事者が望めば、あらゆる事項に関して任意に合意し、事業所協

定を締結することが出来る。八八条では労働災害や衛生上の問題を防止するための付加的な措置や社会施設の設置など

の事例を挙げるが、これらは例示的に挙げられてあるものと解されている。このような事項は、任意的共同決定事項と

呼ばれる(

5)。

 

このように事業所委員会は、使用者と協議し、問題によっては共同で決定を行うが、労働組合とは異なって、争議行

為を行うことができない(七四条二項)。両者の間で紛争が生じたときには、その解決は仲裁委員会や裁判所に委ねら

れる事になる。これは、B

etrVG

が協働の原則を定めていることと関係している。協働の原則とは、両者は現行の労働

協約を遵守し、事業所を代表する労働組合及び使用者団体との協力の下に、労働者と事業所の福祉の為に、互いに信頼

し、協働しなければならない(二条一項)とする原則であり、この原則は、事業所単位の組織である事業所委員会は、

使用者との利害の対立する場面においても、同時に企業の繁栄という点において共通する利益をも有しているという事

業所内パートナーシップの思想と結びついているものである(

6)。

このような原則の下で、使用者と事業所委員会は、定期

的に協議を行わなければならないし、問題が生じたときには、常に、まず相互に調整を試みなければならない(七四条

一項)。これが失敗した場合にはじめて、仲裁委員会や労働裁判所への申し立てが問題となる。また、使用者と事業所

委員会は、共に事業所の平穏を保持すべき義務を負い(七四条二項二文)、政党活動も禁止される(七四条二項三文)。

このように、使用者と事業所委員会は、事業所における利益の調整者であり、同時に企業の繁栄のための協力者でもあ

 (二八一一)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四〇〇

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る。こうした姿勢の一貫として、争議行為も禁止されているのである。

 

争議行為が禁止される一方で、事業所委員会は、さまざまな法的な保護を受けている。例えば事業所委員会の委員は、

労働時間中にその職務を行うことができ、賃金減額を受ける事はなく(三七条二項)、事業所委員会の活動にかかる費

用は、使用者がすべて負担しなければならない(四〇条一項)。委員に対しては、その活動を妨害し、その活動の故を

もって不利益に取扱い、または優遇することは禁止されており(七八条、一一九条一項二号)、任期中及び任期後の一

年間の報酬は保障されている(三七条五項)。さらに、解雇制限法一五条以下により、事業所委員会の構成員は、事業

所閉鎖の場合などを除き、任期中及び任期後の一年間について、解雇、及び変更解約告知から保護されている。

 

以上のように、事業所委員会は、争議権を持たない代わりにさまざまな法的保護を受け、使用者と事業所内のパート

ナーとして、その参加権を行使して活動するのであり、この事業所パートナーの間で締結される共同決定権の法律上の

行使手段が、事業所協定である。

二 

事業所協定

 

事業所協定の適用範囲は、管理職員(L

eitende Angestellte

)を除く当該事業所の全労働者であり(五条、同条二項)

書面により締結され、強行的直律的効力をもつ(七七条四項)。

 

従前の事業所協定により定められた労働条件を事後的に新たな事業所協定の締結により引き下げることは可能であ

る。ドイツでは、事業所協定は労働契約の外から労働条件を規律する(外部規律)と解されているので、事業所協定で

定めた労働条件を事業所協定で引き下げる場合には、「後法は前法を廃する」との原則が適用されて、労働者は新たな

規定により拘束されることになる。

 (二八一二)

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一方、従前の規制が労働契約であった場合には、事業所協定によりこれを引き下げることはできない。事業所協定に

は、明文の規定はないものの、労働協約と同じく有利原則の適用があり、有利な個別契約上の労働条件を事業所協定で

引き下げることはできないと解されている(

7)。

すなわち、事業所協定で定められた条件よりも有利な条件を、個別的に労

働契約で定めることは可能であるし、こうした有利な条件は、事後的に事業所協定によって引き下げられることはない。

ただ、後述するように一般的労働条件については議論がある。なお、判例によれば、事業所協定は公正審査に服する。

したがって、事業所協定、あるいは契約上の一般的労働条件により定められた労働条件を、事後の事業所協定で引き下

げることが有利原則上認められたとしても、これがそのまま効力をもつとは限らない。

 

次に、労働協約と事業所協定の関係であるが、労働協約と事業所協定とは規制対象が異なっており、その意味では有

利原則という問題は生じない。事業所協定の規制範囲は、労働協約と衝突する範囲で、協約が優先する。B

etrVG

は、

労働協約で通常定められる賃金その他の労働条件は事業所協定で定めることができない(七七条三項)と規定し、賃金

のような主たる労働条件に関しては労働協約で定めるものであり、事業所協定で定めることができるのは、付随的労働

条件であるという区分を行っている。また、任意的共同決定事項についても、法律及び労働協約に定めがない場合にか

ぎり任意的共同決定が行われる(八七条一項)とされており、労働条件規制に関する協約優位の原則が明らかにされて

いる。

 

しかし一方で、労働協約が補完的事業所協定の締結を認めているときはこの限りではない(同条同項但書)と定めら

れており、労働協約が自ら事業所協定により補われることを認めている開放条項(Ö

ffnungsklausel

)を定めているとき

には、この領域における事業所協定による規制が認められている。ドイツの産業別組合が締結する労働協約は、基本的

にはその産業の範囲に適用されるべき労働協約を締結するので、その適用範囲の広さのゆえに、その条件はしばしば最

 (二八一三)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

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低労働条件を規律するにとどまり、事業所レベルにおいては十分な対応がなされえないという事態が生じる。そこで、

事業所レベルにおいては、この開放条項を使用して、労働協約において基本的な枠組みを定めておき、個別具体的な種々

の規制については、その具体化を事業所協定に委ねるといった手段により、個々の事業所の実情にあった規制が行われ

ることがありうる。余力のある使用者は、事業所協定よって定める社会的給付の提供、たとえば企業年金という形で、

より有利な労働条件を提供することによって、労働力の確保、士気の向上などを図ることもある。労働協約とは有利原

則の問題が生じないとは言っても、このような形をとる場合には、事業所協定の締結により、協約が定めた基本的な枠

組みを外れるような労働条件を定めることは許されない。事業所協定は労働協約に定められた枠組みの中で労働条件設

定が許されるに過ぎず、その意味では労働協約を不利益に変更することはできない。

三 

小括

 

ドイツにおいては、産業レベルでの労働協約と、事業所レベルでの事業所協定が二元的に労使関係を規律している。

労働条件規制の第一の手段は労働協約であるが、労働協約は広く最低労働条件として機能するため、その条件はある程

度硬直化することが予想され、これに柔軟性を持たせるための措置として、本来労働協約の規制範囲内の事項について

も、協約自らが開放条項を定めた場合には、事業所協定により事業所ごとの規制が行われ得ることになっていた。また、

法は、やはりその硬直化を回避するため、労働協約についてのみ、一定の範囲で協約に対して「開かれた法」を設定し、

その領域での法の定める労働条件を下回るような労働協約を許容していた。

 

一方事業所協定は、一方的決定である日本の就業規則とは異なり、労働者の代表によって組織されている事業所委員

会と使用者との取り決めであった。この両者は協働の原則により事業所内におけるパートナーとされ、事業所委員会は

 (二八一四)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

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争議行為を行うことができない反面、さまざまな法的保護を受けるのである。

 

この事業所協定は、事業所レベルでの規制手段であり、労働時間や賃金制度、あるいは企業年金など、事業所一般に

適用される事項をその対象としている。それでは、このような規制の変更の必要性が生じたとき、どのような範囲内に

おいて変更が可能なのであろうか。同一レベルの規制の変更として、事業所協定で定めた労働条件を事後的に事業所協

定で変更する場合と、異なるレベルの規制の変更として、労働契約を事後的に事業所協定で変更する場合が考えられる。

 

第二節 

事業所協定と有利原則

 

労働協約に対しては、有利原則が明文で定められている(TVG条三項)。事業所協定に対しては、このような明文

の規定はないが、通説はやはり有利原則の適用があるものと解している。したがって、有利な個別契約上の労働条件を、

事後的に事業所協定で引き下げることは許されない。一方、事業所協定で定められている事項に関しては、事後的に事

業所協定で改定することは、後法は前法を廃するとの一般原則により可能であると考えられている。したがって、元々

事業所協定により定められていた有利な労働条件を、事後的に新たな事業所協定で引き下げることは可能である。

 

ところで、ドイツでは、労働協約が産業別であることもあって、使用者は、経済状況が良好な時期には、個別の事業

所レベル(企業レベル)で、付加的手当を支給してきた(

8)。

このような付加的手当は、事業所委員会と協議し、その結実

としての事業所協定の形をとることもあったが、多くの場合、事業所内の労働者全員、あるいは一部の労働者に対して

統一的に適用される労働条件、すなわち一般的労働条件として支給されていた。この一般的労働条件は、事業所レベル

で統一的に運用されるものであって集団的性格を持っているといえるが、その請求権の根拠は個別労働契約上にあるも

のと解されている。

 (二八一五)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四〇四

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五九巻六号

 

経済状況の悪化などにより、使用者がそのような付加的手当を、事業所レベルで統一的に引き下げようとする場合、

上記の分類に従えば、問題の付加的手当を事業所協定によって定めていれば、事後的に事業所協定によって削減するこ

とが可能となる一方で、使用者が、一般的労働条件によってこのような付加的手当を定めていた場合には、事業所委員

会と協議して、事後的に事業所協定で削減することは、有利原則上不可能になってしまう。もちろん、使用者は、個別

契約上の手段により、この削減を試みることができる。しかし、その手段は、事業所レベルで労働条件を統一するため

には有効なものではなかった。

 

個別労働契約の内容を事業所協定で引き下げることは有利原則上許されないとしても、事業所の労働者の一部、ある

いは全部に一律に適用されるような一般的労働条件についてはどうだろうか。労働者の代表たる事業所委員会と使用者

との共同決定によってもなお、やはり有利原則上、一般的労働条件の変更を認めないとする結論は妥当だろうか。一般

的労働条件として、たとえば長期的、継続的に運用されるべき企業年金などを使用者が定めていた場合には、特に変更

の必要性は高いものであると思われる。

 

以上のような状況の中で、実務上、事業所協定による一般的労働条件の引き下げが行われ、裁判所は、事業所協定に

よる一般的労働条件の削減という問題(

9)に

直面したのである。

 

当初、裁判所は一般的労働条件も事業所における規則であるから、この問題は規制範囲を同じくする旧秩序と新秩序

の交替の問題となり、有利原則が問題になることなく、秩序原理(

10)に

よって変更が可能になると判示していた。しかし、

この見解には批判が多く、次に紹介する一九七〇年一月三〇日判決で、裁判所はついにこの秩序原理の放棄を明言する

ものの、結論としてはこれまでと同様、事業所協定による一般的労働条件の引き下げを認め、同時に、事業所協定は公

正審査を受けると述べたのである。

 (二八一六)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四〇五

同志社法学 

五九巻六号

一 

一九七〇年一月三〇日

第三法廷判決

(11)

1 

判旨

 

事案は、年金規則によって定められている企業年金を、労働者の不利益に変更する事業所協定の効力が問題となった

ものである。この年金規則が使用者の公示によって労働条件となったのか、あるいは事業所協定によったものであるの

かが当事者間によって争われていたが、この判決では、この点について判断することはなかった。どちらであっても変

更が可能であると判断したためである。

 

裁判所は、まず、企業年金は長期的な規制であるから、時間の経過とともに企業の収益状況や税及び社会保障の状況、

企業の人員構成などの様々な要因によって影響を受けることが避けられず、これに対応して規制を変更し、適合させる

必要があると述べる。そして、年金規則はある一つの給付計画を基礎にするものであり、これに関わるあらゆる利益を

相互に調整するものである一方、平等取扱原則により、使用者はある労働者に与えたものを他の労働者に拒絶できない

のであるから、年金規則は統一的に変更される必要があると述べるのである。

 

ついで、「元の年金規則が事業所協定ではなく、使用者によって『公示』されたものであるならば、それは個別的労

働関係の内容であり、それによって当事者を拘束する。」として、一般的労働条件が労働契約内容になることを確認する。

以上のような認識の下で、裁判所は現行法上このような労働条件を変更する適切な手段が存在するかどうかについて、

検討を加える。

 

一般的労働条件も労働契約の内容であるなら、これを変更するためには個別法上の変更手段が考えられる。まず、使

用者が将来の変更を留保していれば、変更権の行使として労働条件の変更は可能となる。しかし、裁判所によれば、通

常そのような留保はなされるものではなく、法律上広く認められるものでもないから、そのような留保は適切な手段と

 (二八一七)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四〇六

同志社法学 

五九巻六号

はいえない。留保がないとすれば、使用者はこれを変更するためには労働者の個別合意を得なければならない。

 

もちろん、労働者全員が承諾すれば、変更は可能である。しかし、一部労働者が変更に合意しなかった場合には問題

が生じる。年金規則を統一的に変更するためには、反対する一部労働者をも拘束する手段が講じられなければならない。

裁判所によれば、その手段となり得るのは集団的変更解約告知である。しかし、集団的変更解約告知は妊産婦や重度身

体障害者などが特別な解雇保護を受けることになるので、統一的には運用できない。また、変更解約告知は、基本的に

は個別的な正当性判断であるため、その審査の基準は、個々のケースにおける利益衡量となり、集団的な事情は補足的

にしか考慮されない。さらに、個々の労働者が別々に訴えを起こしたときに、裁判所により異なった判断が下される恐

れがある。したがって、集団的変更解約告知は、事業所の年金規則の変更が、全体的にみて妥当であるかどうかという

判断には適切な手段ではない。

 

こうして、裁判所は、現行法は個別法上、この問題を解決する適切な手段をもっていないと判断する。ここで秩序原

則を採用すればこの問題は解決されるのであるが、裁判所はこれを否定し、法創造を行うことを宣言する。

 「個別契約上の根拠に基づく年金規則が事後の事業所協定によって『秩序原則』にしたがって―労働者の不利にも―

変更されうる場合は、この問題は解決される。けれども秩序原則は非常に議論の余地のあるところであるので、当法廷

はそのような法原則は存在しないと仮定する必要がある。この場合、現行法はそのかぎりで欠缺がある。なぜなら、従

業員集団に対する約束によって告示した事業所の年金規則を―なお一定の限界内で―事業所上統一的に変更するため

の、実務上の不可欠な必要性に関する解決が示されていないからである。より厳密にいえば、現行法には、始めから明

白な規制の欠缺を含んでいただろう。」

 

このように、裁判所は、現行法には法の欠缺があるとして、法創造を行うのであるが、この際に、法創造によってな

 (二八一八)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四〇七

同志社法学 

五九巻六号

された手続きは、統一的な規制をなし得るものであり、かつ現行労働法の基本思想に合致するという二つの要請を満た

すものでなければならず、特に労働者の保護が失われることになってはならないと述べる。裁判所によれば、この要請

は、事業所協定に根拠付けられる年金規則を事後的に事業所協定で変更しうるのと同じ範囲で、契約上根拠を持つ年金

規則を事後の事業所協定で変更しうることを認める場合にのみ、満たされるのである。

 

裁判所は、事業所協定による一般的労働条件の不利益変更を認めることは現実的であり、また労働法の基本思想、特

に合意思想、共同決定思想に合致しているという。裁判所によれば、事業所委員会は、従業員の代表として個々の労働

者の特別な状況というものを理解し、多くの場合に使用者と事業所委員会は双方にとって納得し得る解決というものを

見出すものであるから、この手続きは現実的なものである。また、そもそも任意恩恵的な社会給付として、すなわち一

方的に与えられるものと考えられてきた企業年金は、現在では賃金の一部、すなわち合意によるものに移ってきており、

これを望ましい方向であるとする合意思想(V

ereinbarungsgedanke

)は、年金規則に対する労働協約による規制がなさ

れず、個別契約では統一的規制の必要性を満たすことができない一方で、事業所における唯一の全従業員の代表が事業

所委員会であるということから、事業所協定による規制を導くことになる。さらに、一九五二年事業所組織法が福利厚

生施設の運営を強行的共同決定の対象とし、またそのような施設の設立を任意的共同決定事項に挙げている点を鑑みれ

ば、年金規則に関しても、事業所協定の対象として考慮されるべきものであると考えられる。そして、合意思想は、規

制を設定する場合にのみあてはまるものではなく、使用者によって公示された規制を事業所協定に置き換える場合にも

あてはまり、これを推進することになると考えられるが、そうすると置き換えられた事業所協定は、事後的に事業所協

定で変更することが可能となる。この置き換えと変更を同時になすことを認めないということは、無意味なことである。

したがって、このような手続きは合意思想、共同決定思想に合致するものである。

 (二八一九)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四〇八

同志社法学 

五九巻六号

 

裁判所はさらに、事業所協定は公正審査に服するから、労働者保護も損なわれるものではないと述べている。この公

正審査については後述する(

12)が

、裁判所の主張は要するに、有利原則を排除しても、事業所委員会は個々の労働者よりも

その立場は強く、これにより労働者を保護しようとするであろうこと、事業所委員会と使用者とで定める事業所協定は、

個別的な観点からなされる解雇保護などとは異なる、集団的な観点からなされる裁判所の公正審査に服することになる

から、労働者保護が失われることにはならないというものである。

2 

検討

 

以上のように、裁判所は、事業所年金規則の統一的な変更の必要性を満たす手段が現行法上存在しないことを理由に、

現実的であり、かつ合意思想、共同決定思想に適合的である手段として、法創造により事業所協定による一般的労働条

件の変更を認めたのである。

 

この判決では、一般的労働条件も個別契約に根拠を持つこと、事業所協定にも有利原則が妥当すること、したがって、

労働契約の内容を不利益に変更する事業所協定は、有利原則の問題に直面することが確認された。この判決では、法創

造により、集団的性格をもつ一般的労働条件に関しては事業所協定による不利益変更が認められることとなったが、こ

れはもちろん、事業所協定が一般的労働条件以外の個別的な労働契約をすべて引き下げることができると判断されたも

のではない。

 

有利原則との関係や不利益変更を認める根拠など、理論構成を別にすれば、学説の多くも結論については賛成してい

た。こうして、一般的労働条件の事業所協定による変更の承認というこれまで秩序原則によって保たれてきた枠組みは、

裁判所による法創造にその根拠を代えて維持されることになった。

 (二八二〇)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四〇九

同志社法学 

五九巻六号

二 

一九八二年八月一二日

第六法廷判決

(13)

1 

判旨

 

しかし、BAG第六法廷は、一九八二年八月一二日判決において、これまでの判断を覆し、まったく新たな枠組みに

より、この問題の解決を図ったのである。

 

第六法廷は、これまでの判例を、一般的労働条件の集団的性格の重視を前提に、個別法上の手段(変更解約告知)の

困難及び必然的な規制の硬直化を回避する必要により、一般的労働条件を事業所協定で変更することを認めたもの、と

整理する。その上で、自らはこの立場には立たずに、事業所協定の規制権限の有無により、解決を図ろうとした。

 

第六法廷は、強行的共同決定事項として事業組織法に定められている事項については、事業所パートナーに規制権限

があり、この領域については、個別契約であるか一般的労働条件であるかを問わずに、事業所協定の効力が生じ、これ

が適用されるとする。一方、任意的共同決定事項については、事業所パートナーの規制権限は個別契約の内容によって、

個別契約が事後的に変更する事業所協定の効力を認めている場合、言い換えると「事業所協定に対して開放的」である

場合にのみ適用されるものであると解するのである。

 

この判断において、第六法廷は、事業所協定に対する有利原則の適用を否定している。第六法廷によれば、事業所組

織法には有利原則に関する明文の規定がなく、また立法資料を考慮すれば、有利原則は適用されないと考えるべきであ

る。その意味では、現行法には法の欠缺は存在しない。

 

第六法廷は、強行的共同決定事項について、有利原則の否定により事業所協定による変更可能性を認める。第六法廷

によれば、そもそも強行的共同決定事項は、その事項についての使用者の指揮命令権を、事業所委員会との共同決定に

服させるものであり、使用者の一方的な措置からの保護である。そしてそのような保護は、使用者が指揮命令権をすで

 (二八二一)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四一〇

同志社法学 

五九巻六号

に契約上具体化している場合には、結果として労働者にとって不利に作用する可能性と不可分のものとなる。さらに、

強行的共同決定事項に関しては、立法者が規制の統一の必要性を認めたものといえる。一般的に規制を必要とするこの

ような領域において事業所協定による変更を認めないのであれば、共同決定制度は著しく空洞化するものといわざるを

得ない。このように強行的共同決定事項について個別契約の内容を事後の事業所協定によって引き下げ得ると解する

と、そのかぎりでは労働協約よりも強い効力を事業所協定がもつことになる。しかし、労働協約と異なり、事業所協定

は事業所内のあらゆる構成員に適用されること、強行的共同決定事項は法定されており、これが変更され得ることは労

働者が予期し得ることを考えれば、このことは正当化されるのである。ただし、集団的関連性のない労働条件に関して

は、強行的共同決定を定める事業所組織法八七条は、これに介入するものではないから、労働契約が事業所協定に優越

する可能性はありうる。

 

一方、第六法廷によると任意的共同決定事項についての領域では事業所協定はより有利な労働契約に介入できない。

もちろん、この領域においても有利原則の適用はない。しかし、この領域においては、使用者は協議が整わない場合に

仲裁委員会に訴えることによって規制をなさしめることができない。また、全従業員の代表としての事業所委員会は、

個別労働者の利益を誠実に代表しなければならないから、事業所委員会は個別労働者の利益を侵害するような事業所協

定を締結しないという方法で労働者の利益を考慮しなければならず、事業所協定による変更を認めているような、すな

わち「事業所協定に対して開放的」な労働契約がある場合を除き、労働者の利益を考慮しないような事業所協定の締結

権限をもたない。

 (二八二二)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四一一

同志社法学 

五九巻六号

2 

検討

 

以上のようにして、第六法廷は事業所協定による労働契約の変更の問題を、強行的共同決定事項と任意的共同決定事

項という区別により処理したのである。

 

この判決は、先の七〇年判決とは、理論的にも、それにより導かれる結論としても、かなり異なったものであるとい

わなければならない。第一に、七〇年判決では事業所協定に対しても有利原則が適用されることを前提に、一般的労働

条件についてのみ、その集団的性格による統一的規制の必要性から、変更を認めるというものであったのに対して、本

判決は、有利原則を正面から否定してしまった。その結果、一般的労働条件だけでなく、個別労働契約に関しても、事

業所協定による不利益変更を行い得るという結論が導かれることとなった(

14)。

第二に、これまでは特に規制権限という意

味では区別されず、強行的共同決定事項、任意的共同決定事項のどちらであっても、原則的には事業所パートナーの規

制権限を認めていたのであるが、本判決では、これを強行的共同決定事項については認めるものの、任意的強行決定事

項については個々の労働者の不利益にならない範囲に限定してしまった。その結果、強行的共同決定事項については、

上記のように個別労働契約に対する介入まで認めているのに対して、任意的共同決定事項については、事業所協定によ

る一般的労働条件の変更の余地を否定することとなったのである。このような第六法廷の枠組みに従うと、強行共同決

定事項に関しては、個別労働契約に対する事業所パートナーの規制権限が認められる一方で、例えば企業年金などの任

意的共同決定事項に関わる一般的労働条件は、事業所協定による変更が行えないことになってしまう。このことは、そ

もそも問題となった、労働協約の条件の上積みとしての一般的労働条件の多くの部分について変更可能性を奪うもので

あり、結局は、事業所協定による変更の余地を狭めるものであったといえよう。この第六法廷の判決は、これまでの枠

組みとは大きく異なった判断であり、理論的にも、結論的にも、多くの批判を浴びることとなったのである(

15)。

 (二八二三)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四一二

同志社法学 

五九巻六号

三 

一九八六年九月一六日大法廷判決

(16)

1 

判旨

 

先の第六法廷の下した判断により判例は動揺し、この問題に対する大法廷の見解が求められることになった。一九八

六年大法廷は自らの見解を明らかにしたが、そこでは、従来の判断枠組みとも、第六法廷の示した枠組みとも異なった、

新たな枠組みが提示されたのである。

 

大法廷はまず一般的労働条件について、あくまで使用者と労働者の意思の合致による、個別法上の請求権であるとす

る一方で、一般的労働条件の内容は画一的に定められ、個々の請求権は全体として一つの給付計画を構成するという特

殊なものであるとして、その集団的関連性を認める。同時に、大法廷は、T

VG

四条三項に定められた有利原則は協約法

以外にも効力をもつ一般的原則であると解し、「有利原則は、事業所協定の内容に対する契約上の請求権との関係にも

適用される」と述べて、明確に有利原則を肯定する。

 

このような大法廷の理解によると、七〇年判決の時点と同様、契約に根拠をもつ一般的労働条件は、事業所協定によ

る引き下げが不可能になりそうである。七〇年判決では、この問題を法創造により乗り越えようとしたのであるが、大

法廷は、有利原則について新たな解釈を用いることで、この問題の解決を試みる。

 

大法廷は、ここで適用される有利原則による「有利」とは、労働者の個別的な契約による請求権と、事後的に適用さ

れた事業所協定から導かれる当該労働者の個別的な請求権とを比較して判断される、個別的有利性比較に基づくのでは

なく、全労働者の請求権が、事後的に適用される事業所協定全体と比較される、集団的有利性比較に基づくものである

と述べ、いわゆる集団的有利原則を採用する。その理由を、大法廷は一般的労働条件の集団的関連性に求め、以下のよ

うに述べる。

 (二八二四)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四一三

同志社法学 

五九巻六号

 「任意的な社会的給付に基づく請求権は、それが、契約上の統一規制、あるいは従業員集団への約束による場合、内

容的な特質を示しうる。そのような契約法的構成の形式の場合に、請求権は、すべての労働者に関して、あるいは規定

の基準により限定された事業所の労働者の集団に関して根拠付けられる。個々の労働者の個別的な事情―約束に関する

人的な事情や特別の個別的な給与はなんら役割を演じない。契約上の統一規則は、多くの一致した契約上の文言によっ

て、一般的規制となる、という点に特徴がある。そのような契約上の統一規定を通じて、事業所のすべての労働者、あ

るいはその特定の集団の労働条件は統合される。このような内容の特質をもっている請求権は、集団的関係をもつ契約

上の請求権ということができる。

 

契約当事者としての使用者に合意の変更を引き起こす原因も、契約上の統一規制(集団的承諾を含めて)に際して

個々の労働者の使用者に対する個別的法律関係から由来するものではない。それはむしろ、使用者の任意の社会的給付

の分配基準にかかわるものなのである。そこで、例えば法的な前提条件の変化が規制構造を妨げるために、変更或いは

補充が不可欠となりうる。また、社会的公正に対する観念は変わりうるので、まさしく事業所委員会がたびたび変更を

申し入れることにもなり得るのである。」

 

こうして、大法廷は一般的労働条件の集団的性格と変更の必要性を再度確認した後、有利原則の比較の基準を明らか

にする。

 「このような請求権の集団的関係によって、個々の労働者が保護されている法的地位の特性が明らかになる。この請

求権の内容的な特性は、有利原則の適用に際して、比較基準を決定する。契約上の統一規制の変更に際して、ただ集団

的有利原則のみが適用されるとき、それは有利原則の保護目的に応じるものとなる。集団的な要件及び分配計画が、契

約上の統一規則の姿を定める以上、有利原則の適用に際して個人的な約束及び個別的な権利関係が基準として用いられ

 (二八二五)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四一四

同志社法学 

五九巻六号

るべきではない。承諾の経営上の意味としては全体としてみた場合にのみ、決定的な問題となりえるのである。これを

異なって解するのであれば、統一規制のシステムは失敗するにちがいない。新規制は個別労働者に対してのみ、また新

規制が労働者に対してより有利に作用を及ぼす限りでのみ有効とされ得るだろう。旧規制は個別的労働者に有利な形で

ある限りでは、おそらく有効なままであるだろう。構造転換、あるいは変更された事情への適合は、予定されていた給

付総額の減少がまったく意図されていなかった場合でもなし得ないであろう。どんな新規定も、無意味になってしまい

かねない。第一に個別的請求権がある給付体系においては、その給付体系は維持されないだろう。配分的正義の原則は、

そのつど個別的財産が与えられるであろう場合には、もはや変更可能ではないだろう。

 

この考察は、有利原則の保護目的は、新規制が、全従業員に対して全体として有利、あるいは不利な結果になるかど

うかという基準により判断される場合に達成されるという結論を導くことになる。使用者の給付が全体として減少する

ことなく、あるいは拡大すらされるならば、それによって、たとえ個別的労働者の労働条件がより低下することになっ

ても、有利原則はこれを妨げるものではない。」

 

こうして大法廷は、一般的労働条件を事後的に変更する事業所協定に対し、有利原則を肯定したものの、有利不利は

集団的に判断するとして集団的有利原則を採用した。これにより、給付総額が減らない限りにおいては、事業所協定に

より一般的労働条件を変更し得ることとなった。しかし、大法廷はこの集団的有利原則にもある程度の制限を課して、

労働者保護を図っている。大法廷は、労働者が自らの請求権の集団的性格を認識していない場合には、その信頼保護は

守られるべきであるから、そのような場合には集団的に有利性を比較してはならないとする。さらに、このような集団

的有利原則の枠内の変更であっても、事業所協定は裁判所による(公正)審査を受ける必要があるから、労働者の保護

は保たれる(

17)と

述べている。

 (二八二六)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四一五

同志社法学 

五九巻六号

2 

検討

 

以上のように、大法廷は、集団的有利原則により、この問題の解決を図った。

 

大法廷の決定は、一般的有利原則の内容の特殊性を根拠に、有利原則の有利不利の判断基準は、集団的でなければな

らないというものである。したがって、この集団的有利原則はあくまで一般的労働条件、特に労働者が自らの請求権を

集団的に理解している場合に限って適用されることとなる。

 

このような大法廷の理解は、七〇年判決の第三法廷の立場とも、八二年判決の第六法廷の立場とも異なるものである。

まず大法廷は有利原則そのものを肯定することにより、八二年の第六法廷の立場を否定した。さらに、七〇年判決の法

創造についても否定する。七〇年判決は、統一的運用の必要性の高い一般的労働条件を、事後的に事業所協定で変更し

得えないということは、統一的運用の必要性を妨げるとして、この点に法の欠缺を見出し、これを法創造により補おう

とするものであったが、大法廷は集団的に有利であれば事業所協定により統一的な変更がなし得るとして、この法の欠

缺の存在を否定し、その法創造をも否定したのである。この大法廷の判断は、七〇年判決の枠組みと比べると、給付総

額が減るような不利益変更が認められなくなったため、事後的に事業所協定で変更し得る範囲はある程度縮小するもの

といえる。

 

四 

小括

 

ドイツでは、一般的労働条件を事業所協定で引き下げることができるかどうかが重大な問題となってきた。七〇年判

決では事業所協定にも有利原則が適用されることは認められたものの、法創造により、一般的労働条件を事業所協定で

引き下げうるとされた。一方、八二年判決では有利原則が否定され、強行的共同決定事項についてのみ、引き下げが認

 (二八二七)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四一六

同志社法学 

五九巻六号

められることとなった。このような状況下で、大法廷は集団的有利原則を採用したのである。以上の判例は、その手法

は異なるものの、一般的労働条件を事業所協定で不利益変更しうる余地をある程度は認めるという方向では一致してい

る。個々の労働契約の保護という意味での有利原則を厳格に適用すると、事業所内で労働条件を統一することが困難と

なるが、そのような結果は不合理であると考えられていることがうかがえよう。

 

この問題についての一応の解決となった大法廷の枠組みに従うと、有利原則そのものは肯定されているために、事業

所協定は集団的関連のない個々の契約についてはこれを引き下げることができない。一方で集団的関連のある一般的労

働条件については、全体として有利である限り、一部労働者にとっては不利益であっても、一部労働者の労働条件を引

き下げ、統一的に変更することができる。もともと事業所協定で定められている条件については、「後法は前法を廃する」

との原則により、これを引き下げることが可能であるため、結局、集団的関連性をもつ労働条件に関しては、一般的労

働条件であれ事業所協定であれ、事業所協定による事後的な不利益変更が原則的に可能であるということになる(

18)。

 

こうして、一般的労働条件は有利原則による保護を受けず、事後的に事業所協定で変更されうるし、また事業所協定

で定められた労働条件も、事後の事業所協定により変更されうることになる。しかし、このような有利原則上許される

枠内においても、事業所協定は従前の労働条件を全く自由に変更しうるわけではない。七〇年判決が法創造を行うに際

して適用し、大法廷も支持した公正審査は(

19)、

有利原則を否定する、あるいは緩和することによって失われる労働者保護

の代替であり、事業所協定は、「公正」である限りにおいて効力を持つのである。したがって、ドイツにおける事業所

協定の不利益変更の問題を理解するためには、公正審査の実態を把握することが必要となる。次節以降では、この公正

審査の議論を広く検討し、ドイツにおける事業所協定による不利益変更の問題を論じる。

 (二八二八)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四一七

同志社法学 

五九巻六号

第三節 

労働協約に対する裁判所の審査

一 

労働協約に関する判例

1 

概略

 

事業所協定への公正審査の適否についての議論は、労働協約への審査の適否と比較して論じられることがある。これ

は、どちらも同じく、労働者(集団)と使用者(集団)との協議によって労働条件を規制する、集団的労働条件決定シ

ステムであるからである。そのため、まずは労働協約に対する介入がどのように行われているのかを概観しておく。

 

次に見るように、判例は、事業所協定による労働条件の引き下げに対しては、事業所協定は裁判所による公正審査に

服するとしている。一方で、労働協約による労働条件の引き下げに対しては、公正審査(ないし内容審査)を否定して

いる。

 

次節で紹介する一九七〇年一月三〇日判決(

20)の

先例となる一九六九年一〇月三日判決(

21)で

は、協約が定めた時間外労働規

制が、法定の基準を下回る可能性があることを許容しうるかどうかについて論じた部分で、以下のように、協約当事者

の対等性を明確に認め、協約の介入へ消極的な姿勢をとった。

 「労働協約は、個別労働契約当事者間の、事実上の力の均衡を導くものである。それらは、実質的な正当性保障を示す。

すなわち、そこから、その規制が両者の利害が適切に調整されたものであろうこと、及び期待し得ない過重な要求を排

除したものであろうことが推測しうる。

 

その結果、協約当事者に―いずれにせよその職務の範囲内で考慮されるのだが―憲法及び強行法規の領域の外での法

律関係の形成に際して、更なる裁量の余地が認められることになる。したがって、当法廷は、協約規範が、実質的に代

替となる解決と比べて労働者の根本的な差別待遇を導く場合、つまり、協約当事者が、そこでかかわる法領域の根本原

 (二八二九)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四一八

同志社法学 

五九巻六号

則に明確に反している場合でさえも、これを承認しうる。」

 

その後の一九七〇年一月三〇日判決(

22)判

決は、事業所協定に対する裁判所による公正審査を肯定した場面で、「労働協

約は、それが憲法、強行法規、良俗、労働法の基本原則に反するかどうかに基づいてのみ審査されうる。そのことは、

基本法九条三項における制度的保障及び最後の手段としての争議行為に頼りうる協約当事者の強さ及び非従属性から正

当化される。」と述べて、事業所協定は公正審査に服するものの、労働協約は公正審査を受けるものではないとする。

 

また一九八五年二月六日判決(

23)で

は、BGB二四二条による介入の可否について論じた場面で、「労働協約に際し、前

提とするべきことは、労働協約締結団体の強さおよび専門知識により、通常、その規制は両者の利害が正当に調整され

たものであるということである。」と述べたうえ、このような労働協約の法的規範性は尊重されなければならず、BG

B二四二条や合目的性などによる審査は、協約自治への不当な介入であると述べている。

 

労働協約は公正審査を受けないとするこれらの判決は、すべて、協約当事者の対等性を出発点としている。すなわち、

労働組合は基本法による保護、争議行為の存在により使用者との対等性を持つ組織であることを前提とするのである。

仮に、対等性をもたない者同士が契約を取り交わしたのであれば、それは事実上の一方的決定を導くものであり、その

内容の正当性には疑問がもたれることになるだろう。したがって、その内容についての一般的な制限が肯定される余地

がある。しかし、対等な当事者間で締結した契約であれば、その内容の正当性は、まさに対等な当事者が締結したとい

う事実が保障することになり、その内容については、基本的に制限が課されるべきではないということになる。裁判所

は、労働組合は対等性をもつ存在であって、協約の内容については正当性保障があるということを前提とし、このよう

な対等性を持つ協約当事者が取り交わした労働協約に対しては、裁判所は公正審査を行うべきではないという判断を示

しているものといえる。一九八五年二月六日判決は、BGB二四二条や合目的性について述べたものであるが、やはり

 (二八三〇)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四一九

同志社法学 

五九巻六号

同様に協約当事者の対等性を前提に、内容審査と類似する、あるいは内容審査そのものであるBGB二四二条の審査や

合目的性の審査を否定している。

 

以上のように、判例は繰り返し基本法や争議権から導かれる労働組合の非従属性を強調し、対等な協約当事者により

結ばれた労働協約に対する公正審査(内容審査)を拒んでいる。しかしながら、判例によれば、労働協約は裁判所によ

る審査は全く課されないというものでもなく、七〇年判決が挙げたような一定の制限には服する必要がある。そこで、

この点について言及された判決と、基本権保護義務による介入の可能性を示した判決を取り上げ、判例法による協約へ

の介入のあり方を確認しておくこととする。

2 

一九七一年九月三〇日 

第五法廷判決(

24)

(一)事実の概要

 

原告は、一九五四年から、被告たる州に、合唱団に所属する歌手として雇用されていたが、その雇用契約はその都度

の上演期間ごとの有期契約でありこれが反復継続されていた。

 

原告が属する労働組合は、一九六四年一二月一〇日に合唱団の基本協約(N

ormalvertrag C

hor

)及び通知義務協定を

締結した。この通知義務協定の内容は、契約当事者が雇用契約を延長しない場合には、その意思を一定の期間内(

25)に

、書

面により相手方に伝えなければならないというものであった。原告は、一九六七年一月一六日に、個別契約内容として、

特に定めがない部分についてはこの基本合唱団協約及び通知義務協定に従うということを書面により確認している。

 

一九六八年七月三日、原告に対して、州は一九六八年八月一六日から一九六九年八月一五日までの上演期間の終了後

に、再契約を行わない旨書面で申し入れた。

 (二八三一)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四二〇

同志社法学 

五九巻六号

 

原告は、自らの雇用契約が、有期労働契約の反復継続により期限の定めのない労働契約になっており、この再契約の

回避は実質的に解雇であるとして、労働関係存続の確認を仲裁裁判所に求めたが、仲裁裁判所、上級仲裁裁判所ともに

原告の主張を退けた。その理由として、上級仲裁裁判所は、合唱団の構成に関しては、芸術的観点により柔軟性が必要

なため有期契約が適切であり、これを労働協約も許容していること、歌手にとっても、所属劇団を移ることが容易にな

るという実質的な利益があることなどを挙げた。これを不服として、原告は労働裁判所、州労働裁判所に訴えるが、や

はり原告の主張は退けられた。

 

原告は、仲裁判断が法規範に反しているとして上告した。

(二)判旨

 

上告棄却。

 

連邦労働裁判所の確立した判例によれば、有期労働契約の締結はそれ自体としては原則的に許容されているが、有期

契約は解雇保護規定の回避につながる恐れがあるので、有期契約を結ぶことに実質的な理由が必要となる。この実質的

な理由の存否については、労働生活上生じる問題ならびに契約当事者が取り決めた内容も含め、個々の事例ごとにあら

ゆる事情を勘案して、詳しい審査がなされることとなっている。そこで、労働協約に対しても、このような個々の事案

ごとに着目した詳細な審査がなされるべきであるかどうかが焦点となった。

 「上告は、州労働裁判所が、本件においてこの評価基準を不当に用いたことを想定している。けれども、その際に原

告は原告の労働関係に適用されている、一九六四年一二月一〇日の合唱団の基本協約ならびに同日の通知義務協定の法

的に重大な意義を誤解している。この協約上の包括規制は、劇場合唱団員についての有期労働関係が、原則的には許さ

 (二八三二)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四二一

同志社法学 

五九巻六号

れるとみなしていることを前提としており、このことを数十年にわたる劇場慣行も示している。この包括規制は、同時

に関係者間(B

etroffenen

)の利害を意識して、通知義務協定による保護規定を設置した。それによって、協約当事者は、

有期労働契約が、法的形成可能性の濫用とみなし得ないのかどうか、どのような前提であればよいのかということにつ

いての労働協約基準の適用範囲の設定を、自ら引き受けたのである。このような法的秩序の設定については、個々人の

個別事情のために、まさに協約当事者こそが、その役割を担うのである。」

 「この協約上の規制は、労働事件担当裁判所によって、憲法、強行法規、良俗、そして労働法の根本原則に反するか

どうかという点が審査されるにすぎない。これに対して、設定された規制が、あらゆる関係者にとって個々のケースに

おいて十分な結果を導いたかどうかは審査する必要がない。確かに、協約当事者も基本法一二条および一四条の義務に

拘束される。しかし、州労働裁判所が正当に行ったように、協約当事者は労働関係の期間に関する規制について、およ

びそれと直接関係する通知義務協定について、この基本権条項、あるいは不当な解雇の緩和の禁止、またはそれ以外の

強行法規や他の労働法上の根本原則に反していないということは明らかである。

 

協約当事者も、連邦労働裁判所大法廷が、有期労働関係の許容性に際して打ち立てた原則に従わなければならない。

法律上の解雇制限法は、その意味では自由処分にまかされていない。しかし、協約当事者が、有期労働関係の締結を認

められるべき根拠を持って正当化すること、つまり大法廷によって設定された法原則を具体化するような協約上の規制

を規範化することは、禁じられていないのである。労働契約の期間設定に関する協約規制が存する限り、T

VG

一条一項

の意味での労働関係の終了に関する内容規範が、まさに問題となる。このような規制は、協約自治の領域の中にある。

 

労働組合に認められる意義と影響力をふまえると、一般的に、労働協約が締結される場合、労働者の保護価値のある

利益は当然に考慮されているということが前提とされるべきである。その際には、労働協約の保護目的は、直接に、そ

 (二八三三)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四二二

同志社法学 

五九巻六号

して常に、個々の労働者の保護の必要性と一致している必要はない。

 

しかし、労働協約当事者が、有期労働関係の一般的な許容性に関する労働協約上の規制をなしたならば、つまりその

法的形成可能性を満たすことによって、基準そのものを設定したのであれば、憲法上保障された協約当事者の規制権限

は、法律上の規制及び判例法の具体化との協約上異なる規制について、裁判所による審査を受けることになる。ただし、

それは一定の生存限界を下回る場合に限られる。したがって、当法廷がすでに繰り返し論じてきたように、通常は、個々

のケースについての更なる審査なしに、労働関係に関し、協約上許容された期間の法的有効性を前提にするべきなので

ある。なぜなら、期間を正当化しうる理由の審査は、すでに協約当事者自身によってなされたのであるから。獲得され

た規制が、実体的な正統性審査に持ちこたえるということが前提とされるべきである。」

 

上告人は、「協約当事者が実際に、期限の利益と不利益との比較衡量を行っていたかどうか」についての裁判所の審

査を要求しているけれども、これは誤りである。裁判所は、協約規範を適切に解釈するために証拠調べを行うものであ

って、上告人のいうような介入は、協約の解釈基準として認められている法原則に反するものである。「したがって、

労働協約の文言に、認識可能な表現が見出される限りにおいては、なによりまず協約当事者の意思が基準となる。文言

が十分な説明をなしえないときにのみ、第一に全体の文脈、第二にこれまでの協約制定過程及び協約慣行、そして第三

に問題の労働協約の成立過程、また、最終的には当事者の職業的関係(B

erufskreise

)の見解が、労働協約の成立に対

し考慮されることになる。」

 

しかし、本件では、協約当事者は、合唱団の基本協約二条三項において、通常の事例として有期労働契約を受け入れ

るとともに、期間の延長がない場合についての手続きを通知義務として定めており、協約当事者の意思が有期労働契約

の許容にあることは明らかである。通知義務設定においては、使用者が契約延長を行わないことを意図する場合でも、

 (二八三四)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四二三

同志社法学 

五九巻六号

長期の契約関係にある労働者に対しては、労働条件を変えて、同様の業務につかせること、それが困難である場合には、

他の業務を考慮することが求められているのであり、協約当事者が、有期労働関係の社会的な困難を認め、調整を図っ

ていることを示している。しかし、それでもなお、協約当事者は、労働関係が長期にわたる場合であっても、期間設定

は適切であると評価したのである。

(三)検討

 

本件は、反復継続してなされた有期労働契約の更新拒絶が問題となった。本件では、労働契約において、特に定めの

ない部分については労働協約に従うということになっているため、労働協約によって定められた内容が、労働契約を規

律することになる。そこで、反復継続された原告の有期契約の再締結の拒否が、解雇と同視しうるかという契約上の問

題が直接的に論点になるのではなく、協約が有期労働契約、特に反復継続してなされる有期労働契約と、この有期労働

契約を再締結しないという使用者の行為を許容しているのかどうか、許容しているとすると、これが正当なものといえ

るかどうかが争われた。

 

裁判所は問題の労働協約の正当性に関し、労働協約は、憲法、強行法規、良俗、そして労働法の根本原則に反するか

どうかという点が審査されるに過ぎないと述べて、労働協約に対する介入の根拠を明らかにする。このことは、同時に

労働協約に対しては内容審査がなされないということも意味するものである。

 

ついで、以上のような介入の根拠により、協約の効力が審査された。本件で問題となったのは、有期契約を結ぶこと

に実質的な理由を必要とするとの判例法であり、裁判所は、協約当事者も、この判例法そのものには従わなければなら

ないと述べている。しかし、協約当事者が、この判例法の原則を具体化するという形で規制をなすことは可能であると

 (二八三五)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四二四

同志社法学 

五九巻六号

して、実質的な理由の存否については協約当事者の判断を前提とし、裁判所は、生存権が脅かされているかどうかとい

う観点で介入しうるにすぎないと述べている。協約が実際に有期契約の利益と不利益との比較衡量をしていたのかどう

かについて、裁判所が具体的に審査する必要はないと述べている場面も、協約当事者の規制権限を尊重し、協約の内容

に対する審査への消極性の現われであるといえよう。

 

このように、裁判所は協約当事者を、適切に利害調整なしうる存在として信頼しているが、そのことは、裁判所が、

協約当事者が対等な存在であり、そのような対等な当事者間で交わされた労働協約には正当性保障があると考えている

ことを意味している。

3 

一九九三年八月二四日 

第三法廷判決(

26)

(一)事実の概要

 

一九二六年一一月一六日生まれの原告は、一九五四年一月五日から一九八一年七月三一日まで、被告であるハンブル

グ港運倉庫株式会社(HHAL)で雇用されており、同時に公勤務運輸交通労働組合(Ö

TV

)の構成員であったが、一

九八一年八月一日に退職し、その時点で適用されていた労働協約であるB

R-T

V1976

に基づいて事業所年金の支給を受け

ていた。

 

被告会社は、一九五二年にÖ

TV

との間で基本協約(R

TV1952

)を締結し、これに基づいて、「H

HL

A

の事業所年金に

ついての労働協約」(B

R-T

V1976

)が定められた。その内容は、勤続年数が三五年に達した労働者の年金の支給額を、

他の公的年金を通算して最終基準月収の七五%にするというものであり、さらに、現役労働者の収入の増加に応じて、

この年金額も増加させるというものであった。

 (二八三六)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四二五

同志社法学 

五九巻六号

 

経済上の苦境を理由に、被告はB

R-T

V1976

を一九八三年一二月三一日に解約し、一九八五年、Ö

TV

と被告は一九八

六年一月一日発効の事業所年金についての労働協約(B

R-T

V1985

)を締結した。この新たな労働協約においては、年金

総額には、手取額の九二・五%という上限が定められることとなった。同時に移行規定(Ü

bergangsregelung

)が設け

られ、これまでの年金計算式の方が高い年金受取人に対しては、さしあたり、補償額として、その部分を継続的に支払

うこととなったが、この補償額も、一九八六年一月一日には撤廃された。これにより、原告の年金額は、勤続年数が二

八年であることから、手取り賃金給付の八三・七%となり、その額は二〇九九・九四ドイツマルクとなった。これに被

告は、原告のB

fA

年金一六八二・二一ドイツマルクを差し引き、四七六・七三ドイツマルクの事業所年金を給付した。

 

これまでに原告は八八一・八一ドイツマルクを受け取っていたが、このうち四〇五・一八ドイツマルクについては補

償額であったため、給与の進展にともなう上昇がなされなかった。

 

原告は、労働関係の終了後には、協約変更によって自らは不利益を被らないこと、変更が不公正であること、信頼保

護が守られていないこと、さらに、原告は重度障害者であって、付加的な控除額を持っており、形式的な総賃金の計算

に際して考慮されていないので、個人的には特に過酷な状況にあること、などを理由として、自らの年金がB

R-T

V

1976

に従って計算されることを求めた。原審では原告の訴えは退けられたため、原告が上告した。

(二)判旨

 

上告棄却。

 

原告の老齢年金は、個別契約上定められたものではなく、原告の持つ年金請求権は、協約に基づくものである。

「事業所年金についての原告の請求権は、一九八〇年のR

TV

二四条から生じる。それにより、被告の給与取得者は引退後、

 (二八三七)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四二六

同志社法学 

五九巻六号

事業所年金を受け取っているが、その際、『HHALの事業所年金協約』から、その詳細が生じる。すでに、原告の雇

い入れの時点で適用されていたR

TV1952

の二四条は、『HHALの事業所年金に付加的な年金の承認についての規範』

を参照(verw

iesen

)させていた。一九五二年及び一九八〇年の文言におけるR

TV

二四条の解釈は、被告の労働者には、

そのつど適用されている年金規則にしたがって事業所の老齢年金が帰属することになるということを明らかにする。契

約上の手当ての約束に際して、協約上の手当て規則を参照させるのと同様の原則が、ここでは妥当する。そのような参

照が疑わしい時は『動的』である。それは、そのつど適用されている協約法に関係する。すなわち、権利の根拠は、自

らあらゆる協約法の変更を受け入れている。

 

参照条項(Jew

eiligkeitsklausel)は、原告の見解に反して、労働者の退職後も適用される。また、労働協約の変更が

退職関係に適用されうる場合には、年金生活者に対して修正が及び得る。使用者は、退職者給付を統一的な規制によっ

てもたらそうとしている。年金受給者が、退職に際してそのつどの異なった協約上の規制によって別々の取扱いがなさ

れるということは、妨げられるべきである。

 

したがって、退職した労働者への協約当事者の規制権限については、問題にならない。原告は退職後もÖ

TV

の構成

員であるので、引退した従業員の権利関係が、契約上の参照(Inbezugnahm

e

)なしに労働協約によって、労働者が労

働組合から脱退した場合にも規制されうるかどうかという問題は残りうる。」

「BR

-TV1985

によるB

R-T

V1976

の変更は、事実上争われる必要がない。B

R-T

V1985

によって、原告の年金は制限されう

るのである。

 

ふたつの連続した労働協約の関係において、時間抵触規制(Z

eitkollisionsregel

)が適用される。協約当事者は、協約

規範を関係する労働者の有利にも、不利にも変更しうるのである。新たな規範は、旧規範にとって替わる。」

 (二八三八)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四二七

同志社法学 

五九巻六号

「労働条件を低下させる労働協約は、裁判所によって以下の点についてのみ審査される必要がある。憲法、強行法規、

良俗、あるいは労働法の根本原則に反するかどうか、である。このような権利侵害は、係争事件においては認められな

い。年金になりうる総収入の七五%から、年金になりうる手取り収入の、最高九二・五%への元の全年金の上限の沈下

は、比例性及び信頼保護の原則による審査を耐える。」

 

総賃金額の七五%から、手取り収入の九二・五%への上限額の変更は、計画に反して生じた超過手当ての削減という

観点から正当化される。B

R-T

V1976

の目的は、現役時の生活水準を引退後も維持することにあり、そのために、総賃金

額の七五%という上限が設定されたものと認められる。しかしながら、一九七六年以降の税及び社会保障分担金額の上

昇が現役世代の負担を増加させたため、その上限は当初の目的を維持するものとしては不適当な基準となった。このよ

うな、もともと意図していなかった超過手当ての削減についての労働者の信頼は、保護に値しない。

 

本件においては、原告の年金は削減されたわけではなく、その変動性が排除されたに過ぎないが、このような変動性

は、労働協約による適合の義務を免れるものではないのである(B

etrAV

G

一七条三項一文及び二文)。

「最後に、協約当事者は、重度障害者である労働者について、他の労働者と同様の仮定的全年金上限を予定していたと

いうことが、B

R-T

V1985

による新たな全年金上限の有効性にとって問題とされる。現役の労働生活における重度障害者

への税制上の優遇措置が、合算して計算した手取りの上限の設定に際して考慮されないということは、確かにその通り

である。しかし、この特徴は決定的にはなり得ない。協約上の手取り年金規制の意義と目的は、全ての比較可能な年金

権利者に対して同様に高い年金度を、保障する事にある。一九七六年の基点となる年金によって、年金収入と現役労働

者の収入の間に生じた隔たりが取り除かれるべきである。この隔たりは、現役労働者及び年金受給者の所得が、個々の

ケースにおいて、例えば人的な課税等級や、個人的な税制上の優遇措置によって比べられるということによって、起こ

 (二八三九)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四二八

同志社法学 

五九巻六号

されてはならない。合算して計算するという観点は許容される。このような規制は、実際的であり、適切である。それ

はSchwbG45

条に反していない。」

(三)検討

 

本件は、従来の労働協約で定められた老齢年金の最高限度額を引き下げる、新たな労働協約の妥当性が争われた事例

である。

 

原告は、労働協約締結の時点ではすでに退職しており、労働関係の終了後にも労働協約の効力は及ぶかどうかが争点

となった。控訴審では、引退労働者に対する労働協約の規制権限が問題となったが、上告審では、事業所年金について

の原告の請求権を根拠付けている労働協約自体が、そもそもそのような変更を留保しているものであるとして、引退労

働者に対する労働協約の効力は認められている。なお、本件では原告は引退後も労働組合の構成員であり、この点も結

論に影響を与えていよう。

 

ついで、労働協約の変更に対する審査がおこなわれた。憲法、強行法規、良俗、あるいは労働法の根本原則に反する

かどうかという点ではこれまでと同様であるが、さらに、その具体化として比例性及び信頼保護の原則による審査が行

われている。本件では、結局は超過手当てに対する削減との観点から変更が正当化されてしまったために、労働者の信

頼は保護に値するものとは判断されなかった。しかし、労働協約への審査に関して、比較衡量的な観点からの審査があ

りうることが読み取れる。このような審査と内容審査との関係は、事業所協定に対する公正審査を検討する際に考察す

るが、ここでは、裁判所は内容審査を否定するとしても、比例性や信頼保護の観点から介入することがありうるという

点を確認しておきたい。

 (二八四〇)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四二九

同志社法学 

五九巻六号

 

また、重度障害者であることによる税制上の優遇措置を、総賃金の計算に際して考慮すべきであるかどうかが問題と

なった。しかし、問題となった労働協約の規制の目的は、現役労働者と年金受給者の受取額の調整を図るものであって、

このような観点からは、個人的な税制上の優遇措置を考慮していなくても、問題はないと判断された。

 

なお、超過手当てについては、事業所協定の箇所(本章第四節二)において触れることとする。

4 

一九九八年二月二五日 

第七法廷判決(

27)

(一)事実の概要

 

原告は、一九七七年一月から被告である航空会社において航空エンジニアとして雇用されており、労働契約において

は、その都度のLTUの基本協約を有効にするとの定めがあった。航空機の乗務員に関する同協約(M

TV

-Bord

)四七

条一項には、労働関係は、老齢年金の支給が開始される月に終了すること、また、遅くとも労働者が六〇歳に到達した

月の経過と共に終了することが定められていた。

 

航空エンジニアは、コクピットのクルーであり、またその業務内容は、フライトの前およびその間の技術的な任務を

果たすことにあった。原告は、機長の責任の下に、飛行機に乗務し、夜間飛行における機体操縦のコントロールや燃料

計算の確認なども行っていた。

 

被告は一九九五年一〇月三一日、原告の六〇歳到達により、原告との労働関係を終了させた。原告は、航空エンジニ

アはパイロットに比して精神的・肉体的負担が軽いのであるから、航空エンジニアに対する協約上の定年年齢は、基本

法一二条一項に合致せず、無効であると主張し、一九九五年一〇月三一日以降の労働関係存続の確認を求めた。原審・

原原審ともに原告の訴えを退けたため、原告が上告した。

 (二八四一)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四三〇

同志社法学 

五九巻六号

(二)判旨

 

上告棄却。

 

操縦士に対する六〇歳定年制は、操縦士に加えられる精神的・肉体的負担を考慮し、また乗務員及び乗客の生命と健

康の保護を考慮するものであって、適切である。航空エンジニアもまた、「他の操縦士と同様に、特別な職業上の負担

に晒されている」。「航空エンジニアは、通常の場合には決まりきった処理を遂行しているが、故障事故においては、特

別な程度で精神的・肉体的な負担を求められており、それは操縦士の場合と同様である」。

 「現にある協約上の定年のように、労働者の意思にかかわらず、労働関係の終了をもたらす規制は、労働者の職場に

かかわる職業選択の自由を制約する。基本法一二条一項は、個々人に対し、具体的な職業を選択して就業する可能性だ

けでなく、その職業を続けるのか、あるいは辞めるのかという労働者の意思をも保護する。もっとも、基本権は、この

自由を制限する国家の措置に対してのみ保護する(基本法一条三項)。それに反して、基本権は、私的な自由裁量に基

づく職場の喪失に対する直接の保護を認めない。このことは、労働協約についても妥当する。協約当事者は、基本法九

条三項に基づく基本権を行使し、一定の労働条件および経済条件のための規制を作り出したのであるから、労働協約は、

集団的に行使された私的自治に基づくものである。解雇通知のない労働関係の終了を規律した規範は、BGB六二〇条

によって認められた労働関係の形成可能性を具体化するものであって、これに属するものである。この規範の有効性は、

その組合員の私的自治による団体加入に基づいている。基本法九条三項に基づく基本権により、組合員は、現在および

将来の協約法(T

arifrecht

)に服する。これは、一般に労働条件および経済条件についての規制と結びつく労働者と使

用者の職業自由(B

erufsfreiheit

)の制限に関しても妥当する。」

 「もっとも、有効かつ将来の協約法に私的自治により服することで、労働関係の当事者は、協約当事者の形成権に何

 (二八四二)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四三一

同志社法学 

五九巻六号

の保護もなしに晒されるわけではない。このことは、B

VerfG

によって認められた、基本権の保護義務機能の結果とし

て生じるのであって、その保護義務機能とは、個別の基本権の担い手が、私的自治による規制を通じて、その基本権が

過度に制約されることから守られることを、国家の基本権の名宛人に義務づけるものである。労働関係の終了について、

基本権上の保護義務から生じる最低保護をどのように決定し、その時々の基本権と基本権の担い手との緊張関係をどの

ように解消するかということは、ここでは終局的な判断を必要としない。なぜなら、労働関係の終了の領域について、

立法者は、解雇制限規定(K

ündigungsschutzvorschrift

)の発布によって、基本法一二条一項から生じる保護義務を満

たし、その結果、職場の保護に対して一定の基準を設定しているからである。労働関係の期間についてもこれと異なる

ものではなく、そこでは、解雇制限の機能を、労働裁判所の期間審査が引き受ける。根拠なしに国家の解雇制限を回避

するような職場の喪失から労働者を保護し、同時に、労働関係当事者の衝突する基本権状況(G

rundrechtsposition

)の

妥当な均衡点を見出すことが課題である。裁判所が、期間審査の範囲内で、協約上予定された労働関係の終了に根拠が

欠けているとするならば、それは、同時に私的自治の規制が職業の自由において労働者を不当に制限することを意味す

る。しかし、協約上の定めが労働裁判所の期間審査の審査基準を満たす場合、それに基づく労働条件の私的自治による

形成は、不当ではない。協約法に服している労働契約当事者は、このことを受け入れなければならない。」

(三)検討

 

本判決は、労働協約によりパイロットと同じく六〇歳定年制を定められた航空エンジニアが、この定年制を不服とし

て訴えた事案である。BAGは、パイロットに対する六〇歳定年制が適法であることを確認した後、航空エンジニアに

ついてもこれが妥当すると判示した。本事件の特徴は、航空エンジニアへの六〇歳定年制の適用が、基本法一二条一項

 (二八四三)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四三二

同志社法学 

五九巻六号

違反であるとの主張に対する判断にある。BAGは、労働協約が集団的に行使された私的自治に基づいているという理

解を出発点として、組合員の私的自治による団体加入にその拘束力の根拠を求めている。このように理解すると、私的

自治により正当化される労働協約に対し、基本法を直接適用することにより介入することは困難となり、本判決でも基

本法の直接適用は否定されている。

 

他方で、国家は、個人の基本権に対して基本権保護義務を負っているとして、裁判所もまた、国家の基本権の名宛人

の一部として、私的自治によって私人が私人に対する基本権の過度の制限から個々の基本権の担い手を守るという、基

本権保護義務を負うことを確認する。そして、基本権の直接適用を否定しつつも、基本権保護義務による介入の余地を

認めている。ただし、本件においては、解雇制限、並びに判例法上の期間審査がこの保護義務を果たすものであるとし

て、特に基本権保護義務に基づく具体的な審査は行われていない。

 

この本判決の立場に対し、従来の判例は、労働協約に対する基本権に基づく介入に際し、その規範的効力の根拠を法

の授権に求める立場に立っていた。したがって、労働協約も、基本法により立法と同程度に拘束されるとの理解があっ

た(28)。

これに対して本判決は、労働協約の規範的効力の根拠を集団的な私的自治、組合員の加入意思に求めた上で、基本

権保護義務による介入を認めている。従来の判例とはその介入根拠、プロセスが異なっているため、具体的な審査基準

としては従来の判断よりもさらに抑制的な規制となる可能性もある。

4 

小括

 

裁判所は、労働組合の基本法上の保障や争議権を根拠として公正審査、内容審査を否定している。労働組合が、使用

者と対等な存在であること、したがって、そのような協約当事者は、労働者の利益を代表し、十分に調整しうることが

 (二八四四)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四三三

同志社法学 

五九巻六号

前提とされ、そこで締結された労働協約には、正当性保障があるものとされていたのである。

 

判例によると、内容審査が否定されるとしても、労働協約に対しては、憲法、強行法規、良俗、そして労働法の根本

原則に反するかどうかという点が審査される。このような審査は、内容審査と区別され、適法審査(R

echtskontrolle

と呼ばれる。また判例は、こうした審査の具体化として、判例法、比例原則、信頼保護などについての審査も行ってい

る。適法審査として、どのような基準をもって介入しうるかという点については議論があるところであるが、少なくと

も判例は、内容審査を行わないとしても、一切の審査を拒絶するものではなく、一定程度の審査を、特に比例性、信頼

保護の審査を行うのだという点と、これらに関しては協約に正当性保障があること、適切な利害調整がなされているで

あろうという推定の上になされる審査であることから、後で検討する事業所協定の場合と比べると、相当程度抑制的な

審査であるという点を確認することができる。

 

また、労働協約の拘束力の根拠をめぐって見解が対立しており、基本法に基づく介入については、基本法の直接適用

による介入を認めるものと、基本権保護義務に基づく介入を認めるものがある。

二 

労働協約に関する学説

 

学説における通説的見解も、やはり労働協約に対しては、公正審査、あるいはそれ以外の内容審査は行われるべきで

はなく、労働協約への裁判所の介入は適法審査に限られるとする(

29)。

 

Hoyningen-H

uene

によれば、そのことは以下のように説明される。「裁判官はより高次の原則により労働協約規定を

審査すべきであるが、それ以外には、その内容のあらゆる審査、例えば合目的性、相当性、あるいは公正に適用される

審査は行われない。なぜなら、協約規範は法的秩序から等価の、対等の、またとりわけ同様に強力なものとみなされて

 (二八四五)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四三四

同志社法学 

五九巻六号

いる団体当事者によって取り決められるからである。協約上の内容的正当性に対する事実上の推定が働く。したがって

裁判所による公正審査は許容されず、必要でもないのである(

30)。」

 

一方、少数ではあるが労働協約に対する内容審査を肯定する見解も見られる。

 

協約であっても裁量権の逸脱及び期待可能性の基準によって、相当性及び公正の限界に服することになり、具体的に

はBGB三一九条の法的評価を転用して、明確な不公正に対して内容審査がなされるべきであるとするのがT

hiele (31)の

解である。言い換えれば、この見解は、第一に、BGB三一九条を根拠に用い、労働協約当事者の裁量権は「公正」の

原則により審査されるとして内容審査を肯定する見解である。第二に、やはり裁量権の限界を問うのに、期待可能性の

基準によってその内容審査を肯定しようとする見解だといえよう。

 

これに対して、H

oyningen-Huene

は、以下のように反論をしている。

 「このような労働協約の内容審査は―明らかに不公正な場合だけに限るとしても―それでも認めることができない。

第一に法的根拠がまったく欠けている。これについてはBGB三一九条一項は適用されえない。なぜなら、この規定は

ただ個別的契約に関してだけ適用されるものであって、集団的法規制に関しては適用されず、その上法規範的性格をも

つならなおさら適用されないからである。加えて個々の場合の正当性としての公正は、一般的規制の審査に役立たない。

また期待可能性の基準―その法的根拠はせいぜいBGB二四二条であるだろう―は、内容審査にとっては排除するべき

である。なぜなら、この基準は個別的法律関係の主観的な側面に関係するが、客観的、一般的側面に影響する法規範と

は関係しないからである。それ以外には、労働協約の内容審査はまた団体の協約自治における侵害をも意味するだろう。

現行法に違反しないかぎりで、それは基本法九条三項に基づき、労働条件は自主的に、また自立して規制することを可

能としている。

 (二八四六)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四三五

同志社法学 

五九巻六号

 

そしてさらに、一方ではより高次の法の拘束を通じて十分な保護が保障されているので、労働協約の裁判上の審査に

対する必要性は存在しない。他方、まさしく協約の統制下にある労働契約当事者に代わって、労働条件は、そのかぎり

でそれを管轄下に置いた連合によって十分に規制されるという、立法者の政治的な決定は、尊重されるべきである。そ

こで協約当事者が都合の良い条件を取り決めるならば、それによって結局、構成員に対しては、協約連合からの脱退の

可能性だけが残ることになる。協約自治を尊重するBRDの自由な、民主主義的な基本的制度の範囲内において、その

かぎりで労働政策上、また社会政策上の効力の内容的コントロールの基礎は、存在しない(

32)。」

 

つまり、H

oyningen-Huene

は労働協約に対する内容審査を、その法的根拠の欠如、及び規制の必要性がないというこ

とを理由に批判している。法的根拠については、BGB三一九条一項は、第三者が給付を確定する場合に用いられる条

文であり、個別契約に限定して用いられるべき条文であることから、労働協約に対する内容審査の根拠にならず、期待

可能性の基準は、結局BGB二四二条の信義則が法的根拠にならざるを得ないだろうとの見解を示したのち、この基準

は個別的法律関係の主観的側面に関係するが、客観的、一般的側面に影響する法規範とは関係しないとして、その適用

を否定する。また、内容審査の必要性については、労働組合は使用者に対して対等な立場に立っており、基本法九条三

項に基いて労働条件を自立的に規定しうるし、一方で、労働組合はより高次の法による拘束を受けるのであるから、こ

れ以上の審査を行う必要性はなく、むしろ労働協約に対する内容審査は協約自治への侵害にさえなりうるとして、これ

を否定している。

 

Fastrich

も労働協約への内容審査を否定している。詳しくは後述するが、F

astrich

は、協約に対して開かれた法の存

在こそが、労働協約は当事者の交渉権限により、十分な正当性保障がなされているということの表象であるとして、労

働協約に対する内容審査を否定する。しかし、その一方でF

astrich

は、独自に、他者が規範を設定するという労働協約

 (二八四七)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四三六

同志社法学 

五九巻六号

の性質からその規範的効力の限界は審査される必要があるとして一定の審査を肯定し、これを特に規範審査と呼んでい

る(33)。

 

ところで、労働協約に対する内容審査が否定されるにせよ、労働協約も基本法による一定の制約を受ける。特に基本

権保護義務を前提にする場合、こうした基本法による制約は、立法が服するものと同程度の制約であるかどうかという

点で問題が生じる。この点についてSchliem

ann

は、個別の契約関係においては、当事者間の交渉力格差から、一方当

事者を保護する必要性が生じるのに対し、労働協約については、協約当事者間には対等性が認められる一方で、団体内

部での集団的意思形成過程の機能の瑕疵から、労働者を保護すべき必要が生じるとするD

ieterich

を引用しつつ(

34)、

協約

規範に対し、究極的には脱退によって当該協約の拘束力から離脱できることを根拠に、原則的に基本権に基づく比例性

審査(V

erhältnismässigkeitsprüfung

)を許してはならないと述べる(

35)。

この場合には、例えば平等取扱原則など、協約当

事者の自由裁量が問題とならないような範囲において、基本権保護義務による規制が及ぶことになる。しかし、このよ

うな考え方に対しては、組合員が労働組合を脱退しても、協約の拘束力から免れることができるとは限らないこと、そ

もそも集団的私的自治たる協約自治は、個人の法的地位を向上させるためのものであるから、労働協約が個人の自由を

制約する場面において、基本権保護義務が立法よりも抑制的に働くという解釈をすべきでないとの批判もある(

36)。

 

以上のように、労働協約対しては、内容審査はおこなわれないとするのが判例であり、通説である。そこで強調され

ているのは、協約当事者の対等性であり、そのような当事者間の取引結果である労働協約に対しては、裁判所は、その

内容の妥当性に関する介入をするべきではないと考えられている(

37)。

他方、労働協約も、より高次の法との適合性を問う

審査である適法審査には服することになる。しかし、この適法審査における基本法による制約については、労働協約の

規範的効力の根拠、及び基本権の直接適用の是非をめぐって争いがあり、例えば比例原則による審査を許容すべきかど

 (二八四八)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四三七

同志社法学 

五九巻六号

うかについても、見解が分かれている。

第四節 

事業所協定に対する公正審査 

―判例法―

 

裁判所は、労働協約とは異なって事業所協定に対する公正審査を行っている。この公正審査は、公正という基準を使

用した内容審査であるが、事業所協定に対して公正審査を行うこと、さらには内容審査を行うことに関して、学説から

の批判がある。しかし、学説も異なった根拠・基準でありながら、一定程度の審査は許容しているのである。そこで、

判例の行っている公正審査を検討するにあたり、まずその法的根拠及びその特性を論じている部分を検討し、次いで、

具体的にどのように公正審査が作用しているのかを検討することとする。

 

一 

公正審査の法的根拠に関する判例

1 

一九七〇年一月三〇日 

第三法廷判決(

38)

 

この判決が、事業所協定による労働条件の変更に際して公正審査を認めた最初の事例である(

39)。

 

この判決は、一般的労働条件として契約上の労働条件となっているものを、事後の事業所協定によって引き下げるこ

とができるかという有利原則上の問題が争点となったものであるが、第三法廷は、これまでの秩序原則を変更し、法創

造によって一般的労働条件を事業所協定で変更し得ると判示することとなった。そこでは第三法廷は事業所協定による

変更そのものを認めたものの、一方で事業所協定は公正審査に服するのだとし、これ以後、判例は事業所協定に対する

公正審査を肯定することとなる。

 (二八四九)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四三八

同志社法学 

五九巻六号

(一)事実の概要

 

問題となった事業所においては、一九六〇年六月二八日の年金規則により企業年金の支給が行われていた。その年金

規則では、年金の額は、勤続年数が一〇年以上の労働者への最終基準月収の三五%を最低ラインとし、勤続年数に応じ

て七五%まで増加するが、年金受領時に他の公的年金や企業年金などを含め、年金受領者の収入が、最終基準月収の一

〇〇%を超える場合、この一〇〇%を最高限度額とし、これを超える額については企業年金が削減されると定められて

いた。

 

この年金規則は、一九六六年五月一八日、事業所協定により変更される。その内容は、最高限度額を勤続年数二〇年

以下の七五%から、勤続年数に応じて最大八三%までに削減するというものであった。また、その効力は同年一月一日

に遡ると定められた。この変更は、一九六〇年六月二八日の年金規則による最終基準月収の一〇〇%という最高限度額

では、その後の税及び社会保障法の改正による現役労働者の公的負担額の増加により、手取りの月収で比較すると、年

金生活者の方が現役の労働者よりもより多くの収入を得ることになるという状態を是正するためになされたものであ

る。

 

原告Mは、一九六〇年四月一日に被告に雇い入れられ、一九六六年四月に事業所委員会の構成員となった。原告Mは、

一九六〇年六月二八日の年金規則は、自身の個別契約の内容となっており、もはや事後的な事業所協定によって変更さ

れないことの確認を求めた。

 

原告Hは、一九三〇年一月一七日に被告に雇い入れられ、一九六六年四月二七日に六五歳になり退職した。原告Hは、

自らの年金額が一九六〇年の年金規則により計算されること、したがって一九六六年六月一日から一九六六年一二月三

一日までの期間の支給額との差額支払いが被告に義務付けられていることの確認を求めた。

 (二八五〇)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四三九

同志社法学 

五九巻六号

 

原告M、Hの訴えは、どちらも退けられたため、両原告とも上告した。BAGは、この二つの上告を合同で審理し、

決定を行った。

 

原告Mの上告は棄却され原告Hの上告は容認された。

(二)判旨

 

本件は、年金規則(

40)を

変更する事業所協定の効力が争われたものであり、第三法廷は次のように述べて、公正審査を認

めている。

 「事業所の年金協定は確かに労働協約と同様に集団法的規範契約である。けれどもそれは、労働協約と同じ程度に自

治的ではなく、裁判所の内容審査を免れるものではない。労働協約については、それが憲法、強行法規、良俗、労働法

の基本原則に反するかどうかについてのみ、審査が行われうる。このことは、基本法九条三項における制度的保障及び

最後の手段としての争議行為に頼りうる協約当事者の強さ及び非従属性から正当化される。

 

この前提は、事業所協定の場合には同じように保障されているわけではない。事業所委員会構成員は、確かに非従属

性及び解雇保護(B

etrVG

五三条、K

SchG

一五条、一六条)を受けている。それは労働者としての彼等の従属性に十分

に影響するが、しかし完全に埋め合わせているわけではない。それに加えて、B

etrVG

四九条二項二文により事業所委

員会には、争議行為が禁じられている。したがって、事業所協定に対する裁判所による内容審査は―労働協約の場合と

異なって―欠くべきではないのである。

 

裁判上の審査についてのこの基準は、B

etrVG

四九条一項による使用者と事業所委員会へのさまざまな義務付けから

生じる。彼等は事業所の福祉に、そしてその労働者に公共の福祉を考慮する義務を負う。彼らが相互に協調して全員の

 (二八五一)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四四〇

同志社法学 

五九巻六号

ために老齢扶助と同じほど重要な事項を定める場合は、彼らはこの義務を、受託者と同様に特別な基準をもって守らな

ければならない。それに際して、確かに彼らに裁量の余地は開いている。けれどもこの余地は一方では全従業員の利害、

他方では事業所の利害のあいだの均衡を保つという前記の義務によって制限されている。この義務の遵守は、裁判所の

争いがある場合には、審査する必要がある。

 

これによって裁判所による公正審査は正当化される。けれどもそれは、個別的な利益衡量が中心になっている解雇保

護訴訟におけるようなものではない。むしろ裁判所は争いがある場合には信義誠実の基準によって特別の信頼保護思想

を考慮し、関係する労働者に属するすべてのグループへの影響を審査するべきである(

41)。」

 

また、そもそもこの判決は、事業所協定によって契約上の一般的労働条件を変更し得るか否かが争われた事例であり、

法廷は法創造によってその変更を認めているのであるが、その有利原則の脈絡で述べた部分についても公正審査論が登

場しているので紹介する。以下は、法創造によって事業所協定による一般的労働条件の不利益変更を認めることは、解

約告知保護を奪うことになるのではないかという疑問に対する第三法廷の反論である。

 「契約上の統一規則の法形式の年金規制を変更する事業所の年金協定が、裁判上の公正審査に服する以上、一九六九

年解雇制限法二及び八条による変更解約告知に対する解雇保護の回避は許容できないという論点はありえないというこ

とが判明する。この法改正(六九年)は、解雇保護が変更解約告知の場合において変更の社会的正当性にまで及ぶとい

うことを確認する。しかし結局は、それは公正審査に他ならない。違いは二つの観点において存する。第一に、事業所

協定の場合は、個別的な観点の代りに集団的構成要件が裁判上の審査に供される。これは、この法的性質の場合に抑制

されるべき実情からの確かな結論である。もう一つは、事業所協定に裁量の余地は認容されるべきであり、裁判上の審

査はその余地に応じて制限されるべきであるということである。この法思想はK

SchG

にも異質なものではない。K

SchG

 (二八五二)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四四一

同志社法学 

五九巻六号

三条において、事業所委員会の異議申立てに対する用意がなされており、これを解雇保護訴訟において添えることがで

きる(K

SchG

四条三項)。このことは、立法者の意図によれば事業所委員会の立場は解雇保護手続において考慮される

べきであるということを示している。事業所委員会が事業所の年金協定の締結に際して、すでにその形成期にかかわっ

ており、裁判上の審査がそれに応じて制限されているとしても、それは法律の回避ではありえない。」

 

第三法廷は、上記のように、解約告知保護法上の保護は失われるけれども、それは公正審査によってカバーされるの

であるとしている。

(三)検討

 

第三法廷の判断をまとめれば、以下のようにいうことができる。

 

まず、この判決は、労働協約については自治的な規範であるというところを出発点とする。先に述べたように、労働

協約は内容審査を免れるとするのが通説の立場であり、判例においても同様であった。本判決では、労働協約が受ける

制限として、憲法、強行法規、良俗、労働法の基本原則を挙げている。そして、その根拠に基本法九条三項における制

度的保障及び争議権をもつ協約当事者の強さを挙げる。つまり、労働協約に内容審査が否定される理由は、労働組合は

基本法により保護されていること、争議権をもつ協約当事者である労働組合は、使用者に対して対等性を保った存在で

あることに求められている。

 

一方、事業所協定には、この前提が当てはまらないと第三法廷は主張する。

 

第三法廷は、事業所委員会の構成員が受ける解雇保護を検討した結果、それでは対等性の回復については不十分であ

るとしており、また争議権をもたない事業所委員会は内容審査を免れることはできないと述べている。つまり、労働協

 (二八五三)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四四二

同志社法学 

五九巻六号

約に対して内容審査を否定する根拠たる基本法による保護が事業所協定にはなく、また、争議権をもたない事業所委員

会には、解雇保護があろうとも完全な対等性は認められないと主張するのである。

 

こうして内容審査を肯定した第三法廷は、その基準について言及する。

 

第三法廷によれば、B

etrVG

四九条一項によって裁量権が限界付けられる結果、その逸脱を審査するのであって、信

義誠実、信頼保護を考慮して、個別的な利益衡量が中心となるのではなく、関係する労働者全てのグループへの影響を

審査するのだとしている。そこでは集団的労働関係が意識されている。

 

また、第三法廷は法創造をするにあたり、個別的観点でしか判断し得ない解約告知を集団的に行うことには不都合が

あるとして、集団的な観点から、公正審査を行うべきであると主張している。集団性を重視して公正概念を考えている

と思われる点は、解雇保護が失われるという危惧に対する反論の中で、集団的構成要件が争われるのだとの文言にも見

てとれる。

 

この第三法廷の公正審査論については学説から批判がなされることになった。詳しくは後述するが、問題は内容審査

を肯定したこと、内容審査を肯定した根拠に事業所委員会の非対等性を挙げたこと、内容審査を行うとして、その基準

に「公正」という概念を用いたこと、の三点に集約できるであろう。しかし、この公正審査論は後の判例にも引き継が

れることになり、判例の理論もより緻密に構成されてゆくことになる。

2.一九八一年一二月八日 

第三法廷判決(

42)

 

本判決は企業老齢保障改善法(

43)(B

etrAV

G

)上の年金規則の変更事例である。この判決については詳しくは本節二の一

で紹介するが、公正審査論の総論としても重要な判例であるために、ここで概略を取り上げることにする。

 (二八五四)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四四三

同志社法学 

五九巻六号

 

先の七〇年判決の公正審査論は学説から批判を浴びることになった。それにもかかわらず、判決は公正審査を維持し

ており、さらにその基準の明確化を図ろうとしている。本判決は公正審査を維持するとともに、公正審査には抽象的公

正審査と具体的公正審査という、二段階の審査が行なわれることを明らかにしたものである。

 

また、学説は、「公正」概念は個別的なケースにおける正義を目指す概念であるとして、「公正」概念の使用を批判し

ており、少なくとも「公正」概念による内容審査には疑問を投げかけている。それに対して、本判決は、公正審査か内

容審査かということは単なる用語の問題であるとしている。

 

事案は、合併により労働条件に不統一状態が生じた企業において、中央事業所委員会が年金規制の統一のために事業

所協定を取り結んだところ、これによって従来一般的労働条件により定められていた年金額が削減されることとなった

事業所の事業所委員会が、変更を不公正であるとして、この事業所協定の効力を争ったものである。

(一)

判旨

 

判決は、年金指針は個別契約の内容になっているけれども、同時に集団法的な性格をもっている統一規則として存在

することを指摘し、契約上の統一規則が事業所協定によって労働者に不利にも変更されうるとする判例法(一九七〇年

一月三〇日判決の法創造)を維持すると宣言した上で、「どのような年金規制が事業所及びその従業員の必要を最も正

当に評価するか、それにしたがって新規制が適切だと考え得るかどうかは、事業所パートナーのみが答えうる規制の問

題である。こうして形成された判断(G

estaltungsermessen

)は、より高次の法規範及び公正の原則が介入する限りで

のみ制限されるにすぎない。裁判上の公正審査は、とりわけ事業所協定がすでに存在する法的地位を、労働者の不利に

低下させる場合に要求される。」として、裁判所が公正審査を行うことを確認する。

 (二八五五)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四四四

同志社法学 

五九巻六号

 

そして、公正審査の法的根拠について、公正審査の根拠はBGB三一五条であるとして、それに対する学説の批判(

44)、

すなわち、この規定は個別契約上のものであって、集団的な規定には使用してはならないとの批判に対して以下のよう

に反論をしている。

 「ここで無視し得る純粋な専門用語(公正の代わりに信義誠実、公正審査の代わりに内容審査)の問題を別にすれば、

この批判には根拠がない。BGB三一五条は事業所パートナーの規制権限を直接的に規律するわけではない。けれども

それは事業所組織法においても効力を持つ一般的な法思想の表現である。事業所パートナーも法と公正を守らなければ

ならないということは、B

etrVG

七五条一項一文及び七六条五項三文に示されている。」

 

ついで、以下のように、公正審査には抽象的公正審査と具体的公正審査という二つの審査が存在すると述べる。

 「もちろん、事業所協定の審査には、個別契約上の規制の審査とは異なった基準を必要とするということは正しい。

一般的な、そして抽象的な事業所協定の規範は、不特定の労働者に適用される。したがって、まず一般化した基準によ

り審査されるべきであるだろう。規制目的及びそれを達成するための規制手段が、公正の原則を守るかどうかが問題で

ある。現にある年金の権利への介入に際して、権利をもつ労働者―高齢者の配慮に際して有利な年金規制に適合した―

の信頼保護が適切に考慮されるかどうかを審査するべきである。確かに新規制を全体的に争うことができない場合で、

個々のケースにおいて、規制計画によって意図されえず、不公正だと思われるような効果が展開される場合には、この

抽象的公正審査に、具体的公正審査が続き得る。このような具体的な公正審査は、事業所協定の内容及びその効力を変

更しない。それはいわば苛酷条項(H

ärteklausel

)を付け加えるようなものであるにすぎない。」

 

年金期待権の期待権が実際にどの程度保護されるのかについては、「既に獲得した部分の切り下げは、後になってか

ら労働者から―彼が既に給付をなしたことに対する―反対給付を取り上げるようなものである。それは、非常に特殊な

 (二八五六)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四四五

同志社法学 

五九巻六号

例外としてのみ、許容され得る。立法者は、獲得した年金期待権の部分を―特定の時間的要件のもとで執行し得ないと

みなすものとして―保護に値するものとしており(B

etrAV

G

一条以下)、また使用者の支払不能から保護している

(BetrA

VG

七条以下)。」と述べて、すでに獲得した部分については、非常に例外的な場合にのみ削減され得るということ、

また、それ以外の期待権については、「年金期待権が未だに獲得されたものではなく、債務たる反対給付がもたらされ

ていない限りで、労働者の信頼保護はより厳格ではない基準を求める。」として、「労働者は、企業年金制度は客観的な

理由から変更されるということを当然に予期するべきであろう。」と述べ、客観的な理由があれば変更が可能であると

いう基準を確立した。

 

また、「寄付範囲(

45)(D

otierungsrahmen

)が取るに足りない程度しか拡張されなかったとしても、この規制目的には、

全従業員の集団的な利益がある。」として、規制目的に集団的な利益を認めている。

(二)検討

 

先の七〇年判決は、学説の批判を浴びた。しかし、裁判所は公正審査を維持し、その理論の精緻化を図ろうとする。

学説の批判の一つは、公正概念は個別的な正義を図る概念であり、したがって、BGB三一五条の転用は許されないと

いう点(

46)に

あった。

 

この判決では、公正審査を肯定する根拠について、BGB三一五条、BetrV

G

七五条一項一文及び同法七六条五項三文、

並びに信頼保護が挙げられている。BGB三一五条については、これを一般的な法思想の表現であると捉えることによ

って、本来個別契約レベルのBGB三一五条から、またその具体化としてのB

etrVG

七五条一項一文及び同法七六条五

項三文から公正審査の根拠を導き出している。

 (二八五七)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四四六

同志社法学 

五九巻六号

 

こうして公正審査の根拠を示した上で、この判決は、その審査には抽象的公正審査と具体的公正審査という二段階の

審査があることを明らかしている。これらの審査が具体的にはそれぞれどのような基準で行われているのかという問題

は後述するが、ここでは公正審査には、少なくとも集団的な審査と個別的な審査がなされるという点を確認しておきた

い。集団的な基準で判断される抽象的公正審査が「規制目的及びそれを達成するための規制手段が、公正の原則を守る

かどうか」によって審査されるということは、集団的な正義を目指しているという点を示しており、個別的な正義を目

指しているものとは明確に異なっている点が、先の七〇年判決に続いて重ねて明らかにされている。なお、この判決で

は抽象的公正審査は行なわれたものの、具体的公正審査は行なわれなかった。したがって、具体的公正審査が実際にど

のような基準によって行なわれるのかは、本判決では不明確なままであるが、この点は、後の判例(

47)に

よって明らかにさ

れることとなった。

 

また、判決は期待権の保護の程度についても言及している。年金規則の変更に関して、期待権についてはその期待の

程度により段階付けがなされており、期待権がすでに獲得されたものであれば強く保護され、例外的にのみ変更され得

るとしているのに対して、未だに獲得されているといえない期待権に関しては、より緩やかな基準により変更されうる

としている。

 

さらに、この判決は、どのような規制が適切であるかは事業所パートナーの問題であるとした上で、規制全体を抽象

的公正審査に服させている。そして、使用者の拠出金額がほとんど拡大していなかったとしても、規制目的に全従業員

にとっての集団的な利益があるとしており、結論としても問題となった事業所協定は公正に変更されたとの判断を下し

ている。このことから、少なくとも抽象的公正審査の段階としては、集団的な利益を重視して判断していることが読み

取れる。事業所協定による労働条件が集団的なものであることを意識しており、労使の一定程度の裁量を重視している

 (二八五八)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四四七

同志社法学 

五九巻六号

点、事業所協定の変更については全体の利益を考慮している点に特徴があるといえる。個別的観点とは異なって、集団

的な観点で行われるのが公正審査であると主張している七〇年判決に沿っている判断である。

3.一九八六年八月一六日大法廷決定(

48)

 

集団的有利原則を打ち出した決定であるが、公正審査については判例を維持しており、「集団的有利原則によって事

業所協定の当事者に引かれる限界内においても、労働者の財産に無制限に介入できるわけではない。どのような介入で

あっても、比例原則(G

rundsatz der Verhältnism

ässigkeit

)を維持しなければならない。介入は、措置の目的に厳格に

適している必要があり、また均衡が取れている必要がある。」と述べて、公正審査を行なうことを確認した。

 

この決定では、公正(R

echt und Billigkeit

)という用語は使用されているものの、直接的に公正審査

(Billigkeitskontrolle

)という用語は使用されてはいない。しかし、大法廷はこの比例原則についての言及に続いて、年

金法の分野で確立された、獲得された期待権と、未だ獲得されていない期待権は、その保護の度合が異なるとする第三

法廷の確立した原則について言及し、その枠組みを維持することを表明している。したがって、公正審査に関する従来

の態度を明確に変更するようなものだと評価するべきではない(

49)。

4.一九八七年三月一七日 

第三法廷判決(

50)

 

本判決もB

etrAV

G

上の年金規則の変更事例である。この判決についても、詳細は本節二の二において公正審査の基準

を検討する際に紹介するが、ここでは、抽象的公正審査の一適用場面である他に、先の一九八一年一二月八日判決にお

いて示された具体的公正審査の審査基準が示された事例(

51)と

して、公正審査についての一般論を述べた部分を紹介する。

 (二八五九)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四四八

同志社法学 

五九巻六号

(一)判旨

 

判決はまず、公正審査行うこと、比例原則が守られなければならないことを以下のように述べて確認する。

 「原則的に事業所協定を自ら変更するための事業所パートナーの権限は、原告には保護がないであろうということを

意味しない。財産は、法と公正の限界内においてのみ削減されうるのである」。「当法廷は、確立した判例によって事業

所協定は、それが既に根拠付けられた権利を制限するかぎりで、公正審査に服するという判断を下す。大法廷はこの確

立した判例を一九八六年九月一六日の決定において確認した。大法廷は、事業所協定は、労働者の財産権が事業所協定

によって根拠付けられたものであっても、労働者の財産権に無制限に介入してはならないということを明確に示したの

である。切り下げは、とりわけ比例原則、つまり措置の目的に応じたものであり、適切、必要かつ釣り合ったものでな

ければならない。一方では変更理由、他方では当事者たる労働者の財産保護利益の衡量が要求される。年金の期待権に

際して、とりわけ獲得された部分と、未だに獲得されていない部分とが区別される必要がある」。

 

そして「年金財産及び,相当する介入のために必要な変更理由は,以下のように段階付けられる。a.既に獲得され

た、B

ertAV

G

二条の原則によって算出された金額の部分は、例外的に稀な場合にのみ削減され得る。b.変動する算出

要因から生じる増加は、それが時間的につりあって獲得されている限り、重大な理由によってのみ削減され得る。c.

未だに獲得されていない増加率への介入は、実質的な理由があれば許される(

52)。」

と述べて、年金規則については期待権

を三区分することを表明する。

 

判決は、このような区分にしたがえば、本件の年金規則変更は、年金期待権のすでに獲得された部分に介入(

53)す

るもの

であり、変更に重大な理由が必要であるとした上で、被告の挙げた変更理由が重大な理由にあたるかどうかが検討され

なければならないとする。判決は、被告がいくつか挙げた変更理由の中で、最終的には、本件年金規則変更は、経済的

 (二八六〇)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四四九

同志社法学 

五九巻六号

理由、それも将来的な危険に過ぎないと認定し、本件においては、このような経済的理由では重大な理由として認める

ことはできず、信頼保護のために一定程度の経過期間が必要であるから、抽象的公正審査として不公正な変更の可能性

があるとして、事実確認のために差戻しを行っている。

(二)検討

 

本判決は、法的根拠については先の大法廷判決を引用している。また年金期待権についてはその期待の強さから三区

分し、それぞれに応じた変更理由を求めるとともに、八一年判決において述べられた具体的公正審査をも行った判決で

ある。

 

この判決でも、公正審査を行うに際しては比例性の原則が前提とされているが、この原則の具体化として、年金給付

期待権の強度に応じて三つに区分される介入形態ごとに、それに応じる理由を必要とすると示している点は重要であろ

う。公正審査の基準として後述するが、第二類型において必要とされる「重要な理由」の存否に際して、変更理由に関

して踏み込んだ審査を行い、変更の必要性についてこれを十分ではないと判断した本判決は、他の判決と比べ比較的詳

細な検討を行っており、公正審査をより実質的に行った判決であると評価できる。本判決の行った公正審査は相当程度

介入的であって、この点については疑問がないではないが、公正審査の枠組みそのものとしては、これまでの判例の集

大成的な判断ということができる。

5 

近年の判例

 

なお、近年の判例(

54)で

は、公正審査という語を使用せずに適法審査という用語を使用しているものが多い。しかし、こ

 (二八六一)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四五〇

同志社法学 

五九巻六号

れをもって、裁判所が、学説から批判を受ける「公正審査」から、「適法審査」へと移行したとみるべきではないだろう。

確かに、裁判所は、規制全体への審査(抽象的公正審査)の場面では「公正審査」との用語の使用を避ける傾向にある。

しかし、特定労働者へ特に過酷な損害が発生しているかどうかの審査(具体的公正審査)の場面では、やはり「公正審

査」という用語を使用している。さらに、以下でみるように事業所協定変更に際しての裁判所の判断枠組みにも変化は

なく、裁判所は、なお公正審査を維持していると考えるべきである。

6 

小括

 

事業所協定に対する公正審査は、そもそも七〇年判決において、一般的労働条件、すなわち契約上の労働条件を事業

所協定で変更する際に、有利原則を否定することによって失われる個別的次元の労働者保護を、公正審査という名の裁

判所の審査に服させることによって集団的な次元での労働者保護を達成しようとして、試みられてきたものであった。

 

この公正審査の法的根拠に関する七〇年判決の主張は、要するに、協約と異なって憲法上の保障や争議権をもたない

事業所委員会は、非対等状況から完全に逃れられていないのであるから、事業所協定は内容審査を免れないものである

とし、具体的には信義誠実、信頼保護を根拠として、集団的な観点からの審査が行われるとするものであった。しかし、

肯定される内容審査が、なぜ「公正審査」であるのかについては、必ずしも明確に説明されていなかった。

 

その後、公正審査論は八一年判決においてより緻密に展開された。そこでは、BGB三一五条、及びその具体化とし

てのB

etrVG

七五条一項一文及び同法七六条五項三文を用いて公正審査の法的根拠を説明していた。詳しくは学説を紹

介した後で検討するが、事業所委員会が非対等状況の回復に完全には成功していないとする裁判所の見解を前提とすれ

ば、BGB三一五条は法的根拠としては十分な説得力をもつと思われる(

55)。

また、同判決において、公正審査は二段階審

 (二八六二)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四五一

同志社法学 

五九巻六号

査であることが明らかにされたことで、公正審査は、少なくともその抽象的審査については集団的観点から行われる審

査であるとの側面がより明確に示されることになった。しかし、本判決は、内容審査と公正審査の区別については用語

の問題であるとするなど、法的根拠についての学説の批判の全てに答えているとまではいえるものではなかった。

 

八六年の大法廷判決は、「公正審査」という語の直接的な使用を避け、比例原則を強調したものの、基本的には従来

の枠組みを踏襲した。また近年の判例には「適法審査」という用語を使用しているものも見受けられる。このことは、

事業所協定に対して行われる審査は公正審査か内容審査か、あるいはそれ以外の審査であるのかという争いに関して、

裁判所が学説の批判を受け入れつつあると評価し得るかもしれない。しかし、具体的公正審査の場面では、やはり「公

正審査」との語は使用されており、判例の基本的な判断枠組みに変更はないものと思われる。

 

大法廷の判断が下されたことで、以後の判例では法的根拠についてはそれほど詳しく論じられなくなってきており、

大法廷の示した比例原則が、裁判所によって行われる公正審査の中心的な地位を占めるようになってくる。

 

なお、比例原則(

56)と

は、憲法上、立法者が基本権行使を制限する際に求められる立法者への制限であって、「①国家の

追及する目的が、それ自体追求することが許されるものであること。②国家の講じる手段が、それ自体講じることが許

されるものであること。③講じる手段が目的達成のために適合的な(geeignet

)ものであること。④講じる手段が目的

達成のために不可欠な(notw

endig

)ものであること。」を要求する原則であり、さらに狭義の比例性として、「介入な

いし各人にとっての介入を意味する干渉と、介入によって追求される目的とが相互に正確に査定され均衡の取れた関係

に立たなければならない」という制限を課す原則であるとされる。判決で問題とされているのは、この狭義の比例性を

中心としていると考えてよい。

 (二八六三)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四五二

同志社法学 

五九巻六号

二 

公正審査の基準に関する判例

 

事業所協定は裁判所の審査に服するとの点で、判例には揺らぎはない。しかし、この審査が果たして「公正審査」で

あるのか、「内容審査」であるのかについては、用語の問題であると述べた判決もあり、近年は「適法審査」との用語

を使用している判例もあって、裁判所がどこまで意識しているのかは定かではない。そこで、以下では裁判所が事業所

協定の内容に対してどのような介入を行っているのかを明らかにすることにより、裁判所の行っている審査の実体を明

確化するため、公正審査の基準として、抽象的公正審査、具体的公正審査それぞれの適用例を検討する。実例としては、

企業老齢保障改善法(B

etrAV

G

)に関する判例に、公正審査のいくつかの適用例があるので、これを取り上げていくこ

ととする。

 

なお、以降の判例で問題となる年金給付期待権についての考え方を簡単に説明しておきたい。判例は、繰り返し比例

原則と信頼保護について言及しており、基本的に年金給付期待権については労働者の持つ信頼を保護すべきであるが、

これはその部分ごとに保護すべき信頼の強度が異なるため、これによって保護の必要性が異なると考えている。すでに

獲得された年金期待権はその保護の必要性が強く、未だに獲得されていない年金期待権はその保護の必要性が低いとさ

れ、最も強く保護されるのは、獲得された期待権の中でも、B

etrAV

G

二条の計算式により算出される部分であり、この

部分は没収不能の期待権(unverfallbaren A

nwartchaft

)と呼ばれる。本来、B

etrAV

G

二条は、使用者の経済的事情など

による、約束された手当ての支払不能に対して保護される範囲を定めた条文であるが、この範囲が強く保護されるとの

考え方は、年金規則の変更の場合でも異ならない(

57)と

示されている。

 

一方、このような没収不能の期待権に対しても介入し得る非常に強い変更理由となるのが、超過手当てについての法

理である。この法理は、本来年金規則が維持しようとした給付水準が、いわば行為基礎の喪失のように予測し得ない外

 (二八六四)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四五三

同志社法学 

五九巻六号

的な要因によって、過剰に上昇した場合に、この過剰部分については保護されるべき信頼がないとして、切り下げを認

めるというものである。

 

ドイツの企業年金制度(

58)は

、社会保険による年金の補完的な役割を担うものであり、退職後の労働者の老後保障である

との考え方が強く現れているようであり、紹介する判例も社会保険年金との関係で問題が生じているものが多い。

1 

一九八一年一二月八日 

第三法廷判決(

59)

(一)事実の概要

 

本件は、一八の事業所からなる企業とその中央事業所委員会が取り結んだ企業レベルでの年金規制の統一のための事

業所協定を、それによって労働条件が引き下げられることになった事業所の事業所委員会が不公正な不利益変更である

として訴えた事例である。

 

この企業では合併によって労働条件に不統一状態が生じており、被申立て人及び参加者たる中央事業所委員会は、申

立て人たる事業所委員会の事業所において一九六八年一月一日から適用されていた年金規制(

60)を

、一九七八年一二月一八

日の事業所協定(

61)に

よってその計算方法を変更したが、問題になったのは次の二点である。すなわち、①年金計算の基礎

となる収入を、退職時の収入から、一九七七年一二月三一日の収入に変更したことによる、期待しうる増加分の低下(新

規定二号)、②年金支給額の内、退職時の手取り収入の一〇〇%を超える年金額の削減(新規定三号)、の二点である。

②については経過措置(男性五三歳・女性四八歳未満の労働者へ適用することになっていた)が存在する。

 

本件で申立て人が主張したのは、中央事業所委員会では、公正な利益代表ができないこと、①及び②が既得の権利、

あるいは没収不能の期待権を侵害するものであることであり、無効であること。また予備的に、少なくとも②の点につ

 (二八六五)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四五四

同志社法学 

五九巻六号

いて不公正な変更であることによる無効であることである。

(二)判旨

⑴ 

中央事業所委員会の事業所協定締結権限について

 

中央事業所委員会に協定締結権限があることを裁判所は認め、公正に利益代表がなしうると述べた。そして、このよ

うな少数の利益と多数の利益との対立は、中央事業所委員会に限って生じる問題ではないとして、「個別事業所委員会

の権限内でも、財産上の不利益はしばしば少数グループだけにかかわり、それゆえ事業所委員会の意思形成に際してお

そらく弱い影響しか与えられないという問題が生じる。B

etrVG

は事業所パートナーが、少数者の利益をも適切に代表

するであろうことを信頼している。そして事業所における全ての従業員が、法と公正の原則によって取り扱われること

を義務付けている。裁判上の公正審査はこの義務が満たされることを保障している。」と述べる。このことは、公正審

査は少数グループの受ける不利益をも適切に考慮することが求められるとの見解を裁判所が持っていることを意味する

だろう。

⑵ 

公正審査についての一般論

 

判決は、旧年金規則の法的性格を「年金指針は個別契約の内容になっているけれども、契約法上のものとして完全に

把握しえるものであるというより、むしろ集団法的な性格をもつ統一規則として存在する。」として、一般的労働条件

であったことを認め、「契約上の統一規則が事業所協定によって労働者に不利にも変更されうる」とする判例法(一九

七〇年一月三〇日判決の法創造)を維持すると宣言する。

 

また、二段階審査については、以下のように述べる。

 (二八六六)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四五五

同志社法学 

五九巻六号

 「もちろん、事業所協定の審査には、個別契約上の規制の審査とは異なった基準を必要とするということは正しい。

一般的な、そして抽象的な事業所協定の規範は、不特定の労働者に適用される。したがって、まず一般化した基準によ

り審査されるべきであるだろう。規制目的及びそれを達成するための規制手段は、公正の原則を守るかどうかが問題で

ある。現にある年金の権利への介入に際して、権利をもつ労働者―高齢者の配慮に際して有利な年金規制に適合した―

の信頼保護が適切に考慮されるかどうかを審査するべきである。確かに新規制を全体的に争うことができない場合で、

個々のケースにおいて、規制計画によって意図されえず、不公正だと思われるような効果が展開される場合、この抽象

的公正審査に、具体的公正審査が続き得る。このような具体的な公正審査は、事業所協定の内容及びその効力を変更し

ない。それはいわば苛酷条項を付け加えるようなものであるにすぎない。」

 

なお、この判決において公正審査の法的根拠を述べた部分については、本節一の二参照のこと。

⑶ 

公正審査の基準に関する一般論

 

判決は、この事業所協定の変更が、特定の労働者に対する例外的に過酷な引き下げにあたりうるかどうかとの脈絡に

おいて、「一般的規制は考えられる限りの全ての特例を予見することはできないし、考慮し得ない。それゆえ、抽象的

な公正審査もあまりに広く拡張すべきではない。」として、「万が一、個別の事情においてすでに獲得された財産への不

公正な侵害が生じているならば、それは過酷規制によって対処されるべきである。」と述べ、抽象的公正審査の態度を

明確にした上で、獲得された期待権と期待しうる増加分では保護の度合は異なり、B

etrAV

G

一条、二条、七条以下の

保護(

62)を

考慮すれば、すでに獲得されている期待権部分についてこれを不利益に変更することは、非常に特殊な例外とし

てしか許容し得ないという結論が導き出されるとする。理由として、企業年金も労働契約による反対給付としての性質

があり、すでに獲得した期待権の切り下げは、すでに労働者が給付をなしてから、後になって反対給付を取り上げるよ

 (二八六七)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四五六

同志社法学 

五九巻六号

うなものであるとの点を挙げる。

 

一方、すでに獲得されているといえない期待権については、労働条件は硬直化してはならないのであって、正当な理

由があれば変更され得るとし、この点についての公正審査の基準について、以下のように述べている。

 「使用者あるいは事業所パートナーを動機付け、年金制度の変更をさせる実質的な理由が審査されなければならない。

それは、関与する労働者が受け入れるべき削減に対して、衡量されなくてはならない。本件においては、確定した財産

状態ではなく年金計画への介入が問題になるので、利益衡量に際し、労働者の側ではその年齢と、切り下げの程度が重

要になる。年金計画の修正は、個々の年金権利者にとっては、年金の低下に年齢が接近すればするほど、そして新規制

によって作られる年金の削減分が大きければ大きいほど、とても困難となる。つまり、財産規則は原則的に権利者の年

齢を適切に考慮しなければならない。」

⑷ 

本事案、財産規制三号(事実②の引き下げ)に関する公正審査

 

事実②について、裁判所が述べたところを要約すれば、以下のようになる。

 

財産規制の三号は、あらゆる年金の限界をあらゆる労働者にもたらすものであり、既に獲得された財産(erdiente

Besitzstände

)にも介入する。けれどもその介入は、適切なものであり、事業所パートナーは不公正な規制をなしては

いない。

 

従来の年金規制は、現役労働者が支払う税・社会保障負担を考慮して、最高限度額を、手取りではなく総収入の八〇

〜八五%と定めていた。しかし、その後の予見不可能な税・社会保障負担の増大により、この最高限度額によっては現

役時代の収入を、退職後の収入が上回るという事態が起こった。これにより、高齢で就業している労働者にとって、退

職したほうが収入が多いという事態を招くことが考えられる。このような事情による最高限度額設定が維持されること

 (二八六八)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四五七

同志社法学 

五九巻六号

を、労働者は期待し得ないものと言わざるを得ず、この点では信頼保護思想はあまり重要にはならない。

⑸ 

本事案、財産規制二号(事実①の引き下げ)に関する公正審査

 

判決によれば、規制目的には集団的な利益というものが認められる。すなわち、新たな規制は一部労働者には不利益

になる部分もあるが、事業所パートナーは、それまで年金規制の適用外にあり、年金の支給されない、あるいはより低

額な年金しか期待しえない労働者のいる事業所に対しても統一的に年金規則の効力を及ぼそうとしたものであるから、

その規制目的は現存の年金規制の構造を拡張しようとしたものであると認められ、「寄付範囲(D

otierungsrahmen (

63))

取るに足りない程度しか拡張されなかったとしても、この規制目的には、全従業員の集団的な利益がある」と述べるの

である。しかし一方で判決は、「この統一的な利益は、個々の事業所における現存の年金規則が、そのために将来に向

かって保障なく削除されてかまわないほどに、非常に重大なものであるわけではない。『公正』のためには、適切な経

過期間が予定され、とりわけ年金計画が高齢の労働者及び職員を苦しませないようにする必要がある。」として、労働

者の受ける不利益がどの程度のものか、年齢は適切に考慮されているのかを、以下のように検討している。

 

新規制と旧規定を比べれば、年金計算の基礎となる賃金額を一九七七年一二月三一日の時点で凍結するという点で、

期待しうる年金の増加率が約三分の一程度まで減少することが認められ、ここに労働者に対する不利益が存する。しか

しながら、事業所パートナーは企業単位の事業所協定の締結の前にこの不利益について検討しており、新規制の年金額

の算出方式によれば、一定の高齢労働者に支給される年金額は、増加率の減少にも関わらず、総額として旧規定よりも

高額になるような計算を行っていること、さらに新規制について経過措置を設け、一〇年から一四年で定年を迎えるこ

ととなる労働者が不利益を被ることのないようにしていることなどを考慮すれば、労働者の受ける不利益については、

年齢が適切に考慮されていたものと認めるべきである。

 (二八六九)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四五八

同志社法学 

五九巻六号

(三)検討

 

本件は、複数の事業所を持つ企業が、合併により事業所間に不均衡状態の生じている年金規制を中央事業所委員会と

の事業所協定によって統一したのであるが、これによって条件の悪化する事業所の事業所委員会が、この企業単位の事

業所協定の効力を争ったものである。

 

本件企業単位の事業所協定による労働条件の変更は、公正審査を受ける。そこで問題になった引き下げは、事実の概

要にあるように、①年金増加率の低下、②手取り収入の一〇〇%を超える年金額の削減、の二点である。

 

法的根拠に関する判例として取り上げた通り、この判決では、公正審査の実定法上の根拠として、BGB三一五条、

BetrV

G

七五条一項一文及び同法七六条五項三文が挙げられている。また、公正審査には抽象的公正審査と具体的公正

審査という二段階の審査があることが明らかになった。しかし、本判決においては具体的公正審査はなされなかったの

で、ここでの公正審査はすべて抽象的公正審査としてなされており、抽象的公正審査は、変更の実質的な理由と労働者

側の年齢を考慮した期待権侵害の程度を基準とすべきであると判示されている。

 

判決は、公正審査に際して信頼保護思想を重視して、労働者の不利益を、獲得された期待権にかかる部分と、未だに

獲得されていない期待権にかかる部分とを区別(

64)し

ているが、この判決で獲得された期待権にかかる部分と表現されてい

る部分は、B

etrAV

G

二条の計算式によって導き出される範囲内の部分(

65)で

ある。本判決においては、すでに獲得された期

待権については、非常に特殊な例外としてのみ、削減が許されることになるとされるが、本件事実②の削減は、まさに

そのような特殊な事例であったとされた。事実②は、その事業所の年金計画(

66)に

反して生じてしまった、退職時の手取り

賃金の一〇〇%を超えて支給されることになる部分を引き下げようとするものであるが、この原因が当事者の予測し得

ない外部的なもの(社会保障法、税法の改正)であり、支給の前提条件の崩れる、いわば行為基礎の喪失に近い事例で

 (二八七〇)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四五九

同志社法学 

五九巻六号

あって、経過措置が存在することもあり、公正な変更であると解されたものである。後の判決もこの考え方を踏襲して

おり、これが、超過手当てについての法理として確立されてゆく。本件では、この年金規則が、そもそも労働者の退職

時の収入をそのまま確保しようとしたとの趣旨が重要視された。

 

このように、上記事実②の引き下げについては、保護すべき労働者の信頼がないと判断された。労働者の信頼が保護

に値する場合には、どのように判断されるのかは、次の事実①の引き下げについての公正審査で明らかとなる。

 

本判決における事実①の引き下げについての公正審査は、公正の原則を、とりわけ信頼保護思想を守っているかどう

かとの観点にしたがって行われている。この事実①の削減については、将来的な年金の増加分であるから、確定期待権

ではない、未だ獲得していない部分の削減ということになり、より緩やかな基準で審査されることとなる。

 

変更の必要性については、事業所委員会に裁量の幅があるとした上で、規制の目的に集団的な利益があるとして、変

更の必要性を認めている。一方で、変更の必要性と比較される労働者の受ける不利益であるが、年齢が適切に考慮され

ていたといえるかどうかを中心に判断し、結果として事実上の経過措置の存在を挙げて、公正な変更であると判断して

いる。

 

このような判断に至る前提には、本判決が、公正審査は二段階で審査されるとの立場を表明した上で、第一段階の抽

象的公正審査を行った事例であるという点を挙げることができよう。抽象的公正審査は規制全体の公正判断を行うもの

であるから、変更の必要性、労働者の受ける不利益の比較衡量についても、集団的観点から審査することになるが、こ

うした観点からみると、変更の必要性を検討するにあたり、多数労働者が同意しているということそのものを尊重して

いくこと、すなわち変更目的そのものに集団的な利益があると判断していくことは、自然な結論であろうと思われる。

 

労働者の受ける不利益についても、個別の不利益は重要視されていない。本件変更が労働者に対してどの程度不利益

 (二八七一)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四六〇

同志社法学 

五九巻六号

を与えるのかという点が検討されているが、そこでの審査は、年齢が適切に考慮されているか否かという点が中心であ

る。事業所パートナーに、労働条件を引き下げうる一定の裁量があることを前提にしていることが読み取れる判断であ

り、後の八七年判決に比べると、形式的な審査であるといえるであろう。

 

したがって、この判決の公正審査へのスタンスは、適切な年金規制を導けるのは事業所パートナーであると述べてい

ること、変更目的そのものに集団的な利益を認めていることなどから、事業所パートナーの裁量権を重視するものであ

るといえよう。

2 

一九八七年三月一七日 

第三法廷判決(

67)

(一)事実の概要

 

本件で問題となった事業所においては、年金支給を定めた年金規則が事業所協定をもって締結されていた。その内容

は、年金支給までの待機期間が一〇年であり、社会保険年金を通算して最終二四ヶ月の総収入の平均値の五〇%を支給

する、待機期間の満了後一年ごとに一%づつ、最大七五%にまで増加する、というものであった。事業所パートナーは、

この年金規則を、最終二四ヶ月の総収入の平均値の、社会保険給付最高限度額までの部分は一年ごとに〇・七%、それ

を超える部分は一・二%を、社会保険年金とは切り離して支給するという内容に変更し、一定の者の適用除外と、新規

制の適用下にあり、それによって不利益を受ける者へ年金調整金の支給を内容とする事業所協定を締結した。しかし、

この変更に際しては、勤続一〇年未満の者には年金調整金は支給されることがなかった。本件は、勤続一〇年未満であ

り、年金調整金の支給されないこの事業所の女性労働者である原告が、この変更を不服として訴えた事例である。裁判

所は使用者側の主張を認めずに破棄差し戻しを行っており、実質的には原告側の主張が認められた事例といえる。

 (二八七二)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四六一

同志社法学 

五九巻六号

(二)判旨

⑴ 

抽象的公正審査

 

判決はまず、公正審査を行うに際して大法廷の挙げた比例原則、すなわち、切り下げは、措置の目的に応じたもので

あって、適切であり、必要かつ釣り合ったものでなければならないことを確認する。そして、「変更する事業所協定が

年金期待権の切り下げを行なう場合には、それは公正審査に服する。変更理由が、関係する労働者の財産保護利益に対

して衡量されなければならない。財産への介入が強ければ強いほど、よりいっそう重要な変更理由が必要となるのであ

る。」「年金財産及び,相当する介入のために必要な変更理由は,以下のように段階付けられる。a.既に獲得された、

BertA

VG

二条の原則によって算出された金額の部分は、例外的に稀な場合にのみ削減され得る。b.変動する算出要因

から生じる増加は、それが時間的につりあって獲得されている限り、重大な理由によってのみ削減され得る。c.未だ

に獲得されていない増加率への介入は、実質的な理由があれば許される(

68)。」

と述べて、年金規則については財産への介

入の強さに応じてより重要な変更理由が求められること、その具体化として期待権を三区分し、それぞれに異なった理

由を求めることを表明する。

 

特に、第二類型⒝についても、獲得された期待権と呼ぶべきであるとして、次のように述べる。

 「最も強く保護されるものは、新規制の発効に際して、すでに獲得してある部分であり、B

etrAV

G

二条によって時間

比例的な算出の原則によって生じた年金期待権の金額部分である。この金額部分に関する引き下げは、めったにない特

例としてのみ許される。」「没収不能の年金期待権とはB

etrAV

Gの二条五項による配分基礎の変更が考慮されないままで

あるような一定の金額のみをいう。」

 「上昇する年金の必要から生ずる期待権の相当する価値の増大は、それがすでに獲得された期待権部分に分配される

 (二八七三)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四六二

同志社法学 

五九巻六号

限りで、同様に獲得された財産に属する。年金期待権の獲得された部分は、大法廷も明確に認めるように、信頼保護に

値し強くなる。それは重大な理由からのみ取り消され得る。」

 

以上のように、この区分による第一類型⒜だけでなく、第二類型⒝についてもすでに獲得された期待権部分と言える

として、本件切り下げは年金期待権のすでに獲得された部分に介入するものであるとする。したがって第二類型への介

入である本件変更については重大な理由が必要であるとし、被告の挙げた変更理由が重大な理由にあたるかどうかを検

討している(

69)。

 

被告は、労働者側が年金システムの変更を望んだのであると主張した。旧規定は賃金の高い労働者により多くの企業

年金が支給されるようなシステムになっており、このシステムの変更を労働者側が望んだということこそ、変更理由の

一つであると主張しているのであるが、裁判所は以下のように述べてこれを重要視しなかった。

 

被告の主張によれば、旧年金規則は事業所の構成員や事業所委員会から、社会保険年金の支給額が低い労働者が有利

になる点、収入の高い労働者が収入の低い労働者より有利になる点で、批判を受けたのであり、それが変更理由の一つ

である。旧規則は社会保険年金と通算して一定額を支給するというシステムを取るため、結果として、長期間事業所に

おいて就業していても、高い社会保険年金を受ける労働者に対し、比較的わずかな事業所年金を支給することになる一

方で、待機期間を満了しさえすれば、基礎年金額が低い労働者に対し、比較的高額な事業所年金を支給することになっ

てしまう。同様に、社会保険給付の最高限度額を上回る収入を持っている労働者に対して、これを下回る労働者よりも

高額の事業所年金が支給されることになってしまう。しかし、これに対して原告が、被告が主張しているのは単に旧規

則の特殊性であり、別段不合理性ではないと主張しているが、これは正当な主張である。新たな規則が交換思想を中心

としたものであるのに対して、旧年金規則は、個人の年金の必要性を前面に出したものであるに過ぎないのである。

 (二八七四)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四六三

同志社法学 

五九巻六号

 「この考察は、変更する事業所協定による年金システムの変更が不可能になるということを意味するものではない。

分配原則の妥当性に対する観念は変化し、事業所パートナーはそれを考慮せざるを得ない。したがって、年金システム

に対する争いは増大するように思われる。しかし、当事者の弁論に、年金財産へ介入する必要のあるシステムの変更は、

緊急になされなければならないので、年金期待権の獲得した部分すら保障することができないという事情を見出すこと

ができない。仮に、これまでに通用してきていた年金システムの放棄を要求しているのが事業所委員会であったとする

被告の主張が確認されたとしても、それはPV(新年金規則)一八条による年金調整金を、あらゆる期待権の保持者に

帰属させるのだと理解されるであろう。どんな理由がそれを妨げるのか、これまでに明らかになっていない。」

 

こうして裁判所は、変更について労働者側が望んだのであれば、あらゆる労働者に年金調整金が支払われるべきであ

るとし、労働者が望んだということは変更の主要な原因ではないと位置付ける。

 

そして、変更理由は結局のところ、被告の主張の一端にも見られるように、経済的理由であろうと推測している。

 

被告は年金適合法によって、法的年金が引き下げられた結果、予見し得ない超過費用が発生していると主張した。し

かし、これまでの法的年金支給額が上昇してきた場面では、被告はその上昇分を事業所年金の負担の軽減分として、旧

規定の有利性を享受してきており、社会保険法上の発展による負担の増大を、社会保険がもっぱら被告に有利にならな

くなったら直ちに変更しようとすることは、重大な理由によるものとして認めることはできず、変更のためには労働者

の信頼保護のために一定程度の経過期間が必要である。その経過期間をおけないほどに被告が切迫していたなら、重要

な理由になりうるかもしれないが、事実審においてそのような被告の経済的苦境の証明は為されていない。

 

以上のように述べて、裁判所は、抽象的公正審査として本件変更理由では充分ではないと判断している。

⑵ 

具体的公正審査

 (二八七五)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四六四

同志社法学 

五九巻六号

 

本件年金規則の改定が、抽象的には公正であるとみなされたとしてもなお、原告にとって特殊な事情があれば、具体

的な公正審査がなされなければならないとして、判例は以下のようにいう。

 「一九八〇年九月三〇日のPVは抽象的審査に耐える場合、つまり、現にある変更理由に基づいて、意図した方法で

現存の財産を削減し得る場合でさえ、原告の場合においてはさらに具体的公正審査が続けて行なわれなければならない

ということが前提とされる。」

 「原告は、旧年金の廃止が自身については異例の過酷な結果となったと主張した。彼女は、被告のコンツェルンで仕

事をし始めたときは手工業事業所においてその家族と共働きをしており、社会保険に加入していなかった。それによっ

て制限された彼女の老齢年金の不備を、彼女は被告の全事業所システムによって少なくとも部分的に補充しようとした

のであろう。それが、労働契約締結の決定的な理由であったのかもしれない。

 

原告の主張が正しいとすれば、実際に彼女は全事業所年金の維持に特別な利益を持つ労働者に属することになる。し

かし、そのことが直ちに過酷なケースの認定を正当化するわけではない。それを超えてどのように原告の老齢年金が総

体として現れるかが問題である。社会保険に加入していない共働きの家族の一員は、それでもやはりその加齢に対して

備える必要があるし、備えることができる。したがって、どの程度不利益が生じたのかが審査される必要がある。」

 

以上のようにして、判決は具体的公正審査としても、事実審の審査は不十分であるとした。

(三)検討

⑴ 

抽象的公正審査について

 

本件は破棄差し戻しの事例であるが、実質的には労働者の訴えが認められた事例である。

 (二八七六)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四六五

同志社法学 

五九巻六号

 

本件でも公正審査は比例原則により行われるとされているが、さらに、財産への介入程度が強ければ強いほどより重

要な変更理由が必要になると述べられており、比例原則は、具体的には事業所協定の変更に際しては変更理由と、労働

者の受ける不利益との比較衡量として作用するとの見解を示していると考えられる。その後の年金期待権の区分と、こ

れに応じて求められる変更理由の類型化は、この比較衡量の実質化といえよう。

 

この類型化であるが、八一年判決においては、すでに獲得された期待権と未だに獲得されていない期待権とに二分さ

れていたが、本判決は年金期待権を三区分し、第一類型、第二類型ともに獲得された期待権であるとして、第一類型に

ついては特にこれを没収不能の期待権と呼んでいる。

 

使用者側の主張する変更理由は、事業所委員会が変更を望んだもので、これに応じようとしたものであること、超過

手当てを切り下げる必要があったこと、支給金額が増大した結果、長期的には年金財政が破綻するであろうと予測され

ること、の三点であった。

 

このうち、本件変更が超過手当てに対する切り下げであるとの主張に関しては、裁判所はこれを認めなかった。した

がって、それ以外の理由が、主として第二類型への侵害であるとされる本件変更の「重要な理由」と認められるか否か

が問題となった。

 

裁判所は、変更の必要性について詳細に検討した結果、本件変更は結局のところ経費削減の問題、すなわち従業員全

員の利益ではなく、被告の利益が問題なのであるという。そして、経費削減が理由であるとすると、緊急の経営上の必

要が主張されていない本件においては―長期的には本件年金システムを維持できないことは主張されていたが、差し迫

った経営上の危険は主張されていなかった―「重要な理由」であると評価できないとして、被告の主張を認めなかった。

 

事業所パートナーこそが、適切な年金システムを構築することができるのであって、裁判所はその権限の逸脱を審査

 (二八七七)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四六六

同志社法学 

五九巻六号

するとの視点から判断を行っている先の八一年判決と比べると、本判決は、変更理由を詳細に検討し、結果として長期

的な経済上の理由のみを変更理由として認めており、より実体的な審査をなしているものといえる。その意味で、事業

所委員会の裁量権をより狭く捉えていると考えざるをえないように思われる。

 

このような年金期待権の三区分は、これ以降の判例においても使用されることになる(

70)。

⑵ 

具体的公正審査について

 

本件は、具体的公正審査を実際に行っている判決でもある。

 

すでに過去の判例において、具体的公正審査とは、個別的ケースにおいて規制計画によって意図されていない不公正

が生じている場合に行われる審査であって、事業所協定そのものの効力には影響を及ぼさずに、過酷条項を付け加える

ような効果をもつ(

71)と

の説明が行われてきた。本件において行われている具体的公正審査は、まさにそのようなものであ

り、規制全体に対する抽象的公正審査に続いて行われる、個別的観点からなされる審査である。

 

本件においては、原告はこれまで社会保険に加入していない労働者であったが、被告の事業所の年金規則は、社会保

険と通算して一定の年金を支給すると定められていたので、社会保険として給付される金額の少ない原告にとっては、

大きな利益をうけるシステムであった。一方で、新たな年金規則は、社会保険年金とは切り離して企業年金が支給され

ると定めているので、原告は他の労働者に比べて非常に大きな不利益を受ける立場にあった。

 

つまり、旧年金規則は、社会保険年金と通算して、現役時代の総収入の五〇%から七五%の額を支給するというもの

であり、何らかの理由で社会保険年金受給額が少ない労働者にとっては、足りない社会保険年金部分をも補填してくれ

る大変有利な制度である。しかし、新たな年金規則は、社会保険年金と切り離して企業年金を支給することにしたため

に、こうした補填部分がなくなってしまった。したがって、社会保険年金の受給が期待しうる労働者と、これを期待し

 (二八七八)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四六七

同志社法学 

五九巻六号

得ない労働者との間では、この年金規則の変更による不利益は、大きく異なるのである。このような旧年金規則の特殊

性は、原告労働者にとっては大変有利に働くものであり、裁判所は、このような年金規則の存在が、原告の労働契約締

結の決定的な理由であった可能性があると指摘している。

 

裁判所は、以上のような状況下においては、年金規則の改定は、具体的公正審査として原告に対して不公正であると

評価する余地があるけれども、原告の損害額などが確定していないとして、この点についても原審に差し戻している。

 

本件においては、原告が受け取りうる社会保険年金の額が不明であるため、原告の損害額もわからない。しかし、原

告が特殊な地位にあったことは十分に推察できるし、規制そのものの目的―年金システムの変更―の範囲外で生じてい

る損害であると考えられるために、具体的公正審査としても救済される余地があるとの結論が導かれたのであろう。

 

なお、本件において実際に行われた具体的公正審査は、日本で論議されている相対的無効論(

72)と

よく似ているが、経過

措置の問題として捕らえられているわけではない。本事案では年金調整金―事実上の経過措置であると考えてよいと思

われる―の不支給に伴う損害は、抽象的公正審査においても審査されていたのである。具体的公正審査とは、あくまで、

規制全体の目的の範囲外で生じてしまった不測の侵害に対して、規制全体は公正であるから規制の有効性は左右されな

いが、一部労働者にとっては過酷な事態が生じ、不公正であるので、一部労働者に対してのみ無効になると判断される

ものであった。実際上、経過措置の欠如についても適用される理論ではあると思われるが、本来的には規制の目的外に

生じた損害の救済を対象とするのが具体的公正審査である。

3 

一九九〇年五月二二日 

第三法廷判決(

73)

(一)事実の概要

 (二八七九)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四六八

同志社法学 

五九巻六号

 

問題の事業所では一九六五年から事業所協定によって年金規則(

74)が

施行されており、一九七六年には同内容をもってコ

ンツェルン事業所協定に切り替わることになった。一九八〇年にこれを労働者の不利に変更するコンツェルン事業所協

定(75)(

PV80)が締結されるものの、原告ら、一九七六年時点で待機期間を満了した者に対しては適用除外となっていた。

しかし、一九八三年に新たなコンツェルン事業所協定(PV83)が締結され、これまで適用除外とされてきた労働者に

対して、年金額の計算方法等に変更はないものの、その年金計算の基礎となる収入を一九八三年七月一日時点で凍結す

ることが定められた。

 

原告は、一九八七年八月一日に早期退職をした。原告の企業年金額は、一九八三年七月一日時点の収入で計算された

ために、一八四二・八七ドイツマルクとなった。原告は、一九八三年のコンツェルン事業所協定は不公正な介入であり、

年金計算は退職時点の給与をもって計算すべきだと主張した。この計算によると、原告の企業年金は二一五五・九七ド

イツマルクになる。

(二)判旨

 

裁判所は、原則的には事業所協定に基づく労働者の請求権は、事後の事業所協定によって変更がなされうるが、事業

所協定は裁判所の審査に服すると述べる。

 「事後の事業所協定が労働者の請求権を制限する限り、それは適法審査に服する。労働者の請求権は、法と公正の限

度内においてのみ制限され得る。事業所パートナーは、比例性の原則及び信頼保護の原則を遵守しなければならない。

新たな規制は、処置の目的と比較し、適切であり、必要かつ釣り合ったものでなければならない。一方に変更理由、他

方では関係する労働者の財産保護の利益との比較衡量が要求される。年金期待権に関しては、とりわけ、既に獲得され

 (二八八〇)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四六九

同志社法学 

五九巻六号

たものと、未だに獲得されていない部分とを区別する必要がある。」

 

そして、すでに判例によって確立されている期待権の三つの区分を確認した後に、本件を第二類型に属する期待権の

削減とし、重大な理由について検討する。

 

裁判所は、一九八三年当時、被告会社の経営状態が悪化しており、会社の存続が危ぶまれていたこと、そのために将

来的な年金額の増加分を抑制する必要性があったことを認めた。その上で、「年金の約束への介入が必要である場合、

それは衡量されなければならないし、納得できるものでなければならない。経営上の理由からのやむを得ない削減に際

しては、より高い保護を受ける必要のある財産権への介入は、より程度の低い信頼保護を受ける財産権と同じ基準で介

入してはならない。けれどもそれに際しては、裁判所は事業所パートナー(使用者及び事業所委員会)の規制の余地を

尊重する必要がある。」と述べる。

 

そして、介入が適切なものであるかどうかについて、裁判所は、本件では、以前の切下げ(PV80)によって、原告

ら待機期間を満了している労働者以外の年金の増加率については削減している以上、事業所パートナーにとって、新た

に削減を行うとすれば、以前の切下げからは守られてきた労働者の年金権に介入せざるをえなかったこと、削減幅は限

定的であり、労働者の受ける不利益としてはあまり大きなものではないこと、年金計算の基礎となる金額の凍結という

方法は、労働者の年齢が高ければ高いほど、削減幅が小さくなるので、年齢を適切に考慮する方法であるといえること(

76)、

などから、本件変更を適切なものであるとして、原告労働者の訴えを退けた。

(三)検討

 

問題となった事業所では、当初は年金支給の要件たる待機期間(一〇年)を満たしていない労働者に対して企業年金

 (二八八一)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四七〇

同志社法学 

五九巻六号

の切り下げを行ったが、経済状態が好転せず、さらに原告ら待機期間を満了している労働者に対して、給与の増加によ

って期待しうる年金額の増加を停止したものである(

77)。

つまり年金額を計算する際に退職時の給与を基礎にして計算をし

ていた旧規定に対して、これをある時点で凍結したことによる年金額の減少について争われた事例である。

 

本件変更も、第二類型にあたるものであって変更には重大な理由が必要とされたが、被告の経営上の苦境が認められ

たために変更の必要性については裁判所もあまり触れておらず、変更が適切なものといえるかどうか、すなわち労働者

の受ける不利益についての検討が中心となった。

 

原告は、待機期間の満了している労働者に対する狙い撃ち的な侵害であると主張したようである。確かにPV83のみ

をみれば、そのようにみえないことはない。しかし、裁判所はこの点について、財産権への介入に関しては事業パート

ナーの規制の余地を尊重する必要があるとした上で、PV80、PV83という二度の削減という経緯を考慮し、これまで

削減から守られてきた労働者に対する事業所パートナーの介入は適切なものといえるとして、原告の主張を退けてい

る。また、本件のような年金額の計算の基礎となる金額のある時点での凍結は、年齢を適切に考慮した介入であるとし

て、この点でも問題はないと結論付けている。

 

九〇年代に入って下された判断である本件においては、公正審査という言葉は使用されずに、適法審査という用語に

置き換わっている。しかし、事業所パートナーはB

etrVG

七五条による「法と公正」の限界内において、比例性および

信頼保護の原則を保持しなければならないと述べられており、労働者の財産保護と変更理由の比較衡量とするこれまで

の公正審査の基本的な枠組みが変更されているとはいえず、公正審査を放棄したものと解すべきではない。とはいえ、

適法審査としての枠組みの中で、比例性および信頼保護の原則による制限が認められるのであれば、法的根拠について

批判されている公正審査という用語にはこだわらないとの立場を判例が打ち出したものと評価しうるであろうか。

 (二八八二)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四七一

同志社法学 

五九巻六号

4 

一九九〇年一〇月二三日 

第三法廷判決(

78)

(一)事実の概要

 

問題の事業所においては、事業所協定により、その事業所で支給される事業所年金を含めあらゆる年金を通算して、

退職時の総収入の七五%を上限とする内容の年金規則が定められていたが、一九八六年三月五日、この上限を退職時の

手取り収入の一〇〇%に変更するとの事業所協定が結ばれた。本件は、一九二七年二月二八日生まれであり一九八七年

二月二八日に退職した、変更時点で五九歳であった原告が、この変更が自身に対しては無効であると主張し、旧規定に

よる年金の支払いを求めたものである。

 

原告は、没収不能の期待権部分をも削減するような本件年金規則の変更は、時間的にもはや他の老齢年金を構築する

こともできない原告に対しては、事業所年金を期待してきた信頼保護を損なうものであって無効であり、少なくとも過

酷条項を設定すべきであったと主張した。

 

一方、被告は一九五九年以降、税及び社会保障分担金の増大によって、旧年金規則の行為基礎(G

eschäftsgsrundlage

が失われたこと、それにより、現役時の生活水準を保障するという年金規則の目的からすると、現役労働者が年金生活

者よりも少ない所得に甘んじなければならないという状態は受け入れがたいと主張した。

 

裁判所は超過手当てについての法理を用いて本件変更は適切であり、被告の個別事情を考慮しても、過酷規制の欠如

があるとはいえないと判示した。

(二)判旨

 

判決は、これまで通り、事業所協定に対する裁判所の審査が行われること、そこでは変更理由と労働者の不利益が比

 (二八八三)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四七二

同志社法学 

五九巻六号

較衡量される必要があることを明言する。

 「後続の事業所協定も、元の事業所協定によって根拠付けられた労働者の権利を際限なく侵害しうるわけではない。

事業所パートナーは、関係する労働者の財産に介入する場合には、そもそも憲法に基づいて、比例性および信頼保護の

原則を守る必要がある。裁判所は、適法審査の責務を負う。すなわち、変更理由は関係する労働者の現状の保護利益

(Bestandsschutzinteressen

)に対して比較衡量される必要がある。」

 

具体的判断としては、本件が年金期待権の類型でいう、第一類型の没収不能の期待権への介入であると認める。そし

て、「すでに獲得された財産への介入は、めったにない特例として許されるにすぎない」のであり、「使用者の意思表示

により、あるいは新たな事業所協定により獲得された内払い部分に介入されるのならば、そのためにはいわゆる『やむ

を得ざる理由(zw

ingender Gründe

)』が必要となる」と述べて、変更理由を検討する。

 

裁判所は、まず、被告企業が、企業の存続のために年金を削減しなければならないほどの経済的苦境には陥っていな

かったこと、したがって、変更理由は、あくまで現役労働者の手取り賃金額よりも、年金生活者の受給額の方が高額に

なるという事態であることを確認する。具体的には、この事業所においては、当初七五%という上限を設定した時点で

は、現役時の収入の九四・四%を保障するものであったが、一九八六年の変更時点では一〇四・四%を支給するものと

なっており、この限度額設定がすでに適切なものとはいえなくなっているということを認め、年金規則は税及び社会負

担金の上昇という外部的な影響により、その本来の目的を達成しえなくなっているとする。そして「本件の事情の下で

は、事業所パートナーには年金規則を変化した事情に適合させることが許される。その際、事業所パートナーには規制

裁量が帰属し、元の規制目的を回復するためには、すでに獲得された年金権そのものへの介入が許され」、こうした介

入は「均衡の取れていないものではなく、むしろ事業所パートナーの規制裁量によって保護されるものである」と述べ

 (二八八四)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四七三

同志社法学 

五九巻六号

るのである。また、労働者の信頼保護は、退職時の手取り賃金の一〇〇%を超える年金額については保護に値しないこ

とを理由に、そもそも守るべき信頼保護がないのであるから、年金受給年齢に近い原告についても、特に過酷条項を設

定していなくても、変更は許されると判断した。

(三)検討

 

本件は、超過手当ての削減についての事例である。

 

これまでの判例によって確立されてきた、比例原則による年金期待権の区分とそれに応じた変更理由の要求という枠

組みを踏襲し、本件変更は第一類型である没収不能の期待権部分に介入するものであると認めている。そして、これに

応じた変更目的を超過手当ての削減に認めることによって、本件変更を適切であると判断している。

 

本件でも、裁判所は公正審査という用語は使用せずに、適法審査という用語を使用して審査をしている。しかし、年

金期待権の区分、超過手当てについての削減の許容、また個別的事情による過酷規制に対する審査について、従来の枠

組みを踏襲している。これらは、比例原則、信頼保護、具体的公正審査として過去に判例が行ってきたもとの全く同様

のものであって、公正審査という用語を使用していないとはいえ、実質的には裁判所の審査はなんら変更されていない。

 

裁判所が、過酷規制について言及している部分は、具体的(公正)審査の一事例と考えられる。控訴審では、過酷規

制の必要な労働者の年齢を六〇歳で区切ることによって、原告に対する過酷規制の必要性を否定したようであるが、B

AGはこの判断には同意せず、そもそも超過手当てについては保護され得るべき信頼保護利益が存しないので、原告に

対する過酷規制の必要性がないとして、仔細な審査をおこなっていない。

 (二八八五)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四七四

同志社法学 

五九巻六号

5 

一九九二年一月二一日 

第三法廷判決(

79)

(一)事実の概要

 

原告は、一九三〇年四月生まれであり、一九五九年四月一日から、使用者が破産宣告を受けた一九八四年六月一五日

まで、問題となった事業所において雇用されていた。そこで原告は、一九六九年一二月、老齢年金についての年金規則

に基づいて年金給付が行なれるとの約束を、使用者と取り交わしていた。

 

一九七六年一二月一日、事業所協定により、一年ごとに退職時の労働報酬の〇・八%づつ、最終的には二四%になる

事業所年金の給付が定められたが、企業財政の悪化を理由として、一九七八年七月二四日締結、同年八月一日発効の事

業所協定により上昇率を〇・五%に、最高率を一五%に引き下げられることになった。この引き下げに関しては、経過

規定や財産保護条項は設定されなかった。

 

使用者の破産に伴って、PSV(被告の年金保険団体である、共済制度としての保険団体)は、被告の年金額を月々

五四七・八〇ドイツマルクと算定した。

 

これに対して原告は、自らには、一九七六年一二月一日の年金規則の規定による年金が支給されることの確認、及び

一九七八年の事業所協定は年金に近い年代に対する特別規定を持たないので無効であることの確認を求めた。また、自

らは仕入れに関して二四〇〇万ドイツマルクから三〇〇〇万ドイツマルクの年間売上のほぼ四〇%について権限をもっ

て処理しており、外国商社への供給、派遣労働者の雇い入れなどの権限をも有している管理職員であるから、事業所協

定の規制権限の外にあるということも主張した。

(二)判旨

 (二八八六)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四七五

同志社法学 

五九巻六号

 

判決は、原告が管理職員である場合、なかった場合に分けて、どちらでも同様の結論を導いている。本稿では、管理

職員でなかった場合、すなわち原告に事業所協定が直接適用された場合について、焦点をあてて紹介する(

80)。

 

判決は、これまでの判断枠組みを踏襲する。

 「変更する事業所協定は、求められている適法審査に耐えるものである。変更する事業所協定は、内容についての裁

判所による審査に服する。それは、比例性及び信頼保護の原則に応じる必要がある。労働者の信頼保護が、事後の事業

所協定によって削減される場合には、変更理由は労働者の財産保護利益に対して衡量される必要がある。財産に対する

介入が強ければ強いほど、よりいっそう重要な変更理由が必要となるのである。」

 

具体的判断としては、裁判所は次のようにいう。

 

第一に、本件の変更は、既に獲得され、B

etrAV

G

二条の原則によって算出された金額、すなわち第一類型に対するも

のではないが、一方で新たに獲得された上昇額についてのみ関わるというものでもなく、報酬の連動性

(Gehaltsdynam

ik

)にも、勤続期間による増大にも介入するものであり、報酬の連動性への介入に対しては、重大な理

由が必要となる。本件では、変更時点で企業は経済的に危機的状況にあり、年金負担の軽減は、経営破綻の回避のため

に必要であり、事業所委員会もこれを認識し、事業所協定による年金規則の変更を行ったものと認められ、十分な理由

が存するといえる。

 

また、新たな事業所協定は「過酷なケース及び特別な条件が存在する場合」について、「定められている給付を超えて、

特別の定めをなしうる」と定めている旧規定によって設定された一般的過酷条項を排除するものではない。この規定に

よって、個別的に過酷な事態が生じた場合については救済される。したがって、年金受給年齢に近い労働者のための新

たな特別規定が設定される必要は認められない。

 (二八八七)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四七六

同志社法学 

五九巻六号

(三)検討

 

本件は、事業所協定の変更による年金給付期待権への介入に際して、一般的な過酷条項はあったが、年金受給年齢に

近い労働者のための特別規定は設定されていなかった場合であっても、有効に変更がなされ得ると判断された事例であ

る。

 

一般論としては、本判決において、裁判所は、事業所協定の変更は裁判所による内容についての審査に服すると述べ

た後、比例性及び信頼保護の原則に従い、変更理由と労働者の財産保護利益が比較衡量されるとし、介入が強ければ強

いほどより重要な変更理由が必要になる(

81)と

述べている。本件では、年金額の連動性が問題となっており、第二類型に含

まれるものであると思われる。

 

本件変更では、企業の側には経済的な理由があり、年金に近い年代のための特別規定の欠如がどのように評価される

かが問題となったが、事業所協定の一般的な過酷規制を理由に、特に年金受給年齢に近い労働者のための規定を定める

必要はないと判断された。事業所協定においてこうした一般的過酷条項を設定しておけば、特定の労働者、特に年金受

給年齢に近い労働者のための緩和措置を設定しなくてもよいとした判断は、注目されるものと思われる。

6 

一九九六年七月一六日 

第三法廷判決(

82)

(一)事実の概要

 

一九四七年七月一六日生まれの原告は、一九七四年四月一日以来、被告に雇用されていた。原告は一九九〇年の夏に

幾度か心筋梗塞をわずらい、長期の疾病に基づく就労不能に陥った。一九九一年一〇月二四日の原告の申立てにより、

一九九一年一一月一日に就業不能を理由とする年金が承認され、これ以降、被告は原告に事業所年金を支払ってきた。

 (二八八八)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四七七

同志社法学 

五九巻六号

 

一九九〇年一二月三一日まで変更なく適用されてきた一九六二年一〇月一日の事業所協定(BV62)一六条には、年

金適合が定められていた。それには「被雇用者の給与及び賃金率の変更は、同様の期間、それに応じて、手当ての額(退

職年金、寡婦年金、孤児手当て)に作用する」と定められており、協約賃金が上昇すれば、それに応じて年金額が上昇

するようになっていた。

 

このBV62は、一九九一年六月四日の事業所協定(BV91)によって変更された。(施行は同年一月一日)これは年

金額を、協約賃金に連動させることを止め、物価指数に連動させるものであり、物価指数との適合は毎年七月一日をも

って行うこととし、変動が三%に満たない場合には、変動が三%を超えるまで、年金額の調整は行わないことするもの

であった。

 

一九九一年一一月一日以降、被告は原告の事業所年金額を、総額で月々三一三一・〇六ドイツマルクであると計算し

た。またBV91により、一九九二年七月一日からは四・七七%増加した事業所年金額、月々三二八八・七九ドイツマル

クを支払った。

 

原告は、協約賃金の進展に応じる年金請求権の上昇分への介入は法的効力がないとして、自身の年金額を定めている

のはBV62であり、BV91の自身の年金額への適用の否定を主張した。また原告は、支給される老齢年金も考慮して、

その雇用口を選択したのであるし、原告は上司から、労働試験を受け、就業不能による年金を受領することを思いとど

まらせるような言動を受けたのであって、少なくとも原告に対しては過酷規制が採られる必要があると主張し、BV91

によって算出される年金額と、BV62によって算出される年金額との差額の支払と、原告の年金額が、協約による賃金

の増加の時点でその都度上昇することの確認を求めた。

 

被告は、超過手当ての削減の必要性、事業所年金給付の給付処理の簡略化の正当性、及び原告のケースが特に過酷な

 (二八八九)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四七八

同志社法学 

五九巻六号

ケースにあたらないことを主張し争った。

(二)判旨

⑴ 

抽象的公正審査

 

判決はまず、従前の事業所協定(BV62)が事後の事業所協定(BV91)によって変更されうること、原告が、従前

の事業所協定(BV62)を特にその個別契約の内容としていないことを確認する。また、「原告が、一九九一年一一月

一日に被告との労働関係から離脱したとしても、一九九一年六月四日に締結されたBV91が、彼に対して適用される。

彼は、事業所協定の締結の時点では被告に雇用されている労働者であった。事業所委員会は、一九九一年の新たな事業

所協定によって、一九六二年の事業所協定を、彼に対して効力を持って変更し得る。」と述べて、原告に対し、変更さ

れた事業所協定の効力が及び得ることを確認する。

 

ついで、BV91が協約賃金への年金請求権の連動性(D

ynamisierung

)を変更し、物価指数に連動させるようにした

点について、検討をおこなう。審査の枠組みは、これまでと同様である。

 「元の事業所協定による手当て請求権を制限する事後の事業所協定は、適法審査に服する。事業所パートナーは、比

例性及び信頼保護の原則を遵守する必要がある。介入は、新規制の目的に照らして、適切であり、必要であって、比例

したものでなければならない。変更理由は、関係労働者の財産保護利益に対して比較衡量する必要がある。より強く持

分に介入すればするほど、よりいっそうその介入に対する重大な客観的正当化事由が必要になる。」

 

そして、これまで区分してきた期待権の類型のうち、BV91は、どこにもあてはまるものではないとする。

 「当法廷は、三つの種類に介入を区別し、その強度にしたがって、それが効力を持つために必要な正当化事由を規定

 (二八九〇)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四七九

同志社法学 

五九巻六号

した。新規制の時点で獲得されている、B

etrAV

G

二条一項により算出された(errechnenden

)価値部分へは、まさに例

外として、やむをえざる理由によってのみ、介入がなされうる。元の手当て規制の行為基礎が、根本的に変わってしま

った、あるいは完全に喪失してしまった場合には、そのような理由があるといえる。新規制が、いわゆる獲得された変

動要素(erdinte D

ynamik

)、つまり勤務年限によらない変動する算定要素―年金になりうる報酬を労働者の不利に変更

する―を求めるならば、それには重大な理由を必要とする。介入は、企業の、長期的、実質的な危険を免れるために、

必要でなければならない。勤務年限に関わる将来的な増大について、新規制が問題になるに過ぎないのであれば、その

正当化のためには、適切な、つまり恣意的ではない、実行可能な、そして是認されうるべき理由あれば十分である。企

業の、経済上の不都合な展開、あるいは事業所の年金機構の誤った展開も、その理由となりうる。」

 

しかし、BV91によりなされた変更は、「これまでの介入の区分に組み入れることができない」。BV91は、既に獲得

された価値部分にも、獲得された変動要素でも、勤務年限による将来の上昇にも介入するものではない。この変更は、

物価指数より協約賃金の上昇の方が高いことや、物価指数が三%を超えたときに初めて事業所年金が増加するという年

金額の算出方法の違いにより、労働者の期待に反して、実際に受け取る年金額が減少してしまったということが問題な

のである。一般的に、労働者はこうした年金額の減少を、個人的な貯蓄によって埋め合わせようとするであろう。それ

が時間的に不可能であるといえるような場合には、既に獲得されている財産への介入と同様に、強度の財産保護がなさ

れる必要がある。しかし、本件においては、年金額は物価指数により増加し、年金による労働者の購買力は維持された

ままである。したがって、本件においては、新規制によって算出された額の年金の支給は、労働者にとって損失を補填

しなければならないという意味での貯蓄の動機にはならない。「したがって、このような、年金変動要素への介入に法

的効力があるかどうかの確認のためには、比例性及び信頼保護の一般的原則に頼る必要がある。」 

(二八九一)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四八〇

同志社法学 

五九巻六号

 

以上のようにして、裁判所は、本件変更ではこれまでの三類型による区分ではなく、直接、比例原則及び信頼保護に

よる審査を行った。

 

そこでは、裁判所は、「協約賃金は、公的年金よりも上昇が大きい」こと、「年金受領者は、現役労働者よりも税法上

有利な地位にある」ことを挙げて、旧規制では超過手当てを支給する事態に陥る可能性が高いとして、「事業所パート

ナーはこの予測しうる発展に介入することができたし、購買力の維持への適合を制限しうる」と判断した。

⑵ 

具体的公正審査

 

さらに本判決では、事後の事業所協定(BV91)が原告に対して得に過酷なケースに当たるかどうかについて、具体

的公正審査もおこなわれている。

 

第一に、原告は、年金に近い年代に対する保護の必要性を主張するが、原告の生業無能力の確認及び労働関係からの

離脱以前に、既に規制は変更されており、原告のように生業無能力、あるいは死亡などによる予見し得ない支給開始事

由については、こうした観点がそのまま適用されるものではない。また、年金額の上昇への期待は、少なくとも購買力

が低下するという形では起こっていない。

第二に、原告が、事後の事業所協定が締結された時点で、重度の疾病を抱えながら事業所で労働関係にあったという

ことも、過酷規制の必要性を根拠付けるものではない。原告は、事後の事業所協定の締結後に労働試験を行うこととな

ったが、被告は、これを事後の事業所協定の締結前に行うように原告に勧めなければならないものでもなく、労働試験

をおこなわなければならないわけでもなかった。原告は、上司から生業無能力の確認の申請をなお待つべきであると指

摘されたようであるが、これを原告は私的な助言とみなす必要があった。

 

第三に、原告は事業所協定の変更前に、生業無能力による早期退職と年金受給の要件を満たしていたが、被告はこれ

 (二八九二)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四八一

同志社法学 

五九巻六号

を申請していなかったために損害が生じたと主張するが、BV91によって、生業無能力の発生のための事業所年金の請

求権については、生業無能力が実際に生じた時点が問題になるのではなく、生業無能力が権限ある部署に確認された時

点が問題となるのである。そのような規制は、具体的公正審査という方法によって修正されえない。

 

したがって、原告の特殊事情を考慮しても、BV91は特に過酷な、釣り合いの取れていない介入にはあたらず、原告

にも変更された事業所協定の効力が及ぶこととなる。

(三)検討

 

本件は、協約賃金に連動して年金額が上昇するとしてきた事業所協定を、物価指数に連動させることとした事業所協

定の有効性が問われた事例である。また、具体的公正審査も行われている。

 

変更の一般原則についてはこれまでと同様、比例性と信頼保護を挙げているが、同時に労働者の信頼保護のために、

変更理由は労働者の財産保護利益と比較衡量される必要があり、財産に対する介入が強ければ強いほど、よりいっそう

重要な客観的正当化事由が必要になると述べている。先の判例(

83)と

ほぼ同じ表現を使用しており、年金期待権の介入につ

いては比較衡量的側面が強いことが強調されている。

 

また、本件変更はこれまでに年金期待権の削減に際して判例が確立した三つの類型では分類しえない、年金の変動性

の基準を変更し、実質的な削減を行うものであったため、以上のような比例性及び信頼保護を根拠とした変更理由と労

働者の財産保護利益との比較衡量がなされた。

 

本件では変更後の事業所協定によっても、年金生活者の購買力は維持されるとの点を重視して、変更によって労働者

の退職後の生活水準を維持するとの基本的な年金の性格は変わるものではなく、この意味では労働者の信頼保護への大

 (二八九三)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四八二

同志社法学 

五九巻六号

きな介入であるとはいえないため財産保護要請は低いとした。一方、勤務年限によらない将来の増大に関する一般論(

84)と

して、介入の必要性は企業の長期的、実質的な危険でもよく、勤続年数にかかわらない将来の増加分の削減については、

適切な、恣意的ではない、実行可能な、そして是認され得るべき理由があれば、十分な理由があり満たされると述べて

おり、具体的には企業の経営上の理由のほか、事業所の年金機構自体の変更も挙げている。本件では、従前の事業所協

定(BV62)では超過手当てを生じさせることとなりうること、つまり現役労働者と年金受領者との間に所得格差が生

じてしまうことを防ぐという目的は、本件介入に対する十分な理由になると判断されたものである。

 

本件では、具体的公正審査も行われている。

 

まず、原告を、経過措置の必要性の大きい、年金受給に時間的に近接している労働者と考えるべきであるかどうかの

検討がなされている。本件では老齢年金ではなく、原告の就業能力の不足による事業所年金が問題となった事例であり、

このような場合にまで、存続保護保障についての観点を維持するべきではないと裁判所は判断した。ついで、購買力が

維持されている点、労働試験に関して原告が受けた助言は、私的なレベルにとどまるという点を指摘して、具体的にも

不公正ではないと判断している。

7 

二〇〇二年九月一〇日 

第三法廷判決(

85)

(一)事案の概要

 

原告は、一九四四年四月七日生まれであり、一九七四年七月一日から一九九一年一二月三一日まで被告の運送会社で

雇われ、事業所委員会の構成員であった者である。

 

一九七五年七月一〇日から原告に適用されていた年金指針(R

ichtlinien:R

L75

)によると、一〇年の待機期間の終

 (二八九四)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四八三

同志社法学 

五九巻六号

了後、最後の五年間の平均総月収額の一〇%を年金基礎額とし、その後〇・五%づつ上昇する、ただし、最後の三年間

の平均総月収額の三五%、及び制定法上の年金給付と合計して七五%が上限となるとされていた。その後、被告は財政

状況の悪化等から、一九八五年一月一日に年金指針の変更を行い(RL85)、同年三月二〇日、中央事業所委員会との

事業所協定に基づき、これを実行に移した。その内容は、一九八四年一二月三一日時点で年金額の自動的な上昇を一旦

停止し、その後は生活費の上昇等への対応は、中央事業所委員会と協議の上で適宜行うとするものであった。この年金

額の改定は、一九九〇年一月一日、一九九四年一月一日の二回行われており、それぞれ六・二%、一四・九%の上昇で

あった。原告は、自らの年金額はRL75により算定されるべきであると主張し、変更の効力を争っている。

(二)判旨

 

本判決は、まず本件変更の法的根拠について検討し、従前の事業所協定を事後の事業所協定で変更する場合と同視で

きるとする。すなわち、本件年金指針の変更は、事業所パートナーが、資金の配分の変更について合意し、従来の基準

を設定し直す新たな規制の内容について合意したことによるもので、それは事業所組織法八七条一項に基づく事業所委

員会の共同決定権の行使である。この方法においては、変更された指針の効力発生前に、事業所組織法七七条における

有効な事業所協定が成立している必要はない。

 

この変更による年金期待権への介入に対する法的正当化基準については、年金期待権が三区分されること、それぞれ

の区分毎に程度の異なる変更理由が求められることを確認する。そして、本件変更については、B

etrAV

G

二条一項、二

条五項に基づいて算出される部分(第一類型)を変更するものではないとした上で、まず、将来の増加分への介入(第

三類型)について、実質的に釣り合いのとれた理由の存否を検討する。判決は、第三類型への介入も、「通常は、一般

 (二八九五)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四八四

同志社法学 

五九巻六号

的な経済的困難を指摘するのでは足り」るものではなく、特に被告が年金制度そのものを変更することを意図する場合

には、将来の増加分を低下させるということだけでは実質的な理由に足りないと述べつつ、本件においては、被告は自

らの経済的苦境を主張するのみで、その財政再建計画についても明確に示していないけれども、被告が債務超過に陥っ

ていること、年金の支払額が賃金支払額の八・六%に上昇すると見込まれること等を挙げ、「将来の増加分への介入に

ついての正当化は、異常に高い引当金の必要性、及びRL75が存続する場合の非常な、そして現役労働者の収入と比較

して全く均衡の取れることなく上昇する手当ての負担の結果として、認められる」として、実質的につりあいの取れた

理由(sachlich-proportionale G

ründe

)の存在を認めている(

86)。

 

次いで、本件では、RL85によって、年金の算出要因である最終賃金にも介入がなされていることから、獲得された

変動性(D

ynamik

)への介入も行われているとして(第二類型)、重大な理由(triftigem

Grund

)の存否の検討を行う。

 

判決は、まず「獲得された変動性への介入を正当化しうる重大な理由が認められるのは、手当て制度がそのまま存続

することが長期的には手当て債務の実質的な危険を導くであろう場合である。このことは、これまでの手当て制度のコ

ストが、もはや企業収益、及びあるいは起こりうる企業資産の価値増加からもはや獲得されえない場合には重要である」

と述べる。そして、その経済的苦境の判断には、企業年金のスライドは使用者の経済的状況により否定されうるとする

BetrA

VG

一六条の解釈を参考にすべきであるとし、企業の経済的発展と手当て債務の免責を検討するにあたり、変更決

定日における専門的な予測が必要であるとする。ただし、「給付構造に生じたゆがみを排除するための給付改訂による

給付の削減」の場合には、「介入の正当化には、例外的に経済的ではない種類の理由も考慮される」とする。

 

本件においては、非経済的な種類の重大な理由は示されていないので、「将来的に、事業所の年金機構の労働者すべ

てが、許容された削減される寄付範囲(D

otierungsrahmen

)の基礎に関わるとしても」、重大な理由として評価するに

 (二八九六)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四八五

同志社法学 

五九巻六号

は「被告の運送会社及び事業所委員会が共通の目標を追い求めた、ということだけでは不十分である」とする。

 

そして、本件変更は、そもそも被告が旧年金制度の構造転換を図ったものであること、財政再建の目標を達成するた

めに、他に執りうる手段がなかったかどうかという点については疎明がないことから、結局被告が主張しているのは変

更時点での経営危機状況のみであり、年金制度が維持存続した場合の経済的困難性ではなく、重大な理由として認める

に足りないと述べる。こうして判決は、本件変更は、将来の増加分への介入については正当化されるが、獲得された変

動性への介入については、重要な理由が認められず、介入は正当化されないと判示した。

(三)検討

 

本件は、年金指針の変更の事案である。従前の年金指針が事業所協定であるならば、変更は単純に従前の事業所協定

を事後的に事業所協定で引き下げるというものになるが、本件ではそのように認定されることなく、事後の事業所協定

による引き下げを、共同決定権の行使の結果として認めている。事業所協定の内容でない年金指針等も、一旦事業所パ

ートナーで合意することにより、その内容を事業所協定の内容とすることは可能であるといえようし、その場合には事

後の事業所協定で変更が可能になるとも考えられるから、本件では、その内容の合意と同時に変更の合意がなされたも

のと評価すべきであろうか。

 

公正審査としては、実質的な理由の存否につき、通常は自らの経済上の理由を主張するだけでは足りないとされた。

実質的な理由の決め手となったものは、現役労働者の負担と年金支給額のバランスのようであり、ここでは、事後の事

業所協定の内容は、事業所パートナーの協議の成果であるという視点はほとんど加味されていないように思われる。

 

こうした傾向は重大な理由の存否の判断でより顕著である。経済的な苦境を重大な理由と認めるには、専門的にみて

 (二八九七)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四八六

同志社法学 

五九巻六号

まさしく経済的に年金制度の維持が困難であることが必要であると述べており、被告側の経営危機との主張が認められ

ていないだけでなく、事業所パートナーの裁量もほとんど評価されていない。裁判所は、本件変更がもともと年金制度

の構造転換を目指すものであったとの経緯を認めているが、そうだとすると、こうした制度変更を意図する事業所パー

トナーの裁量権と、労働者の受ける不利益の比較衡量や、経過措置の設定等が問題となる余地もありえたろう。このよ

うに考えると、本判決は、事業所パートナーの裁量権を尊重するという立場よりも、むしろ積極的な司法審査を行うと

の姿勢を示すものといえるのではなかろうか。

8 

公正審査の検討

(一)抽象的公正審査

 

判例は、結論として事業所協定に対する一定の審査を許容している。七〇年判決以降、しばらくの間は公正審査との

用語を使用していたが、近年では必ずしも公正審査という用語そのものにはこだわってはいないようである。

 

事業所協定による労働条件の切り下げに際して、判例の行っている審査は、異なる視点から行われる二段階審査であ

った。この審査の第一段階は、集団的労働条件の変更であるとの視点を踏まえ、規制全体の公正さをみる抽象的公正審

査であり、ついで行われる第二段階が、個々の労働者の特殊事情に応じ、規制の目的外に生じた不公正を救済するため

の具体的公正審査である。

 

抽象的公正審査に関しては、七〇年判決でその基準として、信頼保護、信義誠実を考慮して集団的観点から行われる

審査であると述べるに留まっていた。後の判決は、信頼保護と同時に、比例原則、すなわち規制目的が相当であること、

規制の手段が必要であること、その規制手段が目的に照らして釣り合いがとれていることを強調している。このうち、

 (二八九八)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四八七

同志社法学 

五九巻六号

信頼保護に関しては、年金規則の改定の事例を見る限り、労働者の受ける不利益とは主として年金への信頼の侵害とし

て生じるものであるとして、実質的には労働者の受ける不利益の大きさを鑑みるための法理として使用されていたよう

に思われる。そうであれば、信頼保護の要請も、比例原則に吸収されることになり、結局のところ、抽象的公正審査と

は、比例原則が、実質的には変更の必要性と労働者の受ける不利益との比較衡量がその核心であったと考えることがで

きよう。そして、これらは集団的な観点で行われるものであるので、別の表現をすれば、抽象的公正審査の実体は、規

制全体の変更利益と、労働者集団の受ける不利益との比較衡量ということになるだろう。

 

この比較衡量の具体化としての労働者の受ける不利益に関しては、企業年金についての判決は、期待権を保護の必要

性の強いもの、弱いものに区分(あるいは三区分)し、各段階に応じた具体的な変更事情を要求することによって処理

している。また、介入には労働者の年齢を適切に考慮しなければならない―高齢層に対しては、若年層よりもより抑制

的に介入されなければならない―との原則も重視されている。これらは、年金規則の改定事例であるからこそ重要視さ

れる原則であろう。

 

一方、変更の必要性については、集団的利益に言及した判例(八一年)が存在し、また事業所委員会の裁量を広く理

解していると思われる判例(八一年・九〇年五月二二日)があったが、八七年判決は、変更の必要性を厳格に解し、変

更の目的を実質的に探ってゆくことによって、変更の必要性がないとの判断を下していた。

 

以上のように、事業所協定の変更に対する判例の介入への態度は、必ずしも一定していない。

(二)具体的公正審査

 

規制全体を審査する抽象的公正審査に対し、個々の労働者に対する不公正を審査するのが具体的公正審査である。判

 (二八九九)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四八八

同志社法学 

五九巻六号

例は八一年判決において、具体的公正審査について、「新規制を全体的に争うことができない場合で、個々のケースに

おいて、規制計画によって意図されえず、不公正だと思われるような効果が展開される場合、この抽象的公正審査に、

具体的公正審査が続き得る。このような具体的な公正審査は、事業所協定の内容及びその効力を変更しない。それはい

わば過酷条項を付け加えるようなものであるにすぎない」と述べて、その基本的性格を明らかにしているが、この判決

では実際には具体的公正審査は行われなかった。

 

実際にこの審査が行われたのは、その後の八七年判決や九〇年一〇月二三日判決、九六年判決などである。八七年判

決において、旧年金規則の維持に特別な利益を持つ労働者に対しては具体的公正審査として事業所協定による年金規則

の変更が当該労働者に対し、具体的公正審査として、生じた過酷の程度によっては、その効力が否定される余地がある

ことが明らかにされた。九〇年判決においては、原告の、年金に近い年代としての自らのための過酷規制の不備による

具体的不公正が主張されたが、超過手当ての法理(

87)に

より保護されるべき信頼が存在しないことを理由として、これが認

められることはなかった。九六年判決では、原告への介入が大きいものではないことと、原告の個別事情は特に保護す

べきものではないことを理由として、やはりその主張は認められなかった。

 

どの事例においても、経過措置としての過酷規制の不備が問題とされてはいる。しかし、八一年判決が示しているも

のは、規制の目的外に生じた損害について不公正と判断される余地があるというものであり、そこでは経過措置が直接

的な問題とされているわけではない。実際上の具体的公正審査の適用事例でも、個別労働者の特殊事情により、年金規

則の改定によって特定労働者に特に過酷な事態が生じる場合に、新たな規制の効力を否定するというものであった。こ

の特に過酷な事態を避けるためのものとして、経過措置としての過酷規制が問題とされているのである。もちろん、実

際上は多くの事例が経過措置の存否という形で争われることになるであろう。しかし、一九九二年一月二一日判決(

88)は

 (二九〇〇)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四八九

同志社法学 

五九巻六号

一般的過酷条項があれば特に過酷な事態を防げるのであって、年金に近い年代への特定の過酷条項は、必ずしも必要な

ものではないと述べており、これは具体的公正審査で保護されるべき労働者の姿を、特定の層を一律に保護する経過措

置によって保護されるような労働者ではなく、より特殊な損害に見舞われた労働者を救済するものと考えていることを

示しているように思われる。そうだとすれば、やはり具体的公正審査を経過措置の問題と捉えることは、やや正確さを

欠くことになろう。したがって、具体的公正審査とは、特定労働者に対し規制の目的外の損害が生じ、かつその損害が

一定程度に重大なものである場合に、事業所協定の改定の効力を無効化するものであって、特に経過措置だけの問題で

はないといえよう。

 

それでは、実際上事業所協定の改定に、何らかの不公正が存在する場合、どのような不公正であれば抽象的公正審査

として規制全体が無効とされ、どのような不公正であれば具体的公正審査として特定労働者に対してのみ無効とされる

のであろうか。

 

抽象的公正審査とは、集団的な観点からする公正審査であるから、不公正、不利益も集団的に考慮される。それに対

して、抽象的公正審査としては適切な介入がなされたにすぎないのに、なお具体的公正審査において考慮される労働者

の不利益とは、個別的、具体的な不利益であり、規制の目的外に生じてしまった不利益でなければならない。たとえば、

仮に一定年齢の労働者に対する不公正が生じるような事業所協定の改定があった場合には、抽象的公正審査として規制

そのものの公正判断にかかることになる。そして、集団的観点から見て妥当であるとしてもなお、不利益を被る労働者

の個別事情によって、規制が本来的に予定していないと思われる個別的な不公正が発生していると考えられる場合には

具体的公正審査の問題に移る。この場合でも、特定労働者が年金支給に時間的にどの程度近接していたのかは、具体的

に発生する損害の程度に影響するのみであり、具体的公正審査は一般的に特定の年齢層に対して経過措置を要求するも

 (二九〇一)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四九〇

同志社法学 

五九巻六号

のではない。

三 

判例のまとめ

 

以上で公正審査の法的根拠と、その基準に関する判例を概観してきたが、最後に両者をまとめておく。

 

七〇年判決以来、公正審査は判例として確立されてきている。

 

BAGは労働協約に対しては内容審査を否定する一方、事業所協定については公正審査を肯定している。なぜこのよ

うな取扱いの差異が生じるのかについては、七〇年判決において、制度的保障がなされ、最終的には争議行為に及びう

る協約当事者の取り結んだ労働協約と、事業所協定とを同様に取り扱うことはできず、事業所委員会の構成員には解雇

保護があるけれども、それは構成員の従属性を完全に埋め合わせるものではないとの主張がなされた。判例がこれまで

に主張した公正審査の法的根拠としては、信義誠実、信頼保護、一般的な法思想の表現であると捉えたことによるBG

B三一五条、B

etrVG

七五条一項一文及び同法七六条五項三文、そして比例原則が挙げられている。さらに七〇年判決

は一般的労働条件を事業所協定により変更することを認める判決であり、その際に、事業所協定は集団的観点から行わ

れる公正審査に服すると説明した。個別法上の権利をその集団性から、集団法的に変更しうると説明した関係上、当然

のことでもある。大法廷も八六年判決において、この公正審査を肯定する。そこでは比例原則が唱えられているが、七

〇年判決以来の公正審査の基本的な枠組みに変更はなされなかった。

 

つまり判例の考えている公正審査は、事業所委員会には労働組合ほどには強い対等性が存在しないために、事業所自

治が正しく機能しているかどうかが疑わしいので、それを裁判所がチェックする手段としてなされる審査である。同時

に、集団的な労働条件を規律する手段としては事業所自治は共同決定思想を実現するためにも望ましい姿である(

89)の

で、

 (二九〇二)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四九一

同志社法学 

五九巻六号

その介入は主として集団的な観点から行われるものであると考えられている。

 

こうして判例は、事業所協定に対し、抽象的公正審査と個別的公正審査という二段階の公正審査を課している。抽象

的公正審査について、判例は信頼保護と同時に比例原則を強調している。比例原則は、規制目的が相当であること、規

制の手段が必要であること、その規制手段が目的に照らして釣り合いがとれていることを求める原則であり、この原則

は、実質的には変更の目的と労働者の受ける不利益の比較衡量として作用していた。また、こうした抽象的公正審査と

は別に、規制目的にない不利益からの個別労働者の保護である個別的公正審査もなされていた。

 

しかし、個々の判例による公正審査の判断に際しては、事業所自治に対するスタンスが異なっているといわざるを得

ないものが見受けられる。

 

八一年判決では、事業所委員会による自治を尊重し、集団的な利益を重視して判断している。全ての労働者にとって

の利益を重視した判決であり、労使自治に対して介入は抑制的である。抽象的公正審査としては、集団的、形式的判断

をなしたものであるといえよう。

 

一方、八七年判決は異なった態度を示している。この判決は、変更の必要性を詳細に、厳格に審査しており、事業所

委員会の同意についてはあまり重要視していない。労使の合意に基づかない一方的な決定、変更である日本の就業規則

への裁判所の介入に近い審査の仕方であり、労使自治に対してより積極的に介入していると評価できよう。

 

以上のように、裁判所による事業所協定に対する公正審査は、七〇年判決以降基本的な枠組みには変化がないが、そ

の姿勢にはある程度の違いが見受けられる。この違いは、判例が内容審査と公正審査の違いを用語の問題であるとして

軽視し、公正審査というものの基本的な認識が確立していないと思われることや、同じように事業所委員会が関与して

いる事案であっても、裁判官ごとに事業所委員会の従属性の認識の程度が異なることなどによって生じるものであると

 (二九〇三)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四九二

同志社法学 

五九巻六号

考えられる。

 

これに対し、学説は公正審査の法的根拠、内容審査の法的根拠、共同決定制度への認識などについてさまざまな角度

から疑問を投げかけている。以下では、学説による判例の批判を概観しながら、事業所協定に対する審査について検討

する。

第五節 

事業所協定に対する審査に関する学説

 

通説は、判例の行っている公正審査について批判的である。事業所協定に対して公正審査を否定し、内容審査も否定

しているH

oyningen-Huene

、Kreutz

の見解、及び公正審査は否定するものの、内容審査を認めるF

astrich

の見解を検討

する。

一 

Hoyningen-H

uene (90)

の見解

1 

判例の公正審査への批判

 

Hoyningen-H

uene

は、労働法における公正の概念について広く検討した上で、以下のように述べ、事業所協定に対す

る公正審査を否定している。

 「連邦労働裁判所の決定を正確に考察すると、一般論として、また概念上、公正審査について述べているにすぎない

のであって、実際には事業所協定を公正に基づき審査しているのではなく、連邦労働裁判所の文言によれば明らかに信

義誠実の基準によって判断している。なぜなら、個別的な利益の衡平が問題となっているのではなく、むしろ、集団的

な問題が裁判所による審査に提出されているからである。B

etrVG

七七条四項により事業所の全ての労働者に対して適

 (二九〇四)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四九三

同志社法学 

五九巻六号

用され、またそれにより、一般化及び集団性をその性質とする事業所協定は、公正という観点によって審査されるべき

ではない。なぜなら、個々の場合における正義としての公正は、常に、及びもっぱら個別的場合に該当すべきだからで

ある。要するに、内容規範を認める必要がある場合には、常に一般化した基準を審査に用いることしかできない。

 

特に事業所協定の公正審査についてBGB三一五条が引き合いに出されるかもしれない。けれどもこの規定は、法律

行為上の規制に関してだけ使用されうる。事業所協定は確かに契約であるが、使用者と事業所委員会の間の債務法上の

契約ではなく、むしろ、法規範として、法規のように直律的、強行的に適用される(B

etrVG

七七条四項一文)のであり、

この場合には排除される必要がある(

91)。」

 

以上のようにH

oyningen-Huene

は、事業所協定に対しては「公正」概念の使用は適切ではないとして公正審査を否定

した上で、内容審査について言及する。

 「内容審査は本質的に使用者に対する事業所委員会の劣位に根拠付けられるのであるが、こうした仮定は妥当なもの

とはいえない。確かに、使用者連合、あるいは個別の使用者に対する労働組合と比べれば、事業所委員会はより弱い立

場―いったん仮定してみるが―にあるかもしれないが、それは労働組合よりも限定的な職務範囲および規制範囲に相当

するだけであるということを、考慮する必要がある。第一に、B

etrVG

七七条三項によって、協約当事者の協約優位お

よびイニシアティブ優位(Initiativvorrang

)がある。したがって、事業所委員会の規制範囲は限定的なものとなる。さ

らにその範囲内においても、包括的な、また最低必要なラインというものは労働協約によって指示される。第二に、事

業所委員会の職務範囲は、事業所に限られる。したがって、一企業を超えた対抗力を形成するだろう労働組合のような

権力上の地位は、全く必要ではない。潜在的な使用者の優越も、すでに労働協約によって限定されている(

92)。」

 

さらに、H

oyningen-Huene

は、具体的に事業所委員会の対等性の検討を行う。その趣旨は、次のようなものである。

 (二九〇五)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四九四

同志社法学 

五九巻六号

 

事業所委員会は多くの関与権をもち、使用者はこれを妨げることが許されない。さらに事業所委員会は「事業所にお

いてさまざまな権利を持つ労働組合の助言による助けを頼ることができる(

93)」

し、調停委員会、労働裁判所へ訴えるとい

う手段もある。また在職期間中の事業所委員会の構成員は解雇から保護されてもいる。確かに、裁判所のいうように、

事業所委員会は絶対的平和義務を課されており、争議権を行使できないので、その限りでは、労働組合よりも弱いもの

ということができるかもしれない。しかし、この絶対的平和義務は使用者に対しても求められているものであるから、

裁判所の主張は説得力のあるものではない。また、事業所委員会の構成員は賃金従属性を持つので、労働組合と比べる

と独立性が薄いという裁判所の主張は、表面的には妥当なものである。しかし、使用者は賃金支払い義務を変更し、免

れることができないのであるから、こうした賃金従属性は、事業所委員会がその職務を行う際の独立性を否定するもの

とはいえない。つまり、「事業所委員会は、それによって事業所組織法上の権利を実行し得ないという意味での劣位に

立つことがない(

94)」

ので、概念上の従属性は実際上の劣位性を意味するものではないのである。

 

以上のように、H

oyningen-Huene

は、実際上の事業所委員会の対等性を認めると同時に、さらに事業所協定という共

同決定制度の意義からも、事業所委員会が使用者に対して劣位であると考えるべきではないと主張する。

「最後に、事業所協定の意義は考慮されなければならない。事業所協定は事業所の水準に応じて自主的規制を作るべき

であり、またそれによって事業所機構の自己責任的作用を保障すべきである。もちろん、事業所協定は客観的正当性を

獲得することを要求しようとしたり、またそうすべきであるのではなく、個別的契約のようにむしろ交換的正義、つま

り主観的正当性を実現しようとしたり、またそうすべきである。他の契約の場合と同様に実体的正当性原則ではなく、

むしろ対等原則が妥当する。そこから初めて、常に規制についての正当性は生じる(正当性のチャンス)。しかしその

ために、実質的正当性からのあらゆる偏りであっても修正されるべきだろうということは引き出されえない。そのかぎ

 (二九〇六)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四九五

同志社法学 

五九巻六号

りで、均衡は契約レベルにおいて存在し、一方的規制が存在しないかぎりで、BGB一三四条、一三八条による適法審

査を許容するだけである。それは、立法者が、事業所委員会は使用者とともに共同の帰属事項を『正しく』規定できる

という仮定をしている事業所協定にも妥当する。そうでなければ共同決定の原則はおぼつかなくなるだろう。したがっ

て、この交渉の結果を、内容的にコントロールする必要があるとすると、事業所パートナーに事業所協定の締結の為の

能力を認めないことになるだろうし、そうすると、共同決定の根拠について不合理であると論証することになるだろう。

 

立法者も正確にはこの思考過程から出発する。使用者及び事業所委員会が合意し、事業所協定を締結することになっ

た場合において、B

etrVG

は内容審査を意図していない。それについてただ自治として置かれた法だけが適用し得る。

けれども、合意が実現しないならば、その場合は調停委員会はB

etrVG

七六条五項によって法的拘束力をもって決定す

べきであり、そして―事業所協定に際しては集団的規制が問題であるので―公正の基準ではなく、むしろ相当性の基準

を守るべきである。なぜなら、調停委員会の決定は私的自治による交渉を―主観的な事業所協定の正当性を保障し、客

観的な正当性のチャンスを含む―通じて成立するのではなく、むしろ交渉というのは、初めから相当性の客観的な基準

によって理解されるべきだからである。

 

従って、事業所協定の実際の公正審査が拒否されるべきのみならず、内容審査もまた拒否されるべきである。それは

必要でもなく、法的根拠もない(

95)。」

2 

事業所協定に対して行われるべき審査

 

こうして、H

oyningen-Huene

は事業所協定に対する公正審査、内容審査を否定した。その上で、事業所協定に対して

行われるべき審査について検討している。Hoyningen-H

uene

は事業所協定が受けるべき審査を適法審査(R

echtskontrolle

 (二九〇七)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四九六

同志社法学 

五九巻六号

と呼ぶ。

 「もちろんそれは、事業所協定はまったく規制できないという意味ではない。むしろ、それは形式上も内容上も、定

められた法的原則に応じるべきである。事業所協定はより高次の法、つまり労働協約、法律及び法の代替たる判例法に

対して違反してはならない。そのかぎりで、それは裁判所による適法審査に服するにすぎない。このいわゆる事業所協

定の内的制限はさらに詳しい具体化を必要とする。典型的な問題状況の事実に関する問題を明らかにする必要があり、

それに適した紛争解決の評価原則が示される必要がある。そのような問題グループにもとづいてだけ、当事者について

妥当な解決が得られる。しかしそれはこの研究の目的ではない(

96)。」

 

こうして適法審査を肯定した後、この観点から、連邦労働裁判所が公正審査を用いて不公正であると判断した事例に

ついて、適法審査では同様の結論が導けないのかどうかについて、H

oyningen-Huene

は次のような検討を行っている。

 

まず最初の事例は、公正審査を認めた最初の判決(

97)で

ある。この事例は、年金の計算に関して被告である使用者が、社

会保険年金の算入の点で、原告である労働者にとって、一九六〇年以前に効力のあった年金基準よりも不利になった一

九六六年以降の事業所協定を適用してよいかどうかについて、争われたものである。連邦労働裁判所は、当該労働者は、

六五歳という年齢に到達したことにより、年金請求権を、旧年金制度にもとづき法的効力をもって取得していたと述べ

たのである。しかし、理論的には、有利原則はより以前から認められ、より難点の少ないものであって、この適用によ

って、既存の法的地位が事後の事業所協定によって変更されることがないと処理すれば十分であり、この点では公正審

査を認める必要がなかった。

 

別の連邦労働裁判所の決定(

98)

では、事業所協定において報奨金が支給される年の翌年の五月三一日に引退する労働者

は、その年の報奨金の請求権を失うという規定の効力が争われた。連邦労働裁判所は公正審査として、『この規制は確

 (二九〇八)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四九七

同志社法学 

五九巻六号

かに原則的に法的効力があるが、しかし経営上の解雇に際して効力はない。なぜならその限りでその年の報奨金の拒否

は矛盾した態度を表すもので、権利濫用であるからである。』との判断を示した。ここでも、やはり裁判所は、本当は

公正審査を行っているのではなく、むしろ一般的な評価基準を用いたものと考えられる。しかし、こうした裁判所と同

様の結論は、事業所協定の解釈を用いても導き出すことができる。すなわち、その年の報奨金は、職務の忠実をねぎら

い、その後も事業所に留まる者への動機付けになるもので、当然、そこでの退職は労働者の意思に基づいたものと解す

るべきであるが、この事件での労働者は、自らの意思により退職したわけではない。したがって、規定の目的を考慮す

れば、本件における労働者に対して報奨金を支払うべきであると解することができる。すなわち、公正審査を行う必要

はなかったのである。

 

さらに、別の二つの事例(

99)に

おいても、同様の結論が得られる。それらの事件では、事業所協定に定められた年金制度

が、最低二〇年以上在籍した労働者が、六五歳に達することを支給要件としていることが争われた。その制度は、早期

に退職する労働者に対しては、年金が支給されない可能性があることを意味している。連邦労働裁判所は、このような

事業所協定を無効であると判断したが、その際には、公正審査と同時に、二〇年以上の在籍者に対する年金支払いに関

する判例法を根拠としたのである。ここでも、判例法を根拠に用いれば充分であり、公正審査を用いる必要がなかった

ことが明らかとなる。

 

Hoyningen-H

uene

によれば、判例の結論については、他の根拠付けで解決しうるのであるから、公正審査を否定した

としても、結果においても妥当性を保つことができる。H

oyningen-Huene

の結論は、次のように事業所協定に対しては、

適法審査のみが課されるべきであるというものであった。

 「本当はまったく誰からも必要とされていない、事業所協定の純粋な公正審査は、許容できない。なぜなら、それに

 (二九〇九)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四九八

同志社法学 

五九巻六号

ついては、一方では法的根拠がなく、他方では個々の場合の基準としての公正は、事業所協定の欠くべからざる一般的

内容にとって適切ではないコントロールの手段を意味しているからである。より高次の法との一致が審査されない限り

で、その他の事業所協定の内容審査も同じく許容できない。それが事業所自治における介入を意味するということは別

としても、法的根拠も示されていない。事業所委員会は自らの任務の範囲内で、目的を達成する可能性を十分にもって

いるのであるから、事業所協定の内容審査もまったく必要ではない。事業所協定の『公正審査』に対するこれまでの連

邦労働裁判所の判決は、見出された結論が、他の理論的に認められた根拠付けを用いることによって、直ちに達成しえ

たであろうこと、そして部分的には達成されたことを示している(100)。」

3 

検討

 

裁判所の主張する公正審査の法的根拠は、信頼保護、BGB三一五条、B

etrVG

七五条一項一文、同法七六条五項三

文などであり、また実質的には非対等状況にある事業所委員会への内容審査を肯定すべきであるとの観点からの介入で

あった。そして、肯定される「内容審査」が何故「公正審査」であるのかについては、これを用語の問題に過ぎない(101)と

説明するなど、あまり重要視していないようでもあった。

 

このような裁判所の見解をH

oyningen-Huene

は否定する。H

oyningen-Huene

の主張を要約すれば、次のようになるで

あろう。すなわち、「公正」概念は個別的な観点における正義を実現するものであって、集団的規定には適用できないし、

BGB三一五条は契約当事者または第三者の給付決定権に対する規定であり、債務法上の規定であるけれども、事業所

協定は債務法上の契約ではなく、むしろ法規範的に適用されるものであるから、事業所協定には転用もできない。また

事業所委員会にはさまざまな権利保障があり、非対等状況にはなく、そもそも事業所委員会が非対等状況にあるという

 (二九一〇)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

四九九

同志社法学 

五九巻六号

前提を持つことは、共同決定制度の意義を軽視するものである。したがって、公正審査には根拠がない。そして、BA

Gが行ってきた審査も、適法審査によって同様の結論が導けるゆえに、公正審査を否定したとしても結果として妥当性

に欠けるところは無く、公正審査は必要ではない。

 

こうしてH

oyningen-Huene

は、公正審査、内容審査をともに否定し、事業所協定は適法審査に服するのみであるとし

ている。H

oyningen-Huene

は、適法審査とは、労働協約、法律、法律の代替たる判例法に反するかどうかという審査(102)で

あると述べている。ここでいう法律は、BGB一三四条、一三八条が挙げられていることから、強行法規及び良俗の範

囲内との意であろう。具体的には、判例の個々の判断への評価において、有利原則、規定の目的の解釈などを挙げてい

る。また、権利濫用について言及した判例について、一般的基準を使用していると評価していることからも、権利濫用

についても、適法審査の枠内として考慮しているものと思われる。

 

この適法審査は、H

oyningen-Hueneの述べているように伝統的な審査であって、裁判所の主張する公正審査に比べれ

ば、理論的な難点ははるかに少ない。しかし、協約、法律、法の代替としての判例法との適合性という審査と、裁判所

が意図したような集団的な視点による利益衡量的な審査との相違は、問題となりえよう。

 

この点、次に紹介するK

reutz

、及びF

astrichはそれぞれ比例原則を挙げて、実質的にはより利益衡量に近い審査を提

唱している。

二 

Kreutz

の見解

(103)

1 

判例の公正審査への批判

 

Kreutz

もHoyningen-H

uene

を引用しながら、公正審査を否定し、裁判所の見解を批判する。

 (二九一一)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五〇〇

同志社法学 

五九巻六号

 K

reutz

は公正概念について、「公正概念は個々の場合における妥当性の実現を狙ったものであり、公正審査は集団的

な法律要件にふさわしいものではない(104)。」

と述べるとともに、裁判所の持つ事業所委員会に対等性が欠けているとの認

識について、「最も重要な疑念は、事業所委員会構成員の自主性の欠落のために事業所委員会と使用者の対等性が妨げ

られていると仮定することは、事業所組織法が認めている事業所内共同決定の根本的な考え方を不確実にするだろうと

いうことである。なぜなら、法は事業所パートナーが事業所内の事項を『正しく』規定でき、事業所委員会も事業所協

定の締結に関して、労働者の利害関係について力に満ちた主張をなし得るということを信頼しており、ただ調停委員会

の決定を強制的調停の枠内で制限された裁判上の裁量コントロールという姿において服させるだけだからである(七六

条五項四文)。それ以外には、争議行為の禁止は事業所委員会の実際上の弱点の表現として評価してはならない。なぜ

なら、その事業祖組織法上の重要な力(労働組合のそれとは別の)は、権力行使の手段によってではなく、調停委員会

の拘束力のある決定を通じて紛争解決にまで至るその関与権限と機能上の権限領域の法律上の形成だけによって評価さ

れるからである。契約対等性が妨げられているという事態は存在しないのであって、いずれにせよその限りでは、BG

B三一五条の類推は決して考慮されない(105)。」

と述べて、事業所委員会には対等性があるとの前提を持つべきであると主

張している。

 

また、実定法上の根拠についても詳細に検討している。

 「さらに、その他にBGB三一五、三一七、三一九条を引用することも、公正審査を正当化し得ない。事業所パート

ナーの形成力は、契約当事者の一方、あるいは第三者の給付決定権に対して構造及び機能において比較できない。この

ことを、連邦労働裁判所の第三法廷(106)は

認めた。しかし法廷は、BGB三一五条が『一般的法意』の表現だと思い込み、

七五条一項及び七六条五項三文が示しているように、事業所組織法においてもその効力を必要とすると述べた。

 (二九一二)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五〇一

同志社法学 

五九巻六号

 

それに対して、連邦労働裁判所が異議を唱えたように、七五条一項は一般的公正審査を正当化しない。この規定は公

正の遵守を要求するものではまったく無く、周知の通りむしろ事業所当事者が拘束される法と公正の原則を前提として

いるが、それを根拠付けるものではない。したがって、七五条一項は公正審査についての根拠を示していない。ただし、

事業所パートナーの規制力が公正の基準に拘束され、それに応じて裁判所のコントロールに服させられるということ

が、他の方法で導き出される場合は別である。けれどもそれはここでは妥当しない。すなわち、特にその限りでは、七

六条五項三文(一一二条五項)も考慮されない。

 

この規定は調停委員会についてのみ適用される。すなわち、調停委員会だけが、強制調停の場合には、その調停は〝事

業所及び関係した労働者の利害の公正な裁量による適切な考慮によって〞行われなければならないとされているのであ

る。自由取引の結果である事業所協定についてこの規制(予見的)が一般化できるのかどうか、未解決であるといえよ

う。いずれにせよ、法は、調停委員会の決定に実質的、及び時間的に無制限の一般的公正審査を受けさせるという労働

裁判所の権限を、この裁量の認容に全く結び付けていない。七六条五項四文の明白な規定によって、裁判所はむしろ裁

量限界の遵守を審査することに制限される。その上この裁量の瑕疵に対する審査は、使用者と事業所委員会の間の決定

手続に二週間の期限以内に導入することを留保する。また、七六条五項四文は裁判所に、破棄決定を超えて自ら直接、

固有の公正な裁量によって調停委員会の決定を取り替えるという権利を与えていない(107)。」

 

このように、K

reutz

は、第三者の給付決定にかかわるBGB三一五条、三一七条、三一九条、及び調停委員会にかか

わるB

etrVG

七六条について、どちらも事業所協定への裁判所の介入とは適用場面が異なることを理由として、公正審

査を根拠付ける規定ではないとする。そしてB

etrVG

七五条については、直接公正審査を根拠付ける規定ではないとする。

Kreutz

は、この規定については、次に述べるように、公正という原則を根拠付ける規定ではなく、より高次の憲法上の

 (二九一三)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五〇二

同志社法学 

五九巻六号

要請を間接的に及ぼす規定であると解しているのである。

 

以上に加えて、K

reutz

は「公正審査は法的安定性の重大な損失と結びつき、とりわけBAGの法廷は、いまや三〇年

間にわたる『公正審査』の歴史において公正審査について特有の基準を説得的に示すことに成功していないので、いっ

そう拒む必要がある(108)。」

として法的安定性の観点からも公正審査に疑問を述べてもいる。

2 

事業所協定に対して行われるべき審査

 

Kreutz

は以上のように裁判所の公正審査論を否定する一方、事業所協定に対する規制力の内在的限界に関する考察を

行なっている。

 「内在的限界は、全ての強行法規―法律、条例、事故防止規則の形式による義務付労働災害保険会の規定(Satzungsrecht

der Berufsgenossenschaften

)―を通じて事業所自治に引かれる。その際には、BGB一三四条(禁止法としての強行

的規範)及びBGB一三八条(公序良俗に対する違反)のほかに、とりわけまた、価値基準は守らねばならならず、原

則は保たれねばならない。この価値基準及び原則は、二条一項および使用者と事業所委員会の協働(Z

usanmm

enarbeit

を定めた七五条においてB

etrVG

に規定されている。労働者及び事業所の福利の遵守への拘束(二条一項)が、いっそ

う相対的に広がった衡平範囲及び平衡範囲を認めるとしても、七五条の具体的義務は、規制権限の範囲及び射程の決定

に関して直接的に基準となる評価基準である。このことは、一般的に法と公正の原則の遵守―特に平等取扱原則の遵守

―に関して、一定年齢を超えたことによる不利益取扱いの禁止及び事業所内で働いている労働者についての人格保護に

ついて妥当する。法によって義務付けられた原則に、基本法上の価値判断と並んで、とりわけ基本権として典型的な拘

束原則としての比例原則は属している(109)」。「

事業所協定は基本法へ直接的には拘束されていない。連邦憲法裁判所はこの

 (二九一四)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五〇三

同志社法学 

五九巻六号

見解を、その確立した判例によれば、私法の領域では基本法への直接的拘束は考慮されないのであるが、事業所協定と

社会計画は私法の領域に関係させられるべきものであり、立法者は、これに七七条四項、一一二条一項三文において規

範的効力を認めているが、公権力としての行為の性格を認めているわけではないということによって、適切に根拠付け

る。けれども間接的な基本法による拘束は、七五条から生じる。なぜなら、事業所パートナーが七五条一項一文によっ

て守るべき法の原則に、基本法的な価値判断も属しているからである。また、七五条二項一文は基本法二条一項の意義

と関係している(110)」。

 

こうしてK

reutz

は、事業所パートナーといえどもBGB一三四条、一三八条違反を含む強行法規の他に、B

etrVG

五条により間接的に基本法による拘束を受けるのだと述べる。そしてその典型例としては比例原則が存在すると説明し

ている。

 

またK

reutz

は、次のような判例の分析も行なっている。

 

当初裁判所(111)は

、信頼保護思想の下で、個別的な観点よりもむしろ集団的観点から審査がなされるべきであると述べて

いた。その後の判決(112)で

は、第三法廷が、抽象的公正審査と具体的公正審査を区別し、抽象的公正審査とは、規制そのも

のについて一般化した基準で、規制目的及びその手段が公正かどうか審査するものであり、具体的公正審査とは、規制

が個々の場合において不公正な結果を導くのかどうかを審査するものであり、過酷緩和条項を付け加えるようなもので

あると説明した。しかし、これとは対照的に、第一法廷は抽象的公正審査を実質上放棄して、社会計画に関して、個別

訴訟においては社会計画の財政上の妥当性という観点を考慮することなく、「公正に、その規制が合致するかどうか、

あるいは個別的な労働者、ないしグループが新たな規制により、不公正な方法で不利益を受けるのかどうか」のみを、

裁判所は審査し得ると述べたのである。こうした判例の動揺は、充分な理論的根拠がないことによってもたらされてい

 (二九一五)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五〇四

同志社法学 

五九巻六号

る。L

öwisch

が公正審査は、結局は平等取扱原則の違反の審査に帰することになるけれども、それは適法審査であると

指摘したことは、正しい。さらに大法廷(113)

も、たんに比例性の原則を審査基準として意図したにとどまり、『公正審査』

という呼称をまったく使用していないのである。

 

こうして、K

reutz

は、これまで判例が行ってきた公正審査は、結局のところ比例原則と平等取扱原則による審査であ

るとして、次のように結論する。

 「基本権上保護される労働者の価値状態(W

ertpositionen

)に事業所協定を通じて介入するかぎりでは、平等取扱原

則と並んで、実際に大法廷によって強調された比例原則は、事業所自治に対する拘束の基準となるものである。比例原

則は、七五条一項によって事業所パートナーを拘束する法の原則の一部である。それは基本法上の価値判断への事業所

パートナーの拘束から生じる。その価値判断とは、基本権として典型的な、法治国家原則から生じうる、拘束原則とし

ての比例原則をもたらす。それゆえ、労働者は基本権上保護される重要な地位にあり、規制目的を獲得するために事業

所協定により規制することが適しており(相当性)、規制手段が別の『同じように効果的な』手段に対する関係におい

てよりゆるやかであり(必要性)、また規制手段が規制目的に不釣合いではない(比例性)場合に介入されてよいにす

ぎない(114)。」

3 

検討

 

公正審査の実定法上の根拠について詳細に検討した結果、H

oyningen-Huene

と同様に、K

reutz

も公正審査の法的根拠

は不明確であると批判しており、とりわけBGB三一五条については、この規制は当事者間が非対等状況にある場合に

適用される規定であり、事業所委員会は使用者と非対等状況にあるとはいえないのであるから、それは事業所協定に適

 (二九一六)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五〇五

同志社法学 

五九巻六号

用されるべきではないと主張している。さらに、K

reutz

は法的安定性の面からも、公正審査に批判的であった。

 

一方、事業所協定は強行法規に拘束されるのであるが、その際にはB

etrVG

七五条(115)を

通じて基本法の価値基準、原則

にも拘束されると説く。そしてこの価値基準と原則は、比例原則、すなわち規制目的を獲得するために規制が適してお

り(相当性)、規制手段が、別の「同じように効果的な」手段に対する関係においてよりゆるやかであり(必要性)、ま

た規制手段が規制目的に不釣合いではない(比例性)ことを求める原則と、平等取扱原則に帰着すると述べている。

 

先のH

oyningen-Huene

の審査と比べると、K

reutz

は事業所協定に対してなされるべき審査に比例原則及び平等取扱原

則が含まれることを認めている。このことは、事業所協定に対して、比例原則を用いた利益衡量としての審査に近い判

断を肯定していることになり、そこでは、規制の必要性という点において、集団的な利益、ないし事業所パートナーの

裁量権というものを評価することが可能となる。したがって、法的根拠を別にすれば、より判例のスタンスに近い審査

であると考えられよう。ただし、この法的根拠の違いから、すなわち判例と異なり労使の対等性を前提としている点か

ら、その審査基準は相当程度抑制的なものとなることが考えられる。

 

またそこでは平等取扱原則も認められている。この原則は、使用者が合理的な理由なく、同等の立場にある労働者の

一部について不利に扱うことを禁ずるものであり、複数の労働者に関係する使用者の措置、あるいは労働契約上の合意

について適用される原則であるが(116)、K

reutz

は、この原則を事業所協定にも適用するべきであり、事業所協定の変更の際

に、一部労働者に対して合理的な理由なく労働条件が悪化する場合に、同原則による審査を裁判所が行うことによって、

結果の妥当性を維持しうると主張している。

 

Kreutz

は、自らの主張する審査を適法審査であるとは明言していない。しかし、強行法規への適合性を審査する上で、

BetrV

G

七五条による比例原則、平等取扱原則への審査がなされると解するのであるから、この審査も、適法審査の中

 (二九一七)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五〇六

同志社法学 

五九巻六号

に位置づけることができよう。このようなK

reutz

による平等取扱原則の適用は、抽象的公正審査の事例に適用される

ものであるのみならず、裁判所により具体的公正審査として処理されている事例にも対応しうる基準であると考えられ

る。

三 

Fastrich

の見解

(117)

 

Fastrich

は公正審査については否定するものの、事業所協定及び内容審査は規範審査を受けるとし、さらに事業所協

定に対する内容審査を肯定する。F

astrich

は、そもそも労働契約については一般的な契約自由が妥当せず、この考え方

が事業所協定に対しても適用されるとして、事業所協定に対する内容審査を肯定しているため、まず労働契約について

の見解を紹介し、後に事業所協定に対する審査についての見解を検討することとする。

1 

労働契約法への内容審査

(一)判例の分析(118)

 

Fastrich

は、労働法においては内容審査をより広範に使用すべきだとする立場から、まず判例の分析を行う。

Fastrich

は、判例はあからさまであれ、隠された形であれ、実質的には内容審査を行っているとして、まず公正審査に

関する判例、次いでそれ以外の個別的制限の形式をとりつつ、実質的には内容審査を行っているといえる判例を挙げて

いる。

⑴ 

公正審査

 

Fastrich

によれば、BAGは、契約対等性が存しないことを根拠に労働契約上の統一規制に対する公正審査を認めて

 (二九一八)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五〇七

同志社法学 

五九巻六号

きたが、その後、同じように契約対等性が存しないといえるような個別労働契約上の事例に対しても、公正審査を使用

してきた(119)。F

astrich

は、H

oyningen-Huene

を引用して公正審査はBGB三一五条を根拠としえず、公正概念の使用は適

切ではないと述べた後、裁判所も公正審査と内容審査を専門用語の問題として同一視していること、判例の持ち出して

いる信頼性の基準はBGB二四二条の基準と重なるものであるが、この規定はBGHの判例においては内容審査の根拠

となっていること、同じく裁判所の持ち出している社会的に考える使用者というものに際しては、一般化しうる基準が

問題となること、BAGが求めようとした労働者の利害の適切な考慮のために必要なものは、内容審査の特徴である客

観的な妥当性であることなどから、「労働契約上の統一規制及び任意的社会的給付に対するいわゆる公正審査は、狭義

の内容審査の事例を含んでいる(120)」

ことが認められるとし、この点については個別契約上の事例に対する公正審査も同様

であるとするのである。

⑵ 

他の理論的形式の下で隠されている内容審査

 

Fastrich

は、さまざまな個別的内容制限の中にも、実際には内容審査を行っている事例があると主張する。そのために、

第一にそこで行われている内容制限の前提として偽装された内容審査が行われているといえる事例、第二に、内容制限

の根拠を、内容審査の必要性そのものでもある労使の非対等性に求める事例、第三に、BAGの考えている契約自由が、

そもそも制限された狭い範囲のものであって、そこでは隠された内容審査が行われているといえる事例を挙げる。

 

Fastrich

は第一の事例として、年金の約束における撤回条項に関して、解釈によって使用者による恣意的な撤回を制

限した事例(121)や

、競業避止義務をBGB一三八条によって制限した事例、あるいは法の回避、配慮義務、基本権の第三者

効力などを根拠にして内容制限を行ってきたいくつかの判例(122)を

挙げて、それらの判例が根拠としてきた個別的制限は理

論的には難点があり、その内容制限の前提として、実質的には内容審査が行われていると考えるのである。

 (二九一九)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五〇八

同志社法学 

五九巻六号

 F

astrich

が挙げる第二の事例としては、有期労働関係についての事例、賞与返還条項(123)に

ついての事例などである。こ

れらの事例では、結局のところ、労使の非対等性を根拠として制限が行われてきているのであるが、F

astrich

は、この

ような非対等性を根拠とする制限は内容審査そのものであると主張している。

 

Fastrich

は、第三の事例として、賞与返還条項に関して、配慮義務により制限を行った事例(124)や

、有期労働関係の事例

などを再び取り上げ、判例が契約自由といいながらも、結局は契約締結時の正当性保障が機能していないことを理由と

して、労働者に不利な合意は良俗違反の限度までではなく、実質的に正当と認められる範囲内までしか認められていな

いことを確認して、契約自由はこの意味で、内容審査の範囲内に縮小されているといえると述べるのである。

 

こうしてF

astrich

は、判例がさまざまな手段を用いて実質的に内容審査を行っていると結論付ける。

(二)内容審査の正当化(125)

 

Fastrich

の行った判例分析の結論は、公正審査やさまざまな個別的内容制限の中に、実質的な内容審査が含まれてい

るということであった。

 

このように裁判所も行っている内容審査は、果たしてどこまで正当化されるのか。F

astrich

はその根拠や集団法上、

個別法上の規制手段との関係を述べた上、伝統的な法システムから、内容審査を積極的に使用するシステムへの転換を

主張する。

⑴ 

正当性保障の欠落

 

裁判所は、一般的労働条件の変更に際して公正審査を使用してきた。このことは、公正審査が一般的労働条件特有の

問題を解決するために存在するということを意味しているのであろうか。F

astrich

は、一般的労働条件についての公正

 (二九二〇)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五〇九

同志社法学 

五九巻六号

審査に関して、問題の核心はあくまで労働契約であることを見逃してはならないと述べる。F

astrich

によれば、確かに、

学説の議論の重点は普通契約約款の内容審査と一般的労働条件の公正審査との類似性に置かれているが、この二つの問

題は同視しうるものではない。一般的労働条件の統一性および定型化から生じる問題は、ある程度B

etrVG

八七条によ

る強行的共同決定によって解決しうるものであるし、普通契約約款が一般的に任意的である債務法の領域で行われるも

のであるのに対し、一般的労働条件は、多くの強行的、あるいは半強行的な労働者保護規定を持つ労働法の領域で行わ

れるものであって、そこではある程度の保護がなされてもいる。現実にはこの保護が完全なものではないために、そこ

からもれるような領域で問題が発生しているのであり、この現象は時に任意的社会的給付の領域で多く存在する。「B

AGのいわゆる公正審査が、その中心を、けっして一般的労働条件そのものに見出しているのではなく、むしろほとん

どが、しばしば法的保護規定を全く欠くような使用者による任意的社会的給付の一部の領域にのみ集中したことは、驚

くべきことではない(126)」

のである。つまり任意的社会的給付についての公正審査が集中したことは、結果としてそこに法

的保護の「空白(127)」

があったということに過ぎない。BAGが公正審査の必要性の根拠を、定型化の思想およびそこから

帰結する使用者の優位性に求めているのではなく、むしろ契約対等性の障害に求めていること、BAGが実際に個別契

約に対しても、隠されたものであれ内容審査を行っているということも、BAGの公正審査は、一般的労働条件や任意

的社会給付における特有の問題ではないとの見解を支えるものといえる。つまり、問題は広範な本来あるべき法的保護

の欠落であり、公正審査はこれを一般的に修正するものであった。

 

次にF

astrich

は、Z

öllner

を引用して、労働契約においては正当性が十分に働いていないと述べる。「たとえば、BA

Gの公正審査を強く批判して対立しているZ

öllner

が詳しく述べたところによると、契約の内容的な形成の自由という

意味での契約自由は、労働関係においては制限的に、そして一定の条件の下で働くにすぎない。労働条件の大部分につ

 (二九二一)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五一〇

同志社法学 

五九巻六号

いては、契約自由は労働者の利益の十分な保護を保障し得ないのである。現代の経済的な状況の下では、大多数の国民

は、その生活を守るためには、労働関係に入る以外には選択肢をもっていない。彼らが他の選択を持ち得ないなら、法

秩序及び社会秩序は、個々の労働者が給付を受け取るための条件が適切であるように、配慮しなければならないのであ

る。

 

もちろん、この現実の承認として、労働法が全ての規定において(片面的)強行法規であるという事実がある。なぜ

なら、憲法上保障されている私的自治は、契約自由が、労働契約当事者間で、一定の適切な利益調整が配慮されるのと

同様の状況になる場合には、不当に制限されるのであるから。したがって、労働法は、その大部分が契約に内在する正

当性保障の否定の鏡像である。その理由は確かに複合的なものであるが、しかしかかるものであることも明白である。

この機能の欠缺は、一般的労働条件が使用される場合に限定されるものではなく、個別契約の際にも存するものである。

以上のように解してのみ、労働法は、その保護規範の強行的な形成の際に、一般的労働条件か個別的契約かによって区

別しないということが明らかになる。どちらも、原則的に同じ制限を受けるのである。

 

したがって、個別的労働契約の際にも正当性保障が欠けているのかどうかということは、ほとんど問題にならず、む

しろ、機能の欠缺がどの程度にまで達しているかということが問題になる。この意味で、すでにZ

öllner

は、いわゆる

主たる条件(Hauptbedingungen

)と他の労働契約の方式(A

rbeitsvertragsmodalitäten

)とを区別することを主張して

きた。そのような区別は、A

GB

G

による内容審査の制限と非常に似通っている(128)。」

 

こうして、F

astrich

は、労働法の領域においては一般に正当性保障が欠けていることを確認した後、内容審査は主た

る条件に関して適用されるものではなく、それ以外の労働契約の領域に対して適用されるものだとして(129)、

そこで行われ

る内容審査の検討を行う。

 (二九二二)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五一一

同志社法学 

五九巻六号

 F

astrich

は、「とりわけ判例の事例群が示してきたことは、労働者自身に委ねられた契約自由は、全体として、妥当

でない契約条件に対する十分な労働者保護をなしえないということであった(130)。」

とした上で、この原因を、次のように

契約自由の機能不全(V

ersagen

)に求める。

 「契約自由についての労働法上固有の機能不全が問題なのである。それは、労働関係に典型的な根底に存在する利益

状況に基づくものであり、労働法上の保護原理のような思想の承認に見出される。その際、現に存する関係においては、

命令従属性及び他の組織への編入に由来する保護の必要性が第一にあるのではない。なぜなら、以上のことは、労働者

保護が労働契約当事者の自由な合意に委ねられ得ないのはなぜかということを未だ解明していないからである。したが

って、保護の必要性が問題とされるべきである。その保護の必要性はすでに契約締結に関して存在し、労働者が契約内

容に関する自らの利益を使用者に対して自己責任を持って主張することを妨げるのである(131)。」

 

Fastrich

はこうした労働者保護の必要性を、労働者の依存性(A

ngewiesensein

)に求める。BAGも、例えば有期労

働契約の延長に関する判例において、期間のない雇い入れを労働者が主張することは困難であるという認識をもってお

り、このことは契約締結に際して、正当性保障が与えられていないということを意味している。

 「たしかに、職場に現に存在する労働者の依存性(A

ngewiesensein

)は正当性保障の機能不全についての唯一の理由

ではない。さらに、労働市場は未調整なのである。つまり、労働者が幾度も職場を変更することは困難であり、契約締

結の際にしばしば実務上の意味をもたない何らかの労働契約上の付随的条件、例えば返還条項、通算条項、あるいは独

身条項のために、確保した職場を放棄することを考慮しなければならなくなるという負担から、労働者にはある種の不

動性が存在するのである。しばしば素人にとって個別的条項の効果を見抜くことは困難であろうということ、使用者に

よって事前に定型化されること、及び法的に、労働者が意識してなした正当な利益調整のためのモデルではないという

 (二九二三)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五一二

同志社法学 

五九巻六号

ことも、意味がないわけではない。

 

これらの相互作用の中で、いずれにしても個々の要因は、付随的条件の調整としての労働市場が十分に機能していな

いという結果を導く。このことは、特別に求められた労働者が、個別的に条件を交渉しうる、あるいは交渉する個々の

ケースの存在を排除するものではない。しかし法は、通常の事例を前提とすべきであり、そこでは個別契約の場合でも、

使用者との交渉ではなく、むしろ使用者による労働条件の一方的な優位があるのである。交渉されるのは、せいぜい賃

金、労働時間及び社会給付の有無に関するものになるだろう。これに対して、妥当でない返還条項のために労働契約を

拒否することは、ほとんど例外的であると考えてよいだろう。そのために、労働法上の保護法規は、個別契約上の任意

性もないのである(132)。」

 

こうしてF

astrich

は、労働法上の契約自由が機能しない原因を、その定型契約的性質やそれに基づく使用者の有利性

というよりも、労働者の従属性そのものに求め、これにより、付随的労働条件は、交渉の結果というよりも、使用者の

一方的な決定に近いのが実態であると述べる。したがって、この領域については、正当性保障が欠けているので、契約

自由による自己責任以外の方法で保障を行う必要がある。次の問題は、それを補完するのに内容審査が適切であるかど

うかである。

⑵ 

内容審査の法的安定性について

 

Fastrich

によれば、内容審査は、妥当性の基準(A

ngemessenheitsm

assstab

)をもって、契約内容の有効性を確認す

るものである。言い換えれば、内容審査が課される領域では、契約自由は妥当性の範囲内でのみ、存在することになる。

そのことから、内容審査に対しては、その法的根拠及び基準に対し、明確性に欠けるとの批判が考えられることになる。

そこでF

astrich

は、内容審査の構造及びその基準について、以下のように説明している。

 (二九二四)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五一三

同志社法学 

五九巻六号

 「内容審査は、本質的に、契約の助力、あるいは契約修正の形式ではなく、むしろ一般化しうる基準に沿って方向付

けられる適法審査(133)」

である。すなわち、内容審査であっても、別段裁判官に対して恣意的な裁量をあたえ、これによる

審査を認めるものではなく、何らかの法的基準に沿ってなされる審査であるのだから、適法審査とも呼びうるのである。

そして、そのような基準が存在しない場合には、内容審査を行うことは許されない。仮に、まったく法的保護が存しな

いような領域において、何らかの規制の必要が生じ、これを内容審査で補おうとする場合には、第一段階として、内容

審査の基準が設定される必要がある。このような基準の設定は、確かにさまざまな問題に直面しうるが、それは内容審

査の問題なのではなく、法創造の問題であるに過ぎない。法創造が適切に行われ、一般化しうる基準が展開された後、

第二段階として、そのような基準に従い、内容審査は行われるのである。

 

Fastrich

は、いわゆる公正審査の恣意性を批判する一方、内容審査は恣意性を持つものではないと主張するが、公正

審査が恣意性を持つことになった原因は、上記第一段階の法創造上の問題と、第二段階の内容審査の問題を裁判所が混

同したことにあると指摘する。

 「いわゆる公正審査についてのBAGの判例は、方法論的に厳密なものとはいえない。確かに、BAGも最終的には

その判例において、単なる公正判断としてではなく、その見解によれば法と公正というものによって、結論は異なるも

のの、一般化しうる原則を展開するための努力を行ってきた。しかし、BAGはそれに際して、公正の単なる引用によ

っては正当化し得ない法創造の問題が重要であるという事実を、はっきりと認識していない。このように、BAGは、

いわば始めから第二段階を行っている(134)」。「

つまり、法創造の問題と内容審査の問題が不当に混同され、その結果、これ

に関するBAGの判例は、ある程度恣意性を伴うことになった。しかしそれは、内容審査の特質ではない(135)」。

 

こうして、F

astrich

は、内容審査の恣意性の問題と法創造の問題を区別すべきであると主張する。F

astrich

によれば、

 (二九二五)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五一四

同志社法学 

五九巻六号

この法創造はそもそも実定法上の規定が存在しない、あるいは適合的ではない場合になされるものであるから、根底に

あるコンセンサスが確実とはいえない場合などは、それは大変困難なものとなる。しかし、その問題は、例えば補完的

契約解釈(ergänzenden V

ertragsauslegung

)で行われていること、行わなければならないことと同じ問題であって、そ

こで可能なことは、法創造においても可能なはずである。

「したがって、正しく適用される内容審査というものは、許されない公正審査ではなく、裁判所を審査基準の発展のた

めの法創造の責務から免れさせるものでもない。このことは、当然ながら誤った選択を排除するものではない。しかし

ながら、その回避のために、有意義であると思われることは、判例によって貫かれず、また、貫かれるべきではなかっ

た附随的条件に対する無制限の内容の自由、すなわち、実質的には反論の余地のない制限が様々な理論上の技巧によっ

てのみ根拠づけられることになるような内容の自由を要求する代わりに、率直に内容審査の理論の展開に努めることで

ある(136)。」

 

こうしてF

astrich

は、判例の公正審査を、本来それに先行して行われるべき法創造の問題と混同したとして批判する。

ところでF

astrich

は妥当性の基準と法創造との関係を明言していないが、おそらく、妥当性の基準は内容審査の一般的

な枠組みであり、この枠組みの内部でも、なお法創造が必要であると理解すべきであると思われる。内容審査は妥当性

の基準を用いるものではあるけれども、だからといって、裁判所はその妥当性の基準を用いてあらゆる場面で恣意的に

問題解決に当たってよいのではなく、その妥当性の基準、あるいは他の法的根拠による基準を法創造という形でより具

体的な基準に転化させ、その適用として内容審査がなされなければならないということであろう。F

astrich

によれば、

法創造は、補完的解釈においてなしうるのと同様に、なされなければならないものでもあるし、また、これまでも実質

的には行われてきたものなのであるから、付随的労働条件についての無制限の内容の自由を認めようと努力するより、

 (二九二六)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五一五

同志社法学 

五九巻六号

むしろ、明確にこれを認め、それに基づく内容審査の理論を展開することこそが、より法的安定性にとって有益なので

ある。

⑶ 

労働協約、事業所協定による保護と内容審査

 

労働契約において、法的保護に何らかの空白が存在するとしても、集団的労働法上の手段、すなわち事業所協定や労

働協約でこれを埋めることが可能であれば、内容審査を認めなくとも、労働者保護は保たれる。しかし、F

astrich

は、

集団的労働法上の手段は、この空白を埋めるというには、その機能も適用範囲も異なるものであるとして、これを否定

する。

 

第一に、F

astrich

は、事業所協定と内容審査の関係について検討している。

 

Fastrich

によれば、そもそも事業所委員会は常に設置されているとは限らないので、事業所委員会の共同決定権が常

に行使されているとはいえない上に、その管轄権および権限は特定の領域に限られているため、そこでの労働者保護は、

問題となる法の空白を埋めるものにはなりえない。確かに、共同決定権の行使により、場合によっては、法の空白が埋

まることもありうる。しかし、例えばB

etrVG

八七条一項八号および一〇号による共同決定権については、個別契約上

の合意に対する共同決定権がないため、BAGも、個別契約に対する実質的な契約自由の制限を行わざるを得なかった

のである。このことは、事業所協定による労働者保護が、実質的な契約自由の制限を不要とするものではないことを意

味する。F

astrich

は、「事業所の共同決定権は、まさに事業所の規制の統一の必要性を満たすための機能の不備の上に

存在する」が、「事業所の共同決定権は、労働契約の締結に際しての労働者の劣等性についての一般的な公差ではない(137)」

と述べている。

 

こうして、F

astrich

は事業所協定による労働者保護は、実質的な契約自由の代替にはなりうるものではないから、内

 (二九二七)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五一六

同志社法学 

五九巻六号

容審査を不要とするものではないと結論する。さらに、事業所協定に対して開かれた法というものが存在しないことも

考えれば、事業所協定そのものが内容審査を受けざるをえないとして、「事業所協定は契約自由の実質的な制限を必要

としないものではなく、制限された契約自由の根拠の上になお残っている規制の余地を利用するものである(138)。」

と説明

する。

 

次に、F

astrichは労働協約と内容審査の関係についても述べている。F

astrich

によれば、労働協約も、内容審査を一

般的に排除するものではない。

 「『協約法』も、内容審査を一般的に不必要なものとはしえない。もちろん、法が協約に対して開かれた法の形式を持

っている場合には、それは異なる。したがって労働協約は、原則的にはここで関わりのある補償効果を持つ。しかしそ

れは、実際に協約上の規制がある範囲にのみ及ぶものである。これに対して抽象的な協約上の規制可能性から、内容審

査の不要性を推測することはできない。このような推測は、協約自治が労働条件の妥当性に対する一般的責任を負うも

のであるということを前提とするものであろう。けれどもそれは制度上過大な要求であろう。

 

現行法は、契約自由及び協約自治の実質的な制限の協働により特徴付けられている。労働協約の上位の意味は、いわ

ゆる実質的労働条件(m

aterillen Arbeitbedingungen

)の確定の際に現れる。この領域においては、内容審査の必要の

ないそれぞれの状況も当然に共に規定されている。けれども、協約自治に、労働契約上の付帯規定の妥当性に一般的に

配慮すべきであるとする課題を割り当てる場合には、それ以外のことがあり得るだろう。労働契約法に対するそのよう

な責任を、協約当事者は一般的に負うことはない。法的な保護規制及び協約上の規制が、事実上重なっている場合には、

協約に開かれた法に表されているように、自治的な協約規制の優位が疑いなく考えられる。それに対して実際に協約上

の規制が存在しない間は、内容審査も属するような契約自由の実質的な制限は、必要のないものではない(139)。」

 (二九二八)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五一七

同志社法学 

五九巻六号

 

このように、F

astrich

は協約に開かれた法がある限りでは、そこでは労働協約は問題となっている補償効果をもつも

のであると考えられるから、内容審査が不要になる、すなわち、労働協約の内容は内容審査を免れるとする。しかし、

Fastrich

は、このような補償効果は、抽象的な協約上の規制可能性では生じないと述べて、内容審査の適用排除を、実

際に労働協約の規制が存在する場合に限っている(140)。

このように考えると、労働協約によって規制されることが期待され

るような領域の労働条件であっても、現に労働協約による規制が存在しない場合には、そのような条件について定めた

労働契約に対する内容審査が肯定されることになる。

⑷ 

既存の労働法上の手段と内容審査

 

最後に、F

astrich

は現存する労働法上の手段と内容審査の関係を検討する。

 

BAGの公正審査は、十分に法から開かれた任意的社会的給付の領域であっても、今日ではこれを埋めることにほと

んど疑問を抱かれないような労働者保護の空白が存在することを示していた。F

astrich

によれば、裁判所はさまざまな

制限により、無制限の契約自由の原則を放棄せずに、最も広い意味での契約内容の自由を制限してきた。けれども、判

例は多くの問題で、あらゆる理論的手段を用いて、労働関係の主要な権利および義務についての無制限の契約上の処分

から労働者を保護してきており、もはや使用者が労働条件を形成する際に一般的にBGB一三八条という最後の制限に

よってのみ制限される恣意的な自由を享受しているとの主張は今日ではほとんどなされることはない。F

astrich

によれ

ば、「むしろ、労働法の姿は、使用者を保護規定及び法創造によって展開されてきた法原則に強く拘束することによっ

て描かれているのであり、それは、少なくとも結果としては、契約自由の一般的な制限に非常に近い(141)」

から、内容審査

は現存の手段による制限と、結論において十分に一致しうる。しかし、これまで判例が行ってきた解釈、行使審査、配

慮義務、BGB一三八条、法の回避などによる労働者保護は、現にある正当性保障の上に構築されるものであるがゆえ

 (二九二九)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五一八

同志社法学 

五九巻六号

に、網の目の粗いものとならざるを得ない。F

astrich

は内容審査を積極的に使用することでこの問題と解決しうると述

べるのである。

 「この袋小路から抜け出す道は二つしかない。一方は、個別的制限をさらに増やすことである。けれどもそれは労働

契約法のさらなる硬直を導くことになり、自治の観点の下で、及び労働法の適合要件(A

npassungserfordernissen

)の

下では望ましいものではない。もう一方は、一般的に制限された契約自由―その具体化は判例により様々に展開されて

きた制限である―を前提として、内容審査をもって制限の体系を解釈しなおすことである。それは、確かに契約自由は

労働契約法においても原則的には維持されるべきであるが、労働者の負担となる規制は、もはやBGB一三八条の限度

まで意のままに効力をもつのではなく、むしろ妥当性の範囲内で、客観的に根拠づけられる要件の考慮の下で効力をも

つということを意味している。

 

当然優位なのは後者である。労働契約の領域での形成に際しての労働契約の機能の欠缺は、一般的なものである。そ

れは、特定の条項に限定されない。なぜなら、なにより個別条項に固有の問題が生じるというものではなく、むしろ労

働契約の領域では、通常、徹底的な契約交渉がなされず、労働者の契約行動は直接的、決定的に影響力をもたないとい

うことが問題となるからである。したがって、これに応じて契約自由を個別条項に対してだけでなく、一般的に制限す

ることが論理的帰結となる。なぜなら、労働者が妥当性を欠く期間、欠損条項、あるいは競業避止を排除していない状

況にある場合、労働者はどの程度までそれ以外の妥当性を欠く付随的条件を排除し得るのか明確ではないからである。

したがって、明確に許容された規制に対して、広範な法形式の強制及び契約自由の限定に移行していくことがない場合

には、労働者の保護は、個別的な、そして必然的に欠陥のある内容制限によって生じるのではなく、むしろ普通契約約

款の使用の際のように、個別的な内容制限を包括する一般的制限を必要とする(142)」。「

全体として、内容審査の理論の断固

 (二九三〇)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五一九

同志社法学 

五九巻六号

とした適用と拡大は、理論上の補充的解決及び見かけだけの解決として働く以上に、労働裁判所の判例を理論上規律し

得る状況にある。労働契約法の伝統的なシステムの、内容審査のシステムへの転換は、したがって、理論的観点の下で

も選択されるべきである。これについて、学説として表明されている見解、すなわち労働法を、契約自由に対する単一

の大きな審査システムとして理解しうるとする見解は、意外にも、適切であることが判明する。つまり、それは内容審

査のシステムである(143)」。

 

こうして、F

astrichは労働契約法の領域において、契約自由があることを前提とするのではなく、むしろこれが一般

的に制限されると解することが、労働契約の特質に合致すると結論付ける。そしてそのことが、法的硬直性を免れるた

めにも、また法的安定性、信頼性にとっても有益であると主張するのである。

⑸ 

結論

 

Fastrich

は、労働法の領域においては、労働者の従属性により、契約自由による正当性保障が機能していないという

ことを前提としている。すなわち、この領域においては、労働者は使用者との対等関係になく、当事者の自己決定に基

づく合意による正当性保障が与えられる状況にはないため、そこでの契約内容は、一見合意のように見えたとしても、

それは事実上の一方的決定であって、その内容に対する正当性保障は存しないのである。F

astrich

によれば、判例が、

さまざまな手段で、事実上契約自由を制限してきているのは、この実態をあらわしたものである。

 

さらに、F

astrich

は、対等性がなく、契約自由による正当性保障が考えられない労働法の領域においては、このよう

な契約自由が導く一方的決定は是正される必要があり、このため一般的制限を受けざるをえないと考える。F

astrich

は、

実際には存在していない契約自由を前提とする現存の個別法上の手段は、労働法を硬直させるものであるし、また集団

法ではこのような従属状況を是正するのに適切な手段ではないのであるから、このような領域においては、そもそも契

 (二九三一)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五二〇

同志社法学 

五九巻六号

約自由は客観的な妥当性の範囲内でしか存在しないと考えることによって、すなわち裁判所による内容審査に踏み込む

ことによって問題を処理すべきであると考えるのである。

2 

事業所協定に対する審査(144)

(一)判例の公正審査への批判

 

Fastrich

は事業所協定に対する公正審査を批判している。公正審査一般に関する批判はすでに紹介しているので、こ

こでは特に事業所協定に対する公正審査に限定して述べている部分を紹介するにとどめる。

 

Fastrich

もやはり、H

oyningen-Huene

を引用しながら、事業所協定への公正審査を否定する。

 「事業所協定への公正審査の批判は、第一に、公正審査はより狭い意味で考慮されるものではないという点において

正当性を生じさせうる。個々のケースの意味における公正の基準は、事業所協定及び労働協約を含む一般的規制にとっ

て効力限界として適するものではない。そうでなければ、規範の配置はほとんど不可能となる。なぜなら、非定型の事

情の下で個々のケースを不公正に導き得るということは、一般化する規制の不可避の結論であるのだから。従って、規

範が正義の必要条件を一般的に満たすのであれば、個々の不公正は、それが受忍できないものでない限り、規範適用の

方法で取り除かれるべきであり、効力コントロールの方法で取り除かれるべきではない。

 

BetrV

G

七五条一項一文からも異なる結論は導かれない。なぜならば、この規定は事業所に所属している人々の取扱

いについての一般的な基準を示したものであるから、司法上のコントロールに特別の権限を必要とする、規制問題に該

当するが、そのような権限は、調停委員会の決定のコントロールについてのB

etrVG

七六条五項に含まれているにすぎ

ないのであり、そこでの公正審査は、内容審査から区別されるべきである(145)。」

 (二九三二)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五二一

同志社法学 

五九巻六号

(二)規範審査

 

このように、F

astrich

は事業所協定に対する公正審査を否定するが、同時に、事業所協定に対する規範審査、内容審

査を肯定する。F

astrich

の規範審査、内容審査は独特なものであるため、事業所協定に対する議論だけでなく、労働協

約に対しての議論も簡単に検討しておくこととする。

 

Fastrich

はまず、事業所協定および労働協約は、どちらも契約当事者間のみならず、事業所に所属している労働者、

あるいは協約に拘束された労働者に直律的、強行的に適用される規範的効力があることを確認し、その規範的効力の限

界を検討する。出発点は、事業所協定と労働協約には、ともに完全なる契約自由の原則が適用されるのかどうかである。

 

Fastrich

によれば、私的自治の表出としての一般的な契約自由は良俗違反の限度まで認められるのであるが、それは

個々の主観的な評価の認容にもとづいて、契約内容における関係者の自己責任をもった合意であり、その限りで、「stat

pro ratione voluntas

」(理性の上に意思が立つ)の原則が妥当する。それに対して、契約自由は他人のための行為の場

合には恣意的な自由を許すものではなく、他人のための行為(H

andeln für einen anderen

)は原則的に義務的な拘束で

の行為である。

 

Fastrich

はこのように、契約自由が適用されるためには他人のための行為であってはならないとした上で、「事業所

協定の効力は、個々の関係する労働者の同意に帰着せしめられるものではないので、事業所協定についての有効な形成

余地を、一般的な契約自由からのみ根拠付けることはできない。労働者との関係における事業所パートナーの形成余地

も、それが一般的契約自由の領域内にあるほどには広くあるわけではない。事業所パートナーは、その限りで、恣意的

な自由を享受してはいない。」と述べて、事業所協定は、私的自治として良俗違反の限度まで認められる契約自由が妥

当する前提である自己決定によるものではなく、他人が規範を設定するという他人決定性を内在する規範設定的性格を

 (二九三三)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五二二

同志社法学 

五九巻六号

持つものであって、そこではおのずと契約自由は規範的効力の限界としての制限を受けることになると考えるのである(146)。

 

それでは、事業所委員会が労働者の代表で組織されているという点はどのように理解すべきであろうか。F

astrich

は、

それでも規範設定的性格に変化はないと以下のように説明する。「なぜなら、民主的な正当性をもった立法者も、決して、

この正当性によって、規範の発布に際して恣意的な自由を持つわけではなく、むしろ立法者の自由は実質的に―とりわ

け憲法の限界に服させられることによって―制限されている。労働者により事業所委員会が選択されるという事実から

も、恣意的自由の権利が導かれるわけではない。事業所委員会に対しては、労働者の強制代表者として『stat pro

ratione voluntas

』の原則は妥当しない。もちろん、そのことから広範な形成余地が排除されるわけではない。しかし、

それらは実質的に制限されており、良俗違反の場合に初めてなくなるわけではない。従って、規範に服する労働者との

関係における事業所自治の限界は、一般的な契約自由の限界よりも制限されることは不可避である(147)。」

 

このように、F

astrich

は事業所協定の規範設定的性格をもって、契約自由の制限を肯定する。次に、F

astrich

は労働

協約についても検討を行っている。

 

Fastrich

によれば、事業所協定に適用される規範審査は、労働協約にも適用される。確かに、事業所協定とは異なり、

協約規範は基本的に労働契約当事者が団体の構成員である場合にのみ適用され(T

VG

三条一項)、団体の構成員は通常

任意加入をしており、脱退権を保持している。しかし、以上のことから規範的効力の限界がなくなるわけではない。そ

の理由は、第一に、独占的、優越的な地位を持つ団体の規範設定に関しては、その加入が自由意思に基づくとしても、

経済的、社会的領域においては、無制限の権能付与を認めることはできないとする裁判所の見解、さらに加入が任意で

あるということから正当化されるのは団体内の規範に関してであって、労使関係そのものではないという点に求められ

る。つまり、労働協約の直律的効力は、協約当事者の一員であることそのものによって直ちに根拠付けられるものでは

 (二九三四)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五二三

同志社法学 

五九巻六号

なく、だからこそ、立法者はT

VG4

条一項により労働協約の直律的、強行的効力を定めたのである。その上、労働協約

の拘束は、労働者が団体の構成員でなくなった後にも及ぶ(T

VG

三条三項)ことになり、協約に拘束された労働者は、

労働組合からの脱退によって、常に規制の効力から免れることができるわけではない。

 

Fastrich

は「したがって、結論として、関係した契約当事者の間で任意に取引された契約と同様に、協約規範につい

て良俗違反の限度まで正当と認めるためには、団体参加の任意性は十分ではない。それどころか学説においても『stat

pro ratione voluntas』の原則は協約規範に対して適用されえないということが認められている。したがって、一般的契

約自由の限界よりもより狭い限界を認めることが不可避である。確かに、労働協約の『公正審査』は拒むけれども、B

GB一三八条の限界よりも広範な限界―例えば基本権の形式において―に服するという通説の現状にも、そのことは一

致する(148)。」

と述べて、労働協約に対しても、同様に規範審査が妥当するのだと結論付けている。

 

こうして労働協約に対する規範審査をも肯定したF

astrich

は、規範審査と内容審査の関係を説明する。

 

Fastrich

によれば、事業所協定および労働協約に対して行われるとされるこの規範審査の限界は、内容審査の限界と

は異なるものである。F

astrich

は規範審査が行われた例として、いくつかの判例に加えて、上述した八一年判決を例に

挙げ、これを規範審査としても解釈しうると評価している。

 「もちろん事業所協定及び労働協約が、その規範的効力という観点のもとで服する限界は、決して内容審査の限界と

一致するものではない。そのかぎりで、規範理論ついての考察が参照させられうる。したがって、それはBAGが労働

協約の法的限界について形成した形式に完全に一致する。それは、集団契約の契約的性格から根拠付けられる限界が問

題になるだけではなく、むしろその規範的効力の結果及び強行法規に応じて原則的に劣後する適用の結果が問題となる

のである。

 (二九三五)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五二四

同志社法学 

五九巻六号

 

一般的法原則に方向付けられた規範審査についての例に、事業所協定の領域においても集団的に規制された年金規則

の不利益変更に関するBAGの判例がある。事業所パートナーによって集団契約上根拠付けられた年金規則は、それ自

体としては、契約自由の原則により任意に変更されうるかもしれない。けれどもBAGの第三法定は、大法廷の明確な

承認の下で、変更する事業所協定に、比例原則及び信頼保護思想に方向付けられた一定の審査を受けさせる。けれども、

大法廷によってしばしば公正審査と呼ばれるこの審査は、法的な規制についても、遡及効及び所有権保護の観点の下で

妥当する限界に類似した規範審査の形式である。

 

同様のことは、不利益変更を定めた労働協約にも妥当する(149)。」

(三)内容審査

 

Fastrich

によれば事業所協定には規範審査がなされることになる。しかし、規範審査は、他人決定的性格から導かれ

る規範的効力の限界への審査であり、内容審査とはその限界を異にするものであった。そこで、規範審査がなされたと

しても、さらにF

astrich

のいう労働契約に対して適用されるべき内容審査が事業所協定にも行われるべきであるかどう

かが問題となる。つまり、一般的労働条件を使用者が一方的に変更した場合―例えば賞与返還条項(150)の

設定など―に及ぶ

内容審査と同じように、事業所協定による労働条件の変更であっても、規範審査を超えて、内容審査が及ぶかどうかと

いう問題である。

 「その規範設定権限の一般的な限界とならんで、事業所協定に対してBAGによって主張される内容審査のよりせま

い限界付けの余地が、なおどの程度までなのかが問題となる。

 

労働協約については、この問題は本質的に消極的な意味で決定される。しばしば判例が、そこでも鮮明でない規範審

 (二九三六)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五二五

同志社法学 

五九巻六号

査の代わりに内容審査と表す場合であっても。労働協約は、規範審査の観点の下で、上記で示された限界を超えて、よ

り狭い意味における内容審査に服することはない。なぜなら、それは、労働協約当事者の交渉権限により十分な正当性

保障をもっているからである。これらの価値判断の表現は協約に対して開かれた法の存在である。それは労働協約に定

められており、労働契約上取り決められた内容について妥当な限界をその裁量にまかせる。

 

それに対して、事業所協定についての議論は相変わらず対立しており、その議論において本質的に新たな観点が際立

って見えることもない。その中心においては、再三、事業所委員会による介入に際して契約対等性が認められるか、あ

るいは認められないかという争いが生じている。この点について、議論は膠着しているように見える。特に、BAGは

学説における批判にもかかわらず、事業所協定の内容審査を放棄するいかなる傾向も示していない。したがって我々は、

この問題に新たな局面をもたらすことを試みなければならない。内容審査は、特に根拠付けられた司法権限に含まれる

のではなく、むしろ契約自由の一般的、実体的制限の結果のみが意味するという視点を導く場合は、労働契約法が内容

審査のシステムであるという上述のテーゼは、適切な出発点であるということを意味する。

 

実定法上の限界、あるいは司法上の法の発展によって作り出された限界が、協約に対して開かれて作られていない限

り、集団的契約当事者の規範設定権限は、原則的に労働契約に適用される法の実質的な制限に服するが、労働協約はこ

れから開放的である。したがって、集団的契約の内容の自由は、原則的に労働契約の内容の自由に結び付けられる。同

様に、労働契約法における契約自由の一般的制限の事実は、それが限界について開放的でない場合、その限りで、集団

的契約にも適用される。

 

労働協約については、そのような自由裁量が協約に対して開かれた法の形式のなかに存在する。それに対して労働法

は『事業所協定に対して開かれた』法の形式をこれまで知らなかった。したがってすでに、その内容についての形成自

 (二九三七)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五二六

同志社法学 

五九巻六号

由の限界に関する労働協約と事業所協定の間の差異の実定法上の根拠は、協約に対して開かれた法及び事業所協定に際

してのその欠如の姿で見出されるのである。そこから、内容審査のより厳格な限界の適用は―それが労働契約に適用さ

れるように―、労働法における事業所協定に対しても、すでに生じているといえる。したがって、この問題においては、

いずれにせよその積極的な根拠付けではなく、むしろその不必要性の根拠が存在するのである(151)。」

 

以上のように、Fastrich

は事業所協定に対して開かれた法の不存在を手掛りに、問題を解決しようとする。F

astrich

は、

労働協約には協約に対する開かれた法の存在により、一般的な契約自由よりも狭く、労働契約よりも広い限界付けに服

すると述べた後、事業所協定について検討する。

 「次に、事業所協定について同様のことが妥当すべきであるかどうかが問題となる。労働契約に特有の限界は典型的

な労働者の従属性に基づいているが、こうした従属性は、使用者と事業所委員会の間には存在しないからである。

 

このような解放は、ここで説明した観点によれば、まず第一に、事業所協定に対して開かれた法規の形式について、

あらゆる司法上の手掛りが欠けているという問題に直面する。たしかに立法者は労働契約の限界を部分的に協約に対し

て開放的に規定した。なぜなら、それは協約当事者に際しては労働契約の機能の欠如がないとみなしているからである。

しかし、事業所協定についての相当する規定は、当初から一度も意図されていない。そのことは労働協約及び事業所協

定の異なった規制対象によるのみではないということを、例えばB

etrAV

G

が示している。同法は、しばしば事業所協

定において規定され、またされるであろう対象に関わるが、にもかかわらず一七条三項において労働協約にのみ法的規

定の例外を許容し、事業所協定にはそうではない。それに加えて実定法は、協約上の規制は事業所協定とは異なって、

原則的には契約当事者の対等が前提にされ得るので、協約開放条項は、労働者の利益にも適切な考慮をなすための十分

な保障を与えているという考慮に基づいていることを明らかにしている。労働協約と事業所協定の異なった取扱いは、

 (二九三八)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五二七

同志社法学 

五九巻六号

つまり意識的に生じる。それは、実質に反してもいない。なぜなら、事業所パートナーの対等性、あるいは不当性につ

いての争いにはかかわらず、いずれにしても労働協約当事者の規制が、正当性保障について事業所協定よりも大きい程

度で保障しているということが争われてはならないからである(152)」。「

したがって、事業所協定の内容コントロールは、労

働契約の内容的な限界を、事業所協定に対して緩めることのない立法者の決定に実質的に根拠付けられた結果である。

それは、確かに、事業所自治の直接的限界を含まないが、しかしその内容審査に相当する価値判断が具現化している

BetrV

G

(七五条)の評価にも適合する(153)」。

3 

検討

(一) 

労働契約に対する内容審査

 

Fastrich

は、内容審査そのものをかなり詳細に論じ、これを広範に認めるべきであると主張している。

 

Fastrich

によれば、労働法の領域においては、本質的に労使の対等性がなく、そこで交わされる契約には正当性保障

がない。F

astrich

は、今日、労働法の領域で存在するさまざまな契約の制限は、このような正当性保障の欠落から生じ

る保護の不備という状況を回復する手段であるいう認識を前提にしつつ、個別的手段や集団的手段では労働法は硬直化

し、さまざまな限界に直面するので、労働法の基本的な価値判断である労働者保護という観点から、労働法の領域では、

内容審査をより広範に認めるべきであるとする。F

astrichは、内容審査には法的基準が必要であると主張するので、仮

に実定法上、あるいは判例法上定められた何らかの保護基準のない領域で問題が発生した場合、第一段階として法創造

により、ある法的基準が作られるべきであり、その後、第二段階として、その基準による内容審査が行われるべきであ

るとする。そこから、裁判所による公正審査の問題点は、公正概念の使用のみならず、このような法創造の問題と、内

 (二九三九)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五二八

同志社法学 

五九巻六号

容審査の問題を混同した結果であるとの批判が行われているのである。

 

ところで、F

astrich

が、内容審査もまた適法審査であると捉えている点は留意すべきであろう。他の学説では、適法

審査は内容審査から区別されているが、F

astrich

は、内容審査もまた何らかの法的基準に沿ってなされる審査であるが

ゆえに、適法審査と整理しているのである。

(二)規範審査

 

Fastrich

は、事業所協定に対する公正審査は否定しつつ、規範審査及び内容審査が行われるべきであるとする。

 

Fastrich

は、より高次の法を手掛りとするH

oyningen-Huene

の適法審査、あるいはより進んで憲法上の価値判断を、

事業所組織法を通じて投影させようとするK

reutz

の適法審査のアプローチとは異なり、審査の実質的な根拠を探り出

そうとするアプローチから、他律的規範の内在的限界という形で規範審査を論じている。すなわち、労働協約も事業所

協定も他者決定的性格を有する規範である点は変わりがなく、労働者の私的自治に対して介入するこのような規範はす

べからく、その規範的効力の限界という形の制限を受けると説明している。これは事業所協定に対してなされる審査の

実質的根拠を鮮明に説明するものといえよう。

 

Fastrich

は、この規範審査を実際上どのような形で作用するものと考えているのであろうか。この点について、

Fastrich

は、BAGの評価として、比例原則及び信頼保護思想による公正審査は、規範審査に相当するものであると述

べていることから考えると、事業所協定は他律的規範であるから、契約自由よりも狭い限界付けがなされる必要がある

が、この他律性を理由とする限界は、例えば比例原則及び信頼保護思想という形で発現されることになると考えている

ものと思われる。

 (二九四〇)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五二九

同志社法学 

五九巻六号

 

その判断基準については、F

astrich

は明確に述べていない。F

astrich

が、八一年判決を例に挙げつつ、BAGの公正

審査を、実質的には規範審査を行ったものであると評価している以上は、規範審査の判断基準は、少なくともこの判決

のような抑制的になされている公正審査に近いものと考えられる。しかし、より介入的な審査と評価しうる八七年判決

のような介入に対しても、規範審査として許容されるかどうかは不明である。F

astrich

は規範審査よりも強い審査であ

る内容審査も想定しているところから、八七年判決のような判断は、規範審査ではなく内容審査に相当する可能性もあ

るからである。

(三)事業所協定に対する内容審査

 

Fastrich

は、事業所協定に対して規範審査だけでなく、内容審査をも肯定している。すなわち、そもそも労働法は内

容審査を認めるシステムであるという認識を出発点とし、このシステムは集団的契約に対しても当然に及ぶものである

と考える。そして、その内容審査のシステムから逃れるためには、それを法が認めていることが、すなわち、「開かれ

た法」の存在が不可欠であるとする。この「開かれた法」は、労働協約については存在し、そのために労働協約は内容

審査を受けないといえるが、事業所協定には「開かれた法」は存在しない。したがって、事業所協定は、内容審査を免

れることができないと説明するのである。このF

astrichの議論によれば、事業所委員会の対等性の存否を問題としなく

ても、事業所協定に対する内容審査を肯定することができる。

 

なお、本稿の課題とは直接関係するものではないが、F

astrichが、労働契約に対し内容審査が不要になるのは、そこ

で定められる労働条件について労働協約が現実に締結されている場合のみであり、単に抽象的に協約上の規制可能性が

あるというだけでは足りないと述べている点も注目される。F

astrichは抽象的な規制可能性で労働契約に対する内容審

 (二九四一)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五三〇

同志社法学 

五九巻六号

査を否定することは、協約自治制度に労働条件の妥当性に関する一般的責任を負わせるものとして、制度上過大な要求

であると述べている。

四 

学説のまとめ

 

事業所協定による労働条件の変更に際しては、公正審査が課せられるとするのが判例の立場である。判例によるこの

公正審査の実質的な根拠は、事業所委員会は完全に従属状況から脱しきれていないとの認識であった。これに対し、学

説は、事業所委員会が非対等状況にあるとする前提に否定的である。しかし、事業所協定への審査の必要性を完全に認

めないというものでもなく、何らかの形の審査については容認しながらも、それが公正審査である点について、批判を

行うものが多かった。

 

Hoyningen-H

uene

は、事業所協定に対してはより高次の法との一致が求められるとして、労働協約、法律、法律の代

替たる判例法に反するかどうかという適法審査を主張していた。この適法審査は、権利濫用を含めた一般条項を用いる

ことにより、その介入の程度にもある程度の幅を持たせることが可能であるにせよ、用いられている介入の根拠から考

えると、集団的な利益衡量としての側面よりも、個別的な視点による審査に止まる可能性もある。また、K

reutz

も事業

所協定は強行法規に服するとしているが、H

oyningen-Huene

の適法審査をより進めて、B

etrVG

七五条を通じて憲法上

の価値判断である比例原則、平等取扱原則に服すると述べている。この両原則を適法審査の枠内で考慮することは、判

例が意図している審査と同じく、集団的な視点による利益衡量審査に途を開くものと考えられよう。

 

これに対してF

astrich

は、事業所協定も労働協約も、その他律的決定との性格から規範的効力の限界が審査されると

述べ、さらに、労働法が内容審査のシステムであるという理解を前提に、協約に対して開かれた法を根拠に労働協約に

 (二九四二)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五三一

同志社法学 

五九巻六号

対する内容審査を否定しつつ、事業所協定は内容審査に服すると述べている。

(1) 

事業所組織法七七条三項に関しては、現実には、事業所協定で賃金などの条件を直接規律する場合もあり、賃金ドリフトが相当程度生じ

ているようである。この点については、西谷敏『ゆとり社会の条件』(一九九二年・労働旬報社)三三頁参照。

(2) 

事業所組織法の二〇〇一年改正については、これを紹介した邦語文献として、藤内和公「ドイツ事業所組織法改正」季労一九八号(二〇〇二

年)一四〇頁以下、新林正哉「ドイツ事業所組織法二〇〇一年改正における事業所委員会選挙手続の改正―経営形態・従業員集団の変化に

対応した再設計―」季労一九九号(二〇〇二年)一四一頁以下等がある。

(3) 

事業所委員会及び事業所協定について、詳しくはL

öw

isch

, Arbeitsrecht, 6.A

ufl., 2002, S.115ff.; Münchener H

andbuch zum A

rbeitrecht Band

3 kollektives Arbeitrecht, 1993, S.1442 ff. ;

土田道夫「西欧諸国における労使協議制度の概要(第二回)―ドイツの労使協議制度の概要」世界

の労働九号(一九九九年)二二〜三三頁、西谷・前掲注一書三〇頁以下、毛塚勝利「組合規制と従業員代表規制の補完と相克」蓼沼健一編『企

業レベルの労使関係と法』(一九八六年・勁草書房)二一三〜二六一頁など参照。

(4) 

中央事業所委員会、コンツェルン事業所委員会についてはL

öw

isch

、a.a.O.

(N.3

), S. 129f.

(5) 

Münchener H

andbuch zum A

rbeitrecht Band3 kollektives A

rbeitrecht, 1993, S.1449 ff.

(6) 

Löw

isch

, a.a.O.(N

.3

), S. 116.

(7) 

Löw

isch

, a.a.O.(N

.3

), S. 153.

(8) 

BA

G G

S Beschl. v. 16.9.1986 A

P N

r.17 zu §77 BetrV

G 1972.

(9) 

詳細は、村中孝史「労働契約と労働条件の変更―西ドイツ一般的労働条件論をめぐって―」法学論叢一二四巻五・六号(一九八九年)

一三五頁以下、大内伸哉『労働条件変更法理の再構成』(一九九九年・有斐閣)二〇三頁以下、荒木尚志『雇用システムと労働条件変更法理』

(二〇〇一年・有斐閣)一六五頁、以下、丸山亜子「ドイツにおける有利原則論の新展開(一・二完)」法学雑誌(二〇〇一年)四八巻二号

一四一頁・四八巻三号九七頁以下参照。

(10) 

秩序原理とは、事業所における秩序が新たに形成された場合には、旧秩序と比べて有利不利を問わず、当然に適用されるとする原則であり、

これを主張したN

ipperdey

は、有利原則はそもそも個々の労働者の成績に基づくもので、一般的労働条件はこれになじまないという理解とと

もに、一般的労働条件も事業所協定と同じく事業所レベルで適用される秩序であって、旧秩序は新秩序によって変更されるという秩序原理

 (二九四三)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五三二

同志社法学 

五九巻六号

が妥当すると述べている。村中・全前掲注8論文一三五頁以下、西谷敏『ドイツ労働法思想史論』(一九八七年・日本評論社)四五一頁以下。

なお、大内伸哉『労働条件変更法理の再構成』(一九九九年・有斐閣)二一〇頁以下、荒木・前掲注9書一六八頁以下、丸山・前掲注9論文

一四九頁以下も参照。

(11) 

BA

G U

rt. v. 30.1.1970 AP

Nr.142 zu §242 B

GB

Ruhegehalt.

(12) 

公正審査については本章第四節を参照。

(13) 

BA

G U

rt. v. 12.8.1982 AP

Nr.4 zu §77 B

etrVG

1972.

(14) 

ただし、本判決では集団的関連性のない労働条件については個別労働契約の優位が認められるとしているので、そのような労働条件の判

断基準によっては、強行的共同決定の領域においても、個別労働契約はある程度事業所協定から保護され得る。

(15) 

本判決については、村中・前掲注9論文一三五頁以下が詳しい。

(16) 

BA

G G

S Beschl. v. 16.9.1986 A

P N

r.17 zu §77 BetrV

G 1972.

(17) 

この判決では、公正審査という用語は使用されず、比例原則が強調されている。公正審査については本章第四節を参照。

(18) 

大法廷判決の問題点と有利原則について、詳しくはH

rom

ad

ka

, Änderung von A

rbeitsbedingungen, 1990, S.145 ff.

(19) 

大法廷は、「公正審査」という用語は使用していないが、特に公正審査を否定する趣旨ではないと思われる。この点については、本章第四

節一を参照。

(20) 

BA

G U

rt. v. 30.1.1970 AP

Nr.142 zu §242 B

GB

Ruhegehalt.

(21) 

BA

G U

rt. v. 3.10.1969 AP

Nr.12 zu §15 A

ZO

.

(22) 

BA

G U

rt. v. 30.1.1970 AP

Nr.142 zu §242 B

GB

Ruhegehalt.

(23) 

BA

G U

rt. v. 6. 2. 1985 AP

Nr.1 zu §1 T

VG

Tarifvertäge: Süssw

arenindustrie.

(24) 

BA

G U

rt. v. 30.9.1971 AP

Nr.36 zu §620 B

GB

Befristeter A

rbeitsvertrag.

(25) 

この期限は雇用関係の継続期間により段階付けられており、具体的には五年以上の雇用関係がある場合には、現行の上演期間一〇月三一

日まで、雇用関係が一〇年以上にわたる場合には、上演期間の七月三一日までに相手方である契約当事者に書面で交付されなければならな

いとされていた。

(26) 

BA

G U

rt. v. 24.8.1993 AP

Nr.19 zu §1B

etrAV

G A

blösung.

 (二九四四)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五三三

同志社法学 

五九巻六号

(27) 

BA

G U

rt. v. 25.2.1998 AP

Nr.11 zu §1T

VG

Tarifverträge L

ufthart.

(28) 

Sch

liem

an

n, Z

ur arbeitsgerichtlichen Kontrolle kollektiver R

egelungen; 

in Arbeitsrecht und Sozialpartnerschaft: F

estschrift für Peter H

anau, 1999, S. 582.

(29) 

Hoy

nin

gen

-Hu

en

e, Die B

illigkeit im A

rbeitrech

t, 1978, S.168 ff.; F

astr

ich

, Rich

terliche In

haltskon

trolle im P

rivatrecht,1992,S

.203 ff. S

ch

liem

an

n, a.a.O

.(N.28

),S. 581.

(30) 

Hoy

nin

gen

-Hu

en

e, a.a.O.(N

.29

),S.168 f.

なおS

ch

liem

an

n

は、「労働協約規範に対する裁判所の審査権限の限界は、基本法九条三項に基づ

く労働協約の基本法への組み入れによって明らかになる」が、協約自治と内容審査は相容れないものであり、「労働協約は適法審査を受ける

に過ぎない」と述べる。S

ch

liem

an

n, a.a.O

.(N.28

),S. 581.

(31) 

Th

iele, D

ie grob

e Un

billigk

eit des Z

ugew

inn

ausgleich

s, JZ60, S.394ff. Z

ur gerich

tlichen

Üb

erpru

fun

g von

Tarifverträgen

un

d

Betriebsvereinbarungen, in : L

arenz-Festschift, 1973, S.1056.

(32) 

Hoy

nin

gen

-Hu

en

e, a.a.O.(N

.29), S.169 f.

(33) 

Fa

str

ich

の見解については、本章第五節三で紹介する。

(34) 

Dieterrich in F

estschrift für G ünter Schaub, 1998, S.117ff.

(35) 

Schliemann, a.a.O

.(N.28

), S. 587.

(36) 

Rie

ble

, Der T

arifvertrag als kollektiv-privatautonomer V

ertrag, ZfA

, 2000, S.5ff.

(37) 

なお、判例は憲法及び労働法の基本原則に反するか否かという形で審査がなされうるのだと判示しており、例えば平等取扱原則などから

の審査もなされる。このような審査も、近年内容審査と呼ばれることがある(F

astr

ich

, a.a.O.

(N.27

), S.203 f

)。しかし、労働協約について

は内容審査はなされていないとし、このような審査を内容審査とは呼ばないのが通説であるので、本稿でもそれにならう。

(38) 

BA

G U

rt. v. 30.1.1970 AP

Nr.142 zu §242 B

GB

Ruhegehalt.

(39) 

Hoy

nin

gen

-Hu

en

e,, a.a.O.(N

.29

),S.161 f.

(40) 

この年金規則が契約上のものか、事業所協定に基づくものかは判断されていない。仮に年金規則が契約上のものであると有利原則の問題

が発生することになるが、この点について本判決では法創造により、事業所協定によって一般的労働条件が変更され得ると判示しているので、

どちらであっても結果は変わらないものであるからであろう。

 (二九四五)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五三四

同志社法学 

五九巻六号

(41) 

本判決で挙げられているB

etrVG

五三条、四九条二項二文、四九条一項は、現行法ではそれぞれB

etrVG78

条、七四条二項一文、二条一項に

ほぼ相当する。大内・前掲注10書二三五頁参照。

(42) 

BA

G U

rt. v. 8.12.1981 AP

Nr.1 zu §1 B

etrAV

G A

blösung.

(43) 

企業老齢保障改善法については、邦語文献として、ペーター・アーレント/ヴォルフガング・フェアスター/ヨッヘン・リューマン共著、

三菱信託銀行企業年金研究会訳『ドイツ企業年金法』(平成一二年・ぎょうせい)がある。

(44) 

Hoy

nin

gen

-Hu

en

e, a.a.O.(N

.29

), S.161ff.; Kreu

tz, Zeitschirift f;ür A

rbeitsrecht, 1975, 65.S.74ff.

(45) 

使用者による拠出範囲という意味であると思われる。

(46) 

Hoy

nin

gen

-Hu

en

e, a.a.O.(N

.29

), S.163 f.

(47) 

BA

G U

rt.v.17.3.1987AP

Nr.9 zu §1 B

etrAV

G A

blösung.

(48) 

BA

G G

S Beschl. v. 16.9.1986 A

P N

r.17 zu §77 BetrV

G 1972.

(49) 

Hrom

ad

ka

, a.a.O.(N

.18

),S.146 f.

(50) 

BA

G U

rt.v.17.3.1987 AP

Nr.9 zu §1 B

etrAV

G A

blösung.

(51) 

また、ドイツ法上の意義としては超過手当ての削減との主張を認めない場合の一例を示した点に意義を有する。本章本節二の二も参照。

(52) 

以上は本文中には記載がないが、判示事項として挙げられている。

(53) 

判決は、没収不能の期待権を侵害する変更をなしている部分があった可能性を排除せず、それについても審議不十分であるとして差し戻

している。

(54) 

たとえば、B

AG

Urt. v. 22.5.1990 A

P N

r.3 zu §1 BetrA

VG

. Betriebsvereinbarung ; B

AG

Urt.v.23.10.1990 A

P N

r.13 zu §1 BetrA

VG

. Ablösung ; B

AG

Urt.v.16.7.1996 A

P N

r.21 zu §1, §2Abs.1, §16 

BetrA

VG

Ablösung ; B

AG

Urt.v.21.1.1992 A

P N

r.24 BetrA

VG

§1 Abösung, §1 B

erechnung, §1 BA

G

Besitzstand, §

五;B

etrVG

.

(55) 

本章第六節一を参照。なお、B

GB315

条は、当事者の一方が給付を確定しうる場合に、給付の確定は「公正」におこなわれなければならな

いとする条文であり、一般的法意を示したものとして、同条文を事業所協定の変更の場合にも適用しうるとする裁判所の見解は、事業所協

定について、事実上使用者の一方的決定と同視しうるという判断を示しているものといえよう。

(56) 

ボード・ピエロート/ベルンハルト・シュリンク、永田秀樹・松本和彦・倉田原志訳『現代ドイツ基本法』(二〇〇一年・法律文化社)九四

 (二九四六)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五三五

同志社法学 

五九巻六号

頁以下。

(57) 

BA

G U

rt. v. 8.12.1981 AP

Nr.1 zu §1 B

etrAV

G 

Ablösung. ; B

AG

Urt. v. 17.3.1987 A

P N

r.9 zu §1 BetrA

VG

Ablösung.

(58) 

ドイツの企業年金制度については、村中孝史「ドイツにおける企業年金の現代的諸相」民商法雑誌

一一二(一)四五頁及び同著者「ドイ

ツ企業年金法の史的研究」法学論叢 (京都大学法学会)

一三六(四〜六)

一九九五・三 

二三一〜二六八頁、ペーター・アーレント/ヴォルフ

ガング・フェアスター/ヨッヘン・リューマン共著、三菱信託銀行企業年金研究会訳『ドイツ企業年金法』(平成一二年・ぎょうせい)参照。

(59) 

BA

G U

rt. v. 8.12.1981 AP

Nr.1 zu §1 B

etrAV

G A

blösung.

(60) 

この年金規則は、一般的労働条件である契約上の統一規則として適用されていた。

(61) 

施行は一九七九年一月一日であった。

(62) 

BetrA

VG

一条以下は、一定の条件下で給付期待権は、使用者によって没収されえなくなること、すなわち給付期待権の没収不能性を定めて

おり、二条はその割高の計算方法(比例計算法)を定めている。判決は、この規定は本来的には使用者の支払不能、失効可能性に対する保

護であるが、その趣旨を考慮すれば、後発的な期待権の切り下げに際しても、特殊な場合を除いて没収不能性を認めるべきであると結論し

ている。

(63) 

使用者の拠出範囲のことであると思われる。

(64) 

労働者の持つ期待権を本判決は二分したわけであるが、後の判決では三分されることになる。

(65) 

本判決によれば、期待権は二分されるので、すでに獲得された期待権とはB

etrAV

G

二条によって導き出される期待権の部分のみであるが、

次に紹介する判決において期待権は三分され、第一類型、第二類型が獲得された期待権と呼ばれる。そして、この第一類型―本判決でいう

獲得された期待権―は、没収不能の年金期待権(unverfallbaren V

ersorgungsanwartschaft

)と呼ばれることがある。

(66) 

判決が「従前の年金規制は、その最高限度額を総収入の八〇〜八五%と定めていた。これは現役労働者が支払う税・社会保障負担を考慮

したものである。」と述べているところから、この従来の年金計画は、労働者の受け取る年金額が実質的に退職時の手取り収入に相当するこ

とを意図していたものであると思われる。

(67) 

BA

G U

rt. v. 17.3.1987 AP

Nr.9 zu §1 B

etrAV

G A

blösung.

(68) 

以上は本文中には記載がないが、判示事項として挙げられている。

(69) 

なお、判決は、期待権の区分における第一類型(没収不能の年金期待権)を侵害する変更をなしている部分があった可能性を排除せず、そ

 (二九四七)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五三六

同志社法学 

五九巻六号

れについても審議不十分であるとして差し戻している。

(70) 

なお、本判決では、当該介入が第一類型ないし第二類型にあたるとされ、これに応じた変更理由の存否が争われたもので、それより介入

の程度が緩やかな場合にあたる第三類型については判断されていない。

(71) 

BA

G U

rt. v. 8.12.1981 AP

Nr.1 zu §1 B

etrAV

G A

blösung.

(72) 

第一章第三節三の三にある。

(73) 

BA

G U

rt. v. 22.5.1990 AP

Nr.3 zu §1 B

etrAV

G B

etriebsvereinbarung.

(74) 

その年金規則によると、一〇年の待機期間の達成の後に、最終二四ヶ月に獲得した総収入の平均五〇パーセントが年金として支給され、さ

らに、勤続年数ごとに一パーセントが加算され、最大で七五パーセントとする、というものであり、この年金に、社会保険年金ならびに同

業組合の年金給付は通算されることになっていた。

(75) 

その内容は、社会保険年金の寄付配分限界までの給与部分に関して、勤続年数ごとに〇・七パーセントが、それを超える部分に関して勤続

年数ごとに一・二パーセントが、勤続年数が三〇年になるまで加算されるというものであった。

(76) 

判決は、年金の分野で年齢を適切に考慮しなければならない理由として、労働者が高齢であればあるほど、別の労働市場において損失を

補填するチャンスが少なくなること、という理由を挙げている。

(77) 

勤続期間の増加によって年金額が増加するという点に関する変更はない。

(78) 

BA

G U

rt.v.23.10.1990 AP

Nr.13 zu §1 B

etrAV

G A

blösung.

(79) 

BA

G U

rt.v.21.1.1992 AP

Nr.24 B

etrAV

G §1 A

bösung, §1 Berechnung, §1 B

AG

Besitzstand, §45; B

etrVG

(80) 

原告が管理職員である場合には、原告は事業所協定の人的適用範囲に該当せず、事業所協定に対する公正審査が行われないので、本稿の

関心とは関連が薄いからである。なお、裁判所は、原告が管理職員であった場合には、原告の労働契約が、事業所協定の定める条件をその

都度引用するという内容であったと認定し、変更された事業所協定の内容が、原告の労働契約内容になると認定した。

(81) 

この記述はB

AG

Urt. v. 17.3.1987 A

P N

r.9 zu §1 BetrA

VG

Ablösung

とまったく同じである。

(82) 

BA

G U

rt.v.16.7.1996 AP

Nr.21 zu §1, §2A

bs.1, §16 BetrA

VG

Ablösung.

(83) 

BA

G U

rt. v. 17.3.1987 AP

Nr.9 zu §1B

etrAV

G A

blösung.

(84) 

この要件が年金区分でいう第三類型とほぼ同じであるため、第三類型についても同様に考えうるものと思われる。第三類型については、よ

 (二九四八)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五三七

同志社法学 

五九巻六号

りゆるやかな審査でよいと裁判所が考えていることの証左になるであろう。

(85) 

BA

G U

rt. v. 10. 9. 2002 AP

Nr.37 zu §1 B

etrAV

G A

blösung.(86) 

この事件では、原告は変更日以降の被告の財務状況の改善等を考慮するべきであると主張したが、裁判所は、介入の適法性は、決定日の

状況のみで審査されるとして、これを否定した。

(87) 

超過手当ての法理については本稿八七頁を参照。

(88) 

この判決では、具体的公正審査を行うとの文言はでてこなかった。しかし、実質的には具体的公正審査も行っているものと考えられる。

(89) 

一九七〇年一月三〇日判決において、第三法廷は「事業所という領域においては、事業所委員会が唯一の全従業員の代表であるので、事

業所の年金規則が使用者と労働者の間で取り決められるということが、現代的な法の発展の方向と合致している。」と述べて、集団的な労働

関係は事業所自治による規制が望ましいと判示している(本章第二節一)。

(90) 

Hoy

nin

gen

-Hu

en

e, a.a.O.(N

.29

), S.161 .

(91) 

Hoy

nin

gen

-Hu

en

e, a.a.O.(N

.29), S.162 f.

(92) 

Hoy

nin

gen

-Hu

en

e, a.a.O.(N

.29), S.163 f.

(93) 

Hoy

nin

gen

-Hu

en

e, a.a.O.(N

.29

), S.164 .

(94) 

Hoy

nin

gen

-Hu

en

e, a.a.O.(N

.29

), S.165.

(95) 

Hoy

nin

gen

-Hu

en

e, a.a.O.(N

.29

), S.165 f.

(96) 

Hoy

nin

gen

-Hu

en

e, a.a.O.(N

.29

), S.166 f.

(97) 

BA

G U

rt. v. 30.1.1970 AP

Nr.142 zu §242 B

GB

Ruhegehalt.

(98) 

BA

G 13.9.1974-5 A

ZR

48/74-BB74,1640

=DB74,2483.

(99) 

BA

G 11.3.1976-3 A

ZR

334/75-AP

§242BG

B R

uhegehalt-Unverfallbarkeit. N

r.11 ; BA

G13.10.1976-3 AZ

R 345/75-E

zA §242B

GB

Ruhegeld N

r.58.

(100) 

Hoy

nin

gen

-Hu

en

e, a.a.O.(N

.29

) ,S.168 f.

(101) 

BA

G U

rt. v. 8.12.1981 AP

Nr.1 zu §1 B

etrAV

G A

blösung.

(102) 

Hoy

nin

gen

-Hu

en

e, a.a.O.(N

.29

) ,S.167 f.

(103) 

Kreu

tz, Betriebsverfassungsgesetz G

emeinschaftskom

menter 

Band II 8. A

uflage, 2005, S.293 ff.

 (二九四九)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五三八

同志社法学 

五九巻六号

(104) 

Kreu

tz, a.a.O.(N

.103

), S.297.(105) 

Kreu

tz, a.a.O.(N

.103

), S.298.(106) 

BA

G U

rt. v. 8.12.1981 AP

Nr.1 zu §1 B

etrAV

G 

Ablösung.

(107) 

Kreu

tz, a.a.O.(N

.103

), S.289.

(108) 

Kreu

tz, a.a.O.(N

.103

), S.297.

(109) 

Kreu

tz, a.a.O.(N

.103

), S.294.

(110) 

Kreu

tz, a.a.O.(N

.103

), S.294 f.

(111) 

BA

G U

rt. v.30.1.1970 AP

Nr.142 zu §242 B

GB

Ruhegehalt.

(112) 

BA

G U

rt. v.8.12.1981 AP

Nr.1 zu §1 B

etrAV

G A

blösung.

(113) 

BA

G G

S Beschl. v.16.9.1986 A

P N

r.17 zu §77 BetrV

G 1972.

(114) 

Kreu

tz, a.a.O.(N

.103

), S.300.

(115) 

BetrV

G

七五条は、第一項において、使用者および事業所委員会は、事業所で働いているすべての労働者が、法と公正(R

echt und

Billigkeit

)の原則により取り扱われるように、とりわけ、その血統、信仰、国籍、出身(H

erkunft

)、政治上の、または労働組合上の活動、

あるいは立場のために、あるいはその性別(二〇〇一年の法改正により、これに性的な自己同一性(sexuellen Identität

)が追加された。)を

理由として、異なった取扱いを受けることがないように、監視しなければならない旨を規定する。さらに、使用者及び事業所委員会は、労

働者が特定の年齢を超えたことのために、不利な取扱いを受けることのないように配慮しなければならない。

   

また、同条第二項においては、使用者及び事業所委員会は、事業所において働いている労働者の人格の自由な展開を保障し、促進しなけ

ればならないとされる(なお、二〇〇一年の法改正で、さらに第二文が追加され、使用者および事業所委員会は、労働者および労働者集団

の独立ないし特有の主導権(E

igeninitiative

)を促進しなければならないとされた。)。

(116) 

和田肇『労働契約の法理』(一九九〇・有斐閣)九三頁以下。

(117) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.159 ff.

(118) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.159-181 f.

(119) 

Fastrich

は、仲買営業所の外務員の雇用契約における、未期限の最終三ヶ月の手数料の支給を行わないという合意についての事例を挙げて

 (二九五〇)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五三九

同志社法学 

五九巻六号

いる。また、BAGが自ら「公正審査」とは述べていないもののこれと同視しうるものとして、有期労働関係についての事例、賞与の返還

条項についての事例、競業避止義務についての弁済の事例等を挙げている。

(120) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.165 f.

(121) 

たとえばF

astrich

はこの事例を、「給付留保が無制限に許容されない領域内にある、内容審査の範囲内で決定がなされる場合には、理論的

な問題は解決される」と述べて、この事例は実質的に内容審査として解釈すべきであると主張している(F

astr

ich

, a.a.O.(N

.27

),S.168 f.

)。

(122) 

Fastrich

が撤回条項について述べているところによると、BAGは信頼保護の原則によって正当化を試みているが、年金の約束についての

明確な文言がある場合には信頼要件を満たすことができず、内容審査をもって正当化せざるを得ない。

(123) 

賞与返還条項とは、その支給後一定期間以内に退職する場合には返還するという条件を定めた条項であり、労働者の退職の自由との関係

で問題となる(L

öw

isch

, a.a.O.(N

.3

), S.258ff.

)。Fastrich

によれば、BAGはこのような条項を、原則としては契約自由により許容されると

しながらも、配慮義務や脱法の観点から実質的には制限している。

(124) 

そこでは、F

astrich

はBAGが、BGB一三四条、一三八条以外に配慮義務を制限の根拠に挙げたことをとらえて「契約自由の一般的制限

としての配慮義務の引用は、BAGが労働法の中に全体的により狭い制限を引いていることを示している。契約自由の制限としての配慮義

務は、BGB二四二条の制限に相当するものであり、契約条件の有効性制限についてのその制限は、BGHの判例においてはあからさまな

内容審査の出発点であった。つまり大法廷が労働法における契約自由を、一般的に配慮義務の制限の下に置く以上は、それは結果において、

内容審査の意味における契約自由の一般的制限に相当するのである。」と述べている。

(125) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.181 ff.

(126) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.182 f.

(127) 

Fastrich

は、「この『空白』は、非常に明白であった。特に、その規制を立法者も受け入れてきた事業所の老齢年金の領域においては。し

たがって、まさに事業所年金の所轄である第三法廷が、いわゆる公正審査への移行により法的保護規定の欠缺を補完することを試みたこと

は偶然ではない。」と述べている(F

astr

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.184 f.)。

(128) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.184 f.

(129) 

Fastrich

は、主たる条件の領域で内容審査が適切ではない理由を、次の二点から説明している。第一に、この領域では、内容審査よりも、

契約締結の自由が重要な問題となること。第二に、賃金については協約自治により労働契約の秩序機能が維持しえるし、正当な価格なるも

 (二九五一)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五四〇

同志社法学 

五九巻六号

のが存在しないことである。そして、主たる条件の領域で内容審査の適否について、「主たる条件(H

auptbedingungen

)の領域においては、

労働契約の機能の瑕疵の可能性を内容審査によって取り除くことはできない。その除去は、むしろ協約当事者、あるいは立法者のなすべき

ことであろう。裁判官には、この領域においてはBGB一三四条、一三八条という手段が与えられているにすぎない。」と述べる。(F

astr

ich

,

a.a.O.(N

.26

),S.186 f.

)。

(130) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.186 f.

(131) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.186 f.

(132) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.187 f.

(133) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29), S.191.

(134) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29), S.191 f.

(135) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.192.

(136) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.193 f.

(137) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.194.

(138) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.195.

(139) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.195 f.

(140) 

労働協約と内容審査に関しては本章第三節参照。

(141) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.197 f.

(142) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.198 f.

(143) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.201 f.

(144) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.202 ff.

(145) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.204 f.

(146) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.205 ff.

(147) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.205.

(148) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.207.

 (二九五二)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(2)

五四一

同志社法学 

五九巻六号

(149) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.207 f.(150) 

賞与返還条項については前掲注119参照。

(151) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.208 ff.

(152) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.210 f.

(153) 

Fa

str

ich

, a.a.O.(N

.29

), S.212.

 (二九五三)