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東南アジアにおける中国自動車のキャッチアップ戦略 小原 篤次(長崎県立大学) ohara2012(at)sun.ac.jp 要旨 本報告は第 1 節で、国際自動車工業連合会(OICA統計を用いて、世界に占める中国やインド ネシア市場規模を確認する。第 2 節では、インドネシア自動車製造業者協会(GAIKINDO)統計で、 最大手の上海汽車傘下で米国GMとの合弁会社上汽通用五菱汽車(SGMW、ウーリン)を中心に中国系 の実績を確認する。第 3 節では、中国自動車メーカーの対外投資に関する先行研究を紹介し、第 4 節で、現地調査を報告する。 2節の販売統計でみる限り、中国自動車メーカーがインドネシアなど東南アジアで販売してい るという点では、言い換えると、完成車が技術的に販売できる水準であるという点で、すでに日本 メーカーにキャッチアップしていると言える。技術的なキャッチアップは中国における自動車分解 による模倣から、外資系メーカーからの技術者の転職、自動車部品メーカーの協力、合弁相手の外 資ケーメーカーからの技術移転、さらにはVOLVOなど買収先からの技術支援など複層的である。 他方、インドネシアでみれば、中国自動車メーカー1社の月間販売台数は1000台程度で、マツダ の実績を上回った程度であり、現状では、日本メーカー全体のシェアを脅かすほどにはなっていな い。トヨタ自動車。ダイハツ工業、本田技研工業、三菱自動車、スズキの上位5社に迫るには、月 1万台程度の販売実績が必要である。1000台程度の現状からほど遠いようにもみられる。 同時に、東南アジア域内の要因よりは域外要因が大きいと考えれば、中国での自動車メーカーの 淘汰や再編、さらには日本メーカーの淘汰や再編次第では、EVや自動運転などガソリンエンジンを 搭載する自動車パラダイムが新しい時代にシフトすれば、日本メーカー全体を脅かすことも決して あり得ないことだとは考えていない。 ―001―

東南アジアにおける中国自動車のキャッチアップ戦略 小原 篤 …...東南アジアにおける中国自動車のキャッチアップ戦略 小原 篤次(長崎県立大学)

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東南アジアにおける中国自動車のキャッチアップ戦略

小原 篤次(長崎県立大学)

ohara2012(at)sun.ac.jp

要旨

本報告は第 1 節で、国際自動車工業連合会(OICA) 統計を用いて、世界に占める中国やインド

ネシア市場規模を確認する。第 2 節では、インドネシア自動車製造業者協会(GAIKINDO)統計で、

最大手の上海汽車傘下で米国GMとの合弁会社上汽通用五菱汽車(SGMW、ウーリン)を中心に中国系

の実績を確認する。第 3 節では、中国自動車メーカーの対外投資に関する先行研究を紹介し、第

4 節で、現地調査を報告する。

第2節の販売統計でみる限り、中国自動車メーカーがインドネシアなど東南アジアで販売してい

るという点では、言い換えると、完成車が技術的に販売できる水準であるという点で、すでに日本

メーカーにキャッチアップしていると言える。技術的なキャッチアップは中国における自動車分解

による模倣から、外資系メーカーからの技術者の転職、自動車部品メーカーの協力、合弁相手の外

資ケーメーカーからの技術移転、さらにはVOLVOなど買収先からの技術支援など複層的である。

他方、インドネシアでみれば、中国自動車メーカー1社の月間販売台数は1000台程度で、マツダ

の実績を上回った程度であり、現状では、日本メーカー全体のシェアを脅かすほどにはなっていな

い。トヨタ自動車。ダイハツ工業、本田技研工業、三菱自動車、スズキの上位5社に迫るには、月

間1万台程度の販売実績が必要である。1000台程度の現状からほど遠いようにもみられる。

同時に、東南アジア域内の要因よりは域外要因が大きいと考えれば、中国での自動車メーカーの

淘汰や再編、さらには日本メーカーの淘汰や再編次第では、EVや自動運転などガソリンエンジンを

搭載する自動車パラダイムが新しい時代にシフトすれば、日本メーカー全体を脅かすことも決して

あり得ないことだとは考えていない。

―001―

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東南アジアにおける中国自動車のキャッチアップ戦略

キーワード:技術移転 自動車 直接投資

ディーラー

は じ め に

1.中国の自動車市場規模

2.インドネシアの自動車市場規模 (1)ASEAN最大の販売市場(2)参入・撤退が激しい市場(3)日系自動車トップの発言3.先行研究4.現地調査

(1)中国自動車メーカーの概要(2)ディーラーの訪問調査(3)スラバヤ・オート・ショーおわりに

はじめに

自動車で中国が世界一の市場規模を誇る。中国は販売台数で2009年から米国を抜いて世界一となり、2017年で2912万台、日本の5.6倍、米 国の1.7倍の市場規模である。ドイツVW、ルノー・日産・三菱連合、トヨタ自動車の世界 3大自動車メーカーグループを合計した規模に匹敵する。この中国の国有三大自動車グループ1 が相次いでインドネシアなど東南アジアで販売・生産を開始している。本報告に際して、2018年 9 月後半、インドネシアに滞在し、ディーラーを訪問したほか、

スマトラ・オート・ショーに参加し、現地の自動車関係者にヒアリングも実施した。

第 1 節では、国際自動車工業連合会(OICA) 統計を用いて、世界に占める中国やインドネシア市場規模を確認する。第 2 節では、インドネシア自動車製造業者協会(GAIKINDO)の統計で、最大手の上海汽車傘下で米国GMとの合弁会社上汽通用五菱汽車(SGMW、以下、ウーリン)を中心に中国系の実績を確認する。第 3 節では、中国自動車メーカーの対外投資に関する先行研究を紹介し、第 4 節で、現地調査を報告する。中国自動車メーカーがインドネシアなど東南アジアで販売しているという点では、言い換えると、完成車が技術的に販売できる水準であるという点で、すでに日本メーカーにキャッチアップしていると言える。同時に中国メーカーが日本メーカーを販売実績でキャッチアップする可能性があるのかも考察したい。

1.中国の自動車市場規模

中国は2009年から世界 1 位を維持し、第 2 位と第 3 位の日米の販売や生産規模をはるかに超えている(図 1 )。

国際自動車工業連合会(OICA)によると、2017年で、中国の自動車販売台数は2912万台である。2009年で1364万台のため、 7 年間で2.1 倍になっている。これに対して、米国は2017 年、1758万台販売実績があり、 7 年間で1.7倍、日本は523万台で1.1倍と横ばい状態にある。米 国を基準とすると、中国はその1.7倍の市場規

1 インドネシアには、中国系自動車メーカーとしては、民営企業の吉利汽車(GEELY)、奇瑞汽車(CHERY)が進出していた。吉利汽車は2011年で年間販売台数

1263台、奇瑞汽車は2010年に524台販売している。吉 利汽車は2017年5月、マレーシアの自動車メーカーで あるプロトン株の49.9%を獲得している。

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東南アジアにおける中国自動車のキャッチアップ戦略

模、日本を基準にすると、中国は5.6倍の市場規模となる。また、世界金融危機前の世界自動車販売のピーク2007年と2017年を比べると、世界の自動車販売台数は2524万台増加している。中国の増加分は世界全体の増加分の実に80.5% にも相当する。

中国の世界自動車販売に占める割合は30.1% で初めて30%台となった。これに対して、米国の割合は18.2%、日本の割合は5.4%で合計して も23.6%で中国を下回っている。米国と日本、さらにインドとASEANを合算すると31.1%となり、これでようやく中国をやや上回る。中国の圧倒的な規模がわかるだろう。

他方、自動車生産では、中国は2017年、2901 万台で、世界のシェアは29.8%となっている。米国は1118万台で同11.5%、日本は969万台で同10.0%、それぞれ占めている。米中が販売シ

ェアに比べて生産シェアが低下するのに対して、日本は販売に比べて生産のシェアが高い。ドイツや韓国、そして東南アジアのタイなどと同様、製造拠点を持つ自動車メーカーの輸出力があるということがわかる。

さらに、世界の自動車大手の販売台数を確認し中国との規模を確認しておきたい。

2017年の世界販売台数では、独フォルクスワーゲン(VW)が 2 年連続で首位となり、2016 年に三菱自動車を傘下に収めた仏ルノーと日産自動車の 3 社連合が2016年の 3 位から 2 位に浮上している。トヨタ自動車の販売台数も過去最高になったが、 6 年ぶりに 3 位に後退した。トヨタ自動車は、中国をはじめ新興市場でVWやルノー・日産自動車・三菱自動車の 3 社連合のライバルに後れを取っていることが影響している。

図1 中国、米国、日本、インド、ASEANの販売台数の推移(2005 ~ 2017年)

(資料)国際自動車工業連合会(OICA)統計より筆者作成。

2 『日本経済新聞』電子版2018年1月30日。 3 『日本経済新聞』電子版2013年6月26日。 4 胡雪莹「吉利汽車のボルボ買収からみた中国自動車

企業の海外経営資源利用戦略」『国際学研究』、第8号、2018年、63頁。

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東南アジアにおける中国自動車のキャッチアップ戦略

VWの2017年の世界における販売台数は、前 年比4.3%増の1074万1500台と過去最高を記録している。VWが販売台数で首位にある中国で前年比5.1%伸び、年間販売台数を20万台強上積みした 。 そ の 他 の 新 興 国 も 好 調 で 、 ロ シ ア は14.8%増、ブラジルも19.5%増だった 2 。VWでは 、 同 社 の 世 界 販 売 に 占 め る 中 国 の 割 合 が36.1%に及んでいる。

世界の自動車市場では、米ゼネラル・モーターズ(GM)が2007年まで77年間、販売首位に 君臨していた。リーマン・ショックが起こった2008年にトヨタ自動車がGMから首位の座を奪 った。トヨタとVWが1000万台前後で首位を競 う構図が続き、大手自動車メーカーは1000万台クラブとも呼ばれる3 。VW、ルノー・日産・三菱連合、トヨタ自動車の 3 大自動車メーカーの合計と中国市場の規模がほぼ同じになる。 近年の中国市場では、世界の主要プレーヤー が様々な最新モデルを投入して、中国がグローバル競争の中心にある4 。世界の自動車メーカーの販売台数のように、中国市場の成否が世界の自動車メーカーの経営に大きな影響を与えるようになってきた。

2.インドネシアの自動車市場規模

( 1 )ASEAN最大の販売市場 国際自動車工業連合会(OICA)の販売統計

では、2017年、インドネシアは106万台で、豪州5 に次ぐ世界16位である。ASEAN10カ国で合計330万台となり、英国を抜いて世界 4 位のドイツに迫る。

ASEANのなかでは、自動車販売台数では、インドネシアはタイと東南アジア最大の規模を競っている。近年では、インドネシアがタイを超えるのは2011年および2014年から2017年まで である。インドネシアは1989年以来、タイに抜かれていた6 。ただし、インドネシアの人口は約 2億6400万人で、タイは6904万人と 4 倍近い開きがある。

他方、OICAの生産統計では、2017年、インドネシアは121万台で世界18位にある。前後は、チェコとイタリアである。ASEANのなかでは、タイが198万台で世界12位である。生産および輸出を考慮すれば、販売で逆転されても、タイが依然、ASEANで最も重要な自動車の拠点と言えるだろう。

ASEANは世界的な市場規模のほか、中国およびインドという巨大な新興市場に近接しており、ASEANをアジアの中でいかに位置付けて いくのかという点で、その重要性を高めている。世界の大手自動車メーカーにとっては、タイ、インドネシア、マレーシアのような三角形ではなく、より広範囲で多極的なサプライチェーンや販売戦略を描いていく。

ASEAN全体で 8 割もの市場シェアを持つ日系メーカーは、2018年には、自動車に関する関 税撤廃が完了したASEANのなかでは、インド ネシアのほか、タイ、マレーシア、フィリピン、ベトナムなど生産や部品調達の分業や再編が急務になっている。中国からの輸出を検討するメーカーも出てくるだろう。

5 世界の自動車各社は、トヨタ自動車を最後に豪州での現地生産から撤退し、輸出に切り替えた。豪州市場全体が縮小するなか、関税の撤廃、人件費の高騰、通貨の増価などが理由とされる。日系大手自動車メーカーは、効率性からは、一工場あたりの年間生産能力が15 万台程度、必要だとされる。資本集約型で規模の経済

性が働きやすい産業で、40万台程度では、生産拠点としては、十分な市場とみなされないということだろう。

6 川辺純子「インドネシアにおける自動車産業政策と日系自動車メーカー : トヨタ・モーター・インドネシア(TMMIN)の事例研究」『城西大学研究紀要』第14号、2018年、1頁。

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東南アジアにおける中国自動車のキャッチアップ戦略

( 2 )参入・撤退が激しい市場 インドネシアでは、アストラグループやサリ

ムグループなど合弁パートナーとして地場資本はあるが、中国のように地場資本が外資系と競争する自動車完成車メーカーを志向してこなかった。自動車ローンやディーラーなどと、日系メーカーと役割が明確だった。

インドネシアでは、日系メーカーの占有率が非常に高いこともあり、それ以外のメーカーの市場参入・撤退事例は少なくない。GMもその一社である。GMは1993年に現地企業と共同出資会社を設け、生産も手掛けたが、2005年に経営環境の悪化から生産を停止し、富裕層に人気の多目的スポーツ車(SUV)を中心に輸入販売してきた。GMは 1 億 5 千万ドルを投じて、2013年に生産を再開したが、GMも出資するウーリンがインドネシアで生産を開始すると、一本化を図った。

日系ではトヨタ自動車・ダイハツ工業をはじめ資本関係にある日野自動車、スズキ自動車、マツダまで含めると、2017年で69万台となり、65.3%のシェアを保有している。インドネシアで、エンジン製造工場も持つダイハツ工業は、トヨタ自動車のOEM(相手先ブランドによる生産)も担っている。

中国系だけでも、北京汽車工業グループの商用 車 大 手、 北 汽 福 田 汽 車7 、 吉 利 汽 車

(GEELY)、奇瑞汽車(CHERY)などがインドネシアに進出した経験を持っている。

ウーリンは2017年 8 ~ 12月の 5 カ月間で3268台、シェアは0.7%、2018年 1 月~ 9 月の 9 カ月間で 1 万1500台、 シェアは1.4 % と増 加した

(表 1 )。日系ブランドの一角(Matsuda, Nissan, Datsun)を抜いている。日系の合計シェアは2017年の98.5 % から、2018年 9 月の累計では

97.7%と若干低下している。ウーリン効果と言

表1 ブランド別のインドネシア自動車販売統計

(注)SCANIAはスウェーデン系、PROTONはマレーシア系。 (資料)インドネシア自動車製造業者協会(GAIKINDO)統計より筆者作成

7『日本経済新聞』朝刊2010年7月21日付。

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東南アジアにおける中国自動車のキャッチアップ戦略

えるのかもしれないが、欧米系も含めて日系の牙城に挑戦・撤退する事例があるだけに、短期的な販売実績から将来を評価するのは早計である。二輪車市場も含めて、インドネシアにおける日系ブランドの浸透度は大きい。中国本土のようにEVなど環境対応が大きく市場を変える要素も当面、想定しにくい。また、消費者の所得が向上し、二輪車市場から乗用車への本格的な転換時期で市場が大きく拡大するまで、中国系が長期の視点で経営できるかがカギだろう。ジャカルタを中心とする交通渋滞も自動車販売にとっては負の要因と考える。2019年は、大統領選挙もあり、インドネシアと中国との関係を支持する政権が続くかどうかも、不確実要素と考えられる。

( 3 )日系自動車トップの発言 東南アジア市場に進出する中国系メーカーに

ついて、三菱自動車の益子修最高経営責任者 (CEO)はジャカルタ郊外での取材で「現在はターゲット層が違うが、いずれ来る競争に備える」と語っている8 。

トヨタ自動車の豊田章男社長や日産自動車の西川広人社長の発言を見ても、中国を重視しながら成長や市場変化の速さに留意している。 自動車メーカーの関係者が筆者らに東南アジ ア市場を評して「ビハインド」していると表現したことがある。筆者が考えるところ、「ビハ インド」とは、巨大な中国市場、同時に、EV をはじめとする環境車のスペック競争が起きている9 。さらにトランプ政権の米国の保護貿易に神経をとがらせつつ、コネクテッドカーのよ

うにIT産業との融合も重要な経営戦略である。この点を繰り返しているのは豊田社長であ る。同社長は「自動車業界は100年に一度の大 変革の時代に入った。『勝つか負けるか』ではなく、まさに『生きるか死ぬか』という瀬戸際の戦いが始まっている」とコメントしている10。

3.先行研究

中国の自動車メーカーの対外直接投資を対象にした定量分析がある11。2006年~ 2011年の 6 年間で、33の中国自動車メーカーが合計169件の直接投資を行っている。データーソースは英国ビジネス紙FTグループのfDiMarkets.comである。同じ期間で、中国企業の対外直接投資は13セクターで合計1388件にのぼり、自動車は、通信に次いで 2 番目に対外直接投資の数が多いセクターになっている。自動車の後には、金融サービス、産業機械・装置、金属、電子部品が続いている。中国自動車の投資先の内訳として、ロシア 6 件、メキシコ 5 件、フィリピン 5 件、英国 5 件、ドイツ 4 件、ブラジル、インド、インドネシア、イタリア、ポーランド、南アフリカがそれぞれ 3 件となっている。この研究課題は新興市場への直接投資についてセクターを絞った点で画期的である。

分析結果から、Amighiniらは、中国の自動車メーカーの海外展開が、市場、技術、または効率性を追求する動機によって推進されているかどうかを評価するために、様々なホスト国決定要因、すなわち経済的、制度的および技術的要因を含めた、彼らの主な調査結果は、自動車

8 『日本経済新聞』朝刊2017年8月11日付。 9 小原篤次「EV時代の中国における自動車メーカーの競

争戦略」『国際社会学部研究紀要』第2号、2017年、59-67頁。

10 『日本経済新聞』電子版2017年12月18日。トヨタ自動車の2018年3月期の決算説明会には金融機関などの

トップも招かれていた。日本の機関投資家、従業員のほか、国内各層に変化の速さを啓もうしているようにみられる。

11 Alessia A. Amighini and Chiara Franco, “A sector perspective on Chinese outward FDI: The automotive case, “China Economic Review 27(2013):148-151.

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東南アジアにおける中国自動車のキャッチアップ戦略

産業における中国の対外直接投資は、主に市場シェアを獲得しようとしている。高所得国でシェアを競うよりは、より市場規模が小さいが、非価格要因の競争より価格競争が支配する中低所得国市場で市場を獲得しようとしている。さらに、中国の自動車メーカーは、効率的な労働市場を持つ経済的に安定した国に位置することが望ましい。一方、不安定な政治環境を嫌うものではなく、税制優遇措置に敏感ではないようである。より興味深い結果として、セクターと国レベルの両方で強力な集積効果が働いていることがわかるとしている。中国の自動車メーカーは、他国の自動車メーカーから直接投資を集めている国にさらに引き付けられ、自動車メーカー以外の中国企業が投資する国にさらに引き付けられる傾向がある。これら 2 つの効果から、中国自動車の対外直接投資の位置付けが、同一セクターのより多くの企業の集積からの潜在的なスピルオーバーと、同一のホスト・エコノミーによる同一の場所における、取引コストの削減を強く求めていることを示唆している。次に、個別の中国の自動車メーカーの対外投 資について 2 本の論文を紹介する。

1 本目は、中国自動車の対外直接投資の事例研究として、吉利汽車のスウェーデンVOLVO 買収を対象にしている12。吉利汽車は2010年 3 月28日、米国フォードから、スウェーデンの高 級車ブランド「VOLVO」を18億ドルで買収している。買収費用は現金13億ドルと証券 2 億ドル、総額15億ドルに対して、現金13億ドルのうち 2 億ドルは 4 大国有銀行の中国建設銀行ロンドン支店からの借り入れで、残りは51%を吉利

汽車、49%を地方政府関連の投資会社がファイ ナンスしている。

Yakobらによるヒアリング調査は、もっぱら経営学の観点から、2010年から2016年にかけて、VOLVO、吉利汽車、そして両社で新設された研究組織、吉利汽車欧州研究開発センター

(CEVT)で行われた。幹部・管理職31人に対して合計45回のインタビュー調査を積み重ねている。彼らは、投資家が国有企業であることが多い中国の外的M&Aの一般的なパターンとは異なり、民間投資家は2000年以降の期間中、北欧における中国の国境を越えたM&A構想を支配してきた。 それでも、 吉利汽車によるVOLVO買収は、中国政府が国益の戦略産業の指定リストと一致している。この事例は、技術の向上、ノウハウと特許の取得、買収された外国企業のブランド名へのアクセスを目的とする資産探求動機の強さを示しており、これらはすべてCEVT設立の特徴である。彼らの調査結果は、例えば早期に観察されたものだけでなく、資産創出の機会と革新能力の強化がどのように現れているかを示しているクロスボーダーM&Aこの点で、イノベーションに関する研究への貢献は、企業特有の優位性や能力、地域優位性の統合が、競争優位を強化するイノベーション・レバレッジをどのように促進するのかをあげている。したがって、この研究の結果は、イノベーション能力の向上に不可欠な組織の特性など、より幅広い産業動向を指摘することによって、生産動機を超えた対外直接投資の理解の範囲を広げているとしている。

2 本目、マレーシアの研究者13は、経営学の

12 Ramsin Yakob, Richard Nakamura and Patrik Ström,"Chinese foreign acquisitions aimed for strategic asset-creation and innovation upgrading: The case of Geely and Volvo Cars," Techhnovation 70-71(2018):59-72、胡雪莹「吉利汽車のボルボ買収か

らみた中国自動車企業の海外経営資源利用戦略」『国

際学研究』、第8号、2018年、49-70頁。 13 Miao Zhang, Rajah Rasiah and John Lee Kean

Yew,”Navigating a High Protected Market:Chinaʼs Chery Automoble in Malysia,” Journal of Contemporary Asia(2017)1-16.

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東南アジアにおける中国自動車のキャッチアップ戦略

視点と地域研究の視点を融合させながら、イン タビューで吉利汽車のマレーシア進出を詳述している。同汽車が2008年、マレーシア華人資本(Tan Sri Cam Soh)と自動車製造の合弁会社

(各50%出資)を設立しながら、同国の国民車優先政策から、本来、得意とする小型車ではなく1800cc以上の生産から始まり、しかも生産の60%は輸出を義務付けられた。同国でマレーシア人を優先するびブミプトラ政策を考慮して、マレーシア政府系の資金を受け入れ、吉利汽車がさらにマレーシアの国民車の一つプロトン事業にアプローチするところまで描かれている。同汽車は民営企業と表現されているが、トップマネジメントが国務院国有資産監督管理委員会よって任命され、中国政府の走出去政策に応じて、マレーシアにも進出したことを、インタビューで明らかにしている。部品調達では中国からの輸入を優先しがちで、マレーシア国内のサプライヤーとの関係が限定的であると指摘している。プッシュ・プル要因を評価することで、同汽車のマレーシア進出は、中国の国家政策

(プッシュ・ファクター) とASEAN(プル・ファクター)によって提供された。後者は、つまり中国ASEAN自由貿易協定(ACFTA)のような優遇取引によって大きく動機づけられたことが分かったとしている。

吉利汽車は地元パートナーや政府当局との強力な連携を築いてきたが、地元のサプライヤーとの連携はほとんど確立されていない。地元サプライヤーと国家のR&D施設との間の相互作用が限られているため、大規模なサプライヤーネットワーク、集合的な学習プロセス、および生産コラボレーションはマレーシアの事業から出現していない。しかし、日系組み立て工場が

1960年代から80年代にかけて、スピルオーバーを開発してきたことを考えると、吉利汽車とサプライヤーの関係を結論づけるには早いかもしれないとした。

4.現地調査

( 1 )中国自動車メーカーの概要 上海汽車集団(SAIC)は、米国ゼネラルモー

ターズ(GM) の中国子会社、 五菱汽車(Wuling Motors)と設立した合弁会社、ウーリンが2015年 2 月、 7 億ドルを投資して、インドネシアに年産能力15万台(その後12万台)の工場を建設すると発表した。

出資比率は、SAICが50.1 %、GMが44.0 %、五菱汽車5.9% 14。

ウーリンは2017年 8 月から多目的車(MPV)の「コンフェロ」15(排気量1500cc)の販売を開始し、2018年 2 月から、上位モデルの「コルテス」(1800cc)の販売を始めた。2019年から、スポーツ用多目的車(SUV)の販売16を計画している。

地元タクシー大手のエクスプレスが2018年 7 月、コンフェロを150台導入している。コンフェロの価格は 1 億3480万ルピア( 約100万円) からで、日系メーカーの同様の車種より 2 割以上安いという17。販売店の数は2017年末の35店 から80店に拡大している。

日産自動車の中国における合弁先でもある、東風汽車集団は2017年11月、子会社の東風小康汽車(DFSK)を通じ、バンテン州セラン県モダンチカンデ工業団地の工場でSUVの生産を開始した。生産能力は年間 5 万台としている。2018年 8 月、南スラウェシ州マカッサル市パ

14『亜州IRアセアンマーケットニュース』2018年8月17 日。

15『亜州IRアセアンマーケットニュース』2018年8月17日

によると、コンフェロの部品現地調達は56%。 16「アジアビジネス情報」『時事通信』2018年9月11日。 17『ジェトロ・ビジネス短信』2018年9月5日。

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東南アジアにおける中国自動車のキャッチアップ戦略

ナクカン地区で開所したDFSKのディーラーは、販売のほかサービスと部品交換も手掛ける

「 3 Sディーラー」で、面積は1300平方メートル(建屋は800平方メートル)、 5 台を展示できるショールームや12台収容可能なサービスエリ アに加え、テレビや無線通信「Wi−Fi」を完備した待合室やミニバーもある18。

( 2 )ディーラーの訪問調査

ディーラーの訪問調査19は、2018年 9 月28日 (金曜日)、ジャカルタ中心部からチャイナタウ ンがあるジャカルタ北部の 3 カ所で実施された

(図 2 )。起点は、ジャカルタの中心地で日本大使館に隣接するプラザインドネシアとした。通

訳。運転手が同行し午前11時に開始し午後 3 時半に終了した。グーグルマップでは車で最短17.9キロ、53分、徒歩で15キロ、 3 時間14分と 表示される。 1 カ所20分から30分の訪問で、実際には車による移動時間は、徒歩表示とほぼ同じ 3 時間10分程度だった。①は、日系自動車メーカーの代表としてトヨタ自動車系販売店を選び、②はウーリン、③は東風汽車系のDFSKを訪問した。③はフォードのディーラーが撤退した後、DFSKがいわば、居抜き20で出店しており、グーグルマップでもフォードの表示のままだった。最後の訪問先という時間帯と、工場地帯も近接しており、最も渋滞が激しかった。 トヨタ自動車を取り扱う①が比較的大規模で、

図2 訪問調査したディーラー 3 店

(資料)グーグルマップを利用して筆者作成

18「アジアビジネス情報」『時事通信』2018年8月22日。 19 李泰王「タイの自動車市場とディーラー店経営の実

態」『愛知大学経済論集』第202号、2016年、129-146

頁は、タイにおける日系ディーラーについて描写している。

20 フォードの掲示物が残っていた。

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東南アジアにおける中国自動車のキャッチアップ戦略

中心街の高層ビルの 1 階にあるショールームを兼ねていた。②のウーリン、③のDFSKは店内にいる従業員は 5 名程度で、陳列されている車は②が 2 台、①が 1 台という小規模な店舗だった。 3 店舗とも事前のアポイントは取らなかったが、②と③では、「今日購入すれば」というような条件で、値引きの提案があった。ウーリンを運営する販売会社はほかのブランドのディーラーも経営している。またDFSKはフォード撤退後の店舗で、フォード車のアスターサービスも引き継いでいる。ディーラーが撤退しても、保険会社が間に入って、アフターサービスが継続されるとの説明だった。②と③では、訪問した時は、顧客は筆者のグループだけだった。

ジャカルタ市内でのディーラーの訪問調査で は閑散とした印象だった。だが、ウーリンが初 めて自動車を購入する顧客層をターゲットとし ていることから、他の都市や週末に同様の調査 を継続する必要もあろう。先のように、DFSK が南スラウェシ州マカッサル市パナクカン地区 で大規模なディーラーが設けられている。

鶏と卵の関係だが、ウーリンが現在の月間1000台程度の販売から飛躍するには販売会社のさらなる協力が必要になろう。同時に、販売会社もインドネシアでの販売実績が増えてこないと、日系ブランドからウーリンへと販売の比重を動かすことも難しいようにみられる。タクシーなど法人向けと違い、個人向けには地道な営業努力や中古市場価格など信頼の積み重ねで、顧客の評価を高めていくのだろう。そのためには、筆者も観察を続けていく必要性を感じている。①Auto 2000 Sudirman

Jl. Jend Sudirman Kav.3, Jakarta②WULING Jayakarta

JL.Pangeran Jayakarta NO33, Pinangsia,Tamasari, Jakarta Barat

③DFSK Pluit

Jl. Pluit Putra Raya No.15, Pluit, Penjaringan, Kota, Jakarta Utara

( 3 )スラバヤ・オート・ショー ジャカルタ市内でのディーラーの訪問調査に

先駆けて、2018年 9 月22日(土曜日)、スラバヤ・オート・ショーに入場した。開催期間は9 月15日から 9 月23日まで。

ウーリンは一階会場の入り口付近に大きなスペースを確保し、家族連れなどで最も集客を集めていた。小型ミニバン「コンフェロS」(写 真 1 ) やミニEV車「E100」などの展示のほか、ディーラーでも見かけたが工場の写真、さらに、インドネシア進出の変遷、インドネシアに80店舗網などが展示されていた(写真 2 )。

写真 1 ウーリンの小型ミニバン「コンフェロS」

(注)写真は2018年 9 月22日、スラバヤ・オート・ショーで筆者撮影

多目的車(MPV) はスポーツ用多目的車

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東南アジアにおける中国自動車のキャッチアップ戦略

(SUV)より価格が安いものの、インドネシア消費者が求める 7 人や 8 人乗りという大家族が乗れる空間を提供している(写真 3 )。SUVと

小型トラックを取り扱うDFSKよりは、インド ネシア市場にあっているのだろう。

写真 2 ウーリンの販売店はインドネシアで80カ所

(注)写真は2018年 9 月22日、スラバヤ・オート・シ ョーで筆者撮影

写真 3 コンフェロは 7 人乗り、 8 人乗りに対応できる家族向けをPR

(出所)同社の販売資料

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東南アジアにおける中国自動車のキャッチアップ戦略

おわりに

歴史を振り返ると、日系自動車メーカーも東南アジアや豪州市場で輸出や生産の実績を積みながら、米国、欧州、そして中国への進出していった。イタリアのAmighiniらの定量分析でも集積効果として他の国の自動車メーカーが進出している国に投資する傾向を説明した。日系自動車メーカーのシェアが非常に高い牙城とはいえ、後発組の中国自動車メーカーとしてはインドネシアをはじめASEAN市場は中国自動車 メーカーの多国籍化、国際化の玄関口として位置付ける理由は十分にある。

第2節の販売統計でみる限り、中国自動車メーカーがインドネシアなど東南アジアで販売しているという点では、言い換えると、完成車が技術的に販売できる水準であるという点で、すでに日本メーカーにキャッチアップしていると言える。技術的なキャッチアップは中国における自動車分解による模倣から、外資系メーカーからの技術者の転職、自動車部品メーカーの協力、合弁相手の外資 ケ ー メ ー カ ー か ら の 技 術 移 転 、 さ ら に はVOLVOなど買収先からの技術支援など複層的である。

他方、インドネシアでみれば、中国自動車メーカー1社の月間販売台数は1000台程度で、マツダの実績を上回った程度であり、現状では、日本メーカー全体のシェアを脅かすほどにはなっていない。トヨタ自動車。ダイハツ工業、本田技研工業、三菱自動車、スズキの上位5社に迫るには、月間1

万台程度の販売実績が必要である。1000台程度の現状からほど遠いようにもみられる。

同時に、東南アジア域内の要因よりは域外要因が大きいのではないだろうかと考えれば、中国での自動車メーカーの淘汰や再編、さらには日本メーカーの淘汰や再編次第では、EVや自動運転などガソリンエンジンを搭載する自動車パラダイムが新しい時代にシフトすれば、日本メーカー全体を脅かすことも決してあり得ないことだとは考えていない。

なお、消費者にとって、自動車は住宅に次ぐ大きな買い物で、購買力、物質的な豊かさの象徴とされてきた。二輪車から乗用車への乗り換えには相当な消費力向上が必要になる。都市中間層を定義するときに、自動車保有状況は便利である。

ただし、インドネシア、特にジャカルタでは、モバイルによって二輪車や自動車の配車サービスがすでに普及している。深刻な交通渋滞という問題も自動車の普及の障害となっていることを記して本報告を終える。

【謝辞】

本章はJSPS科研費 JP18K11821の助成を受けた研究の成果の一部である。ここに記して感謝を示す。

付記:本報告を作成にするにあたって、現地ヒアリング調査にご協力いただいた企業および団体の方々には大変、貴重なお話を賜りました。この場をお借りして心よりお礼を申し上げます。

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