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本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言 を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、当事務所又は当事務所のクライアントの見解ではありませ ん。 本ニューズレターに関する一般的なお問合わせは、下記までご連絡ください。 西村あさひ法律事務所 広報室 (Tel: 03-6250-6201 E-mail: [email protected]) Nishimura & Asahi 2016 - 1 - 金融ニューズレター 1. はじめに 平成 28 2 3 日、金融庁より、平成 27 年金融商品取引法改正 1 に係る政令・内閣府令等 2 が、パブリック・コメントの結果 (以下「パブコメ回答」といいます。)とともに公表され(公布も同日) 3 、今般の改正の施行日は平成 28 3 1 日である旨も明ら かにされました。今般の改正の主な内容は、金融審議会「投資運用等に関するワーキング・グループ報告~投資家の保護及び成 長資金の円滑な供給を確保するためのプロ向けファンドをめぐる制度のあり方~」 4 を踏まえて、適格機関投資家等特例業務に対 する規制を強化するものとなっています。 2. 適格機関投資家等特例業務とは 金融商品取引法(昭和 23 年法律 25 号。以下「金商法」又は「法」といいます。)において、金融商品取引業を行うには原則とし て金融商品取引業者としての登録が必要です 5 。いわゆる集団投資スキーム持分 6 に関しては、その発行者が私募を行う業務 1 金融商品取引法の一部を改正する法律(平成 27 年法律 32 号。以下「改正法」といいます。) 2 金融商品取引法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令(平成 28 年政令 37 号)、金融商品取引法施行令等の一部を改 正する政令(平成 28 年政令 38 号。以下「改正政令」といいます。)、金融商品取引業等に関する内閣府令等の一部を改正する内 閣府令(平成 28 年内閣府令 5 号。以下「改正府令」といいます。)、金融商品取引業等に関する内閣府令第三百二十七条の二の 規定に基づき、金融庁長官等に提出する書類及び情報通信の技術を利用する方法を定める件(平成 28 年金融庁告示 2 号。以 下「ICT 告示」といいます。)及び一部改正後の金融商品取引業者等向けの監督指針(以下「新監督指針」といいます。)。 3 金融庁ウェブサイト「平成 27 年金融商品取引法改正等に係る政令・内閣府令案等に対するパブリックコメントの結果等につい て」。なお、同「適格機関投資家等特例業務等を行うみなさまへ 適格機関投資家等特例業務、特例投資運用業務に関する法改 正に伴う届出方法の変更について」及び同「お知らせ(制度改正) 平成 27 年金融商品取引法改正等による「適格機関投資家等 特例業務」及び「特例投資運用業務」に関する」新制度の導入(追加届出の必要等)について」も参照。 4 金融庁ウェブサイト「金融審議会「投資運用等に関するワーキング・グループ」報告書の公表について」 5 29 プロ向けファンドに係る規制見直しの動向(3) 執筆者:川上嘉彦、芝章浩 2016 2 月号

金融ニューズレター...省令14 号。以下「定義府令」といいます。)16 条1 項10 号や同項11 号に該当するものとして自己運用業務を行う場合も含まれ

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Page 1: 金融ニューズレター...省令14 号。以下「定義府令」といいます。)16 条1 項10 号や同項11 号に該当するものとして自己運用業務を行う場合も含まれ

本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言

を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、当事務所又は当事務所のクライアントの見解ではありませ

ん。

本ニューズレターに関する一般的なお問合わせは、下記までご連絡ください。

西村あさひ法律事務所 広報室 (Tel: 03-6250-6201 E-mail: [email protected]) Ⓒ Nishimura & Asahi 2016

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金融ニューズレター

1. はじめに

平成 28 年 2 月 3 日、金融庁より、平成 27 年金融商品取引法改正 1に係る政令・内閣府令等 2が、パブリック・コメントの結果

(以下「パブコメ回答」といいます。)とともに公表され(公布も同日)3、今般の改正の施行日は平成 28 年 3 月 1 日である旨も明ら

かにされました。今般の改正の主な内容は、金融審議会「投資運用等に関するワーキング・グループ報告~投資家の保護及び成

長資金の円滑な供給を確保するためのプロ向けファンドをめぐる制度のあり方~」4を踏まえて、適格機関投資家等特例業務に対

する規制を強化するものとなっています。

2. 適格機関投資家等特例業務とは

金融商品取引法(昭和 23 年法律 25 号。以下「金商法」又は「法」といいます。)において、金融商品取引業を行うには原則とし

て金融商品取引業者としての登録が必要です 5。いわゆる集団投資スキーム持分 6に関しては、その発行者が私募を行う業務

1 金融商品取引法の一部を改正する法律(平成 27 年法律 32 号。以下「改正法」といいます。) 2 金融商品取引法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令(平成 28 年政令 37 号)、金融商品取引法施行令等の一部を改

正する政令(平成 28 年政令 38 号。以下「改正政令」といいます。)、金融商品取引業等に関する内閣府令等の一部を改正する内

閣府令(平成 28 年内閣府令 5 号。以下「改正府令」といいます。)、金融商品取引業等に関する内閣府令第三百二十七条の二の

規定に基づき、金融庁長官等に提出する書類及び情報通信の技術を利用する方法を定める件(平成 28 年金融庁告示 2 号。以

下「ICT 告示」といいます。)及び一部改正後の金融商品取引業者等向けの監督指針(以下「新監督指針」といいます。)。 3 金融庁ウェブサイト「平成 27 年金融商品取引法改正等に係る政令・内閣府令案等に対するパブリックコメントの結果等につい

て」。なお、同「適格機関投資家等特例業務等を行うみなさまへ 適格機関投資家等特例業務、特例投資運用業務に関する法改

正に伴う届出方法の変更について」及び同「お知らせ(制度改正) 平成 27 年金融商品取引法改正等による「適格機関投資家等

特例業務」及び「特例投資運用業務」に関する」新制度の導入(追加届出の必要等)について」も参照。 4 金融庁ウェブサイト「金融審議会「投資運用等に関するワーキング・グループ」報告書の公表について」 5 法 29 条

プロ向けファンドに係る規制見直しの動向(3) 執筆者:川上嘉彦、芝章浩

2016 年

2 月号

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Ⓒ Nishimura & Asahi 2016

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(以下「自己私募業務」といいます。)は第二種金融商品取引業として 7、その発行者が投資運用を行う業務(以下「自己運用業

務」といいます。)は投資運用業として 8、それぞれ登録が必要となります。この特例として、現行法上、適格機関投資家 1 名以上

且つ適格機関投資家以外の投資家 49 名以下等の一定の要件を満たす集団投資スキーム(いわゆる「プロ向けファンド」)に係る

自己私募業務・自己運用業務は、「適格機関投資家等特例業務」(以下「特例業務」といいます。)として登録制ではなく届出制とさ

れており 9、届出を行った者(以下「特例業務届出者」といいます。)に対する規制も金融商品取引業者に比べて極めて緩やかなも

のにとどめられています 10。

しかしながら、近年、この特例が一部の悪質な業者によって濫用され、投資被害事例が増加したことから、前述の報告書の公表

並びにこれを踏まえた今般の改正に至ったものです 11。

以下では、今般の改正の概要について解説します。

3. 特例業務対象投資家の範囲の限定

現行法上、特例業務において出資を行うことができる適格機関投資家以外の投資家(転売制限要件 12においてかかる投資家

からの転売先として許容される者を含みます。)の範囲は、いわゆる不適格投資家 13に該当しない限り無制限でしたが 14、今般の

改正では、これを一定の範囲に限定しました 15。またその呼称も、改正前は「一般投資家」と呼ばれていましたが 16、「特例業務対

象投資家」と改められています 17 18。

なお、以下に述べる特例業務対象投資家の要件に該当するかの確認に際しては、必要に応じて顧客が任意に提供した資料を

活用すること 19やその申告内容を検証することが考えられるほか、社内記録の適切な作成・保存することも求められます 20。

(1) 原則

今般の改正により、特例業務対象投資家の範囲は、原則として、投資判断能力を有すると見込まれる一定の者や特例業務届

出者と密接に関連する者等に限ることとされています。より具体的には、①国、②日本銀行、③地方公共団体、④金融商品取引

業者等、⑤集団投資スキーム持分の自己私募業務・自己運用業務を行う者 21、⑥ファンド資産運用等業者 22の密接関係者((ⅰ)

6 法 2 条 2 項 5 号、6 号 7 法 2 条 8 項 7 号ヘ、28 条 2 項 1 号 8 法 2 条 8 項 15 号ハ、28 条 4 項 3 号 9 法 63 条 1 項、2 項、金融商品取引法施行令(昭和 40 年政令 321 号。以下「金商法施行令」又は「令」といいます。)17 条の 12 10 本稿においては金融商品取引業者等の行う特例業務(法 63 条の 3)に関する説明は割愛します。 11 前掲注 4 の報告書に至るまでの経緯については、川上嘉彦=芝章浩『プロ向けファンドに係る規制見直しの動向』西村あさひ法律

事務所金融ニューズレター(2015 年 2 月)を、パブリックコメント時の制令・内閣府令等の案については、川上嘉彦=芝章浩『プロ

向けファンドに係る規制見直しの動向(2)』西村あさひ法律事務所金融ニューズレター(2016 年 1 月)を参照。 12 令 17 条の 12 第 3 項 2 号 13 法 63 条 1 項 1 号イからハまで、金融商品取引業等に関する内閣府令(平成 19 年内閣府令 52 号。以下「業府令」といいます。)

235 条のいずれかに該当する者 14 令 17 条の 12 第 1 項 15 改正令による改正後の金商法施行令(以下「新令」といいます。)17 条の 12 第 1 項、第 2 項 16 令 17 条の 12 第 3 項 2 号柱書 17 新令 17 条の 12 第 4 項 2 号柱書 18 なお、今般の改正では、特例業務対象投資家の範囲に準じて適格投資家向け投資運用業の対象となる適格投資家の範囲を拡大

しています(新令 15 条の 10 の 7 第 4 号、改正府令による改正後の業府令(以下「新業府令」といいます。)16 条の 5 の 2、16 条

の 6)。 19 パブコメ回答 20 頁以下(No.77~88)。 20 新監督指針Ⅸ-1-1(1)① 21 特例業務として行う場合に限られませんので、例えば、金融商品取引法第二条に規定する定義に関する内閣府令(平成 5 年大蔵

省令 14 号。以下「定義府令」といいます。)16 条 1 項 10 号や同項 11 号に該当するものとして自己運用業務を行う場合も含まれ

ます(パブコメ回答 6 頁以下(No.22~28)。パブコメ回答 7 頁(No.30)も同旨か。)。

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ファンド資産運用等業者の役職員、(ⅱ)ファンド資産運用等業者の親会社等・子会社等・親会社等の子会社等、(ⅲ)ファンド資産

運用等業者の運用受託者 23・投資助言者 24・その投資助言者、(ⅳ)前記(ⅱ)・(ⅲ)に掲げる者の役職員、並びに(ⅴ)ファンド資産

運用等業者である個人及び前記(ⅰ)・(ⅲ)・(ⅳ)に掲げる者の一定の親族)、⑦本邦上場会社、⑧資本金又は純資産の額が 5000

万円以上の法人、⑨前記④・⑦・⑧に掲げる法人の子会社等・関連会社等、⑩特殊法人・独立行政法人 25、⑪特定目的会社、⑫

投資性資産 26100 億円以上の保有が見込まれる企業年金基金・存続厚生年金基金又は外国法上これらに相当するもの、⑬外

国法人、⑭投資性資産 1 億円以上の保有が見込まれる個人(証券・デリバティブ取引口座開設後 1 年以上経過している場合)・

法人、⑮業務執行組合員等として投資性資産 1 億円以上の保有が見込まれる個人・法人、⑯議決権又は拠出金の 4 分の 1 以

上を国・地方公共団体が占める地域振興・産業振興のための公益法人、⑰一定の資産管理会社(資産保有型会社・資産運用型

会社)及び⑱外国集団投資スキーム持分発行者(当該権利を有する者が、適格機関投資家、集団投資スキーム持分発行者又は

前記①~⑰である場合)が列挙されており、いずれも私募又は私募の取扱いの相手方となる時点で判定されるものとされていま

す 27。従って、投資家がファンド持分の取得後に前記のいずれにも該当しなくなったとしても、特例業務としての自己運用業務を継

続することは可能ですが 28、新たに取得勧誘を行う場合にはその時点においても前記のいずれかに該当する必要があります 29。

また、「私募又は私募の取扱い」がない場合につきましては、パブコメ回答によると、セカンダリーで取得された場合には「その

取得マ

勧誘マ

及び譲渡の時点」で適格機関投資家又は特例業務対象投資家である必要があるものとされているほか 30、全部委託特

例から特例業務に切り替える場合には原則として切り替える時点で特例業務対象投資家としての要件を満たしていることの確認

を行う必要があるものとされています 31。

但し、特例業務対象投資家のうち、前記⑥(ⅱ)(親会社等を除きます。)~(ⅴ)のいずれかにしか該当しない者については、その

出資額を出資総額の 2 分の 1 未満とする必要があります 32。

(2) ベンチャー・ファンド特例

一定のファンドについては、特例業務対象投資家の範囲は、前記(1)に対する特例(以下「ベンチャー・ファンド特例」といいま

す。)として、前記(1)①~⑰に掲げる者に加えて、⑱前記(1)⑦・⑧(有価証券報告書提出者に限ります。)・⑮に掲げる法人の役

員、⑲かかる法人の元役員(5 年以内)、⑳前記⑲又は本⑳に該当する者として同一発行者の集団投資スキーム持分を取得した

者(5 年以内)、㉑前記(1)⑮であった法人(5 年以内)、㉒通算 1 年以上、会社の役員・専門的職員・コンサルタントとして当該会社

の新規事業の立上げ等の一定の業務に従事した者(最後に従事した日から 5 年以内)、㉓5 年以内に提出された有価証券届出

書に記載された一定の大株主、㉔認定経営革新等支援機関、㉕前記⑱~⑳・㉒~㉔に該当する個人が(ⅰ)議決権の過半を有す

22 「ファンド資産運用等業者」の定義については、新業府令 233 条の 2 第 1 項 1 号の文言上は、およそ本文⑤に掲げる者(集団投

資スキーム持分の自己私募業務・自己運用業務を行う者)一般を指すものであることは明らかであるように思われます。しかしな

がら、パブコメ回答においては、本文⑥(i)(ファンド資産運用等業者の役職員)との関係で、「「当該」(同号)特例業務届出者の役員

又は使用人のみが含まれ、他の特例業務届出者の役員又は使用人は含まれない」とする記述があり(パブコメ回答 7 頁以下

(No.30~32))、著者らの金融庁総務企画市場課への電話照会によると、「ファンド資産運用等業者」とは当該ファンドに係る特例

業務届出者のみを指す旨の回答が得られています。従って、特例業務を用いたファンドの組成に際してはこのような金融庁の解釈

に十分留意する必要があります。 23 不動産や金銭債権への投資につき運用権限の委託を受けた者が想定されます(パブコメ回答 10 頁(No.37・39)参照。)。また、直

接の委託先に限らず、再委託先も含まれるものとされています(パブコメ回答 10 頁(No.38))。 24 不動産や金銭債権への投資助言を行う者も含まれます(パブコメ回答 10 頁以下(No.40・41))。 25 パブコメ回答 12 頁(No.48)。 26 業府令 62 条 2 号イからトまでに掲げる資産(有価証券、デリバティブ取引に係る権利、仕組み預金等)をいいます。以下同様。 27 新令 17 条の 12 第 1 項、新業府令 233 条の 2 28 パブコメ回答 1 頁以下(No.1~12) 29 パブコメ回答 1 頁以下(No.4~12) 30 パブコメ回答 4 頁(No.15・16)。セカンダリーである以上は「取得勧誘」(法 2 条 3 項)は存在しませんので、「取得勧誘」とあるのは

「売付け勧誘等」(法 2 条 4 項)の誤記ではないかと思われます。もっとも、そもそも特例業務届出者にとってはファンド投資家が誰

に対して売付け勧誘等を行っているかは知る術がないことからすれば、譲渡承諾の時点等知り得る時点で適格機関投資家又は特

例業務対象投資家への該当性を判断するほかないものと考えられ、著者らの金融庁総務企画局市場課への電話照会において

も、そのような取扱いでよい旨の回答が得られています。 31 パブコメ回答 4 頁(No.15)。 32 改正法による改正後の金商法(以下「新法」といいます。)63 条 1 項 1 号、新業府令 234 条の 2 第 1 項 2 号イ、2 項 2 号イ

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る会社等(その子会社等・関連会社等を含む。)若しくは(ⅱ)20%以上の議決権を有する会社等、㉖前記⑱~㉔に該当する会社

等の子会社・関連会社等とされています 33。但し、前記(1)⑥(ⅱ)(親会社等を除きます。)~(ⅴ)又は前記⑱~㉖のいずれかにし

か該当しない者については、その出資額を出資総額の 2 分の 1 未満とする必要があります 34。

ベンチャー・ファンド特例の要件は概ね以下の通りです 35。

(a) ファンド事業が次の要件を満たすこと

(ⅰ) 出資総額から現預金の額を控除した額の 80%超を充てて投資を行った時点 36において非上場の会社(親会社等(大

会社である場合に限る。)又は子会社等も非上場のもの)の株式・新株予約権・新株予約権付社債(又は外国法上こ

れらに相当するもの。)への投資を行うもの 37

(ⅱ) 借入れ・保証の額は出資総額の 15%以内で、且つ、120 日以内の借入れ・保証又は投資先会社の債務の保証(投資

額を超えないもの)に限られること

(b) やむを得ない事由がある場合を除き出資者の請求により払戻しを受けることができないこと

(c) ファンド契約 38において、概要、(ⅰ)ファンド持分の名称、(ⅱ)ファンド事業の内容、(ⅲ)特例業務を行う営業所の所在地、

(ⅳ)出資者・ファンド資産運用者の商号等・住所、(ⅴ)出資者の出資額、(ⅵ)契約期間(もしあれば)、(ⅶ)事業年度 39、(ⅷ)貸

借対照表及び損益計算書(又はこれらに代わる書類)の作成・監査、(ⅸ)事業年度ごとの出資者に対する監査済の前記書

類・監査報告書の写しの提供、(ⅹ)事業年度ごとの出資者集会 40におけるファンド事業の運営及び財産の運用状況の報

告、(ⅺ)投資実行時の出資者に対する投資の内容 41の通知、(ⅻ)正当な事由 42がある場合の出資者の多数決によるファン

ド資産運用者の解任、(xiii)ファンド資産運用者退任時の全出資者同意による新ファンド資産運用者の選任及び(xiv)出資者の

多数決による契約変更(軽微な変更 43を除く。)が定められていること 44

(d) ファンド契約の締結までに出資者に対して前記(a)~(c)に該当する旨を記載した書面を交付すること

以上のように、投資先については投資時点で投資先等が非上場であること以外には特段の制限はありませんので、いわゆるベ

ンチャー・ファンドに限らずプライベート・エクイティ・ファンド等であっても利用可能と考えられます。

また、ベンチャー・ファンド特例を利用する場合には、前記(c)の内容を定めたファンド契約書 45の写し(日本語又は英語でない場

合は和訳又は英訳を含む。)を、原則として届出後 3 か月以内に(加えて前記(c)の内容を変更する場合は遅滞なく)所轄の財務

局等に提出する必要があります 46。また、前記(d)の書面については当該書面とその交付日時に係る記録の作成及び保存が求め

33 新令 17 条の 12 第 2 項、新業府令 233 条の 3 34 新法 63 条 1 項 1 号、新業府令 234 条の 2 第 1 項 2 号、2 項 2 号 35 新令 17 条の 12 第 2 項、新業府令 233 条の 4、239 条の 2 第 1 項 36 「投資を行った時点」とは、有価証券を取得した時点を指すものとされています(パブコメ回答 30 頁(No.102))。 37 当該要件は、自己私募業務との関係ではそのような投資を行う見込みであればよいものの、自己運用業務との関係では現にその

ような投資が行われていることが求められるものとされています(パブコメ回答 31 頁(No.103・104))。 38 いわゆるサイドレターの内容も勘案する必要があるものと考えられます(パブコメ回答 36 頁(No.126))。 39 原則として 1 年以内に設定することが必要とされています(パブコメ回答 34 頁(No.114))。 40 原則として集会が必要とされているものの、例えば、個別の集会ごとに、全ての出資者からの個別同意に基づいて、集会を開催せ

ず、個別往訪等により対応することも考えられるものとされています(パブコメ回答 34 頁(No.115~117))。 41 「投資の内容」の具体的な内容については、出資者がファンド資産運用者の運用状況をモニタリングするために必要な事項として、

例えば、投資を行う有価証券の発行体の概要・取得する有価証券の種類及び数・当該有価証券に投資をする理由等が考えられる

ものとされています(パブコメ回答 34 頁以下(No.120))。 42 「正当な事由」については、例えば、ファンド資産運用者が、当該ファンドの業務の執行に際し、重大な違法行為を行った場合等が

考えられるものとされています(パブコメ回答 35 頁(No.121))。 43 「軽微な変更」には、契約の条項の明白な過誤を訂正する場合だけでなく、ファンド資産運用者自身の義務を加重し又は権利を縮

減するための変更の場合も含まれるものとされています(パブコメ回答 33 頁(No.110・111))。 44 ここでは、投資事業有限責任組合モデル契約(経済産業省の委託を受けて当事務所が作成したもの)に準じたガバナンスの確保

が求められています(パブコメ回答 18 頁(No.70)等、田原泰雅〔監修〕『逐条解説 2015 年金融商品取引法改正』(商事法務、2016

年)80 頁)。 45 個別事例によるもののいわゆるサイドレターも含まれ得るものとされています(パブコメ回答 36 頁(No.126))。 46 新法 63 条 9 項、新令 17 条の 13 の 2、42 条 2 項 18 号、新業府令 239 条の 2

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られます 47。

4. 適格機関投資家の範囲の限定

今般の改正においては、特例業務において出資を行うことができる適格機関投資家の範囲についても制限を加えています。

(1) 投資事業有限責任組合

出資を行う適格機関投資家が投資事業有限責任組合 48のみの場合、当該投資事業有限責任組合の運用財産総額から

借入金額を控除した額が 5 億円以上と見込まれる場合でない限り、特例業務を利用できません 49。なお、5 億円以上と見込

まれることが困難となった場合には原則として特例業務を継続することはできなくなります 50。

(2) 特例業務届出者の子会社等

特例業務届出者は、その行為規制上、自己私募又は自己運用を適切に行っていないと認められる状況に該当することの

ないようにその業務を行う義務があるものとされるとともに、適切に行っていないとの評価に当たり勘案される事情の例とし

て、出資を行う適格機関投資家がその子会社等のみであることが挙げられています 51。そのほか、例えば、適格機関投資

家等の出資額や出資割合が著しく低くなっている場合に、適格機関投資家が、特例業務届出者からほとんど実体のない業

務に対する対価として報酬を受け取ることや、特例業務届出者の子会社等又は関係会社等で実体のないものとなっている

ことによって、実際には適格機関投資家として取得又は保有していないと実質的に評価し得るような状況も該当するものと

されています 52。

5. 特例業務届出者の要件の加重

(1) 届出書の記載事項・添付書類の拡充等

ア 届出書の記載事項・添付書類の拡充

今般の改正により、特例業務に係る届出書の記載事項が拡充されます 53。具体的には、特例業務を行う営業所 54に関す

る情報、ホームページアドレス 55、ファンド持分の種別、ファンド事業の内容 56、出資者となる適格機関投資家全員の商号

等・種別・数、適格機関投資家以外の出資者の有無、ベンチャー・ファンド特例による出資者の有無、外部監査人の氏名・名

称、国内における代表者・代理人の情報といった事項の記載が求められることとなります。なお、現行通り、英語による作成

は可能です 57。

前記届出書の記載事項に変更があれば変更報告書を提出する必要がある点 58、変更届出書の英語による記載又は作成

47 新監督指針Ⅸ-1-1(1)③ロ 48 定義府令 10 条 1 項 18 号により当然に適格機関投資家とされます。 49 新法 63 条 1 項 1 号、新業府令 234 条の 2 第 1 項 1 号、2 項 2 号 50 パブコメ回答 40 頁(No.134~145)。 51 法 40 条 2 号、新業府令 123 条 1 項 30 号 52 パブコメ回答 99 頁(No.364)。なお、新監督指針Ⅸ-1-2(2)②参照。 53 新法 63 条 2 項 7 号、新業府令 238 条、別紙様式 20 号 54 特例業務届出者の役職員が特例業務届出者自身の住所には常駐せず、運用委託先に常駐しているような場合には、当該業務委

託先を届け出る必要があるものとされています(パブコメ回答 56 頁(No.195))。 55 ウェブサイトを有しない場合には記載する必要はないとされていますが、他方で、届出書の記載事項や説明書類の公表(本文後記

5(1)イ及び 6(5))を委託先の業者のウェブサイトを利用して行う場合には、当該ウェブサイトのアドレスを記載する必要があるものと

されています(パブコメ回答 54 頁(No.186・187))。 56 投資先の個別の銘柄名・物件名や、個別具体的な銘柄・物件等の選定手法等の詳細に係る情報等の記載を求めるものではない

が、大まかな商品分類等に加え、投資方針・戦略等の概要を記載する必要があるものとされています(パブコメ回答 57 頁(No.199

~205)。同 79 頁以下(No.288・289)も参照)。 57 業府令 236 条 2 項 58 新法 63 条 8 項

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が認められる点も、現行通りです 59 60。

また、特例業務に係る届出書の添付書類は、現在は法人の場合は登記事項証明書又はこれに代わる書面のみです

が 61、今般の改正によりこれが拡充されることとなります 62。法人の場合は、概要、(a)一定の欠格事由(後記 5(2)の①~③)

に係る誓約書、(b)定款 63(これに準ずるものを含みます。)、(c)登記事項証明書(これに準ずるものを含みます。)、(d)役

員 64・重要な使用人についての、履歴書(法人である役員の場合はその沿革を記載した書面)、住民票抄本(法人である役

員の場合は登記事項証明書)、旧姓を証する書面(旧姓使用の場合)及び欠格事由に係る証明書・誓約書、(e)投資事業有

限責任組合のみが適格機関投資家として出資する場合の当該組合の運用財産総額及び借入金額を証する書面、並びに

(f)ファンドの出資総額並びに前記 3(1)⑥(ⅱ)(特例業務届出者の子会社等に限ります。)~(ⅴ)・前記 3(2)⑱~㉖の投資家

による出資額を証する書面が求められます。なお、前記(d)~(f)は英語で記載することができます。

イ 届出書の記載事項の公衆縦覧・公表

特例業務に係る届出書に記載した事項の一部(特例業務届出者の情報や適格機関投資家の数等)は、金融庁又は所轄

の財務局等により財務局等への備置きによる公衆縦覧又はウェブサイト等を通じた公表がされます 65。加えて、特例業務届

出者もまた、これを記載した書面の全営業所(外国法人・外国に住所を有する個人の場合は国内の全営業所)への備置き

による公衆縦覧又はウェブサイト等を通じた公表が義務づけられますが、この書面は英語で作成することができます 66。

また、変更届出書の添付書類、地位の承継の届出書の記載事項及び添付書類、並びに業務の休廃止・再開の届出書の

添付書類についても、それぞれ拡充がなされています 67。

(2) 特例業務届出者の欠格事由

今般の改正により、特例業務届出者の欠格事由が定められています。

法人の場合は、①当該法人について登録取消し等の行政処分歴・罰金刑歴等があること、②その役員 68・重要な使用人

のうちに(ⅰ)一定の制限行為能力者、(ⅱ)未復権の破産者、(ⅲ)一定の前科・行政処分歴がある者、又は(ⅳ)暴力団員等が

あること、③(外国法人の場合に)国内における代表者 69を定めていないこと、及び④(外国法人の場合に)本店・特例業務

59 業府令 236 条 2 項、新業府令 239 条 3 項、4 項 60 なお、今般の改正により、特例業務に係る届出書及び変更届出書については、CD-ROM による提出が可能となります(新業府令

328 条、ICT 告示 1 条 4 号、2 条 2 号)。 61 業府令 236 条 3 項 62 新法 63 条 3 項、新業府令 238 条の 2 63 定款が電磁的記録により作成されている場合は 3.5 インチフロッピー・ディスク又は CD-ROM による提出も可能です(新法 63 条 4

項、新業府令 238 条の 3)。 64 履歴書(法人である役員の場合はその沿革を記載した書面)との関係以外では、外国法人の場合の国内における代表者を含みま

す(新業府令 1 条 4 項 13 号)。 65 新法 63 条 5 項、新令 42 条 1 項 13 号、新業府令 238 条の 4、別紙様式 20 号の 2。なお、少なくとも金融庁ウェブサイトにおける

公表はなされる予定です(新監督指針Ⅸ-2-2(5))。 66 新法 63 条 6 項、65 条の 2、新令 17 条の 16、新業府令 238 条の 5、別紙様式 20 号の 2。特例業務届出者が外国法人・外国に住

所を有する個人であって国内に営業所を有しない場合は、国内の営業所における備置きができないため、ウェブサイト等を通じた

公表を行うこととなります(パブコメ回答 84 頁以下(No.305・306・308~310・312))。 67 新業府令 239 条 2 項、241 条、242 条の 2 第 1 項 1 号、2 号 68 外国法人の場合の国内における代表者を含みます(法 29 条の 2 第 1 項 3 号)。 69 金融商品取引法上、例えば、外国証券業者の国内における代表者(法 59 条の 4 第 1 項 3 号、60 条の 2 第 1 項柱書等)は会社

法 817 条 1 項に規定される日本における代表者を意味しますが(同号)、外国法人である特例業務届出者の国内における代表者

は当該外国法人に代わって行政庁との窓口対応を担うことが想定されているに過ぎず(パブコメ回答 62 頁以下(No.215・216)等、

田原・前掲 76 頁)、法人その他の団体であってもよいとされています(パブコメ回答 94 頁(No.344)。なお、第一種金融商品取引業

を行う金融商品取引業者は付随業務(法 35 条 1 項)として国内における代表者となることが可能であるとされています(パブコメ回

答 94 頁(No.343))。)。そのような役割のためか、外国法人である特例業務届出者の国内における代表者については、外国法人

である金融商品取引業者等、取引所取引許可業者又は外国法人である信用格付業者の国内における代表者とは異なり、これが

欠けたとしても当局によって職務代行者が選任がされることはありません(法 60 条の 4、65 条、66 条の 46 参照)。

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を行う営業所の所在するいずれかの外国の証券規制当局による日本政府の調査協力の要請に応じる旨の保証 70がないこ

とが、欠格事由とされています 71。

6. 特例業務届出者に対する規制の厳格化

(1) 行為規制の厳格化

現行法では、特例業務届出者に対しては、虚偽告知の禁止 72及び損失補塡等の禁止 73のみが適用されていますが、今

般の改正により、金融商品取引業者に準じたより幅広い行為規制が、対応する罰則規定とともに適用されることになりま

す 74。

具体的には、①特定投資家へのアマ成り告知 75、②顧客に対する誠実義務 76、③名義貸しの禁止 77、④広告等の規

制 78、⑤契約締結前交付書面の交付 79、⑥契約締結時交付書面等の交付 80、⑦虚偽告知、断定的判断の提供等の金融商

品取引業一般に係る禁止行為(一定の告知をしない信用格付の提供、不招請勧誘等を除く)81、⑧損失補塡等の禁止 82、⑨

適合性の原則 83、⑩顧客情報の適正な取扱いを確保するための措置を講じていないと認められる状況等の一定の業務運

営状況の禁止 84、⑪分別管理が確保されていない場合の自己私募の禁止 85、⑫金銭の流用が行われている場合の自己私

募の禁止 86、⑬出資者に対する忠実義務 87、⑭自己取引、運用財産相互間取引等の投資運用業に係る禁止行為 88、⑮投

資運用業に係る分別管理 89、⑯運用報告書の交付 90が定められています。なお、前記⑪⑫は自己私募業務を行う場合に

のみ、前記⑬~⑯は自己運用業務を行う場合にのみ、それぞれ適用があり、また、前記④⑤⑥⑨⑯については、特定投資

家の場合の適用除外が認められています 91。

なお、前記⑭のうち運用財産相互間取引の禁止については、今般の改正により、ベンチャー・ファンド特例の要件を満たす

場合には特に緩和された適用除外要件が定められており、取引説明(取引価額の算出方法の説明を含みます。)及びファ

ンド持分の 3 分の 2(これを上回る割合を定めた場合にあっては、その割合)以上の同意により運用財産相互間で非上場株

式の売買を行うことができる等とされています 92。

また、監督指針において、特例業務対象投資家に対しては、出資対象事業の基本的な商品性、リスクの内容、種類や変

動要因、出資できる者が限定されていること等を分かりやすく説明することが求められます 93。

70 当該証券規制当局が IOSCO マルチ MOU(協議・協力及び情報交換に関する多国間覚書)の署名当局である場合や金融庁との

間で二国間証券 MOU を締結している場合が該当するものと考えられます(パブコメ回答 96 頁(No.352~354)、田原・前掲 76 頁

参照)。 71 新法 63 条 7 項 1 号、新令 15 条の 4、17 条の 13、業府令 6 条、237 条 72 法 38 条 1 号 73 法 39 条 74 新法 63 条 11 項 75 法 34 条 76 法 36 条 1 項 77 法 36 条の 3 78 法 37 条 79 法 37 条の 3、令 16 条の 2、新業府令 79 条以下 80 法 37 条の 4、業府令 98 条、99 条以下、108 条以下 81 法 38 条 1 号、2 号、8 号、業府令 117 条 82 法 39 条、令 16 条の 5、業府令 118 条~122 条 83 法 40 条 1 号。なお、新監督指針Ⅸ-1-1(1)②も参照。 84 法 40 条 2 号、新業府令 123 条 85 法 40 条の 3、令 16 条の 7、業府令 125 条 86 法 40 条の 3 の 2、令 16 条の 7 87 法 42 条 88 法 42 条の 2、新業府令 129 条 89 法 42 条の 4、業府令 132 条 90 法 42 条の 7、新業府令 134 条、業府令 135 条 91 新法 63 条 11 項により適用される法 45 条、新業府令 134 条 5 項 4 号 92 新業府令 129 条 1 項 3 号・4 号 93 新監督指針Ⅸ-1-1(1)③イ

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(2) 届出事由の拡充

今般の改正により、特例業務届出者の届出事由が拡充されることとなります 94。

追加された届出事由は、法人の場合、概要、①当該法人の欠格事由となる行政処分(外国証券法上のものに限る。)及び

罰金刑、②役員・重要な使用人の一定の欠格事由(前記 5(2)②(ⅰ)~(ⅲ))、③定款変更、④役職員等の事故等、⑤当該事

故等の詳細の判明及び⑥訴訟・調停の開始・終結です。なお、届出書は英語による記載が可能です。

(3) 帳簿書類の作成・保存

今般の改正により、特例業務届出者は帳簿書類の作成・保存が求められることになります 95。

作成・保存を要する帳簿書類は、具体的には、①プロ成り・アマ成りに関する一定の書類 96、②契約締結前交付書面(前

記(1)⑤)、契約締結時交付書面等(前記(1)⑥)及び契約変更書面 97、③自己私募業務に係る取引記録 98、④顧客勘定元

帳 99、⑤ファンド契約の内容を記載した書面 100(運用権限の委託をした場合には委託契約書を含む)、⑥運用報告書(前記

(1)⑯)の写し、⑦運用明細書 101とされており、いずれも英語による記載が可能です。なお、前記③④は自己私募業務を行う

場合にのみ必要とされ、前記⑤~⑦は自己運用業務を行う場合にのみ必要とされます。保存期間は、①②については 5 年

間、③~⑦は 10 年間とされています。

(4) 事業報告書の作成・提出

今般の改正により、特例業務届出者は、事業年度ごとに事業報告書を作成し、毎事業年度経過後 3 か月(原則)以内に

所轄の財務局等に提出することが義務づけられます 102。この提出は原則として「金融庁業務支援統合システム」を通じてオ

ンラインで行うこととなります 103。

事業報告書の記載事項は、①「業務の状況」として、概要、(ⅰ)届出年月日、(ⅱ)行っている業務の種類、(ⅲ)当期の業務

概要、(ⅳ)説明書類に記載する事項、(ⅴ)株主総会決議事項(特例業務に関連するもの)の要旨、(ⅵ)役職員の状況、(ⅶ)

本店・特例業務を行う営業所の状況、(ⅷ)株主(上位 10 名)の状況、(ⅸ)外部監査の状況、(ⅹ)自己私募業務の状況、(ⅺ)

自己運用業務の状況(内部管理の状況、設定及び償還の状況、自己又は関係会社が発行する有価証券の組入れ状況、運

用財産のファンドへの投資の状況等)、(ⅻ)ファンドの状況(出資金払込口座の所在地、資金の流れ、出資者の状況、適格

機関投資家の出資額・出資割合、適格機関投資家(上位 10 名)の状況、ファンドの資産構成、先物取引の状況、主な投資

対象資産、投資対象地域、金融商品取引行為の相手方の状況(総出資額の 10%以上の取引)、総出資額、純資産額、総

資産額、配当額、想定配当等利回り、解約額、償還額、ベンチャー・ファンド特例の要件に関する事項等(出資者が特定投

資家のみである場合には一部省略可)の記載が求められるとともに、②「経理の状況」として、特例業務届出者(法人の場

合。但し、特例業務届出者が法人格なき組合等を構成する者として届出を行った場合は当該組合等)の貸借対照表・損益

計算書の作成・提出が求められています。英語による作成も可能です。

(5) 説明書類

今般の改正により、特例業務届出者は、事業年度ごとに説明書類(いわゆるディスクロージャー誌に相当するもの)を作成

し、毎事業年度経過後 4 か月(原則)を経過した日から 1 年間、その全営業所(外国法人・外国に住所を有する個人の場合

94 法 63 条の 2 第 3 項 3 号、新業府令 241 条の 2 95 新法 63 条の 4 第 1 項、新業府令 246 条の 2 第 1 項 96 法 34 条の 2 第 3 項、34 条の 3 第 2 項、34 条の 4 第 2 項、37 条の 3 第 1 項、37 条の 4 第 1 項 97 業府令 80 条 5 号柱書 98 業府令 162 条 99 業府令 164 条 100 法 42 条の 3 第 1 項各号 101 業府令 170 条 102 新法 63 条の 4 第 2 項、新令 17 条の 13 の 3、新業府令 246 条の 3、別紙様式 21 号の 2 103 新業府令 328 条、ICT 告示 1 条 2 号、2 条 1 号、新監督指針Ⅲ-3-4。なお、金融商品取引業者の事業報告書等も同様です。

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は国内の全営業所)への備置き等による公衆縦覧又はウェブサイト等を通じた公表が義務づけられます 104。説明書類は、

事業報告書の記載事項を簡素化したものとして記載事項が定められていますが、事業報告書をそのまま利用することも可

能です。また、英語による作成も可能です。

7. 問題のある業者への対応の拡充

今般の改正により、特例業務届出者に対する監督上の処分(業務改善・停止・廃止命令)105、公益又は投資者保護のため(現行

法上は業務に係る状況を確認するため 106)の特例業務届出者(又はその取引先・業務委託先)に対する報告徴取・検査 107、業務

執行が著しく適正を欠き、投資者の損害拡大を防止する緊急の必要がある集団投資スキームの持分の勧誘に対する緊急差止

命令 108が導入されるほか、無届出・虚偽届出等に対する法定刑の引上げ 109、金商法上の審問、聴聞又は緊急差止命令の申立

てに関する調査のための処分への違反に対する法定刑の引上げ 110、新たな規制の導入に伴う所要の罰則の新設といった措置

が講じられています。

8. 既存の特例業務届出者に対する経過措置

施行日(平成 28 年 3 月 1 日)前から特例業務として自己運用業務を行っている既存の特例業務届出者は、施行日前に取得の

申込みの勧誘を開始した権利に係るものに限り、施行日以後も当該自己運用業務を継続することができます 111。また、施行日前

から特例業務として自己私募業務を行っている既存の特例業務届出者も、条文上の根拠は明確ではありませんが、著者らの金

融庁総務企画局市場課への電話照会によると、施行日以後も当該自己私募業務を継続することができる旨の回答が得られてい

ます。いずれにせよ、施行日前から特例業務を行っている特例業務届出者は、施行日から起算して 6 か月以内(平成 28 年 8 月

31 日まで)に改正後の特例業務に係る届出書(前記 5(1)ア参照)に準じた追加届出を所轄の財務局等に対して行うものとされて

おり、また、英語による追加届出も可能です 112 113。但し、当該期間内に特例業務を廃止し、その届出 114をした場合には、追加届

104 新法 63 条の 4 第 3 項、65 条の 2、新令 17 条の 13 の 4、17 条の 16、新業府令 246 条の 5、別紙様式 21 号の 3。特例業務届出

者が外国法人・外国に住所を有する個人であって国内に営業所を有しない場合は、国内の営業所における備置きができないた

め、ウェブサイト等を通じた公表を行うこととなります(パブコメ回答 84 頁以下(No.305・309~312))。なお、今般の改正により、金

融商品取引業者等の説明書類(いわゆるディスクロージャー誌)等についても、ウェブサイト等を通じた公表を選択できるものとさ

れています(新法 46 条の 4、47 条の 3、57 条の 4、57 条の 16、66 条の 17 第 2 項、66 条の 18、新業府令 174 条の 2、183 条、

208 条の 13 の 2、208 条の 26 の 2、284 条 2 項、285 条)。 105 新法 63 条の 5 106 法 63 条 7 項、8 項 107 新法 63 条の 6 108 新法 192 条 1 項 2 号、新令 34 条の 2 109 新法 197 条の 2 第 10 号の 8 110 新法 198 条の 6 第 17 号の 5~17 号の 7 111 改正法附則 2 条 1 項。従って、施行日(平成 28 年 3 月 1 日)以後に取得の申込みの勧誘を開始した投資家との関係では、改正

後の規制に従い、特例業務に係る届出書を提出のうえで自己運用業務を行う必要があります。なお、ファンド契約の規定に基づき

ファンドの出資者に対して追加出資の払込の履行を請求すること(いわゆるキャピタル・コール)は、基本的には「取得の申込みの

勧誘」に該当しないものと考えられるため、施行日以後にそのようなキャピタル・コールを行っても引き続き本文に述べた経過措置

を利用できるものと考えられます。この点、パブコメ回答では「組合員等について何らの前提条件もなく当該払込みを負う義務が定

められているような場合」に限るような記述がありますが(パブコメ回答 129 頁以下(No.470・471・473))、著者らの金融庁総務企画

局市場課への電話照会によると、組合員等に対して既に締結された契約に基づく義務の履行として払込みの履行を求めるもので

あって、組合員等が払込みをするか否か又はその金額について何らの裁量も有しない場合には、基本的には「取得の申込みの勧

誘」に該当しない旨の回答が得られています。 112 改正法附則 3 条、改正府令附則 5 条。届出書においては、改正法附則 3 条 1 項の規定による届出である旨を明示するとともに、

別添 2 の「届出の種別」欄においては、自己運用業務を継続する場合は「旧 63 条」と、自己私募業務を継続する場合は「63 条」

と、それぞれ記載することになるものと考えられます(別添 2 注意事項 5)。なお、届出書については CD-ROM による提出も可能で

あり(新業府令 328 条、ICT 告示 1 条 5 号、2 条 2 号)、定款が電磁的記録により作成されている場合は 3.5 インチフロッピー・ディ

スク又は CD-ROM による提出も可能です(改正法附則 3 条 3 項、新法 63 条 4 項、新業府令 238 条の 3)。 113 なお、追加届出を行う前に従前の届出書記載事項に変更が生じた場合には、従前の例に従って変更届出を行うこととされており、

また、この場合も従前通り英語による届出は可能です(改正府令 6 条、パブコメ回答 134 頁以下(No.489・490)参照)。

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出を行う義務は消滅するものとされています 115。

ただし、前記経過措置に基づいて施行日(平成 28 年 3 月 1 日)以後も自己運用業務を継続する既存の特例業務届出者は、改

正後の特例業務届出者とみなされたうえで、届出書の記載事項の公衆縦覧・公表(前記 5(1)イ)116、欠格事由(前記 5(2))、行為

規制(前記 6(1)。前記 4(2)を含みます。)、各種届出(前記 6(2)等)、帳簿書類の作成・保存義務(前記 6(3))、事業報告書の作成

及び提出(前記 6(4))、説明書類の作成及び公衆縦覧・公表(前記 6(5))、監督上の処分及び報告徴取・検査(前記 7)等といった

改正後の規制の適用を受けますが 117、他方で、特例業務対象投資家の範囲の制限(前記 3)や投資事業有限責任組合である適

格機関投資家の制限(前記 4(1))の影響を受けませんので、特例業務対象投資家に該当しなくなった既存のファンド投資家をファ

ンドから排除する必要はありません 118。

他方、施行日以後も自己私募業務を継続する既存の特例業務届出者も、条文上の根拠は明確ではありませんが、著者らの金

融庁総務企画局市場課への電話照会によると、改正後に届出を行った特例業務届出者と同様に、特例業務対象投資家の制限

の点等も含め、改正後の規制の適用を受ける旨の回答が得られています 119。そのため、自己私募業務を継続することができると

はいっても、施行日以後は、特例業務対象投資家でない者に対しては取得の申込みの勧誘を継続することはできない点に留意

を要します。

もっとも、いずれの場合も前記 5(2)で述べた欠格事由の①~④については経過措置が定められており、①②は施行日(平成 28

年 3 月 1 日)から起算して 5 年以内に、③の要件は施行日から起算して 6 か月以内(平成 28 年 8 月 31 日まで)に満たせばよく、

④は施行の際から引き続き該当していない限りは不要とされています 120。加えて、事業報告書及び説明書類については、施行日

以後に開始する事業年度から作成すればよいとされています 121。また、施行日前に締結された契約に基づくファンドがベン

チャー・ファンド特例の要件を満たす場合における、施行日以後も自己運用業務を継続する既存の特例業務届出者については、

運用財産相互間取引の禁止及び運用報告書に係る一定の規制は適用されないものとされています 122。

9. 実務への影響

今般の改正により、以下のような実務への影響が考えられます。

(1) 特例業務対象投資家の範囲の制限

特例業務対象投資家の範囲の制限に伴い(前記 3)、特に個人や中小企業から出資を受けているファンドについては、今

後は特例業務の利用が困難となるものも少なからず存在するものと考えられ、後記(5)のような個別の事情に応じた適切な

対応を検討する必要があります。

また、特例業務対象投資家を対象に特例業務を行う場合には、特例業務対象投資家の要件への該当性や、一定の特例

業務対象投資家についての出資割合の制限について、組成に際して十分に留意し確認する必要があるほか、契約書のドラ

フトに際しては表明・保証条項や譲渡制限規定を適切に定める必要があります。ベンチャー・ファンド特例を利用する場合に

は、その要件を満たす契約書とする必要があるほか、外部監査を委託する必要もあります。

(2) 適格機関投資家の範囲の制限

適格機関投資家の範囲が制限されることになったため(前記 4)、組成に際しては留意する必要があります。

114 法 63 条の 2 第 3 項 2 号。 115 パブコメ回答 135 頁(No.491・492)。 116 施行日(平成 28 年 3 月 1 日)から起算して 6 か月以内に行われる追加届出の後に、その記載事項を対象として行われるものとさ

れています(パブコメ回答 133 頁(No.480~487))。 117 改正法附則 2 条 2 項、3 項 118 パブコメ回答 127 頁以下(No.464・466~469)、131 頁以下(No.475・478・479) 119 パブコメ回答 132 頁(No.477)参照 120 改正法附則 5 条 121 改正法附則 6 条 122 改正府令附則 2 条、3 条

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(3) 特例業務届出者の要件の加重

特例業務に係る届出書の記載事項・添付書類の増大に伴い(前記 5(1)ア)、組成に要する時間・費用の増大が見込まれ

ます。

(4) 特例業務届出者に対する規制等

前述の通り、特例業務届出者に対する行為規制が大幅に厳格化されるとともに帳簿書類作成義務や当局への届出・報告

義務も加重され(前記 6)、検査・調査及び行政処分・刑事罰によるエンフォースメントも強化されることから(前記 7)、これら

への対応のため、社内規程の策定や体制整備、法定書類の作成等に、相当程度の法令遵守コストを要することに留意を要

します。特に、特例業務届出者が特別目的会社(SPC)の場合には、事務委託先やアセット・マネジャー等において、かかる

規制の遵守や検査対応について、どのように手当てをするか実務的な観点からの検討を要します。

(5) 特例業務を利用しない方法の検討

前記のような特例業務対象投資家の範囲の制限や特例業務届出者に対する規制等の強化に伴い、組成に際して特例業

務を利用しない方法も検討対象となります。例えば、自己私募業務については自ら第二種金融商品取引業の登録を得る方

法や金融商品取引業者に私募の取扱いを全て委託することで自己私募業務を行わない方法 123、自己運用業務については

投資一任契約により金融商品取引業者に全て委託することで当該自己運用業務を金融商品取引業に該当させない方

法 124、不動産流動化取引についてはTK-GKスキームに代えて特定目的会社を用いる方法、外国ファンドについては、居住

者である出資者について(間接出資者も含めて)10 名未満の適格機関投資家に限るとともに出資総額の 3 分の 1 以下とす

ることで金融商品取引業に該当させない方法 125や、リミテッド・パートナーシップに代えてユニット・トラストやLLCを用いる方

法も想定されます。

(6) 既存の特例業務届出者の対応

既存の特例業務届出者が施行日(平成 28 年 3 月 1 日)以後も業務を継続する場合は、施行日から起算して 6 か月以内

(平成 28 年 8 月 31 日まで)に、追加届出及び国内における代表者の選任を行うか、又は特例業務の廃止の届出を提出す

る必要となるため(前記 8)、スキームの切替の要否の検討及びいずれかの届出の準備が必要となります。

123 パブコメ回答 65 頁(No.227)参照 124 法 2 条 8 項柱書、令 1 条の 8 の 6 第 1 項 4 号、定義府令 16 条 1 項 10 号 125 法 2 条 8 項柱書、令 1 条の 8 の 6 第 1 項 4 号、定義府令 16 条 1 項 13 号

Page 12: 金融ニューズレター...省令14 号。以下「定義府令」といいます。)16 条1 項10 号や同項11 号に該当するものとして自己運用業務を行う場合も含まれ

当法律事務所では、他にもアジア・中国・M&A・危機管理・ビジネスタックスロー・事業再生等のテーマで弁護士等が時宜にかなったトピックを解説したニューズ

レターを執筆し、随時発行しております。バックナンバーは<http://www.jurists.co.jp/ja/topics/newsletter.html>に掲載しておりますので、併せてご覧くだ

さい。

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川かわ

上かみ

嘉よし

彦ひこ

西村あさひ法律事務所 パートナー 弁護士

[email protected]

金融関連業務、不動産関連取引、国際取引等を主たる業務分野とし、ファンド関連ではストラクチャード・ファイナン

ス、アセットマネジメント、不動産ファイナンス等について金融規制・コンプライアンス関連業務を含むアドバイスを国

内外の事業法人やファンド等に対して提供してきている。

芝しば

章浩あきひろ

西村あさひ法律事務所 アソシエイト 弁護士

[email protected]

2007 年弁護士登録。ストラクチャード・ファイナンス、アセット・マネジメント及び金融規制/コンプライアンス関連業務

を専門とし、クロス・ボーダーの各種金融取引や FinTech 関連を含む新たな金融サービスの開発に知識及び経験を

有する。