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乳房炎 2012 年4月1日作成 黄色ブドウ球菌(STAPHROCOCS AUREUS)なんて怖くない 乳中の黄色ブドウ球菌は、2000 年雪印乳業大阪工場の食中毒事件をきっかけに、一躍 悪役にされてしまった細菌である。食中毒の原因は、北海道大樹工場での停電が原発原因 で、粉乳製造ラインが停止した事にはじまる。温度の高いまま製造ラインが止まり、乳 中の黄色ブドウ球菌が繁殖し「エンテロトキシン」という名の毒素を産生した。この毒素 は高温で殺菌してもなくならず、その結果大樹工場で生産された粉ミルク中に、この毒素 が混入することになった。工場の人は、どうせ殺菌するから問題はないとの判断で、停電 普及後同じように粉乳製造を開始した。この粉ミルクを原料として加工乳を製造したこと で、多くの人がエンテロトキシン毒素を摂取して食中毒を発症してしまった。これ以降黄 色ブドウ球菌は悪役となってしまった。 その後の研究で全ての黄色ブドウ球菌がこの毒素を産生するわけではないことが明白に なった。 1.黄色ブドウ球菌の徴 黄色ブドウ球菌 黄色ブドウ球菌は、伝染性乳房炎に分類され、伝染力が強 いので酪農家からは嫌われる細菌である。また、乳房の乳腺 細胞の中に入り込み、抗生質に抵抗するために治療が困難 でもある。抗生剤に対して抵抗力を持つことが多く、薬剤耐 性菌になる可能性がある。人間の世界では「MRSA」とし て有名で、”メチシリン耐性黄色ブドウ球菌”と呼ばれている。 院内感染を起こし、抗生剤が効かず、毒素により死亡する怖 い細菌である。 2.黄色ブドウ球菌が住む(潜む)場所 1)乳腺内の感染:乳房の中の乳腺に住み、コロニーを形成し抗生剤治療に対して抵抗する。 その結果慢性乳房炎となると、乳腺の中に潜み、ストレスなどでの抵抗力が低下する と活動し、臨床型乳房炎となる。黄色ブドウ球菌感染乳房は常に体細胞数が高いとは言 えず、ストレスなどにより体細胞数が爆発的に増えることがある。 2)乳頭口の感染:乳頭口の荒れた部分に住み着く。 過搾乳などで乳頭口に傷があると、その傷の中に潜む。乳頭口の拭き方が悪いと、この 傷に住む黄色ブドウ球菌が、乳頭口から乳腺に感染を起こす。このパターンが多いので、 乳頭口の清拭には充分な時間と理的清拭が必要である。 奇麗な乳頭口(清拭後) 傷のある乳頭口 拭き切れていない乳頭口(糞が残る) デジタル顕微鏡 写真 7倍

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乳房炎

2012 年4月1日作成

黄色ブドウ球菌(STAPHROCOCS AUREUS)なんて怖くない

牛乳中の黄色ブドウ球菌は、2000 年雪印乳業大阪工場の食中毒事件をきっかけに、一躍

悪役にされてしまった細菌である。食中毒の原因は、北海道大樹工場での停電が原発原因

で、粉乳製造ラインが停止した事にはじまる。温度の高いまま製造ラインが止まり、牛乳

中の黄色ブドウ球菌が繁殖し「エンテロトキシン」という名の毒素を産生した。この毒素

は高温で殺菌してもなくならず、その結果大樹工場で生産された粉ミルク中に、この毒素

が混入することになった。工場の人は、どうせ殺菌するから問題はないとの判断で、停電

普及後同じように粉乳製造を開始した。この粉ミルクを原料として加工乳を製造したこと

で、多くの人がエンテロトキシン毒素を摂取して食中毒を発症してしまった。これ以降黄

色ブドウ球菌は悪役となってしまった。

その後の研究で全ての黄色ブドウ球菌がこの毒素を産生するわけではないことが明白に

なった。

1.黄色ブドウ球菌の特徴 黄色ブドウ球菌

黄色ブドウ球菌は、伝染性乳房炎に分類され、伝染力が強

いので酪農家からは嫌われる細菌である。また、乳房の乳腺

細胞の中に入り込み、抗生物質に抵抗するために治療が困難

でもある。抗生剤に対して抵抗力を持つことが多く、薬剤耐

性菌になる可能性がある。人間の世界では「MRSA」とし

て有名で、”メチシリン耐性黄色ブドウ球菌”と呼ばれている。

院内感染を起こし、抗生剤が効かず、毒素により死亡する怖

い細菌である。

2.黄色ブドウ球菌が住む(潜む)場所

1)乳腺内の感染:乳房の中の乳腺に住み、コロニーを形成し抗生剤治療に対して抵抗する。

その結果慢性乳房炎となると、乳腺の中に潜み、ストレスなどで牛の抵抗力が低下する

と活動し、臨床型乳房炎となる。黄色ブドウ球菌感染乳房は常に体細胞数が高いとは言

えず、ストレスなどにより体細胞数が爆発的に増えることがある。

2)乳頭口の感染:乳頭口の荒れた部分に住み着く。

過搾乳などで乳頭口に傷があると、その傷の中に潜む。乳頭口の拭き方が悪いと、この

傷に住む黄色ブドウ球菌が、乳頭口から乳腺に感染を起こす。このパターンが多いので、

乳頭口の清拭には充分な時間と物理的清拭が必要である。

奇麗な乳頭口(清拭後) 傷のある乳頭口 拭き切れていない乳頭口(糞が残る)

デジタル顕微鏡

写真 7倍

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3)乳頭の皮膚に感染:冬の皮膚の荒れ、傷に注意。

冬など乾燥した時期に乳頭皮膚が荒れたり、ディップ剤で

荒れたりすると、乳頭皮膚の荒れに黄色ブドウ球菌や表皮ブ

ドウ球菌(黄色以外のブドウ球菌 CNS)が潜む。乾燥時期や

冬、搾乳後に風に曝されることは、乳頭皮膚の健康を守る上

では問題である。この時期には乳頭皮膚の保護成分の高いデ

ィップ剤を使用する。風よけの設置も重要である。 荒れた乳頭皮膚

4)酪農家の手が感染:手のしわに潜む

黄色ブドウ球菌は酪農家の手にも潜み、しわ、傷に多く存在する。搾乳時に手袋を付け

ることで手を介しての感染を防ぐ事。手が汚れた場合でも落としやすくなるので、手袋の

装着は必須条件である。

5)導入牛、分娩牛等が黄色ブドウ球菌に感染していて、感染源となる。

導入牛(特に経産牛導入)が感染していることがある。購入時には体細胞数情報などを利

用すべきである。初妊牛でも感染していないとは言えない。搾乳作業に問題があると、導

入牛が感染源となりうる。

6)傷に潜む。

色々な場所の傷に潜むので、人、牛共に傷には注意を要する。

7)搾乳機器を介して

千葉 NOSAI 連の牧野、近藤らの報告によれば、酪農場の黄色ブドウ球菌は同じ遺伝子型

を持つことから、その発生源は同一でミルカーなどの搾乳機器を介して広がった物と推測

できると報告している。搾乳作業の基本、ミルカーの整備をしなくてはいけない。

3.黄色ブドウ球菌に対する従来の対策とその効果

1)乳汁で黄色ブドウ球菌が検出されたら、盲乳処置または淘汰する。

淘汰盲乳処置が多ければ、酪農経営が困難となる。乳汁で黄色ブドウ球菌が検出された

からといって、その黄色ブドウ球菌が乳腺感染から分泌された保証はない。乳頭口の傷か

もしれないので、直ちに盲乳処置、淘汰は避ける。まずは乳頭口、乳頭壁を奇麗に拭くこ

とである。

2)乾乳期に抗生剤で叩く。

効果がある場合もあれば、ない場合もある。治癒の判定も難しい。

乾乳時のタイロシン全身投与とセファゾリン乳房内注入の併用が、黄色ブドウ球菌の治療

に効果があったとする報告がある。

3)伝染しないように、ホスピタルクローやホスピタルユニットを作成する。

つなぎ牛舎では可能なれども、放し飼いのフリーストール牛舎などではどうする。黄色

ブドウ球菌群を作成し隔離しても、良い牛群から黄色ブドウ球菌は検出される。隔離対策

は効果はない。

4)伝染しないように、最後に搾乳をする。

つなぎ牛舎では可能なれども、放し飼いのフリーストール牛舎などではどうする。搾乳

の基本に戻るしかない。この基本が大変重要であるが、搾乳作業はその農場の伝統的な作

業をしていることが多く、理論を理解して作業していることは少ない。さらに、その作業

の精度が求められる。(2012 年 2 月日本獣医師会獣医学術学会年次大会にて発表)

5)隔離牛群を作り、伝染を防ぐ。

つなぎ牛舎では可能なれども、放し飼い牛舎では隔離牛群を作れないことが多い。隔離

をして成功した症例報告もない。

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結果として隔離政策は黄色ブドウ球菌の対策として効果は少ないと言える。淘汰は一時

期は成功するが、根本原因が解決できていないので、1 年後には同じ状況となることが多

い。本当の根本的な原因と伝染経路を絶つことを考えるべきである。

●淘汰、盲乳では根本原因は解決できない。

問題牛を処置するだけで、発生を防ぐことではないので、淘汰をしてもやがて同じ状況

になってしまう。

●隔離対策は成功した試しがない。

隔離をすれども、正常牛群からも黄色ブドウ球菌は検出され、一向に問題は解決しない。

●牛乳から黄色ブドウ球菌が検出されただけで、その牛の乳腺は本当に黄色ブドウ球菌に

感染しているのか?乳頭口からかもしれない。

黄色ブドウ球菌に対する今後の考え方と対策

1.細菌検査に対する考え方

黄色ブドウ球菌が乳頭の皮膚や乳頭口の傷に住み着くので、荒れている乳頭や乳頭口に

は黄色ブドウ球菌はいると考える。これを拾い検査をしている可能性がある。本当に乳腺

感染をしているか検討すべきである。乳房に硬結がある、慢性的に体細胞数が高い牛は黄

色ブドウ球菌による乳腺感染を疑う。治癒判定も、黄色ブドウ球菌が排菌されていないこ

とも考えられるので、数回の検査は必要である。

2.住む場所を考えて:乳頭清拭 乳頭口清拭

黄色ブドウ球菌は、乳頭の皮膚や乳頭口の傷に潜んでいる。ここに潜む細菌は拭き取り

づらいので、真剣になって乳頭皮膚と乳頭口から黄色ブドウ球菌を取り除くことをする。

つまり、搾乳前の乳頭清拭を確実に、乳頭壁と乳頭口を綺麗にすることをしなくてはいけ

ない。現実的には乳頭壁を綺麗にしたつもりが多く、乳頭口は拭けていないことが大半で

ある。

例 2012 年 2 月日本獣医師会獣医学術学会年次大会にて榎谷が発表

乳頭清拭時間:正味乳頭清拭にかけている時間を測定してみると

10 秒以内 4 戸 20 秒以内 11 戸 30 秒以内 10 戸 31 秒以上 8 戸であった。

わずかに4本の乳頭壁と乳頭口を10秒以内で奇麗に拭いたと思っている農家がいるので

ある。また、乳頭口清拭をしていない農家は 15/33 戸存在した。

3.プレディッピング、ポストディッピング

ディッピングは行えばよいものではなく、しっかりと乳頭壁の全面にディップ液が付着

する事が重要である。作業をしているだけの農家が多く見られている。

例 2012 年 2 月日本獣医師会獣医学術学会年次大会にて榎谷が発表

左:不完全なディッピング左:不完全なディッピング左:不完全なディッピング左:不完全なディッピング

右:すばらしいディッピング右:すばらしいディッピング右:すばらしいディッピング右:すばらしいディッピング

ディッピングの精度によりバルク乳中

体細胞数は異なり、すばらしいディッピ

ングできる農家は体細胞数が低い。

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4.乳汁から4.乳汁から4.乳汁から4.乳汁からSAが検出されたものは必ずしも乳腺内感染があるとは限らないSAが検出されたものは必ずしも乳腺内感染があるとは限らないSAが検出されたものは必ずしも乳腺内感染があるとは限らないSAが検出されたものは必ずしも乳腺内感染があるとは限らない

乳腺内感染、乳頭口の傷、乳頭の皮膚の傷を考えるべきである。この場所から如何にし

て黄色ブドウ球菌を搾乳前に物理的に取り去るかが重要出る。

荒れた乳頭皮膚 清拭後の残っている乳頭口の糞

デジタル顕微鏡写真

7倍

5.SCC情報をあわせて考える

牛群検定時の体細胞数情報を合わせて考える。いつも慢性的に体細胞数の高い乳房は、

乾乳期に徹底的に治療をすることと、分娩後に治癒の判定を下すことである。効果のない

場合には盲乳処置や淘汰を考える。牛群検定の情報は、治療効果の判定として利用する事

ができる。治療前後の数値の動きを見て、治療処置や対応策の効果を判定する。効果が牛

群全体に及ぶには時間がかかる場合もあるので、一部分の数値(変化の現れやすい牛群)を

拾い出して効果を判定する。

目標値:牛群のリニアスコ 3.0 以下 初回検定時のリニアスコア 2.5 以下

体細胞数 50 万以下の頭数-牛群の 10%以下 同 100 万以下-5%以下

6.伝染経路:

一般的な感染源 感染乳房や汚れた敷料、手など

主な感染経路 汚染した清拭布 汚染したミルカー 不適切なミルカー

改善すべき点 清潔で乾燥した牛から搾乳 1頭1布 適切なディッピング

7.その他の要因:哺乳牛対策

黄色ブドウ球菌は口腔粘膜や傷口に存在するので子牛がお互いの乳首を吸いあうこ

とにより、黄色ブドウ球菌が乳頭に感染する危険性があります。

よって、子牛は 1 頭ずつ別飼いすることが推奨されます。

8.ハエ対策

ハエも黄色ブドウ球菌の媒介として働きます。

特に乳頭に傷のある場合、ハエによって運ばれた黄色ブドウ球菌がその傷に住みつ

き、いずれ乳頭口から侵入し乳房炎になります。

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9.実践結果

バルク乳中細菌数が急激に上昇した酪農家の対策事例。バルク乳の培養結果

15 年 7 月に従業員全員に徹底して搾乳作業の基本を教える。特に乳頭壁と乳頭口の拭き方

を指導する。その結果 15 年 8 月には淘汰や盲乳処置もせずに黄色ブドウ球菌は激減する。

現実は黄色ブドウ球菌よりも大腸菌性乳房炎の多発で困っていた。

バルク乳細菌培養検査

細胞数 生菌数 SA SAG CNS OS CO

2010 年

1月 8.1 0.4 0 0 1 1 0 数字の0,1,2はランク付け

2月 10.3 0.1 40 0 0 1 0 2は問題ありとの範囲

3月 13.1 0.1 0 0 1 2 0

4月 11.9 0.1 20 0 0 1 1 細胞数:バルク乳中体細胞数

5月 9.1 0.1 0 0 1 1 1 万/ml

6月 16.3 0.1 0 0 1 1 1

7月 15.0 0.1 20 0 1 1 0 生菌数:バルク乳中生菌数

8月 17.0 0.1 0 0 0 0 0 万/ml

9月 20.2 0.1 0 0 0 1 1

10 月 12.9 0.1 20 0 1 1 1 SA:バルク乳中菌数/ml

11 月 13.9 0.1 20 0 0 1 1

12 月 17.2 0.1 0 0 0 1 1

略語 SA:黄色ブドウ球菌 SAG:無乳性連鎖球菌 CNS:表皮ブドウ球菌

OS:その他の連鎖球菌 CO:大腸菌群

SAよりもOSの方が対策には苦労する。