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- 1 - 中国経済 2012.11 香港、台湾企業に見る中国へのサービス産業展開 小野村 拓志 (ジェトロ 香港事務所長) 近年、製造業による海外直接投資に加えて、多くのサービス産業が新興市場への展開 を図っている。展開戦略を決めるに当たっては、市場規模や他国・地域への発展性、所 得水準など多くの要素を勘案する必要がある。特に中国への進出は、経験の尐ない日本 の中小企業にはハードルが高い。そこで、中国市場への先達である香港や台湾企業の戦 略を検証したい。 中国における中高所得者層市場の開拓は、香港の不動産デベロッパーによるショッピ ングモールなどの開発事例が参考になる。香港の主要デベロッパー10 社各社の旗艦プロ ジェクトを見てみると、プロジェクトの完成時期は大きく三つの時期に分けられる。 まず 1997 年から 2002 年の第1期では、高所得者層が集中する1級都市での事業開発 が大半で、上海市、北京市、広東省佛山市など 13 件のプロジェクトが完成した。2008 年から 2012 年の第2期は 16 件で、湖北省武漢市、遼寧省瀋陽市、福建省福州市、山東 省済南市、四川省成都市など、内陸部や2級都市にも拡大した。そして現在建築中や計 画中で完成予定が 2013 年以降の第3期は 21 件で、成都市、重慶市など内陸や3級以下 の都市が中心になっている。プロジェクトの詳細を見ると、1級都市の案件では高所得 者層から中所得者層へのターゲットの移行が見られる。そして2、3級都市での案件は 延床面積が相対的に大きく、これらの都市における中高所得者層の急速な成長と市場の 急成長を見据えた香港企業のいち早い土地所有権の獲得が反映されている。 また、香港、台湾のサービス企業の中国での展開状況をみると、下記の五つの傾向が みられる。①香港、台湾ですでに知名度が高く、かつ、アパレルや高級宝飾品など販売 予測や在庫管理が容易な特定品目に集中。②市場参入初期は自社製品の顧実層や地縁を 考慮した一つの都市をテスト地点と定め、市場性の有無や店舗運営の状況などを見極め た後、各地に展開。③日本や欧米で知名度が高いブランドの営業権を取得し、地元で成 功させた後、そのモデルを中国に持ち込む。④広大な中国全体に事業を拡大する場合は フランチャイズ方式が一般的。⑤これまでは比較的参入障壁の低い小売りや外食などに 集中していたが、高齢者対策や医療・保険、不動産管理などのサービス分野も拡大検討 中である。 日本のサービス産業、特に中小企業にとって、中国における香港、台湾企業の事業展 開動向は、今後の中国進出や商習慣の異なる中国における管理コスト削減のための事業 提携先検討にも重要である。自社と似た香港、台湾企業の動向を大いに研究し参考にし てほしい。

香港、台湾企業に見る中国へのサービス産業展開 · 者層から中所得者層へのターゲットの移行が見られる。そして2、3級都 での案件は

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Page 1: 香港、台湾企業に見る中国へのサービス産業展開 · 者層から中所得者層へのターゲットの移行が見られる。そして2、3級都 での案件は

- 1 - 中国経済 2012.11

香港、台湾企業に見る中国へのサービス産業展開

小野村 拓志

(ジェトロ 香港事務所長)

近年、製造業による海外直接投資に加えて、多くのサービス産業が新興市場への展開

を図っている。展開戦略を決めるに当たっては、市場規模や他国・地域への発展性、所

得水準など多くの要素を勘案する必要がある。特に中国への進出は、経験の尐ない日本

の中小企業にはハードルが高い。そこで、中国市場への先達である香港や台湾企業の戦

略を検証したい。

中国における中高所得者層市場の開拓は、香港の不動産デベロッパーによるショッピ

ングモールなどの開発事例が参考になる。香港の主要デベロッパー10 社各社の旗艦プロ

ジェクトを見てみると、プロジェクトの完成時期は大きく三つの時期に分けられる。

まず 1997 年から 2002 年の第1期では、高所得者層が集中する1級都市での事業開発

が大半で、上海市、北京市、広東省佛山市など 13 件のプロジェクトが完成した。2008

年から 2012 年の第2期は 16 件で、湖北省武漢市、遼寧省瀋陽市、福建省福州市、山東

省済南市、四川省成都市など、内陸部や2級都市にも拡大した。そして現在建築中や計

画中で完成予定が 2013 年以降の第3期は 21 件で、成都市、重慶市など内陸や3級以下

の都市が中心になっている。プロジェクトの詳細を見ると、1級都市の案件では高所得

者層から中所得者層へのターゲットの移行が見られる。そして2、3級都市での案件は

延床面積が相対的に大きく、これらの都市における中高所得者層の急速な成長と市場の

急成長を見据えた香港企業のいち早い土地所有権の獲得が反映されている。

また、香港、台湾のサービス企業の中国での展開状況をみると、下記の五つの傾向が

みられる。①香港、台湾ですでに知名度が高く、かつ、アパレルや高級宝飾品など販売

予測や在庫管理が容易な特定品目に集中。②市場参入初期は自社製品の顧実層や地縁を

考慮した一つの都市をテスト地点と定め、市場性の有無や店舗運営の状況などを見極め

た後、各地に展開。③日本や欧米で知名度が高いブランドの営業権を取得し、地元で成

功させた後、そのモデルを中国に持ち込む。④広大な中国全体に事業を拡大する場合は

フランチャイズ方式が一般的。⑤これまでは比較的参入障壁の低い小売りや外食などに

集中していたが、高齢者対策や医療・保険、不動産管理などのサービス分野も拡大検討

中である。

日本のサービス産業、特に中小企業にとって、中国における香港、台湾企業の事業展

開動向は、今後の中国進出や商習慣の異なる中国における管理コスト削減のための事業

提携先検討にも重要である。自社と似た香港、台湾企業の動向を大いに研究し参考にし

てほしい。

視 点

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トピックスレポート

中国経済 2012.11 - 2 -

中国における LCC の動向と地方自治体による誘致

細川 裕貴

(ジェトロ 海外調査部 中国北アジア課)

〔要 旨〕

□ 現在、中国には格安航空会社(LCC)が4社あるといわれており、年々シェアを伸ば

し、路線を拡大している。

□ そのうち春秋航空と吉祥航空は日本に定期便またはチャーター便を就航させているが、

その背景には中国人観光実増加による地域経済の活性化を狙った自治体が補助金を支

出するなどの誘致活動がある。

□ すでに就航している路線では搭乗率が好調な一方、誘致した自治体や経済効果を期待し

た観光業界にとっては、観光実が東京や大阪といった大都市や他の観光地に行ってしま

い、本来誘致したい地元には滞在せずに素通りしてしまうという状況についての対策が

課題となってきている。

□ 今後、路線の増加などで利用者の選択肢が増加していくことが予想される。誘致した自

治体や観光業界には、運賃の安さ以外にも独自の魅力を打ち出し、地域経済の持続的な

活性化につなげていくことが求められる。

<はじめに>

中国の航空市場は年々拡大しており、2011年の旅実取扱量は前年比9.5%増の2億9,317

万人注1)となった。中でも LCC は、3大国有航空会社(中国南方航空、中国国際航空、中

国東方航空)には及ばないものの、シェアを年々順調に伸ばしている(図1)。

図1 大手航空会社と LCC のシェア(旅客取扱量)の推移

〔出所〕「中国交通年鑑」を基に作成

21.2

17.3

16.1

5.2

4.3

0

5

10

15

20

25

2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年

中国南方航空 中国国際航空

中国東方航空 LCC4社シェア

海南航空

(%)

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- 13 - 中国経済 2012.11

現地レポート

実例と最近の司法解釈からみる売買契約の留意点

島田 英樹

(ジェトロ 北京事務所)

〔要 旨〕

□ 売買取引を行う上で売買契約法あるいは売買契約に関する関連規程は押さえておくべ

き重要な法規の一つであり、最高人民法院が発布し、2012 年7月1日から施行された

「売買契約紛争案件の審理に適用する法律問題の解釈」は従来あいまいだった法解釈

に明確なガイドラインを規定したものとして参考になる。

□ 同司法解釈は契約法と売買契約に関して、具体的に適用する法律問題を明確化、規範

化することで契約法の法的实効性をより高めるとともに売買取引を円滑にしようとい

う意図があるものと思われる。

□ 売買契約書に代わる書類が存在し、かつ当事者双方間での取引方法、取引習慣によっ

て、売買契約書が無い場合でも売買契約の成立が認められるようになる。

□ 従来、意向書や覚書など将来の正式な売買契約締結を前提にした書面は「今後の取引

に向けた当事者双方の意思表示であり法的拘束は受けない」との考えがあったが、今

後は正式な売買契約書に近いものと判断される可能性が高い。

□ 中国において代金回収前に領収書を発行する行為は商習慣として広く認識されている

が、代金未収を明示しない限り領収書の発行は代金を受領したものとして見なされる。

□ 売買契約を変更しない限り、勘定照合書類や返済協議書などで違約金条項に触れてい

なくても同契約内の違約金条項に基づき請求可能なことが明確化された。

筆者は北京において、日系企業の駆け込み寺として日々さまざまな相談を受けているが、

ここ最近、中国企業とビジネスを開始する、あるいはすでに開始している日本企業が、売

買契約の問題でトラブルになっていると飛び込んでくる事例が相次いでいる。問題の所在

を確認すると、契約書の中身をきちんと確認せずにサインをしてしまった、契約書は確認

したが判断のベースとしたのはアルバイト雇用の中国人が翻訳した日本語であった、取引

相手のことを信用しており、こんなことになるとは予想していなかった、などさまざまで

あるが、もう尐し早い段階でジェトロや弁護士などの専門家に相談していれば、まだ取り

得る対策も考えられたが、現实的にはその時点では、すでに法的に取り得る対策が限られ

てしまうケースも多い。

また、売買契約書の作成とその後のフォローの重要性は認識しつつも、人材、ノウハウ、

コストなどを考えると、特に中小企業にとっては売買契約に関する法規程や法解釈の把握は

現实問題として困難であることは間違いない。さらには日々の受発注を遅滞なく効率的に

行うため、契約書は後付け、あるいは発注書などで代替しているというケースも多く、代

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中国経済 2012.11 - 24 -

現地レポート

中国での環境評価と危険化学品の規制強化の影響

―華東進出日系製造業の立地難と産業移転問題の視点から―

門田 壮

(ジェトロ 上海事務所 シニアアドバイザー)

〔要 旨〕

□ 中国では、住民の権利意識向上による直接抗議運動や違法行為に対するネット世論の糾

弾などを社会背景に、法規制が強化されている。危険化学品規制と工場建設時環境評価・

行政機関での手続きも厳格化し、建設遅延や移転問題で日系企業にも影響が出ている。

□ 危険化学品(危化)規制では、2009年から化学物質安全性データシート(MSDS)や

化学品安全ラベルの中国語化が義務化され、2011年12月に改正施行された「危険化学

品安全管理条例」では、国家安全生産監管理総局が危化管理の中央行政機関として明記

された。危化の製造、貯蔵、使用、経営、運送に対する法的規制が強化されている。「危

険化学品領域の本質的な安全レベルを向上させるための特定項目の展開に関する通知」

(国家安全生産監督管理総局[2012]87号、2012年6月29日公布)で、2015年6月まで

の緊急具体的行動通知が発表された。

□ 上海市はこれを受け、危化生産企業・倉庫業者の移転などの内容の「上海市の危険化学

品分野の本質安全水準向上個別行動方案に関する通知」(滬安監管危化[2012]111号、

2012年8月13日付文書)を出した。これによる工場移転時期の前倒しなどの行政指導

が懸念される。

□ 工場建設時の環境評価では、住民や従業員の安全や健康への関心の高まりもあり、華東

地域では危険化学品新工場・新設備の試運転期間が实際には3カ月から6カ月へと延長

されてきている。建設抑制政策による建設手続きの要件主義の厳格適用にも留意したい。

□ 具体的な移転問題の事例をみると、国家級・省級・郷鎮級の開発区で事情は異なる。

□ 中国は憲法18条で、投資企業の中国の法律遵守の義務と法律の保護を受ける権利を明記

し、1989年5月には「日中投資保護協定」を公示し、相互の投資保護を約束している。

貿易も、WTO規定通り、日系企業が通関手続きを踏む限りは企業側に問題はない。最新

の「中国の法律法規」を迅速に理解する社内体制、社員コンプライアンス教育、関連法

規の「監督単位」である行政機関との普段からのコミュニケーション強化を図りたい。

□ 最近の厳しい外部環境下、移転問題に限らず通関手続きなどの情報収集は必要である。

同業他社との情報交換パイプ、「行政手続き」での外部専門家の活用が、中国の社会

全体の法治化、民主化の動きを注意深く見極めることと同様に重要である。上海市だ

けでも1万 2,000 名を超える弁護士が活躍しており、各専門分野での起用体制が企業

活動には必須となってきている。

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特 集

- 35 - 中国経済 2012.11

中国人とのビジネス折衝―交渉で注意すべき点と実践テクニック―

吉村 章

(台北市コンピュータ協会 駐日代表)

〔要 旨〕

□ 日本人は「まとめるための交渉」を基本姿勢にビジネス折衝や交渉に臨む。一方、中国

人は「結果を勝ち取るための交渉」を基本姿勢にして交渉に臨む。「交渉」とは中国人

にとってより有利な結果を勝ち取るために行う闘いであり、主張すべきことを徹底的に

主張するのが中国スタイルである。

□ 主張を述べるときはわかりやすく簡潔にまず「結論」から述べ、その結論を導き出した

理由や背景説明を三つのポイントに絞って述べる(1+3主張法)。また、反論に反論

するためには「役割分担」「非公式折衝」などを有効に活用することが効果的である。

□ 中国的交渉の四つのカード(「ダメ元・ゴネ得」の主張、論点の「蒸し返し」、「交換条

件」、議論の「すり替え」)の対処法が交渉を成功に導く「鍵」である。

□ 交渉相手は「敵」ではなく、大切なビジネスパートナーである。異文化理解を深めるに

は、お互いの文化、習慣の違いを確認し合い、差異を埋めるための接点探しが大切であ

る。

本稿は長年にわたってビジネス折衝や交渉に携わってきた筆者が中国人とのビジネス

交渉で注意すべき事柄をまとめたものである。本稿で取り上げている中国人との「交渉」

とは、中国からの製品調達、委託生産、中国市場の市場開拓、マーケティング、ビジネス

での契約交渉やクレーム処理、パートナー企業との技術アライアンスなどの場面で行われ

る「交渉」を指す。中国ビジネスの最前線で業務に携わる関係各位の一助となれば幸いで

ある。

1.交渉に臨む基本姿勢

(1)日本人と中国人の交渉に対するスタンスの違い

まずビジネス折衝や交渉に臨む「基本姿勢の違い」について考えてみたい。日本人と中

国人では交渉に臨むときの姿勢に決定的な違いがある。一言で言うならば、日本人は「ま

とめるための交渉」、中国人は「結果を勝ち取るための交渉」を基本姿勢にしている。ここ

に大きな違いがあると考える。

<「結果を勝ち取るための交渉」をする中国人>

中国人とビジネス折衝や交渉の現場に携わったことのある方であれば、中国人がいかに

タフなネゴシエイターであるかをご存知のはずである。彼らにとって「交渉」とは有利な