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47 Vol.53 2012No.7 SOKEIZAI シリーズ  よくわかるRPの活用法 一般消費者向け AM(積層造形)の最新動向 ㈱ インクス 小 澤 純 一 (第10回) 1.はじめに 積層造形技術は、当初 Rapid Prototyping(RP)と 呼ばれており、近年はAdditive Manufacturing(AM) と呼ばれるようになってきた。当社、㈱インクスは、 20 年以上にわたり光造形機/粉末造形機の販売及び 保守サービスを行ってきた。同時に、社内に多数の積 層造形機を保有し、3DCAD 化が進んでいる自動車・ 電機業界を中心として、積層造形品のモックや造形品 をマスターとした注型品や鋳造品を提供するサービス を行ってきた。当社は様々な立場から AM に携わっ てきた 20 年間の経験を元に、2010 年に一般消費者向 け AM 市場に参入した。それから 2 年間経ち、その 短期間でさえ、一般消費者のニーズや市場を取り巻く 環境は著しく変化しており、この先も同様に大きく変 化していくと想定している。一方で、2 年間の活動の 中で、この市場の根本にある課題も見えてきている。 今回は一般消費者向け AM 市場の課題と当社の取り 組み及び今後の市場展望について紹介する。 2.ものづくりを取り巻く環境 最近のものづくりの環境は著しく厳しくなってい る。その昔は、ある一定の商品に関わっていれば業績 は伸びていったが、現在は色々と新しいことをし続け ていかないと、生き残っていけない時代になっている。 流行のサイクルは短くなり、家庭での消耗品は低価格 ショップで購入できる時代である。 しかし、若者の没個性化が叫ばれる中でも、価値観 は多様化しつつあり、近年の DIY ブームやオーダー メイド商品の増加など、個人が「自分だけの」オリジ ナルのものを求める傾向は高まりを見せている。特に、 パソコンの高性能化と価格下落、ソフトの進化により、 自分が欲しいと思うイメージ(意思)を個人の方がバー チャル化することができる時代になってきている。そ れをサポートするように、データ作成ソフトの分野も 著しい進化を遂げつつあり、フリーのソフト(http:// sketchup.google.com/)や、特定製品(例えば椅子) に特化して使い勝手を良くしたソフト(http://www. sketchchair.cc/)などが登場してきている。このよう に、ものづくりの環境は厳しさが強調される一方で、 著しい変化が起こっている。第 3 次産業革命が起こっ ていると唱え始めた方もいる。ものづくりにデジタル が入り込み、さらに一般の家庭にまで普及し始めてい る状況で、今後のものづくりの形態や生活環境が変っ ていくことが予想される。 3.一般の方が 3D プリントを楽しむ上 での課題 当社は会社設立時より、自動車、家電業界の設計者 の想いを形にすることの重要性に着目し、積層造形を 活用して、想いを形にし続けてきた。積層造形は、形 状にテーパが要らないなど、イメージを形にする上で の制約条件が少なく、ラフなデータ作成から形を生み 出せるというメリットなどにより、これらの業界で広 く普及してきた。また、自動車業界での CAD 普及に 伴い、データの作成という部分にも着目し、モデリン グ技術向上のための取り組みを継続して進めてきた。 その結果、モデリングしていく上で技術的に落とし穴 となる部分などを見出し、様々な企業の設計者の方に CAD 教育をする、という面でも貢献をしてきた。 ㈱インクスでは、従来のサービスの枠を超え、新たなチャレンジを行っている。積層造形品は産業界 における試作品の位置付けとして幅広く利用されてきている。今回、一般消費者向けにこの設備と技 術を使った新しいサービスを紹介する。

一般消費者向け AM(積層造形)の最新動向sokeizai.or.jp/japanese/publish/200706/201207ozawa.pdfにおける試作品の位置付けとして幅広く利用されてきている。今回、一般消費者向けにこの設備と技

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47Vol.53(2012)No.7 SOKEIZAI

シリーズ よくわかるRPの活用法

一般消費者向けAM(積層造形)の最新動向

㈱インクス 小 澤 純 一

(第10回)

1.はじめに      積層造形技術は、当初Rapid Prototyping(RP)と呼ばれており、近年はAdditive Manufacturing(AM)と呼ばれるようになってきた。当社、㈱インクスは、20 年以上にわたり光造形機/粉末造形機の販売及び保守サービスを行ってきた。同時に、社内に多数の積層造形機を保有し、3DCAD化が進んでいる自動車・電機業界を中心として、積層造形品のモックや造形品をマスターとした注型品や鋳造品を提供するサービスを行ってきた。当社は様々な立場からAMに携わってきた 20 年間の経験を元に、2010 年に一般消費者向けAM市場に参入した。それから 2 年間経ち、その短期間でさえ、一般消費者のニーズや市場を取り巻く環境は著しく変化しており、この先も同様に大きく変化していくと想定している。一方で、2年間の活動の中で、この市場の根本にある課題も見えてきている。今回は一般消費者向けAM市場の課題と当社の取り組み及び今後の市場展望について紹介する。

2. ものづくりを取り巻く環境      最近のものづくりの環境は著しく厳しくなっている。その昔は、ある一定の商品に関わっていれば業績は伸びていったが、現在は色々と新しいことをし続けていかないと、生き残っていけない時代になっている。流行のサイクルは短くなり、家庭での消耗品は低価格ショップで購入できる時代である。 しかし、若者の没個性化が叫ばれる中でも、価値観は多様化しつつあり、近年のDIY ブームやオーダーメイド商品の増加など、個人が「自分だけの」オリジ

ナルのものを求める傾向は高まりを見せている。特に、パソコンの高性能化と価格下落、ソフトの進化により、自分が欲しいと思うイメージ(意思)を個人の方がバーチャル化することができる時代になってきている。それをサポートするように、データ作成ソフトの分野も著しい進化を遂げつつあり、フリーのソフト(http://sketchup.google.com/)や、特定製品(例えば椅子)に特化して使い勝手を良くしたソフト(http://www.sketchchair.cc/)などが登場してきている。このように、ものづくりの環境は厳しさが強調される一方で、著しい変化が起こっている。第 3次産業革命が起こっていると唱え始めた方もいる。ものづくりにデジタルが入り込み、さらに一般の家庭にまで普及し始めている状況で、今後のものづくりの形態や生活環境が変っていくことが予想される。

3.一般の方が 3Dプリントを楽しむ上  での課題      当社は会社設立時より、自動車、家電業界の設計者の想いを形にすることの重要性に着目し、積層造形を活用して、想いを形にし続けてきた。積層造形は、形状にテーパが要らないなど、イメージを形にする上での制約条件が少なく、ラフなデータ作成から形を生み出せるというメリットなどにより、これらの業界で広く普及してきた。また、自動車業界での CAD普及に伴い、データの作成という部分にも着目し、モデリング技術向上のための取り組みを継続して進めてきた。その結果、モデリングしていく上で技術的に落とし穴となる部分などを見出し、様々な企業の設計者の方にCAD教育をする、という面でも貢献をしてきた。

㈱インクスでは、従来のサービスの枠を超え、新たなチャレンジを行っている。積層造形品は産業界における試作品の位置付けとして幅広く利用されてきている。今回、一般消費者向けにこの設備と技術を使った新しいサービスを紹介する。

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 しかし、「自分だけのものを作りたい」という思いは強くても、一般の個人はそのようなモデリング技術の蓄積はなく、積層造形を利用する場合にデータ作成が大きな壁となっている。現在は、個人レベルで扱う3Dデータの作成にはゲームや映画に代表されるような CG技術やデザイン CADなどが使われている。ところが CGのデータは、そのままでは、ものづくりには使えないケースが大半である。CGは寸法に対する概念が設計 CADと大きく異なり、実際の寸法を意識することなく、形状を表現することができるためである。このようなデータで造形した場合、望んだ形にならなかったり、そもそもエラーで造形ができないこともある。作ってみたら、造形品が肉薄だったり、乗り物が実際には手のひらサイズだったりということはよくある。 このような事実は、一般の方々へ積層造形品を提供するサービスを始めてから分かってきた。

4. 企業と個人のデータ作成ソフトの環境      自分で積層造形にあったオリジナルのデータを作るということに関して、企業と個人では大きく状況が違う。企業の中で使われる設計 CADも一昔前は同じ会社の中でも違う CADが乱立し、データ変換の重要性が唱えられた。しかし、現在は自動車業界、家電業界と 3D化が進み、前述のレベルから、製品形状以外の情報も含めていかに最終製品までのデータを繋ぎ合わせていくかの段階になっている。 一方で、個人の範囲ではまだこのような状況ではなく、先に述べた CG技術以外のソフトを使用した場合でも単純にモデリングスキル不足、工法によるデータ作成上の制約の知識不足、ソフトの特徴を把握できていないなどの理由で、精神的な部分も含めものづくりにまで繋がらないケースが大半であることが分かってきている。現在の多くの CADや CGはコマンドが多過ぎで、CADに不慣れな一般の人が直感的に作業できるソフトではない。そのため、直感的に使える操作性の良い CADや CG ソフトの開発が望まれている。携帯電話の進化のように CADや CGも直感操作と寸法などの機能を両立させた一般の方でも使いやすい安価なソフト開発が必要である。 また、積層造形の特徴や STL データの知識をふまえたデータ作成も、作品創りには欠かせない要素である。あまり一般的ではないこの STL データについて理解し、データ修正まで含めたモデリングを行うのは骨が折れる作業である。残念ながら現在市販されているソフトでこれら全ての課題を解決しているソフトは存在しない。訓練をした人、興味がある人でないと乗り越えるには時間と労力が必要である。

5. 当社の3Dプリントサービスでの取り組み

      当社は 2010 年 2 月に個人が利用できる 3Dプリントサービスを別ブランド INTER-CULTURE(http://inter-culture.jp/、以下 I. C. と表記)として開設した。I. C. では、一般の方が 3Dプリントを楽しむために一番の課題であるデータ作成をサポートするべく、いくつかの活動をしている。

 まず、オリジナルデザインのものを作りたいけれど、自分でデータを作ったことがないという方のために事例の掲載はもとより、モデリング技術や STLの特徴についても記載をしている。特に、モデリング初心者がフリーウェアのデータ作成ソフトを初めて使い、作品を作り出すということを通し、モデリングの楽しさを伝えるような記事(図1)に対しては、一般の方からの反応も多く寄せられている。

 次に、他とはちょっと違ったものが欲しいけれど、デザインのイメージがもてない、という方には幾つかの項目を入力するだけで、不思議な形状データを生み出せるアプリケーションを展開している(図 2)。 

図 1 データ作成の紹介記事

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シリーズ よくわかるRPの活用法

 このような簡単な半自動データ作成をきっかけに、3Dデータを作成し、3Dプリントをするということ自体の楽しさを体感し、データを自分で作成すること、また、それを 3Dプリントしていくという途中にある課題を楽しみながら乗越えていく姿勢を持っていただければと思う。 さらに、出来上がる製品、つまり積層造形品の魅力を伝えるため積層造形ならではの商品を紹介したり、材料のサンプルの送付により実際の材質を直接触ってもらえるようにしている。各種展示会への出展なども行っており、実際に見て、触ってもらえるような機会を持ってもらえるように努めている。 前述のような取り組みを柱として、I. C. では、「創る」、 「買う」、 「語る」 と 3 つの要素からサービスを行っている(図 3)。

 「創る」のページでは、個人がオリジナルデザインのデータをサイトにアップしていただければ、オンライン自動見積りで金額を確認し、注文、電子決済と手軽に進めることができる(図 4)。既に多くの方にご利用いただいており、リピート注文をしていただくお客様も多数いらっしゃる。是非ご利用いただきたい。

図 3 I. C. の 3つのサービス

図 2 自動データ生成アプリケーション

図 4 オンライン自動見積画面

写真 1 カスタマイズできるワインボトルのネックレス

 「語る」のページでは、スタッフによる、ブログ更新を行っている。データ作成の仕方、STLの特徴、イベントの告知や日常の疑問、新しい技術のご紹介まで幅広く記事にしているので、色々と情報を収集していただくことができる。 「買う」のページでは、祝い事や贈り物に使えるような、セミカスタムオーダー品(写真1)から書斎や

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オフィスロビーに飾っていただけるようなインテリア商品(写真 2)まで積層造形ならではの商品をラインナップ、販売している。

 さらに I. C. の特徴として、従来業務用として使用していた積層造形機を使って一般の方へのサービスを提供し始めたことである。こちらの設備を使うことにより、よりプラスチックに近い材料でものを作ることができるようになる。これは、「自分だけの」ものを求めるニーズに対して、今後、形だけあればよいというステージから、より高機能なニーズに変ってくることが予想される状況に対応可能な品質を発揮することができる材料である。 低価格 3Dプリンタの登場が、一般の方への普及に繋がった。ここ数年多くの方に興味を持ってもらえたと思っている。I. C. でも低価格の 3Dプリンタを販売している(写真 3)。このところ、一般の方の興味は一巡して、一旦の落ち着きを見せているが、メーカーによる装置の技術開発および、材料開発は進められている。世界では 3Dプリンタの普及に国レベルで力を入れているところもあり、今後の技術発展や動向に目が離せないところである。

6.I. C. の今後      このような取り巻く環境の変化に対応するべく、I.C. は従来の試作品としての位置づけから、新しい市場の創設を目指している。多くの方にさらに興味を持ってもらえるような、そして、楽しんでもらえるような取り組みを展開してまいりたい。 一般の方々には、本稿に記したような活動や I.C. のサイトから刺激を受け、今までにないような自由な発想でオンラインの 3Dプリントサービスをご利用いただければと考えている。 INTER-CULTUREでは、いままでとはちょっと違うもの、何か新しいものを感じてもらえるようなサービスを目指していきたい。是非このサービスをご利用いただき、積層造形を活用したオリジナルのものづくりの楽しさを感じていただけたらと考えている。

写真 3 I. C. サイトにて販売中の 3Dプリンタ

株式会社インクス(Incs inc.)〒102-0075 東京都千代田区三番町 6-3 三番町UFビル 3FTEL 03-5214-2697(直通 ) FAX 03-5214-2620http://www.incs.co.jp/

写真 2 インテリアとして飾れる発射台

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