12
8 特別寄稿 自動車の燃費改善のための熱制御技術 Heat Control Technologies to Improve Fuel Economy of Automobiles 森吉 泰生 * Yasuo Moriyoshi 要  旨 地球温暖化対策のために,自動車から排出される二酸化炭素量の規制が年々厳しくなっている.これ に対応するためには車両の軽量化,エンジンの熱効率改善が重要である.本稿では,自動車用内燃機関 の熱効率を改善するために利用できる熱制御技術に着目して解説を行っている.具体的に,過給機とイ ンタークーラによる新気の質量と温度制御,排ガス再循環による希釈燃焼,冷却水温制御による壁温制 御など,ガスや水の温度を制御することで燃費を改善する方法を紹介している.また,熱制御のための 要素技術についても簡単に解説し,将来の動向や注目すべき技術について私見を述べている. Abstract The regulation of CO 2 emission from automobiles is getting stringent year by year. To meet this, reduction in the mass of a vehicle and improvement in thermal efficiency of an internal combustion engine are important. In this review, available technologies related to thermal control and management to improve the fuel consumption are described. Some ideas to reduce the fuel consumption by controlling temperatures of gas and water, such as the temperature and mass control of intake fresh air using turbo-charger and intercooler, the diluted combustion using exhaust gas recirculation, the wall temperature control of combustion chamber by controlling cooling water temperature are introduced. Moreover, technologies on mechanical elements for the thermal control are briefly mentioned as well as the future trends and remarkable items. Key Words : thermal management, internal combustion engine, CO 2 reduction, control 1. は じ め に 近年,自動車の燃費が急速に改善されている.日本で は国土交通省が定めた JC08 走行モードを使って測定し た燃費を公表している(同時に排ガスの測定も行ってお り,暖気時における排ガスの有害成分濃度は都市部の大 気よりもきれいになっている).走行パターンをエンジ ンが未だ冷えた状態でも測定し(テスト走行距離約8 km の1/4程度,平均車速 24km/h,最高速度 82km/ h),実際の運転状況に近付けている.(しかし,実際の 走行状態には近づいていないという指摘や,世界統一走 行モード WLTC の採用が検討されており,走行モード は今後変更される可能性が高い.) 燃費の改善にはエンジンの性能が大きく影響するが, それ以外にも車両の軽量化,タイヤの転がり摩擦の低減, 空気抵抗の低減,エアコンの使用頻度やその効率,補機 類の効率改善(高圧燃料ポンプ,発電機,電動パワース テアリング,電動冷却水ポンプの採用など),これまで 摩擦ブレーキで熱として捨てていた運動エネルギーの回 収(発電機を車の減速時に作動するようにする)などの 効果もある.日本自動車工業会でこれらの技術をまとめ たものを図 1 (1) に示す.本稿では,エンジン関係の技術 に限って解説する. 図1 自動車の主な燃費改善技術 * 千葉大学大学院工学研究科 教授 同 次世代モビリティパワーソース研究センター長

自動車の燃費改善のための熱制御技術 - MARELLI...9 自動車の燃費改善のための熱制御技術 日本では乗用車に搭載されているのは殆どがガソリン

  • Upload
    others

  • View
    4

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 自動車の燃費改善のための熱制御技術 - MARELLI...9 自動車の燃費改善のための熱制御技術 日本では乗用車に搭載されているのは殆どがガソリン

8

特別寄稿

自動車の燃費改善のための熱制御技術Heat Control Technologies to Improve Fuel Economy of Automobiles

森吉 泰生 *Yasuo Moriyoshi

要  旨 地球温暖化対策のために,自動車から排出される二酸化炭素量の規制が年々厳しくなっている.これに対応するためには車両の軽量化,エンジンの熱効率改善が重要である.本稿では,自動車用内燃機関の熱効率を改善するために利用できる熱制御技術に着目して解説を行っている.具体的に,過給機とインタークーラによる新気の質量と温度制御,排ガス再循環による希釈燃焼,冷却水温制御による壁温制御など,ガスや水の温度を制御することで燃費を改善する方法を紹介している.また,熱制御のための要素技術についても簡単に解説し,将来の動向や注目すべき技術について私見を述べている.

Abstract The regulation of CO2 emission from automobiles is getting stringent year by year. To meet this, reduction in the mass of a vehicle and improvement in thermal efficiency of an internal combustion engine are important. In this review, available technologies related to thermal control and management to improve the fuel consumption are described. Some ideas to reduce the fuel consumption by controlling temperatures of gas and water, such as the temperature and mass control of intake fresh air using turbo-charger and intercooler, the diluted combustion using exhaust gas recirculation, the wall temperature control of combustion chamber by controlling cooling water temperature are introduced. Moreover, technologies on mechanical elements for the thermal control are briefly mentioned as well as the future trends and remarkable items.

Key Words : thermal management, internal combustion engine, CO2 reduction, control

1. は じ め に 近年,自動車の燃費が急速に改善されている.日本では国土交通省が定めた JC08 走行モードを使って測定した燃費を公表している(同時に排ガスの測定も行っており,暖気時における排ガスの有害成分濃度は都市部の大気よりもきれいになっている).走行パターンをエンジンが未だ冷えた状態でも測定し(テスト走行距離約8km の1/4程度,平均車速 24km/h,最高速度 82km/h),実際の運転状況に近付けている.(しかし,実際の走行状態には近づいていないという指摘や,世界統一走行モード WLTC の採用が検討されており,走行モードは今後変更される可能性が高い.) 燃費の改善にはエンジンの性能が大きく影響するが,それ以外にも車両の軽量化,タイヤの転がり摩擦の低減,空気抵抗の低減,エアコンの使用頻度やその効率,補機類の効率改善(高圧燃料ポンプ,発電機,電動パワーステアリング,電動冷却水ポンプの採用など),これまで

摩擦ブレーキで熱として捨てていた運動エネルギーの回収(発電機を車の減速時に作動するようにする)などの効果もある.日本自動車工業会でこれらの技術をまとめたものを図 1(1) に示す.本稿では,エンジン関係の技術に限って解説する.

図1 自動車の主な燃費改善技術

*千葉大学大学院工学研究科 教授同 次世代モビリティパワーソース研究センター長

Page 2: 自動車の燃費改善のための熱制御技術 - MARELLI...9 自動車の燃費改善のための熱制御技術 日本では乗用車に搭載されているのは殆どがガソリン

9

自動車の燃費改善のための熱制御技術

 日本では乗用車に搭載されているのは殆どがガソリンを燃料にする火花点火式エンジンである.一方,欧州では軽油を燃料にするディーゼルエンジンも多く,50%程度の市場占有率を持つ.火花点火式エンジンは,三元触媒(常に混合気を理論空燃比に保つことで,未燃 HC,窒素酸化物,CO の同時浄化が可能)を使うことによって,比較的容易に有害排気物質を低減することが可能であること,エンジンのコストが比較的低いことから,走行距離が長くない日本では主流となっている.ディーゼルエンジンは有害排気物質の低減や高圧噴射系などのためにコストは高いが,熱効率は高く経済的で,しかも給油の時間ロスが減るため,長い距離を走る欧州で売れている.ただし,2015 年に米国で発覚したフォルクスワーゲン社のディーゼル車の規制逃れ事件で,ディーゼル車への評価が変わる可能性もある. なお,内燃機関を使わない蓄電式電気自動車や燃料電池式電気自動車の開発も進められているが,IEA の予測では,図 2 に示すように (2)2050 年においても世界の小型自動車の動力源として,60 ~ 90%は内燃機関が使われると予測されている.よって,内燃機関の熱効率改善は引き続き重要である. 本稿ではエンジン車の燃費改善につながる技術で,熱制御に関わるものを中心に解説する.

図 2 …IEA による 2050 年における乗用車の動力源(左側:現状の政策シナリオ,右側:地球温暖化を防ぐのに必要な政策シナリオ)

2. サイクル論と実エンジンのずれ2.1. オットーサイクル

 図 3 にガソリンエンジンのベースとなるオットーサイクルの P-V 線図を示す (3)(シリンダ内圧力 P とシリンダ内容積 V,P-V 線図に囲まれた面積がサイクルでの仕事量を示す).理論的には,新気吸入後,断熱圧縮,等容燃焼(上死点で火花点火により瞬間燃焼),断熱膨張(熱エネルギーを仕事に変換),排気という行程をたどる.しかし,実エンジンでは,図中に示す様々な損失が発生する.… (1) ポンプ損失  まず過給エンジンでなければ吸気行程中の圧力は排気行程中の圧力より低くなり,図中の負の仕事(押出しおよび吸入損失)が発生する.特に

ガソリンエンジンでは負荷調整のために吸気スロットルがあり,シリンダ内に負圧が発生するためポンプ損失が大きい.これを減らすには,新気の質量は変えずにスロットルを開ければよく,排ガス再循環(EGR),吸気温度上昇が考えられるが,後で説明するように,EGR は比熱比の低減効果もあること,吸気温度上昇は乱れの低減の効果もあり,増やせばよいというものではない.

図 3 オットーサイクルのP-V 線図

… (2) 冷却損失  燃焼期間中や膨張行程中はシリンダ内ガス温度の方が周囲壁温より高く,冷却損失が発生する.シリンダを遮熱化すればよいと考えられるが,過去の研究結果によると,膨張行程中の熱の逃げは減らせるが圧縮行程中に熱が流入し,圧縮上死点付近での温度・圧力が上昇し,仕事は殆ど増加しなかった.温度上昇により,窒素酸化物の増加,排温の上昇,乱れの低減,潤滑の問題が発生した.排気のエネルギーをうまく回収できれば効率改善につながるが,いまのところ排気タービンで仕事を回収するターボコンパウンドしか方法がなく,コストや搭載性の問題もある.最近,燃焼室壁面などに温度スイングを減らす多孔質性の低比熱物質をコーティングする技術がディーゼルエンジンで採用されている (4).この方法では,圧縮行程中は壁温度が低いままで,膨張行程中は壁温度がすぐに上昇するためガス温度と壁温の差が小さくなり,冷却損失を低減できる. このほか温度を低減する方法として,ガス温度を下げればよい.空気を過剰に入れる希薄燃焼や EGR を増やした希釈燃焼では,いずれもガスの熱容量が増大するため燃焼温度が低下する.また,ガスの比熱は温度が下がると減少し,比熱比は増大するため熱効率は向上する.ガス温度の低減は有害排気物質である窒素酸化物の低減にもつながる.一方,希薄燃焼では三元触媒が使えなく

Page 3: 自動車の燃費改善のための熱制御技術 - MARELLI...9 自動車の燃費改善のための熱制御技術 日本では乗用車に搭載されているのは殆どがガソリン

10

CALSONIC KANSEI TECHNICAL REVIEW vol.12 2016

なるのが大きな問題となる.希釈燃焼ならば使えるが,燃焼速度の低下による時間損失の増大と点火が困難になることが問題となる.

… (3) 時間損失  オットーサイクルでは圧縮上死点で等容燃焼が行われるが,実際の燃焼は,まず点火栓で局所的に点火が行われ,その後火炎伝播により燃焼はある程度時間をかけて行われる.この時間は,普通の理論空燃比燃焼ではエンジン速度にかかわらず,クランク角度で 40 度程度である.燃焼速度は筒内ガス流動の乱流強度に比例するため,エンジン速度が上昇すると乱流強度も比例的に増加し,クランク角度で見ると燃焼期間が変わらない.よって,燃焼期間を短くするには,乱流強度を大きくする,火炎伝播ではなくディーゼルエンジンのような自着火を利用することが考えられる. ガソリンエンジンの一番の課題とされるノッキングは,火炎伝播の進行に伴い圧縮された未燃ガスの自着火により局所的に発生した高圧部が圧力波の形で伝播する時の共振現象である.圧力波がシリンダ内を音速で往来する際,壁面で反射する時に位相が反転するために壁近くで波の振幅が大きくなる.この結果,自着火が発生した付近の壁や,その反対側の壁で特に圧力と温度が上昇して熱伝達が増大し,ピストン等の損傷を招く異常燃焼となる.ノッキング発生時は燃焼時間が短縮されるが,圧力振動という別の大きな問題が発生するため,ガソリンエンジンでは燃焼期間は 40 度よりも短縮できない.また,短縮できたとしても,等容燃焼の度合いを示す等容度が 90%を超えると時間損失による損失は問題にならなくなる.

… (4) 排気損失  排気に含まれるエネルギーによる損失である.理想的には,排気圧力が大気圧になるまで,ピストンを膨張させて仕事を取り出せればよいが,(これがアトキンソンサイクルの原理)現実には難しいため,高温高圧の排気が発生する.一方,実機では触媒による後処理を行うため,ある程度高温の排気が必要である.最近増えている過給機を取り付ける場合は,排気のエネルギーを過給機で回収することができる.

… (5) 未燃損失  供給された燃料のうち,燃え残った燃料による損失である.供給燃料の発熱量に対し,燃焼によって発生した熱量の比を燃焼効率と定義し,ガソリンエンジンでは 98%程度である.つまり未燃損失は2%程度と言うことになる.なお,燃焼効率と熱効率を混同して使われることが多く,注意されたい.

… (6) 機械損失  これまでは線図上の効率であった

が,図示仕事を出力軸に取り出すには,吸排気バルブの駆動ロス,ピストンリングの摩擦,クランクシャフトでの軸受け摩擦,各種ポンプや発電機の駆動損失,さらにタイヤに力を伝えるために変速機での摩擦損失などがある.これらをまとめて機械損失と呼び,この割合は,エンジン速度が上がるほど,負荷が下がるほど大きくなる. 機械損失ではないが,自動車の燃費に影響を与える要素として,エアコン用コンプレッサの駆動損失,車速の自乗で増加する空気抵抗損失,タイヤの摩擦損失なども重要である.

2.2. ディーゼルサイクル… (1) 燃焼過程  図 4 にディーゼルエンジンのベースとなるディーゼルサイクルの P-V 線図を示す.理論的には,新気吸入後,断熱圧縮,等圧燃焼,断熱膨張,排気という行程をたどる.しかし,実エンジンでは,まず燃焼過程が実機と異なっている.ディーゼルエンジンに点火栓はなく,着火性のよい軽油を使用することで,燃料を筒内に噴射するとすぐに燃焼が始まる.最近のエンジンは,複数回に分けた高圧噴射(最大 220MPa 程度),排気再循環(EGR)と過給機の組み合わせにより,空気と燃料をよく混合して,比較的短い時間で燃焼を行っている.このため,P-V 線図上では等圧燃焼にならず,オットーサイクルの等容的な燃焼に近い.

図 4 ディーゼルサイクルのP-V 線図

… (2) 各種損失  ポンプ損失に関し,ディーゼルエンジンでは負荷の調整に吸気絞りは行わないため,ガソリンエンジンに比べると小さくなる.さらに,過給機で排気エネルギーを使って吸気を加圧するため,ポンプ仕事は負でなく,正になることもある. 冷却損失に関し,ガソリンエンジンでは火炎伝播は壁面の極近傍で消炎するのに対し,燃料や火炎が壁面に衝突するため,ディーゼルの方が損失は多くなる. 時間損失に関し,既に説明した通り等容的な燃焼となっており,負荷にもよるが,ガソリンエンジンと同程度と考えられる. 排気損失に関し,ディーゼルエンジンは圧縮比が高く

Page 4: 自動車の燃費改善のための熱制御技術 - MARELLI...9 自動車の燃費改善のための熱制御技術 日本では乗用車に搭載されているのは殆どがガソリン

11

自動車の燃費改善のための熱制御技術

排気温度が低いため排気損失は少ない. 最後に未燃損失であるが,これも燃焼効率がガソリンエンジンよりもさらに高く,殆ど無い. 機械損失について,ディーゼルエンジンでは高圧燃料噴射を行うためのポンプ駆動損失が大きい.一方,通常使用するエンジン速度は低く損失は抑えられる反面,筒内圧やクランク軸受けなどにかかる力は大きく同一エンジン速度では摩擦損失が大きくなる.

3. ガソリンエンジンの冷却系3.1. 吸気温度と水温の影響

 ガソリンエンジンの熱効率改善手法として,高圧縮比化,燃料直噴化,過給ダウンサイジングなどの研究開発が進められている.これらの方法はデバイスの追加によるコストアップを伴う.一方,コストアップを最小限に抑えて熱効率を改善するために,熱管理システムの最適化が挙げられる.過去の研究では,冷却水の温度を一定制御ではなく,運転条件によって適切に与えることで効率向上する可能性が示されている (5-7).またエンジンの高効率化には高圧縮比化が有効であるが,高い圧縮比はノッキングを引き起こす.エンジンの冷却は耐ノッキング性向上のため有効であるが,過剰な冷却は冷却損失を増大させる.そこでエンジンの冷却水温度を部分的に下げ,筒内のガス温度上昇を抑えることで過剰な冷却損失を避けて耐ノッキング性を向上させる報告もなされている (8). 筆者らはガソリンエンジンの熱管理システムの最適化を実現するために,吸入空気温度や冷却水温度が熱効率に与える影響を調査した.具体的に,低負荷から高負荷に至る様々な運転条件において熱効率やノッキング限界点火時期,及び摩擦損失や熱損失に及ぼす影響を市販のガソリンエンジンを用いて実験を行い,その効果について検証した (9).なお,この研究はカルソニックカンセイとの共同研究成果である.

3.1.1 実験方法… (1) エンジン諸元  エンジン諸元を表 1 に示す.本研究では市販の総排気量 1240cc 直列4気筒ガソリンエンジンを用いた.

表 1 テストエンジンの諸元

Number of cylinders 4

Compression ratio 9.8

Displacement [cc] 1240

Bore[mm] 71.0

Stroke[mm] 78.3

Connecting rod length[mm] 120.8

 図 5 に本実験装置の概要を示す.運転条件ごとの点火時期,燃料噴射量は ECU によって手動制御した.吸気温度の制御は水冷式インタークーラに流す水の温度を制御することで行った.エンジンオイル温度はオイルラインに水冷式オイルクーラを設けることで行った.

Engine headEngine block

Radiator

Radiator

Dynamo meter

Fuel tank

Fuel flow meterOil cooler

Emission analyzer

Inter cooler

Rotary encoder

In-cylinder pressureEngine wall temperature

PC

Data logger

Intake

Exhaust

Waterpump

Coolant flowEngine oil flowfuel flow

図 5 実験システムの概要

Coolant flow Thermocouple

図 6 冷却水路図と壁温度測定位置

… (2) エンジン冷却系  ベースエンジンはシリンダブロックからヘッドに向けて流れる1系統の冷却系路を有しているが,ヘッドとブロックの冷却系路をガスケットで仕切り,それぞれで独立した冷却系路を有するよう改造した.図 6 に示すように2系統それぞれでラジエータと電動ウォータポンプを設置し,冷却水温はラジエータを収める水槽の温度を制御することで行なった . エンジン壁面には熱電対を挿入し,エンジンヘッドには各気筒の吸排気バルブシート間に,シリンダライナには図 6に示す点で壁温を計測した.図は本エンジンのヘッド及びシリンダブロックの模式図であり,冷却水の流れ方とエンジン壁温計測点を示した.

… (3) 実験条件  表 2 に実験条件を示す.吸入空気温度の影響を調べるため吸気温度 65℃,50℃,35℃で

Page 5: 自動車の燃費改善のための熱制御技術 - MARELLI...9 自動車の燃費改善のための熱制御技術 日本では乗用車に搭載されているのは殆どがガソリン

12

CALSONIC KANSEI TECHNICAL REVIEW vol.12 2016

実験を行った.吸気温度はインテークマニホールド中のガス温度を熱電対で計測した.燃料流量は一定で行い,スロットル開度はそれぞれの吸入空気温度の条件で同一吸入空気質量とした.高負荷では各吸入空気温度でスロットル全開(WOT)時と吸気温度 65℃での WOT 時と同一の吸入空気質量で実験を行った.点火時期は基本的に MBT(最適点火時期)に調節した.なお回転数は2000rpm とした. 冷却水温度をヘッド,ブロック共に 80℃としたときを基準とし,ヘッドやブロックをそれぞれ 100℃,60℃と変化させてヘッドとブロックの平均温度が 80℃となる条件での実験も行った.なお,低負荷においてブロックの冷却水温度が 100℃に到達しない場合は定常となる最高の温度とした.

表 2 実験条件

Engine speed [rpm] 2000

Intake air temp[℃] 65,50,35

Coolant temp (head/block)[℃]100/60, 80/80,

60/100

Oil temp (Oil cooler outlet)[℃] 80

3.1.2. 実験結果と考察… (1) 吸気温度の影響(部分負荷)  図 7 に燃料流量を 0.42g/s,0.68g/s,0.91g/s とした時の吸入空気温度変化に対する熱収支を示す.吸気温度によらず,吸入空気と燃料の質量流量を一定とし,A/F を 14.8 一定に保った.なお,燃料流量 0.42g/s,0.68g/s,0.91g/sに対する IMEP(図示平均有効圧)はそれぞれおよそ250kPa,450kPa, 650kPa である. 摩擦損失は指圧計から計測した図示平均有効圧と動力計から計測した正味平均有効圧の差から算出した.冷却損失はクランクアングル ATDC-100°~ 100°の区間の冷却損失とし,未燃損失は排気分析器から計測された HC,CO の低位発熱量から求め,排気損失は燃料発熱量と正味仕事やその他損失からの差から算出した.この結果から燃料流量が増え熱効率は上昇するが,同じ流量では吸気温度に対する熱効率に相違は見られなかった. 吸入空気温度によらず,吸入空気の質量流量を一定に保つためには,吸入空気温度低下に伴い吸気圧力を低下させる必要がある.この結果,吸入空気温度が低下するとポンピング損失が増加する.一方,図 7 から吸気温度の低下に伴い燃焼の温度が低下することから,CO への熱解離が抑えられ未燃損失が減少し最終的な正味仕事は変化しなかったと考えられる.

20.0 20.1 20.1 27.9 27.7 27.7 31.2 31.1 31.1

7.6 7.5 7.4 4.7 4.8 4.8 3.5 3.8 3.7 6.8 6.9 7.0 3.1 3.2 3.3 1.4 1.5 1.6

17.0 17.2 17.2 16.1 16.2 15.9 15.1 14.5 14.4

45.7 45.8 46.1 45.0 45.0 45.5 45.8 46.3 46.4

2.8 2.4 2.3 3.2 3.1 2.8 3.0 2.8 2.8

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

Intake air temp 65℃

Intake air temp 50℃

Intake air temp 35℃

Intake air temp 65℃

Intake air temp 50℃

Intake air temp 35℃

Intake air temp 65℃

Intake air temp 50℃

Intake air temp 35℃

Fuel flow 0.42[g/s] Fuel flow 0.68[g/s] Fuel flow 0.91[g/s]

Unburned fuel loss[%] Exhaust loss[%] Cooling loss[%]Pumping loss[%] Friction loss[%] Brake work[%]

図 7 吸気温度が熱収支に与える影響 (A/F=14.8)

… (2) 吸気温度の影響(全負荷)  図 8 に WOT 時における熱収支を,図 9 に吸気温度 65℃ WOT 条件と同一の吸入空気量で吸気温度を下げた場合の熱収支を示す.図 10 には BMEP(正味平均有効圧)を示す.点火時期は全ての条件で MBT を取ることが出来ず,ノッキング限界まで進角した時を点火時期とした.点火時期を図 11に示す. 図 8 より,吸気温度を下げると排気損失が減る一方,熱損失が増大する.図 11 に示すようにノッキングの発生する限界点火時期が進角化したためである.吸気温度を 35℃まで低下することで,点火時期を4°進角することができ,正味熱効率は 4.2% 向上した.図 10 から,吸気温度が下がるに伴い,エンジン出力が向上することがわかる.スロットル全開条件では吸入空気温度低下に伴い,図 12 に示す充填効率は 5.8%向上し.正味出力は10.2%増大した.このことから,本条件での出力性能改善は空気量増大の影響が点火進角の影響よりわずかに大きい.

30.6 31.2 31.9

3.0 3.2 3.3 0.5 0.5 0.4 10.6 11.3 11.3

52.5 50.9 50.3

2.8 3.0 2.8

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

65 50 35Intake air temperature[℃]

Unburned fuel loss[%]Exhaust loss[%]Cooling loss[%]Pumping loss[%]Friction loss[%]Brake work[%]

図 8 吸気温度が熱収支に与える影響 (WOT)

Page 6: 自動車の燃費改善のための熱制御技術 - MARELLI...9 自動車の燃費改善のための熱制御技術 日本では乗用車に搭載されているのは殆どがガソリン

13

自動車の燃費改善のための熱制御技術

30.6 31.7 32.3

3.0 3.2 3.2 0.5 0.5 0.5 10.6 11.3 11.3

52.5 50.3 49.8

2.8 3.0 2.9

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

65 50 35Intake air temperature[℃]

Unburned fuel loss[%]Exhaust loss[%]Cooling loss[%]Pumping loss[%]Friction loss[%]Brake work[%]

図 9 吸気温度が熱収支に与える影響(intake…air…flow…at…intake…air…temp…65℃ )

740760780800820840860880

65 50 35

BMEP

[kPa

]

Intake air tempareture[℃]

WOTIntake-air flow at65℃

図 10 吸気温度と正味平均有効圧との関係

02468

1012141618

65 50 35

Ignitio

n tim

ing

(BTD

C) [d

eg]

Intake air tempareture[℃]

WOTIntake-air flow at65℃

図 11 吸気温度と点火時期の関係

697071727374757677

65 50 35

Char

ging

effi

cien

cy[%

]

Intake air tempareture[℃]

WOTIntake-air flow at65℃

図 12 吸気温度と充填効率の関係

 また吸気温度 65℃ WOT 条件と同一の空気量を保ったまま吸入空気温度を下げた場合では,点火時期をさらに3°進角することができ,正味出力は 5.7%向上し正味熱効率は 5.6%向上した.出力性能向上と熱効率の向上は点火時期の進角化により排気損失が減少したためである.

… (3) 冷却水温度の影響  冷却水流れをヘッドとブロックとで分離し,冷却水温の影響を WOT および低負荷で調べた.WOT では燃料流量を A/F が理論空燃比の 14.7 となるように設定した.低負荷では燃料質量流量を 0.44g/s 一定で行い,A/F は 14.7 一定となるようスロットル開度を設定した.なお,燃料質量流量 0.44g/s における IMEP はおよそ 260kPa である. 低負荷条件で比較を行う.なお低負荷時ではブロック温度 100℃に到達しなかったため,最高温度は 86℃とした.図 13 に熱収支を示す.ここで熱損失に注目すると,ヘッド冷却水温度が下がることによって熱損失が増大している.このことから,ブロックよりヘッドの温度の方が熱損失に影響を与えていることが分かる.機械損失に着目すると,ブロックの温度が上昇するに伴い減少している.これはブロックの壁温上昇に伴い局所的に油温が上昇し,ピストン摺動部などの摩擦が減少したと考えられる.ヘッドの温度を 100℃から 60℃まで低下させるとともに,ブロックの温度を 60℃から 86℃まで高めると,熱損失は増大するが,ブロックの温度上昇による摩擦損失低減効果の方が強く,正味熱効率では最大で 4.6% 向上し,ヘッド,ブロック水温共に 80℃の条件からは 3.6%向上した.

19.4 19.6 20.3

8.5 7.9 7.2 6.8 7.0 6.9

15.6 16.3 16.0

46.9 46.4 46.8

2.8 2.8 2.6

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

100/60 80/80 60/86(100)Coolant temperature (head/block) [℃]

Unburned fuel loss[%]Exhaust loss[%]Cooling loss[%]Pumping loss[%]Friction loss[%]Brake work[%]

図13 水温分布が熱収支に与える影響…(fuel…flow…0.44g/s)

 WOT での熱収支の比較を図 14 に示す.ヘッド温度を下げると排気損失が減り,熱損失が増大する.これは図15 に示すように点火時期を進角することができたためであり,ヘッド冷却水温度を 60℃まで低下させた場合,正味熱効率は 3.9%向上した.ヘッドブロック共に 80℃の条件と比較すると図示熱効率は変化しないが,正味熱効率ではブロック高温化による機械損失低減により 0.6%向上した.図 16 に示す充填効率に注目すると吸気温度が下がるにつれ充填効率は 1.4%向上する.ヘッドを流れる冷却水温度が下がることにより,図 17 に示すヘッド吸気側壁面温度が下がり,吸気ポートを通過する際の吸入空気温度の上昇が抑えられたためである.図 18 に

Page 7: 自動車の燃費改善のための熱制御技術 - MARELLI...9 自動車の燃費改善のための熱制御技術 日本では乗用車に搭載されているのは殆どがガソリン

14

CALSONIC KANSEI TECHNICAL REVIEW vol.12 2016

BMEP を示す.出力性能は点火進角,充填効率の改善により最大 5.6%向上し,ヘッドブロック共に 80℃の条件と比較すると 1.0%向上した.充填効率の向上幅が 1.4%であるので,出力性能の影響は充填効率より点火進角の方が大きい.

30.7 31.7 31.9

2.8 2.5 2.3 0.6 0.6 0.6 9.8 11.0 10.8

53.4 51.5 51.8

2.6 2.7 2.6

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

100/60 80/80 60/100Coolant temperature (head/block) [℃]

Unburned fuel loss[%]Exhaust loss[%]Cooling loss[%]Pumping loss[%]Friction loss[%]Brake work[%]

図 14 冷却水温分布が熱収支に与える影響…(WOT)

56789

101112131415

100/60 80/80 60/100

Ignitio

n tim

ing (

BTDC

)[deg

]

Coolant temperature(head/block)[℃]

WOT

図 15 冷却水温分布と点火時期の関係

73

73.5

74

74.5

75

100/60 80/80 60/100

Char

ging

effi

cien

cy [%

]

Coolant temperature(head/block)[℃]

WOT

図 16 冷却水温分布と充填効率の関係

90

100

110

120

130

140

150

160

170

#1 #2 #3 #4

Hea

d w

all t

emp

(Inta

ke si

de) [℃

]

Cylinder number

Head100/Block60Head80/Block80Head60/Block100

図 17 壁温分布(吸気側)

780

790

800

810

820

830

840

850

100/60 80/80 60/100

BMEP

[kPa

]

Coolant temperature(head/block)[℃]

WOT

図 18 水温分布と正味平均有効圧の関係

3.1.3. まとめと今後の展開 低中負荷では吸入空気温度が正味熱効率に与える影響は小さいが,高負荷では正味出力増大のためにも低温化するのが望ましいことが分かった.一方冷却水温に関し,低中負荷ではブロック側を高温にすれば正味熱効率は改善するが,高負荷ではヘッドを冷やした方が出力性能も正味熱効率も改善されることが分かった.いずれの方法でも本実験の範囲では,数%程度の正味熱効率の改善が可能である. 本研究は市販エンジンの水流を改造して試験を行った.最近の欧州車では,ヘッドとシリンダブロックの分離冷却を行っているものが増えているが,日本車では少ない.水を流す方向に関しても,ヘッドをまず冷やし,次いでブロックを冷やす方法は少ない(気泡が抜けにくくなるため).さらに水の流し方は,1気筒から4気筒へ順番に流す直列方式が殆どである.各気筒同時に並列に流せば,気筒間の温度差がなくなり,制御性がよくなる.さらに,壁面に温度分布をつけることで,ノッキング強度低減も可能であり (10), 水温の制御による燃焼制御も可能と筆者は考えている.これらは,コスト上昇を伴うものが多いが,燃費の取り分があれば変わってゆく可能性は高く,引き続き研究を行ってゆく予定である.

3.2. 冷却水温制御による過渡性能の改善 多くのガソリンエンジンでは冷却水温度を制御対象とし,一定温度に制御する.使用頻度の高い低中負荷では冷却水温度を上げ,オイル粘度を下げることで機械損失改善の余地が残されている.一方,高負荷定常では,壁温を下げることにより,耐ノッキング性を上げて性能を向上できる可能性がある. これまでに,実機のガソリンエンジンを用いて様々な運転条件において冷却水温度を変化させることで,運転条件に応じて最適な冷却水温度が存在することを示した.しかしながら,これまでの結果は燃料噴射量が一定である定常運転時の場合が殆どであり,燃料噴射量を増加させた過渡運転時においては冷却水温度がエンジン性能に与える影響について調査が十分ではない.そこで本

Page 8: 自動車の燃費改善のための熱制御技術 - MARELLI...9 自動車の燃費改善のための熱制御技術 日本では乗用車に搭載されているのは殆どがガソリン

15

自動車の燃費改善のための熱制御技術

研究では,過渡運転時の冷却水温度の変化に対する壁温の関係を,実験により明らかにした.また,冷却水温の低下により耐ノッキング性の改善が見込めるため,水温の変化と同時に点火時期を変化させた条件での実験も行い,エンジン壁温を低下させた際のエンジン性能改善の効果を明らかにした.

表 3 過渡性能テストエンジン諸元

Number of cylinders 4

Compression Ratio 11.5

Displacement [cc] 1998

Bore [mm] 86.0

Stroke [mm] 86.0

Connecting Rod [mm] 139.0

Valve system DOHC

3.2.1. 実験装置 表 3 にエンジンの諸元を示す.本研究に使用したエンジンは排気量 1998cc の量産直列4気筒ガソリンエンジンである.点火時期,燃料噴射量は ECU によって制御可能である. 図 19 に本実験装置の冷却系の概略図を示す.ラジエータを水槽内に設置し,その水温を操作することで冷却水温を一定に制御した.ラジエータを通過する流路とバイパス流路に設けられた2つのボールバルブを開閉することにより低温冷却水流路と高温冷却水流路の切り替えを行い,水温を変えることができる.冷却水温度はエンジンとラジエータの出入口,計4点の温度を K 型熱電対にて計測した.冷却水流量はエンジン入口 , パイパス流路,ラジエータ流路の3点で計測した.冷却水には市販の LLC を工業用精製水で 30%に希釈して使用した.エンジン本体の機械式ウォーターポンプに加え,流量制御可能な電動ウォーターポンプ2つを接続することで冷却水流量を制御可能とした. エンジン内部の冷却水流れを図 20 に示す.冷却水はラジエータからシリンダブロック1番気筒吸気側のウォータージャケットに流入し,主にウォータージャケット吸気側を流れ,4番気筒を迂回し排気側ウォータージャケットを通り,1番気筒排気側でシリンダヘッド側へと流れる.シリンダヘッド側で冷却水は,1番気筒から4番気筒へ向かって流れ,ラジエータ流路へと流出する.図 20 上の丸に点が含まれている記号はシリンダブロックからシリンダヘッドへの冷却水の流れを表す.冷却水はシリンダヘッドガスケットに設けられた穴によって,各気筒間ウォータージャケットからもシリンダヘッド側へと流出する. 1番気筒から4番気筒の各気筒にスパークプラグ一体

型の筒内圧センサを用いることにより,筒内圧を計測した.4番気筒にはインテークマニホールド,エキゾーストマニホールドそれぞれに絶対圧センサを取り付け , 吸排気圧を計測した.また,4番気筒シリンダライナ排気側に絶対圧センサを挿入し,BDC 近傍における筒内圧補正を行った.筒内圧,吸排気圧の記録には高速データロガーを用い,ロータリエンコーダの回転角1°毎に計500 サイクル収録した.エンジンの出力軸は直流電気動力計に取り付け,トルクを計測した.排気成分は THCは FID で計測し,CO,CO2,NO を FTIR により計測した.排気成分,各種温度,冷却水流量などの計測値は低速データロガーによって 0.5 秒毎に1分間収録した.吸入空気量は層流空気流量計を用いて計測し,吸気は空気流量計前で温度 25℃,湿度 50%一定に調整した.

図 19 冷却系水路図

Exhaust side

・・

・・

・ ・

#1#2#3#4

Intake side

#1#2#3#4

Radiator

BypassInlet

Cylinder head

Cylinder block

Exhaust side

Intake side

:Coolant flow

図 20 エンジン内冷却水流れ図

 燃焼室壁温度は , 各気筒シリンダヘッド吸排気バルブシート間およびシリンダライナ吸排気側に接地型 K 型熱電対を挿入することで計測を行った . 図 21 に熱電対挿入箇所を示す . 壁温計測箇所にスリーブを挿入し , スリーブ内に熱電対を通すことで熱電対と冷却水の接触を回避した . 熱電対はシリンダヘッド側でブロックとの合わせ面より上に約5mm の位置から挿入し , 熱電対の先端が

Page 9: 自動車の燃費改善のための熱制御技術 - MARELLI...9 自動車の燃費改善のための熱制御技術 日本では乗用車に搭載されているのは殆どがガソリン

16

CALSONIC KANSEI TECHNICAL REVIEW vol.12 2016

燃焼室壁面から約1~2mm の位置になるよう取り付けた.シリンダブロック側はヘッドとの合わせ面から下に約 10mm の位置から水平に挿入し , シリンダ壁面より約1~2mm の位置になるよう取り付けた .

図 21 燃焼室壁温度測定個所

3.2.2. 実験結果および考察… (1) エンジン水温変化実験条件  冷却水の水温の変化がエンジン壁温に及ぼす影響を確認するため,切り替え実験を行った.それぞれの実験条件を表 4 に示す.負荷は中負荷 , 高負荷,中負荷から高負荷への切り替えの3条件とした.冷却水流路に設けた圧縮空気作動ボールバルブの全開・全閉に要する時間は1秒以下である.

表 4 過渡温度変化実験条件

Engine speed [rpm] 1500Inrake air Temp [℃] 25

Coolant flow rate [l/min] 13 → 17Coolant Temp (Engine

inlet) [℃]100 → Under 30

Fuel flow rate [g/min] 55 86(WOT)

55→86 (WOT)

Ignition timing [deg.BTDC]

MBT or Knock limit

 水温切り替え実験はバイパス流路のみに冷却水を循環させ , 目標の水温(100℃)となったところでラジエータ流路に切り替えることで行った.そのため , 水温の切り替えに伴い冷却水流量も変化している.流量切り替え実験はバイパス流路のみに冷却水を循環させた状態からラジエータ流路にも冷却水を循環させることで行った.

… (2) エンジン水温変化実験結果  図 22 は中負荷,図 23 は全負荷で実験を行った壁面温度の変化である.

図 22 …壁面温度の変化…(Coolant…Temp…100…→…30℃…:…Fuel…flow…rate…55[g/min])

図 23 …壁面温度の変化…(Coolant…Temp…100…→ 30℃…:…WOT)

図 24 …壁面温度の変化…(Coolant…Temp…100…→…30℃…:…

Fuel…flow…rate…55[g/min]…→…WOT)

 図 22,23 の結果から壁温は最大で 40℃程度の低下がみられた.温度の低い領域ほど水温切り替え後の温度低下が大きいという傾向が見られた.シリンダライナとバルブシート間で壁温の低下に差が見られた要因はウォータージャケット構造の差によるものと思われる.

 流路を切り替えてから壁温が変化するまでは 20 秒程度の時間を要した.また,流路切り替えから壁温が低下し定常状態となるまでは 40 秒程度の時間を要した.前述し

Page 10: 自動車の燃費改善のための熱制御技術 - MARELLI...9 自動車の燃費改善のための熱制御技術 日本では乗用車に搭載されているのは殆どがガソリン

17

自動車の燃費改善のための熱制御技術

たように水温切り替え実験はラジエータ流路とバイパス流路を切り替えることで行った.そのため,流路切り替え時から低温の冷却水がエンジン内部に流入するまでには遅れが生じる.この遅れ時間は流路長と流量,流路直径より求めた流速から導出すると約 14 秒である.したがって,低温冷却水がエンジン内部に流入してから壁温が低下し始めるのに要する時間は約 6 秒と計算できる. 図 24 は負荷を中負荷から全負荷に変化させると同時に冷却水温度を低下させた実験結果である.流路切り替え後 5 秒から 20 秒に掛けて壁温の上昇がみられた.これは低温冷却水がエンジン内部に流入するまでに 14 秒を要するためである . 流路切り替えから 14 秒後以降は壁温の上昇がほとんど生じないという結果が得られた. 図 22 ~ 24 の図中でシリンダライナ吸気側の温度が 45秒付近で極小値をとり,その後温度が上昇し,定常となる結果が得られた.これはエンジン内部の冷却水流路の構造上,最初に低温冷却水が流入するのがシリンダライナ吸気側のウォータージャケットであるため,壁温が大きく下がりオーバーシュートがみられたと考えられる.

表 5 トランジェント試験条件Engine speed 1500[rpm]

Inrake air Temp

25 [℃]

Coolant flow rate

21 → 38 [l/min]

Coolant Temp (Engine inlet)

100 → 60[℃]

Fuel flow rate 55 → 86 (WOT) [g/min]

Ignition timing [deg.BTDC]

MBT (Fuel flow rate

55[g/min])↓

9.8(Knock limit @ Coolant

Temp 100℃)

MBT (Fuel flow rate

55[g/min])↓

14.8(Knock limit

@ This experimental

condition)

MBT (Fuel flow rate

55[g/min])↓

17.2(MBT @ Coolant

Temp 60℃)

… (3) エンジン水温・点火時期同時切り替え実験  上述の実験結果から,中負荷から全負荷に変化させると同時に冷却水温度を低下させれば,エンジン壁温が低下することが明らかになった.上述の実験では,高負荷に切り替えた際の点火時期は高負荷定常時のノッキング限界の点火時期であった.エンジン壁温が低下すればノッキング限界も向上するため,点火時期を進角することができ,エンジン性能の向上が見込める.そこで,エンジン負荷・水温を変化させると同時に点火時期を進角させた実験を行った.実験条件を表 5 に示す.点火時期は燃料流量 55g/min のときの MBT となる点火時期から,それぞれ,水温が 100℃のときのノッキング限界(9.8deg.BTDC),水温が 60℃のときの MBT となる点火時期

(17.2deg.BTDC),水温切り替え後にノッキング限界と

なる点火時期(14.8deg.BTDC)とした. 表 6 にこの実験から得られた結果を示す.点火時期を水温が 100℃のときのノッキング限界となる点火時期(9.8deg.BTDC)から水温切り替え後にノッキング限界となる点火時期(14.8deg.BTDC)に進角させた場合,正味熱効率は 1.0 ポイント向上したが,点火時期を14.8deg.BTDC から水温が 60℃のときの MBT となる点火時期(17.2deg.BTDC)に進角させた場合は正味熱効率の向上は 0.2 ポイント程度であった. 計測した 4 番気筒の 500 サイクルの IMEP の変化履歴を図 25 に示す.図は計測点の前後 15 点の平均値とした.水温が 60℃のときの MBT となる点火時期(17.2deg.BTDC)では切り替えから約 20 秒経過するとノッキング騒音の発生がみられた.これは,切り替え開始から約20 秒ではすでに全負荷となっているものの,図 26 からわかるようにエンジン壁温がまだ高温であったためと考えられる.

表 6 点火時期の影響

Ignition Timing

[deg.BTDC]9.8 14.8 17.2

CA50 [deg.ATDC] 16.6 10.4 7.06

BMEP [kPa] 856 880 884

Brake thermal

efficiency33.2 34.2 34.4

図 25 図示平均有効圧の時間変化

図 26 …壁面温度の時間変化 (Ignition… timing…14.8…deg.BTDC)…

Page 11: 自動車の燃費改善のための熱制御技術 - MARELLI...9 自動車の燃費改善のための熱制御技術 日本では乗用車に搭載されているのは殆どがガソリン

18

CALSONIC KANSEI TECHNICAL REVIEW vol.12 2016

図 27 エンジン入口水温の時間変化

 図 25 の結果から冷却水温度,流量を切り替えると同時に点火時期を進角することで IMEP が上昇しているため,エンジン性能が改善されることが明らかとなった.流路切り替えてから約 10 秒で IMEP の上昇がみられた.本実験では燃料流量,点火時期の制御には ECUを用いた.ECU はあらかじめ設定した燃料噴射量マップと点火時期マップから吸気スロットル開度に応じて任意の値を選択するようになっており,吸気スロットルを中負荷時から WOT にするには数秒を要する.そのため,IMEP の上昇には約 10 秒程度の時間がかかったものと考えられる. 点火時期を水温切り替え後にノッキング限界となる点火時期(14.8deg.BTDC)として実験を行った際のエンジン壁温の時間履歴を図 26 に,エンジン入口水温の変化を図 27 に示す. 図 26 はシリンダヘッドバルブシート間吸排気側,シリンダライナ吸排気側の温度変化の時間履歴である.図 27 から低温の冷却水がエンジン内部に流入するのは流路切り替えから約 7 秒であるが,図 26からエンジン壁温が低下し始めるのが 15 秒前後であるので,冷却水温低下に対して壁温より出力性能のほうが応答性がよいことが明らかとなった.

3.2.3. まとめと今後の展望 負荷を中負荷から全負荷に切り替えると同時に冷却水温度を低下させることで,低温冷却水がエンジン内部に流入した以後は壁温を低下できることが明らかになった.つまり,エンジン負荷が上昇し始めてから冷却水温を下げ始めても壁温上昇は生じないことが分かった.  中負荷から全負荷への切り替えと同時に冷却水温,点火時期を変化させたところ,冷却水温の低下,流量の増加に伴い壁温が低下したため,全負荷定常時の点火時期より進角することができ,熱効率や出力の改善が行えることが明らかとなった. 欧州車には冷却水温 105℃とするものも多く見られるが,日本車には少ない.水温の切り替えには多少のコス

ト上昇が伴うが,それなりの燃費の取り分があれば実用化可能と考えられ,モデルベース制御も取り入れながら引き続き研究を進めている.

3.2.4. その他の要素 エンジン熱制御に関係する要素として,EGR クーラが最近注目されている.EGR はディーゼル車では主にNOx 低減のため,ガソリン車では低中負荷のポンプロス低減や冷却損失の低減,高負荷でのノッキング抑制のために使用される.この圧力損失が EGR やその応答性に影響を与えるため,低減が求められている. 過給機で高温になった空気の冷却を行うインタークーラも重要度を増している.温度制御性と夏場の冷却性能を確保するために,水冷式のインタークーラが主流になると考えられる.ポンプ損失の低減と応答性向上のために,この圧力損失低減も必要とされている. ガソリン車にも過給式が増え,ダウンサイジングが進んでいる.このことは最大負荷時の熱負荷増大を意味し,その対策が必要である.冷却能力の確保は水温や流量の確保に加えて,潤滑油の流し方やその温度や流量の制御も重要となる. 例えばガソリン車のプレイグニッションは,発生するとスーパーノッキングをもたらし,一発でエンジンが破壊することもある.この現象は水温が低く,かつオイルがシリンダ内に流出しやすい環境下で発生しやすい.また,排気温度が高いと,過給機の材料が持たないため,排気マニホールドをエンジンブロックと一体化し,その周りに冷却水を流して排気温度を下げてから過給機へ導入することも行われている.(同時に暖機性能向上やコスト低減にもつながる)最近は問題視されなくなっていたブローバイガス中のオイルミストやシリンダ内へのオイル上がり/下がり,ピストンリングの機能向上(リング張力低減による摩擦低減と同時にオイル上がりの防止や耐久性の確保)も再び重要な課題となっている. このほかにも,排熱利用,蓄熱によるコールドスタート改善,空調機の効率改善と快適性の改善の両立などもあるが,紙面の都合で省略する.

4. お わ り に エンジン車の燃費改善につながる熱技術について解説を行った.これらの技術は,実際にエンジンを回したり,車両を使った実験も必要となるものが多いが,千葉大学ではその設備を有し,実験と理論面からの研究を行っている.この設備は 2014 年に経産省のイノベーション拠点事業の補助金で整備されたもので,千葉大学に次世代モビリティパワーソース研究センタ(640 平米の新築建物とエンジンおよび車両計測設備)という独立した組織

Page 12: 自動車の燃費改善のための熱制御技術 - MARELLI...9 自動車の燃費改善のための熱制御技術 日本では乗用車に搭載されているのは殆どがガソリン

19

自動車の燃費改善のための熱制御技術

となっている.最新の設備として,シャシーダイナモ(動力吸収 140kW までで PEMS による車両単体での排ガス計測可能,文科省の施設整備費による),シミュレーションベンチ(JC08 などのモード走行評価をエンジンベンチ単体で可能),過給機評価システム,さらにエンジンベンチ6室がある.現在,内閣府のSIP(革新的燃焼技術),環境省の二酸化炭素低減実証用天然ガスコージェネエンジンシステム研究,大学発ベンチャー企業との共同/受託研究,企業などとの個別の共同/受託研究などを行っている.このうち SIP の活動や AICE の発足は,ドイツに倣う産学官研究の日本での本格的な始まりを意味し,筆者が 10 年以上前から熱望していた活動が日本全体でも始まって大変うれしく思う反面,内燃機関研究の欧州への立ち後れに対する危機感の現れともいえる. SIP などの産学官連携が成果を挙げて,日本の内燃機関技術が世界を再びリードし,標準化された技術になることを期待している.そのために,大学は基盤研究に加え,最新設備を使ったプロジェクト指向教育研究による継続的な人材育成を行ってゆきたいと考えている.引き続き,関係各位からのご協力と,若い研究者がエンジン研究に興味を持ち続け,共同研究など様々な機会を通し積極的に参加頂くことをお願いしたい.

参 考 文 献(1) http://www.mlit.go.jp/jidosha/sesaku/environment/

ondan/fe_mode.pdf,国土交通省ホームページ(2) http://www.jama.or.jp/lib/jamagazine/201005/06.

html, JAMA ホームページ(自動車の燃費改善技術)(3) 長尾,内燃機関講義,養賢堂(4) 山本他,新型 2.8L 直列 4 気筒ディーゼルエンジンの

開発,自動車技術会講演前刷 No.20155295 (2015)(5) 森吉,窪山,岩崎:冷却水制御が燃料消費率に及ぼ

す影響,2009 年自動車技術会秋季学術講演会前刷集20095779

(6) 村田,竹井:水温制御による燃費向上,2001 年自動車技術会秋季大会前刷集 20015444

(7) Alex Eiser, Joachim Doerr, Michael Jung, Stephan Adam::The new 1.8L TFSI Engine from Audi Part 1: Base Engine and Thermomanagement , MTZworldwide 06|2011 P32-39

(8) Daishi Takahashi, Koichi Nakata, Yasushi Yoshihara: Engine Thermal Control for Improving the Engine Thermal Efficiency and Anti-Knocking Quality , SAE International 2012-01-0377

(9) 戸井田ほか:冷却水温度及び吸気温度がガソリン機関の熱効率に与える影響,学術講演会前刷集 20125798

(10) 森吉ほか:筒内温度成層化による火花点火式ガソリン機関のノッキング強度低減,第 23 回内燃機関シンポジウム (2012)

森吉 泰生

略  歴1990 年 東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了

(工学博士). 専門は熱流体工学(特に内燃機関の計測,理論解析)

千葉大学工学部助手,助教授を経て,教授,2013 年 千葉大学次世代モビリティパワーソース研究センタ長,現在に至るSAE,日本機械学会,自動車技術会フェロー

日本液体微粒化学会副会長,IEA Implementing Agreement on Energy Conservation and Emissions Reduction in Combustion 日本代表,JECC 委員会主査など.これまで,SAE 最優秀論文賞,日本機械学会賞(研究奨励賞,部門賞など),自動車技術会賞(研究奨励賞,優秀講演賞など)等を受賞.