10
非典型溶血性尿毒症症候群(aHUS) 藤村吉博 1 , 吉田瑶子 1 , 新萍 2 , 宮田敏行 2 Key words : Hemolytic uremic syndrome, Complement, Complement Regulatory factors, Eculizumab 溶血性尿毒症症候群 hemolytic uremic syndrome HUS)は細血管障害性溶血性貧血,血小板減少,急性 腎障害を 3 主徴(Triad)とする全身性重篤疾患で 1955 年にドイツの Gasser らによって最初に報告された 1) その後,1982 年の米国でのハンバーガー食中毒事件を きっかけに,志賀毒素(Shigatoxin, Stx)を産生する腸 管出血性病原大腸菌(Enterohemorrhagic Escherichia coli, EHECO157 による腸炎に合併して高頻度に HUS が発生することが示された。最近では,本邦及びドイツ において,O111 O104 など O157 以外の Stx 産生 EHEC によって脳症併発などの重篤 HUS 例が多数報告 されている。 一方,このような下痢に伴う[diarrhea, D(+)]HUS 以外に,下痢を伴わない D(,)HUS が散発性あるいは 家族性に発症することが早期から知られていた。しか し,これら患者群の詳細な natural history 解析では非出 血性下痢を伴うことは屢々あり,D(,)HUS という表 現は適切ではなく,最近は「非典型溶血性尿毒症症候群 atypical (a)]HUS2) と統一して呼ばれるようになった。 これより,本稿では aHUS 研究の歴史的背景,次に補 体と補体調節因子の基本的役割を紹介し,その後,本邦 aHUS の診断と治療の現状を欧米のそれと対比しながら 解説する。 歴史的背景 aHUS の原因には諸説あったが,同種腎移植後に HUS 再発が見られること,また限られてはいたが血漿 交換療法に良く反応する症例もあったことから,患者の HUS 発症には何らかの血漿因子が関与するものと推定 されていた。実際,aHUS 患者数名においては補体調節 因子である complement Factor HCFH)蛋白量の著減 510%)と,この疾患が劣性遺伝を示すことは 1981 年に Thompson Winterborn 3) によって,また 1994 には Pichette 4) によって報告された。しかしながら 1990 年,Roodhooft 5) は,あ る 一 家 系 に お い て, aHUS 患者は CFH 蛋白量が 48%と略半減していたが, 母親は正常で,父親は 34%と低下していたが無症状で あったことより,CFH の量的低下は優性遺伝と考えら れるが,症状は必ずしもこれに一致しないことを報告し た。この後,1998 年に Warwicker 6) は患者 DNA の多 点連鎖解析にて CFH の遺伝子異常と疾患関連性を証明 するというブレークスルーをなし得た。これ以降,補体 や補体関連因子に注目が集まり,complement (C) 3 CFH を含む様々な補体調節因子である complement fac- tor BCFB)や complement factor ICFI),またその 関連膜糖蛋白である membrane cofactor proteinMCPthrombomodulinTHBD)が aHUS の原因となるこ とが示された。より最近には diacylglycerol kinase e DGKE)という血小板活性化に必須のアラキドン酸代 謝経路シグナルを遮断する蛋白の遺伝子異常も aHUS の原因となることが報告されている 7) 本邦での aHUS 解析状況 欧米での aHUS 研究は上記のごとく,1998 年以降, 遺伝子解析を中心に大きな進展があり,その病態概念と して「補体活性化の制御不能」が本疾患の根底をなし, それ故に治療には補体活性化の最終点に位置する C5 活性化を阻害する分子標的療法が奏功することが示され た。これに対し,本邦での aHUS 研究は欧米からは大 きく立ち遅れていたが,2011 年に信州大学の天野・日 高ら 8) により CFH missense 変異をヘテロ接合体で持つ 5410 35118971 奈良県立医科大学輸血部 2 独立行政法人国立循環器病研究センター研究所分子病態部 75 回日本血液学会学術集会 血栓/止血/血管 EL-41 プログレス

非典型溶血性尿毒症症候群(aHUS...非典型溶血性尿毒症症候群(aHUS) 藤村吉博1, 吉田瑶子1, 範新萍2, 宮田敏行2 Keywords:Hemolyticuremicsyndrome,Complement,ComplementRegulatoryfactors,Eculizumab

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非典型溶血性尿毒症症候群(aHUS)

藤 村 吉 博 1, 吉 田 瑶 子 1, 範 新 萍 2, 宮 田 敏 行 2

Key words : Hemolytic uremic syndrome, Complement, Complement Regulatory factors, Eculizumab

緒 言

溶血性尿毒症症候群 hemolytic uremic syndrome(HUS)は細血管障害性溶血性貧血,血小板減少,急性腎障害を 3主徴(Triad)とする全身性重篤疾患で 1955年にドイツの Gasser らによって最初に報告された1)。

その後,1982年の米国でのハンバーガー食中毒事件をきっかけに,志賀毒素(Shigatoxin, Stx)を産生する腸管出血性病原大腸菌(Enterohemorrhagic Escherichiacoli, EHEC)O157による腸炎に合併して高頻度に HUSが発生することが示された。最近では,本邦及びドイツ

において,O111 や O104 など O157 以外の Stx 産生EHECによって脳症併発などの重篤 HUS例が多数報告されている。

一方,このような下痢に伴う[diarrhea, D(+)]HUS以外に,下痢を伴わない D(,)HUSが散発性あるいは家族性に発症することが早期から知られていた。しか

し,これら患者群の詳細な natural history解析では非出血性下痢を伴うことは屢々あり,D(,)HUS という表現は適切ではなく,最近は「非典型溶血性尿毒症症候群

[atypical(a)]HUS」2)と統一して呼ばれるようになった。これより,本稿では aHUS 研究の歴史的背景,次に補体と補体調節因子の基本的役割を紹介し,その後,本邦

aHUSの診断と治療の現状を欧米のそれと対比しながら解説する。

歴史的背景

aHUS の原因には諸説あったが,同種腎移植後にHUS再発が見られること,また限られてはいたが血漿交換療法に良く反応する症例もあったことから,患者の

HUS発症には何らかの血漿因子が関与するものと推定されていた。実際,aHUS患者数名においては補体調節因子である complement Factor H(CFH)蛋白量の著減(5∼10%)と,この疾患が劣性遺伝を示すことは 1981年に Thompson & Winterborn3)によって,また 1994年には Pichette ら4)によって報告された。しかしながら

1990 年,Roodhooft ら5) は,ある一家系において,

aHUS 患者は CFH 蛋白量が 48%と略半減していたが,母親は正常で,父親は 34%と低下していたが無症状であったことより,CFHの量的低下は優性遺伝と考えられるが,症状は必ずしもこれに一致しないことを報告し

た。この後,1998年にWarwickerら6)は患者 DNAの多点連鎖解析にて CFHの遺伝子異常と疾患関連性を証明するというブレークスルーをなし得た。これ以降,補体

や補体関連因子に注目が集まり,complement(C)3 やCFHを含む様々な補体調節因子である complement fac-tor B(CFB)や complement factor I(CFI),またその関連膜糖蛋白である membrane cofactor protein(MCP)や thrombomodulin(THBD)が aHUS の原因となることが示された。より最近には diacylglycerol kinase e

(DGKE)という血小板活性化に必須のアラキドン酸代謝経路シグナルを遮断する蛋白の遺伝子異常も aHUSの原因となることが報告されている7)。

本邦での aHUS解析状況

欧米での aHUS 研究は上記のごとく,1998 年以降,遺伝子解析を中心に大きな進展があり,その病態概念と

して「補体活性化の制御不能」が本疾患の根底をなし,

それ故に治療には補体活性化の最終点に位置する C5の活性化を阻害する分子標的療法が奏功することが示され

た。これに対し,本邦での aHUS 研究は欧米からは大きく立ち遅れていたが,2011年に信州大学の天野・日高ら8)により CFH missense変異をヘテロ接合体で持つ

臨 床 血 液 54:10

351(1897)

1奈良県立医科大学輸血部2独立行政法人国立循環器病研究センター研究所分子病態部

第 75回日本血液学会学術集会

血栓/止血/血管

EL-41 プログレス

−臨 床 血 液−

352(1898)

Table1本邦の非典型溶血性尿毒症症候群の診断基準

2)

aHUS症例が発見され,本疾患に対する本邦研究者の認知度も急激に高まった。

奈良医大輸血部は 1998年以降,国立循環器病研究センターと共同で,ADAMTS13解析を通じて本邦の血栓性微小血管障害症(thrombotic microangiopathy, TMA)の患者診断と登録のコホート研究を行ってきた。この結

果,2012年末の時点で 1149名の TMA患者数を登録することになった(論文未発表)。また,2013年 2月には「本邦における aHUS診断ガイドライン」が,日本腎臓学会と日本小児科学会のホームページにて公表された。

本診断基準は,徳島大学小児科の香美祥二委員長と東京

大学腎臓・内分泌内科の南学正臣先生を中心とした

aHUS診断基準作成ワーキング・グループの尽力のもとで作成された(Table 1)2)。この診断基準に照らすと,我々のコホート研究の中で,2011年迄は原因不詳の先天性 HUSというカテゴリーに属していた症例の殆どがaHUSに該当することが判明し,最終的に前記 TMA患者中,55 名が先天性 aHUS と分類された。また,ADAMTS13活性を遺伝性に欠く先天性血栓性血小板減少 性 紫 斑 病(thrombotic thrombocytopenic purpura,TTP)─別名,Upshaw-Schulman症候群(USS)─も 49名同定された。これより,前記コホート研究では本邦

TMA患者中で 9.1%(104/1149)は先天性 TMAと分類された。

補体活性化とその調節機構

補体系は個体の免疫機構構築に必須で,3つの基本的

経路を介して活性化される。これらは古典経路(classi-cal pathway),レクチン経路(lectin pathway),第二経路(alternative pathway)である(Fig. 1)9)。古典経路では抗原抗体反応によって,またレクチン経路は血清中の

マンノース結合レクチンが細菌膜表面のマンノースに結

合することにより活性化が開始される。さらに第二経路

では,病原微生物上に C3が結合することにより活性化される。一方で,自然界では C3内のチオエステル結合の持続的加水分解が絶えず生じており,C3が自動的に活性化されている状態にある。即ち,これらいずれの経

路を介しても,最終的には C3分解活性化反応が進行し,細胞膜侵襲複合体である C5b-9(membrane attack com-plex, MAC)が形成される。1974年以降,aHUS患者では C3低下が見られるが,

C4低下は見られないとの報告がなされた10)。また,第

二経路では活性化反応に C3分解を伴うが他の経路とは異なり C4分解は伴わない。これより aHUSには第二経路の活性化が特異的に関与していることが予想され

た11)。補体活性化第二経路(Fig. 1)では,C3が加水分解反応により C3a と C3b に分解され反応が開始する。C3の分解によって生成した C3bは CFBと結合し,続いて CFDにより分解されることで C3bBb(C3 conver-tase)を形成する。C3 convertaseは C3の分解を促進させ,生じた C3b とさらに結合して C5 convertase(C3bBbC3b)を形成する。C5 convertase は C5 を C5aと C5bに分解し,生じた C5bが C6-C9と複合体(C5b-9)を形成,膜侵襲複合体として病原体膜に結合し,溶

臨 床 血 液 54:10

353(1899)

Fig. 1 Activation pathways of the complement system and their regulators(in red)(Noris & Remuzzi, 20059))

菌,細胞膜融解を引き起こす。また,第二経路で活性化

された C3bはオプソニン効果を持ち,抗体によるウイルス中和反応を増強する作用を持つ。特に病原体に結合

した C3bは貪食細胞による病原体の貪食と破壊を促進する。また C3a,C5aは好塩基球や肥満細胞からヒスタミンなどを放出させるアナフィラトキシンとして働く。

補体調節因子は補体活性化作用において,活性化と非

活性化(制御)のいずれか一方の機能を持つものに大別

される。活性化因子として代表的なものは CFB,CFD,properdin であり,制御因子としては CFI と CFH がある。さらに細胞膜上の制御因子として MCP(CD46),decay accelerating factor(DAF),THBD などが知られている。aHUSでは,これら補体調節因子の中でも特に第二経路の補体制御因子の異常が数多く報告されてい

る。これら補体制御因子は regulators of complementactivation(RCA)protein と呼ばれ,ヒトでは染色体1q32 上に gene cluster を形成している。また,これら因子は共通して complement control protein(CCP)と呼ばれる約 60のアミノ酸からなる相同性の高いドメイン構造を持つ。C3ステップでの制御因子には CFH,C4結合蛋白,補体レセプター 1(CR1),MCP,DAFが含

まれる。aHUSにおけるこれら補体制御因子の異常は,過剰な補体の活性化や補体による自身の細胞障害を引き

起こすと考えられる。

CFH

CFHは分子量 150kDの血漿糖蛋白質であり,主に肝臓で産生される。この分子は 20 個の CCP から構成され,分子内に 3ヶ所の C3b結合ドメインと 2ヶ所のグリコサミングリカン(GAG)結合ドメインを持つ(Fig.2)。CFHは主に第二経路における制御因子として働き,1)CFIによる C3b分解の補助,2)C3bへの CFBの接着阻害,3)C3 convertase(C3bBb)の解離促進などの機能を持つ12)。これらの働きは N末端側の CCP1-4で行われ,この領域は制御ドメインと呼ばれる。CFHはヘパラン硫酸プロテオグリカンなどを介して血管内皮細胞

などに結合し,補体による攻撃から自身の細胞を保護す

るといった極めて重要な役割を持つ。細胞膜表面への結

合は C末端側の CCP19, 20を介して行われることからこの領域は認識ドメインと呼ばれる。最近の詳細な研究

により,CCP19は C3bに結合し,CCP20はヘパラン硫酸プロテオグリカンに結合することが示された。欧米で

−臨 床 血 液−

354(1900)

Fig. 2 Structure of complement factor H(CFH)and its gene mutations identified with aHUS patients(modified from Kavanagh & Goodship, 201014))The figure demonstrates the 20 CCP modules of CFH. The glycosaminoglycan (GAG) and C3bbinding sites of CFH are indicated on the diagram. Mutations in CFH reported in aHUS are listedbelow the figure.

は aHUSの 20∼30%(本邦では 10.0%)で CFH遺伝子異常が存在することが示され13, 14),aHUSにおける遺伝子異常の中で最も頻度が高いことが示された(Table 2)。報告された遺伝子異常は分子全体に認められるが,その

約 60%が認識ドメインである CCP19,20に集中しており(Fig. 2),この領域における遺伝子変異は細胞表面における補体の攻撃からの保護機構の破綻を引き起こすと

考えられている。本邦では CCP20に R1215Q変異のみが観察されている。

aHUS 患者の 6∼10%(本邦では 13.3%)で CFH に対する自己抗体の存在が確認されている15)。CFHに対する自己抗体は IgG型で,遺伝子異常の好発部位と同じ C末領域を認識し,C3bへの結合を阻害することで,補体の過剰な活性化を引き起こす。近年,CFHに対する自己抗体生成の機序には CFH related(CFHR)蛋白質 1∼5の遺伝子異常が深く関わっていることが明らかとなってきた。自己抗体陽性患者では CFHR1 とCFHR3 の遺伝子が欠損していることが報告されている16)。これら CFHR蛋白質の遺伝子は CFHと同様,染色体 1q32上に存在し,CFHと非常に類似した遺伝子配列を持つ。このように CFH抗体陽性で,かつ CFHR遺伝子の欠損が見られる aHUS症例は DEAP(Deficiencyof CFHR plasma protein and autoantibody-positive form)-

HUSとして近年注目されている16)。

MCP

MCPは膜結合型糖蛋白で,CFIの補助因子として同一細胞上の C3bや C4bを分解するが,CFHとは異なりC3 convertaseの崩壊促進には関与しない。MCP遺伝子異常は欧米では aHUS患者の約 10∼15%(本邦では 13.3%)と報告されている17)。MCP 遺伝子異常の患者では,CFH異常など他の因子の異常に比べ,比較的予後が良いことが知られている。また,血漿治療の有無によ

る予後の差はなく,90%以上の症例で寛解が得られている18)。腎移植後の再発率も低く,これは移植腎に十分な

MCPが含まれているためと考えられる。

CFI

CFIは分子量 88kDの血漿糖蛋白であり,主に肝臓で合成される。CFIは CFHや MCP,C4結合蛋白などを補助因子として C3b や C4b を分解するセリンプロテアーゼである。CFI遺伝子異常は,欧米では aHUS患者の 4∼10%(本邦では未発見)と報告されている17, 19)。

Table 2に示すように,血漿交換などの治療に対する反応は悪く予後は不良である。

臨 床 血 液 54:10

355(1901)

Table 2 Complement genetic abnormalities and frequency in patients with aHUS(modifi ed from Noris et al. 2005)

Gene Protein Affected

Frequency(%)

Response to short-term plasma therapyOverseas

Japan(n=30※)

No identifi edmutation

* 30─50%26.7%(8/30)

(2 patients had anti-FH autoantibody)

No data

CFH Factor H 20─30% 10.0%(3*/30) Rate of remission 60%

CFHR1/3 CFHR1/3 6% 6.7%(2/30)Rate of remission 70─80%(plasma exchange combined with immunosuppression)

MCP MCP 10─15% 13.3%(4**/30) No defi nitive indication for therapy

CFI Factor I 4─10% 0%(0/30) Rate of remission 30─40%

CFB Factor B 1─2% 3.3%(1/30) Rate of remission 30%

C3 C3 5─10% 43.3%(13**/30) Rate of remission 40─50%

THBD Thrombomodulin 5% 3.3%(1*/30) Rate of remission 60%

※ 24 patients were analyzed in National Cerebral and Cardiovascular Center.* One patient had the mutation in CFH+THBD. **One patient had the mutation in C3+MCP.

THBD

THBD は血管内皮細胞上に存在する膜蛋白で,抗血栓,抗炎症,細胞保護作用を有する。THBDは C3bとCFH に結合し,CFI を介した C3b 不活化を促進する。また,THBD に結合したトロンビンは血漿 thrombin-activatable fibrinolysis inhibitor(TAFI)を活性化し,生じた TAFIa は C3a,C5a を不活化する。2009 年にDelvaeye ら20)により,THBD 遺伝子異常が aHUS に関与していることが示された。彼らは 152 例の aHUS 患者の中で 7例の患者において,6種類の THBD遺伝子変異を発見した。欧米での頻度は約 5%(本邦では 3.3%)である。THBDに遺伝子変異があると C3b不活化能と TAFIa形成能が減弱し,結果として補体活性化を制御できず aHUSが発症すると考えられている。

CFBと C3

aHUS では機能獲得型(gain-of-function)異常として補体機能が過剰に活性化する症例も報告されている。こ

れに相当するのが CFBと C3の遺伝子異常である21, 22)。

CFB遺伝子異常は欧米では aHUSの約 1∼2%(本邦 3.3%)に認められる稀変異である。変異 CFBは C3bへ過剰に結合し,C3 convertaseを活性化することで C3bを過剰に産生させる。

C3遺伝子変異は欧米では aHUS患者の 5∼10%と比較的少ないと報告されている。しかし本邦では C3遺伝子変異は aHUS 全体の 43.3%を占め,欧米とはその頻

度において大きな差異が確認されている。しかもその種

類は I1157T変異が圧倒的に多い(後述)。C3変異患者(例えば C3-I1157T)では変異 C3bの CFHやMCPへの結合能が低下し,C3b 分解が減じるために aHUS が発症すると説明されている(Fig. 3)。

DGKE

DGKEは血管内皮細胞,血小板,腎 podocyteなどの細胞質と膜の両方に存在する分子量 64kDの蛋白で,その作用は血小板活性化に必須であるアラキドン酸代謝経

路のシグナル伝達を遮断する機能を持つ。最近の米国の

研究グループでの報告7)では,この DGKE遺伝子異常による aHUS 患者は常染色体性劣性遺伝形式を示し,いずれも aHUSの初発は 1才以下と early-onsetの特徴を持つ。症状は持続性高血圧,血尿,蛋白尿(屢々ネフ

ローゼ様)で,その後加齢と共に慢性腎不全に移行する。

本邦では未発見である。

本邦での aHUS診断

aHUS 診断については,2011 年にフランスの Loirat& Fremeaux-Bacchi 23)により,Fig. 4のようなアルゴリスムが提唱されたが,本邦ではルーチン検査として行え

る C3 や C4 の定量を除いて,CFH,CFI,そして CFBを日常臨床の中で測定することは殆ど不可能である。ま

たMCP発現量測定には生細胞とフローサイトメーター解析が必要で,この実施も容易ではない。さらに,これ

ら蛋白の定量が出来ても,それらが missense変異であ

−臨 床 血 液−

356(1902)

Fig. 3 Structure of complement(C)3 and its gene mutations identified with aHUS patients(fromNoris et al. 201018))The C3 mutations are spread all over the gene; however, a hot spot is evidenced in thethioester-containing domain (TED domain) with six independent mutations.

る場合,発現蛋白量は略正常である場合が多く,確定診

断にはやはり遺伝子解析が必須となる。一方,2004年に Sanchezら24)は羊赤血球と患者血清を用いた溶血アッ

セイを報告したが,その適応範囲と再現性についてはや

や不明なところがあって,前記アルゴリスムには組み入

れられていなかった。我々は最近,CFH機能を完全阻害する抗 CFHマウスモノクロナール抗体の作成に成功した。そしてこの抗体と,患者血漿,羊赤血球を用いた

再現性のある「定量的溶血アッセイ」の構築に成功した。

現在は,この溶血アッセイを含む aHUS の蛋白レベル解析を当輸血部で,また補体や補体調節因子の遺伝子解

析を国立循環器病研究センターで行っている。Fig. 5にその診断のフローチャートを示す。これに沿って,具体

的な解析内容について紹介する。

まず依頼者である各医療機関の主治医は患者の病歴と

ルーチン検査によって TMA 疑診患者から EHEC 関連の典型的 HUS[Shigatoxin-producing E. coli(STEC) -HUS]を否定しておく(Step 1)。その後,原則的には患者とそのご家族に奈良医大輸血部のセカンドオピニオ

ン外来を受診して頂く。ここで詳細な Natural historyの聴取と同時にインフォームドコンセントを行い,その後

aHUS関連の蛋白̶遺伝子検査同意書にサインして頂く(Step 2)。この後,患者及びご家族のクエン酸血液 5 mlを採取し,遠心分離にて血漿と赤血球沈層に分離する。

必要に応じてこれらを,80℃で凍結保存する。被検クエン酸血漿については,まず,① ADAMTS13活性測定を行い,ADAMTS13 活性著減(<5%)を示す定型的TTPを除外する。次に②羊赤血球を用いた定量的溶血反応試験を行う。溶血試験は前記 Sanchez らの方法で実施しているが,被検血液は血清ではなく,クエン酸血

漿を用いている。これは溶血反応では血清よりも血漿の

方がより安定した結果が得られるためである。実施は,

様々な量の患者血漿と一定量の羊赤血球をMg2+存在下で,37℃で 30分間孵置し,その後 EDTAで反応停止後,生じた溶血程度を吸光度 414 nmで測定するというシンプルなものである。通常,正常人血漿では羊赤血球の溶

血は殆ど起こらない。本試験によって溶血亢進が見られ

た場合には,③精製 CFH添加による亢進溶血の補正試験を行う。溶血が補正された場合には,主として CFH異常あるいは抗 CFH自己抗体の存在を疑う。従って,必要に応じて,④ CFH 抗原量定量,⑤抗 CFH 抗体検査(ELISA及び Western blot法),そして⑥ CFHR1,3抗原の半定量(Western blot)を行う。尚,本試験において溶血亢進を認めない場合には,MCPや THBD等の膜蛋白質である補体調節因子の異常を疑う。また,これ

まで解析を施行した限りでは C3 missese変異(I1157T変異)では溶血亢進がないことを確認している。この

後,国立循環器病研究センターで aHUS 患者において

臨 床 血 液 54:10

357(1903)

Fig. 4 Complement system screening strategy in aHUS(Loirat & Fremeaux-Bacchi, 201123))

aHUS関連遺伝子解析を行う(Step 3)。これらは既知のaHUS関連 6因子(CFH,CFI,MCP,CFB,C3,THBD)全ての exonを含む部分の PCR増幅と塩基配列解析を行い,また CFH抗体陽性例では CFH/CFHR領域の遺伝子欠損の有無を調べるMLPA解析を実施している。Fig. 6に TMAにおける aHUSの位置づけと溶血試験及び遺伝子解析の関連を示す。前述したように溶血亢進

が認められた患者では CFH異常あるいは CFH自己抗体陽性の症例が同定されている。なお,これまでに

CFHに異常が同定された症例は 3例(1例は信州大で解析)であり(患者家族も含めると全部で 7例),いずれも C末領域の CFH-R1215Q変異であった。溶血亢進を示さなかった症例では,C3や MCPの異常が同定されているが,中でも C3の異常が高頻度で同定されており,2 例の患者を除いて全て C3-I1157T 変異であった。これら患者解析の中間成績については,昨年,国立循環

器病研究センターより報告を行った25)。

現在までの成績をまとめると,約 30%の症例で溶血試験において異常を同定することができ,約 70%強の症例で aHUSの原因と考えられる遺伝子変異が同定されている。しかしながら症例によっては,溶血試験のみ

が異常亢進を示した例があり,またその逆も存在してい

たことより,現時点では蛋白レベルと遺伝子レベルの解

析は互いに補完的であると考えられる。即ち,aHUS患者解析においては蛋白質と遺伝子の両面解析が必須であ

る。しかし,これらを合わせても依然として aHUS 全

体の約 30%は aHUS である事の EBM をくっきりと示す事の出来ない症例があり,今後の検討課題として残さ

れている。

治 療

1970年代後半から aHUSに対して血漿交換や血漿輸注などの血漿療法が導入され26),死亡率は 50%から25%にまで低下はしたものの,依然として予後不良の疾

−臨 床 血 液−

358(1904)

Fig. 6 Differential diagnosis of aHUS based on ADAMTS13activity, hemolytic assay, and gene analyses oncomplement and its regulatory factors from STEC-HUS and TTP

Fig. 5 奈良医大輸血部−国立循環器病研究センター連携による aHUS診断フローチャート

患である。aHUS の治療ガイドラインによれば,ADAMTS13 活性測定を含めた鑑別診断を行い,aHUSと診断すれば 24時間以内に血漿交換を行うべきとされている27)。

CFHの量的異常の治療法として,血漿輸注を早期に開始することで腎機能を維持することができるとの報告

がある28)。大多数の補体系機能異常症例では,新鮮凍結

血漿を用いた血漿交換が有効であるが,すべての症例で

血漿交換を行う必要はない。血漿交換を継続すると不応

になる場合があり29),その結果高度の腎不全となった場

合,腎移植単独の再発率は 80∼90%と予後は不良である28)。腎臓と肝臓の同時移植では長期予後が良いとの報

告もあり30),これは肝移植により正常な CFHの産生が行われるようになるためと考えられる。一方,aHUSにおける血漿療法の効果は決して満足できるものではな

い。これは aHUS 原因に膜蛋白由来のものが有ることも原因である。

近年 aHUSに対する血漿療法に抵抗性を示す症例に対して期待されている治療薬が補体 C5に対するモノクローナル抗体,エクリズマブ(eculizumab)である。エクリズマブは発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の治療薬として 2007年に欧米で,本邦では 2010年に承認されている。近年エクリズマブの aHUS に対する有用性が欧米の数多くの研究者により報告されるようになっ

た31)。これを受けて,米国では大規模な臨床治験が行わ

れ,2011年 9月に aHUSの治療薬として承認された32)。

エクリズマブの作用機序は C5 に結合することによりC5aと C5bに分解されるのを阻害し,C5b-9による細胞膜侵襲作用を抑制すると考えられている。

おわりに

2013年初春に本邦 aHUSの診断ガイドラインが完成した。またこれと略平行して,奈良医大輸血部と国立循

環器病研究センターの共同研究体制下に aHUS診断のアルゴリスムとその検査体制が確立された。これにて,

解析例数は未だ少ないが,欧米では CFH遺伝子変異が最も多いのに対し,本邦では C3遺伝子変異が圧倒的に多いこと,また本邦の C3と CFH変異については患者の出身地に関わらずそれぞれ特定の missense変異が多いことが判明した。現在,欧米で aHUS の特異的治療薬として認可されているエクリズマブが,本邦でも同患

者に適用出来るようになれば,より適切な治療選択肢と

して患者の予後に大きな影響を与えるものと考えられ

る。

謝 辞

本研究の一部は,文部科学省科学研究費補助金,厚生

労働省難治疾患克服研究事業補助金,そして武田科学特

定研究助成費を用いて行われた。ここに謝辞を記す。

著者の COI(conflicts of interest)開示:藤村吉博;講演料(旭

化成ファーマ株式会社),研究費・助成金(アレクシオンファーマ)

文 献

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