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鉄道総研 LH02 形 架線・ バッテリハイブリッドLRV“Hi-tram(ハイ!トラム)”の開発 149 鉄道総研 LH02 形 架線 ・ バッテリハイブリッド LRV “Hi-tram(ハイ!トラム)”の開発 ※小 がさ まさ みち ※※田 ぐち よし あき 写真 1 外観 要旨 近年の直流電車で標準的に使われている回生ブレーキは、路線や運転条件によっては、回生失効が発生する。 また、高速域で強いブレーキをかける場合は、条件次第で回生の絞込みが必要となるため、回生ブレーキ力の割 合が低くなるのが現状である。現行のき電システムのもとでこれらの課題を解決する手段としては、車載蓄電が 有効である。財団法人鉄道総合技術研究所(鉄道総研)では、1998 年から電車に蓄電池(バッテリ)を搭載し て走行する車載蓄電方式による回生エネルギーの有効活用技術を開発してきた。2003 年 8 月に路面電車を改造 してリチウムイオンバッテリを搭載したエネルギー回生形バッテリトラムの試験車両“りっちぃ・とらみぃ”を 公開し、2005 年 2 月には架線・バッテリハイブリッド電車に改造した同車を再公開した。2005 年 6 月以降は、 NEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託を受け、架線レス区間の連続走行を可能と する充電方法を含む全体システムの実用化開発を行った。省エネルギーをはじめ、各種メリットの大きい架線・ バッテリハイブリッド技術を実装した LRV車両“Hi-tram(ハイ!トラム)”について概説する。 1 はじめに 架線・バッテリハイブリッド電車は、架線、車載バッテ リ又はその両方から電気エネルギーを得て走行し、またブ レーキ時には、回生エネルギーをこれら電源のいずれか又 は両方に返還することで、エネルギーの有効活用が可能な 電源ハイブリッド方式の電車である。バッテリに回収蓄積 されたエネルギーは、加速時などに再利用する。バッテリ と充放電装置の搭載によって生じる質量増加に伴う消費エ ネルギーの増大に対し、回収できる回生エネルギーの増加 量が上まわれば省エネルギーになる。さらに非電化区間で は、バッテリのみのエネルギーによる架線レス駆動が可能 なため、電化・非電化区間の直通運転が可能となる(図2)。 ※  ㈶鉄道総合技術研究所 車両制御技術研究部 駆動制御研究室長  ※※ ㈶鉄道総合技術研究所 車両制御技術研究部 駆動制御副主任研究員 写真 2 室内

鉄道総研 LH02形 架線・バッテリハイブリッドLRV “Hi-tram( …...鉄道総研 LH02形 架線・バッテリハイブリッドLRV“Hi-tram(ハイ!トラム)”の開発

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  • 鉄道総研 LH02 形 架線 ・バッテリハイブリッド LRV“Hi-tram(ハイ!トラム)”の開発 149

    鉄道総研 LH02 形 架線 ・バッテリハイブリッド LRV“Hi-tram(ハイ!トラム)”の開発

    ※小お

     笠がさ

     正まさ

     道みち

      ※※田た

     口ぐち

     義よし

     晃あき

     

    写真 1 外観

    要旨近年の直流電車で標準的に使われている回生ブレーキは、路線や運転条件によっては、回生失効が発生する。

    また、高速域で強いブレーキをかける場合は、条件次第で回生の絞込みが必要となるため、回生ブレーキ力の割合が低くなるのが現状である。現行のき電システムのもとでこれらの課題を解決する手段としては、車載蓄電が有効である。財団法人鉄道総合技術研究所(鉄道総研)では、1998 年から電車に蓄電池(バッテリ)を搭載して走行する車載蓄電方式による回生エネルギーの有効活用技術を開発してきた。2003 年 8 月に路面電車を改造してリチウムイオンバッテリを搭載したエネルギー回生形バッテリトラムの試験車両“りっちぃ・とらみぃ”を公開し、2005 年 2 月には架線・バッテリハイブリッド電車に改造した同車を再公開した。2005 年 6 月以降は、NEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託を受け、架線レス区間の連続走行を可能とする充電方法を含む全体システムの実用化開発を行った。省エネルギーをはじめ、各種メリットの大きい架線・バッテリハイブリッド技術を実装した LRV車両“Hi-tram(ハイ!トラム)”について概説する。

    1 はじめに架線・バッテリハイブリッド電車は、架線、車載バッテ

    リ又はその両方から電気エネルギーを得て走行し、またブレーキ時には、回生エネルギーをこれら電源のいずれか又は両方に返還することで、エネルギーの有効活用が可能な電源ハイブリッド方式の電車である。バッテリに回収蓄積されたエネルギーは、加速時などに再利用する。バッテリと充放電装置の搭載によって生じる質量増加に伴う消費エネルギーの増大に対し、回収できる回生エネルギーの増加量が上まわれば省エネルギーになる。さらに非電化区間では、バッテリのみのエネルギーによる架線レス駆動が可能なため、電化・非電化区間の直通運転が可能となる(図 2)。

    ※  ㈶鉄道総合技術研究所 車両制御技術研究部 駆動制御研究室長 ※※ ㈶鉄道総合技術研究所 車両制御技術研究部 駆動制御副主任研究員

    写真 2 室内

  • 2010 - 9「車両技術 240 号」150

    表 1 鉄道総研 LH02 形 架線・バッテリハイブリッド LRV“Hi-tram” 車両諸元

    会社・車両形式 ㈶鉄道総合技術研究所 LH02 形使用線区 - 軌間(㎜) 1 067基本編成 1両 使用線区の最急こう配 均衡登坂性能 100 ‰(40 ㎞/h)用途 実験車両 電気方式 直流 1 500 V・直流 600 V車体製作会社 東急車輛製造㈱・アルナ車両㈱ 製造初年 2007 年台車製作会社 住友金属工業㈱ 1次製作両数 1両主回路装置製作会社 東洋電機製造㈱ 車両技術の掲載号 240

    車両性能

    最高運転速度(㎞/h) 80

    加速度(m/s2) 0.972(3.5 ㎞/h/s)[40 ㎞/h まで]減速度(m/s2)

    常用 1.278(4.6 ㎞/h/s)非常 ・保安 1.389(5.0 ㎞/h/s)

    ユニット当りの定格(ユニットの構成)

    出力(kW) 240速度(㎞/h) 40(定トルク域終端速度)

    引張力(kN) 26.0(定トルク域:期待μ= 9.7%)動力伝達方式 平行カルダンTD継手

    ブレーキ制御方式回生蓄電併用電気指令式空気ブレーキ(保安ブレーキ、デッドマン付き)

    制御回路電圧(V) DC 24抑速制御 なし

    運転保安装置 デッドマン装置ATS-SW

    列車無線

    軌道線: 空間波無線(150・400 MHz 帯)

    鉄道線: 可搬形、携帯式に対応

    非常時運転条件連結棒(軌道線)又は密着自連アダプタ(鉄道線)による牽引運転

    蓄電池のみでの走行可能距離/蓄電池の条件注・ SOC は 2.1 の(3)

    参照

    SOC 65 → 45 %( 約 15 kWh):7.5㎞以上(営業想定:軌道 ・鉄道線) SOC 95 → 5%:50 ㎞(JR線実績)SOC 90 → 15%:25 ㎞(軌道線実績)

    その他

    架線電圧低下時の力行アシスト機能架線回生と蓄電の同時協調機能架線区間走行中の蓄電残量調整停車中急速充電機能

    電気駆動系主要設備

    集電装置

    形式/質量(㎏) PT7123-C / 128方式 シングルアーム ・ばね上昇空気下降 ・純カーボン

    制御装置

    (インバータ)

    形式/質量(㎏) RG6002-A-M / 1 580(補助電源装置を含む)制御方式 2レベル IGBT・VVVFインバータ(1C2M)× 2群

    仕様 入力電圧 DC 750 V、VVVF インバータ(定格150 kVA・最大 240 kW)× 2群、SIV(39 kVA)

    主電動機

    形式/質量(㎏) TDK6253-A / 350方式 三相かご形誘導電動機1時間定格(kW) 60回転数(min - 1) 1 615(1 時間)・4 150(最高)特記事項 セラミック絶縁軸受

    主回路標準限流値

    力行(A) 100(主電動機 1台当り交流電流)ブレーキ(A) 100(主電動機 1台当り交流電流)

    電気ブレーキの方式 回生蓄電併用電気指令式空気ブレーキブレーキ抵抗器 形式/質量(㎏) なし

    補助電源設備

    補助電源装置

    形式/質量(㎏) 制御装置に内蔵方式 静止形インバータ(SIV)

    出力 単相 100 V(3 kVA)、三相 200 V(28 kVA)、DC100 V(2 kW)、DC24 V(6 kW)

    蓄電池種類/質量(㎏) 鉛蓄電池 170F51(DC12 V × 2)/ 75容量(Ah) 120(5 時間率)主な用途 制御用

    蓄電池走行設備

    充電を行う運転動作の範囲

    回生時(全速度域 ・架線優先)、架線下で SOC 40%以下時、架線下でシステム起動時、停車中の急速充電時

    放電を行う運転動作の範囲

    架線下力行中の架線電圧低下時(アシスト)、架線下で SOC 80%以上時、バッテリ走行時(SOC低下予告しきい値以上の範囲)

    主蓄電池

    種類/質量(㎏) LIM30H / 19(モジュール)2 000(システム)方式 マンガン系リチウムイオン二次電池

    セル数×モジュール数 [3.6 V セル× 8直列モジュール(30 Ah)]× 21 直列× 4並列電圧(V)容量(Ah)

    605120(30 Ah × 4 並列:72 kWh)

    急速充電時間 途中駅 1分(SOC 12%:~8㎞走行)、折返駅 3分(SOC 20%:~ 10 ㎞走行)、空状態→ほぼ満充電 10 分

    特徴 比較的長寿命、残量推定が容易、高エネルギー密度、急速充放電

    充放電装置(コンバータ)

    形式/質量(㎏) RG6003-A-M / 1 988方式 三相電流可逆 PWMチョッパ(入出力逆転昇降圧式)

    仕様

    架線側: 入力複電圧 1 500 V・600 V、出力電圧 750 V、最大電流 1 200 A

    バッテリ側: 入力電圧 600 V、最大電流1 400 A、出力電圧 750 V

    その他 急速充電時の蓄電池最大電流 1 000 A

    凡例 ●;駆動軸 <;パンタグラフ個別の車種形式 -車種記号(略号) LH02空車質量(t) 27.3(2009 年以降)定員(人) 44うち座席定員(人) 20

    特記事項 部分超低床単車リチウムイオンバッテリ搭載

  • 鉄道総研 LH02 形 架線 ・バッテリハイブリッド LRV“Hi-tram(ハイ!トラム)”の開発 151

    その他の主要設備

    空調装置形式/質量(㎏) CS-407XB2 / 12.5 × 4 台方式 ヒートポンプ式冷暖房容量(kW) 4.0(消費電力 0.815 kW)× 4台

    暖房装置容量(kW)

    シーズ線 2.1 kW+温風ヒータ0.8 kW+ヒートポンプ 5.0 kW(消費電力 0.885 kW)× 4台

    形式/質量(㎏) CS-407XB2 / 12.5 × 4 台

    標識灯前灯 シールドビーム尾灯 LED赤その他 制動灯:LED赤

    その他 車載ゲート

    空気ブレーキ設備

    電動空気圧縮機

    形式/質量(㎏) A3722-HS5 / 190圧縮機容量 610 ㍑ / min

    圧縮機方式 往復形単動 2段圧縮・全閉三相AC 220 V

    空気タンク元空気タンク 60 ㍑供給空気タンク 60 ㍑(+保安 20 ㍑× 2)

    ブレーキ装置 形式/質量(㎏) HRDA-1(多段式中継弁)/ 125BCD6 ブレーキ受量装置 / 20

    台   

    形式M台車 FS601T 台車 -

    支持装置車体 コイルばねインダイレクトマウント式軸箱 軸ばね式(ペデスタル)

    けん引装置 ボルスタアンカ方式ばね方式 コイルばね+ゴム板軸距(㎜) 1 600ばね定数

    まくらばね 530

    軸ばね

    コイルばね 1 890総合防振ゴム

    (N/㎜) リンクばね -台車最大長さ(㎜) 2 553車輪径(㎜) 660基礎ブレーキ

    M台車 踏面片押し式T台車 -

    ブレーキ倍率 5.14(てこ比)

    制輪子M台車 鋳鉄制輪子T台車 -

    ブレーキシリンダ・個数

    M台車 4T台車 -

    駆動方式 平行カルダン歯数比(減速比) 72 / 11 = 6.545継手 中実軸たわみ板継手(TD)式軸受 複列円筒ころ軸受

    質量(kg)M台車 4 450(主電動機・継手含む)T台車 -

    その他

    ・セラミック噴射装置装備(第 1、4軸) μジェットDC 100 V ヒータ付き・軸端接地装置装備(第 2,3,4 軸の両軸端) フェラーズ 600 A用・ PQ 軸常設(第 1軸)MSR-2 スリップリング&テレメータ・最小軌道曲線半径 14 m

    車体の構造・主要寸法

    構体材料 /構造 全鋼板製車両の前面形状 非貫通形運転室 半室

    長さ(㎜)先頭車 12 900中間車 -

    連結面間距離(㎜)

    先頭車 -中間車 -

    心皿間距離(㎜) 9 000車体幅(㎜) 2 230

    高さ(㎜)屋根高さ 3 060屋根取付品上面 3 800(パンタ折りたたみ)

    床面高さ(㎜) 350(低床部)、800(高床部)

    車体特性・構造及び主要設備

    相当曲げ剛性(MNm2)相当ねじり剛性(MNm2/rad)曲げ固有振動数(㎐)ねじり固有振動数(㎐)内装材 メラミン化粧板側窓構造 客室:固定式、運転室:引違い式妻引戸 -

    側扉構造 片引戸片側数 2

    戸閉め装置形式 DP-40HUS / 15方式 電磁空気(単気筒複動)式

    腰掛方式 縦形(ロングシート)車体連結装置

    先頭車 軌道線:連結棒、鉄道線:密着自連アダプタ中間車 -

    空調換気システム

    冷房方式 分散ヒートポンプ式

    暖房方式 分散ヒートポンプ式+腰掛下シーズ線ヒータ換気方式 自然換気+分散ヒートポンプ空調換気配風方式 天井ダクト、ラインフロー

    車内主要設備

    照明方式 蛍光灯・直接照明移動制約者設備

    車いすスペース(同スペースに収納式腰掛を設置)

    便所 -汚物処理 -

    その他 運転台前面スラント下部及び運転台後部に主蓄電池を搭載

    その他の主要設備

    主幹制御器形式/質量(㎏) ES9217-B, B1-M / 33方式 右手操作ワンハンドル・ノブ開放デッドマン式

    速度計装置 直動式指示計(DVF11E)車両情報制御システム

    モニタ装置 7インチカーナビCN-DV155RFDモニタ表示器 17インチタッチパネルTFTカラー(主バッテリモニタ)

    非常通報装置 なし行先表示器

    前面 蛍光灯側面 蛍光灯

    車内案内表示 液晶 17 インチ 2画面× 2

    放送車内向け 音声合成自動放送FC-6100 スピーカ 2台車外向け スピーカ片側 1台× 2

    車両間連結電気系 -空気管系 -

  • 2010 - 9「車両技術 240 号」152

    車いすスペース

    図1 形式図

  • 鉄道総研 LH02 形 架線 ・バッテリハイブリッド LRV“Hi-tram(ハイ!トラム)”の開発 153

    また場所によっては、架線レス区間を採用することで都市景観の改善にも寄与できる。今回、開発した“Hi-tram(ハイ!トラム)”は、さらに JRの在来線などの直流 1 500 Vの鉄道線と、路面電車などの直流 600 V の道路併用軌道線の直通運転も可能である。

    2 電源ハイブリッド方式の意義蓄電装置は、回生ブレーキ時に回生失効しないだけの対

    策であれば、車両質量が大きくならない分、地上に設置する地上蓄電方式が得策である。架線区間を走る電車にわざわざバッテリを搭載する代表的な意義として、次の利点をあげることができる。2.1 架線・バッテリハイブリッド走行の意義架線区間における架線集電と車載蓄電とのハイブリッド

    走行を行う利点は、次のとおりである。(1)環境面:回生負荷環境に起因する回生失効や回生絞込みなどで、

    従来、架線に返せなかった回生エネルギーを車載バッテリに蓄電して再利用することで、さらなるエネルギーの有効活用が可能となる。常時、回生ブレーキが使えるため、摩擦力で作用する機械ブレーキの使用割合が減少し、摩耗粉じん及び不快なきしり音の低減が可能である。(2)サービス面・運用面:機械ブレーキの使用割合の減少で、制輪子の交換頻度の

    低減、車輪熱き裂及び踏面の凹おう

    摩ま

    の抑制に役立つ。また、現行の電車では、き電抵抗とパンタ点電圧の上限

    電圧制限値との関係から決まる架線とパンタグラフとの間でやり取り可能な電力を超える回生エネルギーが発生する状態では、回生ブレーキを絞り込んで回生エネルギーを制限する。このため、特に高速域では、ほとんどのブレーキ力を機械ブレーキが負担する結果となり、回生ブレーキ力の割合が低い状況であった。架線集電と車載蓄電とのハイブリッドの場合は、高速域の回生ブレーキにおいて、架線に返すことができる回生エネルギーの制限を超えた場合には、その超えた分の回生エネルギーを車載バッテリに蓄電することで、高速域から停止までのブレーキ時の回生ブレーキ力分担率を向上できる。

    また、蓄電方式を用いれば、回生絞込みへの対応以外にも回生ブレーキ力向上の利点が考えられる。速度 - 引張力特性から分るように、主電動機のトルクは設計上、高速になるほど急速に低下する。一方、従来のブレーキはノッチごとに最高速度から低速まで一定のブレーキ力であることがほとんどであり、高速域において高ノッチを扱った場合、回生ブレーキ力だけでは、必要ブレーキ力に対して設計上すでに不足している。つまり、回生絞込みを行わず、仮に回生ブレーキ力が設計値どおりに作動した場合でも、高速域での回生ブレーキ力分担率は低いのが現状である。この対策として、インバータ装置と主電動機の出力を増大した仕様とすることで、回生ブレーキ力を増大させる方法が考えられる。架線集電のみの方式では、架線とパンタグラフでやりとりするエネルギーが現行よりもさらに大きくなるため、架線とやり取りできない回生絞込み量が増加するだけであるが、蓄電方式では、増大した回生エネルギー量のすべてを車載バッテリに蓄電して再利用することで、さらなる省エネルギーの設計も可能となる。また、力行においても高速域での加速力の向上は、設計上、架線とやり取りする電気エネルギーが増大する。しかし、架線集電と車載蓄電とのハイブリッドの場合は、増大する電気エネルギー分を車載バッテリから供給し、架線とやり取りする電気エネルギーを現行程度以下に抑えながらも、加速力を増加させて運転し、時分を短縮できる。さらに、変電所のピーク負荷軽減によって、契約電気料金の低下が期待できるとともに、地上設備の増強を行わずに架線電圧低下を防止することができる。このように、架線とやりとりできる電気エネルギーの上限を超えた回生ブレーキ力及び駆動力を車両に持たせることは、車載蓄電を行うことによって初めて可能となり、地上蓄電方式では実現できない、最も大きな利点である。(3)建設・保守面:電気エネルギーで一元化されているため、同じハイブリッドでもエンジン方式や燃料電池方式と異なり、液体燃料(軽油)や気体燃料(水素)を扱わないので保守が容易である。また、パンタグラフを経由しての架線からの充放電が容易であり、SOC(State of Charge:バッテリ残量)調整によるエネルギー管理を行いやすい。将来的には、電気バスや電気トラックなどとの充電所の兼用も想定できる。(編集部注:SOCは、バッテリの残容量を満充電時の容量で除した値である。)2.2 架線レス・バッテリ走行の意義停留場・駅などの特定箇所で、架線又は地上設備からの受電でバッテリの急速充電を行い、本線区間は原則的に架線レスとする架線レス・バッテリ走行を行う利点は、次のとおりである。(1)環境面:電気駆動で排ガスを出さないため、エンジン方式に比べて街中の低公害化が図られる。パンタグラフを下げて走行するので、しゅう動音や、架線と帰線レールに流れる高調波による電磁障害などの問題が減少する。また、場所によっては、架線を設置しないことで、都市景観の保全及び改善が可能となり、観光資源価値の向上にも寄与することができる。

    直流600V又は1500V架線レス区間

    非電化区間

    架行レス区間

    直流600V又は1500V

    直流600V又は1500V

    末端駅充電所

    【電化・非電化区間の直通方式(末端非電化の例)】

    3~4km 3~4km

    図 2 架線レス走行と電化・非電化区間の直通

  • 2010 - 9「車両技術 240 号」154

    (2)サービス面・運用面:架線レス区間、架線区間でも電圧の異なる直流電化区間

    や交流電化区間への乗入れは、バッテリ駆動による走行を行えば、電源方式の違いを越えて、直通運用(インターオペラビリティ)が可能となり、乗換え抵抗の低減による旅客の利便性向上が見込まれる。また、架線停電時などの非常時でも、自車のバッテリ電力によって、自力移動が可能なため、旅客閉じ込め防止が可能となる。〔編集部注:乗換え抵抗とは、乗客にとっての利便性を定量的に評価するため、乗客の乗換えに対する抵抗感を数値化したものである。〕

    (3)サービス面・運用面:架線の設置及び保守のための費用の低減が見込まれる。上部方向の空間が狭小で架線の設置に必要な高さが取れない箇所があるなどの問題から電化できない場合でも、問題箇所をバッテリ走行することで、路線建設が可能となり、公共交通ネットワークの拡充に役立つ。また、道路併用軌道の交差点では、架線設備が大形自動車の走行を妨げている実例もあるため、自動車交通阻害防止の観点から、交差点だけでも架線を外すことは有用である。

    図 3 車体断面

  • 鉄道総研 LH02 形 架線 ・バッテリハイブリッド LRV“Hi-tram(ハイ!トラム)”の開発 155

    3 車両の概要3.1 愛称2007 年 9 月に竣

    しゅんこう

    功後、同年 10 月に公開した LH02 形LRVは、“Hi-tram(ハイ!トラム)”と命名された。この頭文字は、H:Hybrid(架線と車載バッテリの組合せハイブリッド)、I:Inter-operable(架線区間と無架線区間、軌道線と鉄道線といった相互直通運用できる)、tram(市街電車、路面電車)を意味しており、Hi(ハイ!:高い加減速度による元気な走行)なる期待が込められている。3.2 機器構成通常の低床式のインバータ制御の LRVと同様の構成で

    あるが、リチウムイオンバッテリを搭載し、架線側とバッテリ側の各々に充放電制御用の PWMチョッパをまとめたコンバータ装置を屋根上に搭載したことが、通常のLRVと異なる。3.3 基本性能国内の道路併用軌道(路面電車線)の法定最高速度は、

    軌道運転規則第五十三条によって、40 ㎞/h と定めれているが、在来鉄道線の走行を考慮して、最高運転速度を 80㎞/h、起動加速度を 0.97 m/s2(3.5 ㎞/h/s)以上(速度40 ㎞/h まで、実測値)、常用最大減速度を 1.28 m/s2(4.6㎞/h/s)、非常及び保安減速度を 1.39 m/s2(5.0 ㎞/h/s)、駆動時最大出力を約 450 kWとしている。全軸駆動のため、道路併用軌道で自動車交通を妨ない高い加減速度を確保しても、期待粘着係数を低め(期待μ値は約 10%)に設定できるため、空転滑走の起こりにくい安定した走行が可能となっている。

    速度が 10 ㎞/h 以上からのブレーキは、ブレーキノッチ1段から 6段までを操作する時は、すべて回生ブレーキのみが作動し、空気ブレーキの初込め圧力をゼロとしている。ブレーキノッチが 7段の時のみ、ブレーキノッチ 1段相当のブレーキ力を空気ブレーキで補足する。“Hi-tram”の常用ブレーキは、回生ブレーキの使用が主となるため、7段ノッチ時に空気ブレーキ(制輪子)を使用することで、車輪踏面粗さを確保できるようにしている。通常走行モードの他にパワーセーブモードがあり、これによって最大パワーを半減でき、他車両との加速度整合の際にも有用となる。また、4群のバッテリを個々に開放することができ、開放した群数に応じて最大パワーが絞られる特性となっている(図 10 ~ 15 性能曲線参照。性能曲線に示す“蓄電池 1群切”、“蓄電池 2群切”、“蓄電池 3群切”、“蓄電池全切”、“蓄電池全入”の表記は、バッテリ並列群の群番号ではなく、切り又は入りとなる群の個数を示している)。2群ある駆動インバータは、それぞれ第 1・4軸用の主電動機と第 2・3軸用の主電動機を駆動し、各群をユニットカットして運転もできる。片側のユニットカット時は、定トルク域終端速度がユニットカット前の 60%まで低下するものの、駆動軸のトルク設定値を 1.6 倍に引上げることで、定トルク域における加速度をユニットカット前の20%減で収まるよう設計している。空気ブレーキは、全軸一括作用する構成のため、回生ブレーキ力と空気ブレーキ力が作用する総合ブレーキ力の期待粘着係数(μ換算値)は、駆動軸では 17%、駆動をカットした軸では 7%と不均

    写真 3 車載リチウムイオンバッテリモジュール

    単位 mm

  • 2010 - 9「車両技術 240 号」156

    等となる。しかし、第 1・4軸及び第 2・3軸で、それぞれ同じ回生ブレーキ力となる構成としており、第 1・2軸の台車と第 3・4軸の台車のブレーキ力ではバランスしていること、期待粘着係数の 17%は現行電車で通常に用いられている値であること、連接車など採用されている遅れ込め制御によって付随軸のブレーキ力を動軸の電気ブレーキで分担する方式に比べるとブレーキ力の不均等率はかなり緩和されていることから、問題はない。この状況は、回生ブレーキを使用する常用ブレーキのみで起きる現象で、非常・保安ブレーキでは空気ブレーキ力のみの均一ブレーキとなるため、保安上も問題ない。なお、非常・保安ブレーキ指令時には、速度 5 ㎞/h 以上の場合は連続して、また、速度 5 ㎞/h 以下に達してからの 1秒

    A→

    A→

    断面A-A 断面B-B

    B→

    B→

    バッテリ

    バッテリ バッテリ

    バッテリ

    ステップ

    バッテリ腰掛

    腰掛

    図 4 バッテリ配置

    写真 4- 1 スラント部のバッテリ搭載前

    写真 4- 2 スラント部へのバッテリ搭載後(引出し構造)

    写真 5 運転室(高床部)への残バッテリ搭載

  • 鉄道総研 LH02 形 架線 ・バッテリハイブリッド LRV“Hi-tram(ハイ!トラム)”の開発 157

    間に、増粘着材(μジェット)を自動噴射して、滑走確率低減を図っている。なお、増粘着剤の自動噴射を行わないことも可能である。〔編集部注:μジェットは、セラジェットとともに鉄道総研で開発された増粘着剤噴射装置の商標名である。在来電車向けのセラジェットと異なり、小さなエアーポンプを使用して噴射する方式のため、空気量が少なくすむ汎用形の増粘着剤噴射装置である。また、空気ブレーキ装置をもたない LRVにも後付けすることもできる。〕3.4 車体軌間 1 067 ㎜の事業者に容易に持ち込めるように車体の

    長さを 13 m以下、車体幅を 2 300 ㎜以下の国内最小級の寸法の単行車両とした。また、JR など在来鉄道線での走行も可能とするため、一般的なボギー台車を用いた運転室のみ高床構造の部分超低床車体である(図 1及び写真 1)。乗降口及び客室床面の高さは、レール面から 350 ㎜のスロープのないフルフラット構成である。車両の前面部は、スラント部を持たせたデザインを採用し、ここに主バッテリを格納搭載している。3.5 主回路・補助回路制御装置主回路制御装置は、直流 1 500 V 及び 600 V 架線並びに

    直流 600 Vバッテリの 3種類の電源に対応した電源ハイブリッド構成のコンバータ(PWMチョッパ)/インバータシステムとした。コンバータ装置は、架線側チョッパ(COV1)及びバッテリ側チョッパ(COV2)で構成され、架線電圧モード、架線・バッテリハイブリッドモード及びバッテリモードでの運転ができる。いずれの電源が入力された場合も、直流 750 Vの中間回路電圧に制御を行うため、負荷側の機器は、全て直流公称電圧 750 V 以下の機器で構成している。インバータ装置(VVVF)は、2群で構成される。各群のインバータ装置で、2台の 60 kWの主電動機を駆動し、2群で全 4軸を駆動する。3.5.1 主バッテリバッテリモジュールは、公称 3.6 V 電圧、30 Ah 容量を

    持つマンガン系リチウムイオンバッテリセルを 8セル直列化したもので、質量は約 19 ㎏である(写真 3)。定格電流30 Aに対し、充放電電流は、その 20 倍の 600 Aを流せることが特長である。モジュール内には各セルの過充電防止や温度監視のためのバッテリ管理システム(BMU:Battery Management System)が内蔵されており、外部信号出力によって、外部回路の電流制御や遮断制御を行うことが可能である。また、内部短絡に対するシャットダウンセパレータによる自動遮断機構などが含まれており、万一の場合を想定した保護機能が用意されている。〔編集部注:シャットダウンセパレータとは、リチウムイオン電池の正極と負極を分離するセパレータ(一般にはポリオレフィン製の微多孔膜)が、電池の異常発熱で高温状態になった場合に、膜の材質(ポリオレフィンなど)が溶融して孔をふさぐことで、リチウムイオンの移動を阻止して電池の機能を停止させる安全機構。〕このバッテリモジュールを 21 直列及び 4並列に組合せ

    て、定格電圧が 605 V、定格容量が 120 Ah(定格エネルギー 72 kWh)の主バッテリとした。冷却ファンや遮断器などの保護システムも含めた総質量は 2 000 ㎏で、車両質量の 7.3%の値に収まった。設計上の最大充放電電流は、

    能力に対して十分な余裕を持たせた 1 000 A(定格電流に対する電流ハイレートで 8.3 倍)とし、停車中の急速充電の最大値としている。バッテリ容量の 20%(15 kWh程度)で 7.5 ㎞の距離を走行することが可能である。車両前後端のスラント部から優先的にモジュールを配置し、残りを乗務員席の近くに配置した(図 4、写真 4及び 5)。3.5.2 コンバータ装置・充放電制御コンバータ装置は、架線側チョッパ及びバッテリ側チョッパともに、三相 3重チョッパ回路とし、PWM搬送波位相を 120 度ずらすことで高調波リプルを低減した直流を生成している。また、チョッパ動作の代わりに変調波位相を120 度ずらして三相交流を生成することで、そのまま駆動インバータ化することもできる。架線側チョッパは、架線電圧モードに応じてチョッパ装置の入出力端子を接触器で切り替え、直流 600 V 時は昇圧動作、直流 1 500 V 時は降圧動作を行い、中間回路電圧を直流 750 V 基準電圧に制御する(図 5)。制御中は、駆動インバータ、補助電源装置(SIV)及びバッテリ側チョッパ間の電流をやり取りの際に発生する中間回路電圧の上昇下降を許容している。最大電流 1 200 A までの架線とのやり取りが可能であり、また電流最大値を制限をして、架線とやり取りする電流を抑制することもできる。バッテリ側チョッパは、上記の中間回路電圧の上昇下降を許容した電圧範囲を超えないようにバッテリ電圧の昇圧制御を行い、力行時の加速力の増加に必要な電気エネルギー量又は回生時に発生した回生エネルギーが大きすぎて、架線側チョッパを経由して架線とやり取りできない余剰エネルギー量をバッテリ充放電指令値に変換することで、架線側チョッパとの同時協調動作、すなわちハイブリッド動作を行う。最大電流 1 200 A までの充放電が可能であり、駆動インバータと補助電源装置が要求する負荷電力を常に確保することが可能となる。バッテリモード選択時は、架線側チョッパは動作を停止し、バッテリ側チョッパによる中間回路電圧の維持制御によって、負荷への電力供給又はバッテリへの充電が自動的に実現される。バッテリ側チョッパは、SOC の設定上限値又は設定下

    限値に達すると、電流指令を出力し、バッテリへの充放電を行う。パンタ点電流は、パンタグラフすり板 1枚当たり40 ~ 50 Aの設定としており、比較的小電力での充放電を行う。また、停車中に急速充電を行う場合は、乗務員がバッテリ操作盤上の急速充電ボタンを扱うことで、1 000 A

    図 5 複電圧架線・ハイブリッド主回路

  • 2010 - 9「車両技術 240 号」158

    (1位運転台のみ)

    ATS送受信器(1位側のみ)

    ATS送受信器(1位側のみ)

    (2位側のみ)

    (1位側のみ)

    (2位側のみ)

    (2位側のみ)

    信号炎管引ひも

    マスコンきせ

    (2位側のみ)

    図6 運転室機器配置

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    図7 屋根上機器配置・床下機器配置

    (b)床下器機配置

    及び送風機

    (a)屋根上器機配置

  • 2010 - 9「車両技術 240 号」160

    までの電流で急速に大電流で充電を行うことができる。3.5.3 補助電源装置補助電源装置から、空調、シーズ線ヒータ及び車内蛍光

    灯への三相交流 205 V、車内モニタディスプレイ、計測器用及び車載改札機への単相交流 100 V、増粘着噴射剤装置用ヒータへの直流 100 V、制御電源用の直流 24 V を供給する。制御電源は、一般的な路面電車と同様に直流 24 Vを基本とし、補助バッテリを並列接続している。なお、補助電源装置は、駆動インバータ 2群とともに 1

    つのインバータ箱内に収められている。3.6 台車・走行装置台車は、併用軌道だけでなく、鉄道線に乗入れて最高速

    度 80 ㎞/h での走行を可能とするため、車輪径 660 ㎜の車軸の通ったボギー台車とした(写真 6)。通常の輪軸方式のため、在来鉄道線で一般的な鉄道信号保安装置に用いる軌道回路に対する短絡性能面で不安のない方式となってい

    る。また、道路併用軌道での法定最高速度は、40 ㎞/h 以下と定められており、ドイツの路面電車建設・運転規則(BOStrab)に従って製作された 70 ㎞/h が最高速度のドイツの併用軌道の車両のようにトラックブレーキが義務づけられていないため、トラックブレーキは採用していない。さらに、国内の軌道事業者の車庫などに存在する 14 mの最小曲線半径にも対応できるように、車体からの荷重を心皿及び側受の 3点で支持するコイルばねインダイレクトマウント方式の軸距が 1 600 ㎜のボルスタ台車とした。〔編集部注:ドイツの路面電車建設・運転規則(BOStrab)では、併用軌道では通常の最高速度は 40 ㎞/h であるが、トラックブレーキを装備し、粘着ブレーキに砂まき装置を備えることで、非常減速度 2.73 m/s2 以上を確保できる場合にのみ、最高速度を 70 ㎞/h まで許容している。〕基礎ブレーキ装置は、1台車当たり 4個のブレーキシリンダを台車枠の側ばり部に装備した踏面片押し式(テコ比

    戸閉め継電器盤

    緩衝空気タンク

    図 8 室内機器配置

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    図9 主回路つなぎ

  • 2010 - 9「車両技術 240 号」162

    図10 カ行性能曲線(4MM通常走行モード)

    図11 カ行性能曲線(4MMパワーセーブモード)

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    図12 カ行性能曲線(2MM通常走行モード)

    図13 カ行性能曲線(2MMパワーセーブモード)

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    図14 ブレーキ性能曲線(通常走行モード)

    図15 ブレーキ性能曲線(パワーセーブモード)

  • 鉄道総研 LH02 形 架線 ・バッテリハイブリッド LRV“Hi-tram(ハイ!トラム)”の開発 165

    5.14)で、国内の路面電車の多くに使用されている鋳鉄制輪子を用いている。急速充電は、停車した状態で、帰線に大電流を流すこと

    になるため、軸受の電食防止の観点から第 2、3、4軸の両端に 600 A の電流に対応する軸端接地装置を装備し、運転時の帰線用に使用している軸周接地装置のみでは不足となる電流流路を確保できる並列回路を構成している。これと併せて、電食防止の観点から主電動機の軸受をすべてセラミック絶縁方式のものを用いている。また、実験車両であることから、車両の脱線に対する走

    行安全性の評価を行う輪軸・横圧測定(PQ測定)のために PQ軸を常設した。全軸の常用ブレーキが蓄電併用で失効の起こらない回生方式であり、踏面ブレーキの動作が少ないことから、第 1軸に設置した。PQ軸は、スリップリング方式及びテレメータ方式の両方に対応可能であり、車内で脱線係数をモニタリングできる。〔編集部注:PQ軸は、鉄道総研で開発された輪軸・横圧測定するためにセンサを組み込んだ特殊な輪軸である。輪軸から PQ信号を取り出す方式には、しゅう動方式のスリップリング方式と無線方式のテレメータ方式がある。〕3.7 運転台運転台のマスコンは、右手で操作するワンハンドルタイ

    プで、力行 3段階、ブレーキ常用 7段階である(写真 7)。運転台左後方(写真 8)のバッテリ操作スイッチ盤(写

    真 9)には、“電源モード切替スイッチ”があり、このスイッチとバッテリ遮断器(MCCB)の投入の有無によって、直流 1 500 V 架線モード、直流 1 500 V 架線・バッテリハイブリッドモード、直流 600 V 架線モード、直流 600 V 架線・バッテリハイブリッドモード及び直流 600 V バッテリモードの 5つのモードでの走行が可能である。電源モード切替スイッチを扱うと、それに応じた接触器

    が投入されて回路が構成される。この状態でパンタグラフを上昇すると、選択した電源モードに許容される所定範囲内の架線電圧であれば、高速度遮断器(HB1)の投入が可能となる。ここで運転台の“システム起動”スイッチを扱うと、直流 1 500 V 架線のときは降圧チョッパ動作、直流600 V 架線のときは昇圧チョッパ動作が開始され、中間回路電圧を直流 750 Vに制御する。このシステム起動スイッチは、通常の電車における“パンタグラフ上昇”に相当するもので、主回路の動作を開始するきっかけとなるものである。3.8 車内接客設備伊予鉄道モハ 2100 形電車の車内接客接備を基本として、

    定員は 44 名で、うち座席は 20 名分である。停車表示器、降車ボタン及び車いすスペースなどは、モハ 2100 形と同じであるが、運賃収受箱は取り払ってあり、その空間にバッテリモニタ装置を搭載してある。

    3.8.1 空調・ヒータバッテリモードのみでの実用走行を可能にするには、かぎられたバッテリ内のエネルギーを有効に利用する関係から空調装置など補機の省エネルギー化にも考慮する必要がある。そのため、今回は冷房・暖房両方に対応可能なヒートポンプ方式の民生用空調装置を採用した。車内に室内機を、屋根上に室外機を 4セット搭載した。採用した空調装置は、COP(Coeffi cient of Performance:エネルギー消費効率または成績係数)の高いものを用いており、1台当り定格消費電力が冷房 0.815 kW、暖房0.885 kW で、冷房能力 4.0 kW(COP = 4.91)、暖房能力5.0 kW(COP = 5.65)を有し、これを室内に 4台分散配置している。現行車両に搭載の空調装置の約半分の冷暖房エネルギー使用量で収まる計算になる。シーズ線ヒータは、運転台、客室高床部、低床部及び折りたたみ腰掛部に配置し、併せて 4.15 kWの暖房能力となっている。3.8.2 エネルギー表示画面・GPSマルチ画面エネルギー表示画面(写真 10)には、モニタ演算装置からの計測・演算データとして、バッテリの端子電圧、エネルギー残量(SOC)及び温度並びに架線とバッテリのハイブリッドパワーフロー(電圧・電流)、電車速度などの情報が 1秒更新で表示される。現在のエネルギー量なら、どこまでバッテリ走行可能かの情報や停留場での充電必要時間も表示する。また、ドア開きタイミングと連動させたバッテリ残量及び劣化容量データの更新も行っている。GPS マルチ画面(写真 11)は、GPS 地図情報、屋根上・車内の CCDカメラの映像及びTV映像を表示することができる。屋根上の CCDカメラの映像は、屋根上のパンタグラフの昇降確認用にも使用されている。3.8.3 車載ゲート運転台から遠い位置の入口側には、IC カードをかざすことでドアバーが開く仕組みの運賃収受用車載ゲートを搭載している(写真 12)。ドアバーは、クッション用スポンジで包んだポリカーネート心材を不燃性レザーでカバーした柔軟性を有するもので、乗降客が閉じるゲートに万一挟まれた場合も人体を傷つけない材質である。消費電力も動作時最大で 100 Wに抑制されている。IC カードリーダライタは、事業者ごとにカスタマイズされたものを接続して使用することを想定しており、例えばサイバネ規格準拠のものを用いれば Suica などのカードが使用可能となる。現時点では Felica 及び無線タグに対応する試験用リーダライタとダミーカードを用いて、乗車降車時の動作確認を行っている。車載ゲートの採用で連接又は連結編成の後部車両に車掌を配置しなくても運賃収受可能となるため、編成としてのワンマン化が期待できる。〔編集部注:サイバネ規格は、社団法人日本鉄道技術協会の特定部会である日本鉄道サイバネティクス協議会によって整備された国内の出改札システムの業界団体規格。Suica は、東日本旅客鉄道株式会社を中心に導入しているFeliCa(株式会社ソニーが開発した非接触方式の IC カード)の技術を用いた乗車券や電子マネーなどに利用できるサイバネ規格の ICカード。〕

    写真 6 動台車(FS601)

  • 2010 - 9「車両技術 240 号」166

    4 走行試験結果の概要4.1 所内試験線(鉄道総研内)での急速充電急速充電が可能な停留場に見立てた長さ 3 mの短いスパンの剛体架線の下に“Hi-tram”を停車させて、パンタグラフを通して、急速充電を行った(図 16)。路線の途中にある停留場での急速充電を模擬した 1 000 A の電流で61 秒間の急速充電試験では、空調装置などの補機の最大負荷使用を見込んだ場合でも、距離にして 4㎞以上相当の走行エネルギーを充電できた。また、折返し駅での充電を模擬した電流 500 Aの電流で 3分 16秒間の充電試験では、距離にして約 6㎞相当の走行エネルギーの充電が可能であった。この結果、運行ダイヤに影響を与えない時間で車両に必要なエネルギーをバッテリに供給できることを確認した。また、剛体架線とパンタグラフのすり板との間での溶着発生はなく、充電時のバッテリ温度上昇も約 3℃に抑制できた。これらの試験結果から、停留場での旅客乗降中の

    写真 12 車載ゲート

    写真 7 運転台 写真 8 運転席左後方(2位側)

    写真 9 バッテリ操作スイッチ盤

    写真 10 エネルギー表示画面

    写真 11 GPSマルチ画面

  • 鉄道総研 LH02 形 架線 ・バッテリハイブリッド LRV“Hi-tram(ハイ!トラム)”の開発 167

    急速充電の実用化が十分に期待できる。4.2 軌道営業線(札幌市交通局市電路線)での試験結果4.2.1 軌道線走行試験の概要2007 年 11 月 22 日から 2008 年 3 月 7 日までの間、延べ

    40 日にわたり、札幌市交通局の市電路線で走行試験を行った。期間中の電車事業所構内も含む総走行距離は 2 196㎞、本線走行距離は 2 083 ㎞で、そのうち、バッテリのみのモードでの走行分が 413 ㎞(本線走行距離の約 20%)であった。片道 8.5 ㎞の本線を 1.5 往復(25.5 ㎞)する走行を基本

    単位として、1日当たり 3往復又は 4.5 往復の走行試験を行った。試験電車の停留場間の運転曲線(ランカーブ)は、営業ダイヤと同じであり、走行はパンタグラフを上げての架線・バッテリハイブリッドモードを基本とした。直流600 V 架線でフルノッチに投入した時に本来必要となる架線電流 700 A に対して、架線とやり取りする電流を車内の変換器設定で 200 A に抑制し、それを超える 500 A に

    相当する電流はすべてバッテリから供給した。変電所から取る電流を抑制しつつ高加減速度を実現できた。4.2.2 バッテリモードの走行試験空調装置の暖房(平均外気温がマイナス 2℃の時に空調装置の設定温度を 20℃に設定)を動作した状態で、1回の充電で、本線 1.5 往復に本線と電車事業所(車庫)間の移動距離を合わせた 25.8 ㎞の走行試験を行った(図 17)。バッテリ容量(定格エネルギー)72 kWh のうち、58%に当たる 42 kWhを使用し、約 3時間で走行した。このときの駆動インバータの回生効率(回生電力量を力行電力量で除した値)は、41%で、最も良い山手線クラスのエネルギー回収率が実現できた。4.2.3 ハイブリッドモード走行による省エネ効果空調装置の暖房を 20℃に設定した状況下での走行で、電力回生率(回生電力量を力行電力量と補機電力量の和で除したもの)が 17.0%、回生効率が 34.1%であった。空調装置の使用状況下でも電力回生の効果で 1~ 2割の省エネルギーとなっている。同じ条件で、バッテリが搭載されていなかったと仮定した場合、電力回生は架線のみとなるため、バッテリへの回生電力量を除いて算出すると、電力回生率が 2.84%、回生効率が 5.69%にまで低下する。走行結果からは、1往復での調整充電分を除く架線からの供給電力量 48 kWh のうちバッテリへの回生電力量6.8 kWh であった。すなわち、14%分のエネルギー回収再利用が行われたことになる(図 18)。バッテリ搭載による

    図 16 1 500 V 剛体架線からの急速充電

    図 18  架線ハイブリッド走行における蓄電による回生効率の向上

    図 19 JR線におけるバッテリ 1充電走行距離

    図 17 軌道線における走行試験結果

    写真 13 低温起動試験姿

  • 2010 - 9「車両技術 240 号」168

    回生絞込みの抑制効果が得られている。4.2.4 低温起動低温降雪環境下で夜間に屋外留置した翌朝に、バッテリ

    の温度がマイナス 5℃(外気温マイナス 10℃)などの低温状態での起動試験を行った。起動直後から主電流通電が可能であった(写真 13)。4.3 JR 営業線(予讃線・高徳線)での試験結果4.3.1 鉄道線走行試験の概要2009 年 11 月に、四国旅客鉄道株式会社(JR 四国)の

    直流電化区間である予讃線の多度津~坂出間 11.4 ㎞及び非電化区間である高徳線の高松~屋島間 9.3 ㎞で、営業時間帯を避けた深夜の走行試験を実施した。曲線半径 14 mに対応する台車での日本初の 80 ㎞/h 走行となるため、最初の 1週間で、台車蛇行動、脱線係数、台車応力及び軸受温度などを確認しながら、本線上で速度 80 ㎞/h までの走行を行い、問題が無いことを確認した。また、小径車輪となることから軌道回路の短絡性能や踏切制御子の動作についても確認した。深夜のため、線路上に回生負荷のない状況であったが、“Hi-tram”は、回生失効を起こさないで、走行が可能であった。期間中の総走行距離は、918.8 ㎞であった。4.3.2 バッテリモードの走行試験速度 80 ㎞/h まで力行後、なるべく惰行して次駅手前で

    回生ブレーキをかける各駅停車の営業運転パターンを中心に、走行区間の折返し運転を行って走行した。空調装置の暖房を使用しない状態(平均外気温 8℃時)

    で、1回の充電で走行できる距離(1充電走行距離)は、49.1 ㎞であった(図 19)。バッテリ容量(定格エネルギー)72 kWh のうち、86%に当たる 62 kWh を使用し、停車時間を除く正味 60 分の走行ができた。このとき、駆動イン

    バータの回生効率は、24%であった。なお、急行電車の営業運転パターンで速度 80 ㎞/h を維持して走行した試験の結果は、1充電走行距離は 50.7 ㎞となり、正味 50 分の走行時間とインバータ回生効率 11.7%の値となった。

    5 おわりに架線と車載バッテリによる電源ハイブリッド形電車を開発し、所内試験線(鉄道総研内)での走行並びに札幌交通局市電路線及び JR四国予讃線・高徳線での営業線走行を行った。架線・バッテリハイブリッド制御動作の確認、ハイブリッド運転による消費電力量の削減割合、1充電走行距離、停車中の急速充電、バッテリ温度上昇など各種の知見を得ることができた。また、最小曲線半径 14 mでの走行と最高速度 80 ㎞/h での走行の両立も確認できた。一連の走行で、JR など在来鉄道線の電化区間、非電化

    区間と都市内軌道線のいずれにも乗入れできるトラムトレインとしての走行が可能なことが明らかになった。今後、さらなる省エネ化と特に地方を中心とする公共交通の活性化に向けて、在来鉄道と都市内鉄軌道の連携、相互直通乗入れや、そのための低床トラムトレイン、回生蓄電併用形電車(架線レス・バッテリ駆動形電車)といったキーワードが重要となってこよう。国内外の数か所で集電蓄電ハイブリッド形電車の開発が始まっている。国内における営業車の登場も近いであろう。なお、本研究開発は、2005 ~ 2007 年度と 2008 ~ 2010年度にかけてのNEDOの委託により実施したものである。試験フィールドを提供頂いた札幌市交通局殿及び JR四国殿並びに関係各位に深く感謝致します。