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岡 山 医 誌 (1994) 106, 825~835

連 日抗 原 吸 入 に よ る実 験 的慢 性 喘 息 に お け る

Eicosanoidsの 役 割 に関 す る研 究

岡山大学医学部第二内科学教室(指 導:木 村郁郎教授)

辻 晃 仁

(平成6年3月28日 受稿)

Key words: Ascaris suum, guinea pig, eicosanoids, chronic asthma,

bronchoalveolar lavage

緒 言

気 管支 喘息 の原 因 究明 は近 年長 足 の進 歩 を と

げ てい るが,中 で も気管支 喘 息患 者 に抗 原吸 入

試験 を行 った際 にみ られ る各種 気 道 反応 の うち,

遅 発 型 気 道 反 応(LAR)は 即 時 型 気 道 反 応

(IAR)に 比 して発 作 が遷延 し, β2刺激 薬に 反

応 し難 くステ ロイ ド薬 で抑制 され る とい う特徴

を有 してお り,成 人 型の 重症 喘 息 と多 くの類 似

点が あ る こ とか らその重 要性 が特 に 注 目 され て

い る1-3).

一 方,我 々が 日常 の臨 床 で経験 す る喘 息発 作

は,か か る抗 原 吸入 誘発 試験 時 に見 られ るよ う

な比較 的 軽 く短 時 間 で回復 す るIARに 比べ て呼

吸 困難が 長 く続 き,中 には数 日に及 ぶ ものが 多

くみ られ る.そ の原 因の 一つ に は,抗 原 が繰 り

返 し侵 入 した り体 内に残 存す る場 合 が考 え られ

るが,そ の病 態 を喘 息患 者 で直接 詳 細 に検 討 す

るこ とには 限界 が あ る.

か か る気管 支喘 息 の重 症化 要 因に つ いて は,

教 室 の一連 の検 討1-3)に よ り抗 原 吸入 に際 して好

塩 基球 ・肥満 細 胞系 に 由来す る ヒスタ ミンな ど

の化 学伝 達物 質 に基づ いた気 道 反応 よ りも,む

しろ リンパ球 由来 の 各種 サ イ トカ イン を中心 に

好 酸球,好 中球 な どの炎 症細 胞 が織 りなす細 胞

反 応 型 ア レル ギ ー3)を介 して 放 出 され る各 種

eicosanoidsが 重要 であ るもの と想 定 されている.

そ こで著 者 は,成 人 喘 息の重 症,難 治化 要 因 を

解 明 す る 目的 で,ま ず感 作 モ ルモ ッ トに連 日抗

原 吸 入 を行 い慢性 喘 息動 物 モデ ル を作成 した.

さ らに その経 過 に従 っ て気管 支肺 胞 洗浄(bron

choalveolar lavage:以 下BAL)を 行 い,そ の

回収 液(BALF)中 の細 胞分 画,血 中及 びBALF

中 のeicosanoids(thromboxane及 びleukotri

enes)の 測定 を行 うこ とに よ り,気 道 過敏 性 の

獲得 な らび に その変化 にかか わ る要 因 と,各 種

炎症 細 胞及 びeicosanoidsの 関係 につ いて検 討

した.

対 象 と 方 法

1.対 象

対 象 には,約200gのHartley系 の雄 性 モル

モ ッ ト18匹 を用 い,以 下 の方 法 で 慢性 喘 息動 物

モ デル を作成 し実 験 に供 した.な お モ ルモ ッ ト

の飼 育 には 固形飼 料 と水 を用 い,感 作 開 始前 約

2週 間 岡 山大 学 医学部 付 属動 物実 験施 設 に お い

て検 疫飼 育 を行 った.

2.方 法

1)慢 性 喘息 モ デル の作成

まず モル モ ッ トの感作 は,飯 島 ら4)の変法 で あ

る沖5,6)の方 法に 準 じて行 つた.す なわ ち図1に

示 す如 く,モ ルモ ッ トにAscaris suum抗 原液

(Greer Laboratories社, USA)0.1mlを 水酸

化 アル ミニ ウムゲ ル(和 光 純薬 製)10mg及 び生

理 食塩 水1mlと ともに2週 間 間隔 に て3回 腹 腔

内注射 し感 作 を行 った.

次 いで,図2の 如 くジ ェ ッ トネ ブ ライザ ー(日

本 商事 製)と コンプ レ ッサ ー(日 本共 立 医科 工

業 製)を 接 続 したプ ラスチック製 の吸入 装 置(40×

25×15cm)に モル モ ッ トを入 れ た後, Ascaris吸

825

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図1  Experimental procedure in guinea pig

図2  抗原吸入感作方式

入用 抗原 液3ml(Ascaris suum原 液0.5ml+生

理 食塩 水2.5ml)を10日 間連 日, 1日10分 間吸 入

させ た.な お 今 回の実 験 にお いて は,腹 腔 内抗

原感 作の み を行 い吸 入誘発 を行 わなか った もの

を対 照群 と して検 討 した.

2)気 道 過敏 性 と気 道反 応 の判定 法

腹 腔 内感作 終 了後1週 間 目,及 び 図1に 示 す

時 期 に計3回 の気 道過敏 性 の 測定 を以下 の方 法

で行 っ た.す な わ ち,メ サ コ リン溶液 を生 理 食

塩 水 にて希 釈 して98, 195, 390, 781, 1563, 3125,

6250μg/mlの 濃度 系列 を作 成 し,こ れ ら を低 濃

度 よ り順 次図2の 装 置で1分 間吸 入 させ た.

気道 反 応の 判定 に は,前 述 の感 作 モデ ル に小

動 物用 呼 吸 ピ ッ クア ップ(日 本光 電社 製)を 装

着 し,吸 入誘発 前 と誘 発後 に 図3の 如 く呼吸 曲

線 を記録 し, Bの 如 く吸気 と呼気 の 比(E/I)が

2.0以 上 を示 す波 が5個 以上 続 くもの を気 道反 応

陽性 とした.な お,吸 入 前は 全例E/Iが2.0未

満 で あ った.

また, 1分 間の 吸 入 中にチ ア ノー ゼ を伴 う咳

図3  気道反応呼吸曲線

の 多発 や転 倒 等 の明 らか な気 道 反 応に よる症 状

を認め た ものにつ いて は,気 道 反 応陽 性 として

その時 点 で計 測 を中止 した.気 道過 敏 性の 閾値

は気道 反 応 陽性 と判 定 した メサ コ リンの濃 度で

表 示 した.

さ らにAscaris抗 原 の連 続吸 入 の際 に惹 起 さ

れ る吸 入直 後 と5時 間 後の 気道 反 応 の有無 につ

い ては,前 述の 気 道過敏 性 の 測定 と同 じ基準 で

判 定 した.

3)血 液 及 びBALFの 採 取

気 道 過 敏 性 測 定1時 間 後 に,モ ル モ ッ トを

sodium pentobarbital(ダ イナ ボ ッ ト社)20mg/

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慢性 喘 息 におけ るEicosanoidsの 役 割 827

kg腹 腔 内注射 で麻 酔 し,左 心室 よ り12ml採 血 し

た.そ の後観 血的 に気 管 を切 開 し,プ ラスチ ッ

ク製の チ ュー ブ を気 管 内 に挿管 後, 1回10mlの

生理 食塩 水 を用 いて緩徐 に5回 繰 り返 しBALを

行 い, BALFを 回収 した.

4) BALF細 胞分 類 お よび細 胞数 の測 定

回収 したBALFは,直 ちに4℃, 1200rpm

にて10分 間遠 沈 して細 胞成分 の分 離 を行 い,白

血球 数 の算 定 とオー トス メア(小 西 六写 真社 製

CF-12SB)を 用 い て塗抹 標本 の作製 を行 った.

か か る後,塗 抹 標本 をMay-Giemsa染 色 し顕 微

鏡 下 に細 胞分 類 を行 つた.

5) Thromboxane B2(TXB2)の 測定

血液 及 びBALFを 迅 速に イン ドメサ シン処 理

試 験管 に採 取 し, 4℃, 3000rpmに て10分 間遠

沈 後細 胞成分 の分 離 を行 った.回 収 した血漿 及

び上 清 を専 用 ス ピ ッツに入 れ凍結 保 存 し,そ の

後(125I)-RIA Kit(NEN)に てTXB2を 測 定

した.

6) Leukotrienes(LTs)の 測定

血液 及 びBALFを 採 取 後,直 ち に4倍 量 の氷

冷100%エ タ ノー ル と混和 し,専用 ポ リプ ロ ピレ

ン容 器 に入 れ て-40℃ に て保 存 した.そ の後教

室 の方法2)に準 じて高速 液体 クロマ トグラフィー

(HPLC)に てLTB4, LTC4, LTD4の 測定 を

行 った.

7)統 計学 的検 討

各実 験結 果 は平 均値 ±標 準 誤差(SE)で 表 し,

統 計学 的処 理 はstudent's t-testで 行 い, P value

が0.05以 下 を有意 差 あ りと した.

結 果

1.気 道過 敏性 の 経時 的変 化

気道 過敏 性 の変化 を経時 的 に観察 す る と,図

4の 如 く抗 原 吸入 開始 直前 の値(第 一 回測 定)

に比 し,繰 り返 し吸入 第4日 目(第 二 回測 定)

には気 道過敏 性 の 亢進 が ほぼ全例 にお いて 認め

られ た.し か し吸 入感作 を連 日続 け るに従 い,

図5  気道過敏性の変化 とBALF回 収量

図4  気道過敏性の経時的変化

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気道過敏性が不変あるいはさらに亢進する群と,

逆に気道過敏性がある時点以降改善する群とに

分類された.前 者を亢進群,後 者を改善群とし

吸入感作を施行 しなかった群を対照群として,

これら3群 について以下の検討を行った.な お

3群 間において,初 回気道過敏性や体重等の背

景因子間に有意差は認められなかった.

2. BALF所 見について

かか る気道過敏性別 での3群 間における

BALF回 収率には,図5の 如 く有意差は認めら

れ なか つた.

次 にBALF中 の 細 胞分 類 を検討 した とこ ろ,

図6の 如 く総 細 胞数 は 対照群 に比 べ て改善 群,

亢進群 で有 意 に増加 し(P<0.05, P<0.05),特

に亢進 群 の平 均値 が高値 を示 す傾 向 に あっ た.

さ らに各群 間 におけ る細 胞分 画 に つ いて は,好

酸球 数 が 改善 群,亢 進 群 の そ れ ぞれ にお い て対

照群 と比 し有 意 に増加 し(P<0.05, P<0.05),

亢 進群 の 方が やや 高値 を と る傾 向 に あ った.好

中球 数 は 改善群 及 び対 照群 に比 し亢 進群 にお い

図6  過 敏 性 の変 化 と細 胞 数(*: P<0.05)

図7  過 敏 性 の変 化 とTXB2(*: P<0.05)

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慢 性 喘息 に おけ るEicosanoidsの 役割 829

て有 意に 高値 を示 した(P<0.05).ま た リンパ

球 数 につ い て も好 中球 と同様 の傾 向 が認 め られ

たが 有意 で は なか った.一 方,マ クロフ ァー ジ

数 は3群 間 に有 意差 は認 め られ なか った.

3.気 道 過敏 性 の経 時的 変化 とTX濃 度 との関

3群 間 におけ る血 中及 びBALF中 のTXB2

濃度 を検 討 した とこ ろ,図7の 如 く血 中TXB2

濃度 は亢 進群 が他 の2群 に比 し有意 に高値 を示

したが(P<0.05, P<0.05),改 善 群 と対 照群 の

間 に は有 意差 は認め られ なか った.

一 方, BALF中TXB2濃 度 につ い ては3群

間 に有 意差 は認 め られ なか っ た.

4.気 道 過敏 性 の経 時的変 化 とLTsに 関 しての

検討

TXB2濃 度 と同様 に 改善群,亢 進群,対 照群 の

3群 間で血 中 お よびBALF中LTB4, LTC4,

LTD4濃 度 を検 討 した とこ ろ,ま ず 血 中のLTB4

にお いて は,図8の 如 く亢 進群 が他 の2群 に比

し有意 に高値 を示 し(P<0.05, P<0.05),血 中

LTC4, LTD4,及 びLTC4+LTD4に つ い て も,

図9の 如 く有意 で は ない もののLTB4と 同様 に

亢 進群 が他 の2群 に比 し高値 を示 す傾 向 にあ っ

た.

同様 にBALF中 のLTs濃 度 に つ いて は,図

10の 如 くLTB4濃 度 は 改善群 に比 し亢 進群 が有

意 に高値 を示 した(P<0.05).ま たLTC4+LTD4

値 も,図11の 如 く対 照群 に比 し亢進 群 及 び改善

群 にお い てやや 高値 を示 した が,有 意差 は認め

られ なか った.

考 察

日常 臨床 で経 験 す る成 人の喘 息発 作 は,呼 吸

図8  気 道過 敏 性 の 変化 と血 中LTB4

(*: P<0.05)

図9  気道過敏性 の変化 と血中LTC4, LTD4濃 度

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図10  気 道 過 敏 性 の変 化 とBALF中LTB4(*: P<0.05)

図11  気道過敏性の変化 とBALF中LTC4, LTD4濃 度

困難が重症化,長 期化する症例も多い.そ の原

因の一つに,抗 原が体内に繰り返し侵入したり

残存する病態も想定されるが,そ の詳細は不明

のままである.そ こで著者は,成 人喘息の重症,

難治化要因を解明する目的で,ま ず感作モルモ

ットに連日抗原吸入を行い慢性喘息動物モデル

を作成し,か かる病態における気道過敏性の推

移と各種炎症細胞及びeicosanoidsの 関連につ

いて検討を加えた.そ の結果,感 作中経時的に

気道過敏性が亢進する群 と,あ る時点以降改善

する2群 のあることが判明した.か かる2群 の

総細胞数,好 酸球数は対照群に比べ有意に増加

しており,また好中球も亢進群でBALF中 への

有意な出現が認められ,リ ンパ球も同様の傾向

にあった.さ らにTXに おいては,血 中TXB2

濃度は亢進群が他の2群 に比し有意に高値を示

したが,改 善群 と対照群との間には有意差が認

められなかった.ま た血中およびBALF中 の

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慢性 喘 息 にお け るEicosanoidsの 役 割 831

LTB4は 他 の2群 に比 し亢進群 が 有意 に 高値 を

示 し,他 の血 中LTsも 同様 の傾 向 を示 した.以

上 の結 果 よ り,気 道過敏 性 亢進 状 態持 続の機 序,

ひい ては 難治性 喘 息 の病 態に 対す る好 酸球,好

中球,リ ンパ球 な らびにeicosanoidsの 関連性

が 明 らか に され た.

今 回の検 討 にお い て,抗 原 の連 続吸 入 で気道

過 敏性 は 亢進 す るが,そ の経過 中に過敏 性 が あ

る時点 以 降改善 す る場 合 もあ るこ とが 明 らか と

な った.こ の理 由 と して は連 続感作 に よる メデ

ィエー ターの枯 渇 や抗 原 に対 す る脱感作 であ る

等,各 種 免疫 反応 を基 とす る機 序 が考 え られ て

い る.し か しこれ らの説 は いずれ も実 際 の病 態

を説 明す るには不 十分 であ り,反 応局所 にお け

る各種 炎 症細 胞 の動態 解析 が それ らの病 態 を知

る上 で欠 くべ か らざ る要 因 とな る と思 わ れ る.

そ こで今 回BALF所 見 を解 析 した ところ,ま ず

総 細 胞数 は, 3群 間 で有 意差 は認 め られ なか つ

たが,他 の2群 に比 し亢 進群 では 有意 な好 酸球

増 多,好 中球 増 多が認 め られ た.ま た有意 で は

な い ものの 同様 の傾 向が リンパ球 に も認め られ,

気道過 敏性 亢 進状 態 を持 続 して い る状 況下 で の

これ ら炎症 細 胞 の関与 が 示唆 され た.こ の こ と

は重症,難 治 性喘 息 にお いて は好 酸球 の みな ら

ず好 中球,リ ンパ 球 が増加 し,そ れ ぞれ が重要

な役割 を担 って い る とい う従 前 よ りの教 室 の報

告1,7-12)と合 致 してい るこ とか ら,こ の 気道過 敏

性 亢進 群 で は ヒ トに おけ る重症,難 治 性喘 息 と

同様 な病 態が 形成 されて い る もの と考 えられ,

この モデ ル におけ る検 討 を今後 さ らに 進め るこ

とに よ り,かか る問題 点の解 明 が期待 され よう.

次 にTXに お け る検 討 で は, TXA2は 生 物学

的 半減期 が約30秒 と非 常 に不安 定 で 自然 に加 水

分解 されTXB2に 代 謝 され る13)ため,今 回の実

験 にお い てはTXB2濃 度 をも ってTXA2濃 度

とみ な し検 討 を加 え た.こ の結 果,血 中TXB2

濃度 は他 の2群 に比 し気道 過敏 性 亢進群 で有意

に 高値 を示 して いた.ま たTXA2は,ア ラ キ ド

ン酸 のcyclooxygenase系 代 謝 産物 の 一つ で あ

り,強 力 な気 管支 収縮 作 用 を有 し14,15),気道 平滑

筋や 血 管系 に 強い影 響 を及 ぼす の み な らず,リ

ンパ 球 な どの 白血球 機能 に も強い影 響 を及 ぼす

と考 え られ て い る12,16)が, TXの 薬理 作 用 ならび

に機 序 につ いて は未解 明な部 分 も多い.か か ら

観 点 か ら,小 林 らは犬 を用 いた オ ゾン吸 入気 道

炎症 モ デル にお いて, TXA2合 成 阻害 剤 の前 処

置 に よって気 道過 敏性 の 亢進 が抑 制 され るこ と

に よ り, TXA2が 気道 過敏 性 に重 要 な役割 を持

つ17)と推 測 してい る.今 回の結 果 にお い て,気 道

過 敏性 亢進 群 で血 中TXB2濃 度 の上 昇 と共 に

BALF中 好 中球 数,好 酸球 数 の増加 が み られ た

が,主 としてTXA2は 好 中球(一 部 は好 酸球)

より産生 されるとす る報告18)とも一致 す る結 果 で

あ った.

この よ うに, TXA2は 気 道過 敏性 の 亢進 に 重

要 な役 割 を担 って お り,血 中TXA2が 持 続 高値

をとる状 態が持 続 的に 気道 過敏 性 を亢 進 させ,

喘 息 の重症 化,難 治化 を引 き起 こす一 因 となっ

てい る可能 性 が推察 され る.こ れ らの状 況 は,

喘 息 患者 にお いて は抗 原の 頻 回,連 続 的感 作状

態 や,抗 原 の体 内へ の残 存 に よ って引 き起 こさ

れ る と考 えちれ,重 症,難 治性 喘 息患 者 のBALF

中好 中球 が 高率 に 増加 す る との木村 らの報 告8,9)

に一致 し,好 中球 な どか ら産生 され るTXA2が

喘 息 の重症 化,難 治化 を来 す 因子 の一 つ であ る

こ とが 示唆 され た.

次 いでLTsに 関 して は,強 力 な平 滑 筋収 縮作

用 及 び血管 透過 性 亢進 作用 を有 し,かつ てSRS

Aと して分 類 され てい たペ プチ ドLTs(LTC4,

LTD4, LTE4)19)と,強 力 な好 中球遊 走 活性 を持

つLTB420,21)が 知 られ てお り,好 中球22),好 酸

球10,11,23,24)を中心 とした顆 粒球 より産 生 される機

序 が考 え られ て い る.こ の うちLTC4は,好 中

球10)のみならず,主 として好酸球 より産 生 されて23)

LTD4, LTE4に 代 謝 され25),ま たLTB4は 主

として好 中球 よ り産生 され るこ とが報 告 され て

い る10).今 回 の検 討 に お いて は血 中及 びBALF

中LTB4濃 度 が 高値 を示 し,改 善 群 にお い ては

対 照群 とほぼ 同 レベ ル であ った こ とか ら, LTB4

が気 道過敏 性 亢進 状 態の遷 延 に 関与 してい るこ

とが推 察 された.ま た, LTC4+LTD4濃 度 も気

道 過敏 性 亢進 状 態 にお いて上 昇傾 向に あ り,こ

れ らのLTsが 気 道過 敏性 の獲 得 に関 与 している

可能性 も十分 考 え られ る.ま たモ ルモ ッ トに お

い てLTC4, LTD4の 気 道過 敏性 亢進作 用 に対

してTXが 加 速 因子 として影響 す るとの報 告 も

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832 辻 晃 仁

あ り26),気 道過 敏 性亢 進 に対 してTX, LTsの

相 互 の 関連 が想 定 され る.

以上 よ り,初 回 吸入感 作 で リンパ球 の 活性 化

に よ り気道 局所 に遊 走,集 積 した好 酸球,好 中

球 等の 炎症 細胞 が,再 度 の抗 原侵 入 に よ り活 性

化 され,同 時 に気道 内 腔へ さらに各種 炎 症細 胞

が遊 走 して くる.特 に好 中球 か らはLTB4が 産

生 され,炎 症細 胞 の さ らな る遊 走及 び活 性化 を

もた ら し,そ れに よ り気 道粘 膜 が傷 害 され る よ

うなpositive feed back機 構 が考 え られ る.ま

た 同様 に好 酸球(一 部好 中球)か ら もLTC4,

LTD4の 産生7)が亢 進 し, major basic protein

(MBP)な どの塩 基 性 蛋 白の放 出 も加 わ り組 織

反 応が加 速 され る.加 えてTXA2が 産 生 され る

こ とに よ り,さ らな る気 道過 敏性 の 亢進状 態 が

形成 され う る.ま た,局 在す る,あ る いは遊 走

して きた前 述 の リンパ球 か らの種 々 の リンホ カ

イン産生27-31)は一連 の 細胞 反応 型 ア レル ギー の

中心 的役 割 を果 た して い る もの と思 われ る.こ

の ように して各種 細 胞遊 走 因子 と気 道局所 へ の

炎症 細 胞浸潤 の悪 循 環,及 び気道 収縮 因 子 に よ

り気 道過 敏性 の さらな る亢進 を来 し,気 管支 喘

息 の重症 化,慢 性 化状 態 に進 展 して ゆ くもの と

推 察 され た.

最 後 に,今 回の検 討 では気 道過敏 性 が経 時 的

に亢 進す る群 以外 に,あ る時 点以 降 改善 す る群

が 観 察 さ れ た が,そ の 際 の 炎 症 細 胞 遊 出 や

eicosanoidsの 産 生状 態 の差 異は感作 の個 体差 に

よ る と思 われ る.し か し,そ れ を決 定 す る本質

的 な要 因につ い ては明 らかにす るこ とが で きず,

なお不 明 な点 が 多い.こ の点 に関 しては今 後個

体 間 の組織 細胞 の反 応性 や遺 伝 因子 の 関与 等

を含め,さ らに検討 して ゆ く必要 が あ る と思 わ

れ た.

結 論

成 人の慢 性 喘 息病 態,特 に気 道過 敏 性獲 得 の

機 序 を解 明す る 目的 で,ま ず モル モ ッ トに作 成

した喘 息 モ デル に連 日抗 原 吸入 を行 い慢 性 喘 息

動 物 モデ ル を作成 し,そ の際 の 気道 過敏 性 の変

化 と,そ の経過 にお け るBALF中 の細 胞分 画,

血 中及 びBALF中 のeicosanoids(thrombox

ane及 びleukotrienes)を 検討 した.

1.連 日抗原 吸 入 の経過 にて,気 道 過敏 性 が経

時 的 に亢進 す る群 と,あ る時 点 以降 改善 す る群

が 認め られ た.

2.気 道 過敏 性 亢進 群 は,改 善 群 や対 照群 に

比 し好 酸球,好 中球 の有 意 な増加 が 認 め られ た

(P<0.05).ま た リンパ球 も同様 な傾 向に あ っ

た.

3.血 中TXB2濃 度 は,他 の2群 に 比 し亢 進

群 が有 意 に高 値 を示 したが(P<0.05, P<0.05),

改善 群 と対 照群 との 間 に有 意 差 は認 め られ なか

つた.

4.血 中及 びBALF中 のLTB4は,亢 進 群

が他 の2群 に比 し有 意に 高値 を示 した(P<0.05,

P<0.05).ま た血 中LTC4, LTD4も 同様 の傾

向 に あ った.

以上 よ り気 道過 敏性 は,好 酸球,好 中球,リ

ンパ球 等 の各種 炎 症細 胞 が織 りなす 細胞 反応 型

ア レル ギー に よって産 生 され るeicosanoidsの

気 道収 縮並 び に細 胞遊 走 因子 が複 雑 に絡 み合 っ

て 形成 され,気 管 支 喘息 の重 症化,難 治化 の重

要 な要 因 となっ て い る もの と推察 され た.

稿 を終 えるに際 し,ご 指導な らびに御校 閲を賜 り

ました恩 師木村郁郎教授に深謝する とともに,終 始

懇切な ご指 導 と助 言を頂 きました高橋清講師 と,直

接 ご指導いただ きました木村五郎助手 に深謝 いたし

ます.

文 献

1) 木 村 郁 郎:喘 息 と炎 症 細 胞(1)-顆 粒 球. Newsletter Asthma & Allergy(1992) 18, 1-8 .

2) 高 橋 清,清 水 一 紀,難 波 一 弘,中 山堅 吾,岡 田千 春,辻 光 明,中 藤研 一,多 田慎 也,木 村 郁 郎:重 症難

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-330 .

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慢 性 喘息 にお け るEicosanoidsの 役 割 833

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6) 沖 和彦:喘 息動物モデルにおけ る遅発型気道反応の機序に関す る検討.第2編 慢性動物モデルにおけ る

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9) 難波一 弘,高 橋 清,多 田慎也,清 水一紀,中 藤研一,岡 田千春,辻 光明,沖 和彦,谷 崎勝朗,木 村郁

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10) 清水一紀:難 治性喘息におけ る好 中球の役割に関す る研究.第1編 好中球か らのLeukotrienes産 生能

及びSuperoxide産 生能に関す る検討.岡 山医誌(1992) 104, 763-775.

11) 清水一紀:難 治性 喘息におけ る好中球 の役割に関す る研究.第2編 好 中球か らの免疫 学的刺 激に よる

Leukotrienes産 生能に関す る検討.岡 山医誌(1992) 104, 777-787.

12) 金廣有彦:難 治性喘息の病態 と治療に関する研究.第1編 難治性気管支喘息患者の リンパ球及び好 中球機

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834 辻 晃 仁

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28) 木 村五 郎:気 管 支喘 息 にお け るinterferon-γ(IFN-γ)産 生 能 に 関 す る研 究.第1編 気 管支 喘 息 の各 種

病 態 に おけ るIFN-γ 産 生 能 の 検 討.岡 山医 誌(1992) 104, 1107-1116.

29) 木 村五 郎:気 管支 喘 息 に お け るinterferon-γ(IFN-γ)産 生 能 に 関 す る研 究.第2編 気 管支 喘息 の各 種

病 態 にお け るIFN-γ 産 生 能 と各種 リンパ 球 機 能 の 比較 検 討.岡 山 医誌(1992) 104, 1117-1125.

30) 宮 川秀 文:重 症 難治 性 喘 息 に お け るIV型 ア レル ギー 反 応 に 関す る研 究.第1編 カ ンジ ダ抗 原 に よる末 梢 血

及 びBALF中 リンパ球 のinterleukin 2(IL-2)産 生 能 の 検 討.岡 山医 誌(1988) 100, 565-575.

31) 宮 川秀 文:重 症 難 治 性 喘 息 に おけ るIV型 ア レ ル ギー 反 応 に関 す る研 究 .第2編 カ ンジ ダ抗 原 に よる末 梢 血

単 核 球 由 来 の好 中球 遊 走 活性 の検 討.岡 山 医誌(1988) 100, 577-587.

Page 11: 連日抗原吸入による実験的慢性喘息における Eicosanoidsの ...ousar.lib.okayama-u.ac.jp/files/public/1/13789/...岡山医誌 (1994) 106, 825~835 連日抗原吸入による実験的慢性喘息における

慢 性 喘息 にお け るEicosanoidsの 役割 835

The role of eicosanoids in airway hyperresponsiveness

of chronic asthma using an animal model

Akihito TSUJI

Second Department of Internal Medicine,

Okayama University Medical School,

Okayama 700, Japan

(Director: Prof. I. Kimura)

To elucidate the cause of severe asthma in adults, an animal model of chronic asthma was

established in guinea pig sensitized by intraperitoneal injection of Ascaris suum and inhala

tion of the antigen repeated ten times. Then airway hyperresponsiveness , inflammatory cells

and eicosanoids in the bronchoalveolar lavage fluid (BALF) and peripheral blood were

examined. Airway responsiveness was acquired after inhalation of the antigen. Two types of

airway responsiveness were observed; accerelating-group and recovering-group. Total cell

count and numbers of eosinophils and neutrophils in the BALF were significantly increased in

the accerelating-group compared with the recovering-group and the control-group. The

TXB2 level in the BALF was increased in the accerelating-group, and the LTB, level in the

BALF and peripheral blood were also increased in the accerelating-group. These findings

suggest that the airway hyperresponsiveness is caused by eicosanoids, such as thromboxanes

and leukotrienes produced by some inflammatory cells which are organized by activated

lymphocytes as well as mast cell-basophils.