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1 中国語韻母の体系 久保修三 現在、中国語の音声表記法として一般に中国政府が制定した「ピンイン」 1 と呼ばれるロ ーマ字表記法が使われている。主に中国国内では標準語教育に、外国では中国語の音声学 習用に使われているのであるが、中国国内ではこれを音素記号、また海外では発音記号と して扱おうとする傾向が見られる。どちらにしても教育の現場では基本的に発音記号とし て扱い、テキストまたは教師が一部実際の音と違うと思われる部分をそれぞれの考えに基 づいて説明が加えているというのが現状であろう。その実際の音と違う部分についてテキ ストによりまた教師により認識が違っている。本来ピンイン表記は音素表記でも発音記号 でもない。従って音素と発音記号については十分検討されなければならないはずであるが、 ピンインがそれらに近いことから、その作業が疎かにされ、結果、中国語の発音のついて 正しい統一的な理解がなされず、ますます混乱した状態になっている。 本研究は中国語の「韻母」には非常に規則的な体系があると考える。先ずこの体系の仮 説を提起し、次に現在見解の分かれる音、またはピンイン表記と体系が示す表記との矛盾 する音を中心に音声分析ソフトを使って観察する。それにより、体系の有効性を示すと共 に、中国語の音を明らかにし、今の音理解の混乱を解決しようとするものである。またよ り効果的な中国語教材制作のための基本資料を提供しようとするものでもある。 中国語は典型的な音節言語である。伝統的に音節を2つの部分に分け、前を「声母」、後 ろを「韻母」と呼ぶ。「声母」は音節の頭にくる部分で子音1つまたはゼロで構成される。 残りの部分が「韻母」で、さらに「介音(韻頭)」、「韻腹」、「韻尾」と呼ばれる3つの部分 に分けられる。真ん中の「韻腹」は口を開けて発音する響きの大きな母音で、前の「介音」 は子音である「声母」と「韻腹」をつなぐ口の開きが狭い母音、最後の「韻尾」は「韻腹」 で開いた音を受け、音節を終える最後の音、「介音」と同じ口を閉じかける狭い音かまたは 閉じてしまった鼻音である。いくつか例を挙げよう。 音節 声母 韻母 介音 韻腹 韻尾 端 → d u a n 家 → j i a 杯 → b ə i 歌 → g ə 突 → t u 衣 → i 1 中国語では「漢語拼音」、文字通り中国語の音表記を意味している

中国語韻母の体系 - yulam1 中国語では「漢語拼音 」、文字通り中国語の音表記を意味している 2 以下Ⅰでまずこの3つの要素からなる「韻母」の体系を想定したい。そしてⅡで音声分

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Page 1: 中国語韻母の体系 - yulam1 中国語では「漢語拼音 」、文字通り中国語の音表記を意味している 2 以下Ⅰでまずこの3つの要素からなる「韻母」の体系を想定したい。そしてⅡで音声分

1

中国語韻母の体系

久保修三

現在、中国語の音声表記法として一般に中国政府が制定した「ピンイン」1と呼ばれるロ

ーマ字表記法が使われている。主に中国国内では標準語教育に、外国では中国語の音声学

習用に使われているのであるが、中国国内ではこれを音素記号、また海外では発音記号と

して扱おうとする傾向が見られる。どちらにしても教育の現場では基本的に発音記号とし

て扱い、テキストまたは教師が一部実際の音と違うと思われる部分をそれぞれの考えに基

づいて説明が加えているというのが現状であろう。その実際の音と違う部分についてテキ

ストによりまた教師により認識が違っている。本来ピンイン表記は音素表記でも発音記号

でもない。従って音素と発音記号については十分検討されなければならないはずであるが、

ピンインがそれらに近いことから、その作業が疎かにされ、結果、中国語の発音のついて

正しい統一的な理解がなされず、ますます混乱した状態になっている。

本研究は中国語の「韻母」には非常に規則的な体系があると考える。先ずこの体系の仮

説を提起し、次に現在見解の分かれる音、またはピンイン表記と体系が示す表記との矛盾

する音を中心に音声分析ソフトを使って観察する。それにより、体系の有効性を示すと共

に、中国語の音を明らかにし、今の音理解の混乱を解決しようとするものである。またよ

り効果的な中国語教材制作のための基本資料を提供しようとするものでもある。

中国語は典型的な音節言語である。伝統的に音節を2つの部分に分け、前を「声母」、後

ろを「韻母」と呼ぶ。「声母」は音節の頭にくる部分で子音1つまたはゼロで構成される。

残りの部分が「韻母」で、さらに「介音(韻頭)」、「韻腹」、「韻尾」と呼ばれる3つの部分

に分けられる。真ん中の「韻腹」は口を開けて発音する響きの大きな母音で、前の「介音」

は子音である「声母」と「韻腹」をつなぐ口の開きが狭い母音、最後の「韻尾」は「韻腹」

で開いた音を受け、音節を終える最後の音、「介音」と同じ口を閉じかける狭い音かまたは

閉じてしまった鼻音である。いくつか例を挙げよう。

音節

声母 韻母

介音 韻腹 韻尾

端 → d u a n

家 → j i a

杯 → b ə i

歌 → g ə

突 → t u

衣 → i

1 中国語では「漢語拼音」、文字通り中国語の音表記を意味している

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以下Ⅰでまずこの3つの要素からなる「韻母」の体系を想定したい。そしてⅡで音声分

析ソフトを使った分析方法を説明し、Ⅲで「韻母」の体系に沿って、個々の音を見ていき

たい。

Ⅰ 中国語韻母の体系仮説

ここで「韻母」について述べる音の体系は言語学でいわれる「音素」に相当するものの

体系である。音素とはある言語での意味の対立という点から音を分類した場合の最小の単

位をいう。例えば、英語では、/r/と/l/の2つの音は read と lead、 right と light のように

置き換えると、意味が変わる。従って英語では/r/と/l/はそれぞれ独立した音素とされる。

ところが日本語ではこの2つの音は置き換えてもどちらも同じ「ら行」の音と認識され、

意味は変わらない。例えば、日本語で「sakura」と発音しても「sakula」と発音しても、「桜」

と同じ意味に理解される。従ってこの2つの音は日本語では同じ1つの音素に含められる。

このように意味を弁別する音(音素)は、また、それぞれの言語で全体としてその言語独

特の体系を形成している。上の例の話を続ければ、英語と日本語の音素の違いは単に/r/

と/l/の区分だけでなく、それを含む音素の体系全体が異なったものになっていると思われ

る。同じように、これから紹介する中国語の「韻母」の体系は日本語とも英語ともかなり

異なった独特のものである。

個々の音素を表す記号は基本的にピンインと同じものを使うことにする。ほとんどの場

合ピンイン表記と一致するからである。ただし、ピンインにはない記号、/ə/を使う。ピン

インで e と表記される音と o と表記される音のいくつかを含む音素を表す。/e/とした場

合ピンイン表記との混同が危惧されるからである。以下ピンイン表記と区別するために音

素を示すものには/i/、/u/のように//を付け、一方ピンイン表記には( )を付ける。

さて、中国語「韻母」の体系の説明を体系図1から始めよう。

体系図1の「介音」は、/i/と/u/の2つ(ゼロ介音 φ を加えると3つになる。/ü/につい

ては後述)から構成される。この二つの音素には共通点として、どちらも口の開き方が狭い

(舌の位置が高い)という点がある。「介音」はその前の「声母」(子音)を受けて、次の

「韻母」の中心である「韻腹」へつなぐ位置にある。前の「声母」は閉じた音で、後の「韻

腹」は開く音であることから、その間の音として、口がわずかに開いた音となっている。

この特徴を「狭」と呼ぶことにする。この「狭」が「介音」/i/ /u/の共通点であるが、一

方対立点として、/i/は舌の位置が前、唇は横に引いた扁平唇、/u/はその逆で、舌の位置

が後ろ、唇は円唇という2点が挙げられる。

真ん中の音、「韻腹」の特徴は「開」。口の開く程度によって、大開/a/と小開/ə/の対立

がある。「韻腹」の音素も二つのみであるが、「韻腹」には「介音」とは違いゼロはない。

「韻母」の最後の音「韻尾」には 4 つの音素がある。(ゼロを加えると5つ)「介音」と同

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じように/i/と/u/の対立があり、そのほかに前と後ろの鼻音 /n/と/ŋ/の対立がある。

以上が中国語韻母の音素であり、「韻母」の各音はこれら 3 つの部分の音素の順列組み合

わせによってできている。

ü の音は/u/が/j、q、x/(後部歯茎音)の後に現れたときの異音であると考え、体系の説

明では扱わない。ただし、実際には ü の音はその他にゼロ「声母」の後にも多く現れ、ま

たごく少数ではあるが/n/と/l/の後にも現れる。また少なくとも外国人には別の音として

学習する必要があるので、Ⅲの具体的な音の観察では、別枠を設けて検討の対象としたい。

体系図2は体系図1と同じことの説明であるが、口の開き方から音節を見たものである。

中国ではよく伝統劇や講談などの発声の要領として紹介されるもので、中国語の音節は棗

の種(桃の種を想像していただいてもよい)のように真ん中が膨らんだ形をしていると説

明される。「声母」の閉から「介音」の狭を経て、真ん中の「韻腹」で開かれ、そして最後

に「韻尾」の狭または閉で終わる。真ん中部分をしっかり開いて発声することがきれいに

聞かせる秘訣と言われる。 i

介音 + 韻腹 + 韻尾

/a/

/ə/ /i/

声母 + /i/ /u/

/u/ /n/

/ŋ/

体系図2(中国語音節概念図)

韻母

介音 韻腹 韻尾

/i/ /a/ /i/

声母 + + + /u/

/u/ /ə/ /n/

(/ü/) /ŋ/

φ φ

体系図1

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中国語の「韻母」は以上3つの部分の音素の順列組み合わせでできているが、体系図1

に従って実際に3つの音を単純に組み合わせると、若干の不具合が生じる。先ほどの例で

言えば、 突 t u

衣 i

など「韻腹」がゼロの組み合わせは存在できない。そこで体系図1に修正を加えて、体系

図3を考えたい。つまり、先ず「韻腹」と「韻尾」を先に組み合わせ、それにゼロを加え、

その後に「介音」を組み合わせるという過程を想定する。このように2つのレベルを想定

することで/u/ /i/が「介音」のままで「韻母」の唯一の音になりうる。同時に/iu/や/in/

のような「介音」から直接「韻尾」につながる音は排除される ii。

音節

声母 + 韻母

介音 韻腹+韻尾

/i/

/u/ + /a//ai//au//an//aŋ//ə//əi//əu//ən//əŋ//φ/

φ

韻腹 韻尾

/i/

/a/ /u/

+ /n/

/ə/ /ŋ/

φ

体系図3

体系図4は舌の位置の対立を図示したものだが、音声学の知識のある方はこの方が理

解しやすいかもしれない。その前に図Xを見ていただきたい。音声学のテキストから借

りたものだが、英語などのテキストでも母音の位置を表すものとしてよく使われる図で

ある。それぞれの記号の位置はその音を発するときの口の中での舌の位置を示している。

左へ行くほど舌(の盛り上がった部分が)が前(唇の方)であることを表し、右側へ行

くほど後ろ(喉)の方を表す。上下は舌の高低を表し、それは同時に口の開き方を表す。

下の方ほど舌の位置が低い、つまり開口度が大きい。

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/u/

/ n / /ŋ/

/i/

図X 母音の分布

体系図4は図Xと同じ空間に中国語韻母の各音素の舌の位置及び対立関係を示してい

る。介音図の音(/i/と/u/)は舌の位置が高い(開口度が小さい)、ここでは/i/と/u/の二つ

の音素が舌の位置の前後で対立している。韻腹図の/a/と/ə/の特徴は開度が大きいこと

である。そのなかでも/a/の開度は最も大きく、/ə/の開度はそれよりも小さい。この二

つの音素が対立している。韻尾図では/i/と/u/の対立の他に/n/と/ŋ/の対立がある。

介音 韻腹 韻尾

体系図4(舌の位置の対立概念図)

さて、体系図3に従って「介音」を縦に、「韻腹」「韻尾」の組み合わせを横にして表に

すると下のような「韻母」体系表が出来上がる。

/a/

/ə/

/i/ /u/

i

高前舌 高後舌

u

ə

ɔ

ε

低前舌 低後舌

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「韻母」体系表

φ /a/ /ai/ /au/ /an/ /aŋ/ /ə/ / əi/ /əu/ /ən/ /əŋ/

/i/ /ia/ - /iau/ /ian/ /iaŋ/ /iə/ - /iəu/ /iən/ /iəŋ/

/u/ /ua/ /uai/ - /uan/ /uaŋ/ /uə/ /uəi/ - /uən/ /uəŋ/

中国語の「韻母」の音は全てこの表の中に納めることができる。「介音」「韻尾」が共に

/i/である組み合わせの音と、共に/u/である組み合わせの音の欄が空欄になっているが、

その他全ての枡が埋まっている。体系として高度な規則性、整合性と経済性を持っている。

音節言語の特徴を生かした完成度の高い体系であると言えよう。

下にピンイン表記の韻母表を紹介する。ü の列は別にして、上の体系表と比較すると、

ピンイン韻母表は記号が一つ(横列の数が二つ)多くなっている。また空いた枡が多い。

一部縦と横の組み合わせと記号表記が合っていないものもある。少なくともピンイン記号

を使って、上で紹介したような体系図を整然と描くことはできない。ピンイン表記が必ず

しも体系を踏まえた表記法ではないことが分かる。

ピンイン韻母表2

次にこの「韻母」体系表の表記にピンイン表記を対照させて示す。上の段の/ /記号がつ

いたのが体系表記、中段と下段はそれに相当するピンイン表記である。中段は「声母」が

ある場合、下段は「声母」がない場合。表記上どのような違いがあるのか、その結果誤解

が生じ易いのはどの音かが分かる。

2 「汉语普通话语音辨正」に紹介されているもので、ピンイン制定当時のもののようである

a

o

e

ai

ei

ao

ou

an

en

ang

eng

ong

i

ia

呀 -

ie

耶 - -

iao

iou

ian

in

iang

ing

iong

u

ua

uo

窝 -

uai

uei

威 - -

uan

uen

uang

ueng

翁 -

ü

迂 - -

üe

约 - - - -

üan

冤 ün

晕 - - -

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φ

i

/a/

a

/ai/

ai

/au/

ao

/an/

an

/aŋ/

ang

/ə/

e

/əi/

ei

/əu/

ou

/ən/

en

/əŋ/

eng

/i/

i

yi

/ia/

ia

ya

-

-

-

/iau/

iao

yao

/ian/

ian

yan

/iaŋ/

iang

yang

/iə/

ie

ye

-

-

-

/iəu/

iu

you

/iən/

in

yin

/iəŋ/

ing

ying

/u/

u

wu

/ua/

ua

wa

/uai/

uai

wai

-

-

-

/uan/

uan

wan

/uaŋ/

uang

wang

/uə/

o/uo

wo

/uəi/

ui

wei

-

-

-

/uən/

un

wen

/uəŋ/

ong

weng

Ⅱの観察のために ü を独立させたい。ü を暫定的に音素として扱うと下のような対照表

になる。

/ü/

ü

yu

-

-

-

-

-

-

-

-

-

/üan/

üan

yuan

-

-

-

/üə/

üe

yue

-

-

-

-

-

-

/üən/

un

yun

/üəŋ/

iong

yong

Ⅱ 実験方法

音素体系表記とピンイン表記が違っている音(それらは同時に実際の音がどのようなも

のなのか認識が混乱しやすい部分でもあるが)を中心にⅢでいくつかの音の位置を確認し

ながら、考察を加えていくが、先ず、データと道具の説明をする。

データ:韻母体系表のすべての組み合わせに相当する漢字を最低3つずつ準備し(出来

る限り第1声の音を、また2つは声母付きでもう一つはゼロ声母の漢字を選んだ) iii、

北京人5名に発音してもらった。この5名は北京外国語大学の女子学生で、全て北京育

ちであるが、その内4名は父母共に北京人、残りの1名は父母が南方人であった。便宜

上、彼女たちを北1、北2、北3、北4、北南1と呼ぶ。

SUGI Speech Analyzer ivでフォルマント図を表示し、F1, F2 値を検出した。そして、その

数値を基に、舌の位置を、グラフ表記ソフト“Graph”を使って座標図に表した。

分析の結果は5名ともほぼ同じ内容を示している。ここではそのうち結果の整合性がも

っともよい1名(北1)を選んで紹介する。必要に応じて、他のデータも紹介するv。

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図Z /ai/ 図Y /ai/ 図X-1 /ai/

スペクトログラム フォルマント

まず図Z、Y、X-1で技術的な説明を簡単にさせていただく。

図Zは/ai/のスペクトログラムである。縦軸が周波数、横軸が時間、濃淡が共鳴エネル

ギーの大きさを表しているといわれる。図の左部分/a/の音から始まり、右の方へ/i/の音

へ徐々に移行している。

図Yは図Zの共鳴ピークをつないだ線で、ピーク線は下の方から F1、F2、F3、F4 と呼

ばれる。F1 は口の開き具合を反映するといわれ、口が大きく開いているほど(舌の位置が

低いほど)F1 の数値が大きくなる。図Yでは左寄り/a/の音の部分の F1 の位置が高く、口

が大きく開かれていることを示している。また F2-F1 が舌の位置の前後ろを反映してい

ると言われる。F1 と F2 の差が大きいほど、舌の位置が前であることを示している。図Y

では右へ向かうにつれて、F1 と F2 の差が大きくなっている。/a/から/i/へ舌の位置が前

へ移動していることを反映している。同時に/i/の部分では F1 の値も小さくなっていて、

開口度が小さくなっていることを表している。図Yの2本の縦線は/a/の特徴を最も表して

いると思われる点(左の線)と/i/の特徴を最も表していると思われる点(右の線)を選ん

だもので、F1、F2、F3、F4のフォルマント値はその2本の縦軸部分の数値である。図X-

1は先に見た図Xとほぼ同じだが、右上を基点として、縦線に下へ F1 値を取り、横軸に

左の方へ F2-F1 値を取ると考えていただきたい。図Yの二本の縦線が示す/a/と/i/の F1、

F2値に従い、/a/をF1値が高くF2-F1値の低い点に、/i/をF1値が低くF2-F1値の高い

点に置くと、ちょうど図Xでみた [a]と [i]と同じ関係に描かれる。つまり SUGI Speech

Analyzer はそれぞれの音のスペクトログラム(図Z)、フォルマント(図Y)を表示するこ

とができ、同時に F1、F2 等の周波数値も表示してくれるが、更にコンピュータソフト Graph

を使って、得られた F1、F2 値をもとに座標図を作れば、舌の前後の位置と高低(開口度)

高後舌 高前舌

/i/

/a/

低前舌 低後舌

/i/の部分

/a/の部分

F2-F1

F1

F4

F3

F2

F1

F4

F3

F2

F1

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が図X-1と同じような関係になるように表示できるわけである。下に示す図1-図 19

はこのようにして今回の調査結果を図示したものである。

次のページの図1でます簡単に説明させていただきたい。座標の基点は左下ではなく右

上にある。右上から下へ縦軸が F1 値を、そして左へ横軸が F2-F1 を示している。上から

下へ向かうほど口の開き具合が大きくなることを示し、左へ行くほど舌の位置が前である

ことを示す。先の図X-1と同じである。ただ右上の基点は0ではなく、縦軸 F1 の方は

250Hz から、横軸 F2-F1 の方は 300Hz から始まっている。(他の図では一部もう少し小さ

い数値から始まっている場合もある)また対数表示で、中ほどの実線はどちらも 1000Hz、

小さい方への破線は 100Hz 単位である。図1はこのような座標に単韻母/a/, /ə/, /i/, /u/,

/ü/を標示したものである。また図Yで説明したフォルマント図を添えている。点だけでな

く線を見ていただいた方が理解しやすいだろう。

Ⅲ 分析

検討項目は以下の通りである。Ⅲ-1でまず体系図で紹介した中国語の音素の分布を見

る。Ⅲ-2、Ⅲ-3では体系仮説とピンイン表記との違いの集中する/ə/の音について見

る。Ⅲ-4、Ⅲ-5ではその他の体系仮説とピンイン表記の違う点を点検する。

Ⅲ-1 単韻母/a/, /ə/, /i/, /u/, /ü/と複韻母中の介音/i/, /u/, /ü/、

韻腹/a/, /ə/、韻尾/i/, /u/の分布

Ⅲ-2 小開音/ə/ (e、o)は1つの音素である

① (その1)/uə/ (o/uo)は同じ音である

② (その2)/uəŋ/ (ong、weng)は三複韻母、/əŋ/ (eng)は二複韻母である

③ (その3)/ə/ (e, o)の「円唇非円唇」、「舌の前後」について

Ⅲ-3 三複韻母中の韻腹/ə/

① (その1)/uən/(un)、/üən/ (ün)、/iən/ (in)、/iəŋ/ (ing)中に韻腹/ə/がある

② (その2)/iəu/( iu)、/uəi/(ui)、/üəŋ/( iong)中の韻腹/ə/について

④ (付録)/ian/ (ian)、/üan/(üan)の中の/a/について

Ⅲ-4 /üəŋ/ (iong)中の「介音」は/ü/である

Ⅲ-5 /au/ (ao)の中の /u/ (o)は/u/である

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Ⅲ-1 /a/, /i/, /u/, /ü/, /ə/の分布

zu1 /di/ /ma/ /gə/ /jü/ /du/

縦軸が F1 値、横軸が F1-F2 値を表している。各音 3 つまたは4つずつ表示している。

内一つは「声母」なしの音である。例えば図1の/a/は啊/a/、他/ta/、妈/ma/、搭/da/の

1,000 300

1,000

250

300

400

/a/(a) /i/(i)

/u/(u)

/ə/(e)

図1 中国語の5つの母音のフォルマントのグラフ

/ü/(ü)

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4字で、/i/の場合は医/i/、低/di/、西/xi/の3字である。声調は特に明記していないもの

は第1声である。単韻母/ə/は不安定でvi、図1では音声が比較的安定している部分で開度

のもっとも大きい点を取った。

1,000

1,000

/i/(i-)

/u/(u-)

/y/(y)

図2介音 zu2 /jia/ /gua/

1,000

1,000

/a/ (a)

/e/(e,o)

図3韻腹

zu3 /biə/ /guan/

1,000

1,000

/-i/

/-u/

図4韻尾

zu4 /dəu/ /duəi/

/i/(i-)

/u/(u-)

/ü/(ü)

/a/(a) /ə/(e,o)

/i/

/-u/

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図2、zu2 は複韻母中の介音/i//u//ü/、図3、zu3 は複韻母中の韻腹/a//ə/、図4、zu4 は

複韻母中の韻尾/i//u/を示しているvii。

図2 介音/i//u//ü/

/i/の F1 値は 300Hz 以下に集中していて、400Hz を超えるものはない。F2-F1 値は非常

に高く、どれも 2000Hz を超え、これも集中している。

/u/のF1値は/i/と比べると少し高いが、それでもほぼ 400Hz 以下に収まっている。一

方舌の位置(F2-F1値)が安定しないのが目を引く。可能性として/u/の前の「声母」(子

音)が歯茎音(d,t,n)など舌の位置が前の音が多く、それらに後に発する時、軟口蓋音(g,k,h)

に続く場合に比べ舌の位置が前になりやすいことが推測される。一方、中国語では/i/や/ü/

の前の「声母」には軟口蓋音(g,k,h)が来ず、全て調音点が前である。

/ü/の位置もかなり集中している。前の「声母」はゼロかまたは/j,q,x,l,n/と全て調音点が

前の音であることの影響が大きいと思われる。

図3 韻腹/a//ə/

/a/3の F1 値は全て 800Hz 以上をつけている。

/ə/4の方は 600Hz を中心に上下 100Hz に集中している。

/a/、/ə/共に舌の前後位置に関しては大きな広がりを見せている。

図4 韻尾/i//u/

介音の場合と大きな違いはないようだが、/u/の舌の位置は介音よりも安定している。介

音に比べ前の音の影響が少ないせいだろうか。フォルマント分析は鼻音をうまく測定でき

ないので、/n/、/ŋ/は対象としていない。

図2、図3、図4がそれぞれ体系図4の介音図、韻腹図、韻尾図にそった分布をしてい

ることを確認していただきたい。

3: /ian//üan/(ian, üan)は除外している。これについてはⅢ-3-③で見る 4:(ao)(iao)(o)は除外している。後述

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Ⅲ-2 小開音/ə/ (e、o) は1つの音素である

ピンインでoと表記される音(の内「韻母」体系表記とピンイン表記の対照表で/ə/

とされている部分)とピンインで e と表記される音は一つの音素であることを見たい。ピ

ンインoで表される音は「円唇、舌の位置が後ろ」という特徴を持っているように言われ

る。一方ピンインeで表記される音は「非円唇、前」という特徴を持っているとされる。

この特徴が確かに存在すると仮定しても、だからといって(e)と(o)は別の音素である

とはならない。

繰り返すことになるが、音素とは音をある言語での意味の対立という点から分類した場

合の最小の単位をいう。例えば、英語では/r/と/l/は、read と lead、 right と light のよう

に置き換えると、意味が変わるので、それぞれ独立した音素として扱われる。ところが日

本語では置き換えてもどちらも「ら行」の音と認識され、意味は変わらないので一つの音

素として扱われる。また、中国語では有気音と無気音の違いは意味を変える。例えば、無

気音の/j/は/ji/(鸡)などを構成する音であるが、有気音/q/に置き換えると/qi/(七)な

ど別の漢字になり、意味が変わる。中国語では/j/と/q/は無気音有気音という点で対立し

ていて、それぞれ独立した音素として扱われる。ところが日本語ではこのような対立はな

い。共に「ち」の音と認識され、どちらに発音しても意味が変わってくることはない。し

たがって、無気有気の区別によって別の音素を設けることはしない。ただ、日本語でも無

秩序に両音が使われるわけではなく、区別する必要がないので環境によって発音しやすい

方が選ばれる。句頭や促音の後には有気音、その他の環境では無気音になることが多いよ

うである。

さてピンイン(e)と(o)であるが、ピンイン表記で e が使われている組み合わせは(e、

ei、en、ie、uen、eng、weng、uei、üe)の9組、o が使われているのは(o、ao、ou、uo、iao、

ong、 iong)の7組である。その内、ピンイン表記上で(e)と(o)が対立している、つま

り記号が置き換わることにより意味が変わるものは(e)と(o)、(eng)と(ong)の二組

だけである。残り全て(ao、iao 、ou、uo、iong)の(o)を(e)に置き換えても(「円唇、後ろ」

の音を「非円唇、前」の音にかえても)、または逆に(e)を含む全ての複韻母(ei、en、ie、

uen、weng、uei、üe)中の(e)を(o)に変えても(「非円唇、前」の音を「円唇、後ろ」の

音に変えても)、中国語では別の意味の語にはならない。

さて対立しているように見える(e)と(o)、(eng)と(ong)であるが、対立はピンイ

ン表記上だけのことで、実は対立していない。先ずこれを①、②で見てみよう。

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① /uə/ (o)と /uə/ (uo)は同じ音である

zu5 /buə/ /guə/

図 5 は/uə/ (o) と/uə/ (uo)の分布である。上の 400Hz 以下の分布は音の頭の部分、下の

方は開口度の最高点である。(o)にも(uo)と同じように介音/u/が認められる。ピンイン(o)

と(uo)が実は同じ音で、/u/から/ə/ (o)へ移動する音、/uə/ (uo)であることを示している。

③ /uəŋ/ (ong、weng)は三複韻母、/əŋ/ (eng)は二複韻母である

Zu6 /dəŋ/ /duəŋ/

図 6

1,000 300400

1,000

300

400

/uə/(o) /uə/(uo)

図 5

1,000 300400

1,000

300

400

/uəŋ/(ong)/uəŋ/(ong) /əŋ/(eng)

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図 6 の上方の赤丸は/uəŋ/ (ong)の頭の音を表している。全てに 400Hz 以下の音を計測す

ることができた。「介音」の/u/の音の存在を示している。ただし/uən//uəi/などの/u/と比

べると、持続時間が短く、また舌の位置も先の図2/u/の分布の中では前寄りである。時間

が短いために、先ず唇の形と開口度が/u/を表現するが、「声母」の影響から調音位置が十

分「後」へ来られないものと思われる。一方/əŋ/ (eng)の頭にはほとんど 400Hz 以下の音

は測定できない。つまり(eng)は「介音」なしの二複韻母で、(ong)は「介音」/u/付の三複

韻母なのである。(eng)と(ong)から(ng)を取った(e)と(o)の部分で言えば、(e)の方

は一つの音で、(o)の部分は実は二つの音なのである。音素的な対立ではない。円唇非円

唇の区別は/u/を含んでいるかどうかによるものである。

③ /ə/ (e, o)の「円唇非円唇」、「舌の前後」について

Zu7 /gən/ /gəŋ/

①②で、ピンイン o とピンイン e は意味を分けるような対立関係にはないことを説明し

た。別の音素として扱う必要はないのではないか。ピンイン表記では二つの記号で表され

ているこれらの音が実は音素的には一つの小開音/ə/に含まれるとして、では小開音/ə/の

中で円唇非円唇の違い、舌の位置の前後ろの違いはどのような意味を持っているのだろう

か。どのような音が後ろにまたは円唇になっているのか、またそれはなぜなのかを見てみ

たい。

図 7 にはピンインで o が使われる組み合わせ(o、ao、ou、uo、 iao、ong、 iong)の7つの

内、(o)は(uo)と同じ音であり、(ao、iao)はⅢ-5で見るように違う音なので除いて、残

りの4つ(ou、uo、ong、 iong)の(o)の部分(ong、iong は前の介音部分ではなく、韻腹の小

1,000 300400

1,000

300

400

図 7

/ə/(e)

/ə/(o)

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開音部分)が緑の三角形で、(e)の全ての組み合わせ(ei、en、eng、 ie、uen、uei、üe)中

の(e)の部分が赤丸で表示されている。基本的に(o)は舌の位置が後寄り、(e)は前寄りで

あることがわかる。

ピンインで(o)と表記される(ou、uo、ong、iong)の4つであるが、先の2つ(ou、uo)には

前あるいは後ろに「円唇で舌の位置が後ろ」の音/u/が付いている。後の2つの音(ong、

iong)の内(ong)は②で見たように、実は最初に/u/が付いており、( iong)の方は最初の音は

Ⅲ-4で見るが、/ü/であり、共に円唇音である。更にこの(ong、 iong)の二つは共に後ろ

に「舌の位置が後ろ」の/ŋ/の音が来ている。つまりこれらの音は前後の影響で「円唇、舌

の位置が後ろ」になりやすい環境にあると言える。一方、(ei、en、 ie、uen、uei、 eng、

üe)の方を見ると、前の3つ(ei、en、ie)は逆に「舌の位置が前」の音や扁平唇の音と隣

り合っている。次の(uen、uei)は前が/u/だが、後ろには「舌の位置が前」の音や扁平唇

の音が来ている。(üe)は/ü/(円唇だが舌の位置が前)の音の後になっている。つまり「舌

が前」に来やすく、円唇になりにくい環境にあるか、少なくとも「舌が後ろ」となる条件

が(o)よりも弱い環境にある。こうしてみると、これらの音の「舌の位置の前後」はそ

れ本来の特徴ではなく、「円唇」もあるとすれば、それは前後の音の影響を受けたものであ

ると言えよう。つまり同じ音素、小開音/ə/として扱うことに問題はない。

もう少し付け加えるならば、「舌の位置の前後」「円唇非円唇」は小開音/ə/の中で自由で

あるように見えるが、「円唇非円唇」に関しては基本は非円唇であると思われる。

図 7 の中に4例、後ろより(右より)の(e)が見られる。それらは(eng)の音である。zu5

の/gən/と/gəŋ/を見ると舌の前、後ろでは大きく違っている。「舌の位置が後ろ」のこの

/əŋ/(eng)音は円唇に発音されてもよさそうであるが、非円唇で発音される。残念ながら、

フォルマント分析は円唇、非円唇の区別は苦手で使えないが、この事実に異議はでないで

あろう。次に(üe)だが、/ü/は円唇で「舌の位置が前」という変わった音だが、その後の

(e)は非円唇である。/ü/と/ŋ/に囲まれた/ üəŋ/(iong)の環境で始めて一部の発話者で円

唇になる。さらに言えば、/əu/(ou)/uə/(uo)の(o)の部分は北京人の口型を観察し

てみるとほとんど円唇とはいえない形である。ピンイン o の音の中で円唇と言える例は実

は前に「円唇」、前後双方に「後ろの音」という強力な環境に置かれている(ong,iong)の2

音だけに一部で現れるのみである。小開音/ə/の基本は非円唇と見るべきであろう。

その理由は/u/とも関係するかもしれない。/u/は開口度が小さい「狭」の介音であるが、

唯一の円唇音であるとなると、円唇という特徴の弁別機能は大きくなる。例えば/əŋ/を円

唇で発音しないことで、/uəŋ/との弁別が容易になる。また日本人学習者が単韻母/u/を東

京方言で非円唇に発音すると/ə/とまぎらわしくなることや、中国語方言発話者が単韻母

/ə/を同じ小開音でも〔o〕に発音すると、受け入れられがたいという事実にも関係してい

るであろう。

以上、(o)は(e)と対立関係になく、(o)の多くは(e)と同じ音素の小開音/ə/で表すこ

とが出来る根拠を示した。

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Ⅲ-3 三複韻母中の/ə/

① (その1)/uən//üən//iən//iəŋ/中の/ə/

体系仮説では/i//u/の後には直接/n//ŋ/は続かないが、ピンイン表記では( in)、( iŋ)が

存在する。ではその間に韻腹/ə/があるのかどうか、/uən/(un)、/üən/ (ün)と併せて見てみ

よう。

zu8 /duən/ /jiən/ /jiəŋ/ /jüən/

300400

1,000

300

400

/uən/(un) /üən/(ün)

/iən/(in) /iəŋ/(ing)

図 8

1,000

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図 8 は/uən/、/üən/、/iən/、/iəŋ/(-un、-ün、-in、-ing)の最も開口度が大きい点を表

している。/uən/ の「声母」がゼロの場合に対応するピンイン表記は(wen)で、(e)音の存在

が認められている。一方、/üən/、/iən/、/iəŋ/ (-ün, -in, -ing)のゼロ「声母」のピンイン

表記は(yun)(yin)(ying)で、(e)は現れない。図8をみると、その内/iəŋ/ (-ing)の開口度

は/uən/ (-un)と同じくらい大きい。/iəŋ/ (-ing)には問題なく韻腹/ə/が存在している。残り

の/üən/、/iən/の開口度は/uən/、/iəŋ/よりは狭いものの、400Hz を超え、zu8 でも中央部

で少し開かれているのが分かる。

実はこれらの音は被験者によってばらつきがある。他の音ではほとんど一致している 5

人だが、/üən//iən//iəŋ/の3つの音に関しては振れが存在する。いくつか他のデータを紹

介しよう。

Zu9 /jiən/ /jiən3/ /jiəŋ/ /jüən/

1,000 300400

1,000

300

400

/iən/(in)

/iəŋ/(ing)

/iən3/(in3)

図9

/üən/(ün)

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図9は北3の/iən//iəŋ//üən//iən3/ (in, ing, ün,in3)の開口度の最も大きい位置である。北

3の/iən/ (in)の最高点は 400Hz 以下で、/ə/は認めがたい。ところが第3声(図では

/iən3/(in3))で見てみるとまた違ってくる。第3声の/iən/ (in)の中では/ə/が非常にはっきり

現れている。viii一方/üən/ (ün)の方は不安定で、/ə/が見える場合もあるが、はっきりしな

いときもある。/iəŋ/ (ing)では/ə/音が確認できる。

ちなみに北1では/iən3/(in3)と他の/iən/ (in)との間に明らかな違いは認められなかった。

Zu10 /jiən/ /jiəŋ/ /jüən/

1,000 300400

1,000

300

400

/iən/(in) /iəŋ/(ing)/üən/(ün)

図 10

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図 10 は南方人の両親の下で育った北南1の/iən//iəŋ//üən/( in, ing, ün)の開口度の最も大

きい点である。彼女の音を見ると風景がまた違ってくる。/iən/,/üən/ (in, ün)だけでなく

/iəŋ/ (ing)の F1 最大値も小さい。北京人の父母の下で育った他の4名とはっきりとした対

比をなしている。北3では/iəŋ/だけでなく、/iən/のF2値(zu9 /jiən/の下から 2 番目の線)

も/ə/の部分ではっきりと下がっていて、/i/から/ə/へ移ることに伴う舌の後ろへの移動を

もうかがうことができるが、北南2のF2値(zu10 /jiən/の下から 2 番目の線)はいささか

も動かない。彼女にとっては(in, ing, ün)中に/ə/は存在しないと言ってよさそうである。

/iən//iəŋ//üən/ (in, ing, ün)中の/ə/は現在北京では動揺しているように見える。これまで、

一部の研究者によって/iəŋ/(ing)の中の小開音は指摘されている。しかし/iən/(in)中の小開

音の指摘は私の知る限りない。北京人の父母の下で育った 4 名の被験者の/iən/ (in)には程

度の差はあるが、全て小開音/ə/が存在する。韻母体系を考える場合、この事実は大きい。

北京音が動揺している理由としては、解放後多くの人々が外地から北京に移住してきたこ

と、ピンイン制定とともに/ə/無しが標準とされ、ラジオ、テレビのアナウンサーの発音

を通して、(北京を含む)全国に流されていること等が考えられる。 この問題については③(付録)のところで別の角度からもう少し触れる。

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② (その2)/iəu//uəi//üəŋ/( iu, ui, iong)の中の/ə/

この3つの音を加えると体系仮説の中の/ə/を含む三複韻母は全て見たことになる。体系

仮説の整合性という点からこれらの音をも確認しておきたい。ピンイン表記( iu, ui, iong)

でも前の2つはゼロ声母の時には o(you)または e(wei)が加えられ、後の一つは声母が

ないときも(yong)有るときも(xiong)o が入いっている。それぞれ、i,u が韻腹ではない

ことを示している。

Zu11 /jiəu/ /duəi/ /xüəŋ/

図 11

1,000 300

1,000

250

300

400

/iəu/(iu) /uəi/(ui) /üəŋ/(iong)

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図 11 を見ると、確かに小開音が見て取れる。聞いた感じでは弱く、はっきりしないが、こ

うして測定してみると、第1声でもはっきりと存在することが分かる。

③ (付録) /ian//üan/( ian、üan)の中の/a/

Zu12 /jian/ /jüan/

/ian/(ian)の中の/a/は開口度が小さく、日本人には「あ」ではなく「え」に聞こえ、

/üan/(üan)の中の/a/も「え」と聞こえる場合が多いが、測定値はどうであろうか。図 12

がそれである。全て 800Hz 以下で、/a/の範囲を下回っている。

図 13 は図 12 と図7を合わせたものである。/üan/ (-üan)と/ian/ (-ian)中の/a/の位置は

/ə/よりも、少し高いが、/ə/の範囲にある。ピンインでも(a)と表記され、音素体系でも

/a/であると考えられるこの音が/ə/の音域にあることをどう説明すればいいのだろう。

次の図 14 を見ていただきたい。/ian/、/iən/ (ian, in)と/iaŋ/、/iəŋ/ (iang, ing)の2組の対

立の中の韻腹/a//ə/の開口度を比較したものである。

図 12

1,000 300400

1,000

300

400

/ian/(ian)

/üan/(üan)

/üan/(üan)/ian/(ian) /ə/(e) /ə/(o)

図13

1,000 400

300

300

400

1,000

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zu14 /jian/ /jiaŋ/ /jiən/ /jiəŋ/

この 2 組の内/ian/、/iən/ (ian, in)の/a/、/ə/の対は共にあるべき位置よりも開口度が小

さい。対立関係にある韻腹の二つの音が共に同一方向(上の方)へ移動しているのである。

しかし、その間の距離は/iaŋ/、/iəŋ/ (iang, ing)の対とほぼ同じ大きさで保たれている。区

別するという音素の機能から見ると十分果たされていることが分かる。

1,000 300400

1,000

300

400

/ian/(ian)

/iən/(in) /iaŋ/(iang)/iəŋ/(ing)

図14

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zu15 /jüən/ /jüan/

図 15 は/üan/と/üən/(üan と ün)中の韻腹/a//ə/の開口度を比較したものであるが、

こちらも/a/と/ə/が同じように一定の距離を保ちながら共に上へ(開口度が小さい方へ)

移動している。

/ian/、/üan/の/a/の開口度が小さい理由としてはやはり前後の音を考えるのが自然であ

ろう。三複韻母で両方を「狭」または「閉」で共に「前」という音にはさまれた音を十分

開ききるのは発音上つらいであろうと思われる。とすれば、/iən/ /üən/の開口度が本来の

/ə/よりも小さい理由は/ian/、/üan/の/a/の開口度が小さくなったことに対応した動きで

あると考えられる。

300400

1,000

300

400

/üan/(üan)/üən/(ün)

図15

1,000

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Ⅲ-4 /üəŋ/ (iong)中の「介音」

zu16 /xiaŋ/ /xüan/ /xüəŋ/

図 16 は/üəŋ/ (iong)と/i-/(介音/i/を持つ音)および/ü-/(iong 以外の介音に/ü/を持つ音)

の介音を比べたものである。図 16 では分布が接近していて分かりにくい。尺度を調節して、

対数をはずしたのが図 17 である。こちらで見ると(i-)と(ü-)の区別がかなりはっきり見て

取ることができる。/üəŋ/ (iong)の頭は(ü-)と同じ範囲に分布しており、/i/ではなく、/ü/

であることを示している。( iong (3) は一部第3声の音も含むことを示している)5

1,0001,5002,0002,5003,000

1,000

300

400

/i/ (i-)

/y/ (y-)

/yeng/ (iong(3))

図14

5: 第1声の字がないので、一部第3声の漢字を補っている

1,000

1,000

300

400

/i/(i-)

/ü/(ü-)

/üəŋ(3)/(iong(3))

図16

300400

/i/(i-)

/ü/( ü-)

/ üəŋ(3)/(iong(3))

図17

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Ⅲ-5 /au/ (ao)の中の /u/ (o)

zu18 /gau/ /diau/

図 18 は/au//iau/ (ao, iao)の中の/a/と/u/分布を示している。下の方が/a/の部分で、上

の方が/u/。/iau/ (iao)の/a/は前の音/i/の影響だろう、舌の位置が前寄りになっている。

/au/ (ao)の/a/は逆に後の音の影響か、後ろ寄りになっている。上の方の分布は音の終わる

部分、/au//iau/ (ao, iao)の最後はほぼ/u/の範囲に収まっている。 ix

Zu19 /dəu/ /xiəu/

ただ他の被験者によっては/u/の範囲から開口度が大きい方へ少し越えているものもある。

図 19 は北2のデータであるが、/au//iau/(ao,iao)の/u/(o)の部分に加えて、/au//iau/

図 18

図 19

1,000 300400

1,000

300

400

/au/(ao)

/iau/(iao)

1,000 300400

1,000

300

400

/əu/(ou) /iəu/(iu) /au/(ao) /iau/(iao)

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(ao,iao)と介音、韻尾が同じで韻腹だけが違う/əu/、/iəu/ (ou, iu)を表示し、比較するも

のである。/u/の位置は/au//iau/の方が明らかに開度が大きい。その理由として、小開音

/ə/からの移動に比べ、大開音/a/からの移動は大きく、/u/の本来の位置へ向かう途中で息

が切れてしまうものと捉えたい。ともあれ、多くは 400Hz 以下にあり、音素としては/u/

でいいだろう。

結び

以上、中国語韻母の音素体系仮説に従い、/ə/を中心に、問題になる音を大まかに見てき

た。体系がきわめて原則的、規則的なものであるにもかかわらず、実際の音が体系が示す

音素の特徴にほぼ沿ったものになっていることが分かっていただけたであろう。 体系を仮定することが韻母の理解に有益であることを示すと同時に、現在の発音理解の

混乱の多くを解決できたものと考える。 いくつか体系を一部外れた音が存在する。/ian//üan/、/au//iau/は前後の音の影響を受け、

発音しやすいように動いていると説明できよう。 /iən//üən/は /ian//üan/の移動と一体で考

えるべきであろう。/iən//iəŋ/を多くの話者が/ə/抜きで発音することの原因の一つに、国レ

ベルで標準音に対する理解が変わったこと、具体的には拼音標記から/ə/(e)が落ちているこ

とがあり、アナウンサーの標準が変わったことがあると思われる。その変化を数の上では

圧倒的に多い北京以外の出身者が推進している。これが、今後どのような形で収まるのか、

興味深いところではある。

最後に中国語の韻母体系表をもう一度見ていただき、その特徴をまとめておきたい。

中国語の韻母の音素体系の特徴 1、音節言語の特徴に沿って、狭から開、そして狭または閉へ

2、「介音」「韻腹」「韻尾」それぞれ位置の特性に合った2つまたは2×2の単純な対立

3 1,2の自然さ、単純さに基づく、高度な体系性

これだけの単純な組み合わせに、4つの声調と合わせると、中国語の韻母は合計 28×4(声

調)=112 の音を弁別することができる。

「韻母」体系表

φ /a/ /ai/ /au/ /an/ /aŋ/ /ə/ /əi/ /əu/ /ən/ /əŋ/

/i/ /ia/ - /iau/ /ian/ /iaŋ/ /iə/ - /iəu/ /iən/ /iəŋ/

/u/ /ua/ /uai/ - /uan/ /uaŋ/ /uə/ /uəi/ - /uən/ /uəŋ/

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注 i 徐恒 播音发声学 北京广播学院出版社 1985 129 页 ii この体系仮説は著者が初めて提起したものではない。まず基本的に中国の伝統的な捉え方を踏襲し

ている。体系図2や脚韻などで分かるように、伝統的にはこのような組み合わせの体系は想定され

たていたはずである。音素の体系としては橋本(参考文献で紹介する書の 424 頁)が ü の扱いを除

いてこの体系仮説と全く同じものを提示している。ただ、中身を見ると、一点、ピンインで(b、

p、m、f)の後の(o)と表記される音については体系仮説は /uə/だが、橋本は /ə/に入れている。

さらにピンインが制定される前に使われていた(今でも中国の辞書の多くにはピンインと共に表記

されている)注音符号もこの体系仮説に非常に近い。それぞれの音の認識で違う点はピンイン表記

で(o,uo,ou)の三音の(o)の部分に(e)とは別の符号が使われているところが違うだけで、(ong)(iong)にはともに(o)ではなく(e)に相当する符号が使われているなど、その他は全て体系仮説と

同じである。(o)に相当する符号も注音符号制定当初はなく、(e)と同じ符号が当てられていたも

のが、後に(e)の符号に若干の修正を加えた符号が追加されたものであり、制定時には橋本と全く

同じ音の認識がなされていたようである。また注音符号では韻腹と韻尾の組み合わせに一つの符号

が当てられ、音節は声母に割り振られた符号、介音に割り振られた符号、そして韻腹、韻尾の組み

合わせに割り振られた符号と続けられ、最大3つの符号で表記される。 iii 5 名の北京人に発音してもらった音は以下の通り。ただ、録音途中に少し加減をしたので、インフォ

ーマントによって若干の出入りがある。インフォーマントには漢字のみを提示して発音してもらった。

下の音素表記は中国語に不慣れな方への参考のためにここで付した。

搭 低 姑 哀 歪 烟 飞 懂 优 京 约 窘 熬(菜) 弯 央 欧 微 有

委 遮 呆 打 显 达 笛 gu2 局 多 修 接 捐 底 亨 岛 边

曾 笼 喝 拱 请 黑 尖 朽 诗 私 想

安 汪 压 恩 宗 温 窝 音 滚 宣 肮 恒 挖 医 翁 郭 颖 崩

军 五 灯 该 农 千 从 仰 鼓 葛 举 啊 腰 屋 割 耸 波

引 呆 乖 鲜 堆 苟 俊 撅 高 关 江 兜 蹲 知 资 耳

大 地 各 句 甘 光 家 跟 东 稳 拥 笑 椰 刚 瓜 耕 公

坡 金 损 永 脚 妈 交 督 眼 轰 应 运 搞 摔 掂

杯 允 归 搜 红 扔 纠 冤 端 香 沟 昆 缩 酒 鬼

晕 苏 溜 能 单 虾 奔 松 摸 仅 迂 当 柳 用 青 琼

送 凶 刷 西 中 咬 居 袄 动 寻 他 雕 奢 肿

讲 冷 车 小 虚 勋 刀 熬(药)饿 井 群 寝 鹅 冰 新

饼 孙 虽 双 憋 亲 熊 帮 星 靴 消

/da//di//gu//ai//wai//ian//fəi//duəŋ//iəu//jiəŋ//üə//qüəŋ//au//uan//iaŋ//əu//uəi//iəu3/

/uəi3/zhə//dai//da3//xian3//da2//di2//gu2//jü2//duə//xiəu//jiə//jüan//di//həŋ//dau//bian/

/cəŋ2//luəŋ2//hə//guəŋ3//qiəŋ3//həi//jian//xiəu/sh//s//xiaŋ3/

/an//uaŋ//ia//ən/zuəŋ//uən//uə//iən//guən3//xüan//aŋ//həŋ2//ua//i//uəŋ//guə//iəŋ//bəŋ/

/jüən//u3//dəŋ//gai//nuəŋ2//qian//cuəŋ2//iaŋ3//gu3//gə2//jü3//a//iau//u//gə//suəŋ3//buə/

/iən3//dai//guai//xian//duəi//gəu//juən4//jüə//gau//guan//jiaŋ//dəu//duən//zh//z//ər3/

/da4//di4//gə4//jü4//gan//guaŋ//jia//gən//duəŋ//uən3//üəŋ//xiau//iə//gaŋ//gua//gəŋ//guəŋ/

/puə//jiən//suən3//üəŋ3//jiau3//ma//jiau//du//ian3//huəŋ//iəŋ//üən4//gau3//shuai//dian/

/bəi//üən3//guəi//səu//huəŋ//rəŋ//jiəu//üaŋ//duan//xiaŋ//gəu//kuən//suə//jiəu3//guəi3/

/üən//su//liəu//nəŋ2//dan//xia//bən//suəŋ//muə//jiən3//ü//daŋ//liəu3//üəŋ4//qiəŋ//jüəŋ2/

Page 29: 中国語韻母の体系 - yulam1 中国語では「漢語拼音 」、文字通り中国語の音表記を意味している 2 以下Ⅰでまずこの3つの要素からなる「韻母」の体系を想定したい。そしてⅡで音声分

29

/suəŋ4//xüəŋ//shua//xi//zhuəŋ//iau3//jü//au//duəŋ4//xüən2//ta//diau//shə//zhuəŋ3/

/jiaŋ3//ləŋ//chə//xiau//xü//xüən//dau//au2/ /ə4//jiəŋ3//qüən2//qiən2//ə2//biəŋ//xiən/

/biəŋ3//suən//suəi//shuaŋ//biə//qiən//xüəŋ2//baŋ//xiəŋ//xüə//xiau/ iv Sugi Speech Analyzer 杉藤美代子 監修著 株式会社アニモ v 最も都合のよいデータを出しているように思われるかもしれない。あえて否定しないが、その他にも、

他の被験者のデータが整合性という点で少し劣ることがある。その原因としてソフトの技術的な問

題が大きい。例えば鼻音 /m/が誤動作を誘ったと思われる点、 /a/が人によって低い Hz でF1らしき

ものを出してしまう点、または介音 /u/を一部北京人が〔v〕と発音するなどがある。それらを文中で

説明する煩を避けたいという思いも大きい vi 単韻母 /ə/のスペクトログラムは一見複音に見える。複音だとすると非円唇の狭音から半開へという

ことになり、/uə/(o または uo)と狭音で円唇非円唇で対立関係にある音とみる見方も成立する。注

音符号で本来同じ符号だったものを後に「ㄜ」(e)から「ㄛ」(o)を分離したのも根拠があると言わ

なければならない。ただ、ここでこれを複音として扱うと全体の体系の説明が複雑になるので、今後

の課題とし、とりあえず単音として扱わせていただく。なお、朱春躍は『中国語・日本語音声の実験

的研究』で複音としている。参照していただきたい。 vii 複韻母では、どの点を取るべきかが難しい。基本的に/i/、/u/、/ü/は出来るだけ小さな数値を、一

方/ə/、/a/はできるだけ大きな数値を取った。 viii 第3声は発声時間が第1声よりも長い。特に「腹」の部分が長くなり、はっきり発音される。他の

声調の場合聞き取りにくい三複韻母の「腹」の音の /ə/がよく聞き取れることは /iəu/ (iu) /uəi/(ui)の中の /ə/などでもよく知られるところである。 /iən/ (in)の中の /ə/が第3声ではっきり現れるとすれ

ば、北京人の /iən/(in)には /ə/が存在しており、発声時間と前後の音との関係ではっきりと現れな

い場合があるにすぎないと言えなくもない。ただ、これも個人差があるので、これ以上は踏み込ま

ない。 ix /au/、/əu/の対立を考えた時、主要な対立点は /a/と /ə/、大開と小開であるが、もう一つ /u/の音にも差

を付けると違いがもっとはっきり分かる。つまり、音の弁別という点から言えば /u/から遠い方の /a/の後に続く /u/を本来の位置までしっかりともっていかないことに積極的な意味があるとも言えるる。

参考文献 音声学概論 ピーターラディフォギット著 竹林滋 牧野武彦 共訳 大修館書店 1999 中国語発音教室 中国語友の会 倉石武四郎 編 大修館書店 1968 橋本萬太郎著作集 第3巻 音韻 内山書店 2000 A Grammar of Spoken Chinese Yuan Ren Chao University of California Press 1968 The Phonology of Standard Chinese San Duanmu 著 Oxford University Press 2000 外国学生漢語語音学習対策 朱川 主編 語文出版社 1997 汉语普通话语音辨正 李明 石佩雯 编著 北京语言学院出版社 1896 中国語・日本語音声の実験的研究 朱春躍 著 くろしお出版社 2010