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技術論文 66 富士ゼロックス テクニカルレポート No.27 2018 メカニズムベース開発によるプラスチック成形の 生産性向上 Improving Plastic Molding Productivity through Mechanism-based Development 富士ゼロックスでは、当社独自の品質機能展開(Quality Function Deployment:QFD)であるFX-QFD、品質工 学、シミュレーションの3つの手法を活用して開発を進め る「メカニズムベース開発」を推進し、開発の効率化を目 指している。本稿では、プラスチック射出成形における金 型温調システムの設計にメカニズムベース開発を活用し た事例を述べる。FX-QFDを用いて金型の冷却メカニズム を検討・明確化し、その情報に基づいて品質工学のパラ メーター設計の実験計画を策定し、シミュレーションを用 いて実施した。その結果、成形の冷却時間の42%短縮化 と、品質や加工費、金型温調システムの設備投資なども含 めた総合的なコストダウンを実現した。 Abstract In efforts to increase efficiency in development, Fuji Xerox promotes a mechanism-based development using the following three methods: a Fuji Xerox-unique quality function deployment (FX-QFD), robust quality engineering, and simulation. This paper describes an application of mechanism-based development in the design process of a temperature control system for plastic injection molds. In this application, FX-QFD was used to investigate and clarify the mold cooling mechanism, robust quality engineering was used to plan experiments for parameter designs based on the clarified mechanism, and lastly, simulated experiments were conducted. By dint of this mechanism- based development, mold cooling-time was reduced by 42%, which contributed to an overall reduction of costs related to quality, processing, and capital investment in the mold temperature control system. 執筆者(Author曽我光英(Mitsuhide Soga*1 安藤 力(Chikara Ando*1 山川泰明(Yasuaki Yamakawa*2 有働雄也(Yuya Udou*3 *1 RTD&M企画管理統括部 開発生産性推進グループ Development Productivity Improvement Promotion Group*2 富士ゼロックスハイフォン Fuji Xerox Hai Phong Co., Ltd.* 3 富士ゼロックスシンセン Fuji Xerox of Shenzhen Ltd.【キーワード】 成形、金型、温調システム、冷却、メカニズムに基づく開発、 品質工学、パラメーター設計、SN比、品質機能展開、4軸QFD、 樹脂流動解析、TD 2 M Keywordsplastic molding, dies, molds, temperature control system, cooling, mechanism-based development, robust quality engineering, parameter design, S/N ratio, quality function deployment, four-axis QFD, resin flow analysis, technology data and delivery management, TD 2 M

技術論文 メカニズムベース開発によるプラスチック …...Function Deployment:QFD)であるFX-QFD、品質工 学、シミュレーションの3つの手法を活用して開発を進め

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技術論文

66 富士ゼロックス テクニカルレポート No.27 2018

メカニズムベース開発によるプラスチック成形の生産性向上 Improving Plastic Molding Productivity through Mechanism-based Development

要 旨

富士ゼロックスでは、当社独自の品質機能展開(Quality

Function Deployment:QFD)であるFX-QFD、品質工

学、シミュレーションの3つの手法を活用して開発を進め

る「メカニズムベース開発」を推進し、開発の効率化を目

指している。本稿では、プラスチック射出成形における金

型温調システムの設計にメカニズムベース開発を活用し

た事例を述べる。FX-QFDを用いて金型の冷却メカニズム

を検討・明確化し、その情報に基づいて品質工学のパラ

メーター設計の実験計画を策定し、シミュレーションを用

いて実施した。その結果、成形の冷却時間の42%短縮化

と、品質や加工費、金型温調システムの設備投資なども含

めた総合的なコストダウンを実現した。

Abstract

In efforts to increase efficiency in development, Fuji Xerox promotes a mechanism-based development using the following three methods: a Fuji Xerox-unique quality function deployment (FX-QFD), robust quality engineering, and simulation. This paper describes an application of mechanism-based development in the design process of a temperature control system for plastic injection molds. In this application, FX-QFD was used to investigate and clarify the mold cooling mechanism, robust quality engineering was used to plan experiments for parameter designs based on the clarified mechanism, and lastly, simulated experiments were conducted. By dint of this mechanism-based development, mold cooling-time was reduced by 42%, which contributed to an overall reduction of costs related to quality, processing, and capital investment in the mold temperature control system.

執筆者(Author) 曽我光英(Mitsuhide Soga)*1 安藤 力(Chikara Ando)*1 山川泰明(Yasuaki Yamakawa)*2 有働雄也(Yuya Udou)*3 *1 RTD&M企画管理統括部 開発生産性推進グループ

(Development Productivity Improvement Promotion Group) *2 富士ゼロックスハイフォン

(Fuji Xerox Hai Phong Co., Ltd.) * 3 富士ゼロックスシンセン

(Fuji Xerox of Shenzhen Ltd.)

【キーワード】

成形、金型、温調システム、冷却、メカニズムに基づく開発、

品質工学、パラメーター設計、SN比、品質機能展開、4軸QFD、

樹脂流動解析、TD2M

【Keywords】 plastic molding, dies, molds, temperature control system, cooling, mechanism-based development, robust quality engineering, parameter design, S/N ratio, quality function deployment, four-axis QFD, resin flow analysis, technology data and delivery management, TD2M

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技術論文

メカニズムベース開発によるプラスチック成形の生産性向上

富士ゼロックス テクニカルレポート No.27 2018 67

1. はじめに

近年、複写機やプリンターは、性能やコスト、環境性能、

使用環境のグローバル化などお客様の要望が多様化し、そ

れに比例して性能面の要求水準も高まっている。そのため、

特に新機種の開発においては、QCD(品質・コスト・納期)

目標の達成に向けてさまざまな課題に直面する。具体的に

は、基本性能の確保、多様な気候や紙種などの使用環境や

劣化に対する性能の安定性(ロバスト性)の獲得、低コス

トを実現する設計や生産技術、開発を納期順守あるいは前

倒しするための効率化などが挙げられる。中でも、技術の

基本的な機能に起因する性能未達や、技術・商品の使われ方

や経年劣化といったノイズに対するロバスト性の確保に代

表される、本質的な技術課題の対応には多くの工数を要す

ることが多い。

それらの対応は多面的な視点から取り組むべきである

が、特にメカニズムに基づいて技術の作り込みを徹底する

ことは一貫して重要となる。設計の自由度が高い開発の上

流段階で、技術の機能発現メカニズムを明らかにして、そ

れに基づいた本質的なロバスト設計を行うことで、さまざ

まなノイズに対して機能を発揮する設計許容範囲の確保が

可能となり、開発中や市場導入後の品質トラブル防止につ

ながる。また、万が一トラブルが発生しても、明らかにし

たメカニズムを基に、対応策を素早く決めることができる

ため、早期に収束させることができる。

このような開発を実行することで、「開発効率を上げ、よ

り良い商品をできるだけ早くお客様にお届けする」ことを

目指し、富士ゼロックスは、メカニズムの明確化を通じて

開発の効率化と革新的技術の創出を実現する開発の進め方

として「メカニズムベース開発」を推進している。部材の

開発・生産などの要素技術や、画像形成や紙送りのシステ

ム開発で実践し、成果を社内で共有することで風土として

根づかせることを目指している。

メカニズムベース開発の具体的な手段は、当社独自の品

質機能展開(Quality Function Deployment:QFD)で

ある①FX-QFD、②品質工学、③シミュレーションの3つ

の手法である。それらを開発の適材適所で組み合わせなが

ら活用することで相乗効果を発揮させ、メカニズムの明確

化から設計完了までのプロセスを効率化する(図1)。

①FX-QFDとは、メカニズムを記述する富士ゼロックス

独自のツールであり、メカニズム展開ロジックツリー

(Mechanism Deployment Logic Tree:MDLT)と、

4軸品質機能展開(4軸QFD)から成る。MDLTは、特定

の品質を起点に、メカニズムを演えん

繹えき

的に機能展開した樹形

図であり、メカニズムを網羅的に理解するための仕組みで

ある。また、4軸QFDは、メカニズムを「品質」-「機能」

-「物理」-「設計」の4階層に分けて一覧表示することで、

設計項目と品質の因果関係や、二次障害の原因となる品質

間の交互作用を可視化する仕組みである。1)

FX-QFDによって明らかにしたメカニズムを基に、②品

質工学のパラメーター設計に必要な理想機能、特性値、ノ

イズ、制御因子を抽出することで、実験計画を的確に策定

でき、より高いレベルのロバスト化が図れる。

さらに、③シミュレーション活用においては、メカニズ

ム情報を基に適切なシミュレーションモデルを構築できる

ことに加えて、実物では測定が困難な特性値を定量化する

ことによるメカニズムの明確化が行える。

本稿では、コストダウンをねらいとして、メカニズム

ベース開発をプラスチック射出成形に活用し、成形サイク

ルタイムの短縮化を図った事例について紹介する。

2. プラスチック射出成形の事例の概要

射出成形とは、加熱・軟化させた材料を、射出圧を加え

ながら金型に充填して成形品を得る工法である。プラス

チック射出成形を行うためには、樹脂ペレット、成形機、

金型、金型温調システムが必要となる。本事例では、この

「金型温調システムの設計」にメカニズムベース開発を活

用し、金型冷却時間の短縮を図った。

具体的には、4軸QFDにより金型の冷却メカニズムを明

確化し、その情報に基づいて、品質工学を用いたパラメー

ターテストを計画した。さらにシミュレーションを用いて、

図1 メカニズムベース開発で用いる3手法

7

12

20

37

0 10 20 30 40

新生産

条件

現行条件

成形サイクルタイム(秒)

型締め 射出 保圧 冷却 離型

サイクルタイム短縮

冷却時間短縮

図2 成形サイクルタイムの現状と改善後

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技術論文

メカニズムベース開発によるプラスチック成形の生産性向上

68 富士ゼロックス テクニカルレポート No.27 2018

試作レスでパラメーター設計を実施した。その結果、金型

冷却時間を12秒から7秒へと42%短縮できた。これに加

え、金型開閉速度の改善など他の施策もあわせて行った結

果、成形サイクルタイム全体では、37秒から20秒へ短縮

し、成形工程の生産性向上が実現できた(図2)。さらに、

品質や加工費、金型温調システムの設備投資などに関して、

損失金額の観点も含めて投資対効果を確認できた。

3. 実践事例「プラスチック射出成形の生産

性向上」の課題と進め方

3.1 射出成形の課題

プラスチック射出成形は、多様な形の部品を連続して製

造可能で、当社でも多くの部品の製造に用いている。

射出成形では、高温で溶かした樹脂材料を金属の金型に

送り、冷却して部品を金型から取り出すことを繰り返す。

冷却が不十分な状態で金型を開くと、部品が取り出せな

かったり、取り出した部品の変形が大きくなったりなど、

品質問題につながる。逆に、十分に冷却した後に金型を開

けば品質は目標レベルを達成できる可能性は高まるが、そ

の分生産スピードは低下する。

部品の寸法・形状精度と生産量を両立するには、金型冷

却速度の向上は有効な手段である。一般に、金型内に冷却

水を通し、金型を介して高温の樹脂から熱を奪う温調シス

テムが導入されている。本事例の課題は、金型温調システ

ムの性能を向上させ、生産スピードを高めることである。

3.2 金型温調システムの設計課題

金型温調システムの性能を向上させるためには、金型内

に冷却水を通す配管を適切に配置する必要がある(図3)。

設計で取り上げるパラメーターは数多くあり、これまで、

どのパラメーターを優先させるべきか個々の設計者の勘や

経験に頼った部分も残っていたため、金型温調システムと

して能力が不十分で、設計の手戻りが発生することもあった。

3.3 新しい金型温調システム設計の進め方

今回、メカニズムベース開発を活用するうえで、下記の

①~⑤のステップで活動を進めた。

① 成形サイクルタイムの現状分析

② FX-QFDを用いた金型温調システムの技術知見の深掘

り・可視化

③ 品質工学とシミュレーションを用いたパラメーター設計

④ 成形サイクルタイムを変え、機能性評価(SN比)と部

品寸法(品質特性)で到達レベルの確認

⑤ 成形サイクルタイム短縮の効果確認

4. 実践事例の詳細

4.1 成形サイクルタイムの現状分析

射出成形の1サイクルを、型締め、射出、保圧、冷却、離

型の5つの動作に分類し、現状の各動作のサイクルタイム

を測定した(図2の現行条件)。

各動作の中で、冷却工程が12秒と最も長い時間を要し

ていることから、改善対象に選択した。金型冷却工程の所

要時間短縮をねらい、金型温調システムの最適化を行う。

4.2 FX-QFDを用いた技術知見の深掘り・可

視化

当社では、金型温調システム設計に関して、個々の設計

者が固有に知見を有していたため、社内に技術知見が局在

している状態であった。

そこで、設計チームメンバーが持つ金型冷却プロセスの

技術知見を4軸QFDに集約・整理した(図4)。品質機能展

開では、品質と機能の関係、機能と設計の関係などを2軸

のマトリックスで表すのが一般的であるが、4軸QFDでは

「品質」-「機能」-「物理」-「設計」の4つの要因を用い

るのが特徴である。これを基に、それぞれの技術者が持つ

知見を共有し、4つの軸を意識しながら議論することによ

り、対象の技術についてメカニズムの考察を進めた。

成形部品

配管

図3 金型内配管図(左)と

シミュレーション結果(右)の一例

図4 成形プロセスの4軸QFD表の一部

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技術論文

メカニズムベース開発によるプラスチック成形の生産性向上

富士ゼロックス テクニカルレポート No.27 2018 69

樹脂

から

奪っ

た熱

(2

軸)

改善後のイメージ

ばらつきσ小

樹脂

から

奪っ

た熱

(2

軸)

現状のイメージ

傾きβ

ばらつきσ大

金型と冷却水の温度差(3軸) 金型と冷却水の温度差(3軸)

次に、品質工学を用いた最適化の実験計画を検討した。

4軸QFDをベースに、どのような「2軸(機能)」を特性値

とするのかを決め、この2軸(機能)と関係する「4軸(設

計条件)」から因子・水準を設定した。「1軸(品質)」は、

お客様や次工程に対して保証する大切な指標の1つである

が、1軸(品質)を特性値とした品質工学実験は、特性値の

加法性の確保が難しく、技術の機能を高める情報を獲得し

にくい。これに対し、品質工学実験に先立って4軸QFDを

検討することで、安易に成形部品のそりなどの1軸(品質)

だけを実験の特性値とすることを防止できる。

実験には流動解析シミュレーションを使用した。これに

より、現物では測定が難しい金型内の温度について、同時

にさまざまな場所での定量把握が可能になった。また、「3

軸(物理量)」である冷却水の流量について、シミュレーショ

ンの設定値と実際の流量において乖かい

離り

の懸念が挙がったた

め、冷却水の流量を事前実験で確認し、より現実に近いシ

ミュレーションが進められるように調整を行ったうえで、

実験を実施した。

4.3 金型温調システムのパラメーター設計

品質工学手法の1つであるパラメーター設計は、対象と

する技術の理想機能を入力と出力の関係で定義し、そこに

理想機能をばらつかせるノイズを与え、理想の入出力関係

からのずれをSN比(温度ばらつき)で評価する方法である。

この事例においては、冷却システムの機能やノイズをどの

ように設定し、与えるかが重要である。

まず、4軸QFD表の2軸(機能)に記載されている項目

を検討した。製造工程における成形加工は、投入した樹脂

ペレットを部品仕様に合わせた形状に加工することが主な

働きである。その中で金型温調システムの冷却機能の役割

は、冷却水温度と樹脂温度の差(3軸)に応じて、金型を通

して高温の樹脂から熱を奪う(2軸)ことにあると考え、金

型温調システムの理想機能として、図5のように「入力:金

型と冷却水の温度差(3軸)-出力:樹脂から奪った熱(2

軸)」の関係を設定した。

次にノイズ因子を検討した。一般的にノイズ因子は内乱

(劣化、疲労など)と外乱(使用条件および環境条件の変

化など)がある。本事例では、部品形状の複雑さによって

場所ごとに冷却速度が異なることに着目した。平板のよう

な部分は素早く冷えるが、ブロック状の部分は冷却しにく

いことがわかっている。そこで金型を複数の小さな部分の

集積物と見立て、平板あるいはブロック状の熱量が異なる

箇所を複数選んでノイズとし、それぞれの温度変化をデー

タとした。

以上をまとめ、パラメーター設計による金型温調システ

ムの機能性改善の概念を図5に示す。入力(横軸)を金型と

冷却水の温度差、出力(縦軸)を一定時間後の樹脂の温度

低下量とした。それぞれの点は、金型のさまざまな場所で

あり、早く冷える部分はグラフの上方に、ゆっくり冷える

部分は下方にプロットされる。

理想的な状態は、どこでも均一な温度(ばらつきσが小

さい)で、熱交換効率が高い(傾きβが大きい)ことであ

る。これを表した指標がSN比ηと感度Sで、それぞれ式(1)、

式(2)である。

ばらつきσ

傾きβ比η= log10SN × (1)

( )2傾きβ 感度 log10 ×=S (2)

金型温調システムのSN比と感度を高めることは、シス

テムの「機能」を高めることである。この機能アップ分を、

冷却時間を短くすることに活用し、成形加工プロセスのム

ダを減らすことが可能になる。

現実の成形サイクルでも、部品のある一部分の温度が高

い状態では金型を開くことはできない。ここからも、温度

のばらつきを小さくすること(SN比の改善)が成形サイク

ルの改善に有効な手段であるといえる。

因子 A 因子 B 因子 C 因子 D 因子 E 因子 F 因子 G

実験No.

温調回路条件 1

温調回路条件 2

温調回路条件 3

金型条件 温調回路 条件 4

温調回路 条件 5

温調回路条件 6

実験 データ

1 あり 小 小 材質 1 小 細/長 大

信号水準 3

×

ノイズ水準 22

×

L18 実験数 18

1188 データ

2 あり 小 中 材質 2 中 中/中 中

3 あり 小 大 材質 3 大 太/短 小

4 あり 中 小 材質 1 中 中/中 小

5 あり 中 中 材質 2 大 太/短 大

6 あり 中 大 材質 3 小 細/長 中

7 あり 大 小 材質 2 小 太/短 中

8 あり 大 中 材質 3 中 細/長 小

9 あり 大 大 材質 1 大 中/中 大

10 なし 小 小 材質 3 大 中/中 中

11 なし 小 中 材質 1 小 太/短 小

12 なし 小 大 材質 2 中 細/長 大

13 なし 中 小 材質 2 大 細/長 小

14 なし 中 中 材質 3 小 中/中 大

15 なし 中 大 材質 1 中 太/短 中

16 なし 大 小 材質 3 中 太/短 大

17 なし 大 中 材質 1 大 細/長 中

18 なし 大 大 材質 2 小 中/中 小

表1 パラメーター設計の因子と水準(L18直交表)

図5 ばらつき改善を活用した機能改善のイメージ

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技術論文

メカニズムベース開発によるプラスチック成形の生産性向上

70 富士ゼロックス テクニカルレポート No.27 2018

-28

-26

-24

-22

-20

-18

SN

比(

db)

:現行条件 :最適条件

-3.0

-2.0

-1.0

0.0

有 無 小 中 大 小 中 大

材料

1

材料

2

材料

3 小 中 大

細/長

中/中

太/短 大 中 小

- - -

回路1

A

回路2

B

回路3

C

金型条件

D

回路4

E

回路5

F

回路6

G

誤差項

感度

(d

b)

20

30

40

50

60

70

80

0

60

12

0

18

0

24

0

金型

温度

(℃

成形時間(秒)

現行条件

新生産条件温度低下が早い

温度低下が遅い

制御因子は温調システム設計の代表的なパラメーター

で、温調回路の流路設計関連の6因子と金型条件関連の1因

子の計7因子を選択し、L18直交表に割り付けた(表1)。入

力は120・130・140℃の3水準とした。これは、金型温

度を160℃、冷却水温度を40・30・20℃の3条件に想定

した設定である。ノイズ因子の測定位置は、キャビティ側

11点、コア側11点の計22点とした。よって、取得するデー

タ数は、「L18直交表の実験数(18)×信号因子の水準数(3)

×ノイズ因子の水準数(22)= 1188データ」である。

以上の条件に従いシミュレーションを行い、データを採

取した。さらに、これらのデータを基に基準点比例式2)の

SN比η、感度S を求めた。

図6にSN比ηと感度Sの要因効果図を示す。要因効果図

は、実験で取り上げた制御因子がシステムのSN比、感度に

どのように影響しているのかを示したグラフである。図6

の要因効果図から基本的にSN比と感度を高める水準を選

んで最適条件を決めた。因子B、E、F、Gに関しては、SN

比と感度に対しての寄与が小さかったので、流路の加工の

しやすさなど他の観点から最適水準を選定した。

選択した最適水準の妥当性を判断するため、現行条件と

最適条件の2つの条件で、L18直交表実験と同じ信号因子と

ノイズ因子の条件でシミュレーションによる確認実験の結

果を図7に示す。最適条件は現行条件に比べて、ばらつき

が小さくなっている。また、SN比、感度の結果も要因効果

図から推定した値を再現しており、改善の効果が確認された。

4.4 実物でのサイクルタイム短縮の確認

シミュレーションで設定した最適条件の効果を実物で

も確認した。最適条件を反映させた検証用金型を作製し、

シミュレーションと同一の入力条件で現行水準と最適水準

の成形を行った。特性値は、金型温度に相当し、かつ測定

可能な特性値として、成形部品の22カ所の表面温度をサー

モグラフィで測定した。実験の結果、SN比、感度ともにシ

ミュレーションを再現し、最適条件の妥当性が実物でも確

認できた。

次に、最適条件で短縮可能なサイクルタイムを検討した。

これまでの実績では、成形品の取り出しが可能な最大表面

温度90℃以下、SN比が-25.22db以上で、成形品の品質

が確保できていた。冷却水の設定温度20℃、サイクルタイ

ム20秒での実験データでは、最大表面温度89℃はその条

件を満たしているが、SN比は-27.49dbと約2db悪化し

ていた。そこで、SN比の悪化分が部品寸法に与える影響を

確認するために、現行条件とサイクルタイムを20秒とした

新生産条件で部品寸法を比較した。100ショットの成形の

中から15・20・30・50・100ショット目の5部品を抜

き出し、それぞれ16カ所の寸法を測定した。その結果、予

想どおり新生産条件では現行条件と比較して寸法ばらつき

が標準偏差で数μm大きくなった。しかし、部品寸法の許

容差から考えて、新生産条件の量産導入は可能と判断した。

以上より、パラメーター設計による最適化で金型冷却温

度のばらつきを小さくしておき、その後生産スピードを上

げてサイクルタイムを短くすることで、20秒までなら同等

レベルの部品品質を得られることを確認できた。

4.5 効果の確認

1) 技術的視点の効果確認

技術的効果の確認と知見の蓄積をねらいとして、4軸

QFDで冷却プロセスの2軸(機能)とした金型温度の安定

性を評価した。金型内に複数の熱電対を設置し、連続成形

時の金型温度を確認した(図8)。

金型温度のグラフは複数の熱電対で測定した最大値を

図6 SN比と感度の要因効果図

図7 現行条件と最適条件の金型温度の計算値 図8 金型温度の安定性確認結果

0

50

100

150

0 50 100 150

(樹

脂か

ら奪

った

熱)

(℃

最適条件

ばらつき小

0

50

100

150

0 50 100 150

(樹

脂か

ら奪

った

熱)

(℃

現行条件

ばらつき大

(金型温度-冷却水温度)(℃) (金型温度-冷却水温度)(℃)

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技術論文

メカニズムベース開発によるプラスチック成形の生産性向上

富士ゼロックス テクニカルレポート No.27 2018 71

プロットしたもので、横軸の時間に対して上下変動する形

となり、山谷の1周期が成形の1サイクルを示している。

現行条件と新生産条件を比較すると、新生産条件が1サ

イクルの温度低下が早い。これは金型が樹脂から効率よく

熱を奪い、冷却水への熱の拡散も速いことを示していると

考えられる。これまで検討してきた2軸(機能)が高まって

いることを成形機の中の金型温度でも確認できた。

また、この技術情報を有効に展開・活用するため、これ

まで検討してきた4軸QFD表など、メカニズムに関連する

技術情報をドキュメントアーカイバーに蓄積し、共有を

図っている。本事例の実験データについても、多くの技術

者が参照できるように格納を行っている。

2) 投資対効果の試算

この技術を導入するためには、金型および設備に追加の

投資を必要とする。そこで品質工学の損失関数3)の考え方

を用いて、投資対効果を試算した。

損失関数を活用し部品測定の総コスト(損失)を検討し

た先行事例4)などを参考に、損失を品質損失、部品費、金型

追加投資等償却費および増設費の4項目に分け、この4項目

をすべて部品1個あたりに換算し、効果を見積もった。

品質損失は、部品寸法のばらつきに比例する。新生産条

件の品質損失は、現行条件より寸法ばらつきが数μm大き

いので、0.35円/個大きくなる。

部品費は、材料費と加工費の観点で考えた。新生産条件

の材料費は現行条件と同等で、加工費は成形サイクルタイ

ムにより変わってくる。

償却費は、設備改造分と金型改造分で考え、設備改造費

は5年、金型改造費は1年でそれぞれ全額償却とした。

ラインの増設費用は、現行の成形サイクルタイムで年間

生産数量が100万個を超えた場合、必要になる。

年間生産量が66万個を超えると、投資に対してサイク

ルタイム短縮による加工費の効果がプラスに転じる。本部

品の年間生産量200万個では、部品1個あたり5.6円損失

が小さくなり、1年間で約1,100万円の効果が見込めるこ

とがわかった。

生産スピードの向上により1ラインの年間生産量200

万個のめどが立ち、ライン増設費用の投資を抑制できるこ

とは大きな効果である。

5. おわりに

当社で推進している「メカニズムベース開発」の実践事

例を説明した。

プラスチック成形の冷却性能課題に対し、FX-QFD(4

軸QFD)、品質工学(パラメーター設計)、シミュレーショ

ン(樹脂流動解析)を活用し、現行品と同等の品質レベル

で成形の冷却時間を5秒(42%)短縮でき、生産スピード

を高めることができた。また、対象部品の投資対効果の試

算では、本技術の導入に必要な金型および設備への追加投

資分を、成形サイクルタイム短縮による加工費の低減によ

り短期間で回収することが可能であり、効果額は年間約

1,100万円と見積もれた。

今後は、本事例のような単体要素技術にとどまらず、さ

らに複数のシステムで構成する複写機やプリンターのシス

テム設計にもメカニズムベース開発の活用を広げていく。

さまざまな活動で効果を実証して、当社の開発プロセスと

して浸透するよう推進していきたい。

謝辞

実践事例での品質工学活用にあたり、一般社団法人品質

工学会での学会発表、論文5)を通した議論や頂いた意見は

大変参考になった。ここに記し、深くお礼を申し上げる。

参考文献

1) 伊藤朋之ほか:“メカニズムに基づく開発プロセスの構築と実践”,富

士ゼロックス テクニカルレポート, No.26, pp.19-26, (2017).

https://www.fujixerox.co.jp/company/technical/tr/2017/s_03.html( 参 照

日:2018.01.01)

2) 日本規格協会:JIS Z 9061:2016(J) 「新技術及び新製品開発プロ

セスのための統計的方法の応用-ロバストパラメータ設計(RPD)」,

pp.14-17,日本規格協会,(2016).

3) 田口玄一ほか:ベーシックオンライン品質工学,pp.15-27,日本規

格協会,(2009).

4) 奈良敢也ほか:“プレス部品板厚測定器の機能性評価”,品質工学,

Vol.17,No.2,pp.77-83,(2009).

5) 曽我光英ほか:“金型温調システムの最適化によるプラスチック成形の

生産性向上”,品質工学, Vol.25,No.1,pp.32-40,(2017).

筆者紹介

曽我光英 RTD&M企画管理統括部 開発生産性推進グループに所属

専門分野:品質工学、統計解析

安藤 力 RTD&M企画管理統括部 開発生産性推進グループに所属

専門分野:品質工学、ゼログラフィーマーキング技術

山川泰明 富士ゼロックスハイフォンに所属

専門分野:プラスチック金型成形技術、デジタル生産技術

有働雄也 富士ゼロックスシンセンに所属

専門分野:プラスチック金型成形技術、デジタル生産技術