マリアナ攻防戦 鋼鉄の海嘯 Nobuyoshi Yokoyama 横山信義 立ち読み専用 立ち読み版は製品版の1〜20頁までを収録したものです。 ページ操作について 頁をめくるには、画面上の□ (次ページ)をクリックするか、キー ボード上の□ キーを押して下さい。 もし、誤操作などで表示画面が頁途中で止まって見にくいときは、上 記の操作をすることで正常な表示に戻ることができます。 画面は開いたときに最適となるように設定してありますが、設定を 変える場合にはズームイン・ズームアウトを使用するか、左下の拡大 率で調整してみて下さい。 本書籍の画面解像度には1024×768pixel(XGA)以上を推奨します。

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  • マリアナ攻防戦鋼鉄の海嘯

    Nobuyoshi Yokoyama横山信義

    立 ち 読 み 専 用立ち読み版は製品版の1〜20頁までを収録したものです。

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  • 口絵・挿画 

    高荷義之

    地図・図版 

    安達裕章

    編集協力 

    らいとすたっふ

    D 

    T 

    P 

    平面惑星

  •   

    目  

    第一章 

    絶対国防圏

    9

    第二章 

    死闘マリアナ上空

    37

    第三章 

    夜の鉄牛

    83

    第四章 

    機動部隊急襲

    121

    第五章 

    第二艦隊猛進

    159

    第六章 

    猛将還る

    219

  • 鋼鉄の海嘯

    マリアナ攻防戦

  • 第一章 絶対国防圏

  • 10

     

    昭和一九年四月一日未明、一機の四発機が、東方

    海上よりトラック環かん礁しょ

    うに接近しつつあった。

     

    開戦以来、米陸軍航空隊の主力爆撃機を務めてき

    たボーイングB17〝フライングフォートレス〞では

    ない。

     

    胴体はB17のそれよりやや短く、太い。全般に、

    ごつごつと角張った形状だ。主翼と水平尾翼は、ど

    ちらも高翼式に取り付けられ、垂直尾翼は、水平尾

    翼の両端にある。

     

    機首には、球形に成形された風防ガラスが設けら

    れ、そこから前方に二丁の細い銃身が突き出してい

    る。昆虫の複眼と触角を想起させる形状だ。

     

    コンソリデーテッドPB4Y―

    昨年後半より前

    線に姿を見せ始めた、米軍の新型四発重爆撃機B24

    〝リベレーター〞の海軍仕様機だ。

     

    B17よりも航続距離が長く、爆弾の搭載量も大き

    い。機銃の装備数は、B17より若干少ないものの、

    機体の頑がん丈じょ

    うさは「空の要よう塞さい」の異名を取るB17に

    優るとも劣らない。

     

    合衆国海軍では同機の航続性能を生かして、対潜

    哨しょう

    戒かい、気象観測、偵察等、多様な任務に使っている。

     

    八〇〇〇メートルを超える高高度飛行性能と、B

    17と同等以上の防弾装甲を持つPB4Yは、強行偵

    察には最適であり、何度もトラック上空に侵入して

    は、偵察写真を撮って引き上げてきた。

     

    この日、マーシャル諸島クェゼリン環礁のルオッ

    ト航空基地より発進したPB4Yも、これまでの偵

    察機同様、高度を八〇〇〇メートルに保ち、トラッ

    クへと向かっていた。

    「現在位置、トラックよりの方位八五度、九〇浬カイ

    リ」

     

    現地時間の午前五時丁度、航法を担当するロバー

    ト・ベンダー中尉が報告した。

     

    PB4Yの巡航速度は、時速三六六キロ。向こう

  • 11 第一章 絶対国防圏

    三〇分以内には、トラックに到達する。

    「レーダー波の反応はないか?」

    「現在、電波探知器に反応なし」

     

    機長と主操縦員を兼任するマイク・コンラッド少

    佐の問いに、電測を担当するキース・ハート大尉が

    返答した。

    「トラックのレーダーは、機能していないというこ

    とか」

    「三月二七日の航空攻撃終了後、トラックから一切

    のレーダー波が消えたとの報告があります。日本軍

    は、爆撃によって破壊されたレーダーを、まだ復旧

    していないのかもしれません」

    「あるいは、軍上層部の分析結果が現実のものとな

    ったか、だ」

     

    ここ一ヶ月ばかりの間、トラックの日本軍は奇妙

    な動きを見せている。

     

    トラックは前線基地であるから、食糧、燃料、弾

    薬、修理用の部品、土木用の資材等を絶えず補給し

    なければならない。

     

    トラックに向かう輸送船は、積み荷を満載して入

    泊し、空荷で出航するのが普通だ。

     

    ところが三月以来、これが逆になっているという。

     

    潜水艦の報告によれば、トラックには喫きっ水すいを上げ

    ている輸送船多数が入泊する一方、喫水を下げてい

    る輸送船が数多く出航しているというのだ。

     

    ハワイの太平洋艦隊司令部は、潜水艦の報告の他、

    PB4Yの航空偵察写真や傍受した敵の暗号電文等

    を分析し、日本軍がトラックを放ほう棄きしようとしてい

    る、との結論を出した。

     

    だがトラックの日本軍は、なお頑強に抵抗する姿

    勢を見せている。

     

    五日前、ニューブリテン島ラバウルより出撃した

    B17約一五〇機が爆撃を敢かん行こうしたときも、日本軍の

    戦闘機隊は激しい迎撃戦闘を展開し、一歩も退ひかな

    かったのだ。

     

    作戦に参加したB17クルーは、

  • 12

    「敵戦闘機は、これまでと変わることなく果か敢かんに立

    ち向かって来た。地上からの対空砲火も、熾し烈れつだっ

    た。どう見ても、放棄しようとしている基地の抵抗

    ではなかった」

     

    と証言している。

     

    このため、クェゼリンに展開する海兵隊航空部隊

    のPB4Yがトラックに強行偵察を行い、敵情を確

    認することとなったのだ。

     

    時計の針が五時三〇分を回る頃、トラック環

    礁の東方海面に夜明けが訪れた。

     

    夜から朝に移行するまでの時間は、ごく短い。後

    方からコクピットに射し込む陽光を認めてから数分

    後には、空は紫し紺こんから青に変わっている。

     

    正面に、薄紫色の環礁が見える。

     

    トラック環礁―

    開戦以来、一貫して日本軍の巨

    大な航空要塞であり続けた要地に違いなかった。

    「電波探知器、依然反応なし」

    「傍受される敵信なし」

    「左方に敵影なし」

    「右方に敵影なし」

     

    次々と、報告が上げられる。

     

    事実、PB4Yに向かってくる機影はない。対空

    砲火の爆煙が湧わき立つこともない。

     

    昇る朝日の下、トラックは静まりかえっている。

    「機長、環礁内、艦影が見えません」

     

    機首の機銃座に座るエドワルド・ペレス少尉が報

    告を送ってきた。

    (予想が当たったか?)

     

    コンラッドは自問した。

     

    日本軍は、本当にトラックを放棄したのか。それ

    とも高度が高すぎ、地上や海上の様子をはっきり見

    極められないだけか。

    「高度を下げる。総員、敵戦闘機に備えよ」

     

    数秒間の思案の後、コンラッドは断を下した。

     

    機首を前方に押し下げ、高度を緩やかに下げつつ、

    環礁の上空に進入する。

  • 13 第一章 絶対国防圏

     

    PB4Yはいかなる砲火にも脅おびやかされることなく、

    トラック環礁の奥へと向かってゆく。

     

    日本軍の航空基地は、環礁の東部に位置する春

    モエン

    島、夏

    デュブロン

    島、秋

    フェファン

    島等の島々に集中している。敵

    戦闘機は、それらの基地から上がって来るはずだ。

     

    高度計の針は、じりじりと下がってゆく。

     

    高度が二万フィートまで下がれば、零ジー

    ク戦、天ジェ

    シー風、

    鍾トージョー馗といった日本陸海軍の主力戦闘機が、存分に

    威力を発揮できる危険空域だ。

     

    コンラッドは、更に機体を降下させた。

     

    高度計の針は、一万フィートを下回った。

     

    PB4Yといえども、単機でここまで降下するの

    は自殺行為だ。この高度でジェシーやトージョーに

    食らい付かれたら、どうにも逃れようがない。高高

    度に逃れる前に、確実に撃墜される。

     

    ここまで降りて来ても、反応はない。

     

    機銃座のクルーからは、

    「敵影なし」

    「地上に、人影が見えません」

    「環礁内に艦影なし」

     

    といった報告が入ってくる。

     

    コンラッドは、高度を五〇〇〇フィートまで下げ

    た。デュブロン島の上空でゆっくりと旋せん回かいし、地上

    の様子を観察した。

     

    滑走路上に、多数の爆ばく弾だん孔こうが見える。五日前に、

    ラバウルの第1

    一八爆撃航空団が爆撃した跡だ。

     

    滑走路や駐機場の周囲に位置する建物は、ほとん

    どが破壊され、瓦が礫れきの山と化している。

     

    修理を試みた気配はない。明らかに、放棄された

    基地の様相を呈していた。

    「はっきりしたな」

     

    コンラッドは言った。「ジャップは、トラックを

    放棄した。トラックを捨て、撤退したんだ」

    「そのようですね」

     

    副操縦員席に座るステュービル・タイラー中尉が

    言った。「あれだけしぶとく抵抗を続けたトラック

  • 14

    の基地が、かくもあっさり放棄されるとは、信じが

    たい気がしますが……」

    「とにかく、基地に報告だ」

     

    コンラッドは、機体を上昇させながら命じた。

     

    数分後、PB4Yから、クェゼリンとラバウルに

    向け、報告電が飛んだ。

    「『トラック』ニ敵影ナシ。敵ハ『トラック』ヲ放

    棄セルモノト認ム」2

    「敵索さく敵てき機き、『トラック』ニ飛来セリ」

     

    の報告電は、トラックの周辺海上で、同環礁の監

    視に当たっていた伊号潜水艦の一隻より打電された。

     

    横よこ須す賀かの連G

    合艦隊司令部は、緊急の作戦会議を招

    集し、午前一〇時には幕僚全員が作戦室に集合した。

     

    昨年四月の翔二号作戦終了後、GF司令部では人

    事異動が行われている。

     

    司令長官片かた桐ぎり英えい吉きち中将、参謀長大おお西にし滝たき治じ郎ろう中将、

    首席参謀宮みや崎ざき俊とし男お大佐は現職のまま残留したが、作

    戦参謀、戦務参謀、航空参謀等は、一年前と変わっ

    ていた。

    「我が軍がトラックを放棄し、所在の全兵力を後方

    に引き上げたことは、敵に知られたと判断すべきな

    のだろうな」

     

    伊号潜水艦の報告電が読み上げられたところで、

    大西参謀長が発言した。

    「間違いありません」

     

    昨年の人事異動で、航空甲参謀に任ぜられた渊ふち田だ

    美み津つ雄お中佐が答えた。

     

    日ソ開戦時には、第一航空艦隊の総飛行隊長の職

    にあり、機動部隊の全艦上機を指揮していた人物だ。

    ウラジオストック攻撃や、日米開戦直後のルソン島

    攻撃、ダヴァオ攻撃でも、九七艦攻に搭乗し、陣頭

    指揮を執とっている。

    「報告電によれば、敵の索敵機はトラック上空に三

  • 15 第一章 絶対国防圏

    〇分以上滞空し、一〇〇〇メートル以下の低高度に

    も降りています。トラックから全ての兵力が引き上

    げられていることを確認し、偵察写真を撮るには、

    充分な時間です」

    「米軍は、すぐにトラックに来るだろうか?」

    「短兵急に動くことはありますまい」

     

    人事異動によって、航空甲参謀から作戦参謀に替

    わった樋とい端ばな久く利り雄お中佐が発言した。「トラックから

    急に全兵力が消えたとなれば、米軍は疑ぎ心しん暗あん鬼きに駆

    られるはずです。彼らがトラックの占領にかかると

    しても、まずは航空偵察、機動部隊による威力偵察

    等を試み、入念に情報を集めてから、となるでしょ

    う」

    「私は、作戦参謀の意見とは別の理由から、米軍が

    すぐトラックに侵攻してくることはない、と考えま

    す。欧州の戦況や中立国の大使館経由で入手した情

    報より、米軍は太平洋において、すぐに新たな攻勢

    に出られる状態にはないと判断できますので」

     

    翔二号作戦終了後も、引き続き連合艦隊情報参謀

    の職にある和わ倉くら良りょう平へい中佐が発言した。

     

    日独伊三国に対して宣戦を布告した後、米国

    は太平洋において攻勢をかける反面、ドイツ、イタ

    リアとの大規模な戦闘は行わなかった。

     

    米国とドイツの戦闘は、ドイツ海軍のUボートと

    米大西洋艦隊の護衛艦艇、及び対潜哨戒機の戦闘で

    推移し、イタリアとの戦闘に至っては絶無だった。

     

    その状況は、今年の一月一五日に激変した。

     

    日本だけではなく全世界が驚

    きょう

    愕がくし、かつ、この

    一事が大動乱の始まりとなることを予感し、戦せん慄りつし

    た。

     

    ドイツが、英国との間に締結したストックホルム

    講和条約を一方的に破棄し、英本土に侵攻したのだ。

     

    対独戦での消

    しょう

    耗もうから未だに回復できず、かつ海

    軍の主力艦艇を戦時賠ばい償しょ

    うとしてドイツに奪われた

    英国には、ドイツ軍の侵攻を阻止する術すべはなく、王

    室と政府首脳を米国に脱出させるだけで精一杯だっ

  • 16

    た。

     

    短期間で英本土の占領を終えた後、ドイツ政府は、

    「英国はアメリカと共謀し、我が国に再度の宣戦布

    告をしようと企図していたことが明らかとなった。

    英本土に米軍が展開した場合、欧州西部の広範な地

    域が米軍の空襲圏に入ることとなる。我がドイツは、

    欧州の盟めい主しゅとして、そのような事態を看過すること

    はできない。ストックホルム講和条約の破棄と英本

    土への進駐は、欧州の平和と人々の安あん寧ねいを守るため

    の予防的措そ置ちである」

     

    と、声明を発表した。

     

    この声明は、必ずしも一方的な言いがかりという

    わけではなかった。

     

    米国は、アイスランドに二〇〇〇機以上のB17、

    B24を展開させていたことに加え、東海岸に多数の

    正規空母、護衛空母を集結させ、航空機を輸送する

    準備を整えていたからだ。

     

    これらが、英本土に運び込まれる予定であったこ

    とは、容易に察しがつく。ドイツは米国の先手を打

    ち、いち早く英本土を押さえてしまったのだ。

     

    英本土の陥かん落らくにより、米国の対枢すう軸じく戦略は、大幅

    な変更を迫られる。

     

    海軍艦艇の、太平洋と大西洋への振り分けを見直

    さねばならないし、英本土に代わる大陸反攻の足場

    を探さねばならない。

     

    新たな対日攻勢をかけるためには、英本土への航

    空機輸送を予定していた空母や、護衛の戦艦、巡洋

    艦等の艦艇を、太平洋に回航する必要もある。

     

    米国が対枢軸戦略を再構築し、太平洋で攻勢を開

    始するのは、どれほど早くても五月初め、遅ければ

    六月以降になる、というのが、和倉の主張だった。

    「来らい寇こう時期の特定については、もう少し詰めるとし

    て、重要なのはどこに来るか、だ」

     

    片桐司令長官の言葉に、一同の眼が太平洋の戦況

    地図に向けられた。

     

    開戦前に日本が治めていたマーシャル諸島には、

  • 17 第一章 絶対国防圏

    翔二号作戦以降、敵の制圧下にあることを示す星条

    旗のピンが立てられている。

     

    放棄されたばかりのトラック環礁には、どの国の

    国旗も立てられておらず、無主の地となっているこ

    とが示されている。

     

    トラック放棄の方針が大本営で決定されて以来、

    最重要の拠点となっているのは、マリアナ諸島とパ

    ラオ諸島だ。

     

    マリアナ諸島が陥落した場合、米軍は続けて、小

    笠原諸島、伊豆諸島、日本本土と侵攻してくる。

     

    パラオ諸島が陥落した場合、次に狙ねらわれるのはフ

    ィリピンだ。フィリピンが米軍に奪回された場合、

    日本本土と南方資源地帯を結ぶ海上輸送航路は切断

    され、日本は資源確保の面から戦争遂行能力を失う。

     

    大本営は、マリアナ諸島、パラオ諸島の双方に陸

    軍部隊を大挙進出させ、陣地構築を急がせている。

     

    マリアナ諸島―

    分けても重要なサイパン、テニ

    アン、グアムの三島では、七割から八割程度が完成

    していたが、パラオの陣地構築は、今年三月の時点

    で、予定の半分程度しか完成していないとの報告だ

    った。

    「米軍は開戦劈頭、パレンバン油田の破壊を試みた

    ことがある。マレー方面から、蘭印を狙って来る可

    能性はないだろうか?」

     

    大西が発言し、指示棒でシンガポールを指した。

     

    極東における英国最大の拠点シンガポールからは、

    パレンバンは指し呼この間かんにある。

     

    米国が、英国の亡命政府との間に話を付け、シン

    ガポールに重爆を大挙進出させれば、パレンバンの

    製油所はたやすく破壊される。

     

    英国は、現在のところ、それを認めていない。

     

    昨年九月、アジア、アフリカの広大な植民地を手

    放したくない英国と、二正面作戦を避けたい日本の

    利害が一致した結果、「日英中立条約」が締結され

    たのだ。

     

    英国の亡命政府も同条約を継承し、日米戦争では

  • 18

    局外中立の立場を堅持している。南シナ海で通商破

    壊戦に従事している米潜水艦のシンガポール寄港す

    ら、一切認めていない。

     

    独伊両国は、日英中立条約の破棄と英国の極東植

    民地攻略を日本に働きかけたが、日本は「我が国に

    対英戦争の余力なし」との理由で断っている。

    「米軍は九割以上の確率でマリアナに来ると、私は

    考えます」

     

    和倉は発言した。「情報によれば、米国は従来の

    B17、B24の性能を大きく上回る、B29という四発

    重爆撃機の実戦配備を進めています。同機は約二八

    〇〇浬の航続距離を持ち、マリアナ諸島から我が日

    本本土まで往復して、爆撃を行うことが可能です。

    B29を使用するために不可欠の基地であるマリアナ

    を、米国は万難を排して攻略に来るでしょう」

     

    片桐が眉をぴくりと動かし、幕僚たちの何人かは、

    半信半疑の表情を浮かべた。

     

    B29の情報については、既に片桐と大西、宮崎、

    樋端、渊田、及び航空乙参謀の多た田だ篤あつ二じ少佐には話

    してあったが、他の参謀たちには初めての情報だっ

    たのだ。

    「仮に英国が、中立条約を一方的に破棄し、我が国

    に宣戦を布告するとすれば、それは我が国の敗北が

    決定的となり、極東の植民地を攻略される可能性が

    なくなったときでしょう」

     

    宮崎が発言した。「本国を失っても、かの国はし

    たたかです。自国に損となる行動は取りますまい」

    「マリアナを奪われれば、本土を直接爆撃される」

     

    片桐が、自身に言い聞かせるように言った。「東

    京も、大阪も、名古屋も、横須賀や呉くれも、B29に

    蹂じゅう躙りんされる……」

    「四年前の英本土航空戦に際し、英国も、ドイツも、

    軍事目標のみならず、市街地への攻撃を実施してい

    ます。仮にマリアナ諸島が陥落し、B29が我が本土

    上空に来襲するようになれば、同様の事態が我が国

    でも起こる可能性大です」

  • 19 第一章 絶対国防圏

     

    渊田の発言に、片桐は、表情を幾分か青ざめさせ

    ながら答えた。

    「そのことは、私も知っている。同じことを、我が

    国で許すわけにはゆかぬ。そのためには、現在のG

    Fが持てる全ての戦力を注ぎ込んでも、マリアナを

    死守する必要がある」

     

    一同の視線が、壁に貼られた表に向けられた。

     

    GFの麾き下かにある、各部隊の編成表だ。

     

    昨年四月の翔二号作戦では、連合艦隊は空母機動

    部隊二個艦隊、水上砲戦部隊二個艦隊と、トラック

    に展開した帝国海軍最大の基地航空隊―

    第一航空

    艦隊によって、トラック死守の態勢を取った。

     

    その結果、トラックは守られたものの、連合艦隊

    は手痛い被害を受けた。

     

    主力と恃たのむ戦艦は、一挙に四隻を喪失し、機動部

    隊も正規空母、小型空母各一隻と、艦上機の六割を

    失った。

     

    その後の一年、海軍は戦力の再建を進め、失われ

    た艦上機と搭乗員の補充を進めると共に、新鋭空

    母「大たい鳳ほう」、戦時急造の雲うん龍りゅう型空母「雲龍」「天あま城ぎ」

    「葛

    かつら

    城ぎ」を戦列に加えた。

     

    その一方、商船改装の中型空母「飛ひ鷹よう」と小型空

    母「祥

    しょう

    鳳ほう」「龍

    りゅう

    驤じょう」が、前線への航空機輸送中に、

    敵潜水艦によって撃沈されるという損害も受けた。

     

    現在、連合艦隊の指揮下にある空母機動部隊は、

    第三、第四の二個艦隊だ。

     

    第三艦隊は、五隻の正規空母「加か賀が」「大鳳」「雲

    龍」「天城」「葛城」を主力とし、第四艦隊は「翔

    しょう

    鶴かく」「瑞ずい鶴かく」「蒼そう龍りゅ

    う」「飛ひ龍りゅ

    う」の四空母を中心に編成

    されている。

     

    搭載機数は、両艦隊を合わせて、常用五七三機、

    補用八四機。

     

    空母、搭載機数とも、翔二号作戦時より減少して

    いることは否いなめない。

     

    対する米軍は、正規空母七、八隻と、ほぼ同数の

    小型空母を投入すると予想される。搭載機数の見積

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    もりは、九〇〇機から一〇〇〇機だ。

     

    正面からぶつかれば、米軍の有利は動かない。

     

    ただ、日本側には、翔二号作戦直後から準備を進

    めてきた秘策があった。

    「翔二号作戦では、米軍の主力艦多数を撃沈し、ト

    ラックから撃退しましたが―

     

    沈黙を保っていた宮崎首席参謀が発言した。「来

    るべきマリアナ防衛作戦では、そのような戦果は望

    めません。ただし、米軍のマリアナ攻略は断固とし

    て阻止します」

     

    宮崎に促され、樋端作戦参謀が起立した。

    「私は第二次トラック沖海戦の終了直後、同海戦よ

    り得られた戦訓を元に、参謀長、首席参謀、情報参

    謀と協力して、航空戦の基本戦略を根本的に見直し

    ました。またGF司令部は、この一年の間に、軍令

    部や航本(航空本部)、各航空機メーカーの協力も得

    て、新戦略に基づいた航空兵力の整備をも合わせて

    実行しました。帝国海軍の航空兵力は、一年前とは

    大きく様変わりしましたが、現在の戦力をもってす

    れば、マリアナの堅守は可能であると信じておりま

    す」

    「うむ……」

     

    片桐は頷うなずいた。「一年前、作戦参謀が立案した戦

    略を採用すると決めた時点で、我々は踏み切ったの

    だ。この上は、基地航空隊とGFの主力をもって、

    マリアナを守る以外にあるまい」

     

    和倉は、一年前の動きを思い出している。

     

    樋端が立案した新戦略は、多分に奇策の趣が強い

    ことに加え、攻撃よりも防御を中心としたものであ

    ったため、部内の反発も強かった。

    「敢闘精神に欠ける」

    「搭乗員の士気に関わる」

    「帝国海軍の伝統に反する」

     

    といった批判が、海軍省や軍令部のみならず、G

    F司令部の中からも出され、一度は葬ほうむられかけた。

     

    だが宮崎、和倉、樋端らは、開戦以来の戦果と被

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