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雲竜と悟平agri.inaka-nikki.net/本編1.docx · Web view雲竜と悟平 ‘(仮) 雲竜と悟平 ~開墾編~ 人見 太郎 単車に乗りたい 「お前さあ、何読んでんだ?」

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雲竜と悟平

雲竜と悟平  ‘(仮)

雲竜と悟平   ~開墾編~             人見 太郎  

      

単車に乗りたい

「お前さあ、何読んでんだ?」

 休み時間、いつものように俺は雲竜へ話しかけた。

「え、単車の雑誌だよ。やっぱ免許取りたいんんだよな。兄貴も乗ってるし。」

 雲竜は、顔をこちらに向けずに答えた。教科書なんかよりよっぽど真面目に読んでいるように見える。

「言いにくいんんだけどさ、うちの学校って乗っちゃダメだろ。」

「え・・・マジでか!」

 

一瞬、空気が凍ったような気がした。ワンクッション置いて、雲竜は大声を出しながらこちらを向いた。

「マジも何もな、生徒手帳に書いてあんだろ。それに今日びほとんどの高校が乗っちゃダメなんじゃないの。」

「うわー、全然知らなかったぁ。何で俺こんな学校入ったんだろ。他にやりたいことなんて考えつかねえよ。どうすんだよー。五月生まれだからすぐ乗れると思ってたのに。」

どうやら本気で単車に乗りたかったようだ。しかし何だって今は一年の一学期。まだ丸々三年近く高校生活があるというのに、こいつにはもう他にやりたい事がないのだろうか。

「どうすんだよーって言われてもなぁ。チャリとかじゃダメなのか?俺はマウンテンバイクでダウンヒルとか曲乗りやってるけど面白いよ。」

「エンジンつきの乗り物がいいんだよ。」

「モーターボートとかは?船舶免許とって。」

「は?何言ってんだお前。あんなもん運ぶのには車がいるんだぞ。それに俺らがバイトして買えるような代物じゃねえ。なにより俺は天下の公道を走りたいんだよ。」

「じゃあ、やっぱ18歳になるまで待って、車の免許とってさ・・・」

「もういい、そうじゃなくて今から乗りてえんだよ。なんでもいいから走るものを運転してえ。」

雲竜は、今更生徒手帳を取り出して校則を読んでいる。

「なあ、何でこの学校に入ったんだ?」

「うるせえなあ、家から近いから楽できると思ったんだよ。」

とりあえず、その選び方をした時点でコイツはハナからまともな学生生活を送る気が無かったんだろうと察しはついた。まあ自業自得だな。

 俺の名前は悟平。

 なんとも時代錯誤な名前をつけられたもんだ。親に尋ねても、親戚のおばさんが考えたということ以外はなんでこうなったのかさっぱりだ。だいたい、【悟】とかでいいじゃないか。平たいをつけただけで神社で使ってるヒラヒラの紙とか昔話に出てくる農民のような名前になっちまうんだから。別に普段生きていてあまり名前を気にすることはないけれど、やっぱりみんなの前で自己紹介したりなんかする時にはちょっと気恥ずかしい。でも、似たような感じの名前のやつがこのクラスにはいた。それが雲竜だった。名前のことは向こうもそう思ったようで、席が近いこともあって次第にそいつと良く話をするようになっていった。

 

「で、なんでお前はそんな名前になったの?」

「よくわからないが、相撲好きの爺さんが名づけたらしい。自分の名前をネットとかで色々調べてみても、彫り物の模様とか大戦中の空母とかそんなのばっかり出てくる。空母なんかひどいんだぜ、飛行機積まないで輸送船として使われてしかも就航してすぐ撃沈されてやがんのな。」

「なにそれちょっと面白いんだけど、ネタ的に笑うとこか判断しづれえよ。」

「構わねえよ。お互い変な名前してんだからこうやってダメ押ししときゃみんなに名前すぐ覚えて貰えるだろ。もうプロレスラーの名前みたいとかそんなんでも何でもいいんだよ。」

なんだか、コイツの考え方は結構好きかもしれない。だが、好きか嫌いかは別にして、後に俺は雲竜の思考回路のズレっぷりを嫌と言うほど思い知らされることになる。だが、このときはまだちょっと変わった奴くらいにしか思っていなかった。

 それからほどなくして、雲竜はバイトを始めたようだった。俺は俺で何か部活でもしようと思い、自転車部へ仮入部したが、運動部というよりツーリングが主体の同好会的な集まりで、自分のライディングスタイルとはあまり合わず、入部するか悩んでいた。そして一ヶ月弱が経過したある日、また雲竜がなにやら真剣そうに本を読んでいる。本の表紙に目をやってみると

《自動二輪運転免許・一発合格》

 

諦めの悪いやつだ。ここは三ない学校なんだから、免許取得は無理だ。もし無視して取ってバレたら相応に処分されるだろうし、ましてや伝統のある校則をねじ曲げて取得可能にするのも困難に決まっている。

「おい、何読んでるんだ?免許取っちゃダメって知ってんだろ。」

「誰が単車の免許を取るっつったよ。他のならいいだろうが。」

「原付免許とか?」

「アホ。原付もダメだって校則にあんだろ。」

「じゃあ何も乗れないじゃないか。」

「そう思うだろ?な、な?」

雲竜はニヤニヤしながら答えた。大胆不敵というか不気味というか、ものすごくしてやったりという感じの笑みだ。

「あるんだよこれが。16歳で乗れる原付と単車以外の乗り物が。」

「おい、そんなの聞いたことないぞ。何なんだよ。教えろよ。

「へっ、いいだろう。それは小型特殊自動車だ。」

「小型特殊自動車だと?ますます解らんぞ。あれか、おじいちゃんが乗ってるような電動車椅子みたいなやつのことか?」

「全然違う。それはな・・・」

そこからの話を要約すると、小型特殊自動車というのは構内運搬車や建設機械、農業用トラクターなど主に作業用途向けの機械なんだそうだ。何に乗るにも交通法規は基本的に同じなので自動二輪免許の本で勉強してるとかなんとか。

「はたらくくるまの免許は取っちゃダメなんて校則に載ってないじゃん。しかも実技試験はないんだぜ。」

これは斜め上すぎる。というか、そんなものに乗ってはいけませんなどという校則もあろう筈がない。ここで何となく、制服姿でフォlクリフトに乗り登下校する雲竜の姿を想像してしまい、その圧倒的な破壊力を持つ絵に笑いがこみ上げてきた。でも、いくらなんでもそれは無いだろう。

「おい、何笑ってんだよ。」

「いや別に。で、その免許を取ってどうすんだよ?」

「俺は単車は諦めた。けど、何でもいいからまっとうな車で公道を堂々と走ってみたい。」

「おい、お前にとってまっとうな車ってトラクターなのか?」

「法律で認められてるんだから当然だろ。乗り物があると便利だぞ。遠くに出かけられるし、普段出歩くのにもチャリこいだりしなくて済むしな。」

「あっはっは。すげえなそれ。コンビニ行くのにトラクターとか普通考えつかないわ。けどもし俺が女でお前と付き合うことになって、初デートの時にそれ乗って出かけようってきたらダッシュで逃げるけどな。」

「うーん、でもトラクターは高えんだよな。俺のバイト代で買えるようなテキトーな作業車がそのへんに落ちてたりしねえかな。」

またまた本気らしい。しかし俺が珍しく気の利いた返しをしてやったというのに、コイツが食いついたのは、トラクターという名詞だけ。しかも高いときた。こんな事を実現させるためにバイトに明け暮れる高校生など、コイツ以外に存在するだろうか。あまりに突拍子もない考えに、内心愕然としているものの、ここは何でもいいから話を繫いでおかないといけない気がした。

「でもさ、作業車なんだから、日常の足というよりも他に使い道があるんじゃないのか?」

「それもそうだな。つか色んな作業車を色々上手に扱えればいいバイトできそうだな。」

「お前は、なんか乗り物があってバイトだけできればそれで幸せな高校生活を過ごせるんだな。」

「それ以上に何を望むってんだ。決めた。俺は今月中に小型特殊免許を取る。それで乗り物を探すんだ。」

「あ・・・ああ頑張ってくれ。」

「お前も一緒に免許取ろうよ。」

「とりあえず遠慮しとくわ。それに俺誕生日まだ先だし。」

「つれねえな。きっとすげえ面白いのに。」

一体全体、何でこんなにまで雲竜が乗り物にこだわるのかさっぱり解らない。けれどもまあ単車に乗りたいから健気にバイトに励む高校生というのは多少ワルっぽい気もするが健全といえば健全だ。雲竜の場合、それが単車でなく得体の知れぬいかつい作業車両に置き換わっただけなのだ。それで俺は強引に納得することにした。でもやっぱなんでそんな乗り物に・・・。などと思っていると・・・。

「2コ上の兄貴がさ、単車乗ってるんだけど、いつもすごい楽しそうにしてて。嬉しそうに磨いたり、あちこちいじりったり、友達と一緒に峠とかサーキット走りに行ったりさ・・・」

と、不意に雲竜がまた喋り出した。

「で、なんか羨ましくなって俺も乗りたいなって思ったんだよな。ほら、あれを上手に乗りこなすってのはまるっきりスポーツだし。その上に自分で手をかけてやれるし、なんだか趣味にするにはすごくいいよな。」

「でも危ないじゃん。」

「お前も学校と同じ事を言うのかよ。」

「いやすまんすまん。それで?」

「で、入学してみたらそれはダメで、部活とかもあんまし面白そうなところが見つかんねえし。だったらまあ許される範囲で好きなようにしてみようかと。で、兄貴に相談したら単車じゃなくても取れる免許があるって聞いてな。」

果たしてそれが学校側から許されるのかどうかは見当もつかないが、とにかく兄貴が親身になって雲竜の相談に乗ってくれたのは確かだろう。けれど、なんという入れ知恵をする兄貴なんだ。微笑ましい兄弟なのかもしれないが、いや兄貴すげえ。

「確かに問題はなさそうだし、いいんじゃないの。それ見てるだけでも面白そうだし。」

「いや、だからやったらもっと面白いって。踊るアホウに見るアホウって言うじゃん。それにお前にはマウンテンバイクっていう乗り物趣味がある。充分に資質があると思うぞ。」

「えー、でも作業車だろ?乗ってスポーツになんのかな。でも、なるんなら考えてもいいな。」

たまたまかもしれないが、俺も高校生活の中で存分に打ち込めそうなスポーツがまだ見つかっていない。部活をどうするか決めかねていたせいもあり、こんな受け答えをしてしまった。

「よし。俺はお前と乗り物同好会を結成する。」

「ちょ、ちょっと待て。唐突すぎるだろ。まだ楽しいかわかんねえって言ってるだろ。」

「臨むところだ。それをこれから証明してやる。」

雲竜は、ものすごく自信がありそうだった。そして、翌週の水曜日に雲竜は学校を休んだ。腹痛というものすごくベタな理由だったが、おおかたの察しはついた。

雲竜の免許証

 

その日の朝、雲竜は学校に来なかった。普段ホームルームの前後は雲竜と話をしていることの多い俺だが、今日は隣の席にいるこなぎと話をしていた。なんというか、高校生にありがちな背伸びをした振る舞いをするでもなく、無邪気でちっこい女子なのですごく話がしやすい。

女の人の場合、顔とかスタイルとか髪型とかで普通は容姿を説明するべきなんだろうけど、こなぎはそれらがどう組み合わさってそうなったのか知らないが、やたら小動物的だ。もうリスでいいや。かわいらしいリスさんだこと。

「でさあ、雲竜くんは何で今日こないんだろね。」

「腹痛って先生がさっき言ってただろ。」

「そうじゃなくて、なんか休みそうもない雰囲気っていうか、そんな感じするじゃん。」

「それって頭悪そうってことでいいのかな?」

「そうじゃないってば。うまく言えないけどなんかほら、こないだチラっと聞こえちゃったんだけど免許がどうとかって言ってたから。」

「鋭いなお前。実は俺もそそれだと思う。」

「そっか。それで何の免許なの?そもそも乗り物の免許ってこの学校で取っても大丈夫なの?」

「えーっと、ちょっと授業前だと説明しきれ無そうだからその話はまたあとで。」

「えー残念。あとでしっかり教えてね。」

「一応聞いておくけど、他人に喋ったり学校にチクったりしないよな?。」

「そんなことしないもん!ぜったいしないもん!」

そんなことしないもんって、なんだこの反応は。コイツは萌えを狙ってやがるるのか、それとも素なのか判断できん。いずれにしても雲竜以外にも割と面白そうな奴がいるのはいいことだと思いたい。この学校もなかなか捨てたもんじゃない。

「とりあえず、昼休みに俺の知ってる範囲で説明するから。」

「うー、早く聞きたい。」

「はいはい、素直でよろしい。でも決して他言するんじゃありませんよ。」

「かしこまりました、ご主人さま。」

「ふざけんな、そんな要求はしてねえだろ。」

「はあ・・・。」

「ふー・・・。」

それから顔を見合わせて無言で二人して鼻で笑った。やっぱコイツちょっと狙ってるっぽい。でも面白いから許す。

 そして昼休み。こなぎと俺は一緒に弁当を食うことにした。

「机、向かい合わせにしたほうがいいよな。」

「そうだね。そのほうが話しやすいもんね。」

「んじゃちょっと失礼。」

「わーいわーい。」

こなぎは短い手を交互にぱたぱたさせて喜んでいる。これはマジで反則だろ。っつか本当に高校生という自覚があるんだろうか。

「ちょっとこなぎさん、いいから早く机こっち向けなさい。」

「すみませんお義母さま。しばしお待ちを・・・。」

あれ、なんかいじり方がわかってきたような気がする。っていうか本題なんだっけ。

「お、二人で珍しいね。何かあるの?」

ユキヒロが話しかけてきた。

「ちょっと二人で秘密のお話を。」

「バカ、秘密とか言ってんじゃないよ。」

「あ、ごめん。ちょっと相談したいことがあって。

これは迂闊だったかもしれない。俺がいない間にこなぎは質問攻めに合うんじゃないだろうか。

「ちょっと約束してた事があってな。あんまりみんなと関係ないんだけど。」

「そんな事言われたら余計気になるじゃないか。」

それもそうだ。つられて俺も墓穴を掘ったらしい。でもまあいいや。どうせ雲竜の考えたおかしな話だし、別にアイツが何かよからぬ事をしようとしてる訳でもない。とりあえずメシ食わなきゃ。

「それで、免許って何なの?」

「小型特殊自動車だってよ。」

「なにそれ?聞いたことない。遊園地のゴーカートとかって免許必要なの?」

「そりゃ、俺と似たようなリアクションするよなぁ。」

俺は、小型特殊自動車について雲竜から聞いた範囲で説明してやった。

「―ってことは、雲竜くんは農機具に乗ってそこらへんを走り回ろうとしてるってこと?」

「ああ、そんな感じだと思う。車は農業用じゃないかもしれないけど。とにかく、いったいそれが何になるんだか」

「悟平くんは、それをどう思ってるの?」

「いや、今答えたじゃんか。ってもまあ、そうなったら絵的に笑えるけどな。」

「確かに面白いと思う。でも何か走り回るだけじゃ勿体無い気がするけど。」

「じゃあさあ、お前は雲竜がデートしようって、若大将みたいな格好してトラクターに乗ってやってきたらOKする訳?」

「なにそれ超うける。でもそんなの恥ずかしくて一緒に行動できないよ~。っていうか、そういう使い道じゃなくて、何か役に立つことがあるんじゃないのかなって。少しはまともに考えてよ。」

「ごめん、ちょっと悪ノリが過ぎた。でもウケてよかった。んで、その小型特殊自動車に関する技能を磨けばいいバイトが出来るんじゃないかって言ってたな。そういえば。」

「ふーん、バイトか。なるほど。でさあ、トラクターって畑を耕したりする機械だよね?」

「よくは知らないけど、普通はそうやって使ってるよな。」

「だったらきっと何かの役に立つと思う。ちょっと戻ってきたら話をしてみる。」

これまた意外だ。雲竜、お前興味持たれてるぞ。そして勝手にトラクターに乗ることにされてるぞ。

「え、えーと、差し支えなければトラクターに興味持った理由を教えてくれないか?」

「私、お姉ちゃんにつれられて園芸部に入ったから、畑の手入れとか最近するようになって。」

「ほうほう園芸部ね。お姉ちゃんってこの学校なの?」

「そう。私は双子の妹のほう。お姉ちゃんはとなりのとなりのクラスにいるんだよ。」

「おい双子だったのかよ。それと1組か5組かくらい言えよ。」

「1組。でね、園芸部の人手が足りないから畑とか草ぼうぼうになってて。それで何とかしたいから誰か手伝ってくれるといいなって思って。」

「園芸部ってそんなに人数少ないの?」

「もともとそんなに多くなかったらしいんだけど、今年は部員が4人卒業しちゃって。三年生はいなくて、二年生は一人だけ。今年入った一年生は私含めて三人。人数足りないからってお姉ちゃんに言われて入ることにしたんだけど。」

「雲竜、手伝ってくれるかなぁ。あいつバイト漬けっぽいけど。」

「この際だから悟平くんでもいいや。部活やってないんでしょ?」

「ついで扱いかよ。これでも一応運動部に入るかどうか考えてる最中だから、ちょっと考えさせてくんない?」

「うん。けど出来るだけ早く返事して欲しいかも。」

結論からいくと、こなぎに雲竜の事を話したのはヤブヘビだった。とは言え、ちょっと助けてやりたい気もするけれど、園芸部に入ったらスポーツが出来るとも思えない。掛け持ちするか・・・。あれ待てよ、なんかこないだ雲竜と話してたよな。小型特殊自動車を扱うことががスポーツとして成立するなら一緒に乗り物同好会を結成してもいいって。この二重のオファーってのは実は意外と簡単に結びつくんじゃないだろうか。雲竜の気が農機具を操縦するだけじゃなく、道具として使う方にも向くのなら・・・。だとしたら、それはそれで面白そうだ。

「こなぎ・・・俺が園芸部を手伝えるかどうかは雲竜がカギだ。二人でちょっとアイツをそそのかしてみようか。」

気付いたら俺はそう答えていた。

「なーんだ、やっぱり秘密のお話じゃん。」

こなぎはすごく嬉しそうな顔をしている。

「ああ、結果的に、ね。それと早くメシ食おうぜ。」

「はーい。それじゃ会議開始っと。」

「だから食えっての。」

「食べながら喋る。」

「はしたないわねこの子は!」

「えへへへ。」

とまあ、だいぶこなぎと仲良くなることは出来たのだが、どうやって雲竜をその気にさせようかという話は、その先もあまり具体的にならなかった。アイツが登校してきたら、出たとこ勝負になりそうだ。

 翌日、雲竜は何事もなかったような顔で登校してきた。もし何事かあったのなら、試験に失敗したという事が考えられるが、それならば今日も休むはずだ。従って、俺はこれまでの予想とその結果を疑うことはなかった。

 

「おはよう。」

「よお、腹の具合どう?医者にいった結果どうだった?」

結果どう?だけだと不自然な感じなので、ちょっと遠まわしに笑いながら尋ねてみる。

「ああ?医者なんか行ってねえよ。試験中に緊張してちょっとだけ腹が痛くなったけどな。」

こいつ、隠す気が全くないのか。気を遣って損した。少しは人の配慮ってものを汲み取ってくれよ。

「だからそれ、どうだったんだよ?」

「まかせろ。全て滞りなく進んでるぜ。」

「じゃあ合格なんだな。」

雲竜は以前と同じように薄気味悪い笑みを浮かべながら、こちらを向いて軽く頷いた。最初からそうやって静かにやりとりしてれば、他人に気付かれないのに。

「それじゃあ早速そのブツとやらを・・・。」

と、俺が言いかけた瞬間に

「見せてみせてー。」

物陰に隠れて獲物を狙っている猫かなんかが隣にいたのを忘れていた。

「おい悟平、なんでこなぎが知ってんだよ。」

「ごめん、ちょっと前に俺らの会話が聞こえてたみたいで、聞かれたから教えちゃった。けど、コイツにしか話してないから大丈夫。」

「ごめんねー。そういう訳だから。」

「ホントに悪気なさそうにしてるけど、お前も少しは遠慮しろよ。」

「まあいい。校則に違反してる訳じゃねえもんな。逃げも隠れもしねえ。見せてやるぜ。」

ムダに男らしい。そして特に惚れる要素はない。

「おい、わざわざ見せびらかすもんでもないだろうから、とりあえずは俺らにだけ軽く見せてくれればそれでいいぞ。校則どうこうじゃなくて、ズル休みして取りにいったのは問題っちゃ問題だからな。」

「それもそうだな。じゃあこっそり見せるからちょっとこっち来てくれ。」

「マジで気付くの遅いんだよ。」

「悟平くん、割と配慮深いところあんのね。」

「うむ、君も見習ってくれたまえ。」

「わかりました博士。」

「いいから見ろ、これだ。ちょっと映りはよくないけどな。」

雲竜は、小さな声で喋りながら緑色の帯の入った小さなカードを財布の中から取り出した。

「どれどれ。おお、これはまさしく免許証・・・うっ。」

「え、どんなのどんなの。」

「こ・・・これ。」

俺は小刻みに震えながら、こなぎに雲竜の免許をそっと渡した。」

「いいか、あんまり大声で笑うんじゃねえぞ。」

こなぎは、こくっと返事をしながら免許証を見た瞬間、雲竜の机に上体を突っ伏してしゃがみ込んでいた。。

「うぅ、く、くくくっ。」

その免許証は紛れも無く雲竜が映りこみ、免許区分の空欄のなかにひとつだけ【小特】の文字がある。だが、映っている雲竜の姿がこの世のものとは思えないひどさだったのだ。雲竜は一昨日の晩、一所懸命勉強をしたのだろう。その目はうつろで普段よりも細くなっていて、小さな写真にも関わらず目の下にクマがはっきり見える。唇は一応閉じてはいるものの、どこか口元が緩んでいる。更に、雲竜の着きている服はどう見ても制服のワイシャツ。しかもヨレヨレになっている。ワイシャツのボタンは上まで留めていないので襟元がだらしなく乱れて開き、挙句は下に着ている黄色と赤のボーダーTシャツが写真の隅っこにも関わらずこれでもかと主張している。髪型もよく見るとやたらテキトーに見えるのだが、他のインパクトが強烈過ぎて問題にならないほどだ。、

「おい、もういいか?返してもらうぞ。」

「あ、ありがとう・・・おめ、おめでとう。」

「すごかった・・・あ、私トイレ行ってくる。」

「え、じゃあ俺も行ってこよ。」

「変な奴らだなぁ。そんなに酷いのかこれ?もう授業始まるから早く戻ってこいよ。」

珍しく雲竜がこちらの空気を読んでくれたっぽいにも関わらず、俺とこなぎは見事にスルー。教室を出て数歩歩いてから、俺らは壁から出っ張っている柱を叩きながら大笑いを始めた。

「あっはっはっは。マジであの写真なんなんだよ。笑い死ぬー。変なのはお前だってのー。」

「今年一番の笑いが来たよー。ホント油断してたわーひっひっひ。」

「ちょっと映りが悪いってレベルじゃねえだろあれは。卑怯すぎるううう。

「しかも何で制服着てってんのよ。あれ絶対狙ってるとしか思えないよー。あ、でも他にもちょっとお昼に詳しく聞かないと。」

「えー。もしそれよりか先に写真の話が続いたら俺弁当吹いちゃうよ。」

「冗談抜きにそうなりそうだから、食べ終わってから聞こうよ。教室以外の場所で。」

そうこうするうちに、向こうから先生が歩いてきた。俺らは急いで教室へ戻り、席についた。けれども、その時間はムチャクチャに湧きあがってくる笑いを抑えるのに必死で、まるで授業など頭に入らない。なにしろ思い出すだけでも笑えるのに、雲竜が時々こちらを見ながらチラチラと小さなカードを見せ付けてくる。この報復攻撃によって、次第に俺は疲れていった。新手の拷問かよこれは。しかも昼になるまで続けやがって。 

 その日の昼飯は三人で食べた。今朝の出来事についてはあまり触れず、なんとなくぎこちない会話をしつつも食べ終わり、片付けをしながらこなぎが切り出した。

「ね、雲竜くん今朝の免許のことで、ちょっと詳しく聞いてみたいことがあるんだけど、いいかな?」

「なんだよ、写真のことか?あれは撮影するときに頭がぼーっとしててだな。」

「あれは最高だったけど、それ以外にもあるの。ちょっと外行こ。悟平くんも。」

「どうでもいいけどさ、くん付けで呼ばなくてもいいよ。」

「そうだな。くん付けで呼ばれると名前が強調されてるみたいな気がすんだよな。」

「そっか。じゃあこれから名前で呼ぶことにするよ。」

雲竜がそんな事を言うのは意外だった。俺は、親しくなった奴からくん付けで呼ばれることにどこか歯痒さを感じただけなのだが。

「しっかし、お前の免許証は一生忘れらんなそうだわ。」

「だろ。あれを見せればたいがいの人と打ち解けられるぞ。名前も名前だし。」

「どこまで開き直れるんだよ。あんなの普通恥ずかしくて見せられんぞ。」

「ああ、そのへんの神経はもうマヒしてる。っていうか、今朝お前らに笑われてもはや死んだ。」

やっぱもとの雲竜だ。けれども、コイツにとって名前ってのは既にコンプレックスというかそいういったものを通り越して自虐的なネタとして使うもののような感じに思えてきた。そんな虚しいことを積極的にしないでくれよ。お前はもっと豪快なことをしようとしてるんだぞ。

「それじゃ雲竜、悟平、外出かけよ。」

「いいけど、どこで話す?」

「うーんと、畑でいいや。ちょっとついて来て。」

「畑?」

「あ、雲竜には話してなかったっけ。私、園芸部なのー。」

こなぎは、すっとと歩きだした。いつもはぽてぽて歩いているように見えるが、今日はぴょんぴょんしている感じがする。

 

        畑という名の

 「なあ、園芸部の畑に行く理由ってなんかある訳?こういう話っていうのは屋上なんかが相場じゃねえのか。」

「まあいいじゃん別に。俺も行ったことないし。」

俺はテキトーに返事をしたが、内心それどころではなかった。そもそも、雲竜が園芸部に協力するように促してみようという提案をしたのは俺なのに、まだ何も作戦を考えちゃいない。その上に、園芸部が何をどうする部活なのかだってまともに知らないのだ。

「んー、話をするなららその場所で説明するのがいいと思うから。」

こなぎは、そこまで俺との話を気にしている様子も無さそうで、少し安心した。

「ああ、こなぎは雲竜に免許と関係のあることを相談したいんだよ。」

「じゃあなんで悟平も来るんだよ。」

「それは、お前が免許取ったら一緒に何か同好会やろうって俺に言ったからだろ。」

「あれ、そんな話もしてたんだ。二人セットで話して正解だったんだね。」

しまった、これはこなぎにまだ説明していない。

「ちょっと待て、お前らの言ってることの意味がわかんねえぞ。」

「うーん、ちょっと複雑かもしれないけど、ただの相談だから気にすんな。」

「何お前ら俺の知らねえところで結託してやがんだ。気になんだろ。」

「まあ待ってろ、ちゃんと説明するから。恋の悩み相談とかじゃないだけ気楽だろ。」

無論、説明するのはこなぎに任せた。雲竜は、不思議そうな顔をしながらついてきていたが、しばらく間を置いてからまた口を開いた。

「なんだかわからんけど、お前ら俺が本当に乗り物同好会を作ったら、免許とって一緒に活動したいのか?それと、畑ってまだか?だいぶ歩いてる気がすんだけど。」

「もうちょっとだよー。」

こなぎは淡々と歩き続けているだけ。それにしても、雲竜には少ない情報しか与えてないから的外れなことしか思い浮かばないのだろう。それくらい瞬時に思い浮かんで欲しいが、かなり色々考えてから喋っていやがる。

「全然違うけど、最初に話したとおり免許は関係ある相談だぞ。」

「じゃあ、免許と園芸部は関係あるってことか。」

「おお、それだそれ。」

「まわりくどいんだよ。最初からそう言ってくれ。」

こなぎがぴたりと止まった。どうやら畑についたらしい。

「おっほん、それはこなぎさんの口からじゃないといけませんからなっ。」

「えー、それでは恐縮ながら説明をさせていただきたく存じます。悟平先生のおっしゃるとおり、当園芸部ではある問題に直面しております。それを打開するために是非、お二方のご助力をいただければと思いまして・・・」

「おい、お前頭の回転速いな。すげえ。割と追従するのが難しいフリかなと思ったんだけど。」

「ふふーん。」

こなぎは得意げに、雲竜のほうはポカーンとしている。ふと周囲を見回すと、ここは学校の敷地の端っこで、裏山と接している辺りだった。こんなところへ用事のある生徒などは、ほとんどいないことだろう。

「じゃ、とりあえずあれを見てもらえるかな。」

こなぎは、フェンスの向こうを指差している。

「え、このヤブがどうかしたのか?」

「これって私有地だろ。畑はどこだよ?」

俺と雲竜は、ほぼ同時にこなぎに質問していた。

「実はこれが畑なのね。それでね、こっちに入り口と通路があるんだけど。こっちこっち。」

こなぎは、フェンスに沿ってまた歩きだした。

「なんだこりゃ。こんなの手がつけらんねえだろ。」

「ああ、まさかこんなジャングルが学校の敷地だなんてな。随分ディープなとこに来ちまった。」

「やっぱり初めて来たらびっくりするよねー。あ、ここ入り口ね。この扉。」

一瞬、扉がどこにあるのかさえ判らなかった。フェンスには太いのクズのツルが激しく巻きついていて、向こうの様子もどうなっているのかは良く見えない。ただ、フェンスよりはるか上まで背の高い雑草が密に伸びているので、この内側がどうなっているのかは大体想像がつく。恐らく、とても人が入って歩けるような状況ではないだろう。敷地の角でフェンスが直角に曲がっているところを見てみると、どうやら錆びついた格子がある。そこにかかっているかんぬきをこなぎはぐいぐいと引っ張りはじめた。

「よいしょっと。やっぱり固いなぁ。この間は開いたのに。」

「ちょっとどいて、俺らで外すから。

俺と雲竜は扉を揺らしたり、格子に絡まった雑草を千切ったりしながら、どうにかかんぬきを引き抜いた。

「さっすがー。それじゃあ中に入ってみてよ。」

こなぎは、ごく明るく喋っているけれど、この扉の奥の雰囲気は不気味そのものだ。恐る恐る、雲竜と俺は扉を開いてみた。すると、草に半分埋もれながらも通路であろう飛び石が扉から先に続いているのが見えた。扉のそばの畳四~五枚程度の部分だけは、最近になってから草刈りをした形跡がある。

「ああ良かった。歩くくらい出来るね。」

こなぎがまた喋りだしたと同時に、、俺は中に入ってみてから周囲を見回していた。

「でもさあ、これってどこまでが畑なのかもわかんないぞ。」

自分の背丈よりずっと高い雑草に、畑は埋め尽くされている。

「面積でいくと、テニスコート二枚ぶんくらいはあるって先輩から聞いてる。」

「へえ、結構広いんだな。でも、これじゃあちょっとあんんまりだな。」

後から入ってきた雲竜が、会話に加わってきた。

「でしょ。園芸部自体はちゃんとあるんだけど、これじゃまともに活動できないの。だから・・・。」

こなぎが、急にうつむいて物静かな口調になった。

「俺らに手伝って欲しい。ってのは何も喋らなくても充分伝わるってくるぞ。」

「でもなぁ、何で俺らな訳?」

また始まりやがった。自分の取った免許の用途が本来なんだったのか気付かないのか。

「おい、ここでお前の免許だろうが。」

「雲竜、トラクター乗れるよね?」

「・・・あー、やっと理解したわ。でも乗ったことねえ。乗っていいことにはなってるけど、乗ったことある機械なんて免許合格したあと、耕うん機にリアカーつけたやつで講習させられた時のやつだけだぞ。」

「だったらなんとかならないかなぁ。」

「けどまあ、トラクターなんてすぐに当てが出てくる訳でもねえしなぁ。俺、免許を取ることばっかり考えてて、農作業やるなんて考えてみたことも無かったわ。」

それでも、雲竜にも協力したい気持ちはあるようだ。ただ、ここの状態だとトラクターが用意できようができまいが、耕すよりも前に草刈りをしないとどうにもならないだろう。

「とりあえず、草刈りくらいはなんとかならないか?何か園芸部に道具ねえの?」

「クワとか鎌とかならあるよ。それと草刈り機が一台あるけど、しばらく使ってなかったら動かなくなっっちゃったんだって。あと、小さい耕うん機もあったような気がする。」

「こんな状況になるくらいだから、いずれにせよあんま期待できなそうだな。」

「他にも理由はあるの。ほら、卒業しちゃった三年生って去年は受験とか就活で忙しくて。それで、当時の二年生は歯抜けだし、去年入部したのは今いる二年の先輩一人だけ。」

「おい、その二年生の先輩は今何してるんだ?」

雲竜が更に興味を持ったようで、矢継ぎ早に質問をし始めた。

「うんとね、なんか鉢植えの菊いじってた。あとプランターにトマトとか菜っ葉のタネ蒔いてた。」

「お前以外の一年生は?」

「二人いる。一人は私のおねえちゃんで、もう一人は男の子。ああ、私は双子の妹ね。入り口のところだけちょっと草刈りしてあるのは、お姉ちゃんが鎌でやったんだって。」

「もう一人は何してんだ?」

「特に作業してるのは見たことないけど、いつもノートと虫眼鏡を持って植物とか昆虫とか観察してる。」

なんだその部活、みんなやってることがバラバラじゃないかなどと思っていると、雲竜が更に質問を重ねる。

「じゃあこなぎは?」

「私は、お姉ちゃんと一緒に少しずつ畑を元に戻そうとしてたとこなの。最近、お姉ちゃんに誘われて入ったばっかだから。」

「これを女二人でか?途方もねえな。」

「最初はおねえちゃん一人でやろうとしたみたいだったんだけど、歯が立たないから私にも入部してくれってお願いされたの。」

とりあえず、やたら根性の座ったお姉ちゃんであることだけは想像出きる。っても俺も雲竜も同じ学年なのだが、俺らだってこれに一人で立ち向かう勇気はないだろう。なにしろ、入り口でこの有様だ。全体がどうなっているかなど・・・。

「そういえば、この敷地って他はどうなってんの?ちょっと見てみたい。」

「ああ、そうだね。丁度いいからとりあえず、通路が生きてるとこから歩いてってみよう。」

「歩いてってみようって、お前ここがどうなってるのか知んねえのか?」

「まだ全体は把握してないよ。だって入部したばっかだもん。それに毎日部活やってるわけじゃないし。」

「じゃあ、どんどん行こうぜ。お邪魔しまーす。」

会話を遮りながら、雲竜はずんずんと通路の奥のほうへ歩いていく。心なしか、奴のテンションが上がっているように思える。それはそれで次に何を言い出すのか少々心配だ。

「待ってーすぐ行くから。ほら悟平、行こ。」

「行くよ。見たいって言ったの俺なんだから。」

右を見ても、左を見ても代わり映えしない。去年枯れた雑草が立ったままになり、その根本からはまた新たな雑草が次々と伸び始めている。石の通路以外、やはり想像通りというかほぼ全てがそんな感じだ。畑は全体的に薄暗く、振り返るとそこまで離れていないはずの入り口もだいぶ遠くに感じる。両側にある雑草の壁のこの圧迫感ときたらかなりのものだ。

「うわっ、なんだお前。こんなとこで何してんだ。」

向こうのほうで、雲竜が驚いている様子だ。俺とこなぎは慌てて駆け寄った。

「動植物の観察。君のほうこそ誰?」

「いや、俺は一年三組の神威(かもい)雲竜って言うんだけど。」

「僕は一年五組の蛍井綴矢(ほたるいてつや)。園芸部の畑に何か用?」

「いや、用っていうか相談っていうか見学っていうか・・・。」

珍しく雲竜が動転している。

「あ、なーんだ。てっちゃんか。びっくりした。昼休みもここにいるなんて。」

「なあ、この人も園芸部なの?」

「そう。さっき話したでしょ」

彼は、こなぎが話したように、ノートとルーペを持っている。

「ああ、生き物観察が趣味の。」

「え、君は?」

「ああ、俺は柊悟平っていうんだ。コイツらと同じクラスの。よろしく。ちょっと畑のことで園芸部に協力できる事があるのかどうか知りたくて案内してもらってたんだ。」

「よろしく。」

綴くんといったか、彼はちょっと童顔で華奢、背丈は普通。おとなしそうだが、ちょっととっつきにくい感じがする。雰囲気としては、クラスで友達とあまり会話をせず、コンピューター雑誌なんかを静かに読んでいそうというか、そんな感じ。

「てっちゃん、今日は何かいいの見つかった?」

「いや、やっぱりここだと珍しいのを探すのは難しいよ。、ここは主にセイタカアワダチソウとシロザの群落で、植生としては単調だもんね。本来、畑だったってことは、撹乱された土壌なわけで、そこに最初に侵入してくる植物ってのは裸地を覆うために爆発的に増える宿命を持ってるんだ。他には、石畳の周囲にオオバコ、フェンスにアレチウリとクズ、ヤブカラシくらいの感じで別に面白くないんだけど、このままま植生の遷移が進めば他にも隣接する山の植物が色々生えてくるだろうし、それによって生存環境を約束される昆虫や小動物なんかも・・・。」

日常会話は最低限で済ますのに、興味の対象話を振られた瞬間これとは。やっぱ鉄道とかアニメオタクの生物版だ。本気でコイツ何を喋ってるのかわからん。

「へ、へえ。すごいねー。」

こなぎも少し引いてるっぽい。

「それはそうと、そろそろ授業戻る準備したほうがいいよ。僕はいつも授業の十分前にここを出るようにしてる。今日はもう観察終わったから戻るけど。」

「あ、そうだね。校舎から結構離れてるもんね。うちらはもうちょっとしてから戻るよ。」

「気をつけて。」

「そういえば、扉がすごく固かったけど、てっちゃんはどうやって入ったの?」

「いつもフェンス越え。開けてくれたなら助かった。それじゃ。」

てっちゃんは、そのまますスタスタと入り口の方へと消えていった。

「なんだあれ、園芸部員の割に園芸やる気なさそうだな。」

「てっちゃんは、自然観察がしたくて入部したようなもんだから。昼休みもきてるとは知らなかったけど。」

雲竜は、また不思議そうな顔をしながら彼を見送っていた。俺もなんだか拍子抜けした。

とにかく、これから雲竜と俺が協力をする、しないのいずれにしてもここの畑が簡単に元に戻ることはないということだけは、はっきりと理解した。

「とりあえずさあ、トラクターうんぬんの前に、俺らで出来る事を考えてみるわ。」

教室へ戻る途中で、雲竜が喋り始めた。しめた。俺も言葉を続ける。

「そうだなー。さすがにあれを見せられてしまうと断れなくなるよ。何していいかまだあんま想像つかないのが問題っちゃ問題ではあるけど。」

「ありがとう。そうしてくれると助かる。お姉ちゃんにも話しとくから。」

こなぎは、また少しうつむいたまま返事をした。いつものように無邪気に喜んでもらうには、もう少し期待を持たせられるような答えが必要だったのだろう。

「それはそうとさあ、さっき俺らっててっちゃんにどう思われたんだろう?」

「え、急になんでそんな事を思うの?」

「だってさあ、一応こなぎは女の子だし。あのヤブの中にわざわざ出かけてくる男女なんて他人からた見たら不自然なんじゃないの。」

「あっ、そっかー考えてもみなかった。てっちゃんは気にしないと思うよ。でも、ちょっとは私も気をつけたほうがいいのかなって思った。ありがとう。」

「俺も気にしない。だって俺なんかこなぎが女だったって今思い出したし。」

「雲竜は答えなくていいよ。今ちょっと傷ついた。」

「お前だって、今言われるまで何も考えてなかったじゃんかよ。」

「私だって乙女に目覚める瞬間があるんだってば。だから日頃から少しは気をつかってよ。悟平みたいにさー。」

「あん?悟平だってお前のこと一応女の子とか言ってたじゃんか。一応だぞ一応。気配りが全然足りてないと思わんのか。」

「あ!そういえばそうだなー。ねえ一応ってどんな意味なの悟平先生?教えてくださらない?」

「えーいやその、一応というのは私の喋るときの口癖でありまして、決してこなぎさんを女性として意識していないというか、いやそういった意味で解釈されて欲しくない訳でございます。ですから・・・」

「だまれ、嘘つき政治家。」

「たいへん申し訳ございません。」

「えっへん、以後気をつけなさい。」

初めて雲竜にしてやられた。これは少々悔しいが、こなぎの顔を見るといつもの笑い顔に戻っていたのでホッとした。。

「お前ら仲いいなー。漫才でもやれば?」

「からかってないで、雲竜もこれから少しは気をつけてよー。」

それから教室に戻るまでの間、さっき昼飯を食っていた最中よりもよっぽど会話が弾んだのは言うまでも無い。そして、とにかくこなぎは雲竜と俺を引き込むのに成功した訳だ。

 

        出来ること

 協力するという話にはなったものの、やっぱり何からはじめて良いものだろうか。とりあえず、こなぎの言ってたように鎌で草刈りを手伝ってみるか。雲竜のほうは相変わらずバイトばかりしているようだ。しかし、あれからはなにやら考えているような雰囲気がある。この間は、園芸部の草刈り機も兄貴なら修理できるかもしれないとこなぎに言っていた。それにしても、アイツは本当にトラクターをバイト代で工面する気なのだろうか。冷静に考えてみると、原付なんかと違ってトラクターは車ばりに大きい。もし手に入るにしても置き場所が大変だ。それに、仕事に使うわけでもなく高校生が個人で所有するとなるとやはり非現実的だ。だとすれば、借りるのが良いだろうが、そもそも雲竜も俺も機械を扱う技術など持ってはいない。どこかで練習出切ればいいけれど、特に心当たりも無い。だったら毎日鎌で草刈りをすればいいと思うのだけれど、人間が草をちょっと刈ったくらいであそこが畑に戻るのか。ともするとこなぎ姉妹が行っているのは、賽の河原で石を積み重ねては鬼に崩されるといような苦行なのではないか。それに片足を突っ込んだらどうなってしまうのだろう。

「あーあ、俺ってなんにも出来ないんだな。」

畑を見てから一週間、俺はまだ何をして良いのか考えが固まらずに悶々と過ごしていた。いつも学校から帰ってきて、なんやかんやしてから寝る直前ころになると不甲斐なさがこみ上げて来る。これじゃあ何も進みやしない。とりあえず、明日こなぎと雲竜に相談しよう。

そう思ってから、この日は眠りについた。

翌日、朝から俺は一人で重苦しい気分になっていた。雲竜とこなぎの雰囲気は、いつもと変わりは無いのだろうか。コイツらは悩んだりしないものかと不思議に感じると同時に、自分のメンタルの弱さを実感させられる。昼休みになって、やっとの思いでこなぎに畑の状況を聞いてみた。

「なあ、あれからちゃんと関われてないんだけど、今ってどんな感じ?畑。」

「あれから少し草刈りが進んだかな。でも、最初にお姉ちゃんが刈ったところはまた草が生えてきちゃってるんだよね。」

こなぎは、一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに顔をしかめた。

「進んでるけどそうでもないって感じか。」

「そうなんだよねー。刈ってる最中は割と会話も弾むし、夢中でやってるから嫌いじゃないんだけど。でもさあ・・・」

「でも何だって?」

「場合によっては話し相手がお姉ちゃんしかいないんだよ。帰り道も一緒だし、家でも一緒でしょ。作業してる時はいいんだけど、なんか生活にメリハリを感じないんだよね。あ、でも仲が悪くなってるとかそんなんじゃないよ。」

別に作業は嫌でないという。むしろ懸案は姉妹の関係とだったとは。こなぎの答えにはいつも意表を突かれる。

「他の部員はどうしてんの?」

「てっちゃんは、時々草を刈るのを手伝ってくれるんだけど、何か生き物が見つかると固まっちゃう。私たちが草刈りしてるときに、先輩もいれば加わってはくれるんだけど、何かテンション高くて良く喋るでしょ。それも話が面白いもんだからつい笑っちゃって、かえって作業が進まなくなったりするの。」

「まあ、それなりに面白そうで良かった。あの畑を見たらさぞかし壮絶な作業なのかと思ってたけど違うんだな。」

「なんだろー、確かに畑はすごいことになってるんだけど、喋りながら体を動かしてる感覚がいいんだよ。」

「確かに、それなりに体力使いそうだな。」

「体動かすっていえば、ほら悟平言ってたよね。運動部入るか悩んでるって。あれ、どうなったの?」

言われて思い出した。俺はここのところそんなのすっかり忘れていた。

「ああ、自転車部は、やっぱり自分の乗り方と方向性が違うからもういいやって思ってる。」

「え、じゃあうちにおいでよ。今日も作業やるから。ね。」

こなぎは、いきなり俺の制服の袖をちょいちょいと両手で引っ張りながら草刈りに誘ってきた。

「え?ああ、うん。」

「じゃあ、仮入部ってことで。先輩とお姉ちゃん紹介するから、放課後に部室行くよ。ジャージ持っといでよ。」

全く考えてる暇がなかった。コイツはリスみたいだと思っていたけれど実はカワセミか何かなのかもしれない。

「わーい、ふふーん。」 

コイツ、椅子をばったんばったんさせて喜んでいる・・・何者なんだ。底なしにわからんぞ。とりあえず和んだものの、やはりどこか腑に落ちない。

「あっそうだ、雲竜はどうなんだろ?今の聞こえてた?」

「ああ俺パス。バイト。」

こなぎマジックも、どうやら雲竜には通用しそうもない。

「んー、じゃ今度ね。」

「いや、すまんな。でも、俺なりに何か出来そうだからもうちょっと待っててくれ。そのへんの話をバイト先で詰めてみるから。」

どうやら策を案じてるようだが、それが何なのかはこの受け答えだけからは想像がつかない。大体なんだって、雲竜のバイト先ってのは確かソバ屋だと言っていたはずだ。それが畑とどう結びつくのだろう。

「なあ、お前なりに出来そうな事ってどんなの?」

「なんつーか、バイト先の隠居っつうか店長の親父さんが農機具いっぱい持ってるらしいんだよ。それで交渉してみようかと思ってな。」

「すごいな、それどうやって知ったんだ?」

「偶然なんだよ。俺、最近は良く小型特殊免許で乗れそうな乗り物がないかって農機具のパンフレットを家でPCから印刷して集めててな、それをバイトの休憩時間に色々読んでてな、そしたら、隠居がパンフレットに気付いて、色々説明してくれ始めたんだ。それで、農作業出来るのかって聞いたらな、」

「おい、なんて答えが返ってきたんだよ。」

「うんうん、うんうん。」

「でな、草刈りから畑を耕すのから今でもしょっちゅうやってるって言うんだよ。隠居の家は元々農家で、ソバ屋は隠居の代から始めたんだってな。それで、ソバ屋は息子さん、あ、今の店長に引き継いだんだけど、その間も兼業っつか家族で農家やってたんだと。だから店で出す米とか一部の野菜は今でも自前のを使ってんだ。」

「なんか見事につながってきたな。」

「うん、俺もびっくりした。でもまだ続きがあんだよ。んで、農作業はこれまで隠居が主にやってきてたんだけど、流石に体力が落ちてきて大変になってな、けど店長は店で忙しいから、誰かやれる人がいないかと思ってるらしい。もう既に、条件のあんまし良くねえ田んぼは草ぼうぼうになっちまったとか言ってた。」

「どっかで聞いたような話・・・。」

「そこに、道具を貸して欲しいって話をしてみるって事ね。」

「俺はそうしたいんだけど、やっぱし向こうの状況が状況だから、ただお願いする訳にいかねえだろ。だからどう話を持ってけばいいかなって考えてんだけど。それに、どんな機械があるのかも、使い方だって全く知んねえし。」

雲竜にしては、ものすごくまともな思考プロセスだ。ちょっと見直した。

「うーん、確かにそっちも手伝わないとお願いしづらいか。」

「でも、手伝うったってスキルらしきものが何もないじゃんかよ。」

「それ、俺もこないだの畑見てから思った。けど、何でもいいからやってみようと思って、今日から畑の草刈り手伝うことにした。」

こんな台詞、ほぼ有無を言わさずに草刈りに参加することになった言い訳に近いのだが、なんとなく流れ的にこんな感じだなーと思ってとりあえず喋ってみた。すると、

「それだったら、手伝うって言って教えてもらえばいいんじゃない?上手に出来るようになったら、うちらの畑もどうにかなるかもしれないし、バイトにもなるかもよ。」

やっぱり、上手い事重ねてくる。

「なんだよそれいいな。よし、それで相談してみるわ。」

「あー、農作業の練習が出来んならもしかしたら俺もやりたいから、手伝う事になったら俺にも一応教えてくれ。」

「それなら私も行くー。」

「お前らのことまで出来るだけ詳しく話してみるから。」

「とりあえず、今日は草刈り頑張るわ。」

「なんだか、こっちもなんとかなりそうな気がするー。」

これから先は面白くなってきそうな予感がした。

そして放課後になると雲竜はさっさと消え、俺はこなぎに引っ張られ部室に連れて行かれた。

園芸部の部室は、畑からいくらか離れたところに幾つかあるプレハブ棟のうちの一部屋だった。部室の外には、鉢植えやプランターの沢山置かれた棚があるのですぐに判る。

「ここね。部活に来る日は任意でいいけど、来れば誰かはいると思うから。」

こなぎはそういいながら部室のドアを開けた。カギはかかっていなかった。部室の中は、思いの他広いが、やや薄暗い。左側の壁側には、埃をかぶったクワやスコップ、レーキなどの農具が無造作に置かれていて、壁には鎌が何本かぶら下がっていた。ドアの反対側には窓があり、部屋の右側にはロッカーが並ぶ。その端っこに申し訳程度の本棚がある。文化部というよりどちらかというと運動部の部室に近い感じだ。そして埃っぽさのせいもあるのだろう、どことなく黄昏時を思い起こさせるわびしい雰囲気を感じる。部屋の中央には畳一枚ぶんくらいの机があり、剪定ハサミや観察ノートらしきものが置きっぱなしになっている。

「あれ、誰もいないや。ちょっと待っててみよっか。そのへんにある物は適当に見てていいよ。」

「ただ待ってるのもなんだな、どうせなら着替えしてていいか?」

「なんだー、やる気あるじゃん。じゃ外行くから終わったら声かけてね。」

こなぎはそう言うと外へ出ていった。次に来る時は着替えてから来たほうがいいような気がする。それはそれとして、知らない部屋で一人で着替えるというのは何か落ち着かない。そして運動靴を忘れたことに気付いた。それでも、とにかくいそいそと制服を脱いで机の上に置き、ジャージの上をスポっとかぶり終えてからふと壁のほうを見ると、薄汚れた草刈り機と、さび付いた小さな耕うん機が目に入った。どちらもそれなりの大きさはあるのだが、汚れていると案外目立たないものだ。

「これ、もう動かないんだろうなぁ。やっぱ鎌だよな。」

壁に掛けられた鎌を手に取ってみる。こちらも使いこまれた感じがする。刃はそれなりにまだ切れそうだが、他のも見てみると、刃がこぼれて錆びているものと、そうでないものがある。

どうやら部員の数を超えるぶんの鎌は砥がれていないようだ。俺はしばらくの間、鎌を持ったままぼーっとしていた。

「ねー、着替え終わったー?」

こなぎの声が外から聞こえる。いけね。

「あ、ごめん。終わったから代わろう。」

慌てて鎌を壁に掛け直して、俺は表に出た。

「じゃあ、ちょっと待っててね。プランターでも見てていいよ。

こなぎは、笑いながらすっと部室に入っていった。プランター見てていいよって、別に許可がいるもんでも無いだろうに。そして他にやることもあるまい。俺はまたぼーっとしながら花や野菜が植わっているプランターや鉢植え眺めはじめた。なんだろう、昼休みに話をしていた時の高揚感はここに来て全くなくなり、なんとなく不安な気持ちが何故か強くなる。部室に入った瞬間から感じていたことだが、一体何故そうなるんだろう・・・。そんな気分になりながらも、鉢植えやプランターには名前が書いてあるのに気が付いた。

○月○日 千日紅  こなぎ

「へっ、でっけえ字だな。アイツらしいわ。」

○月○日 ミニトマト 瓜川

このプランターは先輩のだろう。

○月○日採取 南瓜の類 雑草にまみれながら畑に自生 綴

すごく彼っぽい。

○月○日 バジル みくり

これってこなぎのお姉ちゃんの名前か。そういえば、お姉ちゃんてまだ会った事が無かったな。やっぱり小動物系の少女なんだろうか。

「ちょっと!仮入部の男の子って君?」

背後から急に声をかけられた俺は、一瞬ビクっとした。振り返ると、そこには作業着を着たこなぎそっくりの小さな女の子がいる。

「ああ、そうだけど。いや、はじめまして。悟平です。こなぎと同じクラスの。」

「私は一年一組の深田みくり。一応あれの姉ってことになってます。」

「よろしくお願いします。」

「こちらこそよろしく。」

少し離れたまま、二人同時に軽く頭を下げた。お姉ちゃんは、こなぎよりも2~3センチだけ背が高いようだ。顔はそっくりだが、若干鼻がぺちゃっとしている。何より、はきはきとした口調で背筋もびしっとしていて、ぱっちり開いた目にもやたら力がある。それに圧倒されたのか、俺は無意識に敬語で喋っていた。ヘタレも甚だしい。

「で、早速なんだけど、草刈り手伝ってくれるって聞いたてるけど。」

「え、何で知ってるんですか?」

「こなぎが昼休みにメールしてきたから。」

「ああ、なんか嬉しそうにしてたからなあ。」

「私も手伝ってくれる人が増えて嬉しい。畑はもう見たでしょ?」

「見ましたよ。すごいっていう感想しか浮かばない。」

「よくあれを手伝う気になったなって感心するよ。それか、こなぎに興味でもあるの?」

すごくズバズバと物事を伝えてくる。俺はうろたえっぱなしだ。

「ええ?そんなんじゃありませんよ。なんていうか成り行きで。あと他にも手伝ってくれそうなのがもう一人いるんだけど。今日は来てません。」

「なんにしてもこなぎにも君にも感謝するわ。それじゃ、準備しよう。」

みくり姉ちゃんは、部室に入っていこうとした。

「あ、まだ着替えしてるかもしれません。」

「こなぎー?入っていい?っていうか入るよ!」

「あ、もう大丈夫だよー。」

みくり姉ちゃんは大きな声で尋ねたかと思うとバンっと勢い良くドアを開け、部室に入ってゆく。つられるようにして俺も後ろからついて行った。

「あー悟平とりあえず座って。で、これがお姉ちゃんね。」

「今外で挨拶済ましたよ。」

みくり姉ちゃんもどかっと椅子に座った。それにしても、ずいぶんとぶっきらぼうというか大胆だ。

「ああ、こなぎと容姿は似てるけど全然性格が違うってのは理解した。」

「でしょ。男の子みたいなんだけど気にしないでね。」

「うるさいなぁ。余計な事言わなくていいよ。それよかてっちゃんと先輩は?」

「うんとね、カゴがないからてっちゃんは裏山か畑に虫獲りに行ったっぽい。先輩は、昼休みに悟平のこと伝えておいたからそのうち来ると思うよ。」

「それじゃ、ちょっと先輩くるまで待っ―。」

バタンとドアが開いたかと思うと、ワープしたのではないかという勢いで机の前に女の人が立っていた。

「いよーお待たせー。なんか今日は草刈り要員が増えたんだって~?おお君か、てっちゃんよりいい体してるねー頼むぜー。でかしたぞこなちゃん。よしあとでアメ玉をあげよう。ついでに頭もゴシゴシしといてあげよう。あ、みくりんももう来てたのか。カマは砥いであるかなー?

かわいカッコ良く草刈りしてねっと。それじゃあ準備準備準備ッ。」

一人一人パシパシと軽く叩きながら声をかけてくる。

「あ、僕は一年三組の・・・」

立ち上がってそう言いかけた俺の前から、既に先輩は姿を消していた。今度は部屋の隅っこに行って野菜コンテナに鎌や軍手をぽいぽいと放り込み始めている。かくのごときいじり逃げなど、普段からそうそうあってはならないはずだ。なにしろ今回が人生で初なのだから。だが、俺のほかにこなぎ姉妹もフツーに一瞬でいじり逃げされている。まさか、これが園芸部の日常だというのか。

「ね、テンション高いでしょ。ついてける?」

「おい、ハンパないけど、それに追従できるか以前にまともに会話が成立すんのか?」

俺はまたしても動揺を隠せないまま、小声でこなぎに答えた。

「ちょっとしゃがんで。」

「え、はい。

みくり姉ちゃんが急に声をかけてきたので、言われるままに少し膝を曲げる。

「それはね、間合いが命。一語一句にいちいち反応してたら頭が追いつかないからカギになりそうな言葉だけ拾うの。そして、喋りを遮る瞬間はしっかり目を見て動きを止めないと難しい。」

ヒソヒソと耳打ちしてくれた

「ありがとう。でも随分ハードル高いな。」

「出来ないと翻弄されっぱなしになるよ。気をつけて。あとスルーも大事だからね。」

みくり姉ちゃんは、ずいぶん賢いと見える。要点は教えてもらえたが、イマイチ自信が無い。とにかく慣れるより他はなさそうだ。

「はいそれじゃ畑行ってみよー。草刈ってみよー。みょーん。みくりんコンテナもっといでー。」

おいなんだ今のみょーんって。本当に大丈夫なんだろうかこの人。色々心配だ。心配だみょーん。誰か何とかしてくれ。そして先輩超スピードで歩いてってるし。

「へへっ、また新しいの来たー。」

おいこなぎ、お前喜んでる場合か。随分余裕あるじゃねえか。いったいどうなってんだ。

「でしょー。でしょーん。ショーンコネリー。ぶしょーヒゲ。」

わかった、この人天才なんだ。でも頭使う方向が間違ってるんだ。

「あっつはっはーオヤジギャグ冴えてるー。」

うわー、わかったからもう褒めるな。そしてそれオヤジギャグっていうかおっさんの話だろ。なんか違うぞ。これ以上あおられたらトラウマになっちまう。

「部長、自己紹介です。自己紹介。」

みくり姉ちゃんの一声で、まるで寄生蜂に神経中枢を刺されたイモ虫のようにぴたりと先輩の動きが止まった。ここでやっとさっきの助言を思い出し、見事に翻弄されていた自分に気付いた。

「おお、そういえばそうだ。そして私は部長。部長だったな。すまんすまんみくりん。」

「ですよー。ちょっとは落ち着いてください。先輩。」

「おいそこの新入りっ。私は二年四組の瓜川まこも。ちょっとおきゃんな十六歳。好きな食べ物は鮎の塩焼きです。野菜言葉は情熱のミニトマトを君に。どうぞよろしく。」

くっ、全くスキがない。どこから突っ込めというのか。ってか、いかんペースに乗せられる。

「先輩、私の時は飢饉の年には曼珠沙華とか言ってたじゃないですか~。」

「毎日私の野菜言葉は変わるもんなのっ。彼岸花は毒あるけど根っこが一応食えるから多分野菜でいいのっ。」

頼む・・・こなぎさんは少し黙っててくれないか。

「あ、あの自分は一年三組の柊(ひいらぎ)悟平です。こなぎさんと仲良くなった結果、畑の惨状を目の当たりにすることになり、作業を手伝おうと思いました。よろしくお願いします。」

焼ききれんばかりに意味無くフル回転して、こんがらがっていた頭の割にはまともな挨拶が出来たのはもう奇跡に近かった。

「ほうほう悟平とな。面白い名前だけど、ちと呼びづらいな。えーっと、ごへい、五平餅、モチ・・・もっちーって呼ぼうか。いや、それだとなんか安直な感じがするな。あっ!革靴履いてる。うん、レザーでいいや。よろしくね、レザー。」

俺の脳みそはもう詰んだらしい。もう突っ込みどころをいちいち考えたりする気力もない。

「はい。頑張ります。呼び方もそれでいいです。あ、鮎の塩焼きおいしいですよね・・・へへ。」

こうして俺にはレザーというアダ名がついた。それから畑につくまで瓜川先輩はこなぎと話しては笑っていた。俺は、みくり姉ちゃんから園芸部について詳しく説明を受けた。オーバーヒートしかけた頭を休めるのに、これは本当に有り難かった。

 畑の扉は、今回は問題なく開いた。きっと、あれから何度か草刈りを行ったのだろう。目に見えて先週よりも入り口の周囲は広くなっている。

「随分広くなってる。結構頑張ったんだな。」

「へへ。偉いでしょー。」

「何言ってんの。あんたらまだまだ先は長いよ。はいこれ持ってく。」

こなぎと俺は、みくり姉ちゃんから軍手と鎌を受け取った。

「えーっと、じゃあ今日はみくりんとレザーはフェンス沿い。私とこなちゃんは通路の奥に向かって刈ろう。何かあったら呼んで。」

お、初めてまともな文章を喋った。これなら受け答えできそうだ。

「わかりました部長。みくりさん、やりかたを教えてください。」

「レザー、そんなかしこまんないでのびのびやろうよ。運動部じゃないんだから。それに私、部長つってもこんなんだしねえ。」

「いやその、あまりにさっき衝撃を受けたもんですから。まだ頭の整理がついてなくて。」

「おやおや~。もしかしてちょっと私の挨拶が物足りなかったのかな?」

先輩は、ニヤニヤしながらジワジワと間合いを詰めてくる。ヤバい、何を言ってるんだ俺は。明らかに自爆しかかってるぞ。

「いえ、そうではなくてですね。」

「早く行くよ。レザー。」

みくり姉ちゃんは俺の腕をぐいっとつかんで歩いていく。

「おお、なんかいい雰囲気だなー。頑張っておくんなー。」

草は入り口からフェンス沿いに五メートル、幅3メートルくらい刈られている。

「今日はここの奥を、いけるところまで刈るからね。」

「了解であります。で、やり方は?」

「えーっとね、さっきっから面倒くさいなぁ。とにかく刈りゃあいいの。ちょっと見てて。」

みくり姉ちゃんは。自分の背丈くらいある枯れ草を何本かまとめて掴み、ギザギザの付いた鎌をザッザッと何度か大きめのストロークで引いて草の根本を切った。そして刈った草を自分の後ろの空間に放り出してゆく。草を刈るというよりは、木を切り倒しているような印象だ

「こんな感じでとりあえず後ろに置いていって、そのあと下から生えてきてるやつを刈るの。」

そう言ったかと思うと、丈の短い草を刈ってゆく。

「大きく伸びはじめてきてるのは、つかんで上に軽く引っ張りながら刈る。地面に這うようにしてるのは、土に近いところで刈るか、今回は無視していいや。わかった?」

「すごく解りやすかったです。」

「でしょ。こんなの私が適当にやってる方法だからちゃんとしてるのか知らないけど。」

「別にそれでいいんじゃないのかな。」

「じゃ、早くやろ。」

始めてみると、これがまた恐ろしく地味な作業だった。目の前にある草はいっこうに無くならないし、後ろを振り返ってみても進んだ感じもしない。ただ、草を引っ張る・切る・倒す・後ろにずらす・また刈る。ひたすらこの繰り返し。しゃがみ続けているので、そのうち腰にもきそうだ。慣れていないので、どこかで無駄に力を入れているのだろう。右腕が次第に疲れていく。これを一日中やるとなると相当つらそうだ。それでも、上手になるにはやり続ける他は無い。俺は黙々と草を刈り続けた。

どの位作業していただろうか。あまり意識せずに手が動くようになってきているのに気付いた。だいぶ余裕が出てきたのだろう。すると、頭が色々草刈りと違うことを考え始める。晩飯は何だろうかとか、試験勉強をどうしようかとか、マウンテンバイクの部品代をどう工面しようか・・・色々と浮かんでは消えてゆき、その間も手は動き続ける。これまで、こういった感覚は経験したことが殆どないので地味な作業でも新鮮に感じる。そしてこうなってくると、ジワジワと疲れてきているはずの腕もあまり気にならなくなるようだ。みくり姉ちゃんもそうなのだろうか、さっきから何も喋らずに前の方でかがみ込んだまま少しずつ進んでゆく。こなぎとほぼ同じ体格の彼女が背中を丸めてかがみこんでいると、雑草の丈もあるせいか異様に小さく見えて何か微笑ましい。もっと畑の奥のほうで、みくり姉ちゃんが作業していたら、きっと探すのが大変なんだろうな。そうだ、それならば、迷路みたく草刈りをして、そこでかくれんぼとか鬼ごっこでもしたら面白いんじゃないだろうか。こんな子供じみていてくだらないことでも考えはじめると止まらなくなってくる。そのアイディアは俺の頭の中で次第に練り込まれてゆき、雑草迷路の中で二チームに分かれ、水鉄砲を使ってサバイバルゲームを行うというところまで具体的なものになっていった。そして、入り口とその対角線上に位置する角を各々の陣地として決め、メンバーを考えるにまで至ったところで、ふと我に帰った。全く気が付かないうちに、みくり姉ちゃんに追いついていたのだ。

「あれ、早いじゃん。もうだいぶ慣れたんじゃない?」

「なんか、気が付かないうちに追いついてたんだよ。」

「それは慣れたってことでしょ。やっぱ男手あると助かるわー。」

「どういたしまして。それよか、なんだかしょうもないことを考えてるうちに進んでたからちょっとびっくりした。」

会話をしながら、俺もみくり姉ちゃんも手を動かしたままだ。

「あ、それ私もよくある。単純な作業ってそういう頭の使い方が出来るからいいんだよね。」

「やっぱそうなんだ。じゃ、みくり姉ちゃんはいつもどんな事考えてんの?」

「んーっとね、畑に戻したら何を植えたいかとかかな。育てた野菜でバーベキューしたいとか、ハーブも育ててお菓子作る時に使いたいとか。あと、畑と全然関係ないことも色々。」

「とりあえず、みくり姉ちゃんは食うのが好きだってのはわかるな。」

「お花とかもいいけどさ、やっぱ園芸部に入る一番の理由なんてやっぱそれでしょ。」

なんだかんだで、みくり姉ちゃんが作業中に考えていることのレベルは俺とほぼ同じらしい。

とにかく、野菜を育てて食いたいから姉ちゃんは真剣に草刈りをするのだ。

「つーかレザー、全然話違うんだけどさあ、アンタさっきっからなんでみくり姉ちゃんって呼ぶ訳?こなぎの事はこなぎって呼んでるでしょ」

「え、なんかすごくお姉さんっぽい感じするからからそう呼んでるんだけど。」

実際、本能的にそう感じるのであって、それ以上の理由は何もない。

「なにそれ、よくわかんないんだけど。アンタだって学年同じじゃん。人前でそんな風に呼ばれたらちょっと恥ずかしいんだけど。」

「いや、なんだろ、こなぎを見てると余計にお姉さんっぽく見えるからかもしれん。」

「なるほどねぇ・・・なんとなく分かるけど、みくり姉ちゃんはやめて。それ以外の呼び方ならなんでもいいから。」

「んじゃアネキって呼ぶわ。」

「ケッ、あんま変わんねーよ。」

だからそれが姉ちゃんと呼びたくなる理由だと気付かないのだろうか。

「どんな呼び方でもいいって言ってたじゃん。それにあれだ、ほら運動部の女子マネージャとかもマンガなんかだとアネゴとかも呼ばれてたりするし、これでいいじゃんか。だって俺なんかレザーなんだよ?」

何故か笑いながら話しかけていた。

「そりゃアンタがそれでいいって言ったんじゃない。私の呼び方はもう好きにしてよ。」

「それじゃよろしく、アネキ。」

「ふっ。アネキねぇ。」

みくり姉ちゃん、もといアネキが初めて笑った気がする。そして、さっき部室で彼女に会ったときのような緊張感は消え失せ、俺は普通の喋りかたに戻っていた。それから俺とアネキは、校内の噂話や最近見たテレビ番組などの他愛も無い会話をしながら刈り進んだ。ついさっきまで全く知らない人だったのに、距離感はどんどん縮まってゆくことに戸惑いもせず。そして次第に話は園芸部のメンバーのことに移っていった。

「でさあ、アンタ先輩のことどう思った?」

「え、色々ぶっ飛んでてすごいね。アネキもこなぎもある意味すごい気はすんだけど、それとは異質のなにかっていうか、表現できないな。」

「超越的な力ってこと?」

「そう!それだ。宇宙レベルの破壊力を持ってるなあれは。」

「あははー。大袈裟だけどすごいわかるわ。ホント神がかってるよね。」

「だから俺は部室で会った時、何をどう受け答えしていいかさっぱりわからなかったんだよ。アネキが助言してくれたのと、畑きてから先輩にまた捕まりそうになった時に引っ張ってってくれたのはありがたかったけどな。」

「スキがありすぎなんだよ。あのままだと色々大変だし作業進まなくなっちゃうでしょ。それよりかさあ、良く見ると瓜川先輩って顔立ちとかも整ってて、身長もあってスタイルもかなりいいのに、何であんなキャラになっちゃうのかね。私ゃ少し羨ましいってのに。」

「えっ、そんなの全然気にしてなかった。あとでもっかい良く見てみよ。」

「はぁ?、アンタ男なのに全くそういうの気になんないの?てっちゃんといい、なんだかなぁこの部に来る男ってのは。あれをかわいいと思わないとか。」

「予備知識なしにいきなりあんなラッシュ喰らってたら、そこまで意識を向けらんないっての。俺はアネキほど頭良くないんだぞ。マジあの時は頭がバーストしかかってたわ。」

そう返事をしながらも、あまりそういったものを気にして生きてこなかった自分にはっとした。確かにそうだ。それに今までだってそんなに男らしい事なんぞやってきちゃいない。どちらかというと、男女がうんぬんだとかよりも毎日が面白く感じられればそれでいいタイプなのだ。悩まずにそう過ごせるのなら尚のことだ。じゃあ、雲竜はどうなんだろう。俺よりはよっぽど男らしいとは思うのだが、今日は来ていない。

「あとさあ、てっちゃんにはもう会ったんでしょ。あの子の印象ってどうだった?」

「あんまり話してないから、まだ良く分からないけど、生物に一途すぎて喋りかけづらそう。俺、彼のつかみどころに話を持ってくほど知識ないし。」

「なんていうか、それも私がてっちゃんに初めて会った時と同じだわー。でも平気だよ。こうやって一緒に作業してれば普通に色々話せるようになるから。」

「そう言われると、そんな気がするな」

てっちゃんがこの場にいないのは置いておくとして、アネキに会ってからここまでのやりとりを振り返ってみると、それも合点がゆく。これが農作業の魅力といううやつなのだろうか。それとも、放課後になってからのこの短い時間のうちに、幾度となく頭をゆさぶられていて正常な思考能力を失っているのか。いずれにせよひとつだけ言えるのは、全く退屈でないということだ。作業はこんなに地味で単調だというのに。

「それはそうと、今日は来てないんだけど、もう一人男子が手伝ってくれるかもよ。」

「あーそれ、こっちも聞こうと思ってたの。どんなやつなのかなって。」

あれを端的に説明しようと思ったのだが、これがまた難しい。

「うーん・・・考える事がすごく斜め上というか、ズレてるというか、雑というかそんな奴なんだけど、行動力だけは人一倍で、まあ根は親切だと思う。」

「ちょっと待ってよー!そんな説明じゃ全然わかんないじゃん。それじゃ先輩と似た類の人がもう一人来るってこと?そうなったら一大事だっつの。」

「いや、あれほどの超越者ではないと思うし、今のところ人畜無害だから大丈夫。」

そうは言いながらも、雲竜が覚醒した場合などを想像してみると必ずしも否定は出来ない。その気持ちは逆にアネキに良く伝わった。

「なんか安心できないけど大丈夫かなぁ・・・。」

「説明すんのが難しい奴なんだよ。こなぎにも聞いてみてくれ。」

「もうこないだ家で聞いたよ。それでアイツの説明だと支離滅裂だからレザーに聞いてみたのに、これじゃますますわかん�