82
1 1 日本語存在表現の文法化 ―認知言語学と歴史言語学の接点を探る― 1.1 はじめに 1.2 文法化理論から見た存在表現の文法化 1.3 存在表現の歴史的変遷の概要 1.3.1 存在動詞の歴史的変遷 1.3.2 断定の助動詞ナリ、デアル、ダの文法化 1.3.3 存在型アスペクト形式の歴史的変遷 1.3.3.1 テアリからタリ→タへ 1.3.3.2 テイル、テアルの文法化 1.3.3.3 存在様態としてのタリ、シテイル 1.4 存在構文に基づくテイル・テアル構文 1.4.1 本節の全体的見取り図 1.4.2 存在様態型構文 1.4.3 過程存在型構文 1.4.4 結果存在型構文 1.4.5 出来事存在型構文 1.4.5.1 痕跡存在型 1.4.5.2 典型的パーフェクト 1.4.6 単純状態のテイル構文 1.4.6.1 広義存在構文+テイル 1.4.6.2 心理動詞+テイル 1.4.6.3 痕跡的認知と心的移動 1.5 おわりに 2 テンス・アスペクトの文法化と類型論 ―存在と時間の言語範疇化― 2.1 はじめに 2.2 伝統的日本語研究におけるテンス・アスペクト・モダリティ論 2.2.1 尾上圭介のテンス・アスペクト・モダリティ論 2.2.2 山田孝雄から川端善明の文法論、時間論

認知文法から見たテンス・アスペクト・モダリティgangzhi/wp-content/uploads/2012/12/...3 第1 章 日本語存在表現の文法化 ―認知言語学と歴史言語学の接点を探る―

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    目 次

    第 1 章 日 本 語 存 在 表 現 の 文 法 化

    ― 認 知 言 語 学 と 歴 史 言 語 学 の 接 点 を 探 る ―

    1 . 1 は じ め に

    1 . 2 文 法 化 理 論 か ら 見 た 存 在 表 現 の 文 法 化

    1 . 3 存 在 表 現 の 歴 史 的 変 遷 の 概 要

    1 . 3 . 1 存 在 動 詞 の 歴 史 的 変 遷

    1 . 3 . 2 断 定 の 助 動 詞 ナ リ 、 デ ア ル 、 ダ の 文 法 化

    1 . 3 . 3 存 在 型 ア ス ペ ク ト 形 式 の 歴 史 的 変 遷

    1 . 3 . 3 . 1 テ ア リ か ら タ リ → タ へ

    1 . 3 . 3 . 2 テ イ ル 、 テ ア ル の 文 法 化

    1 . 3 . 3 . 3 存 在 様 態 と し て の タ リ 、 シ テ イ ル

    1 . 4 存 在 構 文 に 基 づ く テ イ ル ・ テ ア ル 構 文

    1 . 4 . 1 本 節 の 全 体 的 見 取 り 図

    1 . 4 . 2 存 在 様 態 型 構 文

    1 . 4 . 3 過 程 存 在 型 構 文

    1 . 4 . 4 結 果 存 在 型 構 文

    1 . 4 . 5 出 来 事 存 在 型 構 文

    1 . 4 . 5 . 1 痕 跡 存 在 型

    1 . 4 . 5 . 2 典 型 的 パ ー フ ェ ク ト

    1 . 4 . 6 単 純 状 態 の テ イ ル 構 文

    1 . 4 . 6 . 1 広 義 存 在 構 文 + テ イ ル

    1 . 4 . 6 . 2 心 理 動 詞 + テ イ ル

    1 . 4 . 6 . 3 痕 跡 的 認 知 と 心 的 移 動

    1 . 5 お わ り に

    第 2 章 テ ン ス ・ ア ス ペ ク ト の 文 法 化 と 類 型 論

    ― 存 在 と 時 間 の 言 語 範 疇 化 ―

    2 . 1 は じ め に

    2 . 2 伝 統 的 日 本 語 研 究 に お け る テ ン ス ・ ア ス ペ ク ト ・ モ ダ リ テ ィ 論

    2 . 2 . 1 尾 上 圭 介 の テ ン ス ・ ア ス ペ ク ト ・ モ ダ リ テ ィ 論

    2 . 2 . 2 山 田 孝 雄 か ら 川 端 善 明 の 文 法 論 、 時 間 論

  • 2

    2 . 3 認 知 文 法 か ら 見 た テ ン ス ・ ア ス ペ ク ト ・ モ ダ リ テ ィ

    2 . 3 . 1 認 知 文 法 に お け る テ ン ス と モ ダ リ テ ィ の 統 合 的 把 握

    2 . 3 . 2 認 知 文 法 に お け る ア ス ペ ク ト の 把 握

    2 . 4 文 法 化 理 論 か ら 見 た テ ン ス ・ ア ス ペ ク ト の 発 展

    2 . 4 . 1 「 完 了 」、「 パ ー フ ェ ク ト 」、「 完 結 相 」、「 過 去 」 な ど

    2 . 4 . 2 「 進 行 相 」、「 不 完 結 相 」、「 現 在 」 な ど

    2 . 4 . 3 主 体 化 と 文 法 化

    2 . 4 . 4 パ ー フ ェ ク ト ( 完 了 ) の 起 源 と 歴 史 的 変 遷

    2 . 5 東 ア ジ ア 諸 言 語 に お け る 存 在 表 現 の 文 法 化 と テ ン ス ・ ア ス ペ ク ト

    2 . 5 . 1 琉 球 語 の 存 在 表 現 と テ ン ス ・ ア ス ペ ク ト

    2 . 5 . 1 . 1 琉 球 語 に お け る 存 在 動 詞 と 動 詞 終 止 形

    2 . 5 . 1 . 2 日 本 語 動 詞 終 止 形 の 起 源 ― 存 在 動 詞 ウ の 存 在

    2 . 5 . 1 . 3 琉 球 語 の テ ン ス ・ ア ス ペ ク ト

    2 . 5 . 2 ア イ ヌ 語 の 存 在 表 現 と テ ン ス ・ ア ス ペ ク ト

    2 . 5 . 2 . 1 ア イ ヌ 語 の 存 在 動 詞 、 人 称 接 辞 、 指 示 詞

    2 . 5 . 2 . 2 ア イ ヌ 語 の テ ン ス ・ ア ス ペ ク ト

    2 . 5 . 2 . 3 存 在 概 念 を 基 盤 と す る ア イ ヌ 語

    2 . 5 . 3 朝 鮮 語 の 存 在 表 現 と テ ン ス ・ ア ス ペ ク ト

    2 . 5 . 4 中 国 語 の 存 在 表 現 と ア ス ペ ク ト

    2 . 6 お わ り に ― ア ス ペ ク ト 論 に 関 す る 新 た な 提 案

  • 3

    第 1 章 日本語存在表現の文法化

    ― 認 知 言 語 学 と 歴 史 言 語 学 の 接 点 を 探 る ―

    岡 智 之

    1.1 は じ め に

    文 法 化 は , 一 般 に 歴 史 言 語 学 で 扱 わ れ る 現 象 で あ る が , 変 化 の 過 程 に 比 喩 ,

    推 論 ,主 観 化 な ど の 認 知 メ カ ニ ズ ム が 作 用 す る こ と か ら ,認 知 言 語 学 に お い て ,

    文 法 化 の 研 究 が 積 極 的 に 取 り 組 ま れ る よ う に な っ た 。こ こ に 文 法 化 現 象 が ,「 認

    知 歴 史 言 語 学 」 の 中 軸 と し て 位 置 づ け ら れ る こ と に な る 。 本 章 は 、 本 講 座 「 認

    知 歴 史 言 語 学 」 の 巻 の 第 1 章 と し て , 日 本 語 の 存 在 表 現 の 文 法 化 を と り あ げ る

    こ と に よ り , こ れ ま で 積 み 上 げ ら れ て き た 歴 史 言 語 学 の 成 果 を 認 知 言 語 学 の 観

    点 か ら 再 照 射 し , 認 知 言 語 学 の 理 論 的 正 当 性 を 例 証 し よ う と す る も の で あ る 。

    以 下 、1 . 2 節 で は ,ま ず 文 法 化 理 論 か ら 存 在 表 現 の 文 法 化 の 位 置 づ け を 与 え ,

    大 き な 理 論 的 枠 組 み を 示 す 。1 . 3 節 で は ,具 体 的 に 存 在 動 詞 や デ ア ル( ダ ),タ ,

    テ イ ル , テ ア ル な ど の 存 在 表 現 の 歴 史 的 変 遷 を 追 い な が ら 通 時 的 な 文 法 化 の 様

    子 を 探 っ て い く 。1 . 4 節 で は ,認 知 言 語 学 の 枠 組 み か ら ,テ イ ル ,テ ア ル 構 文 が

    存 在 構 文 か ら 文 法 化 し て い く 認 知 プ ロ セ ス を 探 り , 放 射 状 カ テ ゴ リ ー と し て ネ

    ッ ト ワ ー ク 化 を 行 う 。 引 き 続 き , 第 2 章 で , テ ン ス ・ ア ス ペ ク ト の 文 法 化 の 問

    題 に つ い て 取 り 扱 う 。

    1 . 2 文 法 化 理 論 か ら 見 た 存 在 表 現 の 文 法 化

    日 本 語 に は , 存 在 表 現 が 文 法 化 し た 形 式 が 多 い 。 そ の 典 型 と し て , テ イ ル ・

    テ ア ル ,デ ア ル( > ダ )、タ( < タ リ < テ ア リ ),な ど が あ り ,こ れ ら の 形 式 は ,

    そ れ ぞ れ ア ス ペ ク ト ( 継 続 相 ), モ ダ リ テ ィ ( 断 定 の 助 動 詞 ), テ ン ス ( 過 去 )

    の 文 法 形 式 だ と い わ れ る 。

    本 節 で は , 表 題 の 存 在 表 現 の 文 法 化 を 「 文 法 化 理 論 」 か ら 位 置 づ け て 考 察 す

    る 。文 法 化 と は ,内 容 語( 動 詞 や 名 詞 な ど 語 彙 的 内 容 を 持 つ 要 素 )が 機 能 語( 語

    彙 的 内 容 が 希 薄 な 助 動 詞 や 前 置 詞 ・ 助 詞 な ど ) に 通 時 的 に 変 化 す る こ と ( 辻 編

    ( 2 0 0 2 : 2 3 1))と 一 般 に 定 義 さ れ て い る 。本 節 で は ,ま ず ,認 知 言 語 学 的 観 点 か

    ら ,日 本 語 の 文 法 化 研 究 に つ い て ,概 観 と 課 題 を の べ て い る 大 堀( 2 0 0 5)を 参

  • 4

    照 し な が ら , 存 在 表 現 の 文 法 化 に つ い て 考 察 し て い く 。 1

    大 堀( 2 0 0 5)は ,ま ず 一 般 に 文 法 化 理 論 で い わ れ る 5 つ の 基 準 を あ げ ,こ の 基

    準 が 高 い ほ ど 文 法 化 の 度 合 い が 高 い と し て い る 。

    基 準 1: 意 味 の 抽 象 性 。

    基 準 2: 範 列 の 成 立 。

    基 準 3: 標 示 の 義 務 性 。

    基 準 4: 形 態 素 の 拘 束 性 。

    基 準 5: 文 法 内 で の 相 互 作 用 。

    基 準 1 の 例 と し て , 日 本 語 の 「 ま す 」 は , 具 体 物 を 献 上 す る (「 ま い ら す 」) と

    い う 意 味 か ら , 受 益 的 な 意 味 へ 広 が り , さ ら に 話 し 手 の へ り く だ り を 表 す よ う

    に な っ た 。 基 準 2 の 「 範 列 」 と は , 代 名 詞 や 格 助 詞 の よ う に , 一 定 の 文 法 機 能

    を 表 し 相 互 に 対 立 す る 少 数 の セ ッ ト で あ る 。例 え ば ,「 ま す 」は「 敬 語 」と い う

    閉 じ た セ ッ ト に 組 み 込 ま れ て い る 。 基 準 3 は , 特 定 の 形 態 素 に よ る 標 示 が , あ

    る 機 能 を 表 す た め に 義 務 的 に 要 求 さ れ る こ と で , 例 と し て , フ ラ ン ス 語 の p a s

    は , も と も と 強 調 を 表 す 意 味 だ っ た が , 現 代 で は 否 定 を 表 す に は 不 可 欠 に な っ

    て い る 。 基 準 4 は ,「 自 立 語 か ら 付 属 語 へ 」 と い う 変 化 そ の も の を 表 し て い る 。

    基 準 5 の 例 と し て , 否 定 の 呼 応 現 象 を あ げ る 。 例 え ば 「 決 し て 」 は も と も と 強

    調 表 現 で あ っ て , 否 定 と の 呼 応 す な わ ち 相 互 作 用 は な か っ た が , 現 在 で は 否 定

    と の 呼 応 は 文 法 規 則 の 一 部 と な っ て い る 。

    存 在 表 現 の 文 法 化 と い う 観 点 か ら 言 う と , タ は 「 過 去 」 と い う テ ン ス 的 意 味 と

    し て は , 以 上 の 5 つ の 基 準 を す べ て 満 た し て か な り 文 法 化 の 程 度 が 高 い 。 基 準

    1 . 具 体 的 な 場 所 に お け る 人 , モ ノ の 存 在 と い う 意 味 が 薄 れ , 過 去 と い う 抽 象

    的 文 法 的 機 能 を 獲 得 し て い る 。基 準 2.過 去 タ と 非 過 去 ル で 対 立 す る 。基 準 3.

    過 去 と し て 表 示 が 義 務 的 。基 準 4.完 全 に 付 属 語 に な っ て い る 。基 準 5.「 昨 日 ,

    さ っ き 」な ど の 過 去 の 時 間 副 詞 と 共 起 す る 。し か し ,「 こ こ に あ っ た ! 」や「 腹

    が 減 っ た 。」な ど ,過 去 で は な く ,現 在 の 状 態 を 表 す 用 法 な ど が あ り ,完 全 に は

    1 日 本 語 の 文 法 化 研 究 の 概 観 を 知 る に は , 日 本 語 学 会 が 特 集 し た 「 日 本 語 に お け る 文 法 化 ・ 機 能

    語 化 」(2 0 0 5)の 諸 論 文 が 非 常 に 役 に 立 つ 。認 知 言 語 学 的 観 点 か ら の 論 文 集 と し て は ,O h o r i ( 1 9 9 8 )

    が あ る 。こ こ で は ,「 動 詞 か ら 後 置 詞( 複 合 格 助 詞 )」(「 に つ い て 」「 を め ぐ っ て 」な ど ),「 名 詞 か

    ら 文 末 助 詞 」(「 わ け 」),「 接 続 助 詞 」(「 か ら 」),「 条 件 の 助 詞 」(「 ば 」),「 連 体 助 詞 」(「 の 」) な ど

    の 文 法 化 現 象 が 取 り 上 げ ら れ て い る 。 ま た , 先 駆 的 な 研 究 と し て , 日 野 ( 2 0 0 1 ) が あ げ ら れ る 。

  • 5

    テ ン ス 形 式 と し て 文 法 化 し て い る わ け で は な い 。

    デ ア ル( ダ )も ,「 断 定 」と い う モ ダ リ テ ィ 的 意 味 で は か な り 文 法 化 の 程 度 は

    高 い 。 基 準 1. 断 定 と い う 抽 象 的 な 意 味 , 基 準 2. 3. 断 定 ダ と 推 量 ダ ロ ウ と 対

    立 し , 義 務 的 。 基 準 4. 完 全 な 付 属 語 。 基 準 5.「 た ぶ ん 明 日 は あ め だ 」 の よ う

    に 蓋 然 性 を 表 す 副 詞 と の 呼 応 す る 場 合 も あ り , 相 互 作 用 は , さ だ か で は な い 。

    テ イ ル は 一 般 に ア ス ペ ク ト 形 式 と 言 わ れ る が , そ の 文 法 化 の 程 度 は , 共 時 的

    に 見 て も , 用 法 に お い て さ ま ざ ま で あ る 。 基 準 1.「 あ そ こ に 鳥 が 飛 ん で い る 」

    の よ う な 存 在 様 態 文 は ,具 体 的 な 場 所 に お け る 人 や 物 の 存 在 と い う 意 味 を 残 し ,

    文 法 化 の 度 合 い は 低 い 。 そ こ か ら , 場 所 表 現 が 共 起 し な く な り , 進 行 形 や 結 果

    の 状 態 と い う 抽 象 的 な 意 味 に 焦 点 が 移 っ て い く と , ア ス ペ ク ト 形 式 と し て 文 法

    化 す る と い え る 。 パ ー フ ェ ク ト 的 意 味 で は , 効 力 の 存 在 と い う さ ら に 抽 象 的 な

    意 味 で 文 法 化 し て い く 。 基 準 2. シ テ イ ル 形 式 は ス ル 形 式 と ア ス ペ ク ト 的 に 対

    立 す る( 工 藤 1 9 9 5)と い う が ,こ の 点 は 若 干 疑 問 が あ り ,た と え ば「 存 在 す る 」

    と 「 存 在 し て い る 」,「 驚 く 」 と 「 驚 い て い る 」 な ど ア ス ペ ク ト 意 味 を 表 さ な い

    テ イ ル 形 式 が あ る と い う 点 で , 完 全 に は 文 法 化 し て い な い と 考 え る 。 基 準 3 で

    は , ア ス ペ ク ト 的 意 味 を 表 さ な い シ テ イ ル と ス ル や , パ ー フ ェ ク ト 的 意 味 の シ

    テ イ ル と シ タ は 競 合 す る も の で あ り , シ テ イ ル が 義 務 的 で は な い 。 基 準 4. 存

    在 様 態 文 で は , イ ル , ア ル の 実 質 的 意 味 が 反 映 し て お り , 完 全 に 付 属 語 に な っ

    て い る わ け で は な い 。 5. 否 定 に お い て ,「 ま だ ~ し て い な い 」 と い う よ う な 呼

    応 関 係 が 見 ら れ る 以 外 は , 相 互 作 用 は さ だ か で は な い 。 テ ア ル 文 の 文 法 化 の 程

    度 は , テ イ ル 文 よ り も さ ら に 低 い と み ら れ る 。 テ イ ル , テ ア ル の 文 法 化 の 詳 細

    は , 1 . 3 節 の 通 時 的 考 察 に お い て も 行 っ て い く 。

    次 に , H o p p e r ( 1 9 9 1 )が あ げ る 文 法 化 に 伴 っ て 見 ら れ る 一 般 傾 向 と し て , 1.

    層 状 化 ( l a y e r i n g ) , 2 . 分 岐 ( d i v e r g e n c e ) , 3 . 特 化 ( s p e c i a l i z a t i o n ) , 4 . 保 存

    ( p e r s i s t e n c e ), 5. 脱 カ テ ゴ リ ー 化 ( d e c a t e g o r i a l i z a t i o n )の 5 つ が あ げ ら れ る 。

    1 . 層 状 化 と は ,あ る 機 能 を 表 す た め の 形 態 が ,古 い 層 に 加 え て 新 た に 発 生 す

    る こ と を い う 。 日 本 語 で は , 受 動 文 に よ る 動 作 主 を 標 示 す る た め の 助 詞 「 に 」

    と 動 詞 句 を 起 源 と す る 「 に よ っ て 」 が そ の 例 と さ れ る 。 存 在 表 現 で は , 過 去 形

    式 に 文 法 化 し た タ 形 式 の 完 了 的 意 味 を 補 完 す る 形 で , パ ー フ ェ ク ト の テ イ ル が

    発 展 し た こ と に 現 れ て い る だ ろ う 。

    2.分 岐 と は ,文 法 化 が 起 き た 時 に 元 の 自 立 性 を も っ た 語 彙 的 用 法 が な く な ら

    ず ,あ る 形 態 が 語 彙 的 用 法 と 文 法 的 用 法 の 両 方 を 持 つ 現 象 を い う 。日 本 語 で は ,

    「 し ま う 」な ど が 語 彙 的 用 法 と「 て し ま う( > ち ゃ う )」の よ う な 文 法 化 し た 用

  • 6

    法 を と も に 持 っ て い る こ と を 例 と す る 。 存 在 表 現 で は い う ま で も な く ,「 い る 」

    「 あ る 」 と い う 存 在 動 詞 の 語 彙 的 用 法 と テ イ ル , テ ア ル と い う 文 法 化 し た 用 法

    が 共 存 し て い る 。

    3. 特 化 と は , 基 準 2 の 範 列 と 重 な る 。

    4.保 存 と は ,語 の 最 初 の 意 味 が 文 法 化 に お い て も 残 り ,使 用 範 囲 に 制 約 を 加

    え る 現 象 で ,文 法 化 の 初 期 に 見 ら れ る 。例 と し て ,中 国 語 の「 把 」( つ か む )と

    い う 動 詞 は , 前 置 詞 的 に 用 い ら れ , 目 的 語 の 標 識 と な る が , こ の 用 法 は 文 の 述

    語 が 操 作 を 表 す 動 詞 で あ る と き に 限 ら れ る と い う 制 約 が あ る 。こ れ は ,「 把 」と

    い う 動 詞 の , 能 動 的 な 操 作 と い う 関 係 性 が 前 置 詞 的 用 法 に も 保 存 さ れ て い る と

    い う こ と で あ る 。存 在 表 現 で は ,江 戸 時 代 に「 い る 」「 あ る 」の 有 情 ,非 情 の 区

    別 に 対 応 す る 形 で , テ イ ル , テ ア ル が 意 味 分 化 し た と い う こ と に 該 当 す る だ ろ

    う 。

    5.脱 カ テ ゴ リ ー 化 と は ,本 来 つ く べ き 文 法 標 識 が 消 失 し た り ,統 語 的 な ふ る

    ま い が 不 完 全 ・不 規 則 に な っ た り す る 場 合 を 言 う 。 こ の 例 と し て , M a t s u m o t o

    ( 1 9 9 8)の 複 合 辞「 に つ い て 」の 統 語 的 特 性 の 例 が 挙 げ ら れ る 。「 い る ,あ る 」

    の 文 法 化 で は ,「 場 所 + ニ 格 」と の 共 起 と い う こ と が ,ア ス ペ ク ト 形 式 と し て 文

    法 化 し た 用 法 で は , 見 ら れ な く な る と い う こ と が あ げ ら れ る だ ろ う 。

    さ ら に ,大 堀( 2 0 0 5)で は ,文 法 化 に つ い て 視 野 を 拡 大 し ,( 1 )多 機 能 性 の 発 達 ,

    ( 2 )構 文 の 発 達 ,( 3 )語 用 論 的 標 識 の 発 達 と い う 三 つ の 観 点 か ら ,文 法 化 の 拡 大 し

    た 例 を 紹 介 す る 。

    ( 1 ) 多 機 能 性 の 発 達 と は , 元 々 自 立 形 式 で な く て も , 使 用 範 囲 が 広 が り , 機 能

    の 多 様 化 が 起 こ り , そ の 言 語 に 新 た な 文 法 的 手 段 が 芽 生 え る こ と で , こ れ は 脱

    語 彙 化 に よ ら な い 文 法 化 で あ る 。例 と し て は ,日 本 語 に お け る「 が 」「 を 」「 に 」

    の 「 格 助 詞 か ら 接 続 助 詞 へ 」 と い っ た 変 化 が そ の 一 例 で あ る 。

    ( 2 ) 構 文 の 発 達 の ケ ー ス と し て は , 日 本 語 の 「 ~ の は ~ だ 」 型 焦 点 化 構 文 を そ

    の 例 と し て あ げ る 。

    ( 3 ) 語 用 論 的 標 識 の 発 達 で は ,「 け ど 」に 見 ら れ る 接 続 形 式 か ら 話 題 導 入 の 機 能

    へ の 多 機 能 化 や ,「 わ け 」に 見 ら れ る 客 観 的 に 判 断 で き る 推 論 の 用 法 か ら 強 制 さ

    れ た 推 論 な ど へ の 機 能 の 拡 大 な ど を あ げ る 。

    こ う し て 文 法 化 を 考 え る 際 に , 形 態 論 だ け で は な く , 構 文 や 語 用 論 的 機 能 ま で

    考 え る 視 点 が 重 要 だ と す る 。 存 在 表 現 で 言 え ば , 名 詞 述 語 文 に 限 定 さ れ た ~ ダ

    文 が , ノ ダ 文 と な っ て 動 詞 や 形 容 詞 文 に も 接 続 す る よ う に な り , 機 能 を 拡 大 す

    る よ う に な る こ と が あ げ ら れ る だ ろ う 。

  • 7

    最 後 に 理 論 的 課 題 と し て ,文 法 化 の 動 機 づ け と 一 般 的 制 約 に つ い て 大 堀( 2 0 0 5)

    は 提 起 し て い る 。 動 機 づ け と は , あ る 言 語 現 象 に つ い て , な ぜ そ れ が 見 ら れ る

    の か と い う 原 因 ひ い て は 説 明 の た め の 原 則 を い う 。 文 法 化 に つ い て は , メ タ フ

    ァ ー , メ ト ニ ミ ー , 語 用 論 的 推 論 な ど の 意 味 拡 張 一 般 の 認 知 的 メ カ ニ ズ ム と 結

    び 付 け て 考 え る こ と が で き る 。

    メ タ フ ァ ー と は 認 知 意 味 論 で は 異 な る 概 念 領 域 間 の 写 像 と 定 義 さ れ , あ る 概 念

    を 別 の 概 念 と の 類 似 を も と に 関 係 づ け , そ の 枠 内 で 理 解 し よ う と す る 操 作 で あ

    る 。 た と え ば ,「 今 は た っ ぷ り や す ん で お け 」 で は ,「 お く 」 は も と も と 物 体 の

    配 置 を 表 す 動 詞 だ が ,「 休 む 」と い う 行 為 が 対 象 と な っ て お り ,意 味 上 の シ フ ト

    が 起 き て い る 。 こ こ で は た ら い て い る の は , < 出 来 事 は 物 体 で あ る > と い う メ

    タ フ ァ ー で あ る 。「 い る 」「 あ る 」と い う ,人 ,モ ノ の 空 間 的 存 在 か ら ,テ イ ル ,

    テ ア ル や シ タ コ ト ガ ア ル な ど の 出 来 事 の 存 在 へ と 文 法 化 す る の は , 一 種 の メ タ

    フ ァ ー と 考 え ら れ る 。ま た ,「 彼 に は 3 人 子 供 が い る 」の よ う な 所 有 文 は ,存 在

    文 の 「 空 間 的 場 所 」 が 「 所 有 領 域 」 へ と 拡 張 さ れ た 場 合 で あ り , 一 種 の メ タ フ

    ァ ー と と ら え る こ と が で き る だ ろ う 。

    次 に メ ト ニ ミ ー と は 一 つ の 概 念 領 域 内 に お い て , 隣 接 性 に 基 づ い て , 注 目 さ れ

    る 部 分 が シ フ ト す る こ と と 定 義 さ れ る 。た と え ば ,「 こ の バ ン ド は ギ タ ー が う ま

    い 」と い う と き ,「 楽 器 の 演 奏 」と い う 概 念 領 域 内 で「 ギ タ ー 」が「 演 奏( 者 )」

    を 表 す よ う な ケ ー ス で あ る 。

    メ タ フ ァ ー と メ ト ニ ミ ー の 関 係 に つ い て は , 次 の よ う な 洞 察 が 重 要 で あ る 。 メ

    ト ニ ミ ー と は , 表 現 の 文 字 通 り の 意 味 と 文 脈 に 応 じ た 意 味 の ギ ャ ッ プ を 推 論 に

    よ っ て 埋 め る と い う 解 釈 の 「 調 整 効 果 」 と し て の 意 味 の シ フ ト と い え る 。 こ う

    し た 調 整 が 繰 り 返 さ れ , 別 の 概 念 領 域 に 属 す る よ う な 解 釈 が 成 り 立 つ よ う に な

    る と , 変 化 の 始 点 と 終 点 だ け を 取 り 上 げ れ ば メ タ フ ァ ー 的 な 写 像 と 見 え る よ う

    に な る 。 メ タ フ ァ ー に よ る 文 法 化 の 分 析 と メ ト ニ ミ ー に よ る 分 析 は 矛 盾 す る も

    の で は な い の で あ る 。

    最 後 に 文 法 化 の 一 般 的 制 約 で あ る が ,H e i n e e t a l . ( 1 9 9 1 )で は ,次 の よ う な 方

    向 性 を 提 案 し て お り , こ こ に は 単 方 向 性 が み ら れ る と い う 。

    身 体 > 物 体 > 過 程 > 空 間 > 時 間 > 性 質

    テ イ ル の 文 法 化 で は , 最 初 人 の 存 在 を 表 し て い た の が , モ ノ の 存 在 を も 表 す よ

    う に な っ た こ と , 過 程 の 存 在 へ の 文 法 化 , 次 に 結 果 存 在 か ら パ ー フ ェ ク ト ( 過

    去 に 近 い 時 間 的 意 味 ),単 純 状 態( 性 質 )へ の 拡 張 ,な ど が あ げ ら れ る 。詳 細 は

    1.4 節 に 譲 り た い 。

  • 8

    ま た ,Tr a u g o t t ( 1 9 8 2 , 1 9 8 9 )が 提 案 す る 語 用 論 的 強 化 と い う 概 念 が あ る 。こ れ

    は 文 脈 内 に お け る 聞 き 手 の 推 論 の 慣 習 化 と そ れ に 伴 う 意 味 変 化 の こ と を い う 。

    こ れ は , メ ト ニ ミ ー の 一 種 と 考 え ら れ る 。 そ の 傾 向 性 を 一 般 化 す れ ば 次 の 様 に

    な る 。

    命 題 的 > 対 人 的 / 談 話 構 成 的

    た だ , こ の 方 向 性 は 反 例 が あ り , 文 法 化 の 一 般 的 制 約 と し て い い か は 議 論 の 余

    地 が あ る と い う 。 テ イ ル の 意 味 に お い て は , 直 接 的 な 結 果 の 存 在 か ら 間 接 的 な

    痕 跡 の 存 在 を 経 て , 発 話 時 へ の 関 連 性 ( 効 力 の 存 在 ) と い っ た テ ク ス ト 的 意 味

    を も つ パ ー フ ェ ク ト の 意 味 へ の 発 展 は , こ の 方 向 性 を 示 し て お り , こ こ で は 主

    観 化 と い う 認 知 過 程 が 見 ら れ る 。

    大 堀( 2 0 0 5)は ,最 後 に ,千 年 以 上 に わ た る 歴 史 的 な 文 献 資 料 を も っ た 言 語 は

    世 界 で も 少 な い こ と を 思 え ば , 伝 統 的 研 究 と 最 近 の 理 論 的 研 究 を 調 和 さ せ る こ

    と で , 今 後 は 「 日 本 語 か ら の 貢 献 」 が 結 実 す る こ と が 期 待 さ れ る , と 結 ん で い

    る 。 次 節 で は , 具 体 的 に , 存 在 表 現 の 歴 史 的 変 遷 を 見 て い き , 通 時 的 な 文 法 化

    の 過 程 を お っ て い き た い 。

    1 . 3 存 在 表 現 の 歴 史 的 変 遷 の 概 要

    1.3. 1 存 在 動 詞 の 歴 史 的 変 遷

    存 在 表 現 の 歴 史 に 関 す る 最 近 の 包 括 的 な 研 究 と し て 金 水 ( 2 0 0 6) が あ る 。

    現 代 日 本 語 の 存 在 動 詞 に は ,「 あ る 」,「 い る 」,「 お る 」の 3 種 が あ る が ,金 水

    ( 2 0 0 6)に よ れ ば ,次 の よ う な 歴 史 的 変 遷 を 経 て ,現 代 の 形 に な っ て い っ た と

    考 え ら れ る 。

    ま ず ,上 代 ~ 中 世 の「 あ り 」は ,も っ と も 基 本 的 な 存 在 動 詞 で ,主 語 の 有 生 ・

    無 生 を 区 別 し て い な か っ た 。

    次 に ,上 代 ~ 鎌 倉 の「 ゐ る 」は ,存 在 動 詞 と い う よ り は ,「 立 つ 」に 対 立 す る

    「 座 る 」 等 の 意 味 を 表 す 変 化 動 詞 で あ り , 主 に 有 生 主 語 で あ る 。 単 独 で は 持 続

    的 な 状 態 を 表 さ な か っ た 。「 ゐ た り 」等 の 状 態 化 形 式 に な る と ,持 続 的 な 意 味 に

    な り ,存 在 表 現 に 近 づ く 。室 町 期 に は「 い る 」が 現 れ て い る が ,「 ゐ た り 」か ら

    「 い る 」へ 移 行 す る 過 程 に「 い た 」と い う 形 式 が あ っ た と 推 定 さ れ る 。こ の「 た 」

    は「 た り 」の 結 果 状 態 の 意 味 を 残 し た 状 態 性 の 意 味 を 表 す「 た 」で あ り ,「 い た 」

    と い う 形 式 に よ っ て 現 在 の 存 在 を 表 し て い た 。 2「 た り 」は 周 知 の よ う に「 て あ

    2 現 在 , 東 北 方 言 で は 「 イ ダ 」 が 一 時 的 現 在 を 表 す 意 味 と し て 残 っ て い る 。「 そ ご さ , ご み

    い だ 」( そ こ に ゴ ミ が あ る )( 工 藤 編 2 0 0 4 : 5 2 - 5 3 )

  • 9

    り → た り 」 の よ う に 派 生 さ れ た が , 室 町 期 に 「 た り → た る 」 か ら 「 る 」 を 落 と

    し て 「 た 」 と な っ た 。 こ う し て 「 た 」 は 室 町 期 に 過 去 を 表 す よ う に な っ た が ,

    こ こ で は ま だ 「 た り 」 の 時 代 に 持 っ て い た 継 続 的 な 意 味 や パ ー フ ェ ク ト 用 法 を

    保 っ て い た と い う 。室 町 後 期 か ら ,有 生 主 語 に は「 い る 」,無 生 主 語 に は「 あ る 」

    と い う 使 い 分 け が 見 ら れ 始 め , 近 世 後 期 に は ほ ぼ そ の 使 い 分 け が 確 立 す る 。

    一 方 , 上 代 の 「 を り 」 は ,「 ゐ る + り 」 に 相 当 す る 唯 一 の 状 態 化 形 式 3で , 平 安

    時 代 に 入 っ て 「 を り 」 は 徐 々 に 「 ゐ た り 」 に 置 き 換 わ っ て い く 。 9 5 0 年 以 降 の

    文 献 で は ,「 を り 」は 激 減 し ,卑 語( 主 語 下 位 待 遇 )的 な 意 味 を 帯 び る よ う に な

    っ た 。 た だ し , 和 歌 や 漢 文 訓 読 文 で は , 卑 語 性 の な い 「 を り 」 が 使 い 続 け ら れ

    て い る 。 室 町 期 に は 「 お る 」 が あ ら わ れ る が , 卑 語 性 が あ ら わ に 見 え る よ う に

    な り , 近 世 で は 武 士 の 尊 大 な ニ ュ ア ン ス を 持 っ て 使 わ れ て い た 。 明 治 時 代 に は

    書 き 言 葉 お よ び 男 性 知 識 人 の 間 で 用 い ら れ た が ,現 代 共 通 語 で は 衰 退 し て い る 。

    た だ ,西 日 本 方 言 で は ,「 お る 」は 卑 語 性 の な い 有 生 物 主 語 の 存 在 動 詞 と し て 依

    然 勢 力 を 持 っ て い る 。

    以 上 , 存 在 動 詞 「 あ る 」「 い る 」「 お る 」 の 歴 史 的 変 遷 を ま と め る と 次 の 様 に

    な る 。

    上 代 平 安 鎌 倉 室 町 江 戸 期 明 治 大 正 期 現 代

    あ り ( 有 生 ・ 無 生 の 別 無 ) → あ る ( 無 生 物 主 語 の み ) →

    ゐ る ( 変 化 動 詞 ) → ( 衰 退 )

    ゐ た り ( 状 態 化 形 式 ) → い た → い る →

    を り ( 状 態 化 形 式 ) → ( 卑 語 性 ) → お る ( 尊 大 語 , 書 き 言 葉 ) → 共 通 語 で

    は 衰 退

    存 在 表 現 の 文 法 化 の 点 で ,注 目 す べ き 点 は ,「 ゐ る 」と い う 変 化 動 詞 が「 ゐ た り 」

    と い う 状 態 化 形 式 に な る こ と に よ っ て , 存 在 表 現 と し て 機 能 し て い た と い う 点

    (「 た り 」は 現 代 語 の「 て い る 」に 相 当 す る ア ス ペ ク ト 形 式 で あ っ た ),ま た「 を

    り 」 と い う 形 式 は 「 ゐ る + り 」 か ら な っ た 上 代 の 唯 一 の 状 態 形 式 ( こ れ は 動 詞

    連 用 形 + 存 在 動 詞 の ア ス ペ ク ト 形 式 で あ る )で ,「 ゐ た り 」と 交 代 す る よ う に な

    3 「 を り 」 の 語 源 は ,「 ゐ る 」 に 完 了 存 続 の 「 り 」 が つ い た 形 式 で あ る と さ れ る 。 こ の 「 り 」

    は , 動 詞 連 用 形 に 「 あ り 」 が つ い た も の と さ れ る 。( 例 : 咲 く + あ り → 咲 け り ) そ れ ゆ え ,

    w i + a r i → w o r i と い う 成 立 が 考 え ら れ る が , 金 水 は w i に a が 連 接 し て w o に な る 母 音 融 合 の 例 は

    上 代 文 献 に は 見 ら れ な い と し て こ れ を し り ぞ け , w o + a r i → w o r i と い う 語 構 成 を 考 え て い る 。 一

    方 , 柳 田 ( 2 0 0 1) で は , w u + a r i → w o r i と い う 語 構 成 を 考 え て い る 。「 を り 」 の 語 源 に つ い て

    は , 2 . 5 . 1 . 2 で も 触 れ る 。

  • 10

    っ て , 卑 語 性 を 帯 び て く る と い う 点 で あ る 。 ア ス ペ ク ト 形 式 と し て の 「 た り 」

    や「 て い る 」「 て あ る 」に つ い て は ,詳 細 は 次 節 に 譲 る が ,存 在 動 詞 そ の も の の

    変 遷 に も 動 詞 + 存 在 詞 と い う 構 成 が 関 わ っ て く る と い う 点 が 興 味 深 い 。 ま た ,

    「 を り( お る )」の 卑 語 化 と い う 点 で は ,ア ス ペ ク ト 形 式 か ら ム ー ド 形 式 へ の 転

    換 が 見 ら れ る 。な お ,存 在 動 詞 の 語 源 的 考 察 に つ い て は ,2 . 5 . 1 節 で お こ な う 。

    1 . 3 . 2 断 定 の 助 動 詞 ナ リ , デ ア ル , ダ の 文 法 化

    日 本 語 の 断 定 の 助 動 詞 , あ る い は 指 定 表 現 と い わ れ る ナ リ , デ ア ル は , ニ ア

    リ あ る い は ,ニ テ ア リ と い う 存 在 表 現 か ら 文 法 化 し た も の だ と 言 わ れ て い る( 春

    日 1 9 6 8 , 佐 伯 1 9 5 4 , 山 口 2 0 0 3)。奈 良 時 代 か ら 平 安 時 代 に か け て ,ニ ア リ が ナ

    リ に 融 合 , 交 替 し て い く 過 程 が あ る 。 そ れ か ら ニ テ が ニ テ ア リ と 共 起 し て い く

    の が 院 政 期 頃 , ま た 同 じ こ ろ ニ テ が デ に 交 替 し , デ ア ル が 室 町 期 の 口 語 に お い

    て 現 れ る と 言 う 。 ま た , デ ア ル は デ ア か ら ヂ ャ を 経 て ダ に 至 る と 言 う の が 定 説

    で あ る が , 柳 田 ( 1 9 9 3) で は , 室 町 中 期 の 西 部 方 言 資 料 か ら 「 ヂ ャ 」 と と も に

    「 ダ 」を 多 用 し た 資 料 が 見 つ か っ た こ と か ら ,早 く に「 ダ 」が 生 れ ,遅 れ て「 ヂ

    ャ 」 が 発 生 し た と 推 測 し て い る 。 そ の 後 , 室 町 時 代 西 部 方 言 で は ヂ ャ が 主 に 用

    い ら れ , ダ も 劣 勢 語 と し て 存 在 し た 。 一 方 , 東 部 方 言 で は 主 に ダ を 用 い た が ,

    ヂ ャ も 劣 勢 語 と し て 存 在 し た 。 以 降 , 東 部 方 言 で は ダ , 西 部 方 言 で は ヂ ャ が 主

    に 使 わ れ る よ う に な る 。

    こ こ で 問 題 な の は デ ア ル と い う 文 体 で あ る 。「 で あ る 」は ,も と は「 に て あ り 」

    か ら 変 化 し て , 室 町 期 に 始 ま っ た 語 法 で あ る と 述 べ た が , 実 際 こ の 頃 に は , ほ

    と ん ど 使 わ れ て い な か っ た と い う 。 柳 父 ( 2 0 0 4 : 1 0 2 - 1 0 6) に よ れ ば ,存 在 を 意

    味 す る 「 あ る 」 と は 別 の , コ プ ラ ( 連 辞 ) の 翻 訳 で あ る 「 で あ る 」 は , 江 戸 期

    の オ ラ ン ダ 語 の 翻 訳 と し て 始 ま り , 室 町 期 に 発 生 し た 「 で あ る 」 と は 異 な っ て

    い た と い う 。 翻 訳 を 離 れ た 一 般 の 日 本 文 に 「 で あ る 」 が 登 場 す る の は , 明 治 の

    初 期 に な っ て か ら 小 学 校 の 教 科 書 に お い て で あ る 。小 説 や ジ ャ ー ナ リ ズ ム で「 で

    あ る 」 が 使 わ れ る の は , 明 治 後 期 に な っ て か ら で , 観 念 的 , 抽 象 的 な 内 容 を ,

    断 定 的 に 言 い 切 る の に よ く 使 わ れ る よ う に な っ た (『 吾 輩 は 猫 で あ る 』)。「 ~ は

    … で あ る 。」と い う 文 型 は ,こ う し て ,西 洋 の 古 典 論 理 学 の 基 本 命 題 の 翻 訳 に 用

    い ら れ , 学 問 的 命 題 の 基 本 形 と さ れ て き た 。

    「 し か し ,「 で あ る 」は や は り コ プ ラ の 機 能 と は 違 っ て い る 。そ れ は 依 然 と し

    て「 で + あ る 」の 意 味 な の で は な い か 。」と 柳 父( 2 0 0 4 : 1 3 7)は い う 。そ し て ,

    時 枝 の 入 れ 子 構 造 に 基 づ い て , 次 の よ う に 図 式 化 す る 。

  • 11

    A i s B は , A と B と を , そ れ ぞ れ 独 立 に 考 え た 上 で , i s と い う コ プ ラ で 判

    断 し て ま と め る の で あ る が ,「 A は B で あ る 。」の 場 合 は ,「 A は 」を B が く

    る み ,そ の「 A は B」と い う 全 体 を「 入 子 」に 入 れ て ま と め て ,こ れ を 全 体

    と し て 承 認 す る こ と に な る 。

    図 1 「 A は B で あ る 」 の 入 れ 子 構 造

    i s

    こ こ で 小 さ い 箱 の 「 で あ る 」 は , 大 き い 箱 の 「 A は B 」 に 対 す る 引 き 出 し

    の よ う な 役 目 で ,大 き い 箱 の 全 体 を ま と め る 働 き で あ る と 言 う 。… こ の 考 え

    を 借 り て 言 え ば ,「 で あ る 」は ,「 A は B 」の 全 体 を ま と め て ,「 で・あ る 」,

    と い う こ と に な る 。と り わ け「 ~ ハ 」で 始 ま る 新 し い 意 味 内 容 の 事 柄 を ,理

    論 的 に 判 断 す る と 言 う よ り も , 全 体 と し て 無 条 件 に 断 定 す る 口 調 に 適 し て

    い た だ ろ う 。 そ れ は ,「 A は B 」 と い う こ と が 「 あ る 」 と い う 意 味 に な る だ

    ろ う 。

    柳 父 は ,「 で あ る 」が コ ピ ュ ラ と い う よ り ,存 在 の 意 味 を 継 承 し て い る こ と を 言

    っ て い る 。

    小 松 ( 1 9 7 9 : 1 7 - 2 3) の 助 動 詞 意 味 論 で は , 助 動 詞 に は 事 物 の 存 在 と 表 現 主 体

    の 意 識 の 二 つ の 意 味 が 共 存 す る と し , デ ア ル の み な ら ず , 助 動 詞 「 な り 」 や 補

    助 動 詞「 あ り 」に も ,依 然 と し て ,存 在 の 意 味 が 生 き て い る と す る 。た と え ば ,

    「 花 咲 く な り 」と い っ た 場 合 ,こ の 助 動 詞「 な り 」は ,「 花 咲 く 」と い う 状 況( 状

    態 と い い か え て も 一 応 差 し 支 え な い ) に お い て , 表 出 主 体 が 眺 め る 山 の 空 間 的

    環 境 を と ら え ,そ の 存 在 を 表 し て い る 。「 ア タ リ( 空 間 的 環 境 )ハ ,花 ガ 咲 イ テ

    イ ル ト イ ウ 状 況 ニ オ カ レ テ イ ル ノ ダ 。」 で あ り , 結 果 的 に は ,「 花 ガ 咲 ク ト イ ウ

    事 象 ガ ア ル 」 と い う よ う に ,「 花 咲 く 」 と い う 事 象 が 存 在 す る こ と を ,「 な り 」

    が 表 現 し て い る と い う 。 < 動 詞 連 体 形 + な り > は , こ の < 事 物 の 存 在 > を 表 す

    A B A

    B

  • 12

    と 同 時 に , そ れ を 認 定 す る と い う < 表 出 主 体 の 意 識 > を 同 時 に あ ら わ し て い る

    と し て い る 。「 連 体 形 + な り 」 は , 現 代 語 で は ,「 の だ 」 に 置 き 換 え ら れ る こ と

    が 多 い 。「 の だ 」 の 機 能 に つ い て は , 全 面 的 に 述 べ る 準 備 が な い が , ノ ダ 文 も ,

    事 態 を ノ で 名 詞 化 し て そ れ を デ ア ル ( ダ ) で 受 け る 一 種 の 存 在 表 現 と 考 え る こ

    と も で き る の で は な い か 。 デ ア ル の 存 在 論 的 位 置 づ け に つ い て は 2 . 6 . 3 節 で も

    触 れ る 。

    1 . 3 . 3 存 在 型 ア ス ペ ク ト 形 式 の 歴 史 的 変 遷

    日 本 語 は ,タ リ( テ ア リ ),テ イ ル ,テ ア ル の よ う に 動 詞 に 存 在 動 詞 を 付 加 す

    る こ と に よ っ て ,ア ス ペ ク ト 形 式 を 作 り 出 し て い る 。金 水 ( 2 0 0 6 : 2 6 5 )は ,こ れ

    を 「 存 在 型 ア ス ペ ク ト 形 式 」 と 呼 ん で い る 。 本 稿 で も こ の 名 称 を 採 用 す る 。

    工 藤 ( 2 0 0 4 : 4 2 )で は , 日 本 語 の 有 標 の ア ス ペ ク ト 形 式 の バ リ エ ー シ ョ ン は , <

    文 法 化 > の 観 点 か ら み て ,次 の 2 つ の 点 か ら 生 み 出 さ れ て い る こ と を 指 摘 す る 。

    ( 1 ) 存 在 動 詞 「 ア ル 」「 オ ル 」「 イ ル / イ ダ 」 の ど れ を , 有 標 の 中 核 的 な ア

    ス ペ ク ト 形 式 の 語 彙 的 資 源 と す る か 。 中 核 的 な ア ス ペ ク ト 形 式 と は ,

    最 も 動 詞 の タ イ プ の 制 限 の な い も の で あ る と す れ ば , < 人 ( 有 情 物 )

    の 存 在 > を 表 す 本 動 詞 と の 対 応 が 見 ら れ る 。

    ( 2 )「 シ テ 形 式 + 存 在 動 詞 」 と い う 構 文 的 組 立 形 式 の み を 採 用 す る か ,「 連

    用 形 + 存 在 動 詞 」を も ア ス ペ ク ト 形 式 化 す る か 。(「 連 用 形 + 存 在 動 詞 」

    の み が ア ス ペ ク ト 形 式 化 さ れ る こ と は な い 。)

    具 体 的 な ア ス ペ ク ト 形 式 と し て は , テ 形 接 続 の テ ア ル , テ イ ル と 連 用 形 接 続 の

    ト ル , ヨ ル な ど が あ げ ら れ る が , 本 稿 で は , 方 言 的 バ リ エ ー シ ョ ン に つ い て は

    特 に 取 り 扱 わ ず , テ 形 接 続 の ア ス ペ ク ト 形 式 の み に 限 定 し て お く 。

    こ こ で の ポ イ ン ト は ,金 水( 2 0 0 6 : 2 6 6)が 言 う よ う に ,「 人 の 存 在 を 表 す 存 在 動

    詞 が 中 核 的 な ア ス ペ ク ト 形 式 の 資 源 と し て 選 ば れ る と い う こ と は , ア ス ペ ク ト

    形 式 が 存 在 表 現 と 比 較 的 近 い と こ ろ に あ る こ と を 示 し て い る 。」「 加 え て , な ぜ

    人 の 存 在 を 表 す 存 在 動 詞 が 中 核 的 な ア ス ペ ク ト 形 式 の 語 彙 的 資 源 に 選 ば れ る の

    か , ま た ど の よ う な 過 程 で 本 動 詞 の 体 系 と ア ス ペ ク ト 形 式 と の 体 系 が 関 係 を 形

    成 す る の か 」 と い う 点 に あ る 。 本 稿 の 中 心 的 な 問 題 意 識 も , 存 在 表 現 が な ぜ テ

    ン ス や ア ス ペ ク ト と い っ た 時 間 を 表 す 文 法 範 疇 へ と 文 法 化 す る の か と い う こ と

    で あ る 。 こ の こ と を 考 察 し な が ら , タ リ や テ イ ル , テ ア ル な ど の 存 在 型 ア ス ペ

  • 13

    ク ト 形 式 の 歴 史 的 変 遷 の 概 観 を 追 っ て い き た い 。

    1 . 3 . 3 . 1 テ ア リ か ら タ リ → タ へ

    タ リ は 周 知 の よ う に ,V- t e + a r i が V- t a r i の よ う に 発 展 し た も の で ,存 在 動 詞 ア

    リ の 文 法 化 し た 形 式 で あ る 。 4

    金 水 ( 2 0 0 6 : 6 0 - 6 2) は , そ の 意 味 を 次 の よ う に ま と め て い る 。

    a 動 作 ・ 変 化 の 結 果 の 状 態 お よ び 動 作 ・ 運 動 の 過 程

    ( = シ テ イ ル , シ テ ア ル )

    例 : 三 の 口 あ き た り 。( 源 氏 ・ 花 宴 )

    b 過 去 の 動 作 の 経 験 ( 動 作 パ ー フ ェ ク ト )( = シ タ コ ト ガ ア ル 等 )

    例 : 吹 く 風 を な き て う ら み よ 鶯 は 我 や は 花 に 手 だ に ふ れ た る ( 古

    今 集 ・ 1 0 6)

    c 動 作 の 完 成 ( = シ タ )

    例 : 二 人 ( 手 紙 ヲ ) 見 る 程 に , 父 ぬ し ふ と 寄 り 来 た り 。( 源 氏 ・ 乙 女 )

    上 代 に は a の 意 味 が 多 く , ま た 名 詞 修 飾 用 法 が 主 で あ っ た 。 平 安 時 代 に b , c の

    用 法 が 派 生 し た 。 c は 完 成 相 過 去 を 表 し て い る が ,「 た り 」は 不 完 成 相 述 語( 存

    在 動 詞「 あ り 」,形 容 詞 ,コ ピ ュ ラ 動 詞「 な り 」等 )の 過 去 を 表 す こ と が で き な

    か っ た 。「 た り > た る 」 は 室 町 時 代 ま で に 語 尾 「 る 」 を 落 し ,「 た 」 と な り , 不

    完 成 相 述 語 に も 付 加 さ れ て 過 去 を 表 す よ う に な っ た 。 し か し , 一 方 で 「 た 」 は

    「 た り 」 の 時 代 に 持 っ て い た 継 続 的 な 意 味 や パ ー フ ェ ク ト 用 法 も 保 っ て い た と

    い う 。

    桅 竿 マ ッ 直 グ ニ 立 ツ 処 ガ 人 ノ 立 ツ ニ 似 タ ( = 似 て い る ) ホ ド ニ ,

    其 声 ヲ 嘯 ク ト 云 タ コ ト 也 。( 中 華 若 木 詩 抄 : 1 7 6 頁 )

    首 を か か う と 甲 を と っ て お し の け て 見 れ ば , ま だ 十 六 七 と 見 え た 人 の ま こ

    と に 清 げ な が 薄 化 粧 し て か ね つ け ら れ た ( = つ け て い る )

    ( 天 草 版 平 家 : 2 6 7 頁 )

    「 た 」 の こ の よ う な 用 法 は , 江 戸 時 代 以 降 「 て い る 」 や 「 て あ る 」 に 置 き 換

    え ら れ 失 わ れ て い く が ,「 曲 っ た 釘 」「 ゆ で た 卵 」 の よ う な 名 詞 修 飾 節 の 中 で は

    4 「 り 」 は 動 詞 連 用 形 に 「 あ り 」 が 付 加 さ れ た 形 式 か ら 派 生 し た も の で ( 例 : 咲 き + あ り → 咲

    け り ),「 た り 」 と ほ と ん ど 意 味 的 対 立 が な く , 四 段 活 用 と サ 行 変 格 活 用 の 動 詞 か ら の み 作 ら れ

    た 。 こ れ は 「 た り 」 の 発 達 に つ れ 平 安 時 代 に は 衰 弱 し , 鎌 倉 時 代 ま で に は 京 都 の 話 し 言 葉 か ら

    は 消 滅 し た と い う 。

  • 14

    保 存 さ れ , 現 代 語 に も 残 っ て い る と し て い る 。

    と こ ろ で , 文 末 が 「 た 」 で 終 わ る 文 体 は ,(「 で あ る 」 と 同 じ く ) 蘭 学 者 の 翻

    訳 か ら 始 ま っ た と 言 う ( 柳 父 2 0 0 4 : 8 3)。 そ れ が 英 語 訳 に も 引 き 継 が れ た 。 近

    代 明 治 期 の 英 語 学 習 書 で は ,英 文 の 現 在 完 了 形 に 対 し て は「 た 」,過 去 形 に 対 し

    て は 「 し 」 が あ て ら れ て い た と い う 。 こ れ が 次 第 に , 過 去 形 に 「 た 」 を 使 う 文

    体 が 使 わ れ て い っ た 。日 本 語 の「 た 」は ,「 た り 」か ら「 た 」に 移 っ た よ う に 現

    代 に お い て も , 現 在 完 了 的 な 意 味 が 常 に 伴 う の で あ る が , 過 去 テ ン ス に 自 然 に

    発 展 し た と い う よ り は , 翻 訳 文 か ら の 人 為 的 な 文 体 の 創 出 に よ っ て 過 去 テ ン ス

    と し て の 「 た 」 の 文 体 を 人 為 的 に 生 み 出 し て い っ た の が 現 実 の よ う だ 。

    1 . 3 . 3 . 2 テ イ ル , テ ア ル の 文 法 化

    金 水 ( 2 0 0 6 : 2 7 1 - 2 7 4) に よ れ ば , 中 世 文 献 の 「 て ゐ る ( ゐ た り ) 5」「 て あ り 」

    で は ,「 ゐ る( ゐ た り )」「 あ る 」が 存 在 を 表 す 本 動 詞 の 用 法 を ま だ 保 存 し て い た 。

    漁 師 , 奇 異 也 ト 見 テ 居 タ ル 間 ニ ( 今 昔 ・ 巻 1 0 ・ 3 8 )

    馬 ニ 乗 テ ア ル 侍 来 テ 云 ク ( 今 昔 ・ 巻 1 6 ・ 2 8 )

    1 5- 1 6 世 紀 の 抄 物 資 料 で は ,「 て あ る 」の 文 法 化 が 進 む が ,「 い る 」の 存 在 動 詞

    化 が 十 分 進 ん で い な い の で ,「 て あ る 」 の 主 語 は 有 生 ・ 無 生 を 問 わ な い 。「 て あ

    る 」の 意 味 は ,結 果 状 態 ,運 動 の 進 行 ,パ ー フ ェ ク ト な い し 過 去 の 意 味 が あ る 。

    < 結 果 状 態 >

    マ ツ ク ロ ニ 。 草 ヲ ヒ シ ケ リ テ ア ル 墳 ノ ア ル 。( 中 華 若 木 詩 抄 ・ 下 七 オ )

    < 進 行 >

    此 間 久 ク 雨 フ リ テ ア ル ガ ( 四 河 入 海 ・ 一 ノ 二 ・ 二 ○ ウ )

    < 過 去 >

    去 病 ( 中 略 ) 数 カ ギ リ モ ナ ク 凶 奴 ヲ コ ロ イ テ ア ル 者 ソ

    ( 史 記 抄 ・ 八 ・ 三 〇 オ )

    中 世 末 期 に , 新 し い 存 在 動 詞 「 い る 」 は 「 ~ て い る 」 と い う 形 を 生 み 出 し , 有

    生 物 主 語 の 結 果 状 態 , 弱 進 行 相 6を 表 し た 。

    ( 裃 の ) か み は そ ち に も き ( 着 ) て い る ほ ど に い る ま い が , 何 と せ う ぞ 。

    ( 虎 明 本 狂 言 ・ ひ つ し き 婿 )

    5 1 4 世 紀 以 前 の 「 ゐ る 」 は 存 在 動 詞 で は な く 変 化 動 詞 で あ る の で 「 て ゐ る 」 が ア ス ペ ク ト 的 な

    形 式 と し て 機 能 す る の で は な く ,「 て ゐ た り 」 が ア ス ペ ク ト 形 式 だ と み る べ き で あ る と す る ( 金

    水 2 0 0 6 : 2 7 2)。 6 金 水 ( 2 0 0 6 : 2 6 9 ) は こ れ ら 非 限 界 動 詞 (「( 雨 が ) 降 る 」 な ど ) に 限 ら れ た 進 行 相 を , 弱 進 行

    相 と 呼 び , こ れ を 結 果 相 の 一 部 と 見 な し て い る 。

  • 15

    中 世 末 期 の テ イ ル ・ テ ア ル ・ タ に つ い て は , 福 嶋 ( 2 0 0 2) が 詳 し い の で , 特

    に 次 節 で と り あ げ る こ と に す る 。

    近 世・上 方( 京 阪 )語 に お い て は ,主 語 の 有 生 性 に よ っ て「 ~ て い る 」と「 ~

    て あ る 」 が 使 い 分 け ら れ て い た 。 坪 井 ( 1 9 7 6) で は , 有 情 の 存 在 = イ ル ・ 非 情

    の 存 在 = ア ル の 使 い 分 け と ( 既 然 体 に お け る ) 有 情 物 の 状 態 = テ イ ル ・ 非 情 物

    の 状 態 = テ ア ル の 使 い 分 け が , ほ ぼ 元 禄 ・ 享 保 期 を 境 に , 併 行 し て 成 立 し た と

    指 摘 し て い る 。

    < て い る ‐ 弱 進 行 相 >

    わ し や 一 日 泣 い て ゐ た 。( 近 松 ・ ひ ぢ り め ん 卯 月 の 紅 葉 )

    < て い る - 結 果 相 >

    ア ヽ 待 た ん せ \ / , あ の 障 子 の あ ち ら に , 今 言 う た , 大 事 の 男 が 来 て ゐ さ

    ん す 。( 近 松 ・ 博 多 小 女 郎 波 枕 )

    < て あ る ‐ 無 生 物 主 語 結 果 相 >

    お ふ り ど う ぢ や , か う ぢ や と 愛 想 ら し い 声 付 が , 耳 に 残 っ て あ る よ う な 。

    ( 近 松 ・ 卯 月 の 潤 色 )

    < て あ る - 無 生 物 主 語 他 動 詞 の 結 果 相 >

    上 か ら 帯 が 下 げ て あ る , 長 持 も 出 し て あ る 。

    現 代 語 と 比 較 す る と ,「 残 っ て あ る 」の よ う に 自 動 詞 に「 て あ る 」の つ く と こ

    ろ が 大 き な 違 い で あ る 。

    一 方 ,江 戸 語 で は ,無 生 物 主 語 の「 て い る 」が 早 く か ら 発 達 し て い た と い う 。

    妙 国 寺 の 仁 王 に , て ふ ち ん ( 提 灯 ) が あ が つ て い た つ け 。

    ( 通 言 総 籬 ・ 1 7 8 7 年 刊 )

    ま た , 坪 井 ( 1 9 7 6 : 5 5 5 - 5 5 6) は , 近 世 後 期 の 江 戸 語 に , テ イ ル か ら イ の 脱 落

    し た テ ル 形 が 盛 ん に 用 い ら れ る よ う に な る と い う 。

    ひ つ 裂 き 目 に 口 紅 の つ い て る の は , い つ で も 地 者 の ふ み で は ね へ の さ 。

    ( 江 戸 生 艶 気 樺 焼 1 3 8)

    近 世 上 方 語 に 比 べ 江 戸 語 で は ,「 て い る 」の 文 法 化 が か な り す す ん で い た と い

    え る だ ろ う 。

    近 代 に な っ て ,徐 々 に「 ~ て い る 」が 分 布 を 広 げ ,「 ~ て あ る 」の 領 域 が 狭 ま

    っ て い っ た 。 7

    以 上 , 存 在 型 ア ス ペ ク ト 形 式 の 歴 史 的 変 遷 を ま と め る と , 次 の よ う に な る 。

    7 テ イ ル 、 テ ア ル の 文 法 化 の 全 体 像 に つ い て は 、 柳 田 ( 1 9 9 0) も 参 照 。 明 治 以 降 の テ ア ル 、

    ( ラ ) レ テ ア ル 、( ラ ) レ テ イ ル に つ い て は 、 野 村 ( 1 9 6 9) を 参 照 さ れ た い 。

  • 16

    a . 鎌 倉 時 代 ご ろ ま で :「 ~ た り 」

    b . 室 町 時 代 :「 ~ て あ る 」

    c . 江 戸 時 代 :「 ~ て い る 」( 有 生 ),「 ~ て あ る 」( 無 生 )

    d . 近 代 以 降 :「 ~ て い る 」( 有 生 ・ 無 生 ),「 ~ て あ る 」( 主 に 他 動 詞 )

    次 節 で は ,「 た り 」や「 て い る 」が ア ス ペ ク ト 形 式 と し て 文 法 化 す る 過 程 を「 存

    在 様 態 」 と い う こ と を キ ー ワ ー ド に 追 っ て い く 。

    1 . 3 . 3 . 3 存 在 様 態 と し て の タ リ , シ テ イ ル

    野 村( 1 9 9 4)は ,「 動 詞 + テ イ ル 」を 全 体 と し て 一 述 語 と し て 把 握 す る 立 場 に

    た っ て ,「 存 在 様 態 」的 テ イ ル を テ イ ル の 広 が り の 核 に お い て ,記 述 し よ う と し

    た 。 野 村( 2 0 0 3) は , シ テ イ ル 文 を ,存 在 様 態 を 核 と し た 存 在 文 の 一 種 と い う

    観 点 か ら 考 察 し て い る 。 文 を , 存 在 文 , 動 詞 文 , 形 容 詞 文 ( 名 詞 文 を 含 む ) の

    三 種 に 分 類 し , そ の ト ラ イ ア ン グ ル の 内 部 に 含 ま れ る も の と し て 捉 え て い る 。

    図 2 存 在 文 , 動 詞 文 , 形 容 詞 文 の ト ラ イ ア ン グ ル

    存 在 文

    ① 存 在 様 態

    ② 動 作 継 続 ③ 結 果 状 態

    ④ 完 了 ⑤ 単 純 状 態

    動 詞 文 形 容 詞 文

    ( 野 村 2 0 0 3 : 1 3 の 図 を 一 部 改 作 し た も の )

    ① 庭 に 木 が 三 本 立 っ て い る 。

    ② 少 年 が グ ラ ウ ン ド を 走 っ て い る 。

    ③ 水 が 白 く 濁 っ て い る 。

    ④ 既 に そ の 家 か ら 引 っ 越 し て い る 。

    ⑤ 山 田 さ ん は 四 角 い 顔 を し て い る 。

    ま ず ,① の 存 在 様 態 は ,「 物 が ど の よ う に あ る か 」を 述 べ る 存 在 文 の 一 種 で あ る 。

    「 庭 に 木 が 三 本 立 っ て い る 」は ,「 庭 に 木 が 三 本 あ る 」と い う 存 在 文 と 本 質 的 に

    変 わ ら な い の で あ る が ,「 立 っ て い る 」は「 あ る 」と ち が っ て「 立 っ て 」と い う

    様 態 の も と に 「 存 在 す る 」 と い う こ と が 述 べ ら れ て い る わ け で あ る 。 こ の よ う

    な 存 在 様 態 文 の 特 徴 と し て , a . ア ル・イ ル に 置 き 換 え て 文 意 が 通 じ る こ と , b .

    ニ 格 で 場 所 が 表 さ れ る こ と , c . 動 作 ・ 作 用 が 現 に 行 わ れ た 結 果 と い い に く い

  • 17

    こ と(「 木 が 立 っ て い る 」の は ,「 木 が 立 っ た 」結 果 と は い い に く い )を あ げ る 。

    こ れ ら 3 つ が す べ て 認 め ら れ な け れ ば , ③ の 結 果 状 態 が 際 立 つ こ と に な る が ,

    「 お 腹 が す い た だ ろ う 。鍋 に イ モ が 煮 え て い る よ 。」の よ う に ,存 在 様 態 文 は ③

    結 果 状 態 に 連 続 的 で あ る 。 ② 動 作 継 続 で は ,「 橋 の 下 に 川 が 流 れ て い る 」「 外 に

    は 激 し い 風 が 吹 き ま く っ て い る 」 の よ う な 例 文 が 存 在 様 態 性 を 示 し て い る 。 ⑤

    の 単 純 状 態 は ,存 在 を 認 め ら れ た も の が「 在 る と し た ら ど の よ う に 在 る か 」,す

    な わ ち 存 在 措 定 抜 き の 存 在 様 態 性 ( 属 性 的 性 格 ) を 述 べ て お り , 形 容 詞 的 述 語

    に 連 続 す る 。 ② ③ ④ の テ イ ル 文 は ,動 詞 文 的 性 格 が 強 い 。② ③ は い わ ゆ る「 ア

    ス ペ ク ト 形 式 」 と し て , ② の 動 作 継 続 は 動 き の 開 始 的 実 現 を 表 し , ③ の 結 果 状

    態 は 運 動 の 完 結 的 実 現 を 表 す 。 こ れ を 野 村 ( 1 9 9 4) は 「 動 作 様 態 」 を 表 す と す

    る 。④ の 完 了 は ,「 彼 は 三 年 前 に 結 婚 し て い る 」の よ う に ,最 も シ タ 形 式 に 近 づ

    い た シ テ イ ル で あ り , 最 も 動 詞 文 的 な 形 式 で あ る 。 こ の よ う に , シ テ イ ル 形 式

    は ,存 在 文「 ~ に … が あ る 」と 直 接 的 に つ な が る 存 在 様 態 ① を 中 核 と し な が ら ,

    属 性 的 ( 形 容 詞 的 ) ⑤ , 及 び 動 作 様 態 的 ② ~ ④ へ と 分 化 ・ 変 容 し て い る の で あ

    る 。

    野 村( 1 9 9 4)は こ う し た テ イ ル の 分 類 に 基 づ い て ,上 代 の「 動 詞 + リ・タ リ 」

    の 意 味 ・ 分 類 を 行 っ て い る 。

    ① 存 在 様 態 … 存 在 文 と し て の 性 格 が は っ き り し て い る も の 。

    大 和 の 青 香 具 山 は 日 の 径 の 大 御 門 に 春 山 と し み さ び 立 て り

    ( 万 5 2)

    ③ 結 果 状 態 … 完 了 後 の 状 態 性 が は っ き り し て い て , そ の 状 態 性 に 重 点 が

    あ る も の 。

    勝 鹿 の 真 間 の 手 児 名 が 奥 つ き を こ こ と は 聞 け ど 真 木 の 葉 や 茂 り た る

    ら む ( 万 4 3 1)

    ④ 完 了 … 完 了 し た こ と に 重 点 が あ り , そ の こ と 自 体 が , あ る い は そ れ が

    来 歴 と し て 状 態 と 考 え ら れ る も の 。

    大 夫 の 高 円 山 に 迫 め た れ ば 里 に 下 り 来 る む さ さ び そ こ れ 。

    ( 万 1 0 2 8)

    ⑤ 単 な る 状 態

    我 が 屋 戸 の 梅 咲 き た り と 告 げ や ら ば 来 と 言 ふ に 似 た り 散 り ぬ と も よ

    し 。( 万 1 0 11)

    こ の よ う に , リ ・ タ リ は , 現 代 語 の テ イ ル と 基 本 的 に 一 致 す る よ う だ が , ② の

    動 作 継 続 の 用 例 は 少 な い 。

  • 18

    ② 動 作 の 継 続

    雨 晴 れ て 清 く 照 り た る こ の 月 夜 又 更 に し て 雲 な 棚 引 き ( 万 1 5 6 9)

    心 に は 千 重 に 百 重 に 思 へ れ ど 人 目 を 多 み 妹 に 逢 わ ぬ か も

    ( 万 2 9 1 0)

    こ れ ら の 用 例 は ,自 然 現 象・心 理 動 詞 が 多 く ,「 意 志 性・活 動 性 」が あ る 典 型 的

    な 動 作 継 続 と は い い に く く , 結 果 状 態 と の 差 異 が 明 確 で は な い 。 そ れ で こ れ を

    「 動 作 の 成 立 と そ の 結 果 状 態 ・ そ の ま ま 持 続 」 と い う 規 定 に 置 き 換 え , ③ 結 果

    状 態 と 統 合 さ せ る ( こ れ は 金 水 2 0 0 6 の 弱 進 行 相 に 該 当 す る )。

    こ う し て , 上 代 リ ・ タ リ は , ① 存 在 様 態 を 中 心 に , ② ③ 動 作 の 成 立 と そ の 結 果

    状 態 ・ そ の ま ま の 持 続 , ④ 完 了 , ⑤ 単 な る 状 態 へ 連 続 し て い く 。

    ① 存 在 様 態

    ② ③ 動 作 の 成 立 と そ の 結 果 状 態 ・ そ の ま ま の 持 続

    ④ 完 了 ⑤ 単 な る 状 態

    こ の よ う に , リ ・ タ リ は 現 代 語 の テ イ ル と 比 べ て 「 完 了 」 的 色 彩 が 濃 厚 で あ

    り , 典 型 的 な 動 作 継 続 は , 動 詞 の 裸 の 形 が 表 し て い た 。 ツ ・ ヌ の 完 了 と 比 べ る

    と ,ツ・ヌ は 完 了 に よ る 変 化 の 意 識 が 優 勢 で あ る が ,リ・タ リ は 完 了 後 の 存 在・

    状 態 の 意 識 が 優 勢 で ,こ れ を ツ・ヌ の 原 ア ス ペ ク ト 性 8と ,リ・タ リ の 存 在 様 態

    性 と い う 両 者 の 根 本 的 異 な り が も た ら し た も の だ と し て い る 。

    福 嶋( 2 0 0 2)で は ,野 村( 1 9 9 4)の「 存 在 様 態 」の 規 定 を 受 け 継 ぎ ,「 主 体 の

    存 在 場 所 を 表 す [場 所 ]ニ 格 と 共 起 す る 」 と い う 基 準 か ら , 中 世 末 期 日 本 語 の ~

    テ イ ル・~ テ ア ル が 存 在 様 態 を 表 す 例 が 多 い こ と を 指 摘 す る 。( 全 用 例 中 の 3 5 %)

    つ れ ほ し う て 是 に や す ら ふ て い ま ら し た 。( 虎 明 本 ・ 餅 酒 )

    壁 の 根 に 菊 一 本 咲 い て あ り ( 醒 睡 笑 ・ 巻 八 )

    ~ テ イ ル の 場 合 , 共 起 す る 動 詞 と し て は ,「 立 つ 」「 寝 る 」 の よ う な 主 体 の 姿 勢

    の 変 化 を 表 す 動 詞 や「 来 る 」「 出 る 」の よ う な 主 体 の 位 置 変 化 を 表 す 動 詞 が 多 い 。

    一 方 ,「 走 っ て い る 」「 歩 い て い る 」 の よ う な 典 型 的 な 動 作 継 続 を 表 す 例 が ほ と

    ん ど な い 。ま た ,現 代 語 に 見 ら れ る「 十 年 前 に ホ ノ ル ル マ ラ ソ ン を 走 っ て い る 」

    8 野 村 ( 1 9 8 9) は , 客 体 的 に 見 出 さ れ た 自 存 的 完 了 及 び 未 完 了 を 「 超 越 的 ア ス ペ ク ト 」 呼び , こ れ に 対 し 「 今 , こ こ で , 私 に お い て 」 実 現 し た 動 き ・ 現 在 完 了 , 未 実 現 の 動 き ・ 現 在 未

    完 了 を ア ス ペ ク ト 把 握 の 根 本 に 置 き , こ れ を 「 原 ア ス ペ ク ト 」 と 呼 び , ア ス ペ ク ト を , 超 越 化

    さ れ た 動 き の 様 相 と の み 捉 え る の で は な く , 特 に ツ や ヌ の 場 合 は 「 今 」 に 関 わ る 動 き の 現 れ と

    第 一 に 考 え る 。

  • 19

    の よ う な 過 去 の 経 験 ( 動 作 パ ー フ ェ ク ト ) と 見 ら れ る 用 法 が な い 。 こ の よ う な

    こ と か ら ,中 世 末 期 日 本 語 の ~ テ イ ル・~ テ ア ル に は ,存 在 動 詞( イ ル・ア ル )

    の 意 味 が ,比 較 的 ,強 く 影 響 し て お り ,文 法 化 の 度 合 い が ,現 代 日 本 語 の ~テ イ

    ル に 比 べ て 低 い と し て い る 。

    こ の よ う に 中 世 末 期 日 本 語 の ~ テ イ ル・~ テ ア ル に は ,存 在 動 詞「 イ ル 」「 ア

    ル 」 の 意 味 が 比 較 的 強 い こ と に よ る 制 約 な ど が あ っ た の で , 存 在 様 態 か ら 遠 い

    状 態 を ~ テ イ ル ・ ~ テ ア ル で 表 わ し に く く , ~ タ が 存 在 様 態 で は な い 結 果 状 態

    を 表 す と い う 分 布 の 偏 り を 見 せ て い た と 説 明 し て い る 。

    以 上 ,テ イ ル・テ ア ル 文 は ,存 在 文 か ら 存 在 様 態 文 を 経 て ,ア ス ペ ク ト 構 文 ,

    動 詞 文 , 形 容 詞 文 へ と 連 続 し て い く こ と が 通 時 的 な 意 味 の 文 法 化 に お い て 示 さ

    れ た 。 次 は , そ う し た 文 法 化 の 認 知 過 程 を お っ て い く こ と に す る 。

    1 . 4 . 存 在 構 文 に 基 づ く テ イ ル ・ テ ア ル 構 文

    本 節 で は , 認 知 言 語 学 的 観 点 か ら , 現 代 日 本 語 に お い て テ イ ル ・ テ ア ル 構 文

    が ,存 在 構 文 を 中 心 に 放 射 状 カ テ ゴ リ ー を な す こ と を 示 す( 岡 1 9 9 9 , 2 0 0 1)。こ

    こ で は , 従 来 ア ス ペ ク ト 形 式 と し て 捉 え ら れ て き た テ イ ル 形 式 を , 事 態 の 存 在

    化 形 式 と し て 一 次 的 に 規 定 す る 。 ま た ア ス ペ ク ト を 状 況 の 在 り 方 = 存 在 様 相 を

    述 定 す る 仕 方 と し て , す な わ ち , 実 現 し た 事 態 が 「 今 , こ こ で , 私 に お い て 」

    表 れ た も の と し て 把 握 す る 仕 方 で あ る と と ら え る 。 以 下 , ま ず そ の 全 体 的 見 取

    り 図 を 示 す 。

    1 . 4 . 1 本 節 の 全 体 的 見 取 り 図

    1 . 中 心 的 存 在 構 文 は ,「 空 間 的 場 所 Y に 実 体 X が 存 在 す る 」 こ と を 指 し 示

    す 眼 前 描 写 文 と 規 定 さ れ る 。

    ( 1 ) あ そ こ に 鳥 が い る

    ( 2 ) 机 の 上 に 本 が あ る

    2 . 存 在 様 態 型 構 文 は ,「 空 間 的 場 所 Y に 実 体 X が あ る 状 態 で ( V テ ) 存 在

    す る 」 こ と を 表 す , 存 在 文 の 一 種 と 考 え ら れ る 。 こ れ は 直 接 的 に 中 心 的 存 在 構

    文 と つ な が っ て い る 。

    ( 3 ) あ そ こ に 鳥 が 飛 ん で い る ( * あ そ こ に 鳥 が 飛 ぶ )

    ( 4 ) 机 の 上 に 本 が 置 い て あ る ( * 机 の 上 に 本 が 置 く )

    例 文 の よ う な ,テ イ ル ,テ ア ル 文 は ,「 あ そ こ に 鳥 が 飛 ぶ 」や「 机 の 上 に 本 が 置

    く 」 と い え ず , 場 所 の ニ 格 は 「 飛 ぶ 」 や 「 置 く 」 な ど の 本 動 詞 が 要 求 し て い る

  • 20

    も の で は な く , 存 在 動 詞 イ ル , ア ル が 要 求 し て い る も の で あ る 。 こ の 構 文 は ,

    場 所 の ニ 格 と の 共 起 , 眼 前 描 写 文 で あ る こ と ( 主 題 化 文 で は な く 実 体 が ガ 格 で

    表 わ さ れ て い る ) が 特 徴 的 で あ り , 中 心 的 存 在 構 文 の 継 承 で あ る 。 こ の と き ,

    動 詞 V+ テ の 部 分 は , 存 在 の 在 り 方 を 修 飾 す る 「 存 在 様 態 」 で あ る 。 9

    3 . 結 果 存 在 型 , 過 程 存 在 型 , 結 果 維 持 型 構 文 ― ア ス ペ ク ト 構 文

    存 在 様 態 型 構 文 が 場 所 の ニ 格 と 共 起 せ ず , V テ と い う 動 作 様 態 の 意 味 に 焦 点 が

    シ フ ト し て い く こ と に よ っ て ,「 結 果 存 在 型 」や「 過 程 存 在 型 」と い っ た 従 来「 結

    果 状 態 」 や 「 動 作 継 続 」 と 言 わ れ る ア ス ペ ク ト 構 文 へ と 発 展 す る 。 こ の 二 つ の

    型 の 中 間 に 「 結 果 維 持 型 」 が 存 在 す る 。

    ( 5 ) 窓 が あ い て い る ( 結 果 存 在 型 テ イ ル 構 文 )

    ( 6 ) 窓 が 開 け て あ る ( 結 果 存 在 型 テ ア ル 構 文 )

    ( 7 ) 子 供 が 遊 ん で い る ( 過 程 存 在 型 テ イ ル 構 文 )

    ( 8 ) 犯 人 が 銃 を 持 っ て い る ( 結 果 維 持 型 テ イ ル 構 文 )

    こ れ ら の 構 文 の 認 知 過 程 に つ い て は , 次 節 で 展 開 す る 。

    4 . 痕 跡 存 在 型 , 出 来 事 存 在 型 - パ ー フ ェ ク ト

    変 化 の 直 接 的 結 果 が 眼 前 に 存 在 す る の で は な く , そ の 痕 跡 が 眼 前 に 存 在 し て い

    る も の を 「 痕 跡 存 在 型 」 と 呼 び , 直 接 的 結 果 や 痕 跡 も な く 出 来 事 と 現 在 の 発 話

    が 関 連 付 け ら れ る も の を 「 出 来 事 存 在 型 」 と 呼 ぶ 。( テ ア ル 構 文 の 場 合 ,「 行 為

    存 在 型 」 と 呼 ぶ 。) こ れ は , 従 来 , パ ー フ ェ ク ト と 呼 ば れ て い る も の で あ る 。

    ( 9 )( 足 跡 を 見 て )「 ま た ,子 供 ら が 泥 だ ら け の 足 で 歩 い て い る 」( 痕 跡 存 在

    型 )

    ( 1 0 ) あ の 女 が 犯 人 だ 。 被 害 者 が そ う 証 言 し て い る 。( 出 来 事 存 在 型 )

    ( 11 ) 論 文 は 完 全 に 仕 上 げ て あ る 。 こ れ で 試 問 は 大 丈 夫 だ ろ う 。( 行 為 存 在

    型 )

    5 . 単 純 状 態 の テ イ ル 構 文

    状 態 動 詞 や 心 理 動 詞 に テ イ ル が つ い た も の , い わ ゆ る 「 単 純 状 態 」 の テ イ ル 文

    は ,ア ス ペ ク ト 的 意 味 で は 説 明 で き な い も の で ,存 在 構 文 の「 眼 前 描 写 性 」「 報

    告 性 」「 客 観 化 」な ど の 機 能 が 継 承 さ れ て い る と 考 え ら れ る 。ま た ,実 際 の 動 き

    や 変 化 が な い が , そ の よ う に 主 体 的 に 解 釈 す る 「 痕 跡 的 認 知 」 や 「 心 的 移 動 」

    9 こ の 「 存 在 様 態 」 と い う 規 定 は , 前 節 の 野 村 ( 1 9 9 4), 安 ・ 福 嶋 ( 2 0 0 1) を 参 考 に と り い れ た

    も の で あ る 。 な お , 福 嶋 ( 2 0 0 6) で は , 現 代 語 の ~ テ イ ル に お い て ,「 池 に 鯉 が 泳 い で い る 」

    「 庭 に 犬 が 死 ん で い る 」 の よ う に , 新 た に 場 所 ニ 格 句 を 出 現 さ せ て い る ~ テ イ ル を 「 格 体 制 を 変

    更 さ せ て い る ~ テ イ ル 」 と 呼 び , 小 説 の デ ー タ を 中 心 に し た 多 く の 実 例 か ら , こ れ ら が 「 ~ ニ

    ~ ガ 」 と い う 存 在 文 の 語 順 と 一 致 す る こ と を 明 ら か に し , 当 該 の テ イ ル が 「 存 在 様 態 」 を 表 し

    て い る と 指 摘 し て い る 。

  • 21

    と い っ た 認 知 過 程 に よ っ て 解 釈 さ れ る テ イ ル 文 が あ る 。

    ( 1 2 ) こ こ か ら 見 る と , 谷 間 に 人 家 が 点 在 し て い る 。

    ( 広 義 存 在 文 + テ イ ル )

    ( 1 3 ) 太 郎 は , 次 朗 の 大 食 い に 驚 い て い る 。( 心 理 動 詞 + テ イ ル )

    ( 1 4 ) 駅 前 に 町 の 主 だ っ た 建 物 が 集 ま っ て い る 。( 痕 跡 的 認 知 )

    ( 1 5 ) ハ イ ウ エ イ が 国 境 を 越 え て 南 に 走 っ て い る 。( 心 的 移 動 )

    ( 1 6 ) 彼 女 は お 母 さ ん に よ く 似 て い る 。

    ( 第 四 種 動 詞 + テ イ ル ― 痕 跡 的 認 知 )

    こ れ ら 存 在 構 文 に 基 づ く テ イ ル ・ テ ア ル 構 文 の ネ ッ ト ワ ー ク を 図 示 し て お く 。

    図 3 存 在 構 文 に 基 づ く テ イ ル ( テ ア ル ) 構 文 の ネ ッ ト ワ ー ク

    発 話 機 能 の 継 承

    広 義 存 在 構 文 ・

    心 理 動 詞 の テ イ ル

    痕 跡 的 認 知 結 果 維 持 型 心 的 移 動

    単 純 状 態 V テ イ ル 単 純 状 態

    痕 跡 存 在 型 主 体 化

    ( X ガ V テ イ ル )

    以 上 が , 本 節 の 全 体 像 で あ る が , 以 下 の 流 れ に つ い て 明 ら か に し て お く 。 ま

    ず , テ イ ル ( テ ア ル ) 構 文 と の 連 続 性 を 根 拠 づ け る 存 在 様 態 型 構 文 「 Y ニ X ガ

    V テ イ ル( テ ア ル )」の 存 在 を 強 調 し ,「 結 果 存 在 型 」「 過 程 存 在 型 」へ の 発 展 の

    シ ス テ ム を 明 ら か に す る 。 次 に , 結 果 存 在 型 か ら パ ー フ ェ ク ト へ の 拡 張 を , 参

    中 心 的 存 在 構

    ( Y ニ X ガ イ ル /

    ア ル )

    存 在 様 態 型 構 文

    ( Y ニ X ガ V テ イ ル

    /テ ア ル )

    結 果 存 在

    ( X ガ V テ

    イ ル / テ ア

    ル )

    過 程 存 在

    ( X ガ V テ

    イ ル )

    出 来 事 存

    在 型( X ハ V

    テ イ ル )

    ( X ハ V テ

    イ ル )

    行 為 存 在

    ( X ハ V テ ア

    ル )

  • 22

    照 点 構 造 と 主 体 化 の 観 点 か ら 説 明 す る 。 最 後 に , ア ス ペ ク ト 的 意 味 で 説 明 で き

    な い い わ ゆ る 「 単 純 状 態 の テ イ ル 」 へ の 拡 張 に つ い て 論 じ る 。

    1 . 4 . 2 中 心 的 存 在 構 文

    (17) 玄 関 に 変 な 人 が い る

    (18) 僕 の 机 の 上 に 誰 か の 本 が あ る

    日 本 語 の 存 在 構 文 に は 様 々 な も の が あ り え る が , ( 17) ( 18)の よ う な 「 物 理 的 空

    間 に あ る 実 体 が 存 在 す る 」 こ と を 描 写 す る , 眼 前 描 写 の 存 在 文 を 「 中 心 的 な 存

    在 構 文 」 と 規 定 す る 。 1 0

    中 心 的 な 存 在 構 文 は ,統 語 的 に は「 Y ニ X ガ イ ル / ア ル 」と い う 形 を 取 り ,場

    所 を 表 す Y ニ が 先 頭 に き て , 実 体 X は ガ 格 で マ ー ク さ れ る と 言 う こ と が 特 徴 的

    で あ る 。 こ れ は 発 話 者 が , 場 所 を ま ず 指 し 示 し て , い わ ば 「 参 照 点 」 に し て ,

    聞 き 手 に 対 し 実 体 に 注 意 を 向 け さ せ る と い う 発 話 行 為 で あ る 。 こ う し た 「 場 所

    を 参 照 点 に し て , 実 体 の 存 在 を 指 し 示 し , 聞 き 手 に 知 ら せ る 」 と い っ た 発 話 機

    能( こ れ を 仮 に「 報 告 性 」と す る )が ,X ガ V テ イ ル 構 文 に も 継 承 さ れ て お り ,

    あ と で 説 明 す る 「 広 義 存 在 構 文 」 や 「 心 理 動 詞 」 に つ く テ イ ル の 説 明 の 際 に 有

    効 に な る と 考 え る 。 1 1

    図 4 中 心 的 存 在 構 文

    Y: 場 所

    X: 実 体

    C: 概 念 化 者

    点 線 矢 印 : 心 的 経 路

    1 0 「 い ま , こ こ に ( な に か が ) あ る 」 こ と ( を 知 覚 す る こ と ) は , 人 間 に と っ て も っ と も 具

    体 的 な 直 接 的 な 経 験 だ と い う 点 で 「 基 本 レ ベ ル 」 で あ る と 認 め ら れ る 。 眼 前 描 写 や 「 指 し 示 す

    こ と 」 は L a k o f f ( 1 9 8 7 ) の い う 「 経 験 の ゲ シ ュ タ ル ト 」 を な し て い る 。 1 1 こ こ で は , 無 題 文 の み を 取 り 扱 っ て い る が , 実 体 や 場 所 が ハ な ど で マ ー ク さ れ た 「 主 題 化

    構 文 」 は ,「 個 々 の 現 前 の 場 を 離 れ た 一 般 的 な 概 念 の 世 界 に お け る 課 題 の 場 を 設 定 す る 」( 森 重

    1 9 7 1) も の で あ る 。 こ こ で い う 「 課 題 の 場 」 と は , フ ォ コ ニ エ の 言 う 「 メ ン タ ル ・ ス ペ ー ス 」

    と 一 致 す る 。 主 題 化 構 文 は , 眼 前 描 写 的 な 機 能 は 必 ず し も 持 た な い が , 何 ら か の 概 念 的 実 体 を

    聞 き 手 に 気 づ か せ る と い う 機 能 は 継 承 さ れ て い る よ う に 思 わ れ る 。

    Y

    眼 前 の 領

    C

    X

  • 23

    図 4 は , 中 心 的 存 在 構 文 の 認 知 モ デ ル で あ る 。 こ こ で は , 概 念 化 者 C が , 場 所

    Y を 参 照 点 に し て , 実 体 X を タ ー ゲ ッ ト と し て 捉 え る 参 照 点 構 造

    ( L a n g a c k e r 1 9 9 3 )を な し て い る 。 存 在 構 文 の 参 照 点 構 造 は , 場 所 Y が 参 照 点 に

    な る と と も に , 参 照 点 の 支 配 域 と 一 致 し , そ の 中 に あ る 実 体 X を 指 し 示 す 事 が

    特 徴 的 で あ る 。

    さ ら に ,存 在 構 文 を「 空 間 的 場 所 に 実 体 が 存 在 す る 」と い う プ ロ ト タ イ プ 的 意

    味 に お い て 実 体 的 に 把 握 す る に と ど ま ら ず , 存 在 と い う も の を よ り ス キ ー マ 的

    に 考 え れ ば ,「 存 在 す る と は 位 置 づ け ら れ る こ と で あ る 」す な わ ち「 Y ニ X ガ 関

    係 づ け ら れ る 」 と い う 関 係 的 把 握 に 行 き 着 く 。 こ の よ う な 存 在 構 文 の 把 握 が こ

    れ か ら 述 べ る テ イ ル , テ ア ル 構 文 に も 継 承 さ れ て い く わ け で あ る 。

    1 . 4 . 2 存 在 様 態 型 構 文

    中 心 的 存 在 構 文 と テ イ ル ( テ ア ル ) 構 文 が 連 続 し て い る こ と は , 本 来 の 存 在

    の 意 味 が 強 く 現 れ て い る 次 の よ う な 構 文 が 存 在 し て い る こ と に 表 れ て い る 。

    ( 1 9) 玄 関 に 変 な 人 が 立 っ て い る 。

    ( 2 0) 机 の 上 に 本 が 置 い て あ る 。

    従 来 の 研 究 で は , 上 の よ う な 構 文 の 存 在 を 独 自 の も の と し て あ ま り 認 め な か

    っ た が ,場 所 の ニ 格 を と る「 Y ニ X ガ V テ イ ル /テ ア ル 」型 構 文 は ,中 心 的 存 在

    構 文 と テ イ ル ( テ ア ル ) 構 文 を つ な ぐ も の と し て そ の 構 文 的 位 置 を 認 め て も い

    い の で は な い か と 思 わ れ る 。 1 2

    存 在 様 態 型 構 文 は ,テ イ ル で は 姿 勢 変 化 動 詞( 座 る ,立 つ な ど ),テ ア ル で は

    配 置 動 詞 ( 置 く , つ け る な ど ) の 場 合 に 多 く 表 れ る 。 こ れ ら の 動 詞 は , そ も そ

    も 項 と し て 場 所 の ニ 格 を と り う る 動 詞 で あ る た め , ニ 格 が 現 れ て い る と 解 釈 す

    る こ と も で き る が , 次 の よ う に 「 飛 ぶ 」「 死 ぬ 」「 焼 く 」 な ど は , 動 詞 自 体 は ニ

    格 を 要 求 せ ず ,ニ 格 は 存 在 動 詞 が 要 求 し て い る と い え る 。1 3 こ の こ と は ,存 在

    様 態 型 構 文 の 存 在 を 主 張 す る 一 つ の 根 拠 に な る と 思 わ れ る 。

    ( 21) あ そ こ に 鳥 が 飛 ん で い る 。

    ( ⊃ 1 4あ そ こ に 鳥 が い る / * あ そ こ に 鳥 が 飛 ぶ )

    ( 22) あ そ こ に 人 が 死 ん で い る 。

    ( ⊃ あ そ こ に 人 が い る / * あ そ こ に 人 が 死 ぬ )

    1 2 先 駆 的 に は 益 岡 ( 1 9 8 7 )で , 本 来 の 存 在 の 意 味 が 強 い ( 2 0 )の よ う な テ ア ル 構 文 を A 1 型 と 呼 ん で

    区 別 し て い る 。 1 3 こ の 指 摘 は , テ ア ル 構 文 に 関 し て は 益 岡 ( 1 9 9 7 )に あ る 。 1 4 S1 ⊃ S 2 は 、 こ こ で は 文 S 1 が 文 S 2 を 含 意 す る こ と を 意 味 す る 。

  • 24

    ( 23) テ ー ブ ル の 上 に 魚 が 焼 い て あ る 。

    ( ⊃ テ ー ブ ル の 上 に 魚 が あ る / * テ ー ブ ル の 上 に 魚 を 焼 く )

    ま た ,こ の 構 文 で は ,本 来 の イ ル・ア ル の 基 本 的 な 使 い 分 け で あ る 有 情 ,非 情

    の 別 が 反 映 し て い る 。 1 5 だ か ら , ( 2 1 ) ( 2 2 ) ( 2 3 )で は ,V テ を 省 略 し て も ,発 話

    と し て 成 り 立 つ の で あ る 。 こ の と き , V テ の 部 分 は 存 在 の あ り 方 を 修 飾 す る い

    わ ば「 付 帯 状 態 」と 考 え ら れ ,構 文 全 体 と し て は ,「 物 理 的 空 間 Y に 実 体 X が V

    タ 状 態 で 存 在 す る 」 と い う 意 味 を 表 し て い る と 考 え ら れ る 。

    こ の 「 Y ニ X ガ V テ イ ル 」 の Y ニ と い う 場 所 の ニ 格 が 焦 点 化 さ れ な く な り ,

    V テ と い う 様 相 的 な 意 味 に 焦 点 が シ フ ト し て い く こ と に よ っ て ,「 過 程 存 在 型 」

    や「 結 果 存 在 型 」の ア ス ペ ク ト 構 文 に 発 展 し て い く と 考 え ら れ る 。( 2 4 )か ら ( 2 7 )

    は , ア ス ペ ク ト 的 意 味 を 表 示 す る 構 文 で あ り , 場 所 の ニ 格 と は 共 起 し な い 。 ま

    た , ( 2 6 )は , 非 情 物 主 語 の テ イ ル 構 文 で あ り , イ ル は 有 情 物 主 語 と い う 元 の 語

    彙 的 性 質 の 一 部 を 失 っ て ア ス ペ ク ト 形 式 と し て 文 法 化 し て い る と い え る だ ろ う 。

    ( 2 4)( * む こ う に ) 子 供 が 遊 ん で い る ( 子 供 が い る ) < 過 程 存 在 型 >

    ( 2 5)( * 外 に ) 雨 が 降 っ て い る ( * 雨 が い る ) < 非 情 物 主 語 の テ イ ル >

    ( 2 6)( * あ そ こ に ) 時 計 が 壊 れ て い る ( * 時 計 が い る ) < 結 果 存 在 型 >

    ( 2 7)( * あ そ こ に ) 窓 が 開 け て あ る ( 窓 が あ る ) < 結 果 存 在 型 >

    ア ス ペ ク ト 的 意 味 を 表 示 す る 構 文 も 「 X ガ V タ 状 態 で 存 在 す る 」 と い う 存 在

    的 意 味 を 残 し て い る の だ が , イ ル , ア ル の 本 来 の 語 彙 的 意 味 の 区 別 が 失 わ れ た

    よ り 一 般 的 な 存 在 的 意 味 で あ る と い え る だ ろ う 。 ま た ア ス ペ ク ト 構 文 は 「 X ガ

    V 」 と い う 出 来 事 が 存 在 す る と い う 意 味 と し て も 考 え る こ と が で き る か も し れ

    な い 。 い ず れ に し ろ , こ こ で 強 調 し て お き た い の は , ア ス ペ ク ト 的 意 味 を 表 す

    構 文 は , 中 心 的 な 存 在 構 文 が 存 在 様 態 型 を 経 て 拡 張 さ れ た も の だ と い う 観 点 で

    あ り , ア ス ペ ク ト 的 意 味 も 存 在 的 な 意 味 か ら 説 明 し う る と 言 う こ と で あ る 。

    1 . 4 . 3 過 程 存 在 型 構 文

    過 程 存 在 型 構 文 は , 典 型 的 に は 動 い て い る 動 作 主 が 眼 前 に 存 在 す る こ と を 描

    写 す る タ イ プ で あ る 。 こ こ で い う 「 過 程 」 と は , 人 の 動 作 だ け で は な く , 機 械

    1 5 1 . 3 . 2 . 2 節 で も 述 べ た よ う に , 元 禄 ・ 享 保 期 上 方 に お い て は , テ イ ル が 有 情 物 主 語 , テ ア ル

    が 非 情 物 主 語 と そ の 棲 み 分 け が は っ き り し て い た 。 明 和 ~ 化 政 ・ 幕 末 期 江 戸 語 に お い て , 非 情

    物 主 語 の テ イ ル が 出 現 , テ イ ル の 性 情 の 別 が 崩 れ る 。 ま た , 自 動 詞 に も 下 接 し た テ ア ル が 他 動

    詞 に 集 中 す る よ う に な り , 現 代 語 に 近 づ い て い く 。( 坪 井 1 9 7 6) 現 代 日 本 語 に お い て は , テ ア ル

    構 文 は 非 情 物 主 語 に 基 本 的 に 限 ら れ る が , テ イ ル 構 文 の 性 情 の 別 は 崩 れ て お り , 非 情 物 主 語 の

    テ イ ル も 圧 倒 的 に 使 わ れ て い る 。 テ イ ル 構 文 は ア ス ペ ク ト 構 文 と し て よ り 文 法 化 さ れ て い る の

    に 対 し , テ ア ル 構 文 は ア ル の 本 来 の 語 彙 的 意 味 を 強 く 残 し て い る と い う 不 均 衡 が み ら れ る こ と

    は 注 意 す べ き で あ る 。

  • 25

    や 生 物 の 動 き ,自 然 現 象 な ど も 含 め た 広 義 の 意 味 に 解 釈 す る 。「 過 程 存 在 型 構 文 」

    は ど の よ う に し て 進 行 相 と し て の 意 味 に 発 展 し た の だ ろ う か 。 こ の 理 解 の た め

    に は 認 知 言 語 学 の 観 点 か ら の ア ス ペ ク ト ・ モ デ ル が 役 に 立 つ 。

    L a n g a c k e r( 1 9 8 7 : 2 5 4 - 2 6 7) で は , 動 詞 を 過 程 ( p r o c e s s) と し て と ら え , 時

    間 的 に 限 界 づ け ら れ ,内 部 に 変 化 を 含 む 完 成 過 程( P e r f e c t i v e p r o c e s s)で あ る

    か , 時 間 的 に 限 界 づ け ら れ て お ら ず , 内 部 が 均 質 で あ る 非 完 成 �