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平成27年11月  第743号 3 1.当社の概要と沿革 スカパーJSAT ㈱(以下、「当社」)は、持株 会社である㈱スカパーJSATホールディングス の中核事業子会社として、放送と通信に関わ る二つの事業を営んでおります。 「スカパー!」サービスを展開する有料多 チャンネル事業は、衛星回線・地上回線・イ ンターネット等の媒体を利用して、放送とビ デオ・オン・デマンドサービスを提供してい ます。有料多チャンネル事業には、当社の子 会社である㈱スカパー・カスタマーリレー ションズ、また㈱スカパーJSATホールディン グスの子会社である㈱スカパー・ブロード キャスティング、㈱スカパー・エンターテイ メント、そして海外向けの日本コンテンツ チャンネル事業を拡大する目的で本年51に設立されたWAKUWAKU JAPAN ㈱などの グループ会社も関わっております。 衛星通信サービスをはじめ宇宙関連ビジネ スを展開する宇宙・衛星事業においては、有 料多チャンネル放送用に衛星回線を提供する とともに、政府機関・公共団体、企業内通信、 国際通信、移動体通信等向けに通信サービス を提供しています。また宇宙・衛星事業には、 イベント中継サービスや通信機器の設置、工 事、保守等を実施する㈱衛星ネットワーク、 通信事業における宇宙利用の現状と今後の展望 スカパーJSAT株式会社 取締役 執行役員専務 宇宙・衛星事業部門長 小山 公貴 図1 当社事業と主なグループ会社

通信事業における宇宙利用の現状と今後の展望2015/11/03  · 平成27年11月 第743号 3 1.当社の概要と沿革 スカパーJSAT (以下、「当社」)は、持株

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平成27年11月  第743号

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1.当社の概要と沿革スカパーJSAT㈱(以下、「当社」)は、持株

会社である㈱スカパーJSATホールディングスの中核事業子会社として、放送と通信に関わる二つの事業を営んでおります。「スカパー!」サービスを展開する有料多チャンネル事業は、衛星回線・地上回線・インターネット等の媒体を利用して、放送とビデオ・オン・デマンドサービスを提供しています。有料多チャンネル事業には、当社の子会社である㈱スカパー・カスタマーリレーションズ、また㈱スカパーJSATホールディングスの子会社である㈱スカパー・ブロード

キャスティング、㈱スカパー・エンターテイメント、そして海外向けの日本コンテンツチャンネル事業を拡大する目的で本年5月1日に設立されたWAKUWAKU JAPAN㈱などのグループ会社も関わっております。衛星通信サービスをはじめ宇宙関連ビジネ

スを展開する宇宙・衛星事業においては、有料多チャンネル放送用に衛星回線を提供するとともに、政府機関・公共団体、企業内通信、国際通信、移動体通信等向けに通信サービスを提供しています。また宇宙・衛星事業には、イベント中継サービスや通信機器の設置、工事、保守等を実施する㈱衛星ネットワーク、

通信事業における宇宙利用の現状と今後の展望

スカパーJSAT株式会社取締役 執行役員専務 宇宙・衛星事業部門長

小山 公貴

図1 当社事業と主なグループ会社

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インマルサット事業を展開するJSAT MOBILE Communications㈱、インテルサットとの共同衛星事業を所管するJSAT International Inc.、そして防衛事業を担う㈱ディー・エス・エヌなどのグループ会社が関わっております。

我が国の民間衛星通信事業は、1985年に日本通信衛星㈱、宇宙通信㈱、㈱サテライトジャパンの3衛星事業者が設立されて、その歴史をスタートしました。その後1993年に日本通信衛星㈱と㈱サテライトジャパンが合併して㈱日本サテライトシステムズとなり、同社と宇宙通信㈱が切磋琢磨しながら、我が国の衛星通信市場を開拓してきました。また2000年には、NTTグループがN-STAR-a/bの2機の衛星を現物出資する形で、㈱日本サテライトシステムズに資本参加しました。一方、デジタル放送技術の進展に伴い誕生した有料多チャンネル事業においては、1994年設立のDMC企画を前身とする日本デジタル放送サービス㈱を皮切りに、ジェイ・スカイ・ビー㈱、ディレクTVジャパン㈱など、複数の会社が設立されましたが、幾度の変遷を経て、最終的に1社に統合されました。

2007年4月、有料多チャンネル事業を営む㈱スカイパーフェクト・コミュニケーションズ(日本デジタル放送サービス㈱から2000年6月に社名変更)と、衛星事業を営むジェイサット㈱(㈱日本サテライトシステムズから2000年4月に社名変更)が経営統合されました。さらに2008年3月には宇宙通信㈱もこの流れに合流して統合されることとなり、同年10月に3社が合併して現在の当社が誕生しました。

現在当社は、北米上空から太平洋~アジア~インド洋上空までの静止軌道位置に配置された計16機の静止衛星を保有して、衛星通信事業を展開しています(2015年10月時点)。このうち、東経110度、124度、128度の3軌道位置に配置されている計5機の衛星は、主に「スカパー!」放送サービスに使用されています。また、全16機のうち13機の衛星には、日本以外のエリアを照射するグローバルビームが搭載されており、外国のユーザーや洋上の船舶、あるいは航空機向けにサービスを提供しています。また、新たに現在4機の衛星を製造中であ

図2 当社の沿革

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り、いずれも2016年度上期までに順次打上げられる予定です。

1989年に打上げられたJCSAT-1以来、すでに引退した衛星も含めると、当社の延べ衛星運用年数(各衛星の運用年数の総和)は200年以上になります。また、衛星バスの種別としても米国メーカー4社、日本メーカー2社の衛星を運用してきており、当社は運用の延べ年数および衛星バス種別数の両面において、豊富な運用実績を有していると自負しております。

2.衛星通信事業のビジネスフレーム衛星通信の基本的な特長は4つあります。

すなわち、①静止衛星1機で地球の主要エリア(高緯度地域を除く)のおよそ3分の1をカバーすることができる「広域性」、②同じ信号を同時に広域に届けることができる「同報性」、③地球局を設置するだけで必要なときに即時に通信回線を構築できる「柔軟性」、そして④大地震などの災害時にその影響を受けにくい「耐災害性」です。近年、地上回線が発達した日本国内におい

ては「同報性」に関する優位性が低下してきておりますが、「広域性」、「柔軟性」については引き続きその特性を活かしたサービスが展開されており、また「耐災害性」については、2011年の東日本大震災以来、改めてその重要性が注目されております。

3.当社の衛星事業の歴史当社は1989年にサービスを開始して以来、

現在までにアジア最大、世界第5位の衛星通信事業者に成長しました。事業の黎明期である90年代初頭においては、通信キャリア、官公庁、TV局、公益企業・一般企業等への国内向け通信サービスを展開、その後90年代の半ばには有料多チャンネルサービスが開始され、衛星の需要が大きく拡大しました。さらに2000年代からはグローバル事業に本

格的に参入しましたが、一方で日本国内においては、地上の光通信回線の発達や多チャンネル放送プラットフォームの集約などにより、需要が一時停滞・縮小しました。このため当社はグローバル事業に一層力を入れるとともに、近年は海洋・航空向けのモバイル事

図3 当社衛星フリート

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業を立ち上げ、商圏の拡大を図っております。

当社が衛星事業を開始して間もない90年代前半は、衛星の中継器をそのままお客様に提供し、地球局や付帯機器などはお客様ご自身で設置していただく形でした。しかし、このような形のサービスでは、一部のプロフェッショナルクラスのお客様を除き、導入のハードルが高かったことから、中継器のみではな

く、地上設備やアプリケーションなどのプラスアルファの付加価値を加えてご提供するサービスを開発いたしました。その代表例がVSAT(Very Small Aperture Terminal)サービスです。現在では、官公庁や電力・運輸などのインフラ系の企業などを中心に、重要拠点間の連絡回線やBCP(事業継続計画)向けのバックアップ回線として利用が拡大しております。

図4 衛星事業の軌跡

図5 VSATサービスの例

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4.国内市場への取り組み当社は現在、日本国内向けに「EsBird」と

「ExBird」という2つのブランドでVSATサービスをご提供しております。EsBirdは、大規模災害等でも確実に通信を確保したい場合のベストソリューションとして、信頼性が高い国内大手メーカー製のVSAT設備と衛星回 線をセットでご提供するものです。最近の事例では、高速道路会社3社(NEXCO東日本、中日本、西日本)様向けに、2015年5月よりEsBirdサービスを提供開始しております。一方ExBirdは、衛星によるIPネットワークを容易に導入・実現できるサービスとして、地上回線のバックアップや、放射線監視やパイプラインの監視・制御等にご利用いただいております。近年、EsBirdとExBirdのユーザー局数は順調に拡大しており、2010年度末時点の308局から、2014年度末時点で1,557局へと、5倍以上の伸びを示しています。

また、災害対策における最近の利用事例としては、他に「ヘリサット」が挙げられます。これは、ヘリコプターで撮影した映像を、衛星経由でリアルタイムに配信するシステムで

す。ヘリサットが開発される以前は、ヘリで撮影した映像を、衛星を介さず直接に地上基地局へ伝送していましたが、基地局までの距離や伝搬路の地形などの条件によって、良好に受信できないケースがありました。ヘリサットでは、ヘリのブレードの回転に同期させて間欠的に電波を送信することで、回転翼による電波の遮蔽を回避する技術が開発され、衛星に直接送信することが可能になりました。この技術開発によって、衛星を介してヘリから必要な拠点へ確実に映像を送り届けることができるようになりました。2015年5月29日に発生した口永良部島噴火の際にも、高知県消防防災ヘリが衛星を使って現地の映像をリアルタイムで配信しました。

さらに当社は、官公庁等が保有する衛星に関する運用受託等の事業にも取り組んでいます。例えば2012年6月に当社は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)様より超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS)に関する利用促進業務と運用業務を受託いたしました。当社は本業務を通じて、同衛星の安定運用を担うとともに、JAXA様と共同で将来の通信

図6 VSAT局数の推移

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衛星のニーズ検証等にも貢献しています。また2013年1月には、防衛省様向けPFI事業

「Xバンド衛星通信中継機能等の整備・運用業務」を、当社を中心としたコンソーシアムが受注しました。今後、本事業のために設立された特別目的会社㈱ディー・エス・エヌが、2機のXバンド通信衛星と地上施設等を整備し、長期に亘ってこれらの施設の維持管理・運用を実施していきます。当社はこれまで培った衛星調達・運用・資

金調達等のノウハウを最大限活かし、今後も我が国の宇宙・衛星に関わる産業の発展に貢献していく所存です。

5.グローバル・モバイル市場への取り組み次に、グローバル・モバイル事業に目を向

けたいと思います。地上回線が発達している我が国ではあまり

実感できませんが、世界ではまだまだ地上回線が整備されていない地域が多く存在しています。このような地域では衛星通信の需要が依然として旺盛であり、特にアジア、ロシア、南米などの市場では今後も高い成長が期待されています。当社は現在、ロシア・アジア・オセアニア地域などの成長エリアを中心に、

北米、中近東などを含む広範な地理範囲で衛星回線を販売しています。また、衛星通信の本領が発揮される船舶や航空機内での通信需要も顕著な拡大を見せており、この分野に対しても当社は積極的に事業展開を進めています。これらの事業拡大への取り組みにより、グローバル・モバイル事業は、直近の5年間で売上がほぼ2倍にまで成長しており、宇宙・衛星事業の売上全体の20%超を占めるに至っています。

このようなグローバル・モバイル市場の動向を踏まえ、JCSAT-2A(東経154度で運用中)の後継機として今冬打上げられる予定のJCSAT-14では、グローバル・モバイル向けのカバーエリアを大きく拡大いたします。特にKuバンドにおいては、(従来の日本ビームに加えて)アジアビームとパシフィックビームを新たに搭載し、アジア地域における販売促進と、成長基調が続く船舶・航空機向けのサービス拡大に繋げていきたいと考えています。

モバイル事業においては、当社は船舶と航空機におけるブロードバンド環境の整備に大

図7 グローバル・モバイル事業の売上推移

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きく貢献しています。海洋向けサービスとしては、2010年度にサービスを開始した船舶向けブロードバンド接続サービス「OceanBB」を展開中です。以前は、洋上における衛星通信システムはインマルサット(Lバンド)が中心でしたが、OceanBBでは当社衛星に搭載されているKuバンド中継器を使って船舶通信を実現しています。Kuバンドの広帯域性を活かすことで、帯域当たりの回線コストが大幅に低減されるとともに、お客様には定額制のサービスメニューでご契約いただくことが可能となりました。近年は、インターネット環境の整備が、タンカー・貨物船等における乗組員確保のための条件になっているとも言われており、OceanBBの利用隻数は、サービス開始後から2014年度末までの4年間で235隻まで拡大しています。また、航空機向けの衛星通信市場も拡大しています。旅客機内でのインターネット接続環境も、船舶と同様に急速に普及しており、2018年には2013年の約10倍、2023年には約30倍にトラフィックが増加するとの予測も出されています。海洋分野とともに航空分野も衛星通信の強みを活かせる領域ですので、他の衛星事業者に遅れを取らぬよう、当社も積極

的な提案活動を進めているところです。現在、サービスプロバイダーである米国Panasonic Avionics様向けに当社衛星回線を提供して、日本航空様の国際線等における機内Wi-Fi向けにご利用いただいているほか、当社の子会社であるJSAT MOBILE Communications㈱を通じて、全日本空輸様向けにインマルサットの航空機向け通信サービスもご利用いただいています。

6.今後の通信衛星のトレンド最後に、今後の通信衛星のトレンドについて簡単に触れたいと思います。技術の進展に伴い、太陽電池や中継器の高出力化が進むとともに、ロケットの打上げ能力も向上していることなどから、通信衛星は性能向上とともに大型化する傾向にあります。当社が1989年に初めて打上げた JCSAT-1と比較すると、2012年に打上げたJCSAT-4Bは、重量ベースで約2倍、発生電力ベースで約5倍ほど大型化しており、中継器出力(飽和時)も20Wから150Wに増強されました。このように衛星の大型化が進展する中で、現在注目されているのが、衛星に搭載される推進エンジンの「電化」です。従来の推進エンジンは、燃料と酸化剤を燃焼させて推力を

図8 JCSAT-2AとJCSAT-14のKuバンド覆域

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得る化学推進エンジンが主流でしたが、化学系よりも比推力の高い電気推進エンジンを採用することにより、打上げ時重量の軽量化と衛星の長寿命化を実現することが可能になります。このメリットを追求した「オール電化衛星」も、すでに実用化されてきています。また、衛星に搭載する通信ミッションも一層大型化・複雑化が進んでおり、特にHTS(High Throughput Satellite)と呼ばれる、スポットビームを多数搭載することによって携帯電話のセルのように周波数を繰り返し利用することが可能となる通信衛星が出現してきています。HTSは従来の衛星と比較して通信容量を数十倍から百数十倍に拡大することが可能となるため、当社としても近い将来を見据えて現在

検討を進めているところです。

以上、当社の衛星事業の沿革と今後の見通しについて概要を述べました。衛星通信は、地上通信回線の補完としての役割はもとより、その特性を活かした新たな利用領域がますます拡大しています。当社は今後も技術革新の成果を積極的に取り入れ、お客様のニーズに沿ったサービスの開発と、安定した衛星の運用に尽力していく所存です。

(本寄稿は平成27年9月10日に当工業会内で実施した、第71回ISO宇宙機(SC14)国際標準化委員会にて実施した講演内容を、ご講演者により改めて文章に起こしていただいたものです。 本誌編集担当)

図9 HTSの概念