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骨格筋における収縮特性の制御因子 和田正信(広島大院・総合科学) 哺 乳 類 の 骨 格 筋 線 維 は, 筋 原 線 維 ATPase (mATPase)のpHに対する反応性に基づき,type I 線維(遅筋線維),type II 線維(速筋線維)に大 別され,type II 線維は,さらに IIa,IId/x,IIb 線維に細分される.タイプ毎に mATPase の反応 性に差異があるのは,線維に含まれるミオシン重 鎖(MHC)の種類が異なるためであり,I 線維に は MHCI が,IIa 線維には MHCIIa が,IId/x 線維 には MHCIId/x が,IIb 線維には MHCIIb が発現 している.type IIb 線維は,げっ歯類などの小型 の動物にのみみられ,ヒトなどの大型の種には存 在しない. 筋 線 維 の 最 大 収 縮 速 度 の 決 定 因 子 は, mATPase 活性である.活性が高いほど最大収縮 速度は速く,その値は I<IIa<IId/x<IIb の順で 高い.各線維の最大収縮速度は,type I 線維の値 を 1.0 とすると,ラット骨格筋では,IIa 線維で 2.2,IId/x 線維で 2.9,IIb 線維で 3.2 である.ま た,ヒトでは,IIa 線維で 2.3,IId/x 線維で 4.1 で ある[1]. Tension cost(筋線維の発揮張力を mATPase 活性で除した値)は,ATP の持つ化学的エネル ギーを機械的エネルギーに変換する際の効率を示 す指標である.Tension cost が小さいほど効率に 優 れ, そ の 値 は I<IIa<IId/x<IIb の 順 で 大 き い[1].type II 線維と比べtype I線維の方が疲 労耐性が高いのは,酸化的リン酸化能力に優れる ことに加え,収縮効率が高いことに素因があるこ とが示唆される. 弛緩速度の決定因子は,ミオシンとアクチンの 解離速度であり,解離速度を規定する要因の 1 つ が,筋小胞体(SR)の縦走管に存在する ATPase (SR Ca 2+ -ATPase)の Ca 2+ 取り込み機能である. SR Ca 2+ -ATPase 活性は,I<IIa<IId/x の順で高 く,type I 線維の値を 1.0 とすると,ヒト骨格筋 では,IIa 線維で 1.5,IId/x 線維で 4.0 である[2]. げっ歯類骨格筋における IIb 線維の値は明らかで はないが,全筋のデータから推測すると,IId/x 線 維とほぼ同様か若干高いのではないかと思われ る.これらの知見から,type IIb 線維は短時間で はあるが極めて大きなパワーを発揮するように, 一方,type I 線維は発揮パワーは小さいが長時間 継続して収縮するように分化した筋線維であると いえよう.また,type IIa 線維と type IId/x 線維 は type I 線維と type IIb 線維の中間に位置する が,前者は type I よりの,後者は type IIb よりの 性質を有している. 筋線維の特筆すべき特徴は,可塑性に富んでい ることであり,細胞の分化が完了した個体であっ ても,筋線維は必ずしも同一のタイプであり続け るわけではなく,種々の要因によりタイプ移行を 起こす.筋線維の収縮活動量は,移行を誘起する 大きな要因の 1 つである.これまでの研究から, 収縮活動量が増すと(トレーニングなど), IIb → IId/x → IIb → I の順で,収縮活動量が減少 すると(ギブス固定,スペースフライトなど)そ の逆の順で,タイプ移行が進行することが明らか となっている.このような筋線維のタイプ移行に よって,筋全体の収縮特性は type I 線維あるいは type IIb線維寄りにシフトすることになる[3]. (1)筋に数種類の異なるタイプの筋線維が含ま れること,あるいは(2)筋線維がタイプ移行を起 こす能力を備えていることは,どのような意味を 持つのであろうか.(1)については,「個々の筋が 多様な様式の収縮を遂行できること」に,(2)に ついては,「筋に課される機能が変化した際,それ に対応できること」に寄与し,これらは,進化の 過程において,生存競争に勝ち抜くうえで必要な 特質であったと考えられる. 本シンポジウム発表について,開示すべき利益 相反関係にある企業等はない. 1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403, 2001 3.Pette D: Can J Appl Physiol 27: 423―448, 2002 骨格筋肥大と筋線維タイプ移行 川田茂雄(東京大院・総合文化・生命環境科学) 骨格筋はその収縮特性や耐疲労能等により 2 つ のタイプ,すなわち速筋線維と遅筋線維に大別さ れる.速筋線維はさらにタイプ IIx と IIa 線維に 分けられる(ヒトの場合).遅筋線維はタイプ I 線 維と呼ばれている.収縮速度は IIx>IIa>I の順で あり,持久力は IIx<IIa<I の順である.骨格筋は 運動の有無によって速筋,遅筋線維ともに肥大や 萎縮といった量的変化を示すが,同時に筋線維タ イプ間のタイプ移行も生じることが知られてい る.ヒトが速筋線維と遅筋線維をそれぞれどの程 度の割合で持つかは遺伝の影響を強く受けること は昔から知られているが[1],たとえば,持久的 なトレーニングを積むとタイプ IIx 線維の割合が 減少しタイプ IIa 線維の割合が増加することも知 られている[2].持久的なトレーニングを積んだ 場合,ミトコンドリアの増殖や筋毛細血管の増加, エネルギー産生に関与する酸化系酵素活性の上昇 といった運動に対する適応が起こるが,それと同 時に筋線維が遅筋化することにより,より持久的 18 日生誌 Vol. 75,No. 5(Pt 2) 2013 骨格筋はなぜ速筋線維と遅筋線維を備えているのか?(S02)

骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

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Page 1: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

骨格筋における収縮特性の制御因子和田正信(広島大院・総合科学)

 哺乳類の骨格筋線維は,筋原線維 ATPase(mATPase)のpHに対する反応性に基づき,type I 線維(遅筋線維),type II 線維(速筋線維)に大別され,type II 線維は,さらに IIa,IId/x,IIb線維に細分される.タイプ毎に mATPase の反応性に差異があるのは,線維に含まれるミオシン重鎖(MHC)の種類が異なるためであり,I 線維には MHCI が,IIa 線維には MHCIIa が,IId/x 線維には MHCIId/x が,IIb 線維には MHCIIb が発現している.type IIb 線維は,げっ歯類などの小型の動物にのみみられ,ヒトなどの大型の種には存在しない. 筋 線 維 の 最 大 収 縮 速 度 の 決 定 因 子 は,mATPase 活性である.活性が高いほど最大収縮速度は速く,その値は I<IIa<IId/x<IIb の順で高い.各線維の最大収縮速度は,type I 線維の値を 1.0 とすると,ラット骨格筋では,IIa 線維で2.2,IId/x 線維で 2.9,IIb 線維で 3.2 である.また,ヒトでは,IIa 線維で 2.3,IId/x 線維で 4.1 である[1]. Tension cost(筋線維の発揮張力を mATPase活性で除した値)は,ATP の持つ化学的エネルギーを機械的エネルギーに変換する際の効率を示す指標である.Tension cost が小さいほど効率に優れ,その値は I<IIa<IId/x<IIb の順で大きい[1].type II 線維と比べ type I 線維の方が疲労耐性が高いのは,酸化的リン酸化能力に優れることに加え,収縮効率が高いことに素因があることが示唆される. 弛緩速度の決定因子は,ミオシンとアクチンの解離速度であり,解離速度を規定する要因の 1 つが,筋小胞体(SR)の縦走管に存在する ATPase

(SR Ca2+-ATPase)の Ca2+取り込み機能である.SR Ca2+-ATPase 活性は,I<IIa<IId/x の順で高く,type I 線維の値を 1.0 とすると,ヒト骨格筋では,IIa 線維で 1.5,IId/x 線維で 4.0 である[2].げっ歯類骨格筋における IIb 線維の値は明らかではないが,全筋のデータから推測すると,IId/x 線維とほぼ同様か若干高いのではないかと思われる.これらの知見から,type IIb 線維は短時間ではあるが極めて大きなパワーを発揮するように,一方,type I 線維は発揮パワーは小さいが長時間継続して収縮するように分化した筋線維であるといえよう.また,type IIa 線維と type IId/x 線維は type I 線維と type IIb 線維の中間に位置するが,前者は type I よりの,後者は type IIb よりの性質を有している.

 筋線維の特筆すべき特徴は,可塑性に富んでいることであり,細胞の分化が完了した個体であっても,筋線維は必ずしも同一のタイプであり続けるわけではなく,種々の要因によりタイプ移行を起こす.筋線維の収縮活動量は,移行を誘起する大きな要因の 1 つである.これまでの研究から,収縮活動量が増すと(トレーニングなど),IIb → IId/x → IIb → I の順で,収縮活動量が減少すると(ギブス固定,スペースフライトなど)その逆の順で,タイプ移行が進行することが明らかとなっている.このような筋線維のタイプ移行によって,筋全体の収縮特性は type I 線維あるいはtype IIb 線維寄りにシフトすることになる[3]. (1)筋に数種類の異なるタイプの筋線維が含まれること,あるいは(2)筋線維がタイプ移行を起こす能力を備えていることは,どのような意味を持つのであろうか.(1)については,「個々の筋が多様な様式の収縮を遂行できること」に,(2)については,「筋に課される機能が変化した際,それに対応できること」に寄与し,これらは,進化の過程において,生存競争に勝ち抜くうえで必要な特質であったと考えられる. 本シンポジウム発表について,開示すべき利益相反関係にある企業等はない.1. Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 19942. Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403, 20013. Pette D: Can J Appl Physiol 27: 423―448, 2002

骨格筋肥大と筋線維タイプ移行川田茂雄(東京大院・総合文化・生命環境科学)

 骨格筋はその収縮特性や耐疲労能等により 2 つのタイプ,すなわち速筋線維と遅筋線維に大別される.速筋線維はさらにタイプ IIx と IIa 線維に分けられる(ヒトの場合).遅筋線維はタイプ I 線維と呼ばれている.収縮速度は IIx>IIa>I の順であり,持久力は IIx<IIa<I の順である.骨格筋は運動の有無によって速筋,遅筋線維ともに肥大や萎縮といった量的変化を示すが,同時に筋線維タイプ間のタイプ移行も生じることが知られている.ヒトが速筋線維と遅筋線維をそれぞれどの程度の割合で持つかは遺伝の影響を強く受けることは昔から知られているが[1],たとえば,持久的なトレーニングを積むとタイプ IIx 線維の割合が減少しタイプ IIa 線維の割合が増加することも知られている[2].持久的なトレーニングを積んだ場合,ミトコンドリアの増殖や筋毛細血管の増加,エネルギー産生に関与する酸化系酵素活性の上昇といった運動に対する適応が起こるが,それと同時に筋線維が遅筋化することにより,より持久的

18 ●日生誌 Vol. 75,No. 5(Pt 2) 2013

骨格筋はなぜ速筋線維と遅筋線維を備えているのか?(S02)

Page 2: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

な運動に適した筋肉へと変化していると言える.一方,瞬発的な動作を伴うようなトレーニングを積んだ場合,筋線維タイプは持久的なトレーニングと同様,タイプ IIx 線維の割合が減少しタイプIIa 線維の割合が増加することが知られている[3].以上のことは,骨格筋に課される動作様式のタイプに関わらず,骨格筋は運動を行うと遅筋線維化に向かうものと示唆される. 近年の遺伝子工学の発展により,様々な遺伝子改変動物が作製されている.Lin ら[4]は,骨格筋において PPAR gamma co-activator-1 alpha

(PGC-1α)を過剰発現するマウスを作製した.このマウスでは骨格筋の遅筋線維化を示し,筋持久力もワイルドタイプと比べ約 2.5 倍向上した.これ以外にも骨格筋の筋線維タイプ移行を伴う様々な遺伝子改変マウスが作製されているが,全てに共通する大変興味深い点は,それらが遅筋線維化を示し,速筋線維化を示すものが報告されていないことである.Peroxisome proliferator-activated receptor delta (PPARδ)の骨格筋での過剰発現マウスでは筋線維の遅筋化が認められるが,ノックアウトマウスでは速筋化しないことが報告されている[5].これらの事実は,筋線維の遅筋化は起こすことができるが,速筋化を引き起こすことは容易ではないことを示唆している. しかしながら,いくつかの条件下では筋線維の速筋化が起こることが報告されている.その代表が,「除負荷」と「クレンブテロール投与」である.除負荷とは,骨格筋への力学的負荷を極限まで減じることであり,代表的な環境としては宇宙滞在が挙げられる.Trappe ら[6]は,6 ヵ月間の宇宙滞在によって,ヒトの腓腹筋でタイプ I 線維が減少し,タイプ IIa,IIx 線維が増加することを報告している.Bricout ら[7]は,β2 受容体作動薬であるクレンブテロールをラットに投与するとヒラメ筋においてタイプ I 線維が減少し,タイプ IIa 線維が増加することを報告している.これらの結果は,筋線維を速筋化させることが必ずしも不可能ではないことを示している. それでは,筋線維タイプ移行の分子メカニズムはどこまで明らかになっているのであろうか.骨格筋の活動によって生じる細胞内の変化として大きなことは,エネルギー需要の増大と,細胞内Ca2+濃度の上昇が挙げられる.筋活動に伴う細胞内エネルギー需要の増大は AMP 活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性化を促し,その下流の PGC-1α の発現を高める.PGC-1α は PPARδ やmyocyte enhance factor-2(Mef2)と協働することによって遅筋線維化に関わる遺伝子発現を調整

していることが指摘されている.同様に,筋活動による細胞内Ca2+濃度の上昇は,Ca2+/カルモジュリン/カルシニューリン系を活性化し,その下流にある PGC-1α や Mef2 を調整することにより遅筋化に関わっているようである.運動を行えば,運動の種類に関わらず筋細胞におけるエネルギー需要の増大と細胞内 Ca2+濃度の上昇が伴う.このことが,運動の種類に関わらず筋線維タイプが遅筋化する要因であると思われる. 現在のところ,筋線維の遅筋化のメカニズムと比べ,速筋化のメカニズムはほとんど明らかになっていない.除負荷やクレンブテロールがどのようなメカニズムで筋線維タイプの速筋化を促しているのかを明らかにすることが速筋化メカニズム解明の突破口になると思われる. 本シンポジウム発表について,開示すべき利益相反関係にある企業等はない.1. Komi PV et al: Acta Physiol Scand 100: 385―

392, 19772. Wade H et al: Am J Physiol Endcrinol Metab 257: E736―E742, 1989

3. Jesper L et al: Muscle Nerv 23: 1095―1104, 2000

4. Lin J et al: Nature 418: 797―801, 20025. Angione AR et al: Skeletal Muscle 1: 33, 20116. Trappe S et al: J Appl Physiol 106: 1159―1168,

20097. Bricout VA et al: Acta Physiol Scand 180:

271―280, 2004

速筋線維の筋萎縮―機械的人工換気による廃用性横隔膜萎縮

関根紀子,内藤久士(順天堂大・スポーツ健康科学部) 不活動により筋萎縮が引き起こされることは広く知られている.抗重力筋であるヒラメ筋は廃用性筋萎縮の誘発が容易な遅筋線維で構成されており,骨格筋を対象とした筋萎縮研究において多く用いられる.一方,ヒラメ筋に比べ,足底筋など主として速筋線維で構成される四肢骨格筋は不活動に対する萎縮の程度が小さく,これらの筋を対象とした研究は多くみられない. これに対して,呼吸筋である横隔膜は速筋線維優位な骨格筋であるにも関わらず,不活動に対し急激な萎縮を呈する.さらに,横隔膜萎縮では遅筋線維より速筋線維の萎縮率が大きいのが特徴で,12 時間の人工換気による不活動で筋横断面積が速筋線維で 20% 以上,遅筋線維で 15% 以上減少することがラットにおいて報告されている[1].

19SYMPOSIA●

骨格筋はなぜ速筋線維と遅筋線維を備えているのか?(S02)

Page 3: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

不活動が筋に与えるインパクトは,睡眠時も活動する横隔膜にとっては非常に大きく,横隔膜が呈する急激な筋萎縮は,横隔膜が 24 時間活動していることに起因するものと推察している.横隔膜を対象とした実験的な筋萎縮研究はあまり多くなされてはいないが,横隔膜萎縮は患者の人工呼吸器離脱の妨げとなり医療現場で大きな問題となることからも,横隔膜萎縮メカニズムの解明が望まれている. 機械的人工換気システムを用いたラット横隔膜萎縮モデルは,横隔膜萎縮のみならず筋萎縮メカニズムの解明に大いに貢献できるものと期待される.このラット横隔膜萎縮モデルは,麻酔下において気管挿管により人工的に換気することで横隔膜を不活動状態におくもので,我々が構築した環境下でも 12 時間で 15% の横隔膜萎縮を確認した.本モデルは横隔膜の機能不全も引き起こすことが報告され,12 時間で 18%,24 時間で 46% 筋張力が低下する[2].これら急激な横隔膜萎縮および機能不全のメカニズムには,ミトコンドリアの機能不全[3]や,カスパーゼ 3 やカルパイン 1 などのアポトーシス経路[4]が関わっているとの報告がある.また,横隔膜萎縮予防についての研究もなされ,トレッドミルによる持久的トレーニングが横隔膜萎縮および機能不全の予防に効果的であると報告されている[5].しかしながら,人工換気後の回復過程についての研究はまだなされてはいない. 横隔膜萎縮モデルを用いた研究は始まったばかりであるが,そのメカニズムの解明および予防と回復に関する研究が大きく進展することが期待されている. 本シンポジウム発表について,開示すべき利益相反関係にある企業等はない.1. McClung JM et al: Am J Respir Crit Care

Med 175: 150―159, 20072. Powers SK et al: J Appl Physiol 92: 1851―

1858, 20023. Powers SK et al: Crit Care Med 39: 1749―

1759, 20114. Nelson WB et al: Crit Care Med 40: 1857―

1863, 20125. Smuder AJ et al: J Appl Physiol 112: 501―510,

2012

疲労困憊に至る膝関節伸展運動中の大腿四頭筋における神経筋活動

秋間 広(名古屋大・総合保健体育科学センター)

 はじめに:ヒト大腿四頭筋は体重を支えたり,歩行,走行などにおいて重要な役割を担う筋群である.古くから,生理学や運動生理学の分野において,この筋群を対象として筋疲労時の神経筋活動や共働筋間の筋疲労の違いなどの研究が行われてきた.大腿四頭筋を構成する筋間で筋疲労の違いについて表面筋電図を使って検討する場合,筋線維組成や筋の代謝能などが影響すると思われるが,先行研究によると筋間で筋線維組成に著しい違いは認められないことが報告されている[1,2]. 本研究の目的は静的(等尺性)および動的(等張性)筋力発揮において,深層筋である中間広筋を含む大腿四頭筋の 4 つの筋の神経筋活動について表面筋電図法を用いて検討することであった.筋線維組成が大腿四頭筋の筋間で大きな違いが見られないことから,筋疲労の神経筋活動においても筋間で大きな違いは見られないという仮説を設定した. 等尺性膝伸展筋力発揮時の大腿四頭筋の各筋の神経筋活動を調べるため,8 名の若年男性が等尺性膝伸展による随意最大筋力(MVC)の 50%の筋力を疲労困憊まで維持する運動を行った[3].その際,大腿四頭筋の大腿直筋,外側広筋,内側広筋および中間広筋から表面筋電図を記録し,EMG amplitude と中央周波数を算出した.疲労困憊に至る時間の 95% において,内側広筋の EMG amplitude が外側広筋のそれと比較して有意に高値を示した.また,中央周波数においては運動時間の 50% において大腿直筋が運動開始直後と比較して有意な低下が見られ,その他の筋では運動時間の 75%以降に有意な低下が見られた.また,筋間の比較においては運動時間の 95%において外側広筋は他の 3 つの筋と比較して有意に低値を示した.これらの結果から,筋線維組成では大腿四頭筋を構成する各筋に著しい違いは見られないが,表面筋電図法により評価した疲労耐性には違いが見られた. 等張性膝伸展筋力発揮時の大腿四頭筋の各筋の神経筋活動を調べ,先行研究で報告されているような筋線維組成が反映された変化を示すのかどうかについて検討した.9 名の成人男性が実験に参加し,最大挙上重量の 70%の負荷で動的な膝伸展運動を疲労困憊まで行った.表面筋電図を大腿四頭筋の 4 つの筋から記録し,EMG amplitude について検討した.その結果,関節可動域全体で見てみると筋疲労に伴う EMG amplitude に筋間に有意な違いは見られなかった.一方,関節可動域を3 つ(90°―115°,115°―140°,140°―165°:180°=完全伸展)に分けて検討したところ,90°―115°で

20 ●日生誌 Vol. 75,No. 5(Pt 2) 2013

骨格筋はなぜ速筋線維と遅筋線維を備えているのか?(S02)

Page 4: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

は中間広筋の EMG amplitude が他の筋のそれより終始に渡って高値を示した.一方,140°―165°においては,運動開始から中間点まで内側広筋のEMG amplitude が中間広筋と比較して有意に高値を示したが,疲労困憊時には全ての筋間で差は見られなくなった.この 2 つの関節可動域における筋活動の違いは筋線維組成の違いでは説明できず,解剖学的因子などが影響していることが示唆された. まとめ:以上の 2 つの実験から同一の機能を有する共働筋間において,筋疲労に伴う神経筋活動は,先行研究で報告されている筋線維組成のパターンが反映された結果とはならない場合がある.これは筋線維組成以外の因子である(神経)生理学的・バイオメカニカルな因子が関係していることが示唆された. 本シンポジウム発表について,開示すべき利益相反関係にある企業等はない.1. Edgerton VR et al: Histochemical J 7: 259―

266, 19752. Johnson MA et al: J Neurol Sci 18: 111―129,

19733. Watanabe K et al: J Electromyogr Kinesiol 20:

661―666, 2010

乳酸の観点からみた速筋線維,遅筋線維の役割八田秀雄(東京大院・総合文化・身体運動科学)

 乳酸はエネルギー源:乳酸はこれまで無酸素状態でできる老廃物で疲労の素のようにみなされてきた.しかし糖を中心とした観点でみれば,乳酸は糖を分解する途中でできる中間代謝物で,酸化基質である[1].乳酸が多くできるということは,グリコーゲンを中心とする糖の分解が高まっているということである.すなわち,運動開始時などに急激に糖の分解が高進するので,酸素はありミトコンドリアの酸化反応も進んでいる状況で,多くの乳酸が産生される.つまり糖分解の過剰分が乳酸となって蓄積されると考えることができる.そして乳酸は糖を途中まで分解してあるので,老廃物ではなく使いやすいエネルギー源である.糖が分解された途中で一時的に乳酸ができることで,糖全体の代謝が調節される. 速筋線維でできた乳酸が遅筋線維や組織へ:骨格筋線維を大まかに速筋線維と遅筋線維に分けてみると,速筋線維はミトコンドリアが比較的に少なく,また糖分解活性が高い.そこで速筋線維は糖を多量に分解しやすく,さらに分解されてきた糖をミトコンドリアが利用できる量が比較的少ないので,結果として乳酸を産生しやすい.一方遅

筋線維ではミトコンドリアが多いことから,乳酸産生量は速筋線維に比べると少なく,乳酸を酸化基質として使う能力が高い.そこで速筋線維で乳酸ができて,その乳酸が遅筋線維で使われるというのが,乳酸代謝の一つの姿である. MCT と乳酸の代謝:乳酸の細胞膜通過には輸送担体が関わっている.モノカルボン酸輸送担体

(MCT=Monocarboxylate Transporter)は,乳酸に限らずモノカルボン酸を輸送する輸送担体である.MCT には 14 種類あると報告されているが,乳酸の代謝を考える際に重要なのは,MCT1と MCT4 である[2].MCT1 は最初に報告されたMCT であり,遅筋線維に多く,ミトコンドリアと関係が深く,ミトコンドリアの多い筋線維で多い.そこで MCT1 は乳酸を取り込んでミトコンドリアで酸化利用することに関係していると考えられる.一方 MCT4 は速筋線維に多い.そして乳酸輸送に関する Km 値は,MCT1 が乳酸濃度として3.5―8.3mM で MCT4 が 25―31mM である.速筋線維で乳酸が多く産生され,筋中乳酸濃度が高くなるとその乳酸が MCT4 を介して多く放出されるのに対応して,MCT4 の Km 値が高いと考えられる.一方 MCT1 によって遅筋線維では乳酸が取り込まれ利用されるので筋中乳酸濃度は高くならないことから,MCT1 の Km 値が高乳酸濃度で働くMCT4 より低い値となると考えられる.このように乳酸の代謝様相と MCT1 と MCT4 の分布やKm 値の特徴とも一致する.また心筋にも MCT1が多くミトコンドリアも多いことから,心筋は乳酸を取り込み酸化するのに適している.このように MCT の特徴からも,乳酸は速筋線維でできて遅筋線維や心筋で利用されることを示している. 乳酸産生は筋グリコーゲンの全身への補給:乳酸は遅筋線維だけでなく,心臓,脳など多くの組織にも取り込まれて利用される.したがって乳酸ができることは全身に使いやすいエネルギー源を供給することである.乳酸が速筋線維で多くできるということは,速筋線維のグリコーゲンが乳酸になることで,全身にエネルギー源として供給されていると考えることができる.筋肉はグリコーゲンをグルコースにすることはできない.しかし筋肉はグリコーゲンを乳酸にすれば,全身にグリコーゲンのエネルギー源を供給できることになる. 速筋線維の動員と糖の保存:筋グリコーゲンは,運動時に大変重要である.筋グリコーゲン濃度の低下は,筋出力を低下させることから,運動に大きく影響する疲労の原因となる[3].そして乳酸代謝の観点から筋グリコーゲンは全身の糖貯蔵と言えることがわかった.したがって筋グリ

21SYMPOSIA●

骨格筋はなぜ速筋線維と遅筋線維を備えているのか?(S02)

Page 5: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

コーゲン濃度はできるだけ低下しないことが望ましい.ここで運動強度が低い場合は遅筋線維が主として働き,また脂肪の利用が多く,あまり糖を利用しないでいる.それが運動強度が上がってくると,速筋線維が動員され,糖の分解と利用が高まり乳酸が多く産生されるようになる.そこで運動強度が低いうちは主として遅筋線維を動員して速筋線維を使わないのは,全身の糖貯蔵である速筋線維のグリコーゲンを保存する,合目的的な身体の適応と考えることができる.このように遅筋線維は常に働く線維で,速筋線維は強度の高い運動など緊急時のためのグリコーゲンを貯蔵する役

割を持つ線維である.そこで速筋線維は通常はあまり使われず,運動強度が上がるなど緊急時に動員され,速筋線維のグリコーゲンが乳酸になって全身に供給されるというのが,乳酸の観点からみた速筋線維と遅筋線維の役割である. 本シンポジウム発表について,開示すべき利益相反関係にある企業等はない.1. 八田秀雄:乳酸と運動生理生化学,pp62―96, 市

村出版,東京,20092. Kitaoka Y, et al.: J Phys Fitness Sports Med 1:

247―252, 20123. Allen DG et al: Physiol Rev 88: 287―332, 2008

22 ●日生誌 Vol. 75,No. 5(Pt 2) 2013

骨格筋はなぜ速筋線維と遅筋線維を備えているのか?(S02)

Page 6: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

オレキシンによるキンギョの摂食行動と精神運動活性の調節

松田恒平1,2,柴田治希1(1富山大学大学院理工学研究部(理学),2富山大学大学院生命融合科学教育部)

動物にとって摂食行動は,生命維持と個体の諸活動を支えるエネルギー獲得のため,欠くことのできない最も重要な本能行動です.脊椎動物において,間脳の視床下部領域は体内外の情報を収集・統合して摂食調節に重要な役割を演ずる中枢として機能すると考えられています.ラットやマウスにおける最近の研究成果によれば,摂食行動は,視床下部を中心とした脳各領域に発現・分布する多数の神経ペプチドおよびモノアミン・カテコラミン作動性ニューロン群の協調あるいは拮抗作用によって促進的あるいは抑制的に制御されていることが判明してきました.例えば,空腹時には,オレキシン,グレリン,神経ペプチド Y およびメラニン凝集ホルモンなどの摂食亢進性の神経ペプチド作動性ニューロン群が興奮して摂食行動を誘発します.一方,満腹時には,コルチコトロピン放出ホルモン,α 黒色素胞刺激ホルモン,下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチドおよび血管作動性腸ポリペプチドなどの摂食を抑制する神経ペプチド作動性ニューロン群によって,摂食を抑制します.また,これらの神経ペプチド作動性ニューロン群は相互作用しながら,摂食行動を制御・最適化することも判ってきました.さらには摂食行動を調節する神経ペプチドは生殖行動や情動行動にも深く影響を与える可能性が,最近,指摘され始めました.ラットやマウスなどのげっ歯類や他の哺乳類において摂食は,このように多数の神経ペプチドの中枢作用により調節されると考えられています.一方,鳥類のニワトリ(ヒナ)における神経ペプチドによる摂食制御機構は,げっ歯類の機構とかなり異なっていることも見出されてきました.例えば,オレキシンとメラニン凝集ホルモンには摂食亢進効果は認められず,また,グレリンは摂食を強く抑制します.しかしながら,摂食行動の複雑な調節を司る脳神経機構の進化の過程における変遷については,全く判っていません.そこで,我々の研究グループは魚類の摂食制御機構の解明を目指し,諸々の生理学的知見の蓄積がありモデル動物として多用されているキンギョ(Carassius auratus)を使って神経ペプチドによる摂食行動の脳制御機構の解析を進めています.

オレキシンは 1998 年に桜井と柳沢らによりオーファン受容体ストラテジーによるリガンド追

跡の結果発見されたペプチドであり,発見当初より摂食行動の亢進活性を有することからオレキシンと名付けられました.現在,哺乳類におけるオレキシンの機能解析は非常に進展しており,オレキシンは,摂食亢進による生体エネルギーの確保や脳内リズムの伝播およびそれに基づく睡眠―覚醒サイクルの制御に携わる多機能性神経ペプチドと考えられています.魚類におけるオレキシンの機能に関する報告は,多くありませんが,ゼブラフィッシュにおいてオレキシンあるいはオレキシン受容体遺伝子の改変は,遊泳活動量に影響を与えることが示されており,哺乳類のような脳内リズムの伝播制御に関わっている可能性が示唆されています.摂食行動への影響については,キンギョにおいて絶食状態では脳内オレキシン mRNA レベルは上昇し,オレキシンを脳室内投与すると摂餌量が高まり,オレキシン抗体の投与により低下することから摂食亢進性作用を有するものと考えられます.また,グルコース負荷をかけると摂食量の低下と視床下部オレキシンニューロンの免疫染色強度の減弱が観察されることから,血中グルコースへの感受性も示唆されます.

最近,食欲を制御する神経ペプチドが,情動行動にも強い影響を及ぼす可能性が指摘されています.私たちは,キンギョにおける神経ペプチドによる摂食行動の制御機構を調べる過程で,自発遊泳行動も影響を受けることを見出しました.さらに,明暗実験水槽や縦長実験水槽を用いた選好テストを独自に開発しつつ,キンギョの情動行動

(anxiogenic-like and anxiolytic-like behaviors として定義)の定量化に成功しました.これらの実験系を用いて,キンギョの情動行動に及ぼすオレキシンの影響を探りました.結果として,オレキシンの投与によって自発遊泳量は増加し,anxio-genic-like behavior が惹起されることが分かりました.本研究によりオレキシンがキンギョの摂食行動のみならず他の中枢作用,特に情動行動にも深く影響を与えている実態が明らかになってきました.今後は,神経行動学的な実験アプローチに加え,分子神経薬理学的な実験方法によってオレキシンの魚類における中枢機能を更に探っていきたいと考えています.

本研究には利益相反に関わる事項はありません.1. Matsuda K et al:Vitam Horm 89: 341―361,

2012

オレキシン機構は体温と活動量の超日生体リズムの増加に関与する

宮田紘平,大塚曜一郎,桑木共之(鹿児島大学

23SYMPOSIA●

自律神経機能・本能行動とオレキシン(S25)

Page 7: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

大学院・医歯学総合研究科・統合分子生理学教室)体温・心拍数・活動量などの生体指標には周期

的変化が観察される.概日リズムの存在は良く知られており,リズム形成の分子メカニズム研究も進んでいる.しかし,24 時間よりも短い周期の生体リズムに関しては研究が始まったばかりであり,分子メカニズムはおろか存在意義に関してすら仮説の域を出ていない.先行研究によりラットにおいて体温,褐色脂肪組織温,心拍数,活動量,海馬の θ 波の割合が一過性に増加することが報告されている[1].この一過性の増加は約 100 分周期であり,超日生体リズムと呼ばれている.超日生体リズムは他にもマウス,ウズラ,モルモット,カニクイザルなど種々の動物のエネルギー代謝にも見られる[2].

超日生体リズムにおける生理パラメータの変化は全て同期していることから,反射などの単なる二次的変動ではなく,中枢で作られる合目的な生体リズムと考えられる.ラットの体温,褐色脂肪組織温,心拍数,活動量の一過性の増加の中で,海馬の θ 波が他の生理パラメータに先行して変化することが報告されている.この海馬の θ 波は覚醒レベルと相関がある.そのため覚醒に関わる脳内神経機構が超日生体リズムの形成に関与していると考えられる.そこで睡眠覚醒制御に関わるオレキシン神経に着目し,オレキシン神経の超日生体リズム形成での役割を検討した.実験動物は遺伝子操作技術により,オレキシン神経機構を操作できるマウスを用いた.

オレキシン遺伝子ノックアウトマウス(KO マウス),オレキシンニューロン特異的破壊マウス

(AB マウス)およびその対照マウス(WT マウス)を用いて,体温,心拍数(心電図),活動量の 24時間記録を行った.超日生体リズムの評価には独自に開発したピーク法に加え,連続ウェブレット変換を用いた.

WT マウスで,心拍数と活動量の増加を伴う超日周期の一過性の体温増加を確認できた.この増加に先行して脳波振幅が減少し,体温増加開始後に摂食を行っていた.KO マウス,AB マウスの体温と活動量の超日リズムは WT マウスに比べ減弱していたが,心拍数の超日リズムは WT マウスと有意な差はなかった.

この結果から,オレキシンは超日生体リズムの形成を担う神経機構の一部というよりは,リズムの入力を受けて生理パラメータを制御するモジュレーターとして機能していると考えられる.オレキシン神経は褐色脂肪組織の熱産生制御に重要な役割を果たしていることが知られている.した

がって,オレキシンあるいはオレキシン神経が欠損しているマウスではオレキシンを介した褐色脂肪組織への超日リズムの信号入力がないために,超日性褐色脂肪組織の熱産生が減弱し,結果体温が十分に増加しないと考えられる.この体温上昇の減弱が,超日生体リズムによる活動量の増加幅の減少の一要因となっているかもしれない.

現在のところ超日生体リズムの生理学的意義は不明である.人間社会では飽食の時代にあるが,自然環境下では食物を得る機会は限られているため,野生動物にとって常に体内エネルギー消費を抑えることが必須である.そのためには 24 時間無動あるいは睡眠状態であることが望ましい.しかしながら24時間睡眠状態であると摂食・生殖の機会を逸し種の保存が達成できないばかりか,天敵に補食される危険性も増加する.そこで定期的に睡眠から覚醒状態に移行し外部周囲環境を確認する必要がある.外環境を探るためにはすくなくとも概日周期での 12 時間の活動期に四六時中常に活動様態を維持することが望ましいが,エネルギーには限りがあるため現実的ではない.したがって,活動期でも全身を常に活動状態を保つのではなく,限られた体内エネルギーを有効に使うために,時折一過性に活動状態を増加させるという戦略が採択されたと考えることができる.すなわち,超日生体リズムは種・生命維持とエネルギー維持のバランスを取るために発達してきた基本的で重要なリズムであると言えるかもしれない.

本研究には利益相反に関わる事項はありません.1. Ootsuka et al: Neuroscience 164: 849―861,

20092. Stupfel et al: Am J Physiol 268: R253―265,

1995

オレキシンニューロンを含む小脳神経回路による防御行動時の循環調節

西丸直子1,2,伊藤正男1(1理化学研究所・脳科学総合研究センター,2大分大学医学部神経生理学)

私達のグループによる一連の研究によって,小脳片葉の限局した部位(p 葉,folium-p)に対して,視床下部の防御反応を生ずる部位からオレキシンニューロンの投射があり,その終末はビーズ状の構造を持っていること,更にオレキシンニューロンは folium-p のプルキンエ細胞に興奮を引き起こすことが明らかになった.ラットやマウスでは小葉片葉の構造が明確でないため,6 つの小葉(m,1,2,3,4&p)にはっきり分かれているウサギを用いた.この研究で明らかになったもう一つの重要な結果は folium-p のプルキンエ細胞が脳幹

24 ●日生誌 Vol. 75,No. 5(Pt 2) 2013

自律神経機能・本能行動とオレキシン(S25)

Page 8: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

の同側結合腕傍核(PBN)の腹外側部に投射することである.PBN は somatosympathetic reflex

(SSR)の上位中枢であり,行動時に血流の再分布(内臓領域から骨格筋へ移動)調節に重要な働きをしていると考えられている.小脳は機能単位として は 小 脳 微 小 コ ン プ レ ッ ク ス と 呼 ば れ る 約10mm2 のものが考えられている.これは苔状線維と登上線維と呼ばれる入力と,出力を司るプルキンエ細胞を中心とした小脳皮質と小脳核(一部脳幹の核),下オリーブ核の回路を組み合わせたものである.小脳が下位の機能を調節する際,その調節の誤差信号を小脳に伝えるのは下オリーブ核からの登上線維である.しかし,第 3 の入力として,アミンやペプチドなどを含む細いビーズ状の線維があることが知られているが,その働きについては未知の部分が多い.私達の明らかにしたオレキシンニューロンはこの第 3 の入力に相当する

私達は防御反応時に,folium-p が SSR およびその脳幹の上位経路による血流の再分布調節を適応的に行っているという仮説のもとに研究を進めてきた.その結果,SSR にとって誤差信号と考えられる大動脈神経の刺激(血圧変動)や筋肉内への高濃度 KCl 注入(収縮によるカリウム蓄積)により folium-p への登上線維入力が増加することを見出した.更に,ケージの中での自由行動下のウサギの下肢に電気的にショックを与え,血圧,大腿動脈血流および,腹腔動脈血流の測定を行った.フットショックによりウサギはケージの中で走行を開始し,その結果大腿動脈血流(活動中の筋肉)は増加し,腹腔動脈血流(内臓)は減少した.オレキシンアンタゴニスト(SB334867)の静脈内投与によりフットショックによる血流の変化は両方とも減少した.更に folium-p をカイニン酸により破壊するとフットショックによる内臓血流はあまり減少せず,筋肉血流はさらに増加した.すなわち適応的な調節が出来なくなったと考えられる.以上の結果は,小脳片葉 folium-p と PBN が微小コンプレックスを形成し,オレキシンによる変調の下に SSR 時の循環反応を適応的に調節しているという我々の仮説を支持するものと考えられる.

本研究には利益相反に関わる事項はありません.

視床下部Sirt1 は全身のエネルギーバランスを負に制御する

佐々木努,新福摩弓,菊池 司,スサンティ ヴィナ ヤンティ,橋本博美,小林雅樹,北村忠弘(群馬大学生体調節研究所代謝シグナル解析分

野)【目的】ヒトや動物では加齢とともにエネルギー

バランスが破綻し太る.NAD+依存性タンパク脱アセチル化酵素である Sirt1 は,絶食時に視床下部弓状核で減少し再摂食で増加する.また,視床下部は全身のエネルギーバランスの制御中枢であり,その中でも一次中枢である弓状核にはエネルギーバランスを正に制御するAgRPニューロンと負に制御する POMC ニューロンが存在する.他方,視床下部弓状核では加齢とともに Sirt1 タンパク量が減少する.しかし,視床下部 Sirt1 のエネルギーバランス制御への役割に関する報告間に矛盾がある.そこで我々は,POMCもしくはAgRPニューロンでの Sirt1 のコンディショナルノックインマウスを作成し,体重・摂食量・呼吸代謝・遺伝子発現を検討した.【結果】POMC ニューロンでの野生型 Sirt1 の過

剰発現は,オスで基礎代謝亢進による痩せの表現型を呈した.この時,摂食量に変化はなかった.このマウスではレプチン感受性が亢進しており,脂肪組織への交感神経活性の上昇に伴う褐色脂肪細胞のミトコンドリア関連遺伝子の発現亢進,寒冷刺激時の白色皮下脂肪の褐色化の亢進,および脂質分解の亢進を認めた.それに対し AgRPニューロンでの野生型 Sirt1 の過剰発現では,オスで摂食量の抑制による体重抑制とレプチン感受性の亢進を認めた.他方,AgRP ニューロンでの酵素不活性型 Sirt1 の過剰発現ではメスの摂食量と体重の増加を認めた.視床下部培養細胞でもSirt1 過剰発現はレプチン抵抗性因子であるPTP1B,TC-PTP,SOCS3 タンパク量を減少させ,レプチン感受性を増加させた.高脂肪高ショ糖食負荷は,上記の POMC ニューロンおよびAgRP ニューロンでの野生型 Sirt1 の過剰発現によるエネルギー消費の亢進及び摂食抑制の表現型を抑制し,抗肥満効果が消失した.食事性肥満は弓状核での Sirt1 の過剰発現を減弱し,かつ視床下部の NAD+含量を減少させた.【結論】POMC ニューロンの Sirt1 は交感神経系

を介してエネルギー消費を刺激し,AgRP ニューロンの Sirt1 は摂食を抑制し,エネルギーバランスを負に制御する.これらの効果にはレプチン感受性の亢進を伴う.食事性肥満は視床下部Sirt1による抗肥満効果を抑制する.

本シンポジウム発表について,開示すべき利益相反関係にある企業等はない.

25SYMPOSIA●

自律神経機能・本能行動とオレキシン(S25)

Page 9: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

皮質モザイク:物体像とカテゴリーを表現する機能構造

佐藤多加之,内田 豪,Mark Lescroart,北園 淳,岡田真人,谷藤 学(理化学研究所・脳科学総合研究センター)

ヒトを含めた霊長類は物体像やその中に含まれている部分的な図形特徴,或いはその物体が属するカテゴリーといった異なるレベルの視覚情報を柔軟に用いて行動選択を行なっている.しかしそれらの視覚情報を結び付ける脳内の機能構造はよくわかっていない.そこで我々はマカクザルの下側頭葉皮質の広い範囲から電気生理学的記録・内因性信号による光学測定を行い視覚情報の表現様式を調べた.

その結果,下側頭葉皮質に存在する図形特徴を表現する直径 500µm のカラム内の各神経細胞は,複数の物体像に対する選択性に関して多様性があるものの共通の性質も存在し,全体として特定の図形特徴を表現するカラムの選択性を形成していることがわかった.また,似た物体像選択性を有するカラムは皮質上で近傍に集まりドメインと呼ばれる 5mm ほどの機能構造を形成しており,各ドメインは全体として顔や動物といった特定の視覚カテゴリーを表現していることがわかった.この構造はサルの fMRI 研究で見出されたカテゴリー選択的なパッチ構造と対応すると考えられる.また顔カテゴリーの画像に対して特異的に弱い反応を示す非顔ドメインも新たに発見した.また,顔ドメイン内のカラムは顔画像に対して強く反応するという性質においては共通であるが,人顔・サル顔といったより下位のカテゴリーに関してはカラムごとに異なる反応性を示し,ドメインは均質な構造ではなく内包するカラムは多様性を保持していることがわかった.

これらの結果から,下側頭葉においてカテゴリーや物体像といった異なるレベルの視覚情報はドメインやカラムといった異なる空間スケールの機能構造に階層的に埋め込まれ,モザイク状の構造を形成していることが示唆された.

本シンポジウム発表について,開示すべき利益相反関係にある企業等はない.

サル下側頭葉における顔の倒立呈示による階層カテゴリー分類の変化

松本有央1,菅生(宮本)康子1,大山 薫1,2,河野憲二3(1産総研・ヒューマンライフ,2筑波大・人間総合科学,3京都大・医)

顔認知機能は,社会生活を送る上で重要である.顔認知の脳内情報処理機構を解明するためには,

顔画像に操作を加えた画像を呈示する手法が有効であると考えられる.例えば,顔を倒立させた画像を呈示すると,正立画像に比べて個体や表情の認知能力が低下する(倒立効果)[1].また,目と口を上下にフリップした顔画像を倒立呈示すると,フリップした部分にあまり気づかないが,この画像を正立呈示すると,容易に違いに気づく

(サッチャー効果)[2].顔の情報処理に重要な脳領野としてサルの下側頭葉が考えられる.我々は,先行研究において,下側頭葉において,初めに大分類(ヒト対サル対図形)の情報をコードし,それに続いてより詳細分類(ヒトの個体やサルの表情)の情報をコードするニューロンを発見した[3].

本研究では,顔の倒立効果やサッチャー効果がこのような経時間的情報処理にどのような影響をあたえるかを調べた.そのために,2 頭のアカゲザルの下側頭皮質から 119 個のニューロンの活動を記録した.サルに注視課題を課し,画像を400ms間呈示した.画像は,サルの顔(4 頭の 4 種類の表情),ヒトの顔(3 人の 4 種類の表情),単純図形(5 色の長方形と円)である.さらに,顔画像については,倒立した画像(倒立画像)と目を上下にフリップした正立画像(サッチャー正立画像)とサッチャー正立画像を倒立にした画像(サッチャー倒立画像)を作成した.

まず,画像呈示中の 50ms の時間窓内の単一ニューロン活動と大分類または詳細分類に関する相互情報量を計算した.それぞれの分類について119 個のニューロンの相互情報量を合計した結果,大分類に関する情報量は変わらないが,詳細分類に関する情報量は倒立画像の方が低かった.この結果から,顔画像を倒立させることにより,詳細分類情報が低下することが示された.

次に,ニューロン集団が表現する大分類情報と詳細分類情報について調べるために,次のようなポピュレーションベクトルを作成した.50ms の時間窓内の個々のニューロンの平均活動をベクトルの要素とした.つまり 119 個のニューロンを記録したので,それぞれの画像に対する 119 次元のポピュレーションベクトルが存在する.これらのベクトルに対し,クラスター解析を適用した結果,

[115,165]ms の時間窓で,ヒトとサルと図形の3 つのクラスターが最も離れた.正立画像とサッチャー正立画像に対して,ヒトの個体とサルの表情を表すクラスターが[140,190]ms の時間窓で最も離れた.倒立画像とサッチャー倒立画像に対しては,ヒトの個体とサルの表情のクラスターの分離度が低かった.

さらに,正立画像とサッチャー正立画像のベク

26 ●日生誌 Vol. 75,No. 5(Pt 2) 2013

顔認知の脳科学研究の cutting edge(S33)

Page 10: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

トル間と倒立画像とサッチャー倒立画像のベクトル間のユークリッド距離を計算した.その結果,サルの画像に対してのみ,[255,305]ms の時間窓で,正立―サッチャー正立の距離が倒立―サッチャー倒立の距離に比べて有意に大きくなった

(ペア t 検定,p<0.05).本研究では被験体としてサルを用いたので,サルの画像に対してのみサッチャー化によるニューロン活動に対する影響が観察されたのではないかと考えられる.行動実験でも,サルはサルの顔画像に対してのみサッチャー効果が観察されるので,本研究結果は Dahl らの研究に一致する[4].この結果は,下側頭葉のニューロン活動で観察された倒立画像に対する詳細な分類のクラスターの分離度の低下がヒトの心理実験で観察される倒立効果や,サッチャー効果を起こす可能性を示唆している.

本シンポジウム発表について,開示すべき利益相反関係にある企業等はない.1. Hochberg J et al: Recognition of faces: I. An

exploratory study. Psychonomic Science 9: 619―620, 1967

2. Thompson P: Margaret Thatcher: A new illu-sion. Perception 9: 483―484, 1980

3. Sugase Y et al: Global and fine information coded by single neurons in the temporal visual cortex. Nature 400: 869―873, 1999

4. Dahl CD et al: The Thatcher illusion in humans and monkeys. Proc Biol Sci 277: 2973―2981, 2010

ニホンザルにおける顔の視覚探索課題―サルは顔を瞬時に検出するか?―

中田龍三郎,田村了以,永福智志(富山大学・大学院医学薬学研究部・統合神経科学)

<目的>本研究は複数の(顔以外の)オブジェクト画像から顔画像を検出する課題(顔の視覚探索課題)を研究対象としている.その特徴は,1度に呈示される画像数が多くなっても迅速な顔画像の検出が可能なことである[1].これまで,ヒト以外の動物を対象とした研究はチンパンジーによる研究[2]等少数であり,不明な点が多かった.本発表では,ニホンザルとヒトの両種を対象に,できるだけ同一の実験パラダイムを用い,顔の視覚探索課題で手がかりとなる顔情報と,従来の顔認知研究(たとえば人物同定課題)で課題遂行の手がかりとされてきた顔情報との差異について検討した.具体的には,1)種・人種の効果,2)布置情報の利用,3)顔の内部情報・外部情報の利用,4)空間周波数の効果について検討した.

<方法>ニホンザルとヒトを対象とした.ターゲット刺激は顔画像であり,3~19 枚のディストラクター刺激(顔以外のオブジェクト画像)と 1枚のターゲット刺激を同時に呈示し,ターゲット刺激検出に要する時間を測定した.

<結果>両種に共通して,他種の顔を検出する課題(サルではヒトの顔,ヒトではサルの顔を検出する課題)よりも,自種の顔をターゲットとした課題で効率的に探索が行われた.さらに,顔の布置情報や空間周波数を操作した課題では,従来の顔認知研究で得られた課題遂行の手がかりとなる顔情報と本課題で手がかりとされた情報の間に違いが見られた.具体的には,眼や口といった顔内部の部分情報やそれによって作り出される顔の布置情報よりも外部の顔部分を含んだ画像に対して効率的な探索が行われた.一方で画像の全体的な情報の影響が強いとされる低空間周波数情報を含んだ顔画像でも効率的な探索が行われた.つまり個体識別や表情認知といった顔刺激間の微細な違いを検出する際に重要とされる情報と顔刺激そのものの検出に重要な情報とは一致しないことが考えられる.以上の結果から,顔検出の脳内処理と個体識別や表情認知といった顔認知の脳内処理には時間的あるいは空間的な違いがあることが示唆される.

本シンポジウム発表について,開示すべき利益相反関係にある企業等はない.1. Hershler O et al: Vision Res 45: 1707―1724,

20052. Tomonaga M: Primates 48: 1―12, 2007

マーモセット聴覚野ラテラルベルト領域神経細胞における声の音源位置表現は顔動画の偏向視覚入力により修飾される

宮川尚久,坂野 拓,鈴木 航,一戸紀孝(国立精神・神経医療研究センター・神経研究所・微細構造研究部)

我々は音源定位において,音(例えば声)の位置を,同時に知覚された視覚刺激(例えば顔)の位置と錯覚しがちである.例えば腹話術において,腹話術師は実際は自分が声を出しながら,自分の口は動かさず人形の口を大きく動かすことで,音声が人形から発せられているよう,観客に錯覚を起こさせることができる.しかしながら,このような視聴覚統合作用の背景にある神経メカニズムはいまだ明らかになっていない.

聴覚野の尾外側ベルト領域(Caudal Lateral belt region,CL)は二次聴覚野の一部で,音源の位置に対する選択性の高いニューロンが多く含まれる

27SYMPOSIA●

顔認知の脳科学研究の cutting edge(S33)

Page 11: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

ため,『聴覚野の位置知覚径路』とする説もある[1].また CL は視覚野からの投射も受けており[2,3],神経細胞の応答特性からも視聴覚情報の統合がこの領域で行われていることが強く示唆されている.では実際に CL 神経細胞の音源位置選択性が,音源からずれた位置に提示される偏向視覚入力によって影響されるのであろうか.これを評価するため,音声によるコミニュケーションを盛んに行う小型霊長類のマーモセットを用い,以下の実験を行った.まずマーモセットの鳴き声4 種類を録音し,同時に鳴声時の顔の動画を撮影した.次に麻酔下の動物で正面に 7 つのスピーカーを 20 度間隔で円弧状に配置し,いずれかのスピーカーより音声を出力して,CL の神経細胞のマルチユニット活動(MUA)を記録した.また動物の正面にはモニターを設置し,動物の視野中心から左右に 15 度ずつずらした位置に鳴声時の動画が提示される条件で,同じマルチユニットの視聴覚応答も記録した.音声刺激に対して応答を示す MUA(n=76)で,4 つの音声にそれぞれついて音源空間選択性曲線のピークが,視覚入力が存在することでどのように変位するか解析した.その結果,音声と同時に顔動画を提示すると,CL 神経細胞の聴覚空間選択性曲線のピークは,視覚刺激提示位置が左 15 度の場合 6.8+/-24°(p=0.0015, 符号検定),右 15 度の場合 4.6+/-32°(p

=0.018),視覚入力の位置から遠ざかる方向に修飾を受けることが明らかとなった.対照実験として,同様の条件で CL に隣接した別の二次聴覚野領域である,中外側ベルト領域(Medial Lateral belt region,ML)の神経細胞(n=49)から記録を行った.ML 神経細胞の空間選択性曲線が受けた修飾は,CL とは逆に左 15 度の視覚刺激提示で2.1+/-21°(p=0.29),右 15 度の視覚刺激提示で2.5+/-25°(p=0.25),視覚入力の位置に近づく傾向であったが,いずれの場合も有意な修飾ではなかった.

CL 神経細胞の音声音源に対する位置選択性が,音源からずれた位置に提示される顔動画の視覚入力によって有意に影響を受けることが明らかとなり,霊長類においてこの領域が,少なくとも声と顔に関して,異なるモダリティの空間情報の統合に重要な役割を果たしている可能性が示唆された.

本シンポジウム発表について,開示すべき利益相反関係にある企業等はない.1. Rauschecker JP et al: Proc Natl Acad Sci

USA 97: 11800―11806, 20002. Rockland KS et al: Int J Psychophysiol 50: 19―

26, 20033. Smiley JF et al: J Comp Neurol 502: 894―923,

2007

28 ●日生誌 Vol. 75,No. 5(Pt 2) 2013

顔認知の脳科学研究の cutting edge(S33)

Page 12: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

G タンパク質依存性および非依存性のシグナリング経路

黒瀬 等(九州大学大学院薬学研究院薬効安全性学)

1.はじめにG タンパク質共役型受容体(GPCR)はその名

の通り,G タンパク質を仲介分子として細胞に応答を引き起こすと考えられてきた.しかしながら,近年 GPCR が G タンパク質を介した経路とは別に,β アレスチンを介して細胞内に応答を引き起こすことが報告されている.我々は,βブロッカーが G タンパク質とは無関係に βアレスチンを仲介因子として心臓に線維化を引き起こしうることを見出した.ここでは,β アレスチンを介した新規のシグナリング経路を我々の見出した知見を中心に紹介したい.

2.β アレスチンの脱感作への関与β アレスチンは GPCR の脱感作に関わる分子と

して同定された.脱感作とは,あらかじめ GPCRをアゴニストで刺激しておくと,再び同じアゴニストで刺激したときの応答が減弱する現象である.脱感作は,GPCR- キナーゼがアゴニストの結合した GPCR を特異的にリン酸化し,リン酸化された GPCR に β アレスチンが結合することで,Gタンパク質との共役が阻害されるために生じると考えられている.β アレスチンには β アレスチン1 と β アレスチン 2 の 2 種類が存在している.

3.G タンパク質を介した経路と β アレスチンを介した経路

G タンパク質を介した経路は,α サブユニットと βγ サブユニットそれぞれがエフェクター分子の活性を変化させることで細胞内に応答を引き起こす.これに対し,β アレスチンを介した経路は,活性化された GPCR に β アレスチンが結合し,βアレスチンに結合している分子の活性が変化することで応答が引き起こされる.β アレスチンは,GPCRがGPCR-キナーゼによりリン酸化されるとGPCR に対する親和性が増加すると考えられていることから,β アレスチンを介した応答におけるGPCR- キナーゼ(GPCR- キナーゼ 1~7)の役割も考慮に入れる必要がある.

4.バイアスを持つリガンドリガンドとは,GPCR に結合するアゴニストと

アンタゴニスト(ブロッカー)をまとめた呼び名である.リガンドが結合した GPCR を介した応答は,G タンパク質を介する経路と β アレスチンを介する経路の 2 種類が存在している.バイアスを持つリガンドの‘バイアスを持つ’とは,G タンパク質を介する経路あるいは β アレスチンを介す

る経路のみを活性化する作用と定義されている.β アレスチンを介する経路を活性化するリガンドの多くはブロッカーが多い.一方,これまでのアゴニストは G タンパク質を介する経路と βアレスチンを介する経路を活性化する場合が多い.また,β アレスチンの作用に必要な GPCR のリン酸化は,主にGPCR-キナーゼ5あるいはGPCR-キナーゼ 6 によってなされていると考えられる.

5.β ブロッカーを介した心臓の線維化応答β ブロッカーは,種々の循環系疾患の治療に用

いられている.しかしながら,β 受容体に結合するからといって,すべての β ブロッカーが同じ程度の効果を持つわけではない.例えば,心不全治療薬として用いられているカルベジロールとメトプロロールの作用を比較した大規模臨床試験

(COMET 試験)は,カルベジロールの優位性が報告されている.我々はメトプロロールを長期投与すると心臓の線維化が亢進することも見出した.この線維化の亢進はカルベジロールでは観察されなかった.はじめに β1 アドレナリン受容体

(β1 受容体)と β アレスチン 1 および β アレスチン 2 との相互作用を,BRET を用いて測定すると,メトプロロール刺激により β1 受容体と β アレスチン 2 の相互作用が観察された.この結果と一致して,βアレスチン 2 のノックアウトマウス(βアレスチン 2-KO マウス)ではメトプロロールの線維化誘導効果は消失した.また,β1 受容体と β アレスチン 2 との相互作用は,GPCR- キナーゼ 5 をノックダウンさせた時には消失したのに対し,GPCR- キナーゼ 6 をノックダウンさせた時には影響をうけなかった.さらに,GPCR- キナーゼ 5 および GPCR- キナーゼ 6 の KO マウスを用い,メトプロロールの効果を検討したところ,GPCR- キナーゼ 5-KO マウスでのみメトプロロールの効果は消失した.したがって,メトプロロールが,GPCR- キナーゼ 5 によってリン酸化された β1 受容体に作用し,β アレスチン 2 との相互作用が亢進し線維化応答を引き起こしていると考えられた.

6.まとめFRET を用いた cAMP アッセイでは,メトプロ

ロールはインバースアゴニストとして作用した.何ら刺激がない状態でも,GPCR は活性型と不活性型という 2 つのコンフォメーションの平衡にある.インバースアゴニストとは,不活性型のコンフォメーションを安定化させることで,何ら刺激がない状態のGPCRを介した応答を低下させる作用を持つアンタゴニストとして定義される.今後,インバースアゴニストの性質を持つ全てのアンタゴニストが β アレスチンを介した作用を持つの

34 ●日生誌 Vol. 75,No. 5(Pt 2) 2013

心臓・循環生理の新たな調節機構―三量体 G 蛋白シグナルの新コンセプト―(S55)

Page 13: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

か,β アレスチンがどのようにして下流にシグナルを伝えるのかなど明らかにしたいと考えている.(なお本シンポジウム発表について,開示すべき

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心病態モデルで発現する G 蛋白活性制御因子の同定と解析

佐藤元彦,鈴木洋子,佐喜眞未帆,岩瀬 敏,犬飼洋子,西村直紀,佐藤麻紀,清水祐樹(愛知医科大学生理学講座)

三量体G蛋白を介する情報伝達は生体の恒常性維持にとって非常に重要であり,疾患の発症・進展に重要な役割を果たす.従来,三量体 G 蛋白質は細胞外のホルモン情報を細胞内の効果器へ伝えるトランスデューサーとされてきた.すなわち,ホルモン等により刺激を受けた細胞膜受容体が G蛋白を活性化し,活性化 G 蛋白が細胞内へ刺激を伝えるというものである.しかし近年,この概念が大きく変わりつつある.すなわち,分子スイッチである三量体 G 蛋白が受容体以外の蛋白(G 蛋白活性制御因子)によって直接制御を受け,重要な細胞現象に関与することが明らかになってきた.

我々はG蛋白活性制御因子が生理調節機構に重要な役割をはたすという仮説のもと,G 蛋白活性制御因子を同定してきた.すなわち,1)ラット狭心症モデルから新規 G 蛋白活性制御因子(Activa-tor of G-protein Signaling 8,AGS8)を同定し,それがコネキシンチャネルと制御することにより心筋アポトーシスに関与すること,また,2)マウス肥大心より同定した新規 G 蛋白活性制御因子

(AGS11)が G 蛋白を細胞核内へ移行させ心肥大に伴う転写調節機構に関与することを示してきた.本シンポジウムではこれら G 蛋白活性制御因子の同定と解析の過程を提示し,この研究分野の現状と今後の発展性について報告する.

我々はラット狭心症モデルで発現する蛋白を検索し,虚血心筋で G 蛋白シグナルを制御する新規蛋白(Activator of G-protein signaling 8,AGS8)を同定した.この蛋白は 1)心筋虚血部で発現が誘導され,他の心疾患モデル(頻脈モデル,高血圧心肥大モデル,容量負荷心不全モデル)では誘導されなかった.また,2)AGS8 は G 蛋白 βγ サブユニットと直接結合し,かつ細胞内で G 蛋白シグナルを制御した.さらに,3)AGS8 の発現抑制により低酸素により誘導される心筋アポトーシスは著明に低下した.さらに,4)AGS8 はチャネル蛋白コネキシン 43 と複合体を形成しており,AGS8-Gβγ は,5)コネキシン 43 のリン酸化を促進し,インターナリゼーションを誘導することを

示した.これにより,6)心筋細胞膜表面のコネキシン 43 の減少は細胞膜透過性の減少を招き低酸素下で心筋アポトーシスを惹起すると考えられた.実際,siRNA により AGS8 の発現を低下させると,低酸素下でも心筋細胞膜のコネキシン 43 は膜表面に保持され,誘導されるアポトーシスも著しく減少した.以上から,AGS8-Gβγ 経路が虚血心筋傷害に重要であることが考えられた.

次に我々は,圧負荷肥大心モデルに発現する G蛋白活性制御因子の検索を行い,3 種類の新規制御因子を同定した.興味深いことに,それらはすべて MITF/TEE 転写因子であった.その 1 つTFE3(AGS11)の機能を検討したところ,1)TFE3(AGS11)は Gα サブユニットの中で Gα16

に選択的な作用があり,2)TFE3 は Gα16 と細胞内で複合体を形成し Gα16 を細胞核内へ移行させることが明らかになった.さらに,3)細胞核内へ移行した Gα16-TFE3 は接合部蛋白である clau-din14 の発現を増加させた.さらに心肥大モデルにおける各コンポーネントの発現変化を検討したところ,4)Gα16 および TFE3 は肥大心で発現が上昇しており,claudin14 も約 5 倍発現が上昇していた.5)一方,培養心筋細胞の Gα16 および TFE3を siRNA により抑制すると claudin14 の発現も低下した.claudin14はタイトジャンクションを構成する蛋白質であり Gα16-TFE3 による claudin14 の発現増加は,圧負荷という機械的ストレスに対する心組織の適応反応と考えられた.また,我々の検討結果は三量体 G 蛋白・G 蛋白活性制御因子による遺伝子調節機構の存在も示唆していた.

我々は心病態モデルで発現するG蛋白活性制御因子を同定しその解析を行った.興味深いことに,その作用機序は従来の受容体由来のシグナルとは全く異なるものであった.G 蛋白活性制御因子は今まで知られていなかった調節経路をもたらす重要なスイッチと考えられ,その研究は新たな生理調節機構の解明につながるものと考えられた.(なお本シンポジウム発表について,開示すべき

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Old knowledge but novel insight to the cardiac non-neuronal cholinergic system―The possible involvement of this system in metabolic interven-tion to cells―

柿沼由彦,* 秋山 剛,岡崎佳代,有川幹彦,野口達哉,佐藤隆幸(高知大学医学部循環制御学,* 国立循環器病センター研究所心臓生理機能部)

心不全の治療戦略研究の歴史は,β- ブロッカー・ACEI・ARB・アルドステロン受容体拮抗

35SYMPOSIA●

心臓・循環生理の新たな調節機構―三量体 G 蛋白シグナルの新コンセプト―(S55)

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薬など,主に交感神経系や RAS に対する介入を目的とされてきた.一方で副交感神経系への介入研究では,近年その抗心不全効果を狙ってその応用が試みられている.しかし,その理論的根拠は必ずしも明確ではなかったため,我々は「ACh の心筋細胞における多様な直接効果」および「心筋細胞内 ACh 合成系とその生物学的意義」についての研究を行い今日に至っている.

そこでまず驚くべきことは,この分野,特に古典的 ACh の神経伝達物質以外の新規生理学的作用についての研究はほぼ皆無であったことである.したがって,それまで明確に解明されていなかった,心筋梗塞後心不全モデル動物に対する迷走神経刺激による長期予後改善効果のメカニズムを探ることから研究を開始し,その結果,まず我々は ACh の新規生理学的作用として以下のことを明らかにした.

1)ACh が心筋細胞 M2 受容体に結合し PI3K/Akt/HIF-1α 経路を,非低酸素条件下でも活性化させ,HIF-1α蛋白分解抑制を介して蛋白量を増加させ,長期低酸素暴露への心筋細胞レベルでの虚血耐性獲得を惹起する.

2)この経路にはNOが関与し,心筋でのHIF-1αの主要下流遺伝子 VEGF 産生経路亢進により,in vitro 血管新生を促進させる.

3)ACh は,心筋細胞間ギャップ結合構成蛋白Cx43の低酸素による分解を抑制し,そのリン酸化レベルを維持してギャップ結合機能を保持する.

以上より,ACh には抗不整脈作用・抗アポトーシス作用・細胞生存シグナル活性化作用など循環器系に特異的な作用をもつことが明らかとなった.

4)一方副交感神経系終末の心臓への分布様式は交感神経系と比べて特異的であり,その解剖学的特徴をもとに,我々は心筋細胞内 ACh 産生系の存在を見出した(a non-neuronal cardiac choliner-gic system という).このシステムにより,従来の副交感神経系とは独立して,心筋細胞独自でACh の産生が可能であること,また M2 受容体を介した正の調節(positive feedback)を受け,

ACh-induced ACh synthesis という産生調節機構を持つこと,この心筋細胞 ACh 産生系の究極の生理学的機能としては,ミトコンドリアを介する細胞内エネルギー代謝を恒常的に負に調節することで,心筋酸素消費量を過度に亢進させない役割を果たすことが明らかになった.

そこで,この機能を in vivo において解析するために,a non-neuronal cardiac cholinergic systemを心臓において亢進させたモデル,心臓特異的ACh 産生亢進マウスを作製した.このマウスはα-MHCをプロモーターとし,心室筋においてのみACh 合成酵素 ChAT を強制発現させたマウスである.このマウス由来の心筋細胞では,HIF-1α蛋白発現量が増加し,心筋での Glut-4 の蛋白レベルも増加し,その結果心臓内グルコース含量も増加していた.よって野生型マウスと比較しこのマウスでは糖により依存した代謝系が亢進して,一方ミトコンドリア機能への代謝依存度は野生型と比較して相対的に低いことを示唆した.実際にこのマウス由来新生児心筋細胞を単離培養したところ,その代謝が野生型よりも抑制されていた.このマウスの心臓の特徴は,血管新生が亢進しており野生型と比較してその新生血管の密度が高くなっていた.この血管新生は急性心筋梗塞後においてよりいっそう亢進し,野生型との差異がより著明となった.また,この心臓を摘出しランゲンドルフ還流装置に接続して虚血再灌流実験を行い,還流停止後もこのマウスは野生型よりもより長い時間拍動を持続し,再灌流後はよりすみやかに拍動を再開した.以上より,このマウスでは心筋梗塞後急性および亜急性期において,心不全病態の進行および重症度が軽減された.このことは,代謝調節のみだけでも病態を改善しうる可能性を示唆するものであり,その一手段として細胞内ACh 産生系を修飾することは,代謝への直接的積極的介入を可能とし,治療戦略としての可能性を示唆するものである.(なお本シンポジウム発表について,開示すべき

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36 ●日生誌 Vol. 75,No. 5(Pt 2) 2013

心臓・循環生理の新たな調節機構―三量体 G 蛋白シグナルの新コンセプト―(S55)

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活性酸素による脳ゲノム障害とその防御機構中別府雄作,盛 子敬,岡素雅子(日本病態生理学会,九州大学・生体防御医学研究所・個体機能制御学部門・脳機能制御学分野,ヌクレオチドプール研究センター)活性酸素は様々な生体構成分子を酸化することによって神経変性を引き起こすと考えられているが,神経細胞脱落に至る分子メカニズムはいまだ解明されていない.我々は,代表的な酸化塩基である8-オキソグアニン(8-oxoG)のゲノム蓄積を抑制する遺伝子群(Mth1,Ogg1,Mutyh)を欠損するマウスを用いて,ミトコンドリア呼吸鎖のクエン酸脱水素酵素の阻害により活性酸素の生成を亢進させるミトコンドリア神経毒である 3- ニトロプロピオン酸(3-NP)の投与により誘発される線条体変性の発生機序に注目して解析を行った[1].3つの遺伝子を単独欠損(KO)するマウスと

Ogg1/Mth1二重欠損(DKO),そして野生型マウスに3-NPを投与したところ,Ogg1/Mth1-DKOマウスが最も重篤な運動機能障害を呈し,高度な8-oxoGの蓄積を伴う線条体変性に陥った.8-oxoGの蓄積は線条体変性の早期には主に中型有棘神経細胞のミトコンドリアDNAに認められ,カルパイン活性化を伴う神経細胞脱落が認められた.一方,後期には神経細胞脱落部に増生したミクログリアの核DNAへの8-oxoG蓄積が認められ,ポリ(ADPリボース)ポリメラーゼ(PARP)の活性化とアポトーシス誘導因子(AIF)の核移行が認められた.3-NPによる線条体神経細胞脱落,ミクログリオーシス,そして運動機能障害は,いずれもカルパイン阻害剤,あるいはPARP阻害剤の投与により改善された.核DNAあるいはミトコンドリアDNAに8-oxoGが蓄積するとMUTYHに依存したDNA一本鎖切断の蓄積が引き金となって 2つの異なる細胞死の経路が誘導される[2].Ogg1-KOマウスとOgg1/Mutyh-DKOマウスに 3-NP を投与したところ,Ogg1/Mutyh-DKOマウスにおいては運動機能障害が顕著に改善し,線条体における神経細胞脱落およびミクログリオーシスは認められなかった.ヒトMTHの高発現が 3-NPによる 8-oxoGの線条体蓄積と線条体変性に対して顕著な抵抗性を賦与することから,ヌクレオチドプール中の dGTPの酸化で生じた 8-oxo-dGTP が線条体DNA中に蓄積した8-oxoGの起源である[3].神経細胞では核DNAは複製されないが,ミトコンドリアはそのDNAを常に複製し,新しいミトコンドリアをシナプス等に供給している.神経細胞ではミトコ

ンドリアDNAに8-oxoGが高度に蓄積すると,その後 8-oxoG に対して複製中に取り込まれたアデニンをMUTYHが除去することで開始される塩基除去修復の過程で一本鎖切断が過剰となり,ミトコンドリアDNAが分解枯渇する.その結果,ミトコンドリア機能が破綻し,細胞質に放出されたCaによってカルパインが活性化され神経細胞死を誘導する.一方,神経細胞死はミクログリアの活性化と増殖を誘発するが,活性化ミクログリアはそれ自身が活性酸素を生成し,ミクログリアのヌクレオチドプールに 8-oxo-dGTP が蓄積する.ミクログリアは核DNAを複製するため,核DNA中に多量に蓄積した 8-oxoG がその後の複製に際してアデニンと対合し,MUTYHによる塩基除去修復の標的となる.その結果,核DNAの特に新生鎖に蓄積した一本鎖切断によって PARPが活性化され,蓄積したポリ(ADP- リボース)ポリマーがAIFの核移行を引き起こし,アポトーシスを誘導する.このような状況はミクログリオーシスをさらに増悪させ,神経変性を促進する.8-oxoG はパーキンソン病やアルツハイマー病など多くの神経変性疾患で蓄積することが報告されており,これらの神経変性疾患に共通の機序としてMUTYHに依存した2つの細胞死制御の経路が関与している可能性が強く示唆される.利益相反はない.1.ShengZ et al: JClin Invest122: 4344―4361,2012

2.OkaSetal:EMBOJ27:421―432,20083.DeLucaGetal:PLoSGenet4:e1000266,2008

食習慣と脳機能発達和田圭司(日本病態生理学会,独立行政法人国立精神・神経医療研究センター神経研究所,CREST,JST)認知症,うつ,発達障害など精神・神経疾患に罹患する人々の数は人口推移だけでは説明がつかない増加が認められる.これは,遺伝要因に加えて,環境要因が罹患に関与していることを強く示唆する.我々は,動物でモデル系を構築し,環境要因が発症に及ぼす機序を明らかにすることを目的に研究を行っている[1,2].栄養状態の個人差がいかに脳機能に影響するかに関し,分子的に明らかにした研究はほとんど無い.そのため今回,母体の高脂肪食摂取が子の脳機能発達にどのように影響するかを,特にシナプスの機能形態,神経回路,行動に焦点をあて,生後 6週までの幼若期のマウスで解析することにした.

29SYMPOSIA●

脳と酸素の病態生理―最近の進歩―(S53)

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その結果,これまでに,母体の妊娠前~離乳までの高脂肪食摂取は母体の体重増加,高脂肪血症を誘導するだけでなく,産仔においても体重増加と血中脂質の増加,脂質酸化の亢進を誘導することを見いだした.さらに末梢だけでなく,中枢においても,幼若期に脂質酸化の亢進が存在することを見いだした.特に,海馬では神経系前駆細胞における酸化脂質の蓄積とBrdU陽性細胞数の低下が顕著であることを発見した.すなわち,マウス母体の高脂肪食摂取は幼若期産仔の神経新生低下を誘導することが示唆された.ついで,新生神経細胞の形態を観察したところ,樹状突起分岐数の低下を見いだした.また,海馬BDNF値を測定したところその低下を認めた.以上の結果は,母体の高脂肪食摂取が産仔海馬に機能形態学的変化を誘導することを示す.そこで,幼若期産仔の行動レベルにおいても何らかの変化が生じているのではないかと考え,複数の行動バッテリーによる産仔の脳機能評価を試みた.その結果,Barnes記憶学習試験において,最終的な学習は成立するものの,そこにいたるまでの経過が対照群に比べて遅延するという結果を得た.すなわち,母体の高脂肪食摂取は産仔の行動にも変化を及ぼし得るという結果が得られた.ついで,同様な変化は生後10週を越えた成体期まで持続するかどうかの検討を行った.その結果,体重増加を除いて,成体期では高脂血症,海馬BDNF値,Barnes記憶学習試験のいずれにおいても対照群との間で差を見いださなかった.以上を要約すると,母体の高脂肪食摂取は産仔の脳機能発達に個体レベルで影響を及ぼすことが示された.その影響は解析した範囲内においては幼若期にのみ認められ,可逆的であった.今後,離乳後も産仔が高脂肪食摂取を継続した場合の脳機能変化を解析するとともに,今回の実験群においてもより微細な機能形態学的,神経回路学的解析を加え,可逆性の意味づけを行う予定である.現在,樹状突起のスパインレベルにおいても解析を開始しているので,スパインの数の低下や成熟不全と行動レベルでの脳機能変化の発現性について,その関連を追求する.予備的には,遅延性の変化がスパインレベルでは存在する可能性を示す結果を得ているので,Barnes記憶学習試験以外での記憶学習能の評価,さらには記憶学習以外の行動評価,病態易受容性などについて検討を行う.すなわち,スパインの遅延性変化が個体レベルでの表現型の顕在性,非顕在性にどのように結びつくのかを解析する予定である.食が脳機能にあたえる影響の研究は世界的にも

多数有るが,一般疫学,あるいは一般栄養科学的解析にとどまっており,脳科学の専門家がこの問題を取り上げ詳細に解析した例はまだ少ない.モデル動物を用いた我々の研究は,作用機序の解明も含めてその一助になると考えられる.特に,trans-generational な視点は世界的にもまだ緒に就いたばかりであり,今後の発展が期待されている[3].利益相反:利益相反はない.1.TozukaYetal:FASEBJ23:1920―1934,20092.TozukaYetal:NeurochemInt57: 235―240,2010

3.Wada E et al: Bio-communication betweenmother and offspring. In: Reproductive andDevelopmental Toxicology, Ed. Gupta RC,AcademicPress,USA,pp33―38,2011

加速度負荷が麻酔下ラットの大脳皮質及び海馬における血流動態へ及ぼす影響丸山 聡1,西田育弘2(日本生理学会,1航空自衛隊・航空医学実験隊,2防衛医科大学校・生理学講座)脳は低酸素状態に対して非常に脆弱である.脳への戦闘機操縦者に対する脅威の一であるG誘発性意識喪失は,旋回に伴う強いGによって静脈還流量が低下し,心拍出量が低下することで生じる脳虚血が原因となる[1].G負荷時の脳血流量変化についてはいくつかの報告がある[2,3]が,脳への血流が低下した場合,脳組織の酸素濃度はどのように変化するのか,また部位によって差が生じるかについてなど,未知の部分も多い.そこで今回我々は,小動物用加速度負荷装置により麻酔下ラットへGを負荷することで脳虚血状態を作り出し[4],大脳皮質と海馬における脳組織酸素分圧変化の同時記録を行うとともに,脳血流変化についても観察を行った.今回,+Gz負荷中の脳組織酸素濃度の経時的変化を恐らく初めて計測した.脳血流変化についてはFlorence らによる先行研究[3]があり,アカゲザルを用いた実験で,0.1G/秒のオンセットレートで+Gz負荷を行うと平均+10.8Gz で G-LOCを起こした.ベースラインデータを 0%とした変化率で示した場合,その時の脳レベルに設置したトランスデューサーの血圧は-245%,レーザー血流計による大脳皮質血流量は-80%となることを報告している.今回我々の行った実験では,+5Gz負荷時に脳レベル血圧は約-115%,大脳皮質血流量は約-70%の低下であり,Florenceらの実験結果と矛盾はなく,計測される脳レベル血圧が

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脳と酸素の病態生理―最近の進歩―(S53)

Page 17: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

0mmHg以下となっても脳の血流は保たれるものと考えられた.我々はさらに,血流とともに組織酸素濃度を大脳皮質と海馬において計測した.その結果,+3Gz 負荷時に大脳皮質と海馬で脳血流量の低下傾向に部位差すなわち大脳皮質より海馬の低下量が少ない傾向のあること,+3及び+5Gz負荷時とも脳血流量の回復速度は組織酸素濃度より速いことを見だした(図 1)[5,6].大脳皮質と海馬における脳血流量に部位差が生じた理由については,今回の実験結果だけでは考察に至らないが,全脳虚血時の血流分布もしくは血流制御が部位により異なる可能性を示している.海馬は低酸素状態に弱いことが知られているため,脳虚血時の組織酸素濃度維持が重要な部位と考えられ,脳内における血流量の配分を変えることで著しく低下することが無いよう調節されているのかもしれない.また,脳血流の回復が組織酸素濃度より早い事実から,脳組織酸素濃度の維持には組織への酸素供給に担う血流量で決定されると思われ,脳内での血流の維持がG-LOC予防につながると推定される.また,脳の組織酸素分圧を直接計測できたことで,組織酸素濃度が+Gz負荷の脳影響の観察指標として有効であると考えられ,脳組織酸素分圧は今後実験を発展させる上で,耐G性を評価するための指標の一つになり得る.

利益相反:利益相反はない.1.BurtonRR:AviatSpaceEnvironMed59:2―5,1988

2.FlorenceGetal:JApplPhysiol76:2527―2534,1994

3.FlorenceG et al.:NeuroscienceLetters 305:99―102,2001

4.MaruyamaSetal:AviatSpaceEnvironMed82:1030―1036,2011

5.MaruyamaSetal:WorldCongressonMili-taryMedicine2009,KualaLumpurinMalay-sia,2009

6.Maruyama S et al: Experimental Biology2010,AnaheiminUSA,2010

虚血―再灌流負荷に対するラットの脳エネルギー代謝の変化:31P-NMRによる経時的検討徳丸 治1,北野敬明2,横井 功1(日本生理学会,日本病態生理学会,1大分大学医学部神経生理学講座,2大分大学医学部医学教育センター)組織のエネルギー代謝を理解するために,細胞内のATPやクレアチンリン酸(PCr)などの高エネルギーリン酸の振る舞いを知ることが重要である.細胞内高エネルギーリン酸を定量するために,細胞ホモジネート液中に含まれるATPをルシ

図 1.脳組織酸素濃度と脳血流量の+Gz負荷に伴う経時的変化.+3及び+5Gz 負荷に伴う大脳皮質と海馬における平均組織酸素濃度と血流量変化量の比較.+3Gz 負荷時に Cortex での有意なBFの低下が観察される.また負荷後のBF回復時間は PO2 よりも早いことが認められる.有意差検定にはTukey-Kramer の post-hoc 検定を用いた.*:P<0.05.BF:血流量,PO2:酸素濃度.

31SYMPOSIA●

脳と酸素の病態生理―最近の進歩―(S53)

Page 18: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

フェラーゼ法や高速液体クロマトグラフィーによって定量する方法が一般的に使われている.しかし,これらの方法は細胞を破壊してしまうため,真に生きた細胞内の状態ではなく,死んだ状態を計測していることが問題である.また,破壊的方法なので,同じ組織を経時的に計測することも不可能である.核磁気共鳴法(NMR)は回転する原子核を観測する手法である.リン(31P)は NMRで観測可能な核種で,かつ天然存在比 100%である.我々は,31Pを観測核とする核磁気共鳴法(31P-NMR)を用いて,脳組織中の高エネルギーリン酸の定量を行っている[1―3].また,無機リン酸(Pi)の化学シフトが pHに依存することを利用して,細胞内液・外液の pHを推定することも可能である.31P-NMRは非破壊的な測定法であるので,生きた脳組織のエネルギー代謝の状態を非侵襲的に繰り返し測定できることが特長である.ラット(6週齢,♂)の大脳のスライス(400μm厚)をNMR用試験管(直径 10mm)に入れ,十分に酸素化された人工脳脊髄液(27.5℃)で灌流する.この状態で,NMR用試験管をNMRの観測用プローブに挿入し,31P の NMR信号を計測すると,試験管中の生きた脳組織内のPCr,ATPなど高エネルギーリン酸をリアルタイムに定量することができる.我々は,灌流を 1時間停止しその後灌流を再開することにより,虚血―再灌流傷害後の高エネルギーリン酸の回復を評価している.

図に31P-NMRスペクトルの一例を示す.左から糖リン酸(SP),Pi,PCr,ATPの γ,α,β位のリン酸の信号である.虚血負荷を与えると,ATPとそのバッファであるPCrは枯渇し,Piの信号は増大する.また,解糖系による乳酸産生の結果(同一の標本について,1Hを観測核とするNMRスペクトルにより計測可能),細胞内液が酸性化し,Piの化学シフトが右方へ移動する.灌流を再開すると,ATPと PCr の信号は負荷前の約 60%程度まで回復するが,虚血再灌流障害によりそれ以上の回復はみられない.細胞内液の pHは負荷前の状態に戻り,Pi の化学シフトも元に復する.我々はこのような実験系を用いて,脳虚血再灌流傷害に対する種々の脳保護作用があるとされる薬剤の効果を測定している[2,3].虚血再灌流の際に発生するスーパーオキサイドアニオンやヒドロキシルラジカルなどのフリーラジカルは,細胞を傷害する.電子スピン共鳴法(ESR)はフリーラジカルを直接測定する唯一の手段である.我々は,ESRを用いて,種々の脳保護剤のラジカル除去能を合わせて評価している[3].NMRは原子核の,ESRは電子の,それぞれ回転(スピン)を計測する手法である.我々はこれらのスピン解析学的手法を組み合わせて,脳エネルギー代謝に対するアプローチを行っている.利益相反:利益相反はない.1.TakeiMetal:NeurosciRes12:596―605,19922.TokumaruOetal:JNeurosurg(Suppl)105:

図.ラット脳の 31P-NMRスペクトル脳組織中のATPや PCr の量はそれぞれのピーク下面積を計測することによって定量できる.虚血負荷中にはATPや PCr は枯渇し,そのピークは消滅する.

32 ●日生誌 Vol. 75,No. 5(Pt 2) 2013

脳と酸素の病態生理―最近の進歩―(S53)

Page 19: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

202―207,20063.TokumaruOetal:NeurochemRes34:775―

785,2009

33SYMPOSIA●

脳と酸素の病態生理―最近の進歩―(S53)

Page 20: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

疾患治療を目指した治療標的分子のクロノバイオシグナルの解析―ガンの時間治療の基盤確立を目指して―

池田正明(埼玉医科大学医学部生理学,埼玉医科大学ゲノム医学研究センター分子時計プロジェクト)

時間治療は癌,精神神経疾患,循環器系疾患,アレルギー,生活習慣病など,様々な疾患の治療に用いられている.しかし,時間治療の個体レベルや分子・細胞レベルでのメカニズムについては,十分に解明されているわけではなく,特に癌治療への応用に関連する分子基盤は十分に確立されていないのが現状である.抗癌剤イリノテカンは,大腸がん,肺がん,卵巣がんを含む主に固形がんの治療に用いられており,その標的分子は,トポイソメラーゼ I である.トポイソメラーゼ I遺伝子の発現は,時計遺伝子 BMAL1/CLOCK による E-box を介した機構や,DBP,HLF,TEF などの D サイト結合因子や E4BP4 などの D-box を介して調節され,概日リズム性の変動を示すことが私たちの研究で明らかになっている.最近,HIF

(hypoxia-inducible factor)が癌標的分子として注目されているが,これは,腫瘍の周辺組織の微小環境が低酸素になるため HIF が安定化し,HIF の下流因子の発現が増強される現象と関連しており,HIF の発現レベルを低下させたりあるいはHIFを不安定化したりするような薬剤がHIFを標的とした抗癌剤として研究・開発が進んでいる.私たちは NIH3T3 細胞を用いた系で,トポイソメラーゼ I 遺伝子の発現が塩化コバルトによって誘導されることを見出した.この発現は,E-box を欠失させたプロモーターでは低下することから,この発現誘導の一部は E-box を介して誘導されることが示された.また,ARNT/HIF1α を過剰発現させると,この誘導は増強された.また,蛋白レベルでも,塩化コバルト処理はトポイソメラーゼ I の発現を増加させた.以上により,トポイソメラーゼ I 発現は低酸素によって誘導され,その一部は E-box を介して誘導されることから,時計遺伝子によるリズム発現と低酸素による発現誘導の間にクロストークが存在する可能性が示唆された.今後は,低酸素や HIFα/ARNT,HIF1α を標的にした抗癌剤の概日リズムシステムへの影響を検討する計画である.さらに,HIF1α を標的とした癌治療薬の時間治療の分子基盤を確立するためのモデル細胞系として,トポイソメラーゼ I のプロモーターレポーターを導入した細胞系は有用であると思われた.

本シンポジウム発表について,開示すべき利益

相反関係にある企業等はない.

人工染色体ベクターを利用した多色発光レポーターシステムの構築

中島芳浩(産業技術総合研究所健康工学研究部門)

ホタルを始めとする各種の発光生物がもつ発光タンパク質(ルシフェラーゼ)は,発光基質(ルシフェリン)を酸化する酵素反応により極めて効率的に光を放つ.現代の生命科学研究において,ルシフェリン―ルシフェラーゼ反応を利用した発光レポーターアッセイは,測定の簡便性や定量性の高さから,遺伝子発現やシグナルトランスダクション等の細胞内の変化を定量的にモニターするためのツールとして汎用されている.

ルシフェラーゼを哺乳類細胞で発現させた場合の発光量は,レポーター遺伝子の代表格である蛍光タンパク質と比較し,相対的に低いものの,励起光照射を必要としないため,励起光による細胞毒性やプローブの退色等の影響を排除でき,より生理的な条件下で長時間に渡り連続した細胞情報の取得が可能である.またアッセイ方法も,細胞を破砕し定点での細胞情報を検出する「エンドポイントアッセイ」,動物個体や細胞の発光を非侵襲的に検出する「発光イメージング」,細胞内の変動を長時間に渡り追跡可能な「リアルタイム発光測定」と多岐に渡る.とりわけ他の生命科学研究分野と比較して,極めて長時間の遺伝子発現の検出を必要とする概日リズム研究においては,非侵襲的に時計遺伝子等の遺伝子発現の変動を数日間以上に渡り定量的にモニターするリアルタイム発光測定が必須ツールとなっている.

概日リズム研究のみならず多くの細胞生物学分野において,標的とする遺伝子の発現や薬剤に対する発現応答等を再現性良く簡便に解析するため,標的プロモーターとルシフェラーゼ遺伝子を連結したカセットを目的とする宿主のゲノムに挿入した安定細胞株が用いられている.しかし,従来の古典的な細胞の樹立方法(ランダムインテグレーション法)では,ES 細胞を用いたターゲティングや zinc finger nuclease,TALEN 等の手法を適用しない限り,導入遺伝子の挿入部位とコピー数の制御は不可能であるため,従来法で樹立した細胞では,挿入された位置やコピー数の違いによりクローン間の発現レベル(発光強度)や反応応答性の差が著しい場合が多い.また,長期間の継代培養中に起こるサイレンシング等により,発光が顕著に低下することもある.

これらの問題を解決するため,我々は鳥取大学

37SYMPOSIA●

時間分子医療に向けたサーカディアンシグナロソームの解明~クロノバイオシグナルを捉える~(S63)

Page 21: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

の押村教授らが開発した人工染色体ベクターに,標的プロモーターとルシフェラーゼ遺伝子を挿入した安定細胞株の樹立を試みた.人工染色体ベクターは,ヒト或いはマウスの染色体から,細胞内での維持や分裂に必要な領域以外の遺伝子領域を削除した人工染色体であり,宿主細胞の染色体とは独立して 1 コピー保持され,また長期の継代培養においても脱落や転座することなく安定に保持されることが明らかとなっている.また近年では,複数の外来遺伝子を導入するためのプラットフォームが挿入された人工染色体ベクターも開発されている.

最初に我々は,人工染色体ベクターのレポーターベクターとしての基本性能について検討するため,時計遺伝子 mPer2 のプロモーターに緑色発光ルシフェラーゼを連結したカセットをマウス人工染色体ベクターに挿入した安定細胞株を樹立した.安定細胞株は,マウス人工染色体ベクターが予め導入されているマウス繊維芽細胞 A9 に,レポーターベクターをトランスフェクションし,ネオマイシンによる選抜により樹立した.人工染色体ベクターへの導入遺伝子の挿入は,PCR およびFISH 解析により確認した.樹立した複数のクローンをリアルタイム発光測定に供したところ,いずれのクローンにおいても 7 日間に渡り高振幅の発光リズムが観察され,また各々のクローンの発光強度,周期,位相は近似していることが明らかとなった.以上の結果より,人工染色体ベクターを用いることにより,非常に均質の安定細胞株が樹立できることが明らかとなった.続いて継代培養中の発光強度および発光リズムの安定性について検討したところ,3 カ月間の継代培養を繰り返しても強度および発光リズムに顕著な違いが認められなかったことから,人工染色体ベクターへのレポーターの導入により,その発現が安定に維持されることが明らかとなった.更に,2 種の時計遺伝子の発現を同時にモニターするため,Bmal1のプロモーターと赤色発光ルシフェラーゼを連結したカセットを,Per2 プロモーターと緑色発光ルシフェラーゼが挿入された人工染色体ベクター上に導入した細胞を樹立した.各色の発光を光学フィルターにより分割・定量しながらリアルタイム発光測定を行った結果,内因性の Per2 およびBmal1 と同様,緑色および赤色の逆位相の発光リズムを計測することに成功した.以上の結果より,人工染色体ベクターはレポーターベクターとしての優れた基本性能を有しており,これを用いた安定細胞株の樹立により従来の問題点を克服できることが明らかとなった.

本シンポジウム発表について,開示すべき利益相反関係にある企業等はない.

RNAi スクリーニングによる新規概日リズムのオシレーター因子であるリン酸化酵素の同定

Wangjie YU, Paul E. HARDIN(Department of Biology and Center for Biological Clocks Research, Texas A&M University)

Eukaryotic circadian clocks use transcriptional feedback loops to drive rhythms in metabolism, physiology and behavior. In Drosophila, CLOCK

(CLK)and CYCLE(CYC)initiate transcription of period(per)and timeless(tim), PER and TIM accumulate in cytoplasm and translocate into the nucleus after a delay. Once in the nucleus, PER and TIM repress CLK and CYC activated tran-scription. As time goes by, PER and TIM are degraded, and CLK and CYC start the cycle anew. The whole cycle takes ~24 hours. During the cycle, rhythmic phosphorylation of PER, TIM and CLK controls the timing of their subcellular localization, transcriptional activity and degrada-tion, thereby determining the length of oscillator period and rhythmicity. Although SGG, DBT and CKII are known to phosphorylate PER or/and TIM, additional kinases are predicted to play a role in Drosophila clocks. Taking advantage of transgenic RNAi libraries that cover almost all annotated genes in Drosophila, we have been con-ducting RNAi screening for kinases that regulate circadian behavior by expressing RNAi in clock cells. Of 315 transgenic RNAi strains that target 189 known or predicted kinases tested in pri-mary screening, we identified 45 candidate circa-dian kinases that cause arrhythmia, short-period and long-period phenotypes. To eliminate off-target effects of RNAi, multiple RNAi strains that target discrete portions of mRNA have been tested, and six kinases have been validated. Of these kinases, NEMO was identified as a compo-nent of the oscillator, and we provided evidence that NEMO phosphorylates CLK(Yu et al, 2011 Current Biology). Two kinase RNAi lines that pro-duce a long period phenotype, but have no reported experimental functional analysis, are the focus o f genet ic and molecu lar characterization.

本シンポジウム発表について,開示すべき利益相反関係にある企業等はない.

38 ●日生誌 Vol. 75,No. 5(Pt 2) 2013

時間分子医療に向けたサーカディアンシグナロソームの解明~クロノバイオシグナルを捉える~(S63)

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褐色脂肪細胞に対する寒冷刺激によって誘導される発熱反応における時計遺伝子 Per2 の役割

Sylvie CHAPPUIS, Juergen A. RIPPERGER, Urs ALBRECHT*(Department of Biology, Unit of Biochemistry, University of Fribourg)

Adaptive thermogenesis allows mammals to resist cold by uncoupling the proton gradient from ATP synthesis in mitochondria to generate heat. Here we show that mice mutated in the clock gene Period2(Per2)were impaired in adap-tive thermogenesis. In brown adipose tissue

(BAT), cold-exposure induced Per2 via Heat shock factor1 (HSF1). Subsequently, PER2 and PPAR α increased expression of the heat-gener-ating Uncoupling protein 1(Ucp1). PER2 also augmented Fatty acid binding protein 3(Fabp3), which transports free fatty acids(FFA)to mito-chondria, a process necessary to activate UCP1. Hence, reduction of Ucp1 and Fabp3 may cause the phenotype observed in Per2 mutant mice, linking PER2 to the process of adaptive thermogenesis.

本シンポジウム発表について,開示すべき利益相反関係にある企業等はない.

CRY タンパク質の安定性制御を介した分子時計の発振維持機構

深田吉孝(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻)【序】様々な生理現象の日周リズムを制御する概日時

計は,時計遺伝子の転写と翻訳を介したネガティブフィードバック機構に基づく分子的な振動から生まれる.ほ乳類の場合,この振動機構を構成する時計タンパク質の中でクリプトクローム Cryp-tochrome(CRY1 と CRY2)は強力な転写抑制活性を持ち,概日時計の発振における中枢因子として機能する.そのため,1 日のなかで CRY タンパク質がどのように発現して蓄積し,どのように減少して 1 日のサイクルを終えるのかという CRYタンパク質の量的ダイナミクスを理解することが重要な課題である.我々はこれまでに,マウスCRY2 が細胞質において 2 段階のリン酸化を受けてプロテアソーム分解へと導かれることを明らかにしてきた[2,3].一方,CRY1 と CRY2 は核内において F-box タンパク質の一つである FBXL3によるユビキチン化修飾を受けてプロテアソームにより分解される[4―6].ほ乳類には FBXL3 と極めて高いアミノ酸相同性を示す FBXL21 が存

在し[7],概日時計への関与が示唆されている[8]ものの,その生理的役割は不明であった.【輪回し行動リズムの制御における Fbxl3 と

Fbxl21 の役割】我々は,Fbxl3 と Fbxl21 の概日時計における機

能を明らかにするため,九大(生医研)の中山敬一教授との共同研究により,これら二つの遺伝子それぞれのノックアウト(KO)マウスと,それらを掛け合わせたダブルノックアウト(DKO)マウスの輪回し行動リズムを解析した.Fbxl3-KO マウスは恒暗条件において,28 時間という極めて長い周期の行動リズムを示した.一方,Fbxl21-KO マウスでは活動期の活動量プロファイルに異常が観察されたものの,行動リズム周期には大きな影響が見られなかった.ところが,Fbxl3/Fbxl21-DKOマウスでは Fbxl3-KO マウスで観察された周期長の延長が大きく緩和されることを見出した.重要なことに,一部の DKO マウスは,恒暗条件で行動リズムが消失するという顕著なリズム異常を示した.Fbxl3/Fbxl21-DKO マウスでは,振動を安定に維持する概日時計の強さ(ロバストネス)が失われていた.【培養細胞における Fbxl21 の機能】マウスの行動リズムを支配する中枢時計は視床

下部の視交叉上核に存在するが,全身のほぼ全ての細胞に内在する概日時計は末梢時計と呼ばれる.そのモデルとしての培養細胞に,時計遺伝子Bmal1 のプロモーターの下流にルシフェラーゼレポーター遺伝子を挿入したベクターを導入して細胞時計を可視化した.これを用いて,Fbxl21のノックダウンにより細胞時計のリズム周期が短周期化することを見出した.つまり,Fbxl21 は概日時計の振動スピードを遅らせる方向に,一方,Fbxl3 は早める方向に,それぞれ概日時計を調節すると考えられた.さらに,Fbxl21 と Fbxl3 は協調的に働くことにより,概日時計の安定な振動が維持されると結論した.Fbxl21 欠損マウスから MEF を調製して CRY1 と CRY2 の発現リズムを調べたところ,Fbxl21 の欠損により CRY1 と CRY2 のタンパク質量が著しく低下し,量的変動の振幅も低下していた.一方,Cry1 と Cry2 の mRNA の発現は野生型MEFに比べて上昇していたことから,Fbxl21欠損MEFにおいてはCRYタンパク質が不安定化していると推測された.【FBXL21 は CRY タンパク質をユビキチン化し

て安定化する】FBXL21 が CRY を基質としてその安定性を制

御する可能性を検証した.まず,in vitro と in vivoのユビキチン化アッセイにより,FBXL21 が CRY

39SYMPOSIA●

時間分子医療に向けたサーカディアンシグナロソームの解明~クロノバイオシグナルを捉える~(S63)

Page 23: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

のユビキチン化を促進することを明らかにした.興味深いことに,FBXL3 が CRY1 や CRY2 をプロテアソーム分解に導く一方,FBXL21 は CRY1と CRY2 を安定化した.このような安定性制御メカニズムの違いは,FBXL3がプロテアソームの標的となる K48 結合型ユビキチン鎖を伸長するのに対して,FBXL21 は K48 結合型とは異なる結合様式のユビキチン鎖を CRY に付加する結果,安定化に寄与することが判明した.さらに東大(医科研)尾山大明准教授との共同研究によりCRYの複数のユビキチン化部位を同定した.これらユビキチン化部位を Arg 置換した変異 CRY を用いた解析から,FBXL21 と FBXL3 は互いに(少なくとも一つは)異なる Lys 残基をユビキチン化してCRY の安定性を制御することを示した.【FBXL21 は細胞質で CRY を安定化し FBXL3

は核で CRY を分解する】FBXL21 と FBXL3 の N 末端領域はアミノ酸配

列の保存性が低く,その領域に FBXL3 のみ核移行シグナル様配列をもつことを見出した.そこで,細胞免疫染色法により FBXL21 と FBXL3 の細胞内局在を解析したところ,FBXL3 が核に局在す

る[5]のに対し,FBXL21 は細胞質に多く存在することがわかった.この結果を受け,Fbxl21 の発現量が高いマウス大脳懸濁液から細胞質と核を分画し,Fbxl21 欠損による CRY タンパク質量への影響を調べた.まず,野生型のバックグラウンドでは Fbxl21 の欠損により,細胞質と核の両方において CRY1 と CRY2 のタンパク質量は減少した.ところが興味深いことに,Fbxl3 ノックアウトのバックグラウンドでは Fbxl21 欠損による CRY の低下は細胞質においてのみ観察された.つまり,FBXL21 は細胞質においては何らかの CRY 分解機構と拮抗して CRY を安定化していることが示唆された.以上の結果から,FBXL21 と FBXL3による CRY タンパク質量のダイナミクス形成モデルを提唱した(図 1).このような CRY タンパク質のダイナミクスは,概日時計の安定な振動の維持に必要不可欠である.

一般的に,F-box タンパク質によってユビキチン化された基質タンパク質はプロテアソーム分解を受ける例が圧倒的に多く,我々が見出した安定化機構はユビキチン化による極めて稀な制御である[9].ほ乳類においては唯一,β-TrCPがFBXW7

図 1.FBXL21 と FBXL3 による概日時計の制御昼にCRYタンパク質が増加していく時間帯(図の左側)では,FBXL21 は分解機構と拮抗することによりCRYを安定化して蓄積を助ける.一方,夜の時間帯には核内でCRYは時計遺伝子の発現を抑制し,転写抑制の働きを終えたCRYはFBXL3による分解攻撃を受けて消失し,次の一日のサイクルが始まる.FBXL21とFBXL3によるCRYの「安定化」と「分解」の拮抗作用が,CRYタンパク質量のダイナミクスを生み出す.

40 ●日生誌 Vol. 75,No. 5(Pt 2) 2013

時間分子医療に向けたサーカディアンシグナロソームの解明~クロノバイオシグナルを捉える~(S63)

Page 24: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

と拮抗してc-Mycの安定化に寄与することが報告されているが,c-Myc の安定化機構の生理的意義は不明である[10].我々は,よく似た2つのF-boxタンパク質による「安定化」と「分解」という拮抗作用が,マウス行動リズム制御という脳の高次機能において果たす役割を明確に示した点で,生理学的に強いインパクトをもつ.【順遺伝学と逆遺伝学からの同時アプローチ】我々は,逆遺伝学(reverse genetics)を用いて

Fbxl21 の機能を明らかにしたが,ほぼ同時に Dr. Joseph S. Takahashi(米国テキサス大学)らのグループは順遺伝学(forward genetics)に基づき,短周期の行動リズムを示したマウスが Fbxl21 遺伝子に点変異を持つことを明らかにした[11].2つのグループが対照的な研究アプローチで一つの遺伝子の概日時計システムにおける役割に到達したのは偶然であるが,二つの論文は Cell 誌に同時掲載された(図 2).

本シンポジウム発表について,開示すべき利益相反関係にある企業等はない.

1. Reppert SM et al: Coordination of circadian timing in mammals. Nature 418: 935―941, 2002

2. Harada Y et al: Ser-557-phosphorylated mCRY2 is degraded upon synergistic phos-phorylation by glycogen synthase kinase-3 beta. J Biol Chem 280: 31714―31721, 2005

3. Kurabayashi N et al: DYRK1A and glycogen synthase kinase 3beta, a dual-kinase mecha-nism directing proteasomal degradation of CRY2 for circadian timekeeping. Mol Cell Biol 30: 1757―1768, 2010

4. Siepka SM et al: Circadian mutant Overtime reveals F-box protein FBXL3 regulation of cryptochrome and period gene expression. Cell 129: 1011―1023, 2007

5. Godinho SI et al: The after-hours mutant reveals a role for Fbxl3 in determining mam-malian circadian period. Science 316: 897―900, 2007

6. Busino L et al: SCFFbxl3 controls the oscillation of the circadian clock by directing the degra-dation of cryptochrome proteins. Science 316: 900―904, 2007

7. Jin J et al: Systematic analysis and nomencla-ture of mammalian F-box proteins. Genes Dev 18: 2573―2580, 2004

8. Dardente H et al: Implication of the F-Box Protein FBXL21 in circadian pacemaker func-tion in mammals. PLoS One 3: e3530, 2008

9. Hirano A et al: FBXL21 regulates oscillation of the circadian clock through ubiquitination and stabilization of cryptochromes. Cell 152: 1106―1118, 2013

10. Popov N et al: Ubiquitylation of the amino terminus of Myc by SCF(β-TrCP)antago-nizes SCF(Fbw7)-mediated turnover. Nat Cell Biol 12: 973―981, 2010

11. Yoo S-H et al: Competing E3 ubiquitin ligase govern circadian periodicity by degradation of CRY in nucleus and cytoplasm. Cell 152: 1091―1105, 2013

CK2 を中核としたサーカディアンシグナロソームによる体内時計制御

田丸輝也(東邦大学医学部生理学講座)概日システムは,分子時計が支配するゲノムワ

イドな生命過程の統合制御系である.その機能不全は睡眠障害,代謝疾患,癌,神経・精神疾患な

図 2.Cell 掲載号の表紙デザインFBXL3 と FBXL21 による概日時計の制御を,2人の女性が時計の針を互いに逆方向から押し合っている様子になぞらえてデザインした.このイラストが Cell掲載号(2013 年 2 月 28 日号)の表紙に採用された.

41SYMPOSIA●

時間分子医療に向けたサーカディアンシグナロソームの解明~クロノバイオシグナルを捉える~(S63)

Page 25: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

どの増悪に関わっている.我々は,20 年ほど前,概日リズムの発現にみられる神経活動の周期性と細胞増殖の周期性に,細胞内情報処理の共通性があるとの仮説を提唱し,そのシグナルの中枢を担う日周活性変動性プロテインキナーゼの探索を行ってきた.そして,体内時計の中枢である視床下部視交叉上核に日周期変動性キナーゼ PFK の一群を発見した.さらに PFK の中で最も大きな周期変動を示す p45PFK について精製と構造解析,その生理的標的時計蛋白質 BMAL1 の解析,

標的蛋白質のリン酸化を介する概日システムの調節機構の解析へ進めた.そして,45PFK の同定に成功し,カゼインキナーゼ CK2 であること,CK2が時計制御転写因子 BMAL1 を周期的にリン酸化し,BMAL1-CLOCK のヘテロダイマー形成,およびの核への蓄積を時刻依存的に促進することによって,時計のコアとなるフィードバックループ系を制御しているという機構を明らかにした[3].本研究の目的は,概日システムを司る細胞内情報伝達系(サーカディアンシグナロソーム),とくに

図 1

図 2

42 ●日生誌 Vol. 75,No. 5(Pt 2) 2013

時間分子医療に向けたサーカディアンシグナロソームの解明~クロノバイオシグナルを捉える~(S63)

Page 26: 骨格筋における収縮特性の制御因子 筋線維の特筆すべき特徴 …1.Bottinelli R et al: J Physiol 481: 663―675, 1994 2.Szentesi P et al: J Physiol 531: 393―403,

CK2 をコアとした蛋白質リン酸化オシレータによる時間特異的・周期的な統合制御システムの構成と生理的意義を解明することである.具体的には,以下の知見を見出した.I)CK2 によるリン酸化が BMAL1 の他の重要な日周性修飾(SUMO化,ユビキチン化,アセチル化[1,2]をプライミングして,統合的に制御する事を明らかにした

(図 1).II)CK2 をコアとした蛋白質リン酸化オシレータの活性振動機構を明らかにした.III)CK2 をコアとしたストレスに応答するサーカディアンシグナロソームを解析し,CK2 シグナリング系は 概日―ヒートショック応答系クロストーク[4]を介して,ストレスに応答する時計同調,細胞生存の為の防御系を制御することを解明した(図 2).

本シンポジウム発表について,開示すべき利益

相反関係にある企業等はない.1. Cardone L et al: Circadian clock control by

SUMOylation of BMAL1. Science 309: 1390―1394, 2005

2. Hirayama J et al: CLOCK-mediated acetyla-tion of BMAL1 controls circadian function. Nature 450: 1086―1090, 2007

3. Tamaru T et al: CK2 α phosphorylates BMAL1 to regulate the mammalian clock. Nat Struct Mol Biol 16: 446―448, 2009

4. Tamaru T et al: Synchronization of circadian Per2 rhythms and HSF1-BMAL1: CLOCK interaction in mouse fibroblasts after short-term heat shock pulse. PLoS One 6: e24521, 2011

43SYMPOSIA●

時間分子医療に向けたサーカディアンシグナロソームの解明~クロノバイオシグナルを捉える~(S63)