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一橋論叢 第121巻第1号 平成11年(1999年)1月号(86) 差止請求と独 はじめに 1 差止めの意義 (1) 違法な侵害を止めさせる救済方法をいう。差止めは、 裁判または行政処分にようて行われる。すなわち、 ω 裁判による差止め 差止請求訴訟 差止めが裁判によづて行われる場合、その方法は民事 訴訟による。裁判による差止めは民事上の差止請求権に 基づくが、その請求権について実定法上認められている 場合がある。たとえば、不正競争行為の差止請求権(不 正競争三条)、特許権に基づく差止請求権(特許一〇〇 条)、新株発行の差止請求権(商二八O条ノ一〇)など がこれにあたる。そのほか、物権的請求権 て所有権に基づく妨害排除請求権も認められて れに対して、差止請求を認める規定がない場合に (2) によって基礎づけるほ-かない。主に公害・環境訴訟に いて、人格権または環境権等に基づいて差止請求が認め られるのかどうかが議論されてきた。とくに日照権をめ (3) ぐって差止請求訴訟が提起されることが多い。 ω 差止めを命ずる仮処分 確定前の中間的差止めとして、仮の地位を定める仮処 分(民保二三条二項)が用いられる場合がある。たとえ ば、生活妨害を理由とする差止めの仮処分、名誉やプラ イバシーを侵害する出版物の販売差止めの仮処分などが (4) これにあたる。

差止請求と独占禁止法 URL Right...(89) 差止請求と独占禁止法 ③損害賠償請求との比較 。係にはない。 (幽〕 公取委と裁判所との関係であるが、互いに排斥する関る必要がある。

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一橋論叢 第121巻第1号 平成11年(1999年)1月号(86)

差止請求と独占禁止法

はじめに

1 差止めの意義

                 (1)

 違法な侵害を止めさせる救済方法をいう。差止めは、

裁判または行政処分にようて行われる。すなわち、

 ω 裁判による差止め

 ㈲ 差止請求訴訟

 差止めが裁判によづて行われる場合、その方法は民事

訴訟による。裁判による差止めは民事上の差止請求権に

基づくが、その請求権について実定法上認められている

場合がある。たとえば、不正競争行為の差止請求権(不

正競争三条)、特許権に基づく差止請求権(特許一〇〇

条)、新株発行の差止請求権(商二八O条ノ一〇)など

大  内

義  三

がこれにあたる。そのほか、物権的請求権の一態様とし

て所有権に基づく妨害排除請求権も認められている。こ

れに対して、差止請求を認める規定がない場合には解釈

           (2)

によって基礎づけるほ-かない。主に公害・環境訴訟にお

いて、人格権または環境権等に基づいて差止請求が認め

られるのかどうかが議論されてきた。とくに日照権をめ

                  (3)

ぐって差止請求訴訟が提起されることが多い。

 ω 差止めを命ずる仮処分

 確定前の中間的差止めとして、仮の地位を定める仮処

分(民保二三条二項)が用いられる場合がある。たとえ

ば、生活妨害を理由とする差止めの仮処分、名誉やプラ

イバシーを侵害する出版物の販売差止めの仮処分などが

    (4)

これにあたる。

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(87)差止講求と独占禁止法

 ② 行政処分による差止め

 差止めが行政処分によって行われる場合がある。たと

えば、独占禁止法(以下「独禁法」という)七条がこれ

にあたる。

2 独禁法違反行為に対する執行体系

 独禁法違反行為があった場合の実現手段として、行政

                (5)

的手段・民事的手段・刑事的手段がある。とくに行政的

手段の中核である排除措置命令が独禁法執行の中心的役

割を果たしている。すなわち、独禁法に違反する行為が

行われた場合、公正取引委員会(以下「公取委」とい

う)は、違反行為を排除して競争秩序を回復するために

一定の作為または不作為を命ずることができる(独禁

七・八条の二・一七条の二・二〇条)。

 独禁法と差止めとの関係であるが、公取委は、独禁法

違反行為があづた場合、排除措置として当該行為の差止

めを命ずることができる。すなわち差止命令である。こ

れは前述した行政処分によって行われる差止めの例にあ

たる。排除措置は、制裁として課されるものではな、い。

公取委による差止命令の目的は、客観的な違法行為の差

止めである。行為者の主観的責任を問うものではないか

ら、行為者の故意・過失を必要とせず、違法の認識の有

       (6)

無とも無関係である。これに対して、差止請求に関する

規定はない。

3 本稿の目的

 エドウィン事件において、大阪地裁は、独禁法違反事

件における差止請求に言及し、この問題が注目されるよ

   (7)

うになうた。私は民事訴訟法(以下「民訴法」という)

学会において、独禁法違反事件に関して差止請求を認め

               (8)

るべきであると報告したことがあるが、当時は損害賠償

請求が独禁法における民事的救済に関する議論の中心で

 (9)

あった。ところが、最近、差止請求を肯定する見解が増

  (m)

えてきた。また民事的救済に関する研究会が発足し、差

              (H)

止請求について議論がなされている。さらに法改正の動

       (〃〕

きも報道されている。そこで、畏訴法学会報告の際には

紙幅の関係で論じら牝なかった問題もあり、その後の議

論を参考に、とくに手続面から独禁法における差止請求

           (13)

問題について検討してみたい。

二 裁判例

エドウィン事件のほかに差止請求が問題になった事例

87

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一橋論叢 第121巻 第1号 平成11年(1999年)1月号 (88)

          (M)

として、官製葉書廉売事件(大阪地判平成四・八・一三

判時一四五八号一一一頁、大阪高判平成六・一〇・一四

                    (15)

判時一五四八号六三頁)、エアーソフトガン事件(東京

地判平成九・四・九判時ニハニ九号七〇頁)、名古屋生

  (16)

コン事件(名古屋高決平成八・九・二七審決集四三巻四

八三頁)がある。

 このほか、判決では独禁法に違反するかどうかについ

て触れていないが、妨害禁止の仮処分が認められた事例

         (17)

として、白鳥生コン事件(京都地舞鶴支判昭和五五・一

                       ^㎎)

一・一九判時一〇一〇号一=一頁)、友善生コン事件

(神戸地姫路支判昭和六一二二・一〇判時二二八号一

一九頁)がある。

 私見によれば差止請求をしてもよかったと思われる事

              (19)

例として、東芝エレベーター事件(大阪地判平成二.

七・三〇判時二三ハ五号九一頁、大阪高判平成五・七・

三〇判時一四七九号二一頁)がある。

三 独禁法違反事件における差止請求の必要性

 今何故差止めなのか。一連の独禁法改正や行政主導に

対する反省による規制緩和推進計画との関係もあろう。

研究会報告によると、独禁法違反事件において差止請求

を認めるべき理由として私人のイニシアティブが強調さ

  (20)

れている。しかし、理由は多妓にわたると考えられる。

すなわち、

 ①独禁法の目的との関係

 独禁法違反行為に対して、前述のようにいくつかの実

現手段があるが、それらは、そもそも独禁法の目的実現

のために存在するものである。したがって、独禁法にお

ける差止請求の間題を考えるにあたっても、単に救済方

法としてではなく、独禁法の目的の観点から考察すべき

である。独禁法一条は法の目的を明らかにした規定であ

るが、従来、独禁法の目的は「公正かつ自由な競争の促

進」にあると解されている。しかし、一般消費者の利益

            (”)

保護もまた独禁法の目的である。差止請求を認めること

によって、公正かつ白由な競争が促進されることになる

が、消費者の利益保護にもなり、法の目的に沿うことに

なる。

 ②裁判所の役割

 独禁法の運用に関しては公取委中心主義がとられて

(22)                           、

おり、裁判所が関与するのは、公取委の審決に対して不

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(89) 差止請求と独占禁止法

服申立てがなされた場合である(独禁七七条以下)。公

取委が活動をしていても独禁法違反行為が依然跡を断た

ない。公取委に関する人員や予算にも限界があり、すべ

ての違反行為に対応することはできない。人員や予算の

問題を別にしても、公取委が違反行為に対して常に迅速

に行動し、その措置が常に適正だとはいいきれない。公

取委だけに法の運用を任せてよいのだろうか。差止めに

関する議論が盛んになってきたことには、このような背

景があるのではなかろうか。

 原告の保護に値する利益が侵害される場合、その救済

を法的に保護しなければ、権利が保障されたことにはな

らない。ところで、憲法三二条は国民に裁判所の裁判を

受ける権利を保障しており、国民は独禁法の目的実現を

裁判所に求めることになる。独禁法違反行為によって被

害を受けている者に対して救済を図るのが裁判所の役割

であり、また、国はそれにふさわしい裁判制度を整備す

    (㎜〕

る必要がある。

 公取委と裁判所との関係であるが、互いに排斥する関

   (幽〕

係にはない。

 ③損害賠償請求との比較     。

 権利侵害があった場合の被害者救済の方法に損害賠償

請求がある(独禁二五条、民七〇九条)。一回かぎりの

権利侵害の場合、損害賠償は妥当な救済方法である。し

かし、損害賠償は生じた損害を事後的に填補するもので

あり、限界がある。すなわち、権利侵害が継続的、反復

的に行われる場合、救済方法としてあまり効果的ではな

く、将来発生するおそれのあるものに対しては無力で

 (25)

ある。これに対して、差止めは被害の発生を事前に予防

するとともに、すでに発生している侵害行為の継続を抑

        (蝸)

止することにも役立つ。また、損害賠償は金銭で償うい

わば代償的なものである。これに対して、差止めはより

直載的な権利回復予段である。

 損害賠償請求の場合、周知のように、証明責任が問題

になる。最高裁は、灯油訴訟において、「損害」や「因

                   (27)

果関係」等に対して厳格な立証を要求している。この結

果、独禁法違反事件に関して損害賠償請求をしても、な

          (28)

かなか請求が認容されない。したがって、損害賠償請求

は、独禁法二五条に基づく場合であれ、民法七〇九条に

基づく場合であれ、あまり役に立っていないといわれて

(㎎)

いる。損害賠償請求制度の運用の活性化を図るための

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一橋論叢 第121巻第1号 平成11年(1999年)1月号(90〕

(30)

検討が行われた後もこの状況に変わりはない。これに対

して、差止めの場合は、排除措置命令と同様に、独禁法

違反行為の有無、あるいは、そのおそれがあるかどうか

が大きな問題である。ただし、私は損害賠償請求の場合

証明が難しいから、その代わりの制度として差止請求を

認めるべきだと解するわけではない。仮に証明ができた

としても、損害賠償請求には前述のような不十分な点が

あり、差止めも認めた方がより法の目的実現に役立ちう

るからである。

 もっとも、差止めが認められても、すでに生じた損害

                    (引)

については別に損害賠償請求を認める必要がある。

 ④ 私人の役割

 私人による法の目的実現手段として、被害者による損

害賠償請求、措置請求(独禁四五条一項)、独禁法違反

行為の無効主張がある。しかし、これらが必ずしも実効

性をもつわけではない。すなわち、損害賠償請求は、前

述のような問題がある。公取委が事件を不問処分にすれ

ば、被害者から独禁法二五条の定める損害賠償請求権行

          〔㎝〕

使の機会を奪うことになる。最高裁は、措置請求につい

て、独禁法四五条の規定は公取委の審査手続開始の職権

                (33)

・発動を促す端緒に関する規定であるとし、また独禁法違

反の契約は、公序良俗に反するとされるような場合は格

                   ^糾)

別として、直ちに無効とするぺきでないとする。そこで、

私人による差止請求が認められれば、独禁法違反行為の

抑止力となりうるし、公取委による法の執行の補完にも

 (髄)

なる。

 私人の差止請求を認める場合、問題となるのは公取委

の排除措置命令との関係である。エドウィン事件におい

て、大阪地裁は、独禁法一九条に違反する行為がある場

合について、「同法二〇条一項は、公正取引委員会がそ

の者に対して不公正な行為の差止等の措置を命じること

ができる旨定めており、このような同法の規定の趣旨か

らすると、同法一九条が私法上の差止請求権を定めたも

のではないことは明らかである」とする。確かに独禁法

二〇条は、公取委をして「違法状態の具体的かつ妥当な

収拾、排除を図るに適した内容の勧告、差止命令を出す

など弾力的な措置をとらしめることによって」独禁法の

               (36)

目的を達成することを予定している。しかし、二〇条は

公取委が不公正な取引方法を用いた事業者に対して排除

措置を命じうることを定めた規定にすぎず、公取委に関

90

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(91)差止請求と独占禁止法

するものであり、私人の差止請求を排除する規定でない

ことはその明文の示すとおりである。

四 行為類型、

対象

1 二つの類型

 独禁法違反事件において差止請求が問題になるケース

は二つに大別できるのではなかろうか。すなわち、①契

約関係にある当事者間での問題、②消費者・競争事業

者・それらの団体等(私人とはこれらを意味すると解す

る)による契約関係のない事業者に対する差止請求の問

題がこれにあたる。最近の議論は、後者、とくに競争事

業者による差止請求を念頭に置いたものと恩われるが、

両者は区別して議論すぺきであろう。

        (帥)

 ω 継続的取引契約        .

 差止めが問題になるのは、単発的な取引関係ではなく、

継続的な取引関係においてである。すなわち、たとえば

継続的取引契約があるのに相手方が商品等を提供しない

             (眺)

場合、業務に大きな被害が生じる。エドウィン事件がこ

れにあたる。この場合、継続的取引契約が成立している

こと、そして取引できる契約上の権利を有する地位が認

められるならば、その地位に基づいて履行を請求するこ

とができる。差止請求も有効な手段である。

 ② 私人による差止請求

 契約関係のない私人、すなわち、消費者・競争事業

者・それらの団体等が事業者の独禁法違反行為によって

被害を被り、差止請求する場合である。まさに私人のイ

ニシアティブによる法の目荊実現である。官製葉書廉売

事件がこれにあたる。

2 対象となる行為

 差止請求の対象となる行為の範囲は排除措置命令の対

象とほぼ同じことになろう。規定を設ける場合、一般的

な表現となるのか、特定の行為を具体的に列挙するのか

不明である。いずれにせよ違反要件の証明の問題、差止

めの必要性を考えると、不公正な取引方法が中心となり、

しかも、実際に訴えが提起されて差止請求の対象となる

行為は隈られてくるのではなかろうか。継統的取引契約

の場合には、抱合せ販売(一般指定一〇項)、再販売価

格(同=一項)、拘束条件付取引(同二二項)、優越的地

       (39)

位の濫用(同一四項)、取引妨害(同一五項)等が、私

人の中でも競争事業者の場合には、不当廉売(同六項)、

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一橋論叢 第121巻 第1号 平成11年(1999年)1月号 (92)

抱合せ販売(同一〇項)等が考えられる。消費者・消費

者団体の場合にはまずカルテルを思いつくが、灯池訴訟

における証明責任の問題を思い起こすと、訴えの提起は

困難と思われる。そこで、抱合せ販売(同一〇項)、ま

                  (仙)

た不公正な取引方法ではないが、不当表示等が考えら

(仙)

れる。

   五 法的構成

 現時点においては独禁法上差止請求を認める規定がな

いので、解釈論上の課題として、どのような法的構成に

基づいて差止請求をするかが問題になる。民事上の差止

請求権の法的根拠については、とくに公害事件の差止め

に関して議論されてきた。法的根拠は権利説と不法行為

説とに大別でき、権利説はさらに物権的請求権説、人格

           (棚)

権説、環境権説に分けられる。独禁法違反事件の場合に

ついて、不公正な取引方法の規制は不正競争防止法と関

係が深いことから、不正競争防止法の差止めに関する規

定をよりどころにして差止請求を認めるべきとする見解

      (媚)

も主張されている。しかし、不正競争防止法は独禁法と

                    (仙)

は手続、要件、効果などの点で異なる法制である。不法

行為説の中の、客観的に違法な侵害があれば差し止めう

るとする違法侵害説に立脚した方が説明しやすいのでは

   (妨)

なかろうか。

 もっとも、差止請求の理論的根拠について議論があり、

解釈論には限界がある。公害・環境訴訟においても、過

去の損害賠償請求は認めるが、差止請求について否定す

     (蝸〕

る裁判例がある。独禁法違反事件の場合、解釈により差

止めを認めることは可能と解するが、差止めに関する規

定を設け、立法によって解決するのが望ましいことはい

うまでもない。独禁法違反事件に関して差止請求の規定

を設けるにしても、それを独禁法の改正で行うのか、不

正競争防止法の改正で行うのか不明である。思うに、民

事上の差止請求に関しては、まず民訴法に一般的な規定

を置き、独禁法に同法違反事件に関する特別規定を設け

るべきであろう。しかし、今回の民訴法改正にあたり、

とくに差止請求を意識した改正がなされたわけではない。

したがって、差止請求に関する問題は依然として残づて

いる。

   六 手続上の問題点

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(93)差止請求と独占禁止法

 新たに差止請求に関する規定を設けるとした場合、そ

の要件として、①事業者の独禁法違反行為が現在客観的

に存在するか、または将来行われるおそれが大きく、か.

つ将来当該行為が繰り返されるおそれがあること、②事

業者の独禁法違反行為によって権利・利益を侵害され重

大な被害が生じたか、または被害が生じるおそれがある

こと、が考えられる。故意過失は不要である。また、特

                       (〃)

許法一〇〇条のように差止請求権者を明示すべきである。

 独禁法違反事件において差止請求を認めた場合におけ

る、立法論も合めた、若干の手続上の問題点について検

討してみたい。

 ω 仮処分

 差止諸求権の行使は、本来ならば通常の本案訴訟によ

         (蝸)

ってなされるべきである。しかし、判決を得るまでに・か

なりの日時を要するのが普通であり、その間に既成事実

が進行してしまうと、たとえ差止請求が認められたとし

ても回復できない損害が生じることがある。そこで将来-

の侵害を排除するために差止めを命ずる仮処分が利用さ

れることがある。名古屋生コン事件がこれにあたる。

 保全命令が発令されるためには、.債権者は被保全権利

と保全の必要性を疎明しなけれぱならない(民保二二条

二項)。エドウィン事件において、大阪地裁は、「Xは、

同法一九条に違反する違法性の高い行為は不法行為を構

成するとしたうえ、不法行為に基づく差止請求権を被保

全権利とする出荷停止の差止めを主張する。しかし、不

法行為は違法行為から生じた損害の填補を図ることを目

的とする制度であって、現になされている行為の差止め

や将来に予想される行為の予防を目的とするものではな

いと解すべきであるから、Yの行為が不法行為を構成す

るとしても、その効果としての差止請求権なるものが実

体法上認められない以上、これを被保全権利とする仮処

分は許されない。」「XのYに対する出荷停止の差止めを

命じる仮処分命令申立ては、被保全権利の疎明がなく失

当である」とし、不法行為に基づいて認められる差止請

求権を被保全権利とする仮処分を否定した。これは、不

法行為の効果に関する従来の通説的見解にしたがったも

   (犯)

のといえる。

 仮処分は暫定的な措置ではあるが、事実上仮処分によ

って紛争が解決する場合が多い。公害訴訟の場合、身体

生命に被害が生じることから迅速な救済が必要であり、

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一橋論叢 第121巻 第1号 平成11年(1999年)1月号 (94)

           〔m〕

仮処分の中請が多くなされた。独禁法違反事件は身体生

命に被害が生じるわけではないが、たとえぱ不当廉売や

ボイコットのように緊急を要する場合には、仮処分によ

ってその救済を求めることが増えるのではなかろうか。

被保全権利は名古屋生コン事件のように営業権が考えら

れる。規定が設けられれば、それを被保全権利とするこ

とになる。今後は保全の必要性の有無が争点になろう。

 ② 訴額

 差止請求は損害賠償請求と異なり必ずしも経済的利益

と直結しないので、非財産権上の請求として訴額を九五

                       (51〕

万円とみるべきである(民訴費四条二項、民訴八条二項)。

 ㈹ 管轄

 訴額を九五万円と解すると、第一審は地方裁判所の管

轄に属する(裁二四条一号)。したがって、差止請求は

             (朋〕

地方裁判所へ提起することになる。立法論としては、新

民訴法六条に倣い、東京地方裁判所または犬阪地方裁判

                      (鴉)

所へ提起できるとする規定を設けるべきと考えている。

 ω 訴えの利益

 一私人が差止訴訟を提起した場合でも訴えの利益があ

るのだろうか。すなわち、訴えの利益を判断するにあた

り、原告の数が問題になるのかどうかである。谷口教授

は、公害訴訟における差止講求等について、「問題とな

る利益自体が、集団的に実現されてはじめて意味をもつ

ものである場合には、その訴訟上の主張も、集団的にな

                     (別)

されなければ、訴えの利益が認められない」とする。確

かに、多くの人が団結して主張すれば、裁判所としても

認めやすい。騒音問題は、その音をうるさいと感じるか

どうかは人それぞれ異なる。しかし、独禁法違反事件の

場合、たとえぱ抱合せ販売や不当廉売の場合、私人ごと

に被害が生じるわけであるから、一消費者または一事業

者が訴えを提起することはさしつかえない。

 ⑤ 請求の趣旨

 民事訴訟では、原告が訴えにおいて範囲と判決の形式

を明らかにしないと、被告の防御権を害することになる

し、また執行裁判所も強制執行を命ずることができない

ために、請求の趣旨を特定することが必要である(民訴

一三三条二項参照)。したがって、いわゆる抽象的差止

請求の場合、訴訟物が特定されていないとして訴えが却

        (肪)

下されることが多い。しかし、独禁法違反事件の場合、

一般的抽象的には、たとえば「被告は、事業を遂行する

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(95) 差止請求と独占禁止法

にあたり、不公正な取引方法により原告に損害を与える

               (肪)

行為をしてはならないLといえようが、これを具体的な

ケースにあてはめると、エドウィン事件のように「債務

者らは債権者に対し、債権者より注文のあうた債務者ら

                     (57)

製造の衣料品の出荷を停止してはならない」となる。こ

れは仮処分事件であり、参考例にすぎないが、独禁法違

反事件の場合、請求の趣旨の特定が争点になることは少

ないと思われる。

 ㈹ 差止命令の内容

 差止判決において作為を命ずることができないかどう

かが問題になる。差止めは他人の権利を侵害する行為や

そのおそれのある行為を事前に禁止するものであり、と

くに仮処分の場合、暫定性と迅速性の要請から、通常

「一定の行為をしてはならない」と不作為を命ずること

になる。民事的救済撤度研究会報告によると、積極的な

作為義務を認めることは困難であり、「商品を供給せよ」

               (58〕

という差止命令は認められないとする。しかし、本来イ

                    (59〕

ンジャンクションとは作為命令も含むものである。たと

えぱ、阪神高速道路事件において、神戸地裁尼崎支部は

高速道路の建設工事の禁止は認めなかったが、一定の騒

音基準および騒音限度を超える騒音が発生した場合には

防音壁の設置等の措置を執り、超過騒音を防止しなけれ

       (60〕

ばならないとした。「立うてはいけない」と「座ってい

                       (61)

よ」のように、不作為義務と作為義務が同じ場合もある。

 エドウィン事件のように商品の出荷停止が問題になる

場合、「商品の出荷停止をしてはならない」という命令

と「商品を供給せよ」という命令は同じとはいえない。

売主側が出荷停止をしても、買主側に信用不安がある場

合、または背信的行為があった場合の出荷停止は正当で

 〔62)

ある。しかし、裁判の過程において、これが否定される

ならぱ商品の供給を命じてもさしつかえないのではなか

ろうか。もともと^命令とは、具体的であり、その事例

に適切なものでなけれぱならない。「商品の出荷停止を

してはならない」としても、それが将来の商品の供給に

結びつかないならば、救済措置として意味がないからで

ある。「商品を供給せよ」という命令が出された後に信

用不安等の事由が発生したならば、事情変更の原則を適

    〔63)

用すれぱよい。仮処分の場合には、事情変更による保全

                 ^胸)

命令の取消し(民保三八条)を利用できる。

 もっとも、常に作為命令を発することが可能とは恩わ

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一橋論叢 第121巻 第1号 平成11年(1999年)1月号 (96)

ない。たとえば、ローソン事件のように価格が問題にな

る場合がこれにあたる。納入業者が差止めを求めた際、

「単価OO円で納入せよ」という命令は無理ではな-かろ

 -                        〔砺〕

うか。適正な価格の判断が難しいからである。

 m 既判カ

 独禁法違反行為による被害が不特定多数の者に生じる

場合がある。そこで、判決の既判力が当事者以外の者に

も及ぶのかどうかが問題になる。民事訴訟は当事者問の

法律関係をめぐる紛争を解決するものであり、原則どお

り訴訟当事者問のみに既判カを認めれば足りる(民訴一

       (㏄〕

一五条一項一号参照)。

 ㈹ 訴訟費用

 訴訟費用に対する配慮が必要である。訴訟費用は原則

として敗訴者が負担する(民訴六一条)。私人がいわば

公取委に代わって差止請求をするようなものと考えると、

訴訟に要する費用のすべてを国が負担すべきとなるが、

国の財政を考えれぱ非現実的である。ところで、弁護士

に支払う着手金や報酬は訴訟費用には含まれていない

(民訴費二条二号)。民訴法とは異なり、弁護士費用を

訴訟費用化し、これを敗訴者に負担させる特別規定を設

     (㎝)

けるぺきである。大企業間の争いならば間題ない。しか

し、消費者や中小企業たる競争事業者の場含、訴訟費用

を考えると、訴えの提起を断念することもありうるから

である。資力を有する大企業が大弁護団を結成し、訴訟

が長期化するおそれもある。訴訟費用化すれば濫訴を防

止することにも役立つ。

 この問題に関連するが、法律扶助制度の改革もまた必

要である。

 側 執行方法

 差止命令がなされても相手方が履行しない場合、執行

方法が問題になる。相手方に与える不利益が少なく、執

行可能な方法でなけれぱならない。対象となる違反行為

を考えると、間接強制(民執一七二条)によって執行す

    ^68)

べきである。債務者の救済手段としては請求異議の訴え

(民執三五条)がある。立法論としては、命令に従わな

い場合、刑罰的処置をもって債務者を威嚇する方法もあ

りうる。

 ω 秘密保護

 訴訟となると、公開の法廷において、被告の事業活動

の何が独禁法違反なのかが議論される。このため、たと

96

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(97) 差止諸求と独占禁止法

えぱ安売り業者の商品の仕入れ先、流通経路等の事業秘

密を知りたいがために訴えを提起するという制度の悪用

のおそれがある。そこで{事業者の秘密保護に対する配

     (69〕

慮が必要になる。

七 おわりに

 独禁法違反行為がなぜ無くならないのだろうか。思う

に、次の二つの理由が考えられる。一つは独禁法に対す

る事業者の意識の問題である。たとえば、定期的に談合

を繰り返し、公取委から立入検査をされても、運が悪か

ったと考えている。これは公取委のこれまでの活動状況

の問題、活動の隈界の問題でもある。もう一つは法的な

整備が不十分なことである。差止請求制度の導入は改善

を図ることになる。しかし、差止めの規定を設けただけ

では不十分である。公正な競争確保のために、基本的に

は公取委の排除措置に委ねることになろう。したがって、

公取委には今以上の活躍が期待される。そのためには、

証券取引等監視委員会の有する権限と同様な強制調査権

       (70)

という武器を与えると同時に、公取委を監視するために

検察審査会類似の制度を設けて公取委の不問処分に対

 (71〕

処し、公取委委員には法曹界から積極的に選ぶとする人

事も必要である。刑罰をさらに強化すべきである。この

ような、いわぱ周辺環境も整備しないと効果があがらな

い。

 現行法では訴訟に関する規定(独禁七七条以下)が少

なく、独禁法違反事件における訴訟手続がわ・かりにくい

面がある。したがって、差止めに関する規定を設けるな

らぱ、単にそれのみの特別規定を置くだけでなく、訴訟

手続全体が理解できるように規定を整備すべきである。

 差止請求に関する規定が設けられれぱ、今後は、独禁

法違反の有無、そして差止めの可否が争点になる事件が

現れ、事業者側もPL法制定のときのように、独禁法違

反行為を避けるような意識改革が進むと恩われる。実際

に訴えを提起する際、個人によるよりも、共同訴訟か選

定当事者制度の利用の形をとることになるのではなかろ

(72〕

うか。もっとも、国民の裁判に対する意識、前述した費

用等を考えると、規定が設けられたからといって私人が

裁判所に救済を求めることが増え、それが認められる可

                      (㎎)

僅性が高くなるといえるか疑問がないわけではない。し

かし、そのことと差止請求制度を設けることは別問題で

97

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橋論叢 第121巻第1号 平成11年(1999年)1月号 (98)

ある。(

1) 井上治典ほか編『現代民事救済法入門』:ハ頁〔井上

 治典〕(一九九二)。

(2) 上村明広「差止請求訴訟の問題点」『民事訴訟法の争

 点〔新版〕』三二頁(一九八八)参照。

(3) 野村直之「最近の日照権裁判例とその考察」判タ六三

 〇号二頁(一九八七)参照。

(4) 雑誌の販売禁止の仮処分を認めたものとして北方ジャ

 ーナル事件がある(最判昭和六一・六・一一民集四〇巻四

 号八七二頁)。なお、松浦馨「差止請求と仮処分」ジュリ

 五〇〇号三六八頁参照。

(5) 今村成和『独占禁止法〔新版〕』二一〇頁以下(一九

 七八)。

(6) 今村・前掲書二=一貢、「排除措置命令」『現代法律百

 科大辞典』〔大内義三〕(一九九九掲載予定)参照。

(7) 継続的取引契約があるが、商品の出荷が停止されたた

 め、商品を供給して欲しいということで差止めが問題にな

 った事件である。すなわち、Xは、γ(株式会社エドウィ

 ン)、篶(リー・ジャパン株式会社)(、と篶は、その代表

 者が同一である関連会社である。以下「Y」という)両社

 から継続的にジーンズ製品(ズボン)の供給を受けていた

 (篶との問においては昭和五三年一月から、篶との間にお

 いては昭和六二年六月がら)。しかし、平成四年六月一七

 日以降、Yから製品の供給を受けられなくなった。そこで、

XはYに対して、①一定の契約内容で、継続的にジーンズ

製品の供給を受ける契約上の権利を有する地位を仮に定め、

②注文済の製品の仮引渡し、③出荷停止の仮差止めを求め

 る旨の仮処分申請をした。大阪地裁は①と②を認容したが、

③については却下した(大阪地決平成五・六二二判タ八

 二九号二三二頁)。判例批評として、三木俊博”川村哲二

 H城塚健之「独禁法違反と差止請求」自正四五巻四号五〇

 頁(一九九四)、高取真理子「判批」判タ八八二号二七四

 頁(一九九五)、拙稿「判批」『独禁法審決・判例百選〔第

 五版〕』二五四頁(一九九七)がある。

(8) 拙稿「独占禁止法の目的実現と手続」民訴四一号一九

 六頁(一九九五)。なお、報皆の元になったものとして、

 拙稿「独占禁止法における行政手続及ぴ氏事的救済」一論

 一=二巻一号六二頁(一九九五)参照。

(9) 当時、差止請求に関するものとして、川越教授の論文

 がある。川越憲治「独占禁止法違反行為に対する私人の差

 止請求」白電大学論集七巻二号八三頁(一九九三)。

(10) たとえぱ、吉田邦彦「不正な競争に関する一管見」ジ

 ュリ一〇八八号四四頁(一九九六)、田村善之「競争法に

 おける民薙規制と行政規制」ジュリ一〇八八号五六貫(一

 九九六)、山部俊文「独占禁止法五〇年」経法一八号六八

 頁(一九九七)参照。

(H) 『不公正な競争行為と氏事的救済』別冊NBL四三号

 (一九九七)、『競争環境整傭のための民事的救済』別冊N

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(99)差止請求と独占禁止法

 BL四四号(一九九七)参照。なお、〔座談会〕「規制緩和

 時代における法の実現(上)(下)」NBL六三二号四頁、

 六…二号四三頁(一九九八)参照。

(12) 読売新聞一九九八年三月二一日(二=版)付関連記事

 参照。なお、必ずしも差止めを意識したわけではないが、

 かつてアメリカのソーンバーク司法長官が、公正な競争確

 保のために目本に対して私訴制度の改善を要望したことが

 ある。読売新聞一九九〇年九月七日(二一一版)付関連記事

 参照。

(13) 一九九八年度日本経済法学会において、民法や不正競

 争防止法等の観点からの報告が予定されているからである。

(14) 私製葉書の製造販売業者らが、郵政省のお年玉付年賀

 蘂書等の販売が不当廉売に該当するとして、国に対して年

 賀葉書等の販売の差止めを請求した。裁判所は国の年賀葉

 書等の販売に違法な点はないとし、差止請求について直接

 判断していない。

(15) エアーソフトガン等の製造販売業者が、共同ボイコッ

 トをさせた日本遊戯銃協同組合等に対して妨害行為の差止

 めを請求した。東京地裁は、撤回文書配付後、妨害行為が

 継続していないとして差止請求を棄却している。

(16) 生コンクリートの製造販売業者が生コンクリート協同

 組合の間接的取引妨害に対して、妨害行為の差止めを請求

 した。名古屋高裁は仮処分中請について保全の必要性がな

 いとした。

(17) 生コンクリート・プラント新設に対する既存の生コン

 クリート製造販売業者の妨害行為について、「独占禁止法

 の規定を侯つまでもなく違法で許されない」とし、業務妨

 害禁止の仮処分申請を認めた。

(18) 生コンクリートの共同組合らが生コンクリート製造販

 売業者に対して行った業務妨害行為を違法とし、業務妨害

 禁止の仮処分中請を認めた。

(19) エレペーターが部品交換を要するほどの故障を起こし

 たが、部品の納期が三力月先とされたため昆法七〇九条に

 基づいて損害賠償を請求した事件である。これは商品の供

 給拒絶であり、エレベーターのメーカー系か独立系かによ

 って差別している。独立系保守業者の市場への参入が阻害

 されることにもなる。とくにビルを所有する会社に関する

 事件の場合、七階建ピルにエレベーターは必要な設備であ

 り、迅速な修理が要求される。完金に修理しないと乗客に

 事故が起こりうる。差止請求をしていたら認められたので

 はなかろうかo

(20) 前掲別冊NBL四三号まえがき、別冊NBL四四号序

 文参照。

(刎) 最判昭和五九・二・二四刑集三八巻四号二一八七頁

 (石油価格協定刑事事件)。

(22) たとえぱ、独禁法違反行為があった場合、公取委は審

 決により違反行為の排除を命じる。被害者が損害賠償を請

 求する場合、公取委の審決が確定していることが前提にな

 っている(独禁二六条)。さらに、刑罰の場合、公取委の

専属告発制度がとられている(独禁九六条)などがこれに

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橋論叢 第121巷第1号 平成11年(1999年)1月号(100)

 あたる。

(23) 兼子一H竹下守夫『裁判法〔第三版〕』一四六頁(一

 九九四)参照。これまで独禁法違反率件における裁判所の

 役割についてあまり議論されていなかった。しかし、差止

 請求の問題に限らず、損害賠償請求、緊急停止命令、刑事

 制裁等において裁判所の果たす役割、その際における手続

 は重要な問題である。

(24) かつて私は、公取委の存在を重視し、不問に付された

 場合にはじめて裁判所の差止めを認めるべきではないかと

 考えた。拙稿「前掲論文」一論一二二巻一号七二頁。しか

 し、論文執筆後も独禁法違反行為が跡を断たない二と、差

 止めが問題になる事件は緊急性があること、公取委と裁判

 所は互いに排斥する関係にはないこと等を考えると、次の

 ように改めたい。すなわち、

  公取委または裁判所のいずれに請求するかは当事者各自

 の自曲である。公取委に措置請求をした場合、公取委の判

 断に委ね、何らかの理由で不問に付された場合、または一

 定期問内に何らの措置もとらない場合にはじめて裁判所に

 差止請求をすることになる。

  最初に裁判所に差止請求をした場合、裁判所は独自に判

 断を下すことができる。この場合、公取委は訴訟が係属中

 であることを理由に活動を控える二とになろう。裁判所が

 請求を棄却した場合、公取委に措置請求することになる。

  現実には公取委が不問に付した事件について裁判所が差

 止請求を認めるかどうか、また裁判所が請求を棄却した事

件について公取委が排除措置命令を発するかどうかは疑問

 であり、稀かもしれないが、このように考えたい。

(25) 金はとれても青い空は戻ウてこない(前田達明『民法

 ”』二七〇頁(一九八○)参照)といわれているように、

 公害・環境間題の場合には、人々の生命・身体・健康等へ

 大きな被害を生ぜしめ、取り返しのつかない被害が発生す

 ることがある。

(26) 公害・環境訴訟の場合にも当初は損害賠償を請求して

 いたが、差止請求の形をとるようになった。『公害・環境

 判例〔第二版〕』序文八頁(一九八O)参照。

(27) 最判平成元・二一・八民集四三巻一一号=一五九頁。

(28) 損害賠償請求が認容された例として、都立芝浦屠場事

 件第一審(東京地判昭和五九・九二七判時一二一八号二

 一頁)、鶴岡灯油裁判第二審(仙台高秋田支判昭和六〇.

 三・二六判時一一四七号一九頁)、東芝エレベーター事件

 第一審(前掲大阪地判平成二・七・三〇)、同第二審(前

 掲大阪高判平成五・七・三〇)、エアーソフトガン事件第

 一審(前掲東京地判平成九・四・九)などがある。

(29) 今村成和『独占禁止法入門〔第四版〕』一八五頁以下

 (一九九三)参照。

(30) 公正取引委員会事務局編『独占禁止法の抑止カ強化と

 透明性の確保』(一九九二)参照。

(31) 拙稿「前掲論文」一論一二二巻一号七三頁参照。とこ

 ろで赤松助教授は、差止めを認めるべき理由として、損害

 賠償請求は被害者救済にとって実際上意味がなく、独禁法

001

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(101) 差止請求と独占禁止法

 違反行為の有無以外の要素で棄却されやすいことを挙げて

 いる(赤松美登里「独禁法違反と差止め請求権」F・K・

 バイヤー教授古稀記念『知的財産と競争法の理論』五六七

 頁(一九九⊥ハ))。しかし、損害賠償請求にも効用があり、

 損害賠償請求が違反行為に対してサンクシ目ンになってい

 ないわけではない。差止めに関する規定が設けられたとし

 ても、損審賠倣請求が一定の役割を果たすことは否定でき

 ない。

(32) 今村一前掲独占禁止法二四五頁。

(鍋) 最判昭和四七・一一・ニハ民集二六巻九号一五七三頁

 (エビス食品企業組合事件)。

(34) 最判昭和五二・六・二〇民集三一巻四号四四ル頁(岐

 阜商工信用組合事件)。

(35) 法の実現における私人の役割について、田中英夫11竹

 内昭夫『法の実現における私人の役割』(一九八七)参照。

 なお、私人による裁判所に対する排除措置命令請求権につ

 いて、村上政博「競争法、不正競争法における行為是正措

 置」NBL六三二号五一頁(一九九八)参照。

(36) 前掲最判昭和五二・六二一〇。

(37) 電気・ガスなどの継続的供給契約や原材料の継続的売

 買契約を合めて継続的取引契約とした。

(38) 最近、継続的取引契約の解約をめぐる事例が相次いで

 いる。多くは、いわゆる価格破壊と呼ぱれる安売り販売が

 原因になっている。たとえぱ、花王化粧品事件(東京地判

 平成六.七・一八判時一五〇〇号三頁)がこれにあたる。

 なお、柚木馨ほか編『新版注釈民法ω』八九頁以下〔岩域

 謙二〕(一九九三)参照。

(39) ローソンが納入業者に対して商晶を単価一円で納入す

 るよう要請した事件があるが、当該行為の差止めを請求す

 ることも可能であろう。朝日新聞一九九八年七月一七日

 (=二版)付関速記事参照。

(40) たとえぱ、公取委平成六・四・二〇審決集四一巻三頁

 (青山商事事件)が想起される。これについて、生駒賢治

 「最近における不当表示事件の概要」公取五二三号一一頁

 以下(一九九四)参照。

(41) 各行為に対する詳細な研究として、川越「前掲論文」

 白鴎大学論集七巻二号一〇一頁以下、前掲別冊NBL四三

 号三七頁以下参照。

  ところで、民事的救済制度研究会は、差止請求の可否を

論ずるにあたり、対象行為を「競争減殺行為」と「不正手

段行為」とに大別して検討している(前掲別冊NBL四三

号二五頁以下参照)。いずれかの行為類型に該当する場合

 には差止講求を認める必要はないとするならぱ分類する意

味がある。しかし、競争滅殺行為について差止請求を肯定

し(同書四五頁)、不正手段行為についても肯定している

(同書六七頁)。また、このように分類すると、当該行為が

二つの類型のいずれに該当するのか、同じ行為であうても

競争減殺行為であると同時に、不正手段行為にも該当する

のではないかと判断に迷うこともありえよう。さらに、独

禁法違反行為には多種多様な行為形態があり、したがって

101

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橋論叢 第121巻 第1号 平成11年(1999年)1月号 (102)

被害も多種多様なものがいりまじる。この分類は独禁法が

禁止する行為を体系化する一つの方法ではあろうが、差止

請求に関して、まず二つに分類し、その可否を検討する必

 要はないのではなかろうか。

(42) 沢井裕『公害差止の法理』一頁以下(一九七六)参照。

(43) 吉田「前掲論文」ジェリ一〇八八号四四頁、田村「前

 掲論文」ジュリ一〇八八号五六頁。

(44) 村上「前掲論文」NBL六三二号四九頁参照。

(45) 民法七〇九条・九〇条をよりどころにする。拙稿「前

 掲判批」.『独禁法審決・判例百選〔第五版〕』二五五頁参照。

(46) たとえば、最判昭和五六・二丁ニハ民集三五巻一〇

 号二三ハ九頁(犬阪空港公害訴訟)がこれにあたる。

(47) 消費者・競争壊業者・それらの団体のほかに、継続的

 取引契約関係の相手方が考えられる。消費者が訴えを提起

 することは少ないであろうが、請求権者にすることに意味

 がある。

(蝸) 竹田稔「差止請求仮処分の概況と審理手続」法時四七

 巻四号一九頁(一九七五)参照。

(49) 加藤一郎『不法行為〔増補版〕』二二二頁(一九七四)、

 好見清光「目照権の法的構造(下)」ジュリ四九四号一一

 六頁(一九七一)参照。

(50) 矢崎秀一「公害の事前差止めを求める仮処分の今日的

 課題」『新実務民事訴訟講座ω』二八一頁(一九八二)参

 照。

(51) 著作者人格権に基づく差止請求に関して、非財産権上

 の請求とした判例がある。東京高決平成五.二一.七判時

 一四八九号一五〇頁参照。

(52) 事実審理を地方裁判所が行うことになるが、民法七〇

 九条に基づく損害賠償請求でも同様であり、現行制度にお

 いてもすでに生じている現象である。

(53) 管轄は差止めだけの問題ではなく、損害賠償請求との

 整合性を保つ必要がある。ところで私は、独禁法八五条の

 立法論として、東京高等裁判所または大阪高等裁判所への

 提起を考えている。厚谷襲児ほか編『条解独占禁止法』五

 九二頁〔大内義三〕(一九九七)。これは同条一号ないし三

 号がいずれも公取委の専門的判断を前提としているからで

 ある。これに対して差止訴訟の場合は、原則である三審制

 にもどり、第一審は菓京地方裁判所または犬阪地方裁判所

 と解した。その判決に対して東京高等裁判所または大阪高

 等裁判所へ不服中立てすることになれぱ、両高等裁判所に

 集中でき、独禁法八五条の立法論に関連して、大阪高等裁

 判所へ特別部を設けることに意味があることになる。新民

 訴法六条に関して、法務省民事局参事官室編『一問一答新

 民事訴訟法』三三頁(一九九六)、三審制に関して、兼予

 H竹下・前掲書二=三頁参照。

(脳) 谷口安平「集団訴訟の諸問題」『新実務民事訴訟講座

 ㈹』一七四頁(一九八二年)。

(55) 国道四三号線公害訴訟において、神戸地裁は、被告ら

 は二酸化窒素について、一時間値の一目平均値において

 ○・〇二ppmを超えて、原告の届住敷地内に侵入させて

201

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(103) 差止諸求と独占禁止法

はならないとする請求の趣旨について、不適法として却下

した(神戸地判昭和六一・七・一七判時=一〇三号一頁)。

なお、松本博之「抽象的不作為命令を求める差止請求の適

法性」自正三四巻四号二九頁(一九八三)、上村明広「差

止請求訴訟の機能」『講座民事訴訟⑭』二七三頁(一九八

四)、藤村和夫「差止請求」判タ八五〇号四八頁(一九九

四)参照。

(56) 拙稿「前掲論文」一論一ニニ巻一号七二頁。

(57) 前掲判タ八二九号二三二頁参照。

(58) 前掲別冊NBL聖二号二二頁。

(59) 田申英夫編『英米法辞典』四四八頁(一九九一)。

(60) 神戸地尼崎支決昭和四八・五・一一判時七〇二号一八

 頁。

(61) 中野貞一郎「非金銭執行の諸問題」『新実務民事訴訟

 講座⑫』四八四頁(一九八四)参照。

(62) たとえぱ、東京地判昭和五八・三・三判時一〇八七号

 一〇一頁、大阪高判昭和五九・二・一四判夕五二五号一一

 八頁参照。我妻榮『債権各論上巻』八四頁(一九五四)参

 照。

(63) 事情変更の原則について、我妻・前掲審二五頁以下参

 照。

(64) 事情変更による保全命令の取消しについて、原井龍一

 郎ほか編『実務民事保全法』四二九頁以下(一九九一)参

 照。

(65) かつて価格引下げ命令の是非が議論されたことがある。

 この問題について、今村成和『私的独占禁止法の研究㈹』

 一八七頁(一九六九)参照。

(66) 同旨、前掲別冊NBL四三号二三頁。排除措置命令も

 受命者以外の者に義務を課するこセはないが、審決が確定

 すると、審決の名宛人のほか一般第三者も国家機関もその

 内容が適法有効なものとして承認しなけれぱならない。利

 部傭二「排除措置命令」『独占禁止法講座W』二六一頁以

 下(一九八九)。

(67) 同旨、前掲別冊NBL四四号六〇頁。弁護士費用に関

 して、田邨正義「弁謹士費用」『実務民事訴訟講座ω』一

 六二頁以下(一九六九)、中野貞一郎「弁護士費用の敗訴

 者負担」『過失の推認』二五五頁(一九七八)、〔座談会〕

 「民訴費用・弁護士報酬をめぐって」ジュリ一一二一号四

 頁(一九九七)参照。

(68) 音楽著作物の演奏に関してであるが、問接強制による

 執行の例として、大阪高決昭四四・三・一四判タニ三二号

 三四五頁参照。差止執行について、竹下守夫「救済の方

 法」『岩波講座基本法学8-紛争』二〇一頁(一九八三)、

 川嶋四郎「差止訴訟における強制執行の意義と役割」ジュ

 リ九七一号二六〇頁(一九九一)参照。

(69)秘密保護問題について、拙稿「独占禁止法における事

 業者の秘密保護について」一論一一六巻一号四〇頁(一九

 九六)参照。

(70) 拙稿「前掲論文」一論一一六巻一号五八頁注(1)参

 照。同旨、根岸哲「公正取引委員会の権限の強化」ジュリ

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Page 19: 差止請求と独占禁止法 URL Right...(89) 差止請求と独占禁止法 ③損害賠償請求との比較 。係にはない。 (幽〕 公取委と裁判所との関係であるが、互いに排斥する関る必要がある。

一橋論叢 第121巻 第1号 平成11年(1999年)1月号 (104)

 一〇八二号一四七頁(一九九六)。

(71) 田中誠二“久保欣哉『新版経済法概説〔三全訂版〕』

 四六三頁(一九九〇)参照。

(72) 多数当事者訴訟について、遠藤功ほか編『講説民事訴

 訟法』第五章〔大内義三〕、(一九九八)参照。

(73) 差止請求権の行使が権利濫用となる場合は許されない

 (民一条三号)。特許権における間題について、中山信弘編

 『注解特許法〔第二版〕上巻』八三四頁〔松本重敏〕(一九

 八九)参照。

  本稿は一九九八年一月に行われた一橋大学民事法研究会

において報告したものをまとめたものである。脱稿後、名

古屋独占禁止法研究会において報告する機会に恵まれた。

関係の諸先生方に御礼申し上げます。

追記

 校正の段階で、次の文献に接しました。『不公正な競争

行為に対する民事的救済制度のあり方』別冊NBL四九号、

内田耕作「独禁法違反行為の民事救済」法時七〇巻一〇号

三八頁、『競争秩序と民事法』経法一九号

               (愛知学泉大学教授)

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