8
X線分析の進歩 第 45 集(2014)抜刷 Advances in X-Ray Chemical Analysis, Japan, 45 (2014) アグネ技術センター ISSN 0911-7806 (公社)日本分析化学会X線分析研究懇談会 © 氷砂糖とイオン結晶の破壊における X 線と可視光の発生 横井 健,松岡駿介,今宿 晋,河合 潤 Generation of X-Rays and Visible Light by Fracturing of Crystal Sugar and Ionic Crystals Ken YOKOI, Shunsuke MATSUOKA, Susumu IMASHUKU and Jun KAWAI

Crystal Sugar and Ionic Crystals Generation of X-Rays … Sugar and Ionic Crystals Ken YOKOI, Shunsuke MATSUOKA *, Susumu IMASHUKU*and Jun KAWAI* Division of Engineering Science,

Embed Size (px)

Citation preview

X線分析の進歩 第 45 集(2014)抜刷Advances in X-Ray Chemical Analysis, Japan, 45 (2014)

アグネ技術センターISSN 0911-7806

(公社)日本分析化学会X線分析研究懇談会 ©

氷砂糖とイオン結晶の破壊における X 線と可視光の発生

横井 健,松岡駿介,今宿 晋,河合 潤

Generation of X-Rays and Visible Light by Fracturing ofCrystal Sugar and Ionic Crystals

Ken YOKOI, Shunsuke MATSUOKA, Susumu IMASHUKU and Jun KAWAI

X線分析の進歩 45 227

氷砂糖とイオン結晶の破壊におけるX線と可視光の発生

Adv. X-Ray. Chem. Anal., Japan 45, pp.227-232 (2014)

京都大学工学部物理工学科 京都府京都市左京区吉田本町 〒606-8501*京都大学大学院工学研究科材料工学専攻 京都府京都市左京区吉田本町 〒606-8501

氷砂糖とイオン結晶の破壊におけるX線と可視光の発生

横井 健,松岡駿介*,今宿 晋*,河合 潤*

Generation of X-Rays and Visible Light by Fracturing ofCrystal Sugar and Ionic Crystals

Ken YOKOI, Shunsuke MATSUOKA* , Susumu IMASHUKU* and Jun KAWAI*

Division of Engineering Science, Faculty of Engineering, Kyoto UniversitySakyo-ku, Kyoto 606-8501, Japan

*Department of Materials Science and Engineering, Kyoto UniversitySakyo-ku, Kyoto 606-8501, Japan

(Received 13 January 2014, Revised 8 February 2014, Accepted 9 February 2014)

   We investigated whether X-rays are generated or not using charging by fracturing crystalsugar, NaCl crystal, and LiCl crystal. X-rays with energy of about 4-6 keV were generated byfracturing crystal sugar, but not generated by fracturing NaCl crystal and LiCl crystal. In addition,we took photos of visible light emitted by fracturing these three materials in the air and helium.Colors of visible light emitted by fracturing these three materials were different in the air andhelium. The green visible light emitted by fracturing LiCl crystal in the air were also seen in helium.Therefore, it seems that LiCl crystal is charged at fracture. And, it seems that the green visible lightemitted by fracturing LiCl crystal is not due to charging.[Key words] Crystal sugar, NaCl crystal, LiCl crystal, Fracture, Charging, X-ray, Visible light

 破壊による帯電を利用して,氷砂糖,NaCl結晶,LiCl結晶を真空中で破壊することによってX線が発生するか調べた.氷砂糖ではX線が発生し,NaCl結晶,LiCl結晶ではX線は発生しなかった.これらの 3つの物質の大気中,ヘリウム雰囲気中での破壊による可視光を測定した.3つの物質の発光色は大気中とヘリウム雰囲気中で異なった.LiCl結晶における緑の発光色は大気中でもヘリウム雰囲気中でも見られた.緑の発光色は帯電以外によるものだと考えられる.[キーワード]氷砂糖,NaCl結晶,LiCl結晶,破壊,帯電,X線,可視光

1. はじめに

 破壊発光(Triboluminescence)とは物質の破壊の際に発光する現象である.破壊発光の最初の記録は,16世紀にイギリスの哲学者フランシス・

ベーコンが砂糖の塊をナイフで削り取るときにその発光を観測したこととされる 1).1960年代の松代群生地震の際に発光の様子が写真に撮影され,地震による石英の破壊による発光であるという説が提唱されてから,破壊発光現象が注

228 X線分析の進歩 45

氷砂糖とイオン結晶の破壊におけるX線と可視光の発生

Fig.1 Photos of (a)crystal sugar, (b) NaClcrystal, and (c) LiClcrystal.

目されるようになった 2).寺田寅彦は地震の発光について,既に1931年に過去の事例および考えられる要因について述べている 3).今日では破壊発光する物質として様々な物質が報告されており,氷砂糖4-6),石英ガラス7-9),酸化マグネシウム,アルミナ 10),フッ化リチウム,塩化ナトリウム,塩化リチウム11,12)などが報告されている.しかしながら,同じ破壊発光という現象でも物質によって発光色が異なり,氷砂糖は青く発光するのに対し石英ガラスは赤く発光する. 青く発光する氷砂糖の発光原理は帯電によるといわれており,帯電による発光は,破壊する物質が圧電性を持つ場合に顕著である.物質が破壊されたときに破断面がそれぞれプラスとマイナスに帯電し,破断面間に電場が発生し,その電場によって周囲の浮遊電子が加速され,窒素分子に衝突して窒素分子を励起する.その後,窒素分子の励起電子が低いエネルギー準位に遷移する際,エネルギー差に相当する波長を持つ青色の可視光が放出される4).また,フッ化リチウム,塩化ナトリウムの発光原理も帯電による窒素分子の励起であると言われている11). 真空中で帯電が生じた場合,X線が発生するという報告がいくつかある.寺澤は試料の帯電がPIXEのX線強度に影響を及ぼすことを初めて報告した 13).その後,寺澤は絶縁体を帯電させるだけでX線が発生することに気づき,帯電による X線発生に関して複数の特許を取得した.

Brownridgeらは,真空中で焦電結晶に温度変化を与えることで生じる帯電により,X線が発生することを報告した14).Camaraらは,真空中で粘着テープを剥がすと摩擦により粘着テープが帯電し,可視光とX線が発生することを報告した 15).河合らは絶縁体の帯電によるX線発生のための条件を明らかにすることを目的として研究を行い,1 Paのオーダーの真空度でX線が効率よく発生することを突き止めた 16). 本研究では帯電による窒素分子の励起による発光が報告されている氷砂糖および塩化ナトリウムの結晶を真空中で破壊することによりX線が発生するか調べた.また,破壊発光の報告があり,塩化ナトリウムと同じ結晶構造である塩化リチウムについても同様の実験を行った.

2. 実験方法

2.1 測定試料 本研究では氷砂糖(ショ糖),塩化ナトリウム(NaCl,純度:99.5%)および塩化リチウム(LiCl,純度:98.0%)の結晶を測定試料として用いた.氷砂糖については市販のものを用いた.NaClおよびLiClの結晶については,電気炉を用いて粉末から作製した.磁製るつぼ(外径:45 mm,高さ:36 mm)に粉末を約 50 g入れ,電気炉を用いて室温から 10℃/minで融点(NaCl:801℃,

LiCl:605℃17))以上の温度まで上昇させ,粉末を融解させた.融解を目視で確認した後,融点

(a)

1 cm

(a)

1 cm 1 cm

(b)

1 cm

(b)

1 cm

(b)

1 cm

(c)

1 cm

(c)

X線分析の進歩 45 229

氷砂糖とイオン結晶の破壊におけるX線と可視光の発生

Fig.2 (a) Photo and (b) schematic illustration of theexperimental set-up.

± 10℃の温度範囲では 1℃/minで,それ以外の温度では 5℃/minで冷却した.氷砂糖,NaClおよびLiClの結晶の写真をそれぞれFig.1に示す.

2.2 真空中での破壊によるX線検出 製作した実験装置を Fig.2aに,装置内部の模式図をFig.2bに示す.T字型のクイックカップリングの上下から 2本の銅棒(長さ:120 mm,試料室側:直径 23 mm,外側:直径 12 mm)をそれぞれ真空継手(Swagelok,ウルトラトール)に差し込み,T字型クイックカップリングの中央部で試料を挟んだ.T字型クイックカップリングの中央部に直径10 mmの穴を開けてカプトンテープで塞ぎ,X線検出窓とした. X線の検出に

はCdTe検出器(Amptek Inc., XR-100T-CdTe)を用いた.CdTe検出器の出力端子をBNCケーブルを用いて音声入力用A/Dコンバーター(Roland,

UA-101 Hi-speed USB Audio Capture)に繋ぎ,wav形式のファイルとしてコンピューターに取り込んだ.得られたwav形式のファイルを簡易X線スペクトル測定表示ソフトウェア18)Ver.1.1

を用いて電圧信号に変換した.X 線検出窓とCdTe検出器との距離は約15 mmとした.ロータリーポンプを用いて試料室の真空度を1 Pa以下とし,銅棒を上から金槌で叩き試料を破壊した.また,検出器にシリコンドリフト検出器(SDD,

Vortex EX)を用いた実験も行った.

2.3 ヘリウム雰囲気中および大気中での     破壊による可視光の測定 2.2の装置において,T字型クイックカップリングをクロス型クイックカップリングに替え,ガラス製のビューポートを取り付け,ビューポートの正面にデジタル一眼レフカメラ(ニコン , D7000)を設置し,発光を撮影した.ヘリウムガスを 400 mL/minで 5分以上流入させた後,銅棒を上から金槌で叩き試料を破壊した.試料室の容量が約 150 mLであるため,5分間のガスの流入で試料室はヘリウムガスで置換されたとみなした.また,大気中で試料を金属板に乗せ,金槌で上から直接叩いて破壊した際の発光も撮影した.撮影の際には,ISO値25600,絞り値F4.5,ホワイトバランスを色温度5000 Kとし,露光時間を 1秒とした.

3. 結果と考察

3.1  真空中での破壊によるX線検出 CdTe検出器を用いて真空中で氷砂糖,NaClおよびLiClの結晶をそれぞれ破壊したときの電圧

CdTe detector

Rotary pumpSample chamber

CdTe detector

Rotary pumpSample chamber

CdTe detectorX-ray

Copper rod

Rotary pump

Kapton tape

SampleVacuum flange

Hammer

Vacuum joint

Copper rod

Vacuum joint

CdTe detectorX-ray

Copper rod

Rotary pump

Kapton tape

SampleVacuum flange

Hammer

Vacuum joint

Copper rod

Vacuum joint

(b)

(a)

230 X線分析の進歩 45

氷砂糖とイオン結晶の破壊におけるX線と可視光の発生

信号を,試料なしで銅棒を叩いたときの電圧信号および自然放射線入射時の電圧信号とともにFig.3に示す.自然放射線が CdTe検出器に入射した際はステップ状に 1回だけ電圧変化が起こり,その後電圧は滑らかに減衰した.これは一つの放射線のみが入射したことを示している.一方,真空中で氷砂糖を破壊した場合は,電圧が複数回ステップ状に増加した.これは,複数のX線が発生したことを示し,ステップの高さから発生したX線のエネルギーを見積もると最大で45 keVであった.氷砂糖を真空中で破壊した際にX線が検出されたのは,平均自由行程が長くなるため電場が生じている区間を浮遊電子が大気中に比べ長い距離加速することができ,X線を発生させるために十分なエネルギーを持った状態で氷砂糖破断面に衝突したためと考えられる.真空中でNaCl結晶およびLiCl結晶を破壊した場合にも電圧変化は見られたが,氷砂糖を破壊した場合と異なっていた.これらの電圧変化は試料なしで金属棒を叩いたときの電圧信号と類似していた.試料なしで金属棒を叩いた際の電圧変化は,叩いた際の振動がCdTe検出器に

伝わったことによる信号である.したがって,NaCl結晶およびLiCl結晶を破壊した際には,X

線発生は確認できなかった. CdTe検出器を用いた場合,数keV程度以下のX線が検出できない.そこで,より低エネルギー側でのX線の発生を調べるため,シリコンドリフト検出器を用いた.真空中で氷砂糖を破壊した場合にはX線が検出され,7回の試行において1回当り平均13.7 countsのX線が検出された.検出された X線のエネルギーのヒストグラムをFig.4に示す.4-6 keV程度のエネルギーを持つX

線が多く検出された.一方,真空中でNaCl結晶およびLiCl結晶を破壊した場合にはX線が検出されなかった.

3.2 破壊による可視光の測定 NaClおよびLiClの結晶を真空中で破壊した場合にX線が検出されなかったのは,氷砂糖に比べて帯電量が小さかった,あるいは帯電ではない発光の可能性がある.そこで,氷砂糖,NaCl,LiClの結晶の破壊発光を撮影した.実験は大気およびヘリウム雰囲気で行った.その結果を

Fig.3 Time dependence of voltage signal of CdTedetector for crystal sugar, NaCl crystal, and LiCl crystalfractured in a vacuum. Natural radiation is shown forcomparison.

Fig.4 X-ray spectrum detected with SDD by fracturingcrystal sugar in a vacuum.

X線分析の進歩 45 231

氷砂糖とイオン結晶の破壊におけるX線と可視光の発生

Fig.5に示す.大気中では,氷砂糖は濃い青色,NaCl結晶は薄い青色,LiCl結晶は緑色に発光した.ヘリウム雰囲気では,氷砂糖,NaCl結晶の発光色が赤紫色に変化した.LiCl結晶もヘリウム雰囲気では発光色が赤紫色に変化したが,緑の発光色も確認できた. NaCl結晶は帯電による気体分子励起が発光原因である氷砂糖と同じ発光を示したが,発光強度が小さかった.この結果,NaCl結晶を破壊した際,帯電は生じるが帯電量は少なかったと

考えられる.そのため,真空中でNaCl結晶を破壊した際,エネルギーが低いX線が発生したが,検出器に届くまでに大気やカプトンテープによって減衰した可能性がある.LiCl結晶についても,ヘリウム雰囲気に置換することで氷砂糖と同じ発光色が見られたことから,帯電による気体分子励起による発光があると考えられる.また,LiCl結晶を破壊したときの緑色の発光色はヘリウム雰囲気においても見られたため,帯電による気体分子励起以外の原因によって発光

Fig.5 Photos of (a) crystal sugar in the air, (b) crystal sugar in helium, (c) NaCl crystal in the air, (d) NaCl crystalin helium, (e) LiCl crystal in the air, and (f) LiCl crystal in helium during their fracture.

232 X線分析の進歩 45

氷砂糖とイオン結晶の破壊におけるX線と可視光の発生

していると考えられ,破壊発光の原理として最も代表的な蛍光が一つの原因として考えられる19).NaCl型のように+と-の電荷が対称性良く配列している場合に,どのようなメカニズムで帯電するのか,明確に説明できないため,帯電自体が生じていない可能性もある.

4. おわりに

 氷砂糖を真空中で破壊することによりシリコンドリフト検出器では 4-6 keV程度の低エネルギー,CdTe検出器では高エネルギーのX線が検出された.NaCl結晶およびLiCl結晶を真空中で破壊してもX線は検出されなかった. NaCl結晶は大気中で破壊した際,青色に発光し,ヘリウム雰囲気中では赤紫色に発光した.これは,帯電による気体分子励起が発光原因である氷砂糖と同じ結果であったが,発光強度は氷砂糖より小さかった.一方,LiCl結晶は,大気中で破壊した際,緑色に発光し,ヘリウム雰囲気中では赤紫色と緑色の発光が見られた.NaCl

結晶やLiCl結晶は帯電による気体分子励起ではない可能性がある.

謝 辞 寺田寅彦の「地震に伴ふ發光現象に就て」という文献を教えていただいた査読者に感謝します.

参考文献 1)  F. Bacon: “Of the Advancement of Learning”,

1605, Edited by G. W. Kitchin, (1915), (J. M. Dent and

Sons, London).

2) M. Kato, Y. Mitsui, T. Yanagidani: Earth Planets

Space, 62, 489 (2010). 3) 寺田寅彦:地震に伴ふ發光現象に就て(On Lumi-

nous Phenomena Accompanying Earthquakes),東京帝国大学地震研究所彙報,第9冊第3号, 1931.9.22,pp.225-255,http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/

dspace/handle/2261/9993) 4) N. C. Eddingsaas, K. S. Suslick: Nature, 444, 163

(2006).

5) S. Aman, J. Tomas, A. Streletskii: Chinese Physics

Letters, 28, 087802 (2011). 6) J. I. Zink, G. E. Hardy, J. E. Sutton: The Journal of

Physical Chemistry, 80, 248 (1976).

7) G. N. Chapman, A. J. Walton: Journal of AppliedPhysics, 54, 5961 (1983).

8) Y. Kawaguchi: Physical Review B, 52, 9224 (1995).

9) 越水重臣,大塚二郎:砥粒加工学会誌,44, 214(2000).

10) K. Yasuda, M. Shimada, Y. Matsuo: Philosophical

Magazine A, 82, 3251 (2002).11) L. M. Belyaev, Yu. N. Martyshev: Physica status

solidi, 34, 57 (1969).

12) A. J. Walton, P. Botos: Journal of Physics E: Scien-tific Instruments, 11, 513 (1978).

13) M. Terasawa: Journal of Physical Society of Japan,

25, 1199 (1968).14) J. D. Brownridge: Nature, 358, 287-288 (1992).

15) C. G. Camara, J. V. Escober, J. R. Hird: Nature, 455,

7216 (2008).16) 河合 潤,稲田伸哉,前田邦子:X線分析の進歩,

29, 203 (1998).

17) 日本化学会:「改訂5版化学便覧基礎編」 (2004).18) 中江保一,河合 潤:X線分析の進歩,42, 255

(2011).

19) J. I. Zink: Accounts of Chemical Research, 11, 289(1978).