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熊本大学学術リポジトリ Kumamoto University Repository System Title Author(s) �, Citation �, 108(2): 132-149 Issue date 1999-04-25 Type Journal Article URL http://hdl.handle.net/2298/18691 Right (c) Tokyo Geographical Society

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熊本大学学術リポジトリ

Kumamoto University Repository System

Title ザクロ石中の拡散と変成作用の時間スケール

Author(s) 西山, 忠男

Citation 地學雜誌, 108(2): 132-149

Issue date 1999-04-25

Type Journal Article

URL http://hdl.handle.net/2298/18691

Right (c) Tokyo Geographical Society

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地学雑誌

Journal of Geography

108(2) 132-149 1999

ザクロ石中の拡散 と変成作用の時間スケール

西 山 忠 男*

Diffusion in Garnet and the Time Scale of Metamorphism

Tadao NISHIYAMA*

Abstract

This paper reviews recent advances in the analysis of diffusion in garnet in relation to

efforts to evaluate the time scale of metamorphism. First, the basic concept of diffusion in

crystals (volume diffusion) is presented to clarify the cumbersome terminology in the study

of diffusion, the usage of which is sometimes confused. Then some physical and mathemati-

cal treatments for analyzing multi-component diffusion, such as the mean-field theory and the

eigen vector analysis are discussed in detail. Finally, efforts to evaluate the time scale of

metamorphism by Ganguly et al. (1996) using a natural garnet-garnet diffusion couple is

critically discussed.

Key words : diffusion, garnet, time scale of metamorphism, mean-field theory, eigen vector

analysis

キ ー ワ ー ド: 拡 散,ザ ク ロ石,変 成 作 用 の 時 間 ス ケ ー ル,平 均 場 理 論,固 有 ベ ク トル解 析

I. は じ め に

岩石学はこ静的な状態解析の時代から動的な状態

変化の解析の時代へ移ろうとしているとい うこと

は繰 り返 し述べた(西 山,1991,1997)。 また鳥海

(1997)が 指摘 したように,相 平衡の概念に基づ

く静的状態解析の結果を鵜呑みにすることは,地

球科学の他分野へ拘束条件を提示する立場か らも,

危険である。それを危険にする一つの要因が,結

晶中の拡散である。ザクロ石を例に取ると,結 晶

中に組成累帯構造があるのが普通であ り,そ の成

因はザクロ石成長時のレーリー分別作用によって

説明 されて きた(こ れについては,坂 野 ・地井

(1976)の 総説が優れている)。 この説明の核心は,

ザクロ石中では成長の過程で拡散は起こらず,ザ

クロ石をっ くる側の緑泥石や黒雲母中などの層状

珪 酸 塩 鉱 物 中で は,拡 散 は ほ ぼ完 全 に起 こ る とい

う仮 定 に あ っ た。 こ の レー リ ー分 別 結 晶 作 用 が 盛

ん に議 論 さ れ た70年 代 前 半 で は,変 成 作 用 の 温

度 で はザ ク ロ石 中 の拡 散 は無 視 しう る とい う考 え

が 支 配 的 だ っ た よ う で あ る。 そ の 後 De Bethune

e乙al.(1975)が ザ ク ロ石 の リ ム に お け る 逆 累 帯

構 造 の成 因 を拡 散 に よ っ て説 明 し,拡 散 が 全 く起

こ らな い わ け で は な い こ とが 示 さ れ た 。 日本 で も

山本(1983)が 飛 騨 帯 の ザ ク ロ石 が後 退 変 成 作 用

時 に黒 雲 母 に部 分 的 に 置 き換 え られ た 際,拡 散 に

よ っ て 逆 累 帯 構 造 が 形 成 さ れ た こ と を示 した 。

Anderson and Buckley(1973)や Loomis (1975)

も拡 散 に よる 累帯 構 造 の成 因 を議論 したが,坂 野 ・

地 井(1976,296-297)は こ れ ら の 研 究 を次 の よ

うに 論 評 して い る 。"変 成 岩 中 で も拡 散 は起 こ っ

て い るがDeBethunee乙al.(1975)が 記 載 した

* 熊本大学理学部地球科学教室

* Department of Earth Sciences, Kumamoto University

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ような境界条件のはっきりしている場合以外 には

取 り扱うことが難 しい。それは結局garnetの 元

の組成が良 くわからないためである。その点を抜

きにしてAndersonand Buckley (1973)の よう

に拡散の数学をいじくっても意味のある議論 はで

きないだろう。最近のLoomis(1975)の 拡散論

も定量化にはほど遠い。(中 略)現 在は一般的な

拡散論を持ち込むよりも境界条件のはっ きりした

具体例を確認する方が先行すべきであると考える。"

坂野 ・地井(1976)の 優れた総説か ら23年 を

経た現在,状 況は大きく変わった。ザクロ石 中の

拡散を用いて成長累帯構造の緩和過程を議論 した

り,拡 散プロファイルと元素分配の関係 を使 って

岩体の冷却史を論 じた り,あ るいはザクロ石一ザ

クロ石拡散対の拡散プロファイルの解析か ら変成

作用の時間スケールを見積 もった り,と い った仕

事が国際誌を賑 わす ようになった。 日本か らも

Okudaira(1995)の ような優 れた仕事が現 われ

るようになった。この ような進歩の背景には,

(1)SIMSの 発達によりザクロ石中の拡散係数が

実験的に求められるようになった,(2)多 成分拡

散の取 り扱いの手法が確立されてきた,(3)モ デ

リングの手法が発達 してきた,な どの要因がある。

か くして,今 や拡散の一般論を避けて通れる時代

ではなくなって きつつある。

そこでこの総説では,ま ずザクロ石中の拡散 を

議論するのに必要かつ最小限の拡散の一般論を提

示する。次に多成分拡散を議論するために必要 な

物理的 ・数学的手法 としての平均場理論 と固有ベ

ク トル解析の方法を説明する。最後にこれらの手

法を駆使 して変成作用の時間スケールを見積 もる

ことに成功 したGangulyetal.(1996)の 仕事を

紹介 して,そ の意義 と問題点を議論することに し

たい。

II. ザクロ石中の拡散を議論するために何が

必要か?

一般に拡散プロファイルを解析するには,拡 散

係数 と拡散方程式の解法に関する知識が必要であ

る。前者については様々な種類の拡散係数の定義

があり,初 学者を混乱に陥れるに十分である。こ

れについては,次 章で整理 して述べる。後者につ

いてはCrank(1975)に 種々の初期 ・境界条件下

での解法の説明がある。しか しこれを天然 に応用

するには一工夫必要である。それはザクロ石中の

拡散が多成分系の拡散であるか らである。そ こで

以下にザクロ石中の拡散を解析する際の問題点と

それに対処する方法を簡単にまとめ,後 にそれぞ

れについて詳細に論ずることにする。

1) 実験によってつ くった濃度プ口ファイルか

ら拡散係数を求める方法

実験の場合,時 間がわかっているので,原 理的

には拡散方程式の解を用いて濃度プロファイルか

ら拡散係数を求めることができるはずである。古

典的な方法 としてボルツマ ン ・俣野の方法がある。

多成分系の場合 はη個の成分 に対 して π2個の拡

散係数が存在するので,問 題は簡単ではな くなる。

決定 しなければならない拡散係数の数を減 らす方

法 として,

a. 不可逆過程の熱力学の要請(Onsagerの 相

反定理)を 用いる方法

b. 化学拡散係数をトレーサー拡散係数で表現

する平均場の方法

c. 固有ベク トル解析によって拡散係数行列を

対角化する方法

などがある。ここではb,cに ついて後 に詳述す

る。

2) 数学的解析の手段

多成分系拡散 を解 くにはn成 分系の場合,π 個

の連立拡散方程式を解 くことになる。この問題 を

簡単化する方法として

c. 固有ベクトル解析によって拡散係数行列 を

対角化する方法

d. 実効2成 分拡散による方法

などがある。固有ベクトル解析の手法 は1)と 共

通である。

3) モデリングの方法

天然の拡散プロファイルを解析する場合 には,

時間や温度圧力条件,ま たその歴史(温 度圧力時

間史)が 不明なので適当なモデリングが必要 とな

る。まず拡散の温度圧力時間史依存性 を解析する

方法として,

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e.  非 等 温 拡 散 を等 温 拡 散 で近 似 す る方 法

が あ る 。 ま たザ ク ロ石 は黒 雲 母 と元 素 交 換 を行 な

うの で,ザ ク ロ石 の リム(結 晶 の縁)の 組 成 が 拡

散 の 境 界 条 件 と な る。 そ こで

f.  ザ ク ロ石 一黒 雲 母 間 の 元 素 分 配 係 数 の 温度

圧 力 依 存 性 と温 度 圧 力 時 間 史 を組 み 合 わ せ る

モ デ リ ン グ

が 必 要 と な る。 これ は地 質 速度 計 (Geospeedome-

try:Lasaga,1983)の 議 論 で 必 要 に な る 。 本 論

文 は 地 質 速 度 計 につ い て は述 べ ない の でfは 省 略

し,eに つ い て 後 に詳 し く述 べ る。

III.  拡 散 係 数 の 定 義

拡 散 を議 論 す る場 合 には,拡 散 の性 質 に依 存 し

て,い くつ か の種 類 の拡 散係 数 を定 義 す る必 要 が

あ る 。 以 下 に代 表 的 な拡 散係 数 の 定 義 を ま とめ て

お く。

1) 自 己拡 散 係 数(self-diffusion coefficient>

自 己拡 散 とは あ る原 子Aが 自分 自身 の結 晶格 子

中 で移 動 す る現 象 で,化 学 ポ テ ンシ ャル勾 配 は 存

在 せ ず,ラ ンダ ム ウ ォー ク に よ る原 子 の移 動 で あ

る。 移 動 の メ カニ ズ ム に は直 接 交 換,リ ン グ 機 構,

空 孔 機 構 な どが あ り,空 孔 機構 が 最 も現 実 的 と考

え られ て い る(ギ ラ ル ダ ンク,1984)。 実 験 的 に

は,均 質 な系 にお い て 放 射 性 同位 体 の 濃 度 勾 配 の

み をつ けて 拡 散 させ,係 数 を求 め る。

2) 化 学 拡 散 係 数 (chemicaldiffusion coeffi-

cient)

拡 散 が 高 濃 度 の 媒 体 中 で 起 こ る場 合,系 を構 成

す るす べ て の 成 分 の 化 学 ポ テ ン シ ャル勾 配 が 拡 散

の駆 動 力 と なる 現 象 を化 学 拡 散 とい い,そ の 係 数

を化 学 拡 散 係 数 とい う。 文 献 に よっ て は 相 互 拡 散,

相 互 拡 散 係 数 (mutualdiffusion coefficient)

と呼 ば れ る こ と もあ る が,次 に述 べ る 交 差 係 数

(Dij,i≠j)と の 混 同 を避 け る た め に こ の用 語 は用

い な い 。 ま たinterdiffusioncoefficient, ex-

changediffusioncoefficientな ど と 呼 ば れ る こ

と もあ る 。

化 学 拡 散 係 数 はn成 分 系 の 場 合,n×n個 の マ

トリ ック ス で構 成 さ れ る 。 この う ちDu(D11, D22,

な ど)は 成 分iそ れ 自身 の濃 度 勾 配 に よ る拡 散 を

記述する係数であ り,主 係数と呼ばれる。一方,

1%(i≠j)は 成分iとjの 相互作用による拡散を記

述する係数で,交 差係数と呼ばれる。これらの係

数のすべてが独立ではないことを後に示す。

3) トレーサー拡散係数(tracer diffusion co-

efficient)

文献によって定義の異なる最 も悩 ましい係数。

地球科学の火成岩関係の文献 (Hofmann, 1980;

Baker,1989な ど)で は次の定義 を用いるものが

多い。

〔定義1〕 トレーサー拡散 とは不純物原子Bが A

原子 より構成される媒体(結 晶,メ ル トなど)の

中で移動する現象。B原 子が無限に希薄な場合の

異種物質問拡散(化 学拡散)でB原 子の非常 に小

さい化学ポテンシャル勾配を駆動力 とする。希薄

な成分の濃度勾配以外には顕著な濃度勾配は存在

しないのが理想的実験条件であるが,現 実の系 で

他の成分の濃度勾配がある場合で も目的 とする成

分の濃度勾配が小さければ,ト レーサー拡散 と呼

ぶことがある。 トレーサー拡散係数は濃度勾配を

小さくした極限で自己拡散係数に近づ く。

定義1の トレーサー拡散係数はむしろ微量元素

化学拡散係数と呼んだ方が良いかもしれない。実

際Baker(1989)は"Tracer versus traceele-

mentdiffusion"と いう象徴的なタイ トルの論文

で珪酸塩メル ト(デ イサイト質ないし流紋岩質)

中の微量のSrの 化学拡散係数とSr同 位体の自己

拡散係数の違いを議論している。一方,変 成岩の文献(た とえば,Chakraborty

andGanguly,1991)で は,こ れとは異なる次の

定義を用いる場合が多い。

〔定義2〕 化学的に均質な媒体中での無限に希薄

な放射性同位元素の拡散。その係数が トレーサー

拡散係数。

この定義では定義1の 不純物原子を放射性同位

元素に限っているところが異なる。定義2の トレー

サー拡散は,拡 散物質と媒体を構成する物質が同

じである場合には自己拡散 と同義である。いずれ

の定義によっても,ト レーサー拡散係数 を自己拡

散係数 と同義に用いている文献 も多 く,こ の よう

な拡散係数を導入する意味があるのか疑問である。

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む しろ化学拡散係数(化 学ポテンシャル勾配を駆

動力とする拡散の係数)と 自己拡散係数(ラ ンダ

ムウォークによる拡散の係数)の2種 に限定 して

議論 した方がわか り易い。

4) 実効2成 分拡散係数 (EBDC: Effective

BinaryDiffusion Coeffieient)

多成分系の化学拡散において,注 目する成分以

外の成分はすべて一つの仮想的な成分 とみな して,

近似的に2成 分の化学拡散 とみなす方法を実効2

成分拡散 といい,そ のときに定義 されるみかけの

拡散係数を実効2成 分拡散係数という。

たとえば,n成 分系の成分1の 拡散流 」1を次の よ

うに書 く。

(1)

このように定義されたD1(EBDC)が 実効2成 分拡散

係数である。この定義から明らかなように,実 効

2成 分拡散係数は濃度の関数で,全 成分の初期濃

度条件に強 く依存 してその値が変わるのが欠点で

ある。 しか し多成分系の拡散実験において,濃 度

プロファイルか らボルツマン ・俣野の方法で拡散

係数を求めることができるので,地 球化学で広 く

用いられている(た とえば, Baker, 1990, 1991;

Gangulyetal., 1996; Zhangetal., 1989)。

IV.  拡散係数の温度圧力依存性

拡散係数は温度,圧 力そして場合によっては酸

素分圧に依存する。ここでは温度依存性 と圧力依

存性についてまとめておく。

1) 温度依存性

拡散係数の温度依存性は一般に

(2)

の形で与えられる。ここにQは 拡散のための活性

化エネルギー,Doは 温度 に依存 しない定数で,

温度無限大での拡散係数と解釈することがで きる。

(2) 式の理論的背景については,ジ ルファル コ

(1980,第2章)に 原了のジャンプ機構 の概念 に

基づ く統計力学的説明がある。文献 によっては

(2)のRの 代わ りにh(ボ ルツマ ン定数)を 用

いているので,注 意が必要である。いうまでもな

く,ボ ルツマン定数は気体定数をアボガ ドロ数で

割ったものであるから,そ の分活性化エネルギー

の値が変わって くる。(2)の 関係は実験的には,

拡散係数のデータを対数で取って,1/7に 対 して

プロットすることで得られる。実際,(2)を 変形

して

(3)

が得 られる。このタイプのプロットをアレニウス ・

プロットといい,こ のプロッ トで直線関係が成立

する場合をアレニウスの関係と呼ぶ。本来 はアレ

ニウス(Arrhenius,S.A.)が 化学反応の速度 と

温度 との関係について提出した関係で,今 日では

拡散係数や粘性係数などの輸送係数についても良

く成立することが知 られている。図1に ザクロ石

中の陽イオンの拡散係数のアレニウス ・プロッ ト

を示 した。(3)か ら明らかなように,図 の直線の

勾配は活性化エネルギーに比例 した量(-Q/R)

を示 し,1/7=0で の値がD0を 与える。アレニウ

スの関係 を示す直線が途中で折れ曲がる場合は,

その温度を境にして拡散のメカニズムが変わると

考えられる。一般に高温では勾配が急で低温では

勾配が小 さい。結 晶格 子中の拡 散は,点 欠陥

(pointdefect)が どのような態様でどのくらいの

頻度で存在するかに依存する。高温では点欠陥の

発生と頻度は熱的擾乱によって支配され,こ れが

拡散係数の温度依存性を決定する。このような温

度領域を固有拡散領域(intrinsicregime)と い

う。それより低温では熱的ゆらぎよりも不純物 イ

オンの存在が欠陥構造を決めるので,拡 散係数の

温度依存性が小さくなる。このような温度 領域 を

外因的拡散領域(eXtrinSiCregime)と 呼ぶ。

2) 圧力依存性

拡散係数の圧力依存性は(2)と の類推から

(4)

と書 か れ る 。 こ こ にy*は 拡 散 の た め の 活 性 化 体

積 で あ る 。Jaouletal.(1995)は カ ン ラ ン石 の

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A

B

Fe-Mg化 学拡 散 係 数 を600-900℃, 0.5-9GPaの

範 囲 で測 定 し,活 性 化 休 積 は ほ とん ど無 視 し う る

ほ ど小 さ い(1±0.9cm3mol-1)こ と を示 して い

る 。 一 方,Chakraborty and Ganguly (1991)

は ザ ク ロ石 申 の トレー サ ー拡 散 係 数 の活 性 化 体 積

を3.22±2。49(Mg)~6.04±2.93(Mn) cm3 mol-1

と見積もり,拡 散係数の圧力依存性が無視 できな

いことを論 じている。一般的には拡散係数は温度

依存性が大 きく,圧 力依存性は比較的小 さいとい

える。なお,(2)と(4)を 組み合わせて,

(5)

図1  ザ ク ロ 石 中 の 陽 イ オ ンの拡 散 係 数 の ア レニ ウス プ ロ ッ ト.

1979年 か ら1998年 ま で の 実験 デ ー タの コ ンパ イ ル.凡 例 の 番 号 は 表1の 番 号 と対 応.デ ー タ

が混 み合 っ て い る の で,2つ に分 け て示 した.Aは 表1の1,2,3,7,8,9の デ ー タ. Bは 4,

5,6の デ ー タ.

Fig. 1 The Arrhenius plot of diffusion coefficients of cations in garnets.

Compilation of experimental data from 1979 to 1998. Numbers of data in the inlet

correspond to those in Table 1. Because the data are so crowded, they are separately shown in two figures. A: data of 1, 2, 3, 7, 8 and 9 in Table 1. B: data of 4, 5 and

6 in Table 1.

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と書 くこともある。

V.  拡散係数の時間依存性

ここでいう拡散係数の時間依存性 とは,拡 散が

進行する間に温度圧力条件が変化する場合 に拡散

係数の大 きさをどのように扱えば良いか という問

題である。天然の変成岩中の鉱物の拡散 をモデ リ

ングする場合には,ど うしてもこの問題が生 じる。

実用的には拡散係数の圧力依存性は小さいとして,

温度の時間変化に対応 した拡散係数の変化 のみを

考える。酸素分圧 も一定 として考える。

拡散係数が位置の関数でない場合(濃 度の関数

でない場合)は,拡 散方程式の解(後 述)に 現わ

れるDtを 次式で定義 されるDchtで 置き換 えれば

良い(シ ューモン,1976,第1章6節; Chakra-

borty and Ganguly, 1991).

(6)

図2に 示 した よ う にD,htは 特 性 温 度7,hに お け る

拡 散 係 数D,hと 時 問 の積 で あ る。 この 方 法 を 用 い

る た め に は温 度 の 時 間履 歴 が わ か っ て い な け れ ば

な らな い 。実 際 に この方 法 で天 然 の ザ ク ロ石 中 の

拡 散 を議 論 した例 と して, Gangulyetal. (1996)

な どが あ る 。

VI.  基本的な拡散方程式の解

拡散のモデリングには偏微分方程式である拡散

方程式を解かねばならない。基本的な初期境界条

件下で の解 は既知であ る(た とえば, Crank,

1975)か ら,普 通はそれを利用すれば良い。ここ

では基本解を利用する立場から知っておかねばな

らない基礎的な概念と解法を述べる。

1) 基本概念 (Crank, 1975,第2章)

ここでは拡散方程式の解についての基本的な概

念を述べる。解の物理的な意味の説明のために発

見的解法を用いるが,何 故そのような解法 を用い

るか ということにこだわらずに読み流 してほ しい。

1次 元で拡散係数が定数の場合の最 も基本的な拡

散方程式

(7)

を考える。Aを 任意定数とする次の関数を考 える。

(8)

こ れ を微 分 して(7)に 代 入 す る と,(8)が 解 で

あ る こ とが わか る。(8)は 拡 散 の グ リー ン関 数 と

呼 ば れ る(江 沢,1987,148)。 こ の 解 はt>0の

時x=0に 関 して対 称 で,ρc=± ∞ でC=0と な る 。

t=0で は ρじ=0に お いてC=・ ・と な り,そ れ 以 外

図2  変 成 作 用 の模 式 的 な温 度 の時 間変 化 図(左).そ れ に対 応 す る拡 散 係 数 の 模 式 的 時 間 変 化

図(右).

特 性 温度7,hに お け る拡 散 係 数 の値Dchと 時 間 の積 を作 る と,そ れ が 拡 散 係 数 の 時 間 積 分

値 に対 応 す る.(ChakrabortyandGanguly,1992に よる)

Fig. 2 Schematic evolution of the metamorphic temperature (left) and the corresponding variation of the magnitude of a diffusion coefficient (right).

A product of time and the diffusion coeffcient D ch at the characteristic temperature T di corresponds to the time integral of the diffusion coefficient (after Chakraborty

and Ganguly, 1992).

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の場所ではいたるところC=0で ある。すなわち,

初めにκ=0に 無限大の濃度を有する拡散源があ

り,そ れが時間とともにx=0の 両側 に拡がって

い く様子を表わす解である(図3)。

単位断面積を持つ無限長のシリンダーの中の拡

散が(8)で 記述 されるとして,任 意定数Aを 決

めることを考えよう。このとき拡散物質の総量 M

(9)

で与えられる。ボルツマン変換

(10)

を用 い る と,

(11)

と書 け る 。 こ こ で

(12)

は ガ ウ ス積 分(キ ッテ ル,1983,付 録A)で あ る 。

(11)か ら求 め られ るAを(8)に 代 入 して

(13)

が得られる。これを面状拡散源 (plane source)

の解といい,拡 散の最 も基本的な解である。

2)拡 がりを持つ拡散源

図4に 示 したような拡が りを持つ拡散源の場合

の解を求めよう。この場合の拡散源は一∞〈κ<0

でC=C0の 濃度を有する。これを無数の線状拡散

源(上 と同じく無限長のシリンダーで考えれば面

状拡散源である)の 集合体と考え,そ の解の重ね

合わせで拡が りを有する拡散源の解を構成するこ

とを企て る。 線状 拡散源は幅 δξで"強 度"

Coδξを有するものとする。この時,線 状拡散源

から距離 ξだけ離れた点Pの 濃度は(13)か ら

図3  拡 散 の グ リー ン関 数 の 時 間発 展 図.

初 め に原 点 に無 限大 の濃 度 を有 す る拡 散 源 が

あ り,そ れ が 時 間 と と もに両 側 に拡 が っ て い

く様 子 を示 す.濃 度 は拡 散 物 質 の 総 量Mで

規 格 化 して い る.式(8)並 び に(13)に 対

応 す る.Crank(1975)のFig.2-1を3次 元

で 図示 した も の.MAPLEに よ る描 画.

Fig. 3 Evolution of the Green's function of diffusion, corresponding to equations

(8) and (13). Initially the diffusion source with an

infinite magnitude is located at the origin, then it diffuses laterally to both sides with time. Concentration is normalized by the total amount of the

diffusing substance. Three dimensional representation of Fig. 2-1 of Crank

(1975). Drawing by MAPLE.

図4  拡が りを持 つ拡散源の初期状 態.

負の側に濃 度Coの 拡散源があ る様子 を示す.

これ を無数の線状 拡散源(幅 δξ)の 集合 体

と考える.

Fig. 4 The initial state of the diffusion source

with extended distribution.

The diffusion source is located in the

negative region, which can be consid-

ered as an assemblage of an infinite

number of line source 8 4 wide.

138

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(14)

と表わされる。ここでM=Coδ ξとした。求める

解は δξを全領域で積分して

(15)

と書 か れ る 。 こ こ で η=ξ/2(Dt)1/2と 置 い た 。

(15)式 の 積 分 区 間 が わ か りに くい か も しれ な い 。

問 題 とす る点Pの 座 標 をocと す る と,Pか ら最 も

近 い 線状 拡 散 源(κ=0の 位 置 に あ る)ま で の 距

離 はx,最 も遠 い 線状 拡 散 源(一 ∞ の位 置 に あ る)

まで の 距 離 は・・で あ る。 従 って ξの 積 分 区 間 は κ

か ら・。まで と な る。(15)の 解 を 表 現 す る の に 次

の護 善 関数 を遵 入す る.

(16)

誤解の生ずる恐れのない時は,カ ッコを省略 して

eれf(2)=erf2と 書 く。この誤差関数 は初めて見る

と 「訳が分からん!」 と言いたくなる代物だが,

慣れるとその便利 さが理解できるようになる。 こ

の関数は次の性質を有する。

(17)

また余誤差関数erfc(の を次のように定義する。

(18)

これは次の関係から明らかである。

(19)

この余誤差関数を用いると,(15)の 解は次のよ

うに表現される。

(20)

この解 の特 徴 は 図5に 示 した よ う に,t>0に お い

て りσ=0で は常 にC=C0/2と な る 点 で あ る 。 誤 差

関 数 と余 誤 差 関 数 の値 は ク ラ ンク の本 や 数 学 公 式

集 な ど に表 と して与 え られて い る。 コン ピュー ター

で 計 算 す る場合 に は,MapleやMathematicaな

どの数学ソフ トで組み込み関数 として使えるもの

を利用する(FORTRAN77な どでは組み込み関

数として与えられていない)。 もし手持ちのソフ

トに誤差関数が組み込まれていない場合には,や

や面倒であるが誤差関数を級数展開して計算する

(ただし項数をどれだけ取れば良いかは自分でチェッ

クする必要がある)。 これ について は Carslaw

andJaeger(1959,AppendixII)やKahn (1990,

117)を 見よ。また前者には誤差関数の微分積分

についての解説 もあり,自 分で微分方程式を解 く

必要に迫 られた時には良い参考 となる。

岩石学でよく議論 される2種 の鉱物間の拡散の

解は,(20)で 与えられる場合が多い。 ここでは

発見的解法を用いたが,一 般的にはラプラス変換

によって拡散方程式を解 くことが行なわれる。 こ

れについてはCrank(1975)な どを参考にされた

い 。

図5  拡が りを持つ拡散源 の解の様子.

拡 散係 数が 一定 の場合,常 に原 点 で O0/2

(図では0.5)を 通 る。図では濃度 を初期 濃度

Coで 規格化 してい る.MAPLEに よる描画.

Fig. 5 Evolution of Fickian diffusion with

extended source.

When the diffusion coefficient is con-

stant, the solution always gives Co/ 2

at the origin. Concentration is normal-

ized by the initial concentration Co .

Drawing by MAPLE.

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VII. 基準系 (referenceframe) の考え方

拡散は一種の運動であるから,運 動を記述す る

には,適 当な座標系またはそれに類似 した基準 と

なるものさしが必要である。そのようなもの さし

を基準系という。基準系は問題に応 じて物理的に

適当なものを選択 しなければならない。以下に代

表的な基準系について述べる。

1) 格子固定基準系

ビーカーに入れた水の上にインクを一滴 たらし

た時のインク粒子の拡散は,ビ ーカーを外部座標

系 として,イ ンクの落ちた水面の位置からインク

粒子が拡散 した距離を計れば良い。すなわち,水

面の高 さとインクの落ちた場所は外部座標系(ビ ー

カー)に 対 して決 まり,イ ンク粒子の拡散距離は

その位置に対 して決まるというわけである。 ビー

カーの中の水が巨視的な運動(対 流など)を して

いない限りにおいて,こ の記述は妥当であろう。

このような外部座標系 に対 して拡散を記述する場

合 を格 子固定・基準系 (lattice- fixed reference

frame)と 呼ぶ。

2) 溶媒固定基準系

では火道中を流れるマグマ中のある成分の拡散

を記述するにはどうすれば良いだろうか。マグマ

自身の流れは火道を外部座標系 とすることで記述

できる。しかし,マ グマ中のある成分の拡散はマ

グマ自身の流れに相対的な運動として記述 される

べきことはす ぐにわかる。なぜならば,問 題 とす

る成分の移動速度を外部座標系に対 して測定 して

も,そ れはマグマ自身の移動速度とその成分の拡

散速度の和になっているからである。このことを

定量的に議論 してみよう。n成 分系の1次 元拡散

を考える。各成分の拡散はそれ自身ならびに他の

成分の化学ポテンシャル勾配によって駆動 される。

このとき,す べての成分の化学ポテンシャルが独

立ではないことに注意せねばならない。定温定圧

下でのギブス ・デューエムの関係式

(21)

を変 形 して(こ こ でniは 成 分iの モ ル数),

(22)

ここで(21)の 両辺を体積yで 割 り,モ ル数を容

量モル濃度に変換 した。この関係によって,拡 散

の駆動力のうち一つは他の駆動力の1次 関数とし

て表わされることがわかる。溶媒(添 字8で 表わ

す)の 化学ポテンシャル勾配をこの従属変数に取

ると,

(23)

こ こで エ ン トロ ピ ー生 成 σの概 念 を利 用 す る 。 エ

ン トロ ピー 生 成 の 詳 しい 説 明 は カチ ャル ス キ ー ・

カ ラ ン(1975,第4,7章)を 見 て ほ しい 。 こ こ で

は不 可 逆 過 程 に伴 う エ ン トロ ピ ー生 成 は,流 れ

(今 の場 合 」ε)と そ れ に共 役 な力[(-dμi/dx)/屑

の積 の和 で 表 わ され る こ と を知 って お け ば 十 分 で

あ る 。す な わ ち

(24)

ここで注意することは,流 れがすべての成分の化

学ポテンシャル勾配に駆動されるとして も,エ ン

トロピー生成は流れとそれ自身の化学ポテンシャ

ル勾配(す なわち流れと"共 役な"力)の 積の形

になっていることである。なお便宜的に温度7を

左辺に移項 している。このように定義される関数

Tσ=Φ を散逸関数と呼ぶこともある。(23)を

(24)に 代入 して整理すると

(25)

と書ける。ここで溶媒 を第n番 目の成分に取った。

(25)は(n-1)個 の独立な力(-dμi/dx)と それに

共役な(n-1)個 の流れ(JrqJs/CS)の 積 の形に

書かれている。すなわち各成分の化学ポテ ンシャ

ル勾配に共役な流れは,溶 媒に相対的な流れ

(26)

で あ る。外 部 座標 系 に対 す る各 成 分 の速 度 をu`と

す る と,Ji=qui,Js=Csosで あ るか ら,

(27)

と表現される。こうして拡散流 謬 は溶媒の速度

に相対的な溶質の速度によって決められる。 この

ような拡散流の記述を溶媒固定基準系 (SOlvent-

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fixedreferenceframe)と 呼 ぶ 。

3) 体 積 一 定 基 準 系

拡 散 の 実験 は体 積 一 定 の条 件 下 で行 な わ れ る こ と

が多 い 。 この場 合

(28)

が 成 立 す る 。 こ こでViは 成 分iの 部分 モ ル体 積 で

あ る 。(28)の 形 の拡 散 流 の 記 述 を 体 積 一 定 基 準

系(volume-fixedreferenceframe)と 呼 ぶ 。

4) そ の他 の 基 準 系

基 準 系 の取 り方 には 上記 以外 に種 々 の もの が あ

り,そ れ らの 間 の 変 換 に つ い て はdeGrootand

Mazur(1984)やBrady(1975)に 詳 しい 。 大

切 な こ とは,基 準系 の 取 り方 に よ って対 応 す る拡

散 係 数 の値 も変 わ るの で,そ れ ら を混 同 して 議 論

して はい け な い とい う点 で あ る 。 そ れ さ え注 意 す

れ ば,問 題 を記 述 す るの に最 も 自然 な(あ る い は

自分 の 目的 にあ った)基 準 系 の 取 り方 を して 構 わ

ない 。

VIII.  平 均 場 の 方 法

電 解 質 溶 液 や イ オ ン結 晶 にお け る イオ ンの 拡 散

係 数 は,平 均 場 の 方 法 に よ って トレ ーサ ー 拡 散 係

数 と関 係 づ け る こ とが で き る。 換 言 す る と,化 学

拡 散 係 数 の 値 が 知 られて い ない場合 で も トレーサ ー

拡 散 係 数(ま た は 自己 拡 散 係 数)の 値 か ら化 学 拡

散 係 数 の 値 を推 測 す る こ とが で き る 。 こ こ で は

Lasaga(1979)に 従 っ て 平 均 場 の 方 法 を 説 明 し

よ う 。

ザ ク ロ石 の よ う な珪 酸 塩 鉱 物 中の Fe2+, Mg2+,

Ca2+,Mn2+な ど の 陽 イ オ ン の 拡 散 は,Sio4四

面 体 のつ くる フ レー ム ワ ー ク の 中 の拡 散 で,構 造

の大 幅 な改 変 を伴 わ ないか ら,珪 酸 塩 フ レー ムワ ー

ク を溶 媒 に見 立 て た溶 媒 固定 基 準 系 で 記 述 で き る 。

こ の 時,独 立 な熱 力 学 的 力 は陽 イ オ ンの 化 学 ポ テ

ンシ ャル勾 配 で あ る 。 しか しイ オ ン結 晶 に お い て

は,個 々 の イ オ ンに直 接 働 く力 と して,熱 力 学 的

力 に加 え て電 気 的力(ク ー ロ ン相 互 作 用)も 考 慮

しな け れ ば な らな い 。位 置 κに あ る荷 数2jの イ オ

ンの他 のす べ て の イ オ ン との ク ー ロ ン相 互 作 用 に

よる平 均 的 な力 は 一2je(∂ Ψ/∂x)で あ る 。こ こで

Ψ は平 均 電 気 ポ テ ン シ ャル,eは 素 電荷 で あ る 。

βjeは 問 題 とす る イ オ ンの 電 気 量,一(∂ Ψ/∂ κ)

は電 場(ク ー ロ ン場)の 強 さで あ るか ら,そ の積

が ク ー ロ ン相 互 作 用 に よ る力 と な る。

こ う して問 題 とす る イ オ ン に働 く全 直 接 力 は,化

学 ポ テ ンシ ャ ル勾 配 と電 気 的 な力 の 和 と して

(29)

と書ける。この直接力によるイオンiの 流束は

(30)

と書 け る。Ciは イ オ ンの濃 度,uiは イ オ ンの 易 動

度(mobility)で,単 位 力 に よ りイ オ ン が 得 る 速

さ で あ る 。(29)を(30)に 代 入 し て1次 元 で 書

き下 す と(ベ ク トル表 記 を止 め て)

(31)

を得る。電気的中性の条件か ら

(32)

の 関係 が あ り,こ れ を用 い て ∂Ψ/∂xを 消 去 し よ

う。

(33)

とな る か ら,こ れ を(31)に 代 入 して

(34)

を得る。ここで化学ポテンシャルを濃度で表現す

ると

(35)

ここにγiは活動度係数である。この式の勾配を取っ

て,化 学ポテンシャル勾配を濃度勾配で置 き換え

よう。

(36)

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再 び 電気 的 中性 の 条件 Σni=1zici=0を用 い て 一 つ の

濃度勾配を従属変数として消去する。仮 にn番 目

の成分を従属とすると

(37)

最 後 に ネル ンス ト ・ア イ ン シ ュ タ イ ンの 式 で,イ

オ ンの 易 動 度uiと トレ ーサ ー 拡 散 係 数(ま た は 自

己 拡 散 係 数)Dlを 関係 づ け る 。

(38)

こうしてやや複雑であるが次の式を得る。

(39)

拡散流の一般的表式

(40)

と比較 して

(41)

もし理想溶液近似(γi=1)が 成立するか,活 動度

係数の勾配が存在 しない場合(∂ γi/∂x=0)に は,

次のように簡単な結果となる。

こ こで δijはク ロ ネ ッカ ー のデ ル タ(δij=1,i=j;

δij=0,i≠j)で あ る 。(42)が,わ れ わ れ が 欲 し

かった結果である。一見複雑であるが,2成 分系

の場合にはたとえば次のように簡単になる。

(43)

ただし,す べてのzi=2と した。X1とX2は 成分1

と2の モル分率である。(43)の 関係式はザクロ

石中の拡散を論 じた多 くの論文で利用 されている。

IX.  固有ベク トル解析の方法

多成分系の拡散において,交 差係数Dij(i≠j)が

無視できない場合 には,拡 散方程式は連立偏微分

方程式となり,こ れを解 くことは普通の数学の能

力しかないわれわれには絶望的なほど難しい。 と

ころが拡散係数マ トリックスを対角化することが

できると,そ れぞれの成分についての拡散方程式

を個別に解 くことができ,問 題ははるかに簡単 に

なる。このように拡散係数マ トリックスを対角化

する方法を固有ベクトル解析 という。なお,拡 散

係数マ トリックスの対角化が常に可能であること

は,数 学的に証明されている (Gupta and Coo-

per,1971)。

1) 原理の説明

ここでは3成 分系の拡散を例に取 り,固 有ベ ク

トル解析が多成分系の拡散を議論する上でいかに

有効な方法かを示そう。流れの式を1次 元で書 く

と(必 要な時以外はベク トル表示をしない),

(44)

ここで体積一定基準系を採用 し,す べての成分の

モル体積を等 しいとした。また成分3を 従属変数

とした。交差係数が0で ない場合には,(44)式

は連立偏微分方程式

(45)

を導 く。これ らの式 には2つ の組成変数C1,C2

が含まれるので,個 別に解 くことはで きない。そ

こで拡散係数が組成依存でないと仮定 して,拡 散

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係 数 マ トリ ッ クス を

(46)

のように対角化することを考える。これは常 に可

能なので,新 しい組成変数u,oを 用いて

(47)

のように表わすことができ,こ れから導かれる拡

散方程式

(48)

はuとoに つ い て 個 別 に解 くこ とが で き る。

拡 散 係 数 マ トリ ックス を対 角 化 す る と い う こ と

は,拡 散 係 数 マ トリ ックス の 固有 値 と固 有 ベ ク ト

ル を見 つ け る こ とに相 当す る(固 有 ベ ク トル解 析

につ い て はKahn(1990)の 第1章, Antonand

Rorres(1994)の 第7章,笠 原(1994)が わ か り

易 い)。

以 下 に そ の具 体 的 な手 順 を示 そ う。拡 散 係 数 マ

トリ ック スが

(49)

と書 か れ る時,ス カ ラ ー λは拡 散 係 数 マ トリ ッ ク

ス の 固有 値,縦 ベ ク トル

(50)

は,固 有 ベ ク トル と呼 ば れ る 。(49)式 の 意 味 は

明 らか で,あ る特 定 の ベ ク トルuに 拡 散 係 数 マ ト

リ ック ス を作 用 させ て で きる ベ ク トル は ベ ク トル

uの ス カ ラ ー倍 に な る(方 向 を変 え な い)と い う

こ とで あ る 。(49)は

(51)

と書 き直すことができ,行 列式

(52)

の 時 の み(51)はu=0で な い 解 を持 つ 。(52)を

特 性 方 程 式 と呼 び,展 開 して

(53)

を得る。この2次 方程式の解が固有値を与える。

(54)

従 っ て この場 合,固 有 値 は2個 あ る。 そ れ を λ1,

λ2(λ1>λ2)で 表 わそ う。 固 有 値 が 求 め られ る と

そ れ に対 応 す る 固有 ベ ク トル を次 の よ う に して 求

め る こ とが で きる 。(51)よ り

(55)

これらが等価な関係であることは,固 有値に実際

の値 を代入してみることで確認で きる。 λ1に対

応する固有ベクトルは

(56)

と求められる。8は 任意定数である。 もう一つの

固有値に対応する固有ベクトルは

(57)

と求 め られ,乙 は任 意 定 数 で あ る。

求 め られ た2つ の 固有 ベ ク トルu,oを 列 要 素

と して 持 つ マ トリ ックス[P]を

(58)

の よ う につ くる と

(59)

な る 関 係 が あ る(た と え ば, Anton and Rorres,

1994)。 こ ご ここ

(60)

で あ り,[P]一1は[P]の 逆 行 列 で あ る。 拡 散 流 の

表 式

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(61)

に 左 か ら[P]-1を か け て 右 辺 に 単 位 行 列

1=[P][P]-1を 挿 入 す る と

(62)

を得 る。 従 っ て2つ の 固 有 ベ ク トルu,oを 基 底

とす る新 しい座 標 系 で の流 れJu,Jvは

(63)

とな り,こ の基 底 ベ ク トル と濃 度 ベ ク トル C1,C2

との 関係 は

(64)

で与 え られ る 。(63)が 求 め た か っ た 関 係 (47)

に対 応 す る(Du=λ1,Dυ=λ2)。 こ う し て 拡 散

方 程 式

(65)

をそれぞれ個別に解 き,得 られた解を用いて次 の

ように元の座標系に変換すれば良い。

(66)

この 固 有 ベ ク トル 解析 に よっ て 拡 散 係 数 を決 定

す る 方 法 は最初GuptaandCooper(1971)に よっ

て 詳細 に 議 論 され た(た だ し彼 らは(58)の 右 辺

に対 応 す る マ トリ ック ス を[P]―1と して 定 義 して

い る こ とに 注 意 。 数 学 的 に は どち らで 定 義 して も

同 じ こ とだ が,後 の 式 の 表記 が異 な る 。 こ こで は

一 般 的 な 数学 書 の 定 義 に従 っ た)。

2) 実 際 の応 用

ザ ク ロ石 の 拡 散 に関 して はLoomis (1978a,b),

LoomiseTal.(1985)や Chakraborty and

Ganguly(1992),Ganguly et al.(1998)な ど,

多 くの 著 者 が この 方 法 を用 い て,実 験 で 得 られ た

拡 散 プ ロ フ ァ イル や 天 然 の拡 散 プ ロ フ ァ イ ル の モ

デ リ ン グ を行 な っ て い る 。 賢 明 な読 者 は 気 づ か れ

た と思 うが,固 有 ベ ク トル を 求 め る に は,拡 散 係

数 マ トリ ッ クス が与 え られ て い な け れ ば な ら な い 。

従 っ て,拡 散 係 数 マ トリ ック スが 確 か ら し く知 ら

れ て い る系 の場 合 は,こ の方 法 で拡 散 プ ロ フ ァ イ

ル を フ ィ ッテ ィ ング す れ ば,時 間 を求 め る こ とが

で きる 。逆 に 時 間 が与 え られ てい て,拡 散 プロ フ ァ

イ ル か ら拡 散 係 数 マ トリ ック ス を決 定 した い 場 合

に は,ま ず 拡 散 係 数 マ トリ ックス を適 当 に 仮 定 し

て 固有 ベ ク トル解 析 を行 な い,フ ィ ッテ ィ ン グす

る 。す な わ ち,拡 散 係数 マ トリ ックス をフ ィ ッテ ィ

ングパ ラ メ ー タ ー と して用 い,最 も良 い フ ィ ッテ ィ

ング を与 え る拡 散 係 数 マ トリ ク ッス を求 め る結 果

とす る 。最 初 に仮 定 す る拡 散 係 数 マ トリ ッ ク ス は

平 均 場 の方 法 に よ っ て 自 己拡 散 係 数 か ら化 学 拡 散

係 数 を見 積 もって お くな どの 方 法 が 取 られ る 。 こ

の 方 法 の詳 細 につ い て は,読 み や す くは な い が,

Loomis(1978)が 参 考 に な る 。 天 然 の プ ロ フ ァ

イ ルの 解 析 の 場 合 は,時 間 が 知 られ て い な い の で,

拡 散 係 数 の 相 対 的 大 き さ を見 積 も る こ とが で き る

だ けで あ る。 た だ し,次 章 で 述 べ る よ う に拡 散 係

数 マ トリ ッ クス を確 か ら し く推 定 で き る場 合 に は,

天 然 の プ ロ フ ァ イル か ら時 間 を見積 もる こ とが で

き る(た だ し,次 章 で は 実 効2成 分 拡 散 の 方 法 で

解 い て い る)。 なお,こ こで 述 べ た 固 有 ベ ク トル

解析 は 拡 散 係 数 マ トリ ッ クス を組 成依 存 で な い と

仮 定 す る の で,比 較 的狭 い組 成 範 囲 の拡 散 に しか

厳 密 に は 適 用 で きな い 。

X.  ザ ク ロ石 中 の 拡 散 と変 成 作 用 の

時 間 ス ケ ー ル(ケ ース ス タデ ィ)

ザ ク ロ石 中 の拡 散 を利 用 して変 成 作 用 の 時 間 ス

ケ ー ル を見 積 もる こ とが で きる 。 こ こ で は そ の よ

う な 仕 事 の 中 で 最 近 の 最 も優 れ た 例 と し て,

GangulyeTal.(1996)の 内容 を紹 介 す る。

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Gangulyた ちは Rumble and Finnerty (1974)

が記載 した被覆成長構造を持つザクロ石 に目をつ

けた。これは北米アパラチアのフェアリー花 コウ

岩(411±5Ma)の 接触変成作用によって形成 さ

れたアルマンディン質ザクロ石の核に,そ の後の

アカディア造山運動(デ ボン紀後期~石炭紀初期)

によりグロシュラール ・スペサルティン質ザ クロ

石が被覆成長したものである。被覆成長の時間ス

ケールが広域変成作用の時間スケールに比 して十

分短ければ,2種 類のザクロ石の間の拡散プロファ

イルを解析することで広域変成作用の時間スケー

ルを見積 もることができるのではないか。これが

Gangulyた ちが考えたことである。

2種 のザクロ石の間で拡散が起 こっている領域

は幅数 μmと 大変狭 く,濃 度プロファイルは分析

電顕によって検出された(図6)。 得 られた3種 の

濃度プロファイル(Fe,Ca,Mn)の うちMnの

プロファイルはあま りにも不規則なので,Feと

Caの 濃度プロファイルのみを議論する。 この濃

度プロファイルを半無限拡散対の実効2成 分拡散

の解で近似しよう。その解は(20)よ り

(67)

と書ける。ここでCi(0)は 低濃度側 の拡散対の初

期濃度で,(20)式 では0。clは 高濃度側と低濃度

側の初期濃度差である。Di(朋)は 実効2成 分拡散

係数であ り,拡 散領域内で 一定 と仮定 す る。

Di(朋)tをパラメーターとして求めたCaの 濃度プ

ロファイルを非線形最小自乗法により(67)で フィッ

ティングすると

(68)

が 最 適 解 を与 え る こ とが わ か っ た 。Feに つ い て

も同 じフ ィ ッ テ ィ ン グ を行 な い,DFE(Eb) t;7.5×

10-16m2と 全 く同 じ解 が 得 ら れ た 。 両 者 が 一 致 す

る 必 然 性 は な い の だ が,結 果 的 に はDcα(EB)=

DF,(朋)の 結 果 が 得 られ た わ け で あ る。

この 結 果(68)は 実 効2成 分 拡 散 係 数 と 時 間 の

積 の 形 に な って い る。 また(67)は 本 来,等 温 拡

散 の 式 で あ るが,変 成 作 用 の 間 は 温 度 が 変 化 して

い るの で,拡 散 係 数 も時 間 の 関 数 とな る 。 従 っ て

(67)のDi(朋)tを

(69)

と解釈する。積分区間は変成作用の継続時間(実

際には拡散が有効に働 く温度の継続時間)で ある。

このように解釈されるので,変 成作用の時間スケー

ルを見積 もるにはさらに(69)の 内容を検討 しな

ければならない。図2の ように仮想的な温度の時

間変化を考える。このときDがexp(-Q/RT)に

比例することから,拡 散係数の時間変化 は模式的

に図2の ように示 される。この曲線の下の面積が

(69)式 の右辺に対応す るわけだが,図2の 実線

で示 したように,こ の面積 と等しくなるようにあ

る特定温度T,んでの拡散係数 と時間の積 をつ くっ

てやることができる。すなわち

(70)

これは非等温拡散をT,hで の等温拡散 に置 き換え

たことになる。こうしてT,hで の実効2成 分拡散

係数の値がわかれば,(68)と(70)か ら変成作

用の継続時間がわかるということになる。

図6  Ganguly et al. (1996)が 記 載 した 天 然 の ザ

ク ロ石 ・ザ ク ロ石 拡 散 対(ア ル マ ンデ ィ ン 質

ザ ク ロ石 の核 にグ ロシュ ラー ル ・スペサ ル テ ィ

ン質 ザ ク ロ石 が被 覆 成 長 した もの)の 分 析 電

顕 に よ る拡 散 プ ロ フ ァ イ ル.

Fig. 6 Diffusion profile in the natural garnet-

garnet couple (almandine core over-grown by grossular-spessartine garnet) by ATEM after Ganguly et al. (1996).

145

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表1 ザクロ石 中の拡散係 数.

D=D0exp[-(Q+PV*)/RT]の 各 パ ラ メ ー タ ー が示 さ れ て い る.た だ し,活 性 化 体 積V*の 値

は測 定 さ れ た もの の み.単 位 系 はD(m2/s),Q(kJ/mol),V*(kJ/kb/mol)で 統 一 した.

1. Freer(1979)

Fe-Mn化 学 拡 散 係 数:ス ペ サ ル テ ィ ン ・ア ル マ ン デ ィ ン対

2. Duckworth and Freer (1981) in Freer (1981)

Fe-Mg化 学 拡 散 係 数:ア ル マ ン デ ィ ン ・パ イ ロ ー プ 対

3. Cygan and Lasaga (1985)

Mg自 己 拡 散 係 数:パ イ ロー プ上 に25Mgの 皮 膜

1023~1173K, 2kb, Ar雰 囲 気

4. Elphick, Ganguly and Loomis (1985)

Fe-Mn化 学 拡 散 係 数:ス ペ サ ル テ ィ ン ・ア ル マ ンデ ィ ン対

5. Loomis, Ganguly and Elphick (1985), Ganguly, Loomis and Elphick (1987)

トレー サ ー(自 己)拡 散 係 数:Elphick et al. (1985)の 実 験 か ら固 有 ベ ク ル 解 析 に

よる モ デ リ ン グで 求 め た 値

6. Chakraborty and Ganguly (1992)

トレー サ ー(自 己)拡 散 係 数:ス ペ サ ル テ ィ ン ・ア ル マ ン デ ィ ン対 の 実 験 か ら 固 有

ベ ク トル解 析 に よる モ デ リ ング で 求 め た値

1573~1673K, 29~43kb,C-O2雰 囲 気

7. Schwandt, Cygan and Westrich (1995)

Mg自 己 拡 散 係 数: Alm15-18 Pyr66-72Sp0-2Gr11-14に25Mgの 皮 膜

1073~1273K, 1atm, CO-CO2雰 囲 気

8. Chakraborty and Rubie (1996)

Mgト レ ー サ ー(自 己)拡 散 係 数:Alm38Pyr50Sp2Gr10に26Mgの 皮 膜

9. Ganguly, Cheng and Chakraborty (1998)

自己 拡 散 係 数:パ イ ロ ー プ ・アル マ ンデ ィ ン対 の 実 験 か ら 固 有 ベ ク トル 解 析 に よ る

モ デ リ ン グで 求 め た 値

1330~1673K, 22~40kb, C-O2雰 囲 気

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では以下にTchと その温度での実効2成 分拡散

係数を求める方法を示そう。表1に ザクロ石中の

陽イオンの拡散係数の値を示 した。これ らの活性

化エネルギーの値から,Tchと 変成作用のピーク

温度TPeakの 関係が

(71)

と推 定 さ れ る。TPeakの 値 はザ ク ロ石 一イ ル メ ナ イ

ト間 のFe-Mn分 配 温 度 計 (Pounceby et al.,

1981)を 用 い て353±15℃ と推 定 され た 。 こ う し

(72)

を得 る 。

最 後 の 問題 はT,hに お け る実 効2成 分 拡 散 係 数

DFe(EB)とDCa(EB)を 見 積 も る こ と で あ る 。 ザ ク

ロ石 をFe-Ca-Mnの3成 分 系 で 近 似 し,Mnを 従

属 変 数 に取 る と,FeとCaの 実 効2成 分 拡 散 係 数

(73)

と表 わ され る。 化 学 拡 散 係 数jDijは 平 均 場 の 方 法

に よ り,理 想 溶 液 に対 して(42)に よ っ て 計 算 で

きる。(73)は1%が 組 成 依 存 で あ る(従 っ てD

i(EB)もそ うで あ る)こ と を示 して い る が,こ こ で

は拡 散 領 域 の 中心 の 組 成X Fe=0.56, XM.=0.20,

XCa=0.24を 採 用 して,Dij,Di(EB)も 定 数 と して

扱 う 。

実 際 の計 算 にお い て は,ま ずDFeOとDMnOの 高

温 で の デ ー タ を ア レニ ウ ス の 関 係 式(3)を 用 い

て343℃ ま で外 挿 し て 求 め る 。 そ れ ぞ れ の 値 は

DFe0=2.8×10-31m2/s, DMno=1 .62×10-29m2/s

問題 はDCa0の 信 頼 で き る 実 験 デ ー タが 存 在 し な

い こ とで あ る 。 や む を 得 ず,こ こ で はDCa0を 未

知 のパ ラメ ー ター と して用 い,こ れ に任 意 の値 を

与 え,(73)に よ っ て 計 算 さ れ るDFe (EB)と

DCa(EB)の 値 が 同 じに な る時 の 値 をDCaOの 推 定 値

と した 。 図7にDCaOを 変 化 さ せ た 時 の. DFe(EB)と

DCa(EB)の 値 か ら計 算 され る変 成 作 用 の継 続 時 間 を

示 した 。 両者 が 一致 す る 時,

であ り,こ れから得 られる変成作用の継続時間は

t=47m.y.

である。Gangulyた ちはさらにザクロ石固溶体の

非理想性の効果も議論 しているが,そ の補正 を行

なって得 られる値 はT=41m.y.で 大 きく異 なら

ない。

以上のように現段階ではまだ多 くの仮定があっ

て,精 密さには問題がある。最大の問題は用いた

拡散係数の値が,実 験値(750℃ までのもの)を

343℃ まで外挿 して求められたものである点であ

る。このような低温までの外挿はどれほど確 から

しいのか,議 論の余地のあるところであろう。そ

のような問題は残っているが,固 体拡散を用いて

変成作用の時間スケールを見積 もるこの ような手

法は,方 法論的にはほぼ確立されて きた といえる

だろう。

XI.  最 後 に

変成作用の時間スケールとして得 られた数字が

図7  jDcα0を パ ラ メ ー タ ー と して 変 化 さ せ た 時 の

jDFe(EB)とDc。(EB)の 値 か ら計 算 され る 変 成 作

用 の 継 続 時 間.

Gangulyetal.(1996)に よる.

Fig. 7 Duration of the metamorphism calculated by D Fe(EB) and Dca(EB) with Dca° as a

parameter after Ganguly et al. (1996).

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どのような意味を持つのか,そ れはこzれから考 え

ていかねばならない重要な課題であろう。 しか し,

その前にわれわれはまだ沢山の事例研究を重ねて

いかねばならない。モデルのおか しな点や強引な

仮定などは,多 くの研究者がこのような問題に取

り組むことによって初めて明らかにな り,そ れに

よって改良されるのだと考える。出てきた数字を

一人歩 きさせないためには,後 発ではあるけれ ど

も,わ れわれもこのような問題に取 り組んでいか

ねばならないのではないだろうか。この総説は,

同じ問題意識を持つ若い人が,直 ちに第一線の研

究論文に取 り組めるように実践的な解説 を行なっ

たつ もりである。役に立つ と感 じて下さる方があ

れば,望 外の幸せである。

謝 辞

この総説は,現 在,坂 野昇平,小 畑正明,鳥 海光弘の

三氏と計画中の共著の教科書の原稿(西 山担当分)か ら

起こした。ご意見をいただいた三氏に感謝したい。また

宮崎一博氏には丁寧な査読をしていただいた。この総説

は,基 盤研究(B)「 高圧変成岩 岩石学 ・変形学 ・地球

化学的研究のリンク」(代表者:榎 並正樹名古屋大学助

教授)の 補助を受け,こ の基盤研究集会に参加された多

くの研究者から有益な議論を頂いたことを記して感謝す

る。また著者が拡散について勉強を始めた頃,色 々とご

教示いただいた柳 曜教授に感謝する。

文 献

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