63
中小企業白書 2011 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan 経済成長を実現する中小企業 第3部 第1部では、2011年3月11日に発生した東日本大震災により、多くの中小企業が 被災し、津波、地震による産業基盤の壊滅、工場、店舗等の損壊、原子力発電所事故に よる事業活動の停止等の甚大な被害を受け、取引先の被災による事業の停滞や消費マイ ンドの低下による小売、サービス等の販売減少による影響が全国に波及したことを示し た。第2部では、中小企業がサプライチェーンの中核を担い、地域コミュニティの支え となるなど、経済的及び社会的に重要な存在であり、中小企業の良さを守るために、急 速な景気低迷や深刻化する構造的課題への対応が必要であることを示した。 第3部では、震災の影響により、多くの中小企業が倒産、廃業を余儀なくされ、エネ ルギー供給制約、国内需要の収縮、グローバル競争の激化等の震災前からの課題がより 深刻化する中で、我が国経済が持続的に成長するためには、起業、転業により経済の新 陳代謝を促進し、労働生産性の向上、国外からの事業機会の取り込みにより、中小企業 が成長していくことが重要であることについて論じていく。

経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

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Page 1: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

中小企業白書 20112011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

経済成長を実現する中小企業第3部

 第1部では、2011年3月11日に発生した東日本大震災により、多くの中小企業が被災し、津波、地震による産業基盤の壊滅、工場、店舗等の損壊、原子力発電所事故による事業活動の停止等の甚大な被害を受け、取引先の被災による事業の停滞や消費マインドの低下による小売、サービス等の販売減少による影響が全国に波及したことを示した。第2部では、中小企業がサプライチェーンの中核を担い、地域コミュニティの支えとなるなど、経済的及び社会的に重要な存在であり、中小企業の良さを守るために、急速な景気低迷や深刻化する構造的課題への対応が必要であることを示した。 第3部では、震災の影響により、多くの中小企業が倒産、廃業を余儀なくされ、エネルギー供給制約、国内需要の収縮、グローバル競争の激化等の震災前からの課題がより深刻化する中で、我が国経済が持続的に成長するためには、起業、転業により経済の新陳代謝を促進し、労働生産性の向上、国外からの事業機会の取り込みにより、中小企業が成長していくことが重要であることについて論じていく。

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178 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章

1  オーストリアの経済学者シュムペーターは、著書「経済発展の理論」にて、「旧いものは概して自分自身のなかから新しい大躍進をおこなう力をもたない ・・・」と述べている。

●開廃業の状況 企業の誕生・消滅は日々起こっており、その動態を正確に把握することは、非常に困難である。ここでは、政府統計を用いて開廃業率を算出し、時系列比較や各国比較によって、我が国の開廃業

の傾向を捉えていく。 我が国の開廃業率を算出する方法は複数考えられるが、ここでは第3-1-1図に示された3種類の方法で開廃業率を算出し、その結果を基に、開廃業の動向について概観する。

❶ 我が国の起業の現状

 企業には、全て誕生の瞬間がある。起業後間もない揺籃期の企業は、無限の可能性に満ちた存在である。起業家は、その才能を十二分に発揮して多様な企業を創出し、市場にイノベーションをもたらすとともに、多数の雇用を創出する。こうした起業家の積極果敢な挑戦が、産

業構造に絶え間ない新陳代謝をもたらして経済成長を牽引し、多様な経済社会を創造していく。第1節では、我が国の起業の現状、起業の意義、起業の促進に向けた課題と取組について分析を行う。

第1節 我が国の起業の実態1

 戦後復興を支え、急激な事業環境の変化の中でも成長を遂げてきた我が国の企業の多くは、企業家精神にあふれる起業家によって創設され、時代の潮流に合わせて積極果敢に新分野に進出し続けてきた。パナソニック株式会社、本田技研工業株式会社、ソニー株式会社等の我が国を代表する大企業も、松下幸之助、本田宗一郎、井深大や盛田昭夫といった起業家によって誕生し、幾度の転身を経て、町工場から世界的な企業へと成長を遂げている。第1章では、我が国の企業の起業・転業活動について分析を行い、起業や転業が経済成長に大きな役割を果たしていることを論ずる。

経済成長の源泉たる中小企業

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第3部

179中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

総務省「事業所・企業統計調査」及び総務省「経済センサス-基礎調査」による算出

対象 全ての事業所及び企業(ただし、農林漁家等を除く)

母集団

統計データベースの調査年

開業率の定義

廃業率の定義

長所

短所

「事業所・企業統計調査」事業所:5,702,781事業所企業:4,210,070社(2006年、民営、非一次産業)

「経済センサス-基礎調査」(基本集計(速報))事業所:5,855,127事業所企業:4,202,630社(2009年、民営、非一次産業)

「事業所・企業統計調査」:1947年に第1回調査を実施1948年調査から1981年調査までは3年ごと、1981年以降は5年ごと(直近は2006年)※ただし、1989年及び1994年に事業所名簿整備のための調査を実施、1999年及び2004年に簡易調査を実施

「経済センサス-基礎調査」:2009年に第1回調査を実施

1986~1989年、1991~1994年、1996~1999年、1999~2001年、2001~2004年、2004~2006年の期間前回調査以降の開業事業所数(企業数)から年平均開業事業所数(企業数)を算出し、期首事業所数(企業数)で除したもの

2006~2009年2007年以降設立の開業事業所数(企業数)から年平均開業事業所数(企業数)を算出し、存続及び廃業事業所数(企業数)から算出した期首事業所数(企業数)で除したもの

上記以外事業所の開設時期から年平均開業事業所数(企業数)を算出し、期首事業所数(企業数)で除したもの

1986~1989年、1991~1994年、1996~1999年、1999~2001年、2001~2004年、2004~2006年、2006~2009年の期間前回調査以降の廃業事業所数(企業数)から年平均廃業事業所数(企業数)を算出し、期首事業所数(企業数)で除したもの

上記以外事業所の開設時期から得られる年平均開業事業所数(企業数)と年平均増加事業所数(企業数)によって年平均廃業事業所数(企業数)を算出し、期首事業所数(企業数)で除したもの

①全事業所・企業が対象(農林漁家等を除く)

②業種別動向の把握が可能

①調査の間隔が2~5年と長く、 調査期間内に開業し、次回の 調査までに廃業に至る事業所(企業)の 動向が把握できない

②統計報告徴収が調査区単位で行われるため、 調査区間の移転の際に、廃業及び開業と 捕捉される

③「事業所・企業統計調査」に関しては、 調査員の直接の確認による調査であるため、 外観から把握できない事業所(企業)は、 捕捉されない 

①毎年度の捕捉が可能

②業種別動向の把握が可能

①対象が従業員を雇っている事業所に 限定される

②企業単位の開廃業率を算出できない

①毎年の捕捉が可能

①母集団と開廃業の数値を同じ統計から 取得できない

②ペーパーカンパニーや休眠法人等が 含まれる可能性がある

③個人事業主の開廃業率が捕捉できない

当該年度に雇用関係が新規に成立した事業所数を、前年度末の雇用保険適用事業所数で除したもの

当該年度に雇用関係が消滅した事業所数を、前年度末の雇用保険適用事業所数で除したもの

毎年度 「民事・訟務・人権統計年報」:毎年「国税庁統計年報書」:毎年度

当年の会社設立の登記の件数を前年の法人数で除したもの

当年の会社開業率と当年の会社増加率の差

雇用保険の適用事業所

2,023,397事業所(2009年度末)

「民事・訟務・人権統計年報」会社設立の登記を行った法人

「国税庁統計年報書」2006年分以前各年2月1日から翌年1月31日までの間に事業年度が終了した法人数2007年度分以降翌年6月30日時点の法人数

2,841,088社(2009年6月30日)

法務省「民事・訟務・人権統計年報」及び国税庁「国税庁統計年報書」による算出

厚生労働省「雇用保険事業年報」による算出

資料:総務省「事業所・企業統計調査」、「経済センサス-基礎調査」、   厚生労働省「雇用保険事業年報」、法務省「民事・訟務・人権統計年報」、   国税庁「国税庁統計年報書」

~開廃業率は、算出方法により定義が異なるため、比較する際には注意が必要である~

第3-1-1図 開廃業率の算出方法

第1節

Page 4: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

180 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

~企業単位でも事業所単位でも、1980年代末から、開業率が廃業率を下回る状況が続く~

第3-1-2図 事業所・企業統計調査及び経済センサス-基礎調査による開廃業率 (年平均 )

 経済センサス-基礎調査では、後述のとおり、事業所・企業統計調査と比較して、開業率が過小に算出されている可能性がある(コラム3-1-1参照)。そこで経済センサス-基礎調査に移行する直前の事業所・企業統計調査に基づいて、企業の

業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っている。

1) 総務省「事業所・企業統計調査」及び「経済センサス-基礎調査」による算出

 我が国の事業所及び企業を対象とする唯一の全数調査である事業所・企業統計調査及びそれに代わって創設された経済センサス-基礎調査2によ

ると、開業率は、企業単位でも事業所単位でも1980年代から低下し、1990年代後半から持ち直したものの、近年低迷しており、依然として長期的に増加傾向にある廃業率を1980年代末から下回る状況が続いている(第3-1-2図)。

資料:総務省「事業所・企業統計調査」、「経済センサス-基礎調査」再編加工(中小企業庁試算)(注) 1. 企業数は、会社数及び個人事業所(単独事業所、本所・本社・本店、支所・支社・支店の事業所)数とする。 2. 事業所単位の開廃業率は、支所や工場の開設・閉鎖及び移転による開設・閉鎖を含む。 3. 2006年までは「事業所・企業統計調査」、2006~2009年は「経済センサス-基礎調査」に基づく。ただし、1991年までは「事業所統計調査」、   1989年は「事業所名簿整備」、1994年は「事業所名簿整備調査」として行われた。また、1999年及び2004年は簡易調査として実施された。 4. 開業率=年平均開業企業(事業所)数/期首の企業(事業所)数×100。   2006年期首の企業(事業所)数は、平成21年経済センサス-基礎調査の存続及び廃業企業(事業所)数から算出した。 5. 廃業率=年平均廃業企業(事業所)数/期首の企業(事業所)数×100。2006年期首の企業(事業所)数は、平成18年事業所・企業統計調査の数値を用いた。 6. 開業率については、開業企業(事業所)の定義が異なるため、06~09年の数値は、過去の数値と単純に比較できない。また、06~09年の数値については、   開業企業(事業所)と廃業企業(事業所)の定義の違いにより、開業率と廃業率を単純に比較できない。開廃業率の算出の詳細については、   付属統計資料4表参照。

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

7.0

8.0

0

20

10

30

40

50

5.9

60

70

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90

100

0

20

10

30

40

50

60

70

80

90

100

75

78

66

69

69

72

72

75

75

78

78

81

81

86

86~

89

89~

91

91

~94

94

96

96

99

99

01

01

04

04

06

06

09

78

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81

86

86

91

91

96

96

99

99

01

01

04

04

06

06

09

(%)

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

7.0

8.0(%) (万事業所)(万社)

(年) (年)

開業率(左軸)開業企業数(右軸)

廃業率(左軸)廃業企業数(右軸)

開業率(左軸)開業事業所数(右軸)

廃業率(左軸)廃業事業所数(右軸)

5.9

4.34.0

5.6

6.86.5

7.0

6.1

6.2 6.1

4.74.24.7 4.7

5.9

7.26.7 6.5

6.4 6.46.4

4.24.13.8

3.7

4.64.1

3.6

4.0

3.83.8

3.2 3.4

4.1

6.1 6.26.2

3.5 3.84.0

3.5

2.7

3.2 3.6 3.5

5.85.1

2.62.6

2.02.0

2  以下、経済センサス-基礎調査は、基本集計(速報)に基づく暫定のものであり、詳細集計(確報)に基づく結果とは異なる場合がある。

Page 5: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

第3部

181中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

第1節

資料:総務省「事業所・企業統計調査」再編加工(注) 1.横軸は、2004年期首の全企業(非一次産業)に占める各業種の企業の割合を示している。 2.鉱業、電気・ガス・熱供給・水道業及び複合サービス事業は、企業数が少なく、表示されていない。 3.開業率=年平均開業企業数/期首の企業数×100。 4.廃業率=年平均廃業企業数/期首の企業数×100。

不動産業

純増減15.0

10.0

5.0

0.0

5.0

10.0

15.0

(開業率、%)

(廃業率、%)

4.1 4.8 4.8 4.7

7.07.6 7.6

7.4

5.52.9

5.2 5.4 5.3 5.74.76.2 6.8 8.7

金融・保険業9.6

卸売業

製造業建設業

運輸業4.9

小売業

情報通信業15.6

サービス業(他に分類されないもの)

飲食店,宿泊業

医療,福祉

教育,学習支援業

11.5

9.7

6.3

~情報通信業、医療,福祉において、開業率が高く、廃業率を上回る~

第3-1-3図 事業所・企業統計調査による業種別の開廃業率(2004~2006年、企業単位、年平均)

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182 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

5.0

10.0

0.0

(開業率、%)

5.0

10.0

0.0

(廃業率、%)

1.3

5.1 5.9 5.9 6.26.8

4.7

8.3

5.06.5

5.3

9.3 9.5

1.1

3.9

1.6 1.7

3.2

1.23.7 3.8

2.2 2.2建設業 製造業

情報通信業

運輸業

卸売業小売業

金融・保険業

不動産業

飲食店,宿泊業

医療,福祉

教育,学習支援業

サービス業(他に分類されないもの)

建設業製造業

情報通信業運輸業

卸売業小売業

金融・保険業

不動産業

飲食店,宿泊業

医療,福祉 教育,

学習支援業

サービス業(他に分類されないもの)

1.3

2)厚生労働省「雇用保険事業年報」による算出 第3-1-4図は、雇用保険の新規適用事業所数及び廃止事業所数から算出した有雇用事業所の開廃業率を示している。開業率は、バブル崩壊後の1980年代末から急落し、低い水準で推移する一

方、廃業率は、1990年代半ばに一度下落するも、2000年代初頭には漸増して開業率を上回ったが、近年は、開業率と拮抗している。また、適用事業所数は、1980年代末、2000年代初頭及び半ばに増加している。

資料:総務省「経済センサス-基礎調査」再編加工 (中小企業庁試算 )(注) 1. 横軸は、2006年期首の全企業(非一次産業)に占める各業種の企業の割合を示している。 2. 鉱業、電気・ガス・熱供給・水道業及び複合サービス事業は、企業数が少なく、表示されていない。 3. 開業率=年平均開業企業数/期首の企業数×100。 期首の企業数は、平成21年経済センサス-基礎調査の存続及び廃業企業数から算出した。 4. 廃業率=年平均廃業企業数/期首の企業数×100。期首の企業数は、平成18年事業所・企業統計調査の数値を用いた。 5. 開業企業と廃業企業の定義の違いにより、開業率と廃業率を単純に比較できない。開廃業率の算出の詳細については、付属統計資料4表参照。

~依然として開業率は低いが、情報通信業や医療,福祉の分野で他業種と比べて開業率が高い~

コラム3-1-1図  経済センサス-基礎調査による業種別の開業率及び廃業率(2006~2009年、企業単位、年平均)

コラム3-1-1

 従来、開廃業率の算出に用いていた事業所・企業統計調査は、2006年を最後に、新しく創設された経済センサス-基礎調査に統合され、2009年に経済センサス-基礎調査の第1回調査が実施された。経済センサス-基礎調査は、①商業・法人登記等の行政記録を活用して、事業所・企業の捕捉範囲を拡大しており、また、②本社等の事業主が支所等の情報も一括して報告する本社等一括調査を導入しているため、事業所・企業統計調査と単純に比較することは適切でない。 経済センサス-基礎調査では、各事業所について、存続事業所、新設事業所、廃業事業所といった異動状況を調査しているが、それを基に2006~2009年の企業単位の業種別開廃業率(年平均)を算出すると、前掲第3-1-2図で示したように開業率が2.0%、廃業率が6.2%と、開業率が大きく低下する。これは、近年開業率が低下傾向にあることもあるが、調査手法の変更3も影響していると考えられるため、以前の開廃業率とは単純に比較はできない。しかしながら、依然として直近の開業率が低いという傾向は、変わらないといえる。また、業種別の開業率を比較すると、情報通信業や医療,福祉の分野で引き続き他業種と比べて開業率が高いことが分かる。

総務省「経済センサス-基礎調査」を用いた業種別開廃業率の算出

3  事業所・企業統計調査では、調査員が調査区内で新たに捕捉した事業所を新設事業所と定義していたのに対し、経済センサス-基礎調査では、事業所の開設時期によって新設事業所を定義している。そのため、他の調査区から移転してきた事業所について、事業所・企業統計調査では、新設事業所と捕捉されていたが、経済センサス-基礎調査では、事業所の開設時期として、移転ではなく創設の時期が調査票に記入された場合、存続事業所として捕捉されるため、従来よりも開業率が過小に算出される可能性がある。また、新たに発見された事業所についても、事業所・企業統計調査では、新設事業所と捕捉されていたが、経済センサス-基礎調査では、開設時期によって新設事業所又は存続事業所として捕捉されるため、従来よりも開業率が過小に算出され得る。

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第1節

第3部

183中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

第3-1-4図 雇用保険事業年報による開廃業率

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

7.0

8.0

(%) (事業所)

81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 090

50,000

100,000

150,000

200,000

(年度)

開業率(左軸) 廃業率(左軸) 新規適用事業所数(右軸) 廃止事業所数(右軸)

7.2

6.46.1 5.9

5.86.0

6.8

7.4

6.7

6.3

5.8

5.1

4.64.8

4.64.7

4.2

3.93.63.43.43.33.3

3.0

3.23.4

3.74.14.24.2

4.3

5.8

3.7

4.44.94.4

4.6 4.84.5 4.4

4.44.44.14.04.04.0

3.12.8

2.5

4.1

4.85.0

4.2

4.7

4.74.5

4.44.3

~2000年代初頭には廃業率が開業率を上回るも、近年は、開業率と廃業率が拮抗している~

資料:厚生労働省「雇用保険事業年報」(注) 1.開業率=当該年度に保険関係が新規に成立した事業所数/前年度末の適用事業所数×100。 2.廃業率=当該年度に保険関係が消滅した事業所数/前年度末の適用事業所数×100。 3. 適用事業所とは、労働保険の保険料の徴収等に関する法律の規定により、雇用保険に係る労働保険の保険関係が成立している事業所をいう(雇用保険法第5条)。

廃業率は、1990年代以降上昇傾向にあり、足下では開業率とほぼ同じ水準となっている。また、設立登記件数は、1980年代後半に急増、2000年代半ばに微増している(第3-1-5図)。

3) 法務省「民事・訟務・人権統計年報」及び国税庁「国税庁統計年報書」による算出

 我が国の会社数及び設立登記数から開廃業率を算出すると、開業率は、1980年代後半には上昇したものの、その後は下落傾向にある。一方で、

資料:法務省「民事・訟務・人権統計年報」、国税庁「国税庁統計年報書」(注) 1. 設立登記件数については、1955年から1960年は「登記統計年報」、1961年から1971年は「登記・訟務・人権年報」、1972年以降は「民事・訟務・人

権年報」による。 2.会社開業率=設立登記数/前年の会社数×100。 3.会社廃業率=会社開業率-会社増加率。

0.055 60 65 70 75 80 85 90 95 00 05 08

2.0

4.0

6.0

8.0

10.0

12.0

14.0

16.0

18.0

20.0

(%) (件)

0

20,000

40,000

60,000

80,000

100,000

120,000

140,000

160,000

180,000

(年)

会社開業率(左軸) 会社廃業率(左軸) 設立登記件数(右軸)

~開業率と廃業率の差は、バブル崩壊以降に縮小し、足元ではほぼ同水準である~

第3-1-5図 会社数及び設立登記件数による開廃業率

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184 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章

 以上、3種類の手法を用いて開廃業率の算出を行ったが、①特にバブル崩壊以降、開業率の低迷及び廃業率の上昇という傾向が著しい、②1980年代末のバブル期、2000年代初頭の情報通信産業の好調期、2000年代初頭からの最低資本金規制の緩和・撤廃後等、起業が特に活発に行われる時期があったと総括できる。●起業の担い手 以上では、我が国の企業や事業所の数に注目し

て、開業率・廃業率の推移を見てきたが、ここでは、総務省「就業構造基本調査」を用いて、起業の担い手の状況を概観する。 第3-1-6図によると、我が国には1979~2007年に一貫して20~30万人の起業家が誕生している。一方で、起業希望者及び起業準備者は、1990年代後半から急激に減少しているものの、2007年には100万人以上の潜在的な起業家が存在している。

経済成長の源泉たる中小企業

める割合が増加していることが分かる。60歳以上の年齢階層では、1979年以降、起業希望者に比して起業家の割合が常に高く、若年層よりも資金や経験を蓄積した60歳以上の年齢階層で、起業を実現しやすいと考えられる。

 起業希望者及び起業家を、性別及び年齢別に分解したものが第3-1-7図である。これによると、2007年には、女性及び60歳以上の起業家がそれぞれ全体の約3割を占めている。また、1979年以降、60歳以上が全体の起業希望者及び起業家に占

第3-1-6図 起業の担い手

(万人)

(年)79 82 87 92 97 02 07

0

20

40

60

80

100

120

140

160

180

200 起業希望者(うち有業者) 起業希望者(うち無業者) 起業準備者 起業家

117.4115.0

80.0

25.1

82.5

29.4

150.6

67.8

23.5

166.5

80.1

28.7

140.6

60.8

29.2

101.4

52.1

24.8

129.5

112.6

124.4

79.4

38.4

63.0

178.4

75.1

26.6

169.1 166.0

50.951.748.9

38.0

42.2

61.2

~近年減少傾向にあるが、2007年に起業家は20~30万人、起業希望者は100万人存在する~

資料:総務省「就業構造基本調査」再編加工(注) 1.起業希望者(うち有業者)とは、有業者の転職希望者のうち、「自分で事業を起こしたい」と回答した者をいう。 2.起業希望者(うち無業者)とは、無業者のうち、「自分で事業を起こしたい」と回答した者をいう。 3.起業準備者とは、起業希望者のうち、「(仕事を)探している」又は「開業の準備をしている」と回答した者をいう。 4.起業家とは、過去1年間に職を変えた又は新たに職に就いた者のうち、現在は自営業主(内職者を除く)となっている者をいう。

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第1節

第3部

185中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

●各国との比較 以上では、我が国の開業率が足下で低迷していること及び近年特に起業への意欲が減退していることを見てきたが、次に、我が国の開廃業及び起業家の状況について、国際比較による分析を行う。

 我が国の開廃業率をアメリカ、イギリスと比較したものが第3-1-8図である。国によって統計の性質が異なることに留意する必要があるが、我が国の開廃業率は、他国に比べて低い水準にある。

資料:総務省「就業構造基本調査」再編加工(注) 1. 起業希望者とは、有業者の転職希望者のうち「自分で事業を起こしたい」と回答した者及び無業者のうち「自分で事業を起こしたい」と回答した者をいう。 2.起業家とは、過去1年間に職を変えた又は新たに職に就いた者のうち、現在は自営業主(内職者を除く)となっている者をいう。

(%) (%)男性 女性 29歳以下 30歳代 40歳代 50歳代 60歳以上

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

起業希望者

起業家

起業希望者

起業家

起業希望者

起業家

起業希望者

起業家

起業希望者

起業家

起業希望者

起業家

起業希望者

起業家

起業希望者

起業家

起業希望者

起業家

起業希望者

起業家

起業希望者

起業家

起業希望者

起業家

起業希望者

起業家

起業希望者

起業家

79 82 87 92 97 02 07 79 82 87 92 97 02 07(年) (年)

31.339.8

31.042.0

28.139.0

27.239.8

25.640.4

31.634.3

30.632.3

3.3 6.6

12.3

20.2

37.1

8.44.3

8.1 4.913.5 5.9 14.2 7.4 21.1 17.1 24.6 10.9 26.9

14.910.1

16.012.7

11.912.1

17.620.1

15.2

17.1

14.2

13.5

19.919.9

21.9

20.722.1

20.524.0

20.222.4

16.719.5

16.523.1

36.7 35.136.1 27.431.6 25.226.4

22.226.5

24.825.7 26.728.5

31.7 23.7 27.6 22.1 28.7 22.4 31.6 28.1 30.2 22.3 20.4 14.817.6 16.4

60.268.7

58.069.0

61.071.9

60.272.8

59.674.4

65.768.4

67.769.4

~2007年には、女性及び60歳以上の起業家がそれぞれ全体の約3割を占める、また、近年起業家に占める60歳以上の割合が増加しており、 60歳以上は、起業希望者の割合よりも起業家の割合が高い~

第3-1-7図 起業希望者及び起業家の性別及び年齢別構成

第3-1-8図 各国の開廃業率

開業率 廃業率

日本(設立登記数) アメリカ イギリス

14.0

12.0

10.0

8.0

6.0

4.0

2.0

0.0

(%)

90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08(年)

14.0

12.0

10.0

8.0

6.0

4.0

2.0

0.0

(%)

90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08(年)

11.6

10.7

8.17.6

5.1

6.35.8

4.5 3.9

3.9 3.93.6 3.6 3.6 3.6

4.4 4.4 4.4

3.5 3.1 3.3 3.3 3.2 3.43.7 3.7

3.2

4.6 4.64.8 4.84.7 4.9

4.1 4.1

4.14.0

5.04.2

4.2 3.4 3.4 3.43.3 3.3

2.3

3.6

2.5

2.5 2.7

4.1

3.1 3.1 3.4 3.22.4

2.8

4.5

3.1

4.0 4.04.4 4.6 4.8 4.5 4.54.4 4.44.3

2.0 2.2 2.43.0

1.71.0

1.6 1.92.1

10.7

11.711.5

11.5

12.5 12.613.0

11.612.3

10.9 10.910.8

10.8 10.6

10.4

10.4

10.2 10.1

11.1

11.0

11.3 11.1

11.111.210.6 10.810.3

9.7 9.7 9.7 9.710.2 10.4

10.1

11.310.9

10.510.0 9.8

9.59.8 9.8

9.8 9.89.5 9.4 9.49.69.4 9.5

日本(有雇用事業所数)

~我が国の開廃業率は、他国に比べて低い水準にある~

資料:日本:厚生労働省「雇用保険事業年報」、法務省「民事・訟務・人権統計年報」、国税庁「国税庁統計年報書」   アメリカ:U.S. Small Business Administration 「The Small Business Economy : A Report to the President(2010)」   イギリス:Offi ce for National Statistics「Business Demography(2009)」(注) 1.アメリカの開廃業率は、雇用主(employer)の発生・消滅を基に算出。 2.イギリスの開廃業率は、VAT(付加価値税)及びPAYE(源泉所得税)登録企業数を基に算出。 3.国によって統計の性質が異なるため、単純に比較することはできない。

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186 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

起業家の地位、起業という職業選択を肯定的に捉える人も少数である。 このように、各国と比較しても、我が国では開廃業が活発とはいえず、人々の起業に対する意識も高くはないと考えられる。

 また、GEM(Global Entrepreneurship Monitor)が行った各国の人々への意識調査(第3-1-9図)によると、日本では、起業活動に関するメディアの関心が高いと考える人は多いものの、起業の機会、能力、意思があると考える人は少なく、また、

資料:Global Entrepreneurship Monitor 「2010 Global Report」

今後 6か月以内に、自分が住む地域に

起業に有利なチャンスが訪れると思うと回答した割合 日本 アメリカ イギリス

新しいビジネスを始めるために必要な知識、能力、経験を

持っていると回答した割合

起業の機会があるが、失敗することに対する恐れがあり、起業を躊躇していると回答した割合

現在は新しいビジネスを始めようとはしていないが、

今後 3年以内に新しいビジネスを

始めることを見込んでいると回答した割合

自国の人々が、新しいビジネスを始めることが望ましい職業の選択であると考えていると回答した割合

自国では、新しくビジネスを始めて成功した人は高い地位と尊敬を持つようになると回答した割合

自国では、新しいビジネスの成功物語について公共放送でしばしば

目にすると回答した割合

100 (%)

80

60

40

20

0

~我が国では、起業に対する態度や意識が全般的に否定的である~

第3-1-9図 起業活動に対する態度と意識

 以上では、開廃業の動向及び起業家の現状に関する各種統計・調査等によって、近年の我が国の起業活動が、時系列で比較しても、国際的に見ても、数字の上では低調であることを確認した。確かに、我が国では、近年起業活動が活発とはいえない状況であるが、果たして起業は、我が国の経済社会や人々にどのような影響を与えており、起業活動が盛んになることにはどのような意義や重要性があるのだろうか。以下では、起業が国民経済に与える影響を、①経済の新陳代謝と新規企業の高い成長力、②雇用の創出、③起業が生み出す社会の多様性といった三つの観点から探っていく。

● ①起業が促す経済の新陳代謝と新規企業の高い成長力 起業の意義として第一に、起業によって経済の

❷ 起業の意義新陳代謝が活発となり、革新的な技術等が市場に持ち込まれ、経済成長を牽引する成長力の高い企業が誕生するということが考えられよう。企業の参入・撤退は、日々繰り返されており、こうした企業の参入・撤退こそが、産業構造の転換やイノベーション促進の原動力となり、経済成長を支えているのではないだろうか。特に、新しい技術や製品等を携えて市場に参入する起業家は、急速に成長して既存の経済秩序を一変させ、経済成長のエンジンとなる可能性を秘めているといえよう。 第3-1-10図は、1988年以降の我が国の製造業の起業年別の事業所の割合を示したものである。これによると、2007年には1988年以降に起業された事業所が約45%を占めるなど、毎年絶え間なく新規事業所が起業されていることが分かる。

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第1節

第3部

187中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

第3-1-10図 起業年別の事業所の割合(製造業)

100(%)

(起業年)

90

80

70

60

50

40

30

20

10

87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07

88年~07年に起業45.4%

88~97年に起業17.4%

98~07年に起業28.0%

0

~製造業では、2007年に、1988年以降に起業された事業所が約45%を占める~

資料:経済産業省「工業統計表」再編加工(注) 従業者4人以上の事業所が対象。

20年後には約5割の企業が撤退しており、新規企業は、絶えず市場に参入するが、創設後の淘汰もまた厳しいことがうかがわれる。

 他方、第3-1-11図は、1980~2009年に創設された企業の創設後経過年数ごとの生存率の平均値を示したものであるが、10年後には約3割の企業が、

100 10097

938986828077757370 68 66

64 62 61 605756 54 52 51 50 49 48 47 46 46

45

47

(%)

90

80

70

60

50

400 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28

(創設後経過年数)29

資料:(株)帝国データバンク「COSMOS2企業概要ファイル」再編加工(注) 1.創設時からデータベースに企業情報が収録されている企業のみで集計。 2.1980~2009年に創設した企業の経過年数別生存率の平均値を取った。 3. 起業後、企業情報がファイルに収録されるまでに一定の時間を要し、創設後ファイルに収録されるまでに退出した企業が存在するため、

実際の生存率よりも高めに算出されている可能性がある。

~起業した後、10年後には約3割の企業が、20年後には約5割の企業が退出しており、起業後の淘汰もまた厳しい~

第3-1-11図 企業の生存率

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188 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

る実態調査4」(以下「起業実態調査」という)によると、多くの新規企業が、経営上の工夫(新技術の導入、新生産方式の導入、新商品・新サービスの開発)を有した上で起業しており、こうした企業が、イノベーションを市場にもたらしていることがうかがわれる(第3-1-12図)。

 企業の参入・撤退は、絶え間なく続くが、特に市場に新規企業が参入する際には、新技術・新生産方式の導入や新商品・新サービスの開発といったイノベーションが市場にもたらされることが考えられよう。2010年12月に中小企業庁が(株)帝国データバンクに委託して実施した「起業に関す

 特に、イノベーションの担い手として期待される企業が、大学発ベンチャーである。第3-1-13図が示すように、大学発ベンチャーは、1998年の「大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律」や、2001年の「大学発ベンチャー1,000社計画」の制定後に増加し、2008年度末時点で事業活動を行っている総数は、

1,809社となっている。中小企業白書(2009年版)では、イノベーションにおいて、顧客や一般消費者のニーズを把握することが重要である旨を示唆したが5、こうした大学発ベンチャーが、大学の潜在的な研究結果を掘り起こし、事業化することによっても、イノベーションが市場にもたらされることが期待される6。

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)

(%)

7.63.4

24.4

6.73.03.0

12.2

20.8

11.0

2.1 1.63.9 3.8

0.92.73.04.51.3

11.0

31.8

10.5

26.3

9.1 9.1

4.15.7

28.7

3.9

22.8

4.8

11.9

5.72.1

05101520253035404550

業界内において、新技術を導入した 業界内において、新生産方式を導入した 業界内において、新商品・新サービスを開発した

全体

建設業

製造業

情報通信業

運輸業

卸売業

小売業

金融業、保険業

不動産業

一般消費者向け

サービス業

飲食店

教育、学習支援業

医療、福祉

企業・

官公庁向け

サービス業

1.6

11.48.3

26.8

4.6

33.2

5.3

44.7

3.9

9.813.8

3.80.9

20.1

30.0

2.73.00.0

4.51.3

3.4

~多くの新規企業が市場に新技術、新生産方式、新商品・新サービスを導入・開発している~

第3-1-12図 起業に際しての経営上の工夫

4  中小企業庁の委託により(株)帝国データバンクが実施。2010年12月に2001年以降に起業された企業10,000社を対象に実施したアンケート調査。回収率25.8%。東日本大震災前の調査であることに留意が必要である。

5  中小企業白書(2009年版)p.74~75を参照。6  ただし、経済産業省委託「大学発ベンチャーに関する基礎調査」(2009年2月、(株)日本経済研究所)によると、2年分のデータが取得できた大学発ベンチャーにつき、1社当たりの直近及び前年の営業利益は赤字となっており、大学発ベンチャーが必ずしも高い成長を示しているわけではないと考えられる。

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第1節

第3部

189中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

資料:経済産業省委託「大学発ベンチャーに関する基礎調査」(2009年2月、(株)日本経済研究所)(注) ここでいう大学発ベンチャーとは、大学で達成された研究成果に基づく特許や新たな技術・ビジネス手法を事業化する目的で新規に設立された企業、創業者の持

つ技術やノウハウを事業化するために、設立5年以内に大学と協同研究等を行った企業、既存事業を維持・発展させるため、設立5年以内に大学から技術移転等を受けた企業、大学と深い関連のある学生ベンチャー及び大学からの出資がある等、その他、大学と深い関連のあるベンチャーをいう。

0

400

89以前 90

54 55 62 70 84 97112 130 165

215294

420566

747

960

1,207

1,430

1,6271,7551,809

91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08

(年度)

800

1,200

1,600

2,000(社)

~大学発ベンチャーの累積企業数は、2008年度には1,809社に上る~

第3-1-13図 大学発ベンチャーの累積企業数

大学での研究成果を活かして、副作用の少ない新たな制ガン剤や再生治療薬を開発する大学発ベンチャー企業

 大阪府豊中市のクリングルファーマ株式会社(従業員13名、資本金1億円)は、2001年に起業された大阪大学発のバイオベンチャー企業である。 同社は、大阪大学医学部の中村敏一名誉教授が発見したHGF(肝細胞増殖因子)及びそのアンタゴニスト7のNK4を用いたバイオ医薬品の開発を行っている。HGFは、多種多様な臓器及び細胞に対して強力な再生治癒能力を有する因子であり、これを利用することで様々な疾患の発症を阻止及び治癒することが可能となる。また、NK4はガン細胞を凍結・休眠状態に封じ込める作用を持ち、これを用いた制ガン剤の開発が期待されている。 同社の岩谷邦夫社長は、大手製薬会社で海外事業の立ち上げなどに携わった後に、中堅製薬会社の代表取締役まで勤めたが、HGF及びNK4の存在を知り、「難病で苦しむ人々を救う医薬品を開発したい。」との思いから2003年に同社の代表取締役社長に就任した。前職の製薬会社での経験や人脈を通じて専門家の助言を活かしながら、ベンチャーキャピタル等に事業について適切に説明した上で出資を得て事業を展開し、2009年には第6回バイオベンチャー大賞を受賞した。現在は、アメリカで急性腎不全に対するHGFの臨床試験を、日本では難治性神経疾患に対するHGFの臨床試験の準備をしており、今後の成長が期待される企業である。

事例3-1-1

Case

研究所の様子

7 特定の受容体と結合して、受容体の活性化を抑制する物質のこと。

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190 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

バイオ医療やリチウム電池分野での応用が期待されるプラズマ技術の開発に成功した大学発ベンチャー企業

 京都府京都市にある株式会社魁半導体(従業員8名、資本金300万円)は、2002年に起業された京都工業繊維大学発ベンチャー企業である。分子・原子から電子が分離し反応性が高い状態となるプラズマの現象を用いた同社の技術は、バイオ医療やリチウム電池への応用が期待されている。 同社の田口貢士社長は、学生時代からプラズマに関する研究に従事し、修士号取得後にプラズマ関連企業に就職した。2000年代初頭のベンチャーブーム到来時に、起業への憧れから再び大学に戻り、博士課程在学中の2002年に研究成果の活用を目的として同社を設立した。28歳での起業であったが、「活力にあふれ、失敗もある程度許容される20歳代後半での起業が、ベストのタイミングであった。」と田口社長は語る。同社が開発した、粉体の分散溶液の生成を効率化する粉体プラズマ処理技術は、「関西フロントランナー大賞2010」を受賞し、今後はリチウムイオン電池等の様々な分野での応用が見込まれている。 高成長が期待される新規ベンチャー企業ではあるが、「堅実な事業の展開が重要である。」と語る田口社長は、社会貢献や人材育成を主眼とした着実な経営を心掛けている。同社は、人材、技術、経営理念等の無形経営資源を債権者、株主、顧客に伝えるべく「知恵の経営報告書」を作成しており、顧客や取引先等に企業概要や今後の事業計画を伝え、また、社員一同が企業理念を共有し、共同して事業運営に参画できるよう工夫を凝らしている。

事例3-1-2

Case

 次に、新規企業の成長性を把握すべく、1998~2007年までの各年に創設した我が国の企業の平均売上高を、1997年以前創設の企業の平均と

比較したものが第3-1-14図である。これによると、新規企業の売上高は、創設後に高い成長を示すことが分かる。

創設年 1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年

400

350

300

250

200

150

100

50

0

(1997年以前創設企業=100)

1997年以前創設企業の平均

98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09(年)

304

158

121115

100100

7484

27271949443418

3828 2954

301

資料:(株)帝国データバンク「COSMOS2企業概要ファイル」再編加工(注) 1. 1997年以前創設企業については、1998~2009年の売上高がファイルに記録されている企業が、1998年以降創設企業については、設立時から2009年

まで売上高がファイルに記録されている企業が対象。 2.金融業、保険業を除く。 3.子会社及び創設時に大企業に分類される企業を除いて集計。

~新規企業の売上高は、創設後に既存企業と比べて高い成長を示す~

第3-1-14図 創設後の一企業当たりの売上高

プラズマによる表面改質を行う真空プラズマ装置

Page 15: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

第1節

第3部

191中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

綿密な市場分析を行い、起業後急速に売上高を伸ばしている企業

 東京都新宿区の株式会社ジェネレーションパス (従業員19名、資本金1,100万円)は、2002年に設立されたインターネット通信販売等を営む企業である。 同社は、当初、映像制作等を手掛けていたが、2006年に市場が拡大しているインターネット通信販売に参入、総合ショッピングサイト「リコメン堂」を開設し、2010年の売上が約13億円に上るなど、急成長を遂げている。参入時、同社内には、インターネット通信販売の知見や経験がある者が皆無であったが、「競合大手企業の倍は働く。」という信念と、サイト内の商品のアクセス数や顧客層等を細かくデータ化し、効果的なSEO(検索エンジン最適化)戦略によって、顧客が欲しがりそうな商品を効率的に紹介することに注力したことが、同社の強みとなっている。 同社の岡本洋明社長は、金融機関に勤務していたが、30歳で退職、渡米して会社を起業した後に、ハーバード・ビジネス・スクールでマーケティング論を学んだ。帰国後には IT 企業の経営に参画し、2000年には上場を果たし、その後に同社を起業している。 同社は、高齢者がインターネットを利用する時代となりつつある現在、特にインターネット通信販売市場は、高齢化が進展するにつれて拡大していくものと捉えている。今後は、市場ニーズに合わせて、取扱商品・業種を拡大し、また、卸売や自社製品の製造にも挑戦して、5年後に売上50億円を突破することを目標としている。

事例3-1-3

Case

 業種別の成長性を比較すべく、第3-1-15図は、2001~2009年に創設した企業のうち、中小企業から大企業に成長したものについて、その業種構成を示したものである。これを2001~2009年に創設した企業全体の業種構成と比較すると、情報

通信業及び医療,福祉の分野で大企業への成長企業が多い。これらの分野は、開業率も高い分野であり、将来性のある業種に多くの起業家が参入し、高い成長を遂げていることが分かる。

第3-1-15図 創設後に中小企業から大企業に成長した企業の業種構成

建設業 製造業 情報通信業運輸業,郵便業 卸売業 小売業金融業,保険業 不動産業,物品賃貸業 学術研究,専門・技術サービス業宿泊業,飲食サービス業 生活関連サービス業,娯楽業 教育,学習支援業医療,福祉 サービス業(他に分類されないもの) その他

0% 100%

0.9

4.1

2.61.22.4

9.46.7 2.66.65.8

0.7

10.7 11.214.820.32001~2009年に創設された企業

うち中小企業から大企業に成長した企業

1.0

5.59.6 4.1

0.5 6.0 8.2 1.2

9.15.31.2 1.920.9 14.211.3

~情報通信業及び医療,福祉の分野で、中小企業から大企業に成長した企業の割合が多い~

資料:(株)帝国データバンク「産業調査分析SPECIA」再編加工(注) 1. ファイルに収録されている企業で、2001~2009年に創設された企業123,492社及びそのうち中小企業から大企業へと成長を遂げた企業416社について

集計。 2.公務(他に分類されるものを除く)及び分類不能の産業を除いて集計。

同社の運営する総合ショッピングサイト「リコメン堂」

Page 16: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

192 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

存続事業所よりも、一部の開業事業所及び廃業事業所における雇用変動が、全体の変動に大きく寄与しており、特に2004~2006年に創出された雇用の約6割は、開業事業所で創出されていることが分かる。また、情報通信業や医療,福祉といった開業率の高い業種では、開業事業所における雇用創出が雇用増加に大きく寄与しているが、小売業や飲食店,宿泊業といった生業型の業種においても、開業事業所における雇用創出が大きく、起業が雇用創出に重要な役割を果たしていることが分かる。

●②起業による雇用の創出 以上では、起業家が次々と市場に参入し、急速に成長することによって、経済の新陳代謝が活性化し、我が国の経済成長に寄与していることを見てきた。次に、起業が雇用の創出に果たす役割について、論じていく。 第3-1-16図は、2004~2006年にかけての業種別の雇用変動率を、存続事業所における雇用創出、開業事業所における雇用創出、廃業事業所における雇用喪失、存続事業所における雇用喪失に分解したものである。これによると、大部分を占める

40.0

20.0

0.0

▲20.0

▲40.0

(増加率、%)

(減少率、%)

9.5

9.48.6

6.99.6

9.1

金融・保険業

卸売業

製造業建設業

運輸業 小売業

情報通信業サービス業(他に分類されないもの)

飲食店,  宿泊業 医療,福祉

教育、学習支援業

複合サービス事業

純増減不動産業

10.0

▲10.0▲13.0

▲17.0

15.0

▲13.0

▲13.5

▲12.6

▲12.8

▲11.4

▲14.4

▲14.7

▲14.9

▲14.8▲11.2

▲11.6 ▲6.8

▲7.8

▲7.8

▲9.4

▲9.8

▲7.6

▲14.4

▲13.4

▲12.2

▲21.7

▲13.2

10.3

11.715.7 13.5

13.6

17.220.321.317.4

▲17.4

14.4

17.1

11.3

13.1

28.1

12.1

16.1

12.5

12.7

合計存続創出+554万人

開業創出+761万人

 純増減 +75万人

廃業喪失▲619万人

存続喪失▲621万人

~2004~2006年に創出された雇用の約6割は、開業事業所で創出されている~

第3-1-16図 開廃業及び存続事業所による雇用変動(2004~2006年、事業所単位)

資料:総務省「事業所・企業統計調査」再編加工(注) 1.横軸は、2004年期首の全事業所(非一次産業)に占める各業種の従業者の割合を示している。 2.鉱業及び電気・ガス・熱供給・水道業は、従業者数が少なく、表示されていない。 3.事業所単位の開廃業には、支所や工場の開設・閉鎖及び移転による開設・閉鎖を含む。

Page 17: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

第1節

第3部

193中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

 以上は、起業時の雇用創出に関する分析であるが、次に、起業後の雇用創出について見ていく。アメリカの経済学者バーチは、特に成長力の高い少数の企業を「ガゼル(Gazelle)」と命名し、その雇用創出能力に注目した。ここでは、我が国のガゼル企業について、その年齢や業種の分析を行う。

 第3-1-17図は、2002年時点と2007年時点で比較して雇用が増加した企業11万3,336社を、増加数が多い企業から順に並べ、雇用増加に対する累積貢献度を示したものである。これによると、雇用の約5割は約7.0%の企業が創出しており、ほんの一部の企業が大部分の雇用を創出していることが見て取れる。

コラム3-1-2総務省「経済センサス-基礎調査」を用いた雇用創出の算出

 新しく創設された経済センサス-基礎調査を用いて、2006~2009年の開業及び存続事業所による雇用変動を算出したものが、コラム3-1-2図である。これによると、開業事業所410,354事業所 (2009年時点の事業所の8.5%に該当 ) が約371万人 (37.6%) の雇用を、存続事業所4,408,050事業所 (2009年時点の事業所の91.5%に該当 )) 約618万人 (62.4%) の雇用を増大させていることが分かり、雇用が特に開業事業所で増加していることが分かる。

40.0

20.0

30.0

10.0

0.0

(増加率、%)

存続事業所

開業事業所

建設業製造業

運輸業卸売業

小売業

飲食店,宿泊業 医療,

福祉

教育,学習支援業

不動産業

複合サービス事業

サービス事業(他に分類されないもの)

金融・保険業

情報通信業

11.0

9.6

13.9 11.1

4.7

10.2

11.4

11.5 14.0

28.8

5.6

7.08.011.1

8.84.5

13.1

14.7

15.016.3

4.95.97.6

23.7

2.43.9

雇用創出

618万人

(62.4%)

371万人

(37.6%)

410,354事業所(8.5%)

4,408,050事業所

(91.5%)

事業所数

資料:総務省「事業所・企業統計調査」、「経済センサス-基礎調査」再編加工 (中小企業庁試算 )(注) 1. 横軸は、2006年期首の全事業所 (非一次産業 )に占める各業種の従業者の割合を示している。 期首の従業者数は、存続事業所及び廃業事業所から算出した。 2. 鉱業及び電気・ガス・熱供給・水道業は、従業者数が少なく、表示されていない。 3. 事業所単位の開業には、支所や工場の開設及び移転による開設を含む。 4. 開業事業所については、2009年時点の従業者数を、存続事業所については、平成18年事業所・企業統計調査と接続が可能な事業所の 雇用変動分を用いて算出している。 存続事業所は、事業所・企業統計調査における調査範囲に限定されるため、存続事業所による 雇用増加が過小に算出されている可能性がある。 5. 存続事業所4,408,050事業所のうち、雇用創出に寄与している事業所数は、1,085,387事業所。

コラム3-1-2図  開業及び存続事業所による雇用創出(2006~2009年、事業所単位)~雇用は、開業事業所で増加している~

Page 18: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

194 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

45 50 60 70 80 90 00 02

(%)

(創設年)

全企業 ガゼル企業

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

資料:(株)帝国データバンク「COSMOS2企業概要ファイル」再編加工(注) ガゼル企業及び2002年時点のファイルに収録された企業の創設年ごとの分布を比較。

 次に、全企業及びガゼル企業の業種構成を示した第3-1-19図によると、ガゼル企業は、全企業の

業種構成と比較して、医療,福祉の分野に極めて多いことが分かる8。

~全企業に比して、ガゼル企業には創設間もない企業が多い~

第3-1-18図 ガゼル企業の創設年の分布

点の全企業及びガゼル企業の創設年別の分布(1945年以降)を示したものが第3-1-18図である。これによると、ガゼル企業は、全企業と比較して年齢が若い方に分布しており、起業後間もない企業の雇用創出能力の高さがうかがわれる。

 ここでは、従業員増加数の累積が50%を超える部分の雇用を創出した企業(5年間で30名以上の雇用を創出した企業7,954社、全雇用増加企業の約7.0%に該当)をガゼル企業として、その年齢構成及び業種構成について見ていく。2002年時

第3-1-17図 雇用増加に対する累積貢献度(2002~2007年)

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

(%)

(社)0 10,000 20,000 30,000 40,000 50,000 60,000 70,000 80,000 90,000 100,000 110,000

ガゼル企業

雇用の約5割は、7,954社/113,336社≒7.0%の企業が創出

~一部の企業が多数の雇用を創出している~

資料:(株)帝国データバンク「COSMOS2企業概要ファイル」再編加工(注) 1.2002年及び2007年の2時点間で雇用が増加した企業11万3,336社を対象に集計。 2.雇用増加数が多い企業から順に並べ、雇用増加累積貢献度を算出。 3.M&A、会社分割及び営業譲渡を行った企業並びに系列企業を除いて集計。

8  他方、労働集約的な医療,福祉の分野のみならず、多くの人手を必ずしも必要としない情報通信業等の分野においても、ガゼル企業が存在することも分かる。

Page 19: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

第1節

第3部

195中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

 このように起業時及び起業直後には雇用が増大しており、起業が雇用創出に果たす意義の大きさが分かる。特に、震災による津波や原発事故の被害を受けて、被災地域では、多数の企業が事業の中断や廃止を余儀なくされており、多くの雇用が

失われている。こうした厳しい中にも、企業家が果敢に起業や事業の再建を行い、雇用を維持、創出していくことが我が国経済の復興にも大きく寄与するといえる。

建設業 製造業 情報通信業運輸業,郵便業 卸売業 小売業金融業,保険業 不動産業,物品賃貸業 学術研究,専門・技術サービス宿泊業,飲食サービス業 生活関連サービス業,娯楽業 教育,学習支援業医療,福祉 サービス業(他に分類されないもの) その他

0% 100%

3.8

0.6

1.11.42.1

2.20.5

3.1 3.1 5.2

3.2

17.2 15.015.126.3全企業

ガゼル企業

8.2

3.0

1.02.4

0.9 3.0 4.4

7.35.04.6 8.1 2.79.218.6 21.5

資料:(株)帝国データバンク「COSMOS2企業概要ファイル」再編加工(注) 1.ガゼル企業及び2002年時点のファイルに収録された企業の業種構成を比較。 2.公務(他に分類されるものを除く)及び不明を除いて集計。

~全企業の構成と比較して、医療,福祉の分野にガゼル企業が多い~

第3-1-19図 ガゼル企業の業種構成

企業向け総合アウトソーシング事業を展開し、起業後間もなく300人の雇用を創出した企業

 2005年に設立された東京都中央区の株式会社ティーケーピー(従業員300名、資本金2億8,779万5,000円)は、IT 技術を活用した企業向け総合アウトソーシング事業を展開する企業である。 同社は、商社でインターネット上の金融機関の立ち上げに携わった河野貴輝社長が、IT 技術を現実の事業に活用することを目標に設立した。六本木のビルの1フロアから始まった貸会議室事業は、東京、大阪を始めとする全国主要都市に500室以上を運営するまでに拡大し、これまでに7万社、150万人以上が利用している。また、貸会議室事業に加え、旅行業免許を取得して会議室、出張、宿泊の一括予約を行うほか、研修プログラムの提供、弁当の手配、中古オフィス用品のレンタル、コールセンターや給与計算業務の受託等、貸会議室から派生する様々な事業に次々に参入し、企業向け総合アウトソーシング事業を幅広く展開している。河野社長一人で起業した同社は、事業拡大に伴い、2005年の設立から5年で雇用を約300名まで成長させている。 同社の貸会議室事業は、不動産を所有しないことによって初期投資を抑え、資金力を高めたことが、その後の事業展開や発展につながっている。現在、国内での事業拡大を図ると同時に、ニューヨーク、上海等の国外の大都市で事業展開する準備を進めている。

事例3-1-4

Case

社長一人から従業員約300名まで成長したティーケーピーの社員

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196 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

第3-1-20図 起業家の収入、仕事、生活に対する満足度

(%)

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

満足している やや満足している やや不満である 不満である

収入 仕事 生活

20.3

29.0

26.3

24.4

7.2 10.2

22.2

39.9

27.7

20.2

40.0

32.7

~起業家は、収入に関しては、不満を感じる者の方が多いものの、仕事及び生活に関しては、満足している者の方が多い~

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)

 中小企業白書(2010年版)では、就業意識の多様化、産業構造の変化、経済のグローバル化、労働市場の規制緩和等により、労働力が多様化し、中小企業において女性や高齢者の活用が進展していることを指摘した10。ここでは、女性及び高齢者の起業をめぐる環境について分析を行い、従来の環境では十分な就労機会に恵まれてこなかった人々が、起業によって多様な生き方や働き方を可能とする舞台を自ら創出していることについて論ずる。

 第一に、女性起業家をめぐる環境を概観する。第3-1-21図は、女性の起業の担い手について示したものである。起業希望者については、足下減少傾向にあるものの、2007年には約30万人の女性起業希望者がいること、男女の総数(前掲第3-1-6図)と比較すると、起業希望者に占める無業者の割合が大きいこと、そして、起業家については、ここ30年近く継続的に約10万人存在していることが分かる。

●③起業が生み出す社会の多様性 以上では、起業時のみならず起業直後にも多くの雇用が創出されることを概観してきたが、起業が経済社会に与える効果として、多様な生き方・働き方を可能にするということも挙げられよう。人は、様々な動機・目的で起業という選択をするが、単により良い収入を得るためだけではなく、自己実現、裁量労働、社会貢献、専門的な技術・知識等の活用ができる舞台を求めて、起業する者も多いであろう9。また、起業家に現在の収入、

仕事、生活に対する満足度を尋ねても、収入に関しては不満を感じる者の方が多いが、仕事及び生活に関しては、満足している者の方が多い(第3-1-20図)。つまり、多くの起業家は、既存の環境では実現できなかった個性・能力の伸長の場を求めて、より良い生き方・働き方を実現するために、起業を選択しているといえよう。こうした起業家の活動は、経済成長等の数値には表れないものもあるが、社会をより多様で豊かにするものであるといえよう。

9  起業の動機・目的については後述する。10 中小企業白書(2010年版)p.131~134を参照。

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第1節

第3部

197中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

 次に、女性起業家の詳細について、起業実態調査を基に男性と比較しながら分析を行う。まず、起業の動機・目的であるが、女性は、「社会に貢

献したい」及び「年齢に関係なく働きたい」などと回答する割合が男性と比べて高い(第3-1-22図)。

資料:総務省「就業構造基本調査」再編加工(注) 1.起業希望者(うち有業者)とは、有業者の転職希望者のうち、「自分で事業を起こしたい」と回答した者をいう。 2.起業希望者(うち無業者)とは、無業者のうち、「自分で事業を起こしたい」と回答した者をいう。 3.起業準備者とは、起業希望者のうち、「(仕事を)探している」又は「開業の準備をしている」と回答した者をいう。 4.起業家とは、過去1年間に職を変えた又は新たに職に就いた者のうち、現在は自営業主(内職者を除く)となっている者をいう。

60

50

40

30

20

10

079 82 87 92 97 02 07

(年)

21.1

10.6

51.4

24.0

10.5

50.2

22.2

11.5

40.942.7

20.2

11.6

44.5

17.9

10.0

31.0

15.7

8.0

19.4

9.4

52.9

(万人)

34.0 31.7 27.7

21.120.4

30.8

18.1

12.913.7

22.219.8

22.519.718.9

起業希望者(うち有業者) 起業希望者(うち無業者) 起業準備者 起業家

~女性の起業希望者は直近で約30万人、女性起業家は継続的に約10万人存在している~

第3-1-21図 女性の起業の担い手

男性 女性

60

50

40

30

20

10

0

(%)

仕事を通じて

自己実現を目指したい

自分の裁量で自由に

仕事をしたい

社会に貢献したい

専門的な技術・知識等を

活かしたい

アイディアを事業化したい

より高い所得を得たい

年齢に関係なく働きたい

経営者として

社会的評価を得たい

以前の勤務先の

将来の見通しが暗い

時間的・精神的ゆとりを

得たい

親会社等の要請

ほかに就職先がない

親や親戚等の事業経営の

経験からの影響

以前の勤務先の

賃金面での不満

不動産等資産を

有効活用したい

その他

53.054.6

50.450.0 50.0

42.038.5

30.434.5

15.9 15.8 13.814.110.3 9.2 7.2 5.2 7.0 5.7

1.7 3.55.25.76.4

10.36.9

9.8

29.9 28.623.6

27.0

45.0

~女性起業家は、男性起業家と比較して、「社会に貢献したい」及び「年齢に関係なく働きたい」という動機・目的で起業する割合が高い~

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

第3-1-22図 男女別起業の動機・目的

Page 22: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

198 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

70

60

50

40

30

20

10

0

(%) 男性 女性

専門的な技術・知識等を

活かせる

以前の勤務先と

同じ業種

起業前までの人脈が

活かせる

社会に貢献できる分野

以前の勤務先と

類似の業種

成長性のある分野

少ない資金で起業できる

以前から興味のある分野

とにかく事業を

始めたかった

高収入を得る見込みがある

不動産等資産が

有効活用できる

家事・育児・介護と仕事の

両立が可能

世の中にない事業分野

知識・経験・ノウハウが

あまり必要ない

その他

55.460.9

42.837.3

40.534.9 33.7

42.6

31.1

23.1 23.426.6

21.325.4

19.7

27.8

13.810.7 11.18.9

4.67.7

2.0

16.6

3.63.6 2.3 2.4 0.62.2

~女性起業家では、「社会に貢献できる分野」、「以前から興味のある分野」、「家事・育児・介護と仕事の両立が可能」と回答する割合が男性と比べて特に高い~

第3-1-23図 男女別事業分野の選択理由

 起業する事業分野の選択理由であるが、女性起業家では、「社会に貢献できる分野」、「以前から興味のある分野」、「家事・育児・介護と仕事の両

立が可能」と回答する割合が男性と比べて特に高い(第3-1-23図)。

 さらに、起業した業種であるが、男性と比べて医療、福祉の分野が圧倒的に多く、教育、学習支援業でも高い割合を示すなど、これら開業率の高

い業種で女性起業家が活躍していることが分かる(第3-1-24図)。

~女性起業家は、男性起業家と比べて、医療、福祉や教育、学習支援といった業種を選択する割合が多い~

100%0%

男性 7.7 7.0 3.52.0 5.7 15.0 2.1 5.6 7.8 12.2 3.3 9.1 3.6 15.2

4.1 3.5 2.90.62.4 14.1 0.6 6.5 5.9 11.2 5.3 28.2 2.4 12.4女性

卸売業

飲食店

建設業

小売業

教育、学習支援業

製造業

金融業、保険業

医療、福祉

情報通信業

不動産業

企業・官公庁向けサービス業

運輸業

一般消費者向けサービス業その他

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)

第3-1-24図 男女別起業業種の構成

Page 23: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

第1節

第3部

199中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

 最後に起業家の男女別年齢構成を見ると、女性起業家の方が男性起業家よりも、30~40歳代の年齢階層で割合が高いことが分かる(第3-1-25図)。一部の女性は、結婚・出産・育児を機に労働市場から退出するため、15歳以上の人口に占める常用雇用者の割合は一時的に低下するが、裁量

労働等が可能な自営業主の場合、割合は低下していない(第3-1-26図)。このことから、結婚・出産・育児のために常用雇用者として働きにくい女性にとって、起業という選択がライフステージに合った働き方を可能にしているといえる。

100%0%

男性

女性

29歳以下 30歳代 40歳代 50歳代 60歳以上

11.7 28.4 27.4 24.7 7.9

10.1 28.5 32.3 21.5 7.6

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)

~女性起業家は、男性起業家と比べて30~40歳代の年齢階層で割合が高い~

第3-1-25図 男女別起業家の年齢構成

第3-1-26図 男女別常用雇用者及び自営業主の割合~女性の常用雇用者割合は一時的に低下するが、女性の自営業主割合では、そうした傾向は見られない~

100

90

80

70

60

50

40

30

20

10

0

(%)20

18

16

14

12

10

8

6

4

2

0

(%)

15-19歳 20-24歳 25-29歳 30-34歳 35-39歳 40-44歳 45-49歳 50-54歳 55-59歳 60-64歳 65-69歳 70-74歳 75歳以上

男性・常用雇用者(左軸)

男性・自営業主(右軸)

0.10.1

10.010.4

0.70.5

52.355.1

0.91.5

2.3 2.8

4.4

81.3

50.7

6.8

48.2

78.4

8.2

50.9

76.5

51.89.8

73.368.412.3

47.9

3.3 3.6 4.0

38.8

60.7

14.3

16.316.9

4.3

14.310.5

16.3

10.8

2.01.51.2

3.7

5.84.6

34.2

4.521.4

2.2

62.1

78.7

女性・常用雇用者(左軸)

女性・自営業主(右軸)

資料:総務省「平成19年就業構造基本調査」(注) 1.「総数」に占める常用雇用者及び自営業主の割合を示している。 2.ここでいう自営業主には、内職者を含まない。

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200 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

 以上から、出産や育児が一段落した女性が、社会に貢献し、家事・育児・介護等の自己の経験を活用できる事業分野で、家庭との両立を図りつつ、新たな活躍の場を求めて起業に踏み切っている現状が推察される。とりわけ出産・育児の時期に女

性の就業率が低下する傾向にある我が国では、出産・育児を経験した女性が、母親・主婦の視点を活かして、自らの活躍の場を創出するという意味で、起業は大きな意義を持つことになるといえる11。

 第二に、起業実態調査に基づき、高齢者12の起業の現状を見ていく。年齢階層別に起業の動機・目的を見ると、高齢者では「社会に貢献したい」、

「年齢に関係なく働きたい」、「親会社等の要請」と回答する起業家の割合が、他の年齢層よりも高い(第3-1-27図)。

60歳以上 50歳代 40歳代 30歳代 29歳以下70

60

50

40

30

20

10

0

(%)

仕事を通じて

自己実現を目指したい

自分の裁量で自由に

仕事をしたい

社会に貢献したい

専門的な技術・知識等を

活かしたい

アイディアを事業化したい

より高い所得を得たい

年齢に関係なく働きたい

経営者として

社会的評価を得たい

以前の勤務先の

将来の見通しが暗い

時間的・精神的ゆとりを

得たい

親や親戚等の事業経営の

経験からの影響

以前の勤務先の

賃金面での不満

不動産等資産を

有効活用したい

ほかに就職先がない

親会社等の要請

その他

~高齢者では、「社会に貢献したい」、「年齢に関係なく働きたい」、「親会社等の要請」と回答する起業家の割合が、他の年齢層よりも高い~

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

第3-1-27図 年齢階層別起業の動機・目的

11  日本公庫では、「女性、若者/シニア起業家支援資金」として、新規開業して5年以内の女性、若者(30歳未満)、高齢者(55歳以上)に対して、優遇金利での支援を行っている。また、商工会・商工会議所では、「創業塾」として、女性も含めて、起業を志向する者を対象に、事業を開始するための心構え、事業計画作成のポイント、税務・法務等の実践的な内容等について、経営コンサルタント、中小企業診断士、創業体験者による講義を行っている。

12 ここでいう高齢者は、60歳以上の年齢階層をいう。

女性起業家の育児体験を活かした子育て雑貨商品の企画販売を行う企業

 沖縄県那覇市の沖縄子育て良品株式会社(従業員3名、資本金500万円)は、2004年に起業された子育て雑貨商品の企画や販売を行う企業である。 同社の山本香社長は、前職の沖縄物産を扱う企業で、伝統的な工芸品や織物等の商品開発や店舗の立ち上げに携わる一方で、趣味で自らの育児体験から得たアイディアを基に商品の開発を行っていたが、2004年に独立し、安心・安全に配慮した子育て雑貨商品や、沖縄の地域資源を用いた製品の企画販売を始めた。特に、(財)沖縄県産業振興公社の平成21年度OKINAWA型産業応援ファンド事業に採択された「子どもが口にしても安心な生活雑貨の開発プラン」では、沖縄県産木のリュウキュウマツやハンノキを用いた弁当箱等の日用雑貨品等の開発を行い、「安心、安全、良質、ナチュラル」なこだわり製品を生産している。 「身の丈にあった事業を展開してきた」と語る山本社長であるが、書籍等を参考に自ら起業の手続を行い、2010年2月には、商社等との取引を増やすべく法人成りも果たしている。2010年10月には、沖縄の素材を活かした母子に優しい化粧品・雑貨・食品の開発と販路開拓事業が経済産業省の地域産業資源活用事業計画に認定され、更なる発展が期待される。

事例3-1-5

Case

安全・安心にこだわりリュウキュウマツを用いた弁当箱

Page 25: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

第1節

第3部

201中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

 起業の経緯は、「前職の企業の方針として、分社化又は関連会社として起業」、「他社での勤務経験なく、独自に起業」と答えた企業の割合が相対的に高い(第3-1-28図)。つまり、高齢者は、他

の年齢層に比べて、前職の企業で経験を積んだ後にその企業の分社・関連会社として起業した者や、第二の人生として新規分野で独自に起業した者が多いことが特徴だといえる。

第3-1-28図 年齢階層別起業の経緯

29歳以下

30歳代

40歳代

50歳代

60歳以上

0% 100%

56.8

57.1

53.9

48.8

43.4

22.7

27.1

28.0

25.3

22.8

7.3

8.4

13.2

18.1

22.8

13.2

7.5

4.9

7.7

11.0

前職の企業を退職し、その企業とは関係を持たないで起業

前職の企業は退職したが、その企業との関係を保ちつつ独立して起業

前職の企業の方針として、分社化又は関連会社として起業

他社での勤務経験はなく、独自に起業

~高齢者では、「前職の企業の方針として、分社化又は関連会社として起業」や「他社での勤務経験なく、独自に起業」の割合が高い~

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)

向けのサービスを提供していることがうかがわれる(第3-1-29図)。

 起業家の年齢階層別に業種分類を見てみると、高齢者では特に医療、福祉分野での起業が顕著であり、同年代の立場であることも活かし、高齢者

第3-1-29図 年齢階層別起業業種の構成

29歳以下

30歳代

40歳代

50歳代

60歳以上

0% 100%

4.4 4.0 5.21.21.6 1.6 3.6 4.4 6.8 2.421.2 13.2 18.4 12.0

5.7 5.7 3.31.6

5.7 2.1 6.4 3.3 7.7 4.315.4 8.7 15.1 14.8

7.7 6.2 3.8 2.7 6.7 1.7 4.5 7.5 4.0 4.015.7 11.2 11.2 13.3

3.7 1.3 6.2 2.1 6.0 5.0 7.3 2.3 2.713.311.0 11.0 13.7 14.6

6.0 5.40.63.0 7.1 1.8 7.7 5.4 7.1 4.2 3.610.7 17.3 20.2

建設業小売業教育、学習支援業

製造業金融業、保険業医療、福祉

情報通信業不動産業企業・官公庁向けサービス業

運輸業一般消費者向けサービス業その他

卸売業飲食店

~高齢者では、医療、福祉分野での起業が顕著である~

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)

Page 26: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

202 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

働きたい高齢者が、起業によって新たに活躍の場を得ていることが推測される。

 以上の結果から、これまでの就業経験を買われて分社・関連会社を任されたり、年齢に関係なく

 これまで女性及び高齢者の起業の実態を概観したが、我が国の雇用慣行では、必ずしも就業や能力発揮の機会に恵まれてこなかった女性や高齢者が、起業という選択によって、自らの活躍の場を切り拓いていることが分かった。我が国では、得てして大きな会社組織の中で働くことが志向されがちであったが、起業を選択し、活躍の舞台を自

らが設定することによって、社員という立場では実現が難しい自己実現、裁量労働、能力発揮等の機会を得ることができる。こうした選択肢の多様化という意味で、起業は経済社会のみならず、人々の生活・労働を豊かにし、経済社会をより多彩なものとする可能性を秘めているといえよう。

 以上では、我が国の起業活動が、経済社会に新陳代謝をもたらし、経済成長を支え、社会をより多様なものにしていることを見てきた。我が国経済が長期的に低迷している中、起業活動を促進することは、経済を再生させ、日本経済の未来を切り拓く上で、非常に重要な課題となる。本項では、2010年12月に実施された起業実態調査を中心に、我が国の起業の現状を詳細に分析し、起業の実態や課題を抽出することで、起業を促進するためにはどのような取組が重要となるのか、起業を成功させるためには何が必要となるのかについて、論じていく。

●起業の動機・目的 人は、様々な動機・目的によって起業家となると考えられるが、起業した動機・目的別に、起業家の類型化を行った場合、①所得増大や自己実現、裁量労働、社会貢献目的等の積極的理由から起業した「能動的起業家」、②生計目的等の消極的理由から起業した「受動的起業家」に区分できる。起業実態調査によると、起業家の8割以上は、能動的起業家であり、約2割の受動的起業家を大きく上回っていることが分かる(第3-1-30図)。

❸ 起業の促進に向けた課題と取組

起業家が前職の人脈を活かして優れた高齢者人材の確保に成功し、生きがいや働きがいの創出に成功している企業

 東京都港区の株式会社じんざいセンター・ゆずり葉(従業員9名、資本金1,000万円)は、大企業OBを活用した試験監督業務や金融機関関係者向けの通信講座答案添削業務を行う企業である。 同社の本多熟社長は、前職の社団法人でサラリーマンの生涯設計、ライフプランの相談指導に従事していたが、その中で高齢者に仕事を提供することで、生きがいや働きがいを提供していきたいと考えるようになった。本多社長が55歳の時、社団法人で受託していた試験監督業を事業として分離することになり、それに応えて起業した。 同社は、大企業の管理職経験者を中心に、本多社長の人脈を活用した紹介による採用を基本としており、優秀な人材を潤沢に確保できている。特に、金融機関関係者向けの通信講座答案添削業務では、金融に特化した専門知識が必要とされるため、首都圏在住の都市銀行、信託銀行のOBを多数確保できている点で、他社と差別化できている。 高齢化社会を前提とした雇用慣行の変化から65歳まで働くというケースが多くなり、同社でも登録時の年齢が高齢化し、現在の中心層は60歳代後半である。こうした中、同社では登録人材の年齢の上限を70歳としている。これは、社長の「70歳になったら次の人に道を譲って、人生を楽しんでほしい。」という考えに基づくもので、社名の「ゆずり葉」の由来にもなっている。現在では、登録者が2千名を超え、高齢者の就労機会を創出し、更に生きがいや働きがいを創出していくことが期待される。

事例3-1-6

Case

試験の受付や通信講座の答案添削を行う同社の社員

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第1節

第3部

203中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

第3-1-30図 起業家の類型

能動的起業家81.2%

受動的起業家18.8%

~起業家の8割以上は、能動的起業家である~

資料: 中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1. 起業の動機・目的について、最も該当するものとして選択されたものを集計。 2. 能動的起業家とは、所得増大や自己実現、裁量労働、社会貢献目的等の積極的理由から起業した者を、受動的起業家とは、生計目的等の消極的理由から起業し

た者をいう。

第3-1-31図 起業の動機・目的

60

50

40

30

20

10

0

(%)

仕事を通じて

自己実現を目指したい

自分の裁量で自由に

仕事をしたい

社会に貢献したい

専門的な技術・知識等を

活かしたい

アイディアを事業化したい

より高い所得を得たい

年齢に関係なく働きたい

経営者として

社会的評価を得たい

以前の勤務先の

将来の見通しが暗い

時間的・精神的ゆとりを

得たい

親会社等の要請

親や親戚等の事業経営の

経験からの影響

ほかに就職先がない

以前の勤務先の

資金面での不満

不動産等資産を

有効活用したい

その他

52.149.5

45.2

38.1

29.7 28.8 28.5

15.1 15.1 13.9 11.27.3 7.0 5.4 3.5

6.3

~自己実現、裁量労働、社会貢献、専門技術・知識等活用、アイディアの事業化といった動機・目的が多い~

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

見つけた」、「既に起業している人に勧められた」、「取引先に勧められた」、「働き口を得る必要が生じた」、「以前の勤務先での待遇が悪化した」といった起業の引き金となった出来事(トリガーイベント)に誘発されて、起業を決心した者も多いことが分かる。起業を決心した後の段階では、「資金面のめどが立った」、「事業内容のめどが立った」、「独立に必要な技術やノウハウを習得した」ことをきっかけに、実際に起業に踏み切る者が多い。

●起業のきっかけ 起業家が誕生するまでのプロセスを詳細に分析すると、起業を考え始めた段階及び起業を決心した後の段階に分けることができる。第3-1-32図は、段階別に起業に踏み切ったきっかけを示したものである。起業を考え始めたきっかけとしては、「事業化できるアイディアを思いついた」が一番多く、次に、「以前の勤務先ではやりたいことができなかった」が続く。また、「一緒に起業する仲間を

由が上位を占めており、起業という選択によって、個性や能力の発揮、社会への貢献等のための舞台を創り出していることが分かる(第3-1-31図)。

 起業の動機・目的について更に詳しく見ると、自己実現、裁量労働、社会貢献、専門技術・知識等の活用、アイディアの事業化のためといった理

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204 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

「前職の企業は退職したが、その企業との関係を保ちつつ独立して起業」した「のれん分け型」の起業が増えており、前職での経験や人脈を活かしつつ独立する起業家が増えていることがうかがわれる。

●起業の経緯・形態 起業の経緯であるが、多くは、「前職の企業を退職し、その企業とは関係を持たないで起業」した「スピンオフ型」であることが分かる(第3-1-33図)。また、2001年12月に中小企業庁が実施した「創業環境に関する実態調査13」と比べると、

第3-1-32図 起業に踏み切ったきっかけ

1,4001,2001,0008006004002000

(点)

事業化できるアイディアを

思いついた

以前の勤務先での

待遇が悪化した

独立に必要な技術やノウハウを

習得した

起業に必要な技術や免許を

取得した

製品・商品・サービス等の

めどが立った

マーケットの情報をある程度

収集した

以前の勤務先ではやりたいことが

できなかった

起業セミナー等で起業の

魅力を感じた

一緒に起業する仲間を見つけた

既に起業している人に

勧められた

取引先に勧められた

資金面のめどが立った

事業内容のめどが立った

事務所・店舗のめどが立った

家族の同意が得られた

前職からの離脱

取引先のめどが立った

人材面のめどが立った

その他

許認可の取得等のめどが立った

働き口を得る必要が生じた

1,101929

771647

519 500 466

1,3101,232

931

655 625 604 596499

388255 249 234 254

73

起業を考え始めた段階 起業を決心した後の段階

~起業を考え始めた段階では、「事業化できるアイディアを思いついた」や「以前の勤務先ではやりたいことができなかった」が、起業を決心した後の段階では、「資金面のめどが立った」や「事業内容のめどが立った」が起業に踏み切ったきっかけとして多く挙げられる~

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 第1位を3点、第2位を2点、第3位を1点として計算した。

13 中小企業庁が実施。2001年12月に1991年以降に起業された企業15,000社を対象に実施したアンケート調査。回収率33.7%。

2010年調査

2001年調査

前職の企業を退職し、その企業とは関係を持たないで起業【スピンオフ型】前職の企業は退職したが、その企業との関係を保ちつつ独立して起業【のれん分け型】前職の企業の方針として、分社化又は関連会社として起業【分社型】他社での勤務経験なく、独自に起業【独自型】その他

0% 100%

44.2

43.9 16.1 23.6 10.4

21.8 12.5 14.5

6.0

6.9

~多くの起業は「スピンオフ型」であるが、近年「のれん分け型」が増加傾向にある~

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)   中小企業庁「創業環境に関する実態調査」(2001年12月)

第3-1-33図 起業の経緯

Page 29: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

第1節

第3部

205中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

 起業の形態に関しては、「起業に係る手続が容易・低費用」、「事業の性格が個人事業に向いている」、「会社組織になる前段階」という理由から個人事業での起業を、「社会的信用が得られ、資金

調達や販路拡大等が容易」という理由から会社組織での起業を選択する起業家が多いことが分かる(第3-1-34図)。

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.「個人事業での起業」との回答割合は25.7%、「会社組織での起業」との回答割合は74.3%。 2.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

70

60

50

40

30

20

10

0

80(%)

個人事業での起業の理由 会社組織での起業の理由

49.6

37.633.3

12.3

2.9

68.2

21.415.0

11.2

起業に係る手続が

容易・低費用

事業の性格が個人事業に

向いている

会社組織になる前段階

運営・税務申告等の手続が容易

その他

社会的信用が得られ、

資金調達や販路拡大等が容易

会社を設立したかった

有限責任

その他

~「起業に係る手続が容易・低費用」等という理由で個人事業での起業を、「社会的信用が得られ、資金調達や販路拡大等が容易」という理由で会社組織での起業を選択する起業家が多い~

第3-1-34図 起業の形態選択の理由

~多くの起業家は、起業前までに蓄積した専門技術・知識、経験、人脈を活かせる事業分野を選択~

60

50

40

30

20

10

0

(%)

専門的な技術・知識等を

活かせる

起業前までの人脈が

活かせる

以前の勤務先と

同じ業種

以前の勤務先と

類似の業種

成長性のある分野

少ない資金で起業できる

以前から興味のある分野

とにかく事業を

始めたかった

高収入を得る見込みがある

世の中にない事業分野

その他

不動産等資産が

有効活用できる

家事・育児・介護と仕事の

両立が可能

知識・経験・ノウハウが

あまり必要ない

社会に貢献できる分野

55.5

42.039.6

34.230.3

23.5 21.5 20.1

13.610.7

4.7 3.03.6 2.3 2.3

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

第3-1-35図 事業分野の選択理由

●事業分野の選択理由 事業分野の選択理由に関しては、多くの起業家が「専門的な技術・知識等を活かせる」、「以前の勤務先と同じ業種」、「起業前までの人脈が活かせ

る」と回答しており、起業前までに蓄積した専門技術・知識、経験、人脈を活かせる事業分野を選択していることが分かる(第3-1-35図)。

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206 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

●起業時及び起業後の課題 起業時に直面した課題及び起業後に直面した課題を比較すると、起業の前後で起業家が直面する課題が変化することが分かる(第3-1-36図)。特に、最大の課題として起業時には「資金調達」が、起業後には「質の高い人材の確保」が挙げられており、起業時と起業後で中心的な課題が変化してい

る。また、起業時の課題として「起業に伴う各種手続」も上位に挙げられており、起業に必要な手続が煩雑であったと考える起業家も少なからず存在している。以下、課題として多く挙げられている起業時の資金調達及び人材確保に焦点を当てて詳細に論じていく。

60

50

40

30

20

10

0

(%) 起業時の課題 起業後の課題

資産調達

質の高い人材の確保

起業に伴う各種手続

販売先の確保

仕入先の確保

経営知識の習得

事業に必要な

専門知識・技術の習得

起業場所の選定/

事業所や土地の賃借料の高さ

規制

マーケットの情報収集

量的な労働力の確保

製品・商品・サービス等の

高付加価値化

製品・商品・サービス等の

価格競争力の強化

事業内容の選定/陳腐化

対象とするマーケットの

選定/競争激化

企業理念の設定/

従業員への浸透

前職からの退職

業界慣行

家族の理解・協力不足

有能な専門家の確保

前に経営していた

会社の整理

その他

特にない

54.9

39.8

55.7

28.124.529.8

23.015.920.619.514.115.013.713.013.413.4

18.113.3

10.111.317.5 18.8

12.5

22.417.0

9.8 9.6 8.99.3 8.3 8.1 5.82.85.47.34.04.8 2.0

6.1 4.71.32.5

9.4

37.2

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.起業時とは起業準備期間中、起業後とは起業から現在に至るまでの時期をいう。 2.※印は、起業時のみで尋ねた項目。 3.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

~最大の課題として起業時には「資金調達」が、起業後には「質の高い人材の確保」が挙げられており、起業時と起業後で中心的な課題が変化している~

●起業資金の調達及び人材の確保 起業家の資金調達先の割合及び調達額(中央値)を示したものが第3-1-37図である。資金調達先の割合を見てみると、「自己資金」、「配偶者や親族からの出資金や借入金」、「友人や知人からの出資金や借入金」が上位を占めており、いわゆる3F(Founder, Family, Friends)からの融資が多い。

また、約2割が「公的機関・政府系金融機関の助成金・借入金」を得ており、起業において政策金融が重要な役割を果たしていることが分かる。調達額の中央値を見てみると、ベンチャーキャピタル等からの出資の金額が最も大きく、ごく少数の起業家がベンチャーキャピタル等から大口の資金を得ていることがうかがわれる。

第3-1-36図 起業時及び起業後の課題

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第1節

第3部

207中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

第3-1-37図 起業資金の調達先

77.8

自己資金

配偶者や親族からの

出資金や借入金

公的機関・政府系金融機関の

助成金・借入金

友人や知人からの

出資金や借入金

地方銀行からの借入金

事業に賛同してくれた

個人・法人からの

出資金や借入金

信用金庫・信用組合からの

借入金

以前の勤務先からの

出資金や借入金

都市銀行からの借入金

地方公共団体からの

助成金・借入金

取引先からの出資金や借入金

ベンチャーキャピタル等からの

出資金

フランチャイズチェーン

本部からの借入金

25.117.0

12.012.0 11.9

8.3 6.6 4.5 3.2 2.1 2.0 0.5

70

60

50

40

30

20

10

0

4,000

3,000

2,000

1,000

0

80

90(%) (万円)

割合(左軸) 調達額の中央値(右軸)

~多くの起業家は、自己資金、配偶者や親族、友人や知人からの出資金や借入金によって起業資金を調達している~

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

受けた起業家が多く、これらの金融機関が積極的に起業資金を融資していることが分かる。

 起業資金の調達に関して、金融機関の種類別に見ていくと、第3-1-38図が示すように、地方銀行、信用金庫・信用組合、政府系金融機関から融資を

第3-1-38図 金融機関からの起業資金の借入れ

60

50

40

30

20

10

0

(%)都市銀行 地方銀行 信用金庫・信用組合 政府系金融機関

調達希望金額の融資を

受けることができた

調達希望金額からは

減額されたが、ある程度の

金額の融資を

受けることができた

融資を申請したが断られた

金利、返済期間等の条件が

折り合わず、融資を

受けなかった

申請しても難しいだろうと

判断して、融資を

申請しなかった

融資の必要がなかった

9.7

27.4

22.8

27.6

3.0

8.4 8.8

13.19.2 8.2 7.6 8.8

0.8 1.3 0.8 1.2

25.5

16.815.512.1

51.9

37.8

44.4

37.2

~地方銀行、信用金庫・信用組合、政府系金融機関が積極的に起業資金を融資している~

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)

様に、知人や家族を中心として人材を確保していることが分かる(第3-1-39図)。

 次に、起業家の人材確保の手段について概観すると、「知人や友人を採用」、「知人からの紹介」、「家族や親戚を採用」などが多く、資金調達と同

Page 32: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

208 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

び起業後の課題について分析を加える。 類型ごとの起業の動機・目的の特徴であるが、IT型では「アイディアを事業化したい」、ものづくり型では「専門的な技術・知識等を活かしたい」と回答する割合が他業種と比べて高く、起業家が自己のアイディアや技術・知識等を活かすべく起業していることが考えられる。医療・福祉型では、「社会に貢献したい」と回答する割合が著しく、必ずしも営利目的ではない「社会起業家」が活躍していると推測される。また、生業型では、「仕事を通じて自己実現を目指したい」と考える起業家の割合が高い(第3-1-40図)。

●業種別の傾向 以上、我が国の起業活動の動向について概観してきたが、同じ起業活動でも、業種によってその実態や課題は多様であり、業種別に起業動向を把握する必要があるだろう。ここでは、①開業が特に活発で、起業後の成長が顕著14な情報通信業を「IT型」、②開業が特に活発で、起業後の雇用創出能力に富む15医療,福祉分野を「医療・福祉型」、③開業及び廃業が活発であるが、開業による雇用創出能力が高い16小売業及び飲食・宿泊業を「生業型」、④開業率は低く廃業率は高いが、我が国の産業・技術の基盤となっている製造業を「ものづくり型」として、起業の動機・目的、起業時及

第3-1-39図 起業時の人材確保~多くの起業家は、知人や友人、知人からの紹介、家族や親戚を中心に人材を確保している~

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

454035302520151050

(%)

知人や友人を採用

ハローワークを通じて募集

知人からの紹介

家族や親戚を採用

インターネットや求人誌で募集

民間の人材紹介会社の利用

助成金の活用

教育機関との連携

合同就職説明会への参加

その他

42.0

28.5 27.9

22.0

15.2

6.43.1 2.1 0.9

13.8

14  第3-1-3図及び第3-1-15図を参照。15  第3-1-3図及び第3-1-19図を参照。16  第3-1-3図及び第3-1-16図を参照。

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第1節

第3部

209中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

第3-1-40図 類型別起業の動機・目的

80

70

60

50

40

30

20

10

0

(%)

仕事を通じて

自己実現を目指したい

自分の裁量で自由に

仕事をしたい

社会に貢献したい

専門的な技術・知識等を

活かしたい

アイディアを事業化したい

より高い所得を得たい

年齢に関係なく働きたい

経営者として

社会的評価を得たい

以前の勤務先の

将来の見通しが暗い

時間的・精神的ゆとりを

得たい

全産業 IT型 医療・福祉型 生業型 ものづくり型

52.152.154.454.455.355.358.558.5

46.146.149.549.5

59.559.5

48.048.052.252.2

37.737.7

45.245.246.846.8

70.970.9

41.641.6

35.335.338.138.1

45.645.646.746.7

26.526.5

49.749.7

29.729.7

45.645.6

22.122.1

31.9 31.9 37.137.1

28.828.834.234.2

18.918.9

34.434.4

20.420.4

28.528.529.129.132.032.0

25.725.728.728.7

15.115.1

22.822.8

14.314.318.318.3

8.48.4

15.115.119.019.0

11.111.113.513.518.618.6

13.913.917.717.7

10.710.714.114.1

5.45.4

~IT 型では「アイディアを事業化したい」、ものづくり型では「専門的な技術・知識等を活かしたい」、医療・福祉型では「社会に貢献したい」、生業型では「仕事を通じて自己実現を目指したい」との動機・目的が比較的多いのが特徴である~

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.全体の回答数上位10位の項目を集計。 2.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

は、一貫して「質の高い人材の確保」が課題となっていること、生業型では、他類型と比べて、起業時には「仕入先の確保」が、起業後には「製品・商品・サービス等の価格競争力の強化」及び「製品・商品・サービス等の高付加価値化」といった製品・商品・サービス等の改良が課題となっていることに特徴がある(第3-1-41図①、第3-1-41図②)。

 次に、起業時及び起業後に直面した課題であるが、IT型及びものづくり型では、「販売先の確保」から「質の高い人材の確保」へと大きな課題が変化することは共通しているが、起業時において、ものづくり型では、「資金調達」が最大の課題となる一方、IT型では、「資金調達」を課題としている企業の割合は低く、少額資金での起業が可能であることが推測される。また、医療・福祉型で

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.全体の回答数上位10位の項目を集計。 2.起業時とは、起業準備期間中の時期をいう。 3.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

資金調達

質の高い人材の確保

起業に伴う各種手続

販売先の確保

仕入先の確保

経営知識の習得

事業に必要な

専門知識・技能の習得

起業場所の選定

量的な労働力の確保

規制

70

60

50

40

30

20

10

0

(%)

54.954.9

63.363.357.157.1

63.863.8

37.237.2 37.237.239.739.7

61.361.3

38.038.0

30.030.0 28.128.128.228.2

39.539.5

24.324.326.326.3

24.524.5

41.041.0

6.56.5

18.318.3

43.843.8

23.023.017.917.9

6.56.5

30.730.730.030.0

20.620.6

29.529.527.027.0

18.318.3

27.527.5

14.114.115.415.423.023.0

9.09.013.113.1 13.713.7

10.310.3

16.516.516.716.715.615.6

13.413.4

24.624.6

15.515.5

8.18.113.313.310.310.3

33.933.9

8.78.76.96.9

14.114.1

全産業 IT型 医療・福祉型 生業型 ものづくり型

~起業準備期間中の課題は、IT 型以外の類型で「資金調達」が最大、また IT 型やものづくり型では「販売先の確保」、医療・福祉では「質の高い人材確保」、生業型では「仕入先の確保」が多いことが特徴である~

第3-1-41図① 類型別起業時の課題

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210 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

第3-1-41図② 類型別起業後の課題~起業後の課題は、全ての類型で「質の高い人材の確保」が最大となっている~

質の高い人材の確保

資金調達

販売先の確保

対象マーケットにおける

競争激化

経営知識の習得

製品・商品・サービス等の

高付加価値化

製品・商品・サービス等の

価格競争力の強化

企業理念の従業員への浸透

量的な労働力の確保

仕入先の確保

80

70

60

50

40

30

20

10

0

全産業 IT型 医療・福祉型 生業型 ものづくり型

57.457.4

72.772.775.575.5

55.855.855.755.7

45.245.240.340.339.239.241.741.7

39.839.8

52.952.9

42.942.9

9.39.3

25.025.029.829.8

21.921.9

31.231.2

13.113.1

23.223.222.422.4

25.825.822.122.125.325.320.520.519.519.5

24.524.519.519.5

5.95.9

25.025.0

18.818.812.912.9

23.423.4

32.132.1

18.618.618.118.121.321.319.519.5

9.79.7

23.423.4

17.517.5 16.116.114.314.3

26.626.6

19.919.917.017.0 18.718.711.711.7

2.52.5

20.520.515.915.9

(%)

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.全体の回答数上位10位の項目を集計。 2.起業後とは、起業から現在に至るまでの時期をいう。 3.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

る。資金に関しては、その大半を自己資金や身内、友人から調達しているのが現状であるが、起業活動が我が国経済に与える影響と起業のリスクを考えると、政策的な支援が必要とされる。日本公庫では、新たに事業を始める又は事業を開始して間もない起業家向けに、1,000万円までの融資を無担保・無保証人で利用できる新創業融資制度を取り扱っており、2009年度には11,562件、総額約394億円、2010年度には10,522件、総額約358億円の融資を行っている(第3-1-42図)。既に示したとおり、起業家の17.0%が公的機関・政府系金融機関の助成金・借入金を利用しており(前掲第3-1-37図)、起業活動の促進に果たす政策金融の役割は大きい。

●起業活動の促進 以上、我が国の起業の実態や課題について、起業家に対するアンケート調査を中心に分析してきたが、数字の上では低調であるものの、我が国の経済成長に確実に寄与している起業活動を促進するためには、どのような取組が必要なのであろうか。 前掲第3-1-6図が示すとおり、我が国には100万人を上回る潜在的な起業家が存在し、起業に関心を持つ人々は多い。まずは、そうした潜在的な起業家にとっての課題を除去することが、起業の促進には必要であろう。 既に述べたとおり、起業家にとって起業時の最大の課題となっているのは、起業資金の調達であ

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第1節

第3部

211中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

第3-1-42図 新創業融資制度の実績

485.1503.7

394.2357.8 400

500

600

20,000

25,000件数(左軸) 金額(右軸)

(億円)(件)

7,5359,237

14,108 14,776

11,56210,522246.6

286.3

0

100

200

300

0

5,000

10,000

15,000

05 06 07 08 09 10(年度)

~日本公庫は、起業家向けに積極的に融資を行っている~

資料:(株)日本政策金融公庫調べ

影響を受けつつも、86.8%が存続している。また、61.0%が黒字基調、1企業当たりの従業者数も開業時の3.8人から4.9人に増加するなど、融資を得た起業家が着実に成長していることが分かる(第3-1-43図)。

 問題となるのは、融資を受けた企業が、起業に成功し、成長しているのかということである。日本公庫が融資時点で開業後1年以内の企業を対象に継続的に実施している「新規開業パネル調査17」によると、2006年に起業した企業は、開業4年目の2009年12月時点では、リーマン・ショックの

17  2006年以降、毎年12月に2006年に起業した国民生活金融公庫(現・日本公庫)の取引先2,897社(不動産賃貸業を除く)を対象に実施しているアンケート調査。2009年12月調査では、1,411社が回答。

第3-1-43図 (株)日本政策金融公庫の融資を受けた2006年に起業した企業の動向~融資を得た起業家は、着実に成長している~

資料:(株)日本政策金融公庫「新規開業パネル調査」(注) 1.不動産賃貸業を除く。 2.採算状況については、2006~2009年の全ての調査に回答した企業について集計。 3. 従業者数の動向については、起業時及び2007~2009年の全ての調査に回答した企業並びに廃業企業については、廃業年以前の従業者数を全て回答した企

業について集計。廃業企業については、廃業以降の従業者数を0としている。

59.1 40.9

0% 100%

2009年末

2008年末

2007年末

2006年末

黒字基調 赤字基調

1.0 0.9

0.0

0

1

2

3

4

5

6

開業時 2007年末 2008年末 2009年末

経営者本人家族従業員常勤役員・正社員パートタイマー・アルバイト・契約社員派遣社員

(人)

採算状況 従業者数の動向(一企業当たり)

3.8

4.54.8 4.9

1.3

0.9

0.5

0.1

1.8

1.3

0.5

0.9

0.0

1.8

1.5

0.5

0.1

1.9

1.5

0.5

0.9

72.4 27.6

68.3 31.7

61.0 39.0

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212 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

18  中小企業白書(2008年版)p.144では、北海道、東京、大阪、福岡等、人口100万人を超える都市を有するような都道府県は、比較的開業率が高い傾向にあることを指摘している。

19  中小企業白書(2003年版)p.130を参照。20  2011年度からは、新成長戦略において重点強化の対象となっている健康・環境分野等に該当する事業への創業・異業種進出に伴う人材の雇い入れに対して、助

成金を給付している。

等が地域の雇用・産業特性等に合った若者の就業促進及び能力向上を図るため、都道府県のマネジメントのもと、民間ノウハウを積極的に活用して、キャリアカウンセリングや人材育成研修等の一貫した就職支援サービスを一か所で受けられるジョブカフェ事業を実施し、同事業によって2010年度には約5.3万人の就職が決まっている。第1部でも述べたように、中小企業庁等は、中小企業と就職未内定の新卒者等を、職場実習を通じてマッチングする新卒者就職応援プロジェクトや合同就職説明会等の事業を実施している。また、(独)雇用・能力開発機構が創業・異業種進出に伴う人材の雇入れに対して助成金を給付しており、2010年度には、4,478人に対して、約37.3億円の助成が行われた20。また、販路の開拓についても、中小機構が企業OB等を販路ナビゲーターとして登録し、中小企業に対して製品等の評価及び販路候補先に係る情報を提供する販路ナビゲーター創出支援事業や、中小機構によって中小企業総合展等が実施され、販路拡大を支援している。新規企業にとっての人材や販路確保の難しさは、企業や企業の持つ製品・商品・サービスの情報が不足している点にあるといえよう。そうした意味でも政府、都道府県等が有望な新規企業を掘り起こしたり、支援したりすることは、新規企業の情報を求職者や取引先が得る上でも有効である。 以上、起業活動を促進させる取組について論じてきたが、前述のとおりIT型で人材や販路、医療・福祉型では人材、生業型では他業種と比べて仕入先確保や製品等の価格競争力・高付加価値化、ものづくり型では資金調達、人材、販路確保と、業種によって抱えている課題は異なっているように、起業家が有する課題は、多様である。起業の経済社会に与える影響の大きさと起業のリスクを鑑みると、起業活動の促進に果たす政府、都道府県、各種金融機関の役割は大きい。引き続き、有望な新規企業を掘り起こし、資金調達支援や人材確保・販路開拓支援、参入障壁の撤廃や市場からの撤退・再生制度の整備を中心として、起業家に応じたきめ細かい政策的な支援を工夫していく必要がある。

 前出第3-1-38図では、政府系金融機関のほかに、地方銀行、信用金庫・信用組合も積極的に起業資金を融資していることを示したが、特に開業率が高くない非大都市圏においては18、地域に密着した地方銀行や信用金庫・信用組合が、独自の技術や製品等のシーズを持つ潜在的な起業家に対して、より積極的に起業資金を融資し、起業活動を促進することが、地方経済の活性化につながるといえよう。 2011年3月11日に発生した東日本大震災によって、多くの中小企業が被災したが、特に地震や津波によって工場や店舗が壊滅した中小企業者にとって、事業の再建は、起業時と同様、資金調達の課題に直面する。震災によって直接・間接に被災した中小企業者等に対して、日本公庫では、災害復旧貸付及び東日本大震災復興特別貸付、(株)商工組合中央金庫では、危機対応業務として長期・低利の資金を融資し、また、保証協会では、災害関係保証及び東日本大震災復興緊急保証として、事業再建資金の借入に対する保証を行うなど、厳しい中にも事業の再建を図る企業家を支援している。 また、起業時の課題として「起業に伴う各種手続」が多く挙げられるが、起業を促進するためには、起業に必要な手続の簡素化や規制の緩和等が重要であろう。2006年5月に施行された会社法では、最低資本金規制が撤廃されたが、今後とも起業を促進するためには、参入障壁を引き下げていく必要がある。同時に、参入障壁を引き下げるのみならず、企業が市場から撤退又は再生しやすい環境を整備することが必要であろう。中小企業白書(2003年版)によると、休廃業した倒産企業の経営者の多くが経済的負担や精神的負担から再起業を希望していないことが指摘されているが19、こうした負担を軽くし、起業のリスクを低減させることで、起業・再起業しやすい環境を整えることが必要といえる。 他に起業時及び起業後の課題として、「質の高い人材の確保」や「販売先の確保」が多く挙げられているが、新規企業にとって人材や販路の確保は非常に難しく、この分野でも政策的な支援が必要とされる。人材の確保については、経済産業省

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第1節

第3部

213中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

いえ、過去の経験や人脈等が重要な成功要因になったと考える起業家が多いことが分かる21。起業時及び起業後に直面した課題として圧倒的に多く挙げられた資金調達や人材確保も、成功要因として上位に挙げられているが、販売先の確保、事業内容の選定、専門知識・技能の習得と同じ程度に成功要因として認識されている。

●起業の成功要因 ここまで起業活動を促進するための取組について概観したが、成功した起業家は、起業した事業の成果が得られている要因についてどのように考えているのだろうか。第3-1-44図は、事業の成果が得られていると考える起業家に、その要因を尋ねた結果である。これによると、「過去の経験や人脈」が最も多く挙げられており、新規企業とは

第3-1-44図 起業した事業の成果が得られている要因~起業した事業の成果が得られている要因として「過去の経験や人脈」が最も多く挙げられており、新規企業とはいえ、起業家の過去の経験や人脈等が重要な成功要因となっている~

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。 2.15%以上回答があった項目について集計。

46.3

34.1 33.9 32.8 31.7 30.1 27.5 27.5

23.6 22.8 20.9 253035404550

(%)

15.8 17.215.0

05101520

過去の経験や人脈

販売先の確保

質の高い人材の確保

事業内容の選定

事業に必要な

専門知識・技能の習得

資金調達

仕入先の確保

家族の理解・協力

事業のもとと

なるアイディア

一緒に起業した

パートナーの存在

起業場所

対象とする

マーケットの選定

起業家の

リーダーシップ

製品・商品・

サービス等の高付加価値化

21  女性では、管理職経験がある女性は、男性経営者と遜色ない経営成果や事業拡大意欲を有すること、管理職や事業管理の経験年数が長いほど、経営する企業の資本金規模や従業員規模が大きくなることが指摘されている。(鹿住倫世「女性企業家の企業家活動における職業経験の影響(日本ベンチャー学会2006)」)。

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214 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

起業家が前職で培った大学研究者、技術者、職人との人脈や製品開発の経験を活かして、新薬開発や再生医療に貢献する細胞操作装置を開発した大学発ベンチャー企業

 大阪府豊中市の株式会社アイワークス(従業員1名、資本金550万円)は、誘電泳動の技術を利用して細胞を操作・選別・融合する装置「セルワークス」を開発した大学発ベンチャー企業である。現在は、大阪大学に研究拠点を構えて、バイオサイエンス研究ツールの研究開発や製造・販売を行っている。 同社の横山拓也社長は、前職で顕微鏡の開発に従事していたが、大阪大学の脇坂嘉一氏と知り合い、不均一な電場にある物質に力が働く「誘電泳動」という電気力学現象に興味を抱いた。前職の企業からの資金援助等、各方面からの支援が得られたこともあり、脇坂氏と共同で2007年に株式会社アイワークスを起業した。経営面は横山社長が、技術面は脇坂氏が担当し、受託研究や実験器具の製造等を行っていたが、ついに誘電泳動を利用して顕微鏡下で細胞を自由に操作・選別・融合することができる細胞操作装置セルワークスの開発に成功、将来の新薬の開発や再生医療の分野での活躍が期待されている。 「起業には、パートナーの存在、前職企業での経験や取引先、そして、精神的な支柱となってくれた家族が重要だった。」と横山社長は語る。とりわけ前職での経験から、製造の現場に実際に足を運ぶことの大切さ、そして、製品開発の初期段階で多額の費用をかけず、設計にある程度めどが立ってから製品化することの重要性を学んだという。横山社長は、「今後は、セルワークスを主軸にそのアプリケーションを増やすことに注力し、バイオサイエンスの発展に貢献したい。」と語る。

事例3-1-7

Case

 福岡県福岡市の株式会社ファーストソリューション(従業員3名、資本金300万円)は、福岡市等のインキュベーション施設、(株)福岡ソフトリサーチパークセンタービルに入居する2005年に起業された企業である。汚泥の凝集沈殿・脱水・輸送までを一貫して行う独自の汚泥処理技術「MC(メッシュカット)工法」を活かして、コストを抑えた環境にも優しい小型の汚泥処理装置を武器に着々と成長を遂げている。 同社の高田将文社長は、大学卒業後に、地元の総合設備工事業者に就職し、水処理関連の業務に従事していたが、管理職に昇進する直前に、現場のエンジニアであり続けたいとの思いから独立を決意し、環境ベンチャーとして同社を起業した。 高田社長は、前職の経験から汚泥処理の技術には自信があったが、経験のない経営面については、(独)中小企業基盤整備機構のアドバイザーから助言を得ている。また、技術の認知やブランドも重要であると考え、経済産業省の新連携事業及び福岡県の経営革新計画の認定を受けるとともに、福岡市の福岡市ステップアップ助成事業の最優秀賞を受賞し、また、国土交通省の新技術情報提供システム(NETIS)への登録も行い、販路の拡大に成功している。現在は、東アジアへの海外展開も視野に入れており、より一層の成長が見込まれている。

事例3-1-8

国・県・市から自社の独自技術とビジネスモデルの認定を受けることによって販路拡大に成功している企業Case

セルワークスの操作風景(左)と細胞を融合させている様子(右)

同社が開発した小型汚泥処理装置(左)と汚泥の脱水に用いるエコポーチ(右)

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第1節

第3部

215中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

22 詳細に関しては、付注3-1-1を参照。

果に有意に影響を与えているとの結果が得られた22。この結果を踏まえると、大学や勤め先等で、一定の経験や人脈、専門知識・技能を蓄えた後に、働き盛りの年齢で積極的に事業を起こした起業家が、その後に成功しやすいことが示唆される(第3-1-45図)。

 次に、起業家のどのような属性が起業後の成果(起業後からリーマン・ショック(2008年9月)までの売上高、経常利益及び収支)に影響を与えているのか、起業実態調査に基づいて分析すると、能動的起業家であること、起業時の年齢の若さ、大卒以上の学歴等の起業家の属性が、起業後の成

~能動的起業家であること、起業時の年齢の若さ、大卒以上の学歴等の起業家の属性が、起業後の成果に有意に影響を与えている~

資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1. 詳細については、付注3-1-1参照。 2. リーマン・ショック(2008年9月)まで3年間(起業して3年未満の場合は、起業時からリーマン・ショックまで)の売上高、経常利益及び収支の状況を被説明

変数としている。 3. *は他の条件が一定の場合、その項目が起業後の成果に影響を与えていることを示す。 4. ***は1%水準、**は5%水準、*は10%水準で有意であることを示す。

売売上高 経常利益 収支能動的起業家ダミーパートナーダミー会社組織での起業ダミー起業の相談相手ダミー経営上の工夫ダミー資金の充足感ダミー

男性ダミー起業時の年齢学歴(大卒以上)ダミー保有資産親の職業ダミー就業経験ダミー事業経営経験ダミー起業支援策の活用ダミー

ベンチャーキャピタル等からの出資ダミー

****

****

******

**

***

**

****

**

****

第3-1-45図 起業家の属性が起業後の成果に与える影響

 我が国の起業家は、その大半が既存企業を退職した後に起業する「スピンオフ型」や「のれん分け型」に分類されるが(前掲第3-1-33図)、既存企業に勤めている被雇用者は、業務の中から起業のもととなるアイディア及びやりたい仕事を発見する機会並びに起業のパートナーと出会ったり、起業家や取引先と交渉する中で起業に興味を抱いたりとトリガーイベントに遭遇する機会に恵まれている。こうした経験や人脈を有する被雇用者にとっては、既にある程度の資金、経験、人脈を有しているため、資金や人材等が参入障壁となりにくく、また、起業後の課題や成功要因となる販売先の確保にも有利であるといえる。このように企業への勤務経験は、起業の成功に大きく作用することが推察される。 また、起業の成功要因として、「事業に必要な

専門知識・技能の習得」も多く挙げられており(前掲第3-1-44図)、回帰分析によると起業家の大卒以上の学歴や経営上の工夫(新技術、新生産方式、新商品・新サービスの導入等)を有して参入することが、起業後の成功に有意に影響を与えている(前掲第3-1-45図)ことから、大学や過去の職業等で得た専門知識や技能を活かして、新技術等を市場に持ち込むイノベーティブな起業家ほど、成功する確率が高いといえよう。 以上から、教育や職歴によって経験や人脈、専門知識や技能を有する者が、若くして起業に挑戦するほど、成功しやすいといえる。今後は、こうした有能な若手の被雇用者が積極的に起業できる環境を整備することにこそ、起業による経済の新陳代謝を進めていく鍵があるといえよう。

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216 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

23  シュムペーターは、著書「経済発展の理論」の中でこう述べている。「だれでも「新結合を遂行する」場合にのみ基本的に企業者であって、したがって彼が一度創造された企業を単に循環的に経営していくようになると、企業者としての性格を喪失するのである。またそれゆえ、だれでも数十年間の努力を通じてつねに企業者のままでいることは稀であって、これはちょうど、どんなにわずかであっても、なんらの企業者的要因ももたない実業家の存在が稀であるのと同様である。」。

24  岩波書店「広辞苑(第六版)」25  日本標準産業分類によると「卸売業,小売業」で一つの大分類であるが、便宜上、以下では「卸売業」と「小売業」に区分して分析する。

●転業の定義 転業とは、一般的に「職業や営業内容をかえること」をいうが24、転業には様々な態様が考えられる。ここでは、転業の態様を、事業内容の変更程度によって、①「新分野進出」、②「事業転換」、③「業種転換」に分類し、分析していく。 ①「新分野進出」とは、既存企業が主な業種や事業を変更することなく、関連事業又は新規事業に進出することである。例えば、ある製品を製造又はある商品・サービスを販売している企業が、その事業を継続しつつ、関連事業や新規分野で別の製品を製造又は商品・サービスを販売することである。 ②「事業転換」とは、「新分野進出」のうち、同じ業種内で売上高構成比が最も高い事業が変化することである。具体的には、企業が製造又は販売している売上高構成比の最も高い主な製品・商

品・サービスが変化することをいう。 ③「業種転換」とは、「事業転換」のうち、売上高構成比が最も高い業種が変化することをいう。つまり、主な製品・商品・サービスが業種を超えて変化することである。業種について、ここでは、総務省「日本標準産業分類」を用いることにする。日本標準産業分類には、大分類、中分類、小分類、細分類と四段階の区分が存在しており、大分類では20業種、中分類では99業種、小分類では529業種、細分類では1,455業種に分類されている。例えば、大分類には、「建設業」、「製造業」、「卸売業,小売業25」等が、中分類には、「製造業」の中で例示すると、「繊維工業」、「鉄鋼業」、「輸送用機械器具製造業」等が存在する。業種転換の定義は、業種分類の段階により異なることに留意する必要がある。

❶ 我が国の転業の現状

第2節 我が国の転業の実態23

 第1節では、我が国の起業をめぐる動向について概観し、我が国の起業活動は、数字の上では、必ずしも活発ではないものの、経済の新陳代謝やイノベーションの促進、雇用の創出、社会の多様化といった観点から、起業が経済社会に重要な影響を及ぼしていることを述べた。起業家の誕生が、我が国の経済成長の重要な一翼を担っていることは確かであるが、経済成長に必要となる旺盛な企業家精神を持っているの

は、新たに生まれる起業家ばかりではない。既存の経営者の中にも、更なる成長や難局の打開のために、起業時のような企業家精神を発揮して、新分野への進出や事業転換、業種転換を行う者も存在する。そこで、第2節では、既存企業の新分野進出、事業転換、業種転換といった転業に着目して、転業の実態及び転業が経済社会に与える影響について分析し、転業による経済の新陳代謝について詳細に見ていく。

 以上、第1節では、数字の上では低調であるが、確実に経済成長の源泉となっている我が国の起業活動について概観した後、起業活動を活性化させる取組について述べてきた。我が国経済は、震災前から、長期にわたって低成長が続いており、こ

れまでの延長線上に明るい未来が見通せない現在、震災からの復興の担い手や、硬直した時代を打破し新しい未来を切り拓く旗手となるのは、間違いなく果敢な挑戦を続ける現在そして未来の起業家なのである。

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第3部

217中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

第2節

超精密切削加工技術を活かして医療機器関連分野へ進出した企業

 大阪府大阪市のハリキ精工株式会社(従業員102名、資本金6,000万円)は、1952年に起業された精密機器部品を製造・販売する企業である。 会社設立以来、超精密切削加工技術をコア技術としてAV関連部品を製造していたが、1990年頃には IT 関連部品、2000年頃には自動車関連部品と次々に時代の潮流に合わせた新分野進出を果たし成長を遂げてきた。2007年頃からは、国内及び海外で需要が見込まれる医療機器分野に進出し、卓越した最先端の加工技術を活かして、医療機器用の精密部品を製造・販売している。 医療機器分野への進出に際しては、従来の大量の部品を高い精度で安定して生産する方式から、少量で複雑な部品を精密に生産する体制への転換や、新しい部品の生産や検査のための従業員の再教育等のいくつかの課題に直面した。しかしながら、医療機器分野を事業の柱とすべく、長年培ってきた切削加工技術を核に医療機器用精密部品を製造し、大阪商工会議所や(独)日本貿易振興機構等と共に参加した見本市では、アメリカの企業との商談を成立させ、新分野における成功の足掛かりを作っている。 同社の榛木竜社長は、「医療機器分野への進出を機に、今後は自社の裁量を増やすべく、部品から商品へと展開していきたい。」と話している。

事例3-1-9

Case

同社の製造した医療機器用の精密部品

事業転換後にハイパワーLEDを開発し、太陽の塔を40年ぶりに開眼させた企業

 大阪府守口市の株式会社WDN(従業員7名、資本金1,000万円)は、2001年に起業された LED照明や投光器の開発・製造・販売等を行う企業である。 同社は、従来、液晶ディスプレイのバックライトや特殊な磁石を製造する大企業の下請企業であったが、親企業の海外展開によって受注が減少した。2006年に就任した同社の望月初博社長は、事業転換を決意し、成長が見込まれる環境分野での事業展開を目指し、約1年半の間、休業して LED照明の開発に挑戦した。技術者出身であった望月社長は、転業前のバックライトの偏光板や反射板、放熱の技術を活かして試行錯誤の末に開発に成功し、2008年に LED事業を開始した。2010年の大阪万博開催40周年記念事業で、万博記念公園の太陽の塔の目玉を点灯させるプロジェクトに参加、自社の LED照明を用いて40年ぶりに太陽の塔を開眼させた。 望月社長は、「転業には領域を限定して自社の強みを活かすこと、そして、資金繰りが重要である。」と語る。同社は、2010年7月に経営革新計画の承認を取得し、中小企業応援センターを活用しつつ、新たに特許申請中のフレキシブル面 LED26により、更に事業を成長させている。

事例3-1-10

Case

同社の LED照明によって40年ぶりに開眼した太陽の塔

26 照明範囲を調整することができる発光ダイオードのこと。

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218 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

店頭販売からインターネット通信販売に業種転換して成長を続ける企業

 東京都八王子市のタンタンコーポレーション株式会社(従業員15名、資本金4,700万円)は、1946年に設立された家電を販売する企業である。地元八王子市を中心に店舗販売で業績を伸ばし、バブル絶頂期には10店舗まで成長した。その後、景気の急速な悪化や郊外型のディスカウントショップの台頭に伴い、店舗の閉鎖を行い、1999年には3店舗にまで減少した。その頃に始めたのが、インターネット通信販売事業である。現在では、全ての店舗を閉鎖してインターネット通信販売専門事業者へと転業し、年商40億円まで成長させることに成功した。 成長の秘訣は、店舗販売で培われた対面販売の心地よさを、インターネット通信販売という仮想の市場で実現できたことである。象徴的な取組として、電話応対を行う社員には、店舗販売経験者のみを採用しており、また、顧客に返信するメールの内容について、1時間以上議論をして推敲することが度々あるという。同社は、こうした顧客満足を向上させる取組を、システムにも反映している。まず、インターネット上に氾濫する価格情報を自動検索システムによって1日1万回以上検索し、自社の価格に反映させている。また、インターネット通信販売利用者が申込ボタンをクリックした瞬間から感じる不安を払拭するため、申込から商品到着まで進捗を知らせるメールを4回以上送信している。さらに、注文のページ上に自由記述欄を設けており、「お祝い用の包装を施して出荷してほしい。」など、定型的な要求では満たせない注文にも対応している。こうした取組が奏功し、一般の消費者以外にも学校、病院、電気工事事業者から多数の注文が寄せられるようになった。 これらは、「顧客満足度を引き上げることが自らの成長につながる。」という強い経営理念に基づく対応だといえる。とかく価格だけが注目されがちなインターネット通信販売だが、同社は血の通った知恵を盛り込むことで更なる成長を目指している。

事例3-1-11

Case

●業種転換の実態 まずは、業種転換による産業構造の転換について見ていく。日本標準産業分類の大分類で、業種別の事業所数の変動を示した第3-1-46図によると、開業や廃業と比べて、他業種からの転出や転入による事業所数の変動幅は小さく、大分類での業種転換による新陳代謝は、開廃業によるものと比べて小さいといえる。

 以上で定義した新分野進出、事業転換、業種転換に基づいて、以下、我が国における転業の現状の分析を行う。ここでは、転業のうち、統計や民間の企業データベースで捕捉することが可能な業種転換に焦点を絞って、我が国では、どのような業種転換が起きているのかについて詳しく見ていく。

顧客に返信するメールを推敲する様子

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第3部

219中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

第2節

第3-1-46図 業種別の転出入率及び開廃業率(2004~2006年、事業所単位、年平均)~開廃業と比べて、他業種からの転出や転入による事業所数の変動幅は小さい~

資料:総務省「事業所・企業統計調査」再編加工(注) 1.横軸は、2004年の全事業所に占める各業種の事業所の割合を表している。 2.鉱業及び電気・ガス・熱供給・水道業は、事業所数が少なく、表示されていない。 3.事業所単位の開廃業は、支所や工場の開設・閉鎖及び移転による開設・閉鎖を含む。 4.ここでいう事業所の転出入は、産業大分類間での収入額又は販売額の最も多い業種の転換に基づく。

ると、卸売業と小売業及び卸売業と製造業の間での業種転換が多く、卸売業を中心に川上展開、川下展開が起きていることがうかがわれる(第3-1-47図)。

 また、企業単位で、どの業種からどの業種への転換が起きているのかを把握すべく、(株)帝国データバンクのデータベースを用いて、2千企業以上の転換があった業種間について詳細に見てみ

飲食店,宿泊業

0.0

5.0

15.0

20.0

10.0

20.0

5.0

10.0

建設業 製造業

情報通信業

運輸運輸業業運輸業

卸売業小売業

金融・保険業不動産業

医療,福祉教育,学習支援業

(他に分類されないもの)

0.4 0.80.4

1.2 1.10.30.5

0.20.2 0.2

0.5

4.3 3.26.1 5.2 5.5

7.05.3

7.89.4

6.2

6.0 5.6 6.6 7.0 8.0 5.7 9.15.0 6.1

1.1

6.7

0.3 0.9 3.0 0.6 0.30.3

0.1

0.1

0.20.5

15.0

サービス業複合サービス事業

6.4

5.5

開業転入 廃業 転出

(%)

8.4

7.6

0.4

1212..4412.4

0.0.880.8

0.0.880.8

1414..8814.8

1.3

コラム3-1-3

 コラム3-1-3図は、事業所・企業統計調査及び経済センサス-基礎調査を用いて、2006~2009年の事業所の転出入率及び開廃業率を示したものである。これによると、依然として多くの業種で、転出入による事業所の変動幅が小さいことが分かる。

総務省「経済センサス-基礎調査」を用いた転出入率の算出

飲食店,宿泊業

0.0

5.0

15.0

20.0

10.0

建設業 製造業

情報通信業

運輸業

卸売業小売業

金融・保険業不動産業

医療,福祉

サービス業(他に分類されないもの)

0.8 1.8

1.9

0.8 3.0 1.21.3

0.60.3 0.3

0.5 1.0

1.5 1.2

6.0

2.0 2.1 2.4 2.7 1.4 3.8 4.22.5 2.4

4.6 5.3 5.5 6.5 5.8 3.97.7

4.0 5.8 4.86.9

1.9

4.6

1.10.8

1.7 2.3 1.0 0.50.5

0.4

0.2 1.3

複合サービス事業

21.4

22.3

0.7

転入

開業

廃業

転出

(%)

教育,学習支援業

0.8

9.5

飲食店,宿泊業

建設業製造業

情報通信業

運輸業

卸売業 小売業金融・保険業

不動産業

医療,福祉

サービス業(他に分類されないもの)

複合サービス事業教育,

学習支援業

0.0

5.0

15.0

20.0

10.0

(%)

資料:総務省「事業所・企業統計調査」、「経済センサス-基礎調査」再編加工(中小企業庁試算)(注) 1.横軸は、2006年期首の全事業所(非一次産業)に占める各業種の事業所の割合を示している。 期首の事業所数は、存続事業所及び廃業事業所から算出した。 2.鉱業及び電気・ガス・熱供給・水道業は、事業所数が少なく、表示されていない。 3.事業所単位の開廃業は、支所や工場の開設・閉鎖及び移転による開設・閉鎖を含む。 4.ここでいう事業所の転出入は、産業大分類間での収入額又は販売額の最も多い業種の転換に基づく。 5. 転入・転出事業所及び廃業事業所については、平成18年事業所・企業統計調査の調査範囲に限定されるため、転出入率及び廃業率が過小に算出さ

れる可能性がある。 6.開業事業所と廃業事業所の定義の違いにより、開業率と廃業率を単純に比較できない。

~多くの業種で、転出入による事業所数の変動幅が小さい~

コラム3-1-3図  業種別の転出入率及び開廃業率(2006~2009年、事業所単位、年平均)

Page 44: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

220 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

た企業の割合は、大分類間では毎年約1%、小分類間では毎年2~3%であることが分かる(第3-1-48図)。

 以上では、日本標準産業分類の大分類間での業種転換について見てきたが、業種転換の単位を中分類間や小分類間にまで拡大すると、業種転換し

●製造業内及び卸売・小売業内での業種転換 以上では、産業大分類間の業種転換の現状を見てきたが、以下では、経済産業省「工業統計表」及び「商業統計表」を用いて、製造業内及び卸売・小売業内での中分類間での業種転換について見ていく。 第3-1-49図は、製造業内の産業中分類間での

200以上の事業所の業種転換を示したものである。これによると、金属製品と一般機械器具間の業種転換、一般機械器具、金属製品から輸送用機械器具への業種転換、電気機械器具から一般機械器具、電子部品・デバイスへの業種転換が多いことが分かる。

資料:(株)帝国データバンク「COSMOS2企業概要ファイル」再編加工(注) 1.公務、分類不能の産業及び不明を除いて集計。 2.大分類の「卸売業,小売業」は「卸売業」及び「小売業」と分割して業種転換率を集計している。 3.ここでいう業種転換は、売上高構成比の最も高い業種の転換をいう。 4.業種転換率=当該年の業種転換企業数/当該年の期首の企業数。

2.5 2.3

2.8

3.4

3.0

2.6

2.4 2.4 2.3 2.3 2.3

2.2 2.2

2.5

3.0

3.5 大分類(19業種) 中分類(96業種) 小分類(523業種)(%)

1.3

1.7 1.6

1.4 1.3 1.2 1.2 1.2 1.2 1.2 1.1 1.2

1.7

2.2

1.1 1.0

2.0 2.0 1.8 1.8 1.8 1.8 1.8 1.7 1.7 1.6

2.1

1.5

1.9

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10(年)

~産業小分類ベースでは、毎年2~3%の企業が業種転換を行っている~

第3-1-48図 産業分類別の業種転換した企業の割合

第3-1-47図 産業大分類間での業種転換(1997~2007年、企業単位)

0.2万

0.4万

0.8万

20万

10万

1万

2,758

3,513

3,393

6,176

3,111

3,109

3,963

3,599

3,481

10,867

10,435

3,378

8,306

8,801

2,265

業種転換企業数

19.6万社

18.4万社

3.0万社

21.7万社

18.2万社

5.7万社

3.7万社

~産業大分類では、卸売業と小売業及び卸売業と製造業の間での業種転換が多い~

資料:(株)帝国データバンク「産業調査分析SPECIA」再編加工(注) 1.ここでいう業種転換は、売上高構成比の最も高い業種の転換をいう。 2.2千企業以上の業種転換を矢印で示している。

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第3部

221中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

第2節

第3-1-49図 製造業内の業種転換(1997~2007年、事業所単位)

1万

2万

200

400

1,030

972

217

253

521

396

365

498

332

512

204505

268266

297

4.4万→3.3万

4.0万→3.4万

1.4万→1.2万

0.5万→0.5万

0.8万→0.6万

0.4万→0.2万

1.7万→1.2万

→97年の事業所数

07年の事業所数

業種転換事業所数

~製造業内では、金属製品と一般機械器具間の業種転換、一般機械器具、金属製品から輸送用機械器具への業種転換、電気機械器具から一般機械器具、電子部品・デバイスへの業種転換が多い~

資料:経済産業省「工業統計表」再編加工(注) 1.1997~2007年の間に存続した従業者4人以上の事業所のうち、製造業内で中分類ベースで業種転換を行った事業所が対象。 2.ここでいう業種転換は、出荷額構成比の最も高い業種の転換をいう。 3.200事業所以上の業種転換を矢印で示している。

売と自動車自転車小売の間で盛んに業種転換が起きていることが分かる。

 また、卸売・小売業内の産業中分類間での500以上の事業所の業種転換を示した第3-1-50図によると、飲食料品卸売と飲食料品小売、機械器具卸

資料:経済産業省「商業統計表」再編加工(注) 1.1997~2007年に存続した事業所のうち、卸売・小売業内で中分類ベースで業種転換を行った事業所が対象。 2.ここでいう業種転換は、販売額構成比の最も高い業種の転換をいう。 3.500事業所以上の業種転換を矢印で示している。

~卸売・小売業内では、飲食料品卸売と飲食料品小売、機械器具卸売と自動車自転車小売の間で盛んに業種転換が起きている~

1万

1,000

2,000

500

10万

20万

5,866

7,971

1,721

1,079

8251,150

748

539

634

5851,868

8701,904

1,697

521

3.5万→2.5万

8.7万→7.6万

9.2万→7.9万

9.0万→7.8万

0.5万→0.5万 20.9万→16.7万

52.6万→39.0万

8.8万→8.3万

13.5万→9.9万

→97年の事業所数

07年の事業所数

業種転換事業所数

第3-1-50図 卸売・小売業内の業種転換(1997~2007年、事業所単位)

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222 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

第3-1-51図① 製造業内の業種別事業所変動(2006~2007年、事業所単位)

0.0

5.0

15.0

20.0

10.0

15.0

5.0

10.0 化学

(%)

20.0

その他

電子部品・デバイス精密機械器具

情報通信機械器具

輸送用機械器具

9.9

5.2

5.9

8.0

11.2

10.4

8.4

10.2

6.26.0

10.4

7.9

7.3

2.8

11.7

10.8

2.9

11.5

6.1

8.6

電気機械器具

5.5

9.1

6.6

4.7

非鉄金属

6.9

9.9

6.8

4.1

7.7

3.1

3.4

8.4

7.9

3.5

3.7

7.3

金属製品 一般機械器具

鉄鋼

窯業・土石製品

5.0

9.8

6.2

4.1

8.1

8.2

1.8

6.6

2.0

10.8

12.1

1.1

0.6

8.5

0.6

なめし革・同製品・毛皮

2.0

ゴム製品

石油製品・石炭製品

1.2

8.3

5.2

1.0

2.9

9.2

7.8

2.5

プラスチック製品

1.8

9.7

5.7

1.5

印刷・同関連

0.8

9.5

10.4

0.8

家具・装備品

パルプ・紙・紙加工品

1.6

7.4

8.0

1.6

衣服・その他の繊維製品

木材・木製品(家具を除く)

11.4

7.8

11.7

1.71.6

6.8

1.42.11.0

9.2

12.1

1.0繊維

(衣服、その他の繊維製品を除く)

1.0

7.8

1.2

5.6

11.7

1.5

7.3

飲料・たばこ・飼料

0.8

食料品0.1

8.6

8.1

0.1

開業転入 廃業 転出

~製造業内では、転出入による事業所変動が比較的大きい~

資料:経済産業省「工業統計表」再編加工(注) 1.横軸は、2006年の全事業所に占める各業種の事業所の割合を表している。   2.事業所単位の開廃業は、支所や工場の開設・閉鎖及び移転による開設・閉鎖を含む。 3.ここでいう事業所の転出入は、産業中分類間での出荷額構成比の最も高い業種の転換に基づく。 4.従業数4人以上の事業所が対象。

 以上では、転業の定義を明らかにし、日本標準産業分類の大分類間、製造業及び卸売・小売業の中分類間の業種転換について概観した。第1節では、起業が経済の新陳代謝やイノベーションを促進し、雇用や社会の多様性を創出することを述べてきたが、転業にはどのような意義があるのだろうか。以下、転業が産業構造の転換や企業の成長に与える影響について分析を行う。

●転業による新陳代謝 開廃業と比較して、大分類間の業種転換による事業所数の変動は小さく、業種転換による経済の新陳代謝の効果が起業と比べて限定的であることは、前掲第3-1-46図が示すとおりであるが、果たして業種転換が新陳代謝や産業構造の転換に及ぼす影響は小さいのであろうか。ある企業が転業する際、既存の人材や設備、技術・ノウハウ等を活

用すべく、既存事業と関連のある分野に進出することが一般的である。そこで、ここでは同じ大分類内での中分類間の事業所数の変動に着目し、より類似の業種への移動による新陳代謝の効果について分析を行う。 第3-1-51図①及び第3-1-51図②は、それぞれ製造業、卸売・小売業の事業所の開廃業、転出入による事業所数の変動を示したものである。これによると、卸売・小売業内の転出入は、大分類間の業種転換同様、中分類間の移動でも事業所の変動に大きく影響を与えていないが、製造業内の転出入は、事業所変動に大きく影響を与えていることが分かる。前掲第3-1-3図によると、製造業の開廃業率が特に低いことが分かるが、製造業内では、活発に転出入が起こり、新陳代謝が起きていることがうかがわれる。

❷ 転業の意義

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第3部

223中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

第2節

資料:経済産業省「商業統計表」再編加工(注) 1.横軸は、2002年の全事業所に占める各業種の事業所の割合を表している。 2.各種商品卸売業及び百貨店・総合スーパーは、事業所数が少なく表示されていない。   3.事業所単位の開廃業は、支所や工場の開設・閉鎖及び移転による開設・閉鎖を含む。 4.ここでいう事業所の転出入は、産業中分類間での販売額構成比の最も高い業種の転換に基づく。

0.0

5.0

15.0

20.0

10.0

20.0

10.0

15.0

繊維・衣服等卸売

飲食料品卸売

5.0

建築材料、鉱物・金属材料等

卸売

機械器具卸売

その他の卸売

織物・衣服・身の回り品小売

飲食料品小売

自動車・自転車小売 家具・じゅう器・

機械器具小売

その他の

(%)

開業転入 廃業 転出

1.3

5.3

8.9

1.7

2.3

4.4

6.7

1.8

4.5

2.4

6.8

1.9

5.6

1.9

7.8

2.4

5.1

3.4

7.6

3.5

6.2

8.3

0.6

0.7

7.2

1.0

4.2

0.7

6.4

0.7

0.6

5.2

7.1

1.9

1.6

3.8 4.7

1.5

6.8

1.1

小売

~卸売・小売業内の転出入は、大分類間の業種転換同様、中分類間の移動でも事業所の変動に大きく影響を与えていない~

第3-1-51図② 卸売・小売業内の業種別事業所変動(2002~2007年、年平均、事業所単位)

 第3-1-52図は、製造業内の新陳代謝を更に詳細に分析すべく、1988年以降に起業された事業所及び1987年以前に起業された事業所のうち、1988年以降に産業中分類間、同じ中分類内の産業小分類間で業種転換した事業所、業種転換を

行っていない事業所の割合を示したものである。これによると、製造業では、2007年に、1988年以降に業種転換した事業所が約2割を占めており、転業による新陳代謝も、産業構造の転換に大きな影響を与えていることがうかがわれる。

第3-1-52図 業種転換した事業所の割合(製造業)

88~97年に起業17.4%

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07

88~07年に起業45.4%

転業なし36.3%

(%)

(起業、転業年)

88~07年に小分類間で転業18.3%

98~07年に起業28.0%

88~07年に中分類間で転業12.0%

~製造業では、2007年に、1988年以降に業種転換した事業所が中分類で約1割、小分類で約2割を占める~

資料:経済産業省「工業統計表」再編加工(注) 1.各年における1988年以降の起業事業所及び転業(業種転換)有無別の事業所の割合を示している。 2.ここでいう業種転換は、出荷額構成比の最も高い業種の転換をいう。 3.従業者4人以上の事業所が対象。

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224 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

業とも業種転換を経験した事業所の方が、業種転換をしていない事業所よりも、出荷額、付加価値額、従業者数及び労働生産性の伸びが大きいことが分かる。また、1997~2002年の期間における各指標に注目すると、業種転換を経験した事業所の多くの指標は、業種転換を経験しなかった事業所よりも低いものが多い。これらの事実は、成長性の低い事業所が、業種転換によって、生産能力、雇用創出能力及び労働生産性を高めていることを示唆しており、業種転換が製造業内の新陳代謝を活性化させていることが考えられる。

●業種転換による成長 以上では、特に製造業内では、転出入による事業所変動が活発である旨を指摘したが、果たして業種転換は、事業所の付加価値や雇用の増加、労働生産性の向上に寄与しているのであろうか。以下では、製造業事業所の業種転換後の成長について詳細に分析を行う。 第3-1-53図は、1997~2002年の期間に、製造業内中分類間での業種転換を行った大企業及び中小企業の事業所の、2002~2007年における出荷額、付加価値額、従業者数及び労働生産性の変化を示したものである。これによると、大企業、中小企

第3-1-53図 業種転換による成長~業種転換を経験した事業所の方が、業種転換をしていない事業所よりも出荷額、付加価値額、従業者数及び労働生産性の伸びが大きい~

資料:経済産業省「工業統計表」再編加工(注) 1. 1997~2007年の間に存続した、従業者4人以上の事業所が対象。 2. 従業者数29人以下の事業所の付加価値額は、粗付加価値額を用いて算出。 3. 労働生産性は、付加価値額を従業者数で除したもの。 4. 中小企業の事業所と大企業の事業所は1997年時点の所属企業の規模に基づき区分している。 5. 1997~2002年に製造業内産業中分類間で業種転換をした事業所を「業種転換有り」、産業中分類間で業種転換をしていない事業所を「業種転換無し」と

している。 6. ここでいう業種転換は、出荷額構成比の最も高い業種の転換をいう。 7. 製造品出荷額等及び付加価値額は、内閣府「国民経済計算」の「産出デフレーター」及び「国内総生産デフレーター」で実質化して算出。

製造品出荷額等(実質値)

従業者数

付加価値額(実質値)

労働生産性(実質値)

中小企業の事業所

大企業の事業所

中小企業の事業所

大企業の事業所

業種転換無し

業種転換有り

業種転換無し

業種転換有り

業種転換無し

業種転換有り

業種転換無し

業種転換有り

業種転換無し

業種転換有り

中小企業の事業所

業種転換無し

業種転換有り

大企業の事業所

業種転換無し中小企業の

業種転換有り

業種転換無し

業種転換有り

事業所

大企業の事業所

▲1.3% 4.2%

▲1.4% 6.8%

2.0% 6.2%

1.4% 10.7%

▲1.6% 0.8%

▲1.5% 1.7%

▲2.6% 1.7%

▲3.7% 2.0%

0.1% 6.5%

▲0.6% 8.4%

5.1% 8.0%

4.0% 17.6%

▲1.5% 7.3%

▲2.1% 10.2%

2.3% 9.9%

0.2% 20.0%

変化率(97-02)変化率(02-07) 変化率(97-02)変化率(02-07)

変化率(97-02)変化率(02-07) 変化率(97-02)変化率(02-07)

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第3部

225中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

第2節

27  異方性導電フィルムを用いた導電接着のこと。28  液晶パネルのガラス基板上に ICチップ等を搭載、圧着する装置のこと。29  フィルム等に小型液晶パネル等の部品を搭載、圧着する装置で、携帯電話等の組立てに用いられる。30  中小企業庁の委託により(株)帝国データバンクが実施。2010年12月に企業10,000社を対象に実施したアンケート調査。回収率26.8%。東日本大震災前の調査

であることに留意が必要である。

業種転換によって自社製品を開発することで下請企業から脱却し成長を続けている企業

 東京都大田区の株式会社大橋製作所(従業員88名、資本金9,600万円)は、ACF接合27によるマイクロエレクトロニクス実装装置の開発・製造・販売を主力事業とする企業である。 当初は、精密板金加工では高い技術力を有する企業であったが、第2次オイル・ショックにより変化した経営環境に主体的に対応するため、自社製品の開発に進出した。1980年に初の自社製品となる特殊金型を開発し、その後も多様な製品開発を行ったことにより、市場に耐えられる製品づくりと事業化の課題が明確となった。 1990年代に入って、熱圧着実装分野の将来性に注目して、同分野に経営資源を集中し、市場調査によって有力な取引先の開拓に成功したことから業績が向上した。業界の常識を覆す卓上型COG実装機28が1999年に日本経済新聞の日経優秀製品・サービス賞を受賞、2006年には世界初のフルオートFOBライン29の開発に成功し、ACF接合実装機のフルラインメーカーに発展するなど、事業の多角化による業種転換と新事業の創造に成功している。 同社の大橋正義社長は、「企業として持続的に発展するための原動力は、①経営理念の具体化を図り、経営方針・計画を作成し実践すること、②コア技術の開発や主要製品の開発を進めるための人材を確保し養成すること、③多様な人材や企業・機関と連携して、自社ブランド製品を開発すること、④国際基準、環境問題、企業の社会的責任等に対応すること。」と語る。特に、「経営指針を絶えず更新することにより、社会の変化に応じた新たな課題が明確になり、その後の事業展開の方向を定めることができる。」という。1980年に自社製品開発の強化を定めた経営計画を初めて策定しており、2011年度から第11次中期経営計画に着手する。

事例3-1-12

Case

同社が世界で初めて開発したフルオート FOBライン

●転業による企業の成長 以上、特に製造業内において業種転換が活発に行われることで新陳代謝が起こり、高い成長を遂げていることを示してきたが、製造業のみならず、業種転換が我が国の産業全体にどのような影響を与えているのか、また、転業の形態を拡大して、業種転換のみならず、新分野進出や事業転換が企業の成長にどのような影響を与えているのかについて、分析する必要がある。既存の統計では、業種転換以外の新分野進出や事業転換の効果をうかがい知ることは難しいため、中小企業庁が(株)帝国データバンクに委託して2010年12月に実施した「転業に関する実態調査30」(以下「転業実態調査」という)を用いて分析を進めていく。 まずは、転業前後の売上高、経常利益及び従業員数の推移について見ていく。第3-1-54図は、転業前後の売上高、経常利益及び従業員数の増減について示したものである。これによると、転業を経て、過半の企業で売上高、経常利益及び従業員

数を増大させている一方で、3~4割近くの企業では、業績や雇用を悪化させていることが分かる。 転業類型別に転業後の成長について分析すべく、新分野進出、事業転換、業種転換ごとに売上高、経常利益及び従業員数の増減を見てみると、新分野進出、事業転換、業種転換と転業が進むほど、売上高や従業員数については、減少する割合が高いが、経常利益については、増加又は維持する傾向にある。これは、既存事業を続けつつ、新たな事業を展開する新分野進出と比較して、事業、業種を変更する事業転換及び業種転換は、企業に大きな変革を迫ることとなり、既存事業よりも売上高や従業員数を減少させる割合が高いが、転業を経営刷新の機会とすることによって、企業の収益性を改善させていることが考えられる。つまり、転業には、事業を拡大し、売上高や従業員数等を増加させる意義のみならず、事業規模を縮小することによって、収益性を改善させるという意義が存在することを示唆している。

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226 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

 以上、特に製造業内で産業中分類間の業種転換が盛んであり、新陳代謝が活発に起きていること、企業は転業によって事業の拡大や事業の収益性改善に成功していることを見てきた。第1節で述べたように、企業の参入、撤退が国際的に見て活発ではない我が国にとって、既存企業が果敢に転業

することにより、市場の新陳代謝が活性化され、企業の成長性を高めることは非常に重要な意義を持つ。次項では、転業実態調査の結果を分析することによって、転業の促進に向けた課題と取組について詳細に論ずる。

 前項では、転業が我が国経済の新陳代謝や企業の成長、再生に重要な意義を果たしていることを述べた。経済成長の源泉となるのは、何も市場に参入してくる新規企業だけではない。既存企業であっても、更なる成長のため又は活力再生のために、企業家精神を発揮して新規事業に挑戦し、経済成長を牽引する主体となり得る。本項では、転業実態調査を用いて、我が国の転業の実態及び課題を分析し、転業を促進させるための取組について論じていく。

●転業の分類 転業をその動機・目的によって分類した場合、「自社の成長目的」や「社会貢献目的」といった「能動的転業」及び「既存事業の不調」や取引先の要望、会社再編、親会社の方針等による「外部的要因」といった「受動的転業」に分類できるであろう。 転業実態調査によると、受動的転業が能動的転業を若干上回るが、詳細な割合を見ると、成長目的からの転業が、既存事業の不調による転業を上回っている(第3-1-55図)。

❸ 転業の促進に向けた課題と取組

~転業した企業の半数以上が、売上高、経常利益及び従業員数を伸ばす一方、減少する企業も存在、また、転業が進むほど、売上高や従業員数については、減少する割合が高いが、経常利益については、増加又は維持させる割合が高くなる~

うち業種転換企業

うち事業転換企業

うち新分野進出企業

うち業種転換企業

うち事業転換企業

うち新分野進出企業

うち業種転換企業

うち事業転換企業

うち新分野進出企業

全体

全体

全体

45.5

42.5

54.7

51.9

58.9

58.8

55.8

58.4

53.2

57.6

66.3

55.6

12.5

23.0

18.6

14.6

13.1

12.5

11.7

12.5

3.5

4.7

3.5

4.2

42.0

34.5

26.7

33.5

28.1

28.8

32.5

29.0

43.3

37.6

30.2

40.2

0% 100%

増加 維持 減少

売上高

経常利益

従業員数

資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.「業種転換企業」は、転換前後の業種が判明するもの、「新分野進出企業」は、進出先の業種が判明するものについて集計。 2.転業後とは、転業の成果が出た後のことをいう。

第3-1-54図 転業類型別の転業後の売上高、経常利益、従業員数

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第3部

227中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

第2節

第3-1-55図 転業の分類

自社の成長目的41.3%

社会貢献目的3.7%

既存事業の不調37.7%

外部的要因17.3% 能動的転業

45.0%

受動的転業55.0%

~既存事業の不調のみならず、成長目的からの転業と回答する企業も少なくない~

資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。 2.外部的要因とは、取引先の要望、会社再編、親会社の方針等をいう。

機械修理業から、繊維機械や半導体製造機器といった常に成長過程にある分野に進出している企業

 奈良県橿原市の株式会社タカトリ(従業員220名、資本金9億6,300万円)は、半導体、液晶関連機器、ワイヤーソー31及び繊維機械の製造・販売を主な事業内容とする企業である。 同社は、1950年に高鳥王昌会長により機械修理業を行う会社として起業された。高鳥会長は、「常に成長過程にある分野に進出する。」という方針を有しており、1951年には、当時目覚ましく成長していた繊維機械の製造を開始した。同社のパンティストッキング自動縫製機は、世界60か国以上に輸出されるまでに成長したが、高鳥会長の決断で、その全盛期の1983年に、当時成長が見込まれていた半導体製造機器製造に進出した。 1990年には、半導体用の超硬材質、セラミック等を高精度に切断するマルチワイヤーソーを開発し、販売を開始した。その後も、携帯電話用の水晶の加工市場で世界シェアの6割を獲得、さらに、独自技術である揺動機構32を搭載した中型機は、LEDやパワー半導体に使われるサファイア、シリコンカーバイド、ガリウムナイトライドの加工市場で世界シェア9割以上を占める。これらの材料は硬度が高く、同社の揺動機構搭載のマルチワイヤーソーでしか切断できなかった。近年、省エネ部品の需要の高まりを背景に、液晶バックライトに LEDが使われるなど、LED市場は急拡大しており、LEDに使われるサファイア基板の加工市場を寡占する同社のマルチワイヤーソーの出荷台数は急速に伸びている。 現在は、(独)産業技術総合研究所つくばセンターが実施する省エネ半導体に用いるシリコンカーバイドの高度化研究に参画し、近畿経済産業局により戦略的基盤技術高度化支援事業に採択され、サファイア加工技術の高度化の取組等を行っている。

事例3-1-13

Case

同社のマルチワイヤーソーを用いてサファイアを切断する様子

31 ダイヤモンドワイヤーを用いた切断機器のこと。32  ワイヤーによって素材を円弧状にスライスする機械のこと。

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228 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

 能動的転業とは、主に事業の拡張、拡充を図るものであり、受動的転業とは、主に事業の改善、再生を目指して行われるものと考えられるが、転業の実態や課題を的確に捕捉するためには、これらの能動的転業と受動的転業を区別して分析を行う必要がある。以下では、能動的転業と受動的転業の区別を軸として、転業の現状を詳細に把握していく。 能動・受動別の転業前後の業種を示した第3-1-

56図①及び第3-1-56図②によると、能動的転業では、情報通信業や医療,福祉といった業種が増加しており、成長分野で更なる企業の成長を目指していることが推測される。他方で、受動的転業では、不動産業,物品賃貸業の割合が拡大しており、不調な既存事業を縮小し、所有する不動産を活用することに活路を求める企業が多いことが考えられる。

公共事業の減少を受けて建設業から介護福祉分野及び農業分野に進出し、相乗効果を得ている企業

 長崎県佐世保市の株式会社堀内組(従業員105名、資本金8,000万円)は、介護福祉分野や農業分野に進出している総合建設業者である。 同社は、戦前から旧国鉄松浦鉄道の建設工事を担い、1950年の会社設立後も公共工事を中心に地域に密着した事業を拡大してきたが、公共事業が減少していく中、人材や資金、設備等に余裕があるうちに、介護福祉分野及び農業分野へ進出した。介護福祉分野では、1998年には社会福祉法人を設立、1999年には特別養護老人ホーム「虹の里」を開設して運営している。農業分野では、ブルーベリー、マンゴー、オリーブ等の栽培を行っており、ブルーベリー事業では、2007年から「点滴ポット栽培」を導入し、病害虫等による被害の低減と、低農薬栽培による安全で高品質な果実を収穫している。また、オリーブ事業では、耕作放棄地を利用して市場ニーズのある高品質な食用、化粧用のオリーブオイルを抽出するための果実を栽培し、オリーブの樹木を活かした景観作りに目を付けて、県内の教会等にオリーブを植樹し、農業と観光の連携の試みも行っている。 介護福祉分野及び農業分野への進出は、本業である建設業での受注にもつながり、売上や雇用を回復させつつある。同社は、今後も新分野での事業を拡大させることで、本業の建設業の受注が増えていく相乗効果を期待して、地域への貢献や更なる発展を目指していく。

事例3-1-14

Case

同社が運営する特別養護老人ホーム「虹の里」(左)とブルーベリーの点滴ポット(中)、果実(右)

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第3部

229中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

第2節

第3-1-56図① 転業前後の業種(能動的転業)

14.9

13.7

17.9

1.6 18.8

10.9 13.1

13.7

1.3

1.1

10.1

8.1

7.1

5.9

6.5

5.3

1.6

0.3

0.5

4.8

3.8

5.1

0.5

1.1

1.5

建設業 製造業 情報通信業

運輸業,郵便業 卸売業 小売業

金融業,保険業 不動産業,物品賃貸業

宿泊業,飲食サービス業 生活関連サービス業,娯楽業 教育,学習支援業

学術研究,専門・技術サービス業

医療,福祉 サービス業(他に分類されないもの) その他

3.2

17.2

5.8

1.9

2.8

100%0%

転業後

転業前

~能動的転業においては、転業前後で、情報通信業や医療,福祉といった成長分野の業種が増加している~

資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。 2.分類不能の産業及び不明を除いて集計。

資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。 2.分類不能の産業及び不明を除いて集計。

10.3

12.1

13.6

23.6

2.4

3.3

15.0

15.2

1.4

2.0

21.5

5.6

4.3

3.9

3.0

2.8

5.3

3.3

3.2

2.4

11.8

19.1

4.7

4.8

0.8

0.2

1.6

0.9

1.0

0.9

0% 100%

転業後

転業前

建設業 製造業 情報通信業

運輸業,郵便業 卸売業 小売業

金融業,保険業 不動産業,物品賃貸業

宿泊業,飲食サービス業 生活関連サービス業,娯楽業 教育,学習支援業

学術研究,専門・技術サービス業

医療,福祉 サービス業(他に分類されないもの) その他

~受動的転業では、転業前後で、不動産業,物品賃貸業が大幅に増加している~

第3-1-56図② 転業前後の業種(受動的転業)

●転業の動機・目的及び事業分野の選択理由 転業の動機・目的をより詳細に尋ねたものが第3-1-57図である。これによると、能動的転業では、「企業の更なる成長」や「事業多角化の一環」を、

受動的転業では、「既存事業の売上不振又は収益低下の補填」や「既存事業が陳腐化し、将来性がなかった」ことを動機・目的として転業に踏み切っていることが分かる。

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230 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

事業分野に選択する割合が最も高く、果敢に成長分野に挑戦している。また、受動的転業では、「既存の設備等が活かせる」、「他に事業を行える分野がなかった」といった割合が能動的転業と比べて高く、事業分野も消極的理由から選択している割合が高い。

 次に、企業が転業先の事業分野を選択した理由について見ていく。第3-1-58図によると、多くの企業が既存の専門的な技術・知識、取引先・人脈、設備等、既存の専門的能力や人的・物的資産を活用できる分野を選択している。能動・受動別に見ると、能動的転業では、「成長性のある分野」を

~能動的転業では、「成長性のある分野」を選択する割合が最も高い一方、受動的転業では、「既存の設備等が活かせる」、「他に事業を行える分野がなかった」といった割合が能動的転業と比べて高い~

41.2 37.1 37.0

28.2 23.0 22.7 21.0

47.9 50.5

43.3

24.5 24.5 24.5

31.9 27.4

36.0

26.5 31.9 31.3

22.0 30

40

50

60 全体 能動的転業

既存の専門的な技術・

知識等を活かせる

既存の取引先・人脈等が

活かせる

既存の設備等が活かせる

成長性のある分野

社会に貢献できる分野

高収益を得る見込みがある

少ない資金で転業できる

取引先からの要望

他に事業を行える分野が

なかった    

親会社等の方針

その他

技術・経験・ノウハウが

あまり必要ない 

特に意図していた

わけではない

既に副次的に事業を

行っていた分野

受動的転業(%)

20.0

12.2 11.7

9.0 8.0

1.8 5.5

20.0 17.4

11.0 5.2 5.2 5.2

7.1

1.2 2.9

15.0 18.6

21.6

12.5 16.4 10.7 11.5

2.2 7.9

0

10

20

3.3

資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。 2.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

第3-1-58図 事業分野の選択理由

第3-1-57図 転業の動機・目的

49.039.7

36.132.2 26.4

78.1

52.9

32.9

25.7

52.2

31.5 33.3 40

60

80 能動的転業

企業の更なる成長

事業多角化の一環

社会貢献

余剰の従業員、資産、

資金の活用

海外からの安価な製品・

商品・サービス等との

価格競争の激化

取引先からの要望

親会社等の方針

下請企業からの脱却

その他

既存事業の売上不振又は

収益低下の補填

既存事業の市場が飽和・

成熟しつつあり、

将来性がなかった

既存事業が陳腐化し、

将来性がなかった

受動的転業(%)

13.8 12.39.4 7.0 6.9 6.8

10.6

17.9 22.1

10.7 3.3 6.0 3.8

9.5 7.1

22.8

7.0

13.2 14.3 7.9 9.7

4.8

13.0

0

20

24.8

全体

~能動的転業では、「企業の更なる成長」や「事業多角化の一環」を、受動的転業では、「既存事業の売上不振又は収益低下の補填」や「既存事業が陳腐化し、将来性がなかった」を動機・目的としている~

資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。 2.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

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第3部

231中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

第2節

●転業時の課題 転業時の課題となった事項について尋ねた結果が第3-1-59図であるが、上位には「資金調達」、「質の高い人材の確保」、「販売先の確保」が挙げられており、起業時に直面した課題と同様の問題が、

転業企業にも生じていることが推測される。また、受動的転業においては、「人員整理」も大きな課題となっており、事業の収縮を伴う転業を行う場合に、既存人員の処遇が課題となることが分かる。

在することが分かる。また、能動・受動別に見ると、能動的転業よりも受動的転業で1,000万円未満と回答した企業の割合が高く、受動的転業では、少額の費用で転業を図る企業が多いことが分かる。

 転業時の課題として資金調達が最も挙げられているが、第3-1-60図は、転業を行うに当たって要した費用の分布を示したものである。全体で見ると、転業の費用を1,000万円未満とする企業が約3割を占める一方、1億円以上とする企業も約3割存

第3-1-59図 転業時の課題

36.1

31.0

21.919.8

16.6 16.2

36.8 36.8

25.1 25.7

20.818.7

21.318.4

35.5

26.5

19.123.0

20

25

30

35

40

能動的転業

資金調達

質の高い人材の確保

販売先の確保

既存の人材の再教育

人員整理

対象とするマーケットの

選定

既存マーケットの

将来性の見極め

事業に必要な専門

知識・技能の習得

新しいマーケットの

情報収集

受動的転業

15.9 15.8 15.8

7.9

14.7 13.5 14.011.5

13.2

0

5

10

15

(%)全体

~上位には、「資金調達」、「質の高い人材の確保」、「販売先の確保」が挙げられるが、受動的転業では「人員整理」も課題となっている~

資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.15%以上回答があった項目のみ集計。 2.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。 3.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

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232 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

 また、新規事業が黒字転換するまでに見込んでいた期間と、実際に黒字転換するまでに要した期間の関係を見てみると、実際には見込みよりも長い時間がかかる傾向にある(第3-1-61図)。既存事業を縮小し、新事業に経営資源を集中する場合、

転業期間中は、既存事業からの収益が減少するため、資金繰りが厳しくなる。新規事業が軌道に乗るまで予想よりも長い時間がかかる傾向にあれば、転業期間中の資金繰りは、企業にとって特に重要だといえる。

第3-1-61図 新規事業が黒字転換するまでに見込んでいた期間と実際に要した期間

13.4 9.0 18.6 31.0 15.7 5.5 2.0 4.9 黒字転換するまでに見込んでいた期間

3か月以上6か月未満 6か月以上12か月未満 1年以上2年未満

2年以上3年未満 3年以上4年未満 4年以上5年未満 5年以上

15.3 8.5 13.2 26.4 10.8 8.8 4.2 12.7

0% 100%

実際に黒字転換するまでに

要した期間

3か月未満

~黒字転換までに見込みよりも長い時間がかかっている~

資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.既に新規事業が黒字化している企業のみで集計。 2.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。

資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。

25.4 8.4 12.3 7.9 8.6 9.6 9.8 5.8 4.3 3.9 3.9

27.9

21.7

8.9

7.6

11.6

13.4

8.3

7.6

6.7

11.0

8.9

10.5

10.3

9.7

5.8

5.8

4.7

3.9

3.1

5.0

3.8

3.9

全体

500万円以上1,000万円未満 1,000万円以上2,000万円未満 2,000万円以上3,000万円未満

3,000万円以上5,000万円未満 5,000万円以上1億円未満 1億円以上2億円未満 2億円以上3億円未満

3億円以上5億円未満 5億円以上10億円未満 10億円以上

0% 100%

受動的転業

能動的転業

500万円未満

~1,000万円未満とする企業が約3割を占める一方、1億円以上とする企業も約3割存在し、また、受動的転業では、少額の費用で転業を図る企業が多い~

第3-1-60図 転業を行うに当たって要した費用

Page 57: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

第3部

233中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

第2節

第3-1-62図である。これによると、能動的転業では、売上高、経常利益及び従業員数を増加させる企業が多い。他方で、受動的転業では、ほぼ半数の企業で売上高及び従業員数を減少させているが、過半の企業が経常利益を増大させており、事業規模を縮小させつつも、企業の収益性は改善させていることがうかがわれる。

●転業の影響 前掲第3-1-54図において、転業企業の過半が売上高、経常利益及び従業員数を増加させていることや、転業が進むほど、売上高や従業員数は減少するが、経常利益は増加又は維持する傾向があることを指摘した。転業前後の売上高、経常利益及び従業員数について、能動・受動別に見たものが

 以上では、転業による売上高、経常利益及び従業員数の変化を見てきたが、転業によってほかにどのような効果が生じたのか、転業直後及び転業後と段階別に尋ねたものが第3-1-63図である。これによると、転業直後及び転業後には、「売上や雇用が増加した」以外に、「企業が存続できた」、「企業の成長性や将来性が上昇した」などという良い影響、「売上や雇用が減少した」、「資金繰り

が悪化した」などという悪い影響が生じている。しかしながら、転業直後に比べて転業後には、良い影響があったと回答する企業の割合が増加している。また、売上や雇用、資金繰りの面での悪い影響を受ける企業は、時間を経るに従って減少している。これらのことから、企業は、転業直後に一時的に悪い影響を被るが、時間を経るに従って徐々にプラスの影響を受けていることが分かる。

資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。 2.転業後とは、転業の成果が出た後のことをいう。

42.6

73.6

4.4

4.3

53.1

22.1

35.9

61.1

54.4

64.3

14.3

18.5

12.8

12.4

49.7

20.5

32.8

23.3

受動的転業

能動的転業

受動的転業

能動的転業

受動的転業

能動的転業

売上高

従業員数

経常利益

0% 100%

維持増加 減少

~能動的転業に比べ、受動的転業では、売上高及び従業員数を減少させる企業の割合が高いが、過半の企業が経常利益を増大させている~

第3-1-62図 転業後の売上高、経常利益、従業員数(類型別)

Page 58: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

234 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

3-1-64図)。つまり、能動的転業においては、転業によって更なる成長を実現しているが、受動的転業においては、事業の再建や企業の存続に成功していることが分かる。

 転業直後及び転業後に出た影響を、能動・受動別に見た場合、能動的転業では、「売上や雇用が増加した」、「企業の成長性や将来性が上昇した」と回答する企業の割合が、受動的転業では、「企業が存続できた」と回答する企業の割合が高い(第

~転業による影響として、能動的転業では、「売上や雇用が増加した」、「企業の成長性や将来性が上昇した」と回答する企業が、受動的転業では、「企業が存続できた」と回答する企業の割合が高い~

資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.10%以上回答があった項目について集計。 2.転業後とは、転業の成果が出た後をいう。 3.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。 4.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

44.044.0

35.135.1

16.116.1

29.129.1

12.712.7

28.228.2

14.614.617.417.4

19.319.3

20.920.9

10.110.1

19.919.9

56.556.552.252.2

31.531.5

48.648.6

31.331.3

20.420.422.822.8

5.25.210.310.3

29.429.4

21.321.3 19.719.7 22.322.318.018.0

9.99.9 8.48.4

15.915.913.413.4

25.325.3

14.914.9

37.937.9 37.937.9

49.749.7

34.434.4 31.931.925.325.3

20.620.6 19.719.715.315.3

18.618.6

12.012.0

37.537.532.632.6

29.629.6

38.038.0

16.916.9

44.0

35.1

16.1

29.1

12.7

28.2

14.617.4

19.3

20.9

10.1

19.9

56.552.2

31.5

48.6

31.3

20.422.8

5.210.3

29.4

21.3 19.7 22.318.0

9.9 8.4

15.913.4

25.3

14.9

37.9 37.9

49.7

34.4 31.925.3

20.6 19.715.3

18.6

12.0

37.532.6

29.6

38.0

16.9

0

10

20

30

40

50

60

良い影響 悪い影響

(%) 能動的転業(転業直後) 能動的転業(転業後) 受動的転業(転業直後) 受動的転業(転業後)

企業の成長性や

将来性が上昇した

企業が存続できた

取引先が増えた

従業員の能力や意欲が

上昇した

資金繰りが好転した

経営刷新の機会となった

社会貢献が可能となった

売上や雇用が減少した

資金繰りが悪化した

既存事業に

良い影響があった

製品・商品・サービス等の

価値や競争力が上昇した

売上や雇用が増加した

第3-1-64図 転業直後及び転業後の影響(類型別)

第3-1-63図 転業直後及び転業後の影響

36.036.0

27.427.4 28.528.524.424.4

18.318.322.422.4

11.911.9 12.512.517.317.3 16.916.9 18.618.6 17.017.0

46.546.5 44.444.4 41.841.8 41.041.0

31.931.9 30.530.526.026.0

20.120.1

12.912.9 11.111.1

22.622.618.818.8

36.0

27.4 28.524.4

18.322.4

11.9 12.517.3 16.9 18.6 17.0

46.5 44.4 41.8 41.0

31.9 30.526.0

20.1

12.9 11.1

22.618.8

0

10

20

30

40

50

良い影響 悪い影響

(%)

企業が存続できた

取引先が増えた

経営刷新の機会となった

社会貢献が可能となった

売上や雇用が減少した

資金繰りが悪化した

既存事業に

良い影響があった

売上や雇用が増加した

企業の成長性や

将来性が上昇した

資金繰りが好転した

従業員の能力や意欲が

上昇した

製品・商品・サービス等の

価値や競争力が上昇した

転業直後に出た影響 転業後に出た影響

~転業直後に比べて転業後には、良い影響があったと回答する企業の割合が増加している~

資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.10%以上回答があった項目のみ集計。 2.転業後とは、転業の成果が出た後をいう。 3.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。 4.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

Page 59: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

第3部

235中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

第2節

3項目は転業時の課題の上位3位ともなっている。しかし、資金調達は転業時の課題として最も多く挙げられている項目であるにもかかわらず、成功要因としては人材確保や販売先確保を下回っていることから考えると、優秀な人材確保や新分野での販売先確保が、転業時に最大の課題となる資金調達よりも転業の成否をより大きく左右するといえそうである。

●転業の成功要因 以上、転業の効果について述べてきたが、転業に成功した企業は、どのような点に成果が得られている要因があると考えているのだろうか。第3-1-65図は、転業の成果が得られている要因について示したものであるが、「質の高い人材の確保」、「販売先の確保」、「資金調達」等が上位に上がっている。前掲第3-1-59図で示したように、これら

他方で、受動的転業においては、人員整理を成功要因として挙げる企業の割合が相対的に高いことが特徴である。

 転業の成功要因を能動・受動別に示した第3-1-66図によると、能動的転業では、上述の人材確保、販売先確保、資金調達を成功要因とする企業の割合が、受動的転業と比較して高いことが分かる。

第3-1-65図 転業の成果が得られている要因

36.5 35.4 31.9

23.5 23.2 23.0 21.0 20.8 20.2 19.1 19.0 18.3 18.2

15.9 15.6 14.3 13.5 13.1 12.0 10.4 10.2

152025303540

(%)

0510

質の高い人材の確保

販売先の確保

資金調達

既存の取引先や

人脈等の活用

製品・商品・サービス等の

高付加価値化

事業に必要な

専門知識・技能の習得

新しいマーケットの

情報収集

製品・商品・サービス等の

価格競争力の強化

仕入先の確保

既存の技術・知識等の

活用

新製品・新商品・

新サービスの研究開発

既存の人材の再教育

新規の設備投資

既存マーケットの

将来性の見極め

対象とするマーケットの

選定

事業のもととなる

アイディアの確定

既存の設備等の活用

量的な労働力の確保

新規事業内容の選定

人員整理

規制

~転業の成果が得られている要因として、「質の高い人材の確保」、「販売先の確保」、「資金調達」が多く挙げられている~

資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.「転業の成果が得られている」と回答した企業のみで集計。 2.10%以上回答があった項目のみ集計。 3.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。 4.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

Page 60: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

236 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

質の高い人材の育成に成功し、高付加価値デニム生地を製造する企業

 岡山県井原市の日本綿布株式会社(従業員60名、資本金2,000万円)は、ジーンズ製造の工程を一社で完結する一貫生産体制を構築している。 同社の川井眞治社長は、約20年前に(株)日本貿易振興機構主催のヨーロッパ視察に参加した際、イタリアのトスカーナ地方の衰退を目の当たりにし、最後には一貫生産に対応できる企業のみが生き残れるとの思いを強くした。それ以来、全ての工程を自社に取り込みノウハウを蓄積することを目的とし、1997年に防縮加工設備新設により「整理加工(防縮加工)」までの一貫生産を、2004年には設備新設による最終過程である「洗い加工」までの一貫生産体制を着々と整備してきた。この一貫生産によるノウハウの蓄積が、安価な外国製品に負けない高付加価値素材の開発・提供へつながった。同社の品質へのこだわりは世界に知れ渡っており、主に付加価値の高いプレミアムジーンズと呼ばれる1本3万円もする高級ジーンズに採用されている。また、ラルフローレン、ポール・スミス、ヤコブコーエン等の有名ブランドから指名の引き合いがある。 川井社長は、「品質を支えるのは、従業員の一人一人の職人としてのプライドである。」と考えており、事務所内には勤続30年以上の社員の写真を飾ることにしている。同社では、独特の肌触りを生み出すために旧式のシャトル織機を使ってデニム生地を織っているが、こうした機器の操作法を含め、職人の技を身につけるには約20年の長い時間と経験が必要であり、同社の工場では、60歳のベテラン職人が18歳の新人に技術を伝承する光景がよく見られる。こうして蓄積された技術と人材を活かして、同社は、世界初のグラデーションデニム・ファイバーによる高付加価値デニム生地の開発に成功した。これは1本の糸を3層に染め分けることにより、色相の多層構造を構成するもので、現在のところ同社のみが生産可能である。川井社長は、「中小企業は、大量生産の安物では生き残れない。高品質の本物、こだわりで差別化し、顧客価値の高いマーケットだけを狙っていく。」と語る。

事例3-1-15

Case

同社が開発したグラデーションデニム・ファイバーの生地を用いたジーンズ

第3-1-66図 転業の成果が得られている要因(類型別)

能動的転業 受動的転業

質の高い人材の確保

販売先の確保

資金調達

既存の取引先や

人脈等の活用

製品・商品・サービス等の

高付加価値化

事業に必要な

専門知識・技能の習得

新しいマーケットの

情報収集

製品・商品・サービス等の

価格競争力の強化

仕入先の確保

既存の技術・知識等の

活用

新製品・新商品・

新サービスの研究開発

既存の人材の再教育

新規の設備投資

既存マーケットの

将来性の見極め

対象とするマーケットの

選定

事業のもととなる

アイディアの確定

既存の設備等の活用

量的な労働力の確保

新規事業内容の選定

人員整理

規制

42.0 37.2

33.0

24.1 25.9 25.9 23.5 25.0 22.6 19.6 21.7 21.1 19.0

15.2 17.9

14.9 13.1

14.6 12.5 11.9

13.4 7.8

32.2 33.9 30.9

22.8 21.5 20.5 19.0 17.2 18.2 18.5 17.0 15.9 18.0 17.0 13.7 14.2 13.9 12.2 15.2

4.8

30

45 (%)

0

15

~人材確保、販売先確保、資金調達が成功要因であったと回答する企業は、能動的転業において比較的高いが、受動的転業においては、人員整理と回答する企業の割合が相対的に高い~

資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.「転業の成果が得られている」と回答した企業のみで集計。 2.10%以上回答があった項目のみ集計。 3.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。 4.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

Page 61: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

第3部

237中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

第2節

既存製品を活かして環境分野に進出し、愛知万博への出展等により販路開拓に成功している企業

 陶磁器産地として有名な滋賀県甲賀市信楽町にある近江化学陶器株式会社 (従業員50名、資本金9,500万円)は、1874年に起業された老舗企業である。同社は、陶磁器製の建築物の外装及び床用のタイル等を主に生産しているが、建設業界の先行きの不透明感から、環境問題への社会的関心の高まりに伴う緑化対策に着目し、既存の陶磁器製タイルを活かした壁面緑化事業に新分野進出を果たしている。 同社は、起業以来、時代の要請に応じる形で、陶磁器技術を核に蚕糸鍋製造、外装タイル製造と事業転換を行ってきたが、成長しつつある環境分野に着目して、関連会社を中心として建物の緑化事業に着手し、多孔質セラミックと陶磁器質を組み合わせた陶板とスナゴケを用いた植栽断熱発砲陶器「GIF-T」の開発に成功した。陶板部分は、長年培ってきた技術を活かして、外装タイル部分は陶磁器質で仕上げ、スナゴケを植える部分には多孔質セラミックを用いて両者を一体焼成する工夫を凝らした。また、タイルに植える植物を探し求めた結果、砂や石の基板で育ち、乾燥にも強いスナゴケに着目した。同社には、コケに関する専門人材はいなかったが、社員が学会に参加したり、また、大学の研究者を訪問したりすることで粘り強く情報を収集し、スナゴケを壁面緑化に用いることに成功している。 歴史を遡ると、同社の蚕糸鍋は、1900年のパリ万博に出展され、外装用タイルは、1970年の大阪万博で「太陽の塔」に用いられている。同社のGIF-T は、2005年の愛知万博で、巨大緑化壁「バイオラング」へ出展されたが、それを契機に注目を浴び、全国各地への販路の拡大に成功している。

事例3-1-16

Case

愛知万博に出展した巨大緑化壁「バイオラング」

投資支援」、「販路開拓支援」、「人材確保支援」、「人材教育支援」等の項目において活用した施策と今後活用したい施策の乖離が大きく、さらに政策的な支援が必要な分野であるといえる。特に前掲第3-1-65図で見たように、販売先及び人材の確保が転業の成功要因となっていることを鑑みると、販路開拓や人材確保及び人材教育への支援が重要である。

●転業に対する公的支援 次に、企業は、転業に際してどのような国及び地方公共団体等の支援策を活用し、今後活用したいと考えているのだろうか。活用したものについて見ると、多くの企業が自社の転業に際して「資金支援」を活用していることが分かるが、「特になし」と回答する企業の割合も高い(第3-1-67図)。今後活用したいものと併せて分析すると、「設備

第3-1-67図 転業に際して活用した/今後活用したい支援策~「設備投資支援」、「販路開拓支援」、「人材確保支援」、「人材教育支援」等で活用した施策と今後活用したい施策の差が大きい~

資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。 2.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

40.8

49.1

活用したもの 今後活用したいもの

11.8 11.8 9.5 9.5 8.2 8.2 7.4 7.4 6.1 6.1 5.9 5.9 5.0 5.0 3.5 3.5 3.2 3.2 2.6 2.6

28.8 28.8

41.6 41.6

11.8 11.5 9.5 8.2 7.4 6.1 5.9 5.0 3.5 3.2 2.6

0.0

27.2

10.5 14.6

22.0 19.5 18.0

14.8 14.5 10.2 9.2

13.2

0.9

28.8

資金支援

設備投資支援

セミナー

相談窓口

販路開拓支援

人材確保支援

人材教育支援

研究開発支援

インキュベーション

施設

既存事業の整理に

対する支援

研究機関や

異分野企業等との

連携支援

事業承継支援

その他

特になし

41.6

20

30

40

50

60(%)

0

10

Page 62: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

238 2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan

第1章 経済成長の源泉たる中小企業

●成功する転業と転業を支援する取組 以上、転業実態調査を中心に、我が国の企業の転業活動について詳細に分析を行い、能動的転業と受動的転業とで転業の動機・目的や課題が異なること、転業の際には、資金調達、人材確保及び販売先確保が課題となるが、新規事業が黒字転換するまでの期間が見込みを上回ることが多く、資金繰りが逼迫するおそれがあるため、特に資金調達が重要となること、転業の成功要因としては、人材確保、販売先確保及び資金調達といった事項が多く挙げられること、そして、利用した転業支援策としては、資金支援が多く挙げられるが、利用しなかった企業も多数に上ることを指摘した。それでは、企業が転業に臨む際にどのような点に留意し、また、政府等の機関のどのような支援が重要なのであろうか。 まず、転業を図る企業は、楽観視することなく綿密な転業計画を立て、多くの場合、新規事業の黒字化には想定以上の期間がかかることに留意して、転業に臨むべきである。また、転業の成功要因には、「既存の取引先や人脈等の活用」や「既

存の技術・知識等の活用」よりも、「質の高い人材の確保」や「販売先の確保」等を挙げる企業が多い。転業に際しては、自社の強みとなる既存の資源等が活用できる分野に進出しやすいが、そうした自社の強みが新分野でも発揮できるとは限らず、むしろ人材・販路・資金といった新規事業を創出する際と変わらない要素が、成功要因となることに着目すべきであろう。第1節では、起業に際して起業家の過去の経験や人脈が成功要因となる場合が多いことを指摘したが、転業に際しては、転業前の人脈や技術等よりは、むしろ人材・販路・資金といった要素が、転業を成功させるための鍵となるのである。 それでは、転業活動を支援する取組には、具体的にどのようなものがあるだろうか。中小企業の新事業活動を一括して支援すべく、2005年4月に中小企業の新たな事業活動の促進に関する法律が施行された。同法によると、国が策定・公表している基本方針を基に中小企業が経営革新計画を作成し、都道府県等から承認を受けた計画については、日本公庫による低利融資、中小企業信用保険

支援策の活用割合及び活用意欲が高い傾向にあり、受動的転業をした企業は、支援策の利用に消極的であることが分かる。

 転業に際して活用した支援策及び今後活用したい支援策を能動・受動別に示したものが、第3-1-68図である。これによると、能動的転業の方が、

第3-1-68図 転業に際して活用した/今後活用したい支援策(類型別)~能動的転業の方が、支援策の活用割合及び活用意欲が高い傾向にある~

46.2

34.834.8 37.437.4

0.70.7

8.98.9 9.89.8 8.08.0 5.75.7 6.36.3 4.34.3 4.04.0 2.62.6 1.11.1 1.41.4

23.923.9 24.624.6

7.47.4

19.419.4 17.117.1

13.13.44 10.910.9

8.68.6 12.312.3

47.447.4

34.8 37.4

46.6 51.0

33.7 40

50

60

能動的転業(活用したもの) 受動的転業(活用したもの) 能動的転業(活用したいもの) 受動的転業(活用したいもの)

(%)

15.4 13.7 11.4 11.4

8.7 7.4 8.4 7.7 6.0

0.7 4.0

8.9 9.8 8.0 5.7 6.3 4.3 4.0 2.6 1.1

5.2 1.4

13.9 15.5

25.2 22.3 21.6

16.8 19.4

12.3 9.0

14.8

23.9 24.6

7.4

13.7

19.4 17.1 15.415.4 15.4 13.4

10.9 8.6 8.9

12.3

0

10

20

30

47.4

資金援助

設備投資支援

セミナー

相談窓口

販路開拓支援

人材確保支援

人材教育支援

研究開発支援

研究機関や

異分野企業等との

連携支援

インキュベーション

施設

既存事業の整理に

対する支援

事業承継支援

特になし

30.3

資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)(注) 1.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。 2.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。

Page 63: 経済成長を実現する中小企業 - METI...業種別の開廃業率(2004~2006年の年平均)を 算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で 開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ

第3部

239中小企業白書 2011

経済成長を実現する中小企業

第2節

改正され、中小企業承継事業再生計画の認定制度が創設された。これにより、中小企業が、収益性のある事業を会社分割や事業譲渡により切り離して、他の事業者(第二会社)に承継させ、残された旧会社を特別清算等することで事業再生を図る中小企業承継事業再生計画を策定し、当該計画について認定を受けた場合、事業を引き継いだ第二会社に対する許認可権の承継33、登録免許税・不動産取得税の軽減、金融支援34が受けられるようになった。

 以上、第1節では経済の新陳代謝、企業の成長、雇用の創出、社会の多様化等から、起業が経済社会に重要な影響を及ぼしていること、第2節では転業が経済の新陳代謝や企業の成長を促進していることを概観した。東日本大震災により多くの中小企業が倒産、廃業を余儀なくされる中、経済の新陳代謝、企業の成長、雇用の創出等の観点からも、起業、転業を促進することが特に重要となっている。また、震災後も、新たな市場に果敢に挑戦する起業家、そして、既存事業の変革を試み、新たな分野へと参入する経営者の企業家精神こそが、経済成長の原動力となる。こうした新時代の旗手を育むべく、政府は、2010年6月に閣議決定された中小企業憲章において、「起業を増やす」ことを中小企業政策の基本理念とし、「起業・新事業展開のしやすい環境を整える」ことを行動指針に定めた。従来の大企業中心の経済秩序が崩壊しつつある現在、起業家や中小企業の旺盛な挑戦意欲や多様な創意工夫こそが、既存の秩序を変革し、より豊かで、より活力にあふれる経済社会を創造していくのである。

法の特例といった資金支援、販路開拓コーディネート事業等の販路開拓支援等を受けることができる。2010年度には、4,436社(1999年以降、累計45,415社)が経営革新計画の承認を得ており、今後も新分野進出等を図る中小企業の利用が見込まれる。以上は、主として成長目的の能動的転業への支援であるが、収益性のある事業を有しつつも財務状況が悪化している企業に対する事業の改善・再生等の受動的転業(利益の出ていない事業を廃止して、利益の出ている事業に集中特化することを含む)への支援としては、企業再生支援が挙げられる。特に都道府県ごとに設置された中小企業再生支援協議会では、過剰な債務により経営状況が悪化しているが、財務や事業の見直しにより再生が可能と判断される中小企業を対象に、企業再生に関する知識及び経験を持つ専門家が、中小企業からの相談に対し、課題解決に向けたアドバイスを行っている。また、相談案件のうち、再生のために財務や事業の抜本的な見直しが必要と判断される場合には、弁護士や公認会計士等の専門家により個別支援チームが結成され、具体的な再生計画の策定を支援するとともに、債権の放棄や条件変更(リスケジュール)等、関係金融機関等との金融調整の支援を実施している。中小企業再生支援協議会における2010年度の再生計画策定の支援は364社(2003年度以降、累計2,945社)となっている。このように、債務の軽減や繰延べにより事業の再生が見込まれる企業にとって、事業の改善・再生等の受動的転業を行う際に、中小企業再生支援協議会を活用することも、有効な手段の一つである。また、2009年6月には産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法が

33  第二会社への許認可権の承継には、業種の指定がある。34  金融支援には、別途金融支援を行う機関による審査が必要である。