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- 12 - 1 建築から学ぶ~建築と芸術 日本では、1923 年の関東大震災で首都圏の建 築が甚大な被害を被ったことにより、建築 = 工 学という考え方が強いが、欧米諸国では建築= 芸術との考え方が根強く、大学でも工学系ではな く芸術系の学科として設置されている。日本でも 東京芸術大学に建築学科があるなど欧米的な捉え 方がまったくないわけではない。 建築は他の芸術作品と大きく異なることがある。 それは、建築は建築家の自己表現の場としてのみ 存在することが不可能で、その建築主(施主)、 建物の使用者、施工者などの意向や技術的な問 題、さらには資金力、風土との兼ね合いなど社会 とのかかわりの中ではじめて存在することが可能 な「芸術作品」だといえる。したがって、建築は その時代を映す鏡ともいうことができ、建築から いろいろなことを学ぶことが可能である。 2 タペストリーの構成から学ぶ~建築と歴史 「最新世界史図説タペストリー 三訂版」270 ~ 271 ページの「西洋建築史の流れ完全整理」を見 てほしい。その構成は「神々のための建築」「国 王のための建築」「人々のための建築」と3つに 分類されており、それぞれの時代で、誰がもっと も尊ばれる存在であったかが、一目で生徒にわか るようになっている。 「神々のための建築」270 ページにはパルテノ ン神殿、ケルン大聖堂などの写真が掲載されてい るが、エジプトのピラミッドからルネサンスの聖 ピエトロ大聖堂(一部分はバロック様式)にいた るまで、神や天とのつながりを象徴する荘厳さ、 巨大さ、高さを持った建物が地域を越えて作られ たことが生徒にも自然と理解できるだろう。 「国王のための建築」271 ページ上段にはヴェ ルサイユ宮殿の絵画やサンスーシ宮殿の写真が掲 載されている。いずれも、大規模なものであり、 王侯貴族のための建物であるが、天井が低く人間 が使用するための場であることが一目瞭然である。 「人々のための建築」271ページ下段には、 ウィーンの集合住宅やニューヨークのオフィスビ ルが掲載されている。この2つはいずれも私たち の現代の生活スタイルとかかわりの深いもので、 現役の建物として当初の目的のまま使用されてい るものである。また、このページでは、大量生産 という生産のあり方、鉄とガラスという新しい素 材の登場が紹介されており、それらを社会がどの ように受け入れ、また拒否反応を示していったかに 建築から学ぶ~「西洋建築史の流れ完全整理」を使用しての授業~ 神奈川県立柏陽高校 木村芳幸 タペストリ ーを使った授業案 ヴェルサイユ宮殿 タペストリー p.271 サンスーシー宮殿 タペストリー p.271

建築から学ぶ~「西洋建築史の流れ完全整理」を使用しての …...- 12 - - 13 - 1 建築から学ぶ~建築と芸術 日本では、1923年の関東大震災で首都圏の建

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1 建築から学ぶ~建築と芸術

日本では、1923 年の関東大震災で首都圏の建

築が甚大な被害を被ったことにより、建築 =工

学という考え方が強いが、欧米諸国では建築 =

芸術との考え方が根強く、大学でも工学系ではな

く芸術系の学科として設置されている。日本でも

東京芸術大学に建築学科があるなど欧米的な捉え

方がまったくないわけではない。

建築は他の芸術作品と大きく異なることがある。

それは、建築は建築家の自己表現の場としてのみ

存在することが不可能で、その建築主(施主)、

建物の使用者、施工者などの意向や技術的な問

題、さらには資金力、風土との兼ね合いなど社会

とのかかわりの中ではじめて存在することが可能

な「芸術作品」だといえる。したがって、建築は

その時代を映す鏡ともいうことができ、建築から

いろいろなことを学ぶことが可能である。

2 タペストリーの構成から学ぶ~建築と歴史

「最新世界史図説タペストリー 三訂版」270 ~

271 ページの「西洋建築史の流れ完全整理」を見

てほしい。その構成は「神々のための建築」「国

王のための建築」「人々のための建築」と3つに

分類されており、それぞれの時代で、誰がもっと

も尊ばれる存在であったかが、一目で生徒にわか

るようになっている。

「神々のための建築」270 ページにはパルテノ

ン神殿、ケルン大聖堂などの写真が掲載されてい

るが、エジプトのピラミッドからルネサンスの聖

ピエトロ大聖堂(一部分はバロック様式)にいた

るまで、神や天とのつながりを象徴する荘厳さ、

巨大さ、高さを持った建物が地域を越えて作られ

たことが生徒にも自然と理解できるだろう。

「国王のための建築」271 ページ上段にはヴェ

ルサイユ宮殿の絵画やサンスーシ宮殿の写真が掲

載されている。いずれも、大規模なものであり、

王侯貴族のための建物であるが、天井が低く人間

が使用するための場であることが一目瞭然である。

「人々のための建築」271 ページ下段には、

ウィーンの集合住宅やニューヨークのオフィスビ

ルが掲載されている。この2つはいずれも私たち

の現代の生活スタイルとかかわりの深いもので、

現役の建物として当初の目的のまま使用されてい

るものである。また、このページでは、大量生産

という生産のあり方、鉄とガラスという新しい素

材の登場が紹介されており、それらを社会がどの

ように受け入れ、また拒否反応を示していったかに

建築から学ぶ~「西洋建築史の流れ完全整理」を使用しての授業~

神奈川県立柏陽高校 木 村 芳 幸

タペストリ ーを使った授業案

ヴェルサイユ宮殿 タペストリー p.271

サンスーシー宮殿 タペストリー p.271

Page 2: 建築から学ぶ~「西洋建築史の流れ完全整理」を使用しての …...- 12 - - 13 - 1 建築から学ぶ~建築と芸術 日本では、1923年の関東大震災で首都圏の建

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ついても言及されている。

 このように、人間の精神史や西洋の技術史が

見開き2ページで、建築史の整理という形を借り

イメージすることができるのが、タペストリーの

大きな特色である。授業では、「神々のための建築

それぞれに共通する点とはなんだろうか?」「神々

のための建築と人々のための建築の違いを観察し

てみよう?」などの発問や課題を有効的に出すこ

とができ、助かっている。

270 ページのテーマは

「重力との戦い」と題され、

アーチとドームの技術史

についてわかりやすく図

解している。270 ページ

最上段には、アーチを使

用しないギリシア神殿建

築の写真・パルテノン神

殿がある。柱が林立する

その姿は美しくはあるが、実用的な建築物として

の限界を示す姿でもある。

テーマの枠内上段では、アーチの発明が建築に

どのような可能性を与えたかを、タペストリー

67 ページの「特集 パンと見世物」にあるコロッ

セウムや 68 ページの「ローマ時代の生活と文化」

の建築物の写真を併用して生徒に理解させたい。

中下段では、ローマからロマネスクの半円アー

チに改良を加えたゴシック建築の尖頭アーチとそ

3 テーマ(コラム)

  から学ぶ

  ~技術とデザイン

19C末~ 近 代 建 築 運 動

近代 工業 社会 は 従来の生活 を 大 き く 変 え , 伝統 的 な 建 築 様 式 で は 対 応 が困 難 に な っ た と き , 新 社 会に 相 応 し い建 築 を め ざ し , 伝 統 を 発 展 的に 継 承 し よ う と い う 動 き と , 伝 統 を 否 定 し 新 た に理 想 的 社 会 を つ く ろ う と い う 動 き が 社 会 主 義 と 連 動 し て 起 こ っ て き た 。

産業革命後の社会の近代工業化 19世紀後半に , 鉄 ・ ガ ラ ス ・ コ ン ク リ ー ト な ど の新建材登場

背景

特色

ふ さ わ

鉄棒 ・ く ず れ に く い

コ ン ク リ ー ト ・ 圧縮 に 強 い ・ 耐火

人々のための建築

歴史様式から脱するため

に合目的性を唱えた , オ- ス トリアのオ ッ トー = ヴァ

ーグナーの代表作 。 通称マ ジ ョ リ カハウス 。 とく に

マジ ョ リ カ焼のタ イ ルを使 っ た花模様の 壁 へき

面 めん

装 そう

飾 しょく

有名で, 世紀末ウ ィ -ンを代表するもの。

⑭ウ ィ ー ンの集合住宅

⑬鉄筋コンクリ ー ト

マジョリカ焼きのタイル

ア レ ー ナ

出口

日 よ け ・ 雨 よ け の 天幕

地下 か ら 猛獣 を つ り 上 げ る 装置

皇帝 の 席

女性 と 下 層 民 の た め の 席

(木製)

元老院議 員 の 席 (大理石製)

入口 (80ヶ 所)

勝者

敗者

皇帝

いを立てる剣闘士 ④皇帝の前でお伺

コロッセウム タペストリー p.67

近代建築運動 タペストリー p.271

④ゴ シ ッ ク聖堂の 内部 ( ラ ン ス大聖堂 , 仏)

⑤ シ ャ ル ト ル 大聖 堂 ( シ ャ ル ト ル, 仏)

ゴシック様式 13~ 14世紀 西・北欧中心 13~ 14世紀 西・北欧中心 13~ 14世紀 西・北欧中心 13~ 14世紀 西・北欧中心 13~ 14世紀 西・北欧中心 13~ 14世紀 西・北欧中心 13~ 14世紀 西・北欧中心 13~ 14世紀 西・北欧中心 13~ 14世紀 西・北欧中心 13~ 14世紀 西・北欧中心 13~ 14世紀 西・北欧中心 13~ 14世紀 西・北欧中心 13~ 14世紀 西・北欧中心 13~ 14世紀 西・北欧中心 13~ 14世紀 西・北欧中心 13~ 14世紀 西・北欧中心 13~ 14世紀 西・北欧中心

尖頭アーチ

ス テ ン ド グ ラ ス

高い尖塔

ゴシック様式 タペストリー p.133

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れに付随する技術が発明されたこと。それにより

アーチの横への圧力を下に導くことが可能となり、

巨大で明るい内部空間や大きな窓を持つ建物を建

てることが、中世には可能となったことを133ペー

ジ「特集 教会と中世の人々」を併用しながら理

解させたい。さらに、ルネサンス期のアーチに再

び半円アーチが使用されることを知識として得れ

ば、建物のアーチの形を見ただけで大雑把ではあ

るが建築様式や建築年代を判別することができる。

なお、英語の建築家をあらわす語であるarchitectは

アーチを造る人であるアーチテクトが語源である。

このように「重力との戦い」という1/2ペー

ジにも満たないテーマを通じて、建築技術史と様

式史の核となる部分を理解することが可能である。

そのうえでタペストリーを眺めればどのページを

見ても楽しむことができるし、映画鑑賞などの楽

しみも増すだろう。もちろん、大学受験において

も役立つ知識である。

なお、都市や建築技術についての参考図書は、

書店の建築コーナーで数多く見ることができるが、

私の勧める図書は、岩波書店から出版されている

一連のデビット=マコーレイの大型絵本シリーズ

である。アーチに関連する建築技術史については、

デビッド=マコーレイ『カテドラル~最も美しい

大聖堂のできあがるまで~』(飯田喜四郎訳、岩波

書店)が教室での回覧や提示に適している。

271ページにあるテーマ「曲線美と直線美」では

19世紀末に流行したアール=ヌーヴォーと 20世

紀前半のデザインであるアール=デコについて紹

介がある。鉄とガラスの時代を受け入れながらも

重力との戦い キ ー ス ト ー ン

ア- チ

を横方 向 に 連続 させ た

ものが ヴ ォ ー ル ト , それ

を 2つ直交させたもの

が交差 ヴ ォー ル ト。 ゴ

シ ッ ク期には , 骨組み

を示す線状の リ ブ ( 肋

骨のような形からつけ

られた) が発達した 。

中世には , 円 は天

上, 正方 形 は地 上 を象徴し

た。 四角と 円形 ド ー ムの組

み合わせ問 題 をビ ザ ン ツ

は ペ ンデ ンテ ィ ヴ で解 決 し

た 。 正方形の外接円 上 に

半 球 をの せ , さ らに 高 い

ド-ムを重ねる 。

⑨ ド ー ムとペンデン テ ィ ヴ

ア ー チ

工法 で は自由 な大きさ で

頑 がん

丈 じょう

な 開 かい

口 こう

部を つ く る こ

と が で き る 。 築 く には 枠

を あ て両側 か ら 石 を積

み, 最 後に 中央の石で固

定 する の で , こ れ を キ ー

ス トー ン と 呼ぶ。

⑥ア - チ工法

ヴ ォ ー ル トは必然的にア

ーチ よ り多 く 横力を生むため ,

壁は 厚 く し て , その力をおさ

え る必要が あ り, そのため窓

は小 さく 作ら ざ るをえなか っ

た 。 飛梁 の採用に よ って , そ

の力が壁にかからない よ うに

な り, 大きな窓や よ り 高い聖

堂建設が可能にな っ た。

⑧飛 梁 ( フラ イ ン グ = バ ッ ト レ ス)

⑦交 差 ヴ ォ ー ル ト ( 交差 穹

きゅう

窿 りゅう

) ・ リ ブ ヴ ォ ー

とび はり

ル ト (肋 ろっ

骨 こつ

穹窿 )

飛梁

ペ ン デ ン テ ィ ヴ

壁の壁面を延 長し , その外 にある半球の

とす 。

タペストリー p.270

曲線美と直線美

流れるような曲線 による新しい様式 。 19世紀末のパリで 発展した 。 各種分野 の工芸デザインにお よび , ジャポニスム との関係も深い 。

アール = ヌーヴォー の過剰な曲線装飾に対 し , 対称 的・ 直線的な装 飾様式 。 1925年のパ リ工芸美術博覧会に由 来する 。 アメリカで発 展し ,摩

天 てん

楼 ろう

やデパー トが建てられた 。

アール = ヌーヴォー

アール = デコ

⑰パリ地下鉄の 入 り 口

⑱クラ イ ス ラー ビル

タペストリー p.270

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人間的な温かみにこだわり曲線を多用したアール

=ヌーヴォー、装飾にこだわりを見せながらも大

量生産から生み出される直線や幾何学的な画一化

された部品を受け入れるアール=デコの2つが理

解しやすく併記されており、20世紀前半のデザイ

ン史を通じて、人間と機械文明との葛藤の心理を

考察することができるようになっている。

このように2つのコラムは技術やデザインを通

じて歴史の深みや面白みを建築から学ぶ手がかり

となるコラムでもある。

4 実物から学ぶ~日本と西洋建築

授業では、タペストリーをもって町へ出ること

も可能だ。たとえば東京都内では東京駅近くの山

手線の高架はレンガ造りのアーチによるものだし、

東京駅もレンガ造りであるので各所にアーチを

発見できる。関東大震災の影響の少なかった地域

にある町であれば、さらに多くのアーチによる建

築や西洋の様式建築のデザインを取り入れた建物

を見つけることができるだろう。また、授業時間

内に校外へ出かけることが不可能であっても修学

旅行や遠足で訪れる史跡やテーマパークなどでも

「西洋建築史の流れ完全整理」が役立つ場面がある。

大学受験をする生徒には、志望大学のキャンパ

スを見学させ、タペストリーで取り上げられてい

るような様式の建物があるかどうか探させてみる

のも面白いだろう。写真は、早稲田大学と東京大

学の著名な建築であるが、いずれも、鉄筋コンク

リート建築ながら尖ったアーチを持ちゴシック建

築のデザインを取り入れていることに気づくだろ

う。

このように、大学の建築ではゴシック様式のデ

ザインがよく見られる。このデザインを取り入れ

た理由はタペストリー 136 ページ「中世の商業・

都市・大学」から、いわゆる大学の起源となる時

代や場所を学習していれば、理解できるだろう。

なお、近年、映画「ハリーポッター」シリーズで

もオックスフォード大学の建物がロケの場所とし

て使用されており、歴史的な大学の雰囲気を知る

ことができる。

5 まとめ

冒頭でも述べたように、「建築を学ぶ」ことは、

狭い分野の知識を学ぶことではなく、そのことを

通じて、文化や社会など多様なことを学ぶことに

つながる。授業の中でタペストリーなどを使用す

ることによって、「建築から学ぶ」学習をひろめ

てゆきたい。

* * *