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出版リバイバルプラン ―出版流通の効率化― 日本大学法学部 臼井ゼミナール 歌代 昌史 大財 侑祐 鈴木 洋平 中根 正之

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出版リバイバルプラン

―出版流通の効率化―

日本大学法学部 臼井ゼミナール

歌代 昌史

大財 侑祐

鈴木 洋平

中根 正之

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目次

1、出版不況と業界構造

1-1 出版不況と問題の所在

1-2 業界構造

2、取次の歴史

3、出版業界の取引慣行について

3-1 再販制度について

3-2 委託販売制について

4、出版業界における流通の課題

4-1 SCMについて

4-2 DCMについて

4-3 アナログな出版業界

~「閉鎖型」と「開放型」の定義 ~

4-4 現体制の構造上の問題

4-5 課題に対する取り組みの現状

① 日販における『トリプルウィンプロジェクト』

② トーハンにおける『桶川計画』

5、命題と検証

5-1 命題

5-2 検証方法

5-3 インタビュー結果

5-4 総括

6、インプリケーション

添付資料 【3-2 委託販売制】

≪資料①≫ 出版社・取次間 再販契約書

≪資料②≫ 取次・書店間 再販契約書

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1、出版不況と業界構造

1-1 出版不況と問題の所在

現在、出版業界では、出版不況と呼ばれる業界の低迷が起こっている。 その中で我々

の研究は業界全体の再成長を目的としている。

出版不況の要因としては、第一に、流通ルートの多様化があげられる。現代では、新古書

店や漫画喫茶などの二次流通市場の出現、またオンライン書店の台頭により、書店へ足を

運ぶ機会が減ったこと。さらに、ケータイ小説などの電子書籍市場の急速な伸長も大きな

影響を与えている。

インターネットや携帯電話などによる情報摂取方法の多様化も要因の一つである。

1-2 業界構造

出版業界は出版社-取次―書店の3者で成り立っている。

一般的な小売業に例えると、メーカーである出版社が本を製作し、卸業者である取次が

集荷・配送し、小売店である書店が販売している。

取次の業務としては「仕入れ、集荷、販売、配達、調整、倉庫、情報、集金、金融」な

どがあげられる。現在の出版業界において取次は重要な役割を担っており、書店に並ぶ本

の約7割は取次を介しているほどである。

その取次を介した本が書店へ納品されるとき、どの本どれくらいが納品されるかは取次

による「自動配本」と本屋が出版社・取次に行う「発注」で決まる。この「自動配本」は

書店の意向とは関係なく取次が各書店に本を納品する。書店の意向による「発注」は出版

社・取次によりある程度制御、調整され納品される。「自動配本」と「発注」の割合は現状

9:1となっており、書店はほぼ品ぞろえを決められない状況になっている。

このように取次に力が集中してしまっていることがうかがえる。この事実により、出版

業界は取次主体の硬直化してしまっている成熟産業と言わざるを得ない。

取次がここまで力をもつことになったのは、取次(卸)が必要不可欠な業態であるから

であろう。

取次の配送機能の不可欠性については、M・ホールの『取引総数極小化原理』と『不安定平

均化原理』の2つの方法より説明できる1。

『取引総数極小化原理』とは生産者の販売が多数の小売商に分散して行われるよりも、少

数の卸売商に集中して行われる方が、売買に必要な取引数が減少するという考えである。

例えば、10人の生産者に対し、100人の商人が取引するとすれば、取引総数は10×

100で1000となる。この両者の間に2人の卸売商が介在し取引すれば、取引総数は

生産者と卸売商間が10×2となり、卸売商と小売商間は、一人の卸売商がすべての生産

1加藤義忠・斉藤雅道・佐々木保幸(2007)より

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者と取引するので小売商との取引は100でよいことになる。したがって、取引総数は2

0+100=120回で済む。

『不安定平均化原理』とは、生産や消費の不確実性から必要となる在庫保有量は小売に

よって分散して保有されるよりも、卸売商によって集中的に保有されることによって全体

として少なくなるという説明である。つまり、これは20人の商人(小売商)皆が200

在庫保有すると、全体で4000(20×200)の在庫が必要となるが、仮に卸売商が

在庫を1000ないし、2000保有すれば、全体として必要在庫量は節減されるという

考えである。

しかし、これでは不十分である。このようなホールの考え方は一面では正しいといえる

が、卸売業の本質的活動を考慮していないといった問題が残される。

最終消費者の個人消費は小規模で各地に分散しており、かつ個別的である。このような

個人的消費の特性に規定され、小売業も同様の特質から完全に免れることは出来ない。都

市への人口集中や商品の標準化、広告の発達により、これらの特質はある程度緩和される

が、完全に取り除かれることはない。商業には、一方においてこのような個人的消費の特

性に対応することが求められる。個人的消費に対応するには、商業は出来るだけ小規模で

分散して存在することが求められるのである。

しかし、対照的に資本主義のもとでの商業はその存立根拠からすれば、その経営は出来

る限り大規模で、またその売買操作は商品の使用価値によって制約されないことが求めら

れる。例えば、正常業者は多数の小規模な商業者に販売するよりも、少数の大規模な商業

者に販売する方が経営上有利である。社会全体でも同様の効果が発揮される。つまり、社

会的に売買の集中化が実現される事によって、社会全体の流通費用途中時間が節減される

のである。

2、取次の歴史

出版流通における取次の重要性については前項で述べたとおりである。

現在、取次業者は 31 社存在している。その内、トーハン・日本出版販売(以下、「日販」

と略す)・大阪屋・栗田出版販売・太洋社・日教販・中央社の7社が重要シェアを占めてい

るが、とりわけトーハン・日販は全体の約 7 割も占めており、二大取次として他を圧倒し

ている。

なぜ、トーハン・日販が二大取次になったのかは、在京でありながら全国に配送出来る

流通網を他社に比べて逸早く持てたことも大きい。

その流通網を逸早く持てた理由に関しては、日本出版配給会社(以下、「日配」と略す)

の時代にまで歴史を遡り説明する必要がある。

日配は 1941 年 5 月 5日に出版物を一元的に配給する機関として設立された。その理由は

当時の日本は戦時中であり、当時の政府が出版物の統制を行う為であった。この際、全国

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の取次業者は全て強制的に解散・統合させられたのだが、その数は大小合わせ 242 社とさ

れている。日配は取次業務を一元的に統一したことで、各地に支店・営業所を設けて配給

網(流通網)を日本全土に張り巡らすことになった。

1945 年に日本が終戦を迎えたことで GHQ 主導による経済民主化政策を推進する行政が進

められ、160 社を越える取次会社が設立された。1946 年には日配も統制会社から商事会社

へ移行したのだが、それでも敗戦直後の全国業務裁量は 60%という高い水準を占めていた。

その為、1948 年に持株会社整理委員会により「過度経済力集中排除法」を受けた。その理

由としては、【全国取次業統合による経済力の集中】【出版物全国一元的配給統制会社とし

ての独占的支配力】【敗戦後の配給統制機能喪失後のシェア率】【日配販売チャンネルの圧

倒的な支配力】など競争企業の出現を許さない状況があると判断されたためだ。

1949 年 3 月 29 日に GHQ の指令を受けた閉鎖機関整理委員会から閉鎖機関指定され、翌

50 年 12 月には法的に消滅した。

日配側も 1949 年の指令を受け、新配給機関として自社の 3 社分割案を GHQ に提起する

など生き残りを図ったが、出版流通の自由競争化政策を目論む GHQ には受け入れられなか

った。

これに対抗した日配は、新会社として日販を設立させた。更には日配の職員を中心にし

て、トーハン・日本教科図書販売株式会社(昭和 31 年「日教販」と改称)・中央社・大阪

屋・中部出版販売株式会社・京都図書株式会社・北海道図書株式会社・九州出版販売株式

会社の計9社が従業員、物流施設、取引条件などを日配から継承して設立された。そして、

創業と同時に激しい競合を始めたのである。中部出版販売株式会社・京都図書株式会社・

北海道図書株式会社・九州出版販売株式会社の地方 4 社はそれに耐えきれず、約 2 年で全

て日販・トーハンにそれぞれ吸収合併されるか廃業に至った。

以上が、日販・トーハンの在京 2社が地方の業務にも秀でた理由である。

現在、本流通にはさまざまな経路があり、取次ルートと取次を介さないその他のルート

との比率は 3対 7であり、非常に偏っている2。

下の図は 2007 年度の取次を介した出版物の販売額をグラフに表したものである。

2 丸山 正博(2007)より

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3、出版業界の取引慣行について

現在、日本の出版業界の書籍流通には、2つの特徴的な流通・取引の制度が存在してい

る。それは、「再販売価格維持制度」(以下、「再販制度」と略す)と「委託販売制度」の2

つの制度である。

これより、それぞれの制度とそれに纏わる制度・動きについて順を追って説明していく。

3-1 再販制度について 日本国内の出版業界における再販制度を理解して貰う為に、まずは再販売価格維持行為

(以下、「再販行為」と略す)そのものについて説明する。

一般的に再販行為とは、生産または供給する立場の者が卸業者や小売業者に対して、販

売価格の水準や値幅を指定し、それを遵守させる行為である。

もし仮に、再販行為が何の制約もなく行われれば、本来自由であるべきはずの市場の価

格競争が故意に制限され、その結果公平な競争が阻害されることになる。その為、日本で

は「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(昭和 22 年 4 月 14 日法律第 54 号。

以下、「独占禁止法」)により原則的に違法とされている(独占禁止法第 19 条、一般指定 12

項)。

但し、“原則的に”と述べたように、この独占禁止法では、例外的に適用が除外されてい

るものも存在している。公正取引委員会(以下、公取委と略す)が指定した医療品や化粧

品などの商品(以下、「指定商品」)と著作物がそれである。書籍は、雑誌、新聞、レコー

ド盤、音楽用テープ、音楽用 CD とともに著作物とされ、法定再販商品として再販行為が認

総販売額 2兆853億円

データは 2007 年のもの

(出版指標 年報 2008 参照)

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められている(同法第 23 条 4 項)。

公取委は,1996年以降に指定商品の見直しを進め、その結果1997年には指定商品は全廃

になった。著作物の再販制度に対しても規制緩和推進のために見直しを検討していた。だ

がその後、当面は同制度を存続させる見解を発表した3。

出版業界では、再販行為を行うにあたり、出版社と取次の二者間、取次と書店の二者間

でそれぞれ再販売価格契約(以下、「再販契約」と略す)を結ぶとされている。

次に、添付されている資料をご覧いただきたい。これは、日本書籍出版協会のHPで紹介

されていた、出版再販研究委員会が作成した再販契約書のヒナ型から一部抜粋したもので

ある。

このように、再販契約は各々二者間で行われているが、実際には三者に関係がある契約

であることが分かる。

更に、特筆すべきなのはそれぞれの契約内容である。

出版社と取次間の契約内容には、契約未締結の者への販売禁止・規約違反の者へ罰則(違

約金・取引停止)を加える旨が記されている。そして、取次と書店間の契約内容には、出

版社・取次間と同様の契約に加え、書店店頭で販売する際における割引行為・契約未締結

の同業他社への横流し行為を禁ずる旨が記されている。

つまりは、再販契約を結ぶと、出版社が決めた販売価格(定価)を、取次や書店は守らな

ければ罰を与えられる。しかし、契約を結ばなければ本は入ってこないので取次や書店は

結ばざるを得ないということだ。

だが、全ての本が再販制度を用いている訳ではない。再販商品として流通させるかどう

かは、出版社の意思で決められる。現在では、公取委から「再販制度の弾力的運用」の要

望もあり、出版業界もこれに応えようと様々な施策を行っている。主な施策として、リメ

インダー市場4の拡大や部分再販商品5・時限再販商品6の拡充があげられる。

しかし、これらは既刊で流通しなくなったものや在庫僅少のものなど需要があまり大き

くないものが多く、且つ冊数に限りがあり在庫限りで終了というのが多く、タイトル数も

3 2001 年 3 月 23 日 公取委公表 「著作物再販制度の取扱いについて」において、「発行企画の多様性の喪失や新聞の

戸別配達制度が衰退による国民の知る権利の阻害の可能性など,文化・公共面での影響が生じるおそれがあるとし,同

制度の廃止に反対する国民各層からの意見も多く,なお同制度の廃止について国民的合意が形成されるに至っていない

状況にある。」とした上で、「現段階において独占禁止法の改正に向けた措置を講じて、当面同制度を存置することが

相当である」とした。

4 リメインダーとはメーカーにおける売れ残り品などのデッドストックのことであり、通常は値を下げて販売する。日

本の出版業界では謝恩価格本・バーゲンブックなどと称される。また、謝恩価格本とは、出版社の共同企画として市場

で流通している本を期間限定で定価の半額で販売する本、バーゲンブックとは、通常のルートでは流通しなくなった本

を再び市場に出すために価格を下げて販売する本である。

5 初刊から販売を拘束しない(自由価格)取扱うこと

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再販本と比較してみると圧倒的に少ない。部分再販本商品に関してはありもするが、タイ

トル数は全体のタイトル数に対してごく僅かである。よって、今後もしばらくは再販制度

が採られるであろう。

3-2 委託販売制について

次は、日本国内の出版業界における委託販売制度について説明する。

そもそも、一般的な委託販売制度とは、委任者(卸業者やメーカー)が、受任者(小売

店)に委託品(商品)の販売と在庫管理を委託する取引形態のことであり、受任者は委託

品販売し手数料を受領することで利益を得る。この際、受託者が委託品を販売された時点

で初めて受任者から委任者に金銭が支払われる。

出版業界における委託販売制度は、出版社や取次から書店に本の販売を委託することか

らそう呼ばれているが、実際には取次から書店に送品された時点で、書店には取次に対し

て送品された分全ての代金が請求される。当然のように書店には代金支払いの義務が出来

るわけだが、そこには定められた期間(委託期間)であれば自由に返品することが出来、

尚且つ返品された本の代金が最初に送品された代金から清算されるという返品相殺方式、

いわゆる“返品制”が組み込まれている7。

つまりは、出版業界における委託販売制度とは、正式には“返品条件付き売買制度”な

のである。日本の出版社は岩波書店などの例外的な出版社を除いて、ほとんどがこの委託

販売制度を採用している8。

この制度のメリットとしては、返品が出来るということにより、書店はたとえ資金力の

ないような店でも少リスクで多種多量の出版物を陳列することが出来、取次も自社の信頼

が書店への販売冊数と共に増加することが出来、結果として取引する出版社・冊数も増え、

出版社も沢山の書店に本を並べてPRすることが出来る。

しかし、裏を返せばこれはデメリットでもある。過剰送本により大量在庫を生み出し、

結果として大量返品を生み出す。現に、2007年の新刊返品率は38.2%(金額返品率)とされて

いる。返品に関する費用は出版社の負担が大きいので、出版社が更に利益を上げる為には

返品に掛るコストも馬鹿には出来ない。また、委託販売制で書店に送品される本は、取次

から自動配本されたものなので、書店によっては希望する本が全く送品されなかったり、

またその逆で全く希望していない本が大量に送品されるということもある。

では、出版業界における流通・取引方法は他に無いのかと言えば、「責任販売制度」とい

うものが存在する。

責任販売制とは、書店の販売マージンを現行のパーセンテージから引き上げる代わりに、

売れずに返品する場合は出版社が書店や取次に対して返品費用の一定額を負担させる制度

7これは、新刊委託に限った話で、長期委託や常備寄託の請求期日や委託期間は異なるが、請求期日があり尚且つ委託期

間中は返品することが出来るという点では、新刊委託と同様である。 8通常は委託販売制をとっている出版社であっても、辞書類や百科などの高定価本などでは部分的に買切制をとっている

場合もある

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である、返品本の引き取り額に関しても仕入れ価格と比べて極端に低くなる。その代わり

として、書店には取次からの自動配本では無く注文冊数が希望通りに仕入れることが出来

るようになっている。

このメリットとしては、書店が仕入れた商品に責任を持って販売することで、返品を減

らしてコストを削減し、利益率の向上が図れる。また、書店は希望冊数入荷出来るので、

販売機会ロスを抑えることが出来る。

デメリットとしては、書店ではマージンは上がるものの売れなかった場合の負担額が大

きい、所謂ハイリスク・ハイリターンな点である。これにより、書店は需要が未知数のも

のに対しては仕入れが抑え目になると考えられる。そしてもし仮に、流通・取引の主流が

責任販売制となった場合は、前述の理由からベストセラー本などの売れ筋のものに注文が

集中し、結果として書店は資金力がある店は除いて、どこも同じような品揃えになりかね

ない。

とは言え、責任販売制は実験段階であり、タイトル数も少ない。大幅な方向転換が無い

限り、今後もしばらくは委託販売制が採られるであろう。

4、出版業界における流通の課題

4-1 SCM について

現在の出版業界の大きな問題点の1つとして出版業界全体が適切に管理できていないこ

とがあげられる。そこで、サプライチェーンマネジメント(以下 SCM)から1歩進んだディ

マンド・チェーン・マネジメント(以下 DCM)の採用を目指す。

ここではまず、SCMについて説明する。SCM は分業化、専門家の長所とプロセスの統合

の二律背反の難問に解決を与える。SCM は顧客満足を実現する為に必要な統合的ビジネス・

プロセスを最適な企業の組み合わせで実現する。SCM は顧客満足を実現し、最高の生産性を

追及する。

先行研究において、Christopher,M.and Towill,D(2001)は「競争が激しいだけでなく変

化が激しい市場環境では、単一の SCM 戦略では通用せず、ハイブリッドな SCM 戦略が必要

であると主張し、リーン(無駄な在庫を持たない)でアジル(俊敏)な統合的 SCM を実現

することが重要である。」とし、更に QR 調達について、様々な粗利益率と在庫回転率の組

み合わせで、柔軟かつ俊敏な QR 調達による優位性をといている。また、Perry,M.and

Sohal,A.S.(2000)は、衣料、履物業における QR の導入を可能にする要因を製造業、小売業

に分け次のようにしている。製造業では、職能組織を横断した情報共有、QR 組織、小売業

や消費者への情報伝達の技術、QR 型の生産システムと同期的計画が重要であり、一方小売

業は、地域 SCM パートナーの育成、物流センターでの高速な在庫回転、技術やシステムの

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為の SCM パートナーとの商品に関する情報共有、QR 組織と教育の重要さを上げ、導入効果

として売上高の増加、在庫の逓減、パートナーの事業レベルの向上を上げている。以上の

ように、先行研究から、サプライチェーンの共同化や調整も部分的なものにとどまってお

り、効率化のみならず、共同化する方向へ進む必要があるとしている。

前述の単一の SCM 戦略とは下図のように、部分的なものであり、一歩進んだ DCM につい

ては後述することにする。【橋本雅隆(2005)参照】

4-2 DCMについて

ここでディマンドチェーンマネジメント(Demand Chain Management,以下DCM)につ

いて説明する。DMCとは「本部で創造される知識に加えて、顧客や店舗が生み出す知恵や知

識を組織全体に還流させ、活かしながら成長を図る仕組み」である。

DCMを行うにあたっては①取引制度②営業③組織④コミュニケーション⑤物流、それ

ぞれの革新が必要である。

①取引制度革新について

これは返品依存からの脱却である。返品依存はバイヤーの商品選択や市場予測に隙をつく

る。その結果、売り場に死に筋商品が置かれることとなり、それ自体がロスとなる。と同

時に売れ筋商品のスペースを占拠し、売り逃しのロスも発生させる。また返品される際の

コストも重要な問題である。

この返品制度から脱却することで、低価格仕入れが実現し、取引先の資源も優先的に自社

に配分されるようになり、マーチャンダイジングに関わる担当者の能力や商品の性能が向

上するようになる。

②営業革新について

これは店舗での発注作業を含めた売り方革新を意味する。従来の方法では責任者が自身の

才覚によって目標売り上げを達成する形をとっていた。しかしこれでは、売り場の工夫や

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努力を本部が知ることが困難であった。そこでDCMでは営業活動のプロセスを出きるだ

け透明化する努力を行っている。これにより、ノウハウの組織的共有と営業活動の改善を

可能し、そのスピードも上げることができるのである。

以上の2つのことをDMCの中心に据えながら、さらに話を展開する。

③組織革新について

DCMでは分業の形が変わる。従来の方法では仕入れる商品の企画・選択から店の品揃え

と配分量の決定など、商品政策と営業政策を考えるのはバイヤー一人の仕事だった。

しかし現在の状況下でこれをバイヤー一人で行うことは困難である。そこで、各店舗や配

送センターの在庫管理」を行う『地域バイヤー』、各店舗の営業支援を行う『スーパーバ

イザー』が必要となってくる。

以下2つは上述の3つの革新を実現するために必要なインフラの整備についてのものであ

る。

④コミュニケーション革新について

DCMにおいてのコミュニケーションでもっとも特徴的なのが本部と店舗との間における

コミュニケーションの革新である。従来の方法では、本部で創造された知識が、店舗に判

断力は無視され一方通行的に伝達される。そこでは各店舗の地域差やそれに対応する工夫

などは無視される。これに対しDCMでは、本部と店舗の双方向でコミュニケーションが

交わされる。これには本部では各店舗の販売状況がほぼリアルタイムで把握でき、店舗で

は自身が立地する地域に関する豊富な情報を利用できる、デジタル情報ネットワークの導

入が威力を発揮する。

⑤物流革新

物流の「多頻度小口化」を実現するため、DCM経営を実践している企業では、取引先

の集約や共同配送、物流センターの自動化を推し進めている。

店頭からいくら適切な発注を行っても、その商品が予定通り納品されなければ、店頭で

機会損失が発生することになる。特に在庫のロスと売り逃しのロスの両方の発生を抑えよ

うとすると、物流の仕組みが決定的な鍵を握る。また、物流費企業コスト体質に影響を与

える。物流費をどのように下げるかによって生み出される利益も大きく変動する。さらに、

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取引の仕方や売り方が変われば、物流の仕組みは変わらざるを得ない。

現在、これらの革新しながらDCMを行っている企業としてはセブンイレブンやユニク

ロを展開するファーストリテーリングがあげられる。以下、セブンイレブンを例に挙げた

いと思う。

セブンイレブン営業プロセスの透明化により成功をおさめた企業である。一般にコンビ

ニエンスストアはいったん店舗コンセプトを決め、出店してしまうと、後はいかに売り場

を演出するか、魅力的な品揃えを行うかが売り場責任者にとってかぎとなる。セブンイレ

ブンでは、流通企業で重要な発注を単品管理により行っている。ここでいう単品管理の単

品とは、例えば、『加工食品で炭酸系飲料でコカ・コーラという銘柄の500ミリリットルペ

ットボトル』のことである。そして、単品管理とは、『商品を単品で管理し、一品目あた

りの在庫量の削減と商品在庫回転率の増加によって、店舗あたりの利益や売上といった経

営数字の向上を目指す』というものである。つまり、単品という単位で『商品を作ったけ

れど売れ残ってしまった』という『値下げロス』、『廃棄ロス』と『商品があれば売れた

のに品切れになってしまった』という『機会ロス』を減らすことを目標とする。セブンイ

レブンにおいても、当初から商品を単品という単位で管理していたわけではない。単品管

理を採用する前は、契約元の米サウスランド社からきた、PMA(商品動向分析)と呼ば

れるものを活用していた。PMAは仕入伝票によってデータを分析し、全部で43つの商品

カテゴリーごとに分析していた。その後、セブンイレブンがPOSを導入したことで、商

品の販売動向を単品単位で把握することが可能となり、単品管理へと移行していく。これ

により、単品管理のために利用される情報が仕入時点ベースのものから販売時点ベースの

ものへ移行し、より正確性が向上した。

単品管理における発注方法について、コンビニ業界では発注履歴や販売情報をデジタル

化し、それを発注に活かす方法が2つある。『自動発注』と呼ばれるものと『仮説検証型発

注』と呼ばれるものである。『自動発注』ではデジタル販売情報を本部が事前に決定した

ある計算式を使ってコンピュータで計算し、その結果を店舗に供給し、店舗はその計算式

によって出された発注量を発注するというシステムである。この『自動発注』もメリット

は発注担当者に発注スキルがあまり要求されないという点である。パートやアルバイトを

主な労働力とするコンビニにおいてこのメリットは大きい。しかしセブンイレブンは『自

動発注』を採用しなかった。『自動発注』では発注量は基本的に本部が決定することとな

る。このようなやり方では店舗の発注担当者が感じる責任が希薄になる。また市場の変化

に鈍感になってしまう。セブンイレブンはそのような状態を避け、『発注する人間が責任

を持って発注できるシステムにしたい』と考えたのである。

そこで考え出されたのが『仮説検証型発注』であった。『仮説検証型発注』の店舗発注

は発注履歴や販売実績をデジタル情報として保存し、その情報を発注に活かすという点で

は『自動発注』と同じであるが、本部ではなく店舗の発注担当者がそのデータを分析し、

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発注量を決定するという点で『自動発注』とは決定的に異なる。本部が行うのは店舗の担

当者が出来るだけ精度の高い発注を行えるようにそれをサポートする情報を供給すること

だけである。『仮説検証型発注』の場合、発注担当者は自ら立てた仮説を基に発注する。

例えば、発注担当者は『夏が近づいてきたからウーロン茶が売れ出すかもしれない』とい

った将来の商品の需要動向について仮説を立てる。この様な仮説を立てるには、過去数年

間の自店でのウーロン茶の販売実績や、同じコンビニチェーンと契約している近くの加盟

店のウーロン茶の販売実績が必要である。そこで本部はこのような情報のうち本部で供給

できるものについて店舗に供給する。そして店舗の担当者は、そこで得た情報を基に仮説

を立て、発注量を決定、発注する。そしてその仮説が間違っていなかったかを販売データ

で確認して、次の発注に活かしていく。このサイクルが繰り返されるのである。

『仮説検証型発注』を採用するメリットであるが、まず第一に『発注担当者が責任を持っ

て発注を行う』という点である。また、そのことで市場の動きに対して、発注担当者自身

が敏感になる。

そして、第二に『発注担当者が持つ勘と経験のうち有効なものを組織的に発注に活かすこ

とができるようになること』である。一般に勘と経験に頼った発注は過少発注になる傾向

がある。それは、発注担当者が目に見えない機会損失というロスよりも、在庫いう目に見

えるロスのほうをなくそうと考えるからである。しかし、発注担当者が持つすべての勘と

経験が発注に悪影響を及ぼすわけではない。発注担当者の勘と経験が、現在の市場の動き

とあっているかどうかをチェックする手段がないことが問題なのである。しかし『仮説検

証型発注』では、担当者が自らの勘と経験を検証するためのデータが供給されるため、そ

の問題点は重要でないのである。

第三のメリットは、『店頭の観察と自由度の高いデータ分析を組み合わせることで、市場

に迅速かつ積極的に対応していくことが可能になる』という点である。

そして最後に『本部では手に入らない地域に関する細かい情報を発注に活かすことができ

る』点である。

以上のような経緯によりPOSと同時に『仮説検証型発注』を導入したセブンイレブンはこの

発注方法をさらに洗練化し、世界でも類を見ない単品管理の仕組みに結晶化していったの

である。

上述のセブンイレブンの事例は、『営業革新』に比重を置いた DCM である。このよ

うに営業プロセスを透明化し、川上から川下まで必要な情報を共有する必要がある。

4-3 アナログな出版業界

現在の出版業界は古くからの慣習にとらわれ、市場の変化に対応しきれていない。こ

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れは大きな問題である。日々変化する顧客のニーズに対応できないようでは出版業界の

規模は縮小する一方であろう。この伝統的な構造は打ち崩し、より柔軟になるべきであ

る。

~「閉鎖型」と「開放型」~

“企業”一社では働いている人の数・能力に限界が存在し、限界以上の事が必要な仕

事はできない。そのため、企業は新たな事業を展開すると限界に直面し、結果硬直した

状態になってしまう。一方、“市場”には多数の企業が存在し、クライアントが求める

条件にあった企業が仕事を引き受ける為、企業のような限界はなく、柔軟かつ活発な状

態となるのである。

我々は前者のように硬直化した状態を「閉鎖型」、後者のように柔軟かつ活発な状態

を「開放型」と定義する。

株式会社任天堂の「NINTENDO64」と株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメン

ト(以下、「SCE」と略す)の「プレイステーション」のケースを「閉鎖型」と「開放型」

の例として挙げる。

この2つは同年代に発売した家庭用ゲーム機であるが、1996 年度から 1998 年度までの 3

年間の国内出荷台数は前者が 436 万台で後者が 1275 万台と約 840 万台も差があり、累計

台数を見ても前者は後者に溝を空けられている。

ゲーム機市場初参入であった SCE のプレイステーションが、長年家庭用ゲーム機の市場

を独占し続けてきた任天堂の NINTENDO64 を打ち破ることが出来た要因の一つにはソフ

トのタイトル数も大きい。

現在までのタイトル数は NINTENDO64 が 208 作品、プレイステ-ションが 4324 作品

と圧倒的に後者に軍配が上がる。その 4324 タイトルの中には、それまで任天堂で人気を博

したシリーズ・ソフトにもかかわらずプレイステーションでのみ供給されたものも数多く

目に付く。

何故このような状況になったのか、それには両社のソフト会社に対するスタンスの違い

が大きい。

任天堂はソフトの独自企画を徹底する為に、ソフト会社は生産を任天堂に委託するよう

にした上で、その費用の前渡しや商標利用によるロイヤリティーの支払い、更には最低生

産ロット数までもあらかじめ決めていた。また、開発機器そのものも数千万円と非常に高

価であるなど、金銭的に負担が大きくソフト制作を行えたのは資金力のある大手メーカー

に限られた結果、NINTENDO64 の販売と同時に発売されたソフト数は僅か 3 本となって

しまった。更に、資金力のある大手もリスクを恐れるあまり、過去のヒット作の類似品ば

かりが出回るようになり結果マンネリ化を招いた。

一方 SCE は、開発機器でもエントリーマシーンならば 200 万円、生産委託価格も一本当

たり約 900 円(任天堂は約 3000 円)と任天堂に比べてとても安価であった。また、ROM

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を CD-ROM にしたことによる生産期間の短縮でゲーム会社は在庫を負担しないでよくな

った9。そして、初回生産ロットや流通チャネルに関しても SCE はゲーム会社の意向を全て

取り入れるなど、ゲーム会社は好条件の制作環境を獲得できた。更に、資金が乏しい会社

は従来より安価で参入できた事や SCE 主体でクリエーター育成プラグラムを行った事が、

結果としてプレイステーションに新たなる人気タイトルを数多く誕生させた。

このように、任天堂はソフト会社も自社のコントロール下に置こうとした結果、限られ

たソフト会社しかいないという硬直化した状態の「閉鎖型」となったことで業績が低迷、

逆に SCE は柔軟かつ活発な状態の「開放型」となったことで業績が大幅に上がったの

である。

現在の出版業界は、各者自社の売り上げを確保するため、他者との情報交換が活発に

されておらず、出版業界に必要な情報が必要なところへ届かず、閉鎖型してしまってい

るが、セブンイレブンのような DCM による、営業プロセスの透明化と必要な情報の共

有がされれば、出版業界は開放型される。

4-4 現体制の構造上の問題

取次に力が集中しているため、3業種が適切に活動できていない。

現在の出版業界は慣習にとらわれ、市場の変化に対応しきれていない。

委託販売制では書店の主体的関与の低下を招く。

取次による自動配本による返品の増加。

ベストセラー品は中小書店へ配本されにくい為、機会ロスが生ずる。

POS システムは費用がかかるため、小規模書店では導入されていない。

返品・再出荷による時間ロスや重複注文といった情報の共有不足。

客注本の期間の長さ(平均13日)

出版業界全体が適正にデータを管理・共有されていない。

などが指摘されている。

4-5 課題に対する取り組みの現状

これらの問題点を改善するため、出版流通業界全体でサプライチェーンの全体最適化が

取り組まれるようになった。

以下にこのSCMの手法を取り入れている日販、トーハンの取り組みを例にあげたいと

思う。

9 CD-R の場合は一週間で生産できるが、任天堂の ROM はマスク ROM を使用していて生産リードタイムが 2~3 ヶ月

と長かったので、ソフト会社は在庫の負担をしなければならなかった。

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① 日販における『トリプルウィンプロジェクト』

日販では、『トリプルウィンプロジェクト』と称する取り組みを進めている。これは業界 3

者がそれぞれ持っている情報を共有・活用できる独自のオープンネットワークを構築し、

欲しい本を・欲しい時に・必要な数だけを書店へ届ける仕組みである。

これにより、書店・出版社/メーカー・日販の 3者の経営効率の改善を目指している。

この『トリプルウィンプロジェクト』の中核をなすものが『オープンネットワーク WIN』で

ある。このネットワークに集められる、POS データ、日販からの送品・返品などのデータ、

出版社からの重版・新刊の予定など随時開示されている。このシステムにおけるメリット

であるが、出版社では消費者のニーズの把握が可能になることで無駄な重版などのリスク

を抑えることができる。また、書店にとっても『オープンネットワーク WIN』に開示されて

いる全国の売れ筋情報を参考にアソートメント最適化を図ることができる。

ただし、『オープンネットワーク WIN』は流通在庫や送品・返品、新刊・重版のスケジュ

ールを把握できる仕組みでしかない。既刊の書籍が出版社にも在庫がない場合、その情報

を書店が知ることはできず、書店から注文が入ったときに出版社は製本を始めるため、既

刊の書籍に関してはリードタイムを短縮することはできない。このことの対策として日販

は、従来の商慣行とはことなった新しい取引形態を始めている。まず、出版社と日販との

間で SCM 基本契約を締結し、その契約に基づき『SCM 銘柄』を設定する。そして、出版

社は日販からの『SCM 銘柄』の出荷依頼に対しては、2 週間以内に満数出荷しなければな

らない。一方、日販は委託期間内での返品率が基準値をオーバーした場合、ペナルティを

支払わなければならない。

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② トーハンにおける『桶川計画』

トーハンは埼玉県桶川市に『桶川 SCM センター』を設立し流通面の改革を図っている。読

者ニーズは多様化、多面化する一方で、書店でも新刊の増加によって、在庫管理が十分に

機能せず、需要と供給のギャップを拡大させるという悪循環を招いている。

需給ギャップを埋めるためには市場の需要動向を把握することが不可欠であり、出版社、

取次、書店の 3 業態が販売動向や在庫状況のデータをリアルタイムで共有するインフラ構

築が長年の課題であった。『桶川計画』では、この課題を SCM の手法で解消し、情報と物

流の同期化によって多様化したニーズ変化に敏速に対応、読者を起点とした需要創造型の

新しい流通サービスの確立を目指している。

具体的に、『桶川計画』3つの要素から構成される。まず、物流面では、

最新鋭の送品・返品センター『SCM流通センター』の建設

出版社との協働センター『出版QRセンター』の設立

そして情報流通面として、

取引先出版社、書店がインターネットの環境で自由に利用できる業界インフラ『SC

Mデータセンター』の構築

この『SCMデータセンター』では、商品がいつどこに送品されたか、いつどこの書店で

何冊売れたのか、返品がどうなったのかが時系列で銘柄別、書店別、送品条件別にデータ

ベースに記録される。これらのデータは対前年比、地域別、カテゴリー別、銘柄別など、

さまざまな角度から分析され、ASP 方式によるシステムを利用して出版社、トーハン、書

店がリアルタイムで活用できるようになっている。ASP システムとはパソコン上のウェ

ブサイトで全データを管理し、加入しているパソコンならどこでもデータを見ることが

できるといったもの。POS システムよりはかなり安価で導入できる。これを使えば、

出版社・書店がいつでもデータを見ることができ、本製作、発注に役立てることができ

る。

5、命題と検証

5-1 命題

以上の問題点から、

出版業界をよくするには欲しい本が欲しいときに手に入るシステムが不可欠である。

そして、欲しい本を作り、顧客の目につかせることが重要である。そのためには出版業

界を統一したデータベースおよび物流システムの構築による 3 業種パワーバランスの

最適化が必要だと考える。

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よって、我々が導き出した命題は以下のものである。

『出版業界が開放型になれば出版流通が最適化する。』

*流通最適化とは魅力的な本づくりが可能になる事や返品率低下を実現した状態をさす

出版業界のパワーバランスを最適化できれば、取次による支配状況から抜け出せ、開

放型に繋がる。

パワーバランス最適化の手法として、DMC を用いる。

DCM のコミュニケーション革新が出版業界で達成されれば、取次に依存せずに地域

ごとでの特有の本の売り方や売れ筋などを業界全体で管理でき、よりよい本作りや書店

運営につながる。そのために書店、取次、出版社のさまざまな情報の業界共有が必要で

ある。そこで、ASP システムの業界全体の統一を推奨する。現状実売データ管理は POS

システムで行われており、取次がとりまとめている。もちろん出版社、書店は細かい情

報は知ることが困難になる。さらに POS レジを導入するのは数百万といった費用がか

かり、小さい書店が導入するのはかなり敷居が高い状況となっている。上述(トーハン

桶川計画)した通り安価で情報共有が実現する ASP システムがデータを取次の独占し

たものでなく出版社・書店を含めた業界統一データベースとして活躍する。

ニーズにあった本があり、書店が並べようとしても届くまで時間がかかったら意味が

なく機会ロスは免れない。出版社から取次を介し書店へという本流通のリードタイム短

縮に目を向けなければならない。そこで DCM の流通革新が威力を発揮する。具体的に

は本の扱いを出版社・取次が共同倉庫を持ち、同じ場所で流通業務を行うことを推奨す

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る。同じ場所で発送、返品本を扱うことにより、出版社・取次間の実質的時間ロスは限

りなく少なくなる。そして、綿密にコミュニケーションをとれることにより、重複注文

などの混乱を回避できる。共同倉庫なので客注への対応も早くなる。これは桶川計画の

一部である QR センターというところで実際に行われているが、まだ参加出版社は少な

い状態である。このシステムを全出版社、全取次が導入すればリードタイムは短縮化が

図れる。

ディマンドチェーンにより、現出版業界の閉鎖型している状況から、開放型へという

運びになれば、上述のSONYのプレイステーションの事例のように外部からの動きに

柔軟に対応できることで中小の参入障壁が軽減される。今まで目につく機会のなかった

本やデジタル化などの新たな取り組みへ柔軟に対応し、出版業界にまだ見ぬ価値を見出

せる可能性は高い。

以上のディマンドチェーン手法で3業種のパワーバランスは適正なものとなり、取次の

寡占状態から業界全体で動けば出版業界の規模拡大へつながるであろう。

5-2 検証方法

これらの命題の実用可能性を検証するため、出版社・取次・書店の3業種にそれぞれイ

ンタビューを実施した。

インタビューの内容は以下の通りである。

① データの管理方法について

データの共有方法

データの活用方法

データの共有範囲

② 3 業種間の関係性について

取次の強さ

発言の有効度

③ 物流について

リードタイム

QR センターの有用性

地方への配送

④ 我々の命題について

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出版業界全体で、統一したデータベースを用いることの可否とその可能性

① の質問に関しては、現在でどれほど情報の共有ができているかの確認を行う。

② の質問に関しては、取次が実際にどれほどの力、影響力を持っているのかを問うも

のである。

③ の質問に関しては、本が届くまでにどれくらいかかるのか、そのリードタイムを短

縮する取り組みについてを問う。

④ の質問に関しては、単純に我々の考えた命題に関して、どう思うのかを、率直に聞

かせていただくものである。

5-3 インタビュー結果

① 大手書店は ASP を使い出版社に情報を公開しているが、ASP に参加している出版社は

4000 社中 50 社とかなり少ない。

取次は書店から POS を使用してデータを送られており、書店からの情報をかなり保有して

いる。しかし、情報量が多く適切に管理し切れていない。取引書店でも中小規模店では POS

未導入が半数ちかくある。

出版社は情報面においても取次に頼り切っており、共有というよりは依存と言うほうが正

しい。

やはり、我々の考え通り 3 業種間の繋がりは希薄であった。また、情報共有も緊密にさ

れてはいないことが伺えた。POS の高い壁もうかがえる。

この結果により、ASP システムの出版業界全体での統一による適正なデータ管理を行う

べきだと判断した。

② 本を流通させるためには取次に引き取ってもらう必要があるので、出版社は取次に頼

る面が強いと言っていた。しかし、中小取次は大手出版社にベストセラー本を回してもら

っているために出版社の意向に沿わざるを得ないという意見もあった。

漫画や雑誌は取次が強く、書籍は出版社が強いというような独自の強みもうかがえた。

対して、書店はどちらも力が強いと感じている。担当者の以前の勤務先では出版社に10

0部注文し、1部しかおりてこないことや、取次による自動配本と書店の発注の割合が9:

1だという話で書店の力の弱さが伺えた。

この質問では取次の寡占状況に加え、大手出版社も力を持っているという話が聞けた。書

店が弱いことは間違いない。やはり、3 業種のパワーバランスが偏っている。

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③ 客注の遅さはかなりのもの。書店としては顧客が流れてしまうので死活問題。取次在

庫にあれば3日程度でとどくが、出版社までいくとかなりかかる。

その解決手段として共同倉庫は有益であるという話が聞けた。

客注やリードタイム短縮に、我々の考えの共同倉庫の統一は非常に有益だといえる。

④ 小さい出版社など利点が少なすぎるので、大きいところのみも統一なら意義はあるだ

ろう。ただし、仕入れ数は同業者との兼ね合いで公開できないものも多数ある。「情報は商

品」であるため、公開はできるだけしたくないが、他業種の情報は知りたいところである。

地域データの統一・開示はしてほしいとのことであった。

やはり現段階では、すべてを統一、最適化することは困難であるという声が多かった。し

かし、地域データなどの一部のデータであれば有益である。

5-4 インタビュー総括

インタビューを実施した結果、出版業界は構造自体が古く、新規参入や新たな施行が困

難な閉鎖型している状態であるのは間違いなく、やはり DCM による情報共有、開放型には

意義があることは確認できた。

しかし、取次だけでなく大手出版社にも力が集中している点や、情報がひとつの重要な

経営資源であり、すべての情報を共有・開示することは困難である点が我々の命題と大き

く異なっていた。

6、インプリケーション

インタビューを踏まえ、以下の通り考察する。

出版業界が閉鎖型であるのは間違いなく、命題のように DCM を用いて開放型にすれ

ば出版流通は最適化される。それにより、中小出版社は魅力的な本づくりが可能になり、

中小書店もベストセラー本中心の品ぞろえなど自由に業務を遂行することができるの

ではないか。

すべての情報を共有することは困難であり、どのくらい情報共有範囲を広げ、協働関

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係を築けるかが課題である。

以上

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株式会社トーハン 「出版販売の基礎知識 - 書店実務マニュアル- 」

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研究』22巻1号1-25項所収

公正取引委員会(2007)「著作物再販制度の弾力的運用に関する関係業界の取組状況」

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コンテンツ・プロデュース機能の基盤調査に関する調査研究」

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社団法人日本雑誌協会・日本書籍出版協会(2007)「日本雑誌協会 日本書籍出版協会 50年

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日野 典明(2007)「出版流通に見るサプライチェーン全体最適化への示唆」

星野 渉(2003)「デジタル技術による書籍のマーケティングと流通の変化」

星野 渉(2006)「デジタルネットワーク技術による書籍供給体制のパラダイム変化」出版

研究社

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丸山 正博(2007)「書籍の流通構造の課題」『経営経理研究』第80号77-91項所収

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添付資料

≪資料①≫

【出版社・取次間 再販契約書】

※出版社、乙は取次である

第二条 この契約において再販売価格維持出版物とは、甲がその出版物自体に再販売価

格(以下、定価と称する。)を付して販売価格を指定したものをいう。

第三条 乙は、乙と取引きする小売業者(これに準ずるものを含む。以下同じ)及び取次

業者(これに準ずるものを含む。以下同じ)との間において再販売価格維持出版

物の定価を維持するために必要な契約を締結したうえで同出版物を販売しなけれ

ばならない

第四条 乙は、前条に定める契約を締結しない小売業者及び取次業者には再販売価格維持

出版物を販売しない。

第五条 乙が第三条及び第四条の規定に違反したときは、甲は乙に対して警告し、違約

金の請求、期限付の取引停止の措置をとることができる。

≪資料②≫

【取次・書店間 再販契約書】

※乙は取次、丙は書店である。

第二条 この契約において再販売価格維持出版物とは、出版業者がその出版物自体に再

販売価格(以下、定価と称する)を付して販売価格を指定したものをいう。

第三条 丙は、出版業者又は乙から仕入れ或いは委託を受けた再販売価格維持出版物を

販売するに当っては、定価を厳守し、割引に類する行為をしない。

第四条 丙は、出版物の再販売価格維持契約を締結しない小売業者(これに準ずるもの

を含む)に再販売価格維持出版物を譲渡又は貸与しない。

第五条 丙が第三条及び第四条の規定に違反したときは、乙は丙に対して警告し、違約金

の請求、期限付の取引停止の措置をとることができる。

2 前項の措置については、出版業者の指示があった場合を除き、乙は事前に出版業

者の諒承を得るものとする。

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