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俯瞰ワークショップ CRDS-FY2012-WR-06 「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書

俯瞰ワークショップ 「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と … · CRDS-FY2012-WR-06 独立行政法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター

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俯瞰ワークショップ

CRDS-FY2012-WR-06

俯瞰ワークショップ

  

平成25年3月 

JST/CRDS

「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書

「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」

医療福祉分科会 

脳神経ワーキンググループ 

検討報告書

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俯瞰ワークショップ

CRDS-FY2012-WR-06 独立行政法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター

「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書

独立行政法人科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)は、科学全体

を俯瞰して日本の科学の発展に重要な研究テーマおよび戦略を提案、検討することを目的

とし、そのための場と情報の提供において重要な機能を果たしている。本報告書は平成

24 年 11 月に JST-CRDS が開催した 2012 年ライフサイエンス・臨床医学分野俯瞰ワー

クショップに先立って、脳神経科学分野の有識者が集い、脳神経科学分野としての重要研

究領域の提案と、分野における研究開発動向の将来展望や研究開発の推進上解決が必要な

制度面、規制面での課題についての検討活動をまとめたものである。本活動は、金澤一郎

特任フェローの統括の下、43 名の俯瞰委員に協力いただき、平成 24 年 8 月 24 日に開催

したワーキンググループ会合の成果が中心となっている。そして、ワーキンググループ

会合では、7 名の俯瞰委員からの話題提供にもとづくディスカッション、ならびに全俯瞰

委員を対象に行った事前アンケートの回答として寄せられた重要研究領域案候補について

その統合案の策定と推進上の課題検討を通して、わが国の脳神経科学研究のあるべき方向

性について議論を行った。そして、以下の 7 つのテーマに基づく研究開発領域について、

将来的に戦略目標につなげていくための提案として紹介することとした。

①神経筋疾患・脳血管障害・脳腫瘍の革新的予防・診断・治療技術基盤の創出

②社会性脳科学の学際融合的推進

③大規模データの計測・可視化・解析技術の革新的高度化とその活用のためのプラット

フォーム形成

④治療と自立支援に資する脳情報双方向活用技術の実装

⑤ヒト精神疾患の診断・治療技術基盤の創出に向けた統合的アプローチ(モデル動物、ゲ

ノム科学、オミックス、神経回路、バイオマーカーを軸として)

⑥脳と身体と環境の相互作用の生物学的理解とその破綻による心身への影響 ⑦光学と遺伝学の融合による神経回路の計測と操作の革新的技術の創出 

さらに、脳神経分野の将来的な発展を見据えた「推進上の課題」に関しては、以下の問

題についての問題意識の共有と解決に向けた討論が分科会において行われた。

・精神疾患研究の推進に 適な「領域の粒度」

・「技術の創出」か「創出された技術を用いた新しい挑戦、概念形成」か、を明確にし

た研究戦略

・「脳と環境」など、遺伝性以外の発症要因を考慮する視点に立った疾患研究戦略

・脳機能に関する個のレベルと集団(社会環境、ヒトとの関係)のレベル、両方を考慮

した研究戦略(脳神経科学に立脚したコホート研究など)

・神経系を構成する個々の細胞のみならず脳機能全体のバランスを考慮した研究戦略

・研究成果の実装化フェーズにおける社会に対する(倫理的)配慮

・「総合人間科学」として脳科学はどうあるべきか

Executive Summary

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書

 一連の検討を通して得られた、脳神経科学に関する、サイエンスとしての方向性を尊重

した研究開発領域の提案、推進とともに、脳神経科学コミュニティの持続的な発展、異分

野との融合を支える仕組み作りに関しても、さらなる検討を重ね、脳神経科学に関与する

多様な関係者と協力しつつ進めていく予定である。

俯瞰ワークショップライフサイエンス・臨床医学分野本文.indd 2 13/03/06 11:52

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書

目次

第 1 章 脳神経ワーキンググループ会合開催までの流れ

  1—1. 俯瞰委員の選定 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  1—2. 重要研究領域案候補の策定プロセス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   1—2—1. 重要研究領域案に関する事前アンケート ・・・・・・・・・・・・・・・

   1—2—2. 脳神経分野俯瞰マップ(2012 年版)を用いた個別の研究開発領域提案の集約

   1—2—3. 自然科学研究機構新分野創成センター「新分野探索フォーラム」による

検討視点と集約案の提供 

第2章 脳神経ワーキンググループ会合開催報告

  2—1. 開催挨拶ならびに趣旨説明 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  2—2. 重要研究領域案候補の評価に向けたブレインストーミング ・・・・・・・・・

  2—3. 重要研究領域案候補 7 提案のブラッシュアップにおける視座 ・・・・・・・・

   2—3—1.2010 年俯瞰ワークショップと平成 24 年度戦略目標の策定プロセスのおさらい

   2—3—2. 自然科学研究機構新分野創成センター「新分野探索フォーラム」開催報告   2—4. 重要研究領域案のブラッシュアップに向けた総合討論 ・・・・・・・・・・・

   2—4—1. 重要研究領域案の集約プロセス、ブラッシュアップに関わる

全体的な意見・コメント

   2—4—2. JST-CRDS 作成 7 案に関する個別の意見 ・・・・・・・・・・・・・・・

  2—5. 脳神経科学分野の将来的な発展にむけた課題に関する総合討論 ・・・・・・・

おわりに ワーキンググループ会合における検討を踏まえた今後の展望・・・・・・・・・

特任フェローの総合所感・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

付録

  付録 1: ワーキンググループ会合開催要領 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  付録 2: ワーキンググループ会合を経てまとめられた重要研究領域案 ・・・・・・・・

  付録 3: 事前アンケート回答としていただいた個別研究開発領域提案 ・・・・・・・・

Executive Summary

はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書1

独立行政法人科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)は、科学技術

全体を俯瞰して日本の科学の発展に重要な研究テーマおよび戦略を提案、検討することを

目的とし、そのための場と情報の提供において重要な機能を果たしている。その活動の一

環として、「第三期科学技術基本計画」における重点四分野を中心に分野全体の研究開発

の現状を網羅的に把握するための「俯瞰マップ」を作成し、そのマップを参考に政策課題、

社会ニーズに対応して国がトップダウンで推進すべき「重要研究領域」を検討、抽出して

いく「俯瞰ワークショップ」を開催するという、「俯瞰活動」を行なっている。

JST-CRDS ライフサイエンスユニットでは、平成 15 年度より、これまで 5 回の俯瞰活

動を行い、前回平成 22年度の俯瞰活動においては、分野別の俯瞰活動を強化すると同時に、

新成長戦略や第四期科学技術基本計画の実施を見据えて、社会ビジョン、社会ニーズ、社

会実装をより意識した重要研究領域の抽出を行なうことを目指して「ゲノム・機能分子」、

「脳神経」、「発生・再生」、「免疫(感染症を含む)」、「がん」、「グリーン」健康」の 7 分野

についての俯瞰活動と統合俯瞰ワークショップ行った。第 6 回目となる平成 24 年度の俯

瞰活動においては、「第四期科学技術基本計画」の方針を踏まえ「新成長戦略」において

重視されている「イノベーション」への実装を意識して、俯瞰対象を大幅に改訂した。そ

して「ヒトの理解につながる生物科学」「医療福祉」「ヒトと社会」「食料・バイオマス」「物質・

エネルギー生産」「環境保全」の各分科会を設定した。そして、「医療福祉」分科会におい

ては、ライフサイエンス研究との融合が進みつつある各種の疾患研究(臨床医学、基礎医学)

や医療技術のほか、疫学や医療制度、医療技術評価など、その対象が多岐にわたることを

踏まえ、分科会の下に「ワーキンググループ」を設けて、問題点の整理とより詳細な検討

を行うこととした。このような方針の下、脳神経研究については平成 23 年に厚生労働省

が精神疾患について五大疾病として政策的位置づけを見直した点、また、文部科学省にお

いては「脳科学委員会」をライフサイエンス委員会と併設的に設置するなど政策的に重要

視している点を踏まえ、「脳神経ワーキンググループ」として位置づけ、脳神経系に特化

した基礎生物学から臨床医学までを網羅的に俯瞰することとした(「医療福祉」分科会では、

精神・神経疾患以外を対象とした「疾患」ワーキンググループと医薬品、医療機器、計測

機器、医療情報、医療技術評価等を対象とした「医療技術」ワーキンググループも設置した)。

また、俯瞰活動にあたっては、文部科学省「脳科学委員会」における検討対象範囲を参考

に、より広範な社会的課題に応えること、さらには異分野との融合が促進されることを念

頭に図 0-1 のように検討対象を設定した。

一連の脳神経ワーキンググループ俯瞰活動の成果は、ライフサイエンス・医療福祉分野

統合俯瞰ワークショップを経て JST-CRDS の今後の活動に活かしていくだけでなく、幅

広く科学行政、研究者コミュニティ、また脳神経科学をとりまく様々なステークホルダー

に公開し、各々のニーズに応じて活用いただくことを目指して、ここに報告書を作成、公

表する。

はじめに

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書2

図 0-1.2012 年俯瞰における脳神経ワーキンググループ検討対象の概念図

参考文献

・ CRDS-FY2006-WR-17 俯瞰ワークショップ「ライフサイエンス分野の俯瞰と重要研

究領域」報告書 http://crds.jst.go.jp/type/workshop/200703011301#・ CRDS-FY2008-WR-14 俯瞰ワークショップ 「ライフサイエンス分野の俯瞰と重要研

究領域」報告書 http://crds.jst.go.jp/type/workshop/200903010532#・ CRDS-FY2010-WR-07 俯瞰ワークショップ 「ライフサイエンス分野の俯瞰と重要研

究領域」脳神経分野 検討報告書 http://crds.jst.go.jp/type/workshop/201103010406#・ CRDS-FY2010-WR-10 俯瞰ワークショップ 「ライフサイエンス分野の俯瞰と重要研

究領域」報告書 http://crds.jst.go.jp/type/workshop/201103010543#

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書3

第1章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催までの手続き

1-1. 俯瞰委員の選定

脳神経ワーキンググループ会合開催に先立ち、脳神経分野の現状をより公平かつ客観的

に理解し、会合で議論すべき課題を抽出するために、脳神経科学に関わる多様な分野の有

識者を俯瞰委員として選出、俯瞰活動に協力いただいた。俯瞰委員に関しては以下のよう

な人材リソースから特任フェロー、担当フェローの協議によって候補者を選出した。

・2010 年〜 2012 年の JST-CRDS 国際比較調査報告書における執筆協力者(調査対象項

目に関する専門性の他、政策動向、資金配分動向も含めた情報収集に関心を持ち、国際

的な研究交流ならびに留学経験などを考慮して選出した若手〜中堅有識者が中心)

・以下の観点から俯瞰委員候補者を特任フェローより推薦(シニア層の有識者中心)。

— 脳神経分野の包含領域において高い専門性と分野を代表する国際的な実績を持つ

— 自身の専門研究領域以外にも脳神経分野の幅広い領域に関心を持ち、種々の大型研究

プロジェクトに参画している

— 諸外国の動向に明るい、あるいは科学行政等への関心が高く、我が国の脳神経科学研

究のおかれた状況や今後とるべき方向性についての意見を持っている

・脳神経科学に関連する主要な学会組織の長

また、俯瞰委員候補対象となった有識者においては以下のプロセスを経た。

・担当フェローより俯瞰委員着任依頼をメールもしくは電話、対面等にて行い、必要に応

じて訪問説明を実施。

・了解をいただいた有識者に関しては、重要研究領域案の提案に関する事前アンケート書

式(次節にて詳述)を添付ファイルにて送付し、締め切り期限までに回答を依頼。

・一部俯瞰委員にはワーキンググループ会合における話題提供を依頼。

(参考)俯瞰委員(50 音順、所属と役職は脳神経ワーキンググループ会合開催当時のもの)安梅 勅江 筑波大学 人間総合科学研究科 生命システム医学専攻 教授

磯村 宣和 玉川大学 脳科学研究所 教授

伊藤 啓  東京大学分子細胞生物学研究所 高次構造研究分野 准教授

糸川 昌成 東京都医学総合研究所 プロジェクトリーダー

井上 和秀 九州大学 薬学研究院 臨床薬学部門 臨床薬学 教授

1. ワーキングルプ会合開催までの流れ

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書4

入来 篤史 理化学研究所 脳科学総合研究センター チームリーダー

岩坪 威  東京大学大学院 医学系研究科 神経病理学分野 教授

岡野 栄之 慶應義塾大学 医学部 生理学教室 教授

岡本 仁  理化学研究所 脳科学総合研究センター チームリーダー

尾崎 紀夫 名古屋大学大学院 医学系研究科 細胞情報医学専攻 教授

影山 龍一郎 京都大学 ウイルス研究所 細胞生物学研究部門 教授

兼子 直  弘前大学大学院 医学系研究科 神経精神医学部門 教授

河野 憲二 京都大学神経精神医学分野 教授

金生 由紀子 東京大学大学院 医学系研究科 脳神経医学専攻 准教授

上口 裕之 理化学研究所 脳科学総合研究センター チームリーダー

河野 憲二 京都大学大学院 医学系研究科 認知行動科学口座 教授

河村 満  昭和大学医学部 内科学講座 神経内科学部門 教授

神庭 重信 九州大学 医学研究院 臨床医学部門 内科学講座 教授

木村 實  玉川大学 脳科学研究所 教授

蔵田 潔  弘前大学大学院 医学系研究科 統合機能生理学部門 教授

定藤 規弘 生理学研究所 大脳皮質機能研究系 心理生理学研究部門 教授

白尾 智明 群馬大学大学院医学系研究科脳神経発達統御学講座 教授

鈴木 則宏 慶應義塾大学大学院医学研究科 内科学専攻 教授

須原 哲也 放射線医学総合研究所 分子神経イメージング研究センター プログラムリーダー

祖父江 元 名古屋大学大学院医学系研究科 神経内科学 教授

泰羅 雅登 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 認知神経生物学 教授

武田 伸一 国立精神・神経医療研究センター TMC センター長

武田 雅俊 大阪大学大学院 医学系研究科 精神医学教室 教授

津本 忠治 理化学研究所 脳科学総合研究センター チームリーダー

寺本  明 東京労災病院 院長

藤堂 具紀 東京大学医科学研究所 先端医療研究センター 先端がん治療分野 教授

樋口 輝彦 国立精神・神経医療研究センター 総長

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書5

第1章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催までの手続き

深井 朋樹 理化学研究所 脳科学総合研究センター チームリーダー

深谷 親  日本大学 医学部 先端医学系応用システム神経科学分野 准教授

本間 さと  北海道大学 大学院医学研究科 時間医学講座 特任教授

前田 正信 和歌山県立医科大学 医学部 生理学第 2 講座 教授

三品 昌美 立命館大学 総合科学技術研究機構 客員教授

水澤 英洋 東京医科歯科大学 医歯学総合研究科 脳神経病態学(神経内科学) 教授

宮下 保司 東京大学大学院 医学系研究科 統合生理学教室 教授

村山 繁雄 東京都健康長寿医療センター研究所・老年病理学研究チーム チームリーダー

望月 秀樹 大阪大学大学院 医学系研究科 情報統合医学講座(神経内科学) 教授

山村 隆  国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 免疫研究部 部長

吉峰 俊樹 大阪大学大学院 医学系研究科 外科系臨床医学専攻 教授

和田 圭司 国立精神・神経医療研究センター 疾病研究第四部 部長

1-2. 重要研究領域案の策定プロセス1-2-1. 重要研究領域案に関する事前アンケート

JST-CRDS では、2012 年俯瞰にあたって、全分科会の俯瞰委員を対象に、共通した質

問項目に対する回答をもとに、今後我が国が推進すべき研究開発課題の方向性や研究推進

上の課題の抽出、さらにはそれらに対する解決策等に関する事前アンケートを実施した。

脳神経ワーキンググループ関しても、前述の俯瞰委員へ事前アンケート書式を送付し、ワー

キンググループ会合において検討すべき重要研究領域案候補の策定にあたっての根拠試料

とした。アンケートにおいては、日本神経科学学会 将来計画委員会ならびに「包括脳」

将来委員会からも、俯瞰委員を介して協力いただいた。その結果、重要研究領域案候補と

して全体で 46 の個別課題提案をいただいた(詳細は付録 3 参照)。以下、整理番号順に

提案課題名を列挙する。

(参考)事前アンケートとして提案いただいた個別課題のタイトル

1. 高齢発症神経疾患(Age-related neurological disorder)の病態解明と先制医療

への展開

2. コメディカル脳科学

3. 環境因子が神経疾患に与える影響とその対応

4. 脳深部刺激療法による精神疾患および認知症の治療

5. 心身社会相関に基づく症候発現メカニズムの研究

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書6

6. 時間医療への応用を目指した自律脳機能の統合的解明

7. ヒトとモデル動物の統合的研究による社会性の脳神経基盤とその発達過程の解明

8. 応用脳科学研究の基盤となる感性情報処理の解明

9. 発達障害及び発達特性に関する統合的検討

10. 脳神経病態制御に向けたグリア機能の統合的理解

11. 脳科学で読み解く認知機能およびその障害

12. 人や社会との絆を育むケア脳(育児脳、介護脳、生活脳、適応脳)の 継続的多層

的視点からみた生涯発達過程の解明

13. 神経回路信号の観測と操作の一体化による脳内情報処理の因果的理解

14. 霊長類動物のゲノム解析に依拠した精神疾患のモデル動物の樹立と病因・病態研

究への応用

15. グリアによる脳機能の統合的制御メカニズムの解明

16. 精神疾患の病態に関連する遺伝要因の解明:common variant と rare variant の融合

17. 臨床・基礎研究の融合により精神疾患の新たな診断・治療パラダイムをめざす病

態研究

18. ヒトの社会性障害の克服を目指した双方向性のトランスレーショナルリサーチ

19. データ駆動システム神経科学

20. 脳の自発性の観測と介入

21. 脳信号の解読と操作の一体化による脳内情報処理の因果的理解

22. ゲノム医学と回路遺伝学の橋渡しに基づく精神・神経疾患発症機構の解明と制御

23. 超高分解能非侵襲的ヒト脳活動記録・刺激法技術基盤の開発

24. 苦痛緩和のための人道的トランスレーショナル脳科学(苦痛緩和脳科学)

25. 精神・神経疾患の病態における神経律動の役割の解明と新規医療戦略開発

26. 動物実験と臨床との双方向性橋渡し研究による精神神経疾患の多次元マーカー開発

27. 行動形成の神経的基盤の解明とマルチスケールでの融合的展開(選好形成の脳内

機序の解明と社会応用を例として)

28. 社会的行動の脳内基盤の解明に向けた統合的研究と革新的基盤技術の開発

29. 骨格筋萎縮の分子機構の解明とその予防・治療法の開発

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書7

第1章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催までの手続き

30. 霊長類モデルによる精神疾患の病因解明

31. データ駆動による神経回路の計算原理の解明と脳型情報処理の確立

32. モデル実験動物と行動実験を使った精神機能とその異常のメカニズムの解明

33. 個性を生む脳内中間表現型の同定・理解とその制御方法の創出

34. ブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)による神経機能支援

35. 免疫・炎症機序の理解に基づく神経・精神疾患解明と治療法の開発

36. Synthetic Brain Science (構成脳科学)

37. グリアを起点とする脳の生理と病態の解明

38. タンパク質分解系の破綻が神経変性疾患を引き起こす分子機構の解明と制御

39. 精神疾患の脳画像診断法の開発

40. 動物モデルを用いた神経回路病態メカニズム研究

41. iPS 細胞等を用いた精神疾患のゲノム・エピゲノム病態

42. 悪性脳腫瘍に対する新しい治療戦略の確立

43. 縦断的コホート研究による精神・神経疾患の解明と制御

44. 発症後 6 か月を過ぎた「維持期」脳卒中患者の後遺症をさらに回復させる技術の

開発

45. 認知症予防を目指した高齢者における認知機能障害の実態把握に関する全国調査

研究

46. 統合生命科学アプローチによる精神・神経病態の解明

なお、重要研究領域案のとりまとめに関しては、「ヒトの理解につながる生物科学」

分科会が行った事前アンケートにおける脳神経分野に関連する、以下の回答も参考情報

として扱った。

・ イメージング技術の革新による脳・神経分野でのシームレスサイエンスの創出

・ 脳システムの情報処理機構の統合的理解と制御 (オプトジェネティクス等の新技術

活用)

1-2-2.脳神経分野俯瞰マップ(2012年版)を用いた個別の研究開発領域提案の集約上述した個別提案をもとに、脳神経分野として、ライフサイエンス・臨床医学分野全体

に対して提案するための重要研究領域案候補を作成するにあたり、まず、個別課題につい

て、2010 年版「俯瞰マップ」を改訂、活用して、脳神経科学の研究対象や技術ツールと

してどのような位置づけにあるか整頓することとした。

「俯瞰マップ」とは JST-CRDS が扱う科学技術の諸分野ごとに、包含する研究開発の現

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書8

状の全体像を把握し、今後わが国がトップダウンで推進すべき科学技術政策の方向性を見

定める参考に作成してきたものである。俯瞰マップをもとに、研究の歴史性、萌芽的な研

究領域、ファンディングの動向、各国の重点領域の異同、などを検討し、今後どのような

研究分野の重点化をすすめるべきかについて情報共有のツールや根拠試料の役割を持ちう

る。2010 年俯瞰においてゲノム、がん、免疫、発生再生、脳神経の各分野別に俯瞰マッ

プを作製した際、共通の座標軸として「技術の進展度合い」を表す縦軸(基礎テクノロジー

〜応用テクノロジー)と「科学として包含される分野の広がり」を表す横軸(単一分野〜

融合分野)を設定して分野間の比較や統合に活用した。脳神経分野俯瞰マップに関しては

日本神経科学学会ならびに北米神経科学学会の学術セッション細目の中から「我が国にお

いて一定の研究者層がある」「現在研究開発が進められている」といった観点から特任フェ

ローとフェローが協議の上、座標上にプロットすべき研究領域を選定し、原案を作成し、

脳神経分野分科会において承認いただいた。

2012 年のライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰にあたっては、俯瞰対象分野が大幅

に変更されたことから、分野別俯瞰マップの作成は必須ではなくなった。そこで、脳神経

分野に関しては、2010 年の俯瞰マップを 2012 年の研究開発現状に合わせて改訂したも

のを独自に作成し、活用することとした(図 1-2-1)(本マップについては俯瞰活動にお

ける必須項目ではなくなったことから、医療福祉ワーキングループ会合や医療福祉分科会、

統合俯瞰ワークショップにおいての承認は経ておらず、参考資料として JST-CRDS ライ

フサイエンスユニットが作成したという位置付けで扱っている)。上記経緯によって作成

された 2012 年版の俯瞰マップに、まず、個別の研究開発領域提案をプロットし、各提案

の研究開発、技術面での関係性を整頓、確認した(図 1-2-2)。そして、各提案の科学的

なゴールと手法の類似性、近年の研究開発のトレンド、さらには社会実装において実現可

能な研究成果とその波及効果の粒度を考慮して、個別課題のカテゴリー化を試みた。

図 1-2-3 は図 1-2-2 に示した 46 の個別の提案の俯瞰マップ上の投影を上述した観点か

ら、類似性の高い個別提案をカテゴリー化した区分とその暫定名称を示している。カテゴ

リー分けの原案は特任フェローとフェローが作成し、ワーキンググループ会合によってカ

テゴリー化の妥当性

と各カテゴリー内に

集約すべき研究内容

について検討を行っ

た。

図 1-2-1. 脳神経分野俯瞰マップ 2012 年版

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書9

第1章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催までの手続き

図 1-2-2. 脳神経分野俯瞰マップ 2012 年版に投影された個別研究開発課題提

案の位置づけ(図中の番号は個別課題提案の整理番号を示す)

図 1-2-3.個別の研究開発領域を俯瞰マップ上においてカテゴリー化した結果

俯瞰ワークショップライフサイエンス・臨床医学分野本文.indd Sec1:9 13/03/06 11:52

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書10

カテゴリー化された研究内容については、重要研究領域案候補として以下のような名称

でとりまとめ、ワーキンググループ会合における重要研究領域案検討のたたき台とした

(カッコ内は個別提案整理番号。なお、46 番はワーキンググループ会合開催後に追加提案

をいただいたため、記載されていない)。

1. 神 経 筋 疾 患・ 脳 血 管 障 害 の 革 新 的 予 防・ 診 断・ 治 療 技 術 基 盤 の 創 出

(1,3,25,29,35,38,42,44)2. 社会性脳科学の学際融合的推進 (2,7,9,11,12,18,28)3. 治療と自立支援に資する脳刺激と脳情報活用技術基盤の実装 (4,23,34)4. モデル動物と臨床研究・疫学の統合的推進によるヒト精神疾患の診断・治療技術基

盤の創出 (5,17,25,26,30,32,39,40,43,45)5. 時間医療への応用を目指した自律脳機能の統合的理解 (6)6. 大規模データの計測・可視化・解析技術の高度化による脳情報処理理解と活用の新

展開 (8,19,20,27,31,36)7. グリア脳科学の推進 (10,15,37)8. 光学と遺伝学の融合による神経回路の計測と操作の革新的技術の創出 

(13,21,22,41)9. 次世代ゲノム脳科学による精神疾患研究の推進 (14,16,22,33,41)10. 苦痛緩和脳科学 (24)

1-2-3. 自然科学研究機構新分野創成センター「新分野探索フォーラム」による検討視点と集約案の提供前節においてカテゴリー化を試みた重要研究領域案のブラッシュアップ、ならびに集約

の妥当性を検証する参考材料として、自然科学研究機構新分野創成センターの協力により、

同センター「新分野探索フォーラム」の枠において、若手研究者による、46 提案の統合

検討会合を実施いただいた(内容は第 3 章にて詳述)。「新分野探索フォーラム」の招聘有

識者は、自然科学研究機構新分野創成センターの招聘基準に従って挙げられた候補者につ

いて、JST-CRDS と協議の上選出した。「新分野探索フォーラム」会合は 2012 年 7 月 30日ならびに 8 月 2 日の 2 回開催された。開催に先立ち、自然科学研究機構新分野創成セ

ンターの吉田明特任教授の協力をいただいて、招聘有識者に対して、JST-CRDS におけ

る俯瞰ワークショップの開催趣旨と脳神経ワーキンググル—プの位置づけについての説明

資料ならびに事前アンケートの個別回答(回答した俯瞰委員の氏名、所属を削除したもの)

を JST-CRDS から提供した。「新分野探索フォーラム」において提示いただいた検討結果、

ならびに当日の議論等をもとに、JST-CRDS では、一次集約を行った 10 項目のさらなる

集約について特任フェロー、フェローによる検討を行った結果、以下の 7 案を脳神経ワー

キンググループにおいて、重要研究領域案として提示することとした。

① . 神 経 筋 疾 患・ 脳 血 管 障 害 の 革 新 的 予 防・ 診 断・ 治 療 技 術 基 盤 の 創 出

(1,3,25,29,35,38,42,44)② . 社会性脳科学の学際融合的推進(2,7,9,11,12,18,28,4,6,10,13,15,20,21,25,27,28,30,32,

33,36)③ . 治療と自立支援に資する脳刺激と脳情報活用技術基盤の実装(4,23,34)

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書11

第1章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催までの手続き

④ . ヒト精神疾患の診断・治療技術基盤の創出に向けた統合的アプローチ(モ

デル動物、ゲノム科学、オミックス、神経回路、バイオマーカーを軸として

(5,17,25,26,30,32,39,40,43,45,7,8,9,11,12,13,14,16,18,20,21,22,27,28,33,41,6,10,15,37)⑤ . 脳と身体と環境の相互作用の生物学的理解とその破綻による心身への影響

(3,5,6,8,12,16,18,24,29,34,35)⑥ . 大規模データの計測・可視化・解析技術の革新的高度化とその活用のためのプラッ

トフォーム形成 (8,19,20,27,31,36, 13, 21, 22, 23)⑦ . 光学と遺伝学の融合による神経回路の計測と操作の革新的技術の創出 

(13,21,22,41)

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書12

2. 脳神経ワーキンググループ会合開催報告

本章においては、2012 年 8 月 24 日に開催された脳神経ワーキンググループ会合の内

容について、当日の音声記録にもとづいて報告する。

2-1. 開催挨拶ならびに趣旨説明

主催者挨拶浅島 誠(JST-CRDS ライフサイエンス・臨床医学ユニット 上席フェロー):まず、全国の本当にお忙しい先生がワーキンググループ会合に参加くださったことに対

して、心から篤く御礼を申し上げたい。脳神経の俯瞰については金澤一郎先生に特任フェ

ローをお願いし、多くの先生方に今日ここに集っていただいている。

ライフサイエンス・臨床医学の俯瞰において、ライフサイエンス系では大きく分けて 5つの会合を行うことになっている。その1つがこの脳神経ワーキンググループ会合である。

これまでの俯瞰活動では、検討いただいた研究領域提案が戦略目標として CREST やさき

がけの研究開発領域として予算化されてきた。ただし、俯瞰活動も今までのやり方とは異

なっており、単なる CREST やさきがけではなくて、もっと大きな国の施策、つまり、文

部科学省、経済産業省や厚生労働省のいろいろな内局の施策や、 近では内閣府の施策検

討の中にも俯瞰対象が踏み込みつつある。

特に JST-CRDS の中で大きく変わってきていることは、従来はボトムアップでいろい

ろな研究開発提案を絞っていくという手法だったのが、Social Issues、社会的課題は一体

何だということを起点に(社会的課題とボトムアップ提案の邂逅を)議論すべきと 近、

盛んに言われていることである。今までの社会的課題とボトムアップ提案の邂逅は見ら

れたが、それをいかに戦略的に邂逅させ、新しいものを産み出していくかということが、

JST-CRDS でも毎週のように議論されている。そこで、ライフサイエンスの中でも脳神

経科学はこのように重要であると、このテーマをやることによって、日本が世界をリード

していけるのだというようなことを含めて、ぜひ具体的な邂逅についてご議論いただきた

い。

個人的にも脳神経科学には大きな期待をしている。学会連合体も出来たようだが、言わ

ば今日、お集まりいただいたのはその連合体からの約 40 名、分野のトップの方々だけが

集っていただいているようなものである。ワーキンググループ会合にお集まりいただいた

皆さんに議論いただいて、今後の脳神経科学のあるべき方向性を見つけていただければ、

非常にありがたいと思っている。

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書13

第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

特任フェロー挨拶 金澤 一郎(国際医療福祉大学 /JST-CRDS ライフサイエンスユニット 特任フェロー)

今日は朝早くから遠いところからもお集まりいただき、誠に感謝している。JST-CRDSの特任フェローを引き受け、いろいろ知恵を絞っている途中で、皆さん方のお知恵をさら

に拝借する必要が出てきて、今日お集まりいただいた。

JST は文部科学省所管の独立行政法人であるが、独自にいろいろなアイディアを出し、

その中のいいものを文部科学省で使ってもらえたらという趣旨で JST-CRDS による俯瞰

活動を続けてきたと理解している。年によって(俯瞰の手法や重要研究領域として扱われ

るテーマが)変わるのはある意味では当然かもしれないが、共通しているのは、非常に大

事な perspective を持ったテーマが、「学界」、つまり 1 つの小さな学「会」ではなく、学「界」

全体でサポートされ、サポートされるだけのエビデンスをきちんと持っているテーマが(施

策として)実現していく、という印象を持っている。この部分は、おそらくあまり変わら

ないと思うので、自分の領域をぜひ実現したいという、ある意味ではせせこましい思いを、

もし皆さんが今ここでお持ちであれば、今すぐ捨ててほしい。脳科学が 10 年、20 年先に

どうあるべきか、どうあってほしいと皆さんが思っていらっしゃるか、それに向けていま

何をやるべきかという、そういったテーマで考えていただきたい。研究者は自分のやって

いることが 高だと思ってしまう傾向があるが、そこは少し置いて、皆さん方からの意見

を聞き、それを少しずつ修正していきながら、デルファイ方式のような手法で考えて頂き

たい。(ワーキンググループ会合の参加者が、脳神経科学のコミュニティに比して)わず

かな人数ではあるけれども、この中でさえバラバラになってしまったら、もうこれは脳科

学分野が(トップダウン的に)サポートされる必要はない。それぐらいに思っているので、

ぜひ何らかの形で、まとまった方向に考えていただきたいと思っている。

初から少しきついことを言ってしまったが、大事なことは、脳科学というのは人間の

社会のために、少なくとも何か貢献するのだという姿勢がどこかにないといけないのでは

ないかと考えている。しかも、それが人間という非常に複雑な動物、生物の脳みそという

ことですので、やはり社会との関係は極めて強いと思わざるを得ない。数年前に文部科学

省で情動に関する脳科学の貢献について検討された会もあったが、その時の延長として、

脳科学の研究成果を教育にどうつなげるべきかという意見があった。もっとも思わしくな

いのが、中途半端な、非常に浅いエビデンスだけですぐに研究成果が社会へ出ていくとい

うことである。本領域の研究者としては、やはり厳に慎む必要があることであり、すべて

の脳神経科学研究のテーマに関わる共通の問題意識として、どうぞご理解いただきたい。

ただし、完璧に 100 人の研究者が 100 人とも認めるような状況にならないと外へ出して

はいけないかどうか、ではなく、どの時点であれば世に出していいか。出すのであれば、

どういう風に出すかということを、コンセンサスを得ていく方法を考えるのが望ましい。

以上のことを考えながら、今日皆さん方のご議論をうかがわせていただきたい。いいも

のが何となく醸成されていくことを、心から期待してご挨拶にさせていただきたい。

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書14

開催趣旨説明 福士 珠美 (JST-CRDS フェロー)

JST-CRDS は、JST の中にある下部組織であるという位置づけの中で、今後、国が施

策としてトップダウンで行なうべき研究開発の戦略や、それに伴うエビデンスの収集、そ

れらに基づく提言を行っている。いろいろな流れの中で、所管省である文部科学省以外の

ところにも提言を行ったり、あるいは情報を提供することもあるが、主体は文部科学省、

主にライフサイエンス課を対象としている。俯瞰ワークショップとは、今後 JST がトッ

プダウンで支援すべき重要研究領域案を抽出することが主眼になっていた。従来の俯瞰

ワークショップにおいては、主に基礎生物学分野のゲノム融合化学、脳神経発生・再生、

免疫、がんといった分野においてエビデンスの収集を行なって検討していたが、2010 年

より、検討プロセスの透明化と、分野別により深い議論を行なうための分科会(ワーキン

ググループ)を設けるようになった。今回の脳神経ワーキンググループも、事前検討プロ

セスの一環として位置づけられている。そのため、この会合の上にさらに医療福祉分科会、

ライフサイエンス分野全体俯瞰ワークショップも行なわれるという形になっている。

俯瞰ワークショップで得られた成果がどのように使われていくか、主な例を紹介したい。

俯瞰の中で抽出された重要研究領域を、ユニット内でさらに精査し「戦略スコープ」とい

う、特出しで報告書を作成すべきテーマの候補として、センターの中に提案する。正式に

テーマとして選ばれた場合には「戦略プロポーザル」という形式で報告書を作成させてい

ただく。その一例が、机上にある『ホメオダイナミクス』というもので、この場合は文部

科学省ライフサイエンス課に提出させていただいた。課において文部科学省の戦略目標案

としての妥当性を認められた場合には、省内検討のプロセスに持ち込んでいただき、戦略

目標に策定された場合には、JST の中の CREST あるいはさきがけといった研究開発領

域が設立され、研究プロジェクトが公募される。研究者コミュニティに発案いただいた重

要領域をまた研究者コミュニティによって研究課題が実施される、という形で還元され、

それが繰り返されていくサイクルを踏んでいる。脳科学に関しては、センター設立以来の

俯瞰ワークショップから戦略プロポーザル、施策化につながった成果として、前任にあた

る吉田明先生がフェローの時代に報告書を作成した『認知ゲノム』『脳情報双方向活用術』

が研究開発領域になっている。その他システムバイオロジー、炎症の慢性化などが戦略目

標として施策化されており、報告書のうち 7 割程度が戦略目標になっている。今後もこ

の確率を上げていけるような良い提案を作っていければと考えている。

2012 年の俯瞰は、2010 年までと様相が変わっており、第 4 期科学技術基本計画をは

じめイノベーションの実現を謳った研究開発が非常に重視されるようなった。基礎研究よ

りも実装分野の研究を主体にするような動きが加速し、分科会の区分もまったく違う形に

なっている(図 2-1-1)。これまでは「ヒトの理解につながる生物科学」に主眼を置いて

いたが、基礎的な生物科学は 1 つの分科会に集約され、「医療福祉」、(生命倫理に関係する)

「ヒトと社会」という分科会が新たに設定された。その他、食料、エネルギー、環境につ

いても、取り扱っている。そこで、脳神経分野は基礎生物学と医療福祉の間に分断されて

しまう形なった。生物学全体が矮小化、分断化された形式のみで俯瞰検討が行なわれては、

せっかく「脳科学」として一体に進んできていた施策や学問の在り様というものが、トッ

プダウン戦略の中でゆがめられてしまうのではないかという懸念もあり、あえて今回、脳

科学という括りの中で基礎、応用、臨床の先生方が一堂に会する形でワーキンググループ

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

会合を実施したいと考えた次第である。

図 2-1-1. 2012 年ライフサイエンス・臨床医学の俯瞰対象分野

図 2-1-2. 2012 年のライフサイエンス系俯瞰対象分野における各会合の位置づけ

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書16

脳神経ワーキンググループは、俯瞰の中では医療福祉、生物科学どちらにもまたがる融

合分野としてとらえられる。お集まりの先生方に基礎と応用からの邂逅を試みていただき

ながら、脳科学全体として何をどのように進めるべきかを考えていきたい。その他、基礎

研究領域間の連携、あるいは応用分野として、(精神・神経疾患以外の)他の疾患と共通

の研究開発課題なども幅広に提案をいただきながら検討していくこととなる。俯瞰全体に

おける幅広の検討のために、金澤一郎先生のほか、基礎生物学、医療福祉の分野、それか

ら個々の要素分野に一人ずつ特任フェローが着任している。今回は脳神経ワーキンググ

ループ、この後、疾患系、医療技術の各ワーキンググループ、生命倫理に関する分科会が

あり、その後、医療福祉の分科会、ライフサイエンス・臨床医学全体で行なう俯瞰ワーク

ショップがあり、それぞれの分野からご提案いただいたものを統廃合し、 終的な戦略ス

コープの提案に上げていく(図 2-1-2)。これまでの脳神経分野の主だった研究開発戦略について振り返ると、1997 年に脳を「知

る」、「守る」、「創る」の領域の策定があり、その後、2005 年から 2009 年まで特定領域

研究が実施された。また、21 世紀 COE、グローバル COE なども含め、一旦リセットさ

れ、現時亜は新学術領域研究、脳科学研究戦略推進プログラム、そして JST 戦略的創造

研究推進事業が走っている。ただし、JST の関連事業はほとんどが公募終了の段階になっ

ており、今後どうあるべきかという検討が重要になってくる。

JST-CRDS は 2008 年から国際比較調査を実施、公表してきたが、 新の分析結果(2012年 1 月開催の脳科学委員会報告)を説明する。日本は国レベルでの研究開発基盤の整備

遅れが懸念されている。アジアにおける連携戦略も課題であるが、神経・精神疾患の研究

支援が基礎から応用までの一貫性を国内で維持しにくいという懸念が示された。その他、

脳科学研究のパラダイムシフトの中で、人材育成や産業界との連携をどのように考えたら

いいのか、脳 - 機械インターフェイス等の神経工学分野について、どのように実装に向け

た具体的な取り組みをしていくかも、今後検討が必要である。また、実験動物としての霊

長類(の供給や疾患モデル化)を今後どのような戦略の下で扱っていくか、などにまとめ

られた。総合科学技術会議の平成 25 年度に向けたアクションプランの中で、特に精神疾

患、発達障害に関しては、基礎研究、モデル動物開発も含めて強化する必要性が言及され

ている。図 2-1-3 は文部科学省脳科学委員会の検討範囲であるが、図中の「マイルストーン」

と書かれている部分について研究開発領域として設定していけたらよいと解釈できる。ま

た、図 2-1-4 は JST 内のイノベーション戦略室が考えた JST 内における脳科学分野の推

進戦略案である。戦略重点分野(今後重要になると予想される分野)の一つとして精神疾

患、神経疾患の先制医療が挙げられており、病態解明の基盤的研究、患者情報の収集・分

析、数理・相関解析等に関して推進構想があると思われる。これら関連組織の検討状況を

踏まえ、JST-CRDS は、基礎生物学分野においては、「新たな知の創造」、「イノベーション」、

「分野融合」という 3 要素を満たすようなライフサイエンスとしての達成目標、具体的実

施課題の提示というものを目指した、重要研究領域案の抽出、作成に関する議論があった

(図 2-1-5)。また、医療福祉分野の問題意識としては、特に健康寿命の延伸、医療産業の

国際競争力の強化、それから医療・介護費の高騰への対処などが上げられるが、そこに脳

神経科学は何を提案できるかも考えていかなくてはならない(図 2-1-6)。

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

図 2-1-3. 文部科学省脳科学委員会の検討対象

(http://www.lifescience.mext.go.jp/fi les/pdf/n1020_04.pdfより引用)

図 2-1-4. JST「戦略パッケージ」における精神・神経疾患研究の推進構想

(http://www.jst.go.jp/pr/intro/senryakupackage.htmlより引用)

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書18

図 2-1-5.「ヒトの理解につながる生物科学」分科会における検討イメージ

図 2-1-6.「医療福祉」分科会における検討イメージ

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

本日は

・ 脳神経科学として今後あるべき姿と方向性を踏まえた研究開発領域の抽出

・ 抽出された研究開発領域の推進戦略の具体化において考慮すべき科学技術的課題、社

会的ニーズの検討

をゴールに目指しながら、事前アンケート回答を統廃合、ブラッシュアップし、JST 等

の戦略投資により推進されるべきトップダウン研究、研究者コミュニティの自由な発想を

自己組織化により推進すべきボトムアップ研究、さらにはこれらの研究の推進、基盤整理

として国レベルで行なうべき事業として整頓し、医療福祉分科会、ライフサイエンス、臨

床医学全体ワークショップに発信すべき提案やメッセージを今日まとめていきたい。

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2-2. 重要研究領域案候補の評価に向けたブレインストーミング

本項では、事前アンケートにおいて、「基盤技術開発のニーズが高い」「萌芽的研究成果

が発表されている」「社会的なニーズが高い」という、3 つの観点から選ばれたトピック

ス(「精神・神経疾患ならびに発達障害の定量評価・診断ならびに Evidence-based の治療・

予防技術開発」「知・情・意など、ヒトに関する社会性の生物学的な理解」「多階層包括的

な脳機能の計測・理解・制御」について、一部の俯瞰委員より話題提供をいただいた。以

下に、発表者ごとに概要を記載する(敬称略、所属はワーキンググループ会合開催時のも

の)。

祖父江 元(名古屋大学)神経変性疾患の病態に基づく disease-modifying therapy(分子標的治療)の開発推進

の概要と課題についてお話しする。神経変性疾患は病態理解が進み、いろいろな疾患に共

通のプロセス(異常なタンパク質の蓄積が神経細胞や他の細胞の機能障害を引き起こし、

終的に細胞死に至る)が存在すると考えられている。ところが、治療という観点では、

今までの治療、例えばパーキンソン病に対する l-dopa、アルツハイマー病に対するアセ

チルコリン療法などは細胞が死滅した後に不足している神経伝達物質を補う、いわゆる「補

充療法」であった。これに対して神経変性過程そのものを抑止する根本治療を disease-modifying therapy と呼んでいる。 近神経変性疾患の分子機構が明らかになりつつある

ことを受けて、disease-modifying therapy に期待が寄せられている。しかし現在までの

ところヒトで確実に成功したものはまだない。アルツハイマー病ではワクチン療法で Aβ蓄積を非常によく取り除けるが、結果として臨床症状はまったく変わらなかった。その

理由としては、「A β蓄積が本質的な病態を担っていない可能性」のほか、今コンセンサ

スが得られつつあるのは「治験のデザインが適正化されていないのではないか」というこ

とである。おそらく症状発現段階で治療を始めても、神経細胞の変性・消失に至る多くの

分子・病態イベントがすでに終わっており、おそらく効果がないというのが、現在の考え

方である。発症前あるいは早期の臨床試験(先制治療)が必要とではないかと考えられて

いる。

我々の研究グループでは、disease-modifying therapy 開発を、球脊髄性筋萎縮症(運

動ニューロン疾患、アンドロゲン受容体の CAG 繰り返し配列の異常延長により、神経細

胞のアンドロゲン核内に異常にアンドロゲン受容体が蓄積する疾患)を対象に進めている。

この病態は、テストステロンに依存性に異常なアンドロゲン受容体が核内に入って神経細

胞の障害を起こすことである。その核内移行阻害薬(leuprorelin)を動物モデルで試し

たところ、非常によい効果が得られた。そこで、leuprorelin を使用する第 2 相試験を行っ

た結果、重症度スコアに関しては 3 年で明らかな差があり、leuprorelin の投与は病態の

進行を抑制した。また、別の理由で亡くなられた患者さんの病理所見では、leuprorelinにより運動ニューロンの中に蓄積しているはずの異常なアンドロゲン受容体が消失してい

ることもわかった(図 2-2-1)。動物モデルと同じ結果がヒトでも得られたので、これを

受けて第 3 相に進んだが、非常に僅差で主要評価項目の有効性は確認できなかった。しか

し、発症後 10 年未満、9 年未満、8 年未満の症例など発症後期間の短いケースで検討す

ると、明らかな有意差が見られた(図 2-2-2)。発症前の治療は倫理的にも難しいだろうが、

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書21

第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

発症後間もない早期の患者に絞り込んだ臨床試験の重要性が、球脊髄性筋萎縮症の結果か

らも示唆される。

図 2-2-1

図 2-2-2

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書22

神経変性疾患の分子標的治療が成功に至らない理由としては 2 つの可能性が考えられ

る。1 つは、本質的な病態分子標的に到達していない可能性、もう 1 つは臨床治験のデザ

インの問題である。後者の要因の方が大きいのではないかと言われている。ここでは神経

変性疾患に特有の問題点をいくつか指摘したい。第 1 には、本質的なシーズの開発、あ

るいは分子標的の特定ということである。例えば白血病においては、c-abl inhibitor が見

出されて以来、白血病の治療は全く変わった。神経変性疾患では、特に RNA を標的とす

る治療法など有望なものがいくつか出てきている。例えばアンドロゲン受容体の mRNA安定化タンパク質 CELF2 の mRNA を分解するマイクロ RNA が存在することがわかっ

てきた。したがって、外からこのマイクロ RNA を補充することによってアンドロゲン受

容体を減少・消失させることができる。これは今までにないパラダイムの治療であり、標

的分子を安定化するタンパク質が、それぞれに存在することが分かってきたので、応用範

囲の広いものではないかと考えられる。動物モデルでは効率的に治療が可能である。

第 2 のポイントは、早期あるいは発症前の治療介入である。パーキンソン病の例では、

発症時黒質の神経細胞数は既に正常の 3 分の 1 程度になっており、この段階から治療を

始めても、既に細胞数は大きく減少しており、治療効果がほとんどないのではないかとい

う考え方である。発症前、あるいは早期治療に治療を開始するための診断バイオマーカー

として、種々のものが調べられている。例えば遺伝性ではあるが、アルツハイマー病では

The New England Journal of Medicine の 近の論文で、髄液における A β 42 の減少は

発症の 20 〜 30 年前から起こっているというデータがある。こうなると、高血圧などと

同様に、生活習慣的な発想が神経変性疾患にも必要になってくるのではないかと思われる。

第 3 には、前向きコホート研究の必要性である。治験と基礎研究両方にサポート体制

を敷くことができる非常に重要なものと考えられる。前向きコホート研究は自然歴、バイ

オマーカー、病因遺伝子、分子標的、変異タンパク質、バイオリソースなどを提供できる

重要なものであるが、残念ながら日本ではまだ、神経変性疾患で十分に行なわれていない。

ALS の自然歴を例に挙げると、患者によってバラバラの経過をたどっている。疾患をひ

とまとめにして治験を進めることが必ずしも良い結果に結びつかない理由の 1 つかもし

れない。ALS では経過は大体 3 パターンに分かれるのではないかと考えている。この、3つのパターンを決めている因子の中に、おそらく遺伝的な背景もあろうと今は考えている。

こうした考えを検証するデータは、前向き自然歴、前向きコホート研究からしか出てこな

い。ところが、この疾患別の前向きコホート研究のデータベースが十分に創られていない

というのが大きな問題と思われる。

後に、よく知られていることではあるが、我が国の臨床と基礎研究の論文数について

少し述べたい。基礎医学論文の国別発表数は、2008 年から 2011 年までは、日本は世界

第 4 位だったが、同時期に掲載された臨床医学論文数をみると、日本は 25 位である(図

2-2-3)。この10年間でも急速に下がってきており、まだ下がる傾向がある。中国、ブラジル、

インドなどに今、完全に抜かれている。これがひいては知財の問題やドラッグラグの問題

をもたらしているのではないか。

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書23

第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

図 2-2-3

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書24

神庭重信(九州大学教授)図 2-2-4 の 2007 年のイングランドのデータが示すように、精神・神経疾患、発達障害

は非常に社会の負担が大きい。日本はイングランドの GDP の 2 倍のため、約 15 兆円、

2026年にはさらに30兆円に膨らむと予想される。精神疾患の研究は幅広く行われており、

基礎系では病因遺伝子検索、分子遺伝学の領域から分子病態、PET、分子細胞学、薬理学、

神経解剖学、脳生理学、臨床では、時間軸に沿って周産期、児童・思春期、老年期、青年・

成人期のさまざまな疾患研究、精神薬理学、神経心理学、リエゾン、精神療法、精神病理

学と、遺伝子から社会、文化にわたる多様な研究が展開されている。基礎と臨床の研究を

融合してプロダクティブに研究を進めていく上で、臨床研究から基礎研究に有用なデータ

を提供し、神経基盤に関する研究を深めていく必要がある。生体脳研究は非常に難しく、

部位により機能が異なるため、がん細胞組織のような採取と分析という形では解決できな

い、という問題を抱えている。それでも、工学系のイノベーションにより、生体脳の画像

研究が進んできた。

これまで精神疾患研究のアプローチをまとめると、脳画像研究、血中バイオマーカー

(オミックスなど)、遺伝子、そしてモデル動物での検証、臨床研究、治療反応性について、

一連のデータとしてまとまってきており、それを以って精神症候を調べていこうという流

れがある。たとえば、統合失調症発症の前駆期にさまざまな症状を表して受診される方が

いるが、将来、統合失調症を発症する場合としない場合がある。そうした方々を定期的に

多様な視点から追跡していくと、精神病の発症前からのコホート研究が可能となり、それ

らの情報は基礎研究へと大きなフィードバックをもたらす。

これを遺伝子、分子細胞、神経回路、脳のレベルに並べ替えてみると、脳に何らかの

環境情報が入り、そのアウトプットとして cognition、emotion、behavior の障害が生

じ、それが Psychopathology として診断される。脳に病態があれば、どのようなスト

レスが入っても病的な Psychopathology を生むわけだが、ストレス自体が脳の病態を

生み出すことも十分考えられ、疾患によりその軽重が違ってくるのだろうと思われる。

Psychopathology の解明をめざして、脳神経系の遺伝子研究、分子、細胞レベル、ニュー

ロン、グリアの研究、回路の研究と、多様なアプローチが行なわれている。大きな壁

は、Psychopathology が、「脳」と「精神」という何千年と議論されていながら壁があっ

て、乗り越えられないところでの現象であることである。しかも、cognition、emotion、behavior の障害を症候群として、それを統合失調症、双極性障害、うつ病と呼ぶ分類が

現在されているが、果たしてそれが正しいのか、も検証していかなければならない。

NIMH の 近動向をみると、DSM の Psychopathology に依存するだけでなく、

Psychopathology を合成するドメイン(cognition、emotion、behavior)の神経基盤を

研究していく方がよいのではないか、という考え方がある。一方、Neural Oscillation、MRI、DTI、PET、MRS などをエンドフェノタイプ、アウトプットに代わるものとして

おいて、その神経基盤としての遺伝子、ニューロン、グリア細胞等の機能を解明していこ

うというアプローチも取られている。どちらがうまくいくかの決着はついていない。

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

図 2-2-4

図 2-2-5

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書26

図 2-2-5 の横軸を見ていくと、遺伝子から回路、症状へと一貫した説明が行なわれて初

めて精神障害が理解できることがわかる。そのためには、動物モデル研究は不可欠、ヒト

研究も必要であるが、それぞれ強みと弱みがある。動物実験では遺伝子、分子、ニューロ

ン、グリア細胞の研究を詳細に行なうことができる。回路の研究も(ヒトと動物の回路の

違いはあるが)比較的行ないやすい。しかし、非常に素朴な動物行動バッテリーによって

ヒトの Psychopathology を類推するには限界がある。ヒトの研究では、つぶさに精神症

状を考え直していくことが必要である。エンドフェノタイプは、テクノロジーの発展によ

りこれからさらに明らかにされていく。遺伝子研究で動物とヒトのデータが限りなく精緻

に照合され、相似性のようなものを見出せるようになると「動物でできない壁」、「ヒトの

Psychopathology を類推するような動物モデル」が完成し、この横軸は現行のマップの横

軸設定につながるだろう。

もう 1 つの精神疾患の大きな特徴は、時間軸で精神障害の表現型が変化してくること

である。脳が胎生期に発生し、発達し変わっていく中で、常に遺伝子と環境の相互作用が

起こり、そこにストレスが加わるなどして、精神病理が現れる。こういう時間軸の視点

が非常に重要である。統合失調症を例にとると、胎生期 4 〜 7 カ月における母体の感染、

周産期の低炭素あるいは低栄養などが統合症状発症のオッズを上げることが繰り返し確認

されている。これらの要素が脆弱性遺伝子との間にどういう相互作用を起こして発症に至

るのかは、まだ解明されていない。発症のトリガーも未知である。うつ病研究においては、

臨床医に非常にインパクトを与えたデータがある。ニュージーランドの Dunedin コホー

トスタディという、1972 年から 1 年間に、Dunedin のクイーンマリー産科病院で生まれ

た 1,000 名を、現在まで 40 年フォローしている研究である。このゲノム疫学コホートの

特徴は、身体疾患のみならず、サイコロジカルアセスメントを定期的に行なっている点で

ある。しかも、本人だけでなく、家族あるいは地域の、さまざまな学友や学校での問題も

含め、総括的なサイコロジカルアセスメントがなされている。1,100 の論文公表が行なわ

れ、世界中のパブリックヘルスポリシーに大きな影響を与えている。

その成果の一つが、20 歳を過ぎてうつ病を発症する場合、幼少期に児童虐待の経験の

ある人ほど、うつ病の発症率は高く、serotonin transporter gene の short allele を持っ

ている人ほどさらに発症率は高まる、というデータである。うつ病の発症率はストレスの

程度と相関する S タイプを持っているほど高くなるが、L タイプの人は、ストレスとは無

関係に、少ない頻度ながらも、一定のうつ病の発症が起こる。従来から言われている、ス

トレスと無関係の内因性うつ病が一定割合で起こることと、ストレスと関係して起こるう

つ病があるという、ストレスと遺伝子との相互作用を調べた成果である。このようなデー

タが、多因子、多遺伝子、環境因子が関わって発症すると考えられる精神疾患の解明に

は不可欠と思われる。ところが、このような生涯コホート(birth cohort)のフィールド

が残念ながら日本にないことは、決定的な結論を導けない理由の一つと言える。コホート

フィールドから、遺伝子研究、エンドフェノタイプの研究、あるいは治療反応性などのデー

タが生み出されると、基礎研究にも有意義な情報が提供され、基礎と臨床がそこで融合さ

れるならば、かなり確実な精神疾患の解明ができるのではないかと期待している。

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

須原哲也(放射線医学総合研究所 分子神経プログラムリーダー)

分子イメージングの立場から精神医学をどのように見つめるか、神経変性疾患との対比

においてお話しさせていただきたい。精神疾患の中核概念には 19 世紀にグリージンガー

が唱えた「精神疾患は脳の病気である」という視点と、ヒステリーの研究から出てきた精

神疾患の発症には社会因が重要であるとする視点があり、精神疾患の疾患概念の形成の背

景には、これらの大きな流れが折衷された形で含まれている。統合失調症は 1899 年にク

レペリンがその予後と経過から「早発性痴呆」という形で、現在の気分障害であるうつ病

と分離した。一方で、認知症は精神科医のアルツハイマーが見いだした病理変化を分子遺

伝学的に解析する方向の研究が進み、変性疾患として分子病態に基づく疾患の分類が進ん

でいる。しかし、いわゆる精神疾患は、共通の症候を呈する原因不明な疾患群、あるいは

環境に対する共通の反応群としてとらえられるなど、いろいろな理論を背景にして、混然

一体として進んできたというのが精神科の歴史である。

そのような現状を反省し、1980 年に DSM-III (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders Third edition) が米国で作られた。従来、精神病は遺伝の病気、神経

症は心因の病気、神経症性うつ病と内因性うつ病という、遺伝病と反応性のうつ病がある

などの理論があり、立場によって診断が異なっていた。DSM-III では、この点をより客

観化し患者の陳述と症状のみから、たとえば大うつ病性障害といったくくりに統合しよ

うとしたものである。しかしそのような方向は、一方では症状がそろえば全てうつ病で

あるといったように、うつ病概念の拡大を招く結果ともなっている。DSM-III はその後

DSM-IV の改訂を経て、現在は DSM-5 が議論されている。これら診断基準の改定におい

て問題なのは、疾患カテゴリーとしてのうつ病、あるいは統合失調症の範囲が、改訂ごと

に変動している点である。DSM では症状をディメンジョンごとに、つまり症状の塊とし

て見ていこう、というような流れに移行してきている一方で、近年の生物学的研究成果も

取り込み、気分障害というカテゴリーを分解し、双極性障害と単極性うつの 2 つカテゴリー

に分ける方向の議論も同時になされている。精神疾患研究は、一見固まったカテゴリーと

しての疾患概念があり、それに対していろいろなアプローチをとって行われているが、実

際のところはカテゴリーそのものが変動しているというのが 1980 年から現在に至るまで

の大きな流れとしてあり、それに対して精神科としてどういうアプローチをしなければい

けないか、という問題がある。

これまでの精神科の歴史においてもっとも大きなパラダイムシフトとなったのは治療薬

の開発である。1952 年にクロールプロマジンによる精神病の症状改善効果が見いだされ

た。この時点で精神科は「病因はわからないが症状を改善する薬」をもったのである。治

療薬の発見は、症状を改善するターゲットを突き詰めていけば病因がわかるのではないか、

という精神医学の生物学的なアプローチの出発点となり、統合失調症のドーパミン仮説、

気分障害のカテコールアミン仮説が生まれてきた。

一方でアルツハイマー病に代表される神経変性疾患では、その病理を構成する分子を

対象にしたバイオマーカーがすでに診断基準の中に取り込まれようとしている。例えば Aβはアミロイドイメージング、脳内ミクログリア活性のイメージングもすでに行われてお

り、さらに脳内タウイメージングも世界に先駆けて放射線医学総合研究所で臨床研究が進

行中である。このように中核病理の分子標的が明確であると、ターゲットが同定できてバ

イオマーカーの開発が進めやすい。それに対して、精神疾患の場合は、ターゲットとなり

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書28

うる分子が主に薬の作用点であり、それらの解析では例えば PET による分子イメージン

グの結果を見ると、気分障害も統合失調も、それぞれの薬の作用点である受容体やトラン

スポーターには健常被験者との間に優位な差があるが、両者に非常に大きな重なりが認め

られる(図 2-2-6)。つまり、もともと脳内に存在し、生体で重要な機能をつかさどって

いる薬物の標的分子を指標とした場合、うつ病あるいは統合失調症というカテゴリーをき

れいに分離することは困難であることが我々をはじめとして複数の研究結果から明らかに

なってきている。これは遺伝子においても同様で、統合失調症の有名な遺伝子 DISC1 の

遺伝形家系では、統合失調症だけでなく気分障害や神経症など、いろいろな精神障害が家

系内で認められており、現時点でのリスク遺伝子によるカテゴリー化の困難さがうかがわ

れる。

図 2-2-6

以上の問題点を考慮した上で、現時点で精神疾患の研究にはどのようなアプローチが有

効であろうか。我々は精神疾患が症候からしか評価できないのであれば、症候の可視化が

次の展開につながるという意味で重要ではないかと考えている。症候の心理・哲学的な考

察は精神病理学という分野が担っていたが、神経科学との接点が少なかったことから生物

学的な発展には限界があった。我々は精神症候を認知機能の側面から評価し、そのとき背

景にある脳のネットワーク(神経回路)と神経伝達機能を統合的に評価することによって、

個々の症候を回路や分子のレベルで定義していくことによって、回路や分子のパターンに

よる病態の再評価ができるのではないかと考えている。

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

図 2-2-7

図 2-2-8

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書30

精神疾患が明確なバイオマーカーで定義できない現状で、その動物モデルというのは何

のモデルとなり得るかという点から 2 つのモデルを考えてみたい。一つは先に現在の精

神疾患を定義する症候を動物で再現し、その症候の発現を解析するためのモデル。もう一

つは精神疾患の病因仮説から実際に表現形が再現できるかを検証するモデルである。

症候の発現モデルの場合、例えば、甲状腺機能を低下させて意欲の低下という症候をサ

ルで再現するモデルを作る。このモデルを使って報酬量とタスクのエラー率を評価するそ

の間には一定の関係式が成り立ち(図 2-2-8)、ここから、モデル動物の行動を複数の因

子に分けて解析することが可能になる。例えばセロトニンの神経伝達を変えることによっ

て行動負荷が戻るが、報酬感受性は戻らない。一方ドーパミンの場合、D2 受容体を全身

に投与すると報酬感受性が低下することから、それぞれの因子が特定の神経伝達系によっ

て制御されている可能性が明らかになりつつある。さらに PET で特定の領域の神経伝達

を可視化することにより、ヒトと比較対照、また局所への薬物投与による回路の修飾によっ

てヒトの回路の検証ができるのではないかと考えている。実際我々がうつ病の電気痙攣療

法前後で PET で測定した前部帯状回のドーパミン受容体の変化は、サルの抑うつモデル

における変化の領域と同じであり、サルを用いた意欲低下モデルはヒトの意欲低下という

症候の回路・分子レベルでの解析に有効であることを示唆している。

精神疾患の病因仮説から表現形が再現できるかを検証するモデルとしては、妊娠中のウ

イルス感染が統合失調症のリスクであるという報告に基づくラットの maternal immune activation model がある。このモデルの成熟期の表現形を見ると、統合失調症でも認めら

れるプレパルス抑制の異常や、さらに小動物 PET では我々が統合失調症で以前に報告し

た前部帯状回の D2 受容体の減少に相当する所見が見いだされた。

精神疾患は言語や行動によって表現される症候の組み合わせによって疾患カテゴリーが

分類されているが、疾患の理解には症候の背景にある脳のネットワークの状態、さらにネッ

トワークを駆動している分子を統合的に解析することによる、個々の症候の回路や分子の

レベルで定義が必要であると考えられる。それによって言語化という手段を持たない動物

モデルのヒトとの比較が可能になる。イメージングの利点はヒトと動物を共通の指標で比

較できることであり、それによって治療標的の明確化し、例えば BMI でネットワークを

変化させることによる症候の改善をサルで試み、ヒトにも展開可能な技術開発につなげる

といった、病態の解明から治療への展開まで幅広い応用が考えられる(図 2-2-9)。

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第2章 脳神経ワーキンググ

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図 2-2-9

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書32

定藤規弘(生理学研究所教授)社会性脳科学研究に関して、現状と諸課題、強化すべき基礎研究テーマ、そして活用が

見込まれる応用分野の展開について話したい。現在、社会性の脳研究は、人間の社会行動

と脳科学研究を結びつけるという点で展開しており、その結節点にあるのは、ヒトを対象

とした機能的 MRI であると思われる。人間の社会行動そのものは、長らく人文科学にお

けるテーマであり、フィールドはよく確立している。そして、疾患、異常な社会行動とい

う点から考えると、医学における精神科領域もその一部に入ると考えられる。一方、機能

的 MRI の探索しているものは、実際に物質的な存在としての人間の脳であるという意味

で脳科学の領域に入る。現在の脳科学は、さまざまなスケールで研究が展開していると考

えられるが、1 つのディメンジョンは解像度である。図 2-2-10 にあるように、非常に細

かいところから、空間的な解像度でいえばメートルのレンジ、社会行動、ソーシャルイン

タクラクションということになるとキロメートルのレンジに広がる。このように、行動レ

ベルでの理解と物質レベルでの理解をリンクさせるというところに、社会性研究の特質が

あると考えられる

人間の社会行動と脳科学研究を結びつけるために必要な要素は何かというと、先に紹介

された分子イメージングと違う fMRI の特性は、脳定位である。特定の行動が脳のどの領

域と関係しているかを示すという脳定位であり、それを駆動する分子的なメカニズムに関

しては、特に何も言えないが、PET に比べると汎用性が高く、研究の数が爆発的に増え

ている。どの場所がその行動と関係するかを 1 つの梃子にして、ヒューマンサイエンスと

バイオサイエンスを結びつけるのが、社会脳研究における 1 つの型である。その際、ヒュー

マンサイエンスから何が存在しているかというと、行動の特性としての表現型の同定であ

り、表現型の背後にある行動モデルの形成ということになる。fMRI において、行動モデ

ルを実験系として埋め込んで場所を特定するのが、脳定位の基本的な原理になる。そのた

め、特定の行動パターン、あるいはそれの元にあるモデルの神経回路レベルの領域が、非

常に大きな全脳に渡る情報として提供できるということになる。

図 2-2-10

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

では、バイオサイエンスで行なうことは何か。図 2-2-11 にあるように、物質的なレベ

ルから考えると、遺伝子型の同定、さまざまなレベルにおける行動の中間表現型、エンド

フェノタイプの同定が重要になってくる。ただし、これらを人間で調べるには限界があり、

種間差、階層をどう越えるか、あるいはどうつないでいくかが重要である。その際に、ヒュー

マンサイエンスでは行動を調べることがポイントになっていたが、そのバイオマーカーが

何であるかが、重要なポイントになってくる。先ほどから、疾患においてバイオマーカー

が必要であるという話が繰り返し出ているが、精神疾患における表現型を動物で再現する

のが極めて困難である以上、その手前の状態、中間表現型の抽出がすなわちソーシャルブ

レインマーカーの探求であり、バイオサイエンスに求められる重要な目標である。ソーシャ

ルブレインマーカー候補は、遺伝子レベルから、環境に依存した遺伝子発現、中間表現型、

行動指標、あるいは縦断的な長期にわたる活動記録など、さまざまなものがあり得るが、

これには2つのメリットがある。まず、疾患の病態生理の理解診断、治療効果に有用である。

もう 1 つは、社会性の発達過程の理解に資するということである。すなわち、行動を計測、

定量することによって、社会性の発達が理解できるはずである。社会能力は基本的には関

係性の中で発達していく。ここで、やはり精神疾患との関係が重要になると思われるが、

社会能力は他人と上手にやっていくという大きな括りで考えられ、それそのものは非常に

複雑な能力である。それぞれの要素過程は、発達初期から学童期前までにかなり単純な形

で現れてくるが、学童期以降、生涯にわたって非常に複雑化していくため、社会能力その

ものを理解する際に発達という時間軸を考える必要がある。そこで、行動特性そのものを

計測する必要があり、行動特性の元にある生物学的な基盤を知る必要がある、ということ

になる。この、時間的要素を取り入れた研究としての前向きのコホート研究が必要になる

と考えられる。コホート研究は動物実験等に基づくことの多い脳科学知見の 1 つの検証

の場ともなり得る。さらに、社会脳研究は社会に対するインパクトが非常に大きい、ある

いは社会的要請が非常に多い部分であり、脳科学研究そのものが社会的必要性に直面する

場を提供する、とも考えられる。社会脳研究がエビデンスを産出していくというループを

形成するための場になり得る。総合的な人間科学へと展開するためには、こういった要素

が常に必要になってくるだろう。

図 2-2-11

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以上を踏まえて、社会脳研究の現状として 3 点挙げたい。第一に人文科学と脳科学の

連携であり、接点としてイメージング研究が存在する。第二に、脳科学研究の中において

疾患研究が重要であり、そして種間差を越える必要がある。このため、脳科学におけるレ

ベル縦断的研究を展開することが非常に重要であって、その際にモデル動物を作成するこ

と、そして中間表現系をさまざまな階層で探索することが課題である。また、第三に、発

達コホート研究に関しては、ヒトでの検証あるいは応用的連携を行なうために必要である。

ただし、この発達コホート研究そのものは、日本では現在、環境省の大型プロジェクトが

始まっており、予備的トライアルも含め、数年前からようやくその重要性が認識されてき

たばかりで、今後も大きな課題であると考えられる。強化すべき基礎研究テーマとして重

要な点は、発達コホートにおいて実社会との連携を行なうことである。これは社会に向け

て脳科学が何をできるかということを実際に示すための重要なプラットフォームになると

考えられる。この際に重要なのは、社会能力をどうやって測るかである。この部分を脳科

学あるいは人文科学と脳科学の連携の部分で形成していくことが重要だろう。

階層をつなぐイメージング技術に関して、簡単にお話ししたい。いろいろなレベルでイ

メージングの階層のつなぎ方があると思われるが、今後の高次脳機能の解明においては、

1 つはやはり回路、非常にマクロレベルでの回路の形成を調べる必要があると考えられる。

コネクトミクスという概念はすでに広く知れ渡っており、動物レベルではシステマティッ

クに進んでいるが、人間におけるマクロコネクトミクスとのリンケージが、当然その念頭

に置かれていると考えられる。人間におけるコネクトミクスを行なうためには、MRI を使う必要があるが、この 2 つをどうやって結びつけるかというときに、サルを対象にす

るということが 1 つの重要なポイントではないかと考えている。コネクトミクスのタイ

ムテーブルとしては、大体 10 数年ぐらいで統合できるという見通しを、われわれの研究

所では考えている。活用が見込まれる応用分野は難しい部分ではある。脳科学がヒトの理

解につながる生物科学と医療福祉に分断されているという話があったが、ヒトの理解、の

観点では教育、研究、経済、社会、いずれの領域においても非常に重要な貢献をすると考

えられ、医療福祉においては精神疾患の病態解明と治療に役立つことは明白である。

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

吉峰俊樹(大阪大学教授)私どもは脳神経外科の技術を応用した BMI の研究、開発をすすめている。これは、手

術により脳の表面に電極を置き、その信号を解読して各種の外部装置を操作できるように

するものである。解読に用いる脳信号としては電気信号が優れているが、これには頭皮上

から記録できる頭皮脳波、手術をして脳表電極を設置して記録する皮質脳波、手術により

脳内に刺入した針電極で記録する活動電位などがあり、それぞれ脳信号取得の面で非侵襲

的、低侵襲的、高侵襲的といわれており、侵襲性や、空間分解能、情報の質と量、安定性

の面で一長一短がある。

私どもが利用する皮質脳波は、脳表に電極を設置するため開頭手術は必要であるが脳に

対して低侵襲的であり、空間分解能、情報の質と量、安定性の面で優れており、選ばれた

患者さんにとっては有用な機能を持った実用的 BMI システムに応用できると考えられる

ものである。対象としては、「閉じ込め症候群(locked-in syndrome)」のようなきわめて

重大な神経脱落症状を持った方、まずは筋萎縮性側索硬化症(ALS)の方を対象としてい

る。このたび学内の医学倫理委員会で承認され、ALS の患者さんにおいて私どもの BMIシステムを応用する臨床研究が始まることになった。これまでの研究では、てんかんや脳

腫瘍、難治性疼痛のなどの原疾患の治療のために脳表電極が設置された患者さんに協力し

ていただき、皮質脳波を解読することにより、数種類の手の運動を識別できることが明ら

かになっており、これにより「考えただけで」コンピューターのカーソル移動やロボット

アーム、ロボットハンドの操作を行えることが実証されている。これらの研究成果を踏ま

えて、実際の ALS の患者さんに協力を得て脳表電極を設置し、その安全性と機能性(ど

こまで動かせるか)を検証する臨床研究である。図 2-2-12 はその紹介である。右端に写っ

ているのは ALS の患者さんであり、車いすに乗り、人工呼吸器を装着している。手足の

運動や発話ができないため、いわゆる「透明文字盤」を用いて意思伝達を行っている。こ

のような患者さんに BMI 技術を適用することにより、コンピューターやロボットを「考

えだけで」操作できるようにして、意思伝達や運動機能を補助するのが目標である。

図 2-2-12

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当面の対象である ALS は一番過酷な神経難病といわれ、意思の表示も手足の動きもまっ

たくできないということで、患者さんの日常生活は大変困難な状況にあると考えられてい

る。ところが、 近、このような患者さんでも、人生を前向きにとらえて生活しようとし

ている方が多いとの意外な調査結果が続いている。たとえば、フランスのアンケートで

脳幹出血により「閉じ込め症候群」となった方(LIS 群)と「普通の人」(コントロール

群)が自身の生活内容を自己評価した結果を比較した報告がある(図 2-2-13)。それによ

ると自身の身体機能についてはコントロール群では 80 数 % と回答されており、LIS 群で

は 0% と回答されている。身体は全く動かないためである。しかし、驚いたことに、自身

の精神的健康度、総合的健康度、身体的苦痛の面では、両郡にそれほど極端な差はみられ

ない。報告では、たとえこのような過酷な身体状況にあっても、彼らは人生を「生きる値

打ちがある」ものととらえている、と評価されている。私どもの BMI 技術はこのような

患者さんの人生をさらに便利で豊かなものにすることを目的としている。のような患者さ

んに BMI 技術を適用することにより、コンピューターやロボットを「考えだけで」操作

できるようにして、意思伝達や運動機能を補助するのが目標である。

図 2-2-13

このたび開始する臨床研究で使用する電極は従来型(電極間隔 1cm)を改良し、より

高密度にしたものであり(電極間隔 小 2.5mm)、さらに高精度の脳波解析が可能になる

と考えている。しかし、頭蓋内電極から出たコードを体外に誘導して脳波を記録、解読す

るものである。コードが皮膚から体外に出ているため、感染症合併のリスクがあり、永続

的留置はできず、患者さんの自宅療養には向いていない。そのため、将来の実用化を目指

して、電極コードやアンプ、送信器、電源などを体内に埋め込み、システム全体をワイア

レス化する予定であり、現在、そのプロトタイプが完成している。今後は装置のさらなる

小型化や、装置を医療機器として薬事法で認可されものにする必要がある。

BMI は「脳信号の解読」がキーテクニックであり、その研究過程において神経科学に

おける新しい知見を見出してきた。そのひとつが、「脳波の異なる周波数間の機能的連

携」、感覚運動野におけるα波(10Hz 程度)と high- γ波(100Hz 程度以上)の phase-amplitude coupling である。すなわち、運動開始 2 〜 3 秒前の時点では high- γ波の「振

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第2章 脳神経ワーキンググ

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幅」がα波の「位相」と一時的に同期し、実際の運動開始時にはこの関係が消失するとい

う現象である。この現象の意義の解明はまだ十分ではないが、phase-amplitude couplingが感覚運動野に広く分布し、これが消失した後の運動開始時には一次運動野の特定部位に

限局した high- γが発生すること、そしてこの high- γ波のパターンが運動パターンを表

現していることから、この cross-frequency coupling は何らかの運動準備と関連している

ことが想定される。

また、皮質脳波は脳の外表面から記録したものより、中心溝の中から記録したものの方

が運動パターンの予測精度が優れていることが明らかになった。このことは現在の解剖学

で一次運動野とされているブロードマンの area4 は脳の外表面から中心溝の前壁にかけ

て分布しているとされているが、外表面と中心溝内部では機能が異なっている可能性を示

している。このような私どもの成果に続いて、カナダの解剖学者がサルの実験において同

じ一次運動野でも外表面と中心溝の中とでは脊髄運動ニューロンとの神経連絡が異なるこ

とが発表された。彼らによると、脳の外表面の一次運動野は系統発生学的にみてより古い

皮質に属し(old M1)、その線維は脊髄のインターニューロンに投射しており、中心溝に

存在する新しい一次運動野(new M1)の神経細胞は脊髄のモーターニューロンに直接投

射しているという。中心溝内脳波の方が運動予測に適しているという私どもの結論と関係

しているように思われる。

翻って、BMI の将来の実装面での応用を考えると、現在はロボットを操作できるこ

とを発表しているが、患者さんに自分の手足があれば、それを動かすことも考えられ

る。いわゆる「装着型ロボット」、「外付けロボット」、あるいは「エクソスケルトン」と

いわれるものである。さらに進んだ未来型の応用は、従来 FES(Functional Electrical Stimulation といわれてきた「それぞれの筋肉を直接電気刺激して動かす技術」との融合

である。BMI 技術と FES 技術を融合すると、「考えによりロボットを動かす」のではなく、

「考えにより自分の手足を動かす」ことが可能となる。Moritz らや Ethier らは、脊髄神

経をブロックして一時的に腕を麻痺させたサルにおいて、解析した脳信号により筋肉を直

接電気刺激することにより、サルが腕を使えるようになったという(図 2-2-14)。

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わたしどもの研究では、今後、電極や IC チップ、電源などを皮下に埋め込んで脳信号

を無線で体外に送信するワイアレス型 BMI システムを開発中である。また、電極間隔が

1mm 程度の高密度多極電極(1000 チャンネル)の開発を計画している。このようなシ

ステムを用いると、皮質脳波を 24 時間連続して送信し、記録、解析できるため、ヒト脳

の情報処理過程の解明など、神経科学の進歩に格段の貢献をすることができると期待され

る。このシステムは薬物では発作をコントロールできない難治性てんかんの患者さんへの

応用も考えられる。いわば心臓疾患にたいするホルター心電図のように、連続して皮質脳

波を記録することができるため、発作焦点を極めて精密に同定することができる。これに

より発作の予知も可能となり、発作を未然に防止できることも期待される。連続して精密

な脳波を記録することができるため、抗てんかん薬の効果の科学的、定量的評価も可能と

思われる。

BMI 研究は、動物で 10 年と少し、ヒトではわずか数年という始まったばかりのもので

あり、この 2、3 年、欧米を中心にさらに加速され、様々の成果が上がってきている。本

邦でもますます大規模で強力な取り組みが必要と考えられる。

図 2-2-14

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第2章 脳神経ワーキンググ

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河野憲二(京都大学教授)脳の研究で非常に大事なのは、いろいろな階層のレベルでの研究があって、これを統合

的に総括的にまとめて理解するということが脳の(全体像の解明)研究につながる、とい

うことである。このことは Churchland & Sejnowski の 1988 年論文ですでに言われてい

る。図 2-2-15 にあるように、当時はちょうど PET や MEG などが出てきて、それらの技

術で脳の全体の話がわかって、既存のシングルユニットレコーディングとうまく合わせる

と脳全体の働きがわかるのではないかという話だった。図の右の下側は 近のガザニガの

教科書に出ている、同じことを説明している絵であるが、増えているのが fMRI と TMSとマルチユニットレコーディングである。こういう技術が進んできて、25 年前よりさら

に、既存の個別フィールドの研究をコンバージして、脳を理解する状況が揃ったというこ

とになってきている。まだ足りないところもあり、なかなか進んでいないが、シングル

ユニットと fMRI の関係で、 近のトレンドとして興味深いのは、サルの fMRI 記録が可

能になったことである。同じ顔刺激を使って、人間の fMRI と比較できるようになった。

Tsao らの研究では、同じ顔刺激で反応する領域がサルとヒトで見つかり、顔(認識)に

関係する部位が人間の場合は 4 カ所(下側頭葉の 3 カ所と STS)、サルには下側頭葉に 4カ所と STS 内の 2 か所ある。この領域のニューロン活動がどういう情報を持っているか

サルの脳からのシングルユニットレコーディングで調べられている。アイデンティティと

顔の向きをどのようにコードして、どのように情報が処理されていくか調べると、 初の

領域では横向きの顔にどんな人の顔でも反応するのが、 後の領域では 1 人の顔にどち

ら向きであっても反応することが fMRI とシングルユニットレコーディングの組み合わせ

でわかってきた。こういう方向で、領域的な情報とそれぞれの領域間の情報処理を理解す

ることで研究は進んでいくと考えられる。

図 2-2-15

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fMRI は場所だけの情報しか持っていないかという点について、Logothetis による、サ

ルのニューロンレコーディングと fMRI の同時記録の研究を紹介する。図 2-2-16 ではボー

ルドシグナルが赤、マルチニューロン活動が緑、LFP(局所電場電流)が黒で示されてい

るが、fMRI のボールドシグナルは LFP と非常に密接に関係している。2012 年になって、

LFP の中でもパワー(スペクトル)をとってみると、ボールドシグナルのふらつきとγ

領域の振動のふらつきとの相互情報量が一番多いこと、すなわち、60Hz 前後の振動が一

番ボールドシグナルと密接に関係しているだろうということが、わかってきている。この

ローカルフィールドポテンシャルが、一体何を表しているか、どういう情報を持っている

かというのは非常にわかりにくい。

敢えて、共同研究者からいただいた下側頭葉から記録された顔刺激に反応するニュー

ロン活動とローカルフィールドポテンシャルのデータを紹介する。この実験ではヒトの

顔(中立顔と笑顔)を見せて反応を調べているが、シングルニューロンレベルでは、刺激

後 100m/s ぐらい経つと笑顔だということがわかる。ローカルフィールドポテンシャルは、

かわり映えしない。パワーをみても、笑顔ではγ帯域の発信が普通の顔より強くなってい

るというが、これがどういう意味を持っているか、この情報が何を持っているかというの

はこれだけではわからない。おそらく、広範囲でのマルチユニットレコーディングとロー

カルフィールドポテンシャルの同時計測が可能になれば、ローカルフィールドポテンシャ

ルの意味がわかるようになり、それとの関係が深いといわれる fMRI におけるボールドシ

グナル値の変化についても、何かがわかるかもしれない。今後、その方向の研究の発展が

望まれる。

図 2-2-16

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

サル研究をしているのは、サルの脳を知りたいということではなく、人間の脳の働きを

知ろうということなのだが、人間の脳での、ユニット活動記録が日本ではあまり盛んでは

ないが、脳波や MEG 記録というのはよく行われており、脳波でも、顔を見たときに非常

に反応が強いこと、MEG でも顔を見ているときに、非常に強い磁場が出ることが知られ

ている。これらが一体どういう情報を持っているか、どのような神経活動に対応してい

るかは、今後人間とサルで同じような課題を使ってシングルユニットレコーディングと

fMRI と脳波、MEG といったものを記録し、お互いに照合して進めていくことによって、

おそらく意味がわかってきて、顔を見ているときの情報処理がわかってくるのではないか

と期待している。

後にもう一つ、疑問を持っていることとして、お話してきた fMRI のボールドシグナ

ルと LFP との密接な関係は Logothesis の研究に基づいており、これは大脳皮質の視覚野

における話である。 近、線条体や扁桃体など、大脳皮質以外にも、いろいろなボールド

シグナル値の変化等を示す論文が出ている。このときのボールドシグナル値の変化が何を

示しているのか本当に Logothesis が大脳皮質で示したものと同じに考えていいのかどう

かというのが、今後検討する必要があると思っている。線条体のボールドシグナル値の変

化はドーパミンの分泌量と関係があり、ドーパミンの量が多いときに、ドーパミンの D1レセプターの取り込みがあると、ボールド値が上がるという報告話がある。もしそうだ

とすると、ドーパミンは黒質あるいは VTA のニューロンから放出されるわけで、ある部

位でボールド値が上がるということは、その部位そのものではなく、黒質あるいは VTAの活動を見ているのではないかというような疑問が、どうしても出てくる。これから、

fMRI でボールドシグナル値が変化したときに、一体そこで何が起こっているか、どうい

う情報を持っているか、を明らかにしていく必要がある。やはりサルと人間、同時に同じ

ようなパラダイムを使って調べていくという方向で研究を進めていくことが、大脳皮質以

外の脳の働きを理解するためにも重要なのではないかと考えている。

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礒村宜和(玉川大学教授)脳機能の計測・可視化・操作・解析の技術開発プラットフォームについて、特に構造と

機能という軸と、観測と操作という 2 軸で 新の動向をまとめたい。

まず、特に神経回路レベルという階層を中心として、出口として何が求められているか

から話したい。精神、神経疾患の予防、診断、治療に繋がればよいが、それ以外にも、例

えば BMI、ロボティクス技術などへの応用がある。やはり脳の動作原理の解明を知ると

いうのは一番大切だと思う。5 年、10 年、20 年先に脳の動作原理がわかると、脳科学は

社会のあらゆる場面で生かされてくるはずで、医療だけでなく教育、カウンセリングなど

の産業や犯罪予防など、いろいろなものが出てくると思われる。そのときに、きちんと根

拠があるかどうか。現在、少し怪しい脳科学が巷で見られるが、やはりわれわれ研究者は

正しい脳の知識を提供し、活用する。そういうことも社会的責務なのではないかと考える。

では、実際、神経回路研究はどうすればよいか。従来の脳の研究は、例えば 1 つの神経細

胞の活動の記録を取って、それと behavior との相関性を見るという、相関性の記述に留

まっていたと思われる。例えば、シングルユニットレコーディングを行っても、どの大脳

皮質のレイヤーか、どんな細胞か、興奮か抑制かもわからないし、どんな結合をしている

かもわからなかった。脳の動作原理を解明するためには、神経回路上の情報の流れを、相

関ではなく因果的に追跡し、理解する必要があると考えている。構造と機能(回路と信号)、

それと観測と操作。このような軸上でこれまでの研究について、そしてこれからの研究に

ついて、違いを説明する。

構造、回路を観測するという意味では、トレーサー注入、電子顕微鏡、免疫染色などの個々

の技術があった。機能を観測するためには、ユニットレコーディングやパッチクランプな

どがあった。操作に関しては、もっと粗い。構造を操作する場合は破壊実験程度。機能を

操作する場合には電気刺激ぐらい。これでは時間的あるいは空間的に粗いか、あるいは規

模が小さく、何もわからない。しかし、ここ 5 年ぐらいの間に、構造を観測するに当たって、

コネクトミクス、コネクトームが徐々に普及している。機能、信号を観測するには、主に

電気か光によって、大規模に細胞の活動を拾えるようになってきている。コネクトームに

関して紹介すると、例えば電子顕微鏡自体は昔からあるが、脳組織の切片写真を撮って解

析して、それを再構成し、再構成された回路を見ていく。今まで人の力では何週間もかかっ

ていた作業を全部機械化して、コンピューターで解析していく。ヒト脳に関しても、白質

の神経線維の並び方を利用した拡散テンソル・イメージングという技術により、脳の中で

どのようなパスウェイがあるかを大まかにだが見ることが可能になってきている。個々の

細胞を完全に描写しようとすれば今まではゴルジ染色というものがあったが、例えば遺

伝子操作技術をえるようになった。図 2-2-17 のように、赤色の蛍光を発する遺伝子、黄

色の蛍光を発する遺伝子、青色の蛍光を発する遺伝子、このような遺伝子のコピー数を 1個 1 個の細胞で微妙に違うようにする。そのことにより、1 個 1 個の細胞が天然色という

か、微妙に色合いが違って見分けがつくようになる。それが、細胞の樹状突起も細胞体も

軸索も 1 つの細胞については同じ色合いで見えるようになる。このような神経細胞の可

視化技術、Brainbow ができつつある。一方、大規模細胞活動記録としては、電気と光と

いう主な流れがある。まず、電気については、昔からマルチニューロン記録という技術が

あるが、記録用のプローブが今、非常に大規模化している。シリコンプローブに関しては、

やはり米国が先行しているが、日本でも特に包括脳支援班で東北大学のグループが中心と

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第2章 脳神経ワーキンググ

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なり、多機能の電極に光ファイバーを埋め込んだり、流路を作って薬を注入したりできる

ような仕組みのプローブ開発を行っている。光に関しては、2 フォトンレーザー顕微鏡と、

とカルシウム・インディケーターとなるタンパク質の開発が進められている。電気、光、

どちらの技術にしても、今では数千細胞ぐらいを同時に計測することが可能になってきて

いる。構造を操作する方に関しては、遺伝子導入と信号による機能操作(光操作、オプト

ジェネティクス)が挙げられる。まず遺伝子導入技術に関しては、例えば Cre-LoxP の系

を用いたあるプロモーターを使って任意の遺伝子をどんどん発現させたり、あるいは潰し

たりすることができる。

図 2-2-17(出典 : J Neurosci 31:16125-16138, 2011;

PLoS Biol 6:e159, 2008; Natrue 450:56-62, 2007)

Tet-on/off という系の遺伝子を動物の中に仕込むと、例えば、ある薬を飲み水の中に混

ぜておくと、それを飲んでいるときだけ任意の遺伝子が出る。あるいは逆に、飲んでいる

ときだけ遺伝子が出なくなる。あるいは破壊されてなくなるという組み合わせができる。

図 2-2-18 は福島県立医科大学の小林和人先生の仕事になるが、イムノトキシン細胞破壊

によって、ある細胞や、あるパスウェイの細胞、そういうところに標識となる膜タンパク

を発現させ、その後、脳の中にイムノトキシンを注入する。そうすると、パスウェイ特異

的に細胞が死んでしまう。このことによって、例えば基底核では直接路、間接路のうち一

方だけを壊すのが現実に可能となっている。

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書44

図 2-2-17 (出典 : Wikipedia - Cre-loxP 部位特異的組換え ;

脳科学辞典 - Tet on/off システム ; 福島医大生体機能研究部門ホームページより)

一方、光操作では、例えばチャネルロドプシン 2 という遺伝子は膜タンパク(イオンチャ

ンネル)に関係するが、青い光をあてるとカチオンが流れるようになる。そうすると、細

胞にチャネルロドプシン 2 を発現しておくと、青い光をあてると脱分極できる。ハロロ

ドプシンに、今度は黄色の光をあてると、クロライドイオンが通る。すると、黄色の光を

あてるとハロロドプシンを発現させた細胞だけが過分極する。似たようなものとして、水

素イオンは G タンパクを介してだが、光によってミリ秒オーダーで制御できるようになっ

てきている。その他にも、シリコンプローブや電極に光ファイバーを仕込むなどの研究に

よって多数の技術開発がされている。そういう技術を応用し、細胞特異的に光をあてて活

動あるいは抑制させたりする研究が増えてきている。チャネルロドプシン、ハロロドプシ

ンのような、光操作ができる分子で何ができるか、であるが、まず 1 つ目は「同定」である。

例えば、大脳基底核ではドーパミン D1 レセプターを発現している細胞だけを操作する、

あるいは、光をあてると変化があったので、記録している細胞は D1 レセプターを発現し

ているとか、そういう使い方ができる。2 番目の使い方としては、「攪乱」「阻害」である。

ある行動をしているときに、チャネルロドプシンをあてて情報を攪乱し、behavior でど

ういう影響が出るかを見る。しかし、やはり一番大切なのは、情報入力である。光のパター

ンをいろいろ変えて情報を入力すると、行動が、あるいはまわりの細胞が、どう変わるの

か。それを見ていって、神経回路の中でどのような情報が本質的に重要かを見ていくとい

うストラテジーである。

構造と機能、観測と操作という軸に分けて技術と研究の発展を見てきたが、残念ながら、

ほとんどがアメリカ発の技術である。ただ、それらをうまく、日本もこれから利用すると

いう方向がよいと思う。例えばコネクトームを使って、きちんと回路構造を見ていく。そ

の知識に基づいて、遺伝子導入をしていく。その遺伝子導入をした動物を使って、機能の

観測と操作を組み合わせる。そのときに単発では、もうどうしようもない。脳のあるとこ

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書45

第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

ろに光をあてる。ある時空間的なパターンで光をあてる。そのときに、脳の中でもはや数

千細胞ぐらいの観測ができるので、その情報をリアルタイムで取ってくる。リアルタイム

で解析して、またフィードバックして別の光操作を与える。これらを双方向的にリアルタ

イムで行う。そのようなことを 1 つの動物で繰り返していくと、何らかの光の刺激パター

ンに意味がある、あるいは意味がないということがわかってくると思われる。そういうも

のを機械学習でまとめ、脳の神経回路にはどういう情報を流すのが重要かを見ていく、と

いう方向性がこれから盛んになるのではないかと考えている。まとめると、観測技術は、

数千細胞まで、今、同時に見られるようになっている。操作技術は、ミリ秒オーダーで操

作できるようになっている。これからは、それらをリアルタイムで双方向的にフィードバッ

ク化をするような努力をして、神経回路上の本当の意味での信号の流れを因果的に理解す

る。そうすると、日本の社会にも役に立てる成果が得られると考えている。

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書46

< 質疑応答ならびにコメント >

Q: 祖父江先生にお伺いしたい。内閣府のアクションプラン重要課題の議論においても、

精神疾患のバイオマーカー探索、コホートスタディが上げられており、今日の話題は、実

にそれがよく取り込まれており、非常に興味深く聞かせていただいた。総決算として、や

はり早期の先制医療が重要だという祖父江先生の結論には非常に賛同する。プラクティカ

ルなことを考えると、実際、家族性の A 劣勢にせよ、アルツハイマーにせよ、危険因子

を持っている人に関しては、発症前からいろいろな検査を行なうことで相当のエビデンス

が積もっていくと思うが、家族性の疾患というのは、両者において(発症者全体の)1 割

に行くか行かないかくらいでほとんどの場合がスポラディック(孤発性)である。(自分

がそういった病気になるとは思っていない方が大多数である)スポラディックの場合、ど

のようにしてコホートスタディを実施していくか、さらに先制医療に結びつけていくかと

いう点について何かお考えがあればお教え願いたい。

A: どこまで答えられるかわからないが、孤発性疾患における先制医療というか発症前医

療をどのように行なうのか、バイオマーカーでどのように予防するか、という質問と理解

している。これらの技術は現在のところ、まだ残念ながら確立されていない。例えば、ア

ルツハイマー病に関しては、Nun Study という研究があるが、大体 3 割くらいの人がア

ルツハイマーブレインを持っていながら、発症していない。このことは先制医療という観

点からは、大きな問題である。先ほども髄液の A βが 30 年前から少しずつ低下していく

というようなことがあったが、ではそれだけで治療を始めるかというと、今の段階ではそ

れは難しい。バイオマーカーがクリニカルアウトカムにどれくらいサロガシーを持ってい

るのか、予測できるのかについて、もう少し 1 対 1 対応の説明が得られるようになって

こないと、マーカーとしては使えない。今はまだ認められていないと思う。ただ、アメリ

カでは家族性のアルツハイマーで、発症前の診断・治験を始めている。がんでは非常に強

いがん遺伝子あるいは抑制遺伝子のミューテーションがあって、100% に近い形で発症す

ると予測された場合には、先制医療というのが認められていると聞いている。そこから考

えると、神経変性疾患においても、どれくらい強力な予見マーカーを見つけ出せるか、サ

ロガシーを持って、発症を予測できるか、そうしたところがカギだと思うが、これに対す

る 1 つのアプローチは、コホートスタディをしっかりやっていくことではないかと思っ

ている。アルツハイマー病で 30 年前から髄液の A βの低下が起こっているとなると、例

えば高血圧が 30年続くと脳卒中になる確率が相当高くなるような感覚に似てくると思う。

我々の SBMA へのリュープリンの治験の話に戻ると、我々の実験データでは、剖検例でも、

異常なアンドロゲン受容体凝集が神経細胞できれいに消えている。だから、消えているこ

とを以って leuprorelinによる治療効果を承認してほしいということを申し上げたのだが、

この論理は、世界的に認められていない。クリニカルアウトカムが出ないといけない。も

う少し、そのサロガシーの問題に取り組む必要がある。

コメント : 確実に診断に結びつくバイオマーカーが見つかってくると、まずは家族性の

ものからスタートできるのはないかと思う。祖父江先生の研究においても、おそらくは

CAG のリピート数と、もっと関連させてしまうと、有意差が出てくる可能性というのは

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書47

第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

多分、十分にあるかと思っている。やはり家族性の症例でかなり確度の高いバイオマーカー

のものから、先制医療を始めていくのではないかと思っている。

コメント : 神経内科の立場から発言したい。自分たちも祖父江先生の SBMA の治験を実

施させていただいているが、早期の方で、症状の軽い方はよくなっていく傾向がある。治

験をやってわかったことは、根本的な治療が見つかり、治療を開始して、その時点で進行

を止めても、そこまでに失われてしまったものは戻らない。しかし、症状が筋力低下の場

合にはリハビリ等と組み合わせることで、「進んでしまったものは治らない」という問題

も克服できると思うので、早期治療は大事と考える。遺伝子など他にもよいマーカーがか

なりあるので、神経疾患に関しては、私はかなり有望ではないかと思う。精神疾患につい

ては、脳プロの方で、認知症など神経疾患と発達障害や感情障害などとを一緒に行なって

いる。しかし、症状が広範で、1 つの疾患を「何々病」として、そのマーカーを見つける

のは大変だという実感を持っている。むしろ、1 つの症状、症候、症候群という形で、脳

の回路のどの部分と対応しているか、ひとつひとつきちんと見ていくことが大事ではない

かと考えている。神経疾患と精神疾患は近いところがあるものの、まだ大きな差があって、

その辺が 1 つの切り口になっていくのではないかと考える。症状と症候との関連を、回

路レベルで時間を追ってみていくのがとても大事ではないかと思う。皆さんのご意見を伺

いたい。

司会 : ひとつひとつ課題を突き詰めて深めることも非常に大事だが、全体のコミュニティ

の課題を考える場合には、その裾野をいかに広げるかもかなり大事なことになっていくと

思う。症候群や様態のスペクトルという広がりを考えたときに、先制医療のマーカーと関

連して、Nun Study に話を戻したい。修道女を対象とした Nun Study が、脳神経のみな

らず、広く内科疾患、全身疾患をみていると思うが、その中で脳以外の系列、免疫系とか、

他の系の疾患に関する早期発見のためのマーカーがあり得ると思われる。症候群としてと

らえた場合全身の疾患との関係性を配慮する必要があると思う。神経から創出されたパラ

ダイムというか、ドクトリンが他の分野にも広がり、全体コンセプトとしてまとめて大き

く提案できるとすれば、精神・神経疾患のバイオマーカーは、テーマとして広がっていく

と思う。広がりの可能性について意見を伺いたい。

A: 糖尿病のあるタイプでも、症状発現より前からすい臓のベータ細胞の機能が落ちてく

るので、早期に治療を開始すれば、いい結果が得られるという話を聞いたことがある。そ

ういう点で、非常にロングタームの一生をかけた形で起こってくる病気には、神経変性を

含め、われわれの立場から提言できる治療パラダイムがまだ世界的に残されており、サロ

ガシーがはっきりすれば出てくると思っている。しかし、まだ、今すぐにというわけにい

かない。神経変性疾患の方から発信するといいかと思っている。

コメント : 症状からみるという意味では、今、先制医療が注目されているが、現実に医療

の現場では、精神科でも神経内科でも、発症してからの症状をどうやって抑えるかという

観点が優先され、症状に対するメカニズムが意外なほどわからないまま治療されている。

そういう意味から、精神疾患について、症候からメカニズム、回路、分子に至るところを

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書48

系統的に見ていく必要があるが、神経変性疾患において細胞死が起こっているものに関し

ても、「細胞死が起こっているから」ということで片付けるのではなく、「なぜ起こるのか」

ということに着目する必要があるのではないか。逆に言えば、変性疾患として見ていくと

精神疾患、精神症状もでてくるので、精神疾患に近づくようなネットワーク、及び分子の

異常を見ていけるのではないか。そういう意味では、必ずしも、神経変性疾患、精神疾患

ということではなく、症候からきちんと詰めていくことによって、両方の疾患に対して、

より現実的に有効なメカニズム解明手法、及び治療法を提案できるのではないかと思う。

Q: 脳の神経回路の動作原理の解明というのは、いろいろな臨床研究に役立っていくと思

うが、それで現状はマウス、いろいろな遺伝子改変マウスを用いて、オプティジェネティッ

クスを施す研究が今、一番進んでいる。それをさらにヒトの疾患研究につなぐには、霊長

類を使った研究がやはり重要だと思われる。霊長類を用いて日本が国際的に競争力を持つ

研究としてマーモセット研究がある。本日これまで全然言及がなかったが、やはり、国際

的に見て一番日本がリードしているマーモセットなどの霊長類を使って、基礎の研究と臨

床のいろいろな問題をどうつなげるか、というのは非常に重要な観点だと思う。岡野先生

おられたら、前臨床への応用の見込みや、世界的な比較について伺いたい。

A: マーモセットにおける遺伝子改変技術は今のところ日本だけが成功しており、実中研、

慶應によってスタートしたが、自然科学研究機構に技術移転したり、自身の研究グループ

から国立精神・神経医療研究センターに移動して活躍されている人材がいるなど、日本の

国内でかなり広まりつつありある。今のところ、レンチウィルスを使った遺伝子改変動物

はルーチンにできるようになり、それらを使った脳科学研究戦略推進プログラムの研究成

果として、パーキンソン病モデルマーモセットが作成され、症状がでている。アルツハイ

マー病モデルマーモセットもすでに妊娠しているので、やがて、先制医療研究が進めるた

めのモデル系、いろいろな病態解明のモデル系として、かなり有効ではないかと考える。

精神疾患系においては、遺伝的バックグラウンドが強い自閉症モデルもすでに開発されて

いる。このモデルにおいては、単なるレンチウィルス系ではなく、ジンクフィンガーヌク

レアーゼという核酸のクレアーゼを用いた遺伝子改変に挑戦し、いい感触を得ている。遺

伝子を過剰発現させるだけでなく、いわゆるポイントミューテーションのレスキューとか

遺伝子破壊、こういったモデルがかなりマウスに近いようなセンスでできるようになると

考えている。後はいかにコストダウンをしていくかという問題がある。技術的に普及させ

ることと、いろいろな努力によって、従来の 3 分の 1 くらいのコストまでは下げられそ

うである。こういった遺伝子改変霊長類を用いた方法もオプトジェネティックスや脳の動

作解明にも役立てていただければと思う。

司会 : いろいろな場所で普及し、いろいろな人がどんどん使いやすくなることを通して広

がりを持つのが大事だと思うが、どうしたら皆がもっと使いやすくなるかという観点から

の補足をいただきたい。

コメント :1 つプロポーズしているのは、実験動物中央研究所による新しい遺伝子改変動

物の開発、作成技術を多くの研究機関に技術移転して、どこでも同じような研究ができる

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

ようにしていくことである。遺伝子改変マウスに関しては、すべての研究者が自前で作っ

ているわけではなく、中核作成施設に頼むと非常に効率がいいという状況になっている。

それと同じような感覚で、すでに作成された遺伝子改変動物等をいろいろなモチベーショ

ンを持った方に使っていただくことを考えている。実際に、自分たちが作成したパーキン

ソン病モデル動物については他大学からも使用の要望が寄せられており、固体数が増えて

きたら、使っていただくつもりである。このように、動物を作成する施設とユーザーとが

有機的に研究できる体制の整備が大事だと考える。オールジャパンの研究の効率化という

ものを図れるのではないかと思う。

コメント : 神経回路の研究に関して、霊長類研究は日本では独自性が高いという意味で進

めていくべきと思うが、やはり(世界的には)大部分がマウスで行われる研究だと思われる。

これからの神経科学は、行動の基盤となる神経回路の作動原理について、因果関係を明確

に示した上で、明らかにしていくことが非常に重要で、そのためにはマウスを使った神経

回路の研究は欠かせないと思う。残念ながら、今の日本は、この分野では圧倒的にアメリ

カに負けている。人もいないという状況である。弱いから無視するというやり方と、やは

り若い人がここに向くようにして、カンフル剤を打つというやり方と、両方あると思うが、

看過すべき点ではないと思う。霊長類に集約するというのは、大砲巨艦主義のようなとこ

ろがあり、たくさんの巡洋艦も必要で、そのためにはマウスを使った神経回路の研究がア

プローチできやすい状況を作ることも大事である。例えばウィルスベクターが供給しやす

いようにすれば、「Cre マウス(脳の特定の部分や神経細胞のみで組み換え遺伝子 Cre を

発現するトランスジェニック(またはノックイン)マウス))」等は、いろいろな施設で供

給可能なので、それを用いた研究と、電気生理やイメージングをコンバインした研究があ

ちこちでできる環境を作ることができる。これをやらないと、日本の神経科学の基盤、足

腰が非常に弱くなると思う。独自性の高い霊長類を使った研究と同時に、マウスのように

n が増やせて、因果関係を見ることができる動物の研究も重視して、近代的な研究アプロー

チができる環境を作ることを考えていただきたい。

司会 : 研究内容、研究体制、制度設計、いろいろな観点がある。特にどれを議論するとい

うことはないが、多様な論点を踏まえながら、どう連関していくか、大局的に、横目でに

らみながら、ということが必要だと思う。それらを含めて意見いただきたい。

コメント : アルツハイマーの研究に関して、祖父江先生の呈示された結果は、

Dominantly Inherited Alzheimer Study という、pair の発症する人と、発症していない

人を、ブラインドにして網羅的にコホート研究を行なう、という研究に基づく成果であ

り、遺伝性のアルツハイマーが孤発性のアルツハイマーと同じである保障はどこにもない。

30 年というのはあくまでも予想値である。Nun Study に関して、神経病理の立場から言

うと、アルツハイマーの診断を CERAD という政治的に決まっているような診断基準で

決めているため、他の診断基準を用いると、ばらばらになってしまう。何が本質であるか

を正確に見ていく必要がある。問題は、背景にあるバイオロジカルなものとフェノタイプ

がずれるのは当たり前であることを踏まえ、バイオロジーをいかに正確に評価しているか

ということと、フェノタイプをどう評価しているのか、そういうパラダイムが 2 つ存在

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することである。ジェネティックスなどを根拠にする方がよいが、それは孤発性(の疾患

発症)と相関するか問題になる。自分たちは、もっともベースとなるバイオロジカルマー

カーとして、ブレインリソースを蓄積している。ブレインリソースを持っている機関とネッ

トワークを組む形で、脳のみならず画像、生前情報も全部集めた上で病理学所見を明らか

にしていく形式で集めていく。このリソースを精神疾患に拡大しようとしている。例えば、

うつの神経病理学的基盤を明らかにしたい場合、フェノタイプ、バイオマーカー、画像も

扱わなくてはならない。臨床研究のインフラストラクチャーを支えるという形で、ブレイ

ンバンクを組み立てているという観点でお話をお聞きしたい。

司会 : 特に神経、精神疾患となると、いろいろな階層があり、病態、フェノタイプ、症候

の部分と、それらのバイオロジカルな部分とが必ずしも明確に直線的につながっていない。

各階層でちゃんとして、縦横に連携するようなパラダイムが必要だとすると、脳、精神、

神経、心に関してバランスのよい、連携体制が必要という理解になる。その場合、1 つの

コンセプトの元に広がりができるが、その延長として人文科学だけでなく社会学のコミュ

ニティも含めて心ということを問題にする際、どのように彼らと連携して、かつ還元して

落とし込んでいってフィードバックするのがよいか。

コメント : 脳科学そのものが、非常に広い領域をカバーする総合的人間科学ということを

踏まえると、人文・社会科学との連携は重要になってくるが、彼らの見ているスケールは

個体ではない。そういう意味では、関係性が複数個体以で、その数によって見ている観点

が違うように思う。脳神経科学は基本的には個体レベルでは「1」、それよりずっと細か

いところに入ってくると、元々見ている観点が異なる。要素としての個体の間の関係性と

いうレベルで、人文・社会科学コミュニティの興味が出てくるのだと考える。この個体間

レベルでの様々な過程をどうやって生物学まで還元するかが、人文・社会科学と脳神経科

学のリンクの非常に重要なところだと思われる。現状はイメージングを行う 中には、結

局、個体の反応を見ているが、おそらく十分ではなかろうと痛切に感じている。複数個体

における生物学的基盤を見にいく必要があるとは考えているが、個体あるいは個体を形成

している要素をさらに還元的に見ていくのが、特に動物を使った脳神経科学領域における

還元主義的方法なので、これを、統合を旨とする人文系とどのようにリンクさせていくか

は重要な部分になってくる。解は今のところない。個体間の相互作用とを見ようとしてい

るが、始まったばかりである。しかしながら問題意識としては常に持っている。

司会 : 個人的な感触としては、まず統合的な全体で見たものの中で、各構成要素の間の関

係性をある程度、仮説なり提案をしてもらって暫定的に還元する。還元して吟味した結果

を、脳神経科学のコミュニティから、バイオロジーとして、人文・社会科学コミュニティ

に提案し、それを再び全体の中に埋め込んでまた吟味してもらう。このようなフィードバッ

クのループがうまく働かないと、相互に拒否反応をおこされるだけで、一方が一方的に拡

張していっても受け入れてもらえないと思うが、どう考えるか。

コメント : 今、一番成功していると思えるのは、ニューロエコノミクス領域と思われる。

人文科学系からモデルがあるかどうかは非常に大きい話で、仮にグループの behavior で

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

調べても、個人がどう反応するかについては、大きな仮説がやはり存在する。例えば、個

人の中における行動選択の仮説に関して、生物学的基盤を与えることは可能であると思う。

集団を扱う場合にも、非常に根本的な行動選択に関して、モデル上の仮説を生物学的基盤

で証明しにいく。ニューロエコノミクスはこのようなアプローチを取り入れているが、そ

こには数理的なモデルがあり、比較的実験系に導入しやすい。そして活動のパターンとし

て、仮説の証明が比較的しやすいケースもある。1 つの先行の成功例として学ぶことはで

きるのではないか。

司会 : 脳神経科学のコミュニティにおいて社会的なものに取り組んでおられる、インター

フェースというか、接点(領域)の一番前線で働いているのは、精神科の臨床の実際、患

者さんを診ている先生方ではないかと忖度するが、臨床家としてのセンスを何かお持ちで

あれば、研究例など紹介いただきたい。

コメント : 人文科学と社会科学、生命科学では、ターミノロジーが合わないということが

結構あるので、共通の言葉を使って、共通のものを見ていくという基盤を作っていくこと

が重要。そのためには、自分たち脳神経科学の研究者が見ているものは一体何なのかとい

う整理が必要。特に精神科では、Psychopathology というと、精神医学では、精神病理領

域をさすが、心理学用語という観点から、特に、どういう風に簡単に人間の行動様式と結

び付けられるか、そこが今までは非常に哲学的な話に推移した。行動と脳科学を結びつけ

るという点では、非常に 1 対 1 の対応がつきやすくなってきたので、旧来の言葉の再定

義ができるのではないかという風には考えている。

司会 : 午後のセッションでは、頂いた意見を、既存の提案にこれからいかにうまくリンク

していくか、仕組みの話になってくるかと思う。学問として、参加者の先生方にいいコン

セプトが出て、それが周辺領域に浸み出していって、連携できるようなことが提案できる

かとなると、おそらく仕組みの方がそれを活かそうとしてくれるのではなかろうかと思う。

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2-3. 重要研究領域案候補7提案のブラッシュアップにおける視座2-3-1.2010年俯瞰ワークショップと平成24年度戦略目標の策定プロセスのおさらい本項では平成 24 年度戦略目標の策定に JST-CRDS 提案が寄与した経緯から、俯瞰ワー

クショップとその関連会合における重要研究領域案の抽出において重要と思われる視座を

提供し、施策化を見据えた研究開発領域の立案のあり方について、認識共有を図った。以

下にその概要を記載する。

JST-CRDS: どうやったら CREST やさきがけの領域が立つのか、俯瞰委員の多くの方が

関心を持っておられることと思うが、自分たちファンディング・エージェンシーも、その

明確な解を持ち合わせてはいない。JST は文部科学省が決めた施策をきちんと実行する

ところに軸足を置いており、 終的な施策の決定権は本省に委ねられている。とはいえ、

2010 年俯瞰ワークショップにおける重要研究領域案の検討結果がどのように JST の領域

につながったか、ご説明したい。

JST-CRDS の経験として、施策化のポイントとして「政策課題が明確に示せるか」「コ

ミュニティの合意形成がきちんとなされているか」「達成目標が明示されているか」の 3つくらいが考えられる。2 年前は達成目標について、あまり強く要求されていなかったが、

近の脳科学委員会の議事録等からは、やはり補助金ではない戦略的投資に関しては、あ

る政策課題に対しての目標を設定するように、かなり強く言われるようになっている印象

を持つ。政策課題自体も 3 つくらい、「科学技術的な課題がきちんとあるのか」「研究を

推進する上での推進上の課題があるのか」「研究システム、例えば制度的、人材育成など、

研究を推進する上での課題は何か」などを提示すると、役所の方も施策化しやすいのでは

ないかと思われる。

図 2-3-1 は JST-CRDS の俯瞰ワークショップから施策化への典型的なフローであるが、

本日のワーキンググループ会合は、一番左側にある「重要研究領域の抽出」あたる。ここ

から、JST-CRDS 内の検討を踏まえて、 終的には戦略スコープ検討、提言報告書作成

を経て、文部科学省へ提案するという流れになる。旧来はそこまでのミッションで活動し

てきたが、様相が変わってきて、提言を文科省の方で受け取っていただいて、JST-CRDSの関与が終了する、という場合もあるが、むしろ先ほど述べたように、提言に加えて、コ

ミュニティの総意を得るプロセスが、必要条件的に求められてきた。図 2-3-2 は 2010 年

に行なった俯瞰ワークショップの結果を示しているが、脳神経以外のいろいろな分野の検

討も含めると、ライフサイエンスの基礎と医療健康のカテゴリーに 32 テーマ、この内の

11 テーマが脳科学関係の領域、政策的に行なうテーマ 5 つと基盤技術、学術的意義に重

きを置いたテーマ 6 つ、として整理できた。この 32 テーマすべてを文部科学省の方に提

案するわけにはいかない。そこで、一定の抽出方針を掲げて、提案を再整理した。基礎研

究では、既に文部科学省が推進を進めていた細胞レベルでの統合的理解、生命動態システ

ム科学や合成生物学の現状を踏まえ、次の科学的な方向性として「個体の統合的理解」を

目指すべきではないかという観点から整理をした。医療、健康に関しては、2010 年当時

に遺伝子と環境との相互作用に関する科学的理解の進展状況を踏まえ、遺伝子と環境との

相互作用の解析結果に基づいた予防や診断治療技術の創出、という観点で課題を整理した。

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書53

第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

図 2-3-1

図 2-3-2

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書54

ライフサイエンス関連としてまとめた 7 課題中、実際に JST-CRDS が再検討した 4 つ

の課題について、文部科学省の方に提案したところ、恒常性という観点での臓器障害メカ

ニズム研究(JST-CRDS の戦略プログラム報告書では「ホメオダイナミクス」)のテーマ

が戦略目標案として採択された。

実際に施策化するにあたっては、脳神経分野からもかなりのご尽力をいただいた。プロ

ポーザルとしてまとめて文部科学省に提案した後、さらに研究者コミュニティによるシン

ポジウムを開催していただいた。JST でも文部科学省の担当と、シンポジウム企画の段

階から密な議論を継続し、 終的には永井良三先生に取りまとめをお願いして『多臓器円

環のダイナミクス』というタイトルのシンポジウムが開催された。シンポジウムには当時

の研究振興局長、ライフサイエンス課長、などの文部科学省幹部の方にもご参加いただき、

先述したような、政策課題、統合研究の推進上、今、どういう技術が必要なのか、また、

今の大学の教育研究環境において、何が問題で、どうして個体の統合研究の実施が困難な

のか、さらには、教育システムや人材育成といった非常に多様なテーマに関して、終日議

論を行なった。こうした成果を踏まえて、コミュニティベースによる「多臓器円環のダイ

ナミクスに向けた研究推進提案」という提言が発行されている。 終的に、この提案は平

成 24 年度戦略目標に策定され、公募が開始された。

このように、ワーキンググループ会合で具体的な施策の議論をしても、多様な候補テー

マが(他分野からも)一杯ある中で、必ず戦略目標になる、という保証もないし、JST-CRDSに決める権限もない。まずは、コミュニティの方で、重要だという研究開発テーマを、

俯瞰委員の総意をもって発信していただくことが非常に大事と思われる。ご議論いただい

た内容は報告書にまとめ、文科省の方に提案していくことで、施策化のプロセスに繋げて

いきたい。

入来篤史(理研 BSI チームリーダー): 前任の特任フェローとして、また脳神経科学の立

場からの経験談として補足したい。時定数の非常に長いプロセスである。『多臓器円環の

ダイナミクス』は自身の前任時期にあたる 2008 年俯瞰ワークショップにおいて抽出され

た原案に、糾合、合流した。説明があったように、俯瞰ワークショップの研究提案につい

ては、ダイナミックな収斂、発散が起こり、施策化につながる。脳神経分野がどのように

関わっていたかというと、図 2-3-2 にある、「脳‐臓器間ネットワークの高次統御機構」が、

2010 年俯瞰ワークショップにおいて提案されてきた。これが、当時すでに検討の俎上に

上がっていた恒常性研究の検討内容との親和性が高く、両者を合わせて施策化に繋げるの

がよいのではないか、ということで、統合していただいたという経緯があったと理解して

いる。このような形で(個別の提案を他分野との統合提案に)入れ込んでいくことが必要

だと思うが、2010 年に提案された他のテーマについては、多分、まだ検討、まな板の上

の鯉の状況になっているのだと思われる。そういう過程に何年かかかっている。『多臓器

円環のダイナミクス』については、俯瞰委員のうちの何人かの先生方とも、どういう形で

ワークショップを行うか、コミュニティの合意を取るような仕掛けをしていったらよいか、

人選、テーマを含め、かなり密に逐次的にご相談させていただいた。その結果、学術シン

ポジウムを 2011 年秋に行なった。2012 年の戦略目標検討も、それに則って進んでいる

ようである。

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

ある程度の参考にはなると思うが、前回の俯瞰ワークショップの時点では、今述べたよ

うな提案集約、統合の仕組みがなかったので、脳神経分科会に先だって、十数人の有識者

でグループを作り、分科会会合の前に 5 回ほど、2 週間に 1 回くらい集まってブレイン・

ストーミング会合を行った。その段階で文部科学省からも複数の方に会合に来ていただき、

かなり密に相互の意見交換を行った。その延長として、『多臓器円還のダイナミクス』学

術シンポジウムについても、文部科学省と緊密に連携し、フィードバックをしつつ、ある

いは個別に学会の先生方の意見を反映させつつ、企画を練り上げていった。シンポジウム

会合のためにも数回の会合を行っている。そういうプロセスを経て、シンポジウムには局

長を始め、かなりの方々に精力的にご協力いただいた。また、学会の総意を反映するとい

うことで、多数の脳神経科学関係の学会にも協賛、後援等をいただき、いろいろな反応に

ついてもエビデンスとして重ねていった。行政側がなぜそんなにエビデンスを重ねるかと

いうと、この時勢においてトップダウン型の施策として立った場合、よい応募課題提案や、

成果が出てこないと困るという背景もあり、コミュニティの動きをサーチしながら、段々

機運を盛り上げようという仕掛けをされていたと理解している。このように、エビデンス

を積んでいかないと、現段階で提案は通りそうもない。あらかじめエビデンスを固めすぎ

ると、後が一見出来レースの様に見えてしまう懸念もあってよくないのではないかという

意見もあるのはもっともだが、現実のプロセスを横目で直視しながら、学問的見識を追求

する必要があるということをいろいろ感じた。この時勢においては、将来の措置や制度が

どういう形に変わるかわからない面もあるが、それでは考える土台がないので、過去のも

のはどうなっていたかということを参考までに話題提供いただけたと理解いただきたい。

浅島誠(JST-CRDS 上席フェロー): よく言われるが、日本の科学予算の 40% はライフ

サイエンスと臨床医学で使っている。そのときに、どういう成果が出てきたか、よく他

の分野から言われるので、40% 分使われているということ、研究コミュニティに理解い

ただきたい。もうひとつ、研究コミュニティと JST-CRDS とがきちんとしたプロセスに

則って検討を進めてきた場合、大体提案の 7 割強が戦略目標案に採択されている。その際、

研究コミュニティの役割が非常に重要で、研究開発提案の内容に関しては、特に、俯瞰ワー

クショップまでのプロセスにおいて非常に重要なところだと思っている。よい議論をお願

いしたい。

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2-3-2.自然科学研究機構新分野創成センター「新分野探索フォーラム」開催報告本項では、報告書 1-2-1 に詳述した俯瞰委員からの事前アンケート回答を踏まえた重要

研究領域案候補について、俯瞰委員の宮下保司先生より提案いただき、2012 年に新たな

試みとして導入した、若手研究者による検討プロセスの検討結果を記載する。

かつては、文部科学省の重点領域研究、特定領域研究という枠組みの下で代々行ってき

た「研究者コミュニティによる若手研究者が『領域』を考える観点の自主的な育成機会の

減少」、という現状を踏まえ、JST-CRDS における事前アンケートの集約検討のプロセス

強化の需要と、日本神経科学学会等研究者コミュニティにおける、コミュニティベース

の若手研究者育成の機会と題材という需要が一致し、若手研究者による検討プロセスが

導入されることとなった。そして、自然科学研究機構の新分野創成センター(センター

長 : 自然科学研究機構基礎生物学研究所 岡田泰伸所長)ブレインサイエンス部門(部門

長 : 東京大学 宮下保司教授(兼任))が主宰する、新分野探索フォーラム事業に協力い

ただき、若手研究者が参画するワークショップが開催された。フォーラムによる検討は、

JST-CRDS の個別提案集約手法の妥当性検証の他、従来の取り組みでは得られなかった、

若手研究者からの新しい視点、考え方、複数提案の集約の手法の手掛かりの提示や全く新

しい研究開発アイディアの提示などの効果が期待できる。以下にセッションの概要を記載

する。

吉田 明(自然科学研究機構生理学研究所特任教授、新分野探索フォーラムコーディネイター)併任している自然科学研究機構の新分野創成センターのメンバーとして本日は報告をさ

せていただく。新分野創設センターのブレインサイエンス研究分野は、多様な学際分野で

ある脳科学にこれからどのように取り組めばよいか、という検討等を行なっている組織で

あり、その中で、脳科学新分野探索フォーラムという企画を行っている。フォーラム企画

そのものは、元々この JST-CRDS の俯瞰活動へのインプットを対象としているものでは

なく、もっとボトムアップとして、将来の脳科学研究の方向性を探り、それを踏まえた上で、

どういう研究推進がいいのかという提言等を作成して発信する活動を行なっている。そこ

で、いろいろな動向調査や、特に若手を中心として、将来像を議論する場を提供している。

フォーラムでまとめたものは、これだけできれいにまとまるわけではなく、外に発信した

上で、いろいろな批判的な意見をいただくことも活動の一環と位置付けている。

今回の若手による脳科学分野の俯瞰検討に関しては、6 月半ばくらいに JST-CRDS か

ら協力依頼があり、違った視点からの意見をいただきたいということで、協力した経緯が

ある。参加いただく若手研究者の選出に関しては、新分野創成センターブレインサイエン

ス部門、また、本フォーラムについて連携している生理学研究所多次元共同脳科学推進セ

ンター、包括脳ネットワーク将来計画委員会に関係する有識者から候補者リストをいただ

いた。45 歳以下の研究者を中心に候補者リストをいただき、その中で研究対象の階層や

基礎系と臨床系の相違、地域性、性別などが多様になる形で JST-CRDS と協議の結果候

補者を決定した。それを元に 7 月下旬から 8 月上旬の間に 2 日間、より多くの研究者が

集うことのでき、かつ、別々の方が参加できる日程を設定した。2 日合計で 36 名の参加

者による、いろいろな形の視点を 終的に取りまとめたと結果を報告させていただく。

フォーラムの議論に当たっては、JST-CRDS から提供された事前アンケートの個別回

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

答を元に、共通に括ることができるようなコンセプト、テクニカルなアプローチというよ

りは、コンセプト的なアプローチ、また、今から脳科学としてどういうコンセプトで脳の

問題にチャレンジすればいいかということをなるべく中心に、あまり出口のことを強く意

識しない形で、重要研究領域案を統合、整理したのちに社会への出口を合わせて領域案と

して取りまとめた。議論の中で、いろいろな意見があったが、4 つほど特出しさせていた

だく。

1 つは「疾患分類」というとらえ方ではなく、認知機能や情動の不安定性といった「症候」

を切り口にしたマイルストーン設定の重要性について、かなり多くの方から意見があった。

2 点目は、大規模データをどうやって計測、あるいは解析するか、そして、それを元にし

たデータ駆動型の研究を今後進めるべきだという意見。3 点目は、非常に昔から出てくる

話で、さまざまな階層を統合するといったときに、いわゆる行動というものを神経回路レ

ベルに、あるいは分子レベルでのいろいろな事象を神経回路のレベルに統合していくとい

う視点の重要性についても多く意見が聞かれた。 後に、脳全体としていろいろな形を集

約しよう、統合しようという際のグリア細胞も組み込んだ研究の重要性についての議論が

あった。45 の事前アンケート回答の中に、グリアの重要性を特出しされているものが数

多くあったためであるが、グリア研究の重要性についてはある意味認識されてきているの

で、これを神経細胞を対象とした研究と切り離した形ではなく、グリア研究を含めた領域

設定という考え方が重要ではないかという意見が聞かれた。

それぞれの会合で、45 の個別提案を 10 程度に集約していただいたが、かなり重複する

ところもあるということで、さらにメール等のやり取りを経て、 終的にはコーディネイ

ターがそれらを整理させていただき、重要な研究領域案として、7 つの切り口にまとめる

こととなった。また、プロジェクト型の提案ではなく、他分野との融合的なテーマ案や、

さらにもう少し長期にわたって、あるいは技術開発として支援するような枠組みのものと

して、コホート研究、霊長類モデル動物開発、小動物の画像イメージング、マルチニュー

ロンの観測技術といった、技術開発等の重要性が指摘された。融合領域のテーマとしては、

別途 Neuron-like device という提案を記載している。ES や iPS から分化させた神経細胞、

といろいろな材料あるいはデバイス等のハイブリッド技術による生体のセンシング等に使

えるようなデバイス開発が分野融合のテーマ案として挙げられた。以下、7 つの重要研究

領域案について説明させていただく。

1) 自我の神経基盤解明を介した精神疾患病態理解

議論の中で、自我という言葉を使っていいのかというのがかなりあったが、ある意味、

今までの高次脳機能といういい方よりも、もう少しインパクトのあるものをという若手

の強い意見もあり、字がという言葉を残した。しかし、現実的にどういう研究内容を行

なうかというと、本当の人間の自我に踏み込む以前の段階であり、自我をどういう風

に括るかという問題がある。生物学的にいろいろな動物で共通できるような表現系の 1つとして、自発性や社会性行動、強迫行動、自動識別などの行動課題があり、将来的に

自我を対象としていくためにある特定の行動課題にチャレンジしようとものである。こ

こでの特徴はモデル動物とヒトとで共通性があるというような課題をうまく使おうとい

う話があった。使われる技術としては、イメージング技術、フォトジェネティクスなど

も含まれている。人間の「自我」自体について私自身の教養の範囲で説明するのはご勘

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弁いただきたいが、研究内容としては、そういったある特定の表現型を、動物とヒトを

通じて共通に理解しようというコンセプト案になっている。

2) ヒト(霊長類特異性)の同定と評価を踏まえたヒト高次脳機能および精神疾患の解明

ヒトの疾患、特に精神疾患を評価する際に、モデル動物は重要ではあるが、ヒトとは

異なるのでモデルには成り得ないという議論がある。逆に言うと、どうして違うのかと

いう点がある意味、明確ではない。この、ヒトとモデル動物の差異を明らかにすること

がモデル動物自身の有用性を高めると共に、ヒト自身の高次脳機能の理解や精神疾患の

新規治療技術の開発に資するものと考えられる、という提案になる。バックグラウンド

としては、ヒトあるいは霊長類において特異的な遺伝子、あるいはスプライスバリアン

トが見つかってきている。遺伝子だけではなく、エピジェネティック解析、あるいは遺

伝子発現の開始からヒト特異的な修飾パターンも知られるようになってきている。また、

神経回路レベルでの、神経結合や新皮質の形成における知見の集積も提案の背景にある。

逆に言うと、新皮質の層構造に関しては、霊長類特異的、哺乳動物特異的と言われてき

たが、そうした神経細胞のサブタイプが鳥の脳にも存在するというような、もう一方で

の共通性も見つかってきている。このような視点で、いかにヒトの特異性が物質レベル

で存在するのかという研究と、さらにそれを遺伝子改変やヒトの iPS 細胞の動物脳へ

の移植といった動物モデルへの導入アプローチ等を使って、ヒト特異的な物質的基盤の

機能評価を行なう研究領域の提案である。

3) テーラーメード医療と予防的介入法につなげる精神疾患、発達障害のバイオマーカー

の探索と因果律の解明

いわゆるエンドフェノタイプ等のバイオマーカーを探索するという提案である。これ

は現在も施策として進められているが、基本的に重要な研究課題であるという意見だっ

た。事前アンケートにおいてもかなりの提案がなされている。この提案自体に、特出し

で新しいユニークな発想ということがあるわけではないが、先のセッションでも指摘の

あった、因果律を踏まえたバイオマーカー探索という視点がやはり今後も重要であると

いう提案である。

4) 精神神経疾患の症候に関わる神経回路の同定とその制御法の開発

疾患分類にとらわれるのではなく、どういう症候かということに着目する必要がある、

という視点でまとめられた提案である。臨床側からの視点として、同じ疾患であって

も、薬で抑えられる症候と抑えられない症候が現実に存在するという指摘もあった。社

会への還元について考慮すると、QOL の向上を考えたときに、現実の社会復帰を妨げ

ている(ニーズ側から見た)重要な症候に対応する脳機能を対象とするという捉え方で

の研究が重要ではないか、ということが元々の発想になっている。逆に言うと、症候と

脳機能自身が非常に密接に関係するため、基礎と臨床との連携を強化する有効なマイル

ストーンの設定になり得るのではないかということである。現実的にはヒトの特定の症

候(脳機能)に関わる責任回路を想定して、その責任回路の候補を探索するというステー

ジがある。想定された責任回路に関して、サルを用いてその責任回路自身の機能の実証

を行い、げっ歯類等でより詳細に回路のダイナミクスと機能操作による変化を解析して

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

いく方向性の研究になる。さらに、そうした機能単位、つまり、特定の症候やある機能

に関わる責任回路を今度は逆に制御して、責任回路の挙動の変化や、異常になった責任

回路の機能をもとに戻せるのかをげっ歯類、サル等で研究する。 終的に、ヒトを対象

に、ニューロフィードバック等でそのような責任回路の操作研究、あるいは、分子ター

ゲットを想定した創薬開発に展開する枠組みが提案されている。

5) Functional connectome の計測と包括的モデリング、系統的操作による脳型情報処理

機構の解明

コネクトームについてはセッション 1 でも言及があったが、特に機能的な結合につ

いて、詳細に検討すべきだろうという意見が聞かれた。どのようなものをターゲットと

すべきか、シンプルなモデル動物を使うか、より複雑な脳を対象とすべきかについては

収束するような議論には至らなかったが、いずれにしても全体的な機能コネクションの

を見るべきであろうという提案になった。現在の計測手法や操作手法の発達が有用であ

り、この研究領域の推進に寄与するということが議論された。

6) 脳と身体の相互作用の解明とその破綻による心身への影響

『多臓器円環』の領域と事実上かなり同じような視点のものが強く出ていたが、脳を

主体と考えて、これと身体との相互作用の解明を図るべきという主張があった。特に、

身体に及ぼす影響という方向性より、若手の中の議論の主張としては、身体から受ける

影響で脳がどのように変化するかにフォーカスする研究領域が今のところ欠けており、

そうしたところが必要であろうという話であった。いわゆる「脳」だけではなく、全身

の医療等に関わるようなアウトカムが期待できる提案である。

7) 脳活動の自発性を切り口とする脳の動作原理や脳疾患の再解釈

今までの脳科学のアプローチとしては入力、出力関係を非常に大事にしていた。ただ

し、脳自身は非定型的でそのような入出力関係は常に一定ではない、脳活動自身が自発

的に活動しているという視点に着目することが重要であるという提案である。これまで

の研究から入力・出力の関係が、こうした元々の自発性のある脳活動のパターンの一部

のレパートリーが使われるというような知見も得られている。あるいは、入力によって

自発的な活動自身が変化するといった知見も集積してきている。セッション 1 におい

ても、大量のデータ入力によって応答性を取得する(脳活動の)パターン、あるいはそ

れに対して操作するという切り口の話があった。入力・出力の検討の際に、さらにその

元の脳自身が自発的にどのような状態であったか、ということを研究の中に組み込む必

要があるだろうという提案である。自発活動自身を 1 つの切り口にするということは、

ある意味新しいコンセプトを生むのではないかと考えられる。そうした中から、脳自身

の動作原理に迫る、あるいは自発活動の異常から疾患をとらえるという出口が考えられ

るということだった。

< 質疑応答 >・「自我」のように説明できないようなものを出すのは、施策化検討という観点ではま

ずい。明確に説明できるような形にしていただかないと、これからいろいろと提案と

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して説明する際に hopeless だと思う。

・「自我」という言葉を使ったこと自体何か説明がつかないと、自分自身も感じているが、

若手としてはこのようなネーミングを一同で押してきた。出てきたものを整理するが、

操作する、変えてしまうという方針ではないので、極力若手の意見をここでご提示さ

せていただいたという立場をご理解いただきたい。

JST-CRDS: トップダウンの視点で研究提案をどのようにまとめているか、については、

新分野探索フォーラムのディスカッションでも申し上げた。「施策として説明がつく言葉、

切り分けができる言葉を意識しないと、やりたいことを掲げても、それがすぐにお金やファ

ンドを説明するタイトルにはならない」ということを話したし、心理学領域からの参加者

からも、「『自我』という言葉を使ってしまうと、哲学者や人文・社会系の方からクレーム

がつくし、政策的に前面に打ち出すのは難しいのではないか」という意見があった。しか

し、「どうしても『自我』という言葉の生物的理解がないとダメだ」という、非常に強い

気持ちを持った研究者が何名かいらっしゃった。そのように考える若手研究者がいるとい

うことがわかっただけでも、勉強になった。フォーラムに参加した若手フェローもメカニ

ズム解明に対するこだわりというのを非常に感じたという感想を持っており、政策を考え

る側と基礎研究を考える側がまさに直行するようなクロストークがあった。

・ 若手の参加というのは非常に重要であり、こういう政策的な検討の場に慣れていないと

いうのはあるが、ぜひこのような場所にも少しずつ若手の方を入れていただき、それを

また若手の中にフィードバックしていただけるような仕組みがあると、より活性化され

るのでは思う。

・ 若手会合の中からワーキンググループにも参加させていただいている俯瞰委員として

思ったのは、若手には後 20 年あるということである。その間に、やはり、研究として

やりたいことをもう少し長期的な視野で見たいという議論も出てきた。トップダウンの

検討では、すぐに役に立つ話をしないといけないが、やはり後 10 年、20 年と考えると

基礎研究、メカニズム解明というのも大切かと思う。

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

2-4. 重要研究領域案のブラッシュアップに向けた総合討論

総合討論においては、本報告書 1-2 ならびに 2-3-2. に詳述したように、JST-CRDS に

よる内部検討と、自然科学研究機構新分野創成センター「新分野探索フォーラム」におけ

る若手研究者の検討結果を踏まえて、JST-CRDS が 2 次集約を行った 7 つの提案内容に

ついてブラッシュアップ検討を行った。まず、司会より、基礎生物科学の分科会における、

20 ほどの個別提案の絞り込み、統合の視点について説明を行った。また、それらと JST-CRDS の俯瞰検討対象を基に、マイルストーンの粒度や実効性の観点、社会ニーズある

いは産業ニーズの方から来るような課題とベーシックなサイエンスのほうから上がってい

くシーズのマッチングがうまくなされたテーマになっているか、という邂逅の観点。日本

の脳科学研究の国際競争力の維持、強化につながる課題解決を図れるようなテーマ設定さ

れているか、という観点から、意見をいただいた。主な意見を項目別に、以下に列挙する。

2-4-1.重要研究領域案の集約プロセス、ブラッシュアップに関わる全体的な意見・コメント・ ヒトの理解につながる生物科学の俯瞰委員という立場から話をする。脳にも関係し得

る分野として、やはりイメージングが挙げられた。日本発の非常に強い技術があるが、

現状ではアメリカに押されつつある。イメージングの技術を用いたいろいろな変数の

定量化により、モデルを作り、シミュレーションして予測し、検証するということを

通じて、動作原理を明らかにしていく、予測科学の分野が、今後非常に重要になるだ

ろうという意見が強く出た。これは、脳神経科学にも当てはまることだろう。イメー

ジング技術は神経系に非常に応用されており、多数のニューロン活動の同時測定結果

と実際の脳機能、記憶・学習・行動などとの相関関係を見つけて、アルゴリズムを明

らかにしていく研究が盛んである。さらに、オプトジェネティクス等の方法を使って

脳神経系に変動を与えた結果がどうなるかを予測し、その予測が正しいかどうかを検

証することによって、脳の動作原理が明らかになっていくのではないか、と考えられ

る。ニューロン活動のアルゴリズム発見に関しては、情報科学の分野の研究者との非

常に緊密な共同研究が必要であると考えられる。そういう研究の中で、機能分子が明

らかになってくると、機能分子を対象にした研究も重要になってくるが、機能分子の

立体構造を解明することも必要となり、構造科学者との共同研究も必要になる。また、

立体構造を基に、それを修飾するスモールモレキュル、化合物の開発、ケミカルバイ

オロジーとの共同研究も重要になってきて、その結果、新たな創薬につながる。そう

して研究の分野がどんどん広がり、共同研究することにより、脳神経科学の発展も得

られ、より多くの研究者を引き付けて、かつ多分野融合につながる。基礎的な生物学

の検討から出てきた結果と、ヒトから得られる知見等を融合し、シームレスにつなげ、

脳科学全体の発展につなげ、それがひいてはうつや認知症の理解につながることを期

待する、という議論があった。

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書62

・ 若手の研究者による検討結果は、どの提案も非常に素晴らしいが、JST-CRDS の集

約案は精神疾患も神経疾患も一つにまとめていることが、いかにも乱暴で、どちらの

方が優れた提案かといったら、若手の層のほうがはるかに優れていると感じた。しか

し、いずれも、いろいろ多面的な切り口でどれも重要であるが、まとめて 1 つにし

てしまうと、当たり障りのない何も魅力のないものになってしまっている印象を受け

る。

・「ニューロン・グリア・病態」を標榜している神経化学会の立場から意見したい。若

手研究者は、確かに忌憚なく意見を出されているが、なぜ、グリアの研究経験のない

人たちが「グリア研究は取りあえず外しましょう」という結論を出せるのか不思議で

ある。新分野探索フォーラムの参加メンバーのうち、グリア研究の経験がある研究者

はごくわずかである。グリア研究は一筋縄ではいかない非常に困難なものであり、片

手間でできるような研究対象ではない。神経細胞は正常なのに、グリア細胞が変化す

ると機能が逆転し、抑制性が興奮性になり、触刺激が痛みとなってしまう現象も起こ

る。つまり、神経細胞の研究ばかりでは脳機能は理解できない。若い研究者は、自分

の研究を一生懸命やっているが故に、自分の窓(神経研究という窓)からしか脳研究

をのぞかない。グリア機能の重要性というのを肌で感じる経験は少ないと思う。新分

野探索フォーラムの意見に比べて、JST-CRDS の集約案は、それぞれの分野で非常

に見識もご経験もある先生方が、時間を何とかやりくりして一所懸命に考え、あらゆ

る項目に対してバランスに配慮しながら真摯に答えている。それらをもっと尊重して

いただきたい。私個人は若手の人が大好きでいろいろと援助もしており頑張ってほし

いと思うが、もう少しバランスを取った見方というのも必要である。JST の 終意

見書には、全体のバランスを考慮した見解を出していただきたいと思う。

・ JST-CRDS の内部検討のみに依存する従来のやり方をやっていればよいというのに

は、必ずしも賛成できない。やはりこうした検討の場に新しい軸を持ち込むのはよい

だろうと考える。2010 年来、JST-CRDS が取り組んできた分析手法は勿論重要だと

思うし、俯瞰委員の先生方は広い範囲から事前アンケートに回答くださっている。そ

もそも今年は出てきたアンケート回答の質は非常によかったのだと思う。しかし、集

約手法が従来と同じだというのでは、やはり集約されてくる提案の多様性が限られる

と思うので、直交する新しいアプローチが重要だろうと考える。新分野探索フォーラ

ムの若手の意見もその意味で十分傾聴に値する。 終的に、俯瞰委員の先生方が複数

の異なるアプローチを全部にらんだ上で、この場で 終的に狙うべきターゲットにつ

いて、全部、総合的に考えてご判断いただくのでよいのではないか。脳科学のコミュ

ニティ全体でいろいろな議論をした上でコヒーレントボイスを作る過程で、このよう

な議論や意見の応酬が役に立つのではないかと思う。

・ 自分の専門を離れて議論していただきたいと思う。それぞれ皆さん立派な先生方で、

自分の研究領域が一番重要だと思っておられると思うが、日本の神経科学をいかにし

て発展させ、非常に魅力的な課題を提案するかが、一番重要で、まずその辺り全体を

よく考えて議論していただきたいと考える。もうひとつ、「技術の創出」を提案のメ

インに入れるのか、あるいは、「創出した技術による何か新しい概念の発見」、例えば、

神経回路の情報処理、メカニズム解明など、を目指すのか、はかなり重要な議論の岐

路だと思う。私は、技術の創出というよりは、新しく開発された技術を用いて、新し

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

い概念の形成を目指す、新しい発見を目指す、そういう方向がやはり本来の姿ではな

いかと思う。

・ 神経科学学会、神経化学会の両方に所属する立場より申し上げたい。新しい手法を取

り入れて若手の方の意見を抽出したというのは、1 つのやり方として、今後 20 年研

究するという視点から非常にまじめに検討していただいたと考える。ただし、何分す

べてを把握しているわけではなく、研究領域ごとに参加メンバーの偏りがあった場合

は、ある分野が欠落しているかもしれないし、経験が若干少ないだけに、あらゆる研

究領域の重要性を気づいてないということもあるので、両方を合わせて、JST-CRDSがまとめたような形が、やり方としては今回としてはよいのではないかと思う。グリ

アに関しては、脳を考える上で、 近はやはり免疫系との相互作用が極めて重要視さ

れている。この領域について、ミクログリアなどグリア細胞の話なしではいけないの

で、キーワードとして、あるいは分野的に何らかの形で欠落するのは問題がある。少

なくとも、脳と環境という領域においては、グリア細胞はかなり重要なキーワードで

あり、やはり JST-CRDS の一次集約案 10 課題と若手検討による 7 課題を両立させ

るような、もう少し工夫ができるのではないか思う。若手検討だけでは非常に重要な

フィールドが欠落している可能性もある場合、比較的シニアの方のご意見も大事だと

考える。それらを、総合的にこの会合で話して、両方の意見をいかに抽出できるかが

重要である。

・ αシヌクレインというタンパクがパーキンソン病の障害される神経細胞で蓄積するこ

とが知られているが、 近では脳に蓄積する以前に腸管神経叢や、嗅球に蓄積するこ

とが確認され、パーキンソン病の研究において、消化管や嗅覚システムを精査する論

文が 近増えてきている。全身性疾患として神経変性疾患が考えられるようになって

きており、環境因子の関与を検討することも重要と思われる。

・ 発達コホート、生涯発達コホート研究に携わっており、保育園からグループホームま

で、対象となる方の環境と、behavior が outcome にどのように影響しているのか、

をずっと見てきた。私たちの立場としては、脳科学がどれだけ近づいてきてくれるの

かという期待を持ってきた。話をうかがっていて、やはり個のレベルのディスカッショ

ンが多いが、人間が生きているというのは、必ず誰かとともに生きているということ

である。もう少し、「人と人との関係」という部分の環境を盛り込んだ形での脳科学

に期待している。発達障害でも認知症でも、behavior のレベルというのは相手によっ

て、ケアする方によってまったく変わってくるという事実がある。「かかわり」を含

めたさまざまな環境要因を盛り込んだ形で研究していくことで、本来実装するような

形につながっていくものと大いに期待している。

・ リズム睡眠など、自律脳機能を中心に研究してきた。今回の事前アンケート提案にお

いて、摂食・睡眠・概日リズム・神経内分泌・自律神経機能・情動・本能に関わる運

動制御、ストレスなどに関する提案がほとんどない。脳の高次機能は、その下位が重

要な機能した初めて生きる。脳幹のも非常に重要だということで、もう少したくさん

提案があったらよかったのにと思っている。今回の重要研究領域案作成プロセスの中

で、若手の方が提案された内容は非常に刺戟的である。やはり向こう 20 年のある方

には、多少の視野狭窄はあるものの、熱意が伝わってくる。その中でも脳の自律性

を中心とした切り口、例えば、脳にさまざまなクロック機能があって、ミリ秒から 1

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年くらいの周期のクロック機能を作り出して組み替えるような切り口も、今考えてい

かなければならない。若手の方がそういうことに気づいていたことに、非常に力づけ

られた。

・ 若手研究者による提案は、神経回路の機能、高次機能の研究者から見ると、賛同を得

るものだが、一歩離れてキーワードを見てみると、細胞という概念がほとんどキーワー

ドの中に入ってこない。疾患ということを考えたときに、多くの精神疾患が、細胞レ

ベルの免疫反応が絡んで、細かいスパインでの変性疾患ではないか、など、高度な細

胞生物学を駆使した研究が要求される段階に入ってきているという状況がある。若手

のプロポーザルは、それぞれは非常に魅力的だが、これからの脳研究の推進上では、

少し片手落ちのような気がした。

・ バランスのよい脳科学の発展にはいつも本当に気をつけている。車を動かすのに、動

力系だけではダメで、ブレーキもあり、オイルもあって、そして初めて車という機能

が動かされる。脳機能をバランスよく見ようと思うと、やはり、細胞という概念が重

要である。

・ 脳機能をバランスよく見ていくというときに、そのバランスを考慮して全部を取り入

れるのか、ファンクション毎というか、部品毎に切り分けていくのか、その分け方に

関して、かなり細かく分けたような視点を死守したいという立場と、逆にバランスよ

くいろいろなものを取捨選択しながら、目的に適ったトップダウンとして重要研究領

域をデザインすることが望ましいという立場があったかと思う。今までにいろいろな

提案を取りまとめる立場を経験されてこられた方として、歴代の特任フェローの先生

のご意見を伺いたい。

・ 率直な印象として、具体的な事例が出てくると、非常にインパクトが強かった。セッ

ション 1 で述べられたように、神経変性疾患の研究を進めている過程でいろいろな

課題、重要な問題が浮かび上がってきている。神経変性疾患は発症機構がある程度解

明され、治療をどうするかという点が焦点になっている研究領域である。その際、実

際にどういう問題があって、具体的に実社会での治療に持ち込むことを念頭に入れな

がら、総合的な提案にすることが重要と思われる。同じ意味で、BMI 研究のインパ

クトも強かった。大きな課題として、コネクティビティをしっかり見ないといけない

ということが明白になってきている。今の脳研究は多くの場合、ぼやっとした現象論

だったのが非常に弱点だった。例えば、実際に人の脳で神経細胞がどういうコネクティ

ビティを持ち、互いにどういう関係を持っているのかは明らかになっていない。人の

脳神経ネットワークの実際を解明するのは非常に難しいが脳の理解に必要不可欠なの

で、その問題にどう取り組むか、という視点が、セッション 1 の BMI に関する具体

的な話から出てきている。また、体の不自由な方の機能補完にとどまらず、健常人に

しても、インターネットや機器への接続など、工学、一般への適応もある。そうした

具体例によって、どのように要素技術をインテグレーションしていくかという提案を

行うことも、具体的にわかりやすくて、インパクトも強いのではないかと思われる。

そういう目で見ると、精神疾患に関して、日本では何が強いのか、コアとして考えら

れるような強い研究は何なのか、の発表が今回なかったので、具体的なイメージがな

い。今、それを言えと言っているわけではないが、研究者としてはどうしても現場が

大事だという意識があるので、具体例があると考えやすいと思う。ただ、これは「提

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第2章 脳神経ワーキンググ

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案」なので、やはりきれいにまとめる必要もある。また、工学のこともあるが、ヒト

とヒトとの相互作用という広がりも持ちながら人文社会との連携を作っていけるのは

脳科学の強みでもあるので、ぜひそうした視点も提案の中に織り込むとよいのではな

いか。

・ 提案の数ではなく、現在の提案に、訂正や加えるべきものがあったら加えていただく

ところから議論をはじめたい。脳科学は非常に広いものであり、工学の方は取り込ま

れているが、心理学が入っていないのが非常に不思議であるし、教育学も取り込まれ

ていない。出口というと少し言い過ぎだが、社会に応用していく時に媒介となってく

れるような分野の人たちがどうもいないのではないか、そのため、何か孤立してしま

うような気がして、本当に大丈夫かなという感じがしないでもない。臨床医学につい

ては出口がはっきりしていますからそれを前面に立てるのはよいが、それだけではと

ても脳科学はもたない。そういうことではなく、やはり全体を見た総合人間科学を実

装していく上で、社会に対して、どのようなプロダクツを差し上げるかを考える時に、

しその中間にいる人たちが少ないような気がする。無い物ねだりなのかもしれないが、

意識しておいたほうがよい気がする。

・ すべてのテーマが非常に面白いとは思う。しかし、重要研究領域案検討経過説明の

後に評価の視点として、「国際連携あるいは国際競争に勝てるシナリオが描けるか」、

「産業界との連携のイメージが描けるか」と書いてある。個別のテーマが果たして国

際的な競争に勝てるシナリオまでいけるかどうかというと、少し疑問に思うところが

ある。また、産業界との連携のイメージでは、7 つのテーマとも、非常にエクセレン

トだけれどもアウトスタンディングまではいっていないという感じがする。

2-4-2.JST-CRDS作成7案に関する個別の意見

① . 神経筋疾患・脳血管障害の革新的予防・診断・治療技術基盤の創出・「自我」という言葉は、日本語では「自我」となってしまうが、大抵、片仮名では「エ

ゴ」であり、ジークムント・フロイトの言う「エゴ・イド・スーパーエゴ」、精神科、

心理学に興味を持つ人にとっては非常にありふれた言葉である。フロイトは 20 世紀

で一番サイテーションの高い研究者であり、ある意味で、こういう言葉が偏った使わ

れ方ではなく、社会的に広く受け入れられているという面もあるのだろうと感じた。

・ 事前アンケートにおいては、iPS 細胞を使った神経変性疾患の早期診断と発症前の介

入技術について回答、提案させていただいた。本疾患の治療は、発症してしまってか

らではすでに遅い、という 近の研究、臨床の結果が出ている。発症前に介入するこ

とができないか、というところが神経変性疾患、すなわち難病と呼ばれる疾患の臨床・

研究に携わっている研究者にとって 1 番のポイントになるのではないかと思う。近

年発展した iPS 細胞を用いた研究を提案したが、エピジェネティクス、環境因子も

おそらく関わってくるということで、発症の可能性がある程度わかった段階でどのよ

うにそれを抑えられるかというところに何とか持っていきたい。しかし、倫理的な問

題も包含する疾患も多いので、それも含めて、広い視野に研究のゴールを持っていけ

ないかと考える。

・ 1 番の提案に追加していただきたいものとして、コホート研究を挙げたい。自分たち

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でも稀少疾患のコホートは作っており、日本全体で 4000 人いる患者の中で 950 人に

登録いただいている。そういった方のコホートをもとに例えば治療計画ができる。し

かし、孤発性の発症例を考えると、おそらく地域コホートを作らなければいけない。

地域コホートについては九州大学による久山町コホートの経験はあるが、日本は非常

にビハインドであり、もしこれを構築するとものすごい時間がかかる。脳神経分野に

地域コホートのことを一言入れていただければ、発症前からバイオマーカーも含めて

把握をして、場合によっては将来そういった方を対象に治験を実施できるということ

が出てくるのではないかという感じがする。これは日本の弱いところであり、ワーキ

ンググループ会合で議論すべき話題としてふさわしいと考える。

・ 脳腫瘍学、脳外科の立場から、先ほどから議論をうかがっていて、若手研究者の意見

にメカニズムの解明がしきりと書いてあり、若いうちはそうだよなと思いながら聞い

ていた。国策、あるいは国家予算を使った研究領域を決めるのであれば、やはり、国

民からわかりやすい社会還元を入れる必要があるのではないかと思う。社会還元に相

当するのが 1 番目の提案かと思うが、トランスレーショナル・リサーチ(TR)もこ

この中に入れるのかなと思う。革新的な基礎研究技術を実際に脳疾患の診断・治療技

術に応用する、あるいはその逆で、臨床材料を研究室に持ち帰ってゲノム解析を行な

うような TR を 1 つのキーワードにするというのは研究領域としては必要だろう。脳

腫瘍の専門家としてお願いしたいのは、脳腫瘍、グリオーマはグリアの病気でもあり、

脳の免疫が絡むもので、治療の 初は脳組織を切除する、という脳機能に深く関わる

治療であることを踏まえ、この提案の内容に脳腫瘍を含めていただきたいということ

である。

・ 神経免疫は、これまで脳神経科学の中では非常にマイナーな存在であった。多くの神

経科学者は免疫にほとんど関与しないし、免疫学会にはいらっしゃらない。また、免

疫学の先生は神経にまったく興味がない方が多く、神経免疫は神経、免疫、両方の学

会で非常にマイナーな存在である。ただ、 近両学会を見ていて強く思うのは、分子

メカニズムとして(神経系と免疫系に)共通のものがあるということと、神経免疫に

興味を持つ若手が増えて来ているということ。また、疾病構造がどんどん変わってき

ている中で、その原因究明のアプローチが神経と免疫でかなり重なって来たというこ

とがある。免疫学の領域では、アレルギー疾患あるいはアトピー疾患、免疫性神経疾患、

多発性硬化症が、特にわが国激増している。精神疾患においても、 近の生活習慣の

変化によっていろいろな疾病構造の変化がある。その観点から、特に注目しているの

は、腸内細菌あるいは腸内環境である。細菌のないジャームフリー環境で育てたマウ

スでは免疫系異常が見られるのは常識であるが、それのみならず神経、精神において

も異常がみられるという論文が発表されている。腸内細菌と生体制御の研究は、いろ

いろな広がりを持ち、1 番の他、4 番のテーマでもそういう視点での研究が推進され

るべきだと思う。さらに、免疫学的な視点から精神疾患あるいは神経疾患が解明され、

治療法の開発にまでつながる場合がある。抗精神薬がある免疫系の遺伝子の発現を大

きく促すという話や、精神科の薬は全て免疫系に作用して効いているというような話

もあり、脳神経系と免疫系の研究はますます繋がってくると思う。

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

② . 社会性脳科学の学際融合的推進・ ゲノミックス、プロトミックス、メタボロミックスなど、バイオインフォマティクス

的な手法が精神機能あるいはニューロインフォマティクスとオーバーラップし、それ

によってヒトの精神疾患を解明していこうという点も非常に分かりやすく、よい提案

だと思う。

・「脳科学」に対するスタンスのあり方を考える必要がある。一般の方々は、今、脳科

学ブームで、知の探求、知りたいということから、ものすごく脳に興味を持っている。

その興味の対象に対して、研究者が、「あれは怪しい」ということで片付けてしまっ

て、自ら検証しようとしていないのではないかという思いもあり、心理学との融合は

絶対に考慮すべきだろうと、前回の俯瞰ワークショップにおいても提案させていただ

いた。人対人のことを考えるときに、今の脳科学がエクスパンドしていく力だけで、

本当に一般の方々が求める課題に応えられるのか、もう少し広くいうと、国民の知り

たい、納得したい、安心したいという思い願望に応えられるのかとい問題がある。自

らの軸足を動かさずにエクスパンドしていくだけで本当に応えられるのかという問題

意識が元々あったので、今回も提案をさせていただい。例えばアメーバ組織の考え方

では、いろいろなところに拠点を持つという考え方も出来る。そういう拠点づくりも

1 つ重要になってくる。1 つの成功例として、先のセッションにあった『多臓器円環』

に関して、脳神経の立場からは「脳‐臓器間ネットワーク」として前回提案を行った。

終的に戦略創造事業の CREST、さきがけの領域として立ち上がり、そこには多く

の脳研究者が実際申請できていると思う。アメーバ組織を各所に作るというような捉

え方も必要だろうと思う。研究課題をまとめる時に、脳は脳で、という立ち上げ方も

重要だが、実際は脳科学も入っていたというような提案、要するに、他所から脳が間

違いなくピックアップされるような課題提案というものも考えておいたほうがよいだ

ろう。社会性脳科学もそういう視点から方向が考えられるのではないか。教育学とい

うか心理学、そういう媒介になってくれる人たちへ手渡しできるような課題というの

もやはり必要になってくるだろうと思う。

・『多臓器円環』領域の領域アドバイザーの立場から補足する。セッション 2 において

紹介された、脳科学からの提案を他分野からの提案を融合して立ち上がった『多臓器

円還』領域に関しては、研究課題採択のプレスリリースに向け、総括からのメッセー

ジの準備が進んでいる(2012 年 8 月 24 日時点)。脳神経系からもたくさん応募いた

だいたが、神経系の中だけで閉じている形のものが多く、他の分野への進展や拡張と

いうところが少し弱く、視点を広げた形にすることが望まれている。神経系の中で重

要なことというのは、それはそれで大事なのでやらなければいけないが、他の分野に

も浸透していくような視点というのがある程度必要なのではないかと思う。それをど

ちらかに絞る必要はない。過去の経験から言うと、いくつかのディメンジョンそれぞ

れに提案を立てていく必要がある。政策、措置、制度などがどう変わるかわからない

ので、いろいろなディメンジョンのものを複数立てていくということが必要である。

もう一点、2010 年俯瞰で行ったクラスター分析をどういう軸で展開したかというと、

全体を成分分析してクラスターに落としたわけではなく、他の分野別検討との整合性

をとる 1 つの作法としてディメンジョンが 初にあってそれに展開したものである。

今回はその制限がなくなり、独自ディメンションが設定できるが、脳科学プロパーと

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して大事なもののディメンジョン、あるいは細胞レベルやシステムレベルで大事な

ディメンジョンを念頭に置きながら分類されたのがこの 7 課題だと思う。

・ この提案には神経経済学も入ると思う。神経経済学そのものはかなり以前より研究さ

れているが、脳研究から見ると、報酬や予測という、非常に重要な問題を含んでおり、

これらが一方で神経経済学につながっている。神経経済学的な問題も含めれば、広が

りが期待できるのではないか。

・ 発達心理学のような部分が言葉として抜けている。想定される研究開発項目の「社会

性の障害に対するテーラーメイド医療の実現」よりはそちらのほうが大事な気がする。

・ 仮に戦略目標案として CREST 等に提案していく場合、津本先生が統括されていた領

域に若干共通項はあると思うが、それと比べて新機軸をどこに置くかというところを

明瞭に作文されたほうがよいのではないかと。もちろん大事なテーマなので、発展版

の CREST は立つべきだと思うが、高等研究として学際性を増すなど、その辺りをか

なり強調するような作文をされたらよいのではないか。

司会:既存の CREST、次の CREST とか領域のつながりという観点からは、現在、精神

疾患領域の総括である樋口輝彦先生よりお送りいただいた所感について展開させていただ

いた。脳科学が積み上げてきている成果を、次はどうするか、という議論が非常に重要と、

樋口先生の所感からも感じている。津本領域に関しても、発展性、次のステップというお

考えがあるかと思う。

・ 個別課題の重要性にはここではあえて言及しないが、CREST 研究、あるいはさきが

け研究というのはいわゆる科研費、あるいは、脳プロではできないような、非常にユ

ニークな研究領域である。実際に研究者側から見ていても非常にありがたい、ぜひ続

けていただきたい領域なので、将来脳科学に関係する課題をぜひ取り上げてほしいと

思う。

・ 社会性脳科学を考える際、人文科学との関係を非常に大きく言われる。これはもちろ

ん大切で、実際に心理学、あるいは教育学コミュニティが非常に興味を持っており、

仮説検証に持っていきたいテーマをたくさん持っているのも事実である。(共通の興

味の下で)イメージングができるところでは実際に融合が始まっている。そういう意

味では、人文系への足がかりはできつつある、と考えたほうがよいのではないかと思

う。ただ、それが進んだ場合に、イメージングがどういう意味を持つのかということ

を掘り下げるには、縦軸、垂直に進んでいくニューロサイエンスがなければ、いつま

でたっても進歩がない。マッピングするだけではダメだと思う。T 字型というか、水

平と垂直の接点にイメージングがあるとすれば、この T 字型をバランスよく進めて

いくということが社会性脳科学における要点であり、新機軸になるのではないかと思

う。

JST-CRDS: コミュニティの中に重要領域、新しい機軸を打ちだしつつ、併せて目標

設定と政策課題を考えてほしいと申し上げたと思う。多分、どの 7 つのテーマも重

要だと思うのですが、今、何が問題で何をやらないといけないのかというのを、ぜひ

政策レベルに訴えた方がよいのではないかと思う。この問題に関しては、社会科学、

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

人文科学との連携がなぜできていなくて、どうしないといけないのかと、具体的なと

ころまで踏み込む。また、既存の技術を使うのも有効だが、なぜ、これだけ、光技術

なりいろいろなイメージング技術が日本でも強いのに、脳科学にそれが応用されてこ

ないのか、そういった今の課題をいろいろなレベルで出していただけると、多分、受

け取る側も上に説明しやすいのではないかと思う。

・ 社会性脳科学というのは、脳科学の進むべき道として非常に重要だと思うが、ヒトの

高次機能と脳科学をつなげる手段として有力なのは fMRI、あるいは PET も入るか

もしれないが、その研究だけを続けていくと、画像の山になっていくだけである。そ

こから T 字型のアームをどうやって深めていくかというときには、やはり、モデル

動物を用いて神経回路の作動原理まで掘り下げていくことが絶対に必要だ。ところが、

適当なモデル実験系があまりにも少ないという現状がある。社会性行動を、介入でき

るモデル動物を使って実験できるシステム、パラダイムが非常に少ない。やはり、社

会性脳科学に対して、その神経科学的メカニズムを知るには、やはり適切なモデル実

験系の開発も含めて、掘り下げる糸口を入れておくことが必要ではないかと思う。

・ 学際領域研究の場合に困るのは、提案してくる側のベーシックな知識のレベルがあま

りにも違いすぎるということである。学際領域研究に対応する若手の研究者をきちん

と育てるシステムがないため、興味はあるが、研究に入ろうとしても、実際の研究現

場に来られても、どうしようかという方もいる。バリバリの脳研究で社会的なところ

には興味がないという方もいらっしゃる。やはり若手の研究者をどうやって養成する

かも考えていかないと、学際的な研究の方向性は非常にいろいろなものが出てくるの

ですが、それを担う若手が本当に育っている難しい問題があるのではないかと思う。

この点、大学の先生にご意見を伺えればありがたい。

・ 欧米においてはボランティアによる研究、ブレイン・ドネーション若年コントロール

との組み合わせで疾患研究が行われている。発達過程の、特に自閉症の脳リソースと

いうのは日本にほとんどない問題について、どうしたらよいか。自閉症患者の親の会

などにもアプローチし協働的に組み込んで、米国のオートプシー・ティッシュ・プロ

グラムのような仕組みを作っていかないと、そもそも無理であるということで、どれ

ぐらいかかるかわからなが、やるしかしょうがないという話をしている。地域コホー

トというのも、例えば、ロッテルダムスタディや日本の久山町の例があるが、ボラン

ティア型のコホートを組み込んでいくことは、それぞれの疾患に関しての、脳神経科

学的アプローチとしても意味があり、社会的に訴える力にもなるのではないか、提案

に加えることがよいのではないかと考えた。

・ 大学院の研究科長として話したい。ニューロサイエンスに特化した大学院のコースに

ついて、わが国において作るべきと言いながら、充実していなかったのは問題であ

ることは、間違いないと思う。慶應義塾大学では、文学部、理工学部、医学部系の 3つのグローバル COE により、「人間知性研究所」という組織を設立した。学際的な

アプローチも可能で、人材も育成するようにしているが、アドホックであり、手前

味噌で運営していくのは大変である。では、どうすればいいのかというところだが、

CREST なども、文部科学省と関連したグラントであるので、研究を追求していくと

同時に、人材の育成も大きなミッションとして掲げるのが、1 番効率がいいと思う。

プロジェクト研究においていかに人材育成していくか、を考えなくてはいけない、「人

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書70

がいないからできない、それでは研究をやりながら育てましょうと」と。もちろん、

それに呼応して大学が意識してニューロサイエンスの専攻などを作っていく。人を育

てなければいけないというのは大学のミッションであり、理研 BSI のコースとコラ

ボレーションするなり、研究をしながら人を育てていくのはやはり重要なことではな

いかと思う。

・ セッション 1 において伺った話では、精神、神経疾患の市場戦略、アプローチの非常

に強力な面が印象深かった。その中でも、発症前診断にどうアプローチするのかとい

うのを強調されておられた。また機能的な発表の中では、脳を操作したり、健常脳の

仕組みに戦略的にアプローチするという話があったが、これが、発症前診断の 1 つ

として非常に重要なアプローチになるのではないかと思う。神経科学の中の、分子的

なアプローチとシステム神経科学的なアプローチ、あるいは病態神経科学のアプロー

チという意味では、そんなに広くはないかもしれないが、その中での融合的なアプロー

チを進めることも、ブレイクスルーや新しい発展につながるシーズを持っているので

はないかという気がする。「包括脳」も、若手の育成を非常に大事な位置づけをして

いる。若手研究者から、異分野の研究室に数ヶ月訪れて新しい手法を身につけたいと

いう希望が多く、当初よりも重点的にサポートする取り組みや、国内だけではなく国

外の研究室訪問のサポートなど、たくさんの若手育成手法の中の 1 つの方法として、

時間がかかるが、異分野、階層を貫く研究手法と研究戦略を身につけて、独創性と先

見性の高い研究を行う次世代研究佐野創出に貢献できるのではないかと期待しながら

やっている。育成というのは、大学での取り組みから「包括脳」のような取り組みま

で、いろいろなアプローチが必要で、総合的にやっていかないといけないのではない

かと思う。

・ 北海道大学の脳科学に関するバーチャル専攻は、10 年目くらいになる。 初は文部

科学省の RR2002 という研究資金を頂いていたが、途中で打ち切りになり、それか

ら数年間は手弁当で続けてきた。今は、大学からの教育支援経費や、脳プロの間接経

費を頂いて何とかやっている。研究科を打ち立てるというのは、ものすごくハードル

が高く、非常に困難だという理由もあるが、実際に研究科設立にメリットがあるかど

うかについても、大分考え方が変わってきた。例えば、神経解剖、神経生理、神経薬理、

それから神経内科、脳神経外科などの臨床系が , 新設する脳科学研究科に入ってくれ

るか、と聞いてもおそらく加わらないと思われる。人件費の純増がほとんどない現状

では、これらの分野は医学研究科に残ると思われる。新しい研究科を立ち上げるため

に、既存の研究科からつまみ食い的にいろいろな人を引っ張り込んで研究科を作って

も、今の段階でメリットがあるかどうかを考えると、むしろダブルディグリー制度の

方が有利であり、ぜひ打ち立ててほしい。それで各自の研究科の他に脳科学専攻のディ

グリーを出してもらうようにしたい。そうすると、教育を受けた学生さんも2つのディ

グリーを取得し非常にお得感があり、就職にも有利である。現在、北大の脳科学研究

教育センターでは、文系、理系両方で教育・実習を受けるので、文系の学生が理系の

脳の解剖などの経験ができ、系統的に神経科学を勉強しており、重要性を納得してい

ただいている。

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

③ . 治療と自立支援に資する脳情報双方向活用技術の実装・ 脳深部刺激療法(Deep Brain Stimulation, DBS)に関する研究ならびに臨床を行っ

ている。DBS は、脳の中に 1.27mm の電極を挿入・留置して、ペースメーカーのよ

うな機械で持続的に刺激を行い、脳の機能を制御・修正して治療を行なうものである。

主に不随意運動や難治性の疼痛などの治療として国内でも用いられており、有効性と

安全性に関しては社会的認知が得られている治療法だと言える。欧米では様々な疾患

に対する治療法として応用されており、脅迫性障害に関しては、アメリカでは FDAの認可、欧州では CE マークを取得している。こうした部分では、すでに臨床研究と

いうより臨床応用の段階に入っているが、臨床研究としても欧米諸国のほか、韓国、

中国において、うつやトゥレット症候群、中国では、統合失調症についても実施され

ている。また、麻薬中毒やアルコール中毒の治療としてもこの方法が用いられている。

日本では、いわゆる精神疾患などの心への介入を予感させるような領域に関しての治

療法としては、まったく用いられていない現状にあり、かなり立ち後れていると言っ

てもよいと思われる。手術技術として遅れているということはないが、社会倫理的な

問題が非常に大きくて、なかなか介入できない。臨床研究の論文が非常に日本国内は

少ないというのがセッション 1 において示されたが、それは日本の臨床研究者の意

欲やレベルが低いということではなく、社会的、倫理的に越えるべきハードルがかな

り高いということが原因の一つにあると思う。そこで、臨床研究を円滑に進めるため

に、社会倫理的問題を解決してくれるような仕組みや、人材を投入できるようなシス

テムを構築して頂けたらいいのではないかと思う。倫理的な面でのハードルをスムー

ズに越えられれば、CRT(controlled randomized trial)などのよりエビデンスレベ

ルの高い臨床研究が国内でも数多く行われるようになるのではないかと思う。

・ 脳腫瘍について提案させていただいた立場から DBS 研究に賛同する。神経、グリア、

疾患に関しても、正常機能を皆さんいろいろな立場から研究されていると思う。しか

し、疾患を研究すればするほどわかってくるのは、脳細胞およびグリアというのは単

独で成長や発達はしてはいないということである。「環境」というと、環境因子ある

いは環境クライスという、体外の環境というキーワードを思い出す方が多いと思うが、

実は脳腫瘍も、成長するに当たって、(体内の)微小環境が関係している。脳深部刺

激で微小環境に何が起こるか、あるいは脳梗塞、脳卒中のメカニズムおよび機能異常

における、脳細胞以外の血管あるいは細胞間のカルシウム量、酸素濃度など(の変動)

は、精神疾患においても何がしかの影響はあると思う。3 番でもよいが 1 番の提案で

もぜひ脳内微小環境、あるいは脳内のさまざまな細胞のクロストークを研究対象に入

れていただければありがたい。

・ 機能神経外科は非常に重要であると思う。脳卒中は少しも減らないし、臨床患者はど

んどん増えているという現状で、患者さんの対応に追われている。もう 1 つ増えて

いるのは、高齢者てんかんで、その上昇率に激しいものがあり、各所で話題にはなっ

ている。てんかんについては、あまり興味を持っていなかったことを神経内科医が反

省しなければいけないが、自分たちの研究室では、今、積極的に新規抗てんかん薬を

含めて治療に従事している。しかし、どうしても難治事例がある。また、「スードエ

ピレプシー」という、本当はてんかんではない、てんかん発作様の患者さんもかなり

いる。脳外科、てんかん専門医がよく知っていると思うが、そういう患者の診断、難

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治事例の機能神経外科(による研究・治療)は大切なので、加えていただいたほうが

よいと思う。

・ DBS は非常に侵襲的な方法である。3 番の提案は DBS に大体基づいているが、どの

程度適用に広がりがあるのか。もう 1 つは、他の疾患、例えば精神疾患に応用する

場合は、倫理的な問題がある。私の個人的な考えとしては、このような侵襲的な方法

を用いた提案を出してよいのかと思う。ブレインマシンインタフェースの場合は表面

脳波あるいはECoGなど、もう少し非侵襲的な方法も含めて応用に取り組んでいるが、

この提案はまさに DBS がもとになっている。

・ 脳深部に電極を入れることに関しては侵襲性が大きいイメージを抱かれるのは当然だ

と思う。しかし、その手法そのものは保険で認められた治療法にすでになっている。

手術合併症については、 近の過去 3 年間の手術症例を検討した多施設間研究があ

るが、その 457 症例を基にした結果では、頭蓋内出血(1 番問題になる手術合併症)

が約 1.75%、permanent defi cit が 0.2% という結果であった。この数字から、脳深

部刺激療法のための手術は、一般の脳外科手術に比べて非常に危険性の高い手術では

ないと言ってよいと思う。

・ 精神神経学会の研究倫理委員会の委員長であるが、DBS の臨床応用に関しては、倫

理的な議論が必要な課題として本倫理委員会では検討している。かつて十分な医学

的、倫理的な検証を加えないままに取り入れられたロボトミーに代表される精神外科

は、その後、大きな問題を孕んでいたことが詳らかになった。DBS も脳への直接的

な操作という点で、同一視されているところもあるが、差異を明確化しながら、倫理

的な問題を検討する必要がある。名古屋大学では、運動症状中心のトゥレット症候群

1 例に対する DBS をすでに実施した。実施にあたっては、十分な倫理的な配慮と脳

外科と精神科が連携をとった評価をしながら進めている。倫理的な配慮に必要な、生

命倫理の専門家が名古屋大学には常勤で雇用され倫理審査体制がようやく作れたが、

そういう人材がほとんど日本の医学部にいないことが非常に大きな問題である。先に

先制医療という話もあったがこれは発症前診断を含み、多くはゲノムを用いて行うこ

とになる。発症前診断には遺伝カウンセリング体制の整備、特に遺伝カウンセラーの

雇用が必要だが、これも予算がつきにくいのが現状である。名古屋大学でもようやく

今年度から遺伝カウンセラーが配置されたが、体制が整っていない機関が大半である。

こういった倫理・社会的問題に関する問題に対応できる人材の育成や雇用、配置の枠

組みができていかないと、先制医療あるいは DBS もなかなか進まない。研究以外の

整備についてもぜひお願いしたい。

・ 神経疾患に関しては、はっきりと診断がつく、あるいは、それは脳の病気だという理

解が国民的なコンセンサスとしてある。ところが、精神疾患に関しては、まだ十分な

国民的議論が起こっていないと思う。統合失調症にしても長期にわたる疾患であり、

一度 DBS を埋めた後、その長期的な影響が、まだ科学的に十分検証されていないと

思われる。また、難治性の疾患に対して DBS を行なうというが、では難治性という

のは何なのか。どこまでの基準をクリアすれば DBS を適応していいかという議論が

まだ行なわれていない。けっして技術を否定しているわけではないが、まだ十分な準

備の段階に至っていないという風に感じている。

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

④ . ヒト精神疾患の診断・治療技術基盤の創出に向けた統合的アプローチ(モデル動物、ゲノム科学、オミックス、神経回路、バイオマーカーを軸として)・ 因果律をきちんと検討しながら、今のバイオマーカー、関連研究をきちんと整理して

いくという意味では非常によい提案だろうと思う。また、脳活動の自発性を切り口と

する場合、精神医学コミュニティが注目してきた脳活動や、ある課題に対する脳活動

だけではなく、レスティングあるいはディホールドネットワークアクティビティーが、

実際に脳の機能、精神機能にどういう役割を果たしているかに注目しつつ、精神疾患

を理解しようということだろうと思う。

・ 東京都医学総合研究所という、東京都が運営する研究所のため、都立病院と密接な結

びつきがあり、臨床医として患者さんを診ながら研究ができる。特にここ 10 年ほど、

研修制度が変わったせいで、臨床系の人が研究人口からどんどん去っていってしまっ

たということがあり、深刻な後継者不足に見舞われている。人材育成もにらんだ形で

臨床と基礎研究が融合するような領域が必要ではないかという考えから提案をさせて

いただいた。

・ セッション 1 においてもダニーディン・コホート(Dunedin Multidisciplinary Health and Development Research)の話が出ていたが、類似の例が日本では乏し

いというのは非常に残念である。特にうつ病の発症のように、遺伝的要因単独よりも、

遺伝的要因と環境的要因の相互作用が寄与する疾患を検討する場合、ゲノムの採取に

加えて、環境的要因をきちんとサンプリング出来る研究が必須である。ただし、これ

は 5 年などといった短期間で結果が得られるプロジェクトではない。名古屋大学の

妊産婦ゲノムコホート研究は 2005 年から実施しているが、ようやく心理社会的側面

に関する論文が出始めている段階である。お母さんだけならば 1 年強で、妊娠から出

産までの調査で、産後うつ病発症の有無という帰結が確認できるが、お子さんに関し

ては、2005 年から開始して、ようやくお子さんのフォローアップが始まった段階で

ある。10 年、20 年続けるべきものを、どの様な研究費でサポートいただけるか、お

考えいただけるとありがたい。精神疾患は、Mendelian disease では基本的にないが、

頻度の高い common variant では発症に寄与する effect size が小さいものしか存在し

ないことが想定されており、遺伝統計学的に発症に関わる common variant が抽出さ

れても、発症における variant の生物学的な意義の検証が困難である。一方で、rare variant であっても effect size が大きなものを探索する戦略がある。実際、inheritedではなく de novo の rare variant が広汎性発達障害や統合失調症ゲノムから確認さ

れている。また、同一の rare variant を持っていても表現型が異なり、発症に至ら

ない場合もあり、この点の検証、例えば同一の rare variant を持ち表現型の異なる

群に関して全ゲノムシークエンスにより second hit を探索するといった試みも必要

である。今後、effect size の大きな rare variant に着目して、その生物学的な意義も

検証する研究を実施していくのがよいと考える。その際、rare variant を有している

患者由来の iPS を用いて神経・グリア細胞に分化誘導させる方法は考慮すべきかと

思われる。 

・ 発達障害を長らく診てきた児童精神科医の立場から述べたい。 近、発達障害の概念

が非常に広がってきている。発達障害に連続する発達特性まで含めると、かなり高率

の人が当てはまる。発達特性を有している人たちの中で、精神面・行動面の問題を生

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じて不適応をきたす人もいれば、発達特性を生かして成功して、極端な場合にはすば

らしい研究者になる人もいる。どうなっていくかは小さい時からずっと追っていかな

ければわからないだろう。また、臨床家で、発達障害に関わる人と、虐待の問題など

に関わる人との間では、なかなか相容れないところがあるが、育て方の影響をさらに

検討する必要があると思う。発達障害の中でも特に自閉症については、親の育て方に

よるという誤解があり、それと戦ってきた経緯があるため、環境の問題、特に親の育

て方、さらには虐待との関係を扱うのが難しいところがある。実際には、発達障害と

虐待の問題の両方が重複している人がいたり、親としては発達障害児を懸命に育てて

いて虐待というつもりではなくとも結果的に不適切な養育になってしまう場合があっ

たりする。それらも含めて幼少時からのデータを追跡していくことが、すごく大事だ

と考える。昨今、ある自治体で、「発達障害は親の育て方によるものであり、それを

治すために古来の日本の育て方にしなさい」とも受け取れる条例を作ろうとしたとい

うことで、関係学会で問題にしたことがある。しかし、発達障害は親の育て方による

ものではないと思っていても、エビデンスは出せていない。エビデンスを出していく

にはやはりコホート研究をしっかり行なうことが必要なのだと思う。

・ コホートのことに注目が集まっているが、行政もコホート研究に注目しているのは、

総合科学技術会議が提示したアクションプラン、つまり各省と総合科学技術会議に

よって優先的に実施しようという施策の中に明記されているからである。それは、下

手をするとゲノムコホートとして扱われる可能性があり、ぜひ注意していただきたい。

ゲノムコホートについては、久山町コホートという、すばらしい例がある。ゲノムは

後から付け加えて、コホートの中に取り込めばよいと考える。母子コホートも大事だ

が、発達特性を見ていくならば、バースコホートはもっとも大事である。例えばそう

いう見方で、何を知りたいのか、そこにゲノムをどのように取り込むかという、そう

いう発想でぜひやってもらいたい。

・ セッション 1 において、DISC1 遺伝子の欠損、異常を持った家系に、統合失調症、

双極性障害、うつ病もあるという話があった。DISC1 の障害を持っていても、その

後の環境の影響によって脳の発達が大きく変わって、非常に大きくゆがんだ場合には

統合失調症になるし、そうでない場合にはうつで留まるというようなことを示唆して

いるのだと思う。バースコホートによる遺伝的バックグラウンドの調査も大事だが、

そこにどのような要素が加わると、障害をもたらすフェノタイプになるか、が極めて

大事だと思う。そういう意味では、発達障害で終わる人も、その先に統合失調症に発

展していく人もおり、社会性脳科学の研究の中で、何が発達障害を統合失調症にまで

もっていくのかという研究が絶対に必要だと思う。遺伝子から文化にまでわたるとい

うのが、脳という臓器の 大の特徴であり、脳研究に携わる人材は、非常に幅広い領

域にわたって、ある程度の知識を持っている必要があると思う。JST はかつて 10 数

年前に異分野交流を盛んに行なっており、自身も松本元先生(故人)などに誘われて

参加した。その際、音楽と脳、愛と脳、真・善・美と脳など、いろいろな分野の芸術

家から話を聞いて、アイディアが刺激されたという経験がある。一考の価値があるの

ではないかと思う。

・ 霊長類の研究は日本が非常に強いところでだが、ニホンザルのみならず、特にマーモ

セットを用いた実験動物を作るための系についても言及いただければ、非常にありが

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

たい。マーモセットはアカゲザルなどと比べて霊長類としては限界があるのでアメリ

カでは盛んではない。欧州でもドイツのプライメートセンターやスイス、英国など、

比較的限られており、日本がやるのは十分意義があると思う。特に社会性をみる上で、

マーモセットは非常に優れており、遺伝子導入等を用いてモデル動物をつくるという

意味で加えていただきたいと思う。

・ 動物での基礎研究の成果をヒトの疾患の予防、治療に結びつけることが重要であるの

はもちろんで、その際、ラット、マウスでの研究成果が直接移行できるわけではなく、

ヒトに近い霊長類での研究は欠かすことができない。日本はニホンザルでの高次機能

研究で世界をリードしてきた。これらの研究者をサポートするために研究用ニホンザ

ルの安定供給をめざしてナショナルバイオリソースプロジェクト(NBR)を立ち上

げ運営している。この事業はほぼ順調に進捗しているが、残念なことに、先の統合脳、

先端脳のような脳機能関連の大型研究費がなくなったおかげで、サル研究者のモチ

ベーションが下がり、若手研究者の参加も減ってきたようだ。この領域での世界での

日本の優位性を保つためにも、まずはニホンザルをつかったシステム研究者がオール

ジャパンで参集できる研究事業を立ち上げていただきたい。疾患研究という面では遺

伝子改変によるニホンザルの神経疾患モデルは難しい。しかし、作ることはできなく

ても見つけることは可能である。NBR で飼育しているニホンザルの中にヒトの精神・

神経疾患と同様な行動、病状を示す個体がいる。このような個体の家系とその遺伝子

を調べ、ヒトの患者遺伝子との間に相同性があるかどうかに注目している。現に、早

老症と思われるニホンザルが見つかり、その遺伝子検査と家系の調査、子孫づくりを

始めている。一方、世界的に見て、霊長類を用いた研究は制限される方向にあり、欧

州全体で霊長類を用いた研究をおこなっている研究室数は日本全体のそれとかわらな

い。日本においても今からその対応は考えるべきであって、霊長類を用いた研究者を

養成でき、ニホンザル、マーモセットの先端研究が行え、また、日本の研究者に研究

用霊長類を提供できるようなオールジャパンの霊長類センターの立ち上げが必要であ

ると考える。

・ 自身の医学部時代、精神科の授業は、疾患の症例とそれに対する治療の証拠論のよう

なところがあり、なかなか脳のメカニズムに迫れなかったが、今、これだけ脳の研究

が進んできて、脳神経領域と精神科領域とがタイアップして研究が進められる時代に

なってきたと感じている。その 1 つの切り口に、一連のオプトジェネティクスがある。

ダイスロースという研究者がいるが、彼自身は精神科の先生で、ヒトの治療応用を

終目標にげっ歯類を使ったオプトジェネティクス研究を進めていると言っている。し

かし、精神疾患のモデルマウスでできたとき、ヒトの精神疾患例にすごく似てはいる

けれども、そこで作ったマウスを本当にそのままヒトに当てはめていいものか、と思

う。一方で、いきなりヒトでやることはなかなかできない。やはり、ヒトに近づける、

あるいは操作を加えられるという意味で、動物を使わないとなかなか実験できない。

現行のナショナルバイオリソースプロジェクトの 1 つの大きな資産としてニホンザ

ルを持っているので、それを活用する方法はないのかという考えから提案を作らせて

いただいた。

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⑤ . 脳と身体と環境の相互作用の生物学的理解とその破綻による心身への影響・ 環境に関しては、シヌクレインというタンパクがパーキンソン病で溜まってくるが、

近では脳に溜まる前に腸管に溜まってきたり、鼻に溜まってきたり、神経疾患の研

究において、腸の論文が 近やたらと出てくる。全身性疾患として神経変性疾患が考

えられるようになってきたので、脳と全身疾患をどう考えるか、は重要である。シヌ

クレイというタンパクは赤血球の中にも入っていることがわかってきたので、今、赤

血球と脳をどのように結びつけるかといった、環境に関する神経疾患も取り組んでい

る。

・ NIH がパーキンソン病 TCU リソースという、全身を含めたリソースを蓄積するため

にサンシリという組織に直接経費 130 万ドルのファンディングを行なっている。東

京都健康長寿医療センターはそれよりもさらにファインした形で、国立精神神経セン

ターと共同したリソース蓄積を、もう数年かけてやっている。TCUリソースのように、

脳だけでなく全身を一緒に蓄積することで、例えばトランスポートインサーションが

ブレインスペシフィックかどうか、エピジェネティクスがどうか、といったときに引

き合いがくるということがある。疾患リソースについてもう少し広がりをもった形で

のインタラクションによってアプローチでき得るものが作れるのではないか。

・ 学際領域研究においては(参画する研究者のバックグラウンドによって)ターミノロ

ジーが随分違うという話は先ほどから出ているが、コミュニティ全体として何か統一

した意見をつくりたいということで理解した範囲では、分子から behavior、臨床と

いったところを、 終的に神経回路を共通言語として何か語れるようなことを考え、

それを以ってテーマを出すというようなことかと理解した。しかしながらおそらく同

じ神経回路のレベルといっても、立場によって考え方が違うと思う。たとえば、脳機

能の 小単位としてのシナプスに着眼し、非常に多数のシナプスを関連つけているも

のとして神経回路をとらえる立場にたてば、ある一つの神経回路に関連した多数のシ

ナプス集団の状態変化をイメージングにより一挙に解析する方法論などを導入するこ

とにより、初めて神経回路レベルの理解が得られることになる。一方、比較的少数の

神経細胞を結びつけるものとして神経回路を考える立場では、ある一つの神経回路に

関連した神経細胞体間の電気生理学的解析により、神経回路レベルの理解が得られる

と考えるであろう。このように異なった観点から語られる神経回路機能の関連を明確

にしてそれぞれを特異的に表現する言葉を定義し、脳の神経回路全体のコネクティ

ビィティと、それがもたらすフェノタイプを語ることができるようになれば、本当に

共通の言葉で、脳の生物学的理解とその破綻のエンドフェノタイプを語れるようにな

ると思う。

・ 今は脳と身体の項目を扱っているが、多くの項目に関する議論は、システムや個体レ

ベルの話がメインで進められている。しかし、実際に病気や脳機能の基盤になってい

る元は、細胞レベルや細胞の構造である。特に脳というのは、多種多彩な細胞が集まっ

ており、他の臓器と比べて決定的に違うのは、細胞の形態が非常に複雑で、部位に

よって細胞の機能などがまったく異なることである。そこが機能の一番根本的な基盤

になっていると思うので、そういう分子レベル、細胞レベルと、回路、システム、個

体、さらに社会性といったところが全部まとまってくるような研究戦略ができればよ

いと思っている。この 5 番の提案や 7 番の課題も、分子から個体レベルを統合的に

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

見ていかないといけないプロジェクトになると思うので、その戦略がよく伝わるよう

なプロポーザルになるとよいと思う。

・ 神経変性疾患への環境因子関与の明確化による社会的認知の実現、それから 後の患

者救済の促進、こういうものは厚労省のプロジェクトではないか。サイエンス、脳科

学を語るのに、ここまで書く必要はないのではないか。

・ 脳と免疫のインタラクション、脳と身体、脳内環境、それはまさにニューロンーグリ

ア相互作用の研究であり、そういったキーワードをぜひここは入れておいていただき

たい。

・ 環境因子という言い方では、分子レベルで何か語っているとは思えない。例えば、腸

内細菌のメタゲノム解析なども提案に入れられればよいと思う。

・ 環境によるゲノムの修飾という意味で、メチレーションなど、エピジェネティックス

のファクターも加えたらどうか。ストレスが遺伝子を修飾することがわかってきてい

るので、扱う項目の中に入れればよいのではないかと思う。脳と免疫も、非常に重要

な分野になってきているので、サイトカインによる脳の発達に関して、生後の発達だ

けでなく、胎内での母体感染による環境が脳の発達に与える影響なども提案に含めた

方がよいのではないかと思う。

⑥ . 大規模データの計測・可視化・解析技術の革新的高度化とその活用のためのプラットフォーム形成・ 今、オミックス系の内容を含む研究が非常に増えており、しかもオミックスも、ゲノ

ムだけでなく、プロテオーム、コネクトーム、いろいろなものある、コネクトームは

特に規模が大きいだけに、データを揃えるも相当手間がかかるので、おそらく、さき

がけぐらいの小さな規模の研究体制では手も足も出ない。1 件 5000 万とか 1 億ぐら

いの資金配分が、ある程度続くような仕組みが必要であろうし、それを実際のデータ

駆動型研究に用いるためには、何かの研究の副産物としてデータが出てくることに期

待するのでなく、体系的なデータを誰かがつくって出すという枠組みが必要になる。

その意味では個人研究というより、安定した人的・資金的支援を行うプラットフォー

ムをいかに作っていくかがおそらく大事になる。その意味では、(データの)高度化

を図る、プラス、プラットフォームを作るというのが非常に大事だと思う。

・ 脳プロの課題 G の 1 つは、データベースを提供するというオミックス、プロテオミ

クスの研究が大事な課題になっているが、それはデータベースを作るという意味では

なく、そのデータを以って情動という脳機能を理解する、という焦点をあてている。

さらに、情動というのは、いろいろな精神・神経疾患と関連しており、断片的にデー

タベースだけ作るというのではなく、方向性を持って、目的を持って進めている状況

である。

・ 標的分子といっても臓器によっていろいろ違うと思うが、日本の一番の弱点は個々の

研究機関が少ない症例 20、30 で研究している点である。「新しい siRNA で治療しま

した、Vitro ではうまくいったけれども、そこから先のいわゆる前臨床段階へもって

いかない」と。どうしてか。数が少ないからである。タイリングアレイ解析から何か

らやろうと思っても、欧米の大規模データに負けてしまう。したがって、産業という

ことを考えても、新しい分子標的療法の薬(の研究開発)が国内ではできないのでは

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ないか。その観点からもプラットフォームがぜひ欲しいと考える。

司会 : プラットフォームについては、以前から必要だという議論はいろいろなところで出

ているようにも思うが、実際、日本の中できちんとは進んでいないという理解なのか。包

括脳ネットワークなどにおいて、何か萌芽的な取り組みがあるのかお聞かせいただければ

と思う。

・ 現在、日本で動いているお金として、実際にデータを作る、コンテンツを作るところ

にお金を出しているプロジェクトが、大変少ない。結局、いろいろなゲノムや解析を

する中でデータが出てくるだろうと、何となくあてにしている。アメリカなどをみる

と、Allen Brain Atlas のように、とにかくデータを集めることを始めから前提にし

てプロジェクトを作っている。データ収集が前提となるプロジェクトをある程度日本

も行なわなければ、今のところ完全に不戦敗状態になっている。おそらく今後 10 年、

20 年すると、データ駆動研究が当たり前のアプローチになり、例えば神経変性疾患

や神経精神疾患研究の場合にも、ある疾患状態での脳のオミックスデータが必要にな

るだろう。あるいは、マウスやラット等のモデル動物を用いた神経回路などのオミッ

クスデータが出てくる際、では日本で例マーモセットの研究を進めるとしても、その

マーモセットを用いた大規模データが日本からは出てこないとすると、負けてしまう

ような危険がある。もし霊長類を日本の脳研究の主眼に置くのであれば、多分、他の

生物においてアメリカ等で推進しているものと同等の内容を実施していく必要が生じ

ると思う。そうするとかなりの資金投下がどこかで必要になると思う。

・ プラットフォームということでは、理研にはダイナミックブレインプラットフォーム

というものがある。それは山口陽子先生や臼井支朗先生がずっと維持されていたが、

なかなかその継続、維持が難しい。研究者が結構ボランティア的にサーバーなどの維

持をしているので、やはり国の支援をきちんと形づくっていってもらったほうがよい

と思う。

・ 今後、非常に重要になってくる分野だと思うが、やはり情報科学の専門家とのコラボ

レーションは必須になる。今、大量、大規模データを解析できる情報科学の人材が不

足している。自身の研究室でも 近ディープシークエンスの結果を解析しているが、

自分たちではとても手に負えない大量のデータが届くため、それを解析してくれる人

材とのコラボレーション、あるいは人材の育成が今後非常に重要になると思う。

司会 : バイオインフォマティクスとニューロインフォマティクス、かなり同じような問題

もあるのかと思うが、脳は特に、元々解明しようとする仕組みの複雑さの観点からも、バ

イオインフォマティクスの流れにどのぐらいうまく乗っていけるかという課題があると思

う。JST-CRDS では、JST の中に NBDC が立ち上がったのを機会に、バイオインフォマ

ティクスやヘルスサイエンスのデータも含めて検討するチームが立ち上がっている。その

ようなチームの活動にも今日の議論を活かしていただくようにしたいと思う。

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

⑦ . 光学と遺伝学の融合による神経回路の計測と操作の革新的技術の創出

・ ひとつひとつの症状としての神経回路から、精神機能全体としての回路に大きく理解

が進んでいくという意味で、神経回路の同定とその制御法の開発は、適切な提案だろ

う。

・ 神経回路というのは、脳の原理を解明するには絶対に必要な階層ではないかと思う。

少し視点を変えて、やはり霊長類は日本の戦略資源であり、霊長類研究は手放さない

ほうがよいと思う。ただ、今ずっと霊長類だけを対象としていると、やはりマウス・

ラットのいいところを利用した技術は使えない。おそらく、いずれまた時代は霊長類

に戻ってくると思うので、まずはマウス・ラットの回路研究の手薄なところを手当て

しつつ、霊長類の研究も温存したらどうかと思う。

・ マウス・ラットの回路研究が弱い理由ははっきりしている。日本ではやる場所がない。

特に医学部以外でマウス・ラットを飼い難い。オプトジェネティックスをやりたくて

も医学部以外でできにくいという制約がある。欧米では、オプトジェネティックスを

使っていない論文はほとんどないというぐらい、特にネイチャーやサイエンスレベル

の研究では広がっているが、そういう意味で、日本はスタートが非常に遅れていると

ころがある。すごく深刻な状況で、若い人が今欧米で、オプトジェネティクスを勉強

して成果を上げていても、帰ってこようとしても帰ってくるところがない。彼らに機

会さえ与えれば、いい研究はいくらでもできると思う。機会を与えるためのインフラ

を整備してあげるということが非常に重要だと思う。

・ 1つはオプトジェネティックス、もう1つがチャネルロドプシンを使った研究をイメー

ジされているのではと思うが、2 つの方法ともすでに新しいとは言えない。もう確立

した研究で、それほど新しい手法ではなく、コンベンショナルな方法になっている。

さらにそれを超えた技術を目指すのか、あるいは、そういう新しい技術を使って神経

回路の動作原理を解明しようとするのか、その辺りがよくわからないところがある。

私個人の意見としては、むしろ、新しい方法論を使った神経回路動作原理の解明とい

うところにウエイトを置くべきではないかと思う。このタイトルだけでは、どちらに

ウエイトが置かれているのかよくわからない。

・ 間口を始めから狭くしてしまうと非常にきつい面がある。実際に、例えば理研播磨で

は、Spring-8 などを使って神経回路を調べている研究者がいるので、その意味では、

前者の提案を全部とってしまって、いきなり神経回路の計測と操作だけでもよいので

はないかという気がする。神経回路について、細胞内のことを調べるのではなく回路

を調べるということを前面に出すというのは、日本であまりなかった。その結果とし

て、日本で今回路レベルの研究をしている人が少ないと。そして少ないから、外国で

今やっている人が日本に帰ってくることができないという現状がある。回路レベルの

研究をもっとしましょうというメッセージを出すことが、すごく大事だと思う。

司会 :JST の戦略創造事業では、すでに神経回路という言葉が入った CREST、さきがけ

の領域が立ち上げられている。神経回路が重要という認識は、実はコミュニティの方はす

でに持っておられて、 JST-CRDS が提案を書く前に領域が立ち上がってしまって、何もで

きないまま今に至っている。そのような現状で、また神経回路という言葉が出てきている。

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・ オプトジェネティクスにしても、光を照射する巨大な装置を背負わせて、いかにネズ

ミをフリームービングさせるか、は結構大変な課題である。自分たちの研究室でも、

脊髄損傷の研究で機能回復についてオプトジェネティクスでセロトニンニューロンの

活性化作用等を調べているが、装置を背負って脊髄損傷の機能回復の実験を行なうの

は、なかなか大変である。やはり何らかの技術的なイノベーションは絶対に必要だと

思う。米国の流れをみると、オプトジェネティクスには段階があって、以前はテタヌ

ストキシンによるポタシウムチャネルの強制発現などの手法が用いられていた。その

前は、ジフテリアトキシンや細胞自身のアブレーション。どんどん進化している。な

ので、アメリカで今、流行っているから日本でオプトジェネティクスの CREST 領域

をつくりましょうというのは、あまりにも後手である。やはり、技術開発を進めていっ

て脳の作動原理を明らかにするというくらいの、攻めの姿勢でやっていただきたいと

思う。そうすれば、神経回路というキーワードが入ったところで、それほど問題にな

らないのではないかと思う。

・ 新しい技術を作るという観点に立った場合、光学やオプトティクス、イメージング技

術など、キーワードが少し偏っているような気がする。過去の回路の継続操作法を見

ると、例えばブレインボーやオプトジェネティクスは、どちらも結局、遺伝子組み換

え技術や分子の構造解析、細胞生物学などの知見に基づいて作られた技術である。何

かそれを超えるような新しい技術を作ろうと思ったら、やはり、分子の構造、セルバ

イオロジーに関する何か新しい基盤を作り、そこに基づいてやらないと、画期的なも

のは出てこないと思う。本当の基礎となるようなキーワードを入れないと、新しい技

術は出てこないのではないか。

・ 光等を使って細胞の機能を操作するというのは、実は神経回路だけでなくグリアにも

非常に有効で、すでにそういうものが動いている。ブレインボープロジェクトも、神

経細胞ではなくグリア細胞でやっていて、グリア細胞のパッチワークもある。その意

味では、神経回路だけにするか神経回路とグリアにするかということを考えてもよい

かもしれない。

・ 光遺伝学の話が主体の提案で、いわゆる電気(生理)活動の話はかなりもう提案とし

ては出尽くしており古い感じだろうが、おそらくシグナルトランスフェクションにか

かわる分子や酵素活性の光操作という話がどんどん出てくるところには、プローブを

使った解析が必要となる。その場合、標的が電気活動であればニューロンというター

ゲットになるが、シグナルトランスフェクションという形をさらに広げた場合は、グ

リアや血管といった電気生理学的ではないアクションをするものもターゲットにな

る。それらを踏まえると、神経回路のモジュレーションに効くといった提案までは、

少なくとも広げたほうがよいのではないかと思う。

・ 今や神経回路はグリア抜きにはなかなか詳細に語れないと個人的に考えている。多く

の論文が示している。科学的なエビデンスをきちんと踏まえた上で、いろいろと策を

出していただきたいと思う。1 つ気になることは、提案から実際に施策化される数年

後に、このような技術開発や研究標的が絶陳腐化してしまうことである。そのような

懸念のある研究項目が随所にある。そこは本当に慎重に政策立案、施策化につなげて

いただきたい。

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

2-5. 今後の脳神経科学のあるべき姿に関する総合討論本項では、今後の脳神経科学研究の推進体制全般についての主な意見、議論を記載する。

< 脳科学関連学会連合について >・ 前回の俯瞰ワークショップ脳神経分科会のランチディスカッションにおいても、学会

長の先生が大勢いらっしゃったが、その際に脳科学の学会連合があったらいいだろう

という話が出て、それを契機として、連合の話が進んだやに聞いている。学問内容の

話ではないが、おそらく今後、脳科学コミュニティの発展ということに資することに

なるのではなかろうかと嬉しく思っている。話の契機として、学会連合、研究コミュ

ニティの連携ということでコメントや説明をいただくことはできないか。

・ 2012 年の 7 月 1 日に、脳科学関連学会連合が、多くの先生方の協力によって設立さ

れ、動き始めた。脳科学、神経科学に関連する基礎臨床の 19 の学会に賛同いただき

連合体を設立した。参画学会としては、日本神経学会、日本精神神経学会、日本脳神

経外科学会、日本リハビリテーション医学会、日本神経科学学会、日本神経化学会な

どが含まれる。 近、文部科学省の審議官や局長級に学会連合設立のことを説明する

機会をもった。その時にも強調したのだが、19 の学会の会員数を全部集めると、計

7 万人を超える。7 万人を擁する学会の連合というのはほとんどない。日本化学会と

か日本物理学会という組織でも大体それぞれ 3 万人とか 2 万人程度のオーダーであ

る。人数が多いからよいというわけではないが、やはり、それだけたくさんの先生方

が参集してくださって、「コヒーレント・ボイス」を作ることができる体制がようや

くできつつあるのはうれしい。「コヒーレント・ボイス」とは、日本学術会議風の言

葉であるが、学会連合のミッションをよくあらわしていると思う。つまり、コミュニ

ティ内の個々の先生方が様々な問題に対して異なった考えをお持ちなのは当然だが、

コミュニティが外の世界に向かって発信する際には、「コヒーレント・ボイス」でも

のを言うことが重要であるとの意を含んでいる。日本学術会議自体がアカデミック・

コミュニティ全体に対してそうしたミッションを持っているが、脳科学・神経科学コ

ミュニティにおいてもそうした組織を立ち上げたいと前から思っていた。重要なこと

は、これまで「ニューロサイエンス・コミュニティの意見はどうか」と、政府関係を

はじめいろいろなところから聞かれた時に、まっすぐには答えにくかったが、脳科学

関連学会連合、会員数 7 万人を擁する連合ができれば、そこで議論がなされて「コヒー

レント・ボイス」が形成できれば、それはコミュニティの総意と言えるのではないか、

という点だと考えている。少なくともそういう準備は少しずつ進んでいる。昨年まで

より随分大きな前進だと思うが、今後、こういう組織をどのように内容的に充実させ

ていくか、まさに先生方それぞれのお力によるものであると考えている。その中身に

関してはこういう場も含め、先生方に議論を深めていただいて、積極的にこの組織を

使っていただくのがよいと思っている。

・ アメリカの基礎系の神経学会でも委員を引き受けている立場から発言したい。アメリ

カでも臨床系の学会が別にあり、そこも連携に関してはかなり苦労をしているようで、

うまくいっていない。日本で 7 万人を擁する学会ができたということは、アメリカの

神経科学の学界にとっては相当の脅威に感じている。そうすると、今まで国際的な連

携なり、競争において、日本はかなり優位あるいは強い立場になり得るポテンシャル

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を得たと言える。そういうバックグラウンドも含めて、学者として、学問的内容で行

動したらいいかということをこれから問われるのだと思うが、そのような観点でワー

クショップの議論全体を進めていただければよいと思う。

< ワークショップのディスカッション全般について >・ 今回のワーキンググループ会合の議論は、視点の多様性を確保するという意味では非

常に実りが多かったと思う。ただ、ワークショップの目的に鑑みると、評価の視点の

1 番目にある「マイルストーンとして適切であるか」に関する議論がまったくなかっ

たというのが私の感想である。おそらく、こういうタイプのターゲットに対して、コ

ヒーレントボイスをつくる作業には何ステップか必要なのだと思う。そのうちの 1 つ

の、割と早い段階のステップとして、今回のワーキンググループ会合での議論のよう

にいろいろな視点の多様性を確保するというのは、確かに重要だとは思う。しかし、

おそらく、さらに議論を詰める必要がある困難なステップは、JST-CRDS が正しく

述べているように、「適切な粒度を確保したプロポーザルはどんなものであるか」と

いう議論だと思う。JST-CRDS が提案した 7 つの集約案を拝見すると、どれもすば

らしいし、先生方が出された意見も多くはもっともだと思う。しかし、典型的な例と

して、2 番目の社会性脳科学や 4 番目のヒト精神疾患などは、是非取り上げるべき重

要なテーマだが適切な粒度とは言い難い。「ヒトの理解につながる生物科学」分科会

の絞り込みにも、いい視点がたくさん書いてある。例えば「屋根の大きさはどうか」

という議論があるが、2 番目も 4 番目も屋根の大きさとしては非常に立派である。し

かし、ターゲットのフォーカス、あるいは尖り方という観点からいうと、このままで

は明らかに不適当で領域設計が難しいかもしれない。本日のワークショップのような

形式での議論では、みなさん自分の言いたいことをおっしゃって、あまり意見の対立

は表に出なかったと思う。しかし、では何が適切な領域サイズなのかとかいう議論に

なると、おそらくもっとシリアスな議論をしなければならない。脳科学コミュニティ

がコヒーレントボイスを作るための自分たちのトレーニングという意味では今日は非

常によい機会で、実りが多かったと思うが、今後はもっと厳しい評価の視点も視野に

入れて議論していただく必要があると思う。

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

終わりにワーキンググループ会合における検討を踏まえた今後の展望

2012 年の脳神経ワーキンググループの俯瞰検討においては、従来からの分科会のカテ

ゴリーが大幅に変更されたことにより、分科会の間で共通の俯瞰マップを基にした検討が

困難になったことを受け、独自の試みを行った。そして、2010 年の脳神経分野俯瞰マッ

プのアップデート情報にもとづいた重要研究領域案の内部集約に加え、自然科学研究機構

新分野創成センターの協力により、俯瞰委員以外の第三者による重要研究領域案の検討、

集約案の提示、という 2 種類の集約案をもとに、JST-CRDS が重要研究領域案を作成し、

ワーキンググループ会合において俯瞰委員からの意見をいただく、という 3 段階の検討

を行った。第三者による重要研究領域案検討については、そのまとめ方や提案タイトルに

異論を唱える意見も聞かれたが、より広範な研究者コミュニティに、JST-CRDS の俯瞰

活動の意義やプロセスを啓発する機会としての価値、またコミュニティによる若手研究者

の育成機会としての重要性を鑑みた場合、総じてプラスの成果が得られたと考えられる。

ワーキングループ会合の議論においては、社会性脳科学研究や各種の精神・神経疾患研

究からの需要を踏まえ、その科学的視点にたった前向きコホート研究の必要性、また、ヒ

ト脳機能の詳細を計測、可視化する技術開発の重要性、そして、モデル動物研究も含め、

脳科学研究から得られる膨大かつ多様なデータの適切な収集、保管とそれらを用いたイン

フォマティクス研究と基盤技術確立の重要性、そこから発展すべき種間あるいは脳の階層

性を超えた脳神経系の共通作動原理の解明に向けたパラダイム構築への期待、などが確認

された。また、個別の議論としては、治療薬開発のパラダイムシフトに伴う、治験制度、

戦略の見直しの必要性、グリア細胞研究の位置づけ(グリア細胞に特化した領域設計の是

非)、精神疾患研究領域の粒度の適正化(包含する要素研究ごとに領域設計をすべきか)、

DBS をはじめとする機能神経外科分野の精神疾患研究・治療技術開発への参入における

倫理的課題の克服について、など、脳神経科学をとりまく多様な課題について、俯瞰委員

からさまざまな意見をいただいた。

JST-CRDS による集約案について、ワーキンググループ会合で俯瞰委員よりいただい

たブラッシュアップ意見を踏まえ、医療福祉分科会、ならびにライフサイエンス・臨床医

学俯瞰ワークショップに提出していく重要研究領域案として、以下の 7 案を策定した。

① . 神経筋疾患・脳血管障害・脳腫瘍の革新的予防・診断・治療技術基盤の創出

② . 社会性脳科学の学際融合的推進

③ . 大規模データの計測・可視化・解析技術の革新的高度化とその活用のためのプラット

フォーム形成

④ . 治療と自立支援に資する脳情報双方向活用技術の実装

⑤ . ヒト精神疾患の診断・治療技術基盤の創出に向けた統合的アプローチ(モデル動物、

ゲノム科学、オミックス、神経回路、バイオマーカーを軸として)

⑥ . 脳と身体と環境の相互作用の生物学的理解とその破綻による心身への影響

⑦ . 光学と遺伝学の融合による神経回路の計測と操作の革新的技術の創出

これらの提案は、主にトップダウン研究あるいは基盤整備として科学行政が取り組む

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べき課題という観点からまとめられている。また、上記 7 案の中には含まれていないが、

脳科学を主体とした前向きコホート研究の重要性とその実施基盤の整備、継続的な支援体

制の構築についても、本ワーキンググループの総意として、提案していきたい。また、ワー

キンググループにおいては、主に基礎生物学、基礎医学、臨床医学からの意見をもとに重

要研究領域提案をまとめてきたが、医療福祉分科会、そしてライフサイエンス・臨床医学

全体の俯瞰検討においては、産業界、企業からの視点による検討がこれらに加えられ、さ

らなる社会実装戦略が具体化されることを期待している。

一連の検討を通して得られた、脳神経分野のサイエンスとしての方向性を尊重した研究

開発領域の提案、推進とともに、脳神経科学コミュニティの持続的な発展、異分野との融

合を支える仕組み作りに関しても、さらなる検討を重ね、脳神経科学に関与する多様な関

係者と協力しつつ進めていく予定である。

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第2章 脳神経ワーキンググ

ループ会合開催報告

<特任フェローの総合所感>金澤 一郎(国際医療福祉大学/ JST-CRDS)我が国の脳神経科学の研究レベルは決して低くないと私は思っています。ただそれは、

テーマが定まって狭い範囲のことを深く掘り下げてキチンとして結果を出して行けるよう

な研究の場合ではないかと思います。それでは、どういうところが「苦手」かというと、

日本語以外の言語で「議論」する事がハンディであるのは仕方がないとしても、どうも「全

体を見渡して、今後の展望をする」、「永い目で見て、今後重要になるであろう研究領域を

挙げる」、「自分の専門領域以外の研究領域に対しても遠慮なくものを言う」、などという

事になると途端に声が小さくなるように思うのです。決して考えていないのではなく、色々

と考えているのだけれど、それがまとまった形で(例えば、カテゴライズして)人に提示

できるようになるまでになかなかなりにくい、ということだと思います。さらに、日本の

研究費のあり方に永い間にならされてしまった事もあって、気の長い研究(例えばコホー

ト研究のような)を提言しにくい、ということもあるかも知れません。これを一口に言うと、

「自分の専門領域を超えて、脳科学を俯瞰的に見てカテゴライズするとともに長期的な視

点からも議論し、今後の方向性について提言する」ことがやや苦手なのではないか、と言

うことになります。

このたびの、JST-CRDS の「脳神経ワーキンググループ」の任務は、今まさに「苦手」

と言ったこの点にあることにすでにお気づきでしょう。従って、それを実行してゆくには

努力が必要です。人を得なければなりません。その点で、若手の研究者も含めて多くの脳

神経領域の研究者の方々、特に俯瞰委員の先生方にご協力頂きました。この場を借りてお

礼申し上げます。

私は、脳神経関係の特任フェローとして、皆さん方のご意見を主に拝聴してまいりまし

たが、脳神経領域の一人の臨床医であり、研究者でもあった者として感想めいたことをこ

こに少し述べておこうと思います。第一は、皆さんから頂いたアイディアの中に「自己と

は何かを追求する」というものがあったことに感銘を受けました。25 年前に伊藤正雄先

生が脳科学を牽引されていた頃からの問題ですが、実際に自己を研究対象にする事などお

よそ考えられなかったことでした。ただ、実際には判断・創造・思考などという脳の「超

高次機能」の解明を通しての「自己」の解明なのだろうとは思います。第二は、やはり多

くの皆さんが長期に亘る研究(特にバースコホート研究)を脳科学においても重要である

と考えておられる事を知った事を嬉しく思いました。そして 後に、第三は、脳科学は「総

合的人間科学」であることを考えれば、先端医療技術の進歩や iPS 細胞の臨床応用など

によって、我々の寿命が延びてゆくだろうけれども、それらがすべて健康保険でまかなえ

るはずもなく、終末期医療をどこまでやるべきなのか、など社会の中における人間のあり

方についても、社会科学的な研究者達を含めた議論が必要であると感じたことです。

実は、日本の脳科学研究者が「苦手」であった事がもう一つあります。それは、プロジェ

クト方式によりまず研究目標を設定し、それに向けて研究を行う事でした。永い間、脳研

究はボトムアップ形式で進められていたという我が国の伝統があったからだと思います。

けれども、数年前からいわゆる「脳プロ」を立ち上げてもらい、プロジェクト研究を実際

に行う過程でかなり慣れてきたことはあります。けれども、今後も何を「マイルストーン」

にするのかなどについても、実現性などを真剣に考えながら研究計画を作成する必要があ

るということを 後に申し上げておきたいと思います。

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付録 1ワーキンググループ会合開催要領

開催日時:2012 年 8 月 24 日

開催場所:JST 東京本部別館 セミナー室

開催プログラム

< 午前 >特任フェロー 挨拶   (10:30-10:40)資料確認、守秘義務説明、書類回収アナウンス (CRDS) (10:40-10:45)開催趣旨説明 (CRDS) (10:45-11:00)上席フェロー挨拶    (11:00-11:10)俯瞰委員からの話題提供 (11:10-12:30)ランチディスカッション (12:30-13:30)

< 午後 >2010 年俯瞰結果とその施策化プロセス (13:30-13:50)重要研究領域案取りまとめ手続きの概要 (13:50-14:00)新分野探索フォーラム開催報告     (14:00-14:30)俯瞰委員話題提供とフォーラム開催結果報告を踏まえた

  重要研究領域案の統合・ブラッシュアップ視座の整頓 (14:30-14:45)重要研究領域案 CRDS 取りまとめ案の検討        (14:45-16:45)総合討論(医療福祉分科会ならびにライフサイエンス・

  臨床医学俯瞰ワークショップに向けてのメッセージ)  (16:45-17:30)今後のとりまとめについての説明、閉会挨拶       (17:30-17:45)

(参考)俯瞰委員(50 音順、所属と役職は脳神経ワーキンググループ会合開催当時のもの)

安梅 勅江 筑波大学 人間総合科学研究科 生命システム医学専攻 教授

磯村 宣和 玉川大学 脳科学研究所 教授

伊藤 啓  東京大学分子細胞生物学研究所 高次構造研究分野 准教授

糸川 昌成 東京都医学総合研究所 プロジェクトリーダー

井上 和秀 九州大学 薬学研究院 臨床薬学部門 臨床薬学 教授

入来 篤史 理化学研究所 脳科学総合研究センター チームリーダー

岡野 栄之 慶應義塾大学 医学部 生理学教室 教授

岡本 仁  理化学研究所 脳科学総合研究センター チームリーダー

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書87

尾崎 紀夫 名古屋大学大学院 医学系研究科 細胞情報医学専攻 教授

影山 龍一郎 京都大学 ウイルス研究所 細胞生物学研究部門 教授

兼子 直  弘前大学大学院 医学系研究科 神経精神医学部門 教授

河野 憲二 京都大学神経精神医学分野 教授

金生 由紀子 東京大学大学院 医学系研究科 脳神経医学専攻 准教授

上口 裕之 理化学研究所 脳科学総合研究センター チームリーダー

河野 憲二 京都大学大学院 医学系研究科 認知行動科学口座 教授

河村 満  昭和大学医学部 内科学講座 神経内科学部門 教授

神庭 重信 九州大学 医学研究院 臨床医学部門 内科学講座 教授

木村 實  玉川大学 脳科学研究所 教授

蔵田 潔  弘前大学大学院 医学系研究科 統合機能生理学部門 教授

定藤 規弘 生理学研究所 大脳皮質機能研究系 心理生理学研究部門 教授

白尾 智明 群馬大学大学院医学系研究科脳神経発達統御学講座 教授

鈴木 則宏 慶應義塾大学大学院医学研究科 内科学専攻 教授

須原 哲也 放射線医学総合研究所 分子神経イメージング研究センター プログラムリーダー

祖父江 元 名古屋大学大学院医学系研究科 神経内科学 教授

泰羅 雅登 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 認知神経生物学 教授

武田 伸一 国立精神・神経医療研究センター TMC センター長

武田 雅俊 大学院 医学系研究科 精神医学教室 教授

津本 忠治 理化学研究所 脳科学総合研究センター チームリーダー

藤堂 具紀 東京大学医科学研究所 先端医療研究センター 先端がん治療分野 教授

樋口 輝彦 国立精神・神経医療研究センター 総長

深谷 親  日本大学 医学部 先端医学系応用システム神経科学分野 准教授

本間 さと 北海道大学 大学院医学研究科 時間医学講座 特任教授

前田 正信 和歌山県立医科大学 医学部 生理学第 2 講座 教授

三品 昌美 立命館大学 総合科学技術研究機構 客員教授

水澤 英洋 東京医科歯科大学 医歯学総合研究科 脳神経病態学(神経内科学) 教授

宮下 保司 東京大学大学院 医学系研究科 統合生理学教室 教授

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書88

村山 繁雄 東京都健康長寿医療センター研究所・老年病理学研究チーム チームリーダー

望月 秀樹 大阪大学大学院 医学系研究科 情報統合医学講座(神経内科学) 教授

山村 隆  国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 免疫研究部 部長

吉峰 俊樹 大阪大学大学院 医学系研究科 外科系臨床医学専攻 教授

吉田 大蔵 日本医科大学 医学部付属病院 脳神経外科 准教授

吉田 明  自然科学研究機構 生理学研究所 多次元共同脳科学推進センター 特任教授

和田 圭司 国立精神・神経医療研究センター 疾病研究第四部 部長

JST-CRDS

浅島 誠  (ライフサイエンス・臨床医学ユニット 上席フェロー)

金澤 一郎 (ライフサイエンス・臨床医学ユニット 特任フェロー)

及川 智博 (ライフサイエンス・臨床医学ユニット フェロー)

川口 哲  (ライフサイエンス・臨床医学ユニット フェロー)

鈴木 響子 (ライフサイエンス・臨床医学ユニット フェロー)

辻 真博  (ライフサイエンス・臨床医学ユニット フェロー)

福士 珠美 (ライフサイエンス・臨床医学ユニット フェロー)

森 英郎  (ライフサイエンス・臨床医学ユニット フェロー)

JST 経営企画部 イノベーション戦略室

文部科学省 ライフサイエンス課

経済産業省 生物化学産業課

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書89

付録 2ワーキンググループ会合を経てまとめられた重要研究領域案

脳 WG(1)1. 研究領域名称

神経筋疾患・脳血管障害・脳腫瘍の革新的予防・診断・治療技術基盤の創出

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

分子遺伝学の発展に伴いアルツハイマー病(AD)やパーキンソン病(PD)を代表と

する神経変性疾患や悪性脳腫瘍の病態解明が進んできたが、根本治療の研究開発は依然

厳しい状況が続いている。一部の神経変性疾患の発症には農薬などの摂取、感染、特異

な食物の接収など、環境因子の関与が指摘されているものの、その原因や因果関係は解

明されていない。また、脳血管障害に関しては、発症後の麻痺の回復が頭打ちになった

後の「維持期」における治療法開発に関心が高まっている。さらに、悪性脳腫瘍におい

ては近年、診断治療技術が飛躍的に発展したにも関わらず、治療成績の改善はその機能

予後も視野に入れるとほとんど得られていない。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

世界保健機関では、世界の認知症の患者は先進国だけでなく途上国でも増加が進み

2050 年までに現在の約 3 倍、1 億 1540 万人に達するとする報告されている。また、高

齢発症神経疾患は、治療満足度、薬剤の貢献度が も低い疾患であり、医薬品の研究開

発が強く望まれているいわゆるアンメット・メディカル・ニーズの代表である(医薬産

業政策研究所 .2011)。また、脳卒中等の脳血管障害、glioma を代表とする悪性脳腫瘍

も中高年における発症例が多く、医療費の負担のみならず、国民の介護負担が高齢者の

増加にともない、継続的に増加していくこによる産業労働力の弱体化は国益にかかわる

問題である。例えば、日本における要介護高齢者は 450 万人と概算されているが、そ

の内訳は筋萎縮性側索硬化症(ALS)など神経難病 3 万人、脊髄損傷 10 万人、切断肢

10 万人、脳卒中後遺症 150 万人と、本提案が対象とする神経難病や脳卒中患者の占め

る割合は多い。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

(1)神経疾患の病態メカニズム解明と新規治療ターゲットの探索研究

疾患に関係する細胞や因子群をネットワークとして理解し神経疾患病変の脳内伝播機

構(propagation)を解明、創薬に結び付く分子ターゲット、パスウェイを同定する。

グリア細胞研究もこの中に含まれる。

(2) 神経疾患分子病態にもとづいた先制医療の開発

病態分子の異常蓄積の制御、脳内伝播機構の抑制を目標とした先制医療の開発を目指

し、遺伝子プロファイリング、化合物のスクリーニング、生物製剤の開発など多方面か

らアプローチする。また、脳腫瘍に関する微小環境研究、免疫応答研究も推進する。グ

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書90

リア細胞研究もこの中に含まれる。

(3)先制医療に向けた発症前診断の確立

症状が出現する前から治療を開始する先制医療では、発症前診断の確立が不可欠であ

る。本研究領域では、神経疾患の発症前診断確立に向けたバイオマーカーの探索、分子

イメージングを開発する。また、難治性疾患の発症前診断の臨床的意義に関しては、医

師、研究者以外の有識者もふくめた組織により、倫理面の検討も充分行う。

(4)脳血管障害の後遺症回復技術開発

脳卒中の「維持期」に関する A2NTX 筋注治療技術の確立に向けた前臨床ならびに臨

床研究ややボツリヌス毒素製剤を用いる際のリハビリテーション法の開発と磁気刺激治

療の 適化など、脳血管障害患者の後遺症の回復を促進する技術開発を進める。

(5)環境因子を契機とした神経疾患の発症とその制御の研究課題

薬剤と神経疾患の関連性を調べるフィールド研究や、様々な環境因子を契機として発

症に至る疾患の病理機構の解明と制御技術開発、環境因子が神経疾患に及ぼす評価技術

開発などを推進する。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 高齢者において発症率が高くなる神経変性疾患、脳血管障害、悪性脳腫瘍

などは先述のようにその多くがアンメットメディカルニーズの疾患であり、喫緊に根本治

療技術の開発が望まれている。

研究シーズ : 神経疾患や脳腫瘍の分子病態に関しては、遺伝学を中心に病態基盤となる

分子の同定が進められている。また、近年の画像解析によりアルツハイマー病では認知障

害が出現するかなり以前より老人斑が出現していることが示されている。さらに iPS 細

胞研究から病態分子の異常は、発生初期つまり胎児期よりあると考えられるようになった。

このように、多様なアプローチによる病態解明が進んでいることから、診断・治療技術の

開発段階に研究を発展させる好機である。また、我が国において開発された、大量使用し

ても安全性の高いボツリヌス毒素製剤 A2NTX(国立精神神経センターが特許申請中)は

脳卒中患者の後遺症回復においてさらなる治療効果が期待でき、その臨床開発に向けた前

臨床研究や、大規模な臨床研究を推進すべき時期に来ている。

5. 参画が見込まれる研究者層

神経内科学、細胞生物学、生化学、薬学、分子生物学、精神科学、放射線診断学、リハ

ビリテーション学、腫瘍学、神経病理学、ウイルス学、薬学、免疫学、環境科学、倫理学、

法学、公衆衛生学、など

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

それぞれの対象疾患、症状に関して、基礎研究者のみならず、環境因子の評価や臨床試

験を担うことのできる人材を含め、様々な専門分野を網羅した研究チームを構成して、開

発を推進する。各チームには橋渡しを推進する人材を配置する他、異なる研究チームの連

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書91

携やリソースを管理するための事務局的組織の設置や臨床の成果を基礎に持ち帰る仕組み

も合わせて研究推進体制を築く。研究推進期間は、基礎から、前臨床、臨床を経て発症前

診断の検証を終えるまでに 10 年間が見込まれる。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

臨床研究については、実施にあたって中核的医療機関を育成し、多施設共同研究を推進

することも一案である。進捗管理に関しては、研究成果のマイルストーンを設定し、推進

状況を相互評価する委員会を編成、研究が円滑に出来るよう定期的な検討会を開催する。

さらに発症前診断を行うにあたり倫理、法学者や有識者より構成される厳格な倫理検討も

必要である。 社会受容面では、特に、根本治療のない難治性疾患の発症前診断の臨床的

意義に関して、認知度の向上や、倫理面を検討する機能が研究開発推進体制の中に設置さ

れることが必要である。一方で、症状のない時期をターゲットとした先制医療の社会的な

認知が低い状況にある現在、研究がどうして重要なのか、どのような社会的意義があるの

か、認知度を向上させる努力も必要となる他、診断告知後の永続的な精神面のサポート体

制も確立しなくてはならない。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

本邦の高齢者医療の改善、医療費、介護費の削減に大きな貢献を示すことが予想される。

例えば、わが国における試算では、認知症の発症を 2 年遅らせることで、医療費および

介護費用を 5600 億円削減できると言われており、認知症の軽減によって、家族の介護負

担が減少することが見込まれる。また、医療産業の国際競争力の強化と「高齢者医療技術

立国」としての我が国の国際的地位向上も期待できる。

9. 備考

参考とした個別提案

1,3,25,29,35,38,42,44

脳 WG(2)1. 研究領域名称

社会性脳科学の学際融合的推進

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)社会・経済的な背景(ニーズ)

ヒトの社会性の障害は多くの精神神経疾患に程度の差はあれ、広く認められる。また、

精神疾患への関心の高まりや市内の精神科クリニックの増加、精神科受診への抵抗感の

低下もあいまって、過剰な診断や過剰あるいは不適切な診療に結び付き、臨床現場、職

域さらには司法に於いて混乱を来している。さらに発達障害等の言葉だけが独り歩きし

て、そもそも、いわゆる引きこもり、不登校、ニートとの線引きが困難であるという問

題がある。これらは、社会性の障害の診断が本人の陳述や表層的な行動観察に依存する

面が多いことと、社会性の障害を構成する個々の症状や行動異常の生物学的理解が不十

分であることにも関係する。

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書92

(2)研究開発の現状(シーズ)

非侵襲脳イメージング(MRI、PET)の解析法の進歩、認知科学、計算論的神経科

学などの発展も伴い、特に情動や意思決定などをテーマとする社会神経科学の分野も

興隆してきている。一方、社会性の障害のうち、発達障害とは、脳機能の発達の障害

であって症状が低年齢で発現するものである。自閉症を中心とする自閉症スペクトラ

ム障害(autism spectrum disorder: ASD)、注意欠如・多動性障害(attention-defi cit/hyperactivity disorder: ADHD)が代表的であり、学習障害(Learning Disabilities: LD)、発達性協調運動障害(Developmental Coordination Disorder: DCD)、トゥレッ

ト症候群(Tourette syndrome: TS)等も含まれる。これらの発達障害は遺伝的要因の

関与が大きいとされ、脳機能と共に遺伝子の解析も行われているが、なかなか一定の結

論が得られず、より均質な対象を得ることが大切との指摘もあり、生物学的理解の重要

性が指摘されている。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

以下のような研究開発が考えられる。

・ひきこもり、いじめ、ニートや新卒者の早期退職など、対人関係の形成に問題を抱えて

いると考えられる社会病理の解明研究

・社会性障害のモデル動物開発

・モデル動物を用いた社会性障害の発現メカニズム、責任回路の解明と介入・制御研究

・ヒトとモデル動物共通の社会性に関する評価手法開発

・社会的環境を再現した研究パラダイムの開発、社会的インタラクションを有する複数個

体からの生体情報計測技術の開発

・社会的行動を再現する数理モデルの開発

・社会性の評価を可能とするバイオマーカー開発による客観的評価指標の提供を通した、

診断・治療技術の開発

・社会性の発達や障害の発症過程を追跡するコホート研究

4. 提案の適時性

社会ニーズ :3 世代世帯の減少と単世代世帯の増加が急速に進むわが国において , 家庭、

学校、職場、地域コミュニティーなど、さまざまな共同体レベルにおける人間関係の希薄

化や絆の喪失が指摘されている。このような社会構造の変化やストレスに伴う精神疾患の

増加による若年期、青年期に顕在化する社会性障害は生産性の低下、社会の負担が切実な

問題になりつつある。また、発達障害等の言葉だけが独り歩きして、過剰あるいは不適切

な診断、診療が臨床現場や教育現場、職域、司法領域で問題になってきており、生物学的

知見に裏打ちされた社会性障害の診断や治療効果判定の早期実現が望まれている。

研究シーズ : 脳科学の進展に伴い、ヒト、サル、げっ歯類において様々なレベルの回路

の機能を生理学的、薬理学的に修飾することが可能になってきており、多次元にわたる社

会性の障害を構成する個々の症状や行動異常をターゲットにした介入法が可能になりつつ

ある。わが国にはヒトやサルを対象として、社会的行動の神経基盤を解明しようとする機

運の高まりがあり、すでに幾つかの萌芽的研究が開始されており、より体系的な大型研究

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を展開する好機にある。

5. 参画が見込まれる研究者層

精神医学、神経内科学、心療内科学、脳外科学、薬理学、分子生物学、認知科学、工学、

情報科学、神経生理学、神経解剖学、神経薬理学、神経化学、計算論的神経科学、心理学、

分子遺伝学、小児科学、医工学、動物行動学、社会学、など

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

モデル動物開発を含む基礎研究、脳機能イメージング、臨床研究等を担う拠点を形成す

る。形態は実際の施設にとらわれず、バーチャルに運用する ERATO、CREST 型の他、

コホート研究の実施体制と効率的に連動、統括的な推進戦略をとれる体制として設立する

ことが望ましい。基礎研究成果が社会性障害の正しい理解につながり、その治療や予防技

術が確立するまでに 10 年程度、またコホート研究による検証や新たな課題の設定などを

考慮すると数十年に渡る支援体制を考慮する必要がある。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

わが国の脳科学研究は、個々の基礎研究としては世界的な水準にある。しかし、ヒトを

対象とした脳科学研究や、精神疾患の臨床研究は、欧米に比べると出遅れている感は否め

ない。この分野の研究推進のためには、臨床医学と基礎研究の橋渡しだけでなく、認知科

学、工学、情報科学、社会科学といった生物学以外の領域との真に有機的な融合をもたら

すようなファンド形態、人材の育成、確保の仕組みを考えていかなくてはならない。特に、

clinician scientist の育成、確保は喫緊の課題である。その他、コホート研究のデータと

実験で得られた知見に関する整合性をより効率的に見出すには、データベース運営の強力

なシステムを有する臨床研究施設の設置も検討する必要がある。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 社会性脳科学はまだ発展段階にある研究領域であり、この領域の学

問体系の確立に寄与する研究成果が期待される。また、生物学的に裏打ちされた訳でない

診断基準にとらわれず、多次元にわたる社会性の障害を構成する個々の症状に注目するこ

とで、動物からヒト臨床まで一貫した双方向性のトランスレーショナル研究が促進される。

社会経済的効果 : 社会性の障害による生産性低下、社会の負担の軽減を減らす。また、

客観的な社会性の障害の理解は必要以上の過剰な診断や過剰治療に歯止めをかける。個々

の社会性の障害に対する治療メカニズムも明らかになれば、効率的な創薬、治療法開発と

ともにテイラーメイド医療の実現にもつながる。発達障害に関しては、の病態の解明によ

る社会の負担軽減の他、乳幼児の発達特性の把握と活用による、少子化時代の子どものメ

ンタルヘルスの増進が期待される。

9. 備考

参考とした個別提案 :2,7,9,11,12,18,28, 4,6,10,13,15,20,21,25,27,28,30,32,33,36英国 MRC(医学研究会議)の重点 7 領域のひとつに社会性神経科学が取り上げられ、

米国 NICHD/NIH の戦略計画 From cell to selves (2000)においても、生物行動学的発

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書94

達の一部として解明することを目標として掲げているなど、当該分野は国際的に政策上の

関心が高い領域である。国内では、文部科学省 脳科学研究推進プログラム 課題 D が先進的な取組を進めている(http://brainprogram.mext.go.jp/missionD/)。また、脳科学

を基盤とした発達コホート研究の先駆けとして、JST-RISTEX「脳科学と社会」研究開発

領域で平成 16 年度から平成 20 年度まで「日本の子どもの発達コホート研究が行われた( "http://www.ristex.jp/result/brain/plan/pdf/ind06.pdf)。研究成果は 2027 年まで予定さ

れている 環境省 子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)において生か

されている( http://www.env.go.jp/chemi/ceh/outline/data/kenkyukeikaku114.pdf)。

脳 WG(3)1. 研究領域名称

大規模データの計測・可視化・解析技術の革新的高度化とその活用のためのプラットフォー

ム形成

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

光計測などの実験技術の進展により、行動中の動物の脳から数百〜数千の神経細胞信

号の同時記録が可能になってきた。あるいはヒトの脳全体の活動を同時計測したり、逆

に単一細胞のスパインやシナプス集団の活動を細胞全体にわたって記録することも可能

になりつつある。しかし、このような大規模な活動データを解析する数学的手法は、ま

だほとんど整備されていない。大規模かつ時間変動する脳データの特徴を解析する新し

い数学的手法の開発と、大規模な実験データに基づく回路のモデル化などを通じて、脳

の情報処理の基本原理の解明に迫り、それに基づく情報処理装置の開発を行うための脳

情報基盤の整備が求められている。また、わが国は脳神経分野(概日時計の in vitro 再

構成、光応答性細胞の構成など)を含む基礎生命科学において構成生物学に関連する成

果が近年蓄積されており、データ駆動型研究として有望なテーマになっている。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

脳内に多様に蓄積される情報や、多様かつ大量の脳情報を処理する仕組みを解明する

ことは、各種の精神・神経疾患の病態の解明や治療法の開発に役立つのみならず、脳 -機械インターフェース技術やロボティクス技術を通して肢体不自由者や高齢者に新たな

自立支援の手段を提供し、生活の質の向上への貢献にも期待が寄せられている。また、

脳情報そのものや脳情報処理メカニズムの利活用によって一般市民に対しても、教育、

カウンセリング、スポーツ、マーケッティング、消費者保護、安全管理、犯罪予防など、

社会や経済のあらゆる場面への展開に可能性を含んでいる。しかしながら、実験動物の

データに関する研究者の所有権、著作権等の問題や、ヒトの脳情報の計測・蓄積・共有・

管理に関する法規制面からの保護体制は未整備であり、これらの課題への対応による、

脳情報の健全な利活用基盤の形成が求められている。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

(1)情報基盤整備に関する研究課題

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書95

大規模脳・行動データを蓄積・共有するためのツールや解析プラットフォームを開発

する。例として以下のものが挙げられる :・超高空間分解能・超高時間分解能脳活動記録(刺激)基盤技術の開発

・ヒト脳に記録・刺激技術を適用する際の安全性・非侵襲性に関する前臨床研究技法の

開発

・ウェアラブルコンピュータなどを用いた行動・環境計測と脳計測との統合技法の開発

・大規模計算機リソースの安定供給システム開発

・計測デバイスや手法ごとに統一された、脳・行動データ蓄積・共有に必須の共通フォー

マットの構築と普及

・適切なデータ変換、アノテーションによるキュレーション技術・ツールの開発

・単一ニューロンモデルおよびそのネットワークのパラメータ推定のためのアルゴリズ

ム開発

・アノテーション付き動画と対応する脳活動を記録したデータベースの構築

・実験動物の脳・行動計測データをリアルタイムに処理し、インターネットで公開・共

有するためのシステム開発

・行動データや、ウェブ上のテキスト・画像・動画データの利用に伴う法的倫理的課題

への対応

(2)脳・行動データの数理モデリングならびに再構成に関する研究

確立されたプラットフォームにおいて蓄積される大規模脳・行動データを用いて、脳

モデル、行動(環境)モデル、および、脳—行動モデルを構築する。従来のモデルとは

異なり、より自然な条件で得られる大量のデータにもとづいてパラメータを推定し、現

実の行動や脳活動に関する高精度の予測や再構成を行う。具体的なテーマとして以下の

ものが挙げられる :・神経細胞内での情報伝達システムの in vitro, in silico 再構成系の開発

・Deep learning 等を用いた大規模画像・動画・音声データからの特徴抽出

・電子顕微鏡画像の 3 次元再構成を用いた、神経ネットワークモデルの構築

・多次元非線形ダイナミクスモデルのパラメータ推定

・事例ベースのエンコード・デコードモデルの構築

・特定の脳領域における局所神経回路の in vitro および in silico 再構成系の開発

・全脳レベルの情報の流れを探る実験とデータ解析手法

・オンライン・オフライン解析技術の開発・マシン学習・グラフ理論

・上記データにより駆動される計算モデルの構築や大規模シミュレーション

4. 提案の適時性

これまでのシステム神経科学では、現象の定性的な説明や仮説検証のための実験やモデ

ル化に主眼を置いていたが、近年の脳・行動計測技術や情報処理技術の進歩により、実世

界で有用な情報を「予測」するためのシーズ技術が生まれている。脳 - 機械インターフェー

スや精神疾患の診断手法開発などでは、限定的であるものの、機械学習を利用したデータ

駆動型アプローチが活用され始めている。脳計測データの蓄積・共有のための基盤整備を

速やかに開始することで、将来蓄積される脳計測データや行動データに対してコンピュー

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書96

タビジョンや自然言語処理で用いられているデータ構造化手方法を取り入れることによ

り、データ駆動型アプローチの応用領域の拡大が促される。その応用領域は疾患の診断や

治療予測のみならず、人間をとりまく実社会の諸問題に定量的な予測を与える新たな神経

科学の可能性を拓くものと期待される。

5. 参画が見込まれる研究者層

神経科学(臨床も含む)、心理学、精神医学、臨床医学、機械学習、統計学、スーパー

コンピュータ、自然言語処理、コンピュータビジョン、情報科学、信号処理、応用数学、

物理学(統計、非線形、生物、光学など)、数理工学、計算機科学、計算機工学、材料物

性(素子開発)、

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

また、全てのプロジェクトは生物と数学、生物と工学など、異なる分野の研究者の連携

するものであることが望ましい。そのため、生命系の研究者と数学、工学系の研究者が共

同で提案するものしか受け付けない制度上の縛りなどあっても良い。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

本研究領域の推進にはスーパーコンピュータを含む、大規模計算機リソースの安定供給

やデータベースの永続的な的運営など、情報インフラの整備が欠かせない。また、データ

を共通フォーマットに変換し、適切なアノテーションを行う事ができるキュレータなどの

人材育成も望まれる。また、行動データや、ウェブ上のテキスト・画像・動画データの利

用に伴う法的倫理的課題への対応も必要となる。特に、データ駆動のためのデータ作り 

(大規模データを集めていくための仕組み)を可能にする技術インフラと、そこで収集、

処理される大規模データを扱える情報科学者の参画、育成と脳科学分野との連携が大きな

課題である。脳科学と生物、数学、工学など、異なる分野の研究者の連携する体制をファ

ンディングによって誘導する必要がある。その他、コンテンツ作成に対するファンドの必

要性、データ収集を前提としたプロジェクトデザインと(インフォマティクス)ボランティ

アに依存しない体制の維持などの課題が挙げられる。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

国際的に高い研究水準にあるわが国のシステム神経科学の成果にもとづいて、将来の

基礎研究のデータベースやデータ解析ツールを開発し、世界に発信することで、日本が

ビッグデータ時代の神経科学をリードする契機となる。そして、動的な大規模データの

解析手法はより高度な脳 - 機械インターフェース技術やロボティクス技術の実用化にとど

まらず、宇宙物理、地球物理、ロボット、自動車工学、経済ならびに社会現象の解析な

ど、さまざまな分野への展開が期待される。例えば、脳型計算機の開発や医療(診断技

術)への応用、(脳活動データをメタデータとして付与することによる)商品のレコメン

デーションシステム、マーケティング、デザイン評価などへの応用など、科学的に確かな

evidence に基づいた脳神経科学研究結果の産業応用の実現が期待できる。

俯瞰ワークショップライフサイエンス・臨床医学分野本文.indd Sec1:96 13/03/06 11:53

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9. 備考

参考とした個別提案

8, 13, 19, 20, 21, 22, 23, 27,31,36

脳 WG(4)1. 研究領域名称

治療と自立支援に資する脳情報双方向活用技術基盤の実装

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)社会・経済的な背景(ニーズ)

本邦の介護福祉分野における喫緊の課題として、神経系の疾病や外傷により重度の機

能障害を被る患者の支援が重要である。彼らは、生活あるいは生存自身を周辺の介護者

に依存している。要介護者は急速に増加しており、本邦では、筋萎縮性側索硬化症(ALS)など神経難病 3 万人、脊髄損傷 10 万人、切断肢 10 万人、脳卒中後遺症 150 万人、要

介護高齢者 450 万人と概算されている。とくに重症の患者では意思伝達や身体運動な

ど 低限度の生活機能も侵され、介護面で社会に大きな経済的負担をかけている。この

ような要介護者のコミュニケーションや運動機能を支援する新しい技術として、脳 - 機械インターフェイス(BMI)技術や、脳深部刺激などの神経工学的技術が注目されて

おり、様々な難病の患者家族支援団体なども関心を示している。

(2)研究開発の現状(シーズ)

近年目覚ましい発展を遂げつつある脳機能の画像化技術と信号記録技術および刺激・

活性化技術を用いて、ヒトの脳機能・活動の記録と制御を目指そうとする流れがあり、

本格的臨床応用に向けての実用化研究の加速が求められている。実用化のためには、ヒ

トでの臨床研究、医療機器としてのシステム開発など、いわゆる「橋渡し研究」として

取り組むことが肝要である。また、技術自体のさらなる改良のためには脳機能領野間の

connectivity、causality など機能的ネットワーク解析を含めた神経科学全体の進歩も望

まれている。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

以下のような研究開発が考えられる。

(1)高空間分解能・超高時間分解能脳活動記録基盤技術の開発

(2)超高空間分解能脳組織刺激基盤技術の開発

(3)低侵襲 BMI システムの実用化 :(4) 精神疾患・認知症に対する脳深部刺激療法における作用機序の解明と有効性の検証

(5) 精神疾患・認知症に対する外科的介入治療の倫理問題に関する研究

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 高齢化社会を迎え要介護人口は急速に増加している。とくに ALS など重

度の神経障害を有する患者の介護には莫大な労力が必要であるが、BMI 技術によりこ

れを軽減することができる。本邦の医療機器は著しく開発が遅れている(4)。この点、

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BMI の実用機の開発はこの状態を打開し、新たな分野として世界で市場を開拓できる。

本邦の医療機器産業を活性化する事業として時をえたものである。

研究シーズ : 現在、脳深部刺激療法は、淡蒼球や視床などの脳深部に電極を挿入留置し、

前胸部皮下に埋設した刺激装置より慢性持続的に電気刺激を送り疾病の治療を行う方法で

ある。本邦では 1992 年に難治性疼痛の治療として、2000 年には不随意運動の治療とし

て保険適応となった。現在、年間 600 症例以上、累計で 5500 症例以上が本治療を受けて

おり、その有用性と安全性には一定の社会的認知が得られているといえる。また、海外に

おいては精神疾患や認知症の治療法として期待がもたれているが、国内でのこの領域の臨

床研究は著しく遅れている。一方、BMI 研究開発については、米日が熾烈な競争関係に

ある。実用化に向けて米国に対する優位を確立するには今がクリティカルタイムポイント

である。

5. 参画が見込まれる研究者層

神経生理学、システム脳科学、計算機脳科学、脳神経外科学、神経内科学、リハビリテー

ション医学、神経工学、ロボット工学、生体情報通信学、脳神経倫理学、医療経済学、医

療技術評価、医療政策など

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

本提案は基礎神経科学、臨床医学、工学領域など複数の研究領域にわたり、すべての領

域の研究者が一丸となって推進できる体制が重要である。このためには基礎、橋渡し研究

のみならず、実用化を見据え、安全性評価と技術開発を並行して進める拠点施設を形成す

る必要がある。個別の技術開発要素については、関連する研究開発を行うチームを 4 年

程度の契約外部研究チームとして選定し、支援する方法も考えられる。拠点内の組織構成

としては、対象疾患ごとに研究チームを構成し臨床研究を推進するほか、拠点内あるいは

研究チームに生命倫理学、法学の専門家を加える。また、公正な治療評価手法の開発のた

めには、術前後の評価を行うチームと実際に手術を行うチーム、術後の刺激調整を行うチー

ムおよび倫理的な問題に対応するチーム等、細分化したチーム編成がなされるべきと考え

る。推進期間については、3-4 年で実用化へつなげる成果を得て、5 年で実用機を用いた

臨床研究もしくは治験を開始し、10 年で実用化することを目指す。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

研究遂行の過程において、ヒト脳信号の扱い方についての今後の展望や倫理性、治療対

象となる疾患・障害に精神症状を伴うもの含めた場合の患者選定の基準など、治療適用に

あたって必要な手続き、規制の検討、重症難病患者支援についての社会啓発など、同時進

行していくべき課題が多い。そのため、倫理的、社会的、法的課題へ対処可能な体制を当

初から整えておく必要がある他、医療経済学の観点からも技術開発の妥当性や国としての

支援による開発コストをどこまで掛けるべきかなどの検証を行う必要もある。

また、本領域は低侵襲ながら脳内・体内への埋め込み型の医療機器開発が含まれること

から、医療機器としての審査指針の整備、開発のガイダンス、体内埋込機器に対する迅速

な薬事審査、規制緩和などの課題があげられる。Biomaterials Access Assurance Act(BAA法)など、国家的な支援体制の整備も求められる。

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8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 目標を達成する過程で得られる物理・工学的技術の発展の効果は大

きく、とくにそのヒト応用における安全面での評価法の確立は、脳科学だけにとどまらな

い広い活性化効果を持つ。特に、患者が自宅療養で用いられるワイアレス型の BMI シス

テムは開発されておらず、本研究で迅速に開発されると、世界初の技術となる。

社会経済的効果 : 現在は要介護の状態にある患者に対して自立生活期間の延長をはかる

ことができる他、世界に先駆けて実用化に成功すれば、医療技術として国際的展開を含め

た大きな医療産業経済効果が期待される。国内においては、介護、福祉に関する経済的負

担を軽減するばかりでなく、ロボット産業を含めた幅広い領域において新しい産業の創出

につながる。

9. 備考

参考とした個別提案 :4,23,34(参考文献等)

Yanagisawa T, Hirata M, Saitoh Y, Kishima H, Matsushita K, Goto T, et al. Electrocorticographic control of a prosthetic arm in paralyzed patients. Ann Neurol. 2012 Mar;71(3):353-61.

Shibata K, Watanabe T, Sasaki Y, Kawato M. Perceptual learning incepted by decoded fMRI neurofeedback without stimulus presentation. Science. 2011 Dec 9;334(6061):1413-5.

Guye M, Bartolomei F, Ranjeva JP. Imaging structural and functional connectivity: towards a unified definition of human brain organization? Current opinion in neurology. 2008 Aug;21(4):393-403.

我が国では、かつて行われた精神外科(とくにロボトミー手術)の悪印象が払拭できず、

本領域の研究を推進するのは、社会的・倫理的にやや困難な状況にある。確精神疾患を外

科的に治療する際には、一層の慎重さが必要であることはいうまでもないが、有効である

かもしれない治療を前にただ静観していることに付帯する責任があるとも言える。脳深部

刺激療法は、刺激のスイッチをオフにすればほぼ術前の状態に戻せるという「可逆性」を

有している点から、かつて行われた精神外科手術とは一線を画するものといえる。しかし、

社会的に脆弱な精神疾患者を擁護し、乱用を防ぐためには何らかの規範が必要であり、医

学的に当該治療の効果を検討するだけではなく、日本の社会通念にも配慮した啓蒙方法と

手術実施のための一定の規範を作成することが望ましい。

脳 WG(5)1. 研究領域名称

ヒト精神疾患の診断・治療技術基盤の創出に向けた統合的アプローチ (モデル動物、ゲ

ノム科学、オミックス、神経回路、バイオマーカーを軸として) 

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

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(1)研究開発の現状(シーズ)

精神疾患は、多数のゲノム変異といくつかの環境因子が相互に作用しあって発症にい

たる「複雑遺伝疾患」であると考えられており、環境因子としては脳の発達期におけ

る侵襲(胎児期の低栄養・感染・炎症・低酸素暴露など)が危険因子として知られて

いる。近年は分子病態理解を深める研究も進み始めたが、本質的な病態を明らかにす

るには至っていない。また、精神疾患には生物学的な診断法確立しておらず「新型う

つ」問題などの社会的混乱を引き起こしており、生物学的根拠に基づく診断法、治療

法の開発が急務である。バイオマーカーや治療法・予防の開発は隘路に入り込んでお

り、統合失調症の新規治療薬の開発を大手製薬会社が断念している状況である(Drug research: a plan for mental illness. Insel TR, Sahakian BJ. Nature. 2012 Mar 14;483(7389):269.)。研究の困難さの 1 つは、精神疾患は厳密な意味で進化の頂点に立つヒ

トに特異的であり、ヒトの場合発達途上や成熟した生体脳へのアクセスの難しさがあり、

死後脳は、死因や服薬の影響、組織としての「質」の問題などが伴う。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

現在我が国は少子高齢化と、長期の経済的低迷から加齢に伴う疾患とストレスに伴う

疾患が増加しており、社会経済学的にそれらによる労働損出と医療負担が重大な国家的

関心となってきている。WHO は、障害による健康寿命の損失に注目した、DALY とい

う指標について調査しており、日本の疾患別 DALY を算出すると、精神疾患が も高く、

がん、循環器疾患とともに、三大疾患との位置付けとなる。2012 年度から医療計画に

記載すべき疾患として、癌・脳卒中・急性心筋梗塞・糖尿病に加えて精神疾患が追加さ

れた背景には、2008 年の調査で患者数が 323 万人と癌の 152 万人の 2 倍に達し、従来

の 4 疾病で も多い糖尿病の 237 万人も上回っていることがあげられる。精神疾患は

生産年齢に発症し、慢性に経過することが多い為、社会経済学的にも労働力損出と医療

負担を含めた社会の負担が重大な問題となってきている。診療報酬明細書の分析では国

民健康保険は働き盛りの年齢で「精神・行動障害」「神経疾患」にかかる医療費が特に

高いことがが指摘されており、うつ病を発症して会社を辞めると国民健康保険に入るし

かないので、医療費がふくらみやすいものと分析されている。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

以下の研究開発内容が想定される。

・ヒトの精神疾患症状に関するモデル動物開発

・精神疾患患者由来の iPS 細胞等、モデル細胞の作成・培養技術開発

・精神疾患のマーカーの探索

・精神・神経疾患の症候の発現メカニズム、責任回路の解明と修飾・制御研究

・精神疾患のゲノム要因を持つモデル動物における神経回路レベルの病態解析

・分子病態機序の解明

・分子標的治療の実現に向けた橋渡し研究

・iPS 細胞等を用いた精神疾患のゲノム・エピゲノム病態解析、オミックス解析

・精神疾患を調査対象に据えたゲノムコホート研究

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4. 提案の適時性

社会ニーズ : 高齢化社会やストレスに伴う精神疾患の増加による生産性の低下、社会の

負担が切実な問題になりつつある。同時に、新型うつ病などといった言葉も生み出され、

過剰な診断、過剰な診療が臨床現場や職域で問題になってきており、生物学的知見に裏打

ちされた診断や治療効果判定が望まれている。

研究シーズ : 脳科学の進展に伴い、ヒト、サル、げっ歯類において様々なレベルの神経

回路の機能を生理学的、薬理学的に修飾することが可能になってきており、多彩な精神症

状を呈する精神疾患の個々の症状をターゲットにした介入法が可能になりつつある。また、

近年のゲノム科学の発達や iPS 細胞の樹立・培養・分化技術の顕著な進展に伴い、iPS 細

胞を用いた研究基盤が整いつつあるなか、様々な DNA メチル化解析・ヒストン修飾解析

手法が開発されており、これらの技術を精神疾患にも適用した研究開発を展開する好機で

ある。

5. 参画が見込まれる研究者層

精神医学、神経内科学、心療内科学、脳外科学、神経生理学、薬理学、神経科学、分子

生物学、幹細胞研究、細胞生物学、ゲノム科学、代謝学、生化学、認知科学、工学、情報

科学、インフォマティクス、統計学、など

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

基礎 - 臨床の双方向性トランスレーショナル研究拠点を核として、臨床研究、基礎研究

を担う 2-3 の拠点を設け、関連研究者を糾合する研究体制が望ましい。また、モデル動物

開発や疾患 iPS 細胞の作成などの研究基盤がこれらの拠点機能に含まれていること、ゲ

ノムコホート研究との連携体制の構築も必要である。個々の研究成果を繋ぐためのデータ

ベースとインフォマティクス研究基盤についても、拠点の中に設置される必要がある。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

わが国で進められてきた分子細胞レベルの精神疾患研究は、個々の基礎研究としては世

界的な水準にあるものの、臨床研究との連携を始め、既存の学問分野を統合し、特定の疾

患に関して、分子から細胞、組織のレベルを網羅する基礎研究から橋渡し研究までの一気

通貫的な推進は行われてこなかった。そのため、基礎研究を充実させるインフラ整備(実

験動物、培養細胞などのバイオリソース、生体試料バンク、疫学・臨床情報データベース

など)、基礎研究の成果を前臨床研究や臨床試験に効率的につなげるための橋渡し事業の

推進、研究成果を治療薬の開発と生産につなげ迅速に社会還元できる仕組みづくりが望ま

れる。また、コホート研究においては数十年単位での支援体制と資金確保を当初から考慮

する必要がある他、地域住民にコホート研究に参加してもらうためのコンセンサスを形成

する必要があるため、ゲノム遺伝子研究、生命倫理の専門家の参画が必要である。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 精神疾患に関連する遺伝子の同定、遺伝子と環境との相互作用の同

定から、多遺伝子・多因子疾患の解明へとつながる研究手法が進歩する。その進捗過程に

おいて波及的な効果があると期待される、

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社会経済的効果 : 上述のように、精神疾患には生物学的な診断法確立しておらず「新型

うつ」問題などの社会的混乱を引き起こしており、生物学的根拠に基づく診断法、治療法

の開発が急務である。また、うつ病・うつ状態は、労働衛生上の問題とともに自殺のリス

クも高いため、自殺対策においても重要な疾病となっている。うつ病と自殺で、我が国では、

2.7 兆円 / 年の損失が発生しているが、これらの損失の軽減につながる成果が期待できる。

9. 備考

参考とした個別提案

5,17,25,26,30,32,39,40,43,45, 7,8,9,11,12,13,14,16,18,20,21,22,27,28,33,41,6,10,15,37

研究課題の設定や評価手法においてはげっ歯類、サル、ヒトと共通に適応可能な要

素を重視することがのぞまれる。また、コホート研究の計画・実施にあたっては、国

際的な成功事例(ニュージーランドの The Dunedin Multidisciplinary Health and Development Study な ど http://en.wikipedia.org/wiki/Dunedin_Multidisciplinary_Health_and_Development_Study を参考に、綿密な計画を立てることが望まれる。また、

子どものメンタルヘルスや発達特性に関する標準的な質問紙をバッテリーに加えること

も有効である。幅広い精神・行動(症状)を評価する SDQ (Strengths and Diffi culties Questionnaire)または CBCL (Child Behavior Checklist)、さらにはこれらに加え自閉

症スペクトラムの症状が評価可能な AQ(Autism-Spectrum Quotient , 10 項目版も考慮)

あるいは SRS (Social Responsiveness Scale) なども組み合わせると、より高精度、多量

の情報が得られると考えられる。

脳 WG(6)1. 研究領域名称

脳と身体と環境の相互作用の生物学的理解とその破綻による心身への影響

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

不安抑うつなどの精神症状や痛みや動悸、リズム障害、不眠などの身体症状はそれぞ

れが密接に関連して生活習慣病やうつ病の発祥や悪化につながることが知られている

が、症状が発現する神経ネットワークや神経伝達の変化に関しては不明な点が多い。一

方で精神疾患のみならず認知症やパーキンソン病などの神経変性疾患においても、抑う

つや幻覚などの症状が発現するがその機序に関して十分解明されていないことから、有

効な治療に結びつかないことも多い。近年、神経変性疾患では、その一部の発症に農薬

などの摂取、感染、特異な食物の接収などの環境因子の関与や、感染が神経変性疾患を

増悪することなどが指摘されているが、具体的な原因や因果関係の解明、特に臓器・個

体レベルでの統合メカニズム解明にもとづく治療法の開発に向けた分子機序の理解に

至っていない。神経細胞の階層的なネットワークを有する中枢神経系でのシステムレベ

ルの制御、さらには理論による裏付けと類推など、分子から病態までをシームレスに繋

ぐ研究が待たれている。

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(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

少子高齢社会と、長期の経済的低迷を背景に、加齢に伴う疾患とストレスに伴う疾患

が増加しており、社会経済学的にそれらによる労働損出と医療負担が重大な国家的関心

となってきている。日本の疾患別 DALY(disability-adjusted life year、障害による健

康寿命の損失に注目した指標)を算出すると、精神疾患が も高い。また、神経変性疾

患の一つであるアルツハイマー病とその他の認知症に関して、わが国では、認知症の発

症を 2 年遅らせることで、医療費および介護費用を 5600 億円削減できるという試算が

ある。長期にわたる農薬の暴露やウイルス感染が関係して病因が形成されるアルツハイ

マー病やパーキンソン病は就労環境等の改善によって予防可能であり、発症機序の解明

による予防技術の開発が待たれる。その他わが国の国民 20-30% は、睡眠に何らかの問

題を抱えており、平均睡眠時間は過去 5 年間で 20 分短縮 , 生活パターンの夜型化は乳

幼児まで及び、世界に冠たる不眠国家となっている。また、経済の低迷化に伴い、長時

間労働、不規則労働が一般化し、勤労者の睡眠 ・リズム障害によるわが国の経済損失は

年間約 4 兆円と推定される。睡眠不足、リズム障害は , 耐糖能を著しく低下させ、糖尿

病、高脂血症、高血圧、うつ病発症のリスクが 2~5 倍となる。安全安心な社会と、国

民の健康のためには、これまで見過ごされてきた脳と体の休息をどれだけ、また、いつ

取るかに着目し、養育環境、介護環境、職場環境や地域環境の統合的な改善を図ってい

く必要があると考えられる。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

(1)薬剤と神経変性疾患・精神疾患に関するフィールド研究

考えられる例

・農薬従事者 , 近隣の井戸水摂取者の罹患率調査

・農薬従事者 , 近隣の井戸水摂取者の農薬残留量調査

・集団感染による罹患率調査

・神経病理標本を用いた薬剤や感染の関与経路の同定

(2)環境因子・ストレスを契機とした神経・精神疾患の発症とその制御の研究課題

考えられる例

・農薬を含む薬剤(ロテノンなど)誘発性のパーキンソン病、アルツハイマー病の発

症機構の解明と制御

・ウイルス(ボルナ病ウイルスなど)の感染による神経変性疾患の発症機序と進行過

程の解明と制御

・神経・精神疾患における免疫細胞、免疫分子の作用機序解明

・精神神経疾患におけるグリア細胞の作用機序解明

・神経・精神早期診断のための評価体制づくり

(3)環境因子が神経・精神疾患に及ぼす評価技術開発課題

考えられる例

・個体レベル : パーソナルゲノム解析

・個体レベル : フローサイトメーター、RNA、miRNA、蛋白、代謝産物の網羅的解析

・個体レベル : 病理学的研究

・個体レベル早期診断に特異的なバイオマーカーの開発

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・集団レベル : 疫学情報研究・ゲノムならびにエピゲノム解析

(4)開発された治療技術の検証、実用化を見据えた介入研究

考えられる例

・抗生物質投与

・食事介入(塩分、線維類の増減) など

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 加齢やストレスに伴う疾患の増加に加え、放射能に伴う不安に起因する症

状の身体化の増加が予想されるためその治療法を含めた体策が緊急に求められている。同

時に、新型うつ病などといった言葉も生み出され、過剰な診断、過剰な診療が臨床現場や

職域で問題になってきており、生物学的知見に裏打ちされた診断や治療効果判定が望まれ

ている。

研究シーズ : 脳科学の進展に伴い、ヒト、サル、げっ歯類において分子から細胞レベル

での疾患理解が進み始めたたともに、神経回路レベルでの生理学的、薬理学的修飾技術も

開発されつつある。これらの成果にフィールド研究やコホート研究からの知見を統合して

いく好機である。

5. 参画が見込まれる研究者層

公衆衛生学、農芸化学、化学、神経病理学、ウイルス学、薬学、免疫学、精神医学、神

経内科学、心療内科学、麻酔科学、認知心理学、画像解析学、社会学、精神薬理学、分子

生物学、神経生理学、神経内分泌、情報科学、疫学、細胞生物学、バイオインフォマティ

クス、生態学、生理学、循環器医学、癌、内分泌・代謝学、非線形動力学など

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

本研究開発領域の推進には、基礎生物学 -基礎医学 -薬学 -臨床医学 -理論までを含むチー

ム研究や基礎 - 臨床の双方向性トランスレーショナル研究の拠点の形成が必要である。ま

た、トップダウンのコントラクト型に相当する組織を形成することも考えられる。チーム

研究としては環境因子評価、システム神経科学(サル脳計測)、 認知心理学・認知神経科

学(ヒト脳計測)、理論研究などのテーマ別に、グループ単位をベースとするチーム型の

研究をコンソーシアムとして連携させ、成果を融合していく方法も考えられる。研究プ

ロジェクトあたりの実施年数は 5 年が目安になる。また、コホート研究においては、継

続可能なファンドによって安定したフィールド確保に基づくコホート研究を継続するため

の拠点施設が必須と考えられる。拠点を中心にパネルコホートを活用しながらエピジェネ

ティックス解析を含め長期(50~100 年)継続を視野に入れた支援体制整備が求められる。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

基礎研究者と臨床医との間を充実させるインフラ整備に加えて、生物学以外からも参入

が見込まれる多様な分野の研究コミュニティとの真に有機的な融合を喚起する仕組みつく

りが求められる。また、基礎研究の成果と臨床情報や臨床試験に効率的につなげるための

橋渡し事業の推進、研究成果を治療薬の開発と生産につなげ迅速に社会還元できる仕組み

づくり、そして長期間のコホート研究を継続的に支える仕組みづくりも重要である。

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書105

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

神経変性疾患・精神疾患への環境因子関与の明確化による社会的認知の実現、(治療)

環境の整備、患者救済の促進につながるほか、科学的に確かな evidence に基づいた(環

境因子の心身への影響に関する)結果を、医療のみならずさまざまな産業や社会実装の場

に応用することが出来る。また、こちれらの疾患による経済損失の軽減、 QOL の改善に

より、健康長寿社会の実現や社会の生産性の向上がみこまれる。

9. 備考

参考とした個別提案

3,5,6,8,12,16,18,24,29,34,35

・フランスでは、2012 年 5 月にパーキンソン病を農業者の職業病に公式に認可してい

る。多くの日本における農業関係者にこのことは周知されておらず、広報を含めてあ

る種類の農薬の使用制限などの対応が急務である。

以下 環境因子に関する参考文献

Pesticide implicated as an enviromental factor in PD exposure. Senior K, Nat Rev Neurol. 2009, 5(9):466.

Alzheimer disease: Risk of dementia and Alzheimer disease increases with occupational pesticide exposure Jones N. Nat Rev Neurol. 2010 ;6(7):353.

Occupational exposure to pesticides increases the risk of incident AD: the Cache County study.

Hayden KM, Norton MC, Darcey D, Ostbye T, Zandi PP, Breitner JC, Welsh-Bohmer KA; Cache County Study Investigators. Neurology. 2010 May 11;74(19):1524-30.

Elevated serum pesticide levels and risk of Parkinson disease. Richardson JR, Shalat SL, Buckley B, Winnik B, O'Suilleabhain P, Diaz-Arrastia R, Reisch J, German DC. Arch Neurol. 2009 Jul;66(7):870-5.

Well-water consumption and Parkinson's disease in rural California. Gatto NM, Cockburn M, Bronstein J, Manthripragada AD, Ritz B. Environ Health Perspect. 2009 Dec;117(12):1912-8

The relation between type of farming and prevalence of Parkinson's disease among agricultural workers in five French districts. Moisan F, Spinosi J, Dupupet JL, Delabre L, Mazurie JL, Goldberg M, Imbernon E, Tzourio C, Elbaz A. Mov Disord. 2011 Feb 1;26(2):271-9.

http://www.legifrance.gouv.fr/affi chTexte.do;jsessionid=F02B64383C21B5FF75E0565AE7309CB6.tpdjo17v_1?cidTexte=JORFTEXT000025804441&categorieLien=id"

Alzheimer's disease and infection: do infectious agents contribute to progression of Alzheimer's disease? Honjo K, van Reekum R, Verhoeff NP. Alzheimers Dement. 2009 Jul;5(4):348-60.

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書106

脳 WG(7)1. 研究領域名称

光学と遺伝学の融合を超える神経回路の計測と操作の革新的技術の創出

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

神経変性疾患、てんかん、精神病などの原因となる家族性の遺伝子異常がシナプス伝

達、シナプス可塑性や神経回路に与える影響について、この 10 年で研究が飛躍的に進

み、精神・神経疾患の多くは神経回路破綻を基盤にした circuitopathy であることが認

識されつつある。さらに、次世代シークエンサーの発達によるパーソナルゲノム解析の

爆発的進展に伴い、孤発性精神・神経疾患患者に特徴的な遺伝子変異も数多く見つかっ

ている。このような背景から、家族性・孤発性疾患に特徴的な遺伝子異常の同定と並行

して、疾患のエンドフェノタイプを決定する神経回路異常解明の重要性はますます高ま

ると考えられる。さらに同定されたシナプス・神経回路の機能異常を制御する技術の開

発・推進は根本的な治療技術開発につながる知見となる。神経回路の計測に関して、近

年、多光子レーザー走査型顕微鏡やマルチニューロン記録システムなどの計測装置の発

達により、生体から数十、数百もの神経細胞の活動を観測することが可能となった。さ

らに、遺伝子操作技術の発達により、特定の神経細胞の電気的活動を光の照射によって

操作することも実現しており、特定の神経回路上を流れる信号を読み出し(観測)、人

為的に書き込む(操作)ことに挑戦できる時代に突入しつつある。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

日本の超高齢化社会への急激な進行とともに、アルツハイマー病、パーキンソン病や

脊髄小脳変性症・多系統萎縮症などの神経変性疾患の患者は爆発的に増加している。ま

た、統合失調症やうつ病などの精神疾患を罹患する人口は大きく、その治療・社会的機

会損失に伴い社会が負担するコストは大きくなる一方である。精神・神経疾患の治療・

マネージメントに関わる医療・ヘルスケア(介護を含む)のコスト増大は、今後全世界

的に進行すると予想され、このような unmet needs に対する効果的な研究戦略の立案

において、長寿先進国である日本がリーダーシップを発揮することは喫緊の課題である。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

将来的な疾患治療技術の開発研究を見据えると、以下のような研究開発課題が考えられ

る。「基盤的技術開発」では、神経回路の計測と操作をより円滑で効果的に行うための技

術の創出が目的であり、疾患神経回路に関する研究は確立された計測・操作技術を活用し

た新しい作動原理の解明にもとづく疾患治療・予防的な制御技術のさらなる開発研究を目

的としている。また、神経回路操作技術開発にあたっては、神経細胞のみならずグリア細

胞の操作というアプローチも含まれる。

・基盤的技術開発

(1) マーモセットを含む非ヒト霊長類等を用いたモデルの作成と治療効果の検証

(2) 遺伝子導入や薬剤の安全性の評価

(3) 観測技術の大規模・高密度・長期化

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書107

(4) 効果的な操作技術開発

(5) 観測 - 操作一体技術の確立と応用

・疾患神経回路再現技術の開発

(1)変異遺伝子の特定の細胞群への効率的な遺伝子導入法の開発 : 回路遺伝学

(2)変異遺伝子の特定細胞群への効率的な遺伝子導入法の開発 : ウイルスベクター開発

(3)疾患 iPS 細胞を用いた特定神経細胞への分化、回路・組織形成技術の確立

・疾患神経回路の解析ならびに制御技術の開発

(1)遺伝子変異が及ぼすシナプス・神経回路機能への影響の評価 (2) 解明された病態に基づくシナプス・神経回路制御技術の開発

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 脳内の情報処理の仕組みを解明することは、パーキンソン病、記憶障害、

自閉症など各種の精神・神経疾患の病態の解明や治療法の開発に役立つと期待されている。

例えば、難治性パーキンソン病では脳深部の回路を電気刺激すると劇的に症状が改善する

が、その作用機序を解明し、さらに安全かつ効果的な治療法を確立することが切実に求め

られている。また、脳内情報そのものも、より高度なブレイン・マシン・インターフェー

ス(BMI)やロボティクス技術を実用化し、肢体不自由者や高齢者の生活の質を向上さ

せるために不可欠である。。

研究シーズ : 過去 20 年でゲノム研究、分子・シナプス・神経回路研究、そして回路遺伝学、

光遺伝学やウイルスベクターの技術の進展は目覚しいものがあり、そこには日本人研究者

の貢献も大きい。疾患モデル動物としての遺伝子改変霊長類の作成や、患者から iPS 細

胞を作成し神経細胞へ分化させる技術の進展など、日本発の技術開発、知見をいかした統

合的な神経回路研究を進める好機である。基盤技術開発によって開発、改良が進められる

手法は広い範囲の脳機能研究に適用できるために、実施可能または参画を希望する研究者

は潜在的にかなり多いと予想される。

5. 参画が見込まれる研究者層

神経科学、生理学、分子生物学、心理学、計算科学、光学計測、コンピュータ制御、半

導体材料開発、理論物理学、数理科学、情報科学、統計学、ゲノム科学、神経内科学、精

神科学、幹細胞、細胞生物学、など

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

本領域の推進には、観測と操作の一体化という技術集約と、特定の疾患をターゲットと

した技術集約研究のさらなる研究体制の構築が必要であるため、集約先となる代表研究室

が核となって、関連技術を保有する研究室と共同研究を実施する「チーム型」研究が望ま

しい。対象とする動物種や脳機能に変化をもたせてバランスをとったうえで、光学的観測

(多光子レーザー走査型顕微鏡など)と電気生理的観測(マルチニューロン記録システム

など)とそれらを活用した光操作・制御技術を行うチームを複数設置することが望ましい。

具体的には、代表研究室には、観測と光操作の両方に関連する実験装置を装備し、共同研

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書108

究先として行動実験、遺伝子改変、理論的解析、コンピュータ高速化などの要素技術を得

意とする研究者と緊密に連携できる体制を整えるなどの方策が考えられる。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

マイルストーンを明確化したチームごとの目標達成型の研究推進を行うなど、効率的に

共同研究を誘導する仕組みが必要と考えられる。また円滑な技術集約のために学際的分野

のポスドク研究者の雇用も推奨される。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

さまざまな脳機能の仕組みを、関連する脳部位や細胞を挙げるだけでなく、神経回路上

の情報の流れという視点から理解される点で神経科学に大きなインパクトを与えうる。ま

た、神経回路の操作、という観点からの精神・神経疾患の病態解明と治療法開発につなが

る成果も得られる。今後、ますます神経変性疾患や精神疾患の遺伝子変異が同定されると

予想されるが、その機能的な意義を解明し、さらにその変化を制御する技術を確立するこ

とで、超高齢社会を向かえて増加する一途をたどる精神・神経疾患の予防法、治療技術の

確立が期待される。これにより患者が再び労働力となるだけでなく、介護労働力も不要と

なり、日本の産業労働力増加に大きく貢献すると思われる

9. 備考

参考とした個別提案

13,21,22,41

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付録 3 事前アンケート回答集(提案者氏名、所属記載は省略)

提案整理番号 011. 研究領域名称

高齢発症神経疾患(Age-related neurological disorder)の病態解明と先制医療への展開

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

世界保健機関では、世界の認知症の患者は先進国だけでなく途上国でも増加が進み

2050 年までに現在の約 3 倍、1 億 1540 万人に達するとする報告されている。分子遺

伝学の発展に伴いアルツハイマー病(AD)やパーキンソン病(PD)を代表とする高齢

発症神経疾患、いわゆる神経変性疾患の病態解明には一定の進展は見られるが、根本治

療の研究開発は厳しい状況で依然難治性の疾患である。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

AD をはじめとする高齢発症神経疾患は、治療満足度、薬剤の貢献度が も低い疾患

であり、医薬品の研究開発が強く望まれているいわゆるアンメット・メディカル・ニー

ズの代表である(医薬産業政策研究所 . 2011)。また、増加しつづける国民の介護負担

は産業労働力の弱体化ひいては国益にかかわる問題である。高齢発症神経疾患の対策は、

超高齢化社会を迎えている我が国の将来を担っているといっても過言ではない。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

近年の画像解析、疾患 iPS 細胞の解析により AD や PD では症状が出現するかなり以

前より病態が進んでいることが明らかになっている。したがって、発症予防を標的とした

先制医療が神経疾患の現実的治療ターゲットであると認識されつつある。本プロジェクト

では、高齢発症神経疾患の病態解明と先制治療に向けて、新規治療ターゲットの探索、先

制治療戦略の開発、発症前診断の確立とした 3 つの柱から神経疾患先制医療の実現を目

指す。

(1)神経疾患の病態メカニズム解明と新規治療ターゲットの探索研究

疾患に関係する細胞や因子群をネットワークとして理解し神経疾患病変の脳内伝播機

構(propagation)を解明、創薬に結び付く分子ターゲット、パスウェイを同定する。

(2) 神経疾患分子病態にもとづいた先制医療の開発

現在、神経疾患に対する薬剤は、PD のドパミン作動薬、AD のアセチルコリンエス

テラーゼ阻害薬など症状改善薬のみである。本研究領域では、分子病態メカニズムを基

盤として病態分子の異常蓄積の制御、脳内伝播機構の抑制を目標とした先制医療の開発

を目指し、化合物のスクリーニング、生物製剤の開発など多方面からアプローチする。

(3)神経疾患の先制医療に向けた発症前診断の確立

症状が出現する前から治療を開始する先制医療では、発症前診断の確立が不可欠であ

る。本研究領域では、神経疾患の発症前診断確立に向けたバイオマーカーの探索、分子

イメージングを開発する。また、難治性疾患の発症前診断の臨床的意義に関しては、医

師、研究者以外の有識者もふくめた組織により、倫理面の検討も充分行う。

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4. 提案の適時性

社会ニーズ : AD、PD の症状改善薬の選択肢は増えたもの、根本治療薬のない難治性疾

患である。これまでに根本治療をめざした臨床治験ではそのほとんどで有効性が示せず、

大きな失望が広がった . 有効な根本治療のない状況で、患者、その家族の苛立ちは計り知

れない。

研究シーズ : 神経疾患の分子病態に関しては、遺伝学を中心に病態基盤となる分子が同

定されてきた。近年の画像解析により AD では認知障害が出現するかなり以前より老人斑

が出現していることが示されている(Sperling RA,et al.2011). さらに iPS 細胞研究か

ら病態分子の異常は、発生初期つまり胎児期よりあると考えられるようになった(Yagi T, et al. 2011). それら知見にもとづき、近年 AD、PD の発症予防を標的とした先制医療研

究が欧米で展開されつつある。

5. 参画が見込まれる研究者層

神経科学、神経内科学、細胞生物学、生化学、薬学、分子生物学、精神科学、放射線診

断学、倫理学、法学

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

基礎研究者のみならず、臨床試験を担うことのできる人材を含め、様々な専門分野を網

羅した研究チームを構成して、開発を推進する。それぞれのチームには橋渡しを推進する

人材を配置する。また、研究成果のマイルストーンを設定し、推進状況を相互評価する委

員会を編成、研究が円滑に出来るよう定期的な検討会を開催する。さらに発症前診断を行

うにあたり倫理、法学者や有識者より構成される厳格な倫理検討も必要である。

(1)神経疾患の病態メカニズム解明と新規治療ターゲットの探索研究

(大学や国立研究センターを基盤とした、神経科学、細胞生物学、生化学、分子生物学の

研究者より構成)

(2)神経疾患分子病態にもとづいた先制医療戦略の開発

(大学や国立研究センターに加え企業における薬学、神経科学、生化学を中止とした研究

者より構成)

(3)神経疾患の先制医療に向けた発症前診断の確立

(医療機器を開発する大学や、国立研究センター、あるいは企業の研究者や大学の病院の

医師が主体)

(4)発症前診断倫理委員会

(倫理学者、法学者、有識者、宗教家、精神科医、患者団体より構成)

研究推進期間は、高齢発症慢性疾患である神経疾患の特性を考え、発症前診断の検証を終

えるまでに 10 年は必要となる。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

根本治療のない難治性疾患の発症前診断の臨床的意義に関しては、社会受容と認知、倫

理面を検討する倫理検討委員会は本研究領域のプロジェクトに不可欠である。また、診断

告知後の永続的な精神面のサポート体制も確立しなくてはならない。一方で、症状のない

時期をターゲットとした先制医療の社会的な認知が低い状況にある現在、研究がどうして

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重要なのか、どのような社会的意義があるのか、認知度を向上させる努力も必要となる。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

本研究領域は、頻度の高い高齢発症神経疾患の病態解明の克服を目標としており、本邦

の高齢者医療の改善、医療費、介護費の削減に大きな貢献を示すとともに、医療産業の国

際競争力の強化と「高齢者医療技術立国」としての我が国の国際的地位向上も期待できる。

9. 備考

急速度で進むわが国の高齢化に伴う医療構造を健全化させるためにも、極めて重要な意

義を有すると考えられる。

提案整理番号 021. 研究領域名称

コメディカル脳科学

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

うつ病など精神科疾患、発達障害を持つ人の数が増加し続けている。薬剤を初めとす

る治療に加えて、これら領域では臨床心理学、精神リハビリテーション、など様々な形

での医療が提供されている。同様に、脳血管障害後遺症、パーキンソン病など神経変性

疾患についても専門的医療として薬剤、外科的処置等が施される他、身体リハビリテー

ションなどが提供されている。コメディカル部門が主体をなす精神・神経疾患の医療部

分に関しては、その有効性は経験則によるところも多く、生物学的視点から機序を明確

に解明した例は極めて少ない。他方、脳科学においては脳機能イメージングなど解析技

術が日進月歩であり、認知神経科学、感覚・運動神経科学などの分野の発展がめざましい。

臨床心理学、リハビリテーションなど精神・神経疾患が深く関わる分野に対して、脳科

学の基盤を構築することは医療、科学の面から重要と考えられる。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

障害調整生存年数(DALY:Disability −Adjusted Life −Years)のWHO試算では精神・

神経疾患関連の障害が今後上位を占めることが予測されている。また、国、厚生労働省

の施策により、今後の医療・介護機能の強化に向けて居住系、在宅サービスの充実など

が求められている。さらに、経済発展の視点からは医療、介護系における産業育成、雇

用創出が期待されている。以上の状況を踏まえ、脳科学の立場から、臨床心理、リハビ

リテーション等に対して、有効性のエビデンスを提供することは重要であり、研究基盤

を形成することはニーズに合致すると考えられる。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

(1) 認知行動療法の生物学的基盤

臨床心理学の実践例として近年着目を浴びている認知行動療法を取り上げ、その効果

の生物学的検証に fMRI, PET などの解析を実施する。例としては以下のものが挙げら

れる。

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書112

・認知行動療法による認知変化に関わるヒト脳領域特性の検出

・認知、行動の修復に関わるヒト神経回路機構の解明

(2) リハビリテーションの脳科学基盤

疾患の病理機構とリハビリテーション効果に寄与する神経回路の解明と制御を研究す

る。ロボットを初め医用工学分野との橋渡し研究につながる成果の創出が期待出来る。

例としては以下のものが挙げられる。

・モデル動物を用いた、リハビリテーション効果に関わる神経回路の同定と制御機構解明

・リハビリテーション効果の分子基盤解明

(3)その他

鍼灸などの東洋医学、脳機能に関わる環境医学などのうち、その効果の分子メカニズ

ムが明らかでない領域を対象に、モデル動物の神経生理学、ヒトにおける脳機能イメー

ジングなど脳科学研究を実施する。末梢性感覚の入力過程をより正確にとらえるバイオ

マーカーの開発なども期待される。例としては以下のものが挙げられる。

・末梢性感覚入力と脳機能連関の分子メカニズム解明

・鍼灸等効果の神経回路基盤解明

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 少子・高齢社会の我が国では 2025 年問題など医療・介護分野において待っ

たなしの状況が続いている。精神・神経疾患の支援プログラムなど社会ニーズを反映した

医療・福祉政策も進行中であるが、エビデンス構築に不可欠な生物学的研究については大

きく後れを取っている。先制医療の実施に向けて、生物学的研究の実施が求められる。

研究シーズ : わが国は医療の水準も高く、脳科学の研究水準も世界トップクラスにある。

医学研究と脳科学研究の連携も密である。しかし、コメディカルスタッフが係わる医療(臨

床心理、リハビリテーション等)については脳科学の浸透はまだ十分でない。医療の質の

向上に、脳科学が貢献する余地は大いにある。

5. 参画が見込まれる研究者層

精神科、神経内科、脳外科、理学療法、臨床心理、医用工学、脳機能診断学、東洋医学、

環境医学など

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

基礎研究者のみならず、橋渡しに適した人材や、臨床研究を担うことのできる人材を含

め、様々な組織、疾患を対象とする研究チームを構成して、研究開発を推進する。チーム

研究においては、以下の三グループから構成されることが望ましい。

・神経科学グループ(大学や、国研、あるいは企業の研究者が主体)

・脳病態グループ(先端医療を開発する大学や国研などの病院の医師、研究者が主体)

・医療系グループ(大学や高度専門医療センターに従事する医療スタッフが主体)

実験動物を用いた前臨床試験を含め、一研究チームあたりの全研究期間を原則五年とす

る。

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7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

わが国でこれまで進められてきた脳科学研究は、個々の研究としては世界的な水準にあ

る。他方、精神・神経疾患の医療については、エビデンスに基づき、診断、薬物医療、外

科的医療は世界 高レベルにあるものの、理学療法、作業療法、臨床心理学等コメディカ

ルスタッフが中心となる医療においては、経験則に基づく部分も多く残っており、実験医

学的にその効果のメカニズムを明らかにした例はまだ少ない。その理由として、実践性が

重視されるなかで、分子から細胞、個体までを網羅する包括的で体系的な研究推進方策を

取ってこなかったことが考えられる。コメディカル領域の医療と脳科学の融合を効果的に

推進し、その研究成果を迅速に社会還元できる仕組みづくりが望まれる。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 脳科学と臨床心理学、リハビリテーション科学の融合により、実践

的医療脳科学分野の創生が期待出来る。国際的評価に耐えうる知の集積が、幅広い学際的

な視野から構築される。医用工学、エレクトロニクスなど関連分野の発展にも寄与する。

社会経済的効果 : エビデンスに基づいた医療・介護技術の集約・発展に繋がり、診療技

術の高度化に加えて、医療経済学的な医業費用の軽減も期待出来る。医療機器等の開発も

期待出来、産業育成に寄与する可能性がある。また、本提案に関わる研究分野、医療分野

における人的資源の流入性向上と確保にも貢献する。

提案整理番号 031. 研究領域名称

環境因子が神経疾患に与える影響とその対応

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

環境因子が、発がんに影響することはよく知られており、 近では中皮腫とアスベス

トや胆管がんがと有機溶剤の関連が指摘され大きな社会問題になっている。一方で、神

経変性疾患では、その一部は発症に環境因子の関与が指摘されている。具体的には、農

薬などの摂取、感染、特異な食物の接収などが要因の可能性があることが以前から指摘

されているが、その原因や因果関係は解明されておらず高齢化社会になり神経変性疾患

の数が増え社会的に大きな問題となっている。更に環境因子の 1 つとして、感染が神

経変性疾患を増悪することが知られており、その機序の解明や治療法の開発が重要であ

る。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

神経変性疾患の一つであるアルツハイマー病は、主な症状である認知症を中心に、患

者の生活の質の低下や周囲の家族の介護負担など多くの社会的な問題を抱えている。わ

が国における試算では、認知症の発症を 2 年遅らせることで、医療費および介護費用

を 5600 億円削減できると言われており、認知症の軽減によって、家族の介護負担が減

少し、それによって産業労働力が増加することも見込まれる。フランスでは、2012 年

5 月にパーキンソン病を農業者の職業病に公式に認可している。多くの日本における農

業関係者がこの実態を知らず、広報を含めてある種類の農薬の使用制限などの対応が急

俯瞰ワークショップライフサイエンス・臨床医学分野本文.indd Sec1:113 13/03/06 11:53

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務である。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

(1) 薬剤と神経変性疾患に関するフィールド研究

農薬を中心とした薬剤が神経疾患に関連するかを解明するフィールド課題。例として

は以下のものが挙げられる。

・農薬従事者 , 近隣の井戸水摂取者の神経疾患罹患率調査

・農薬従事者 , 近隣の井戸水摂取者の農薬残留量調査

・集団感染による神経疾患罹患率調査

・神経病理標本から薬剤や感染の関与を同定

(2) 環境因子を契機とした神経疾患の発症とその制御の研究課題

環境因子を契機として発症に至る疾患の病理機構の解明と制御を行う研究課題であ

り、様々な環境因子すなわち感染、薬剤、放射線を標的とした治療法、新薬の開発を見

据えた橋渡し研究につながる成果の創出を目指す。例としては以下のものが挙げられる。

・農薬を含む薬剤(ロテノンなど)誘発性のパーキンソン病、アルツハイマー病の発症

機構の解明と制御

・ウイルス(ボルナ病ウイルスなど)の感染による神経変性疾患の発症機序と進行過程

の解明と制御

・神経疾患への早期診断のための評価体制づくり

(3) 環境因子が神経疾患に及ぼす評価技術開発課題

研究対象となる疾患や器官を特定するのに有用な疫学情報や、神経変性疾患の段階的

進行過程をより正確にとらえるバイオマーカーの開発などが必要と考えられる。個体と

集団に分けて例示する。

・個体レベル : 神経変性疾患の早期診断に特異的なバイオマーカーの開発

・集団レベル : 日本における神経変性疾患の疫学情報研究

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 長期にわたる農薬の暴露やウイルス感染が関係して病因が形成されるアル

ツハイマー病やパーキンソン病に代表される神経変性疾患に関して、病因の形成と重症化

に先駆けて対処する先制医療が重要である。 終的には、環境因子の改善による神経変性

疾患の発症制御である。

研究シーズ : わが国は神経変性疾患のバイオマーカーの開発や画像解析などの研究領域

は、世界トップクラスの研究水準にある。しかし、神経疾患の疫学や疾患動物モデルの研

究者は少なく、それらを用いた発症機序の解明が現在急がれており、それを元に発症後の

治療対策が検討されるべきである。特にアルツハイマー病では、すでに行われているがパー

キンソン病においても全国レベルで初期診断に対する評価体制作りが急務である。

5. 参画が見込まれる研究者層

公衆衛生学、神経病理学、ウイルス学、薬学、免疫学、神経変性疾患 など

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

俯瞰ワークショップライフサイエンス・臨床医学分野本文.indd Sec1:114 13/03/06 11:53

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日本における環境因子の現状を把握するために公衆衛生学の基礎研究者のみならず、橋

渡しに適した人材や、臨床試験を担うことのできる人材を含め、様々な組織、疾患を対象

とする研究チームを構成して、研究開発を推進する。チーム研究においては、以下の三グ

ループのうち、分子・細胞技術グループがコアとなり、それに治療技術グループないし評

価技術グループを合わせ、少なくとも二グループから構成されることが望ましい。

・環境因子評価グループ(大学や、国研、あるいは公衆衛生、神経病理の研究者が主体)

・発症機序・治療技術グループ(先端医療を開発する大学や国研などの病院の医師が主体)

・早期診断評価技術グループ(医療機器を開発する大学や、国研、あるいは企業の研究者、

もしくは診断手法を開発する大学や国研などの病院の医師が主体)

日本における農薬や感染が神経変性疾患に関連しているか否かを見極めるのに三年ほど

かかることを想定し、実験動物を用いた前臨床試験を含め、一研究チームあたりの全研究

期間を原則五年とする。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

本提案は、環境因子による神経変性疾患発症の制御が 大の課題である。一方、わが国

でこれまで進められてきた神経系の疫学、病理学の研究は、個々の基礎研究としては世界

的な水準にある。しかし、既存の学問分野を統合し、その発症機序を真剣に議論するため

の推進方策はとられてこなかった。そのため、基礎研究者と臨床医との間を充実させるイ

ンフラ整備、基礎研究の成果と臨床情報や臨床試験に効率的につなげるための橋渡し事業

の推進、研究成果を治療薬の開発と生産につなげ迅速に社会還元できる仕組みづくりが望

まれている。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 国際的に高い研究水準にあるわが国の研究を基に、幅広い分野の研

究者が学際的に研究をおこない、発症機序の解明、病気発症の抑制、新規薬剤の開発など

新たな研究分野として発展させる契機となる。

社会経済的効果 : 神経変性疾患の発症原因として環境因子の関与を明確にし、社会的な

認知とともに、環境整備、患者救済など海外に準じた対応を取ることが遅れれば遅れるほ

ど社会的な経済効果が停滞する。

9. 備考

Pesticide implicated as an enviromental factor in PD exposure. Senior K, Nat Rev Neurol. 2009, 5(9):466.

Alzheimer disease: Risk of dementia and Alzheimer disease increases with occupational pesticide exposure Jones N. Nat Rev Neurol. 2010 ;6(7):353.

Occupational exposure to pesticides increases the risk of incident AD: the Cache County study.

Hayden KM, Norton MC, Darcey D, Ostbye T, Zandi PP, Breitner JC, Welsh-Bohmer KA; Cache County Study Investigators. Neurology. 2010 May 11;74(19):1524-30.

Elevated serum pesticide levels and risk of Parkinson disease. Richardson JR, Shalat SL, Buckley B, Winnik B, O'Suilleabhain P, Diaz-Arrastia R, Reisch J,

俯瞰ワークショップライフサイエンス・臨床医学分野本文.indd Sec1:115 13/03/06 11:53

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書116

German DC. Arch Neurol. 2009 Jul;66(7):870-5.Well-water consumption and Parkinson's disease in rural California. Gatto NM,

Cockburn M, Bronstein J, Manthripragada AD, Ritz B. Environ Health Perspect. 2009 Dec;117(12):1912-8

The relation between type of farming and prevalence of Parkinson's disease among agricultural workers in five French districts. Moisan F, Spinosi J, Dupupet JL, Delabre L, Mazurie JL, Goldberg M, Imbernon E, Tzourio C, Elbaz A. Mov Disord. 2011 Feb 1;26(2):271-9.

http://www.legifrance.gouv.fr/affi chTexte.do;jsessionid=F02B64383C21B5FF75E0565AE7309CB6.tpdjo17v_1?cidTexte=JORFTEXT000025804441&categorieLien=id

Alzheimer's disease and infection: do infectious agents contribute to progression of Alzheimer's disease? Honjo K, van Reekum R, Verhoeff NP. Alzheimers Dement. 2009 Jul;5(4):348-60.

提案整理番号 041. 研究領域名称

脳深部刺激療法による精神疾患および認知症の治療

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

脳深部刺激療法は、淡蒼球や視床などの脳深部に電極を挿入留置し、前胸部皮下に埋

設した刺激装置より慢性持続的に電気刺激を送り疾病の治療を行う方法である。本邦で

は 1992 年に難治性疼痛の治療として、2000 年には不随意運動の治療として保険適応

となった。現在、年間 600 症例以上、累計で 5500 症例以上が本治療を受けており、そ

の有用性と安全性には一定の社会的認知が得られているといえる。脳深部刺激療法は、

システムを全て体内に埋設した後にも専用のプログラマーを用いて刺激スイッチのオ

ン・オフを容易に切り替えることができる。このため外科的治療としては稀有な「可逆

性」を有し、これまで難治であった疾患の治療法として「試してみる」ということさえ

も状況によっては可能となる。実際、海外では様々な疾病の治療法としての試みがなさ

れており、特に精神疾患や認知症の治療法として期待がもたれている。しかし、本邦で

の適応は上述のごとく難治性疼痛と不随意運動のみであり、この領域の臨床研究は著し

く遅れているのが現状である。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

我が国での精神疾患患者数は 300 万人以上で近年大幅に増加している。とくにうつ

病患者数は急激に増加し、ここ 10 年で患者数は 2 倍になったといわれている。SSRIなど副作用のない優れた抗うつ薬が多く用いられるようになったが、未だ難治なものも

多く自殺の原因としても深刻な問題である。認知症も同様に非常に患者数の多い疾患で

あり、日本国内には 200 万人以上の認知症患者がいると考えられている。しかも、高

齢化に伴いこの数は今後急速に増加し、2025 年には 300 万人を超えると推定されてお

り、2050 年には日本人の約 30 人に 1 人が認知症患者になるともいわれている。当然

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ながらこうした現象に伴う介護費は莫大なものになることが予測されている。こうした

状況を前に何らかの対策を講じることは急務である。一方、本邦の脳深部刺激療法の手

術技術のレベルは欧米に比べて決して劣るものではなく、2011 年に行われた手術合併

症に関する多施設研究では、むしろ欧米に比べ手術合併症が低いことが明らかとなった。

しかし、社会的・倫理的問題への対応が不十分であり、諸外国に比べると適応疾患の承

認は大幅に遅れている。米国では、不随意運動症以外ではすでに脅迫性障害が FDA の

承認を得ている。しかも、パーキンソン病、本態性振戦などの不随意運動症が、PMA (pre market application approval: 市販前承認申請)を経て有効性が確認された上で承認さ

れているのに対し、脅迫性障害は有効性要件の適応を受けない HDE(Humanitarian Device Exemption: 人道使用医療機器適用除外申請)として承認されている。また、欧

州でも不随意運動症以外では、脅迫性障害およびてんかんに対する脳深部刺激療法が

CE マークを取得しており、安全規制の適合評価をパスしている。さらに、臨床研究と

しては、欧米および中国、韓国から、うつ病、認知症、Tourette 症候群などに対する

脳深部刺激療法の効果に関する論文がすでに多数発表されている。上記以外にも、麻薬

中毒、アルコール依存症、遷延性意識障害など様々な疾患に対する治療としての臨床研

究も進められ、その成果も発表されつつある。本邦では、保険収載以前の問題として臨

床研究を行うことさえも躊躇されているのが現状である。過去の精神外科の歴史もあり、

大きな社会的・倫理的問題を孕むため、こうした領域の研究を推進するには、ある程度

の国家主導のシステム構築が必要なのではないかと考える。

3. 研究内容(成果の達成時期と具体的方策)

日本国内での臨床応用を可能とするための、前段階として臨床研究を行う。被験者に重

大な危害が加わらないよう、すでに欧米で臨床試験が行われ、一定の安全性が確立してい

る適応疾患や刺激方法を用いる。いずれの研究課題も被験者の権利を保護しつつ充分な説

明を行い、紙面にて同意を得ることを前提に行う。

(1) 脳深部刺激療法による認知症の治療に関する研究課題

・適応は Mini Mental State Examination(MMSE)などの認知機能評価にて認知症

と診断され薬物療法にて充分な改善が得られない症例とする。

・刺激標的部位は、視床下部、脳弓近傍もしくはマイネルと基底核で欧米にて行われた

臨床研究で用いられた 3 次元座標を参考とする。

・効果の評価は、MMSE などの神経心理学的評価を神経内科医あるいは精神科医によっ

て行い、術前の結果と比較する。一定期間ごとにこうした評価を行い、できれば 3 年

以上の follow-up を行う。

(2) 脳深部刺激療法によるうつ病の治療に関する研究課題

・適応は Hamilton depression scale(HDS)などのうつ状態の評価バッテリーにてう

つ病と診断され薬物療法にて充分な改善が得られない症例とする。

・刺激標的部位は、側坐核もしくはブロードマンの area25 で欧米で行われた臨床研究

で用いられた 3 次元座標を参考とする。

・効果評価は、HDS などの神経心理学的評価を精神科医によって行い、術前の結果と

比較する。一定期間ごとにこうした評価は行い、できれば3年以上の follow-upを行う。

(3) 脳深部刺激療法による強迫性障害の治療に関する研究課題

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・適応はエール・ブラウン大学強迫性障害評価尺度(YBOCS)などの神経心理学的評

価にて強迫性障害と診断され薬物療法にて充分な改善が得られない症例とする。

・刺激標的部位は、内包前脚などで欧米ですでに用いられている部位の 3 次元座標を

参考とする。強迫性障害に関しては欧米では一般的治療として保険収載されている。・

効果評価は、YBOCS などの神経心理学的評価を精神科医によって行い、術前の結果

と比較する。一定期間ごとにこうした評価は行い、できれば 3 年以上の follow-up を

行う。

(4) 脳深部刺激療法による Turette 症候群の治療に関する研究課題

・適応は精神科専門医もしくは神経内科専門医にて診断され薬物療法にて充分な改善が

得られない症例とする。

・刺激標的部位は、淡蒼球内節や視床正中中心核など欧米で用いられている 3 次元座

標を参考とする。

・効果評価は、神経心理学的評価を神経内科医もしくは精神科医によって行い、術前の

結果と比較する。一定期間ごとにこうした評価は行い、できれば 3 年以上の follow-up を行う。

(5) 精神疾患・認知症に対する脳深部刺激療法についての倫理問題に関する研究課題

上記研究を行い、その成果を基にこれを一般的治療として社会に広めるにあたって

は、社会的に脆弱な精神疾患や認知症患者の権利を守るための倫理規範をつくる必要が

ある。生命倫理学および神経倫理学の専門家を加えた研究チームにて議論し、遵守すべ

き規範を作成する。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 日本国内の精神疾患患者数は推定 300 万人以上、認知症患者数は 200 万

人以上と推定され、さらに増加の傾向を示している。とくに認知症は高齢化に伴い一層深

刻な問題となっている。精神疾患でもうつ病に関する問題は大きく自殺者は年間 3 万人

を超える。さらにこの 10 倍の自殺未遂者がおり、これらの多くがうつ病に関連した原因

をもち、日本はいまや世界有数の自殺大国となっている。いくつかの優れた内服治療薬も

製造販売されてきているが、こうした状況に劇的な変化をもたらすことはできないようで

ある。精神疾患と認知症への対策は医学研究上の急務といえる。

研究シーズ : 我が国の脳深部刺激療法をはじめとするニューロモデュレーション治療の

治療技術は世界のトップレベルである。従来からの不随意運動や難治性疼痛に対する脳深

部刺激療法に関しては、優れた医療システムも完備されており、経済状態に関わらず適切

な適応状態の症例が治療を受けられるようになっている。精神疾患や認知症に関しても専

門医間での協力体制を整備し、社会的・倫理的問題に対処するための規範ができれば、治

療技術を活かすことはそれ程難しいことではない。

5. 参画が見込まれる研究者層

脳神経外科医(とくにニューロモデュレーション領域に携わる脳外科医)、精神神経科医、

神経内科医、神経生理学、神経解剖学、生命倫理学、法学など

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

俯瞰ワークショップライフサイエンス・臨床医学分野本文.indd Sec1:118 13/03/06 11:53

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ニューロモデュレーション領域(とくに脳深部刺激療法)を専門とする機能的脳神経外

科医を中心に研究チームを構成し臨床研究を推進する。DBS 手術施行数の多い施設を拠

点施設とする。研究を行うにあたっては、充分な社会倫理的配慮がなされるよう注意を払

う。このため研究チームには生命倫理学の専門家を加えできれば法学の専門家もこれに加

える。研究チームは術前後の評価を行うチームと実際に手術を行うチーム、術後の刺激調

整を行うチームおよび倫理的な問題に対応するチームに分けるべきと考える。

・術前適応診断・術後治療効果評価グループ : 精神科および神経内科の専門医が主体。

・治療技術グループ : 実際に手術治療を行う機能的脳神経外科医が主体。

・術後刺激調整グループ : 刺激条件を適切に調整する。精神科および脳外科医が主体。

・倫理問題対応チーム : 患者権利を守るための倫理問題や法令に対応する生命倫理学者お

よび法学者が主体。

Tourette 症候群や強迫性障害など欧米にてエビデンスレベルの高い研究がすでになさ

れているものから着手する。これらに関する本邦独自の結果を出すまでに約 2 年、その

後はうつ病や認知症の治療としての試みも行う。これらについても欧米にてある程度の安

全性が確認された刺激ターゲットと刺激方法を踏襲して行う。本邦独自の成果をあげるま

でに原則 5 年とする。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

我国では、かつて行われた精神外科(とくにロボトミー手術)の悪印象が払拭できず、

本領域の研究を推進するのは、社会的・倫理的にやや困難な状況にある。精神外科の歴史

はポルトガルのエガス・モニスに始まり、その後 米国にて急速に普及し、乱用といわざ

るを得ない状況にまで発展した。確かに精神疾患を外科的に治療する際には、一層の慎重

さが必要であることはいうまでもないが、有効であるかもしれない治療を前にただ静観し

ていることに付帯する責任も感じなくてはならないのではないだろうか。脳深部刺激療法

は、刺激のスイッチをオフにすればほぼ術前の状態に戻せるという「可逆性」を有してい

る。この点からは、かつて行われた精神外科手術とは一線を画するものといえる。しかし、

もちろん社会的に脆弱な精神疾患者を擁護し、乱用を防ぐためには何らかの規範が必要と

なる。本研究では、医学的に当該治療の効果を検討するだけではなく、日本の社会通念に

も配慮した啓蒙方法と手術実施のための一定の規範を作成すべきと考える。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

精神疾患、認知症はいうまでもなく今日大きな社会問題である。うつ病一つをとってみ

ても精神疾患がもつ社会的問題は非常に大きいといえる。例えば年間 3 万人といわれる

自殺者のうち少なくとも 6000 人以上がうつ病によるものと考えられている。厚生労働省

は以前から「自殺・うつ病等対策プロジェクトチーム」をたち上げこうした問題への対応

をはかってきたが、充分な成果があげられているとは言い難い。こうした深刻な問題への

対策の一つとして、精神疾患に対する脳深部刺激療法の臨床研究を推進するという新たな

アプローチを検討するべきではないか考える。認知症に関しても、今後その患者数は、高

齢化に伴い著しく増加することが予測されている。これに伴う医療費・介護費の高騰や介

護労働に必要とされるマンパワーの急増は大きな社会問題である。脳深部刺激療法にてこ

うした問題の全てが解決するとはいい難いが、パーキンソン病の場合のように自立生活期

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間を 5~10 年延長できれば、患者数が多いため社会の負担軽減は多大なものとなる。うつ

病についても、患者数は膨大であるため、その何割かを救うことができれば、それだけで

も社会貢献度は非常に大きなものになるであろう。

提案整理番号 051. 研究領域名称

心身社会相関に基づく症候発現メカニズムの研究

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

不安抑うつなどの精神症状や痛みや動悸などの身体症状はそれぞれが密接に関連して

いることが知られているが、症状が発現する神経ネットワークや神経伝達の変化に関し

ては不明な点が多い。一方で精神疾患のみならず認知症やパーキンソン病などの神経変

性疾患においても、抑うつや幻覚などの症状が発現するがその機序に関して十分解明さ

れていないことから、有効な治療に結びつかないことも多い。現在人間の情動やそれに

伴う精神症状の評価には現在 fMRI による機能画像研究による局在機能の解明と、ネッ

トワークの解明が進んでいる。またそれら症状の発現に関わる個人の素因は遺伝子レ

ベルのみならず、PET による伝達機能の測定可能によっても明らかになって来つつあ

る。一方ストレスに伴う脳の反応や身体反応は齧歯類モデルで多く研究されており、近

年は光遺伝学を用いた回路の同定が進んでいる。これら同定された回路の機能的解析は

さらに霊長類を用いたウィルスベクターを用いた経路選択的なシナプス伝達の遮断など

によって詳細な検討が可能になりつつある。神経回路の同定と共に重要なのが、これら

神経回路の変調に修飾を加え、症状を軽減することであるがこれらに対してはニューロ

フィードバックなどの技術が開発されつつある。これらの方法を用いてヒトでえられた

情報を霊長類等で検証する双方向のトランスレーショナルリサーチにより、これらの症

候発現の分子基盤と神経ネットワークを明らかにすることによって、精神疾患の新たな

分類や、症候を標的とした新たな治療薬などの開発につながる可能性がある。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

現在我が国は少子高齢化と、長期の経済的低迷から加齢に伴う疾患とストレスに伴う

疾患が増加しており、社会経済学的にそれらによる労働損出と医療負担が重大な国家的

関心となってきている。WHO は、障害による健康寿命の損失に注目した、DALY とい

う指標について調査しており、日本の疾患別 DALY を算出すると、精神疾患が も高く、

がん、循環器疾患とともに、三大疾患との位置付けとなる。2012 年度から医療計画に

記載すべき疾患として、癌・脳卒中・急性心筋梗塞・糖尿病に加えて精神疾患が追加さ

れた。その背景には、2008 年の調査で患者数が 323 万人と癌の 152 万人の 2 倍に達し、

従来の 4 疾病で も多い糖尿病の 237 万人も上回っていることがあげられる。精神疾

患は生産年齢に発症し、慢性に経過することが多い為、社会経済学的にも労働力損出と

医療負担を含めた社会の負担が重大な問題となってきている。診療報酬明細書の分析で

は国民健康保険は働き盛りの年齢で「精神・行動障害」「神経疾患」にかかる医療費が

特に高いことがが指摘されており、うつ病を発症して会社を辞めると国民健康保険に入

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るしかないので、医療費がふくらみやすいものと分析されている。さらに近年の放射能

に伴う不安は軽微な身体症状が日常生活に支障を来すほどに多様な症状に発展すること

もあり、そのメカニズムの解明と治療法の開発は大きな社会的要請となって来つつある。

このような観点から治療の標的となる症候の発現機序を探ることは、新しい治療薬の開

発にとどまらず、ニューロフィードバックなどこれまで無かった治療法の医療分野への

展開が期待さる。さらに正確な症候のメカニズムの解明はより正確な診断が可能になる。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

(1)精神・神経疾患の症候の発現メカニズムの研究

精神症状の機能単位となる脳機能を定義するための、数理モデルの作成や、それを同

定するために精神症状につながる高次脳機能をシステムレベルの回路機能、局所の回路

機能の集合と階層的にとらえることを目指す。ヒトを対象に従来の脳機能イメージング

でシステムレベルで責任回路の候補を挙げると同時に、分子イメージングの技術を用い

て、課題遂行中の神経伝達物質の挙動を画像化、定量化する。また回路とその反応性が

どのような遺伝背景に基づいているかを、網羅的遺伝子解析の結果と統合し、機械学習

を用いて分類する。

(2)症候発現の回路の研究(齧歯類)

げっ歯類行動を規定する局所回路の機能を光遺伝学の手法などを用いて明らかにし、

各種モデル動物でのそれら回路の役割を明らかにすることにより、齧歯類の行動がヒト

とどのような相似性を持つかを解明する。

(3)症候発現回路モデルの実証研究(霊長類)

ヒトで得られた知見からサルで症候の発現に関わる神経回路を、電気刺激、局所薬物

投与等で同定し、ウィルスベクターなどを手法で、課題遂行に責任を負っているシステ

ムレベルの回路の機能を変化させたときに行動がどのように変化するかを測定する。

(4)症候発現回路の修飾法に関する研究

同定された回路をげっ歯類では光遺伝学の手法などを用いて、サルでは電気刺激、局

所薬物投与を行いどの方向に修飾すれば行動がどのように変化するかをモデル化する。

またまた齧歯類およびマーモセットを用いて、社会性が商法発現回路をどのように変化

させるかを検討する。ヒトではデコーディング技術を応用したイメージングニューロ

フィードバックなどを行い症候の変化を検証する。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 加齢やストレスに伴う疾患の増加に加え、放射能に伴う不安に起因する症

状の身体化の増加が予想されるためその治療法を含めた体策が緊急に求められている。同

時に、新型うつ病などといった言葉も生み出され、過剰な診断、過剰な診療が臨床現場や

職域で問題になってきており、生物学的知見に裏打ちされた診断や治療効果判定が望まれ

ている。

研究シーズ : 脳科学の進展に伴い、ヒト、サル、げっ歯類において様々なレベルの回路

の機能を生理学的、薬理学的に修飾することが可能になってきており、多彩な精神症状を

呈する精神疾患の個々の症状をターゲットにした介入法が可能になりつつある。

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書122

5. 参画が見込まれる研究者層

臨床研究 : 精神医学、神経内科学、心療内科学、麻酔科学、認知心理学、画像解析学、

社会学

基礎研究 : 精神薬理学、神経科学、分子生物学、神経生理学、神経内分泌、情報科学

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

臨床研究、基礎研究を担う 2-3 の拠点を形成しそれらを中心に関連研究者を糾合する研

究体制を構築。拠点を核に1期5年の研究を2期程度計画。ERATO、CREST型が望ましく、

その中でも基礎 - 臨床の双方向性トランスレーショナル研究を推進するトランスレーショ

ナル研究拠点を中心に位置づける。トランスレーショナル研究拠点には、基礎と臨床を結

ぶ垂直方向の連携が可能な人材以外に、高度な専門化が進んだ異分野を融合させ学際的に

研究を進める人材、機器開発や創薬など企業との連携を推進させる人材を配置する。トラ

ンスレーショナル研究拠点が基礎拠点、臨床拠点と連携しつつ、各拠点で実施すべき内容

を見極めていく。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

臨床医学と基礎研究の橋渡しだけでなく、認知科学、工学、情報科学といった生物学以

外との真に有機的な融合も望まれる。その点では、医学部および薬学部で研究を指向する

若手が減少しており、また研究分野に入っても不安定な身分での研究の継続に多くの研究

者が不安を感じている現状の改善が望まれる。またファンド形態と予算の使いやすさ、た

とえば研究の途中で柔軟に備品等の購入ができる、あるいは有望な候補者が見つかったの

で急遽雇用するなど、研究の進捗に合わせた予算の使い方ができることが望ましい。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 基礎研究でえられた神経回路に関する知見から臨床症候を解析する

ことにより、症候に応じた治療法の開発につながる。

社会経済的効果 : 精神疾患による生産性低下、社会の負担の軽減を減らす。また、客観

的な精神症状の理解は必要以上の過剰な診断や過剰治療に歯止めをかける。個々の精神症

状に対する治療メカニズムも明らかになれば、効率的な創薬、治療法開発とともにテイラー

メイド医療の実現にもつながる。

9. 備考

アメリカ精神医学会の精神障害の診断と統計の手引きが DSM- Ⅳから DSM- Ⅴに 2013年に改訂予定であるが、その中でも現行の精神疾患の categorical な分類から疾患を構成

する要素に分け , 各要素の量的な問題としてとらえる dimensional な分類へ移行する予定

である。個々の精神症状に注目した本提案は、この流れに一致している。またアメリカ

国立精神衛生研究所(NIMH)では、従来の診断概念によらない神経生物学的な指標に基

づく新しい分類の試みが始まっている。Research Domain Criteria とよばれる研究では、

眼窩前頭葉と基底核を結ぶ機能以上という機能的画像上の特徴によって、病的賭博、物質

依存などの複数の病態を一つのグループ分けできるかどうかを検討している。

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書123

提案整理番号 061. 研究領域名称

時間医療への応用を目指した自律脳機能の統合的解明

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

バクテリアからヒトまで、生物は約 24 時間周期の時計機構「生物時計」を有し、外

界の明暗サイクルに同調してその生理機能を時間的に統合している。生物時計の分子メ

カニズムが時計遺伝子の転写調節にあることが明らかとなり、発光レポーターなどを用

い遺伝子レベルでの細胞時刻をリアルタイムに知ることも可能となった。一方、臓器や

個体レベルでの統合メカニズムは未だ謎であり、リズム障害や不眠が生活習慣病やうつ

病の大きなリスクファクターであるにも関わらず、臨床医学や予防医学に導入されるに

至っていない。このため、神経細胞の階層的なネットワークを有する中枢時計の高精度

なリズム発振と調節、各末梢時計を統合するシステムレベルの制御、理論による裏付け

と類推など、分子から病態までをシームレスに繋ぐ研究が待たれる。特に、投薬や治療

時間を考慮した時間医療への出口は、治療効果の飛躍的向上、患者の QOL 改善、医療

費削減のためにも系統的で統合的な調査研究により、生活・治療 ・創薬に時間を考慮し

たプロトコールを示す必要がある。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

我が国の国民の 20-30% は、睡眠に何らかの問題を抱えてる。日本人の平均睡眠時間

は過去 5 年間だけでも 20 分短縮し , 世界に冠たる不眠国家となっている。また、生活

パターンの夜型化は乳幼児まで及ぶ。経済の低迷化に伴い、長時間労働、不規則労働が

一般化し、体のリズムを無視した労働による大事故は毎年のように国内外で繰り返され

ている。勤労者の睡眠・リズム障害による経済損失は年間約 4 兆円と推定される。また、

睡眠不足、リズム障害は , 耐糖能を著しく低下させ、糖尿病、高脂血症、高血圧、うつ

病発症のリスクが 2~5 倍となる。安全安心な社会と、国民の健康のためには、これま

で見過ごされてきた脳と体の休息をどれだけ、また、いつ取るかに注目する必要がある。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

(1)中枢時計のリズム発振と制御 : 時計遺伝子の転写翻訳、翻訳後修飾やタンパクの構

造の時計機構における役割を、時期特異的・組織特異的遺伝子操作やオプトジェネ

ティックな操作などを取り入れて解明し、全身の末梢時計を支配する中枢時計のメカ

ニズムを明らかにする。

(2)自律脳機能の時間的統合と恒常性維持 : 睡眠・覚醒、摂食・代謝調節、ストレス応答、

さらには自律神経を介する血圧や消化管機能の制御などの脳の自律機能は、生物時計

の支配下に明瞭なリズムを発振して生体の恒常性を維持している。そこで、中枢神経

内の神経性回路と、ニューロメディエーター、栄養因子、サイトカインなどを含む液

性の調節機構を明らかにし脳による生体機能の時間的統合を総合的に理解する。

(3)時間医療の統合的研究 : 薬物動態、免疫系、内分泌 ・ 代謝に関わる臓器固有の末梢

時計機構と液性、神経性の調節因子による中枢時計による制御機構、末梢時計相互の

調節機構を明らかにし、各薬物・治療法に 適の時刻を抽出する。よって、個々人の

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書124

生物時計の時刻を容易に高精度に算出する方法を決定し、テーラーメード時間医療法

につなげる。

(4)時間医学の予防医学への応用 : 睡眠不足、不規則生活による生活習慣発症リスクを

時間医学の応用により予防する。また、高齢者に見られるリズム振幅の低下と各末梢

時計間の脱同調の予防を通して、高齢者の QOL を上げる。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 抗がん剤や放射線による癌の治療、慢性肝炎へのインターフェロン投与な

ど多くの治療法は、治療時刻を適切に選択することで副作用を減らし、大きな治療効果が

得られる。個々人の体内時計の概念を取り入れ、検査、薬物投与、治療効果判定を 適時

刻に行うことで、診断の精度、治療効果を向上させ、医療費削減、患者の QOL の改善に

つながる。超高齢化社会を迎え、時間医学導入は急務である。

研究シーズ : ほ乳類時計遺伝子クローング、発光レポーターの導入とイメージングによ

る機能解析、バイオインフォマティクスを導入した網羅的解析など 近のリズム研究にお

いて我が国はつねに世界のトップレベルを維持している。一方、米国、英国などが、基礎

から臨床、予防医学、教育者養成までを含むシステマティックな研究体制のために巨額の

研究費がつぎ込まれているのに対し、国内では、優れた基礎研究成果が臨床や予防医学に

つながるシステムがない。 

5. 参画が見込まれる研究者層

生物リズム、睡眠医学研究者、臨床研究者に大別される。既存研究領域では、細胞生物

学者、バイオインフォマティクス研究者、生態学者、薬学者、生理学者、薬理学者、神経

科学者、衛生・公衆衛生学者、精神医学者、循環器医学者、癌治療学者、内分泌・代謝学

者、非線形動力学者など。

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

基礎生物学 - 基礎医学 - 薬学 - 臨床医学 - 理論までを含むチーム研究が必要である。こ

れらを網羅できる総合大学 1,2 拠点と、2-3 領域で密な共同研究を行う複数の施設、さら

に全国規模の調査ができる体制が望ましい。このため、以下のよう共同研究体制の構築が

望まれる。基礎と臨床を結ぶ研究体制 :bed to bench, bench to bed 双方向研究を効率よく

行う複数の研究室の緊密な共同研究体制を構築する。分子から個体までのシームレスな研

究体制 : 概日リズムは、基本的に細胞から個体までその原理は共通である。そこで、時計

遺伝子やタンパクレベルでのリズム発振・周期調節の研究から、各組織や臓器レベルでの

機能研究への展開、個体、特にヒトにおける検討と分子レベルまでのフィードバックのシー

ムレスな研究を進める体制を構築する。

医学と薬学の協働 : 時間治療の導入は将来的にはすべての薬物・治療法に、当初は緊急

性の高い副作用の強い薬物 ・治療法から検討する必要がある。時刻を考慮した薬物動態の

検討のため、医学 - 薬学の緊密な連携を図る。

理論系の関与 :網羅的解析や数理モデルからの類推が大きな飛躍につながる。Wet(実験)

と Dry(理論)双方の研究者の密な協働により、実験結果のモデル化、理論からの実験提

案と遂行が可能な研究体制を構築する。

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推進期間 : 目的を絞った実効性の高い共同研究には 5 年単位での研究で成果を上げ、橋

渡し研究、医薬連携、コホート研究などの成果を踏まえて 10 年後を目処に時間医療を確

立する。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

ヒトを被験者とする長期リズム・睡眠研究が可能な時間隔離実験室とその維持のために、

倫理規定・安全管理の面で十分な配慮が必要となる。時間医療は医療や看護の勤務態勢の

柔軟な対応が必要となる。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 中枢神経における時計機構と振動細胞ネットワーク解析とその制御

法の解明。睡眠や摂食リズムに関する脳 - 末梢連関と脳内液性情報伝達経路の解明と各種

伝達物質とその機能解明。睡眠 ・摂食リズムの制御法の確立。

社会経済的効果 : 医療費の削減、診断技術、治療効果の向上が図れる。生物時計を考慮

して、効率よい十分な休息を取ることで、国民の健康の向上につながるだけでなく、エネ

ルギーの無駄を省き、経済効率を上げる。また、夜型化の是正を通じ、子どもの体と心の

成長を促し、教育効果を上げる。

9. 備考

参考文献や先行例となる海外プロジェクト・施設。

NSF Center for Biological Timing:1991 年から 11 年間に 140 億ドルを投与してバージ

ニア大学、ロックフェラー大学、ノースウェスタン大学を中心としたグループにおいて、

時間生物学の基礎研究、教育プログラムを展開した。ショウジョウバエ、植物、ほ乳類の

分子レベルでの時間生物学が飛躍的に進展した。その後もバージニア大学を中心とした研

究教育プログラムが、規模を縮小して続けられている。臨床医学のグループは少なく医療

応用は限定的であったが、教育、特に高校教員の教育に力を入れて、長い目出見た研究の

底上げを図った点はユニークである。

Euclock: 2001 年から 5 年間のプロジェクトで欧州委員会より 1200 万ユーロの支援を

受け , 他の予算を含めて 1600 万ユーロのプロジェクトを展開し、その後、現在も持続し

ている。ドイツ、イギリス、フランス、オランダなどの欧州連合の複数の研究組織が関与

しており、研究支援と若手研究者の養成のための教育の支援を行う研究プロジェクトであ

る。積極的にサマースクールや講習会を開催して若手育成に努めている点に特徴がある。

研究は、Website を利用した大規模調査(10 万人以上のデータの集積と解析)、フィール

ドワークの推進や分子生物学的手法を取り入れたモデルフィールドでの研究、など米国と

は一線を画する研究グループを形成し、独創的な手法の研究を展開している。

Wellcome trust center for human genetics: オックスフォード大学が設けたセンターに

Wellcome Trust を始めとする民間の資金を投入し、神経疾患、免疫と炎症、2 型糖尿病、癌、

循環疾患などを中心にヒトのゲノム解析によりテーラーメード医療を目指すと共に、各研

究領域に構造生物学の導入を目指す。現在、オックスフォード大学とその関連病院におい

て精神疾患発症における生物時計機能の役割を明らかにする新たな基礎 - 臨床の共同研究

を、5 年間で 400 万ポンドにて計画中である。

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提案整理番号 071. 研究領域名称

ヒトとモデル動物の統合的研究による社会性の脳神経基盤とその発達過程の解明

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)社会・経済的な背景(ニーズ)

科学技術の加速度的な発展による社会環境の劇的な変化を特徴とする現代社会におい

て、高次脳機能である社会性の神経基盤を明らかにすること、その知見を社会実装して

いくことは、その問題の多くが関連する人間の精神や社会的行動の解明に必要かつ喫緊

の研究である。

(2)研究開発の現状(シーズ)

(a) 階層をつなぐ脳科学研究の展開とイメージング科学

社会性発現の脳神経基盤を明らかにするためには、その破綻の理解から進める事が

重要で、破綻の早期発症としての自閉症と成熟期発症の統合失調症をターゲットに、ヒ

トにおける行動的な特徴と類似性を示す各種遺伝子改変マウスを用いた研究が進められ

ている。ヒトとモデル動物の種間の高次脳機能の違いは大きいことから、表現型の類似

性だけではなく、脳活動領域、神経回路からシナプスおよび分子まで、各階層における

社会性の中間表現型を見出していくことが必須であり、その際に各階層間をシームレス

に繋いでいくための手法としてのイメージング科学が必要である。脳活動領域、神経回

路からシナプスおよび分子まで各階層における社会性の中間表現型の解析に果たす画像

情報の役割は極めて大きい。社会能力を担う神経基盤は、マクロレベルからミクロレベ

ルにおける脳領域間の関係性にあると想定されており、その機能的・解剖学的連結の網

羅的解析(コネクトミクス)を、種間を越えて統合的に解析するためのシームレス イ

メージング プラットフォームを形成することが必要である。

(b) 脳科学を基盤とした発達コホート研究

脳科学の知見の大部分は動物実験等に基づいているため、その結果を社会に適用する

ためにはヒトでの検証研究が必須である。さらに社会的必要性に直面することによって、

基礎研究が飛躍的変化を遂げることも考えられる。つまり、実社会で実証しつつ、その

結果を基礎研究にフィードバックするという連携研究を推進するための枠組みの整備が

急務である。応用と基礎の連携研究を実現するプラットフォームとして、脳科学を基盤

とした発達コホート研究が必要である。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

(1) 超高解像度 MRI によるレベル縦断的研究の展開と統合的イメージング科学の展開

【要約】7TMRI を用いて、ヒトを含む霊長類生体の大脳皮質構築と神経線維走行を

数百ミクロンの解像度で 3 次元的に構築し、高次認知活動中の神経活動を描出・統合

して解析し、マクロレベルでの機能共役型コネクトミクスを実現する。

【必要性】MRI に代表される非侵襲的画像技術の進展により、ヒト生体の解剖学的情

報を三次元的に構成する技術は大幅に進んだ。近年超高磁場(7T)超電導磁石をもち

いることで、非侵襲的に全身の組織を数百ミクロン程度(200 - 500 micrometer)の解

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書127

像度で撮像し、3 次元再構成することが可能となった。

顕微鏡レベルでは、網羅的な神経結合の解析と機能分子局在や機能標識法を組み合わ

せることによって、機能共役型コネクトミクスという革新的な分野が拓かれつつある。

このミクロレベルでの成果をヒト・マクロレベルの生理学へとスムーズに還元するため

には、ヒトと動物を同じプラットフォームで観察・解析出来る「生体顕微鏡」としての

超高磁場 MRI が必須である。社会能力などヒトに特有な認知活動の神経基盤を明らか

にするために、機能的 MRI による神経活動パターンを超高解像度 MRI によるヒト生

体の詳細構造と合わせて解析していくと共に、それらに対応する動物モデルを対象とし

た各種光学顕微鏡、電子顕微鏡など 先端のイメージング手法を組み合わせて、生体に

おける包括的構造機能連関の解明を進める必要がある。ミクロレベル・コネクトミクス

とのシームレスな連携を要する近未来(10 年)の課題例としては、自閉症における大

脳皮質‐線条体回路の異常などが考えられ、正常マウスの神経回路とモデルマウスの神

経回路を網羅的に比較することによって、これらの病態の構造基盤を明らかにし、霊長

類(サル)を経由して、ヒトの疾患における神経回路異常の発見につなげる。

ヒト白質の詳細解剖は、MRI をもちいた拡散強調画像法で初めて可能となったもの

であり、超高磁場(7T)MRI では、白質走行の方向を 800 micron 程度の解像度で描

出することが出来る。さらに、ヒトにおいてマクロレベルのコネクトミクスを行うため

には、大脳皮質領野地図を個人レベルで作成する必要があるが、これは超高磁場(7T)MRIによってのみ可能である。その 大の特徴として、信号雑音比が高く、これらのデー

タ解析を全て個体ベースで行うことが可能である。そのため、疾患研究には極めて有効

と考えられる。

広範囲の神経回路構築の全脳解析を含むヒト生体の画像解析には、生理学者・形態学

者のみならず画像解析、ソフトウェア開発、理論モデル、画像表現、臨床画像診断に携

わる画像診断医など共通の目標を持った多数の専門家・研究者の参画が不可欠であり、

イメージング科学を展開するための適切な環境を形成することが出来る。

(2) 脳機能画像法を用いたヒト社会能力発現機構モデルの構成

ヒトの社会能力発現機構とその発達の理解は、心理学モデルの構成と検証にかかって

いる。脳機能画像法は、脳という場を制限条件として与えることにより、心理モデルの

構成と検証に寄与する。通常心理モデルは、ある心的過程(ならびに付随する行動)を

説明するために形成されるが、その心的過程に対応する脳構造から得た情報を用いてモ

デル形成が可能となる。この際、その脳構造に関する現在の脳科学全般の知識を利用す

ることができる。この点で、脳機能画像法は、現在膨大な知見の集積しつつある脳科学

領域の情報を、人間の発達心理学に結びつけるための接点を形成する。さらには、社会

能力そのものの定義である複数個体間の相互作用を行動レベル並びに神経レベルで同時

計測を行うことが必要である。

(3)発達コホート研究との連携 :ヒト社会能力発現機構モデルの検証と、実社会との連携

コホート研究(Cohort Study) は疫学に用いられる観察的研究手法の一つで、関心あ

る事項へ曝露した集団(コホート)と曝露していない集団を同定し、これらのコホート

が関心ある転帰を示すまで追跡する。コホート研究は解析を現在から未来へ前向きに行

うため、因果関係をもっとも明確に理解することができる。人間の社会能力の発達過程

は、個人により多様なパターンがあることが予測され、その多様なパターンがなぜ起き

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書128

るのかを明らかにするためには、その原因と結果(因果関係)を明らかにする必要がある。

つまり、発達コホート研究により初めて、ヒトにおける社会能力の発達過程モデルが検

証されうる。さらに発達過程に影響を及ぼす諸要因の解析には、大規模発達コホート研

究が不可欠である。現在環境省主導による 10 万人規模の出生コホートが開始されてい

る。これは妊娠期から 13 年間にわたり追跡調査するものである。この調査と連携して、

上記(1-2)によって確立された知見に基づく社会能力の様々な階層での中間表現型を

追跡途上の計測に適用することにより、社会能力の発達過程モデルを検証する。

4. 提案の適時性

(1) 社会ニーズ

現代社会における問題の多くは、人間の精神や社会的行動に関連しており、その解明

にはヒトとモデル動物を用いた脳の研究が不可欠であり、その社会実装が望まれている。

(2) 研究シーズ

自己と他者の関係を考慮しつつ行動を決定していく人間の社会能力の正常発達過程

を、遺伝子、脳神経活動レベル、神経回路レベルから行動レベルまで一貫して画像化す

ることにより理解することにより、自閉症をはじめとする社会能力障害の病態解明に資

する。その結果を社会に適用するために、人での検証システムとしての発達コホート研

究と有機的に連携することにより、基礎研究成果を社会実装するための道筋を形成でき

る。これにより、科学技術の加速度的な発展による情報化、少子化、高齢化などによる

生活環境や社会環境の劇的な変化のなかで、人が本来有する能力と個性を適切に発揮す

ることを支える研究を推進する効果が期待できる。

5. 参画が見込まれる研究者層

人文科学諸分野 : 心理学(発達心理学・社会心理学・言語学)、経済学

情報・コンピュータサイエンス分野 : イメージングを始めとする bioinformatics 関連領

医学 : 小児科学・精神科学・神経科学・心療内科学・画像診断医学・疫学(特にコホー

ト調査において)・神経科学

工学 : 情報工学・機械工学

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

(1)ファンド形態並びに推進期間

コホート調査との連携を鑑みて、長期間(13 年間)の安定したファンド形態が望ま

れる。

(2)拠点施設の必要性

コホート調査との連携を効果的に進めるためにも、脳科学 - イメージング研究拠点の

強化が必要である。その要件としては

(a)脳の階層を超えるための組織的取組をしている

(b)他施設での配備が難しい設備を有している

(c)全国共同利用の実績を持つ

ことが重要である。 (a)(b)(c)いずれも満たす施設としては、大学共同利用機関(生

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理学研究所 / MRI、MEG、多光子顕微鏡、超高圧電顕 等の共同利用)が挙げられる。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

(1)高解像度に特徴のある MRI を中心とした脳科学 - イメージングサイエンスという

本アプローチの他に、機能分子のシステムレベルでの可視化という分子イメージング

プロジェクト(JST 分子イメージング研究戦略推進プログラム)が先行してなされ

ており、これらとの連携・協調を進めていくことが重要である。

(2)現在環境省のもとで、出生コホートが進行中であり、省庁ならびに研究領域を超

えた密接な連携が極めて重要となる。脳科学領域、コホート研究領域のそれぞれにお

ける拠点施設による協議と調整が課題となろう。

(3)コホートと連動する新しいタイプの研究では、どのような問題が出現するか予測

がつかない。このため、法規制に先んじて、社会受容を含めた倫理問題研究を同時並

行して進めることが重要である。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : イメージング解析技術の開発はそれぞれの階層、画像取得手法によ

り独自化しており、技術的な移転を容易にする共通のプラットフォームの形成が強く望ま

れる。イメージング手法(収集とその後の解析を含む)は、生物科学のみならず、(天文

や核融合などを含む)自然科学諸領域の基礎研究から医療・産業の現場まで開発と応用が

直結しており、科学研究における 重要課題の一つである。特に、収集後の解析における、

多量のデータから適切な情報を抽出する手法の開発は、bioinformatics の一環として重要

であり、基礎研究から医療・産業の現場まで、その波及効果は極めて大きい。

社会経済的効果 : (1)MRI 装置は元来臨床診断装置として開発されたものであり、そ

れをもちいた研究成果は直接臨床に還元される性質のものである。特に高精度の画像デー

タ取得と、大量のデータを扱う画像解析ソフトウェア開発は、基礎研究のみならず、臨床

診断法の開発に大きく寄与し得る。その点で、今後も国内外のメーカーによる開発競争が

繰り広げられると考えられる。(2)動物実験等に基づいている脳科学の知見を、コホー

ト調査によってヒトに直接還元可能とすることの社会的重大性は論をまたない。

9. 備考

(1)社会脳の発達過程

社会脳の発達過程は、英国 MRC(医学研究会議)の重点 7 領域のひとつに社会性神

経科学が取り上げられていること、米国 NICHD/NIH の戦略計画 From cell to selves (2000)で、生物行動学的発達の一部として解明することを目標として掲げているな

ど、科学政策上国際的に関心が高い。典型的な融合領域として、米国国立科学財団で

は、NBIC (nato-bio-info-cogno)という研究開発政策が推進されている。国内では、

文部科学省 脳科学研究推進プログラム 課題 D が先進的な取組を進めている(http://brainprogram.mext.go.jp/missionD/)。本プログラムでは、脳科学領域の各階層の研究

者が集まり、脳活動領域、神経回路からシナプスおよび分子まで、各階層における社会

性の中間表現型を見出していくという試みを進めているが、その取組を起点として、更

に体系的かつ大規模に研究を進めていく必要がある。

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(2) イメージングサイエンス

PET を中心とする分子イメージングは、米国 NIH ロードマップ(NIH roadmap for medical research, )に位置づけられている。その目的は基礎研究の治験を臨床応

用へ迅速に活かすことであり、NIH 内に新たな研究所 NIBIB (National Institute of Biomedical Imaging and Bioengineering)が設立された。フランスで脳科学へ向けた

MRI 技術開発センターとして NEUROSPIN (300 億円 /5 年)が設立され、超高磁場ヒ

ト用装置の開発を進めている。また米国 NIH では、神経科学と他領域との融合に鑑み、

Neuroscience Blueprint initiative を策定して、脳イメージングの技術開発を含む神経

科学のためのツール開発を進めている。国内では、JST 分子イメージング研究戦略推

進プログラムが、放射線医学総合研究所と理化学研究所を 2 拠点として、進行中である

(http://www.jst.go.jp/keytech/02bunshi/kyoten.html)。今後、バイオインフォマティッ

クスの一部としてのイメージングサイエンスの強化導入は、ライフサイエンスの研究趨

勢としては必須であり、組織だった取組が必要である。

(3) 発達コホート

脳科学を基盤とした発達コホート研究の先駆けとして、 「脳科学と社会」研究開発領

域で平成 16 年度から平成 20 年度まで「日本の子どもの発達コホート研究(通称 : すくすくコホート)」が長期研究の前の準備研究として行われた。http://www.ristex.jp/result/brain/plan/pdf/ind06.pdf

5 年間で得られた知見は、その参加研究者とともに、2027 年まで予定されている 

環境省 子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)において生かされてい

る。

http://www.env.go.jp/chemi/ceh/outline/data/kenkyukeikaku114.pdfそのアウトカム計測に、精神神経発達障害 : 発達の遅れや偏り(精神遅滞およびその

他の認知の傷害)、自閉症スペクトラム障害、LD(学習障害)、ADHD(注意欠陥・多

動性障害)、性同一性障害等の精神障害及びその他の症状と行動特性等 が挙げられて

いる。米国では、National Children's Study として、21 歳まで追跡する出生コホート

の feasibility study が進行中である。

http://www.nationalchildrensstudy.gov/about/overview/Pages/NCS_concept_of_operations_04_28_11.html

提案整理番号 081. 研究領域名称

応用脳科学研究の基盤となる感性情報処理の解明。

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

近年、脳・神経系は様々な方向からの研究が進み、特にヒトの高次脳機能の研究は

fMRI を始めとする非侵襲計測法の発達がその急速な展開を推進してきている。脳が人

間の行動を制御し、生活を支えていることが実感として感じられるようになるにつれ、

人間の感性、志向等を脳活動の計測により客観的に捉えることが、生活の質(QOL)を向上するための方策の検討に寄与するのではないかとの期待が高まっている。しかし

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ながら、非侵襲計測法では、人間の感性、志向などに関係する脳の部位を示すことはで

きるが、被験者の内観と脳部位の相関の提示にとどまり、脳部位の活動が起因であるの

か結果であるのか、また、そこでどのような情報処理が行われているのか、等の問題ま

でには手が届いていない現状がある。脳・神経系の働きの根源には、ニューロン活動と

それによって媒介される情報の流れがあることは現在の神経科学の基本命題であるが、

この情報の流れがどのような意味を持つのか、そしてそのどのような側面が非侵襲計測

法の画像として捉えられているのか、等、未解決の問題は多い。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

近年の脳・神経系の基礎研究の急速な進展は、その応用面への展開として医療分野に

多大な貢献を果してきている。一方、非医療分野においても、人々の生活の質(QOL)の向上に向けた脳科学の産業応用に期待が高まっている。産業界からは製品やサービス

の客観的評価を脳計測から得ようとするニューロマーケティングや、被験者本人が意識

していない脳の状態を意識させることで危険からの回避を可能にするニューロフィード

バックなどへの応用脳科学研究のニーズが存在する。一方、これまで脳・神経系の研究

は主に大学医学部の研究室で行われてきたこともあり、産業界、特に非医療分野の企業

で脳・神経系についての系統的な基礎知識を持つ研究者、技術者は極めて少ない。課題

を与えられた被験者の脳画像を非侵襲計測により手に入れたとき、脳の中で何が起こっ

ているかを理解することなく、偏った解釈のもとにその結果を産業応用へと展開してい

く可能性がある。このような状況を乗り越えるためには、応用面から注目される感性な

どに関係する課題を行っている被験者の脳でどのような情報処理が行われており、それ

が非侵襲計測法でどのような画像として観察されるのか、神経細胞から神経回路、脳全

体へとシステムとして脳・神経系の働きの理解を進める必要がある。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

(1)人間の感性、志向等を客観的に捉えることができる課題の開発と脳活動の非侵襲計測

ここで重要なのは、(2)以下のサルを対象とした動物実験でも同じ課題を用いるこ

とができ、かつ産業応用の可能性につながる課題を開発することである。非侵襲計測と

しては、fMRI, MEG, EEG, NIRS などが挙げられるが、様々な手法を組み合わせ、同

時計測することによってそれぞれの弱点を補い、多くの側面から脳の中で起きている

現象を計測、記録する必要がある。稼働中の非侵襲計測機器を使うことが可能な場合 3年間程度が必要であろう。

(2) (1)で開発した課題を用いたサルを対象とした脳活動の非侵襲計測

fMRI, MEG, EEG, NIRS の他に、侵襲性はあるが、広範囲の脳活動を調べることの

出来る ECoG や fi eld 電位の記録も興味深い。(1)で課題が出来上がれば、訓練、手術、

計測、解析、等で 3 年程度必要であろう。

(3) (1)で開発した課題を実行中のサルからのニューロン活動記録

非侵襲計測とニューロン活動の同時記録としては Logothetis の視覚野の研究が有名

であるが、本研究提案で注目している感性、志向などに関係する脳部位、あるいは社会

脳といわれる脳部位で、様々な課題を負荷したときの非侵襲計測データが神経活動とど

のように関係しているか知っておく必要がある。線条体、扁桃体、帯状回、頭頂葉楔前

部など様々な課題で血流量の増加の見られる部位で、複数の異質な課題下での非侵襲計

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測とニューロン活動の同時記録は、情報処理機構を考える上で重要なヒントを与えてく

れると考えられる。(2)と同時に進行させて 6 年程度必要であろう。

(4) (1)-(3)から得られたデータを用いて、課題実行時に起こる脳内情報処理のモデル化

脳における情報処理を理解するには 終的には得られたデータを包括的に説明できる

モデルが必要で、この成果を理解し、応用面に発展させるためにもモデル化は必須であ

ろう。(1)-(3)の途中からデータを得てスタートさせ 2 年程度必要であろう。

4. 提案の適時性

社会ニーズ :産業界、特に非医療分野で脳科学の応用展開への期待が高まっている。しかし、研究者

は自分が興味を持ち、 も重要だと考える課題に集中し、研究を進めているのが現状であ

る。産業界のニーズに対応し、かつ科学的に確かな evidence を提供していく研究が期待

されている。

研究シーズ : サルを使ったニューロン活動記録、非侵襲計測、ヒトを被験者とした非侵襲計測、神経

情報処理のモデル化とそれぞれを専門とする研究室で様々な課題を用いた研究が進み、研

究成果が蓄積されている。次のプロセスとしては、すべての実験を統一した課題で行い、

解析、モデル化を進め、成果をまとめ、脳の働きを包括的に理解する必要がある。

5. 参画が見込まれる研究者層

認知神経科学、神経生理学、計算論的神経科学、神経内科学、精神医学、心理学、行動

科学等。

応用脳科学研究に期待を抱く一般企業からの研究者、技術者。

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

ヒト脳活動の非侵襲計測、サル脳活動の非侵襲計測、課題を実行中のサルからのニュー

ロン活動記録、神経情報処理のモデル化、それぞれ専門知識、熟練した技術を必要とする

研究であるので、それぞれに研究チームを構成して研究を推進する。研究の対象となるの

は、産業応用を見据えた脳の働きの理解であるが、研究者は自らの興味で研究対象を選ぶ

ため、産業界からのニーズを理解して研究の方向付けを行うコーディネーターが必要であ

る。中心研究者とコーディネーターで研究課題を設定し、その課題にしたがって研究を行

うチームを募り、研究を推進していくことが望まれる。ただ、日本の脳神経研究の現状では、

このようなトップダウンの研究を請け負い、主要研究テーマとして取り組む研究グループ

が存在するかどうか未知の部分があり、参加希望のグループがない場合は、研究拠点を作

り、施設を整備し、ヒト脳活動の非侵襲計測、サル脳活動の非侵襲計測、サルからのニュー

ロン活動記録、神経情報処理のモデル化を行う 4 つの研究チームを新たに作っていく必

要があろう。この場合 8-10 年程度の期間が必要となる。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

産業への応用を目指す上で企業が脳研究に期待する成果について情報を得ておく必要が

あるが、個々の企業の意向に偏らず、社会全体に貢献しうるかどうかを考慮して進める必

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要がある。脳科学の産業応用に際しては、倫理面で医療応用よりも明確な指針を策定する

必要があり、その検討も行う必要がある。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : ヒトの高次脳機能について、神経細胞から神経回路、脳全体へとシ

ステムとして脳・神経系の働きの理解が進む。

社会経済的効果 : 科学的に確かな evidence に基づいた結果を産業に応用することが出

来る。社会的にも、企業の利益によって偏向していない、科学的に客観性のある成果に立

脚して開発された商品、サービスを享受することができるようになる。

9. 備考

NEDO 調査報告書 :脳科学の産業分野への展開に関する調査事業 (2008)脳科学の産業応用への推進に資する脳機能計測機器に関する調査事業 (2009)

提案整理番号 091. 研究領域名称

発達障害及び発達特性に関する統合的検討

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

発達障害とは、脳機能の発達の障害であって症状が低年齢で発現するものである。

自閉症を中心とする自閉症スペクトラム障害(autism spectrum disorder: ASD)、注

意欠如・多動性障害(attention-defi cit/hyperactivity disorder: ADHD)が代表的で

あり、学習障害(Learning Disabilities: LD)、発達性協調運動障害(Developmental Coordination Disorder: DCD)、トゥレット症候群(Tourette syndrome: TS)等も含

まれる。遺伝的要因の関与が大きいとされ、脳機能と共に遺伝子の解析も行われている

が、なかなか一定の結論が得られず、より均質な対象を得ることが大切との指摘もある。

そのために、より多数例について精密な行動指標の測定を行い、神経認知科学的なもの

も含めた生物学的指標との関連を検討できるようにする必要がある。また、近年では診

断概念の拡大や評価法の感度上昇もあり、過去の知見が必ずしも活用できない面があり、

改めて縦断的研究を行うことも強く求められている。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

発達障害は増加の一途をたどっており、ASD についてみると、かつては 1 万人に数

人とされていたのに韓国では子どもの 38 人に 1 人が診断基準を満たすとの報告さえあ

る。先述したように診断されやすくなった面があるとは考えられるが、それだけでなく

て実質的に増加している可能性に関心が持たれている。発達障害の増加の要因を明確に

することによって、予防や早期介入の道が開けて、本人や家族のみならず社会全体の負

担が軽減されることが期待される。また、発達障害では能力の不均衡が大きく、突出し

て優れた能力を持っていることがあり、特に知的に遅れがない場合には、その能力を生

かして自己実現を図り社会に貢献できるかもしれない。しかし、適切な行動が獲得でき

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なかったり不適切な行動を習得したりしたため、それが果たされないことがしばしば

あると思われる。発達の軌跡を予測して適切な時期に適切な介入が行うことによって、

障害ではなく特性として受容できる範囲になることが期待される。なお、ASD の社会

的コミュニケーションの質的障害、ADHD などの実行機能の障害のように適切な行動

の獲得ができないことにつながる側面の強い症状、ASD の限局した興味と反復行動、

ADHD や TS の衝動性や強迫性のように不適切な行動を獲得することにつながる側面

の強い症状があり、個別でも複合しても生活の困難をきたしうる。そして、それらの症

状への不適切な対応によって二次的な問題を生じて、より困難が増大する。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

(1)データベース構築を含めた全国規模での研究体制整備

国際的な研究で使用されている臨床評価ツールの日本語版の作成や妥当性・信頼性の

検討が進んできており、それらによる評価を組み込んだバッテリーを用いて体系的な

データの収集・管理を全国規模で継続的に行えるような体制を整備する。診断閾値下で

あっても発達障害と連続する発達特性を含め、いくつかの重要な次元に沿って評価する

というディメンジョナルな評価を行い、生物学的指標との関連を検討できるようにする。

脳機能研究を推進する臨床研究者さらには基礎研究者が 初から参画して、脳画像デー

タや血液など生物学的指標のためのサンプルの効率的な収集を目指す。

(2)発達経過に沿った大規模追跡研究

全国規模でのデータベースを活用して、臨床コホートについて追跡研究を行う。また、

体系的なデータの収集・管理の方法を生かして、出生コホート研究も行う。その際には、

現在進行中のコホート研究と連携することも考えられるかもしれない。いずれにしても

長期的な追跡が望ましい。発達の大きな節目と考えられる、幼児期早期、幼児期後期か

ら学童期にかけて、学童期後半(前思春期から思春期にかけて)などでの変化を把握で

きるようにすることが望まれる。

(3)発達障害及び発達特性と環境に関する統合的検討

胎生期・周生期を中心に作用する生物学的環境要因、養育者との関係をはじめとする

養育環境などの心理社会的環境要因が発達障害及び発達特性とどのような関連を有する

かを検討する。その際には、横断的及び縦断的な臨床データ(行動症状や精神機能のみ

ならず、脳画像なども含む)と動物モデルを含めた基礎医学的な所見とが相互に検証を

深めていけるようにする。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 教育や職業など様々な場面で発達障害関連の問題が増加している。また、

発達障害は脳の機能障害であるが、近年の児童虐待の増加などに伴い、親の養育との関連

などが論議を呼び、本人の生物学的脆弱性に対する環境の影響に関するエビデンスが改め

て強く求められている。

研究シーズ :ASD の遺伝子解析からシナプス機能に関わる遺伝子との関連が示唆され

る。一方、シナプス機能の変動性がより明示されたり、エピジェネティックな検討の必要

性が指摘されたりもしている。発達障害の本態を解明して、より根本的な治療をめざす上

でも重要である。

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5. 参画が見込まれる研究者層

臨床医学研究者、社会医学研究者、基礎医学研究者、心理学者、統計専門家など

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

我が国でのこれまでの研究を踏まえつつさらに大きな飛躍を遂げるには、データベース

運営の強力なシステムが必要であり、それには発達障害の主要な臨床研究施設の関与が強

く望まれる。同時に、多数例の診療を担当する医療機関の参加、当事者・家族(患者会な

ど)との連携も大切である。一定の臨床経験があり臨床データの収集・解析にも携わって

きた臨床研究者が軸となり、主として脳機能研究を行う臨床研究者や基礎研究者などと協

働していくことが考えられる。発達障害は疾患が相互に併発し合うことも少なくないので、

全体として検討できるようにしておくことが望ましいが、同時に、主な疾患別(例 :ASD、

ADHD や TS など)、あるいは次元別(例 : 社会的コミュニケーションの障害、衝動性 /強迫性など)でチーム編成をすることも考えられる。データベース構築はプラットホーム

型で、環境との関連の検討はコンソーシアム型になると思われる。なお、今回の提案には

含めなかった、もしも治療(薬物療法、治療教育など)についても検討を進めるとしたら、

組織の凝集性を高めつつコンソーシアム型で行うことになると思われる。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

我が国でも基礎と臨床の連携や文理融合による多面的な研究の蓄積を目指した試みが少

しずつなされているが、なかなか全国規模には至っていない。国際的に多施設共同研究に

よる多数例のデータを用いた研究が増加していることを考えると、全国規模でのデータ

ベース構築は急務である。また、基礎と臨床との連携が必ずしも十分には深まっておらず、

単なるサンプルの共有にとどまっている印象がある。児童精神科医をはじめとする臨床研

究者の中で十分に研究能力を有する者が少なく、受身的にサンプル提供を行っている面も

あり、我が国の児童精神医学及び関連領域の教育の整備にも関わる。当面の研究の推進の

ためには、臨床研究者の積極的な参加を可能にする体制作り、研究の進行を通じた若手研

究者の育成などを考慮する必要があろう。それから、発達障害や発達特性と環境との関連

については、安易に親の養育の問題としがちな我が国の風潮があり、一方、それに対抗せ

んがために特に心理社会的な環境の検討に対して批判的 / 消極的な傾向もある。基礎研究

も含めて統合的な検討が必要なことを強調して、研究者から社会全体まで幅広く理解を求

めることが望まれる。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 多数例を対象とする精密で統合的な検討を通じて発達障害の病態の

解明が進み、薬物療法から治療教育までを含めてより根本的な治療につながることが期待

される。また、発達特性も含めた脳基盤の検討は、精神活動と脳機能との関連の研究にも

資すると思われる。

社会経済的効果 : 生活の様々な場面で生じている発達障害に伴う問題の予防や軽減を行

うことによって、社会の負担軽減の効果は著しい。同時に、発達特性を把握してむしろ活

用を図ることを通じて、少子化時代の子どものメンタルヘルスの増進という点でも極めて

重要と考える。

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9. 備考

ASD に対するものとしては、UC Davis MIND Institute が統合的な研究のモデルとな

ると思われる。

提案整理番号 101. 研究領域名称

脳神経病態制御に向けたグリア機能の統合的理解

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

グリアは神経細胞と共に脳を構成する細胞群であり、アストロサイト、オリゴデンド

ロサイトおよびミクログリアが知られている。これまでは神経機能を静的にサポートす

る細胞と考えられていたが、近年の研究から、これらが極めて動的な機能を持ち、脳機

能の発達・維持・病態に対して個性豊かなバリエーションで多大な影響を与えているこ

とが明らかにされてきた。神経細胞だけの研究では解明されなかった様々な疑問がグリ

ア細胞を切り口とすることで解明されつつある。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

脳神経疾患(精神疾患および神経変性疾患)は罹患率が高く、そして長期的な経済損

失も大きいために社会的問題となっているが、それらの分子病態の解明が進んでおらず、

これら疾患の分子病態・病態生理の解明及び治療法の開発は社会的・経済的にニーズが

高い。分子病態解明のブレイクスルーとして、神経障害性疼痛、大うつ病、統合失調

症、自閉症、アルツハイマー病、パーキンソン病、ALS、多発性硬化症など、様々な疾

患においてグリアが本質的な役割を果たしている事が近年の研究から明らかになりつつ

ある。そしていまや、脳神経疾患は国家として本格的に対策をとるべき重要課題として

社会的コンセンサスは醸成されつつある。特に近年のイメージング技術や疾患候補(関

連)遺伝子の同定、それに伴う動物モデルの確立などにより、脳神経疾患についても本

格的に分子的にアプローチすることが可能になりつつある。このような疾患は、早期発

見が困難であるばかりでなく、原因も効果的治療法が見つかっていないものも多い。今

後、神経グリア連関を基本として、これらの疾患のメカニズムを明らかにし、適切に予

防、治療につなげてゆくことは、患者数の減少と社会・経済的効果など国家的利益につ

ながると考えられる。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

本プロポーザルでは、各種脳神経疾患メカニズムの解明に向けて、グリア機能研究を推

進する。そしてそこから生まれた医療基盤技術を実用段階まで到達させることを目的とす

る。

(1)脳神経疾患状態におけるグリア機能の理解に向けた研究

・脳神経疾患状態におけるグリア細胞の構造と機能の解析技術の開発

・グリア - ニューロン連関機能に立脚した脳神経疾患メカニズムの解析

(2)脳神経疾患状態のグリア機能の再現に向けた研究

・脳神経疾患のグリア機能の特性を培養により再現する技術の開発

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・脳神経疾患のグリア機能の特性を再現したモデル動物の作製

研究開発課題(1)では、脳神経疾患に関係するグリア細胞機能、グリア - ニューロン

連関変動因子群などの全体像を把握すると共に、それらの動的な変化を正確に捉える技術

の開発を進める。この技術を活用して、脳神経疾患に関係するグリア細胞、グリア - ニュー

ロン連関、脳循環系などの周辺の正常細胞などが、どのようにして疾患を形成してゆくの

か、その発症機序を解明する。その際、対照群となる正常な機能との比較が欠かせない。

また、疾患関連遺伝子の変化が脳の発生・発達段階に微細な異常をもたらし、そこに成熟

後の環境ストレス等の後天的因子が加わることにより、疾患として発症する可能性(2 ヒッ

ト仮説)が強く示唆されている。この視点を踏まえた研究も推進する。研究開発課題(2)では、上記課題(1)で得られた結果を検証する方法としての技術開発を推進し、それを

研究課題(1)に応用させる。上記(1)、(2)の研究から得られる成果により、疾患メカ

ニズムが解明され、より効果的な予防、治療技術の開発につながってゆくことが期待され

る。

4. 提案の適時性

(社会ニーズ)平成 23 年 8 月に閣議決定された第 4 期科学技術基本計画では、今後 5 ヶ

年で実現が求められているライフサイエンス領域でのイノベーションとして、特に、医療

や介護の分野での展開が重視されている。中でも、「革新的な予防法の開発」、「新しい早

期診断法の開発」、「安全で有効性の高い治療の実現」、「高齢者、障害者、患者の生活の質

(QOL)の向上」が重要課題に設定されている。本提案は、脳神経疾患制御を目指した基

盤研究領域への投資であり、上記重点課題に対する大きな波及効果が期待できる。

(研究シーズ)近年、脳神経疾患の発症機序をグリア - ニューロン連関という切り口で

正確に捉え、再現する新たな技術が生まれつつあり、また各種研究リソースが整いつつあ

る。これらの萌芽的技術を速やかに進展させるとともに、これまで脳神経系の詳細な理解

を目指し細分化と専門化が進められてきた基礎研究分野の知見を集約し、脳神経疾患を統

合的に解明することを目指す。それにより、複雑な脳神経系における様々な疾患の発症・

悪性化のメカニズム解明を進め、医療の向上から科学技術全体の発展に、さらに日本の産

業競争力の強化へと発展させてゆく。また、国際的には、ヨーロッパグリア研究機構の発

展を見ても明らかなように、グリア研究は大きく飛躍しつつある。我が国では、かつて特

定領域研究(平成 15 年度 ~19 年度)が立ち上がり、神経回路レベルでのグリア細胞の関

与とグリアによる制御機構が明らかとなり、格段にグリア研究が発展したが、その後大型

の研究費が措置されず、多くの研究資産が埋もれてしまいつつある。これは我が国の大き

な損失であり、今ここで研究支援の枠組みを整備拡充すれば、日本が国際競争力を再び復

活させ、諸外国を圧倒することも可能となる。

5. 参画が見込まれる研究者層

脳科学研究の諸分野、すなわち生理学、分子生物学、神経化学、薬理学、回路解析、コ

ンピュータシュミレーション、これらの研究すべてにグリア機能に立脚した視点が必要で

ある。さらに、疾患関連遺伝子の役割を研究するグループ、哺乳類やヒトにおいて進化上

獲得され高次脳機能実現に関わる可能性のある機構を研究するグループ、環境因子等の

2nd hit が疾患発症に影響する機構を徹底的に研究するグループなど、基礎・臨床を融合

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した学際的な研究が必要である。具体的には、上記分野の基礎医学研究者および臨床医学

研究者、先端的研究技術・デバイスの開発研究者、製薬企業研究者が必要である。

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

(1)支援体制 本プロポーザルの推進においては、社会ニーズが特段に大である脳神経疾患数点(に

絞り込み、そのメカニズムの解明という目的の下で、多様に専門化が進んだ脳神経研究

領域の基礎的知見ならびに臨床知見を共有する「異分野融合」チームの研究体制を組む

ことが望ましい。またグリア研究の重要性を教育するプログラムの設置も求められる。

更に女性および若手研究者の育成のための仕組みも必要である。

(2)推進期間

本提案では、2 つの段階、すなわち「グリア機能に立脚した脳神経疾患の理解による

発症メカニズムの解明」という基礎研究、および「創薬開発・再生医療などの疾患の制

御に向けた前臨床および臨床研究」を、シームレスに推進する。まずグリア機能に立脚

した脳神経疾患を正確に把握し、それを再現するため、当初 5 年間は培養技術、実験

動物により生体を反映した疾患モデルの作製を行う。また、従来の分子・細胞の位置情

報のみを捉えるイメージング技術では観察できなかった、グリア - ニューロン相互機能

に関するイメージング技術は、今後 5 年を目途に進展させる。また基礎研究成果をシー

ムレスに実用化に結び付けてゆくために、5 年間のうち後半 2 年間はフィージビリティ・

スタディとして企業と連携しつつ実行可能性に関する調査を進め、その後の 5 年間で

は企業とのマッチングファンドによる本格的な産学連携の体制の下、疾患制御に向けた

治療技術の開発を推進する。合計 10 年間を目途に 終段階に至る。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

グリア機能に立脚した脳神経疾患研究で扱う研究材料に、患者検体組織と、よりヒトに

近い状態を再現できるモデル動物が重要である。前者については、国内でのブレインバン

ク機能の整備が様々に提唱されつつあり、その整備に協力しつつ、そこからのサンプル供

与を期待するが、大学、研究施設ごとにインフォームド・コンセントの規定が異なること、

生命倫理の専門家が不足していることなどが課題になっている。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

(1)科学技術上の効果

精神疾患および神経変性疾患は罹患率が高いが、それらの分子病態の解明が進んでお

らず、長期的な経済損失も大きいために社会的問題となっていた。分子病態解明のブレ

イクスルーとしてグリア - ニューロン連関を切り口とした本研究により、これら疾患の

分子病態・病態生理の解明がなされることが も大きな科学技術上の成果である。また、

イメージング技術や疾患遺伝子の同定、それに伴う動物モデルの確立などにより、脳神

経疾患についての本格的なアプローチ技術が確立される。これは周辺研究にも応用でき

る技術として波及効果はきわめて大きい。

(2)社会・経済的効果

①疾患罹患率の低下と治癒率の向上

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本提案における研究の推進により、脳神経疾患の発症メカニズムを明らかにし、適

切に予防、治療につなげてゆくことは、アンメットメディカルニーズに大きく応える

ことに直結し、患者数の減少は患者の人生そのものを救い、社会としては労働人口の

確保、病気による社会・経済的損失の回避、医療費削減につながるなど、社会貢献は

計り知れない。

②医療基盤技術の進展と産学連携促進による産業競争力の強化

また、本提案により推進する研究は、世界に先駆けた画期的な新技術および独創的

新薬の創出につながってゆく。これにより国内産業競争力の強化、産業活性化による

経済的効果が期待される。

9. 備考

グリア研究においては、Euroglia が組織化され欧州全体として推進されており、2 年

ごとに開催されるコングレスへの参加者は年々増加しつつある。その研究支援体制につい

ては各国独自に行われているようであるが、詳細については知らない。ドイツ人研究者と

の会話で、ドイツでは日本の特定領域研究によく似た制度でグリア研究の支援がなされ、

大きく発展しているとのことであった。具体的なプログラム名は記憶にない。

提案整理番号 111. 研究領域名称

脳科学で読み解く認知機能およびその障害

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

近年の研究から、精神疾患の就労・復職、就学、日常生活における機能などの社会的

転帰と も関連の深い症状として、認知機能障害が注目されている。米国の NIMH は、

統合失調症の認知機能障害に対して、企業やアカデミアと一体となって、標準的な認知

機能評価法や治療薬の開発に取り組んでいる。一方、認知機能障害に対する心理社会的

治療法である認知機能リハビリテーションの普及も著しい。近年は、統合失調症ばかり

でなく、気分障害や広汎性発達障害など、その他の精神疾患の認知機能障害の重要性も

注目され、従来の神経認知(注意、記憶、遂行機能など)に加えて、社会認知(対人コ

ミュニケーション場面における認知 ; 表情認知、原因帰属、心の理論など)、メタ認知(自

身の能力、状態、感情、パフォーマンスなどに関する認知)など、社会生活と密接な関

連性をもつ認知領域に対する治療的アプローチも開発されている。一方で、各種認知機

能の脳神経基盤は必ずしも明らかにされてはおらず、様々な治療的アプローチの多くは、

神経心理学、行動・学習理論、教育心理学に依拠したものとなっている。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

精神疾患の患者数は、平成 8 年の 218 万人から、平成 20 年には 323 万人へと 1.5 倍

に急増しており、うつ病の場合、受診率は約 1/3 とも言われ、受療していない患者数を

加えるとその人数は膨大なものとなる。さらに、2008 年におけるうつ病による逸失利

益は 1 兆 2900 億円、そのうち職場関連での損失は 8087 億円に上る。職場関連の損失は、

欠勤より生産性の低下による影響が大きく、その一因として、うつ病における認知機能

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障害が指摘されている。認知機能の脳神経基盤を明らかにし、認知機能障害のバイオマー

カーを確立することによって、その客観的な評価や治療ターゲットが明確化されれば、

復職時期の適切な決定や生産性の低下の解消につながる可能性が見込まれる。社会認知

やメタ認知については、神経認知と社会的転帰の間の介在因子として、人の社会生活と

密接な関連性をもつにもかかわらず、その神経基盤に関する脳機能画像や分子、細胞レ

ベルの研究は、まだ端緒についたばかりである。とくに、現在のところ治療法が限られ

ており、自立生活が困難な成人の広汎性発達障害の適切な治療法やケアおよびそれらを

通じての社会参加を押し進める上で、きわめて重要な研究テーマである。

3. 研究内容(成果の達成時期と具体的方策)

本研究は、脳科学的手法を用いて、人の社会生活と密接に関連する認知機能およびその

障害の脳神経基盤を明らかにすることによって、多くの精神疾患でみられる認知機能障害

への治療法の開発につなげることを目的とする。

(1)神経認知(注意、記憶、作業記憶、処理速度、遂行機能など)、社会認知(表情認

知、原因帰属様式、心の理論など)、メタ認知の脳神経基盤の解明に向けた研究 : 健常者を対象に、各認知機能の標準的な神経心理検査の成績を基準として、脳画像(機

能・構造 MRI、MRS、DTI、PET 分子イメージング、NIRS)、神経生理学(EEG、

MEG)、遺伝子(エピジェネティックな変化を含む)等を用いて、各認知機能の脳神

経基盤を明らかにするとともに、認知機能の客観的指標となりうるマーカーの候補を

3 年以内に抽出する。

(2)各認知機能に関連する脳画像、神経生理、分子、細胞レベルでの指標について、精

神疾患(統合失調症、気分障害、広汎性発達障害など)患者における認知機能障害お

よび日常生活・社会機能障害との関連を明らかにする研究 :(1)で抽出されたマーカー

候補について、健常者と精神疾患患者、および精神疾患間で比較し、精神疾患患者の

標準的な神経心理検査で評価された認知機能障害、および質問紙、ロールプレイ等の

方法で評価された日常生活・社会機能障害、との関連を検討する。十分なサンプル数

の集積および日常生活・社会機能障害の評価システムの構築のために、約 2 年の期

間を要する。

(3)精神疾患の認知機能障害バイオマーカーを用いた認知機能の客観的評価法、治療

法の開発 :(2)で得られた認知機能障害バイオマーカーを用いた臨床研究を実施し、

縦断的な評価に関する妥当性を検証する。また、分子、細胞レベルでのバイオマーカー

をターゲットとした創薬、心理社会的治療法の開発につなげる。縦断的な検証には少

なくとも 2 年間を要する。創薬(前臨床)、心理社会的治療法の開発には 3 年以上を

要する。

4. 提案の適時性

(社会ニーズ)精神疾患患者数の増大、認知機能障害に伴う生産性の低下による逸失利

益の大きさを考慮すると、社会的ニーズは高いと考えられる。さらに、治療法が確立され

ていない広汎性発達障害における社会認知、メタ認知の機能障害に対する治療法の開発に

対する期待も大きい。

(研究シーズ)これまで、認知機能の評価には研究者ごとに様々な神経心理検査バッ

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テリーが用いられ、研究間の比較が困難であると同時に、神経心理検査の構成概念妥当

性についての検証が必ずしも十分でなかった。ところが、近年、米国の NIMH 主導によ

るプロジェクト MATRICS が信頼性、妥当性に十分注意を払いながら、標準的な神経心

理検査バッテリーを作成し(MCCB:MATRICS Consensus Cognitive Battery)、日本語

版も完成した。また、米国で、前臨床レベルでは認知機能増強作用を示唆する候補物質

が複数抽出され、臨床試験を行っているが、いまだ FDA の承認にまで至った物質はな

い。一方、近年、心理社会的アプローチである認知リハビリテーションは神経可塑性を

介して認知機能に対する増強作用が認められており、その作用に BDNF(Brain Derived Neurotrophic Factor)が関与している可能性が示唆されている。

5. 参画が見込まれる研究者層

精神科臨床医、脳画像研究者、神経心理学研究者、神経科学者、分子生物学研究者、精

神神経薬理学研究者、精神科リハビリテーション研究者、生物統計家、システムエンジニ

ア、製薬企業研究者

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

米国では NIMH 主導による、認知機能増強薬の開発を目指した MATRICS プロジェク

トを、幅広く、製薬企業、アカデミアを巻き込んだ国家的プロジェクトとして 2002 年に

スタートさせた。わが国でも同様に国家的体制で臨むことが望ましい。脳画像研究、神経

生理学的研究、次世代シークエンサーを用いたゲノムワイドな遺伝子検索やエピジェネ

ティクス機構を含む分子生物学的研究、認知リハビリテーション、前臨床試験、がそれぞ

れ実施可能な研究施設を吟味、選択し、戦略的なファンドを投入することが必要となる。

実施施設の選択、研究ネットワークの構築、中央でのデータマネジメントなどの支援体制

の必要性から、拠点施設を中心としたチーム型の研究体制が必要となる。推進期間につい

ては、すでに認知機能を評価するための標準的な神経心理検査バッテリーが完成している

ことを考慮すると、米国の MATRICS ほどの期間は要しないことが推測されるが、前臨

床試験までを想定しても 10 年は要すると考えられる。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

多施設共同研究でデータを共用するために、脳画像計測における計測条件、パラメーター

を一致させることが重要であるが、機種の違いをどのように克服するかが一つの課題とし

て挙げられる。さらには、精神疾患患者のゲノムワイドな遺伝子検索、認知機能障害バイ

オマーカーとして妥当性のある指標を抽出するためには、多くのデータ集積が必須となる。

データ集積の促進のために、精神疾患臨床研究ネットワークを構築し、より多くの患者が

積極的に参加するための何らかのフィードバック体制を作る必要がある。前臨床試験の段

階で、認知機能障害のモデル動物に関しては、従来よく用いられてきたマウスではなく、

より人に近い霊長類のマーモセットあるいはニホンザルを使用することが望ましいが、研

究費への負担が大きくなることが予想される。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

(1)科学技術上の効果

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精神疾患における、共通する認知機能バイオマーカーが開発されることにより、今後

新たに開発される様々な向精神薬の治験などで、認知機能に対する影響を客観的に評価

することが可能となる。認知機能バイオマーカーをターゲットとする創薬も活性化する

ことが期待される。同様に、心理社会的治療の評価にも、行動指標としての神経心理検

査による評価に加えて、客観的な評価が加わることによって、治療プログラムの改善や

患者の動機付けの向上にもつながり、効果の増大をもたらす可能性がある。精神疾患に

おける認知機能の脳神経基盤を明らかにすることによって、臨床診断が異なる個人間で、

共通する認知機能障害の病態が明らかとなる場合がありうる。これまで、精神科におけ

る多くの治療ガイドラインでは、臨床診断にしたがって方針が決定されていたが、認知

機能障害の病態に対する治療(薬物)という、これまでとは異なる治療視点が臨床精神

医学の世界に吹き込まれる可能性がある。

(2)社会・経済的効果

精神疾患患者の社会参加を妨げてきた要因は、認知機能障害ばかりでなく、数多く挙

げられる。しかし、多くの精神疾患患者が職場や学校で認知機能障害のために仕事や学

業が意のままにならず、また社会認知の障害のために人とうまくコミュニケーションが

できず、苦痛を味わってきたことは事実である。ある特定の疾患のみならず、多くの疾

患に共通する障害であることに、認知機能障害を克服することの大きな意義がある。精

神疾患患者がより積極的に社会参加できるようになれば、長期的には精神疾患に対する

スティグマの軽減にもつながり、すでに記したように社会経済的な損失の軽減にもつな

がる。

提案整理番号 121. 研究領域名称

人や社会との絆を育むケア脳(育児脳、介護脳、生活脳、適応脳)の継続的多層的視点

からみた生涯発達過程の解明

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

コホート研究を用いた認知行動解析と高次脳機能との関連を時間軸に沿って明らかに

する方法論、大規模コホート研究を運営する方法に関する知見が蓄積しています。社会

脳研究により、脳機能計測と認知行動解析との関連を評価する方法が確立されつつあり

ます。たとえば、複数の MRI と認知行動解析を用いた社会性研究、身体動態と視線計

測による脳機能の同期度評価などの研究が推進されています。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

少子高齢化に適した持続的な社会保障の確立、地縁血縁の崩壊にともなう社会基盤の

脆弱化への対応、働きがいのある職場環境整備と生活適応力の低下予防などが喫緊の課

題です。人や社会との絆を育むケア脳の発達には、どのような環境要因が関連するのか

を明らかにし、養育環境や介護環境、職場環境や地域環境、専門職養成の場に活用する

ことが求められています。そのためには、「生活」に根差した脳科学の活用可能性の体

系化が必須です。すなわち、1)高次脳機能は出生から死亡まで、どのような自然史を

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たどるのかに関する標準的なパターンの理解、2)養育、学習、介護、生きがい、働き

がい、ソーシャルインクルージョン、統合保育、統合教育などの脳科学的な意義と適応

の課題、3)上記と生涯発達との関連を明らかにすること、が期待されています。

3. 研究内容(成果の達成時期と具体的方策)

人や社会との絆を育む「ケア脳」とは、「育児脳」、「介護脳」、「生活脳」、「適応脳」の

概念を含むものです。成長、養育、学習、労働、介護など生涯を通じた他者との絆をもと

に人間生活の基盤となる行為、また生きがい、働きがい、動機づけ、存在の意味づけ、生

きる喜び等、生きるエネルギーの基盤となるエンパワメント関連行為の継続的多層的視点

からみた脳機能の生涯発達過程の解明が求められます。高次脳機能の日常生活における活

用実態を踏まえた脳科学による機構解明は、きわめて本質的に重要な研究課題です。胎児

からの生涯発達をふまえた定常発達パターン、エンパワメント、動機づけ、意欲などに及

ぶ人間の生きるエネルギーにつながる機能を明らかにすることが肝要です。個人(統合機

能としての高次脳機能)、遺伝、環境について、相互作用と相互浸透性、可塑性を踏まえ

ることで、エピジェネテッィクスおよび進化論的な過去現在未来の展開を展望する可能性

を開きます。各種次元の混在する表現ですが、具体的には下記 4 点の推進が今後 10 年の

間に必要です。

(1)ケア脳の生涯発達定型パターン

1)ケア脳と認知行動解析との相関

2)環境因子がケア脳の生涯発達にどのような影響を与えるか

3)多世代伝播

4)フィールドワーク、コホートによるケア脳の多様性と共通性の検証

5)公共の福祉に資する研究の展開

(2)エンパワメント(動機づけ、働きがい、生きがい、生きる喜び、存在の意味付け、

活力の源泉等)過程の脳機能解明

1)エンパワメント脳機能と認知行動解析との相関

2)エンパワメント脳機能を促進する環境因子

3)情動、自己意識(self-conscious)のラべリング

4)葛藤 / 脳内他者との向き合い(SOC(選択、 適化、補償)視点など)

5)フィールドワーク、コホートによるエンパワメント脳機能の多様性と共通性の検証

(3)過去現在未来の時間軸をからみた脳機能の軌跡と継続性

1)胎児期からの遊び / 笑い / 甘えの脳機能

2)達人、職人技の脳機能の発達過程

3)伝統文化伝承の脳機能メカニズム(例 : 能の発話後 2 字遅れの所作など)

4)超越(transcendence)/ レジリエンス(困難な環境を生き延びる適応的な能力)/相互作用 / 相互浸透性 / 可塑性の脳機能メカニズム

5)人間の心のメカニズムと脳機能メカニズムの相関

6)高次脳機能の生涯発達過程

(4)保健、医療、福祉、教育、保育、労働、経営、心理など、各種専門分野の脳科学

に対する解明ニーズの調査

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書144

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 実践の中には、たくさんのすばらしい知恵が蓄積されています。その中か

ら脳科学の根拠に基づく実践に生きる「新たな知」を紡ぎ出すためには、「ケア脳の生涯

発達過程の解明研究」が欠かせません。

研究シーズ : 社会脳研究の進展、および 20 年以上にわたる既存コホートの知見をもと

に、1)研究デザイン設計、2)研究マネジメント構築、3)研究メソッド開発、など生涯

発達エンパワメント評価研究に向けた次世代コホート、フィールド研究への活用方法が提

案されています。

5. 参画が見込まれる研究者層

脳科学、保健学、社会福祉学、看護学、介護学、保育学、教育学、労働学、老年学、医

療学、発達学、心理学、社会学、遺伝学、人類学、経営学、政治学

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

計画型研究としての遂行により、継続可能なファンド形態が求められます。安定した

フィールド確保に基づくコホート研究を継続するため、拠点施設が必須です。生涯発達

解明のためには、パネルコホートを活用しながらエピジェネティックス解析を含め長期

(50~100 年)継続する仕組みづくりが期待されます。現在 54 年間の長期大規模コホート

を継続している英国の例のように、拠点機構を作り、ファンドが継続的に得られる政策的

な基盤づくりが必要です。一方日本では、乳幼児健診や高齢者健診、乳児家庭全戸訪問事

業、学校保健、産業保健システムなど、既存の社会資源とインターネットを活用すること

で、少ない予算で効率的に、全国規模でのデータ収集が可能となります。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

長期間にわたる継続的な大規模予算確保が課題です。さまざまな研究テーマを集約して

実施可能な多機能コホートを実施することで、効率的な研究展開が可能です。また既存研

究により明らかにされている大規模コホート遂行の課題、すなわち、1) 目的の明確化、2) 時代の変化に耐えうる仮説の設定、3) コホート研究の長所と短所を踏まえた全体設計、4) データ収集の実行性と測定方法マニュアルの作成、5) 追跡率の維持、6) データの入力、

データセットの作成と解析、7) 継続的な組織運営、8) 倫理面での対応と第 3 者委員会、9) データの活用とデータアーカイブ化、などの課題解決が求められます。 

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 脳科学の社会貢献が目に見える形となり、科学技術の効果を社会に

実装する展開方法に「当事者参加型の実践と研究の融合」という新たな側面を追加するこ

とができます。

社会経済的効果 : 「人間の持っているすばらしい力」を自然な形で 大限に引き出す「エ

ンパワメントの方法」、「仕組み」や「環境」を明らかにし、よりよいケア、生活支援や職

場支援に活かしていく効果が期待されます。

9. 備考

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書145

世界中の国々で既に大規模なコホート研究が開始され、多くの興味深い成果が報告され

ています。日本でも、いくつかの研究が進行中です。科学技術振興機構社会技術開発セン

ター計画型研究開発「脳科学と社会」においては、5 年間をかけて 5 百人の 0 歳児と 5 歳

児を追跡し、緻密な研究デザインと将来予測に基づくさまざまな指標の開発と妥当性の検

証を行いました。そのほか、20 年以上におよぶ乳児から高齢者まで地域住民 5 千人のコ

ホート研究、14年におよぶ全国保育園児のべ4万2千人のコホート研究を継続しています。

そこでは、1)共感的なかかわり、たとえばアイコンタクトや言葉かけ、ほめるなどの行動、

2)規則的な睡眠などの生活リズム、3)情緒性が豊かで多様性に富んだ環境、4)社会的

サポート、5)家族の自信やストレス軽減、がすこやかな成長発達や健康長寿にポジティ

ブな影響を与えることを明らかにしています。生活に根差した脳科学として、実践と連動

した方法論のイノベーションを含む研究展開が期待されます。

提案整理番号 131. 研究領域名称

神経回路信号の観測と操作の一体化による脳内情報処理の因果的理解

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

従来の神経科学の研究手法では、認知や行動と関連する脳内の神経細胞の存在や分布

を示すことはできても、それらの細胞から構成される神経回路の動的な情報処理の仕組

みについては未知のままである。近年、多光子レーザー走査型顕微鏡やマルチニューロ

ン記録システムなどの計測装置の発達により、生きたままの個体から数十、数百もの神

経細胞の活動を観測することが可能となった。さらに、遺伝子操作技術の発達により、

特定の神経細胞の電気的活動を光の照射によって操作することも実現している。まさに

今は、神経回路を流れる信号を読み出し(観測)、人為的に書き込む(操作)ことに挑

戦できる時代に突入しつつある。その先には、観測と操作を相互に即時的に組み合わせ

ることにより、単に細胞活動の相関性の観察ではなく、神経回路の情報処理の基本アル

ゴリズムを因果的に理解することを目指した研究戦略が有効になるであろう。ここで提

案する研究領域は、脳内情報の観測と操作を一体化した研究手法を早急に確立し、脳の

動作原理を極めて効果的に究明する学問の流れを我が国から生み出すものである。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

脳内の情報処理の仕組みを解明することは、パーキンソン病、記憶障害、自閉症など

各種の精神・神経疾患の病態の解明や治療法の開発に役立つと期待されている。例えば、

難治性パーキンソン病では脳深部の回路を電気刺激すると劇的に症状が改善するが、そ

の作用機序を解明し、さらに安全かつ効果的な治療法を確立することが切実に求められ

ている。また、脳内情報そのものも、より高度なブレイン・マシン・インターフェース

(BMI)やロボティクス技術を実用化し、肢体不自由者や高齢者の生活の質を向上させ

るために不可欠である。さらには、脳科学は本来、脳と心の総合的な学問であり、病気

に苦しむ人々を救うだけではなく、人口の大部分を占める健常者やその社会全体にも健

全な幸福をもたらす潜在力を有するものである。例えば、教育、カウンセリング、スポー

ツ、マーケッティング、消費者保護、安全管理、犯罪予防など、社会や経済のあらゆる

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場面に将来の脳科学の成果をプラスに活かせる可能性を秘めている。これらの社会貢献

の前提として、まずは脳機能の基本的な動作原理を正しく理解することが求められる。

その道筋の一つとして、行動と脳内活動の相関性の観察に留まる古典的な脳科学(単純

な局在論)から脱却し、神経回路の機能的な信号の流れを丹念に因果的に検証して、脳

の知識を正しく深めることも公益になると考える。

3. 研究内容(成果の達成時期と具体的方策)

本提案領域の実施には、(1)まず神経回路の信号の流れを時間的・空間的に高精度で捕

捉するために、光学的・電気生理学的手法を活かした観測技術を大規模化する。(2)そ

れと並行して、複数の神経細胞を個別に効果的に光操作するために、遺伝子操作と光学的

手法を活かした操作技術を開発する。(3) 後に、観測技術と操作技術をリアルタイム

で双方向的に運用するための実装技術を確立し応用する。特に、複雑かつ大規模な観測デー

タをコンピュータで瞬時に解析して、機能的な光操作パターンを生成・選択するための理

論的解析と光学的制御の段階が肝要となる。本領域では、ヒトを含む霊長類と齧歯類を中

心として多様な動物種を研究対象とし、感覚、認知、運動、情動、記憶学習、意思決定な

ど幅広い脳機能の研究分野を内包する。

(1)観測技術の大規模化(開始後 3~5 年以内に達成)

・多光子レーザー走査型顕微鏡などによる細胞活動の計測技術を大規模化かつ洗練化

し、脳内の領域間や皮質層間にまたがる数百、数千程度の計測点(細胞、樹状突起、

シナプス単位)から機能的な信号の流れを時間的・空間的に精度よく捕捉する技術を

実現する。(顕微鏡技術の大幅な改良と、カルシウムや膜電位センサー分子の新規開

発や遺伝子導入技術の改良を図る。)

・マルチニューロン記録技術を大規模化することにより、脳内の領域間や皮質層間にま

たがる数千以上の神経細胞の発火活動を電気生理学的にミリ秒単位で捕捉する技術を

実現する。(高度に集積化されたシリコンプローブ多機能電極の開発や高精度のスパ

イク・ソーティング技術の自動化を図る。局所フィールド電位や筋電図などの情報も

適宜利用する。)

注)マルチニューロン記録技術は、複数(通常、数十細胞)の神経細胞の発火活動をミ

リ秒単位で直接的に計測できる唯一の研究手段であり、欧米では過去 10 年間に著し

い研究成果を挙げてきている。我が国では、マルチニューロン研究は立ち遅れ気味で

あるが、伝統的に電気生理学の研究水準は極めて高く、再び主導的立場に躍り出る素

地がある。そこで、数千細胞の同時記録と解析という実現可能な戦略目標を立てて積

極的に大規模化に取り組み、神経科学の重要な基幹技術として保持することが望まれ

る。

(2)効果的な操作技術の開発(開始後 3~5 年以内に達成)

・光照射により発現細胞の発火活動を操作できる分子(チャネルロドプシン 2 やハロ

ロドプシンなど)の応答特性の向上のためにさらに改良を施す。

・研究目的に応じて遺伝子を特異的に導入するためのライブラリを系統的に構築する

(各種プロモーターとトランスジェニック動物またはウイルスベクターの組み合わ

せ)。

・レーザー光源による時間的(ミリ秒単位)、空間的(多点、多形、3 次元)に自在な

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光刺激技術を開発する。並びに、高輝度 LED による小型軽量・簡易的な光源の有効

活用を進める。

・光ファイバーを実装するシリコンプローブ多機能電極(オプトロード)を実用化して、

マルチニューロン記録法と光操作技術の一体化を促進する。

(3)観測 - 操作一体技術の確立と応用(開始後 3~8 年以内に達成、発展的に継続する)

・大規模な観測データをオンライン解析し、神経回路上の信号の流れや状態(各種オシ

レーション、カオスなど)をリアルタイムで推定可能なコンピュータ・システムを構

築する。

・上記の解析情報を基に、機能的に重要な細胞(グループ)に特異的に光操作を施す操

作系を組み合わせる。その光操作による細胞活動や行動発現の変化を観測系で再び捉

える。

・効果的な光操作の刺激パターンを機械学習をもちいて自動的に探索する。

・これらの実験の過程で得られる知見を、物理学、統計学などの理論系研究者の協力を

得て考証し、神経回路内の情報処理の仕組みを因果的に説明する原理を打ち立てる。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 脳内の情報処理の仕組みを解明して、さまざまな精神・神経疾患の病態の

理解と症状の改善に寄与する。より高度な BMI 技術の実用化に向けて、その基盤となる

学術的知見を提供する。玉石混交の脳ブームのなかで、科学的に確証のある脳科学の知識

を社会に向けて発信する。

研究シーズ : 本領域の研究手法は広い範囲の脳機能研究に適用できるために、実施可能

または参画を希望する研究者は潜在的にかなり多いと予想される。集約すべき諸技術は各

分野に温められており、学際化を促進することにより実現可能である。すでに海外では同

様の研究が多方面で推進されつつあり、我が国でも早急な研究戦略の策定が望まれる。

5. 参画が見込まれる研究者層

生物系(生理、医学、分子生物、心理など)、工学系(光学計測、コンピュータ制御、

半導体材料など)、理論系(理論物理、数理、情報、統計など)の学際的な参画が見込ま

れる。

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

(1)支援体制

本領域の推進には、観測と操作の一体化という技術集約が必要であるため、集約先と

なる代表研究室が核となって、関連技術を保有する研究室と共同研究を実施する「チー

ム型」研究が望ましい。具体的には、代表研究室には、観測のための多光子レーザー走

査型顕微鏡またはマルチニューロン記録システムと光操作のための光源制御装置を配置

し、共同研究先として行動実験、遺伝子改変、理論的解析、コンピュータ高速化などの

要素技術を得意とする研究者と緊密に連携できる体制を整える。円滑な技術集約のため

に学際的分野のポスドク研究者の雇用を奨励する。対象とする動物種や脳機能に変化を

もたせてバランスをとったうえで、光学的観測(多光子レーザー走査型顕微鏡)と電気

生理的観測(マルチニューロン記録システム)それぞれ 5~10 チームほど設置する。こ

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れらのチーム間の人的・技術交流を促進する機会も設ける。ウイルスベクターやトラン

スジェニック動物を作製する研究室と、集積化した多機能シリコンプローブの開発を担

当する研究室は、汎用性が高いため、支援班の位置づけとする。可能ならば、顕微鏡メー

カーの開発チームを参画させることは大変有効である。

(2)推進期間

本領域の推進期間としては、各チームの研究期間は 5 年程度、領域全体の継続期間

として 8~10 年程度が適切と想定される。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

本領域の推進にあたっての課題は、いかに効率的な共同研究チームの体制作りを誘導し

て、代表研究室に必要技術を集約し、観測と操作の一体化を実現するか、である。ここで

は各研究室が個々に研究を進める体制は効率が悪く、マイルストーンを明確化したチーム

ごとの目標達成型の研究推進が望ましい。遺伝子改変動物・ベクターや多機能電極を提供

する支援班は、ボランティア的要素が強いため、手厚い予算配分を配慮してほしい。顕微

鏡メーカーの開発チームの参画には手続き上の困難が伴うかもしれない。本提案を含めて

脳科学研究の施策が社会に受容されるためには、脳科学の潜在的な社会貢献の可能性を

もっと積極的に社会にアピールする努力が必要であろう。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : さまざまな脳機能の仕組みを、関連する脳部位や細胞を挙げるだけ

でなく、神経回路上の情報の流れという視点から理解される点で神経科学に大きなインパ

クトを与えうる。また、本領域の推進を通じて、多くの学術分野の学際化を図ることが期

待できる。

社会経済的効果 : 精神・神経疾患の病態解明と治療法開発につながる。BMI・ロボティ

クス技術への学術面からの貢献が可能である。 新の脳の知識を社会に発信できることも

大切である

提案整理番号 141. 研究領域名称

霊長類動物のゲノム解析に依拠した精神疾患のモデル動物の樹立と病因・病態研究への応用

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

精神疾患は、その病態の座である脳神経系の複雑さと、アクセスの困難さにより、病因・

病態の解明や治療法開発は遅れてきた。しかし、近年のゲノム解析により、統合失調症

や自閉症スペクトラム障害を中心に発症に強い影響を与える変異(ゲノムコピー数変異

(CNV)、ノンセンス変異)が同定されつつある。特に稀な CNV は発症リスクを 10 倍

以上に高めるものが複数同定され、精神疾患の遺伝的異質性の一端が明らかになりつつ

ある。一方、同一の CNV が複数の精神疾患(統合失調症、自閉症スペクトラム障害、

知的障害等)のリスクとなる多面発現的効果も明らかになっている(例えば、1q21.1、2q16.3、3q29、16p13.11、16p11.2、17q12、22q11 の各染色体領域の CNV)。前述の

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CNV は日本人患者でも同定されているが、変異から発症までに至る病態メカニズムは

未だブラックボックスのままである。この病態メカニズム解明には、系統学的、解剖学

的、生理学的にヒトと近い霊長類を対象とした解析が 適であるが、幸い、霊長類でも

チンパンジー、アカゲザル、ゴリラ、オランウータン、テナガザル、ヒヒ、マーモセッ

トなどの全ゲノム配列が明らかになっている。大規模ゲノム解析によって、日本で飼育

されている多数の霊長類動物からヒトと共通の変異を同定し、モデル動物として利用す

ることで、ヒト対象では実施困難な病態メカニズムの検討や創薬研究への利用が可能に

なると期待される。さらに、CNV の中には精神疾患以外に、先天性心疾患や免疫不全

を伴う Velo-cardio-facial syndrome を来す 22q11del などが含まれており、広く多様な

疾患のモデルとしても活用できる可能性がある。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

精神疾患は、統合失調症、双極性障害、うつ病、自閉症スペクトラム障害など多様な

疾患を包含し、精神疾患の患者数は平成 8 年の 218 万人から平成 20 年の 323 万人へ 1.5倍に急増している。自殺者数も平成 10 年から 14 年連続で年間 3 万人を超え、精神疾

患は重要な背景因子となっている。多くの精神疾患で、現在の治療方法の有効性には限

界があり、発症前の社会的機能が回復できず、長期入院が必要になる場合も少ない。従っ

て、患者、家族の精神的苦痛や、社会に与える経済的損失は甚大といえる。実際、障害

調整生存年(DALY)と呼ばれる障害による健康寿命の損失に注目した指標があり、近

年諸外国の政策立案に利用されているが、日本の DALY は精神疾患が第一位になって

いる。その結果、2011 年、本邦において医療上の重点とすべき、5 大疾病に精神疾患

が位置づけられている。精神疾患の治療法は神経伝達物質の調整を図る薬剤ばかりで、

薬物治療によって十分な効果が得られない難治性患者も多数存在する。しかし、近年、

上市される薬剤も me-too drug(化学構造上、基本骨格などが既存薬に類似している)

になっているのが現状である。精神疾患の難治性克服を果たす方向性が見出せない主た

る要因は、精神疾患の病態が不明であり、病態に即した治療法が開発できないことが挙

げられる。一方、他の疾患、例えば炎症性疾患などは、GWAS 等のゲノム解析から得

られた知見から、ゲノム創薬の恩恵を授かる一歩手前まで達している。精神疾患でも、

同様な成果が得られれば、患者自身の生活の質を改善するにとどまらず、直接 •間接

的な社会損失を減少することが可能となる。また、精神疾患治療薬の市場規模は極めて

大きく、創薬の観点からの経済効果も大きい。加えて、精神疾患は偏見や誤解が大きい

が、治療可能ということになれば、偏見の打破につながる。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

本課題は霊長類の全ゲノム解析を実施し、精神疾患の発症リスクとなる遺伝子変異を同

定し、モデル動物を「見つけ出す」。近年日本から報告された遺伝子改変マーモセットの

ようにモデル動物を「作り出す」のとは異なる。

・精神疾患を対象にした全ゲノム解析(全ゲノムシーケンス、ゲノムコピー数変異

(CNV)解析)を実施し、精神疾患のリスク変異を同定(既に 10 種類以上の変異が

日本人患者で同定済み)。

・霊長類動物を対象にした全ゲノム解析(全ゲノムシーケンス、CNV 解析)を実施し、

精神疾患のリスク変異と類似する変異を同定。

俯瞰ワークショップライフサイエンス・臨床医学分野本文.indd Sec1:149 13/03/06 11:53

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・精神疾患のリスク変異を有する霊長類動物を対象にした表現型解析(認知・行動課題、

神経活動記録、解剖学的検索)。

・上述の解析を家系構成員にも実施し、変異(特に CNV)の多面発現的効果を検討。

・霊長類の社会構造の枠組みで変異を有する個体の行動的特徴の検討(個体間の相互作

用の観察)

・霊長類の解析で得られた所見(認知・行動課題、神経活動記録、解剖学的検索)を患

者データや患者由来サンプル(死後脳など)で確認。

・霊長類モデル動物の創薬研究・医療機器の開発への利用。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 精神科患者数が 近 10 年で急増し、自殺者数も 14 年連続で年間 3 万人

を超えており、精神疾患の病態解明と治療法の開発に向けた医学研究への期待が高まって

いる。妥当性の高い霊長類モデル動物の同定と、病態研究への利用はその近道である。

研究シーズ : 近年、精神疾患の発症に強い影響を与える変異(CNV やノンセンス変異)

が多数同定されている。霊長類動物の全ゲノム解析も可能であり、精神疾患のリスクとな

る変異を同定できれば、妥当性の高い霊長類動物を利用して病因・病態研究が進展するこ

とが期待される。霊長類研究は、我が国が世界をリードしている分野であり、その利点を

本研究は活かしつつ 、社会的要請に応えることが期待できる。

5. 参画が見込まれる研究者層

霊長類学、精神医学、認知神経科学、人類学、進化生物学、動物行動学、分子生物学、

細胞生物学、生理学、ゲノム科学、薬理学。

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

精神疾患研究における本研究課題の重要性と、霊長類を対象にした解析には時間を要す

ることを考慮して、10 年計画で研究を進めるべきである。拠点施設としては、多数の霊

長類動物を保有し、表現型解析が実施可能な施設、および精神疾患の大規模なゲノム解析

データを保有する施設を中心に組織すべきである。ゲノム解析は設備投資に費用がかかり、

実験やその後のデータ解析には多くの経験が必要であるため、その研究実績を有する施設

が集約的に実施することが効率的である。精神疾患のモデルとなる霊長類の表現型解析で

は、常にヒトとの対応関係を考慮する必要があり、霊長類学、精神医学、神経科学の専門

家が密接な共同研究の上に分子生物学、生理学、薬理学などの多様な分野の専門家が参加

できる体制が重要であり、それを支援するファンド形態が必要である。また下記にも述べ

るが、患者の臨床データや患者由来のバイオリソースの整備も病態研究を推進するうえで

重要であり、それを支援する施策を引き続き継続して頂きたい。

7. 推進上の課題

霊長類のゲノム解析を実施し、精神疾患と同じ変異を同定すること自体は、制度上や法

規制上あるいは倫理上の課題はほとんどないと思われる。また同定されたモデル霊長類動

物の個体の表現型解析についても従来の研究内容から大きく外れるものではなく、特記す

べき課題はないと思われる。本研究は共通の遺伝子変異を介して、霊長類モデル動物と精

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書151

神疾患患者のデータを双方的に突き合わせるプロセスが重要であるが、ヒトを対象とした

研究にいくつかの制度上の制約を抱えている。例えば、精神疾患患者のゲノム解析は既に

国内でも広く実施されているが、遺伝カウンセリング体制などが整わない状況で、全ゲノ

ム解析を実施することへの危惧から倫理委員会が連結不可能匿名化を要求する場合もあ

る。しかし連結不可能匿名化の条件下では解析後に当該患者の臨床情報にアクセスできな

い事態が考えられる。遺伝カウンセリング体制や生命倫理の専門家の育成などの整備が必

要である。また、社会全体に向けて精神疾患に関する啓発・アウトリーチ活動の支援体制

も重要である。さらに、霊長類モデル動物から得られた知見をヒトサンプルで確認するこ

とが必須であり、高品質のバイオリソースが詳細な臨床情報とともに整備されることが必

要であり、その部分の支援体制を早急に進める必要がある。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 精神疾患のリスク変異を有する霊長類動物の同定によって、従来の

げっ歯類の解析では困難であったヒトの高次脳機能の解析が可能となり、病因・病態研究

や創薬研究に多大な貢献が予想される。霊長類動物の遺伝子改変動物の作成が盛んになっ

ているが、精神疾患のモデル動物を「見つける」という視点はこれまで例がなく、遺伝子

改変動物と相補的な貢献をすると期待される。また、精神疾患以外の先天性心疾患などの

多様な疾患の発症機序解明にも繋がり得る。

社会経済的効果 : 人と同じリスク変異を有する霊長類動物は、従来のげっ歯類を中心と

したモデル動物と比較して妥当性が高いモデルであり、精神疾患の創薬研究に新たなシー

ズを生み出し、産業振興の面からも貢献すると期待される。

9. 備考 : 参考文献や先行例となる海外プロジェクト・施設など

・ Cell: Malhotra D, Sebat J: CNVs: harbingers of a rare variant revolution in psychiatric genetics. 148 (6):1223-41, 2012

・ Am J Psychiatry: Bassett AS, Scherer SW, Brzustowicz LM: Copy Number Variations in Schizophrenia: Critical Review and New Perspectives on Concepts of Genetics and Disease. 167 899-914, 2010

・ Trends Genet: Merikangas AK, Corvin AP, Gallagher L: Copy-number variants in neurodevelopmental disorders: promises and challenges. 25 (12):536-44, 2009

・Annu Rev Genomics Hum Genet: Gejman PV, Sanders AR, Kendler KS: Genetics of schizophrenia: new fi ndings and challenges. 12 121-44, 2011

精神疾患の遺伝学的基盤にゲノムコピー数変異(CNV)を中心とした効果の大きな稀

な変異が数多く関与しているとの知見が急速に増えている。

Hum Mol Genet. 2008 Apr 15;17(8):1127-36.霊長類動物のアカゲザルの CNV 解析で、ヒトと共通する CNV が多数同定され、その

中の一部はヒト疾患との関連が報告されたものであった。

霊長類動物を対象にした全ゲノム解析は世界的にみても数が少なく、精神疾患のリスク

変異と類似する変異を霊長類動物で同定し、精神疾患のモデル動物として利用する試みは

ほとんどない。

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書152

提案整理番号 151. 研究領域名称

グリアによる脳機能の統合的制御メカニズムの解明

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

グリア細胞はアストロサイト、白質の構成要素でもあるオリゴデンドロサイト、ミク

ログリアに大別され、長らく神経細胞の支持細胞、神経細胞に栄養を与えるだけの細胞

という認識が続いてきた。しかし、近年、グリアに関する知見は飛躍的に集積され、脳

機能を考える上できわめて重要な細胞であることが認識されてきた。グリアは神経伝達

物質を受容するだけでなく、自ら生理活性物質を放出し、神経伝達の制御に積極的に関

わっていること、脳機能発達における臨界期に関与することが明らかとなってきている。

その背景から、アストロサイトやオリゴデンドロサイトがシナプス前・後ニューロンと

ともに神経伝達に寄与するとされる tripartite synapse の概念が定着し、グリア由来の

生理活性物質を対象に gliotransmitter という用語も普遍化しつつある。また、ミクロ

グリアについては、痛みなど知覚受容に関して重要な役割をもつことが我が国の研究者

を中心として明らかにされている。さらに、近年、神経再生や神経機能の修復・再建に

グリア細胞が関与し、脳機能発達における臨界期にはオリゴデンドロサイトが関与する

ことなどが明らかにされ、グリアの機能変調がアルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症、

大うつ病性障害などの精神神経疾患の発症や進行に関与する可能性が示されている。ま

た、白質において、オリゴデンドロサイトが軸索の髄鞘形成後に活動依存的に神経情報

伝達速度の調節に関わり、その障害が統合失調症などの精神疾患の病態に関与すること

が示されつつある。このように、高次な脳の情報処理に変調を来す精神神経疾患の発症

には、進化の過程でグリア細胞が増加してきたことに起因すると仮定されているが、そ

の詳細は科学的に証明されておらず、グリアの存在が神経回路学的にみてどのような優

位性をもたらしたのかという、物質論的、計算論的説明がきわめて薄弱である。このよ

うに、ここ数年間のグリア研究の進展は目覚しく脳科学領域の研究の発展に大きく寄与

してきたが、未だ解決すべき課題は多く、特に精神疾患の病態解明に寄与することが待

望されているのが現状である。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

精神疾患は、統合失調症、双極性障害、うつ病、自閉症スペクトラム障害など多様な

疾患を包含し、精神疾患の患者数は平成 8 年の 218 万人から平成 20 年の 323 万人へ 1.5倍に急増している。自殺者数も平成 10 年から 14 年連続で年間 3 万人を超え、精神疾

患は重要な背景因子となっている。多くの精神疾患で、現在の治療方法の有効性には限

界があり、発症前の社会的機能が回復できず、長期入院が必要になる場合も少ない。従っ

て、患者、家族の精神的苦痛や、社会に与える経済的損失は甚大といえる。実際、障害

調整生存年(DALY)と呼ばれる障害による健康寿命の損失に注目した指標があり、近

年諸外国の政策立案に利用されているが、日本の DALY は精神疾患が第一位になって

いる。その結果、2011 年、本邦において医療上の重点とすべき、5 大疾病に精神疾患

が位置づけられている。精神疾患の治療法は神経伝達物質の調整を図る薬剤ばかりで、

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薬物治療によって十分な効果が得られない難治性患者も多数存在する。しかし、近年、

上市される薬剤も me-too drug(化学構造上、基本骨格などが既存薬に類似している)

になっているのが現状である。精神疾患の難治性克服を果たす方向性が見出せない主た

る要因は、精神疾患の病態が不明であり、病態に即した治療法が開発できないことが挙

げられる。一方、他の疾患、例えば炎症性疾患などは、GWAS 等のゲノム解析から得

られた知見から、ゲノム創薬の恩恵を授かる一歩手前まで達している。精神疾患でも、

同様な成果が得られれば、患者自身の生活の質を改善するにとどまらず、直接 •間接

的な社会損失を減少することが可能となる。また、精神疾患治療薬の市場規模は極めて

大きく、創薬の観点からの経済効果も大きい。加えて、精神疾患は偏見や誤解が大きい

が、治療可能ということになれば、偏見の打破につながる。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

効率よく高い成果を引き出すためには、何を対象にグリアの関与を明らかにするという

課題設定が重要である。

(1)神経情報処理におけるグリア要素の解明

(2)精神神経疾患におけるグリアの病態生理

(3)脳内の栄養と代謝におけるグリアの役割解明

上記課題で成果を得るためには、グリア固有の機能を測定・解析するための基礎技術の

開発と発展が必要である。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 精神科患者数が 近 10 年で急増し、自殺者数も 14 年連続で年間 3 万人

を超えており、精神疾患の病態解明と治療法の開発に向けた医学研究への期待が高まって

いる。

研究シーズ : 我が国では、平成 10 年度から公的支援によりグリア研究がサポートされ、

これまで多数の研究者が育っており、世界的にみても我が国のグリア研究のレベルは高い。

しかしながら、いまだ全容を解明するに至っておらず、世界をリードする成果を生み出し

うるグリア研究は引き続き我が国が先約的にとりこむべき課題である。

5. 参画が見込まれる研究者層

細胞生物学、分子生物学、生理学、発生生物学、脳科学、精神神経科学、生物物理学、

生物情報学、工学(解析ツールの開発) など

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

低でも 10 年間の継続的支援が必要である。これまでのボトムアップ型の特定領域研

究などにより、研究者層の掘り起こしと、グリアに関する基本命題、基本研究課題への取

り組みは進んできた。今後グリア研究を発展させるには、グリア固有の機能を測定し、解

析するための基盤技術を開発・発展させるとともに、in vivo に力点を置いた研究を発展

させることが肝要である。そこには疾患に関する研究も不可欠である。このように目標設

定は現時点では明瞭となってきており、従って支援形態としては CREST のような形態が

望ましいのではないかと考えられる。特に、個別研究を独立に支援するかたちではなく、

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一定の規模のグループを形成して異分野相互交流を推進することも必要であると思われ

る。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

この分野のボトルネックは in vivo で解析するためのツールと解析機器の開発が世界的

にみても十分進んでいないことである。特定の、かつ深部にも存在するグリア細胞の活性

化とシナプス制御について、解析する手法開発が不可欠である。ただし、このボトルネッ

クは、対象をグリアから神経細胞に変えた場合にも当てはまるものであり、脳科学全体の

ボトルネックともいえる。また、精神疾患に対するスティグマは確実に存在し、そのため

にヒトを対象として研究の進捗が滞ることも予想される。したがって、社会全体に向けて

精神疾患に関する啓発・アウトリーチ活動の支援体制も重要である。 終的には、新規治

療法開発による治療可能という社会還元こそが、偏見の打破にもつながる。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 一つのアストロサイトは複数の神経細胞が形成するシナプスの情報

処理に関わるとされているが、グリアの多様性は脳内に莫大な数のシナプス制御ユニット

の存在を示唆することになり、その基本動作原理の解明は、「脳の理解」「精神疾患の病態

解明」に大きく貢献すると予想される。

社会経済的効果 : 本研究の成果により、”precision medicine’(分子標的と精密な診断

に基づき、厳密に定義された患者群に効果を示す薬)の開発へと繋がることが期待される。

精神疾患の創薬研究に新たなシーズを生み出し、産業振興の面からも貢献すると期待され

る。

9. 備考 : 参考文献や先行例となる海外プロジェクト・施設など

・ Neurology: Alix JJ, Domingues AM: White matter synapses: form, function, and dysfunction. 76 (4):397-404, 2011

・ Front Neuroanat: Hoistad M, Segal D, Takahashi N, Sakurai T, Buxbaum JD, Hof PR: Linking white and grey matter in schizophrenia: oligodendrocyte and neuron pathology in the prefrontal cortex. 3 9, 2009

・ Nature: Nave KA: Myelination and support of axonal integrity by glia. 468 (7321):244-52, 2010

提案整理番号 161. 研究領域名称

精神疾患の病態に関連する遺伝要因の解明 :common variant と rare variant の融合

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

遺伝疫学的研究の証左から、精神疾患の発症に遺伝要因が強く関係することは確実で

ある。しかし、当初とられた、生物学的知見からボトムアップした「候補遺伝子」を対

象として遺伝学統計学的に関連を検証する方法は、十分な成果を挙げるに至らなかった。

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一方、過去 5 年、ゲノムワイド関連研究(Genome-Wide Association Study: GWAS)は、

精神疾患発症に関わるリスク遺伝子の同定に成功したが、身体疾患のそれに比べ十分と

は言えない。一般に、現在GWASで同定されたリスクSNPは、発症への effect sizeが 1.2以下と非常に小さいため、頻度の高い(common な)リスク因子のほとんどは type II error を起こし、未だ同定されるに至っていないことが想定される。例えば、GWAS で

得られるすべての結果を利用し、ある程度頻度の高い SNP(common variant)で、ど

の程度疾患のリスクを説明出来るかをシミュレートした結果によると、統合失調症の

場合、約 30% と程度が説明可能と予測されている(Nature 460,7256 p748-52,2009)。ところが、Caucasian サンプルを主体とした GWAS のメガ解析の実際のデータでは、

現在までのところ 6 − 7% 程度のみと報告(Nat Genet 43,10 p969-76,2011)されており、

未だ多くが同定出来ていない。他方、common variant のみでは遺伝的リスクの多くが

未確認である現状を「missing heritability」と呼び、rare variant や epigenetic な変

化などの検討など、様々な post GWAS 的方法論が提案されている。特に 近利用可能

となってきた Whole-Genome sequencing や、exome resequencing(二つをあわせて

以下「パーソナルゲノム解析」と総称する)に焦点が当てられ、その結果が報告されつ

つある。確かに、パーソナルゲノム解析は effect size が大きい遺伝的リスクを同定する

ことが可能で、common variant に比し、疾患に関与することを生物学的に証明する

ことが容易と考えられる。しかし、rare であるからこそ、莫大なサンプル数が必要で

ある一方、コストの関係から数千規模の結果は皆無なのが現状である。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

精神疾患は、統合失調症、双極性障害、うつ病、自閉症スペクトラム障害など多様な

疾患を包含し、精神疾患の患者数は平成 8 年の 218 万人から平成 20 年の 323 万人へ 1.5倍に急増している。自殺者数も平成 10 年から 14 年連続で年間 3 万人を超え、精神疾

患は重要な背景因子となっている。多くの精神疾患で、現在の治療方法の有効性には限

界があり、発症前の社会的機能が回復できず、長期入院が必要になる場合も少ない。従っ

て、患者、家族の精神的苦痛や、社会に与える経済的損失は甚大といえる。実際、障害

調整生存年(DALY)と呼ばれる障害による健康寿命の損失に注目した指標があり、近

年諸外国の政策立案に利用されているが、日本の DALY は精神疾患が第一位になって

いる。その結果、2011 年、本邦において医療上の重点とすべき、5 大疾病に精神疾患

が位置づけられている。精神疾患の治療法は神経伝達物質の調整を図る薬剤ばかりで、

薬物治療によって十分な効果が得られない難治性患者も多数存在する。しかし、近年、

上市される薬剤も me-too drug(化学構造上、基本骨格などが既存薬に類似している)

になっているのが現状である。精神疾患の難治性克服を果たす方向性が見出せない主た

る要因は、精神疾患の病態が不明であり、病態に即した治療法が開発できないことが挙

げられる。一方、他の疾患、例えば炎症性疾患などは、GWAS 等のゲノム解析から得

られた知見から、ゲノム創薬の恩恵を授かる一歩手前まで達している。精神疾患でも、

同様な成果が得られれば、患者自身の生活の質を改善するにとどまらず、直接 •間接

的な社会損失を減少することが可能となる。また、精神疾患治療薬の市場規模は極めて

大きく、創薬の観点からの経済効果も大きい。加えて、精神疾患は偏見や誤解が大きい

が、治療可能ということになれば、偏見の打破につながる。

俯瞰ワークショップライフサイエンス・臨床医学分野本文.indd Sec1:155 13/03/06 11:53

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3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

「研究開発の現状」で述べたように、精神疾患は common かつ effect size が小さいリス

クと、rareかつeffect sizeが大きいリスクの双方が発症に関与すると想定される。したがっ

て、精神疾患発症の遺伝的要因を解明するためには、2 本立てのストラテジーが必要であ

る。

1)リスクとなりうる common variant を十分に探索する。

精神疾患を対象としたパーソナルゲノム解析を開始し、同定した rare variant を焦

点として、大規模サンプルを用いて疾患との関連を確認する

とうい二つの方策が重要である。この分野の急激な進展を考えると、可及的速やかに研

究を開始するべきである。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 精神科患者数が 近 10 年で急増し、自殺者数も 14 年連続で年間 3 万人

を超えており、精神疾患の病態解明と治療法の開発に向けた医学研究への期待が高まって

いる。

研究シーズ : 日本において、精神疾患に対するゲノム解析は十分でない(例、統合失

調症に関して、小規模サンプルを用いた解析が 2 報あるのみ ;Biol Psychiatry 69,5 p472-8,2011、PLoS One 6,6 pe20468,2011)。また、common と rare な variant の二つの方策

を踏まえた Caucasian 対象の大規模解析は未だ発表されておらず、速やかに完了するこ

とが出来れば、タイムリーである。

5. 参画が見込まれる研究者層

ゲノム科学、精神神経科学、生物情報学、工学(解析ツールの開発)、細胞生物学、分

子生物学、生理学など。

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

パーソナルゲノム解析の技術的進展を考慮すると、おおよそ 5 年のスパンを研究期間

に想定すべきである。 初の 1-2 年で、パーソナルゲノム解析を完了させると同時に、体

系的に精神疾患サンプルを収集し(バイオバンクが例となる)、その後の関連解析への基

盤作りを実施する。本研究の体制を考えると、競争的予算により運営するのではなく、国

家プロジェクトとして位置づける必要がある。パーソナルゲノム解析を BGI などにアウ

トソースする方法もあるが、その結果、日本の技術的あるいは研究基盤が空洞化する可能

性が高い点を考慮すると、日本における wet labo work の拠点は必須である。しかし、新

規拠点整備のコストや、同じようなコンセプトのもと開始されている他の身体疾患の進捗

などを踏まえる必要があり、大局的な見地から決定する必要がある。また、サンプリング

に関しては、全国の大学、精神科病院などにも協力を求める必要があり、all Japan の体

制が必要となる。

7. 推進上の課題

ボトルネックとなる要素はパーソナルゲノム解析のコストや研究拠点設置にあると考え

られる。さらに、バイオリソースが詳細な臨床情報とともに整備されることが必要であり、

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その部分の支援体制を早急に進める必要がある。また、パーソナルゲノム解析で同定され

たリスクの「候補」をすぐに生物学的シーズとして活用するコアとなる基礎研究分野との

連携も当初より想定しておく必要がある。倫理・社会面では、パーソナルゲノム解析で得

られる情報は、確実なセキュリティーのもと行わなければならない。また、精神疾患に対

するスティグマは確実に存在する。さらに「遺伝子」という言葉にも決定論的な誤った認

識が存在するのも確かである。例えば、精神疾患患者のゲノム解析は既に国内でも広く実

施されているが、遺伝カウンセリング体制などが整わない状況で、全ゲノム解析を実施す

ることへの危惧から倫理委員会が連結不可能匿名化を要求する場合もある。しかし連結不

可能匿名化の条件下では解析後に当該患者の臨床情報にアクセスできない事態が考えられ

る。遺伝カウンセリング体制や生命倫理の専門家の育成などの整備が必要である。また、

社会全体に向けて精神疾患に関する啓発・アウトリーチ活動の支援体制も重要である。

終的には、新規治療法開発による治療可能という社会還元こそが、偏見の打破にもつなが

る。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 日本人という均一性の高い集団を対象とすることは、遺伝学的にア

ドバンテージがあり、より確度の高い結果を提供することが可能である。また、その後の

生物学的検証においても、日本の神経科学のレベルは高く、連携により、十分な成果が期

待される。

社会経済的効果 : 本研究の成果により、”precision medicine’(分子標的と精密な診断

に基づき、厳密に定義された患者群に効果を示す薬)の開発へと繋がることが期待される。

精神疾患の創薬研究に新たなシーズを生み出し、産業振興の面からも貢献すると期待され

る。

9. 備考 : 参考文献や先行例となる海外プロジェクト・施設など

International Schizophrenia Consortium・ Nature: Purcell SM, Wray NR, Stone JL, Visscher PM, O'Donovan MC, Sullivan PF, Sklar P: Common polygenic variation contributes to risk of schizophrenia and bipolar disorder. 460 (7256):748-52, 2009

Psychiatric GWAS Consortium・ Nat Genet: Sklar P, Ripke S, Scott LJ, et al.: Large-scale genome-wide association analysis of bipolar disorder identifies a new susceptibility locus near ODZ4. 43 (10):977-83, 2011

提案整理番号 171. 研究領域名称

臨床・基礎研究の融合により精神疾患の新たな診断・治療パラダイムをめざす病態研究

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

精神疾患は、脳を主たる病変部位とする疾病である点に疑いはない。そのため、脳に

様々な機能異常をもたらす動物モデルが作成され検討され、また、脳に発現する遺伝子

を操作した細胞レベルでの研究などが行われている。しかしながら、精神症状はヒト固

俯瞰ワークショップライフサイエンス・臨床医学分野本文.indd Sec1:157 13/03/06 11:53

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有の精神現象であり、臨床から隔絶された動物や細胞を用いた研究に、構造的妥当性が

あるのか検証されていない。また、基礎レベルでの検討が分子細胞機構の検討で自己完

結し、ヒトの病態を正しく反映したものであるか検証されないまま基礎的研究が独り歩

きしている現状がある。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

WHO は、障害調整生命年(DALY)でみると先進国ではうつ病が全疾患の 1 位であ

り、英国のブレア政権は精神疾患をがん、循環器疾患と並ぶ三大国民病と位置付けて

いる。Nature 誌は 2010 年から 10 年間を、精神疾患の 10 年(Decade of Psychiatiric Disorders)と位置付けるなど社会的ニーズに基づいて精神疾患の重要性が強調されて

いる。。2011 年にはわが国でも、厚生労働省は地域医療の基本方針となる医療計画に盛

り込むべき疾病として指定してきたがん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病の四大疾病に、

新たに精神疾患を加えて「五大疾病」とする方針を決定するなど、社会的ニーズは極め

て大きい。しかしながら、精神疾患には行動観察的診断法しかなく、治療法も対症療法

的薬物投与が行われているに過ぎない。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

(1)精神疾患のマーカーの探索 : 脳画像、脳血流、血液生化学的な研究により精神疾

患のマーカーを確立する。マーカーは中間表現型として、動物モデルや細胞レベルで

の研究と連携する。成果は常に臨床的に検証され診断と治療法の開発を見据える。

(2)分子病態機序の解明 : 分子生物学的検討やモデル動物の解析を行うが、ヒト病態

の解明へ還元を橋渡しする臨床施設との連携を重視する。かつての大学病院が果たし

たような研究と臨床の連携融合を推進する。

(3)分子標的治療研究 : 臨床治験の実現への橋渡しを支援する。企業が利益を見込ま

ず手がけないような課題を推進する。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 精神疾患が「五大疾病」に認定されたばかりであり社会ニーズは大きい。

自殺者も 14 年連続で 3 万人を超えており社会問題となっている。

研究シーズ : DISC1 研究のような分子細胞レベルで高い技術がある。また、脳画像研

究でも活発に研究が推進されている。しかし、基礎と臨床の橋渡しは遅れている。

5. 参画が見込まれる研究者層

分子生物学、細胞生物学、生化学、薬理学、臨床精神医学、臨床検査工学、

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

基礎研究者と臨床研究者、および橋渡しする人材が様々な組織から参画してチームを構

成し、研究開発を推進する。大学や研究所および大学病院や公的病院がコンソーシアムを

組み、研究開発の適切な融合や活用を可能とする。チームの研究期間は原則 5 年とするが、

臨床試験まで成果が見込まれる場合、10 年までの延長を可とする。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

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基礎研究者が精神疾患研究に積極的に参加できるようになった一方で、臨床家で研究を

担う人材が深刻に不足している。近年の我が国では、基礎研究の論文数の伸びに比べて臨

床論文が減少している事実にも表れており、人材育成の必要性が急務である。基礎研究の

成果を臨床研究、治験へつなげていく統合的マネジメント体制も必要である。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 国際的に高い水準にある我が国の神経科学研究の成果を、臨床的知

見と統合してヒト病態を解明することによって、新たな診断・治療パラダイムが創出され

る。

社会経済的効果 : 障害調整生命年(DALY)で上位を占める精神疾患が解明されること

によって、自殺者の減少や医療費抑制など波及効果は大きいと考える。

提案整理番号 181. 研究領域名称

ヒトの社会性障害の克服を目指した双方向性のトランスレーショナルリサーチ

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

ヒトの社会性の障害は多くの精神神経疾患に程度の差はあれ、広く認められる。非侵

襲脳イメージング(MRI、PET)の解析法の進歩、認知科学、計算論的神経科学など

の発展も伴い、特に情動や意思決定などをテーマとする社会神経科学の分野も興隆して

きている。精神疾患の克服のために、こうした基礎研究で得られた知見を応用しようと

するトランスレーショナルリサーチが推進されている。しかし、創薬など十分な成果が

出ているとは言い難い。その要因には、種差の違いや、in vitro と in vivo の違いなど

一般的な要因に加え、その要因には、精神疾患の診断基準は生物学的な裏打ちがなく、

客観性に乏しい事や、薬効の評価が自己陳述や行動観察による症状評価を基にしたもの

である事が挙げられ、プラセボ(偽薬)効果も大きいことなどが挙げられる。また、社

会性の障害を示す代表的な精神疾患である発達障害や統合失調症においては、一言に社

会性の障害と言っても多次元の症状や行動異常を含んでおり、その病型も様々である。

近年、認知科学、計算論的神経科学などの発展、非侵襲的脳画像の解析法、デコーディ

ング技術、分子イメージング技術の発展に伴い、個々の精神機能の脳基盤を相関関係だ

けではなく、脳情報を操作することで因果関係を示すことが可能になりつつある。一方、

げっ歯類では、光遺伝学を用いた機能単位の回路の同定が進んでいる。さらに、霊長類

では、ウィルスベクターを用いた経路選択的なシナプス伝達の遮断などによって高次脳

機能の詳細な検討が可能になってきている。このような状況において、社会性の障害を

構成する個々の症状や行動異常を単一あるいは複数の精神機能(脳機能)の障害と捉え、

精神機能単位の神経基盤の理解から、その障害の生物学的理解と症状軽快のメカニズム

の理解へと発展させる . 機能単位ごとの理解を動物実験とヒト疾患研究との間の双方向

性のトランスレーショナルリサーチが社会性の障害の客観的診断法ならびに革新的な創

薬や治療法開発につながると期待される。

俯瞰ワークショップライフサイエンス・臨床医学分野本文.indd Sec1:159 13/03/06 11:53

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(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

特に先進国においては死亡というアウトカムのみで、疾患の重大性を評価するので

はなく、重い生活障害をどの位の期間もたらすかによって疾患を評価することが WHOにより推奨されている。このため WHO は、障害による健康寿命の損失に注目した、

DALY という指標について調査しており、日本の疾患別 DALY を算出すると、精神疾

患が も高く、がん、循環器疾患とともに、三大疾患との位置付けとなる。昨年度、厚

生労働省よりがん・脳卒中・急性心筋梗塞・糖尿病の 4 大疾患に加え、精神疾患を加え、

5 大疾患とすることが決定された。精神疾患は若年期、青年期に社会性の障害などとし

て顕在化し、慢性に経過することが多い為、社会経済学的にも労働力損出と医療負担を

含めた社会の負担が重大な問題となってきている。同時に精神疾患への関心の高まりや

市内の精神科クリニックの増加、精神科受診への抵抗感の低下のあいまって、過剰な診

断や過剰あるいは不適切な診療に結び付き、臨床現場、職域さらには司法に於いて混乱

を来している。さらに発達障害等の言葉だけが独り歩きして、そもそも、いわゆる引き

こもり、不登校、ニートとの線引きが困難であるという問題がある。これはひとえに、

社会性の障害の診断が本人の陳述や表層的な行動観察に依存する面が多いことと、社会

性の障害を構成する個々の症状や行動異常の生物学的理解が不十分であるため、治療の

メカニズムも不明であることに起因する。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

(1) 社会性障害の発現メカニズム、責任回路の解明研究

社会性障害の機能単位となる脳機能を定義するための、数理モデルの作成や、それを

同定するために社会性障害につながる高次脳機能をシステムレベルの回路機能、局所の

回路機能の集合と階層的にとらえることを目指す。極力、げっ歯類、サル、ヒトと共通

に適応できる課題を作成する。種を超えて実施可能な課題作成が困難な場合には、ヒト

を対象に従来の脳機能イメージングでシステムレベルで責任回路の候補を挙げると同時

に、分子イメージングの技術を用いて、課題遂行中の神経伝達物質の挙動を画像化、定

量化する。ヒトで得られた知見からサルで、電気刺激、局所薬物投与、ウィルスベクター

などを手法で、課題遂行に責任を負っているシステムレベルの回路を同定する。さらに

げっ歯類でシステムレベルの回路を構成する局所回路の機能を光遺伝学の手法などを用

いて明らかにする。機能単位が同定されたら、どのレベルでどの程度、障害されれば、

精神疾患患者で観察される社会性障害につながるか、動物からヒトに向けて検証をして

いく。このヒトとげっ歯類との往復を繰り返し、精神症状を構成するより妥当な機能単

位、階層モデルを構築する。

(2) 社会性障害の責任回路の修飾・介入研究

上記で得られた社会性障害の階層モデルのどの階層の機能単位や回路をどの程度、ど

のタイミングで修飾すれば、社会性障害の改善につながるかげっ歯類からヒトまで検証

していく。げっ歯類では光遺伝学の手法などを用いて、サルでは電気刺激、局所薬物投

与を行い、ヒトではデコーディング技術を応用したニューロフィードバックなどを行う。

終的には多彩な社会性障害を呈する精神疾患を障害のある機能単位の組み合わせに応

じて再分類したり、個々の患者に応じてテイラーメイド医療の実現を目指す。

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4. 提案の適時性

社会ニーズ : 社会構造の変化やストレスに伴う精神疾患の増加による若年期、青年期に

顕在化する社会性障害は生産性の低下、社会の負担が切実な問題になりつつある。同時に、

発達障害等の言葉だけが独り歩きして、過剰あるいは不適切な診断、診療が臨床現場や教

育現場、職域、司法領域で問題になってきており、生物学的知見に裏打ちされた社会性障

害の診断や治療効果判定が望まれている。

研究シーズ : 脳科学の進展に伴い、ヒト、サル、げっ歯類において様々なレベルの回路

の機能を生理学的、薬理学的に修飾することが可能になってきており、多次元にわたる社

会性の障害を構成する個々の症状や行動異常をターゲットにした介入法が可能になりつつ

ある。

5. 参画が見込まれる研究者層

臨床研究 : 精神医学、神経内科学、心療内科学、脳外科

基礎研究 : 薬理学、神経科学、分子生物学、認知科学、工学、情報科学

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

基礎研究、トランスレーショナル研究、臨床研究を担う 3 拠点程度を形成する。形態

は実際の施設にとらわれず、バーチャルな施設として運用する ERATO、CREST 型が望

ましい。その中でも基礎 - 臨床の双方向性トランスレーショナル研究を推進するトランス

レーショナル研究拠点を中心に位置づける。トランスレーショナル研究拠点には、基礎と

臨床を結ぶ垂直方向の連携が可能な人材以外に、高度な専門化が進んだ異分野を融合させ

学際的に研究を進める人材、機器開発や創薬など企業との連携を推進させる人材を配置す

る。トランスレーショナル研究拠点が基礎拠点、臨床拠点と連携しつつ、各拠点で実施す

べき内容を見極めていく。第一期(5 年)の研究を症状の責任回路の同定や、それを修飾

する技術開発、実験動物を用いた前臨床試験を中心に行い、第二期(5 年)では臨床試験

に向けて安全性、効率性の向上に向けた応用的な研究を中心に行う。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

わが国の脳科学研究は、個々の基礎研究としては世界的な水準にある。しかし、ヒトを

対象とした脳科学研究や、精神疾患の臨床研究は、欧米に比べると出遅れている感は否め

ない。この分野の研究推進のためには、臨床医学と基礎研究の橋渡しだけでなく、認知科

学、工学、情報科学といった生物学以外との真に有機的な融合も望まれるが、ファンド形態、

若手の教育という観点でもまだ、縦割りの障壁がある。さらに clinician scientist の不足、

企業研究者との連携の難しさなども挙げられる。これらの問題を解決し、スムーズな研究

推進、研究成果を迅速に社会還元できる仕組みづくりが望まれている。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 生物学的に裏打ちされた訳でない診断基準にとらわれず、多次元に

わたる社会性の障害を構成する個々の症状に注目することで動物から臨床まで双方向性の

トランスレーショナル研究が促進される。ヒト、サル、げっ歯類において様々なレベルの

回路の機能を生理学的、薬理学的に修飾する技術がトランスレーショナル研究において有

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機的に活用され、個々の精神症状に応じた治療法の開発につながる。

社会経済的効果 : 社会性の障害による生産性低下、社会の負担の軽減を減らす。また、

客観的な社会性の障害の理解は必要以上の過剰な診断や過剰治療に歯止めをかける。個々

の社会性の障害に対する治療メカニズムも明らかになれば、効率的な創薬、治療法開発と

ともにテイラーメイド医療の実現にもつながる。

9. 備考

アメリカ精神医学会の精神障害の診断と統計の手引きが

DSM- Ⅳから DSM- Ⅴに 2013 年に改訂予定であるが、その中でも現行の精神疾患の

categorical な分類から疾患を構成する要素に分け , 各要素の量的な問題としてとらえる

dimensional な分類へ移行する予定である。個々の精神症状に注目した本提案は、この流

れに一致している。

2011 年 MAX PLANCK SOCIETY と UNIVERSITY COLLEGE LONDON は

COMPUTATIONAL PSYCHIATRY AND AGING RESEARCH という国際共同プロジェ

クトを発足させている。

提案整理番号 191. 研究領域名称

データ駆動システム神経科学

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

脳イメージング技術や埋め込み型脳計測技術の進展を背景として、システム神経科学

における脳計測データのあり方が変貌しようとしている。希少なデータを用いた仮説検

証型アプローチに代わり、近い将来、自然な条件下で大量に得られる脳・行動計測デー

タを用いた発見型アプローチや予測型アプローチが台頭することが予想される。すでに、

ブレイン−マシン・インターフェース(BMI)の研究分野では、機械学習モデルをデー

タ駆動で学習し、脳から行動を正確に予測する方法の開発が進んでいる。また、欧米で

は、Human Brain Project や Human Connectome Project など、電子顕微鏡画像や非

侵襲脳画像から神経コネクションを網羅的に抽出して「コネクトーム」としてデータベー

ス化する大規模予算プロジェクトが立ち上がっている。従来ゲノム研究で行われてきた

ビッグデータ型アプローチがシステム神経科学にも取り入れられようとしているのであ

る。システム神経科学で扱うデータは、一般的に、遺伝子データに比べ構造化されてお

らず、大規模データ処理には適さないが、コンピュータビジョンや自然言語処理の分野

で開発されている特徴やメタデータを自動的に抽出する技術を利用することで脳・行動

データの大規模処理が実現できると考えられる。以上のような技術的シーズはあるもの

の、大規模脳・行動データをもとに、定量的な予測を実現した研究はほとんどない。ま

た、とくに日本では、データベースを含め、大規模情報基盤の整備が遅れている

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

高齢化が進む中、脳を介した情報通信やロボット制御によって、低下した身体機能を

補う技術に対する関心と期待が高まっている。また、 近厚生労働省により精神疾患が

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「5 大疾病」の一つにリストされたことに象徴されるように、若年層のうつなど精神疾

患は大きな社会問題となっている。精神疾患の診断や病態の解明のためにも、脳活動デー

タベースやコネクトーム解析、動物モデルによる多ニューロン計測は欠かせない。一方、

脳計測データを民生応用しようとするさまざまな動きもある。米国やイギリス、オース

トラリアでは、脳計測を商品開発やマーケティングに応用する「ニューロマーケティン

グ」のサービスを提供する会社が設立されている。また、米国では、脳イメージングを

使って「嘘発見器」のサービスを提供するビジネスも現れている。以上のように、神経

科学が実世界で有用な情報を提供する可能性に大きな期待が寄せられている。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

本研究領域では、各研究グループで 5 年の研究期間を想定し、以下の 3 つの要素技術

を単独、または、組み合わせて開発することにより、脳や行動の定量的な予測を可能にす

るデータ駆動システム神経科学を実現する :(3)脳・行動計測に関する研究

大規模脳・行動データ計測のための技術を確立する。例として以下の課題が考えられ

る :・埋め込み電極を用いた自然な環境下での長期脳計測

・ウェアラブルコンピュータなどを用いた行動・環境計測と脳計測との統合

・マルチ電極やイメージングを用いた多ニューロン長期間記録

(4)脳・行動データの数理モデリングに関する研究

上記(1)で得られる大規模脳・行動データを用いて、脳モデル、行動(環境)モデル、

および、脳—行動モデルを構築する。従来のモデルとは異なり、より自然な条件で得ら

れる大量のデータにもとづいてパラメータを推定し、現実の行動や脳活動に関する高精

度の予測を行う。具体的なテーマとして以下のものが挙げられる :・Deep learning 等を用いた大規模画像・動画・音声データからの特徴抽出

・電子顕微鏡画像の 3 次元再構成を用いた、神経ネットワークモデルの構築

・多次元非線形ダイナミクスモデルのパラメータ推定

・事例ベースのエンコード・デコードモデルの構築

(5)情報基盤整備に関する研究課題

大規模脳・行動データを蓄積・共有するためのツールや解析プラットフォームを開発

する。例として以下のものが挙げられる :・単一ニューロンモデル、および、そのネットワークのパラメータ推定のためのアルゴ

リズム開発

・アノテーション付き動画と対応する脳活動を記録したデータベースの構築

・サルの脳・行動計測データをリアルタイムに処理し、インターネットで公開・共有す

るためのシステム

4. 提案の適時性

これまでのシステム神経科学では、現象の定性的な説明や仮説検証のための実験やモデ

ル化に主眼を置いていたが、近年の脳・行動計測技術や情報処理技術の進歩により、実世

界で有用な情報を「予測」するためのシーズ技術が生まれている。ブレイン−マシン・イ

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ンターフェースや精神疾患の診断などでは、すでに、機械学習を利用したデータ駆動型ア

プローチが活用され始めているが、現時点では、その利用は限定的である。脳計測データ

の蓄積・共有のための基盤を整備し、コンピュータビジョンや自然言語処理で用いられて

いるデータ構造化手方法を取り入れることにより、データ駆動型アプローチの応用領域は

飛躍的に広がり、実社会の諸問題に定量的な予測を与える新たな神経科学の可能性を拓く

ものと期待される。

5. 参画が見込まれる研究者層

神経科学、心理学、精神医学、臨床医学、機械学習、統計学、スーパーコンピュータ、

自然言語処理、コンピュータビジョンなどの学際的な分野の研究者。

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

基礎的研究は、CREST や新学術領域のような形で、各研究者の多様なアイデアを生か

す形で、5 年程度の期間での研究が必要と考えられる。応用に関わる研究は、例えば脳プ

ロのように、戦略的な研究開発体制も考えられる。いずれにおいても、以下の 3 グルー

プの密接なコラボレーションが必要となる。

・脳・行動計測グループ(神経科学者、心理学者が主体)

・データ解析グループ(情報数理系研究者が主体)

・情報基盤開発グループ(情報数理系研究者および企業のエンジニアが主体)

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

本プロジェクトの実現には、スーパーコンピュータを含む、大規模計算機リソースの安

定供給やデータベースの永続的な的運営など、情報インフラの整備が欠かせない。また、

データを共通フォーマットに変換し、適切なアノテーションを行う事ができるキュレータ

などの人材育成も望まれる。また、行動データや、ウェブ上のテキスト・画像・動画デー

タの利用に伴う法的・倫理的な問題に対処する人員も必要となる。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 科学技術上の効果 : 国際的に高い研究水準にあるわが国のシステム

神経科学の成果にもとづいて、将来の基礎研究のデータベースやデータ解析ツールを開発

し、世界に発信することで、日本がビッグデータ時代の神経科学をリードする契機となる。

社会経済的効果 : 医療分野においては、四肢麻痺や ALS 患者患者の運動機能代償・再

建を実現するブレイン−マシン・インターフェース(BMI)への応用が考えられる。実世

界のデータや複雑な脳モデルを利用することで、利用者ごとのキャリブレーションの負担

を軽減し、実環境のニーズに即した出力が得られるBMIの実現に寄与する。民生分野では、

脳活動解析から得られる情報を既存のデータ(画像、動画、商品など)にメタデータとし

て付加することで、商品のレコメンデーションシステム、マーケティング、デザイン評価

などへの応用が考えられる。

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提案整理番号 201. 研究領域名称

脳の自発性の観測と介入

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

脳の 大の特徴はその自発性にある。探索欲・知識欲(いわゆる「やる気」)は、ヒ

トを含む動物の行動な主要な原動力となっている。一方、こうした自発性は、自閉症や

うつ病、認知症などの病態で著しく障害されている。しかし、自発性の起源と機構につ

いては十分に解明されていない。脳回路は外界からの感覚入力がなくても内発的に活動

している。これは自発活動と呼ばれ、従来は重要な研究対象とみなされてこなかったが、

脳の栄養の実に 8 割以上を消費している主要な脳活動の構成成分である。したがって

自発活動は、脳の動作原理を読み解く鍵を握っているのみならず、内発的に発する活動

という性質上、脳の自発性の起源に迫る糸口でもある。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

がん、脳卒中、心臓病、糖尿病に加え、昨年新たに精神疾患がリストされ「5 大疾病」

とする方針を厚生労働省が打ち出したことに象徴されるように、うつ病や認知症を始め

とする「脳」の疾患は、年々患者数が増えており、病態の解明および治療・予防策の確

立は社会的急務である。

ⅰ)脳の自発性は、上記の疾患以外にも、新型うつ病、ひきこもり、ニート問題など、

多くの社会問題に直結する。自発性が解明され、これを制御できるようになれば、

社会的および経済的な貢献は計り知れない。

ⅱ)従来の脳疾患の診断は、主に刺激応答反応を頼りに行われている。しかし、脳の

活動の大半は自発活動であり、自発活動に所見が現れることが知られている。また、

アイドリング状態である自発状態を測るだけならば、患者にストレスのあるタスク

を要求しなくて済むため、診断精度を高めることができる。

ⅲ)コンピュータと脳の決定的な差異は回路内部の自発活動にある。自発活動を中心

とする脳の作動原理が解明されることで、新たな計算原理に基づいた人工知能の開

発が期待される。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

研究期間として全 5 年間を想定し、以下の手順で研究を進める。

(1) 自発活動に関する研究課題(1~3 年目)

脳回路の自発活動の構造と起源を探る課題。例として以下の点を解明する必要がある。

・自発活動の機能的構造と神経回路の物理的構造の相関

・自発活動の構造と感覚応答の相関

・自発活動を維持するためのエネルギーの供給と流れ

・自発活動の発生源と制御機構

・計算論的アプローチにより自発活動の人工構築

(2) 疾患・社会不適応における自発性の評価と自発活動変性に関する研究課題(2~5 年

目)

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うつ病、自閉症、認知症など患者、あるいは、ひきこもり、不登校、ニートなどの社

会不適応者に関する研究。例として以下のものを解明する必要がある。

・自発性パラメタの設定と評価

・自発活動の構造がどのように破綻しているか、また、その構造的な基盤

・自発性と自発活動変性の相関

・自発活動を用いた疾患・社会不適応の診断基準の設定

(3) 自発性と自発活動の制御に関する研究課題(3~5 年目)

自発性および脳の自発活動をコントロールし、望ましい状態へ持っていくための研究。

例として以下のものを解明する必要がある。

・自発活動の構造を目的の状態へシフトする試行(強化学習など)

・自発性の向上に関する支援プログラムの設定と試行

以上の 3 項目について、動物実験および臨床実験の両側面から並行してアプローチする。

オンライン・フィードバックを用いるため理論的および計算論的サポートが必須である

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 精神疾患が 5 大疾病として公式にリストされた事実が社会ニーズを示して

いる。さらに、新型うつ病や、ニート・不登校・ひきこもりなどが社会的な現象として注

目を集めている。こうした社会不適応は、経済的損失も大きく、国力を大きく損なう恐れ

がある。

研究シーズ : いわゆる臨床上精神疾患には分類されない社会不適応は、従来の古典的ア

プローチでは解明が困難である。世界トップクラスの研究水準にある我が国の脳科学は、

蓄積してきた研究ノウハウを活かしながら、この問題に対峙する絶好のポジションにつけ

ている。これは新たな学術分野の創成に繋がり、脳科学における日本の先導性を後押しす

るものである。

5. 参画が見込まれる研究者層

生物系(生理、精神医学、臨床心理、分子生物、遺伝学、細胞生物など)、化学・工学系(有

機化学、光学、コンピュータ制御、半導体材料など)、理論系(理論物理、数理、情報、

統計など)の学際的な参画が見込まれる。

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

基礎研究者のみならず、橋渡しに適した人材や、臨床試験を担うことのできる人材を含

め、様々な組織、疾患を対象とする研究チームを構成して、研究開発を推進する。チーム

研究においては、以下の三グループのうち、分子・生理学技術グループがコアとなり、そ

れに技術支援グループないし評価グループを合わせ、少なくとも二グループから構成され

ることが望ましい。

・分子・生理学グループ(大学や国研あるいは企業の研究者が主体)

・化学・画像技術支援グループ(大学や国研あるいは企業の研究者が主体)

・精神・心理評価グループ(大学や国研の研究者あるいは医師が主体)

脳の自発活動に潜むルールとその病態時の変性を見極めるのに、技術の確立を含め 3 年

ほどかかることを想定、また、自発活動の制御などの応用に 2 年を費やすことを想定する。

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したがって、実験動物を用いた前臨床試験を含め、一研究チームあたりの全研究期間を原

則五年とする。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

脳の自発性の研究は、いわゆる「疾患」とは呼ばれないものの労働意欲や学習意欲の低

下も研究対象となるため、古典的な臨床研究・基礎科学研究のみならず、心理学や社会学

などの広範な研究協力が要求される。このための共同体制を整える必要がある。また、健

康ではあるが社会生活に支障をもつ人が、このような研究対象となったことはなく、倫理

規定などの整備が別途必要かもしれない。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 過去、脳生理学の画期的なパラダイムシフトの多くは、残念ながら、

海外の研究によって持たされてきた。しかし近年の我が国の脳科学の質の向上はめざまし

く、国際的な発信力を増している。「自発性」を鍵とした脳の世界観は、従来の視点にコ

ペルニクス的な転換をもたらすもので、日本が脳科学界をリードするきっかけとなる。

社会経済的効果 : 精神疾患や社会不適応について直接的な解決を目指す本プロジェクト

は、国民の健康的な生活の保障、医療費の削減、非労働者の社会復帰支援などに直結し、

経済的効果は計り知れない。また、新たなが作動原理をもった人工知能を提唱することで、

IT 産業等への影響も期待できる。

提案整理番号 211. 研究領域名称

脳信号の解読と操作の一体化による脳内情報処理の因果的理解

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

従来の神経科学によって認知や行動と関連する脳内の神経細胞の存在や分布が示され

てきたが、これらの細胞から構成される神経回路がどう認知や行動を生み出すのかは未

知のままである。近年、多光子レーザー走査型顕微鏡やマルチニューロン記録システム

などの計測装置の発達により、生きたままの個体から数百もの神経細胞の活動を観測す

ることが可能となった。さらに、遺伝子操作技術の発達により、特定の神経細胞の活動

を光の照射によって操作することも実現している。まさに今は、神経回路を流れる信号

を読み出し(解読)、人為的に書き込む(操作)ことに挑戦できる時代に突入しつつある。

さらに近い未来、解読と操作をリアルタイムにカップルさせることにより、細胞活動の

相関性の観察を超えて、脳情報処理の基本アルゴリズムの因果律に迫る研究戦略が有効

になる。ここで提案する研究領域は、脳内情報の解読と操作を一体化する研究手法を早

急に確立し、脳の動作原理を効果的に究明する学問を我が国から発信するものである。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

脳内の情報処理の仕組みを解明することは、パーキンソン病、記憶障害、自閉症など

各種の精神・神経疾患の病態の解明や治療法の開発に役立つと期待されている。例えば、

難治性パーキンソン病では脳深部の回路を電気刺激すると劇的に症状が改善するが、そ

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の作用機序を解明し、さらに安全かつ効果的な治療法を確立することが切実に求められ

ている。また、脳内情報そのものも、より高度なブレイン・マシン・インターフェース

(BMI)やロボティクス技術を実用化し、肢体不自由者や高齢者の生活の質を向上させ

るために不可欠である。脳科学は脳と心の総合的な学問である。病気に苦しむ人々を救

うだけではなく、人口の大部分を占める健常者やその社会全体にも健全な幸福をもたら

す潜在力を有する。つまり、教育、カウンセリング、スポーツ、マーケッティング、消

費者保護、安全管理、犯罪予防など、社会や経済のあらゆる場面に将来の脳科学の成果

をプラスに活かせる可能性を秘めている。これらの社会貢献の前提としても、脳機能の

基本的な動作原理を正しく理解することが求められる。これを実現する道筋の一つとし

て、行動と脳内活動の相関性の観察に留まる従来のスキームから脱却し、神経回路の機

能的な信号の流れを因果的に検証して、脳の知識を正しく深めることは公益に資すると

考える。

3. 研究内容(成果の達成時期と具体的方策)

本提案領域の実施には、(1)まず神経回路の信号の流れを時間的・空間的に高精度で

捕捉するために、光学的・電気生理学的手法を活かした観測技術を大規模化する。(2)記録した活動から脳情報を高速かつ精確に解読するための計算論的戦略を確立する。(3)複数の神経細胞を個別に効果的に光操作するために、遺伝子操作と光学的手法を活かした

操作技術を開発する。(4)解読技術と操作技術をリアルタイムで双方向的に運用するた

めの実装技術を確立し応用する。特に、複雑かつ大規模な観測データをコンピュータで瞬

時に解析して、機能的な光操作パターンを生成するための理論的解析と光学的制御が肝要

となる。本領域では、ヒトを含む霊長類と齧歯類を中心として多様な動物種を研究対象と

し、感覚、認知、運動、情動、記憶学習、意思決定など幅広い脳機能の研究分野を内包する。

(1)観測技術の大規模化(開始後 3~5 年以内に達成)

・多光子レーザー走査型顕微鏡などによる細胞活動の計測技術を大規模化かつ洗練化

し、脳内の領域間や皮質層間にまたがる数百、数千程度の計測点(細胞、樹状突起、

シナプス単位)から機能的な信号の流れを時間的・空間的に精度よく捕捉する技術を

実現する。具体的には、顕微鏡技術の大幅な改良と、カルシウムや膜電位センサー分

子の新規開発や遺伝子導入技術の改良を図る。

・マルチニューロン記録技術を大規模化することにより、脳内の領域間や皮質層間にま

たがる数千以上の神経細胞の発火活動を電気生理学的にミリ秒単位で捕捉する技術を

実現する。高度に集積化されたシリコンプローブ多機能電極の開発や高精度のスパイ

ク・ソーティング技術の自動化を図る。局所フィールド電位や筋電図などの情報も適

宜利用する。

・自由行動下で観測を行うため、上記デバイスの小型化を図る。

(2)脳情報を解読するための計算論的戦略の確立(開始後 3~5 年以内に達成)

上記(1)と並行して行う。

・大規模な記録データから必須な脳情報を選り抜くための効果的な次元縮約法を開発す

る。

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・神経回路が情報をどう表象し、演算しているかを予測し、有効なセルアセンブリや集

合ベクトルなどの脳独自の情報コードを効果的に抽出する計算手法を開発する。とく

に下記(4)でリアルタイム制御に耐えるだけの計算高速化は必須である。

(3)効果的な操作技術の開発(開始後 3~5 年以内に達成)

・光照射により発現細胞の発火活動を操作できる分子(チャネルロドプシン 2 やハロ

ロドプシンなど)の応答特性の向上のためにさらに改良を施す。

・研究目的に応じて遺伝子を特異的に導入するためのライブラリを系統的に構築する

(各種プロモーターとトランスジェニック動物またはウイルスベクターの組み合わ

せ)。

・レーザー光源による時間的(ミリ秒単位)、空間的(多点、多形、3 次元)に自在な

光刺激技術を開発する。並びに、高輝度 LED による小型軽量・簡易的な光源の有効

活用を進める。

・活動を操作するためには標的の神経回路の可塑性を高めると効率が高まる。このため、

神経調節物質を局所投与するための慢性ポンプ、または特定の細胞で特定の細胞内シ

グナルを惹起させるための遺伝光学技術も併せて開発してゆく。

(4)解読 - 操作一体技術の確立と応用(開始後 3~8 年以内に達成、発展的に継続する)

・大規模な観測データをオンライン解析し、神経回路上の信号の流れや状態(各種オシ

レーション、カオスなど)をリアルタイムで推定可能なコンピュータ・システムを構

築する。

・上記の解析情報を基に、機能的に重要な細胞(グループ)に特異的に光操作を施す操

作系を組み合わせる。その光操作による細胞活動や行動発現の変化を観測系で再び捉

える。

・効果的な光操作の刺激パターンを機械学習をもちいて自動的に探索する。

・これらの実験の過程で得られる知見を、物理学、統計学などの理論系研究者の協力を

得て考証し、神経回路内の情報処理の仕組みを因果的に説明する原理を打ち立てる。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 脳内の情報処理の仕組みを解明して、さまざまな精神・神経疾患の病態

の理解と症状の改善に寄与する。より高度な BMI 技術の実用化に向けて、その基盤とな

る学術的知見を提供する。玉石混交の脳ブームのなかで、科学的に確証のある脳科学の知

識を社会に向けて発信する。

研究シーズ : 本領域の研究手法は広範囲の脳機能研究に適用できるため、実施可能ま

たは参画を希望する研究者は潜在的にかなり多いと予想される。集約すべき諸技術は各分

野に温められており、学際化の促進により実現可能である。すでに海外では同様の研究が

多方面で推進されつつあり、我が国でも早急な研究戦略の策定が望まれる。

5. 参画が見込まれる研究者層

生物系(生理、薬理、分子生物、細胞生物、医学、心理など)、工学系(光学計測、コンピュー

タ制御、半導体材料など)、理論系(理論物理、数理、情報、統計など)の学際的な参画

が見込まれる。

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書170

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

(1)支援体制

本領域の推進には、解読と操作の一体化という技術集約が必要であるため、集約先と

なる代表研究室が核となって、関連技術を保有する研究室と共同研究を実施する「チー

ム型」研究が望ましい。具体的には、代表研究室には、観測のための多光子レーザー走

査型顕微鏡またはマルチニューロン記録システムと光操作のための光源制御装置を配置

し、共同研究先として行動実験、遺伝子改変、コンピュータ解析などの要素技術を得意

とする研究者と緊密に連携できる体制を整える。円滑な技術集約のために学際的分野の

ポスドク研究者の雇用を奨励する。対象とする動物種や脳機能に変化をもたせてバラン

スをとったうえで、光学的観測(多光子レーザー走査型顕微鏡)と電気生理的観測(マ

ルチニューロン記録システム)それぞれ 5~10 チームほど設置する。これらのチーム間

の人的・技術交流を促進する機会も設ける。ウイルスベクターやトランスジェニック動

物を作製する研究室と、集積化した多機能シリコンプローブの開発を担当する研究室は、

汎用性が高いため、支援班の位置づけとする。可能ならば、顕微鏡メーカーの開発チー

ムを参画させることは大変有効である。

(2)推進期間

本領域の推進期間としては、各チームの研究期間は 5 年程度、領域全体の継続期間

として 8~10 年程度が適切と想定される。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

本領域の推進にあたっての課題は、いかに効率的な共同研究チームの体制作りを誘導し

て、代表研究室に必要技術を集約し、解読と操作の一体化を実現するか、である。ここで

は各研究室が個々に研究を進める体制は非効率であり、マイルストーンを明確化したチー

ムごとの目標達成型の研究推進が望ましい。遺伝子改変動物・ベクターや多機能電極を提

供する支援班は、ボランティア的要素が強いため、手厚い予算配分を配慮してほしい。顕

微鏡メーカーの開発チームの参画には手続き上の困難が伴うかもしれない。本提案を含め

て脳科学研究の施策が社会に受容されるためには、脳科学の潜在的な社会貢献の可能性を

もっと積極的に社会にアピールする努力が必要であろう。同時に、脳情報を操作すること

へ倫理規定の整備も必要となるだろう。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : さまざまな脳機能の仕組みを、関連する脳部位や細胞を挙げるだけ

でなく、神経回路上の情報の流れという視点から理解される点で神経科学に大きなインパ

クトを与える。また、本領域の推進を通じて、多くの学術分野の学際化を図ることが期待

できる。

社会経済的効果 : 精神・神経疾患の病態解明と治療法開発につながる。BMI・ロボティ

クス技術への学術面からの貢献が可能である。さらに、重篤な精神疾患でなく、新型うつ

病やひきこもり、ニートなどの社会不適合者へと対象幅を広げることができるため、国家

経済に対する潜在的な効果は図りしれない。また一般論として、 新の脳の知識を社会に

発信できることも大切である。

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書171

提案整理番号 221. 研究領域名称

ゲノム医学と回路遺伝学の橋渡しに基づく精神・神経疾患発症機構の解明と制御

2. 背景、現状と課題

(1)研究開発の現状(シーズ)

神経変性疾患、てんかん、精神病などの原因となる家族性の遺伝子異常がシナプス伝

達、シナプス可塑性や神経回路に与える影響について、この 10 年で研究が飛躍的に進

み、精神・神経疾患の多くは神経回路破綻を基盤にした circuitopathy であることが認

識されつつある。さらに近年、次世代シークエンサーの発達によるパーソナルゲノム解

析の爆発的進展に伴い、孤発性精神・神経疾患患者に特徴的な遺伝子変異も数多く見つ

かって来ている。脳機能はシナプス伝達、可塑性、神経回路機能によって決定されるた

め、同定された遺伝子変異が、疾患に も顕著に影響するシナプス・神経回路機能にど

のような影響を与えるのかを直接探索・解明することが不可欠である。すなわち家族性・

孤発性疾患に特徴的な遺伝子異常の同定と並行して、疾患のエンドフェノタイプを決定

する神経回路異常解明の重要性はますます高まると考えられる。さらに見出したシナプ

ス・神経回路の機能異常を制御する技術の開発・推進こそが、根本的な治療につながる

と期待される。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

日本の超高齢化社会への急激な進行とともに、アルツハイマー病、パーキンソン病や

脊髄小脳変性症・多系統萎縮症などの神経変性疾患の患者は爆発的に増加している。ま

た、統合失調症やうつ病などの精神疾患を罹患する人口は大きく、その治療・社会的機

会損失に伴い社会が負担するコストは大きくなる一方である。神経変性疾患の罹患リス

クは、たとえばアルツハイマー病の場合、85 歳までで 1.45% と、がん(49%)に比べ

て低いものの、生命予後は比較的良好であるため、死亡するまでの医療費および介護費

用は莫大な額となる。精神・神経疾患の治療・マネージメントに関わる医療・ヘルスケ

ア(介護を含む)のコスト増大は、今後全世界的に進行すると予想され、このような

unmet needs に対する効果的な研究戦略の立案において、長寿先進国である日本がリー

ダーシップを発揮することは喫緊の課題である。

3. 研究内容(成果の達成時期と具体的方策)

● 疾患神経回路再現技術の開発

家族性・孤発性の疾患に特徴的な遺伝子異常が、神経回路に与える影響を明らかにす

るためには、患者の病態を忠実に再現する疾患モデルが不可欠である。以下(1)~(3)により、疾患変異遺伝子を特定の神経回路に発現し疾患モデルとなる神経回路再現技術

の確立を目指す。

(1)変異遺伝子の特定の細胞群への効率的な遺伝子導入法の開発 : 回路遺伝学

ゲノム医学的手法により同定された遺伝子変異がシナプス・神経回路機能に影響を与

えるのかをスクリーニングするためには、特定神経細胞群に変異遺伝子を導入する必要

がある。特に分布が広範な神経回路の操作を視野に、疾患研究にとって極めて重要な、

いくつかの神経回路(線状体・海馬・小脳・扁桃体・大脳皮質 PV 陽性抑制性ニューロ

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ン)について、細胞種特異的なノックアウト + 変異体 cDNA リプレースを実現するた

めの技術開発を行う。また、薬剤誘導性遺伝子発現制御、光遺伝学的手法の改良による

特定回路の機能亢進・遮断、ケージド試薬による特定細胞群機能制御などの技術を組み

合わせて、疾患の病態を正確に反映するモデル作成を行う。

(2)変異遺伝子の特定細胞群への効率的な遺伝子導入法の開発 : ウイルスベクター開発

(1)と並行して、個体動物病態モデル作成のための病態遺伝子導入を可能にする種々

のウイルスベクターの改良を行う。特に、細胞種特異的かつ強力なプロモーターを開発

するとともに、siRNA、miRNA による神経細胞、あるいはグリア細胞における遺伝子

発現制御技術を確立する。また gutless アデノウイルスベクターなど、通常のウイルス

ベクターでは不可能な長さの遺伝子導入法の開発も実施する。

(3)患者 iPS 細胞を用いた特定神経細胞への分化、回路・組織形成技術の確立

これまで、ES 細胞の神経分化法に基づいた種々の可溶性因子による神経分化誘導法

や、転写因子導入による induced neurons (iN)の樹立法が確立されてきたが、成熟神

経マーカーを発現した後、効率高くシナプス形成を誘導する技術がまだ確立していない。

また、疾患変異を iPS 細胞状態で修復して、機能が正常化した induced neurons を樹

立するプラットフォームを確立する。

● 疾患神経回路の解析

神経科学の先端的技術を組み合わせて、再現された疾患神経回路の異常を同定する。

ただし、解析技術の開発は本プロジェクトの直接的な目標ではない。

(4)遺伝子変異が及ぼすシナプス・神経回路機能への影響の評価

パッチクランプ法を中心とする電気生理学、細胞内カルシウム動態や新規 FRET プ

ローブによる多重シグナル伝達測定、In vivo multiphoton imaging による生きた個体

脳における細胞活動測定、蛍光内視鏡技術による深部イメージングなど、 先端神経科

学技術を駆使して解析する。

● 治療に向けた神経回路制御技術の開発

(5)解明された病態に基づくシナプス・神経回路制御技術の開発

新規薬剤・化合物の開発と効果の基礎的検証を行う。新規薬剤の開発も考慮するが、

既存のイオンチャネルブロッカー、受容体機能制御薬剤等で効果があれば、きわめて早

期の臨床試験が可能となる。また特異抗体や(2)の開発成果を応用した遺伝子導入に

よる神経回路機能の制御にも取り組む。

(6)臨床応用を目指した研究

(1)~(5)の遺伝子操作技術、神経回路病態解明及び神経回路制御の研究成果を

終的に治療として臨床応用することが求められる。早期の臨床試験を考慮して、(1)~(5)と並行、かつ綿密に連携して開発を行う必要がある。具体的には以下の項目が考えられ

る。

・マーモセットを含む非ヒト霊長類を用いたモデルの作成と治療効果の検証

・遺伝子導入や薬剤の安全性の評価

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 次世代シークエンサーの発展等により遺伝子変異の同定は飛躍的に進んで

いる。しかし、その変異とシナプス・神経回路機能障害との関連がわからなければ合理的

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書173

な治療法開発につながらないため、本研究課題は、変異同定・診断向上のためのゲノム医

学の推進と両輪で、緊急的に取り組まなければならない課題である。

研究シーズ : 過去 20 年でゲノム研究は飛躍的に進歩した。分子・シナプス・神経回路

研究も基本的にはゲノム研究と独立して着実に発展してきた。また回路遺伝学、光遺伝学

やウイルスベクターの技術も、日本人研究者の貢献が大きく、この数年で大きく進歩した。

さらに患者から iPS 細胞を作成し神経細胞へ分化させる技術も確立されつつある。

5. 参画が見込まれる研究者層

ゲノム科学、神経内科学、精神科学、幹細胞、神経科学、電気生理学、細胞生物学、など

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

ゲノム、神経、ウイルスベクターなど異なる分野の基礎研究者、神経内科や精神科の臨

床研究医、橋渡しに適した人材、(前)臨床試験を担うことのできる人材などが効率的な

研究チームを構成して推進する。ゲノム変異から臨床応用まで視野に入れるために、以下

の隣接するグループが連携するチームを複数作成して、その研究を主導的に進める拠点を

作成、さらにそれぞれのチームを有機的に連携させる体制を構築する。

・ゲノム情報解析グループ(大学や国研の臨床研究医が主体)

・分子・細胞技術グループ(大学、国研、企業の研究者が主体)

・シナプス・神経回路機能評価グループ(神経科学を専門とする大学、国研の研究者が主体)

・シナプス・神経回路制御技術開発グループ(神経科学を専門とする大学、国研の研究者

が主体)

・トランスレーショナルリサーチグループ(大学、国研、企業の前臨床試験を行う研究者・

医師が主体)

変異遺伝子の絞り込み、候補遺伝子の導入法開発やモデル動物の作成に 3 年、その開発

に 低 2年は必要となることから、一定の成果を得るのに 5年は必要である。このプロジェ

クトの成果も踏まえてシナプス・神経回路制御技術の開発研究、さらに開発された技術の

臨床応用を進めるため、10~15 年後の臨床試験を目指す。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

我が国の神経科学基礎研究、たとえば小脳や大脳基底核の回路研究、グルタミン酸受容

体やタンパクリン酸化酵素に関する分子研究は世界トップレベルであり多くの質の高い成

果が世界に発表されている。他方、ゲノム研究も世界をリードするレベルにあり、これま

でにもマシャドジョセフ病や DRPLA など小脳疾患の遺伝子同定の高い実績もある。し

かし、日本ではゲノムレベルの研究者と分子・シナプス・神経回路機能レベルの研究者の

連携は進んでいない。この状況は、日本のバイオサイエンスを進める上できわめて非効率

的であり、ゲノムから治療法確立まで視野に入れて機動的に進める研究推進体制を構築す

ることが求められる。この体制が作られることで、難病の遺伝情報に基づく根本的な治療

法の世界に先駆けた開発が可能となる。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : これまで独立して高いレベルにあったゲノム研究と神経科学基礎研

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究を融合させることで、遺伝子変異と神経機能の関係の理解を大きく深めることが可能と

なる。またその理解に基づいて根本的な治療法を確立が期待される。

社会経済的効果 : 今後、ますます神経変性疾患や精神疾患の遺伝子変異が同定されると

予想されるが、その機能的な意義を解明し、さらにその変化を制御する技術を確立するこ

とで、超高齢化社会を向かえて増加する一途をたどる脳神経疾患の予防法、治療技術の確

立が期待される。これにより患者が再び労働力となるだけでなく、介護労働力も不要とな

り、日本の産業労働力増加に大きく貢献すると思われる。

提案整理番号 231. 研究領域名称

超高分解能非侵襲的ヒト脳活動記録・刺激法技術基盤の開発

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

脳科学の潮流は 2 つの大きな方向を向いている。第 1 は、実験動物を用いて脳の発生、

回路形成、活動制御、可塑性、などの機能に関与する分子 ~ 細胞機構を生物学的に解

明しようとする流れである。第 2 は、そのゴールが「人間」の脳の理解にあることを

踏まえ、近年目覚ましい発展を遂げつつある画像化技術と信号記録技術および刺激・活

性化技術を用いて、ヒトの脳機能・活動の記録と制御を目指そうとする流れである。こ

れらの間、特に、飛躍的に進んだ前者の技術・知識を後者に応用するに際しては、倫理

的あるいは人道的な障壁があり、その両者を「直接」結び付けることは事実上不可能で

あるのが現状であり、乗り越えるべき脳科学の大きな課題である。マーモセットなどの

遺伝子操作可能な霊長類の使用がその妥協案として主張されており、また、我が国が諸

外国に比し優位に立つサルを用いた研究も目を見張る成果を上げているが、ヒトにおけ

る脳機能に関する知見のもとにヒトにおける脳機能に介入し障害を治療する方策を開発

する上で大きな限界に直面していることには変わりがない。特に、遺伝子導入や脳深部

植込み電極などの侵襲的手段は、相当なリスク・ベネフィットの評価の上にのみ実行可

能であり、健常人における臨床検査レベルの脳機能評価などにはまったく応用できない。

したがって、現在すでに一定の進歩を示しつつある、①健常もしくは病態下のヒト脳機

能の 4 次元的記録技術(fMRI、PET あるいは NIRS など)、②そのリアルタイム解析

を用いた機器類の制御技術(いわゆる Brain-Machine Interface あるいはこれらを総称

した脳情報双方向活用技術 IBIT)、そして、③脳の特定領域の刺激技術(経頭蓋的磁気

刺激など)などの「非侵襲的」手法に関し、それらの精度・空間分解能を飛躍的かつ圧

倒的に高めることが、ヒト脳を理解する上で必須である。一方、これらの技術の応用に

は、十全な安全性評価が必要であり、開発された新しい手法をヒト脳に応用するにあたっ

ての非侵襲性・安全性に関する前臨床的評価技術の開発も必須である。これらの課題に

対し答えを出していかない限り、脳科学はヒト脳の問題に直接答えを出すことのできる

科学に成熟しないであろう。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

「脳科学の進歩」がヒトの社会的活動や人間に関する認識にもたらした影響は実はま

だわずかであり、ことに、動物実験によって得られた知見からは、ヒトでも「~ かもし

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れない」「可能性がある」といった曖昧な結論しか導きえない。これは、主に動物実験

を用いて明らかにされてきた詳細な分子・細胞レベルの機構が、実際にヒト脳でも機能

しているのか、という疑問に関する直接的検証がなされない、という点に起因している

といってよい。ことに、動物実験で明らかにされたさまざまな知見をヒトに応用する、

という過程の倫理的障壁が基礎医学的知見のヒトへの応用を遅らせており、経済的にも、

基礎研究への投資が社会に十分還元されていないという状況を生んでいる(しかしそれ

でもなお、進化上の 高産物である脳の作動原理を知ることは知の拡大として十分意義

あることであることを強調したいと思う)。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

本課題の目標は以下の 3 つの柱からなる。

(1)超高空間分解能・超高時間分解能脳活動記録基盤技術の開発

ヒト脳に応用可能で現状の分解能を飛躍的に改善する圧倒的な高分解能記録技術を

開発する。超伝導高磁場の設計に加え、傾斜磁場法などの磁場負荷技術を新たに開発

することにより、理論的な空間分解能・時間分解脳を超える分解能を達成する。また、

NMR 以外の赤外光・紫外光などの利用、フラヴィンなどの脳内分子の自家蛍光の非侵

襲的検出法などをさらに向上することによって空間分解能と時間分解能を向上させる。

目標として空間分解能 10 μ m、時間分解能 10 ms 程度を目指す。

(2)超高空間分解能脳組織刺激基盤技術の開発

現時点において利用可能な手法であるコイルを用いた経頭蓋的時期刺激の空間刺激精

度を、複数の磁場源を同時活性化するなどの方法により飛躍的に向上させた装置、ある

いは、磁気以外の方法で脳内深部を活性化しうる手法の基盤技術を開発する。目標とし

て、皮質運動野であれば上肢 5 指それぞれの独立した刺激誘発屈伸ができる程度、体

性感覚野であれば、体表の特定部位への触刺激と類似の感覚の惹起、深部であれば、特

定のエピソード記憶の再現、などを達成すべく技術を向上させる。

(3)上記技術をヒト脳に適用する際の安全性・非侵襲性に関する前臨床研究技法の開発

これらの新規開発技術はおそらく現存の技術よりも高い磁場や高密度の磁界を制御す

る必要があり、その影響、特に長期的安全性を評価する前臨床試験をげっ歯類さらに霊

長類を用いて行う必要がある。単に安全性評価するたけではなく、評価法・安全性判定

基準の開発からはじめる必要がある。

4. 提案の適時性

5. 参画が見込まれる研究者層

臨床医学領域 : 放射線科学、神経内科学、精神神経科学、リハビリテーション医学、腫

瘍学、整形外科学、眼科学、耳鼻咽喉科学、

基礎医学領域 ; 神経科学、生理学、薬理学、生化学、

物理学 : 光物理学、核物理学、

工学領域 : 計算機科学、

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

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安全性評価と技術開発を進める拠点施設を形成する必要がある。関連研究チームを 4 年

程度の契約外部研究チームとして選定し、支援する。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 目標を達成する過程で得られる物理・工学的技術の発展の効果は大

きく、とくにそのヒト応用における安全面での評価法の確立は、脳科学だけにとどまらな

い広い活性化効果を持つ。

社会経済的効果 : 基礎脳科学の成果の臨床応用へのロードマップを正確に描くことが可

能となる。特に、高次脳機能障害の病変部位の高精度診断、特異的脳内局所的刺激法によ

る新規治療法の開発は、大きな社会的影響を持つ。

9. 備考

比較的類似の意図をもって作られた施設にフランス NeuroSpin がある。これは磁気共

鳴法を用いたヒト脳画像化に特化した研究施設である(http://www.meteoreservice.com/neurospin/。

11.7T-MRIが建設中であり、空間分解能では世界を凌駕する施設となるものと思われる。

提案整理番号 241. 研究領域名称

苦痛緩和のための人道的トランスレーショナル脳科学(苦痛緩和脳科学)

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

「苦痛」は生物進化の過程で獲得された外環境適応のもっとも根本的な様式である。

特に重要な医学的問題は、痛みの苦痛であり、慢性痛症は言うまでもなく、ガンを初め

とするさまざまな疾患がQOLを低下させる本質的な原因の多くは、持続する、あるいは、

予期せずに生じる痛みや不快感にある。痛み、あるいは侵害受容の末梢 ~ 脊髄機構に

関する研究はこの 15 年程で飛躍的に進んだ。今日、それがなぜ耐え難い痛み、強烈な

不快感として認識され、通常の思考や行動に対して強力な割り込みをかけ、それを乱し、

また、それが強く記憶されるのか、という基礎生物学的機構が内外の研究者によって明

らかにされつつある。脳内ペプチド系、エンドルフィン系、カンナビノイド系、アドレ

ナリン系、ドーパミン系などの諸システムの関与が明らかになりつつあるが、末期がん

性疼痛に対するモルヒネ除痛法以外に、これらのシステムを標的とした「苦痛」緩和法

はほとんど開発されていない。わが国において慢性疼痛の適応で承認をうけている薬剤

は現時点で 3 種であり、それらのいずれも、作用メカニズムは確定していない。しかし、

このような機構を詳細に解析した上で、諸疾患に伴う「苦痛」に対する脳科学的基盤に

基づいた治療法を開発することが可能になりつつあるとともに要求されている。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

多くの調査で、国民の多くは終末医療の重要な要素として「苦しみたくない」ことを

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書177

あげている。なぜ「苦しい」のか、を理解する脳科学は、十分に進んでいない。このよ

うな人々の願いに対して直接答えを出しうるのは脳科学である。高齢化社会において、

医学が今すぐに不老不死を目指すことができない以上、また、それを目指しているので

はない以上、医学の重要な社会的な意義のひとつは、さまざまな諸疾患に伴う「苦痛」

をいかに緩和するか、ということにあるだろう。死亡原因第 1 位の疾患の治療法の開

発は別の疾患の死亡原因順位を上げるだけであり、それだけでは患者の、あるいは国民

の生の質は向上しない。このような「苦痛」は、明らかに脳によって生成・認知される

ものであるため、原発性疾患の種類にかかわらず、このような苦痛が形成される生物学

的細胞分子機構を理解し、それに対する人道的かつ合理的な緩和方法を開発し、実際に

臨床応用に供することが脳科学には求められている。

3. 研究内容(成果の達成時期と具体的方策)

本研究課題は以下の 3 段階からなる

(1)脳内の苦痛が生成され、また、制御される細胞・分子機構を実験動物においてさ

らに解明を進める。

(2)これらの分子を標的にした効果的苦痛緩和法を開発する(創薬シーズの開拓と新

規分子合成を含む)。

(3)これらのヒト応用可能性について臨床医学を中心にした産学協同体制で臨み、新

たな「苦痛緩和科学」を創生する。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 慢性痛にしても、末期がんにしても、あるいは脳梗塞にともなう視床痛な

どにしても、本質的な治療法が存在しない以上、重要な治療のゴールは「苦しくない」よ

うにすることであり、しかも、過度のモルヒネ投与や過度の向精神薬投与、あるいは関連

脳部位の外科的切除などややもすれば人道的問題を多く含む治療方策によってそれを実現

するのではなく、科学的根拠に基づいて、人道的に特異的に苦痛の成分だけを抑えること

(したがって「治療」ではなく「緩和」)は社会的に非常に強く要求されていることである。

研究シーズ : この数年間の研究において、苦痛生成のメカニズム、ことにその分子機

構に関するメカニズムに関する重要な世界をリードする研究が日本から発信されてきた。

オキシトシン、カンナビノイド、アドレナリン、ドーパミン、などの情動形成における関

与とその様式が明かされており、この分野で世界の先陣を走っている。特に、これらの受

容体作動物質の特異的脳内移行を薬理学的に制御することによって、有害反応の少ない苦

痛緩和法のシーズが見出されており、これらをさらに発展させ、より選択的に苦痛緩和を

主標的とした方法の開発が可能になりつつある。

5. 参画が見込まれる研究者層

神経科学、臨床心理学、緩和医療学、生理学、行動科学、看護学

内科学、外科学、腫瘍学、整形外科学、リハビリテーション医学、心身医学、心療内科学、

分子合成工学、薬物動態学、薬化学、

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

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CREST 型の研究チーム参画型の研究体制と同時に、シーズからのトランスレーション

を具体的に推進するスーパーバイザー・ヘッドクォーターを設け、企業との産学協同開発

を推進する。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 単純な「鎮痛薬」や「向精神薬」で対処できなかった「苦痛」その

ものを引き起こすシステムを標的とした分子設計によって、多くの新しい医薬品シードが

提供されうる。生物の「生存可能性」を高めてきたダーウィン的な機構の分子細胞機能を

解明することは脳の進化的構成原理を解明することに通じる。

社会経済的効果 :「苦痛を抑える」という新しい治療方策の開発により、がん治療、慢

性痛治療の医療費を大きく削減することが可能になる。

提案整理番号 251. 研究領域名称

精神・神経疾患の病態における神経律動の役割の解明と新規医療戦略開発

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

神経細胞活動、シナプス活動を反映する局所電場電位(LFP)や脳波が律動成分を

有することは古くから知られているが、その発生機序や機能的意義の解明は進んでこな

かった。しかし近年、パーキンソン病の病態に関わる基底核回路の異常律動とその是正

による深部電極刺激の治療効果、てんかんの病態における低・高周波数律動の役割、認

知症におけるデフォルトモードネットワーク内の非常に遅い律動の異常などが次々に明

らかにされている。今、基礎神経生理、臨床神経生理、計算論神経科学などの領域で独

立に蓄積されてきた神経律動研究についての知識や技術を結集することで、精神・神経

疾患の病態の新たな理解に基づく革新的な治療戦略が産まれる可能性が浮上してきた。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

対象として想定している精神・神経疾患の国内における患者数は、認知症約 270 万

人、脳血管障害約 130 万人、てんかん約 100 万人、気分障害約 100 万人、パーキンソ

ン病約 15 万人と総人口の 0.5% に上る。そして、今後の高齢化によりますます患者数

は増大すると予想され、やはり増加している気分障害による生産年齢世代の活動低下と

相まって、必要な医療・介護を負担するための国民の社会保障負担はますます増大する

と考えられる。世界 速に高齢社会を迎えた我が国は、この危機を成長への好機に変え

るような斬新な発想に基づく科学技術政策を必要としている。本計画は、上記患者を根

治することはできなくても社会活動に復帰させることのできる技術を開発し、引いては

社会活動を活性化することを狙っている。また、上記疾患に対しては現状薬物が治療の

主体であり、その多くは海外製薬メーカーの製品である。本研究提案は将来的に日本が

得意としてきたエレクトロニクス技術による治療法開発を想定しており効果が高くかつ

効率的な産業育成と雇用創出に繋がる可能性がある。

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3. 研究内容(成果の達成時期と具体的方策)

(1)精神・神経疾患の神経律動異常の横断的研究

・脳波、脳磁図、磁気刺激、近赤外線スペクトロスコピー、機能的 MRI あるいはその

組み合わせによる律動異常の非侵襲的臨床計測法と疾患バイオマーカーとしての意義

を疾患毎に、次いで疾患横断的に検討し、手法を標準化

・脳外科手術、てんかん術前の電極埋め込み、深部電極埋め込みなどの臨床例による神

経律動異常の侵襲的検討

・律動異常が発生している神経回路や周波数帯を疾患毎に推定(モデル動物による検証

へ)

(2)律動異常導入による新たな疾患モデル動物の作成(脳卒中後後遺症、パーキンソ

ン病・ジストニア、うつ、てんかん、記憶障害)

・光、遺伝子、電気生理学的手法などにより実験動物に神経律動異常を導入し、新しい

観点からの疾患モデルを開発

・モデル動物を用いて刺激デバイスによる治療効果の初期検証

(3) 異常神経律動発現メカニズムの解明とその計算論的・構成論的理解

・異常神経律動を発生させるメカニズムの分子、細胞、神経回路レベルでの解明

・異常神経律動を発生させるメカニズムのモデル化

(4)神経律動異常に介入する治療法の開発

・脳神経外科手術による深部脳刺激や硬膜下・硬膜外電極による刺激など従来型の技術

を基盤とした神経律動異常への介入法の開発

・経頭蓋磁気刺激など非侵襲介入法の臨床応用の検討

・そのほかの光や超音波を用いた新規神経刺激デバイスの開発

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 例えば、てんかんに起因するとされる痛ましい事故のニュースは記憶に新

しく、新たな施策を打ち出すべき時期である。また、将来の社会保障費用を賄うための消

費税増税は、将来の日本の社会構造に夢を持たせるような施策とセットで行うべき。

研究シーズ : 神経律動異常と疾患に注目した発表は世界的にも散見され始めたばかりで

ある。異常神経律動という単純なバイオマーカーを指標とするため早期に開発できる見込

みが高く、研究が飛躍的に進みつつある BMI の基盤技術を取り入れることで開発を加速

できる。

5. 参画が見込まれる研究者層

神経科学(神経生理学、分子・細胞神経科学、神経解剖学、神経回路学、計算論的神経

科学、非侵襲脳機能計測など)、医学(臨床神経学、精神医学、脳神経科学、麻酔科学など)、

工学(デバイス開発、アルゴリズム、医工学など)、数理科学、人文科学(神経倫理)

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

全体で 10 年を想定している。 初の 5 年間で基礎技術の開発と臨床研究の実施が可能

な少数の中核的医療機関の育成を平行して行う。要素技術・基盤技術の研究開発は、個々

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の研究者、研究グループが独自の発想のもとに行う必要があるが、その成果を共有し、

BMI など既存技術開発を適切に取り入れて、産学官連携のもとに強力にかつ迅速に研究

開発を進められることが保障される研究体制・ファンド形態を構築する必要がある。後期

5 年間には、中核的医療機関を中心に、無作為ランダム割り付けを伴う臨床介入研究を多

施設で行いつつ産業化へ結びつけるための支援体制が必要である。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

深部脳刺激はパーキンソン病の治療として日本国内でも十分に受容されている。ただし、

薬剤でのコントロールが困難になった症例など適応は慎重に考えられている。一方、米国

ではパーキンソン病に対する適応はもちろんのこと、うつ病に対する深部脳刺激が FDA承認されている。本提案は、神経律動異常を是正するという発想を足がかりに刺激による

精神・神経疾患の治療を拡大することを指向している。研究期間中に適応について関連学

会等で合意形成するために活動し、社会的受容についてはパブリックコメントをもとめる

ことなどで国民から広く意見を求める。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 本研究が結実すれば、既知の精神・神経疾患のカテゴリーや病態生

理の概念に革命的な変革をもたらす可能性がある。学際的研究の推進体制を構築すること

で、飛躍的な技術と知の革新に繋がることが期待され、神経工学を実業化するための大き

な足がかりとなる。

社会経済的効果 : 薬物治療に大きく偏っている医療構造を是正し、国内開発した技術に

よる神経刺激デバイスを将来的に国内で産業化し、医療機関が 先端の製品 = 国産製品

を使用することで、国内医療経済に良い循環をもたらすと期待される。輸出産業として育

つ可能性も大いにある。

9. 備考

Hutchison WD et al.Neuronal oscillations in the basal ganglia and movement disorders: evidence from whole animal and human recordings. J Neurosci 24

(42):9240-3, 2004.Schulman et al. Imaging of thalamocortical dysrhythmia in neuropsychiatry. Front

Hum Neurosci 5:69, 2011

提案整理番号 261. 研究領域名称

動物実験と臨床との双方向性橋渡し研究による精神神経疾患の多次元マーカー開発

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

脳科学分野での基礎研究や健常者の脳機能に関する研究は、これまでの重点的な投資

により着実に進歩している。近年、認知科学、計算論的神経科学などの発展も伴い、特

に意思決定など高次脳機能については、複数のサブプロセスの存在とそれを支えている

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物質や神経基盤について、PET による分子イメージングや機能的 MRI を用いた研究に

より急速に理解が進んでいる分野である。また、これらの高次脳機能はサルなど動物を

用いた研究でも高い定量性をもって評価可能であり , かつ , 近年発展が目覚ましいウィ

ルスベクターを用いた遺伝子導入法により、機能単位の神経回路の同定や特定神経回路

の操作が可能となっている . げっ歯類では、光遺伝学を用いた機能単位の回路の詳細な

解析が進んでいる。ヒトにおいても非侵襲的脳画像の解析法、デコーディング技術、分

子イメージング技術の発展に伴い、個々の精神機能の脳基盤を相関関係だけではなく、

脳情報を操作することで因果関係を示すことが可能になりつつある。これらの新たな技

術を精神疾患の克服のために応用しようとするトランスレーショナルリサーチが推進さ

れている。しかし、創薬など十分な社会に還元できる成果が出ているとは言い難い。そ

の要因には、精神疾患の診断基準は生物学的な裏打ちがなく、客観性に乏しい事や、薬

効の評価が自己陳述や行動観察による症状評価を基にしたものである事が挙げられ、プ

ラセボ(偽薬)効果も大きく、創薬においても大きな障害となっている . このような状

況において、個々の精神疾患の症候を単一あるいは複数の精神機能(脳機能)の障害と

捉え、精神機能単位の神経基盤の理解から、その障害の生物学的理解と症状軽快のメカ

ニズムの理解へと発展させる . 機能単位ごとの理解を動物実験とヒト疾患研究との間の

双方向性のトランスレーショナルリサーチが精神疾患の客観的診断法ならびに革新的な

創薬や治療法開発につながると期待される。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

特に先進国においては死亡というアウトカムのみで、疾患の重大性を評価するので

はなく、重い生活障害をどの位の期間もたらすかによって疾患を評価することが WHOにより推奨されている。このため WHO は、障害による健康寿命の損失に注目した、

DALY という指標について調査しており、日本の疾患別 DALY を算出すると、精神疾

患が も高く、がん、循環器疾患とともに、三大疾患との位置付けとなる。2012 年度

から医療計画に記載すべき疾患として、癌・脳卒中・急性心筋梗塞・糖尿病に加えて精

神疾患が追加された。その背景には、2008 年の調査で患者数が 323 万人と癌の 152 万

人の 2 倍に達し、従来の 4 疾病で も多い糖尿病の 237 万人も上回っていることがあ

げられる。精神疾患は生産年齢に発症し、慢性に経過することが多い為、社会経済学的

にも労働力損出と医療負担を含めた社会の負担が重大な問題となってきている。同時に

精神疾患への関心の高まりや市内の精神科クリニックの増加、精神科受診への抵抗感の

低下のあいまって、過剰な診断や過剰診療(薬物療法)も臨床現場、職域さらには司法

に於いて問題になっている。これはひとえに、現在の精神疾患の診断が本人の陳述や表

層的な行動観察に依存する面が多いことと、精神症状の生物学的理解が不十分であるた

め、治療のメカニズムも不明であることに起因する。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

(1) 精神・神経疾患の症候の発現メカニズム、責任回路の解明研究

精神症状の機能単位となる脳機能を定義するための、数理モデルの作成や、それを同

定するために精神症状につながる高次脳機能をシステムレベルの回路機能、局所の回路

機能の集合と階層的にとらえることを目指す。極力、げっ歯類、サル、ヒトと共通に適

応できる課題を作成する。種を超えて実施可能な課題作成が困難な場合には、ヒトを対

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象に従来の脳機能イメージングによってシステムレベルで責任回路の候補を挙げると同

時に、分子イメージングの技術を用いて、課題遂行中の神経伝達物質の挙動を画像化、

定量化する。ヒトで得られた知見をもとに、サルで、電気刺激、局所薬物投与、ウィル

スベクターなどの手法を用いて、課題遂行に責任を負っているシステムレベルの回路を

同定する。さらにげっ歯類において、システムレベルの回路を構成する局所回路の機能

を遺伝子ノックアウト、ノックダウン、光遺伝学、電気刺激、局所薬物投与、ウィルス

ベクターの手法などを用いてシナプス・細胞レベルで明らかにする。機能単位が同定さ

れたら、どのレベルでどの程度、障害されれば、精神疾患患者で観察される脳機能異常

や行動異常につながるか、動物からヒトに向けて検証をしていく。このヒトとげっ歯類

との往復を繰り返し、精神症状を構成するより妥当な機能単位、階層モデルを構築する。

(2) 精神症状の責任回路の修飾・介入研究

上記で得られた精神症状の階層モデルのどの階層の機能単位や回路をどの程度、どの

タイミングで修飾すれば、精神症状の改善につながるかを、げっ歯類からヒトまで検証

していく。げっ歯類では光遺伝学の手法などを用いて、サルでは電気刺激、局所薬物投

与を行い、ヒトではデコーディング技術を応用したニューロフィードバックなどを行う。

終的には多彩な精神症状を呈する精神疾患を、障害の機能単位の組み合わせに応じて

再分類し、より有効な治療法の開発につなげるとともに個々の患者に応じてテイラーメ

イド医療の実現を目指す。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 高齢化社会やストレスに伴う精神疾患の増加による生産性の低下、社会の

負担が切実な問題になりつつある。同時に、新型うつ病などといった言葉も生み出され、

過剰な診断、過剰な診療が臨床現場や職域で問題になってきており、生物学的知見に裏打

ちされた診断や治療効果判定が望まれている。

研究シーズ : 脳科学の進展に伴い、ヒト、サル、げっ歯類において様々なレベルの神経

回路の機能を生理学的、薬理学的に修飾することが可能になってきており、多彩な精神症

状を呈する精神疾患の個々の症状をターゲットにした介入法が可能になりつつある。

5. 参画が見込まれる研究者層

臨床研究 : 精神医学、神経内科学、心療内科学、脳外科学

基礎研究 : 神経生理学、薬理学、神経科学、分子生物学、認知科学、工学、情報科学

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

基礎研究、トランスレーショナル研究、臨床研究を担う 3 拠点程度を形成する。形態

は実際の施設にとらわれず、バーチャルな施設として運用する ERATO、CREST 型が望

ましい。その中でも基礎 - 臨床の双方向性トランスレーショナル研究を推進するトランス

レーショナル研究拠点を中心に位置づける。トランスレーショナル研究拠点には、基礎と

臨床を結ぶ垂直方向の連携が可能な人材以外に、高度な専門化が進んだ異分野を融合させ

学際的に研究を進める人材、機器開発や創薬など企業との連携を推進させる人材を配置す

る。トランスレーショナル研究拠点が基礎拠点、臨床拠点と連携しつつ、各拠点で実施す

べき内容を見極めていく。第一期(5 年)の研究を症状の責任回路の同定や、それを修飾

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する技術開発、実験動物を用いた前臨床試験を中心に行い、第二期(5 年)では臨床試験

に向けて安全性、効率性の向上に向けた応用的な研究を中心に行う。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

わが国の脳科学研究は、個々の基礎研究としては世界的な水準にある。しかし、ヒトを

対象とした脳科学研究や、精神疾患の臨床研究は、欧米に比べると出遅れている感は否め

ない。この分野の研究推進のためには、臨床医学と基礎研究の橋渡しだけでなく、認知科

学、工学、情報科学といった生物学以外との真に有機的な融合も望まれるが、ファンド形態、

若手の教育という観点でもまだ、縦割りの障壁がある。さらに clinician scientist の不足、

企業研究者との連携の難しさなども挙げられる。これらの問題を解決し、スムーズな研究

推進、研究成果を迅速に社会還元できる仕組みづくりが望まれている。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 従来の精神疾患の診断基準は必ずしも生物学的に裏打ちされたもの

ではないが、これにとらわれず、個々の精神症状に注目することで動物から臨床まで双方

向性のトランスレーショナル研究が促進される。ヒト、サル、げっ歯類において様々なレ

ベルの神経回路の機能を生理学的、薬理学的に修飾する技術がトランスレーショナル研究

において有機的に活用され、個々の精神症状に応じた治療法の開発につながる。

社会経済的効果 : 精神疾患による生産性低下、社会の負担の軽減を減らす。また、客観

的な精神症状の理解は必要以上の過剰な診断や過剰治療に歯止めをかける。個々の精神症

状に対する治療メカニズムが明らかになれば、効率的な創薬、治療法開発とともにテイラー

メイド医療の実現にもつながる。

9. 備考

アメリカ精神医学会の精神障害の診断と統計の手引きが DSM- Ⅳから DSM- Ⅴに 2013年に改訂予定であるが、その中でも現行の精神疾患の categorical な分類から疾患を構成

する要素に分け , 各要素の量的な問題としてとらえる dimensional な分類へ移行する予定

である。個々の精神症状に注目した本提案は、この流れに一致している。2011 年 MAX PLANCK SOCIETY と UNIVERSITY COLLEGE LONDON は COMPUTATIONAL PSYCHIATRY AND AGING RESEARCH という国際共同プロジェクトを発足させてい

る。

提案整理番号 271. 研究領域名称

行動形成の神経的基盤の解明とマルチスケールでの融合的展開

(選好形成の脳内機序の解明と社会応用を例として)

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

近年の研究により、選好や行動選択の分子 / 神経基盤が、様々な時空間スケールで明

らかになりつつある。しかし、習慣や状況に応じた行動の形成や、潜在的認知・行動過

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程が選好に影響するなど、従来の意思決定過程では説明のつきにくい現象も多く存在す

る。行動の形成に関する研究では、各研究分野において一定の時間的・空間的制限を設

けた上での検討が行われているが、実験室内でのスケールと現実社会におけるスケール

に乖離が存在するとともに、研究分野間においても時空間的スケールのズレ(ミリ秒か

ら年単位、単一神経細胞から集団的意思決定など)が存在している。個々の分野での研

究の進展が進んできた現在、それぞれの時空間的スケールを考慮した上で統合的研究を

行うことにより、行動の選好の潜在・顕在的制御や形成・発現が複数の時空間スケール

でどのように相互作用するのかなどを明らかにできる段階にある。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

近年、意思決定の神経科学の知見を社会的に還元する方向性(ニューロマーケティン

グ等)への期待と需要が社会的に高まり、主に欧米から発祥したベンチャー企業や国内

企業おける応用研究成果が見られるようになって来ている。しかし、これまでの研究事

例では , 従来のアンケート調査の代替として価値や報酬に関わる脳領域の脳活動を用い

るにとどまっている。このような、基礎分野の内容と実社会からの期待との乖離は、行

動形成における時空間的マルチスケールでの融合研究が行われていないことが原因の一

つと考えられる。従って、潜在的認知過程の選好への影響の行動学的知見や、変動し不

確実な実環境における選好の形成・発現過程の神経機構を複数のスケールで解明し統合

することによる基盤知識・基盤技術は、神経科学の社会・経済への大きな波及効果が見

込まれる。例えば、病的賭博や問題賭博の人口に比する割合は 少に見積もっても 1.6%程度であり 75 万人に達すると推計されている。薬物依存やアルコール依存などの物質

基盤のある依存症はその神経機構が調べられて来ているのに対し、リスクを伴う行動や

報酬の経験から抑制不可へと至る過程の神経 / 分子機構の理解は後れている。顕在的に

はやめようとしていても衝動的に行動をとってしまう行動が潜在的に形成・発現される

機構を、マルチスケールでの行動形成という視点で、複数のレベルで解明することは、

依存者の分類や評価 / 予防や制度介入を通じた社会・経済効果が見込まれる。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

(1) 行動・選好形成の潜在・顕在過程の解明

行動形成・選好形成を、ヒトの心理物理実験・行動実験や非侵襲計測・操作により行

動レベルや脳領域レベルで研究し、複数の時空間的レベルでの行動形成を解明する課題。

例としては以下のものが挙げられる。

選好形成に関与する潜在的心理過程の探索

顕在的・潜在的選好の脳内の活動部位の同定と機序の解明

・選好行動異常に至る行動変化過程の記述と評価方法の確立

・実社会における行動形成・意思決定の実証的な計測

(2) 行動・選好形成や依存行動を支える神経回路・分子機構の解明と制御

選好形成を、主に動物実験によってその神経機構やそれを支える分子基盤などを、分

子レベルから全脳レベルまで包括することを志向しつつ解明する課題。例としては以下

のものがあげられる

・選好形成の分子・神経機構の統合的解明と制御

・動物の顕在 / 潜在的意思決定過程の神経機構の解明と制御

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・依存行動の発症モデル動物の開発、および神経回路と分子機構の解明と制御

(3) 選好形成の脳内計算過程のモデル化・理論化課題

以上 2 つの研究課題における行動レベルと神経回路・分子機構の間を結び、マルチ

レベル・マルチスケールを想定した上で、一貫した説明と仮説を提案する理論研究課題。

依存行動の定義を理論としてどのような異常として捉えることができうるのかを定式化

し、実験的予測を与える研究課題など。例としては以下のものがあげられる

・潜在的・習慣的行動による選好形成の理論モデル化と実験的予測

・選好形成に関わる分子から神経回路・活動変化の理論モデル化と実験的予測

・不確実環境下の非合理的選好のモデル化による依存的行動への発展過程の評価と機序

の解明

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 個人的・集団的意思決定のミス、異常行動の形成等による社会的・経済的

損失は大きい。特に現代社会における情報選択肢の増加およびそれに伴う不確実性の増大

に伴い、行動形成・選好判断の神経科学の知見を社会に還元することに対する期待はさら

に大きくなってきている。時空間的マルチスケールで行動形成・選好判断の神経的基盤の

理解を進めることにより、表面的な類似性による神経科学の誤用を退け、科学的パースを

維持した上での社会との連携を確立することが、現段階で必要である。

研究シーズ : わが国は神経科学の分野、特に、報酬に基づく行動形成・意思決定の生理

学的・計算論的な神経機構の研究領域で、また心理学の分野、特に、潜在的な意思決定の

研究は心理物理学の研究領域において、それぞれ世界トップクラスの研究水準にある。し

かし、これらの研究グループの知見を統合することによって選好の潜在認知の影響や、依

存に至るまでの神経機構の解明が現在急がれている。うつや衝動性にかかわる行動異常の

解明ではすでに精神医学と計算論的研究の共同によって萌芽的な研究成果が報告されてい

る。「時空間的なマルチスケールにおける行動形成」という観点から通常の行動形成・選

好判断において神経科学で融合的研究を進めることが可能な段階にきていると考えられ

る。

5. 参画が見込まれる研究者層

神経生理学、認知心理学、認知神経科学、学習心理学、精神医学、情報工学(含む機械

学習・人工知能)、経済学・公共政策学を含む社会科学など

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

分子・神経・行動レベルのそれぞれの実験研究者のみならず、複数のスケールを統合し

て考えることのできる橋渡しに適した人材や理論化を担うことのできる人材を含め、様々

な組織、レベルの現象を対象とする研究チームを構成して、研究開発を推進する。チーム

研究においては、以下の三グループのうち、システム神経科学と認知心理学グループがコ

アとなり、それに理論研究グループを合わせ、少なくとも二グループから構成されること

が望ましい。

システム神経科学グループ(主に医学部や理学部生物などの大学や、国研および企業研

究者)

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書186

認知心理学グループ(主に心理学、ヒトの認知神経科学を推進する大学や、国研および

企業研究者)

理論研究グループ(主に数学・工学・物理学などの大学や国研および企業研究者)

行動強化の原理からリスク依存行動への形成プロセスの解明に三年ほどかかること、実

社会への還元を含めた提案を想定しているため、理論研究グループを含め、一研究チーム

あたりの全研究期間を原則五年とする。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

わが国でこれまで進められてきた行動形成・選好 / 意思決定の研究は、個々の基礎研究

としては世界的な水準にある。しかし、既存の学問分野を統合し、潜在的意思決定の理解

から病的選好異常に至るまでのダイナミクスを分子から神経回路、行動のレベルまでを網

羅しつつ、時空間的なマルチスケールでのギャップを埋めるような統合的な推進方策はと

られてこなかった。そのため、基礎研究を充実させるインフラ整備(モデル動物の開発、

理論と実験研究者双方が情報を共有する行動評価のデータベース)、基礎研究の成果を応

用研究に効率的につなげるための橋渡し事業の推進、迅速に社会還元できる仕組みづくり

が望まれている。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

国際的に高い研究水準にあるわが国の意思決定のシステム神経科学研究、心理学研究を

基に、幅広い分野の研究者が学際的・融合的に研究をおこない、新たな研究分野として発

展させる契機となる。人間理解の基盤としての神経科学を実社会での応用と結びつけるこ

とは常に期待されてきた。個々の研究分野が自分の研究分野の時空間的スケールを意識す

ることを前提として、なおかつ他のスケールへの展開を想定した研究を行うことは、行動

形成・選好形成における基礎分野と応用分野の橋渡しをすることによる科学技術上の効果

のみならず、実社会における問題解決(政策・制度設計等)に資するものとなる。

提案整理番号 281. 研究領域名称

社会的行動の脳内基盤の解明に向けた統合的研究と革新的基盤技術の開発

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

われわれヒトを含む社会的動物は、社会における行動を通じて個人に固有の、あるい

は集団に共通の目的を達成する。これまでの研究によって、各個体レベルでの行動企画

や行動実行の脳内基盤に関する理解は飛躍的に進んだ。他方、社会的環境下における行

動制御や、向社会的行動の脳内基盤についてはほとんどわかっていない。これは、従来

の研究の大部分が、社会的要因を排した実験環境下において実施されてきたためであ

り、同時に、社会的側面を再現した環境下に生体機能を評価できる基盤技術が確立され

ていなかったためである。対人関係の希薄化や社会適応障害者の増加が主要な社会問題

となっている今こそ、社会的行動の神経科学的基盤の統合的理解に向けた学際的研究の

展開と、それを加速する革新的基盤技術の創出が求められる。

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(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

対人関係の希薄化や社会に適応できない人々の増加が昨今の大きな社会問題となって

いる。内閣府が 2010 年に全国 15 歳以上 39 歳以下の者を対象として実施した「若者の

意識に関する調査(ひきこもりに関する調査)」の結果から、対象人口の約 1.8%、すな

わち約 70 万人の若者が広義のひきこもり状態にあると推定される。ひきこもりのきっ

かけとしては「職場になじめなかった(23.7%)」や「人間関係がうまくいかなかった

(11.9%)」が多く、ひきこもり群では対人関係の苦手意識が高い(同調査)。また、公

益財団法人日本生産性本部がまとめた2011年版「産業人メンタルヘルス白書」によれば、

産業人のメンタルヘルスの良否に大きな影響を与える要因は「同僚や企業・組織体との

関係」である。仲間や企業体と結ばれる「絆」がメンタルヘルスの向上に貢献するとい

う(同白書)。甚大な被害をもたらした東日本大震災を契機に「絆」の重要性が再認識

されていることは言うまでもない。毎年 3 万人を超える自殺者を抱えるわが国におい

ては , 学校や職場におけるメンタルヘルス対策が 優先課題である。メンタルヘルス不

調の根本的要因として、社会の人間関係から生じるストレスや不安が重要である . 社会

的行動を支える神経基盤を綜合的に解明することは、当該分野の学術的発展をもたらす

のみならず、人間関係や社会適応に困難をもつ人々の急増をくいとめ、調和のある社会

を実現するうえで欠かすことのできない学術的知見をもたらすであろう。社会的行動に

関連したさまざまなプロセス、例えば、他者への関心、他者の行動やその背景にある心

理状態の理解、対人コミュニケーション、他者との調和、そして対人関係における自己

感情の処理などの神経生物学的機構を、諸分野の融合的・網羅的研究によって明らかに

する必要がある。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

(1)社会的環境を再現した研究パラダイムの開発、社会的インタラクションを有する

複数個体からの生体情報計測技術の開発

我々ヒト以外でも、サルやげっ歯類、昆虫など、多くの動物において社会的行動が観

察される。動物種ごとの長所(たとえばマウスにおける多彩な遺伝子改変技術や、サル

が有する社会階層性と高度の認知機能)を生かした多層的研究を展開するためにも、そ

れぞれの種における社会的環境を実験室内で再現し、その中でインタラクションする複

数個体からの生体情報計測技術を確立する必要がある。例としては以下の研究課題が考

えられる。

・ヒトの社会的行動を再現するモデル動物の開発

・それぞれの動物種における社会的行動の比較研究

・親子同室飼育や集団屋外飼育など、社会的インタラクションを有する環境を再現する

ための方法論の確立

・インタラクションする複数個体からの生体情報(分子イメージング、脳機能画像、電

気生理データ、行動・心理学的指標など)を計測するための革新的基盤技術の開発

(2)ヒトおよびモデル動物を用いた社会的行動の神経基盤の解明

(1)で開発した研究パラダイムやモデル動物、生体情報計測技術を利用し、他者へ

の注意や関心、向社会行動(協力行動、利他行動、信頼形成)、個体間コミュニケーショ

ン、模倣、共感、観察学習、親子関係など、さまざまな社会的行動の神経基盤を明らか

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にするため、神経解剖学的、神経生理学的、神経薬理学的、生化学的、遺伝学的アプロー

チ等を駆使した統合的研究をおこなう。例としては以下の研究課題が考えられる。

・親子関係や対人関係を再現した環境下におけるヒトの脳機能イメージング

・ニホンザルを用いた序列社会における社会的行動の神経解剖学的、神経生理学的、生

化学的基盤の解明

・強い家族性を有するコモンマーモセットやハタネズミを用い、母性行動や父性行動を

含む社会的親和行動の発現に関わる分子メカニズムの解明

(3)社会的行動を再現する数理モデルの開発

これまで社会心理学などの分野において、社会的行動のモデル化やそれを用いた社会

動態の予測が試みられてきた。本領域で得られる基礎データをそのモデル化に応用する

ことができれば、生物学的な視点から各個体の行動や社会動態を予測するシュミレー

ターの開発が可能になる。例としては以下の研究課題が考えられる。

・各個体における利己的行動と利他的行動を再現する数理モデルの開発とその集団での

振る舞いの解析

・向社会的行動を再現する神経回路モデルの開発と、その神経基盤の一部が損傷した場

合の行動予測

・乳幼児における模倣学習の神経回路モデルの開発と教育システムへの応用

(4)臨床研究

(1)~(3)の研究者と相互に連携し、自閉症、うつ病、統合失調症、注意欠陥・多

動障害など、対人関係に障害をもたらす疾患のモデル動物や治療法の開発を目指す。ま

た、ひきこもり、いじめ、ニートや新卒者の早期退職など、対人関係の形成に問題を抱

えていると考えられる社会病理の解明を目指した研究をおこなう。

4. 提案の適時性

社会ニーズ :3 世代世帯の減少と単世代世帯の増加が急速に進むわが国において , 家庭、

学校、職場、地域コミュニティーなど、さまざまな共同体レベルにおける人間関係の希薄

化や絆の喪失が , 今日の大きな社会問題となっている。この複雑な社会病理を解明し、豊

かな人間関係と共同体を回復していくためには、社会行動を支える脳内基盤の統合的理解

が不可欠である。

研究シーズ : 個体レベルの認知・行動制御機構に関するわが国の神経科学的研究は世界

トップクラスである。また、わが国にはヒトやサルを対象として、社会的行動の神経基盤

を世界に先駆けて解明しようとする機運の高まりがあり、すでに幾つかの萌芽的研究が開

始されている。わが国には、「統合脳」から「包括脳ネットワーク」として受け継がれてきた、

分野横断的な学際的研究支援のプラットホームが整備されている。このネットワークを核

とした諸分野の融合的研究を大胆に実施することによって、大きな成果と波及効果が期待

される。

5. 参画が見込まれる研究者層

神経科学(特に神経生理学、神経解剖学、神経薬理学、神経化学、計算論的神経科学)、

心理学、分子遺伝学、臨床医学(特に精神科、小児科、神経内科、脳外科)、医工学、動

物行動学、社会学

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6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

国の明確な戦略目標のもと、1 名の研究代表者が諸分野の研究者からなる強力なチーム

を編成する。チーム内の研究者は互いに密に連携し、チーム独自の研究を展開する。チー

ムの総数(すなわち研究代表者数)の目安は 20 程度とする。チーム間の連携を促進する

と同時に、研究領域全体を俯瞰するため、高い見識と専門知識を有する研究総括者ならび

に複数の研究アドバイザーを選定する。年に 1 回程度の全体ワークショップを開催する

ことにより、チーム間の連携と研究成果の共有を促す。各チームの全研究期間は 5 年程

度を原則とし、研究期間終了時点で研究総括者とアドバイザーによる厳格な評価を行う。

その結果、さらに飛躍的な発展が見込まれるチームには、さらに 3~5 年間を限度に研究

期間の延長を認めるなど , 柔軟で大胆な支援体制をとる。全 20 チームは単年度で同時に

発足させることも可能であるが、研究の進捗状況や世界の研究動向を見極めたうえでの柔

軟な対応を可能にするため、また , 予算執行上の観点からも , 年度ごとに 6~7 チームを順

次発足させることが想定されてよい。この場合、都合約 10 年間の推進期間となる。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

異なる方法論やレベルの研究を統合した学際的研究の展開が極めて重要である。神経科

学の分野では分子からシステム、そして臨床を包含した「包括脳ネットワーク」が整備さ

れており、諸分野を統合した学際的研究の実施・支援では既に多くの実績をあげている。

本研究を成功させるためには、各動物種の特徴を生かした動物実験の実施も必要不可欠で

ある。この場合、各研究機関どうしの連携や、国の異なる事業間の連携が重要である。例

えば、霊長類サルを被験動物として利用する場合には、集団での生態観察を可能とするよ

うな大型飼育環境を整備する必要がある。この場合、それを各研究機関に新たに設けるの

は効率的ではない。例えば、京都大学霊長類研究所等、いくつかの既存中核施設を再整備・

拡大し、本プロジェクトの拠点施設として共同利用できるような支援体制が考慮されてよ

い。また、適切なモデル動物の開発や利用を効率的に行うため、ナショナルバイオリソー

スプロジェクトとの連携を進めると同時に、同プロジェクトが提供するリソースを 大限

活用できる支援体制を構築すべきである。昨今の社会問題の大きさを考慮すれば、研究課

題の重要性・必要性に関する国民の理解を得ることは容易であろう。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 国際的に高い水準にあるわが国の脳科学研究の伝統を生かし、幅広

い分野の研究者が参加する学際的研究を展開することによって、従来型の「個体レベルの

神経科学」に加え、「社会レベルの神経科学」を方法論として確立させ、社会科学や臨床

分野との連携を視野に入れた大規模な新学術研究分野を創出する。

社会経済的効果 : 人間関係 ―すなわち「絆」― の脳内基盤を統合的に理解することを

通じて、ひきこもりやニートなどの社会的問題を克服し、効率的・生産的な社会の再構築

を実現する。また、うつ病や自閉症など、対人関係に困難をきたす各種精神神経疾患の予

防法や対処法を確立し、国民のメンタルヘルス増進と医療費の抑制に貢献する。

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提案整理番号 291. 研究領域名称 (応用・開発研究)

骨格筋萎縮の分子機構の解明とその予防・治療法の開発

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

骨格筋は、その活動状態を反映し、適切な筋重量を維持している。筋萎縮はガン、腎

不全、エイズ、敗血症、筋委縮性側索硬化症および糖尿病を含む様々な疾患によって生

ずる。また近年、高齢化社会を迎えたわが国では、加齢、寝たきりや骨折に伴う筋活動

の低下により生じる筋萎縮(サルコペニア)が、深刻な問題となっている。しかし、疾

患および筋の不動により、どのようにして筋肥大の抑制、筋萎縮の促進を生ずるのかは

明らかではない。近年、マウス等の実験動物を用いた萌芽的な成果が骨格筋の幹細胞研

究や細胞生物学分野から報告されている。特に、これまで筋ジストロフィーの病因との

関連で扱われてきた分子が、骨格筋の重量維持に必要であることが報告され、注目され

ている(参考文献 1、2)。従って、これらの萌芽的な結果を発展させ筋萎縮の予防、治

療法の開発に結びつけることが重要である。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

厚生労働省の「人口動態統計」(平成 22 年)によると、死亡総数に対する死因別の

割合の 1 位は悪性新生物(ガン)(29.5%)である。また全人口に対する 60 歳以上の人

口の割合は 31.2% である。しかも、長期入院・寝たきり等、未だ社会において「病気」

として認識されていない筋萎縮に苦しむ人々の数は計り知れない。今後、高齢化が加速

するにつれ、加齢に伴う筋萎縮(サルコペニア)が社会に与える影響はさらに増すもの

と予想される。

そのため、筋萎縮の分子機構を明らかにして、予防、治療法の開発につなげることは、

患者数の減少および患者のより早期の社会復帰を促し、更に社会・経済的効果を生むこ

とが予想される。殊に、ガンによる筋萎縮(カへキシア)は、抗癌剤による治療戦略の

妨げとなる上に、ガン移植モデルマウスの実験により、カへキシアを改善することによ

り、ガンに対する生存率が改善することが報告されている(参考文献 3)。即ち、ガン

を中心とする慢性疾患患者、高齢者・障害者・患者の生活の質(QOL)の向上を目指

す上で、筋萎縮という問題は避けて通ることができない。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

筋萎縮を予防・治療するためには、(1)筋萎縮の背景となる分子機構を解明するための

研究、(2)筋萎縮と相反する現象である筋肥大を促進する分子機構を解明するための研究、

および(3)両研究に必要な基盤的技術を開発し、結果を評価する必要がある。

(1)筋萎縮の分子機構解明

分子・細胞レベルで筋萎縮の機構を解明し、筋萎縮防止と治療法の開発を見据えた橋

渡し研究につながる成果の創出を目指す。以下の内容を含む。

・加齢に伴う筋萎縮(サルコぺニア)の分子機構の解明

・ガン等、慢性疾患に伴う筋萎縮等、悪液質(カへキシア)の分子機構の解明

・寝たきり・不動に伴う筋萎縮の分子機構の解明(参考文献 2)殊に、サルコペニア及

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書191

びカヘキシアに筋の不動化がどの程度関与するのか明らかにすることが期待される。

・筋萎縮分子機構を基盤とした、治療標的分子の探索と選択

(2)筋肥大の分子機構の解明

分子・細胞レベルで筋肥大の分子機構を解明し、筋肥大促進による筋萎縮防止、より

効果的なリハビリテーション法の開発を見据えた橋渡し研究につながる成果の創出を目

指す。以下の内容を含む。

・運動や重力等の負荷に対する重力センサーの応答を含む筋肥大分子機構の解明とその

制御、および新規筋増強剤の開発(参考文献 3)・骨格筋の再生を担う幹細胞である筋衛星細胞の活性化機構の解明と制御、および幹細

胞補充治療を前提とした筋衛星細胞増殖促進剤の開発

(3)分子標的治療薬の候補薬剤の評価およびそのための基盤技術開発

疾患モデル動物を対象とした薬効と安全性の確認を行う。また薬剤スクリーニングお

よびヒト細胞を用いた薬効と安全性の確認を行うために従来の in vitro 細胞培養系に加

えて、器官培養系、末梢神経と筋の混合培養系、in situ 再生筋線維系などの新規評価

系を確立する。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 筋萎縮に対する有効な対処法は、今のところ運動とリハビリしかない。重

度の神経障害・意識障害・ガン等の疾病を背景に、運動やリハビリすらままならない患者

並びに高齢者に対する筋萎縮の予防・治療のための有望な薬剤は存在せず、従って、筋委

縮の予防・治療法を見出すことは緊急かつ重要な課題である。

研究シーズ : わが国の骨格筋疾病研究、特に、筋変性疾患である筋ジストロフィーに対

する研究は世界トップクラスの水準にある。より社会ニーズの大きい筋萎縮に対する治療

開発研究が待たれる中で、マウスを用いた萌芽的な成果が骨格筋の幹細胞研究や細胞生物

学分野から報告されている。(参考文献 1、2、4)

5. 参画が見込まれる研究者層

幹細胞を含む細胞生物学、基礎医学研究者(発生・再生分野、生理学、薬理学など)、

臨床医学研究者(ガン、骨格筋病系、筋・骨代謝学など)、運動生理学(体力化学など)、

製薬企業研究者

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

基礎研究者のみならず、橋渡しに適した人材や、臨床試験を担うことのできる人材を含

め、様々な研究機関・医療機関・企業から成る研究グループを構成し、開発研究を推進する。

・分子・細胞生理学グループ(大学、国立研究施設等の研究者が主体)

・薬剤開発グループ(薬剤や先端医療を開発する企業の研究者、病院の医師を含む臨床

の研究者が主体)

・評価技術グループ(医療機器を開発する大学や、国研、あるいは企業の研究者が主体)

ファンドについては、課題の重要性とこれまで注目されてこなかった分野であることを

踏まえ、top down 型の文科省(並びに JST)、企業開発を重視する経産省、並びに分野

の も近い厚労省の複合型ファンドによる研究開発が も相応しい。

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書192

また、拠点施設については、これまでの取り組みが充分でなかった点を考慮し、国立長

寿医療研究センターないし国立精神・神経医療研究センターにおくことが望ましい。推進

期間については、候補薬剤の評価のための基盤技術開発、並びに、筋肥大・筋萎縮の分子

機構の研究の方向性が妥当であるか否かの見極めに、3 年を見込む。従って、中間評価を

重視し、妥当性の高い課題に絞って、全研究期間を 5 年とする。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

本研究を実現する上で も大きな課題は、筋萎縮という状態に対する認識であると考え

られる。わが国でこれまで進められてきた筋疾患、とりわけ筋ジストロフィーに対する治

療研究は世界的な水準にある。しかし、加齢および多種の疾患により生じ、より社会ニー

ズが高い筋萎縮に対する方策がとられてこなかっただけでなく、病気であるという認識も

社会において、未だ定着していない。ガンによる筋萎縮(カへキシア)を改善することに

より、ガンに対する生存率が改善されること、また日本において高齢化が着実に進んでい

ることからも、筋萎縮に対する治療研究の促進、およびその社会への還元は急務であると

考えられる。基礎研究の成果を非臨床試験や臨床試験に効率的につなげるための橋渡し事

業の推進、研究成果を治療薬の開発と生産につなげ迅速に社会還元できる仕組みづくりが

望まれている。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 国際的に高い研究水準にあるわが国の骨格筋研究並びに骨格筋の幹

細胞研究を基に、幅広い分野の研究者が学際的に研究を行い、より臨床側のニーズと知見

を組み入れた新たな研究分野として発展させる契機となる。

社会経済的効果 : 寝たきり等の高齢者の QOL の改善、ガン患者等の日常生活への早期

復帰が見込まれ、患者数の減少と社会・経済的効果が見込まれ、医療費・介護費削減に繋

がる。

9. 備考

参考文献

1. Suzuki N et al. J Clin Invest. 117, 2468-76, 2007.2.Ito N et al. in “International Conference on Muscle Wasting 2011 Molecular

Mechanisms of Muscle Growth and Wasting in Health and Disease”. Ascona, Switzerland. September, 2011.

3.Zhou X et al. Cell. 142, 531-43, 2010.4.Shimizu N et al. Cell Metab. 13, 170-82, 2011.関連国際学会

1.Cancer Cachexia: Molecular Mechanisms and Therapeutic Approaches. Boston, USA. September, 2012.

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書193

提案整理番号 301. 研究領域名称

霊長類モデルによる精神疾患の病因解明

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

精神疾患、特に統合失調症は、かつて器質的変化が認められない原因不明の疾患と言

われていた。しかし、近年、いくつかの有力な仮説が提唱され、神経回路レベルの病因

解明への道筋がつけられつつある。本研究は、 新の技術的イノベーションを用い、ヒ

トに も近い霊長類(ニホンザル)を用いることにより、病因の解明をめざすと同時に、

治療への道筋をつけようとする。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

統合失調症の有病率は全国民の 1% であり、しかも発症が青年期であることが多く、

この疾患に要する膨大な医療費はもちろん、生産人口の減少は、すでに日本が迎えつつ

ある少子高齢化時代においてますます重大な問題である。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

統合失調症のモデルとして社会性の強いニホンザルを用い、多数の個体の中から統合失

調症に特徴的な行動様式を示す個体を繁殖群の中からサルのフィールドワーク研究者と精

神疾患専門医の合同チームによって見つけ出す。その上で、正常群と以下の様な定量的比

較を行う。第一に、その個体が生物学的にどのような特徴を有しているかを遺伝子解析す

る。第二に、行動異常を定量的に判定するため、自発運動や適切な行動課題を用いた際の

運動解析を行う。第三に、高精度 MRI による微小神経回路レベルのイメージングと脳機

能画像を、 新の計算論的モデリングを用いた解析法により解析する。第四に、脳機能画

像から特定できた脳領域から神経活動の記録を行うとともに、その領域にウィルスベク

ターを用いて神経伝達を可逆的にブロックするニューロトキシン等を導入し、行動上の変

化を精密に測定し、どの神経回路が症状に寄与しているかを特定する。 後に、神経病理

専門家により、脳の組織学的特徴を 新の分子マーカー等を用いて確認する。これら一連

の成果を得るのには少なくとも 5 年を要するものと思われる。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 従来、統合失調症治療には、主に問診にもとづく正確な診断と、その診断

にもとづく有効な治療薬を患者ごとに一定期間試行し、調整する方法が用いられている。

しかし、特に複合的な精神疾患の場合、正確な診断が困難であること、また 終な治療薬

の処方を決定するまで入院させて効果を確認するなど、膨大な時間と費用を要している。

かつて遺伝子多型にもとづく当該患者に 適なテーラーメイド治療が試みられたが、必ず

しも十分な効果を上げていない。脳、特に大脳皮質の局所神経回路レベルでこの疾患の病

因解明をヒトに も近い霊長類レベルで行い、その上で、ヒト疾患例で確認することが必

要である。 

研究シーズ : 日本の神経科学にはニホンザルを用いた脳の運動・認知等に関する世界的

に極めて高水準の研究が行われている。このような研究を支援するため文部科学省による

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バイオリソースプロジェクトによるニホンザルの繁殖・供給事業が岡崎国立共同研究機構

生理学研究所と京都大学霊長類研究所を中核機関としてこれまで 10 年間継続して行われ

てきており、繁殖・供給体制が確立している。これまでは繁殖個体を各研究室の神経生理

学的研究のためにそれぞれ比較的少数供給してきた。しかし、このような多数のニホンザ

ルの繁殖群を有していることは世界で日本唯一のことであり、その研究基盤を 大限有効

に利用することにより。世界に先駆けた日本による研究の優位性を得るための大きな可能

性を有している。さらに、平成 16 年度から 21 年度の「統合脳 5 領域」に代表される科

学研究費特定領域等によって、神経科学に関する数多くの専門研究者間の相互交流と理解

が培われてきた研究基盤がある。

5. 参画が見込まれる研究者層

神経科学のさまざまな分野の専門家による研究プロジェクトチームを結成する。

1. 霊長類を用いた神経生理学研究者

2. 精神神経科医師

3. 霊長類フィールドワーク研究者

4. オプトジェネティクスを行うための分子生物学者およびウィルス学者

5. 分子レベルから社会レベルまでの四次元脳・生体分子統合イメージング研究者

6. 脳バンクに参画する研究者(神経病理学の専門家、精神神経科の医師など)

7. 脳機能のモデル化を行う計算理論専門家

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

すでに設立、あるいは概算要求段階にある以下のプロジェクトを機能的に統合すること

により、強固な研究基盤ができるものと思われる。

1. バイオリソースプロジェクト「ニホンザル」中核機関 : 生理学研究所・京都大学霊長

類研究所

2. 生理学研究所平成 25 年度概算要求事項「ニホンザルモデル動物研究センター」の設

3. 生理学研究所平成 25 年度概算要求事項「認知ゲノミクス基盤研究センター」の設立

4. 包括脳による異分野研究者のインターアクティブな交流

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

バイオリソースプロジェクト経費は現在文部科学省からの補助金によって行われている

ため、プロジェクトの中核機関である岡崎共同研究機構生理学研究所と京都大学霊長類研

究所への供給頭数は全体の三分の一を超えないことが求められている。本研究においては

これらの中核機関の研究者が多数参加することが予想され、この規制が緩和されることが

望ましい。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 本研究はこれまで未解明の精神疾患の病因を明らかにするため、他

領域の研究者のちからを結集しようとする。複数の神経科学領域の研究者がインターアク

ティブに研究を推進することで、病因の解明のみならず、その過程で多数の新技術を含む

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成果が生み出されることが期待される。

社会経済的効果 : 日本や先進国での精神疾患患者は本人や家族のみならず社会における

極めて重大な問題である。病因の解明により社会全体の精神的・経済的負担を大きく軽減

できるとともに、研究の過程で経済的成長戦略に寄与できるさまざまな科学技術の成果が

期待できる。

9. 備考

参考文献

1.Kinoshita M, Matsui R, Kato S, Hasegawa T, Kasahara H, Isa K, Watakabe A, Yamamori T, Nishimura Y, Alstermark B, Watanabe D, Kobayashi K, Isa T (2012) Genetic dissection of the circuit for hand dexterity in primates. Nature 487:235-238.

2. Liu X, Ramirez S, Pang PT, Puryear CB, Govindarajan A, Deisseroth K, Tonegawa S (2012) Optogenetic stimulation of a hippocampal engram activates fear memory recall. Nature 484:381-385.

3. Yizhar O, Fenno LE, Prigge M, Schneider F, Davidson TJ, O'Shea DJ, Sohal VS, Goshen I, Finkelstein J, Paz JT, Stehfest K, Fudim R, Ramakrishnan C, Huguenard JR, Hegemann P, Deisseroth K (2011) Neocortical excitation/inhibition balance in information processing and social dysfunction. Nature 477:171-178.

先行例となる海外プロジェクト・施設

 Max Planck Institude for Biolgical Cybernetics, Tübingen, Germany http://www.kyb.mpg.de/

提案整理番号 311. 研究領域名称

データ駆動による神経回路の計算原理の解明と脳型情報処理の確立

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

近年、光計測などの実験技術の進展により、行動中の動物の脳から数百〜数千の神経

細胞から信号を記録することが可能になってきた。あるいはヒトの脳全体の活動を同時

計測したり、逆に単一細胞のスパインやシナプス集団の活動を細胞全体にわたって記録

することも可能になりつつある。しかし、このような大規模な活動データを解析する数

学的手法は、まだほとんど整備されていない。とくに神経活動においては、複数の時間

スケールにおいて変動する動的性質が本質的に重要であると考えられ、従来の静的デー

タの解析方法を超える、新しい方法論の開発が必要になる。また、実際の脳の回路を人

工的な方法で再現し、脳型計算原理に基づく情報処理装置の開発に結びつけようという

試み(ニューロモルフィック技術)が世界的に盛んに行われてきている。そこで大規模

かつ時間変動する脳データの特徴を解析する新しい数学的手法の開発と、大規模な実験

データに基づく回路のモデル化などを通じて、脳の情報処理の基本原理の解明に迫り、

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それに基づく情報処理装置の開発を行う。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

数学と生命科学や社会科学との連携の必要性がさまざまな機会に問われているが、そ

のような連携はまだ十分ではない。数学がもっとも威力をもつのは、直感的方法では解

析することも、解釈することも難しいような、複雑な現象の大規模データの解析におい

てであろう。脳の神経活動はまさにこのような性質のものであり、新しい方法論の開発

が必要であるが、そのような数学的手法は、脳研究に限らず他の広範な科学分野におい

ても、利用することが可能になるだろう。また脳の計算原理の解明は、ニューロモル

フィック(Neuromorphic)な計算機の開発に結びつくことが期待される。ニューロモ

ルフィック技術とは、神経細胞やシナプスの機能を電子素子等で実現し、脳の電子的な

実体モデルを得ようという試みである。スパコンによる大規模シミュレーションと関係

はあるが、より広い応用分野をもつ。これは「脳を創る」と総称されたアプローチであ

るが、日本での開始は時期尚早に過ぎた感があり、生物学的知識の蓄積が不十分であっ

たため、必ずしも成功しなかった。現在もデータ不足を言えばキリがないが、脳の生物

学的仕組みが全てわかるのを待っていては遅すぎるし、また生物学的詳細が全て必要な

わけでもないだろう。この試みを成功させるためには、回路レベルの計算原理について、

今以上の深い理解が必要であるが、材料物性系や情報関連の技術者と、大規模神経活動

データの解析を行う実験研究者とのコミュニケーションを通じ、そのような試みへの道

筋が開かれる可能性があるのではないか。このような生物、数学、工学との結びつきか

ら、日本にとって必要な次世代の産業のシーズが創造されることを期待する。

3. 研究内容(成果の達成時期と具体的方策)

(1)大規模神経回路の in vivo 記録実験 

  行動中の動物の局所神経回路の機能を探る実験

  複雑な脳回路の情報処理の本質に迫るものであれば、in vitro も可

(2)全脳レベルの情報の流れを探る実験とデータ解析手法

(3)上記実験と組み合わせるオンライン・オフライン解析技術の開発・マシン学習・グ

ラフ理論

(4)上記データにより駆動される計算モデルの構築や大規模シミュレーションなど

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 脳を理解することは、新しい計算原理を獲得することであり、既存の計算

機に替わる、新しい情報産業と工業を生み出すことが期待される。また脳の大規模データ

解析は数学の手助けを必要とし、逆に数学を刺激し、軽視されてきた応用数学の強化にも

つながる。

研究シーズ : 脳の計算に関する回路レベルのメカニズムが急速に理解されてきている

が、さらなる発展には数学との連携が必要。また脳の計算メカニズムが本当に新しいもの

であれば、工学的に新しいものを生み出せなければならない。そのような道を真剣に探る

べき時期に来ている。

5. 参画が見込まれる研究者層

俯瞰ワークショップライフサイエンス・臨床医学分野本文.indd Sec1:196 13/03/06 11:54

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神経科学(臨床も含む)、情報科学、信号処理、応用数学、物理学(統計、非線形、生物、

光学など)、数理工学、計算機科学、計算機工学、材料物性(素子開発)などの研究者

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

全てのプロジェクトは生物と数学、生物と工学など、異なる分野の研究者の連携するも

のであることが望ましい。そのため、生命系の研究者と数学、工学系の研究者が共同で提

案するものしか受け付けない制度上の縛りなどあっても良い。生物のみで電気生理と遺伝

子操作、などの組み合わせは既に行われているので、本領域では対象外とすべき。科学的

発見の大きさを目指す研究や、発見そのものより脳型計算の基礎原理や技術の開発を目指

すものなど、多様性をもたせるべき。先への発展的解消を見込んだ 5 年間程度の推進期

間が、とりあえず妥当であろう。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

大規模データ解析は、すでに企業などでも次の産業のニーズとして注目している企業が

多いと聞く。大学にとどまらず、産業界に属する研究者の参加(優れた人ならば、代表者

も可とする)を積極的に呼びかける必要がある。また、大規模データ解析自体は、他の生

命分野や科学分野でも必要とされるものであり、脳に限るものではない。敢えて脳に限定

する必要があるかは議論のあるところであるが、ある程度第一原理のわかっているような

系でのデータ解析は、検出したいものの特徴がわかっているという点で、原理的には簡単

である。ところが脳ではまだ第一原理すらわかっておらず、従ってデータのどのような特

徴に目をつければ、回路機能や動物行動との関連が理解できるのかも自明ではない。現在

求められているのは、このような状況で威力をもつ数学的手法だと思うが、これは他分野

ではあまり例がない困難である。現在のモデル依存と、モデル非依存の解析手法との、中

間的な方法の開発が必要なのかもしれない。また、あまり背景が違い過ぎると、研究者間

の興味が違いすぎて、かえって領域の存在が機能しにくくなる可能性もあるため、脳か、

せいぜい他の「生命情報処理」の範囲にとどめたほうが良いと、個人的には考える。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 大規模データ解析、とくに動的な大規模データの解析手法は、生物

のみならず、宇宙や地球物理などの理学、ロボットや自動車などの工学など経済や社会現

象の解析などさまざまな分野で必要とされる。

社会経済的効果 : 産業に結びつく直接的出口として脳型計算機開発や医療(診断技術)

への応用などが考えられる。

9. 備考

欧州の Human Brain Project では、実験及び理論神経科学、工学、計算機科学などの

研究者が参画し、脳の局所回路とその相互作用による全脳レベルの計算原理の理解を目指

している。そこでは、ニューロモルフィック技術の確立が大きな柱になっている。ただし、

まだ 終的には申請は受理されていない。またアメリカの DARPA 計画でも、同様に脳の

計算原理の解明と工学的応用の確立を目指した研究計画が立ち上がっている。この計画は

アメリカの軍事予算でサポートされているものと思われ、かなり大規模である。

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提案整理番号 321. 研究領域名称

モデル実験動物と行動実験を使った精神機能とその異常のメカニズムの解明

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

fMRI や PET などのヒトの脳活動を計測する技術の発展によって、情動、学習、記憶、

予測、意志決定、注意などの基本的な脳機能だけでなく、愛情、共感、利他心、嫉妬、

闘争心、支配心といった、社会的な精神活動に関しても、脳のどの部分が関与するのか

が、明らかになってきた。一方で、精神疾患を呈する家系等の遺伝学的解析等から、統

合失調症、気分障害、広範性発達障害、ストレス障害等の精神疾患に関与する可能性が

ある候補遺伝子が続々とあげられ、これらの遺伝子の多型と、脳機能画像の部位別変化

との関連も解析が進んでいる。しかしながら、このような脳部位や遺伝子が、脳の正常

機能や機能異常とどのような仕組みで結びつくのかを真に理解するためには、それぞれ

の部位や遺伝子を含む神経回路の作動原理と機能異常を明らかにする必要がある。この

ためには、遺伝子の解析や操作が容易な、モデル実験動物を利用する研究が欠かせない。

近脳機能の基盤となる脳の構造が、動物種を越えて、保存されていることが明らかに

なり、マウス以外の齧歯類や魚、鳥なども、いわゆる高次脳機能解明の材料として使え

ると考えられるようになってきた。実際これらの動物を使って、記憶・学習など以外で

も、意志決定、子育て、社会的絆、優劣、共感、利他行動、言語習得等の様々な精神活

動を再現するための行動実験法が開発されてきている。このような現状を踏まえ、独創

的な発想に基づくモデル実験動物の行動実験を、 新の遺伝子操作技術や可視化技術と

組み合わせて駆使することによって、ヒトを含む動物の精神機能の仕組みと、その異常

である精神疾患の理解を目指す研究を一層加速することが、脳科学の急務となっている。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

情動、学習、記憶、予測、意志決定、注意、直感、愛情、嫉妬、利他行動といった精

神活動を、科学的に理解することは、人類の究極の目標の一つである。現代の脳科学は、

遂にその目標達成の糸口をつかんでおり、今後より深く踏み込むためには、モデル実験

動物での実験と連携した研究の推進が、欠かせない。また、これらの精神活動の異常と

しての精神疾患に関しても、候補遺伝子と機能異常がなぜ結びつくのか、遺伝と環境が

どのように相互作用するのか等を理解することなしに、治療への突破口は開けない。そ

のためにも、独創的な発想によって、ヒト精神疾患で影響をうける精神活動を再現でき

る行動実験をモデル実験動物で開発することが、欠かせない。開発された実験系は、診

断、予防、治療の開発にも大きく貢献できるはずである。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

3-1: 独創的発想によるモデル実験動物を使った行動実験法の開発と、これを用いた神経

回路機能解析

情動、学習、予測、意志決定、注意、直感、愛情、嫉妬、利他行動といった精神活動を、

神経回路の機能のレベルから理解するために、 も適したモデル実験動物を選んで、こ

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れらの精神活動を再現できる行動実験を開発する。この実験系と、遺伝子組換えやウイ

ルスベクターの利用による光遺伝学等の人為的神経活動操作技術、2 光子レーザー顕微

鏡等による神経活動可視化技術、自由行動動物での神経活動計測技術等を駆使して、精

神活動の仕組みを、神経回路の作動原理のレベルで理解する。

3-2: モデル実験動物の行動実験を使った、精神疾患候補遺伝子の機能解析

適のモデル実験動物と行動実験系を選定し、精神疾患患者の遺伝解析等から挙がっ

てきた多数の候補遺伝子から、どれが も病因として有力かを、効率的に検索し選定す

る。その上で、絞られた遺伝子が、神経回路で、どのような機能を果たしているのかを

明らかにする。さらに、その遺伝子の異常が、神経回路の機能異常や、個体としての行

動異常とどのように結びつけられる感を明らかにする。また、行動異常の発症に、遺伝

子と環境の異常の相互作用がどのように関わるか等も明らかにする。

3-3: モデル実験動物を使った、精神疾患の治療や予防のための分子・細胞標的の同定と、

治療法の開発

上記候補遺伝子の正常機能の解析によって、その遺伝子の機能に深く関わる細胞内信

号伝達の実態や、神経細胞集団とその活動様式が明らかになってくるはずである。この

知識を元に、治療や予防のための標的となる分子や神経細胞を同定する。更に、これに

対する選択的薬剤や操作技術を適用することによって、疾患発症の予防や、治療を考案

し、検証する。また、この過程で、新たな精神疾患の原因遺伝子の候補が浮かび挙がっ

てくることが予測され、これらと疾患との関わりを、ヒトの遺伝解析によって確かめる。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 社会構造が複雑化・多様化するなかで、人間自身が、その変化に追いつけ

ないで、様々な精神的な問題に直面している。このような状況下で、情動、学習、予測、

意志決定、直感、愛情、嫉妬、利他行動といった精神活動の作動原理の理解は、問題解決

の根本的解決にも大きく貢献できるはずである。

研究シーズ : 動物行動学、遺伝子操作による神経回路の活動様式の人為的操作技術、神

経回路の活動の可視化技術等の技術が発展し、目的とする研究が遂に可能となった。

5. 参画が見込まれる研究者層

以下のような専門性を持った研究者の密接な連携が必要

・モデル実験動物を使った行動実験の開発にたけた動物心理学者

・神経回路の活性等を操作するための遺伝子操作やウイルスベクター等の開発にたけた

分子生物学者。

・神経回路活動の可視化、自由行動動物の神経活動の計測等にたけた神経科学者

・ヒト精神疾患の遺伝解析にたけた遺伝学者

・ヒト精神活動可視化にたけた fMRI、PET 等の専門家

・標的薬剤のスクリーニングと開発にたけた薬理学者

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

本研究は、独創的発想の個別研究が、基本となる。しかし、マウスやマーモセット等の

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大規模な飼育施設や行動実験施設が必要な研究では、飼育や遺伝子改変動物作成の支援の

ための拠点の形成が必要である。期間は、5 年をめどとするが、行動実験系の開発から、

疾患原因遺伝子の検索、治療薬等の開発までを達成するには、研究のそれまでの進捗状況

と展望によって、延長を考える必要がある。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

ヒトの精神にかかわる研究を動物で研究すればするほど、動物にヒトと似た精神がある

ことを強調することになり、研究の倫理的な問題は、複雑になってくる。その点について、

研究の発展段階ごとに、検討が必要になる可能性がある。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 人類の究極的知的目標の達成。

社会経済的効果 : 精神疾患の予防と治療法の開発。

9. 備考

これまでの例 :1: 集団ごとのハタネズミの婚姻習性の違いと、オキシトシン、バソプレッシンとの関

連の発見。

この研究は、ヒトの婚姻行動と遺伝子多型との関わりや、社会性とオキシトシンとの

関わり等の研究へと発展し、自閉症治療にも応用が模索されている。

Hammock EA, Young LJ.(2006) Oxytocin, vasopressin and pair bonding: implications for autism. Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci. 361:2187-98. 2: マウスによる共感の例

同ケージで痛みの経験を分かち合ったの存在によって、マウスの痛みの感じ方が変化

する。

Langford DJ, Levitin DJ, Mogil JS. (2006) Social modulation of pain as evidence for empathy in mice. Science. 312:1967-70.

3: マウスの階層決定と前頭葉との関わり。

Wang, F, Zhu, J, Zhu, H, Zhang, Q, Lin, Z, Hu, H (2011) Bidirectional control of social hierarchy by synaptic effi cacy in medial prefrontal cortex. Science, 334:693-697.4: 脆弱性 X 染色体症候群の原因遺伝子同定から、シナプスので蛋白研究をもとに、自

閉症治療薬の開発。

Bhakar, A.L., Dölen G, and Bear MF, (2012) The Pathophysiology of Fragile X (and What It Teaches Us about Synapses), Annu. Rev. Neurosci. 35:417–435: 遺伝的自閉症の遺伝子解析から、モデル実験動物の作成、発症機構の研究

Nakatani J, Tamada K, Hatanaka F, Ise S, Ohta H, Inoue K, Tomonaga S, Watanabe Y, Chung YJ, Banerjee R, Iwamoto K, Kato T, Okazawa M, Yamauchi K, Tanda K, Takao K, Miyakawa T, Bradley A, Takumi T. (2009) Abnormal behavior in a chromosome-engineered mouse model for human 15q11-13 duplication seen in autism. Cell. 137:1235-46.

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書201

6: 遺伝的易絶望性ラットの開発から、手綱核関与の同定、重度鬱病の治療法の開発

Li B, Piriz J, Mirrione M, Chung C, Proulx CD, Schulz D, Henn F, Malinow R. (2011) Synaptic potentiation onto habenula neurons in the learned helplessness model of depression. Nature. 470:535-9.

Sartorius A, Kiening KL, Kirsch P, von Gall CC, Haberkorn U, Unterberg AW, Henn FA, Meyer-Lindenberg A. (2019 Remission of major depression under deep brain stimulation of the lateral habenula in a therapy-refractory patient. Biol Psychiatry. 67(2):e9-e11.

提案整理番号 331. 研究領域名称

個性を生む脳内中間表現型の同定・理解とその制御方法の創出

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

人の個性は、一生を通じて変化することのないゲノムレベルでの遺伝的要因と、胎内・

幼少期の発達時や大人になってからの経験・環境要因の組み合わせによりダイナミック

に形成されると考えられる。個性は、時間軸の上で比較的変化をしにくい性格のような

部分(trait)と、正常な範囲での気分の変動やこころの病への罹患と回復のように変

化する部分(state)でなりたつとも言え、これらが人ごとに異なる独自で唯一無二と

もいえる特徴を生むことになる。独自の個性を有する人が集まる社会においては、個々

人の個性とその成り立ちを理解し、それを尊重し、その特徴が 大限活かされることが

望ましい。しかしながら、これまで個性は心理学や教育学などによって研究がなされて

きたものの、その生物学的な側面はほとんど扱われてこなかった。また、脳科学・神経

科学では、人や動物が共通して有する普遍的な脳の成り立ちや機能に主に焦点が当てら

れてきたため、個性が研究対象となることは稀であった。一方で、近年、次世代ゲノム

シークエンス法、プロテオミクスやメタボロミクスを始めとする各種オーミクス解析技

術、光遺伝学を含む遺伝子改変技術、脳の各種イメージング技術、などのゲノム科学、

脳科学における著しい技術的進展により、個性を生み出す種々の要因の研究が可能に

なってきた。これに加え、精神疾患・発達障害の研究や遺伝子改変マウスを用いた研究

やヒト死後脳研究から、脳内に「中間表現型」と呼ばれるある種の状態の共通パターン

があることが 近わかってきた。例えば、特定の抑制性ニューロンの低下、グリア細胞

の活性化を伴う軽度慢性炎症、大人の脳で神経細胞が未成熟なまま留まる「未成熟歯状

回」などである。驚くべきことに、全く異なる遺伝要因や環境要因によって、ほぼ同一

といってもよい脳内中間表現型が誘導されることが動物を用いた研究から明らかとなっ

てきている。この種の脳内の中間表現型は、「疾患」として診断される人の脳だけでなく、

健常な人の脳内にも程度や種類は異なっていても多かれ少なかれ存在するはずである。

個々人がどの程度の脳内の中間表現型をどのような組み合わせで有しているかが、その

人の個性を決めている、と考えられる。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書202

我が国における自殺者数は約 3 万 3 千人、自殺死亡率(人口 10 万人あたりの自殺者

数)は 25.8 であり、主要先進 7 か国の中で日本が も高い数字となっている(H22 年

厚労省調査)。3 万人が自殺することによる日本の国内総生産(GDP)の損失額は、1年間あたり約 1 兆円と推計されており(国立人口問題研調査)、自殺は社会・経済に大

きな負の影響を与えている。自殺に関係する脳内の中間表現型を同定し、それを各種の

生体情報から推定することができるようになれば、自殺を未然にくいとめるための生

物学的側面からのアプローチが可能となることが期待できる。精神疾患の生涯有病率

は、うつ病で約 3 〜 7%、統合失調症と双極性気分障害ではそれぞれ総人口の約 1% で

あると考えられている。我が国において精神疾患により医療機関にかかっている患者数

は 300 万人に達している(H20 年厚労省調査)。統合失調症では入院患者数は 20 万人

を超え、病院のベッド占有率は全疾患の中で も高い。これら精神疾患の医療費は約 2兆円に上り、これは一般診療医療費のおよそ 2 割にあたる。入院患者のうち入院期間

が 1 年を越える患者が半分以上であり、精神科の医療費の 7 割以上は入院治療に使用

されている(H21 年厚労省調査)。我が国の抱える社会・経済的な問題の中で、精神疾

患は も深刻な問題の一つといえる。ほとんどの場合、個性と精神疾患はこれまで別の

文脈で研究されてきたが、これらを連続的に捉えることによって、精神疾患の治療法の

開発はもとより、有効な予防法の考案も期待できる。「いじめ」は、個人の個性が尊重

されないことで生じる社会現象と捉えることができる。我が国におけるいじめの認知件

数は、小・中・高・特別支援学校において、約 7 万 8 千件であり、児童生徒 1 千人当

たりの認知件数は 5.5 件である(H22 年文部科学省調査)。また、個性が社会的にうま

く適応できないことにより、長期に渡って自宅や自室に閉じこもり社会活動に参加しな

い状態が続く「引きこもり」という現象も社会問題となっている。日本では 15 歳以上

39 歳以下の若者のうち約 1.8%、およそ 70 万人が、引きこもりの状態にあると推計さ

れている(H21 年内閣府調査)。個性を生み出す生物学的背景が科学的に明らかにされ

ることによって、それぞれの特徴を持った個人が尊重され、その個性が 大限に活用さ

れるような社会活動に参画することを支援するシステムの構築が期待される。我が国で

は、自己の独自性を探求する「自分探し」についての関心が強く、これはユニークな国

民性ともいえる。たとえば、「血液型性格判断」や、「心理テスト」と呼ばれる通俗心理

学などは、テレビや書籍など多くのメディアで取り上げられ、たびたび流行を繰り返し

ている。H20 年においては書籍の年間ベストセラーの 10 位のうち 4 冊が「血液型性格

判断」の関連書籍であった(トーハン社調査)。「血液型性格判断」には科学的根拠はほ

ぼ皆無であるにもかかわらずこのような状況があるという事実は、我が国において、自

己の個性を知るための科学的方法への大きな潜在的ニーズがあることを示している。個

性の科学による科学的な「自分探し」補助によって、多様な個人がそれぞれその個性に

沿った多様なライフスタイルを送り、その個性を社会の中で活かすことができるように

なるためのサポート方法の開発・普及が期待できる。

3. 研究内容(成果の達成時期と具体的方策)

(1)個性を作る脳内中間表現型の同定

中間表現型にどのようなものがあるか、どの疾患がどの中間表現型の組み合わせで生

じるのか、をまず見つける(同定する)。脳内の中間表現型という概念が新しいため、

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書203

どのようなものがあるのかその全貌が明らかになっていない。動物モデルを活用した研

究と、ヒト死後脳研究、in vivo イメージングなどを有機的に組み合わせつつ、多様な

中間表現型を同定し、その組み合わせのパターンを知る。

(具体的な研究の例)

・各種遺伝子改変マウスの網羅的行動解析によるマウスの「個性」の分類と、それに対

応した脳内中間表現型の探索。

・動物モデルで得られた知見を活用したヒトの脳内中間表現型の探索・同定(死後脳研

究、in vivo イメージング)。

(2)個性を作る脳内中間表現型の形成メカニズムの理解

同定された中間表現型の中には、それが健常人が有するものであっても、うつや統合

失調症などの精神・神経疾患への罹患感受性を高めるものがあるはずである(例えば「未

成熟歯状回」)。こころの疾患を積極的に予防するために、それらがどのような遺伝・環

境要因で生ずるか、の分子・細胞・組織レベルのメカニズムを解明する。

(具体的な研究の例)

・幼少期のストレスによるゲノムのエピジェネティクス修飾と成長後の脳内中間表現型

の因果関係の解明(動物モデル)。

・光遺伝学を用いた脳内中間表現型と「個性」の誘導(動物モデル)。

・「切れやすい」脳の中間表現型の形成メカニズムの解明。

(3) 個性を作る脳内中間表現型の推定・制御・活用方法の創出

ゲノム・プロテオーム・メタボローム情報などの各種生体情報と、脳機能イメージン

グ、認知機能検査などを組み合わせることによって、脳内中間表現型を計算論的に推定

することを試みる。また、測定された生体情報・脳内情報から、その人の個性を推定し、

行動特性や認知機能を予測する方法の開発を行う。さらに、脳内中間表現型のパターン

に応じた精神疾患の予防方法などの考案やライフスタイルの提案も行う。

(具体的な研究の例)

・携帯可能な生体センサーによるライフログ情報を活用した個性と脳内中間表現型の関

係の解明。

・体液(血液・唾液・汗など)メタボローム情報による脳内の状態推定。

・個別のゲノム情報や脳内・行動レベルの中間表現型情報を用いたうつ病や PTSD な

どの精神疾患罹患可能性の予測とオーダーメイドの予防法の創出。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 諸外国では、パーソナルゲノムサービスの商用サービスが既に台頭してお

り、日本でもそれらの利用者が増えつつある。我が国では血液型占いの人気が高いことか

らもわかるように、ヒトの個性、自己の独自性についての関心が極めて強いという国民性

がもともとある。このニーズに対して、バランスのとれた正確な科学的知見を提供し、社

会問題化しうる倫理的諸問題に対して適切な対策をとる必要がある。

研究シーズ : 次世代シークエンシング技術が驚くべきスピードで進みつつあり、安価で

大量なデータが個人レベルでアクセス可能になりつつある。現在、我が国で大規模整備が

開始された死後脳リソースの活用も見込むことができる。

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5. 参画が見込まれる研究者層

神経科学、ゲノム科学、バイオインフォマティクス、精神医学、心理学、教育学、法学、

栄養学、科学コミュニケーション論など。

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

モデル動物で得られた知見と、ヒトで得られた知見を、インフォマティクス的解析を通

じて繋げることが有効であると考えられる。研究領域においては、以下の 5 種類の支援

拠点を通じて個別研究を行う研究者の支援を行う。個別研究チームは、これらの支援グルー

プによる中核技術を活用しつつ、個性を形成する特定の心理学的・精神医学的対象につい

て研究を推進する。

▷ ヒト生体サンプル取得グループ : ゲノムを始めとする生体情報を取得し、解析する。

倫理面の監督も行う。臨床医も含めた医師や教育機関関係者、法学関係者などを含む

▷ モデル動物グループ : 様々な遺伝子改変マウスを中心としたモデル動物で中間表現型

の同定・解析・制御法開発を行う)。

▷ オーミクスグループ : ゲノミクス、プロテオミクス、メタボロミクスなどの解析を行

う。

▷ インフォマティクスグループ : 他のグループ得た大量の情報、いわゆるビッグデータ

を蓄積しデータベース化し、計算論的な手法を駆使した解析を行う。

▷ ヒト脳中間表現型解析グループ :fMRI や PET などイメージングを始めとする脳情報

の解析を行うグループ。

支援グループの基盤整備や予備的サンプル収集に 1 〜 2 年ほどかかることが想定され

る。実験動物を用いた基礎的研究は、我が国でこれまで得られた脳行動表現型の蓄積を活

用し、すぐに中間表現型の探索にとりかかる。一研究チームあたりの全研究期間を原則 5年とする。2 年程度で中間表現型を同定し、以降の 3 年でその中間表現型の理解・推定・

制御に到達することを目安とする。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

法規制・倫理 : ゲノム情報を始めとする生体サンプルから得られる各種情報は「究極の

個人情報」であり、これの扱いに関するルールの策定が大きな課題。この「究極の個人情

報」へのアクセスについて、諸外国での商用サービスが既に開始されており、この流れを

止めることはできない。これら「究極の個人情報」がその個人によって活用されることを

促進する一方で、これが他人から悪用されないようあらゆる側面について起こりうる事態

を想定し、倫理面、法規制も含めて予めしっかりとした対策を立てる必要がある。

社会受容 : 我が国では、自己の個性を知ることへのニーズが高いのと同時に、個人情報

を他人から悪用される可能性や、個性的な人物の社会的差別やいじめへの警戒も強いと考

えられる。個性の理解が差別・いじめを助長するのではなく、むしろ逆にそのようなもの

を無くし個性が尊重され活かされるような文化の形成に貢献することによって、個性の科

学的研究が社会に受容されるようになると考えられる

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 :

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・現状では、「個性をつくる脳内中間表現型」という考え方や研究がほぼ皆無であり、

世界的な新しい研究の流れを作りうる。

・遺伝要因・環境要因の相互作用が、行動レベルでの表現型の多様性(= 個性)へ帰結

するまでの間に、脳内中間表現型とその組み合わせ、という概念を導入することによ

り、いままで別のものとして捉えられていた個性とこころの疾患を連続的なものとし

て統合的に理解することが可能となる。

・我が国のライフサイエンスでは、脳科学を始めとして様々な分野で遺伝子改変マウス

を用いた研究が盛んに行われている。これらのリソースを活用しつつ、遺伝子の生体

での機能を探索・追求する基礎研究にも貢献することが期待できる。

社会経済的効果 : 以下のような効果が期待できる。

・ゲノム情報・中間表現型情報を用いた認知機能の類型の計算論的予測とそれを活用し

たオーダーメイド学習法の創出。脳の個性に合わせた 適学習・教育プログラムの提

案。

・個別のゲノム情報や脳内・行動レベルの中間表現型情報を用いたうつ病や PTSD な

どの精神疾患罹患可能性の予測とオーダーメイドの予防法の創出。

・脳の個性に合わせた睡眠・食事・運動・アート活動などのフィジカルなプログラムに

よるこころの健康維持・疾患予防法の提案。

・「切れやすい」脳の中間表現型の同定と制御による虐待・いじめやドメスティック・

バイオレンスの予防。

・ゲノム情報や脳内中間表現型タイプなどの科学的な知見にもとづいた「自分探し」補

助。

・体液(血液・唾液・汗など)のメタボローム情報と、携帯可能な生体センサー(睡眠

パターン、活動量、心拍数、脳波、体温など)によるライフログ情報などを組み合わ

せたこころの状態推定を行うアプリ、こころの状態推定から 適フィジカルプログラ

ムの提案を行うアプリ等の開発。

・ライフログ情報、こころの状態推移情報などを医療にも活用するプログラムの開発。

提案整理番号 341. 研究領域名称

ブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)による神経機能支援

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究の背景と現状

本邦では文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム(脳プロ)のもと、ブレイン・マ

シン・インターフェース(BMI)の研究が推進され、この数年の間に脳信号の解読や

機器制御技術が格段に進歩し、低侵襲 BMI においてはリアルタイムのコンピュータ制

御とロボットアーム制御が可能になってきた。本研究は現在、本邦が世界 先端レベル

に達しているが(1)、米国などのグループが激しく追い上げてきている(http://www.mirm.pitt.edu/news/article.asp?qEmpID%20=682)。 (2)今後の課題

・科学技術的に も重要かつ即時性が求められる課題は、本格的臨床応用に向けての実

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「ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰と重要研究領域」 医療福祉分科会 脳神経ワーキンググループ 検討報告書206

用化研究の加速である。実用化のためには、ヒトでの臨床研究、医療機器としてのシ

ステム開発など、いわゆる「橋渡し研究」として取り組むことが肝要である。第 2 の

課題は、BMI 技術自身のさらなる改良、開発であり、そのためには脳機能領野間の

connectivity、 causality など機能的ネットワーク解析を含めた神経科学全体の進歩が

重要と考えられる(2)、(3)。・経済的、社会的面にみると本邦の介護福祉分野における喫緊の課題として、神経系の

疾病や外傷により重度の機能障害を被る患者の支援が重要である。彼らは、生活ある

いは生存自身を周辺の介護者に依存している。要介護者は急速に増加しており、本邦

では、筋萎縮性側索硬化症(ALS)など神経難病 3 万人、脊髄損傷 10 万人、切断肢

10 万人、脳卒中後遺症 150 万人、要介護高齢者 450 万人と概算されている。とくに

重症の患者では意思伝達や身体運動など 低限度の生活機能も侵され、介護面で社会

に大きな経済的負担をかけている。このような要介護者のコミュニケーションや運動

機能を支援する新しい技術が BMI 技術であり、様々な難病の患者家族支援団体から

早期の実用化に向けて強い要望がある。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

低侵襲 BMI システムの実用化 : 頭蓋内電極により計測した皮質脳波を用いる低侵襲

BMI は、現在、有線システムによる研究段階である。これを自宅療養で使用可能なシス

テムにするためには実用的な埋め込み型無線システムの開発が必要である。現在、ヒトを

対象とした新たな臨床研究を開始する計画であり、平成 25 年度には専用の多極電極を用

いた精度の高い信号解読技術を確立する予定である。この間、埋め込み型無線通信装置の

研究開発、実用性の高いコミュニケーション機能、運動機能支援技術の研究開発を進め、

後記のように、3 年で実用化へつなげる成果を得て、5 年で実用機を用いた臨床研究もし

くは治験を開始し、10 年で実用化する。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 高齢化社会を迎え要介護人口は急速に増加している。とくに ALS など重

度の神経障害を有する患者の介護には莫大な労力が必要であるが、BMI 技術によりこ

れを軽減することができる。本邦の医療機器は著しく開発が遅れている(4)。この点、

BMI の実用機の開発はこの状態を打開し、新たな分野として世界で市場を開拓できる。

本邦の医療機器産業を活性化する事業として時をえたものである。

研究シーズ : 現在、本邦と欧米の BMI 研究は熾烈な競争関係にあるが実用化に向けて

の研究では本邦がごく僅か進んでいる感がある。しかし、米国の追い上げは激しい。実用

化に向けてのリードを確かなものとするには今がクリティカルタイムポイントである。

5. 参画が見込まれる研究者層

本領域には、神経生理学、システム脳科学、計算機脳科学などの基礎神経科学領域、脳

神経外科学、神経内科学、リハビリテーション医学など臨床医学領域、神経工学、ロボッ

ト工学、生体情報通信学などの工学領域、さらには脳神経倫理学、医療政策経済学など社

会科学系など広い領域にわたる研究者の参画が見込まれる。

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6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

本研究の第一の目標は基礎研究の成果を実用化につなげることであり、いわゆる「橋渡

し研究」の範疇に含められる。副次的には、脳科学の進歩につながる様々の画期的知見が

得られると期待される。このような研究を支援するためには、経緯と内容からみて、母体

となった文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム(脳プロ)ないしこれに関連した性格

の支援体制が適しているように思われる。これに加えて、臨床実用機の開発の面では厚労

省や経産省と連携した多様な支援体制の検討も考えられる。本研究は基礎神経科学、臨床

医学、工学領域など複数の研究領域にわたるものであり、どのひとつが欠けても目的を達

成しがたい。目標の達成には、すべての領域の研究者が一丸となって推進できる体制が何

よりも重要である。このためには、強力な拠点施設を設けて研究開発を総合するのが適切

な方策と考える。本研究は、ヒトにおける臨床研究、そのための倫理審査、ヒトに適用可

能な機器の開発、その薬事審査、承認など、必要とされる個々の段階を着実に経ていく必

要がある。現在のところ、3 年で実用化へつながる成果を得て、5 年で実用機を用いた臨

床研究もしくは治験を開始し、10 年で実用化する予定である。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

本研究の支援体制の施策化に伴う制度上の制約は、現行の範囲では基本的にはないもの

と考えられる。ただし、研究遂行の過程において、ヒト脳信号の扱い方についての今後

の展望や倫理性、または必要な規制の検討、重症難病患者支援についての社会的啓蒙な

ど、同時進行していく課題は多い。本領域は低侵襲 BMI という新しい体内埋め込み型の

医療機器を開発するものである。その面では、医療機器としての審査指針の整備、開発の

ガイダンス、体内埋込機器に対する迅速な薬事審査、規制緩和などの課題があげられる。

Biomaterials Access Assurance Act(BAA 法)など、国家的な支援体制の整備も求めら

れる。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 低侵襲 BMI システムはまだ世界で実用化されていない。すなわち、

患者が自宅療養で用いられるワイアレス型システムは開発されておらず、本研究で迅速に

開発されると、世界初の技術となる。

社会経済的効果 : 世界初の新しい医療技術として国際的展開を含めた大きな医療産業経

済効果が期待される。国内においては、介護、福祉に関する経済的負担を軽減するばかり

でなく、ロボット産業を含めた幅広い領域において新しい産業の創出につながる。

9. 備考

引用文献

1.Yanagisawa T, Hirata M, Saitoh Y, Kishima H, Matsushita K, Goto T, et al. Electrocorticographic control of a prosthetic arm in paralyzed patients. Ann Neurol. 2012 Mar;71(3):353-61.

2.Shibata K, Watanabe T, Sasaki Y, Kawato M. Perceptual learning incepted by decoded fMRI neurofeedback without stimulus presentation. Science. 2011 Dec 9;334(6061):1413-5.

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3.Guye M, Bartolomei F, Ranjeva JP. Imaging structural and functional connectivity: towards a unified definition of human brain organization? Current opinion in neurology. 2008 Aug;21(4):393-403.

4. 経済産業省 : 平成 24 年度課題解決型医療機器等開発事業、平成 24 年 3 月 27 日

提案整理番号 351. 研究領域名称

免疫・炎症機序の理解に基づく神経・精神疾患解明と治療法の開発

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

多発性硬化症はもとより、脳梗塞、てんかん、アルツハイマー病などの神経疾患の発

症において、免疫細胞や免疫分子が重要な役割を果たす事が次々に明らかになってきた。

実際に、免疫細胞の機能や体内移動を阻害する治療薬等、重要なシーズが内外で産まれ

つつあり、今後 10 年間で大きく花開く事が予想されている。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

神経・精神疾患は難治性・慢性の疾患が多く、有効な治療法の選択肢も少ないことか

ら、研究開発によって患者の予後を改善させることに対する社会的ニーズはきわめて高

い。多発性硬化症の新薬開発が大きな経済的波及効果を示したことを考えれば、脳梗塞、

統合失調、てんかん、アルツハイマー病など患者数の多い疾患の治療法開発が、きわめ

て大きな社会・経済的なインパクトを及ぼす事は確実である。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

本提案では、神経・精神疾患における免疫・炎症介在性メカニズムの解明に力点をおく

が、研究の進捗度に応じて前臨床研究、臨床研究、臨床治験を推進する。それは、基礎研

究から生まれた医療基盤技術を実用段階まで到達させることを目的とする。なお「慢性炎

症」に関する国家プロジェクトと本プロジェクトの相違点は「基礎炎症」「基礎免疫」の

専門家ではなく、神経・精神疾患の病態や病状、患者および家族の窮状を深く理解する専

門家が中心的な役割を果たすことによって、医療や介護における実用的な研究成果の早期

実現を目指す点にある。

(1)神経・精神疾患における免疫・炎症介在性機序の解明に向けた基礎研究

・「疾患モデル」における免疫・炎症分子および免疫細胞の動態解析

・「疾患モデル」の発症および終息を制御する環境因子の同定

・「ヒト神経・精神疾患」における免疫・炎症分子および免疫細胞の動態解析

・「ヒト神経・精神疾患」の発症および終息を制御する環境因子の同定

(2)神経・精神疾患における免疫・炎症介在性機序を検証する臨床研究

・生活習慣介入による免疫・炎症修飾と神経・精神疾患予防に関する研究

・免疫系分子を標的とする医薬による治療的介入研究

研究開発課題(1)では、多発性硬化症、脳虚血、てんかん、アルツハイマー病などの

動物モデルを材料にして、フローサイトメーター、RNA、miRNA、蛋白、代謝産物など

の網羅的な解析、あるいは古典的な病理学的研究などによって、治療標的になりうる分子・

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細胞、あるいは解剖学的バリアー(glia limitans など)を同定し、新たな分子標的医薬

あるいは免疫学的治療法を開発する。これらの治療法の有効性を動物モデルで検証し、あ

わせて免疫・炎症性疾患を修飾する環境要因(腸内細菌など)に着目し、生活習慣改善に

よる疾病予防の可能性を検討する。

研究開発課題(2)では、上記課題(1)で得られた結果をヒトで検証するために、学術的、

倫理的、技術的に許容される疾患介入研究を行う。幸い免疫分子・免疫細胞を標的とする

医薬品は内外で数多く開発されており、難治例を対象にした治療介入研究も実施されてい

る。また、より侵襲の少ない方法として、抗生物質投与や食事介入(塩分、線維類の増減)

を行い、免疫系に対する影響や疾病バイオマーカーに対する効果を解析する。以上、マウ

ス実験では得られないヒトにおける POC を得ることを目指す。

4. 提案の適時性

(社会ニーズ)我が国の第 4 期科学技術基本計画(平成 23 年 8 月閣議決定)では、今後 5 ヶ

年で実現が求められているライフサイエンス領域でのイノベーションとして、医療や介

護の分野での展開が特に重視されている。中でも、「革新的な予防法の開発」、「新しい早

期診断法の開発」、「安全で有効性の高い治療の実現」、「高齢者、障害者、患者の生活の質

(QOL)の向上」が重要課題に設定されている。本提案は、医療や介護でもっとも大きな

問題を産んでいる神経・精神疾患を対象にする研究であるが、これらの疾患の病態や患者

の実情まで理解した研究者が中心的な役割を果たす事によって、上記重点課題に関する大

きな成果を挙げることを目指している。したがって社会的ニーズはきわめて高いと言える。

(研究シーズ)神経・精神疾患研究では、多発性硬化症、視神経脊髄炎、脳虚血、てんかん、

アルツハイマー病、Huntington 舞踏病などの動物モデルが、内外で数多く樹立され維持

されている。個々のモデルについては、神経病理、神経化学的な研究が優先的に実施され

ている例が多く、免疫・炎症の分子・細胞に関わる研究はあまり手がつけられていない状

況にある。 近では脳虚血モデルにおいてγδ T 細胞やサイトカイン IL-17 を巻き込む

詳細な分子機序が解明されているが(Nature Med)、同様の展開が他の疾患モデルでも

期待できる。患者検体を用いた研究では、視神経脊髄炎において IL-6 の介在する病原性

自己抗体産生が証明され、患者に抗 IL-6 受容体抗体を投与する臨床研究にまで発展して

いる。

 

5. 参画が見込まれる研究者層

基礎医学研究者(神経免疫学、免疫学、神経科学、分子生物学、病理学など)、臨床医

学研究者(神経内科、精神科)、微生物学、栄養学、製薬企業研究者など

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

(1)推進体制 本研究の対象とする神経・精神疾患動物モデルの解析を効率的に進めるためには、病

理、細胞免疫、オーミクス解析、行動解析、電気生理、腸内細菌解析、治療的介入のす

べてを一カ所で行うのは不可能であり、それぞれの拠点施設を設定し、必要な機器等の

整備を重点的に行うことが必要である。患者に対する介入研究については、特定の疾患

に関する臨床実績の優れた施設で、分子標的医薬の適応外使用などが可能な施設を選定

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する。研究専属医師、技術員、看護士などの雇用、臨床業務や被験者に対する費用まで、

柔軟に対応できるような支援体制が必要である。

(2)推進期間(達成時間軸) 炎症・炎症機序の関与が古くから知られている疾患(多発性硬化症など)では、これ

までの研究成果に立脚することにより、早ければ 初の 5 年間で医療現場に大きく貢

献する新規治療が確立する可能性がある。炎症・炎症機序と疾患の関連が急速に明らか

になって来た疾患(脳梗塞、アルツハイマー病、てんかんなど)については、既に有望

な標的を同定した疾患では 5 年以内に臨床治験に入る事が可能になると思われる。ま

だ充分な基礎研究の進んでいない神経変性疾患については、5 年以内に炎症・免疫の関

わりの有無が明確にされるであろう。神経・精神疾患の研究には多くの時間と忍耐が必

要とされる。 初の 5 年の実績を元に、有望な課題とそうでないものを見極め、重み

付けをして次の 5 年間の研究を継続・推進することが望まれる。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

本研究の基本的なコンセプトとして、ライフサイエンスの二つの支柱である「神経科学」

と「免疫学」の垣根を取り払い、神経・精神疾患の病態研究や治療に免疫学的な視点を取

り入れる事によって、画期的な治療法や予防法を確立することにある。多発性硬化症以外

の神経・精神疾患の研究者にとって、免疫学的方法論の導入が必ずしも容易ではないこと

が想像される。しかし、 近では一流大学基礎免疫学教室の研究者が、神経科学、神経疾

患への越境を開始しており、この領域に大きな将来性を期待する若手研究者は急速に増加

している。研究支援の方針としては、新しい学術領域を育てるという意識が重要であり、

優れたプロジェクト提案に対しては、(若手)研究者が独立して資金やスペースを使える

ように配慮する必要がある。また、ヒトへの介入研究においては、神経・精神疾患を実際

に診療している現場では、医師、看護士等のマンパワーが決定的に不足していて、新たな

臨床研究を受け入れるキャパシティーが低下しているという事実を受け入れ、通常診療か

ら解放されたスタッフを雇用できるようにする柔軟な支援が必要である。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

(1)科学技術上の効果

神経疾患や精神疾患における環境要因(腸内細菌叢など)の役割、特定の免疫細胞や

免疫分子の役割等について画期的な発見がなされ、それに立脚した神経疾患の「免疫分

子病態医学」が確立し、画期的な治療法が実現する可能性が高い。さらに、主として症

候学、病理学で分類されて来た神経疾患が、炎症と免疫という観点から、再分類あるい

は細分類される可能性がある。

(2)社会・経済的効果

本提案における研究の推進により、神経・精神疾患における炎症・免疫機序を明らか

にすることは、難治性神経・精神疾患の新たな診断・予防・治療の方策を提示し、患者

数の減少と介護等による社会・経済的コストの削減につながることが見込まれる。日本

国内のアカデミアや企業研究者の潜在的能力を引き出して、新たな薬剤の開発や新技術

の開発に成功させることができれば、大きな社会・経済的効果が見込まれる。

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提案整理番号 361. 研究領域名称

Synthetic Brain Science (構成脳科学)

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

日本は伝統的に生物物理学、発生生物学などの基礎生命科学において構成生物学に関

連する多くの業績がなされてきた伝統がある。細胞運動に関連するモーター分子の再構

成系においては国内において多くの業績があり、概日時計の in vitro 再構成、光応答性

細胞の構成なども構成生物学の領域の成果である。更に iPS 細胞の樹立も遺伝子発現

調節の構成による細胞運命の転換という意味において構成生物学的な研究であり、構成

生物学という概念が現代の生命科学において breakthrough を生み出す原動力となって

いる事を示している。日本においても 2005 年より「細胞を創る」会議・研究会が発足し、

この分野の研究者コミュニティも徐々に形成されつつある。しかしながら脳神経科学分

野において構成生物学を正面から捉えた研究活動はほとんどなされていない。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

人工細胞の創生は synthetic biology(構成生物学)の一つの典型例として引用され

るが、生物学において、生命現象を構成的に捉える研究には長い歴史があり、特に近年

の網羅的ゲノム・蛋白質解析の進展、計算論的生物学の理論的深化、材料技術・微小機

能デバイスの発展、などにより、現実的な課題として多くの研究者が参入しつつある分

野となっている。神経科学の分野においても構成的な研究は様々な研究レベルで取り上

げられ、BMI 技術を一種の構成脳科学研究と捉えることも出来る。一方で構成生物学

をキーワードとして基礎から応用に至る脳科学およびその関連科学分野に横串を通し、

その発展を戦略的に支援する試みはこれまでなされていない。脳の疾患で失われた機能

を補うためには、脳の機能の一部を代替する技術の確立が必要である。本研究領域は構

成生物学的な手法を脳科学において展開することにより、様々なレベルでの脳機能の人

工的な再構成・代替技術を実現することを目指している。このような試みが実現すれば、

社会的な要請の強い難治性の脳疾患に対する全く新しい治療原理の確立につながる。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

(1)神経細胞内での情報伝達システムの in vitro, in silico 再構成系の開発

シナプス伝達、活動電位の発生、神経回路形成、などの神経系に特有の機能について

の in vitro での再構成系と in silico でのモデル構築を並行して行う。既にシナプス誘導

分子による人工的なシナプス構造の形成は一般的に行われるようになっており、一分子

イメージングを基盤とした超解像度顕微鏡技術との融合により定量的なモデルの確立を

目指す。(ゴール到達までの目安は 5 年間)

(2)特定の脳領域における局所神経回路の in vitro および in silico 再構成系の開発

重要な機能を持つ局所神経回路に対象を絞って、コネクトミックスによる神経結合の

網羅的同定、特定の神経細胞の発火を optogenetics により制御することで得られる回

路機能の網羅的情報を組み合わせて、回路の一部を人工的に置換した in vitro 再構成系

および in silicoでのモデル構築を推進する。海馬、小脳などの神経回路を標的としてデー

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タの蓄積とモデル化を並行して進める。(ゴール到達までの目安は 10 年間)

(3)BMI 技術と個体レベルでの脳機能イメージングを組み合わせた半再構成系の開発

と応用

個体レベルで脳内の情報をイメージングにより取り出し、その情報をデコードし、更

に新しいコマンドを脳に入力して、 終的に動物の行動パターン等を制御・解析する技

術を実現する。脳機能の一部を外部に取り出し、in silico で代替するという意味におい

てこのような方法論は一種の構成生物学的手法と考える事ができる。脳機能の代替技術

としての応用的価値も持つ。(ゴール到達までの目安は 5-10 年間)

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 脳の疾患で失われた機能を補うためには、脳の機能の一部を代替する技術

の確立が必要であるが、現時点ではそのような試みはまだ端緒についたばかりである。本

研究領域は構成生物学的な手法を脳科学において展開することにより、様々なレベルでの

脳機能の人工的な再構成を実現することを目指しており、脳の障害を克服する、という大

きな社会的ニーズに対応している。

研究シーズ : 脳科学研究は元来構成的なアプローチに親和性の高い領域である。現在の

脳科学研究の方向性としても、個体レベルでの行動をアウトプットとして、脳神経回路レ

ベルでの様々な観察技術・制御技術を利用しつつ、脳における情報処理の本質を捉えよう

とする試みが研究の潮流となっている。神経細胞内のシナプス等の構造の構成生物学、神

経細胞レベルでの再構成や人工素子との置換、回路の人為的つなぎかえ技術を利用した回

路の機能原理の探求など、構成脳科学として発展しうる領域は正に基礎脳科学の中核を形

成する部分であり、脳科学研究の将来的発展に大きな影響を与えることが予想される。

5. 参画が見込まれる研究者層

神経科学者、臨床関連諸科(神経内科、精神科、脳外科)、機械工学・材料工学・光学

関連の研究者、計算機科学者、細胞生物学者など

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

期間 : 初めの 5 年で基礎要素技術開発、5-10 年後に脳科学に直結する成果を目指す。

拠点 : 複数の大学・研究機関が合同でコンソーシアムを形成、人材育成から取り組む 予算 :1 拠点数億 X 5-10 施設 を想定

支援体制 : 人材育成を含む体制作りが必要

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

要素技術は既に存在するが、それを構成脳科学として相互に関連付け、戦略的な研究組

織として機能させる必要がある。自然科学研究機構・新分野創成センターを中核として大

学を主体とした研究コンソーシアムを形成し、人材育成を含むしっかりとした体制を構築

することが望まれる。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 :iPS 細胞の例を挙げるまでもなく、人工的な再構成実験が脳科学分

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野において実現することは大きな社会的インパクトを持つと考えられる。人工シナプスが

実現すれば、BMI における神経回路インターフェイスへの応用が可能となり、人工神経

細胞・人工神経回路の解析から特定の情報伝達経路の強化・抑制が脳に与える影響をシミュ

レーションすることができる。また生物時計などの生体リズム・恒常性の研究も、その個

体レベルでの機能発現を考え、応用へと繋げる上では脳科学との統合が必須であり、構成

生物学的研究がその架橋として重要である。

社会経済的効果 : 人工神経回路の解析から回路レベルでの情報処理についての新しい知

見を動物実験を介さずに得ることも可能であり、接続を自在に改変した人工神経回路を利

用して、新しい情報処理の原理を探索し、産業応用へと繋げることも将来的には可能とな

るであろう。

9. 備考

例えば生物時計の分野では日本は構成生物学の先端を走る研究が多くなされている。一

方で米国の構成生物学は Lawrence Berkeley National Laboratory, Los Alamos National Laboratory などの拠点において専門の研究室が設立され、また大学レベルでの人材育成

も開始されつつある。国内では本格的な取り組みはなされていない。高い技術水準を現時

点では持っているにもかかわらず、座視すれば国際競争力の低下が予想される。

提案整理番号 371. 研究領域名称

グリアを起点とする脳の生理と病態の解明

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

脳機能は神経細胞によってのみ担われているのではなく、神経細胞、グリア細胞、さ

らに神経 - グリア細胞連関によって担われていることが明らかとなってきた。 近の精

力的な研究により明らかになりつつあるグリア細胞多様な性質を以下に挙げる。

(Ⅰ)神経情報処理における単なる調節デバイスではない。

→ 独立した発信源として機能している可能性。

(Ⅱ)独立した情報処理システムとしてのグリア回路がある。

→ 特異的な情報をコードし、高い反応性を持つ可能性。

→ 脳は神経回路とグリア回路のハイブリッドである可能性。

(Ⅲ)グリア細胞の多様性は、神経細胞よりも著しく高い。

→ 脳の複雑性はグリア細胞に起因する可能性。

(Ⅳ)各種脳疾患時に性質が激変する。

→ 疾患の分子病態にグリア細胞の機能変調が強く関与している可能性。

ここ 10 余年で明らかとなった「グリア細胞が神経機能を補助的に制御している」と

いう概念から、現在では更に一歩進んで、「グリア細胞は高感受性で多様性に富み、し

かも独立した機能を持つ」という理解に近づきつつある。従って、グリア細胞を含めた

脳研究を総合的に展開し、これまでの脳科学が不得意としてきた分野の新しい展開を加

速する必要がある。そのような研究対象としては(i)気分・意識等の心の生理機能、(ii)

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種々の精神疾患、難治性神経変性疾患、炎症性脳疾患における分子病態の理解が特に重

要なものとして挙げられる。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

・精神疾患は罹患率が高く、分子病態には不明な点が多い。また各種神経変性疾患もそ

の分子病態の解明が進んでおらず、これら疾患の分子病態・病態生理の解明及び治療

法の開発は社会的・経済的にニーズが高い。

・また、上記の基盤となるのが、意識の分子メカニズム(麻酔薬による意識の消失にグ

リア細胞が関与している)、体調が気分に与える影響(心と体)等、従来の脳科学が

不得意としている研究分野の停滞を、グリア機能の理解を加えることで打破しようと

する試みである。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

(i)気分・意識等の心の生理機能

・免疫学と脳科学のインターフェースとしてグリア細胞の解析を捉え、従来とは異なっ

た切り口で心と体の関係の生物基盤を解明する。このような研究を通じて体調が気分

に与える影響(心と体)を明らかとする。

・意識の問題

麻酔薬による意識の消失が、神経細胞ではなくグリア細胞機能の消失とリンクしてい

ることから、意識(無意識)・覚醒状態を決定する必須の因子としてグリア細胞機能が

関与する可能性が高い。意識や覚醒を制御するグリア細胞の生体内機能を明らかにし、

その分子メカニズムに迫る。

(ii)種々の精神疾患、神経変性疾患、外傷・炎症性脳疾患

・神経障害性疼痛、大うつ病、統合失調症、自閉症、アルツハイマー病、パーキンソン

病、ALS、多発性硬化症など、様々な疾患においてグリアの機能障害が本質的な役割

を果たしている事が近年の研究から明らかになりつつある。個体レベルでのグリア機

能の操作と疾患モデル動物の樹立により、グリア細胞がこれらの精神・神経疾患の発

症、進展、治療反応性において果たす役割を明確にし、予防・診断・治療へと結びつ

けることを目指す。

・老化とグリア細胞機能の解析 脳の老化は神経変性疾患の研究を包含する大きな研究

テーマであり、高齢化社会においてその重要性がきわめて高い研究テーマである。神

経細胞とグリア細胞の相互作用が老化によりどのように変化し、その結果として脳の

機能が変化していくのか、という疑問に答えるための実験パラダイムはほとんど存在

せず、未開拓の分野として残されている。脳の老化とグリアの機能の関連を解明する

ためのモデル動物の開発、関連分子の同定を進め、脳の老化の本質を理解する事を目

指す。

4. 提案の適時性

研究シーズ : 近年の研究により、グリア細胞に関する新しい知見が非常に急速に集積さ

れてきた。このような新しい知識や実験リソースを活用する事で、グリアの持つ全く未知

の機能を明らかに出来る可能性が拡がりつつある。一方でグリア細胞の取り扱い、操作、

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実験手技等、においては、神経細胞を扱う場合とは異なる手法の開発が必要であり、また

グリアに特有の困難さも存在することがわかってきた。幸い、グリア細胞を研究するため

の技術、材料は格段に整備されつつあり(グリア関連分子のノックアウト動物、トランス

ジェニック動物の開発、グリア関連分子試薬の開発など)、また変化し易いグリア細胞の

性質を観察する手段(二光子レーザー顕微鏡、光操作技術、多細胞同時機能観察等)も格

段に発展しつつある。更にグリア細胞が制御する覚醒・睡眠などの脳機能、またグリア細

胞機能変調に起因する脳疾患(神経障害性疼痛、精神疾患、てんかん、虚血性疾患、ALS 等)

がわかってきた事から、今後数年間のグリア研究は国際的に大きく飛躍すると考えられる。

日本が国際競争力を維持して諸外国と互角の競争をしていくためには、研究支援の枠組み

を拡充していくことが求められる。

社会ニーズ : 病因不明の脳疾患には、グリア細胞の関連が疑われるものが多い。このよ

うな現在治療法が存在せず、根本的治療法開発への道筋が示されていない疾患について、

将来的な根本的治療法開発の可能性を示すことが可能になれば、その効果は計り知れない。

従ってグリア研究とその関連技術の創出は世界的な喫緊の課題である。

5. 参画が見込まれる研究者層

・すべての脳関連研究者と関連している。脳科学研究の諸分野、すなわち生理学、分子

生物学、生化学、回路解析、コンピュータシュミレーション、すべてにグリア細胞の

機能を取り込んだ視点が必要である。

・従来の神経科学と異なった研究手法を用いるため、各種研究技術・デバイスの開発研

究者の参画が見込まれる。

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

グリア研究を活発に行っている研究グループを束ねてより密接な共同研究を推進できる

体制の構築が必要である。またこれまでグリアを視野に入れずに研究を進めてきた脳科学

者を取り込むための支援拠点形成も行うべきである。更に若手研究者の育成のために中心

となる研究グループとの連携をとりつつ独自のテーマで研究が実施できるファンディング

の立ち上げが望ましい。推進期間としては 5 年程度が妥当である。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

ヒトのグリア細胞の機能を研究する上ではリソースの確保が必要であり、そのための倫

理的な配慮は必要である。グリアを基盤とした創薬については新しい取り組みとなるため、

基礎的な成果を応用へと橋渡しするための事業が必要となる。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

脳の機能が実現されるために、グリア細胞がどのように役立っているのか、という、こ

れまでの神経細胞を中心とした脳の理解では得られることができない新しい知識が得られ

ることが科学的には も重要な成果である。このような基礎的な知見は、グリアを介した

脳機能の制御、疾患におけるグリア細胞を介した予防・診断・治療法の開発、などの応用

研究にも直結しており、社会経済的な効果も見込まれる。さらにこれまで脳科学の中でも

曖昧な概念であった、意識・覚醒といった問題をグリア細胞による機能制御という新たな

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観点からとらえなおす事が出来れば、脳科学の飛躍的な進歩にも貢献するものとなる。

提案整理番号 381. 研究領域名称

タンパク質分解系の破綻が神経変性疾患を引き起こす分子機構の解明と制御

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

神経軸索の主要な役割は興奮の伝達であり、終末部で伝達物質を放出して、シナプス

後膜に興奮を伝達する。興奮を伝える側と受ける側のタンパク質代謝に関する環境は大

きく異なるが、その詳細は不明な点が多い。軸索 / シナプス前領域は非常に限られた空

間の中で起こる物質代謝によって恒常性の維持がなされていると考えられる。神経細胞

内でのタンパク質や小器官の品質管理・分解は重要な研究テーマである。例えば、近年、

主に本邦の研究者によって解明の進んでいるタンパク分解系である、オートファジーの

不全マウスでは神経細胞内に不良タンパク質や凝集体が蓄積することから、オートファ

ジーの恒常的機能は神経細胞全体で重要であると考えられる。さらに、オートファジー

の出来ない神経細胞では、初めに軸索終末部の変性及びユビキチン複合体の蓄積が認め

られる。同様にリソソームカテプシンを欠損すると、脳梁や海馬錐体細胞周囲の終末部

にオートファゴソーム様の膜成分が蓄積する。このことは、軸索 / シナプス前領域にお

いてオートファジー / リソソーム系が重要な働きを担うことを示唆している。更にユビ

キチン / プロテアソーム系も軸索 / シナプス前領域内の恒常性の維持に重要であり、そ

の異常が神経変性疾患の発症につながる可能性が強く示唆されている。しかし軸索 / シナプス前領域という限られた空間の中で起こる両者の系の実体、特にその分子的基盤に

ついては不明な点が多い。これらの分解系が破綻すると、軸索変性と神経変性のトリガー

となることから、これらの実態と調節機構を分子レベルで解析することは、神経回路網

の品質管理を知る上で重要である。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

超高齢社会を迎えた我が国において神経変性疾患の患者数は増加の一途を辿ってい

る。パーキンソン病(PD)はアルツハイマー病(AD)についで頻度の高い神経変性疾

患であり、3 番目に頻度の高い認知症の原因である。パーキンソン病の日本での有病率

は、人口 1,000 人当たりに約一人(日本全体で 10 万人以上)と言われており、高齢化

社会を迎えるにあたって、今後ますます患者数は増えると予想されており、その診断、

予防、治療法の開発は国民の健康や生活の質の改善に益々必要と考えられる。ユビキチ

ン・プロテアソーム系の遺伝子はすでにヒト神経変性疾患の多くで見つかっている。ま

た、家族性パーキンソン病の原因遺伝子である Parkin と PINK1 がともに、不良ミト

コンドリアのオートファジーによる除去に必要であることが発見されている。このよう

なことから、細胞内分解系と神経変性疾患との解明、あるいは細胞内分解系を標的とし

た創薬に期待が集まっている。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

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(1) 細胞内品質管理の分子機構の解明

・分解系によるタンパク質品質管理機構の解明

・細胞内小器官の品質管理機構の解明

(2) ヒト疾患と分解系の関連についての研究

・細胞内分解系が直接関与する疾患の同定

(3) 細胞内分解系の活性を制御する化合物の開発

・オートファジーなどの主要分解系の活性制御剤の同定

・オートファジーの特異性をターゲットとした化合物の開発

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 先に述べたとおり、超高齢社会を迎えた我が国において神経変性疾患の患

者数は増加の一途を辿り、今後更に増えることが予想される。このような高齢化社会にお

いて神経変性疾患を予防、治療するために、神経変性疾患の発症機構に深くかかわる細胞

内品質管理システムの理解とその知見を用いた診断、予防、治療法の開発が特に重要であ

る。

研究シーズ : 細胞内品質管理の研究、特にタンパク質分解、プロテアソーム、オートファ

ジー研究はいずれも日本が世界的に非常に高い水準にある。これらの研究に必要な研究資

材や情報は十分に蓄積されており、日本から今後より高いレベルの研究成果が発信される

べき状況にある。

5. 参画が見込まれる研究者層

神経変性疾患、がん、代謝性疾患、細胞生物学、神経生物学、感染症・免疫、炎症性疾

患、筋疾患

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

①支援体制

神経変性疾患のモデル動物として、特にマウスが重視されているため、遺伝子改変動

物、特に遺伝子改変マウスの飼育施設を充実させることが重要である。また、これまで

の神経変性疾患の研究の歴史を見ても、未だに解明されていない神経変性疾患から細胞

内品質管理、オートファジー等の新奇な知見が得られる可能性が高いため、これらの疾

患のゲノム解析を進めるためのヒト遺伝学のセンターの充実が必要と考えられる。また、

これらの疾患の細胞内での病態解明のため、細胞・個体イメージングなどのセンターを

持つことが重要である。

特に日本では基礎的な知見を臨床に結び付けようという傾向が乏しいことや基礎研究

から臨床につなげるシームレスな製薬開発のシステムが未成熟なため、基礎研究では

リードしていても臨床応用で欧米に先行される傾向がある。そのため、これら基礎研究

で得られた知見をもっと有効に診断、予防、治療薬の開発に結び付けるため、細胞内品

質管理、タンパク質分解、プロテアソーム、オートファジーを構成する分子に対する低

分子化合物のスクリーニングと開発を行う拠点施設が必要である。

②推進期間

本提案では、1.「タンパク質分解系」の理解による神経変性疾患発症のメカニズムの

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解明に向けた基礎研究

2. 創薬開発・再生医療などの疾患の制御に向けた前臨床および臨床研究を、実現可

能な時間軸で推進する。

まず疾患時の神経細胞における「タンパク質分解系」を把握再現するため、当初 5 年

間は培養細胞、実験動物による生体を反映した疾患モデルの作製を行う。また、細胞内

品質管理(特にプロテアソーム、オートファジー)に関するイメージング技術について

は、現在、超解像光学顕微鏡の導入やイメージングの専門家との画像解析の共同研究で

従来よりも時間・空間解像度の高いイメージング技術の研究が進んでおり、この 5 年

間で大きく進むものと考えられる。また基礎研究成果を実用化に結び付けてゆくために、

5 年間のうち後半 2 年間はフィージビリティ・スタディとして企業と連携しつつ実行可

能性に関する調査を進め、その後の 5 年間では企業とのマッチングファンドによる本

格的な産学連携の体制の下、疾患制御に向けた治療技術の開発を推進する。 終的には

10 年後を目途に臨床試験の段階に移してゆく。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

「タンパク質分解系」研究で扱う研究材料には患者の神経組織が重要である。患者の神

経組織を在命中に採取することは倫理的問題があるため、患者の脳を死後極力早い段階で

冷凍、固定した後、それを保管し、研究者の必要に応じて(凍結、固定)組織切片、タン

パク、DNA, mRNA を提供出来るブレインバンクのシステムの構築が必要である。ブレ

インバンクは脳の病気を研究するためには欠かすことのできない機構ですが、残念ながら

日本ではまだ十分に組織化されていない。その原因として、日本の精神医学の歴史の中に、

1960 年代から 80 年代にかけて患者を対象とした生物学的研究を敵視する反精神医学運

動が存在し、研究者がそれに適切に対処していないこと、死後脳についての捉え方、倫理・

宗教観が欧米と大きく異なること、精神医学研究ことに生物学的研究に当事者や家族の積

極的参加を求める発想と伝統が乏しいことがあげられます。しかし、現在では生物学的研

究の重要性は、精神医学研究者だけではなく広く一般の方たちにも理解されるようになっ

てきた。そこで、死後脳を用いた研究の重要性とブレインバンクの活動をひろく一般に広

報すること、更にインフォームド・コンセントを十分行うことで患者と遺族の双方に対す

る十分な理解と同意を得たうえで、患者の死後脳をブレインバンクに“提供(寄託)”し

て頂き、献脳生前同意登録ブレインバンクなどを更に拡充することが重要と考えられる。

患者と遺族の生前の説明や研究者との橋渡しを行うコーディネーターの育成が今後さらに

必要となると考えられる。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

①世界への科学技術上の貢献

本分野、特にプロテアソーム、オートファジーの分野は日本が世界をリードする数少

ない生物学、医学上の領域である。ただ、本分野が様々な生命現象、特に疾患との関連

が知られるにつれて近年海外の研究者が多数参入し、日本の研究者の存在感が低下して

きている。そのため本分野の研究を更に推進することは今後の我が国の本分野における

リードを保つためにも重要である。

②神経変性疾患への罹患率低下、治癒率向上による社会経済的効果

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本提案における基礎研究とその臨床への応用の推進により、神経細胞の「細胞内品質

管理」の異常により起こる神経変性疾患のメカニズムを明らかにし、適切な診断、予防、

治療につなげることによって患者の QOL の向上、患者数の減少による医療費の軽減や

介護の負担軽減といった社会的・経済的効果が見込まれる。

提案整理番号 391. 研究領域名称

精神疾患の脳画像診断法の開発

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

精神疾患の診断法は問診のみによって行われてきた。精神疾患のバイオマーカーの診

断への実用化(実臨床で保険適応等されるレベル)は世界的に成功例がない。 近、日

本の研究者により、近赤外線スペクトロスコピーを用いた統合失調症、うつ病、双極性

障害の鑑別診断法が実用化され、先進医療に承認された。しかしながら、MRI を用い

た精神疾患の診断法の実用化は、その方向での予備的検討が論文発表されているが、パッ

ケージ化されたものは世界的に例がない。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

精神疾患の DALYs (disability adjusted life years)は、先進国では医学疾患中トッ

プであり、経済損失も甚大である。精神疾患の客観的なマーカーによる診断法の開発は、

早期発見・早期治療につながり、社会経済的効果は計り知れない。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

①異なるベンダー・機種の MRI の標準的 MRI(T1 強調画像、resting state fMRI)の

プロトコールを策定する。

②多施設共同で、統合失調症、気分障害(うつ病、双極性障害)、発達障害患者に対す

る大規模データベース(MRI T1 強調画像、resting-state fMRI)を構築する。

③治療効果に伴う縦断データの計測を行う。

④ ②③のデータから、診断・治療効果判定アルゴリズムを開発し、複数のサンプルセッ

トで妥当性を確認し、実装する。

⑤マウス等の動物でも高磁場 MRI 計測により、MRI T1 強調画像、resting-state fMRIのデータベースを作成し、ヒト MRI との対応を検討する。

⑥これらにより、MRI を用いた精神疾患の診断法、治療効果判定法、臨床試験のエン

ドポイントとしての MRI 指標、創薬における動物 MRI を用いた proof of concept 評価法が確立できる。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 精神疾患の客観的診断法の開発のニーズが高いから

研究シーズ : 日本では近赤外線スペクトロスコピーの成功例があり、精神疾患の MRI研究の水準も高いため。

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5. 参画が見込まれる研究者層

精神医学者、認知神経科学者、放射線医学者、工学系研究者(コンピュータサイエンティ

スト)

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

目標達成型ファンディングにより、各研究者が MRI データを共有化することを義務付

ける。データベース構築・運営の拠点施設が必要。5 年間

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

データベースの運営を支える恒久的組織が必要。研究用のヒト用 MRI、動物用 MRI 設備と放射線技師の人員が拠点施設にできればあった方がよい。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 精神疾患の大規模画像データベースの公的整備は、神経科学者に

とって貴重なリソースである。

社会経済的効果 : 精神疾患の早期発見・早期治療につながることで、精神疾患の社会経

済損失が減少する。創薬におけるバイオマーカーの利用が可能となり、新薬開発が加速化

する。

9. 備考

ヒューマンコネクトームプロジェクト http://www.humanconnectomeproject.org/

提案整理番号 401. 研究領域名称

動物モデルを用いた神経回路病態メカニズム研究

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

精神疾患は、ゲノムと環境因の相互作用により発症する。近年の研究により、精神疾

患に関連した頻度の高い多型、あるいはまれなコピー数変異などのゲノム要因が次々と

明らかにされ、げっ歯類や霊長類を用いたモデル動物の作成が可能になりつつある。一

方、これまでに同定された精神疾患のゲノム要因で説明できる部分は小さく、精神疾患

の多くのゲノム要因は未知のままにとどまっていることから、動物モデルをスタートに

原因遺伝子の探索も必要と考えられる。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

精神疾患は、一度発症すると根治療法がないこともあり再然・再発を繰り返すことが

多く、長い経過の中で、社会的機能が低下する例が多い。また、生涯罹患率の高さも相まっ

て、社会負担は極めて大きい。中でも、入院患者 も多くをしめる統合失調症、長期休

職の主な要因であるうつ病、就労が難しく有効な治療法のない自閉症などは、特に社会

的影響が大きい。これらの疾患には生物学的な診断法がないことから「新型うつ」問題

などの社会的混乱を引き起こしており、診断法、治療法の開発が急務である。

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3. 研究内容(成果の達成時期と具体的方策)

同定されている精神疾患のゲノム要因を持つモデル動物を通常のノックアウト(マウス、

ラット)、トランスジェニック(これらの齧歯類またはマーモセット)、ウイルスベクター

(マカクザルを含むあらゆる動物)を用いて作成し、神経回路病態の解析を行う。一方、ショ

ウジョウバエ、ゼブラフィッシュ、線虫などにおいては、情動行動、生理学的反応、長期

行動リズム、薬物反応性などの精神疾患関連行動学的表現型を指標として、スクリーニン

グを行い、行動変化を引き起こす遺伝子を同定すると共に、この遺伝子異常による脳病態

をヒト死後脳で確認の上、これらの動物を用いて詳細な神経回路病態を解析する。また、

この遺伝子が精神疾患に関与しているかどうか、精神疾患におけるエクソーム解析あるい

は GWAS(ゲノムワイド関連研究)、MRI の GWAS の結果などと照合する。

4. 提案の適時性

(1)社会ニーズ

精神疾患は大きな問題であり、精神疾患の治療法・予防法に対する社会ニーズは非常

に大きい。

(2)研究シーズ

・ゼブラフィッシュ、ショウジョウバエなどのバイオリソース研究基盤が整っている。

・オプトジェネティクス、in vivo 二光子顕微鏡などの神経回路病態解析技術が開発さ

れ、用いられるようになってきた。

・ゲノムシークエンスが安価となり、表現型スクリーニングから原因遺伝子同定までの

プロセスが、各段に加速した。

5. 参画が見込まれる研究者層

神経科学者、ゲノム科学者、分子生物学者、生化学者、行動学者など

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

神経回路解析を円滑に進めるため、神経回路研究基盤を整備する必要がある。推進期間

は取りあえず 5 年間として、一度評価する必要があると思われる。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

わが国の基礎神経科学研究は、世界的に高い水準にある。こうした成果を社会還元する

ため、臨床に橋渡しするような仕組みづくりが望まれる。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

精神の分子生物学という新たな学術領域が誕生する。精神疾患治療薬や予防法により、

精神疾患患者の福祉が向上し、医療費の削減などの経済効果がある。また、製薬業などの

産業が発展する。

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提案整理番号 411. 研究領域名称

iPS 細胞等を用いた精神疾患のゲノム・エピゲノム病態

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

精神疾患は、多数のゲノム変異といくつかの環境因子が相互に作用しあって発症にい

たる「複雑遺伝疾患」であると考えられており、環境因子としては脳の発達期における

侵襲(胎児期の低栄養・感染・炎症・低酸素暴露など)が危険因子として知られている。

ただ、従来の研究方法では本質的な病態を明らかに出来ず、バイオマーカーや治療法・

予防の開発は隘路に入り込んでいる。実際、精神疾患の 1 つである統合失調症の新規

治療薬の開発は、大手製薬会社が断念している状況である(Drug research: a plan for mental illness. Insel TR, Sahakian BJ. Nature. 2012 Mar 14;483(7389):269.)。研

究の困難さの 1 つは、精神疾患は厳密な意味で進化の頂点に立つヒトに特異的であり、

ヒトの場合発達途上の「脳」にアクセスすることができないことが挙げられる(もちろ

ん成熟脳にも)。死後脳は、死因や服薬の影響、組織としての「質」の問題等、制御で

きない問題が数多くある。1 つの希望は、iPS 技術が開発され、神経系の初期分化を in vitro で研究できる状況が生まれたことである。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

精神疾患は、一度発症すると根治療法がないこともあり再然・再発を繰り返すことが

多く、長い経過の中で、社会的機能が低下する例が多い。また、生涯罹患率の高さも相

まって(精神疾患により医療機関にかかっている患者数は、近年大幅に増加しており、

平成 20 年には 323 万人にのぼっている)、経済的損失や障害調整生命年(DALY)は

極めて大きく、そのためもあって国内五大疾患の一つと 近位置付けられた。例えば、

厚生労働省は、うつ病とそれが起因したと思われる自殺による社会的損失だけでも、2.7兆円に上ると発表した(2010 年 9 月 7 日)(http://homepage2.nifty.com/fmresearch/reports/Economic%20loss.htm)。

3. 研究内容(成果の達成時期と具体的方策)

精神疾患に関連する環境要因がどのようなエピゲノム変化を引き起こすのかしらべるた

めに、エピジェネティックメモリーを完全に消去した iPS 細胞の樹立系を構築(評価方

法も)する。iPS 細胞の樹立初期では、エピジェネティックメモリーとして樹立元細胞の

メチル化状態が残っているが、繰りかえし iPS 細胞を継代することによってエピジェネ

ティックメモリーが消えると考えられている。そのため、エピジェネティックメモリーが

完全に消去された状態の iPS 細胞を作製し、環境要因のモデルとなる培養条件で培養及

び分化操作することで、エピゲノム変化を見ることが可能となる。また、疾患由来の iPS細胞の全ゲノム情報と照らし合わせることで、遺伝要因と環境要因を合わせた効果の解析・

評価が可能となる。全ゲノム解析、エピゲノム変化解析をもとに、具体的にどのような生

物学的帰結が生じるのかを知るために、これまで神経科学研究で用いられていたアプロー

チばかりでなく、広く生化学や物質代謝も調べるべきである(オミックス解析も含む)。

このような戦略によって、今まで全く知られていなかったバイオマーカーの発見、介入の

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ポイント、新しいパラダイムに基づく創薬、さらに究極の目標として予防法の開発の可能

性を目指す。とにかく、新しい proof of concept を見出し、translational research に繋

げなければならない。

4. 提案の適時性

(1)社会ニーズ

少子高齢化に伴い、精神疾患による労働人口の減少は大きな問題であり、精神疾患の

治療法・予防法に対する社会ニーズは非常に大きい。

(2)研究シーズ

・iPS 細胞の樹立・培養・分化技術の顕著な進展に伴い、iPS 細胞を用いた研究基盤が

整いつつある。

・近年、全ゲノムシークエンスが安価となり、また様々な DNA メチル化解析・ヒスト

ン修飾解析手法が開発されている。

・iPS 技術は日本発なので、神経系の解析手法やそれに必要な試薬、解析装置など、産

業としても日本が開発の主導権を取り、知的財産権をできるだけ積み上げたい。

5. 参画が見込まれる研究者層

神経科学者、ゲノム科学者、細胞生物学(含幹細胞)者、生化学者(脂質、糖の専門家

を含む)、化学者、bioinformatics 専攻者、栄養学者、バイオ工学者、製薬会社の研究員、

臨床医学者(含む精神科医)など

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

(1)iPS 細胞研究を円滑に進めるため、精神疾患患者の iPS 細胞バンクを創設する必要

がある。

(2)研究に限れば、以下のようなグループは 低限必要であると思われる。

・効率的中枢神経系分化誘導研究グループ

・ゲノム、エピゲノム研究グループ

・ゲノム、エピゲノムの下流に位置する生物学的カスケード研究グループ

・人工的エピゲノム操作技術開発グループ

これらの研究機関の推進期間は取りあえず 5 年間として、一度評価する必要がある

と思われる。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

わが国でこれまで進められてきた分子細胞学分野の研究は、個々の基礎研究としては世

界的な水準にある。しかし、既存の学問分野を統合し、特定の器官や疾患に関して、分子

から細胞、組織のレベルまでを網羅する包括的な推進方策はとられてこなかった。そのた

め、基礎研究を充実させるインフラ整備(実験動物、培養細胞などのバイオリソース、生

体試料バンク、疫学・臨床情報データベースなど)、基礎研究の成果を前臨床研究や臨床

試験に効率的につなげるための橋渡し事業の推進、研究成果を治療薬の開発と生産につな

げ迅速に社会還元できる仕組みづくりが望まれる。

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8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 :iPS 細胞という革新的リソース、ゲノム・エピゲノムという 上流

に位置する病因から出発し、網羅的な生物学的・エピ生物学的解析を行う計画であり、多

くの新規学術領域が誕生することが期待される。

社会経済的効果 : 新たな精神疾患治療薬や予防法により、精神疾患罹患者の福祉が向上

し、医療費の削減などの経済効果がある。また、製薬、製造業、機能性食品製造業などの

産業が発展する可能性がある。

提案整理番号 421. 研究領域名称

悪性脳腫瘍に対する新しい治療戦略の確立

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

1. 悪性脳腫瘍に対する治療の現状(シーズ)

近年、国民の健康意識の高まりやがん検診の普及により、乳癌、肺がんや胃がんは苦

痛の少ない診断技術によって早期に発見できるようになり、それら悪性新生物の治療予

後は飛躍的に改善されている。一方、神経画像の発展や脳ドックの普及により脳神経外

科領域の主要疾患である未破裂動脈瘤や脳腫瘍なども無症候のうちに早期発見されるよ

うになった。脳腫瘍の中でも良性腫瘍である髄膜腫や下垂体腺腫は、内視鏡技術の発達

などにより、ほぼ確実に治療できるようになってきた。しかし、その一方で glioma を

代表とする悪性脳腫瘍は、放射線トレーサー、腫瘍分子生物学、PET, γ―ナイフを始

めとした斬新な診断治療法が次々と開発されたにもかかわらず、治療成績の改善はその

機能予後も視野に入れるとほとんど得られていない。とりわけ も悪性度が高いとされ

る glioblastoma に至っては、手術で 95% 以上摘出し , かつ放射線・化学療法を行い、

現時点で 善の治療を受けた症例ですら ,1 年 ,5 年生存率はそれぞれ 74%,13% である。

これは驚くべきことに CT や MRI 導入以前、或いは手術用顕微鏡導入以前の 30 年前

の治療成績と殆ど同様である。このような背景から、諸外国においても悪性脳腫瘍に対

する治療戦略の抜本的な見直しが叫ばれているが、未だに解決の糸口は得られてはいな

い。我が国においても、脳神経外科学会やがん治療学会のみならず脳腫瘍学会、分子脳

神経外科学会、神経病理学会など様々な領域から悪性脳腫瘍の病態や治療研究への学際

的な参加の機運が醸成しつつある。

2. 社会的・経済的な背景(ニーズ)

近年、我が国においては急速に高齢社会が到来しているが、脳腫瘍は年齢によって

生物学的な病態が変容することが知られている。glioma は、若年期や中年期に発生し

た low grade の腫瘍が後年悪性変化して二次性 glioblastoma として臨床症候を顕在化

させる場合と、 初から高齢者に悪性度の極めて高い glioblastoma(一次性)として

発生することが知られている。いずれにせよ glioblastoma は中高年に多い疾病である。

一方、中高年期に発症した他臓器のガンは、原発巣が治癒出来たとしても 5 年から 10年の間隔をおいて脳脊髄転移として顕在化することが稀ではない。これは加齢によって

腫瘍免疫能の低下によるものと解釈されている。しかしながら、転移性脳腫瘍は多くの

臓器ガンの治療方針としては遠隔転移と見做されており、一般にそれ以上の治療は行わ

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れない。脳神経外科に治療を委ねられる例は転移性脳腫瘍例の全体からみて遥かに少な

く実際の症例数は遥かに多いと想定されている。従って Glioma や転移性脳腫瘍などの

悪性脳腫瘍に対して、低浸襲で機能予後の保てる治療法の確立が出来れば、高齢者人口

が増え悪性脳腫瘍の増加が想定されている現在の社会的要請に答えられるものと思われ

る。

3. 研究内容(成果の達成時期と具体的方策)

①脳腫瘍の遺伝子プロファイリング

分子標的療法の標的になる分子は各研究施設でおのおの提唱されているものがほとん

どであるが全国的なデータバンクを構築して次世代シークエンサーを使用して、腫瘍細

胞と正常細胞を比較することで機能解析を行う。ここには DNA の転写因子や mRNAの機能抑制を行うとされる miRNA も含まれる。5 年以内に複数の標的遺伝子を同定す

る。これを踏まえて研究を展開するが 現時点で予想されるものを列挙する。

②脳腫瘍成長の微小環境の検討

脳腫瘍が原発するにせよ、ガンが転移してくるにせよ、腫瘍細胞は正常脳組織の中で

共存し、やがては増殖していく。これには 初は正常脳組織を介した酸素や微少金属、

さらには蛋白の供給が必須と思われるが、この共存状態の解明が急がれる。やがて腫瘍

血管新生に依存すると思われているが 従来提唱されている VEGF のみならず  近

ではケモカインである CXC ファミリーによる腫瘍細胞からの骨髄の血管内皮前駆細胞

の homing effect を見出だした報告も散見されるようになった。5 年間で本研究を発展

させることで新たな分子標的剤の誕生が期待される。これらとは別個に腫瘍細胞は当初

は独自の栄養血管を持たないので絶えず低酸素刺激にさらされているという報告が多く

みられるようになった。この低酸素刺激を介したシグナルも腫瘍の種類ごとに異なって

いるが 悪性グリオーマやガン細胞が正常脳組織のなかでの代謝も全く未知の領域であ

り、5 年以内に標的となる候補分子が同定されることが可能と思われる。

③正常脳組織の腫瘍に対する免疫応答

従来は正常脳組織においては 脳以外の臓器に見られるような免疫応答の極めて乏し

い臓器と考えられてきた。同時に転移性脳腫瘍の乏しい研究においても各原発ガンの性

状に沿った研究がなされてきた。しかしながら宿主である正常脳細胞の免疫応答に関し

ては概念としてはあるものの具体的な体系だった研究は諸外国を通じても行われてい

ない。Hortega が 1960 年代に存在を主張したものの、一時その存在すら疑われていた

microglia も近年分子生物学や幹細胞の研究の発展によって他の glia 細胞はいずれも神

経幹細胞由来であるのに比べ、microglia だけは明らかに骨髄の血液幹細胞に由来する

ことが報告され 一種の macrophage ではないかと論じられるようになり、同時に特

異的細胞表面マーカーも見出だされてきた。しかし転移性あるいは原発性脳腫瘍との免

疫応答や、骨髄からの homing の機構は明らかではない。これも下記的な研究と分子標

的療法のテーマになる可能性を秘めている。従って 5 カ年のうちにその機構が明らか

になることが期待される。

④さらなる研究の展開

上記の研究を展開した後に さらに 5 年間の間に現在の薬物療法や放射線療法が与

える未知のシグナルカスケードが全国的なデータバンクから明らかになる。この 5 年

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間の間に疾患動物モデルを対象として、分子標的治療薬の薬効や安全性の確認を行う。

同時に候補分子が見つかる 5 年後から開始するが それぞれの遺伝子や分子の強制発

現マウスやノックアウトマウスを 2 カ年かけて作成し、病態の解析をさらに展開する。

4. 提案の適時性

(社会ニーズ)悪性脳腫瘍に関する適切な治療戦略は確立しておらず、これを提唱する

ことは国内外の健康不安に対処することになる。

(研究シーズ)脳神経外科医のみならず、分子生物学、放射線医学、神経病理学、医用工学、

薬理学などの広範な領域からの研究報告は多数あるが、これらを統合する研究基盤が不足

している。

5. 参加が見込まれる研究層

脳神経外科医、放射線学診断医、放射線治療医、分子生物学者、病理学者、医用工学研

究者、薬理学者

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

上述した基礎実験と前臨床応用にむけて、それを統括するための事務局や脳腫瘍の網羅

的な遺伝子データバンクを設けることが望ましい。データバンクの取りまとめは国内の地

域ごとに協力責任者を委託する。中心拠点である事務局は、広く腫瘍学や関連基礎医学の

学会と連携を取り合い、研究テーマに沿って研究グループを公募する。その上での戦略的

なファンドの分配を行う。研究推進期間はデータバンクの設定から 5 カ年でデータの解

析を行い、さらにデータバンクでの解析結果を踏まえた上で、それぞれ複数の研究グルー

プでの腫瘍を取り巻く微小環境、免疫応答、候補分子や遺伝子を焦点に当てた動物実験で

の検討を踏まえると全体で 10 カ年が必要だと推定される。

7. 推進上の問題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会需要など)

本研究は前臨床研究までと明確に区切ってある。このことは各研究グル ―プに周知徹

底させるべきである。以前から網羅的な疾患を焦点とした遺伝子データバンクは申請者の

所属施設のみならず、全国の主要施設ですでに行われており、脳神経外科領域でも参加し

ている。従って医師のみならず病院のスタッフや事務当局は倫理問題や個人情報の管理な

どの施行手法には習熟しているので問題はないと思われる。本研究は多岐の分野にわたる

複数研究グループを取りまとめるために相互の協力を必要とするが、密接に連絡を取り合

うためにも中枢に当たる事務局の設立は必須である。同時に戦略的なファンドを公的資金

から投入するために資金の適切な使用や収支の目的で会計専門のスタッフを事務局にお

く。同時に研究グループ全体の定期的な会合を行って、研究の進捗状況を議論する必要が

ある。以上の内容から法的な或いは倫理上の問題は生じないと考える。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

我が国でこれまで展開してきた脳腫瘍関連の研究は、個々には世界的な水準であるもの

が多いことは明らかである。ただ残念なことに諸外国と比べて、臨床材料の統計を取る場

合、脳腫瘍の臨床的な全国集計はあるものの、もう一歩踏み込んだ腫瘍サンプルを用いた

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様々な腫瘍関連分子や遺伝子に関する全国レベルでの検討はなされて来なかった。従って

それぞれの施設で得られた脳腫瘍を検討する際、せいぜい数十と症例数が少ないために、

胃がんや肺がんといった症例数が圧倒的に多い腫瘍と比べると、多数の因子を解析する多

重解析は事実上、臨床試験においても統計学的には不可能であった。その結果、前臨床実

験が散発的になり、新しい制ガン剤や分子標的療法といった 新の治療法の提唱も諸外国

の後塵を拝するに至った。今回提唱する研究では、戦略的に臨床サンプルの遺伝子情報を

データバンクとし、国内の研究者のためのオープンリソースとして活用できるようなイン

フラ整備が行おうとしている。年々蓄積されるデータを基に、基礎研究から臨床応用に至

る様々な研究が発信されることが期待され、より多くの特許申請や国内での薬剤開発が可

能になることが 大の社会経済的効果であろう。同時に日本人の人種的な遺伝子発現の傾

向も無視はできないので、人類学までの領域も広く視野に見据えた新しい分野の学問体系

の構築が早まるものと思われる。

提案整理番号 431. 研究領域名称

縦断的コホート研究による精神・神経疾患の解明と制御

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

WHO は、2099 年に全世界 69 億人を対象とした統計を報告した。それによると、寿命・

健康損失の大きさ(DALY 値)では、精神疾患ががんや心血管障害を大きく上回り、精

神疾患の中では、うつ病が も大きく、続いて認知症、統合失調症、双極性障害の順となっ

ている。なかでも、うつ病・うつ状態は、労働衛生上の 大の問題となっており、しか

も自殺のリスクも高いため、自殺対策においても重要な疾病となっている。ちなみにう

つ病と自殺で、我が国では、2.7 兆円 / 年の損失が発生している。統合失調症は、思春

期に発症し、生涯にわたる疾病であり、入院患者数は 23 万人にのぼる。これまで、精

神疾患の遺伝子研究、画像研究、神経科学的研究がおこなわれてきており、さまざまな

新知見が明らかになっているものの、決定的な原因解明にはまだ距離がある。うつ病・

双極性障害あるいは統合失調症は従来内因性疾患と考えられてきたが、国際的コンソー

シアムによる遺伝子研究が明らかにしたことは、内因性疾患とは、多遺伝子・多因子疾

患であり、遺伝子環境相関により発症脆弱性、発症とその持続が決まっているのだろう

ということであった。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

遺伝子―エピジャネティックスー環境因(生態・心因)の相互作用を、コホート対象群

の妊娠・出産から養育環境を経て、発症へとつながる長期の縦断的コホート研究をおこな

うことで、精神疾患の遺伝子環境相互作用を明らかにする。このため、既存の認知症や生

活習慣病のコホートフィールドを中心に、精神神経疾患を新たに加えるようなプロジェク

トを立ち上げるのが効率的である。

そこでは、以下のような項目を観察し、発症者と非発症者の違いを検討する。

・精神障害の同定(国際診断分類と操作的診断)

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・観察対象者の遺伝子、脳画像(MRI. DTI, PET)、脳生理学的指標(MEG, multichannnel EEG, NIRS)

・観察対象者の成長記録(知的・精神的)、家庭環境の評価、学校環境の評価、発症の

状況因などの解析など、心理社会的な評価を詳細に行う必要がある。

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 患者群と健常者群を比較する横断的な研究では、遺伝子環境相互作用を明

らかにすることは困難であり、縦断的な発生、発達という軸で追跡することは精神疾患の

研究には欠かすことの出来ないアプローチである。

研究シーズ : 精神疾患に特定の遺伝子が関与していることはほぼ間違いないと思われて

いる。その遺伝子と相互作用して、発症に至らしめる環境因が明らかにできるならば、発

症の予防・持続の制御、ひいては発症の予防が可能となる。

5. 参画が見込まれる研究者層

精神科臨床医、臨床心理士、保健師、看護師、産科・小児科医、神経放射線科医(技師)、

生物統計家、システムエンジニア、基礎神経科学研究者

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

ここに提案する精神疾患コホート研究は、世界各地で行われているが、日本で

は集約した形では行われていない。たとえば、ニュージーランドの The Dunedin Multidisciplinary Health and Development Study (Dunedin Longitudinal Study)では、

1972 年に研究が開始され、1000 名の住民を対象として、今日も研究が続いている。観察

対象群は、3, 5, 7, 9, 11, 13, 15, 18, 21, 26, 32 歳時に調査され、 近では、38 歳時に検

診を受けている。計画ではさらに 44 歳時、50 歳時に調査を行うとある。Dunedin では、

遺伝子の検査と心理社会的環境因子が調査されている。今回の計画では、さらに脳画像検

査、神経生理学的検査、次世代シークエンサーによる遺伝子解析を加えるため、コホート

フィールドに、データセンターが設置されていること、MRI 装置(移動式も可)、脳波計

が調達できること、また MEG へアクセスできること、遺伝子サンプルは集約して解析で

きるセンターと連携が出来ることが必要である。また、候補遺伝子と相互作用する環境因

子が同定されることは、精神疾患の脳基盤、メカニズムの解明の第一歩であり、さらにモ

デル動物での基礎研究との連携が欠かせない。したがって、疫学コホートは、基礎神経科

学のグループと情報共有し、共同研究を進めなければならない。このような 10 年、20 年

と続くコホート研究は、欧米諸国では、必須な研究として位置づけられ、長期に亘る研究

費の支援が行われている。世界に誇れる「精神疾患」のコホート研究を行うためには、宇

宙開発同様、数十年のスパンで計画する必要がある。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

地域住民にコホート研究に参加してもらうためのコンセンサスを形成する必要がある。

これは、すでに生活習慣病や認知症のフィールドとなっている地域であれば、承諾を得や

すい。ゲノム遺伝子研究、生命倫理の専門家の参画が必要である。精神疾患を研究対象と

することには、地域住民の抵抗が予想されるが、近年の「自殺対策」「うつ病対策」に見

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るように、社会のスティグマは以前と比較にならないほど少なくなっており、協力を得る

ことは十分可能である。地域の行政や首長、住民の理解を得るために、説明会を定期的・

頻回に行う必要がある。また、結果を社会へ還元することも大切で、直接得られる結果だ

けではなく、関連する医学情報の提供を常に心がけるべきである。個人情報の管理は、そ

のデータ管理棟へ出入りできる者を限定する、データアクセスを限定するなど、相当に厳

密な管理が必要である。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 精神疾患に関連する遺伝子の同定、遺伝子と環境との相互作用の同

定から、多遺伝子・多因子疾患の解明へとつながる研究手法が進歩する。

社会経済的効果 : 精神疾患が克服できれば社会の福祉向上につながる。また精神疾患に

よる経済損失の軽減につながる。

9. 備考

ニュージーランドの The Dunedin Multidisciplinary Health and Development Studyhttp://en.wikipedia.org/wiki/Dunedin_Multidisciplinary_Health_and_Development_

Study

提案整理番号 441. 研究領域名称

発症後 6 か月を過ぎた「維持期」脳卒中患者の後遺症をさらに回復させる技術の開発

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

脳卒中後の麻痺の回復は 6 か月で頭打ちになる。その後の「維持期」において、ボ

ツリヌス毒素製剤の筋注や大脳磁気刺激法によりさらに回復できることが近年わかって

きた。とくに下肢の痙縮において従来薬は安全性のために大量に使用することができな

いため、十分な治療効果があげられなかった。我が国において開発された大量使用して

も安全性の高いボツリヌス毒素製剤 A2NTX(国立精神神経センターより申請 ; 特許申

請中)は先端医療技術開発特区に指定されており、応用研究が徳島大学のみで行われて

きたが、その臨床開発に向けた前臨床研究や、さらに他施設で大規模な臨床研究に向け

た取り組みを他施設においておこなう必要がある。また大脳磁気刺激法を用いた健側大

脳半球の抑制(CI 療法)やリハビリとのとの併用効果についても検討する。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

現在、我が国における脳卒中患者は約 280 万人(厚生労働省推計)とされ、10 年前

より約 100 万人も増加している。そのうち筋緊張の亢進を伴う麻痺は痙縮とよばれ、

その患者数は 119 万人と推計されている。これらの患者はリハビリでは 6 か月までに

は回復が頭打ちになり、以後は「維持期」として主に介護保険を利用して機能の維持を

おこなう。しかし急激な脳卒中患者の増加に伴い脳卒中患者の介護保険利用は全体の約

半数におよび、 重症の要介護度 5(いわゆる寝たきり)を中心に年間 2 兆円を超える

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額が支出されている。もし下肢などの大きな筋でも安全に用いることができるボツリヌ

ス毒素製剤が開発できれば、かなりの数の寝たきり患者を自力で移動可能にできるよう

になることが考えられる。これによる介護費用の節減が期待でき、国の財政負担も軽減

できる。また回復の見込みがないと考えられてきたこれらの患者に、生きる望みを与え

ることができる。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

(1)A2NTX の開発

  平成 25 年   サルを用いた安全性・有効性に関する研究(前臨床試験)

  平成 26 年   臨床試験第 1 相

  平成 27-28 年 同 第 2 相

  平成 29-30 年 同 第 3 相

(2)ボツリヌス毒素製剤を用いる際のリハビリテーション法の開発と磁気刺激治療の 適化

  平成 25 年   維持期脳卒中患者における健側大脳半球の抑制的な磁気刺激(0.2Hz 250         回 / 日 x5 日)の麻痺改善に関する研究

  平成 26-27 年 ボツリヌス毒素製剤治療に 適化したリハビリテーション法の開発

  平成 27-28 年 A2NTX 第 2 相をリハビリテーションの有無で検討

  平成 29-30 年 同 第 3 相を 適化されたリハビリテーションで施行

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 急増する脳卒中の後遺症に悩む患者にいきる喜びを与え、急激な高齢化に

伴う国の財政負担を軽減させる。A2NTX は日本独自の技術であり、海外にも進出できる。

日本の創薬技術を世界にアピールできる。NHK テレビでも放映され多くの国民がその開

発成果に注目している。

研究シーズ : 安全性・有効性が従来薬 BOTOX の 2 倍高い(したがって 2 倍の用量ま

で用いることができる)A2NTX(国際特許申請中)を実用化し、また我が国で臨床研究

が盛んな大脳磁気刺激法をさらに国際的に発展させることができる。

5. 参画が見込まれる研究者層

神経内科・リハビリテーション科・神経生理学

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

薬剤の開発や薬理学的な問題点に対応する薬理研究グループ、臨床試験を実施する臨床

試験グループ、それらの結果を解析評価する評価解析グループから構成される。

・薬理研究グループ(国立精神神経センターおよび関連施設)

・臨床試験グループ(全国で 4-5 施設を拠点として設ける)

・評価解析グループ(臨床統計を担当する施設)

平成 25-30 年の約 5 年間を想定している。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

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現在、A2NTX の開発は GMP 基準をみたす製造施設を建設する費用約 15 億円が必要

であり民間の企業がパートナーとしてリスクを取りにくい状況にある。先端医療技術開発

特区に指定されているもののそれらの国からの補助はなく、また経産省や厚労省の支援も

これまで受けられていない。NHK などの報道機関のとりあげにより多くの国民の期待を

得ている。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 :A2NTX は日本独自の技術であり、海外にも進出できる。日本の創

薬技術を世界にアピールできる。

社会経済的効果 : 高齢化で急増したかなりの数の寝たきり患者を自力で移動可能にでき

るようになり、これによる介護費用の節減が期待でき、国の財政負担も軽減できる。

9. 備考

本研究は、内閣府から先端医療技術開発特区に指定されたシーズであるが、各省庁間で

の谷間で 適の研究支援がうけられず(厚労省では難病に対する支援が中心、経産省では

シーズを理解する方がすくない)ニッチ的な存在になっており、それを活用する柔軟な思

考に基づいている。 なお、ボツリヌス毒素の新しい臨床応用については以下に概説されている(Kaji R.

New and emerging indications of botulinum toxin therapy. Parkinsonism & related disorders 2011;17 Suppl 1:S25-27)。

提案整理番号 451. 研究領域名称

認知症予防を目指した高齢者における認知機能障害の実態把握に関する全国調査研究、

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

認知症の診断は、バイオマーカー、脳機能画像などの補助診断法を活用するものの、

臨床診断は、以前の社会的・職業的能力からの機能低下によりなされる。この定義は、

認知症の発症率・有病率は社会的要因により大きく左右されることを示しており、認知

症は極めて社会的な疾患である。我が国の認知症の有病率調査は 20-30 年前には多く

の地方自治体で行なわれたが、その後は久しく実施されていない。認知症の予防を目

標にした有病率と発症率の調査が今必要である。1984 年に公表され世界中で広く使用

されてきた認知症・アルツハイマー病の臨床診断基準(NINCDS-ADRDA による臨床

診断基準)は、ようやく改定され昨年(2011 年)に NIA-AA から臨床診断基準が公表

された。この臨床診断基準のポイントは、アルツハイマー病による認知症、アルツハイ

マー病による軽度認知障害(MCI)、さらにはアルツハイマー病臨床前段階(preclinical AD)を包含したアルツハイマー・スペクトラム(AD spectrum)の概念を提唱したこ

とにある。このような AD スペクトラムの概念に包括される我が国の高齢者における認

知機能低下の発症率、有病率の調査と解析は、認知症予防の為に喫緊の課題である。

(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

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我が国は社会の高齢化という点においては、1) 長の平均寿命(男性 80 歳、女性

87 歳)、2) 高の高齢者比率(65 歳以上が 23%)、3) 高の後期高齢者比率(75 歳

以上が 10%)、4) 速の高齢化スピード(高齢化社会から高齢社会まで 24 年)のいず

れの面からみても世界のトップランナーである。高齢者の急速な増加は様々な社会的問

題を惹起するが、認知症対策は 重要課題である。このような事情から、認知症対策に

関するデータは欧米諸国には求める事はできず、わが国のデータの収集と解析が必要で

あるだけでなく、このようなデータはこれからわが国以上のスピードで社会の高齢化を

経験するであろうアジア・アフリカ・南アメリカなどの諸国にとっても貴重なデータと

なりうる。また、アルツハイマー病は「今世紀 大の悪性疾患」とも認識されており、

その対策には多額の予算が組まれているが、その治療法・診断法・さらには予防法の開

発により多大の経済的メリットが期待される。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

1. アルツハイマー病、非アルツハイマー変性認知症(レビー小体病、皮質基底核変性症、

前頭側頭型認知症なとを含む)、血管性認知症認知症の発症率と有病率を 2011 年に

公表された NIA-AA 臨床診断基準にのっとって調査する。

2. 臨床前段階(preclinical AD)、軽度認知障害(MCI due to AD)、認知症(AD dementia)の各段階の移行率を調査する

3. それぞれの段階を規定するバイオマーカーを明らかにする。

4. それぞれの段階からの移行を促進する因子、抑制する因子を解明する

5. これらの研究成果に基づいて、 終的に認知症の予防対策を提言する

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 我が国の人口は減少傾向にあるが第二ベビーブーマー世代が 65 歳に達

する 2050 年までは高齢者数は増加を続け、それと共に認知症高齢者数も増加し続ける。

認知症高齢者の社会的能力(生活能力、自動車運転、経済能力、社会的判断能力、政策

決定に関与する能力)を社会全体で考えていく必要性がある。

研究シーズ : 認知症(とくにアルツハイマー病)の根本治療薬(disease-modifying drug)の開発は多くの研究者の努力にもかかわらず、期待されるほどの進展がみられて

いない。このような状況から、臨床症状が出現してからの介入よりも臨床症状が発生する

以前の介入がより有効との提案がなされており、本提案はこのような考え方にのっとって

提案するものである。

5. 参画が見込まれる研究者層

認知症に関わる臨床家(精神医学、神経内科学、論年医学の専門家)

認知症の病態解明、診断法の開発、治療法の開発、予防法の開発に関わる基礎医学研究者

認知症の認知機能の評価に関わる心理学者

認知症の生活能力に関する社会科学者

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

高齢者の認知機能低下に関する実態調査が基本であることから、全国をいくつかのブ

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ロック分けて 6 か所程度の調査研究センターを設置する

調査研究センターは各地方自治体との連携により、地域住民についての調査研究を企画

運営する

調査研究センターには、生物学・心理学・社会学・統計学の専門家を配置する

認知症の発症率と有病率は社会構造により変化しうるので、 低でも 5 年ごとの複数

回の調査研究を必要とする

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

以前は、高齢者の物忘れは必然であり、認知症は脳の老化の当然の帰結であり、「疾患」

として介入する必要は少ないと考えられていた時期もあった。このような考え方は今でも

開発途上国においては残って居り、アルツハイマー病の診断が積極的になされていない地

域もある。

我が国ではアルツハイマー病は広く認知されているが、その前段階についての理解と啓

発活動は十分ではなく、正常な脳老化と、病的な脳老化との区別は峻別されていない。こ

のような正常脳老化からの乖離についての啓発活動が必要となる。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 日本人の脳の老化と認知機能低下についての学術的な基礎データが

集積されることになり、その波及効果は大きい。単に医学系のみにとどまらず、認知科学、

心理学、社会科学への貢献も期待される。

社 会 経 済 的 効 果 : 超 高 齢 社 会 の デ ザ イ ン に は 必 須 の デ ー タ で あ り、

nintishoukoureishanihiyasuiryou/kaigonobakudainahiyounokeigendakedenaku,koureishanonintikinounoshakaitekikatuyou を考えると、その経済的効果は計り知れない。

9. 備考

前述したように全国レベルでの横断調査研究はここ数十年おこなわれておらず、特に

認知症の前段階についての調査研究は無い。特定のコホートについての縦断研究として

ADNI(Alzheimer Disease NeuroInitiative)研究が米国、ヨーロッパ、オーストラリア

でなされており、わが国でも J-ADNI 研究がなされているが、これは数百例についての

縦断研究であり、本提案で提唱する全国レベルの横断研究と相補的な意味合いを持つ。今、

縦断研究に加えて、全国レベルの横断研究が必要とされるゆえんである。

提案整理番号 461. 研究領域名称

統合生命科学アプローチによる精神・神経病態の解明

2. 背景、現状と課題(科学技術的課題、経済的課題、社会的課題など)

(1)研究開発の現状(シーズ)

神経疾患の発症、進行において特定の神経細胞のみならず、周囲のグリアをはじめと

する非神経細胞が積極的に関与することは明らかとなっているが、 近では、発達障害、

精神疾患においても非神経細胞の関与が明らかとなり、神経系を多細胞システムとして

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精神病態を理解する機が熟してきたと考えられる(1, 2)。さらに、アルツハイマー病

など認知症の病態が、全身の血管系リスクファクターにより影響を受ける(3, 4)ことや、

末梢循環系における免疫系細胞・炎症性サイトカインの動態が中枢神経系病態に関与す

る(5)ことが明らかとなり、精神・神経病態の理解において神経外の全身との連関を

統合生命科学の観点から見直すことで、新たな観点から病態の理解がすすむと考えられ

る。さらに全身との連関についての研究開発を通じて診断・治療に有用なバイオマーカー

の開発が期待される .(2)社会・経済的な背景(ニーズ)

我が国では、アルツハイマー病など認知症(300 万人 : 厚生労働省 2012 年推計)を

含む神経変性疾患患者数は世界 速の高齢化につれて増加しており、現時点で病態を抑

止する根本的治療が存在しないことから医療経済・介護福祉において深刻な問題となっ

ている。また職場・教育現場における様々なストレスの増加が一因と考えられる、うつ、

不安障害などの急増による精神疾患患者の増加(医療機関受診患者数 323 万人、平成

20 年 : 厚生労働省)は著しく、労働可能な若年、壮年層が就労不能となることによる

社会的、経済的損失は増加の一途であると推察される。さらに、小児・若年層における

発達障害が社会に認知され、早期診断により教育現場におけるきめ細かな対応が可能と

なりつつあり、発達障害研究推進への社会的要請は高まっている。

近年、神経変性疾患においては、分子病態の理解に基づくバイオマーカーの探索が世

界的に行われつつある。バイオマーカーを用いた早期診断・病勢進行予測に基づいて個々

の患者さんに適化した医療の提供が実現できると考えられ、さらにバイオマーカー関連

分子は新規治療法開発のシーズとなる可能性を有している。精神疾患・発達障害におい

ても診断の補助手段となりうるバイオマーカーが開発できれば , 非常に有用であると考

えられる。

3. 研究内容(成果の達成達成時期と具体的方策)

(1)神経系の生理機能とその破綻を神経細胞、グリア細胞、液性因子などの内分泌系、

免疫系などの相互作用の観点から解明する研究課題

病態の理解につながる神経系の生理機能を、複数の細胞群、組織・器官系との相互作

用の観点から明らかにする研究課題。例としては以下のようなものが挙げられる。

・神経系ネットワークの恒常性維持機構の解明

・新規の神経系・神経外組織連関の同定とその生理的意義の解明

・神経損傷の修復におけるグリア、内分泌、免疫系などとの相互作用の解明

(2)精神・神経疾患における神経系−神経外組織連関の破綻機構解明とその統御に関す

る研究課題

動物モデルなどの個体を用いて、個々の精神・神経疾患における神経系−神経外組織

連関の破綻機構を神経系及び、神経外組織の両面から統合的に解明し、治療のターゲッ

トとなる分子、細胞を探索する課題。例として以下のものが挙げられる。

・精神・神経疾患に特異的な神経細胞死や機能障害をもたらす神経系−神経外組織連関

の破綻機構の解明及び、その鍵分子、標的細胞群の探索

・免疫系の恒常性破綻による神経系の機能変調メカニズムの解明及び、その鍵分子、責

任細胞群の探索

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・ストレスや環境要因、炎症などによる神経外組織の恒常性破綻を発端とした神経機能

の破綻機構の解明及び、その鍵分子、原因細胞群の探索

(3)神経系−神経外組織連関の観点から精神・神経疾患の早期診断、発症、進行を予測、

モニターしうるバイオマーカーの開発

精神・神経疾患の診断、発症の予測、疾患の進行過程を神経系−神経外組織連関の破

綻という観点からモニターしうるバイオマーカーを開発する課題。例として以下のもの

が挙げられる。

・神経系及び神経外組織破綻に共通する精神・神経疾患特異的なバイオマーカーの開発

・神経疾患進行における神経系−神経外組織連関の破綻レベルを正確にモニターするバ

イオマーカーの開発

・神経系−神経外組織連関の破綻に起因する精神・神経疾患の疫学研究

4. 提案の適時性

社会ニーズ : 現在、多くの精神・神経疾患は、根本的治療法がないため、患者の生活の

質の低下や通院、治療及び介護福祉にかかる医療費及び介護費用負担の増加、また若年層

では働けないことによる社会的損失が社会問題とされており、病態の解明および早期診断・

治療法の開発が急務である。

研究シーズ : 近年、様々な精神・神経疾患において、非神経細胞及び神経外器官系の関

与が明らかになり、病態の解明や新規診断・治療法の開発において、全身性に統合的に精

神・神経疾患を理解することが必要不可欠である。

5. 参画が見込まれる研究者層

精神・神経疾患の基礎・臨床研究者、神経科学、免疫学、内分泌学、生理学、炎症・代

謝性疾患、など

6. 研究領域の支援体制(ファンド形態・拠点施設の必要性等)、推進期間

基礎研究、疾患研究者による個別研究ではなく、疾患研究を中心に、様々な神経系・神

経外器官系を対象とする基礎研究者との共同研究チームを構成して研究開発を推進するこ

とが望ましい。また、臨床医学への還元を指向したバイオマーカー開発に関しては、国内

の臨床研究者、 先端の解析技術をもつ基礎研究者を結集した共同研究チームが構成され

ることが期待される。

このような病態解明に資する疾患モデル動物の開発、病態制御に関する実験系の樹立、

ヒト疾患への応用を目指した前臨床試験などを含めて、1 研究チームの研究期間は 低 5年間は必要と考えられる。さらに、バイオマーカーや前臨床試験の結果を臨床にフィード

バックするには、臨床研究機関との連携、あるいは産学連携の枠組みを前提として、その

後 5 年間(合計 10 年間)の研究期間をもって疾患制御に向けた研究開発を推進すること

が必要と考えられる。

7. 推進上の課題(支援体制の施策化に伴う制度上の制約、法規制、倫理、社会受容など)

これまで我が国で推進されてきた神経疾患研究は、世界的な水準にあると言える。とこ

ろが、神経系に特化した既存の研究手法が中心であり、神経外組織、器官系との連関など

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をとらえた統合生命科学的なアプローチはとられていない。また、精神疾患・発達障害研

究に関してはようやく一部の疾患群の分子メカニズムが明らかとなり、病態モデル動物の

開発を通じた疾患研究の端緒が開けたところである。我が国の研究水準に強みのある神経

疾患研究や、機が熟した精神疾患研究を、全身との連関という新たな視点からさらに推進

することで、世界をリードする可能性を有している。この推進のためには、基礎研究を充

実させるバイオリソースの整備、臨床検体、血液、髄液などの生体試料バンク、臨床情報

のデータベースの整備が必要であり、さらに基礎・臨床研究の橋渡しを担うことのできる

人材育成も必要と考えられる。また、このような異分野融合研究を推進するための研究機

関、ファンディングの新たな枠組みも必要であろう。

8. 研究成果によって期待される効果(科学技術上の効果、社会経済的効果など)

科学技術上の効果 : 精神・神経疾患を全身との連関から統合的に理解することにより、

基礎医学及び臨床医学の融合のみならず、様々な学問分野の融合が期待され、新規診断技

術および治療法の開発技術の発展が見込まれる。

社会経済的効果 : 近年増加している高齢層の認知症及び若年層、壮年層のうつ、不安障

害、発達障害などの精神・神経疾患の早期診断及び治療法の開発により、日本経済を圧迫

している医療費の縮小及び国民の医療介護費負担の縮小が期待される。

9. 備考

引用文献

(1) Wild-type microglia arrest pathology in a mouse model of Rett syndrome. Derecki et al. Nature, 2012

(2) Microglia as modulators of cognition and neuropsychiatric disorders.Blank and Prinz,Glia,2012,review.

(3) Deschaintre et al. Treatment of vascular risk factors is associated with slower decline in Alzheimer disease.Neurology (2009)

(4) Li et al. Vascular risk factors promote conversion from mild cognitive impairment to Alzheimer disease.Neurology (2011).

(5) Ray et al. Classifi cation and prediction of clinical Alzheimer's diagnosis based on plasma signaling proteins. Nature Medicine (2007).

本研究領域は ,JST「炎症の慢性化機構の解明と制御」,「生体恒常性維持・変容・破綻

機構のネットワーク的理解に基づく 適医療実現のための技術創出」と研究目標に一部類

似点があるが , これらの研究領域では精神・神経病態に関する研究課題はほとんど採択さ

れていない現状から , 神経系から全身を俯瞰する提案としてこのような研究領域の可能性

を想起した .

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■報告書作成メンバー■

※お問い合わせ等は下記ユニットまでお願いします。

平成25 年 3 月 March 2013

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独立行政法人科学技術振興機構研究開発戦略センターライフサイエンス・臨床医学ユニット

浅島  誠 上席フェロー (ライフサイエンス・臨床医学 ユニット)

福士 珠美 フェロー (ライフサイエンス・臨床医学 ユニット)

辻  真博 フェロー (ライフサイエンス・臨床医学 ユニット)

西村 佑介 フェロー (ライフサイエンス・臨床医学 ユニット)

大嶽 浩司 フェロー (ライフサイエンス・臨床医学 ユニット)

川口  哲 フェロー (ライフサイエンス・臨床医学 ユニット)

鈴木 響子 フェロー (ライフサイエンス・臨床医学 ユニット)

森  英郎 フェロー (ライフサイエンス・臨床医学 ユニット)

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平成25年3月 

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