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1476
下痢便 よ りランブル鞭毛虫 とサルモネ ラを同時検 出 した1症 例
佐世保中央病院検査
松 尾 啓 左
佐世保中央病院内科
荒 木 長 太 郎
(平成3年4月3日 受付)
(平成3年5月30日 受理)
Key words: Giardia lambria, Salmonella
序 文
ジアルジア症の病因原虫 としてのランブル鞭毛
虫(Giardia lambria)は 全世界に分布 し,特 に熱
帯や亜熱帯などの衛生環境の悪い地域に多いとい
われている.ま た,我 が国においても土着性感染
症 として,さ ほど珍 しい疾患ではないと言われ,
最近では東南アジアなどからの輸入感染症 として
注 目されてきている.
今回,ラ ンブル鞭毛虫栄養型 とサルモネラを同
時に多数検出 した1症 例 を経験 したので報告す
る.
症 例
患者:28歳,男 性.
主訴:下 痢,腹 痛,発 熱.
既往歴及び家族歴:特 記事項なし.
現病歴:患 者は海外渡航歴のない生来健康な男
性である.1990年8月11日 に屋台のイカ焼きを食
べ,翌12日 午前 より腹痛 と下痢が出現 し,そ の後
頻回の水様性下痢 と38℃台の発熱が持続 したた
め,翌13日 に当科内科を受診 し,投 薬を受け帰宅
したが,下 痢は軽快 しなかった.一 方,外 来での
検便にて原虫を認め,ラ ンブル鞭毛虫が強 く疑わ
れた為に,8月14日 に精査及び治療 目的にて当院
内科へ入院 した.
入院時理学所見:身 長167.2cm,体 重69.5kg,
血圧130/70mmHg,脈 拍72/分,体 温37.3℃ .貧 血
(-)黄 疸(-),表 在 リンパ節腫大(-).胸 部は
心肺異常なし.腹 部では肝脾腫大な く,下 腹部の
圧痛を認めた.腸 グル音は正常であった.
入院時検査成績:Tableに 示 した.CRP3.5
mg/dlと 炎症反応陽性を示す他には,検 血やその
末梢 白血球像,検 尿及び血液生化学検査で,特 記
すべ き異常は認められなかった.し かし,検 便で
は潜血反応,脂 肪反応 ともに陽性であった.外 来
受診時,入 院時 も,患 者の水様性下痢便を直ちに
顕微鏡下で生標本観察した ところ,い わゆる"fall-
ing leaf"と表現される運動を示す多数の原虫が,
視野中に観察された.直 ちにギムザ染色を行い,
Table Laboratory findings on admission
別刷請求先:(〒857)佐 世保市戸尾町4-5
佐世保中央病院検査 松尾 啓左
感染症学雑誌 第65巻 第11号
ランブル鞭毛虫 とサルモネラの同時検 出例 1477
Fig. 1 Microscopic examination on Giardia
stained feces preparation showed many troph-
ozoites of G. lambria (•~100)
Fig. 2 Typical trophozoite of G. lambria (Giemsa
staining;•~400)
逆 ラ ッキ ョウ型 の 鞭 毛 を 持 つ 典 型 的 な 栄 養 型 の ラ
ン ブル 鞭 毛 虫 を多 数確 認 した(Fig. 1,2).一 方,
便 の 細 菌 検 査 よ りサ ル モ ネ ラ も多 数検 出 さ れ た.
O抗 原8型,H抗 原e,nと 血 清 型 別 され,popular
な 型 で は な い が,食 中 毒 性 の サ ル モ ネ ラ と思 わ れ
た(Salmonella serogroup O-8).
入 院 後 臨 床 経 過:臨 床 経 過 をFig. 3に 示 した.
8月13日 に 当 院 外 来 受 診 時 に は,白 血 球 数 が
10,000/mm3と 白血 球 増 多 を 示 し た が,入 院 時 及
び治 療 開 始,経 過 観 察 中 は正 常 値 で あ った.入 院
後 は,輸 液 に 加 え て メ トロニ ダ ゾ ール を朝,夕500
mgず つ 内 服 させ,経 過 を観 察 した と ころ,第3病
日に は 水 様 性 下 痢 便 が や や 軟 便 の 状 態 とな り,上
腹 部 痛 も軽 減 した が,検 便 で は ま だ 引 き続 き栄 養
Fig. 3 Clinical course of the patient
型 の ラ ン ブル 鞭 毛 虫 を 検 出 した.第5病 日に は,
原 虫 感 染 に 特 有 の脂 肪 便 は ま だ 陽 性 で あ っ た が,
ラン ブル 鞭 毛 虫 は検 出 され ず,下 痢 や 腹 部 不 快 感
も消失 した.第7病 日に は潜 血,脂 肪 便 と も陰 性
化 し,腹 部 不 快 感 な く,食 思 良 好 で あ り,経 過 良
好 と言 うこ とで,入 院 期 間 を含 め て10日 間 メ トロ
ニ ダ ール を 内 服 させ る こ とで,第8病 日に 退 院 し
た.そ の後,約1週 間後 に 外 来 に てfollow-upし た
と こ ろ,発 熱,下 痢 も な く,検 便 で は ラ ン ブル 鞭
毛 虫 は栄 養 型 は も ち ろ ん嚢 子 も認 め られ ず,全 身
状 態 も 良好 で あ った 為,メ トロニ ダ ゾ ール を 中 止
した.一 方,細 菌 検 査 に お いて,サ ル モ ネ ラが セ
レナ イ ト増 菌 培 養 に て 少 数 検 出 され た も の の下 痢
症 状 は 消 失 し て お り,こ れ に対 す る治 療 や,経 過
追 跡 は行 わ な か っ た.
考 察
ジ アル ジ ア症 は,我 が 国 で は1955年 頃 ま で は 一
般 に 見 られ る腸 管 系 寄 生 虫 疾 患 で あ った が,生 活
環 境 の 改 善 や 栄 養 状 態 の 改 善 と と も に しだ い に減
少 し,近 年 に お い て は,統 計 上 に お い て も問 題 に
な ら な い 頻 度 に な って き て い る.星 加 ら に よ れ
ば1),岡 山 県 南 部,北 部 の ラ ン ブル 鞭 毛 虫 寄 生 率 は
0.1%以 下 で あ った とい う.現 在,ジ ア ル ジ ア症 は
我 が 国 で は 輸 入 感 染 症 と し て 注 目 さ れ て い る
が2),本 症 例 の 場 合,海 外 渡 航 歴 は な か った.ま た,
平成3年11月20日
1478 松尾 啓左 他
輸入ジアルジア症の半数近 くは他種原虫やサルモ
ネラ,赤 痢菌などの病原菌が同時に検出されてお
り,本 症例 もサルモネラを同時に検出した.今 回
のdouble-infectionで は,屋 台で食べたイカ焼 き
が原因食 とも考えられたが,花 火大会での屋台で
あ り,追 跡調査は不可能であった.一 方,患 者は
佐世保市郊外の湧水を日常に生水で飲用に供 して
いた.文 献上,ラ ンブル鞭毛虫の関与するハイカー
下痢症の記載が見 られ2),更 に1958~1984年 まで
の本邦におけるジアルジア症報告174例 及び自験
10例の184例 を報告 した輿梠 らによれば3),そ の う
ち11例(6%)に 井戸水などの生水を飲用 してい
た との報告があるために,本 症例 も生水飲用 との
因果関係も示唆 された.こ の為,同 湧水を採取 し
て ランブル鞭毛虫及びサルモネラの有無を調査 し
たが,い ずれ も検出し得ず,今 回の感染源は特定
出来なかった.
なお,サ ルモネラ腸炎及びジアルジア症は自然
治癒の場合も多 く,今 回の症例においても,補 液
により自然治癒が促進 された ことも考えられ,メ
トロニダゾールの投薬効果については判定できな
かった.
本症例では,症 状消失後もサルモネラが検出さ
れ た.し か し,サ ル モ ネ ラ腸 炎 の場 合 は,発 病 後
1ヵ 月 で も30~40%に 排 菌 が 見 られ る.こ の こ と
か ら,本 例 が サ ル モ ネ ラ保 菌 者 か病 後 排 菌者 な の
か は 特 定 で き な い が,今 回,我 々が 経二験 した 様 な,
ラ ン ブ ル鞭 毛 虫 とサ ル モ ネ ラ を 同 時 検 出 した,海
外 渡 航 歴 の な い 症 例 は我 が 国 で は まれ と思 わ れ,
ま た,下 痢 便 で の ル ー チ ンの 生 標 本 観 察 の重 要 性
を痛 感 した の で報 告 した.
謝辞:ラ ンブル鞭毛虫を最終的 に同定 していただいた長
崎大学熱帯医学研究所寄生虫学教室立花保行技師に深謝 し
ます.
本論文 の要 旨は第60回 日本感染症学会西 日本地方会総会
(1990)に て報告 した.
文 献
1) 星加和徳, 加納俊彦, 久本信実, 伏見 章, 石原
健二, 茎 田祥三, 木原 彊: ランブル鞭毛虫感染
と吸収不 良症候群に関す る研究. 日本消化器病学
会, 77: 368-376, 1980.
2) 中林敏夫, 矢野健一: ジアルジア症―最近の発生
と診断, 満療―. 臨床 と微生物, 14: 446-452,
1987.
3) 輿梠憲男, 飯田三雄, 渕上忠彦, 藤島正敏, 岡田
光男: Giardiasisの 臨床. 臨床 と研究, 63: 2916- 2950
, 1986.
A Case Report of Diarrhea Associated with Giardia lambria and Salmonella
Hirosuke MATSUO
Clinical Laboratory, Sasebo Central Hospital
Chotaro ARAKIInternal Medicine, Sasebo Central Hospital
We report a case of diarrhea associated with Giardia lambria and Salmonella . A 28-year-old malewho had no chance to go abroard visited our hospital with complaints of abdominal pain
, waterydiarrhea and fever, but his symptoms persisted in spite of medication . He was admitted to our hospitalon the next day for definite diagnosis and treatment . Many trophozoites of Giardia lambria wererecognized in the feces. The symptoms were improved using metronidazole , so he was discharged onthe 8-th day. The cause of this double infection was not determined . The domestic infection like thiscase is rare in Japan.
感染症学 雑誌 第65巻 第11号