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550 セラミックス 472012No. 7 1. はじめに ₁₉₈₀ 年代に開発が盛んとなった LTCC(Low Tem- perature Co-fired Ceramics)基板は,コンピュータ や通信の分野での量産が開始され,近年はエンジン ルーム内の過酷な環境で使用される車載用として脚光 を浴びている.そこで,車載の ECU(Electronic Con- trol Unit)用基板として使用される LTCC 基板の開発 経緯につき述べる. 2. LTCC 基板の特徴 LTCC 基板は,基板材料として ₈₀₀~₁₀₀₀℃にて焼 結可能なガラス-フィラー系の材料が,導体材料とし て Ag,Cu,Au 等が用いられる. 半導体等を実装する工程では,セラミックス基板の 高寸法精度化や平坦化が重要で,無収縮焼成技術が開 発された. 無収縮焼成は,焼成時に被焼結物の表裏に拘束力を 加えて,平面方向には収縮させず厚さ方向のみ収縮さ せる方法で,LTCC 基板最大の特徴の一つである.拘 束層として,LTCC の焼成温度では焼結しないアルミ ナ等が用いられる. 圧力を加えながら焼成する加圧法や加圧しない無加 圧法やさらに拘束層を用いない無加圧自己無収縮法も 考案されており,それぞれ特徴を有しているが,加圧 法は特に平坦性に優れている.図1 に加圧法と無加圧 法により作成した LTCC 試験基板の平坦性の比較を 示した. 加圧方式の無収縮焼成方法の概念図を図2 に示す. 3. 当社の LTCC 基板開発例 LTCC 基板の開発例として,故西垣博士を中心に, 筆者らが開発した Pb,Cd,Cr という有害物質を含ま ない LFC ® システムにつき説明する. 本システムは,CaO-Al O -SiO -B O 系ガラスと Al O よりなるセラミックスで,結晶相としてアノー サイトを析出することで,強度や化学的安定性を得て いる.Ag 導体との同時加圧無収縮焼成が可能であり, 表面に RuO 系抵抗体も形成可能である ₁),₂) 図3). Pb を含まないために酸・アルカリ処理に強く,無 電解めっきが容易で,耐はんだ・ワイヤボンディング 対応として Ag 導体上への Ni/Au めっき,さらに耐 熱性を要する場合には Ni/Pd/Au めっきが可能で, 従来の高価な Au,Ag/Pd 厚膜導体を使わず,環境に 優しく,安価な基板が実現できる(図4). 図1 無収縮焼成における加圧法と無加圧法の違い 図2 加圧無収縮焼成 図3 L/S=₁₂₅μm/₁₂₅μm 内層 Ag 導体と印刷抵抗の例 図4 めっき表面と Au ワイヤボンディング例 © 日本セラミックス協会 第 66 回日本セラミックス協会技術賞を受賞して 低温焼成セラミックスによる 車載用高精度回路基板の開発 Development of High Accuracy Substrate for Automotive by Low Temperature Co-fired Ceramics 福田 順三・大岩 誠五・深谷 昌志・ 荒木 英明 ((株)大垣村田製作所) Junzo FUKUTA, Seigo OOIWA, Masashi FUKAYA and Hideaki ARAKI (Ogaki Murata Manufacturing Co., Ltd.)

低温焼成セラミックスによる 車載用高精度回路基板 …...550 201247 ( )No. 7 1.はじめに ₁₉₈₀年代に開発が盛んとなったLTCC(Low Tem-perature

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Page 1: 低温焼成セラミックスによる 車載用高精度回路基板 …...550 201247 ( )No. 7 1.はじめに ₁₉₈₀年代に開発が盛んとなったLTCC(Low Tem-perature

550 セラミックス 47(2012)No. 7

1. はじめに

 ₁₉₈₀ 年代に開発が盛んとなった LTCC(Low Tem-

perature Co-fired Ceramics)基板は,コンピュータや通信の分野での量産が開始され,近年はエンジンルーム内の過酷な環境で使用される車載用として脚光を浴びている.そこで,車載の ECU(Electronic Con-trol Unit)用基板として使用される LTCC 基板の開発経緯につき述べる.

2. LTCC 基板の特徴

 LTCC 基板は,基板材料として ₈₀₀~₁₀₀₀℃にて焼結可能なガラス-フィラー系の材料が,導体材料として Ag,Cu,Au 等が用いられる. 半導体等を実装する工程では,セラミックス基板の高寸法精度化や平坦化が重要で,無収縮焼成技術が開

発された. 無収縮焼成は,焼成時に被焼結物の表裏に拘束力を加えて,平面方向には収縮させず厚さ方向のみ収縮させる方法で,LTCC 基板最大の特徴の一つである.拘束層として,LTCC の焼成温度では焼結しないアルミナ等が用いられる. 圧力を加えながら焼成する加圧法や加圧しない無加圧法やさらに拘束層を用いない無加圧自己無収縮法も考案されており,それぞれ特徴を有しているが,加圧法は特に平坦性に優れている.図 1に加圧法と無加圧法により作成した LTCC 試験基板の平坦性の比較を示した. 加圧方式の無収縮焼成方法の概念図を図 2に示す.

3. 当社の LTCC 基板開発例

 LTCC 基板の開発例として,故西垣博士を中心に,筆者らが開発した Pb,Cd,Cr という有害物質を含まない LFC® システムにつき説明する. 本システムは,CaO-Al₂O₃-SiO₂-B₂O₃ 系ガラスとAl₂O₃ よりなるセラミックスで,結晶相としてアノーサイトを析出することで,強度や化学的安定性を得ている.Ag 導体との同時加圧無収縮焼成が可能であり,表面に RuO₂ 系抵抗体も形成可能である ₁),₂)(図 3). Pb を含まないために酸・アルカリ処理に強く,無電解めっきが容易で,耐はんだ・ワイヤボンディング対応として Ag 導体上への Ni/Au めっき,さらに耐熱性を要する場合には Ni/Pd/Au めっきが可能で,従来の高価な Au,Ag/Pd 厚膜導体を使わず,環境に優しく,安価な基板が実現できる(図 4).

図 1 無収縮焼成における加圧法と無加圧法の違い

図 2 加圧無収縮焼成

図 3 L/S=₁₂₅μm/₁₂₅μm 内層 Ag 導体と印刷抵抗の例

図 4 めっき表面と Au ワイヤボンディング例

© 日本セラミックス協会

第 66 回日本セラミックス協会技術賞を受賞して

低温焼成セラミックスによる車載用高精度回路基板の開発Development of High Accuracy Substrate for Automotive by Low Temperature Co-fired Ceramics

福田 順三・大岩 誠五・深谷 昌志・ 荒木 英明

((株)大垣村田製作所)Junzo FUKUTA, Seigo OOIWA, Masashi FUKAYA and Hideaki ARAKI

(Ogaki Murata Manufacturing Co., Ltd.)

Page 2: 低温焼成セラミックスによる 車載用高精度回路基板 …...550 201247 ( )No. 7 1.はじめに ₁₉₈₀年代に開発が盛んとなったLTCC(Low Tem-perature

551セラミックス 47(2012)No. 7

ワイヤボンディングにて IC との接続を行い,Al ワイヤボンディングで入出力端子と接続したABSモジュールである.

4.2 トランスミッションコントロールモジュール 図7は ABS モジュールと同様な構造で構成されたトランスミッションコントロール用のモジュールである.

5. おわりに

 今後,車載用 ECU 基板において車体の軽量化や高度な通信制御による省燃費や快適性の要求に対し,制御用モジュールの高密度化・高信頼化はますます進むものと思われる中,LTCC 基板は,これらの種々の要求に答えられる実装基板として,他では実現不可能な独自技術の開発により,更なる発展を続けることを期待したい.

文  献

₁) S. Nishigaki, S. Yano, J. Fukuta, M. Fukaya and T. Fuwa, ISHM(₁₉₈₅)pp.₂₂₅-₂₃₄.

₂) S. Nishigaki, J. Fukuta, S. Yano, H. Kawabe, K. Noda and M. Fukaya, ISHM(₁₉₈₆)pp.₄₂₉-₄₄₉.

₃) M. Fukaya, T. Matsuo, S. Nishigaki and C. Higuchi, ISHM(₁₉₉₇).

₄) M. Fukaya and C. Higuchi, IMAPS(₂₀₀₀)pp.₆₃₆-₆₄₁.

[連絡先]荒木 英明(あらき ひであき)〒 503-0034 岐阜県大垣市荒尾町 1122

(株)大垣村田製作所

(受賞者の業績,推薦理由等は本誌 4 月号参照)

 システムの特徴をまとめると,以下のようになる.①高寸法精度 ±₀.₀₅%②高平坦性 ₅μm/₄mm □③大型パネル可能 ₈inch×₈inch④めっき適用 Ni/Au,Ni/Pd/Au(ワイヤボ

ンディング可能)⑤表層印刷抵抗 精度±₁%(トリミング後)TCR

₀±₁₀₀ppm/℃⑥環境対策 Pb,Cd,Cr フリー

4. 製品化例

 当システムは ₁₉₈₆ 年に携帯電話用 VCO 基板として初めて採用されて以来,₁₉₉₄ 年欧州自動車電装メーカーに ABS(Anti-lock Braking System)用の車載ECU 基板として採用され,既に ₁ 億個以上生産された実績を持ち,近年はエンジンマネジメント,トランスミッションコントロール,パワーステアリング等の各種車載 ECU 基板としても採用されている.これらはエンジンルーム内で高温や振動にさらされる部位に搭載されるものであり,セラミックス基板,特にLTCC 基板が広く使用されるようになってきた. 図 5に車載用 LTCC 多層基板の概念図(断面)を示した.本例は,片面に部品搭載,裏面にレーザートリミングにより抵抗値調整された印刷抵抗を配し,搭載部品の放熱はサーマルビアにて裏面へ発散する構造である.こうした基板はサイズが約□₅₀mm と大きく実装部品やワイヤボンディングの点数も多いため,基板の寸法精度や平坦性が実装時に重要となり,加圧無収縮焼成の特徴が生かされる.また,車載用途における印刷抵抗には高信頼性が要求され,特に基板との熱膨張差に着目して材料開発を行い ₃),₄),-₄₀℃~+₁₅₀℃の温度サイクル試験で ₃₀₀₀ サイクル後でも+/-₁%以下の変動に抑制している.

4.1 ABS モジュール 図6は,本材料を用いたセラミックス多層基板上に,導電接着剤で IC やコンデンサ等の部品を搭載し,Au

図 5 車載用セラミックス多層 ECU 基板構造例

図 6 ABS モジュール

図 7 トランスミッションコントロールモジュール