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Instructions for use Title 企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ : 社会との関係構築による資本蓄積とパブリックリ レーションズ定義の再考 Author(s) 北見, 幸一 Citation メディア・コミュニケーション研究, 56, 135-179 Issue Date 2009-07-31 Doc URL http://hdl.handle.net/2115/39034 Type bulletin (article) File Information 56-005.pdf Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers : HUSCAP

企業における社会関係資本とパブリックリレーショ …...企業における社会関係資本と パブリックリレーションズ 社会との関係構築による資本蓄積と

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Title 企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ : 社会との関係構築による資本蓄積とパブリックリレーションズ定義の再考

Author(s) 北見, 幸一

Citation メディア・コミュニケーション研究, 56, 135-179

Issue Date 2009-07-31

Doc URL http://hdl.handle.net/2115/39034

Type bulletin (article)

File Information 56-005.pdf

Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers : HUSCAP

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

――社会との関係構築による資本蓄積と

パブリックリレーションズ定義の再考――

北 見 幸 一

第1章 はじめに

1.1.問題意識と本研究の目的

企業は社会の構成要素の一部であり、現代社会にとって企業が存在しなければ豊かさを共有

することはできない。また、企業の社会に対する影響力も増大しており、企業行動が家計にも

大きな影響を与えている。反対に、企業は自社の組織だけでは成立することが出来ない存在で

もある。企業は社会における様々なステークホルダー(利害関係者)との関係を調整し成立し

ているのである(Freeman,1984)。ステークホルダーとの関係を良好に維持することが出来な

ければ、企業は存在できないであろう。近年、様々な企業不祥事が頻発しているが、不祥事は

企業と社会の関係を崩壊させるものであり、不祥事が発生し窮地に追い込まれた時に、企業は

社会との間にある「信頼」の重要さを認識することになる。社会との信頼関係はすぐに回復で

きるものではなく、回復には相当な時間とコストが必要となる。企業が社会の中で価値をもつ

のは、ステークホルダーとの「信頼」などの持続的な関係性がベースにあることを再認識しな

ければならない。企業と社会の関係が良好であることは、伝統的な経済学理論では所与であっ

た。これまで企業と社会との関係性について触れられることは余り多くはなかったのである。

企業と社会の関係性に注目をあてた研究には、社会学分野で先行している社会関係資本

(Social Capital)の研究がある。社会関係資本は、信頼、規範、ネットワークに基盤をおいた

持続的な関係性(きずな、つながり)が、経済を効率的に活性化させる重要な要素であるとの

認識の下で展開されている(Bourdieu,1986;Putnam,1993;Woolcock,1998;etc.)。社会関

係資本は、社会学、政治学、人類学、経済学、経営学など様々な学際的分野で注目されている

が、「資本」という言葉が表すように社会関係資本は資本として表現されている。これまでの経

営学分野における、見えざる資本(無形資産・知的資本)に関する研究において、顧客、従業

員などを含めてステークホルダーとの関係性が重要であることはそれぞれの先行研究で触れら

れていても、その関係性自体を資本として中心的に取り上げられることはなかった。信頼、規

範、ネットワークの構築はビジネスを行う上で当然のことであるため、当たり前のものとして

― ―135

見落とされていた部分である。しかし、今日、様々な企業における不祥事により、今一度、社

会との持続的関係性が重要であることを再認識させられている。企業の社会的責任(CSR)論

の隆盛なども社会との持続的関係性が重要になっていることを示しているのであろう。

また、社会との良好な関係を構築するために、企業・団体では様々な活動が執り行われてい

るが、その代表的なものに、パブリックリレーションズ(Public Relations)があげられる 。

企業にとっては、顧客関係、株主関係、従業員関係、取引先関係など様々なステークホルダー

との良好な関係構築が必要であり、ステークホルダーとの良好な関係をめざすのはパブリック

リレーションズ活動である。Public Relationsは日本語で「広報」と訳出され、日本で宣伝的

な用語として定着した「PR」との混同もあり、Public Relationsは本来の意味を喪失している

ように思われる 。一般的にはあたかも宣伝の一部であるかのように受け取られるが、Public

Relationsは、その言葉の通り「公衆(Public)との良好な関係作り(Relations)」がその原点

のはずである。社会との良好な関係を構築することがパブリックリレーションズであり、パブ

リックリレーションズ活動を行うことと社会関係資本を構築することは、実は同じことをして

いると考えることが可能である。企業がパブリックリレーションズ活動を行うのは、更なる価

値創造を円滑に行うために社会関係資本の蓄積が欠かせないからではないだろうか。社会関係

資本の研究視点を元にパブリックリレーションズ理論への援用を図ることで、経営者に対して

パブリックリレーションズに対する新しい視点を提示することが出来るはずである。本研究は

そのような問題意識を元に、社会関係資本を企業資本内に位置づける評価フレームワークを提

言し、パブリックリレーションズ理論にむけて新しい示唆を与えることが目的である。

なお、本稿においては、パブリックリレーションズ概念の混同を避けるためPublic Relations

を広報やPRと訳出することはせず、パブリックリレーションズと訳出することにして考察を

行うこととする。

1.2.本論文の構成

本論文の構成は、次の通りである。本章において、研究の主要な問題意識、研究目的等につ

いて明らかにされる。それを受けて第2章では、本研究を行う背景として、社会学分野で進展

している社会関係資本研究を概観し、社会関係資本のキーワードである信頼、規範、ネットワー

クについて確認する。第3章では、これまで地域や国家といったマクロを対象とすることの多

かった社会関係資本の射程について、企業資本における社会関係資本を検討する場合の射程に

メディア・コミュニケーション研究

1 パブリックリレーションズの定義については様々あるが、第7章で定義について議論を行っている。

2 Public Relationsは、満州鉄道における弘報活動など戦前から存在したという研究も存在するが、日本への

本格導入は戦後であるというのが定説であり、猪狩(1998)が指摘するように、①アメリカ占領軍、②電通、

③証券業界、④日本経営者団体連盟(日経連)という4つの導入の流れが存在する。それらの流れの中で、

Public Relationsと P.R.および広報が、宣伝と混同された背景がある。

― ―136

関する考察を行う。第4章では、社会関係資本による効率性や効用の存在を確認し、社会関係

資本と資本概念について考察を加える。その上で、第5章では、社会関係資本に類似する人的

資本・知的資本などを考察し、先行する知的資本論における議論から社会関係資本を抽出し、

企業資本における社会関係資本を位置づけて評価するフレームワークについて提言を行う。第

6章では、組織における社会との関係構築の実践であるパブリックリレーションズの定義を確

認し、パブリックリレーションズ論における限界を指摘し、社会関係資本の概念を援用するこ

とで、パブリックリレーションズ定義に新しい示唆を与える。第7章は、本稿における全体の

インプリケーションとまとめを行い、今後の課題について論じる。

第2章 社会関係資本(Social Capital)の基本概念

2.1.社会関係資本の中核概念

資本主義経済の発展には資本の蓄積が欠かせない。ステークホルダーとの関係性により蓄積

される無形ストックに類似する概念は、社会学を中心に広く用いられている社会関係資本

(Social Capital)と呼ばれる資本概念である。社会関係資本は経済活動において所与とされる

目には見えない資本ストックである。本章では社会関係資本(Social Capital)の概念について

概観し、資本ストックとしての社会関係資本の役割について整理を行う。

社会関係資本は、社会学分野にその源流をおく概念であるが、近年、社会学から政治学、経

済学、経営学などの幅広い分野で研究が進展しつつある。社会関係資本は、そもそも英語の

Social Capitalの訳語である。佐藤(2003)が指摘しているように、研究者によりSocial Capital

は、「社会資本」(フクヤマ、1996)、「社会的資本」(農林中金総合研究所編、2002)、「関係資本」

(山岸、1999)、「人間関係資本」(国際協力事業団、2002)、「ソーシャル・キャピタル」(稲葉・

松山編、2002)などのように様々に訳出されている。日本において社会資本と言えば、一般的

に橋や道路などの社会インフラを意味することが通例であり、言葉上の混乱を招いている。本

研究ではSocial Capitalの訳語として、研究者の間で比較的多数用いられている社会関係資本

を使用し、社会インフラの意味で用いられる社会資本とは区別する。

社会関係資本自体の歴史はまだ若く、1900年代に入ってから導入された概念である。アメリ

カのウエストヴァージニア州の農村学校の指導主事であるHanifan(1916)の論文「The Rural

School Community Center」の中で、Social Capital(社会関係資本)という言葉が使用され

たことが原点であるとされている。人々の善意、相互の共感、帰属意識、絆といった日常生活

に必要不可欠なものを社会関係資本として捉え、農村部コミュニティの発展には社会関係資本

が重要であると述べている。その後、Hanifan(1916)が提唱した社会関係資本は Jacobs(1965)、

Loury(1977)、Coleman(1988)などにも影響を与え、地域のコミュニティ形成論から、個人

の行動に着目した社会科学全般にまで広くその概念は援用されている。それゆえに社会関係資

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

― ―137

本は、研究者の間でも様々な定義が存在し、例えば次のようなものがある。Bourdieu(1986)

によれば「ソーシャル・キャピタルとは、多かれ少なかれ制度化された相互に認識し、認め合

う持続的なネットワークを所有すること、言い換えれば、集団のメンバーシップと結びつくよ

うな現実的で潜在的な資源の総称であり、そのメンバーシップは、相互のメンバーに、様々な

意味で信頼を付与する資格証明書のような集団全体が所有する資本によって支援されるもので

ある。」(Bourdieu,1986,p.249)であり、Putnam(1993)は、「協調的行動を容易にすること

により社会の効率を改善しうる信頼、規範、ネットワークなどの社会的仕組みの特徴」(Putnam,

1993、邦訳2001、p.206)と定義している 。このように社会関係資本の定義は実に様々なもので

あるが、信頼(trust)、規範(normative)、ネットワーク(network)などといった概念が、社

会関係資本の基本的な中核概念となっている。

2.2.信頼

社会関係資本は社会的なつながりが価値を持つのであるが、つながりを支えるためには互酬

性の規範や信頼という行動ルールが必要である。Putnam(1993)は信頼があると自発的な協力

が生み出され、自発的な協力がさらなる信頼を生み出すものであると社会関係資本における信

頼の役割を論じている。信頼研究には先行研究が蓄積されており、本節では信頼研究を概観し

ながら議論を進めていきたい。信頼の定義には様々な定義が存在するが、荒井(2006)は「A

のBに対する信頼とは、Bの表明したことや(表明しない場合は)社会的に倫理的と考えられ

ることをBが行うとAが信じる確率である 。」(荒井、2006、p.28)と定義した。また、ドイツ

の社会学者Luhmann, N.(1973)は、厳密には定義していないが、「信頼とは、最も広い意味

では、自分が抱いている諸々の(他者あるいは社会への)期待をあてにすること」(Luhmann,

N.,1973、邦訳1990、p.1)と述べ、社会生活上の基本的な事実として「信頼」を位置づけた。

複雑性が増加している人間社会の世界において、複雑性を縮減するメカニズムとして信頼が存

在するのである。また、社会心理学者の山岸(1998) は「信頼は、社会的不確実性が存在して

いるにも関わらず、相手の(自分に対する感情までも含めた意味での)人間性ゆえに、相手が

自分に対してそんなひどいことはしないだろうと考えることである 。」と定義している。以上か

3 このほかにも、金光(2003):「ソーシャル・キャピタル social capitalとは、社会ネットワーク構築の努

力を通じて獲得され、個人や集団にリターン、ベネフィットをもたらすような創発的な関係資産である」(金

光、2003、p.238)、稲葉(2007):「ソーシャル・キャピタルは、社会における信頼・規範・ネットワークを

意味している。平たく言えば、『信頼』、「情けは人の為ならず」「持ちつ持たれつ」「お互い様」といった『互

酬性の規範』、そして人やグループ間の『絆(ネットワーク)』を意味している。これに『心の外部性』を加

えて、「心の外部性」を伴った信頼・規範・ネットワークである」(稲葉、2007、p.4)などの定義がある。

4 荒井(2006)、p.28

5 山岸(1998)では「信頼」には、「相手の能力に対する期待としての信頼」と「相手の意図に対する期待とし

ての信頼」あることを指摘しているが、山岸(1998)の議論では、後者を扱っている。

6 山岸(1998)、p.40

― ―138

メディア・コミュニケーション研究

らも分かるように、「信頼」とは将来のことを期待する期待概念の一種である。

山岸は、信頼に関わる期待を最初に大きく「自然の秩序に対する期待」と「道徳的秩序に対

する期待」に分けている。信頼は現実の複雑性の集約による情報処理の単純化によってもたら

されるのではなく、より複雑な情報処理によってもたらされるという立場をとっており、「目覚

まし時計が6時半にちゃんと鳴ってくれるだろう」というものや、「明日も陽は昇るだろう」と

いった単純化された「自然の秩序に対する期待」は信頼に含まれない。「道徳的秩序に対する期

待」、すなわち「社会的関係の中での他者の意図や行動に対する期待」(山岸、1999、p.12)を対

象としている。

山岸は、信頼を「道徳的社会秩序に対する期待」として区別したが、そこにも質的な違いが

存在する。違いとして区別されるのは、「能力に対する期待」と「相手の意図に対する期待」で

ある。前者は、「社会関係や社会制度の中で出会う相手が、役割を遂行する能力をもっていると

いう期待」(山岸、1998、p.35)であり、相手がやると言ったことを実行する能力をもっている

かという能力に対する期待である。一方、後者は、「相互作用の相手が信託された責務と責任を

果たすこと、またそのためには、場合によっては自分の利益よりも他者の利益を尊重しなけれ

ばならないという義務を果たすことに対する期待」(山岸、1998、p.35)であり、やると言った

ことをやる気があるかという相手の意図に対する期待ということができる。医師やパイロット

などの腕前(能力)に対する期待としての信頼と、夫が浮気をしないと信じる際の期待として

の信頼の違いである。後者の場合、夫が浮気をする能力がないことを期待しているのではなく、

浮気をする意図があるかないかという意味で、浮気をしない意図に対する期待としての信頼な

のである。山岸の議論では、前者の「相手の意図に対する期待」に限って信頼を定義して展開

している。

さらに山岸は「相手の意図に対する期待」を、安心(assurance)と、信頼(trust)に区別し、

後者だけが信頼と呼ばれるべきものであると提案する。両者の違いを区別するには、社会的不

確実性の存在が重要になる。信頼の存在意義は、社会的不確実性 が大きいことを前提にしてい

るからである。ここで言う社会的不確実性が存在している状態とは、「相手の意図についての情

報が必要とされながら、その情報が不足している状態」(山岸、1998、p.14)である。社会的不

確実性を感じない場合に、安心は存在するのである。安心によって維持されている組織の典型

が、鉄の掟の存在するマフィアであろう。このような組織では、組織を裏切ると鉄の掟によっ

て処刑される。ボスは手下に仕事を任せる場合に、手下の人格の崇高さや忠誠心を詮索する必

要はなく、手下が組織に尽くしてくれると期待することができる。組織を裏切った人間は直ち

7 山岸は、社会的不確実性が大きい場合とともに、機会コストが大きい場合も「信頼」が存在すると説明して

いる。反対に、社会的不確実性が少ないコミットメント関係では機会コストは小さいく「安心」でいること

ができる。

― ―139

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

に鉄の掟によって処刑されることを明示しておけば、よほどでない限り誰もボスを裏切ろうと

はしないのである。ボスは手下を信頼しているのではなく、組織の中に社会的不確実性が存在

しないことに安心しているといってよいであろう。このように安心と信頼を区別するものが社

会的不確実性の存在である。裏切られるか否かの確証をもたらす情報が少ない社会的不確実性

が存在する中で、相手が自分を搾取しようとする意図を持っていないと期待することが信頼な

のである。

その上で、このような信頼の中にも人間関係的信頼と人格的信頼があると山岸は分類してい

る。「人間関係的信頼」は、相手の人格特性を評価して信頼しているのではなく、相手が自分に

対して持っている特別な感情や愛情に関する情報を基にして期待する信頼である。他人にはひ

どいことをしても、強固な兄弟関係がある場合に、兄弟にはそんなひどいことはしないだろと

ろうという期待がこれにあたる。これに対して、相手の一般的な人格特性としての信頼性を評

価する情報に基づいて期待する信頼を「人格的信頼」と呼ぶ。「人格的信頼」には、長い付き合

いで直接相手の性格をよく知っていたり、他人から相手の情報を聞き知っていたりという個別

の情報を基に期待する「個別的信頼」、医者や弁護士など社会的地位や役割、資格など特定のカ

テゴリーに属することを知っているというカテゴリー的な情報を基に期待する「カテゴリー的

信頼」、特定の相手に対して何の情報も持っていない状況において、他者一般に対して期待する

「一般的信頼(general trust)」が含まれる。このように「信頼」を分類してきたが、これまで

の分類を図にしたものが、図1である。

期待する信頼の判断を行うための情報に着目して、山岸は「人間関係的信頼」「個別的信頼」

「カテゴリー的信頼」を、「情報依存的信頼(information-based trust)」というように呼び、

図1 信頼についての概念的整理図

(出所)山岸、1998、p.47

― ―140

メディア・コミュニケーション研究

「一般的信頼」と区別している。図1の破線で囲まれた部分である。「情報依存的信頼」は、相

手が自分に対して持っている特別な感情や愛情に関する情報、長年のつきあいなどから得られ

る本人からの個別の情報、社会的地位や役割、資格などのカテゴリー的な情報といった情報が、

本人からもたらされる直接的な情報の場合のみではなく、本人以外から得られる間接的な情報

の場合も含めている。つまり、社会的不確実性が存在する中で、相手を信頼しようと思えば、

信頼性を判断できるような情報を得るか、情報が全く無い中でも一般的信頼を高めるしかない

のである。山岸(1998)の中核的な主張は、これまでの日本のコミットメント関係に基づく閉

鎖的社会から、機会の有効利用を追求する開かれた社会への移行には、社会的知性に裏打ちさ

れた一般的信頼の育成が必要であるというものである。しかし、「社会的不確実性と機会コスト

がともに大きな環境では、相互作用相手の信頼性に関する情報を収集するための認知資源の投

資行動が起こりやすく、その結果、他者の信頼性を見抜くのに必要な社会的知性も発達する」

(山岸、1998、p.180)と述べられているように、注意深く振る舞ったり、相手の信頼性の欠如

を示唆する情報に注意を払うなどの行動(認知資源の投資行動)を伴うことにより獲得される。

「一般的信頼」を育成するために相手の信頼性を判断するような信頼性が必要なのである。要

するに、「情報依存的信頼」や「一般的信頼」においても情報は重要な役割を果たす。Luhmann,

N.(1973)も複雑性を縮減する社会メカニズムとしての信頼について、「信頼とは(与えられて

いる量を)超過して引き出された情報(uberzogene Information)なのであって、信頼を寄せ

る者は、確かに十分に詳しく・完全に・信憑性を伴っていないにせよ、しかし、一定の基本的

な特徴に関しては事態に通じており、既に一定の情報を得ている、ということが、信頼の基盤

なのである。」(Luhmann,N.,1973、邦訳1990、p.57)と述べ、情報の役割の重要さを示唆して

いる。

山岸の議論では、信頼が存在する環境として、社会的不確実性や機会コストが大きい環境を

想定しているが、その環境は社会的環境であり、その環境にいる人間が創り出した環境である。

信頼には情報が重要な役割を果たすことを考えれば、情報が溢れるオープン市場型の環境の中

で、情報による自分の位置づけを確認し、自分の方に有利な情報が流通するように社会的環境

を整えることが求められる。有利な社会的環境の整備は、本人から発信された情報だけではな

く、本人以外から得られる間接的な情報としての「評判」の役割も大きい。山岸(1998)も「間

接的な情報の中で一番な情報は評判だろう。」(山岸、1998、p.44)と評判の重要性を示唆してい

る。

2.3.規範・ネットワーク

社会関係資本を構築するためには、相互に相手の行動が自分にとって利益をもたらすことを

期待する信頼が必要になる。また、信頼を支えるためには、互酬性の社会規範が重要になる。

互酬性の規範には特定的互酬性と一般的互酬性の2種類の規範が存在する。Putnam(2000)に

― ―141

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

よれば、前者の「特定的互酬性」は、相互的な交換関係にあり、現時点では不均衡な交換でも

将来均衡が取れるであろうとの期待を元にした持続的な協調関係である場合の互酬性である。

例えば、オフィスの同僚がクリスマスイベントとしてプレゼントを交換し合うなどがそれに当

たる。後者の「一般的互酬性」とは、特定の個人からの見返りがなくとも、長期的には当事者

全員の効用を高めるという連帯の調和に役立つ互酬性である。一般的互酬性は、すぐには見返

りが無く、その交換関係の均衡を欠く場合でも、長期的には誰かがきっと途中で何らかの返礼

がされるはずであるというある種の期待と関連している。Putnam(2000)が指摘するように一

般的互酬性とは、「直接何かがすぐ返ってくることは期待しないし、あるいはあなたが誰である

かすら知らなくとも、いずれはあなたか誰か他の人がお返しをしてくれることを信じて、今こ

れをあなたのためにしてあげる」(Puntnam,2000、邦訳2006、p.156)ということを指している。

これは前述の山岸の議論に照らせば、相手についての情報が全く無い状況における一般的信頼

に基づく互酬性であろう。そもそも互酬性は、信頼が存在しなければ成立しないが、一般的互

酬性の規範が根付くためには、山岸(1998)が指摘するように、社会的知性に裏打ちされた一

般的信頼が必要になってくる。社会的知性は、他者の信頼性を見抜くのに必要な能力であり、

社会的知性を高めるためには、相互作用相手の信頼性に関する情報を収集する必要がある。こ

のことからも分かる通り、一般的互酬性の規範をつくるためにも、信頼性を判断させるような

情報は欠かせないのである。

一般互酬性の規範は、「社会的交換の密なネットワークにより支えられる」(Putnam,2000、

邦訳2006、p.159)。将来協力者となるかも知れない見ず知らずの二者が、緊密なコミュニティの

メンバーであったならば、コミュニティで再会する可能性は高まり、また相手の噂や評判を耳

にする可能性は高くなることが想定される。だからこそ、その二者の行動は統制され、相手を

騙して搾取するようなことはしなくなるのである。ネットワークにより、一般的互酬性の規範

が促進されるのである。宮川(2004)がBourdieu(1986)の言葉を借りて指摘するように、「多

かれ少なかれ制度化された相互面識および相互承認の持続的ネットワークの所有、あるいは言

い換えると、全体で所有する資本の支援を各メンバーに提供するような集団のメンバー資格に

結びついた現実的あるいは潜在的資源の総体」(宮川、2004、p.20)として、社会関係資本にお

けるネットワークを定義している。ネットワークは勿論、信頼関係や互酬関係を伴い、社会関

係資本を構成するのである。

社会関係資本は、社会的なつながりに価値を求める資本である。そして、社会的なつながり

はネットワークであるが、ここで言うネットワークとは単なる接触しているという意味ではな

い。コミュニティ参加のネットワークは、強固な一般的互酬性の規範を伴ったものでなければ

ならない。一般的互酬性という規範は、社会交換によるネットワークにより促進されるのであ

る。信頼した相手から弱みにつけ込まれるのではなく、返礼としてその相手から信頼し返され

ることが確信できるメンバーが多い集団では、交換が生まれやすい。交換が生まれやすいとい

― ―142

メディア・コミュニケーション研究

うことは、社会的な効率性が高まりやすくなるということである。

このように一般的互酬性を伴うネットワークが交換を促進し、社会的な効率性を高める。社

会関係資本におけるネットワークを考える際には、2つのネットワークのあり方が存在する。

同質なもの同士が結びつく結束型(Bonding)と、異質なもの同士を結び付ける橋渡し型(bridg-

ing)である。結束型(Bonding)のネットワークは、強い絆によってそのネットワークは強力

に結ばれており、互酬性を安定化させ、連帯を動かしていくのに都合が良い。しかし、その反

面、内部志向的であり排他的、閉鎖的となる場合が多い。例えば、大学の同窓組織などを連想

すれば分かりやすいであろう。(この議論はPutnam,2000、邦訳、p.19を参照している。)

これに対し、橋渡し型(bridging)のネットワークは、結束力は強くはないが、より開放的、

横断的である。外部資源との連携や情報伝播に優れている。例えば災害地のボランティア協力

のため、様々な経歴の人々が集うことを想定すれば分かりやすいであろう。Burt(1992)は、

このような結束型(Bonding)ネットワークよりも、橋渡し型(Bridging)ネットワークの方が

対外的に開かれており、異なるグループとの構造的𨻶間を埋めることができ、パフォーマンス

が高いと指摘している。Granovetter(1973)は、職探し等のように自分から情報を詮索する場

合には、弱い人間関係でつながっている「弱い紐帯」の方が、自分と異質の人と出会う確率が

高くなり、自分と同質的である親族や親密な友人よりも実際には有効であると指摘している。

橋渡し型社会関係資本の方が、互酬性を高めることに役立つのである。

第3章 企業における社会関係資本の射程

3.1.社会関係資本の分類と企業での活用

前節で考察したように信頼、規範、ネットワークをベースとした社会関係資本においては、

社会的不確実性の高い状況のなかで、社会的知性に裏打ちされた一般的信頼や、それに基づく

一般的互酬性を伴う、社会とのつながりやネットワークが重要である。

社会関係資本は埋め込まれる社会構造に影響を受けるが、稲葉(2007)によれば、社会関係

資本を大きく分けると、図2のように3つの社会関係資本に分類できる。稲葉(2007)は、最

狭義の定義として、個人や企業などの間に存在するネットワークに重心をおいた「私的財とし

ての社会関係資本」、最広義の定義として、社会全般における信頼・規範という消費の非競合性

や排除性を伴う「公共財としての社会関係資本」、さらに、両者の中間の定義として、ネットワー

クと特定の信頼や規範が結びつくと、特定のメンバーだけでは消費の非競合性をもつ「クラブ

財としての社会関係資本」という3つの社会関係資本に分類した。図2は、縦軸をミクロかマ

クロかという対象の範囲、横軸を構造的なものか価値観等の認識的なものかという性格付けに

よって、社会関係資本をプロットしている。「私的財としての社会関係資本」の個人間等のネッ

トワークはミクロ領域のものであり、社会構造的なので左下の第3象限に示される。また、「公

― ―143

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

共財としての社会関係資本」における社会全般への信頼・規範はマクロ領域であり、人間の心

の中で生じる価値観的なものなので、右上の第1象限にプロットされる。「クラブ財としての社

会関係資本」は、両者の中間領域のものとして示される。それぞれの3つの社会関係資本を考

察してみる。「私的財としての社会関係資本」は、社会・人間関係への時間やエネルギーが費や

されることにより、橋渡し型(Bridging)のネットワークが形成され、個人の外部にコネ(人

脈)という私的財として蓄積される。私的財としての社会関係資本があることにより、例えば、

昇進、昇格に有利であったり、評判を高めたり、就職、転職に有利であったりするといった効

用をもたらす。「公共財としての社会関係資本」は、前述したように相互扶助の関係や社会的な

信頼・規範のつながりを構築することで、社会的な生産性を高めるという効用をもたらす。ま

た、「クラブ財としての社会関係資本」は、特定の集団メンバーへの信頼醸成や深い人間関係の

構築により、クラブ財として蓄積される。そのクラブ財は結束型(Bonding)のネットワークに

より特定集団を安定的に維持し、連帯を高め、生産性を向上させるなどの効用をもたらすので

ある。

このようなミクロとマクロにおける分類は、人間や集団および社会を中心とした場合でなく

とも、企業を中心に据えた社会関係資本(Corporate Social Capital)を考える場合も同様に捉

えることができるであろう。ミクロの領域で企業としての経済活動において、個人的な人的ネッ

トワークが最大限に活用されるケースはよくあるし、マーケティングにおける口コミなどでは

「私的財としての社会関係資本」が巧妙に活用されている。社会関係資本の経営組織行動への

(出所)稲葉、2005、p.6を元に筆者一部修正

図2 社会関係資本の分類

― ―144

メディア・コミュニケーション研究

応用を提言しているのは、ミシガン大学ビジネススクールのWayne Baker教授であるが、

Baker,W.(2000)は、マーケティングの社会関係資本の活用について次のように述べている。

「製品・サービスの認知度を高めるのは広告活動であるが、実際に購入するかどうかは、その

製品サービスに関してよその人から聞いたことがきっかけとなることもある。4000以上の実験

研究により、ソーシャル・ネットワークが様々な製品やサービスの普及、拡大において顕著な

役割を果たしている。――(略)――人から人へと伝わる効果が、事実上の『ただ乗り効果』

を生むことから、トップレベルのマーケット担当者たちは、マーケティングのキャンペーンに

おいて、系統だった口コミを波及させる工夫を組み込み、ソーシャル・ネットワークの影響力

による新製品・新サービスを拡大、既存商品の市場における定着状態の強化を図っている。」

(Baker, W., 2000、邦訳、2001、p.22)。企業のマーケティング活動は、経済的交換という市

場創造のための社会とのネットワークを網築するための活動であり、「私的財としての社会関係

資本」を蓄積することになるであろう。また、一度繫がりのできた顧客との関係性を維持・囲

い込みを行うようなブランド戦略やマイレージカードのようなネットワーク型のロイヤリ

ティ・プログラムの提供は、「クラブ財としての社会関係資本」を蓄積することにつながるマー

ケティング活動であると言えよう。

マーケティング分野だけではなく、組織の活性や知的資産の創造にも社会関係資本は活用さ

れている。野中・竹内(1996)が指摘したように、組織における学習による知識資源や知的資

産の創造には、暗黙知から形式知への知識を変換することに伴う知識の共同化や連結化といっ

た知識の共有が必要であるが、知識の共有には「クラブ財としての社会関係資本」が関係して

いる。Baker,W.(2000)も、組織学習における社会関係資本の活用について次のように述べて

いる。「賢明な企業は、知識を習得し、組織のコンピテンスとしてソーシャル・キャピタルの構

築を実践している。このような組織文化は、行動、ティーチング、コーチング、メンタリング、

よいアイディアの共有化、成功事例の拡大、そして、競争ではなくまわりの人との協力や強調

を通じて企業が継続して学ぶことを推し進める力の源泉となっている。」(Baker,W.,2000、邦

訳、2001、p.22)。

このように企業を中心に据えた社会関係資本(Corporate Social Capital)を考察すれば、先

行研究における「私的財としての社会関係資本」や「クラブ財としての社会関係資本」の両要

素が活用されていることが分かる。企業は、これらの社会関係資本を通じて企業価値を高める

ように、社会関係資本をストック化していくことが求められる。

3.2.社会とステークホルダー

これまで特に社会については言及せず考察を行ってきたが、社会関係資本における社会をよ

り明確にする必要があるだろう。本研究の対象の中心はあくまでも企業である。社会関係資本

の考え方を、企業に力点を置いて本研究に援用する必要がある。その意味でも社会関係資本の

― ―145

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

射程を明確にし、社会を規定しなければならない。社会における企業の位置づけを考える場合、

社会の対象として、様々なステークホルダー(利害関係者)との関係があって企業が存在する

という立場で企業を考えるステークホルダー概念を中心とするアプローチがある。

ステークホルダー・アプローチは、Freeman(1984)がステークホルダー概念を世に広めた

研究者であるとされるが、Freeman(1984)によれば、ステークホルダーは「企業の目的の達

成に影響を及ぼす、あるいは影響を受ける、集団もしくは個人」である。非常に抽象的な定義

ではあるが、ステークホルダーは一方的な関係ではなく、企業の周辺には、顧客、従業員、株

主など様々なステークホルダーが存在し、企業の影響を受けたり、与えたりする双方向的な利

害(stake)関係が前提となっている。また、森本(2004)は、CSR論の論拠をステークホルダー・

アプローチにより説明しているが、その中で企業とステークホルダーの関係を次のように述べ

ている。「相互に貢献と誘因を提供し合う双方向性のものであり、両者の間には、対等の関係な

いし双務的関係がある。言い換えれば、それは共生(symbiosis association)、それも双利共生

(bilateral symbiosis)の関係である。企業は自己を含むステークホルダー全体の利益を最大に

するよう努めなければならないのであり、啓発された自利(enlightened self-interest)の追求

と呼ばれ、そうした存在は、社会的には良き企業市民(good corporate citizenship)である。」

(森本、2004、p.3)。企業とステークホルダーの関係は、「共生」または「双利共生」の関係で

なければならないと論じている。企業にとってステークホルダーは重要な存在であるし、反対

に、ステークホルダーにとっても企業は重要な存在である。そして、ステークホルダーの利益

に繫がる企業行動をとることが、いつか企業自身の利益となって返ってくると期待する共生、

双利共生関係なのである。これは前節で論じた一般的互酬性の規範に通じるものである。

Freeman(1984)によれば、企業の発展段階とそれに伴う3段階の企業観にしたがって、ス

テークホルダーの数が増加し、よりステークホルダーを意識するようになるという。ステーク

ホルダーは企業の発展段階に大きく依存する。企業が経営体として大きくなればなるほど、ス

テークホルダーという概念が重要になってくる。

設立当初の段階での企業観は、生産企業観(production view of the firm)と呼ばれる。生

産企業観に基づくステークホルダーは、プリミティブな企業に多く見られる企業の役割を生産

という側面で捉えた場合のステークホルダーである。つまり、そこでは顧客と供給者がステー

クホルダーとなる。2番目の段階の企業観は、経営者企業観(managerial view of the firm)

である。企業が発展し、企業体として大きくなり、所有と経営の分離がなされる際に伴う経営

者視点の企業観である。ここでは、顧客、供給者に加え、所有者(株主)と従業員がステーク

ホルダーとしてあげられるようになる。そして、最後の段階では、もっと企業が大きくなって

高度に発展し、社会的な影響をもたらすようになると、企業を取り巻く全てのステークホルダー

8 Freeman(1984)、p.25

― ―146

メディア・コミュニケーション研究

との関係によって、企業は存在させられているという考え方をとる。この場合の企業観が、ス

テークホルダー企業観(stakeholder view of the firm)と呼ばれるものである。ここでのス

テークホルダーは、これまでに述べてきたステークホルダーに、さらに競合他社、消費者団体

(customers advocates)、政府、地方行政、環境保護主義者(environmentalists)、メディア、

特殊利害関係集団(special interest groups)が加えられる。企業が高度に発展すればするほど、

数多くのステークホルダーとつながりを持つようになるのである。

ステークホルダー・アプローチでは、企業を取り巻く社会とは、ステークホルダーの総体で

あり、企業は多くのステークホルダーと一般的互酬性の規範を伴う双利共生関係を構築するこ

とを基礎にして、交換に基づく経済活動を行い、利益を上げることができる。本研究では、コ

ミュニティや地域という意味での社会を対象にするのではなく、あくまでも企業を中心にした

社会を本研究における社会関係資本を中心にして議論を進める。企業を中心にした場合の社会

は、企業を取り巻くステークホルダーの総体であるとして議論を展開していく。

しかしながら、社会をステークホルダーの総体として論じていくためには、高岡・谷口(2003)

が論じているように、Freemanが提唱したステークホルダーモデルの有用性として、3つの問

題が指摘されていることを踏まえなければならない。高岡・谷口(2003)によれば、1つ目の

問題点はステークホルダーの「画一性」である。企業にとって共有の機能を持つ主体は、異な

る価値観を持っていたとしても同一のステークホルダーグループとしてくくられることにな

る。2つ目の問題点はステークホルダー間の「連関性」である。現実には消費者であり、株主

であり、地域住民であるといった具合に複数の役割を持つステークホルダーは存在する。ステー

クホルダーモデルは、その機能が主体として扱われているために、特定の主体が複数の機能を

持っていたとしてもそれを捉えることができない。3つ目の問題点はステークホルダーの「静

態性」である。企業側の見方で機能によってステークホルダーをグループ化しているために、

企業とステークホルダーとのダイアド関係でしか捉えられていない。ステークホルダー間のつ

ながりが企業に影響を与えることもあるように、主体間のインタラクションにより生まれる企

業とステークホルダーとのダイナミクスを捉えることができないのである。その原因には、高

岡・谷口(2003)はステークホルダーの「機能の主体化」にあると指摘しており、ステークホ

ルダー間の関係や背後のネットワークを捨象していることの限界を指摘している。

そこで、ステークホルダーモデルの代替案として、高岡・谷口(2003)は図3のような新た

なステークホルダーモデルを提案している。このモデルでは機能レベルと主体レベルを明示し、

機能に基づく分類でありながら主体的側面が考慮され、企業とステークホルダーのダイアド関

係の背後にある主体行為のネットワークを射程にしている。主体レベルでは、企業との機能的

な関係に規定されない、もしくはその源泉となる主体レベル(個人)の相互作用が表現されて

いる。高岡・谷口(2003)の視点は、ステークホルダーの捉え方に新しい視点をもたらす。各

ステークホルダーと企業との関係性を考える場合においても、単なる機能的集団としてステー

― ―147

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

クホルダーを捉えるのではなく、その背後にある個々人の行為のネットワークや相互作用を意

識してステークホルダーを捉えるという視点が提供されるのである。主体レベルにおいては、

個々人の行為のネットワークや相互作用により、社会として構成されていることを忘れてはな

らない。先に述べた「私的財としての社会関係資本」を活用して、マーケティングの口コミ戦

略に援用する場合も、口コミの主体となるのは、個々人のネットワークと相互作用であり、そ

の主体は消費者でもあり、株主でもあり、従業員であるかもしれないのである。金光(2003)

も、コーポレートレベルでの社会関係資本を考えるためには、個人と組織の複雑にネスト化さ

れた階層的な社会構造と社会関係資本の相応関係を考慮する必要があると論じている(金光、

2003、p.261)。

本研究においては、企業を中心に企業を取り巻くステークホルダーの総体として社会を位置

づけるが、機能としてのステークホルダーの背後には、主体レベルの個々人のネットワークと

相互作用が影響していることを踏まえる必要がある。様々なステークホルダーが存在するが、

ステークホルダーは広範囲にわたるためにすべての対応に均一的に対処することは不可能であ

ろう。対処すべき優先順位をつけながらバランス良く対応を図ることが求められる。その優先

順位は経営者の判断に委ねられており、経営者能力の証左であろう。

図3 ポスト・ステークホルダーモデル

(出所)高岡・谷口、2003、p.21

9 高岡・谷口(2003)では、同モデルを「脱ステークホルダーモデル」と称しているが、機能レベルではステー

クホルダーモデルを維持しているので、「脱」というところまで表現するには混乱を招く可能性があるので、

あくまでもステークホルダーモデルの変形として本研究では「ポスト・ステークホルダーモデル」と称した。

― ―148

メディア・コミュニケーション研究

第4章 社会関係資本と資本概念

4.1.社会関係資本による効率性

Putnam(1993)が指摘したように社会関係資本は社会の効率性を高める働きをする。反対に

考えてみると、仮に信頼・規範・ネットワークが無ければ、他人を信頼して協力関係を構築し

ようとせずに、個別の主体が利己的な別々の動きをすることで、全体としては望ましくない結

果をもたらすことになってしまうであろう。社会関係資本が無いため社会全体に非効率をもた

らす事例として、「囚人のジレンマ(Prisoners’Dilemma)」や「コモンズの悲劇(Tragety of

Commons)」 などがある。

表1のような利得行列の数例で「囚人のジレンマ」を考えるために、AとBが取引を行う状

況を考える。(この議論は渡辺(2004)を参考にしている。)2人のとる戦略は、「協力する(協

力)」か、裏切って「協力しない(非協力)」の二つであり、それぞれの戦略の組み合わせに応

じた利得は表1の通りである。Aの立場で考えてみる。仮にBが協力すると仮定する場合、A

が協力をすれば利得は2となり、非協力であれば利得は4となる。また反対にBが非協力であ

ると仮定する場合、Aが協力すれば-6の損失となり、非協力であれば-3の損失となること

が分かる。どちらを仮定した場合でも、Aは非協力である方が結果としては良さそうに思える。

同様にBも考えるため、結果的には両者は非協力を選択することになり、ともに-3の損失を

被るというのがこのゲームの解である。両者ともに利己的に自分の利益を最大限にすることを

考えることによって、両者ともに非協力が支配戦略となる。しかしながら、利得表を見てみれ

ば分かるように、お互いが協力して取引を行えば、両者の利得を2獲得することが可能であっ

10「コモンズの悲劇」と呼ばれる事例もお互いの強調がないために全体としての利益が失われる例である。Har-

din,G(1968)が、『サイエンス』誌に発表した論文「コモンズの悲劇」で提起した理論であるが、具体的に

は次のような内容である。共有の牧草地において、複数の羊飼いが羊を放牧している。牧草地は無限に餌を

供給できる牧草があるわけではなく、飼育できる許容量には限界がある。牧草地の全体の羊の合計が、飼育

できる許容量の範囲内であれば、羊飼いは羊の頭数を増やすことが出来る。羊飼いにしてみれば、羊を一頭

増やしたほうが儲けることができ、羊一頭が増えることの牧草の負担はすべての羊飼いで負担されるため、

それぞれの羊飼いにとっては、羊一頭を増やしたほうが得策である。どの羊飼いも他人の羊が草を食べるこ

とを制限することは出来ない。仮に自分だけ羊の数を減らそうとすれば、損するのは自分だけである。しか

し、全ての羊飼いが自分だけはいいかと思って過放牧を行うと、共有放牧地の飼育許容量を超えてしまい、

牧草地の荒廃を招くことになる。

表1 囚人のジレンマの利得行列

A B 協力 非協力

協力 (2,2) (-6,4)

非協力 (4,-6) (-3,-3)

(出所)筆者作成

― ―149

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

た。お互いが強調して行動することによって、このような状況を回避することができ、全体に

とっては望ましい結果をもたらす可能性があるにも関わらず、それに劣る状況に落ち着いてし

まうのである。このような1回限りの取引における「囚人のジレンマ」の状況では両者非協力

というナッシュ均衡が成立してしまう。ジレンマを解決するためには、利己的な行動を改め、

他人を信頼し、利他的な互酬性の規範を伴った意思決定を行うことがなければ、協調行動の達

成は難しい。つまり、「囚人のジレンマ」ゲームを解決するためには、利己的に自分の利益のみ

の最大化を考えるのではない、社会関係資本のような概念が必要となってくるのである。

しかし、「囚人のジレンマ」ゲームが無制限に繰り返される状況を想定すると解決の糸口が見

えてくる。無制限の繰り返しゲームが想定される場合には、ゲームの解が変わってくる可能性

が生まれるのである。同じ表1の利得行列を用いて、AとBがずっと無限に「協力」した場合

の利得を考えてみる。この場合、無限に2の利得を売ることができるが、第2回、第3回の利

得は割引率を rとして現在価値に割り引くと、2r 、2r ……となり、次のようになる。

2+2r+2r +2r +…=2

1-r①…………………………………………………………………

そして次に、例えば「相手は1回目に協力するが自分は裏切って協力せず、2回目以降は両方

ともがずっと協力しない」という場合の利得を考えてみることにする。そうすると、自分の利

得は1回だけ4となるが、2回目以降は、相手が信じられなくなり2回目以降は「囚人のジレ

ンマ」状態となり-3の損失となる。利得を現在価値に割り引いた上で合計してみると次のよ

う表すことができる。

4-3r-3r -3r …=4+-3r1-r

=4-3r1-r

②……………………………………………………

ここで①と②を比較してみる。仮に割引率 r=0.6で計算をしてみると、①は5の利得を獲得し、

②では-0.5の損失となる。この場合、一回目だけ得をしても、2回目以降の損が続く②の利得

は①よりも小さくなることが分かる。この場合、長期にわたる利得を最大化する観点から、お

互いに協力する戦略がナッシュ均衡となる。

無限の繰り返しゲームの状況は、両者が何らかのネットワークの中に関係を構築している場

合の状況に良く似ている。ネットワークを構築していれば、その中で取引は頻繁に行われるこ

とが多く、また、同じコミュニティ内でのネットワークではすれ違うことが何度もあるだろう。

だからこそ、そのようなネットワークの中で、1度裏切って「非協力」のようなことがあると、

自分自身も損をすることが大きくなり、お互いに協力する方が好ましい状況となる。このよう

に「第1回目は協力し、その後も相手が協力する限り協力するが、1度でも非協力的行動をと

れば二度と協力しない」というトリガー戦略となる。トリガーを引いてしまえば一度は得をす

るが長期的に見れば、損をすることをお互いに暗黙のうちに認識しているのである。このトリ

ガー戦略ができる均衡状況は、我々の生活の中でも「規範」という形で存在している。ネット

― ―150

メディア・コミュニケーション研究

ワークの中では、規範を守ってお互いに協力していれば何ら問題はないが、規範を超えてまで

自己の利益を獲得しよう(トリガーを引こう)とすれば、長期的に「評判」を落とし、利益を

減らすことになるという状況とよく似ている。このように無限の繰り返しゲームから分かると

おり、無限の繰り返しは「ネットワーク」を有している状況と似ており、トリガー戦略の状況

はある種のお互いの暗黙の了解でとして、トリガーを引いてはならないという「規範」を有し

ている状況と似ている。

しかしながら、このように無限の繰り返しゲームにおいて、常にお互いが協調行動をとると

は限らない。割引率の問題が残っている。先の例では割引率を r=0.6で計算を行ってみたが、

今度は割引率 r=0.2で計算してみると、①は2.5で、②は3.25となる。つまり、割引率が高けれ

ば、第1回目で利得を得ても、それ以降ずっと非協力関係が続けば大きな損失となるので互い

に協力し協調関係をとった方が得策であるが、割引率が低ければ、第1回目に大きな利得を得

た方が全体の利得は高くなるので、協調関係をとらないという結果になってしまうことが考え

られる。

割引率は、財務管理論における企業価値評価の世界では資本コストのことであり、資本コス

トは「資本提供者のリスク調整後の機会費用であり、資本提供者が資本を提供する際に、提供

先に要求する必要最低限の利益率(投資利益率)」(亀川、2002a、p.118)である。資本提供を行

う投資家はリスクを加味して期待効用を最大化することを求めている。資本コスト(割引率)

が高いということは、リスクに変化が無ければ、期待する利益率が高まっていることを意味し、

期待する利益率に変化が無ければ、リスクが増大していることを意味している。表1の利得行

列で無限回の繰り返しゲームを行う場合、割引率を r=0.286以上に設定すると、お互いがトリ

ガー戦略をとり続けることがナッシュ均衡になる。合理的な行動としてお互いが協調行動をと

るためには、資本コスト(割引率)が0.286以上になる、つまり、お互いが協力関係を構築し、

協調関係をとることによる利得の利益率が28.6%以上になると期待できることが必要条件とな

るのである。資本コストが0.286以上必要であるということは、そこにはやはり利己的な意思決

定が作用することとなる。結局は、囚人のジレンマを完全に解決し、協調関係を達成するため

には利己的行動だけでは解決できないのである。しかしながら、割引率問題が示唆するところ

は、リスクに変化の少ない安定的な評判システムを作ることの重要性であろう。割引率を高め

るためには、評判システムを機能させ、裏切らないで安定的に協調関係を維持することによっ

て生まれる評判の価値を高めることが重要なのである。評判の価値が高まることで、将来に渡っ

て得られる利得は相対的に大きくなるはずであり、裏切りによって将来に渡って失う損失も相

対的に大きくなりダメージも大きくなるはずである。評判の価値が割引率の設定に影響を与え

るのである。とすれば、どのようにして評判システムを確立させるかが重要になってくるが、

Milgrom & Roberts(1992)は次のように示唆している。「信頼に応える者だという評判は利

益になる。特別な制度による助けなしでも評判が有効に作用できるのは、評判の対象となる行

― ―151

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

動が評判の利用者によって直接観察できる場合だけである。したがって、当事者どうしが互い

に過去の行動を認識できるような、長期的かつ双方向な関係において評判は最も効力を発揮す

る。」(Milgrom & Roberts, 1992、邦訳、p.312)。評判システムが機能するためには、当事者

同士が過去の行動を認識できるような、長期的かつ双方向な関係が必要不可欠なのである。こ

のような関係においては信頼、規範、ネットワークの力による蓄積が必要であり、それはまさ

しく社会関係資本の働きによるものであろう。社会関係資本の充実が評判システムを有効にさ

せ、社会の効率性を高めるのである。

4.2.社会関係資本と効用

Coase, R.により提起され、Williamson, O. E.によって議論が発展した取引コストの着目す

ることで社会関係資本の効用を説明することが可能である。Coase,R.(1988)は、企業が存在

する理由として取引コスト(transaction costs)に着目した。その他にもArrow,K.(1969)、

Dahlman,C.J.(1979)、Jones,G.R.(1983)、Joskow,P.L.(1985)、明石(1993)、今井(1984)

などで取引コストについて議論されている 。Coase,R.(1988)は、企業と市場の境界を分け

るものは、市場の取引コストにあり、企業の存在理由は取引コストにあると説明している。企

業を設立することがなぜ有利かという主要な理由は、「価格メカニズムを利用するための費用が

存在する。」(Coase, R., 1998、邦訳、1992、p.44)からであり、ここで言う価格メカニズムと

は、価格の変動が生産を方向づけ、市場における一連の交換取引を通じて調整されるメカニズ

ムである。そもそも市場とは、分業により社会に拡がった財やサービスがある効用に基づき交

換取引される場である。市場で交換を行うことで、企業は利益を享受できるが、交換取引には

必ず何らかの取引を行うためのコスト(取引コスト)が生じてくる。例えば、市場において交

換を行う場合に、誰と交換する方が望ましいのか、交換する財やサービスはどのくらい価値を

見積もればよいのか、交換する財やサービスの品質に不良はないのかなどの問題点が存在し、

それを解消するためには「情報探索費用」、「交渉費用」、「契約締結・履行確保費用」など の取

引コストが必要となってくる。情報の専門家や、取引の専門ノウハウをもった交渉人が現れる

ことでその費用が削減されることも考えられるが、それでも完全に取引コストが無くなること

はない。このように企業の外部で経済活動を行う場合には、膨大な取引コストが必要になって

11 取引コストについては、ここで説明しているもの以外にも、所有権の交換費用、取引の情報の収集・解析に

かかる費用、制度設計や組織変革に関するような費用まで、様々な定義が存在する。

12「情報探索費用」は取引条件(価格、品質、納期等)に合う取引相手を見い出したり、あるいは取引条件を相

手に知らせるために必要な費用である。そして、実際に取引に相応しい相手が見つかったとしても、「交渉費

用」が必要であり、これは取引相手と連絡を取り合い、電話やメール、あるいは実際に出向いて交渉し、取

引条件を決定するための費用である。そして、交渉が終わったとしても「契約締結・履行確保費用」が必要

である。合意した内容を相互に確認し、詳細な規定が書かれた契約書を作成し、そして、その契約に基づい

た取引契約を確実に履行させるための費用が必要となる。

― ―152

メディア・コミュニケーション研究

くる。企業内部の組織内においても、当然ながら経済活動は行われており、様々な財やサービ

スが交換されている。Coase,R.(1988)は、市場に比べて、取引コストが低いために企業組織

は存在すると企業の存在理由を説明する。「市場が機能するには何らかの費用が発生する。そし

て組織を形成し、資源の指示監督を、ある権限をもつ人が『企業家』に与えることによって、

市場利用の費用をなにほどか節約することができる。」(Coase, R., 1998、邦訳、1992、p.45)

と論じている。組織が必要なければ、企業の内部でも市場と同じように高い取引コストをかけ

て交換を行う必要に迫られることになる。企業組織内でも企業(雇用主)と従業員との間には

雇用契約が締結されている。雇用契約がいったん効力を発揮すると、従業員は雇用主の指揮・

命令により、その指揮・命令の範囲内で自由に経済活動を行うことができる。雇用主が従業員

にある仕事を依頼する場合に、その従業員はその仕事の対価を要求して交渉しようとはしない。

また、雇用主も仕事を誰かに依頼するために、仕事を社内でいちいち公募し、従業員に対して

競争入札にかけるようなことはない。このように組織は取引コストを低減させることが出来る

のである。組織内部では、経営者の意思決定が迅速に「指揮」「命令」として社内に周知徹底さ

れ、市場に比べ取引コストが低減されることで効率的に業務をこなすことができる。「命令」が

系統立てられる組織構成や内部規定などの制度設計も取引コストを低減させる重要な要素であ

る。

また、従業員同士の横の水平的なつながりにおいても、取引コストを削減することが組織に

求められる。当然ながら、人間が取引を行おうとすれば、何らかの費用や労力が発生する。し

かし、組織内部で相互に信頼を持つことができるような組織構成や、ある一定の行動規範を伴

う内部規定などの制度設計が充実することで、費用や労力のより少ない効率的な組織運営が可

能となる。同じ組織内に属する従業員が組織内で情報を自由に交換できる仕組みや制度が充実

すれば、自分が持ち合わせていない知識や経験を持っている従業員と協働して業務を遂行する

ことが可能であり、組織内で連携を図ることで、一人では困難な難しい業務もこなすができる。

そのことは、Hayek(1945)が、価格メカニズムの機能は情報を流通させることである と論

じたように、組織内部のほうが市場よりも低コストで情報を調達することができる。さらに言

えば、野中・竹内(1996)が SECIモデル で指摘したように、組織内で新しい知識を創造する

ことも可能となってくる。組織内での連携により、個々人が持っている情報や知識が自由に低

コストで流通し交換されることで、新しい技術や知識を生産することができる。必要としてい

る情報を持っている個々人を詮索する費用や、情報提供を交渉する費用、情報の取り扱いにつ

いて契約を取り交わす費用など目に見えない労力や費用が必要になることを考えれば、組織が

13 Hayek(1945)、邦訳1986、p.52-76

14 SECI、モデルは野中・竹内(1996)が提唱した知識創造の理論モデルである。企業に競争優位をもたらす新

しい知識の創造は、共同化(Socialization)、表出化(Extrnalization)、連結化(Combination)、内面化

(Internalization)という4つの知識変換モードを通じて行われる。

― ―153

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

存在することでそのような費用が効率化され、新しい技術や知識を生産することも容易になり、

新たな企業の競争優位性の獲得に繫がるのである。この協働や連携は組織の中でのネットワー

クが形成されていればいるほど、容易に行うことが可能である。協働や連携も、組織外の全く

見ず知らずの人間と行うことは困難であろう。組織内でのネットワークも、組織における信頼

関係やある一定の規範が形成されてこそ出来上がるものである。

このように組織内部では、信頼、規範、ネットワークが形成されることで、市場よりも組織

内での取引コストが低減され、効率的な経済活動を行うことが可能となる。同様のことは企業

という組織内部だけではなく、社会全体においても起こり得る。社会においても信頼、規範、

ネットワークといった社会関係資本が豊かになることで、社会における取引コストが低減し、

効率的な経済活動ができ、豊かな社会が実現することができる。資本主義社会の中で、社会を

豊かにするものは交換取引をベースとする経済活動であるが、交換取引には取引コストが存在

し、社会の効率性に問題を生じる。社会はその取引コストを低減するために、法やルールとい

う制度を設計し、社会的に効率的な資源配分を実現するための工夫を行ってきたのである。法

やルールがなければ、交換取引を行うための相手の信用度を見極めるコストや、財やサービス

の履行を見届けるためのコストが必要であろう。しかしながら、法やルールを策定すること自

体にも大きな費用がかる。実際には民主主義社会では、法律やルールを立法する政治家や議員

などは、国民の負担により維持されており、莫大な社会的費用をかけている。企業の取引にお

いて、法やルールを守らせる(enforcement)ためには、例えば上場企業に監査法人による監査

が義務づけられているように法やルールを監視し、法やルールにしっかり則して履行されてい

るかを確認する何らかの第三者機関が必要になってくる。しかし、このような第三者機関を利

用すること自体に取引コストを伴う。法やルールなどの制度設計は、社会に効果的な資源配分

をもたらすが、制度設計を行うよりも、社会関係資本を豊かにすることで、社会全体としての

効率性をより高めることができるはずである。

一方、Jensen and Meckling(1976)のように、企業は契約の束(nexus of contracts) と

みなして、経済主体間の契約により取引は成立すものとして契約議論でも議論される。契約は、

Brouseau and Glachant(2002) によれば、「二者の経済主体間において標準的なコミットメ

ントを獲得しようとする同意」である。簡単に言えば、契約は取引の条件を取り決めたもので

あり、取引を当事者の機会主義的行動から守るものということになる。契約を厳密に締結しよ

うとすれば、当事者間の将来の行動を予測し、その行動に対して全てを取り決める必要がある。

しかしながら、将来の当事者の行動を詳細に予測して記載することができるであろうか。その

ために、契約理論を考える場合には、契約には「完備契約」と「不完備契約」という2つの考

15 Jensen and Meckling(1976)、p.310

16 Brouseau and Glachant(2002)、p.3

― ―154

メディア・コミュニケーション研究

え方が存在する。

完備契約とは、取引を通してすべての起こりうる事象を予測して、各々の場合の当事者の権

利と義務を全て取り決めるものであり、どのような契約でもコストがかからず、その契約内容

を裁判所が履行させることができる契約関係である。しかしながら、現実の世界では、そのよ

うな完備契約は存在することはなく、理論上のものである。現実には合理性の限界、行為を特

定して測定することの困難さ、情報の非対称性などの要因が問題となり、完備契約を締結する

ことは非常に困難を伴う。合理性の限界の問題は、個人が情報を処理し、複雑さを克服しなが

ら合理的な目標を追求し、そして将来の事象を予測し、定量化する人間の能力には自ずと限界

がある。行為を特定して測定することの困難さについては、各当事者の権利と義務を予測して、

全てを明文化することに困難さがある。全てを書くとすれば、何万通りにも及ぶ将来の出来事

を場合分けして明文化することが必要となる。その意味でも、仮に契約書に明文化できたとし

ても、あらゆる将来の事象を詳細に記載することは難しいため、契約上の文言は曖昧で幅広い

解釈が可能になり、契約の履行も曖昧になってしまうであろう。また、情報の非対称性も問題

となる。当然ながら、当事者同士が契約に関する情報に均一にアクセスすることは出来ないし、

相手が何を考えているかは分からない。相手の情報が分からなければ、将来を予測することは

出来ないのである。このように様々な要因があり、完備契約は実際には存在することはない。

不完備契約は、起こりうる事象について、すべての権利、義務、行動を規定していない契約

である。契約が不完備であるということは、柳川(2000)によれば、「本来、状態(state)に依

存した契約を書いて効率性を確保すべき状況において、その必要な契約が十分に書けていない

状況あるいは契約 」と定義される。桑原(2005)によれば、不完備契約とは、仮に情報が対称

であっても予測不能なコンティンジェンシー(unforeseen continghencies)という状況から全

ての事象を契約に織り込むことは困難であるため、事後的な結果が立証不可能になり、また事

後的に再交渉(renegotiation)が行われるために事前に最適な契約を締結できないという契約

である 。亀川(2006)も、次のように指摘し、取引関係において企業組織が成立する前提理由

を不完備契約に置き、暗黙的契約関係のスムーズな履行が効率的な経済活動につながることを

示唆している。「現実および将来の事象を完全に把握し、その詳細を契約書に明示できればよい

が、実際にはこのような完備契約を結ぶことができない。しかし、その状態を放置すれば分業

は機能不全を起こすことになる。そのために予期しない様々な偶発事象に対応する契約、すな

わち明示的契約以外の事態に対処する暗黙的契約関係が必要となる。――(略)――不確実(不

完備)な市場では、明示的な契約関係だけではスムーズな経済活動はできず、暗黙的契約を遂

行する組織が必要になる。経営者は分業により深化する専門化を様々な契約で有機的に統合化

17 柳川(2000)、p.177

18 桑原(2005)、p.232

― ―155

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

し、連結させることになる。企業が組織として成立する理由は、個々の取引に関する契約関係

が不完備契約を前提とするためである。」(亀川、2006、p.187)

不確実な市場において、完備契約関係を構築することは難しく、仮に完備契約を構築できた

としても無数にある行動の選択肢をすべて明示できず、暗黙的な契約関係を包含する不完備契

約関係にならざるを得ないであろう。組織内における取引関係を中心に概観したが、不完備契

約関係は、企業と社会におけるステークホルダーとの間においても存在する。

企業はステークホルダーとの良好な関係構築が求められる。企業を契約の束と考えれば、こ

の契約関係が分業と協業のあり方、そして企業を取り巻くあらゆるステークホルダー間の取引

関係を決定し、結果として企業の業績に影響を及ぼすと考えることができるであろう。ここで

の契約関係は、明示的な契約関係のみならず、企業の行動によって培われた暗黙的契約関係も

含まれる。

経営者の重要な役割は、社内外に無数に散在するステークホルダーを企業の目的に照らし合

わせて企業にとって最適な契約関係を構築することであろう。生産者としての企業と消費者の

間には、売買契約が必要となる。取引先との間には取引契約、企業と労働者の間には雇用契約、

投資家との間には出資契約が必要となる。経営者はこれらの契約関係を構築するために、情報

収集と分析を行い、意思決定と情報伝達を行うのである。これらの契約関係は明示的なものば

かりではなく、社会的規範という暗黙的契約関係が含まれる。暗黙的契約関係をいかに履行で

きるかが社会全体の効率性にとっては重要である。例えば、取引先との契約関係においては、

取引契約が締結されるが、通常、日々繰り返される取引の中で、いちいち取引・発注の度に契

約書を取り交わすことはない。取引ごとに契約を締結しては、膨大な取引コストがかかり、経

済の効率性が損なわれてしまうであろう。契約書がなくとも、信用により取引が行われるので

ある。交換取引の対価となる貨幣の交換も後払いで取引を行うことになる。

将来が不確実な状況においては、不完備契約の状態を補完するのは信頼の役割であろう。信

頼を重視する取引は、契約を重視する取引よりも効率的である(Jarillo,1998;Zaheer&Ven-

katraman,1995;Sako&Helper,1998)。荒井(2006)も「契約書に触れられていない事象が

生起しても、契約相手が普段表明している価値や社会一般の理論に基づいて行動すると期待で

きるか否かが重要になるのである。すなわち、信頼(に値する行動)が重要な問題になる。こ

れが信頼の必要性を生み出す要因である。」(荒井、2006、p.118)と不完備契約の世界における

信頼(に値する行動)の重要性を指摘している。情報の非対称性と不完備契約関係を補完する

モノが信頼であり、社会の中で存在する企業にとって信頼は極めて重要なものである。信頼は

将来のことを期待する期待概念の一種と考えられるが、信頼は、社会的な規範や社会的にも倫

理的と考えられたことを行う暗黙的な期待であり、明示されない社会との暗黙的契約を守るで

あろうという期待と捉えることもできるであろう。暗黙的契約が履行されて信頼関係はさらに

強固に構築されていくのである。不完備契約関係を補完し、社会の効率性を向上させるものは

― ―156

メディア・コミュニケーション研究

信頼や規範であり、社会関係資本なのである。

4.3.資本概念における社会関係資本

これまで社会関係資本による効率性や社会における効用について議論してきた。信頼、規範、

ネットワークを中核概念とする社会関係資本が市場や組織内での取引を効率化させ、円滑な経

済活動を促進するという意味で、社会関係資本は効用を有することを確認した。Social Capital

(社会関係資本)には、Capital(資本)という言葉が使用されているが、資本(Capital)は資

本主義経済の中で、経済活動を行うためには欠かせないものである。ここで今一度、社会関係

資本における資本概念を整理しておきたい。

資本概念は研究者により様々な捉え方が存在し、社会関係資本という場合に、資本という言

葉が使用されることに違和感を持つ研究者もいる。例えば、Arrow(2000)によれば、資本の

特徴は「時間的延長性」、「将来の給付を期待して故意に現在を犠牲にする」、「疎外性」の3つ

の要素で説明されているが、社会関係資本の本質は、経済的価値以外でも資本蓄積がされるこ

とがあるから、資本の特徴である将来のために現在を犠牲にするという特徴はみられないとし

て、社会関係資本に対して資本という言葉を用いる資本概念はやめたほうが良いと論じている。

佐藤(2003)も「社会関係資本が、経済的、政治的、社会的に大きな影響をもたらす社会的資

源であることは否定できない。」(佐藤、2003、p.24)と社会関係資本の重要性は認めながらも、

「我々は、投資効果だけで家族生活を営み、他人を信頼し、正直などの道徳的規範を守るわけ

ではない。経済的に損だと分かっていてもある規範を守ることはいくらでもある。社会関係に

対する投資効果の計量的評価はできない。資本概念として論じることには無理がある。」(佐藤、

2003、p.24)と述べ、社会関係資本において「資本」という言葉を使用することに否定的である。

しかしながら、もう一度、社会関係資本における資本概念をどのように考えるかを考察して

みたい。そもそも資本は所得を生み出す資源であると解釈される。資本主義社会においては、

私有財産である資本を、交換経済の中で最大化することが求められる。分業経済の中では、交

換の際の見返りを最大化し、犠牲を最小化することで利潤が生み出されるのである。資本はコ

ストを削減し、リターンを増加させる生産手段である。つまり、将来の利益(効用)を生み出

すことができれば、それは有形資産であろうと、非物質的な無形資産(人間の資質、職業上の

能力)も資本として捉えることが可能である。

Social Capitalを考える場合には、有形資産のみならず、無形資産も対象にすべきであろう。

前者は、一般的な社会資本(道路、港などの社会インフラ)であり、後者が信頼、規範、ネッ

トワークを中核概念とする社会関係資本である。いずれも、私的資本としては特定することの

出来ない資本であるが、将来に収益(効用)をもたらすことが期待されるのである。また、直

ちに消費しないために「資本」として認識される。道路や港などの社会インフラは、それがあ

ることにより物理的に交換経済を効率化させ、社会的に利益をもたらすSocial Capital(社会資

― ―157

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

本)である。企業も有形のSocial Capitalを一部活用することで利潤を得ることが可能である。

地方自治体が社会インフラを整備し、企業を誘致するケースなどは、公共財であるはずの社会

資本を、企業が織り込んで自社の企業資本の一部として利用するのである。企業自身が自社商

品の流通のために、自分たちで私的財として道路を工事していたのでは大きな利潤は見込めな

いであろう。このような有形の社会資本ばかりではなく、前述してきたように、目に見えない

信頼、規範、ネットワークといったSocial Capital(社会関係資本)も、取引相手との関係性を

強化することによって交換経済を効率化させ、社会的に利益をもたらすSocial Capital(社会関

係資本)である。

資本は通常、何かしら現在の犠牲があって、将来の収益に結びつくのが一般的であり、現在

の犠牲は投資活動である。しかし、本来的に資本は、将来の収益が期待できれば、現在の犠牲

がなくとも価値を持つであろう。資本が意味を持つのは、現在の我慢をすることではなく、将

来の収益が期待できることなのである。それだけでも社会関係資本は、十分に資本としての価

値を備えているといえるが、何もせずに信頼や絆が生まれるわけではない。例えば、社会的規

範を教える道徳教育や社会的なネットワークを創出する交流会やイベントなどには、何らかの

一定のコストが必要である。企業が社会一般との間で信頼やつながりを得るためにも、様々な

パブリックリレーションズ活動によって企業の情報を発信し、交流を図っている。また、顧客

創造のために実施されるプロモーション活動や広告宣伝活動も、そのためには当然ながらコス

トをかけており、それらの活動は一種の投資活動であろう。社会資本は過去からの物的な投資

活動によって蓄積された社会全体としての有形ストックであり、社会関係資本も、過去からの

持続的な関係性の積み重ね、取引の積み重ねによって蓄積された無形ストックである。

Social Capitalは、有形・無形のいずれであっても市場機能を支援する。有形資本は、物流や

情報網などを含めて交換経済を支援するが、無形の資本として形成された信頼関係などがなけ

れば、私有財産の交換(売買)には相当のコスト(取引コスト)が必要になる。企業の商品を

考えてみても、商品の中身(食品など)が表示と異なるかどうかなどは、社会との信頼関係が

あるかないかで大きく変化するであろう。不完備契約関係の中で、それぞれの組織が努力を続

け、暗黙的契約を遵守することで、取引コストを低減させることができ、市場機能を支援する

ことにつながるのである。

第5章 企業資本における社会関係資本の評価フレームワーク

5.1.知的資本概念における社会関係資本

前章で考察してきたように、Social Capitalは有形・無形であっても市場機能・交換経済を支

援する資本として認識・評価されるべきものである。そのことは、目に見えない無形のSocial

Capitalである社会関係資本でも同様である。社会関係資本は資本なのである。先行する目に見

― ―158

メディア・コミュニケーション研究

えない無形知的資本に関する研究においても、様々な無形の資本が存在している。これまでの

無形知的資本に関する議論の中に、社会関係資本と類似する資本概念は多分に存在する。本研

究における社会関係資本に関する評価について考察するためにも、無形知的資本について再度、

確認および整理を行う必要があるだろう。本節では、無形知的資本論の先行研究 における社会

関係資本を概観し、知的資本と社会関係資本の整理を行う。なお、前述したように本研究にお

いては、資産(assets)と資本(capital)の明確な区別は意識的に避けることとしている。

1)Edvinsson & Malone(1997)による知的資本と社会関係資本

Edvinsson & Malone(1997)は、スウェーデンのスカンディア社における知的資本に関す

る報告書の様式を提示し、日本においては、経済産業省の知的財産報告書作成ガイドライン策

定へも影響を与えた。スカンディア社の知的資本分類に関する研究事例は、無形資産や知的資

本関連の議論においては必ずと言ってよいほど取り上げられる著名な研究成果である。知的資

本に着目した著書 Intellectual Capitalの中で、Edvinsson&Malone(1997)は、知的資本は、

人的資本、構造資本、顧客資本から構成されていると定義している。社会関係資本との関係で

言えば、構造資本の構成は組織資本、革新資本、プロセス資本の新しい3つの要素から成って

おり、特に組織資本は社会関係資本と関係が深い。彼らによれば「組織資本は、知識をスピー

ディに企業内や供給・販売チャンネルへ伝達するためのシステム、ツールであり、運営のポリ

シーなどへの企業の投資を指す。これは組織における体系化された能力であると同時に、その

能力をテコとして利用するシステムである。」(Edvinsson&Malone,1997、邦訳、1999、p.54)

と説明し、知識を企業内や供給・販売チャネルへ伝達するシステムとして位置づけている。こ

れは社会関係資本そのものであり、前述したクラブ財としての社会関係資本として捉えること

も可能であろう。

一方、外部との関係では「顧客資本」がある。顧客との関係こそが、キャッシュフローの発

生する場所と位置づけており、Edvinsson & Malone(1997)は、顧客との関係による「顧客

資本」を持つ企業の優位性を論じている。「顧客は、自分が何を求めているのかを知っていると

はかぎらない。何も知識がない新製品や新しいサービス、新しいテクノロジーに関しては特に

そうだ。そこで、顧客の要求を予想し、うまく吸い上げられているような、顧客の趣味やニー

ズ、興味の対象をできるだけ多く知っておかなければならない。しかし、顧客について、それ

だけのことを知るには顧客から莫大な量の個人情報を提供してもらわなくてはならない。それ

には確固たる信頼が必要である。顧客からそれだけ信頼されている企業が現在どれだけあるの

だろうか。このため、将来成功する企業というのは、顧客から喜ばれることは言うまでもなく、

19 ここで上げたもの以外にも、人的資本と社会関係資本の中間領域として組織資本の存在を主張するWright

et al.(2001)や蜂谷(2006)などがあるが、組織資本は中間領域としてあいまいさが残るため本稿における

議論では詳述は省略する。

― ―159

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

強い信頼とロイヤリティを得るための長期的プログラムに既に着手している。」(Edvinsson &

Malone,1997、邦訳、1999、p.121)。「顧客資本」を構築する際に重要なことは、強力な信頼や

ロイヤリティが顧客との間で構築されることである。このような資本も私的財としての社会関

係資本と捉えることができる。

2)Stewart(2001)による知的資本と社会関係資本

Stewart(2001)は、知識をベースにしたナレッジマネジメントを中心とする知的資本戦略に

ついて論じている。その中で、企業の知的資本の標準的構成の考え方として、「知的資本」を「人

的資本(才能)」、「構造的資本(知的所有権、方法論、ソフトウエア、文書など、知識を応用し

た産物)」、「顧客資本(クライアントとの関係)」に分類している。基本的には、Edvinsson &

Malone(1997)と同様の分類である。顧客資本は前述したように私的財としての社会関係資本

である。また、企業が価値創造を行い、収益力を高めるためには、知的資本への投資が重要に

なってくるが、知識や知的資本が活かされるためには、知識プロセスが必要であるとStewart

(2001)は指摘している。知識プロセスとは、知識を創造し、知識を共有するためのプロセス

であり、知識創造と知識共有は相互依存関係にあり、知識プロセスが有効に働くことで、社内

の誰かが発見・発明した新しい知識を、別の人間がそれを応用したり、繰り返し再利用したり

することができる。知識プロセスは知識創造、顧客学習、知識共有の繰り返しにより構成され

ているが、Stewart(2001)では、知識共有によって、社会的資本 、信頼、モラル、文化が築

かれる点が最も重要なことであると指摘しており、IBM のローレンス・プルサークが、イーラ

イリリーやキャピタル・ワンと協力した仕事での言葉 を例に挙げ、知識共有において、信頼が

もっとも大切な要素であると述べている。知識という観点から企業を管理する上で信頼は不可

欠なものであると認識されるようになっている。知的資本の源泉である知識を活かすためには、

信頼が極めて重要であり、信頼が無ければ、知識ベースの知的資本は成り立たないのである。

知的資本の構成に、信頼の存在が置かれることは必然である。知識プロセスは、クラブ財とし

ての社会関係資本を活用したものであると捉えることができるであろう。

3)Sullivan(2000)による知的資本と社会関係資本

Sullivan(2000)は、知的資本を構成する要素として、「人的資本」「顧客資本」「知的財産」

「暗黙の知識(暗黙知)」「知的資産」「研究・開発」「構造資本」「イノベーション」「成分化さ

れた知識」「情報技術」をあげている。知的資本の定義は研究者によって様々であるが、何処に

焦点があてられているかの違いにより、様々な定義があると述べている。その上で、Sullivan

(2000)では知的資本を保有する企業の資本を、次の3つに分類している。A)知的資本(固

20 訳書(2004)では、「社会的資本」と訳されている。

21 ローレンス・プルサークは「信頼がなければ、何も起こりません。相互依存や権力よりも、明らかに信頼の

方が重要なのです。」と述べている。(Stewart,2001、邦訳2004、p.330)

― ―160

メディア・コミュニケーション研究

有の資産)(人的資本、知的資産(含む知的財産))、B)差別化可能資産(補完的ビジネス資産)

(生産設備、流通能力、販売力)、C)汎用資産(現金、有形資産、差別化できないもの)であ

る。そして、知識活用型企業のモデルを用いて、A)知的資本(固有の資産)により、他社が

模倣できない価値を創造し、その価値をB)差別化可能資産(補完的ビジネス資産)を用いて、

利潤を生み出し維持する働きを担い、どの企業にでもあるようなC)汎用資産が企業活動を継

続させると論じている。A)知的資本(固有の資産)は、企業の価値創造を決定づけるモノで

あり、重要なものである。知的資本(固有の資産)は、「人的資本」と知的財産を含む知的資産

により構築されているが、知的資本(固有の資産)の中には関係資本(relationship capital)

という概念が含まれていることにも触れている。関係資本を企業の内部と外部に分ければ、企

業の内部関係は、企業内での価値創造に関連する関係であり、「最終的に企業が引き出したいと

考える価値を創造するための能力を高めるような関係である。」(Sullivan,2000、邦訳、2002、

p.72)。従業員との関係などは企業の内部関係である。一方、企業の外部関係は、企業の外部か

ら価値を引き出すことに関連する関係である。顧客や供給業者、投資家などとの関係がこれに

該当する。企業と供給業者の例をあげ、関係資本について、次のように説明している。「企業と

供給業者との良好な関係は、お互いにサポートしあったりプラスになったりして、双方にとっ

ては、コストを削減したり供給に対する保証の増加となって現れているのである。さらにまた、

供給業者にとっては、マーケティングコストの削減や収益の保証を意味するのである。企業が

その供給業者と一緒に働いて相互の価値をさらにどれだけ創造できるという度合いは、その企

業がどれだけより密接な連携や相互ロイヤルティーを創造できるかという度合いでもある。」

(Sullivan,2000、邦訳2002、p.72)。このように企業の内部、外部を問わず、企業を取り巻く様々

なステークホルダーと良好な関係を構築することが、価値創造につながる。このようなつなが

りは社会関係資本を活用していることから生じるのであり、Sullivan(2000)が関係資本と呼ぶ

資本は、社会関係資本そのものであろう。

4)刈屋(2005) による無形資産と社会関係資本

刈屋(2005)は企業の価値創造のプロセスとしての基本構造を、BS計上資産、人的資産、組

織無形資産に例示・分類した。BS計上資産は、バランスシートに計上される資産であり、有形

固定資産、金融資産、無形固定資産などを含む。人的資産は、人材に関連するものあり、事業

の操業に関する人的資源、イノベーションを創造し、革新的変革をもたらす人的資源、および

経営力の向上に寄与するプロセス人的資源などに分類できる。最後の組織無形資産は比較的分

かりにくいものである。組織無形資産について刈屋(2005)は、「組織無形資産は識別化された

形式知化されたものである。それは、外部購入した無形資源や絶えず人的資本(人材)の知的

22 刈屋(2005)、「無形資産の理解の枠組みと情報開示問題」『RIETI Discussion Paper Series』経済産業研究

所、http://www.rieti.go.jp/jp/publications/act dp2005.html

― ―161

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

生産活動により開発・蓄積された組織資源である。」(刈屋、2005、p.28)と定義し、そして、そ

の上で組織無形資産の内容を「組織資源」「プロセス資産」「関係資産」と分類している。刈屋

(2005)によれば、関係資産は、相互に関係することは前提に有りながらも、契約によって成

立するもの、信頼関係に基づいているもの、ブランド・イメージ・認知に基づいているものに

分類している。信頼関係に基づく関係資産は社会関係資本であろう。

また、刈屋(2005)は、特に関係資産について外部関係資産と内部関係資産に分類している。

外部関係資産とは「顧客資産、サプライチェーン関係資産、提携・ネットワーク関係資産、株

主関係資産、社会的関係資産(CSR、ブランド関係)など」を含むものとして定義したが、外

部関係資産を十分に活用するためには信頼の構築が重要であると指摘している 。信頼を構築

することは社会関係資本を蓄積することである。実際の経営資源としての外部関係資産として

は、顧客対応マニュアルや顧客名簿、供給者と情報共有するシステム資源、供給者と操業効率

を上げるために共同開発したプロセス資源などがあるが、「コーポレートブランドや概念化され

たのれんなどの信頼関係とイメージを基礎に投資家、消費者、従業員と一緒に将来の価値創造

を作っていく関係資産」(刈屋、2005、p.29)も、刈屋は当然ながら外部関係資産と定義してい

る。供給者や提携者との関係、投資家、顧客、社会との関係など、企業を取り巻く様々なステー

クホルダーとの関係性を外部関係資産と呼んでおり、これはまさしく私的財としての社会関係

資本そのものである。

一方、内部関係資産については、刈屋(2005)は「内部人的資源に関係をつけた意思決定組

織、生産設備と人的操業資源に関係をつけた生産組織など組織関係資産をはじめ、子会社との

関係などである。加えて、ビジネスモデル、会社の規則、文化、インセンティブを作る報酬体

系、文化に絡む暗黙ルールなど関係の基礎を作るノウハウも関係資産であるが、その関係の基

礎に法的な契約関係を超えた信頼関係を前提としている」(刈屋、2005、p.29)と説明した。内

部関係資産は、企業や企業グループ内における内部人的資源における関係をベースとし、内部

人的資源の行動様式や行動を促す規則やインセンティブ、文化までをその対象としている。組

織内での信頼や特定の規範に基づくネットワークはクラブ財としての社会関係資本そのもので

ある。外部関係資産、内部関係資産の両者は、いずれにせよ社会関係資本なのである。

5.2.企業資本の評価フレームワーク

このように先行研究における無形知的資本論の中には、社会関係資本に分類できる資本が多

23「供給者や提携者との関係は、契約とその実行から発生する信頼関係に基づいている、他方、投資家、顧客や

社会との関係は、継続的な規律ある企業活動や情報開示を通じたコミュニケーションにより確保されるもの

で、信頼関係やコーポレート・ブランド・イメージに基づくものである。無形資産を基礎とした競争環境の

もとでは、継続的に優秀な人材を確保し、イノベーションを重ね、安定的な成長をしていく上で、このよう

なコーポレートブランドの構築がいっそう重要になっている。」(刈屋、2005、p.29)

― ―162

メディア・コミュニケーション研究

分に存在することが確認された。本研究においては無形知的資本と社会関係資本の区別を明確

にする必要がある。これまでの無形知的資本と社会関係資本に関する先行研究の研究成果を踏

まえて、本研究では、企業資本に関して図4のように社会関係資本を位置づけて評価するため

のフレームワーク を構築した。これまで考察してきたように、知的無形資本に包含されている

「信頼」「規範」「ネットワーク」に関連する部分を抜き出して、社会関係資本を明確化してい

る。また、その特徴として、知的資本は、製品・サービスの属性情報に影響を与えるものであ

り、社会関係資本は組織の行動情報に影響を与えるものとして分類している。

企業資本構成の評価フレームワークについて大きく分類すると、「有形資本」と「無形資本」

に分類することができる。市場が評価する「有形資本」の中には「有形資本/金融資本」と「社

会資本」が含まれる。「有形資本/金融資本」は、企業が経済活動を行っていく上で基本となる

資本であり、企業の所有する機械、不動産などの有形固定資産、財務上の金融資産、製品を製

造するための原料や部品などの仕掛品等も含まれる。Edvinsson & Malone(1997)が論じる

24 評価フレームワークとしているのは、無形資本は、目に見えない資本であり、評価されて初めて意味を持つ

資本であるために評価されることが重要である。その意味で評価フレームワークという言葉を用いている。

図4 企業資本の評価フレームワーク

(出所)筆者作成

― ―163

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

スカンディア・ナビゲーター で示される企業の過去に焦点をあてた部分である。また、「社会

資本」は道路や橋などの有形の社会資本であるが、「社会資本」が企業の有形資本の評価にも影

響を与えるのである。前述したように本来公共財である有形の「社会資本」が、企業の「有形

資本」の価値を高める場合がある。例えば、自社の工場周辺の交通アクセスが非常に悪く非効

率的であったが、国や自治体による社会資本インフラの整備が進展することにより、工場の物

流の効率性を高め、その企業の優位性を向上させることが考えられる。市場の参加者は、工場

の設備・生産能力だけでけではなく、工場周辺の社会資本を含めて企業の有形資本を評価する

のである。

「無形資本」は、「知的資本」と「社会関係資本」を包含した概念として位置づけている。そ

の中でも「知的資本」は、人的資本と知的財産を含む知的資産に分類した。Sullivan(2000)に

習えば、知的資産は知識を成文化し、記述し、それに対する所有権を主張できるようにしたも

のである。知的資産は発明、デザイン、図面、文書、プログラムなどのように成分化されたも

のであり、何かに書き留めたり、コンピューターに入力した知識は、知的資産として保護され

る。また、知的資産のうち、法律で保護されたものが知的財産である。特許権、著作権、商標

権、企業秘密などは、法律によってその権利が保護されているものである。Sullivan(2000)も

指摘するように、このような知的資産や知的財産には人的資本が影響を与えていると考えられ

る。人的資本は企業の全ての人間の総合的な能力、経験、ノウハウ、技能などの集合体である

が、これら成文化されていない暗黙知的な人的資本が、組織内で成文化され形式知的な知的資

本に変換されるのである。人的資本によって知的資産は産み出される。企業にとって価値を創

造するのは人的資本なのである。例えば、弁護士は、弁護士が持つ能力や経験やノウハウといっ

たものが、弁護士事務所の収益を創造するのである。また、プログラマーは、ソフトウエア企

業に雇われ、新しいソフトウエアプログラムを生産するが、企業はそれをコピーして量産し、

販売することによって収益を創造する。ソフトウエアプログラムを産み出す個人の能力や経験

やノウハウが、プログラムとして成文化されて知的資産となり、製造・販売されて価値を創造

するのである。知的資本がその製品やサービスの特徴付けを行い、競合他社では真似のできな

い競争優位をもたらすのである。このように知的資本は、製品やサービスの属性情報に影響を

与え、競争優位をもたらし、企業の将来のキャッシュフローを創出させる源泉となる。

しかし、新しい知識を産み出し、その知識を成文化するのは容易ではない。企業内には様々

な能力や経験をもった人的資本が存在するが、個人の能力やノウハウの拡張には限界がある。

野中・竹内(1996)が論じるように、組織の知識創造には暗黙知と形式知の間での共同化、表

出化、連結化、内面化といった知識変換が必要であり、個人によって得られた知識を、グルー

25 スカンディア・ナビゲーターはスカンディア社が開発した知的資本の評価モデルである。財務焦点(過去)、

顧客焦点・人的焦点・プロセス焦点(現在)、革新・開発焦点という5つの焦点から知的資本を評価している。

― ―164

メディア・コミュニケーション研究

プや組織レベルの知識に変換するためには、まずは暗黙知の共有が無ければ始まらない。

そこで重要な資本となるのが「社会関係資本」である。組織の行動情報に関係する資本であ

る。社会関係資本は、信頼、規範、ネットワークを中核とした資本概念であるが、組織内にお

いては構成員同士を相互に結びける結束型(Bonding)のネットワークにより、組織への知識変

換がスムーズに行われ、新たな知識の創造につなげることが可能となる。構成員相互が信頼に

満ち溢れ、意思疎通が容易な組織と、不信が蓄積され、構成員の意見を阻害するような組織と

では、知識創造のプロセスにおいてその違いは明白であろう。企業が創業期の時は組織も小さ

いので、組織内の情報は流通し、新しい知識を得ることは比較的容易である。しかし、企業が

発展し成長して複雑になり構成員が増えてくると、情報の共有がなされることは少なくなり、

企業としての活力が失われていくことにつながるのである。企業規模が大きくなるにつれて、

知識とノウハウを成文化することを動機づけ、社内の構成員間で共有化し、組織知として定着

化させていくためには、社会関係資本の充実が欠かせないのである。

また、社会関係資本は、企業が顧客やステークホルダーとの良好な関係構築を図ることに役

立つ資本である。Edvinsson&Malone(1997)、Stewart(2001)、Sullivan(2000)が顧客資

本と呼び、またSullivan(2000)が関係資本、刈屋(2005)が関係資産と呼んでいた資本と同

様のものである。社外のステークホルダーと信頼を獲得することで、取引コストを減少させ、

その企業の取引を効率化させることにつなげる。外部ステークホルダーとの関係のネットワー

クは、顧客を広げていくような橋渡し型(Bridging)型のネットワークと、取引先との系列関

係を強めるような結束型(Bonding)のネットワークがあるが、いずれのネットワークにせよ企

業にとって取引の効率化という効用をもたらす資本となる。

社会関係資本は、組織の行動様式の中に埋め込まれた資本であり、組織内での価値を創出す

るような風通しの良い企業風土や営業活動の繰り返しなどの労働サービスの費消により蓄積さ

れるストックとして評価することができる。製品・サービスから利潤を得ようと思えば、顧客

を開拓することが必要である。そのためには製品やサービスそのものの品質という属性情報が

評価されるべきものであることは当然ではあるが、製品やサービスの属性情報以外にも、価格、

流通、プロモーション等の対策を施さなければキャッシュフローの創出は出来ないであろう。

また、競争が激化する市場の中で顧客を獲得するためのプロモーション戦略として、宣伝・広

告活動はもちろんのこと、営業マンによる日々の営業活動の繰り返しなどで、顧客との持続的

関係性を構築することで、製品・サービスを販売し、利潤を獲得することが可能となる。顧客

は、製品やサービスの品質に関する属性情報だけではなく、その企業の行動情報を評価して製

品やサービスを購入するのである。いくら属性情報が良さそうに見えても、企業の行動がいい

加減であれば、その行動情報により製品やサービスの購入を見送るであろう。消費者の授受す

る情報の中身は、製品やサービスの品質に関する属性情報だけではなく、その企業の信頼性に

関わる情報であり、属性情報と行動情報をあわせて評価しているのである。これらの属性情報

― ―165

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

および行動情報という2種類の情報が正確に消費者に伝わることによって、企業と消費者の間

に介在する「情報の非対称性」が解消され、購買が促されるのである(高岡編、2007、p.16)。

Porter,M.E.(1985)が指摘するように、企業の活動は価値連鎖しており、製品の市場導入

とサービスが最終段階で価値に統合されなければ、顧客から利潤を得ることは出来ない。また、

マーケティング活動においては近年、ホリスティックマーケティング が提唱されるように、4

P(Price,Place,Product,Promotion)における価値を管理するだけではなく、共創的に顧客

との関係性を探索・構築し、関係性を管理することが必要になってきている(Kotler,P.,Keller,

K.L.,2006)。顧客との関係性を適切に構築・維持し、顧客の生涯価値の総和を最大化するとい

う概念であり、カスタマーエクイティと呼ばれることもある(和田、1998;Roland,Lemon and

Zeimthal,2001)。製品やサービスの品質に関する属性情報も、顧客との関係性により社会関係

資本が構築され、その製品やサービスを提供する組織の行動情報が付加されることで相乗効果

をもたらし、売上も上昇するはずである。その結果として、暖簾やブランドが形成されれば企

業価値は向上するのである。

その意味でも、市場の参加者は、そのような財やサービスの属性に関する企業の知的資本だ

けを評価するのではなく、暖簾やブランドの構成に欠かせない社会関係資本を含めて無形資本

を評価していると考えるほうが自然であろう。本研究においては、企業の無形資本の中に、社

会関係資本を明確化して位置づける評価フレームワークを提言している。

5.3.企業の社会関係資本の役割とブランド資本

前項で企業資本において社会関係資本を市場の評価フレームワークの中で資本として位置づ

けた。企業は自らの所有する有形資本と人的資本を中心とした無形知的資本を結合させて、将

来のキャッシュフローを生み出す製品・サービスを生産する経済主体である。市場は、企業の

製品やサービスの品質に関する属性情報だけを評価するのではなく、その製品やサービスを提

供する企業のマーケティング活動のほか、コンプライアンスやCSRを含めたあらゆる組織の

行動情報をも評価する。組織の行動情報が付加されることで相乗効果をもたらし、その企業が

提供する商品の信頼性や顧客との関係性を構築するプロセスを市場は評価するのである。

企業が販売取引などの労働サービス(営業活動の繰り返し)や情報のやり取り(例えばパブ

リックリレーションズ活動)を繰り返し、組織の行動情報を積み重ねることで、顧客やステー

クホルダーとの関係が構築され、社会関係資本が蓄積される。顧客は、組織の行動情報と製品・

サービスの属性情報を併せて評価し、その評価情報を別の第三者に対し情報発信することにな

26 Kotler, P., Keller, Kevin, K.(2006)では、ホリスティックマーケティングを重要なステークホルダーと

の間に長期的に満足できる関係を築いてともに繁栄することを目的に、価値を探求し、創造し、提供する活

動を統合するものと紹介されている。(Kotler,P.,Keller,Kevin,K.,2006,p.49)

― ―166

メディア・コミュニケーション研究

る。この第三者による評価情報の伝達がレピュテーション(評判)である。このレピュテーショ

ンが蓄積されることで、ブランド資本が形成され、企業に超過利潤をもたらすのである。ブラ

ンドは顧客にも蓄積されるものであるが、企業内でも知的資本と同様に管理されることがある。

ブランド資本はそのブランド価値を向上させることで、さらに無形資本に影響を与え、その価

値を増幅させるのである。それがいわゆる暖簾 である。一度ブランドが構築されれば、ブラン

ドを拡張して容易に市場参入を果たし、競争優位を発揮することができるように、無形資本の

価値を向上させるのである。企業資本とブランド資本の関係を整理すると図5のフレームワー

クのようになる。

レピュテーションを獲得するためには、まずは企業のことを知ってもらい、理解してもらう

ために企業情報を発信することが必要であるが、企業から発信する情報だけでは、蓄積(ストッ

ク)されるブランド資本はブランドを確立するような大きいものにはならない。ブランド資本

には、フローとしてのレピュテーションが必要であり、顧客や第三者からの口コミなどの評価

情報が欠かせないのである。レピュテーションは、企業の発信する属性情報や行動情報の真偽

が顧客やステークホルダーに確認され、製品の質や価格等の様々な情報を顧客の消費活動や取

27 暖簾は、無形資産の中で識別不可能な分離・識別できない残ったものの総体である。外部からの取得の場合

は「買入れ暖簾」であり、企業内部であれば「自己創設暖簾」となる。自己創設暖簾は、その評価が困難な

こともあり制度会計上は計上されることがないことが多いが、ここでの暖簾はブランド資本を元とした自己

創設暖簾である。

図5 企業資本とブランド資本

(出所)筆者作成

― ―167

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

引経験により評価された評価情報である。ブランド資本は評価されたレピュテーションとして

の情報が蓄積されて初めて意味を持つ(ストックされる)のである。顧客の消費活動や取引経

験により適切に評価されるためには、顧客やステークホルダーとの関係が良好であることが必

要最低条件であろう。顧客やステークホルダーと企業の間での相互の行動情報のやり取りが、

評価情報に反映されるのである。つまりは、社会関係資本がその情報発信のあり方に影響を与

えるのである。社会関係資本の役割は、顧客やステークホルダーとの持続的関係性を円滑にし、

良好なブランドを創出しやすくすることにある。

行動情報はプラスの面ばかりではなく、マイナスの行動情報も評価の対象となる。企業が何

らかの反社会的行動を行えば、刑罰や罰金などの法的制裁の他に、負のレピュテーションとい

う社会的制裁を受けることになる。これまでの組織の行動情報にも疑義を生じかねない。これ

までに蓄積してきた社会関係資本を毀損させ、信用や信頼が低下し、その企業の製品やサービ

スといった属性情報にまで疑念を抱くことになる。そのことがさらに悪い風評を生み、顧客の

買い控え、売り上げの減少などにつながり、株式資本市場では株価の下落などあらゆる経済取

引に困難を生じるさせる可能性がある。その結果、これまでに築き上げたブランド資本も崩壊

するのである。反社会的行動による負のレピュテーションは、顧客やステークホルダーとの関

係性を破壊し、信頼や絆などを破壊するのである。負のレピュテーションが拡がることにより、

社会関係資本はストックとは呼べないほどのレベルにまで低減し、通常の経済取引が不可能に

なる。レピュテーションに係る直接的な費用は自社以外の外部ステークホルダーが負担してい

る。しかし、社会関係資本が低減し、ステークホルダーとの関係が良好でなくなるとすれば、

正のレピュテーションを得ることはできず、経済取引を成立させることに困難が生じるであろ

う。仮に正のレピュテーションを得ようとすれば、これまでは顧客やステークホルダーが負担

していた費用を、自らが負担する必要がある。社会関係資本が元通りにストックされるレベル

に回復するまでには、膨大な費用や長い時間と労力がかかり、短期間で回復することは極めて

難しい。

このような状態になった場合、取引を通常通り再開するためには、反社会的行為を行わない

ような組織構造やガバナンスの変革が必要である。また、組織構造やガバナンスの変革の妥当

性について、第三者の認証を受けることも必要になるであろう。組織の行動を正常化させ、そ

の変革が社会的に認められるようにパブリックリレーションズ活動を行うことが極めて重要に

なる。社会との関係性を修復するためには、組織構造やガバナンスの変革も必要であるが、適

切な情報が、顧客やステークホルダーに対して明確に伝達されない限り、つまりは情報開示が

なされない限り企業の諸活動は評価されないのである。情報を開示し、適切なコミュニケーショ

ンを図りながら評価を得て、社会関係資本を蓄積することで、ブランドが構築され、企業価値

が回復されていくのである。

情報を開示し、透明性を高めることで、企業の行動情報をステークホルダーに伝達し、正し

― ―168

メディア・コミュニケーション研究

い評価を得ることが可能になるのである。その意味でも情報が重要な役割を果たすのである。

第6章 パブリックリレーションズ定義の再考

前章で考察したように、企業資本における無形資本は、知的資本と社会関係資本で評価する

ことができる。社会関係資本は、組織の行動に起因する情報を元に評価した資本であり、組織

の行動様式の中に埋め込まれた資本であった。組織内での価値を創出するような風通しの良い

企業風土や営業活動の繰り返しなどの労働サービスの費消により蓄積されるストックとして評

価することができると考えることができる。社会関係資本は、組織のステークホルダーとの様々

な行動に基づく関係性により評価されるのである。

社会との良好な関係を構築するために、企業では様々な活動が執り行われているが、その代

表的なものにパブリックリレーションズ(Public Relations)をあげることができる。もちろん、

社会関係資本は、パブリックリレーションズだけで蓄積されることはなく、取引や経済活動を

通じた様々な活動により蓄積されることは前章でも確認したが、企業における様々な活動の中

でも、とりわけパブリックリレーションズに類する活動が、社会関係資本の蓄積に大きく寄与

することは考えられる。組織はパブリックリレーションズ活動を通じて、社会との関係を良好

にしようと努力しているのである。

しかし、これまで社会関係資本とパブリックリレーションズを関連させて両者を同じ土俵で

議論されることはなかった。社会関係資本に関する議論も前述したように比較的新しい概念で

あり、実務では長い蓄積があるパブリックリレーションズが、学術分野に論じられるようになっ

ての学術的蓄積は他分野と比較してもまだ少ないのが現状である。

そこでまずは、これまでパブリックリレーションズがどのよう定義されてきたのかを考察す

るため、パブリックリレーションズに関する主な先行研究におけるパブリックリレーションズ

の定義を確認してみたい。次にあげるものが主なパブリックリレーションズの定義である。

山中・吉田(1979) :「関係する人々が関与できるコミュニケーションのパイプを用意すること

が、PRにとって本質的な意義を持つことは疑いないところである。パブリックリレーショ

ンズというのは、関係するすべての人々との関係をコミュニケーションのパイプを通じて

発展させることなのである。」

加固(1973) :「PRとは、個人または組織体が、その関係する公衆の理解と協力を得るために、

自己の目指す方向と誠意を、あらゆるコミュニケーション手段を通じて伝え、説得し、あ

28 山中・吉田(1979)、p.29

29 加固(1973)、p.7

― ―169

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

わせて自己匡正をもはかっていく継続的な〝対話関係"である。自己の目指す方向は、公

衆の利益に合致していなければならず、また現実にそれを実行する活動をともなわなけれ

ばならない。」

井上(2006) :「パブリックリレーションズ(PR)とは、個人や組織体が最短距離で目標や目

的を達成する、『倫理観』に支えられた『双方向性コミュニケーション』と『自己修正』を

ベースとしたリレーションズ活動である。」

Cutlip,Center,Broom (2005) :「Public relations is the management function that estab-

lishes and maintains mutually beneficial relationships between an organization and the

publics on whom its success or failure depends」

猪狩編(2007) :「広報・パブリックリレーションズは、組織とそれを取り巻く人 ・々集団との

関係を円滑にし、お互いが信頼できる関係をつくり、維持する考え方であり、技術である。」

PRSA(1982) :「Public relation helps our complex,pluralistic society to reach decisions and

function more effectively by contributing to mutual understanding among groups and

institutions. It serves to bring private and public policies into harmony.

Public relations serves a wide variety of institutions in society such as businesses,trade

unions, government agencies, voluntary associations, foundations, hospitals, schools,

colleges and religious institutions. To achieve their goals, these institutions must

develop effective relationships with many different audiences or publics such as

employees,members, customers, local communities, shareholders, and other institu-

tions,and with society at large.」

表現は様々であるが、いずれも「リレーションズ」や「関係作り」という言葉が入っており、

パブリックリレーションズは、ステークホルダーを中心とした公衆(Public)との関係性の構築

が、組織と社会にとってプラスに働くことを含意した概念であることが分かる。しかし、これ

らの定義には比較的実務的な視点が盛り込まれており、パブリックリレーションズ活動の内容

を定義するものが多く、パブリックリレーションズを行うことで、どのような経済的メリット

を得ることができるかは具体的に表現されていない。井上(2006)も「最短距離で目標や目的

を達成する」、Cutlip,Center,Broom(2005)も「maintains mutually beneficial relationships

between an organization and the publics(組織と公衆の間で相互に効用をもたらす)」と述べ

30 井上(2006)、p.3

31 Cutlip,Center,Broom(2005)、p.5

32 猪狩編(2007)、p.12

33 PRSA(アメリカPR協会)が1982年に制定した公式ステートメントの中で記されたパブリックリレーショ

ンズに関する見解である。http://www.prsa.org/aboutUs/officialStatement.htmlを参照。

― ―170

メディア・コミュニケーション研究

るにとどまっている。しかし、パブリックリレーションズは、企業がそれなりの時間やコスト

を掛けて行う活動であり、それを行うことでどのような経済な利益(効用)が企業にもたらさ

れるのかを説明する必要がある。経験的にはパブリックリレーションズが、組織の存続の為に

必要不可欠であるということは実務家の間では認識されているが、パブリックリレーションズ

を行うことの経済的価値やメリットがどのようにあるのか、あまり説明されてはいない。経営

者にとってみても、パブリックリレーションズ活動の経済的な価値が認識されなければ、パブ

リックリレーションズの重要性を理解することはないであろう。パブリックリレーションズが

その必要性は認識されながらも、組織の中で宣伝と比べても、比較的軽んじられてきた原因は

そこにある。これまでは、経営学・商学におけるマーケティング論のプロモーション活動の一

部として、パブリックリレーションズが取り上げられている程度であり、本来のパブリックリ

レーションズが持つ機能の一部しか説明されていない場合が多いのが現状である。

しかしながら、日本におけるパブリックリレーションズ導入期に出版された小谷(1951)の

『PRの理論と実際』による定義がパブリックリレーションズの本質的な説明を行っている。小

谷(1951)はパブリックリレーションズの定義について次のように述べている。

「要するにPRの定義は、その表現の方法によって、幾通りにも書き表されるが、その内容に

は少なくとも次の2つの共通な事柄が含まれている。すなわち、

(イ)よいことをするということ。言い換えれば、自分の行為が第三者の好感を得るに値するも

のであるという事が前提となるべきこと

(ロ)この事柄を第三者に説明し、理解させて、自己に有利な行為、たとえば好意、信頼を得よ

うとすること。

この二つが、その定義の内容として含まれていなければならない。この場合の第三者とは必ず

しも一般大衆であるとは限らない。或る場合には自分と直接に関係のある特定の集団(Group)

であり、また或る場合にはいわゆる公衆である。次に好意、好感、信頼という言葉であるが、

これは英語のGoodwillのことであって、必ずしも適当な単語ではないが、他に格好なものがな

いので、Goodwillに好意或いは好感という字句を使った次第である。

以上の説明によって、Public Relationsの Publicは必ずしも公衆の意味ではなく、広く第三

者的な存在の総体であり、また、Relationsは単なる関係に止まらず、進んでこの関係をよいも

のにしようとする一切の努力までも含めたものであることが了解されたものと思う。」(小谷、

1951、pp.14-15)

小谷(1951)の記述は、パブリックリレーションズ導入期の定義でありながらも、現在でも

十分に通用するものである。特に次の2点は、パブリックリレーションズ導入期にあって先進

的である。1つ目は、Publicについての見解である。Publicという言葉から、単純にPublicを

「公衆」と訳出するケースが多い。しかし、小谷(1951)は「第三者とは必ずしも一般大衆で

あるとは限らない。或る場合には自分と直接に関係のある特定の集団(Group)であり、また或

― ―171

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

る場合にはいわゆる公衆である。」と述べ、Publicを自分と直接に関係のある特定の集団

(Group)、すなわち、ステークホルダーを対象としているのである。戦後の導入期にあって、

既にステークホルダーの概念が含意されていたのである。2つ目は、「自己に有利な行為、たと

えば好意、信頼を得ようとすること」をパブリックリレーションズの定義に含めている。前述

したが、信頼を獲得し、関係を積み重ねることで「社会関係資本」が蓄積されるのである。「自

己に有利な行為」は、まさに「社会関係資本」が充実することにより取引コストを低減させ、

効率的な経営基盤を生み出すことである。加えて「信頼」「好感」は、Goodwillのことであると

明言しており、経営学、とりわけ会計学の世界では、Goodwillは「暖簾」という無形資産のこ

とを指している。つまり、パブリックリレーションズは「暖簾」という無形資産を生み出す効

率的な経営基盤を作ることにつながるというのである。

小谷(1951)の議論を踏まえ、本稿では、パブリックリレーションズの定義を、社会関係資

本の視点を加えて、次のように提言したい。

パブリックリレーションズとは、組織が市民や社会等、組織体のステークホルダー(利害

関係者)との関係を積み重ねることで信頼を獲得し「社会関係資本」を蓄積することによ

り、社会における取引コストを減少させ、効果的・効率的な経営活動の基盤をつくること

である。

パブリックリレーションズのPublicとは、前述したように社会におけるステークホルダーの

総体のことである。また、パブリックリレーションズに関する情報の多くは、企業が提供する

財やサービスに関するスペック情報などの属性情報そのものというよりは、経営者を中心とす

る組織体が行う経営行動に関する情報であり、組織の行動情報に関するものである。パブリッ

クリレーションズの代表的な活動であるメディアリレーションズを例にしても、社長の記者会

見は、今後の組織の経営行動に関する情報ディスクロージャーであり、行動情報を伝達してい

るのである。パブリックリレーションズ自体も経営行動の何らかの一部であろう。組織がメディ

ア記者と面識を持ち、重ねて信頼関係を醸成すること自体が立派な経営行動なのである。パブ

リックリレーションズ活動が、社会関係資本の構築に貢献するのは明らかである。

筆者の提言する定義では、パブリックリレーションズは、その活動を通じて「社会関係資本」

を蓄積することにより、取引コストを減少させ、効率的な経営基盤をつくるというメリットが

明確に定義されている。パブリックリレーションズの本質は、取引コストを低減させ、効率的

な経営基盤をつくることに寄与することである。当然、パブリックリレーションズにより、ス

テークホルダーとの良好な関係が構築されれることになれば、その企業独自の財やサービスの

消費や取引を通じて、企業を適正に評価し、第三者に評価情報を伝達することにつながる。そ

の第三者への評価情報伝達がレピュテーションなのである。そして、そのレピュテーションが

― ―172

メディア・コミュニケーション研究

蓄積されたものがブランド資本である。経済活動のベースとして社会関係資本により取引コス

トは低減されるが、ブランド資本が蓄積されることで、さらに取引コストは低減され、企業の

効率性が高まり、競争優位性も飛躍的に向上するのである。ブランド資本が構築されることで、

プロモーション費用の節約や顧客維持に関するロイヤリティコストなどが低減され、競争優位

が実現するのである。パブリックリレーションズはこのような競争優位性を作るベースとして、

「社会関係資本」を蓄積し、取引コストを減少させるような効率的な経営基盤を作ることに役

立つ経営行動の一つなのである。

これまでは、パブリックリレーションズの定義としては信頼関係を構築するというだけで言

及されることが多かったが、筆者の提言する定義では、パブリックリレーションズを通じて信

頼関係を構築することで企業にとってどのような経済的メリットがあるのかを多少なりとも言

及できたはずである。「効果的・効率的な経営基盤をつくる」というと非営利組織、行政・自治

体などの行政組織は関係がないように思われてしまうが、組織経営を行う上では、組織運営に

関する様々な経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)が必要であり、社会において信頼の置けな

い組織には、そのような経営資源は集まってこないであろう。本稿は企業に焦点を当てて議論

を行っているが、非営利組織、行政・自治体であってもパブリックリレーションズは必要なも

のであり、パブリックリレーションズにより、非営利組織、行政・自治体の組織価値を明確さ

せ、その組織の社会的な存在理由を明確化させるはずである。

第7章 まとめと今後の課題

7.1.主要結論

本稿における主要結論は、次の2点に集約することができる。1点目は、企業資本における

社会関係資本の評価フレームワークについて考察・整理を行い、無形資本の中に社会関係資本

を明確に位置づけたことである。2点目は、社会関係資本とパブリックリレーションズを考察

し、新しいパブリックリレーションズの定義を提案したことである。

1点目について詳述をまとめると次のようになる。社会関係資本は、信頼、規範、ネットワー

クを中心とする社会的なつながりに価値を求める資本である。これまでの先行研究では、社会

学がその主な研究分野であったために地域社会における地域市民のつながりやネットワーク構

造を中心に分析がなされてきた。本研究では、企業においても私的財やクラブ財として社会関

係資本が活用されており、取引コストを低減させるなど、市場機能を支援する役割を果たす重

要な資本であることが確認された。

社会関係資本は、企業内部では結束型のネットワークを形成することにより、暗黙知の共有

を促し、組織の新たな知識創造に役立つ。また、企業外部では、橋渡し型のネットワークを利

用し、口コミ戦略などのマーケティング活動に活用することも可能であろうし、結束型のネッ

― ―173

企業における社会関係資本とパブリックリレーションズ

トワークを形成して、顧客の囲い込み戦略などに活用することも可能である。いずれにせよ、

社会関係資本を企業として活用することで経済的な効用をもたらすのである。社会関係資本と

して形成された信頼関係などがなければ、私有財産の交換(売買)には相当のコスト(取引コ

スト)が必要になるであろう。

社会関係資本を資本として認識すれば、有形でも無形でもSocial Capitalを企業資本の一部

として織り込んで評価することができる。本研究では、これまでの知的資本論や人的資本論な

どの研究成果から、社会関係資本に類する資本を抽出し、そして企業資本の構成において社会

関係資本を明確にプロットし、市場の参加者が評価する企業資本としての社会関係資本の評価

フレームワークを提示した。知的資本は、企業が提供する財やサービスの属性情報に関係する

資本であり、社会関係資本は、企業の行動情報に関係する資本である。この二つの資本が評価

されて、企業の無形資本として評価されるのである。これまで、企業資本における社会関係資

本の存在は、先行研究ではその重要性を指摘していながらも、曖昧な形で位置づけられていた。

本研究では、社会関係資本が無形資本の評価において重要な役割を果たしていることを明らか

にしている。今後、企業の社会的責任が大きく問われてくるような激しい環境変化に対応する

ためには、経営者による社会関係資本への着眼がますます必要になるであろう。

また、2点目について詳述をまとめれば、社会関係資本の蓄積に寄与する活動として、パブ

リックリレーションズを取り上げ、その定義について新しい提言を行ったということである。

本稿では新しい定義は次のように提言している。「パブリックリレーションズとは、組織が市民

や社会等、組織体のステークホルダー(利害関係者)との関係を積み重ねることで信頼を獲得

し『社会関係資本』を蓄積することにより、社会における取引コストを減少させ、効果的・効

率的な経営活動の基盤をつくることである。」これまでの定義では、パブリックリレーションズ

を通じて信頼関係を作ることまで触れている先行研究も存在したが、経営者にとってのメリッ

トが説明されてこなかった。本研究では、パブリックリレーションズ活動を行うことで、企業

経営にとってどのようなメリットが存在するのかを明示している。パブリックリレーションズ

を強化することは、企業の社会関係資本を向上させることに繫がり、無形資本の価値を向上さ

せ、企業価値の増大に貢献するのである。経営者は広報担当者ほど、パブリックリレーション

ズに対して理解を示すことは多くなかったのであるが、本研究の定義により、パブリックリレー

ションズ活動を行うことで、どのような経済的価値があるのかを企業経営の視点で理解するこ

とが容易になると考えられる。

7.2.今後の課題

本稿では、社会学分野で先行する社会関係資本を概観し、企業資本において社会関係資本を

位置づけて評価するフレームワークを提示した。その上で、社会関係資本の概念を援用し、パ

ブリックリレーションズの新たな定義を提言している。本研究では社会関係資本、知的資本、

― ―174

メディア・コミュニケーション研究

人的資本に関する先行研究により理論的なフレームワークを構築し、理論的にパブリックリ

レーションズの経済的価値を説明している。しかしながら、これらの説明は、あくまでも理論

的な説明であり、本稿におけるフレームワークが実証により説明されなければ実務においても

意味を持たなくなるであろう。その点が本研究の限界であり、大きな課題である。

実証研究を行うためには、企業資本の中で、社会関係資本をどのように測定し、評価するの

かが問題となる。しかし、現時点ではそのような評価モデルは存在しない。そもそも、目に見

えない信頼やつながりに価値を置く社会関係資本だけの効果を測定することには大きな困難を

伴う。また、パブリックリレーションズを通じて、どれだけ社会関係資本が構築されたのかを

測定することも非常に困難である。社会関係資本の測定や評価については、新しい評価モデル

が必要であり、その評価モデル化と測定・評価は今後の課題である。

実証的に社会関係資本を測定・評価することは困難を伴うものであるかも知れないが、企業

という組織に、社会関係資本を位置づけて評価する視点は、実務にとって有用なものであると

思われる。企業における社会関係資本のあり方とパブリックリレーションズの関係について深

く考察を重ね、今後の研究を進めていきたい。

※なお本稿は、筆者の博士学位論文「企業資本における社会関係資本に関する市場の評価――

不祥事企業のイベントスタディを中心に――」の研究成果の一部を、大幅に加筆・修正した

ものである。

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(原稿受理2008年11月14日、最終採択2009年3月27日)

― ―178

メディア・コミュニケーション研究

《SUMMARY》

Corporate Social Capital and Public Relations――Capital Accumulation by Social Relationship and

Rethinking the Definition of Public Relations――

Koichi KITAMI

This paper discusses Corporate Social Capital and Public Relations. This paper

overviewed the Social Capital studies,especially early studies in sociology field,proposed

the framework to evaluate Social Capital in a capital. Social Capital has the merit to

reduce transaction costs, and should be clearly positioned as a component of capital of

corporation.

Using the concept of the Corporate Social Capital,to rethink the definition of Public

Relations,this paper proposed the following definition of Public Relations:Public Relations

are the effective action to create the foundation for effective management by gaining the

trust to build up the relationship between the organization and its stakeholders,accumulat-

ing the Corporate Social Capital,and reducing transaction costs in society.

― ―179