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2010.7 金属資源レポート 27 硫酸需給動向 —リーチングと日本の硫酸— 167株式会社アシッズ 営業部 担当部長 郡司 敏雄 はじめに 2006 年からの銅価格高騰が日本の硫酸の価値を急激にしかも大幅に高めた。背景はチリにおけるリーチング(湿 式製錬)用の硫酸需要で、2007 / 2008 年に急激に伸びたチリの硫酸需要はアジアで時には余剰気味であった硫酸を 吸収し環太平洋の硫酸バランスを大きく変えることとなった。本稿ではここ3年間に起きた硫酸市場における地殻変 動を分析し、今後伸びることが予想されているリーチング需要が日本の硫酸需給に与える影響を考察してみたい。 図1. チリの硫酸需給(1997-2006) 1. チリの硫酸事情 チリは乾式製錬で電気銅を生産しており、これに伴 って 500 万tの硫酸が生産されている。需要は 99%が リーチング用で年々増加していたが、チリの輸入量か ら輸出量を差し引いた純輸入量は 2006 年までは 50 万 t程度であった。 (出典:Cochilco “El Mercado del Acido Sulfurico en Chile y su Proyeccion al ano 2015”)

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2010.7 金属資源レポート 27

硫酸需給動向

─リーチングと日本の硫酸─

海外レポート

硫酸需給動向—リーチングと日本の硫酸—

(167)

株式会社アシッズ営業部 担当部長 郡司 敏雄

はじめに

 2006 年からの銅価格高騰が日本の硫酸の価値を急激にしかも大幅に高めた。背景はチリにおけるリーチング(湿

式製錬)用の硫酸需要で、2007 / 2008 年に急激に伸びたチリの硫酸需要はアジアで時には余剰気味であった硫酸を

吸収し環太平洋の硫酸バランスを大きく変えることとなった。本稿ではここ3年間に起きた硫酸市場における地殻変

動を分析し、今後伸びることが予想されているリーチング需要が日本の硫酸需給に与える影響を考察してみたい。

図1. チリの硫酸需給(1997-2006)

1. チリの硫酸事情チリは乾式製錬で電気銅を生産しており、これに伴

って 500 万tの硫酸が生産されている。需要は 99%が

リーチング用で年々増加していたが、チリの輸入量か

ら輸出量を差し引いた純輸入量は 2006 年までは 50 万

t程度であった。

(出典:Cochilco “El Mercado del Acido Sulfurico en Chile y su Proyeccion al ano 2015”)

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2010.7 金属資源レポート28

硫酸需給動向

─リーチングと日本の硫酸─

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ところが銅価格の高騰から湿式製錬法による酸化鉱

処理が急増し、これに伴って硫酸需要が増大、輸入量

も 2007 年には 140 万t、2008 年には 240 万tへと急

増した。

図2. チリの硫酸輸入の推移

2. 硫酸の原料強酸性の無機化学薬品である硫酸だが世界でおよそ

2億tが生産/消費されている。そのほとんどが地中

の資源(石油・天然ガス・非鉄金属)から回収された

S(硫黄)をもとに製造されている。世界的に見ると

その原料は石油と天然ガス由来のものが 67%、非鉄製

錬が 24%、硫化鉄鉱7%、鉱山硫黄2%となっている。

図3. 世界の硫黄・硫酸生産量

(出典:IFA)

(出典:Chilean Import statistics)

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硫酸需給動向

─リーチングと日本の硫酸─

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3. 世界の硫酸需給各国別の硫酸需給をみると2億tも取引されている

硫酸のほとんどが国内取引となっており、国境を越え

て売買されているのは僅かに 13 百万t(全体の6%:

2007 年)である。

さらにこの内、海上輸送を伴って取引されているの

が8百万t(全体の 3.5%)にしか過ぎない。

これはその主原料が石油や天然ガスから回収された

硫黄であり、硫酸は消費地まで硫黄(固形または溶融)

の状態で輸送され製造されるため。ただしチリのよう

に消費地に硫黄焙焼設備が無い場合には硫酸での輸送

が必要になる。

なお、参考まで、硫酸の主要輸出国を示す。

表1. 世界の硫酸需給

2005 2006 2007 2008 2009

Production 191,849 195,700 197,678 189,939 186,635

Consumption 193,224 200,167 205,673 193,297 186,103

Imports 11,478 11,890 13,152 15,241 −

Exports 11,669 12,093 13,183 15,396 −(出典:FERTECON)

World Total (000t)

図4. 硫酸の貿易内訳

図5. 硫酸の主要輸出国

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硫酸需給動向

─リーチングと日本の硫酸─

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4. チリの硫酸需給へのインパクトチリでは 2007/2008 に硫酸輸入量が 100 万t増加し

た。2億tの中の 100 万tは 0.5%にしか過ぎないが、

現実は 800 万tの海上輸送が 100 万t増加したのであ

るから 12.5%、これが年間を通じて発生した。現象と

しては毎月 10 万t前後、船腹にして 4 − 5 船が増えた

だけであったため、当初市場関係者はこのインパクト

を過小評価していた感がある。まるで1mの津波が押

し寄せたのに似ている。ところが供給者が限られる硫

酸市場においては次第に非常に大きな影響を示現した。

5. アジアの硫酸への依存チリはどこからこの硫酸を購入したか?需要地であ

るチリ北部に近いペルーからの供給量も製錬所のトラ

ブルやストなどで供給不足になり勢い環太平洋の供給

国(日本・韓国)への依存を高めることになった。

図6. チリの硫酸輸入元(2008年)

(出典:2008/1-12 Chilean Import Statistics)

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硫酸需給動向

─リーチングと日本の硫酸─

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1tの硫黄から3tの硫酸を製造できるため硫黄焙

焼設備を持つ場合、硫酸1tの価格は硫黄の3分の1

が目安になるが硫黄焙焼設備の無いチリではこのパリ

ティーが機能せず、2007 年 12 月に硫黄価格が高騰し

US $300 を超えたときチリでは US $300/ tの硫酸が

売買され、さらに 2008 年に入って操業度維持に躍起と

なった湿式製錬鉱山は US $500/tの硫酸を手当てす

ることになった。

6. 銅・ニッケル・ウラン湿式製錬と硫酸消費1tの銅を生産するために必要な硫酸量は鉱石の組

成により 1.3 〜 10.6 tと大きく異なるが平均では約3

tの硫酸が消費されている。2009 年の世界の SX カソ

ード生産量が約 300 万tであるのでこのための硫酸消

費量はおよそ 900 万tである。さらに非鉄金属の湿式

製錬ではニッケルやウランも硫酸を必要としており、

その消費量はニッケルが 26 − 30t/Ni − t、ウランでは

70 − 100t/U − t となっている。今後開発される鉱山

は湿式製錬法を導入する計画である。これらの鉱山で

は硫黄焙焼設備を併設する場合が多いが、プロジェク

トの初期には硫酸での輸入を嗜好するプロジェクトも

ある。

7. 結論2015 年までの環太平洋における硫酸需要をみると、

豪州におけるウラン・ニッケルのプロジェクト、フィ

リピン・パプアニューギニアのニッケルそしてチリ・

ペルーにおける銅のプロジェクトでの硫酸使用量が大

幅に増える。

図7. 環太平洋の新規ニッケルプロジェクトと硫酸需要

増加する硫酸需要を試算すると銅関係が 200 万t、

ニッケルで 700 万t、ウランで 100 万tと合計では

1,000 万tとなっている。非鉄金属価格が現在のレベル

を維持できるとすればこれらのプロジェクトは必ず日

の目をみることになるだろう。チリの需要増加の 10 倍

の波が押し寄せる。その時は日本の硫酸にもさらに引

合いが強まる。非鉄金属における硫黄資源リサイクル

の歯車が回りだしている。

(2010.5.11)

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小嶋(こじま)