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北海道立地質研究所報告,第80号,133-139,2009 133
植物の金属成分蓄積に関する基礎資料Basic data on the accumulation of metal component plant
荻野 激・遠藤 祐司Tagiru Ogino and Yuuji Endou
キーワード:植物浄化,金属成分除去,超集積植物Key words : Phytoremediation, Metal removal, Hyperaccmulator plant
近年,植物や微生物など自然の力を活用する環境浄
化は,低コスト,省エネルギーで環境への負荷が小さ
いといった特徴から,土壌・地下水の浄化や水処理に
おいて,環境重視型社会に適した技術として注目され
ている.この中で植物を利用した環境浄化技術(ファ
イトレメディエーション)については,土壌汚染対策
法の施行により,土壌等の浄化に関する市場規模が拡
大していることから,低コストの新しい処理法として
注目されている(田中,2002).
地質研究所でも,自然の力を利用した環境浄化技術
の一つとして,ファイトレメディエーションに注目し,
この技術の北海道における実施の可能性を検討するこ
とを目的に,2005年から金属成分を多く吸収・集積す
る植物の探索調査を開始した.本稿では,2005年~
2007年までに実施した植物の金属成分の含有量調査の
結果について報告する.
Ⅰ はじめに
Ⅱ ファイトレメディエーションについて
ファイトレメディエーションの概念図と浄化機構を
第1図および第1表にまとめた.ファイトレメディエー
ションとは,草・樹木および根圏に生息する微生物を
用いて,土壌,汚泥,底泥および地下水等の汚染物質
を吸収・分解・大気中への放散により低減もしくは固
定化する方法である.さらに植物等の浄化機構(分
解・蓄積等)により,第1表に示すような6種類に分け
られる.また対象となる汚染物質は多く,鉛(Pb)やカ
ドミウム(Cd)などの金属成分に加え,有機性有害物
質や放射性物質などに対しての有効性についても確認
されている(王ほか,2003;長谷川,2002;吉原ほか,
2000).
金属成分を対象としたファイトレメディエーション
では,以下の特性を持つ植物が理想とされている(王
ほか,2003).
1. 土壌中の金属成分濃度が低い場合にも,植物が多
く蓄積することができる.
2. 金属成分に対して高い耐性及び高い蓄積能力があ
る.
第1図 ファイトレメディエーションの概念図Fig. 1 Process of pytoremediation.
3. 様々な金属成分を集積する能力がある.
4. 成長が早く,生物量が多い.
5. 病害虫に対して,高い耐性がある.
このうち金属成分を特異的に吸収・蓄積する植物に
ついては,重金属超集積(又は高蓄積)植物
(Hyperaccmulator plant)と呼ばれており,その基準と
して,Lasat(2002)では,Hg:10ppm以上,Cd:100ppm
以上,Co・Cr・Cu・Pb:1,000ppm以上,Zn・Ni:
10,000 ppm以上を蓄積する植物としている.また
Baker and Brooks(1989)では,Zn・Mn:10,000μg/g以上,
Ni・Cu・Co・Pb:1,000μg/g以上,Cd:100μg/g以上と
第1表
Table 1
ファイトレメディエーションの浄化機構(王ほか,2003より抜粋)Purification mechanism of pytoremediation.
北海道立地質研究所報告,第80号,133-139,2009134
(計31試料).各地区内同地点で採取した植物・土壌試
料は,地区名と番号(A-①,A-②,B-①,・・・)で
表示している.採取試料は実験室に持ち帰り,金属成
分の含有量分析に供した.植物の含有量分析では,地
上部(葉・茎など)と地下部(地下茎・根)に分けて分析
をおこなったが,一部の植物体については,乾燥重量
が小さくなったため,地上部のみもしくは地上部・地
下部に分けずに分析した(全体).なお重金属超集積植
物とする基準としては,Lasat(2002)とBaker and
Brooks(1989)が示した値を用いた.
以下に分析方法と分析した成分等を示す.
植物分析:伊藤ほか(1994)に基づき,試料を蒸留水
で洗浄後,乾燥器中で約85度,72時間乾燥し,ミキサ
ーにより粉砕した.更に約85度で4時間乾燥した試料
をマイクロウエーブシステム(O・I・アナリティカ
ル:Model7295,試料0.5gにHNO3:5ml, H2O2:2mlを添
加)で溶液化し,原子吸光光度法(日立製作所:Z-
6000,Z-6100)で分析した.分析項目は,Mn,Cu,Pb,
ZnおよびCdである.
土壌分析:試料を風乾後,振動ミル(タングステン
カーバイト製)で粉砕した(粒径は未測定だが,およそ
数十μm以下).その後,マイクロウエーブシステム
(O・ I・アナリティカル :Model7295,試料0 .2gに
HNO3:2ml,HCl:3ml,HF:3mlを添加)で溶液化し,原
子吸光光度法(日立製作所:Z-6000,Z-6100)で分析し
た.分析項目はMn,Cu,Pb,ZnおよびCdである.
第2図に各地区で採取した植物の金属成分含有量の
結果を示す.
A地区では,A-①の金属成分含有量において,地下
部で銅(Cu):2,780μg/g,鉛(Pb):3,360μg/gおよび
亜鉛(Zn):2,870μg/gとなっており,CuとPbは上述し
た超集積植物の基準(Cu・Pb:1,000μg/g以上)を満た
した.地上部でもPb:1,000μg/g,Zn:3,430μg/gお
よびカドミウム(Cd):190μg/gと高く,PbとCdで基
準(Pb:1,000μg/g以上,Cd:100μg/g以上)を満たし
ている.Znも基準(10,000μg/g以上)は満たしていな
いが,地上・地下部共に比較的高い含有量となってい
る.また地上部のZnとCdは,地下部よりも高い含有
量となった.A-②については,基準を満たすかそれに
近い含有量の成分は見られなかった.
B地区では,B-①のCdで特徴的に含有量が高くなっ
ており,地上A:530μg/g,地上B:323μg/gと,いず
れも基準を大きく超えている.その他の成分は,特に
高い含有量ではなかった.B-②・B-③では基準値以上
もしくはそれに近い含有量の成分は無かった.B-④で
は,地下部のCuが1,170μg/g と基準を満たした.また
地下部のZn:1,170μg/g,地下部Cd:62μg/g,地上部
定義している.重金属超集積植物はこれまでに国内外
の研究で約400種が発見されており,第2表にその一例
を示す(長谷川,2002).
ファイトレメディエーションは,一方で効率性が悪
く(処理時間が長いなど),地域環境・自然条件に左右
されることなど,いくつかの課題もある.このため国
内では,実証試験例はあるが,実際に土壌浄化に利用
された実績はまだ報告されていない(吉田ほか,2005).
現在も,より集積力の高い植物の探索や,キレート剤
を散布して金属成分の吸収力を高めて効率的に浄化す
る方法(例えば佐藤ほか,2005;小野田,2003),さら
に遺伝子組替えによって集積力等を高めた植物を作
り,効率的・効果的に土壌浄化をおこなう研究(例え
ば長谷川,2002;吉原ほか,2002)などが実用化を目
指して実施されている.
本調査研究では,植物の探索を効率的におこなうた
め,土壌中金属成分濃度が高いと考えられる地区(休
廃止鉱山・鉱山跡地)に自生する植物を調査・分析対
象とした.これは金属成分の含有量が高い土壌に生育
している植物は,金属成分に対し耐性があり,集積能
力もあると考えられるためである.
休廃止鉱山・鉱山跡地では,露天掘り跡地,坑口周
辺およびズリ堆積場跡地などを中心に,自生植物と,
その植物近傍の土壌(植物から30cm以内,地表面から
5~30cm程度の深さ)を採取した(一部地区を除く).
試料の採取は,主に6~8月の夏期と10~11月の秋期に
おこない,植物はA~Fの6地区と,枝幸町歌登地区の
旧本庫鉱山(日本鉱業協会,1968)および上ノ国人工湿
地試験地(荻野ほか,2008)の2地区の合計8地区で,各
地区2~7試料(計28試料)を採取した.土壌は旧本庫鉱
山・上ノ国人工湿地試験地を除き植物試料に合わせて
採取し,その他に地区内数箇所で土壌のみを採取した
Ⅲ 探索調査概要
Ⅳ 調査結果
第2表 重金属超集積植物の例(長谷川,2002より抜粋)Table 2 Hyperaccmulator plant of heavy metals.
植物の金属成分蓄積に関する基礎資料(荻野 激・遠藤祐司) 135
Cd:71μg/gと,基準を満たしてはいないが高い含有
量となっている.
C地区ではC-②の地下部でZnが920μg/gと,基準を
満たしていないが,やや高い含有量となっている.D
地区では,地上・地下と分けていないが,D-③のCu
が1,410μg/gと基準値を超えている.この他にC地区
とD地区では,基準値以上もしくは基準に近い含有量
の成分を有している植物は確認されなかった.
E地区およびF地区では,基準値以上かそれに近い
含有量の成分を有する植物は確認されなかった.本庫
鉱山でも同様に含有量が高い植物はなかった.上ノ国
第2図 植物の金属成分含有量(μg/g)Fig. 2 Metal concentration of plants.
人工湿地では,上ノ国-①で基準値と同程度かそれ以
上の含有量の成分は無く,上ノ国-②は地下部マンガ
ン(Mn)が,1,490μg/gと基準値を超えていないが高い
含有量となった.それ以外で高い含有量となった成分
は確認されなかった.
第3図に植物の含有量(μg/g)と土壌の金属成分含有
量(μg/g)との関係を示した.各地区では,植物とそ
の近傍で採取した土壌試料について示している.また
Ⅴ 考 察
北海道立地質研究所報告,第80号,133-139,2009136
別の種類の植物を同地点で採取した場合は,同じ土壌
で比較している.
超集積植物の基準値を超えた含有量の金属成分を有
していたA地区のA-①,B地区のB-①・B-④およびD
地区のD-③の4試料について見てみる.A-①では,地
上・地下部で基準値を超えたCu・Pb・Cdと,基準以
下であるが高い含有量を示したZnの各成分が,土壌
含有量よりも高い値となっており,多くの金属成分に
対する集積能力が確認された.B地区で基準値を超え
たB-①のCdとB-④のCuでも同様に土壌の含有量より
も高い値となった.特にB-①の植物中Cd含有量は323
~530μg/gで,土壌中Cd含有量の16μg/gに対して20
~33倍もの値となっており,Cdに対して非常に高い
集積能力が確認された.またB-①ではCd以外の成分
では土壌含有量よりも高くなることはなかったが,B-
④では基準値以下であるが高い含有量だったZn・Cd
で,土壌中含有量よりも高い値となった.B-④は複数
の金属成分に対し,ある程度の集積能力があることが
確認できた.D地区のD-③では,基準値以上の含有量
だったCuと基準値以下のZn・Mnで,土壌の含有量よ
りも高い値を示し,B-④同様に複数の成分における集
積能力があることが確認できた.
また基準を満たした金属成分を有していない植物試
料においても,D-②などのいくつかの植物でZn・Mn
などの成分が土壌中含有量よりも高い値を示した.
本調査で採取した植物について,ファイトレメディ
エーションの適応可能性について検討してみると,複
数の金属成分で一定の集積能力が確認されたA地区A-
①・B地区B-④・D地区D-③と,Cdに対し非常に高い
集積能力が見られたB地区B-①がファイトレメディエ
ーションに適した特性を有していると考えられる.
この中でA-①とB-④について,北海道立林産試験場
の協力のもと,採取した試料について植物の特定を試
みた.採取した葉の形状や鱗片等を調べた結果,両植
物共にシダ類のヘビノネゴザ(オシダ科,学名
Athyrium yokoscense)と確認できた(第4図).B-①とD-
③については,葉の形状などが十分に判断できない状
態であったため,特定ができなかったが,B-①はシダ
類の一種(おそらくヘビノネゴザ)と考えられる.
ヘビノネゴザは,北海道から九州までの広い範囲に
分布し,金属成分が高濃度に含まれている土壌でも生
育することから,古くから金属鉱床を探す際の指標植
物として知られている.また国内に自生する代表的な
Cdの超集積植物ともされている(吉原,2002).ヘビ
ノネゴザの金属成分含有量については,北海道自生で
の報告例はほとんどないが,本州の調査例では,Cd
について永島ほか(2005)で132mg/kg,茅野(1995)では
4~13ppm,森下(1973)では4mg/g程度と報告されてい
る.本調査で得られたヘビノネゴザ(A-①,B-①およ
びB-④)のCd含有量は,森下(1973)よりも低いが,十
分に高い含有量となっており,北海道で自生している
ヘビノネゴザにおいても,金属成分に対する耐性や集
積能力があることが確認された.
一方採取したヘビノネゴザなかで,Cu,Pbおよび
Znの集積能力に違いが見られた. A-①とB-④では,
Cd以外のCu,PbおよびZnでも高い集積能力を示して
いるが, B-①ではCdだけであった.ヘビノネゴザに
ついては,本調査のA-①とB-④でも見られているよう
にPbなどでも高い集積力が報告されている(本浄ほか,
1980;森下,1973).B-①がCd以外の金属成分で高い
集積力が確認されなかったことについては,採取時期
の違いが主な要因と推測される.A-①とB-④のヘビノ
ネゴザは,7~8月に採取しているが,B-④は11月に採
取している.ヘビノネゴザの成長期(6~8月)には,多
様な金属成分を吸収・蓄積するが,枯れる時期(10~
12月)には吸収・蓄積した成分の中で,一部の成分を
除き土壌中に戻している(または放出している)可能性
が考えられる.またB-①とB-④では,植物の近傍で採
取した土壌の金属成分含有量で違いが見られる.特に
CuやPbでは3~10倍の違いがある.そのため土壌中の
金属成分含有量,土壌中金属成分の存在形態などの差
異で集積能力に差が出た可能性も否定できない.これ
らのことについては,今後も検討が必要であろう.
本調査の結果をまとめると以下のようになる.
1.北海道内の鉱山跡地等に自生している数種の植物
を対象として,Cu,Pb,Zn,CdおよびMnについ
て吸収・集積能力に関する基礎的調査をおこなっ
た.
2.調査した植物の中で,ヘビノネゴザのCu,Pbおよ
びCdの含有量が,超集積植物の基準を満たしてい
ることを確認した.またZnも基準を満たしていな
いが,高い含有量であった.
3.ヘビノネゴザでは,季節的に金属成分の含有量が
変動する可能性が示唆された.
本調査結果から,北海道に自生しているヘビノネゴ
ザによるファイトレメディエーションの可能性が示さ
れた.今後,季節的な変動,適切な刈り取り時期の検
討などファイトレメディエーションの実現に向けさら
に調査・研究を実施する予定である.
本調査を進めるにあたり,休廃止鉱山関係者の方々
には植物採集等でご協力をいただいた.また植物の鑑
定,採取方法などでは北海道立林業試験場 長坂流域
保全科長から貴重なアドバイスをいただいた.ここに
Ⅵ まとめ
謝 辞
植物の金属成分蓄積に関する基礎資料(荻野 激・遠藤祐司) 137
第3a図 植物と土壌の金属成分含有量(μg/g)の関係(A-①~D-②)Fig. 3a Relationship between plants and soil for concentration of metals .
北海道立地質研究所報告,第80号,133-139,2009138
第3b図 植物と土壌の金属成分含有量(μg/g)の関係(D-③~F-②)Fig. 3b Relationship between plants and soil for concentration of metals.
第4図 ヘビノネゴザ(左:A-①,右:B-④)Fig. 4 Athyrium yokoscense(Left:A-①, Right:B-④).
植物の金属成分蓄積に関する基礎資料(荻野 激・遠藤祐司) 139
記して以上の方々に深く感謝いたします.
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文 献