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1 米国の政軍関係 ―― 軍人による異論表明の在り方をめぐる近年の議論 ―― 菊 茂 はじめに 2 次世界戦から現在までにいたる米国の政軍関係における主なの一つは、 軍⼈が⽂⺠指者とはずしも一しない自の⾒解を述べることが許されるかという である。鮮戦争時のダグラス・マッカーサー(Douglas MacArthur)国軍司官と ハリー・S・トルーマン(Harry S. Truman)の間の名なも、戦争遂行の方針 をめぐるものであると時に、マッカーサーが己の議員にして、あるいはメディア 上で自説を開し、これをトルーマンがえようとしたことで引き起こされたものであ 1 。また、ベトナム戦争において、合参謀本(JCS)のメンバーらが、軍事な観 から切とら自身が考えている助言を行わず、リンドン・ジョンソン(Lyndon B. Johnson)及びロバート・マクナマラ(Robert S. McNamara)国防官に迎合する ような意⾒しか述べなかったことがベトナム戦争の失につながったとの指も、米国 において根強い主である 2 こうした軍⼈にどの自の⾒解の明をめるべきかという問についての議 は、2000 にり新たな高まりを⾒せた。それは、20067 、米国でイラク戦 争へのが極に高まったことを景にしたものである。すなわち、ブッシュ政権の 国防官であるドナルド・ラムズフェルド(Donald H. Rumsfeld)らは、イラク戦争開戦 に際して、軍⼈の警告を無視して較小規模な兵しかさせず、それによって主 戦作戦終後のイラクの治安維持に困をしたという説明がくの者によって 唱えられた。 すなわち、イラクでの失は、つまるところ政軍関係の問であり、それは⽂⺠指 者が軍事専門家である軍⼈の意⾒を殺したことにより生じたというのである。2006 、イラクでの治安悪化を景に、イラク戦を⾒すために議会とホワイトハウスの 1 Michael D. Pearlman, Truman and MacArthur: Policy, Politics, and the Hunger for Honor and Renown (Bloomington, IN: Indiana University Press, 2008), pp. 170, 1. 2 H. R. McMaster, “Five Silent Men: July 1965,” in Dereliction of Duty: Johnson, McNamara, the Joint Chiefs of Staff, and the Lies That Led to Vietnam (New York: HarperCollins, 1997), pp. 300-34.

米国の政軍関係 軍人による異論表明の在り方をめぐる近年の ...9 Samuel P. Huntington, The Soldier and the State: The Theory and Politics of Civil-Military Relations

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米国の政軍関係 ――軍人による異論表明の在り方をめぐる近年の議論――

菊地 茂雄

はじめに

第 2 次世界大戦から現在までにいたる米国の政軍関係における主要な論点の一つは、軍⼈が⽂⺠指導者とは必ずしも一致しない独自の⾒解を述べることが許されるかという点である。朝鮮戦争時のダグラス・マッカーサー(Douglas MacArthur)国連軍司令官とハリー・S・トルーマン(Harry S. Truman)大統領の間の有名な対立も、戦争遂行の方針をめぐるものであると同時に、マッカーサーが知己の議員に対して、あるいはメディア上で自説を展開し、これをトルーマンが抑えようとしたことで引き起こされたものである1。また、ベトナム戦争において、統合参謀本部(JCS)のメンバーらが、軍事的な観点から適切と彼ら自身が考えている助言を行わず、リンドン・ジョンソン(Lyndon B.

Johnson)大統領及びロバート・マクナマラ(Robert S. McNamara)国防⻑官に迎合するような意⾒しか述べなかったことがベトナム戦争の失敗につながったとの指摘も、米国において根強い主張である2。

こうした軍⼈にどの程度独自の⾒解の表明を認めるべきかという問題についての議論は、2000 年代に入り新たな高まりを⾒せた。それは、2006∼7 年、米国内でイラク戦争への批判が極度に高まったことを背景にしたものである。すなわち、ブッシュ政権の国防⻑官であるドナルド・ラムズフェルド(Donald H. Rumsfeld)らは、イラク戦争開戦に際して、軍⼈の警告を無視して比較的小規模な兵力しか投入させず、それによって主要戦闘作戦終了後のイラクの治安維持に困難を来したという説明が多くの評者によって唱えられた。

すなわち、イラクでの失敗は、つまるところ政軍関係の問題であり、それは⽂⺠指導者が軍事専門家である軍⼈の意⾒を封殺したことにより生じたというのである。2006

年、イラクでの治安悪化を背景に、イラク戦略を⾒直すために議会とホワイトハウスの

1 Michael D. Pearlman, Truman and MacArthur: Policy, Politics, and the Hunger for Honor and Renown (Bloomington, IN:

Indiana University Press, 2008), pp. 170, 1.

2 H. R. McMaster, “Five Silent Men: July 1965,” in Dereliction of Duty: Johnson, McNamara, the Joint Chiefs of Staff, and

the Lies That Led to Vietnam (New York: HarperCollins, 1997), pp. 300-34.

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合意に基づき結成された「イラク研究グループ」(Iraq Study Group)は3、最終報告書において「新国防⻑官は、軍の幹部が国防省⽂⺠指導者だけではなく大統領や国家安全保障会議(NSC)に対しても独立した助言を自由に行える環境を醸成することにより、健全な政軍関係を構築すべく、あらゆる努力を払うべきである」と主張したのも、その一つの例である4。こうした議論を背景に、米国においては、政権の立場とは違いうる軍⼈の発言がどの程度、どのような条件において、認められるかという点について議論が活発になったのである。

1 政策決定プロセスにおける軍人の見解表明の在り方に関する議論

(1)「敬礼して服従(salute and obey)」――⽂⺠指導者に対する軍⼈の態度に対する伝統的な考え方と「盲目の服従」論

軍⼈がどの程度独自の⾒解を述べることが出来るのかという点について、米国における伝統的な考え方はどのようなものであろうか。これに関連して、米国の陸軍将校としての心得をまとめた Army Officer’s Guide は、朝鮮戦争時の第 8 軍司令官、さらには国連軍最高司令官として有名なマシュー・リッジウェイ(Matthew B. Ridgway)陸軍大将の逸話を紹介している。リッジウェイは、1953 年、陸軍参謀総⻑に就任した際、陸軍参謀本部の将校に対し、⽂⺠指導者と軍⼈の考えが異なる場合の行動の規範を説いた。それは、軍⼈の役割は、①任務を果たす上で何が必要かについて「誠実で、恐れのない、客観的なプロフェッショナルな軍事的意⾒」の提⺬、②任務を果たす上で、不十分なものしか与えられない場合、その結果について「誠実で、恐れのない、客観的な意⾒」を上司に提供する、そして、③最終的な決定の如何を問わず、与えられたものにより最善をつくすこと、の 3 つであるというものであった5。

リッジウェイのような主張は他にも多く⾒られる。ジョンソン政権において陸軍参謀総⻑を務めたハロルド・K・ジョンソン(Harold K. Johnson)陸軍大将は「軍の幹部は、

3 United States Institute of Peace, “Iraq Study Group,” United States Institute of Peace, http://www.usip.org/isg/index.html.

4 Iraq Study Group, Iraq Study Group Report (Washington, DC: U.S. Institute for Peace, 2006), United States Institute of

Peace, http://media.usip.org/reports/ iraq_study_group_report.pdf, p. 52.

5 Keith E. Bonn, Army Officer’s Guide, 50th ed. (Mechanicsburg, PA: Stackpole, 2007), http://books.google.co.jp/books?id

=wTz1INtUPpYC&printsec=frontcover&dq=army+officer%27s+guide&hl=ja&sa=X&ei=8pbYUoDVIMaEkQW74oDABw

&ved=0CDEQ6AEwAA#v=onepage&q=army%20officer's%20guide&f=false, p. 76. なお、リッジウェイの説明は、当時、アイゼンハワー大統領が、「ニュールック戦略」の下で、核戦力の抑止力に依存し、通常戦力の削減を進めようとしていたことを背景に、資源配分をめぐり軍⼈と⽂⺠指導者の間で軋轢が起こりうることを念頭においた⽂章となっている。

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全員『自説を主張してよいのは決定が為される時点までで、決定がなされたら後はそれを全力で推し進め、すべての力をそれに注ぐべきである』という職業的な倫理を教え込まれている」と述べている6。これらは、軍⼈は⽂⺠指導者に対する軍事アドバイザーとして助言を行う際に独自の⾒解を述べることは許されるが、⽂⺠指導者が決定した後は、その実行に専念し、⽂⺠指導者の決定を批判することは許されないというものである。

そうした考えは国防省の公式⽂書にも反映されている。Armed Forces Officer は、米国軍⼈と軍の位置付け、軍⼈の行動規範を⺬したブックレットであるが、この⽂書でも前述のリッジウェイの考え方が反映されている。最新版である 2006 年版は、①軍⼈は最高司令官である大統領、あるいは議会の権限を侵すことは許されず、②たとえ、自身の判断と異なる場合でも、⽂⺠指導者の決定が合法である限り、軍⼈は率直な助言を行った上でこれを誠実に実行すべきである、③もし、⽂⺠指導者が受け入れがたいのであれば、辞任あるいは退役により職を辞するべき、と述べている7。このような⾒解は、軍⼈が、⽂⺠指導者の方針が間違っていると考える場合、それでも「忠誠」をつくすか、さもなくば「退場」するかの二者択一を迫るものである8。

ただし、上記の考え方においても、軍⼈が⽂⺠指導者が下した決定に服従することは当然としても、⽂⺠指導者の意向に盲目的に服従するべきであるとしているわけではない。そのことは、サミュエル・ハンティントン(Samuel P. Huntington)の『軍⼈と国家』が、軍⼈の国家に対する責務として、(往々にしてこの側面のみが強調されるが)⽂⺠指導者の命令を実行する「執行機能」だけでなく、「代表機能」と「助言機能」を挙げていることからも窺える(表 1)9。ここでは、軍⼈が、⽂⺠指導者とは必ずしも一致しない、独自のプロフェッショナルな意⾒を持ち、それを彼らに提⺬することが想定されているといえよう10。そうでなければ、「代表機能」も「助言機能」も成立し得ないからである。

6 Lewis Sorley, Honorable Warrior: General Harold K. Johnson and the Ethics of Command (Lawrence, KS: University

Press of Kansas, 1998), p. 189.

7 Department of Defense, The Armed Forces Officer (Electronic Edition) (Washington, DC, 2006), p. 27.

8 Leonard Wong, and Douglas Lovelace, “Knowing When to Salute,” Orbis, vol. 52, no. 2 (Spring 2008), p. 283; Mackubin

Thomas Owens, US Civil-Military Relations after 9/11: Renegotiating the Civil-Military Bargain (New York: Continuum,

2011), p. 63.

9 Samuel P. Huntington, The Soldier and the State: The Theory and Politics of Civil-Military Relations (Cambridge, MA:

Belknap Press, 1957), p. 72.

10 James Burk, “Responsible Obedience by Military Professionals: The Discretion to Do What is Morally Wrong,” in

American Civil-Military Relations: The Soldier and the State in a New Era, ed. Suzanne C. Nielsen and Don M. Snider

(Baltimore, MD: Johns Hopkins University Press, 1999), p. 157.

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しかしながら、他方で、ハンティントンの議論では、服従の側面がより強調されている。彼によると、軍は国家に奉仕するために存在し、国家の政策を実現するための「道具」でなければならず、そのためには上意下達の「服従のヒエラルキー」として構成されなければならず、服従は軍⼈が持つべき徳目(virtue)のうち、すべてが依って立つ最重要のものである。そして、軍⼈は、命令を受けたならば、それが合法である限り、それに速やかに従う必要があるとする11。

この議論から導き出されるのが「純粋に道具としての(purely instrumental)」軍の役割である12。ハンティントンは、軍⼈は、彼が実施する政策によってではなく、それをどれだけ速やかに効率的に実施できるかにより判断され、「服従の道具として完璧を期する」ことを目指すべきである。さらに、ハンティントンは、軍⼈は「道具」に過ぎない故、軍⼈が⽂⺠指導者の決定を実施に移す場合、その決定がもたらす結果について無答責であるとする13。

米国の軍事社会学者ジェームズ・バーク(James Burk)は、ハンティントンの議論においては、 ――――――――命令が下された後のこれに対する服従がより強調されることにより、 ―――それ以

―前において認められるはずの軍⼈の自立的な思考が否定されてしまうと指摘する14。バークは、こうした⽂⺠指導者への服従を過度に強調する考え方が、プロフェッショナルな判断をゆがめてまで⽂⺠指導者の方針に迎合する「盲目の服従」に堕する危険性を指摘し「責任ある憲法体制への服従が、重要な瞬間に盲目の服従のようなものに取って代わられることは可能性としても歴史的にも起こりうる」と述べた15。

バークがその例として挙げるのが、1965 年 7 月、米国がベトナム戦争への本格関与を決定する段階での統合参謀本部(JCS)メンバーの対応である。バークによると、ジョンソン大統領の方針が間違っていると感じながらも彼らはそれに異を唱えず、ジョンソ

11 Huntington, The Soldier and the State, p. 73.

12 Burk, “Responsible Obedience,” p. 168.

13 Huntington, The Soldier and the State, p. 73.

14 Burk, “Responsible Obedience,” p. 157.

15 Ibid., p.158.

表 1 軍人の国家に対する 3 つの責務(ハンティントン『軍人と国家』)

①「代表機能(representative function)」:国家の軍事的安全保障上、何が必要であるかを国家機構において代表する

②「助言機能(advisory function)」:国家の意思決定に際してそれぞれの選択肢がもたらしうる影響を軍事的観点から分析・報告する

③「執行機能(executive function)」:軍事的安全保障に関する国家の決定を実行する

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ンやマクナマラがその方針を議会の代表者に説明した際も、脇に黙って座っていることにより、ジョンソンの方針を暗黙裏に支持したことになった16。バークによると、大統領の命令が下されれば、これに従ってベトナムで戦うことは「責任ある服従」が軍⼈に対して求めるところである。しかし、決定が為されるまでの段階で、その方針が間違っていると考えているのに、正しいと議会に思わせるための大統領による欺瞞に軍⼈が協力するのは「盲目の服従の実例でないにしても、責任ある服従から盲目の服従へと幾歩も近づいたものである」とバークは指摘する17。

また、軍⼈倫理学の専門家で、空軍士官学校教授のマーチン・クック(Martin L. Cook)も「合法な命令を受けたら、たとえ、その命令が間違っており、ばかげており、自分の死につながると考える場合でも、これに従う」のは軍⼈の責務であることは当然としても、この原則のみを強調するのは、軍にとって重要な「プロフェッショナリズムを発揮する余地そのものを消滅させている」と指摘する18。クックが指摘するのは、軍⼈が、専門的な知⾒に基づき、⽂⺠指導者とは別個の「独立した判断」を行うことは、まさにプロフェッション(専門的かつ高度な教育・訓練に基づく職業職集団)たる所以であるという点である。すなわち、クックによると「非常に欠陥があり、堅実な専門的な判断と大きくかけ離れたと考える方針に従順に奉仕することが不本意であるというのはプロフェッショナリズムの欠落を⺬すものではなく、逆にその発露である」という19。

(2)政府内プロセスにおける⽂⺠指導者=軍⼈の「対話」

前項で述べたように、プロフェッションの一員である軍⼈が独自の⾒解を持ち、それを述べることが認められるのであれば、⽂⺠指導者との関係は上意下達の一方的なものではなく、双方向のものとなることはむしろ自然である。米国においては、意思決定過程における、軍⼈と⽂⺠指導者による率直な対話があるべきで、その中では、軍⼈も率直な助言を行い、逆に⽂⺠指導者も専門家である軍⼈の意⾒に挑戦すべきであるという議論も展開されている。

軍事史家のエリオット・コーエン(Eliot A. Cohen)は、そうした⽂⺠指導者と軍⼈との対話を「不平等な対話(unequal dialogue)」と言い表した。コーエンは、戦時下のアブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln)、ウィンストン・チャーチル(Winston Churchill)、

16 McMaster, Dereliction of Duty, pp. 300-22.

17 Burk, “Responsible Obedience,” pp. 158-9.

18 Martin L. Cook, Moral Warrior: Ethics and Service in the U.S. Military (Albany, NY: State University of New York, 2004),

pp. 61-2.

19 Ibid., p. 63.

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初代イスラエル首相のダビド・ベングリオン(David Ben-Gurion)、第 1 次世界大戦時のフランス首相のジョルジュ・クレマンソー(Georges Clemenceau)と軍⼈の関係を取り上げた Supreme Command の中で、これらの⽂⺠指導者と軍⼈の間で「双方がそれぞれの⾒解を無遠慮に、時には攻撃的な態度で、一度ならず繰り返し表明」する「不平等な対話」が生じたと指摘した。そして、⽂⺠指導者と軍⼈との対話を「最終的な権限が⽂⺠指導者にあることは明白で、疑問の余地がないという意味」で、「不平等な対話」と説明した。そして「不平等な対話」においては、⽂⺠指導者が作戦の細部にも介入する一方で、「彼らが命令を下すことは稀で、大元帥のごとく振る舞うことはなかった。彼らは、自分に対して強く反対意⾒を述べる軍⼈を取り立てさえしたのである」と述べ、「不平等な対話」において、軍⼈が⽂⺠指導者に対して強く反対意⾒を唱えることを是としたのである20。

リチャード・ベッツ(Richard K. Betts)は、コーエンの「不平等な対話」を「平等な対話と不平等な権限」と言い換えた。ベッツは、⽂⺠指導者と軍⼈との対話は、前者に最終的な決定権限があるという意味で権限においては不平等ではあっても対話自体は平等なものであるべきと指摘する。ベッツは両者間の対話が平等であっても、⽂⺠指導者の優越性を損ねるものはないとして「大統領にはつまるところ間違える権利があるが、他方で将軍たちにはそれに至るまでに間違いを防ぐためのあらゆる機会があるべきである」と主張する21。ベッツの議論はコーエンのいう政軍の「対話」における平等性を一歩進め、そこでの軍⼈の発言の自由度を拡大しようとしたのである。

軍⼈が⽂⺠指導者に対して率直な意⾒表明を行うべきと主張した例として、ロバート・ゲイツ(Robert M. Gates)国防⻑官が知られている。2008 年 4 月 21 日、陸軍士官学校で士官候補生や教官に対して行った講演の中で22、ゲイツは、第 2 次世界大戦時に陸軍参謀総⻑を務めたジョージ・マーシャル(George C. Marshall)が、第1次世界大戦中の上官であったジョン・パーシング(John J. Pershing)米欧州派遣軍司令官や、フランクリン・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt)大統領に対して、率直に批判や異論を

20 Eliot A. Cohen, Supreme Command: Soldiers, Statesmen, and Leadership in Wartime (New York: Simon & Schuster, 2002),

p. 208.

21 Richard K. Betts, American Force: Dangerous, Delusions, and Dilemmas in National Security (New York: Columbia

University Press, 2012), p. 230.

22 Robert Gates, “Evening Lecture at the U.S. Military Academy (West Point), As Delivered by Secretary of Defense Robert

M. Gates, U.S. Military Academy, West Point, NY, Monday, April 21, 2008,” Department of Defense, http://www.defenselink

.mil/speeches/speech.aspx?speechid=1233. さらに同講演を加筆修正したものが、米陸軍戦略大学が発刊するParameters 2008 年夏号に掲載された。Robert Gates, “Reflections on Leadership,” Parameters, vol. 38, no. 2 (Summer

2008), http://strategicstudiesinstitute.army.mil/pubs/parameters/Articles/08summer/gates.pdf, pp. 5-13.

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述べた事例を紹介しつつ23、軍⼈は、上司と意⾒が合わない場合でも、常に率直で誠実な助言を行うことが必要であり、部下に対してもそれが可能な環境を醸成することが必要であると主張したのである24。

こうした一連の軍⼈に対して率直な意⾒表明を求める議論と表裏一体なのが、他方で軍⼈に対して一定の自制を求めていることである。ゲイツ国防⻑官は、上記の陸軍士官学校での講演において、軍⼈に「率直さ」だけではなく「信用性(credibility)」も求められると指摘した。すなわち、⽂⺠指導者が軍⼈の助言を退けて、その主張とは異なる決定を下した場合でも、軍⼈がその決定を全力で現実に移すことを実施するべきこと、そのことを⽂⺠指導者が宛てに出来ることが重要であるとする。この⽂脈で、ゲイツが強調したのは、冷戦期以来、軍⼈と⽂⺠指導者と方針の違いが生じた場合に往々にして、議会やメディアに訴えたり、リークをしたりすることがあることであり、ゲイツは軍⼈はそうする「誘惑に抵抗しなければならない」と主張したのである25。そうした軍⼈の側の自制が、⽂⺠指導者と軍⼈との間の「対話」が成立する条件として考えられているからである。

(3)⽂⺠と軍⼈によるコラボレーション/「責任共有」論

さらに、米国においては、⽂⺠指導者と軍⼈の両者によるコラボレーションの必要性を説く議論もある。たとえば、クリストファー・ギブソン(Christopher P. Gibson)は26、

23 ゲイツの講演では以下が紹介されている。第 1 次世界大戦中のフランスにおいて米欧州派遣軍の部隊が演習を

実施した際、パーシングは集まった将校の講評内容が気に入らないため、彼らを解散して退出しようとしたという。その時、マーシャルは退出するパーシングの腕をつかみ、本来であれば米欧州派遣軍司令部が部隊に支給しているべき小隊⻑教範がまだ部隊に届いていないなど、司令部の対応に問題があると指摘した。その後、パーシングを批判したマーシャルは前線送りになると同僚は心配したが、逆に、マーシャルはパーシングの副官に抜擢され、大戦中パーシングを補佐し続けた。また、1938 年 11 月、ルーズベルト大統領がホワイトハウスでの会議で地上戦力を後回しにして航空戦力の増強を優先すべきと主張するのに対して、大統領から同意を求められた当時陸軍参謀次⻑で陸軍准将のマーシャルが、きわめて率直に「それにはまったく同意しません」と述べて同席者を驚愕させた。しかし、その 10 カ月後には周囲の予想に反して陸軍参謀総⻑に抜擢された。Gates, “Reflections on

Leadership,” pp. 9-10. なお、ゲイツ国防⻑官はマーシャルの故事についてマーク・ペリー(Mark Perry)の Partners

in Command を引用している。Mark Perry, Partners in Command: George Marshal and Dwight Eisenhower in War and

Peace (New York: Penguin Group, 2007), pp. 21-3. 24 Gates, “Reflections on Leadership,” pp. 9, 11.

25 Ibid., pp. 11-2.

26 ギブソンは、単著 Securing the State と共著の American Civil-Military Relations の第 12 章において、その考えを披瀝している。なお、ギブソンのチャプターが後者に含まれたのは、米国の政軍関係に関する議論を代表する一つの有力な議論とされたためと思われる。Christopher P. Gibson, Securing the State: Reforming the National Security

Decisionmaking Process at the Civil-Military Nexus (Burlington, VT: Ashgate, 2008); Christopher P. Gibson, “Enhancing

National Security and Civilian Control of the Military,” in American Civil Military Relations, ed. Nielsen and Snider. これら

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ハンティントンが想定していたところとは異なり、「軍事」と「非軍事(civil)」の分野を区別することは難しく、現実の国家安全保障政策の決定プロセスにおいて政治任用者と軍幹部の役割は重複しがちであると述べ27、国防⻑官以下の⽂⺠、軍⼈のいずれに権限を集中しても、権限の濫用を招来し、戦略の成功には繋がらないとした。そこで、ギブソンは、シビリアン・コントロールを「国家の選挙で選出された指導者[この場合、議会と大統領のみ。以下、引用中の筆者注は[ ]内に⺬す。]の意志を軍に対して行使すること」とし、国防省内部においては、⽂⺠と軍幹部が協力して、選挙で選出された指導者を補佐する「マジソニアン・アプローチ」を提唱している28。

ギブソンのマジソニアン・アプローチは、国防⻑官以下の⽂⺠と軍幹部の間のコラボレーションを提案しているものであるが、そこで極めて特徴的なのは、通常シビリアン・コントロールの「主体」と位置付けられる国防⻑官でさえ、軍幹部と対等の「代理⼈

(agent)」と位置付けられていることである29。

マジソニアン・アプローチにおいては、政治任用者と軍⼈の対等な協力関係を醸成するため前者の国家安全保障に係る専門的知⾒の強化や、ブッシュ政権において低下が指摘された JCS 議⻑の立場の強化が提案されている30。また、国防⻑官ら政治任用者が JCS

議⻑や軍種参謀総⻑の助言に同意しない場合でも、彼らの意⾒を大統領に伝えるべきであると指摘する。さらに、関係者間の信頼感を醸成するため、軍を含む参加者の自制 ――たとえば、自らの立場を有利にするためにメディアにリークしたりしないなど――必要としている点も31、軍⼈に対して「率直さ」だけでなく「信用性」を求めたゲイツ国防⻑官の議論と共通している32。

同様の議論には、陸軍戦略大学教授のメアリーベス・アルリック(Marybeth P. Ulrich)と前出のクックの共著によるものがある。二⼈は、対テロ戦争の複雑な性格に鑑み戦略策定のすべての過程において軍⼈と⽂⺠両方を含む「国家安全保障プロフェッショナル」

の著作を公表した当時、ギブソンは現役の陸軍大佐であったが、2010 年に退役、同年の下院選挙に出馬して当選、

現在は、ニューヨーク第 19 選挙区選出の下院議員(共和党)である。“Biography,” U.S. House of Representatives,

http://gibson.house.gov/biography/. 27 Gibson, “Enhancing National Security,” pp. 242-3.

28 Ibid., p. 248.

29 Ibid., p. 250.

30 Ibid., pp. 252-6.

31 Ibid., pp. 259, 260.

32 ギブソンの議論も、ゲイツ⻑官と同様、マーシャルをロールモデルとしているところから、率直な対話と同時に自制を要求する点も含んでいて当然とはいえよう。Ibid., pp. 248-9.

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による協働が必要であると指摘し33、これを成立させるためには、議会やメディアとの関係を利用してみずからの利益を図ることのないよう軍の側の自制が必要であるとす る34。その一方で、軍が政権の立場を擁護するだけでよいわけではないとし、軍は行政府のみならず議会が憲法上の責任を果たせるように、軍事専門家として率直な助言を議会に対して行う責任を負っていることを行政府は認識すべきであると主張する35。

さらに、旧ソ連・ロシア、そして米国の政軍関係の専門家のデール・ハースプリング(Dale Herspring)は、ダグラス・ブランド(Douglas L. Bland)の「責任共有」論を、米国、カナダ、ドイツ、ロシアの 4 カ国の事例に当てはめた36。この「責任共有」論は「軍のシビル・コントロールは⽂⺠指導者と軍⼈の間でコントロールの責任が共有されることを通じて管理・維持される」というものであり37、ハースプリングは、⽂⺠指導者が最終的な決定権を持つことには変わりはないとしつつ「国家安全保障に係る意志決定は、軍⼈が自由に⾒解を述べられるような雰囲気を、⽂⺠指導者が作り出そうとする意欲により強化される。そして、異なった⾒解が、採択されないとしても、尊重されればされるほど、責任共有がなされる確率が高まる」と述べた38。

これらの議論の特徴は、⽂⺠指導者が、決定する権限があることは前提としつつも、効果的な意志決定を行うため、そのプロセスの内部における、⽂⺠指導者と軍⼈の間の

「対等の立場」を擬制した上で、両者の協力を説いていることである。特にギブソンの議論において明確にされているが、シビリアン・コントロールの源泉は、国⺠の負託を受けた⽂⺠指導者にあるという点が重視されており、その点では、国防⻑官も選挙で選ばれるのではなく、大統領に任命されるという点で参謀総⻑ら軍のトップと同様であり、その意味で彼らと対等の位置付けとされていることが特徴的である。

33 Marybeth P. Ulrich and Martin L. Cook, “US Civil Military Relations since 9/11: Issues in Ethics and Policy

Development,” Journal of Military Ethics, vol. 5, no. 3 (November. 2006), p. 162. 34 Ibid., p. 165.

35 Ibid., pp. 165, 179.

36 Dale R. Herspring, Civil-Military Relations and Shared Responsibility: A Four-Nation Study (Baltimore, MD: Johns

Hopkins University Press, 2013).

37 Douglas L. Bland, “A Unified Theory of Civil-Military Relations,” Armed Forces and Society, vol. 26, no. 1 (Fall 1999), pp.

7-25.

38 Herspring, Civil-Military Relations and Shared Responsibility, p. 273.

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2 「軍人による異論表明(military dissent)」の在り方――公の場における軍人の発言の許容度拡大に関する議論

(1)軍⼈による異論表明の許容度拡大の議論

前節においては、政策決定プロセスの内部における軍⼈による⾒解表明の在り方に関する議論を⾒てきた。本節では、そのプロセス外部、すなわち公の場において軍⼈が⽂⺠指導者の方針と異なる発言を行うことが、どの程度認められるべきかについて、米国においてどのような議論がなされてきたかを⾒ていきたい。

すでに述べたように、軍⼈による異論表明の在り方について議論が米国で近年活発になったのには、ブッシュ政権において軍⼈と⽂⺠指導者との間の軋轢が顕著になったことが背景にある。特に、2006 年、複数の退役将官がメディアに登場し、イラクでの治安確保の失敗の原因はラムズフェルド国防⻑官らが軍⼈の警告を封殺してイラク侵攻を推し進めたことにあるとして、同国防⻑官の辞任を要求した「将軍の反乱」事件が生じたことをきっかけに、さらに議論が高まった39。たとえば、同事件の参加者の一⼈、グレゴリー・ニューボルド(Gregory Newbold)退役海兵隊中将は「私は、アルカイダという真の脅威にとっては些末な意味しかない国[イラクのこと]を侵攻しようと決意している者達に対して、より公然と反対しなかったことを後悔している」と述べ、軍⼈による異論表明を主張している40。こうした主張の前提には、軍⼈はイラク侵攻のリスクを正確に理解しており、⽂⺠指導者が彼ら軍⼈の意⾒を容れていれば、そもそもイラクでの困難は回避しえたという前提がある。

こうした議論は、ブッシュ政権のイラク政策への批判の高まりを背景に行われた政治的な色彩の強いものである。他方で、こうした動きに触発されながらも、政権批判の⽂脈から離れ、軍⼈が⽂⺠指導者に対して公の場で異論を唱えること――しばしば「軍⼈による異論表明(military dissent)」と称される――が、どのような場合に認められるべきかという分析を行った論考も⾒られる。ただし、これらの⽂献においても、軍⼈が公

39 菊地茂雄「『アドバイザー』としての軍⼈――米国における軍⼈による助言を巡る政軍関係――」『防衛研究所

紀要』第 12 巻第 2・3 号合併号(2010 年 3 月)17∼19 ページ。

40 Greg Newbold, “Why Iraq was a Mistake: A Military Insider Sounds off against the War and the ‘Zealots’ Who Pushed it,”

Time, April 17, 2006, http://global.factiva.com/. またマイケル・デッシュ(Michael Desch)は「軍幹部は、助言が無視された、あるいは不道徳な命令を実施するよう要請されていると感じたら、辞任すべきである。もし、シンセキあるいは[退役後に「将軍の反乱」事件に加わって、ラムズフェルド⻑官の辞任を要求した]ニューボルドらがイラク戦争の準備期間中に辞任をしていたら、軍がイラク開戦に懸念を持っているということを⺬す強力なメッセージとなり、戦争が起きてから抗議するより効果的なものとなったであろう。」と述べている。 Michael C. Desch,

“Bush and the Generals,” Foreign Affairs, vol. 86, iss. 3 (May/June 2007), http://proquest.umi.com/.

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の場で異論を表明することは、例外的にのみ認められるものとして扱われている。それは、そうした行動が「軍のプロフェッショナルな立場に政治的な影響をもたらさずにはおかない」からであり、特に政策が検討されている段階で否定的な⾒解を述べることは、⽂⺠指導者に対する不服従に当たる可能性をはらむからである41。

軍⼈による異論表明を扱った著作で注目されるのが、米国における政軍関係の専門家として著名な、退役陸軍大佐で米陸軍士官学校教授のドン・スナイダー(Don M. Snider)の論考であった。スナイダーは、軍⼈、特にその幹部による異論表明は、①軍の「クライアント」である米国⺠との関係、②議会と行政府の⽂⺠指導者との関係、③軍内の、より下位の指導者(特に、将校団および下士官団)との関係、という軍にとって「きわめて重要な信頼関係」に対してどのような影響を与えるかという観点で捉える必要があると主張した42(表 2 参照)。

スナイダーは、軍⼈による異論表明が上記の「きわめて重要な信頼関係」にどのような影響を与えるか考える上で、5 つの要素を考慮する必要があると主張する。第1は、

41 James H. Baker, “Military Professionalism: A Normative Code for the Long War,” Joint Force Quarterly, iss. 44 (January

2007), p. 71.

42 Don M. Snider, Dissent and Strategic Leadership of the Military Professions (February 2008), http://www.strategic

studiesinstitute.army.mil/pubs/download.cfm?q=849, pp. 15-6.

表2 軍人が異論を表明する際に考慮すべき事項(ドン・スナイダー)

米国⺠との 信頼関係

⽂⺠指導者との 信頼関係

部下との 信頼関係

問題の重要性

軍⼈の専門知識との関連性

異論表明を行う軍⼈の個⼈的な犠牲の度合い

軍⼈が異論表明を行うタイミング

指導者としての信頼性

(出所)Don M. Snider, Dissent and Strategic Leadership of the Military Leadership (Carlisle Barracks, PA: US Army War

College, 2008), p. 21.

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異論の対象となっている問題の国家にとっての重要性である。その際、異論の表明を正当化するだけの差し迫った国家安全保障上の危険があるかどうか、異論表明という行為が市⺠的価値の優越や軍⼈の⽂⺠指導者への服従という米国の政軍関係の原則の点からどのように解釈されるかの 2 点が重要であるとする43。

第 2 は、異論表明を行う軍⼈が持つ専門知識と当該問題との関連性である。異論の対象となる問題が軍⼈の専門知識の分野に含まれ、軍⼈が専門家として当該問題について意⾒を述べる資格があるようなものでなければ異論表明を行っても、地位を利用して自己利益の増進を図っていると⾒なされるという44。

第 3 は、異論を表明することで当該軍⼈が被る個⼈的な犠牲である。すなわち、個⼈的なリスクや損害を被ってでも、異論を表明しようとしているのか、あるいは個⼈的な利得に資するような事情があるのかによって、特に、米国⺠と軍内の下位の者との信頼関係は大きく影響を受けると指摘する45。

第 4 は、異論表明のタイミングであり、国の安全保障が害されるなど、異論表明を行うに足る事情があると判断したのであれば、ただちに行動すべきであり、そうでなければ隠れた動機があるのではないかと勘繰られることになるとスナイダーは指摘する46。第 5 は、当該軍⼈が、自己利益の増進のために異論表明を行っているのではないと、部下に信じられる程、真正の指導者として⾒なされているかどうかである47。

そして、スナイダーは、上記のような点を踏まえ、米国⺠、⽂⺠指導者、部下との信頼関係に異論表明が与える影響を考慮してもなお、軍⼈が異論表明を行うべきであると信ずるのであれば、それ以上の制約を科するべきではないと指摘し「稀な場合であるが、プロフェッショナル達は、『公言・告白(profess)』できる道義的な空間を保持しなければならない」と述べる48。

スナイダーが、軍幹部が異論表明を考える場合に考慮すべき要素を分析したのに対して、陸軍戦略大学教授のレナード・ウォン(Leonard Wong)とダグラス・ラブレイス

(Douglas Lovelace)は、軍の幹部が、軍事専門家としての立場から間違っていると考える⽂⺠指導者の方針に対して取り得る行動を分類整理した(図 1 参照)49。このマトリク

43 Ibid., pp. 20-1.

44 Ibid., p. 23.

45 Ibid., p. 27.

46 Ibid., pp. 27-8.

47 Ibid., p. 28.

48 Ibid., p. 31.

49 Wong and Lovelace, “Knowing When to Salute,” p. 284.

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スは、⽂⺠指導者が軍⼈の助言に対してどの程度抵抗感を持っているのかを⺬す縦軸と、⽂⺠指導者の方針が国家安全保障にどの程度の脅威をもたらすのかを横軸としたマトリクスにより、それら行動を位置付けている。

図1 軍人が⽂⺠指導者の政策に対して取り得る⾏動のオプション (レナード・ウォン、ダグラス・ラブレイス)

(出所)Figure 1, Options for Widening the Policy Debate, in Leonard Wong and Douglas Lovelace, “Knowing

When to Salute,” Orbis, vol. 52, no. 2 (Spring 2008), p. 284.

マトリクスの下半分(第 3 象限と第 4 象限)は、⽂⺠指導者が、政策の変更を求める軍⼈の助言に対して持つ抵抗感が少なく、受け入れる傾向がある場合である。⽂⺠指導者の方針が国家安全保障にもたらす脅威も小さい場合、軍⼈としては⽂⺠指導者との間で妥協を追求する、あるいは、甘受できる問題であれば黙認するという対応が考えられる(第 3 象限)。他方で、国家安全保障への脅威が大きい場合、軍⼈は、⽂⺠指導者と共同で問題の分析を行うことで、問題点の理解を深めてもらう、⽂⺠指導者の説得を試みる、継続的な⽂⺠指導者とのやり取りにより、方針に修正を求めるというものである(第4 象限)。

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対照的に、マトリクスの上半分(第 1 象限と第 2 象限)は、⽂⺠指導者が軍⼈の助言を受け入れない場合の対応である。⽂⺠指導者の政策が国家安全保障にもたらす脅威が小さい場合、「この決定には関わりたくない」として、退役や異動を希望する、あるいは

「物事には必ず終わりがある」として⽂⺠指導者が政権を去るまで待つというオプションがあるという(第 2 象限)50。

他方で、第 1 象限に⺬す、国家安全保障への脅威が大きく⽂⺠指導者が軍⼈の助言を受け入れない場合のオプションは、それ以外のものと大きく異なり、公の場での異論の表明を伴うものである。メディアへのオフレコのバックグラウンドインタビューや議会スタッフとのインフォーマルな会合を行う、あるいは政策・専門誌に論⽂を寄稿し、⾒解を表明することが挙げられている。さらに、国家安全保障への脅威が大きく切迫した状況であれば、議会証言で⾒解を開陳するというオプションもあり、そうすれば、政権の方針への異論を正式に披瀝することになる。さらには、もっともドラスティックな異論表明の方法とウォンとラブレイスが指摘するのが、抗議辞任である51。

前節で紹介したように、米国における政軍関係に関する伝統的な考え方では、間違っていると考える政策を⽂⺠指導者が進めようとした場合に、軍⼈が取り得る行動は、それでもなお「忠誠」をつくすか、あるいは「退場」するかという両極端なオプションしかない。そこで、ウォンとラブレイスは、より中間的なオプションがあり得るべきであるという観点から、上記のようなオプションを提⺬した52。すなわち、⽂⺠指導者の政策に異論があるのであれば、⽂⺠指導者の指⺬を無視するというシビリアン・コントロールへの直接的な挑戦にならない形で、その異論を社会に提供し、パブリックな議論の幅を広げるための方法を模索したのである53。

スナイダーの議論とも共通するが、ウォンとラブレイスの議論は、軍⼈と社会との関係に着目していることが特徴である。従来の政軍関係論は、⽂⺠指導者と軍⼈との垂直な関係を専ら分析の対象としている。そうした垂直な関係にのみ着目した場合、軍⼈は⽂⺠指導者に対して責任を負うため、外部にその⾒解を知らしめることは特に求められない。しかし、ウォンとラブレイスは、「忠誠か、退場か」という軍⼈の⽂⺠指導者の政策への態度に関する伝統的な考え方を批判し「求められた場合に軍事的助言を提供し、あるいは、間違った政策と信ずるものでも淡々と執行することだけが義務であると軍事

50 Ibid., p. 285.

51 Ibid., p. 286.

52 Ibid., pp. 283, 284.

53 Ibid., p. 284.

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プロフェッショナル[軍のこと]が主張するのは、国⺠に対する責任(national

responsibility)から逃れること」を意味すると指摘する54。また、2 ⼈は「米国国⺠には、我々の社会組織の重要な一部を構成する多くのプロフェッションに内包されている専門家の知⾒に接することを期待する正当な権利がある」と主張する55。これらから、ウォンとラブレイスの議論においては、軍⼈が軍事専門家として助言を提供すべき相手には、国家の政治指導者だけでなく、広く国⺠一般も含まれており、軍⼈が専門家として⽂⺠指導者の方針に対して異論を持つ場合に、そのことを政府部外に知らせることに、「国⺠に対する責任」として積極的な意義を付与されていることが分かる。

(2)「憲法への忠誠」と⽂⺠指導者に対する不服従に関する議論

さらに米国においては、軍⼈は、⽂⺠指導者の決定が国家安全保障に重大な損害を与えると考える場合、たとえそれが合法な命令であっても56、これに服従する必要がないという主張が、度々提起されている。そうした主張を展開する者が根拠として必ずといっていいほど挙げるのが、軍の将校は任官時の宣誓で合衆国憲法に忠誠を誓っているということである。確かに、米国の軍の将校は、任官時の宣誓において「国内外のすべての敵に対して、合衆国憲法を支持し、擁護」するとともに、合衆国憲法に対して「真実の信義と忠誠」を誓約する57。また、下士官・兵が「入隊宣誓(oath of enlistment)」で「合衆国大統領および上官の命令に服従」することも誓約するが、上官への服従は将校の宣誓には含まれない58。そこから、軍の将校は、大統領への服従を誓約していないという主張が展開されるのである59。

その最も有名な例は、朝鮮戦争時に中国に戦線を拡大しようとしてハリー・トルーマン(Harry S. Truman)大統領に国連軍司令官を解任されたダグラス・マッカーサー

(Douglas MacArthur)である。彼は、国連軍司令官解任後の 1951 年 7 月 25 日、マサチューセッツ州議会での演説において、「軍⼈が擁護すると誓った祖国と憲法に対してではなく、一時的に行政府の権限を行使するにすぎない者[大統領のこと]に対して、専ら服

54 Ibid., pp. 283-4.

55 Ibid., p 288.

56 通常、非合法な命令であればこれに服従する必要はないとされる。Joint Service Committee on Military Justice,

Manual for Court Martial United States, 2012 ed. (Washington, DC, 2012), 14c(2)(a)(i).

57 宣誓のテキストは、合衆国法典第 5 編第 3331 条に規定されている。U.S. Code 5, sec. 3331, http://www.law.cornell

.edu/uscode/text/5/3331.

58 U.S. Code 10, sec. 502 (a), http://www.law.cornell.edu/uscode/text/10/502.

59 Andrew R. Milburn, “Breaking Ranks: Dissent and the Military Professional,” Joint Force Quarterly, iss. 59 (October

2010), p. 103; Newbold, “Why Iraq was a Mistake.”

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従と忠誠を誓うという、新しい、未知の、危険な考えが存在していることに気付いた。これ以上に危険な主張はない」を主張し、トルーマンに対する不服従を正当化した60。

最近でも、現役の海兵隊中佐、アンドリュー・ミルバーン(Andrew R. Milburn)は、米国防大学の季刊誌 Joint Force Quarterly において、上記の宣誓⽂を引用しつつ「軍⼈が合法な命令に従わないことが正当化されるだけではなく、義務とされる状況がある」と主張した。ミルバーンは、軍⼈は、国家に対して重要な責任、独自の倫理規範と就任宣誓を付与されたプロフェッションに属し、そのことにより、不道徳と思われる命令(ミルバーンは、国家、軍、部下に大きな損害を与える命令と説明する)には従わない義務が生じると主張したのである61。

しかし、これらの⾒解には重大な誤解が含まれている。マッカーサーも不服従の根拠として挙げている上記の任官宣誓の⽂言は、合衆国憲法で別途宣誓⽂が規定されている大統領を除く、連邦公務員に広く適応されるものであり、その対象には閣僚を含む⽂⺠公務員、連邦議員をすべて含む62。これは、憲法第 6 条において、連邦および州の公務員が「憲法を支持する」旨の宣誓あるいは確約をすることとされていることによるものである63。このことは、13 の独立した「邦(states)」が、憲法制定という極めて⼈為的なプロセスにより、強力な中央政府を擁する連邦国家を形成した経緯を考えると自然である。すなわち、憲法こそがアメリカを統合するものだからである。

また、⽂⺠指導者に対する不服従を説く議論には、「憲法への忠誠」には大統領の命令に服従することが含まれないという前提が含まれる64。しかし、宣誓⽂にある、憲法の支持・擁護とそれへの忠誠は、憲法に規定される議会、大統領、司法府等という国家体制や、「抑制と均衡」原則に基づく諸手続きを含めた総体を守ることを誓うものと理解すべきであり65、憲法上の「最高司令官」であるところの大統領に対する服従は、それ

60 Cited in Peter D. Feaver, “Civil-Military Conflict and the Use of Force,” in U.S. Civil-Military Relations: In Crisis or

Transition?, ed. Don M. Snider and Miranda A. Carlton-Carew (Washington, DC: CSIS, 1995), p. 127.

61 Milburn, “Breaking Ranks,” pp. 101, 102.

62 U.S. Code 5, sec. 3331.

63 U.S. Constitution, art. 6. 連邦公務員の宣誓に関する立法は 1789 年 6 月 1 日になされた。なお、現在の宣誓⽂に憲法の支持だけでなく擁護も含まれるのは、南北戦争中の 1862 年 7 月の改定によるもので、国内が南北に分裂し、北部においてさえ南部の味方をする者もみられた状況を踏まえ、公務員に対して合衆国憲法へのより強い忠誠を求めた結果である。Kenneth Kensel, “The Oath of Office: A Historical Guide to Moral Leadership,” Air and Space Power

Journal, vol. 16, no. 4 (Winter 2002), pp. 48, 50, 52.

64 ミルバーンも、「国家と部下に対する義務は、⽂⺠の主⼈に対する盲目の服従と解釈することはできない」と述べている。Milburn, “Breaking Ranks,” p. 103. また、ニューボルドも、現役軍幹部に対して⽂⺠指導者に抵抗するよう呼びかけた際に「将校は⼈にではなく憲法に宣誓を行っている」と述べている。Newbold, “Why Iraq was a

Mistake.” いずれの議論も、大統領の命令への服従は憲法への忠誠に含まれないという⾒方を取っている。

65 Kensel, “The Oath of Office,” pp. 51-2.

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らの中に含まれているのである66。前述の Armed Forces Officer が「将校辞令書を受け取り、憲法に対する宣誓を行うことにより、米国の将校は、軍のシビリアン・コントロールの考えを受け入れ、⽂⺠指導者の方針への十全な忠誠とコミットメントを誓うのである」が述べているのも、そうした理解に基づくものである67。

3 軍人による独自の見解表明とシビリアン・コントロール

(1)「プロフェッション」としての軍

米国における政軍関係論、特に、組織論に基づく研究は、軍を官僚組織の一つと位置付け、⽂⺠指導者との関係を論ずる。そこでは、⽂⺠指導者はどうすれば軍にその意向を徹底させ得るか、あるいはどのような条件下で軍はその統制に服するかという、⽂⺠指導者による軍のコントロールという垂直な関係が専ら研究の対象となる。こうした研究においては、軍と、その他の官僚組織との間には本質的な差はないものとされる。この⾒方は、国⺠が、選挙により主権の一部を⽂⺠指導者に委任し、国⺠の負託を受けた⽂⺠指導者が軍を指揮監督するという、主権の委任の順序とも合致している。

一方で、本研究で紹介した、軍⼈が⽂⺠指導者とは異なる独自の⾒解を表明することが許されるとする議論は、軍は、他の官僚組織とは異なり、プロフェッションであるという点に立脚していることが大きな特徴である。ハンティントンは『軍⼈と国家』において、プロフェッションを、①⻑期に亘る教育と職業経験により習得される「専門知識

(expertise)」、②そのクライアントである「社会」の求めに応じて、専門知識に基づくサービスを提供する「責任(responsibility)」、③その成員が一体性を認識する「団体性

(corporateness)」の 3 つの特徴により、定義した。そして、ハンティントンは、軍の中核である将校団を、①戦力の組織、装備、訓練、作戦計画、戦闘における指揮といった事項、一言でいえばハロルド・ラスウェル(Harold Lasswell)のいう「暴力の管理(management

of violence)」に関する「専門知識」、②クライアントである社会の軍事的安全保障という「責任」を持ち、③必要な教育・訓練を受けた者のみが将校辞令書を得て任官し、加入することができるプロフェッションであるとした68。

プロフェッションとしての軍の位置付けを強調する⾒方からは、以下のような点が導

66 Richard Swain, “Reflection on an Ethic of Officership,” Parameters, vol. 37, no. 1 (Spring 2007), http://strategicstudies

institute.army.mil/pubs/parameters/articles/07spring/swain.pdf, p. 10.

67 Department of Defense, The Armed Forces Officer, p. 38.

68 Huntington, The Soldier and the State, pp. 8-10, 11, 15, 16.

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きだされている。第 1 に、スナイダーやウォン、ラブレイスらの議論から明らかであるように、軍には、専門知識に基づくプロフェッショナルとしての独自の判断があり得、その⾒解は、行政府、あるいは国防省の⽂⺠指導者によっては代表しえない性格のものであるということである。そうした認識を端的に⺬すのが、大統領指名⼈事を審査するために開かれる上院での公聴会において、軍⼈についてのみ「あなたは、――――――時の政権と異

――なる場合でも、――――個⼈的な⾒解を述べることに同意しますか」(下線部筆者)という質問 に同意することが求められていることである69。⽂⺠の高級公務員については、個⼈的⾒解の開陳を求める質問項目はない70。この違いの背景には、プロフェッショナルである軍⼈には、専門的知⾒に基づく、⽂⺠指導者では代表し得ない「個⼈的⾒解」があり、議会にはそれを聴取する権限があるという議会の側の理解である。

第 2 に、軍⼈は、軍事プロフェッションとして「クライアントである社会」、すなわち国⺠に対して軍事的安全保障に対して、国家の⽂⺠指導者を経由せずに直接的に責任を負っているという擬制である。前述のスナイダーは、軍⼈による異論表明を考える際に検討すべき 3 つの「きわめて重要な信頼関係」に、軍と米国⺠との間の信頼関係を挙げているが、そのことを「social trustee profession[直接的に社会から一定の責任を負託されているプロフェッション]としての性格とそのクライアントへの奉仕に由来」するものと説明している71。そうした擬制は、たとえば、オバマ政権で退役軍⼈⻑官を務めるエリック・シンセキ(Eric K. Shinseki)が陸軍参謀総⻑在任時に盛んに標榜していたスローガンの「国⺠の戦争を戦い、勝利するという、交渉の余地のない―――――――米国国⺠との契

―約[下線部筆者]」(U.S.Army, Posture Statement 2001)という表現にも端的に表れてい る72。こうした軍が国⺠に直接責任を負っているという擬制から、クライアントである

69 この質問項目は上院での承認公聴会に際して、指名を受けた軍幹部が提出する定型的なものである。たとえば、

Paul J. Selva, “Advance Questions for General Paul J. Selva, USAF Nominee for Commander, United States Transportation

Command,” Senate Armed Services Committee, http://www.armed-services.senate.gov/imo/media/doc/Selva_03-11-14.pdf, p.

21.

70 たとえば、Robert Work, “Advance Policy Questions for Robert O. Work Nominee to be Deputy Secretary of Defense,”

Senate Armed Services Committee, http://www.armed-services.senate.gov/imo/media/doc/Work_02-25-14.pdf, p. 68.

71 Snider, Dissent and Strategic Leadership, p. 16. また、前述のクックは、軍⼈が⽂⺠指導者に対して忠誠を誓うことはもちろんであるが、それ以外にも、軍⼈は競合する忠誠心を持つとして、部下、軍の健全性、国⺠から⾒た軍の道義的な信頼性に対する認識の健全性を挙げている。軍内の部下との関係、国⺠との関係に着目する点では、スナイダーと共通している。Martin L. Cook, “Revolt of the Generals: A Case Study in Professional Ethics,” Parameters,

vol. 38, no. 1 (Spring 2008), p. 11.

72 この表現は、シンセキ参謀総⻑在任時の陸軍の⽂書で繰り返されているフレーズである。たとえば、以下を参照。Department of the Army, FM 1, Army (Washington, DC, 2001), http://cgsc.cdmhost.com/utils/getfile/collection/p4013

coll9/id/352/filename/353.pdf, p. 1; Thomas E. White and Eric K. Shinseki, Posture Statement 2001: United States Army

Soldiers on Point for the Nation (Washington, DC, 2001), http://www.army.mil/aps/01/Statement.pdf, pp. 2, 17.

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国⺠に直接その「プロフェッショナル」な⾒解を訴えることが認められるという議論が導き出されるのである。

(2)シビリアン・コントロール上の要請との均衡

前項では、軍⼈に独自の⾒解を表明させることを許容する議論の基には、軍事的安全保障について国⺠から直接責任を任されているプロフェッションであるという認識があることを指摘した。しかし、そのような認識が軍あるいは米国社会に存在しているとしても、米国⺠と軍が、シンセキがいうような「契約」を結んだわけではないし、あるいはスナイダーのように「social-trustee profession」といっても、信託関係の根拠となる⽂書があるわけではない。これらはあくまで擬制に過ぎない。米陸軍についていえば、その根拠となるのは、合衆国憲法第 1 条および第 2 条にある、議会と大統領の軍事的権限に関する規定と、1775 年 6 月 14 日に、現在の連邦議会の前身である大陸会議が「アメリカ大陸陸軍」の設置を決議して以来の累次の法律制定・改正だけである。一方、シビリアン・コントロールは、いうまでもなく憲法上の要請であることから、いずれが優先されるかは明らかである。このことを踏まえれば、米国における軍⼈の独自の⾒解表明をめぐる議論も、スナイダーが主張する軍⼈が「『公言・告白(profess)』することができる道義的な空間」73を、シビリアン・コントロールを損ねない形で、どのように確保するかという問題に収斂していくのである。

そうであれば問題は「プロフェッショナル」の⾒解であるとしてなされる軍⼈による意⾒表明が、リチャード・コーン(Richard H. Kohn)が、成熟した⺠主主義国家におけるシビリアン・コントロールの課題と指摘する「意思決定における⽂⺠指導者の優越性」と折り合いが付けられるものであるか否かであろう74。ピーター・フィーバー(Peter D.

Feaver)は、代理⼈理論を用いて米国の政軍関係を分析した Armed Servants で、米国においても、軍事政策の方針をめぐり、軍が⽂⺠指導者の方針に従わず、それへの抵抗を

73 Snider, Dissent and Strategic Leadership, p. 31.

74 コーンは、シビリアン・コントロールは「軍事による支配や、繰り返しクーデターを経験したり、あるいは軍による直接間接の政治への介入を頻繁に経験するような極端な国の例から[逆の極端である]常備軍を持たない国にいたる連続体(continuum)上に存在する」として、「シビリアン・コントロールを理解し、その存在を推し量り、その実効性を評価する最良の方法は、戦争、国内治安、対外的防衛、そして軍事に係る国家の決定事項において軍と⽂⺠が持つ相対的な影響力を推し量ることである」、そして、成熟した⺠主国家におけるシビリアン・コントロール上の課題は「⽂⺠が軍事政策と意志決定において優越性を発揮することができるか否か」にあると述べた。Richard H. Kohn, “An Essay on Civilian Control of the Military,” American Diplomacy (March 1997)

http://www.unc.edu/depts/diplomat/AD_Issues/amdipl_3/kohn.html.

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防衛研究所紀要第 17 巻第 2 号(2015 年 2 月)

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試みることがあると指摘した75。ただし、その抵抗も明確な不服従の形を取ることは稀で、①軍事作戦のコストを過大に⾒積もることにより、政策計算(a policy calculus)の結果に影響しようとする試み、②指揮系統を経ずに議会等に直接訴えかける「エンドラン」、許可を得ない公共の場での抗議、リーク、あるいは他の政治的アクターに対するアピールにより、影響を与えようとする試み、③官僚的な遅滞行動(foot-dragging)や「スローローリング」(ポーカーにおいて、手持ちのカードを小出しにして相手をじらすこと)により政策を妨害しようとする試み、といった形態をとることが通例であるという76。確かに、軍が、⽂⺠指導者が行う意思決定を自らの選好に沿うものになるよう、情報操作を行うということは、これまでも指摘されてきた77。

フィーバーの指摘を踏まえれば、プロフェッショナルとして軍⼈に認められる独自の⾒解表明の限界はどこにあると考えられているのであろうか。この点については、米国の専門家の間でも統一した⾒解はない。ただし、一つの参考になりうるとすれば、ハンティントンのいう軍⼈の役割である「代表機能」と「助言機能」の枠を越えるか否かであろう。前述のアルリックは、政軍関係上の規範と軍⼈による異論表明について論じた中で、政府部内での議論で関係者の合意が得られていない段階で、議論を誘導するために対外的に発信を行うといった「あからさまな唱導(outright advocacy)」を行うことは、軍⼈の役割に期待されている「代表機能」と「助言機能」といった⽂⺠指導者に対する軍事専門的なアドバイザーという役割の限界を越えており「政策を決定する責任を有する政治指導者の役割に直接的に挑戦する行動を開始してしまった」ものと認識すべきであると指摘した78。また、アルリックは、そうした行動が「軍事プロフェッショナルの立場を客観的な専門家から、疑わしい競合相手に変容させる」可能性に言及した79。すなわち、特定の政策あるいは立場の採択を推し進めるために「唱導」を行うことが、専門的知⾒に基づく独自の⾒解を傾聴されるべき、軍のプロフェッションとしての立場そのものを損ねてしまうということである。

その点について、コーンは、「信頼構築」と題した論⽂で、シビリアン・コントロールと「賢明で効果的な意思決定」を両立させる「協力的パートナーシップ」を成立させ

75 Feaver, Armed Servants, p. 59. 76 Ibid., p. 68.

77 たとえば、菊地茂雄「『軍事的オプション』をめぐる政軍関係――軍事力行使に係る意志決定における米国の⽂⺠指導者と軍⼈」『防衛研究所紀要』第 16 巻第 2 号(2014 年 2 月)1∼33 ページ参照。

78 Marybeth P. Ulrich, “Infusing Normative Civil-Military Relations Principles in the Officer Corps,” in The Future of the

Army Profession, ed. Don M. Snider and Lloyd J. Matthews, revised and expanded ed.(New York: McGraw Hill, 2005), pp.

664-5.

79 Ibid., p. 664.

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米国の政軍関係

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ることが必要として80、そのためには、軍⼈の側には、取り繕うことなく率直な助言を提供する一方で、軍の意に沿った決定や成果を得ようとするマニューバー、たとえばリーク、情報提供拒否、議会への働きかけ、オプション操作に訴えてはならないと主張している81。アルリックと同じく、コーンの主張も、⽂⺠指導者に対するアドバイザーという軍⼈の役割を変質させるべきでないという⾒地からなされたものである。

軍⼈の行動の限界という点でいえば、フィーバーがいう「⽂⺠指導者には間違う権利がある(civilians have the right to be wrong)」という政軍関係論においてよく知られたフレーズに関する議論からも指摘しうる82。フィーバーは、⽂⺠の政治指導者には、究極的に国家安全保障の強化につながらないようなことであっても求める権利があり「軍はそうした政策に反対の助言をすることができるが、こうした政策の実施を防ぐことはすべきでな」く、もし政治家が間違っているのであれば、彼らを選んだ国⺠により次の選挙において落選させるべきであると指摘した。そして「軍の方が、実際にその国家の国家安全保障上のニーズをよりよく判断できるかどうかは議論の余地があるが、実際にそうだとしても、⺠主主義国家においては、軍隊は、⽂⺠政治家たちが怠け(shirk)ないよう正す立場にはない」と指摘している83。軍⼈は、⽂⺠指導者が行う政策決定の結果を特定の方向に誘導する立場にはないという点で、アルリックやコーンの議論と通底しているといえよう。

ハンティントン以降、米国の政軍関係研究は「科学」を志向し、実証研究の傾向を深めていた。しかし、一方で、本稿でも紹介したように、政策決定過程における軍⼈の役割のあり方といったおよそ科学とはいい難い問題にもあらためて焦点が当てられるようになっている。また、その重要な部分を軍の研究者が担っていることは注目に値する。そのことは、戦争と平和に係る意志決定において軍⼈の役割はいかにあるべきかという命題が、米国⼈にとって重要性を失っていないことを⺬していよう。

(きくちしげお 政策研究部グローバル安全保障研究室⻑)

80 Richard H. Kohn, “Building Trust: Civil-Military Behaviors for Effective National Security,” in American Civil-Military

Relations, ed. Nielsen and Snider, p. 265.

81 Ibid., pp. 274-84.

82 Feaver, Armed Servants, p. 65.

83 Ibid., pp. 65, 66.

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