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統計物理学 III 講義ノート (2011年)
統計物理学III
名古屋大学大学院理学研究科 上羽牧夫 1
目次
§1. 量子統計の基礎
[1.1] フェルミ粒子とボース粒子
[1.2] 理想気体の分布関数
[1.3] 分布関数とエントロピー
§2. 理想フェルミ気体
[2.1] 理想フェルミ気体の基底状態
[2.2] 有限温度理想フェルミ気体の性質
§3. 理想ボース気体
[3.1] ボースアインシュタイン凝縮
[3.2] 黒体輻射:真空中の光子気体
[3.3] 固体中のフォノン気体
§4. 相互作用のある系と相転移
[4.1] 非理想古典気体
[4.2] 磁性体の相転移 (平均場近似)
1E-mail:[email protected]; http://slabat2.phys.nagoya-u.ac.jp/˜ uwaha/
1
第1章 量子統計の基礎
量子力学的微視的状態数という考え方がエントロピー S = kB ln W の意味を明
確なものとし,状態数を正確に評価することで,平衡統計力学の基礎が築かれ
た.統計力学の対象となるのは多数の同種粒子からなる系である.理想気体の
古典的な分配関数を計算する場合,ギブスの修正因子 1/N !を導入し,同種粒子
が区別できないことを考慮して,エントロピーを相加的な量にすることができ
た.しかしこのやり方では,ふたつの粒子がそれぞれ運動量 p1と p2にある状
態と逆の p2と p1にある状態を区別しないよう 1/2!倍したが,これは p1にふ
たつの粒子がある状態も 1/2!倍してしまったことになる.高温では,同じ運動
量に二つの粒子がある可能性は無視できるが,温度が低くなると低エネルギー
の 1粒子状態にふたつ以上の粒子が来る可能性が見逃せない.このような状態
の評価を正しくすることが本質的に重要である.ギブス因子の導入だけでは低
温での理想気体のエントロピーが負になるなどの矛盾が生じてしまうのである.
こうした問題を解決するために,この章では同種粒子の量子力学的扱いを学ぶ.
1.1 フェルミ粒子とボース粒子
はじめに量子力学の復習をしておく.世の中にはたくさんの種類の粒子があ
るが,それらは経験的に二つに分類されることが分かっている.フェルミ粒子
とボース粒子である.
[波動関数の対称性]
経験によれば,2個の粒子の状態を記述するのに1番目の粒子の波動関数ψ1(r1)
と 2番目の粒子の波動関数ψ2(r2)をつかってψ1(r1)ψ2(r2)というような関数で
記述することは一般にはできない.2粒子状態は,もっと一般的な,ψ(r1, r2)
という形の関数で記述できる1.二つの粒子が量子力学的な意味の同種粒子であ
れば,どんな方法によっても二つは区別できないので,ψ(r1, r2)とψ(r2, r1)は
粒子の位置を入れ替えたように見えるが,名前を勝手に付け替えただけに過ぎ
ないから,同じ物理的状態を表している.したがって,この番号の付け替えの
1波動関数は空間のある位置 (x, y, z) に対して定まるものではなく,あくまでも配位空間(x1, y1, z1, x2, y2, z2)上の関数である.
2
操作は αを絶対値 1の複素数として
ψ(r2, r1) = αψ(r1, r2) (1.1)
と書ける.これを2回繰り返せば元に戻るから,α2 = 1,つまり α = ±1であ
る.世の中の粒子は α = 1のボース粒子と,α = −1のフェルミ粒子に分類で
きることが知られている.
2個の同種粒子の波動関数は,整数スピンを持つボース粒子 (Boson, boson)
では粒子の交換に対し対称,半整数スピンのフェルミ粒子 (Fermion, fermion)
では反対称である:
Ψ(q2, q1) = ±Ψ(q1, q2) (1.2)
(複号は上がボース,下がフェルミ粒子).ここで qは座標 rであるが,一般には
スピンのような粒子の内部自由度を表す変数もふくめひとつの文字で表した2.
2個の自由粒子の波動関数がこの対称性を満たすようにするには,1粒子の固有
関数を ψ1(q),ψ2(q)としたとき,2粒子系の波動関数を
Ψ(q1, q2) =1√2!
(ψ1(q1)ψ2(q2) ± ψ1(q2)ψ2(q1)) (1.3)
とすればよい.一般にはボース粒子,フェルミ粒子それぞれに対し
ΨB(q1, · · · , qN) =1√
N !N1!N2! · · ·
N !∑all permutations of kn
ψk1(q1) · · ·ψkN(qN)
=
√N1!N2! · · ·
N !
N !/N1!N2!···∑all transpositons of different kn
ψk1(q1) · · ·ψkN(qN) (1.4)
ΨF(q1, · · · , qN) =1√N !
N !∑all permutations of kn
(−1)Pψk1(q1) · · ·ψkN(qN)
=1√N !
det (ψi(qki)) (1.5)
となる.ここで (−1)Pは偶置換のとき1,奇置換のとき−1とする.Niは1, 2, · · · , Nのうち,同じ i番目の状態にある粒子数である.多粒子系の状態の指定は,そ
れぞれの 1粒子状態 iにいくつの粒子が入っているか,つまり Niを指定すれば完全に決まる.フェルミ粒子の場合は,同じ状態にはふたつ以上は入れない
のでNiの値は 0か 1である.
2波動関数を大文字で表したのは,多粒子状態であることを目立つようにするためで深い意味はない.
3
1.2 理想気体の分布関数
[カノニカル分布]
カノニカル分布 (正準分布: canonical distribution)における理想気体の分配
関数は3
Z(T, V,N) =∑
all possible configurations of N=∑
Ni
exp
(−β
∑i
Niεi
)(1.6)
ここでNiは,フェルミ粒子なら 1か 0のみ,ボース粒子ならすべての整数値を
とる.しかし,この条件つきの和を計算することは非常に困難である.
[グランドカノニカル分布でのフェルミ粒子]
グランドカノニカル分布 (大正準分布: grand canonical distribution)を採用
すると,分配関数が簡単に計算できてしまう.ひとつの 1粒子状態 iをひとつ
の開いた系とみなし,ここに外部との粒子の出入りが可能で平衡分布が実現さ
れると考えよう.フェルミ粒子系なら可能な状態はふたつだけ: i) 1粒子状態
は空になっていて (Ni = 0)エネルギーはE = 0,ii) 1粒子状態にひとつの粒子
があり (Ni = 1)エネルギーはE = εi.したがって大分配関数は
Ξi(T, V, µ) =1∑
Ni=0
e−β(E(Ni)i −µNi)
= 1 + eβ(µ−εi) (1.7)
と求められる.ほかの 1粒子状態もすべて同様に考えると,全系の分配関数は
部分系の分配関数の積だから
Ξ(T, V, µ) =∏i
Ξi(T, V, µ) (1.8)
である.これからグランドポテンシャルは
Ω(T, V, µ) = −kBT∑
i
ln Ξi(T, V, µ)
=∑
i
Ωi(T, V, µ)
= −kBT∑
i
ln(1 + eβ(µ−εi)
)(1.9)
となる.
熱平衡で,ひとつの 1粒子状態 iにいる平均粒子数は
〈Ni〉 = −∂Ωi
∂µ31/kBT をいちいち書くのはわずらわしいので,β = 1/kBT を適当に混ぜて使う.
4
2 4 6 8 10e
T
0.2
0.4
0.6
0.8
1
1.2
1.4
f
図 1.1: 粒子数 (化学ポテンシャル)を変えたときのフェルミ分布 (kBT = 1):µ = −1, µ = 1,µ = 5.
=1
β
βeβ(µ−εi)
1 + eβ(µ−εi)
=1
eβ(εi−µ) + 1(1.10)
である.これは状態 iのエネルギーで決まる.この式が理想フェルミ気体の粒子
数分布である.この分布に従う統計をフェルミ・ディラック統計 (Fermi-Dirac
statistics)と呼ぶ.
フェルミ分布関数 (Fermi distribution function)
fFD(ε) =1
eβ(ε−µ) + 1(1.11)
ここで化学ポテンシャル µは系の平均粒子数
〈N〉 = −∂Ω
∂µ=
∑i
1
eβ(εi−µ) + 1(1.12)
が系内の粒子数に一致するように決める.容器内の粒子数は厳密に一定であり,
グランドカノニカル分布の粒子数はゆらぎを持っているが,巨視的な系では,こ
の違いは無視できる.
フェルミ分布関数の形は x ≡ (ε − µ)/kBT とすると
fFD(ε) =1
eβ(ε−µ) + 1
=1
ex + 1=
e−x/2
ex/2 + e−x/2=
1
2
(1 − ex/2 − e−x/2
ex/2 + e−x/2
)
=1
2
(1 − tanh
x
2
)(1.13)
5
であり,ε = µで fFD(µ) = 1/2となる.
低温の極限では
fFD(ε) → θ(µ − ε) (1.14)
で,分布関数は階段状になる.高温では,εの大きな状態にまで広く分布し,一
つ一つの状態の占拠率は低い.つまり 〈Ni〉 = fFD(ε) ¿ 1となっているので,
eβ(ε−µ) À 1のはずである.とくに e−βµ À 1なので化学ポテンシャルが負の値
をとることがわかる (βµ ¿ −1).(3.1)式の分母で 1を無視できるから
fFD(ε) ≈ eβ(µ−ε) (1.15)
と書けば,これはマクスウェル・ボルツマン分布 (Maxwell-Boltzmann distribu-
tion)に他ならない.
[グランドカノニカル分布でのボース粒子]
ボース粒子系でもフェルミ粒子の場合と同じように,ひとつのエネルギー状
態 iをひとつの系とみなし,ここに外部との粒子の出入りが可能で,平衡分布
が実現されると考えよう.ボース粒子系では 0から無限大までのすべての粒子
数を取ることができる.
大分配関数は
Ξi(T, V, µ) =∞∑
Ni=0
eβµNiZi(T, V,Ni)
=∞∑
Ni=0
eβµNie−βεiNi
=∞∑
Ni=0
eβ(µ−εi)Ni
=1
1 − eβ(µ−εi)(1.16)
と計算できる.ほかの 1粒子状態もすべて考えて,全系の分配関数は
Ξ(T, V, µ) =∏i
Ξi(T, V, µ) (1.17)
となる.よってグランドポテンシャルは
Ω(T, V, µ) = −kBT∑
i
ln Ξi(T, V, µ)
=∑
i
Ωi(T, V, µ)
= kBT∑
i
ln(1 − eβ(µ−εi)
)(1.18)
である.
6
1 2 3 4 5e
T
0.2
0.4
0.6
0.8
1
1.2
1.4
f
図 1.2: 粒子数 (化学ポテンシャル)を変えたときのボース分布 (kBT = 1):µ = −1,
µ = −0.5, µ = 0,
熱平衡でのひとつの状態 iの平均粒子数は,状態 iのグランドポテンシャルを
化学ポテンシャルで微分すれば
〈Ni〉 = −∂Ωi
∂µ
=1
β
βeβ(µ−εi)
1 − eβ(µ−εi)
=1
eβ(εi−µ) − 1(1.19)
と求められる.これは状態 iのエネルギーで決まる.この式が理想ボース気体
のエネルギー分布である.この分布に従う統計をボース・アインシュタイン統
計 (Bose-Einstein statistics)と呼ぶ.
ボース分布関数 (Bose distribution function)
fBE(E) =1
eβ(ε−µ) − 1(1.20)
ボース粒子系でも,化学ポテンシャル µは系の平均粒子数
〈N〉 = −∂Ω
∂µ=
∑i
1
eβ(εi−µ) − 1(1.21)
が系内の粒子数に一致するように決める.しかし,ボース粒子系の低温でのエ
ネルギー分布は,実はボース・アインシュタイン凝縮と呼ばれる現象があり単
純ではない.これについては,3で詳しく学ぶ.温度が高いときはフェルミ分
布のときと同じく eβ(ε−µ) À 1であり
fBE(ε) ≈ eβ(µ−ε) (1.22)
7
1 2 3 4 5e
T
0.2
0.4
0.6
0.8
1
1.2
1.4
f
図 1.3: ボルツマン分布 (µ = −1, kBT = 1)
となって,マクスウェル・ボルツマン分布で近似できる.
いくつかの物理量を表す記号は必ずしも統一されていないので一覧表にまと
めておく.
記号対照表物理量 III,IV I,II Blundel Greiner ランダウ 久保 長岡温度 T T T T T T T
圧力 P P p p P p p
エントロピー S S S S S S S
化学ポテンシャル µ µ µ µ µ µ µ
内部エネルギー E U,E U U E U E
分配関数 Z Z Z Z Z Z Z
自由エネルギー F F F F F F F
大分配関数 Ξ Z Z Z Ξ Ξ
グランドポテンシャル Ω Φ ΦG Φ, φ Ω J
T -P 分配関数 Ξ Ξ Y
ギブス自由エネルギー G G G G Φ G G
I,II,III,IV: 私の統計物理学 I-IVの講義ノート
Blundel: S. J. Blundel, K. M. Blundel, “Concepts in Thermal Physics”
Greiner: W. Greiner, L. Neise, H. Stoocker, “Thermodynamics and Statistical
Physics”
ランダウ: ランダウ,リフシッツ「統計物理学」
久保:久保亮五,市村浩,碓井恒丸,橋爪夏樹「大学演習 熱学・統計力学」
長岡: 長岡洋介「統計力学」
8
1.3 分布関数とエントロピー
ここでは状態の粗視化を行って任意の分布に対するエントロピーを定義し,
フェルミ分布とボース分布が,それぞれの統計を満たし,与えられた粒子数と
エネルギーを持つものの中でエントロピー最大の分布であることを示す.
[フェルミ粒子系]
1粒子のエネルギー準位 εiを,ある種の粗視化を行い,束にして考える.束にした準位のエネルギーを εlとし,このなかにMl個の準位があり,そこにNl
個のフェルミ粒子が入っているとしよう.ひとつの準位には一つの粒子しか入
れないからNl ≤ Mlである.その配置の仕方の数は
Ml | | | | | | | | | | | | | | |
Nl
というようにMl個の準位の中からNl個の占拠された状態を選ぶ組み合わせの
数だから
Wl =MlCNl
=Ml!
Nl!(Ml − Nl)!(1.23)
である.ある粒子数分布 Nlに対するエントロピーは
S = kB ln∏l
Wl
≈ kB
∑l
(Ml ln
Ml
e− Nl ln
Nl
e− (Ml − Nl) ln
(Ml − Nl)
e
)= −kB
∑l
Ml [fl ln fl + (1 − fl) ln (1 − fl)] (1.24)
ここで fl = Nl/Mlは粗視化した状態 lの占拠率である.このエントロピーを粒
子数
N =∑
l
Mlfl (1.25)
とエネルギー
E =∑
l
Mlεlfl (1.26)
が一定の条件下で最大にするのが平衡分布である.ラグランジュの未定乗数法
を使って
∂
∂fl
(S
kB
− αN − βE)
=1
kB
∂S
∂fl
− (α − βεl) Ml
= −Ml
(ln
fl
1 − fl
+ α + βεl
)= 0 (1.27)
9
が必要条件として導かれる.よって粗視化した状態 lの占拠率は
fl =1
eβεl+α + 1(1.28)
でなければならない.未定乗数の αと βは,粒子数とエネルギーが与えられた
ものと一致するよう決める.つまり
N =∑
l
Ml1
eβεl+α + 1(1.29)
E =∑
l
Mlεl
eβεl+α + 1(1.30)
となるように αと βを調節するのである.
[未定乗数の意味]
このようにして αと βが決まれば,エントロピーをN と Eの関数として表
すことができる: S(E, V,N) (いま V は一定).これから温度を求めてみると,
(1.27)式の条件を使って
1
T=
(∂S
∂E
)V,N
=∑
l
Ml
(∂S
∂fl
)V,N
(∂fl
∂E
)V,N
= kB
∑l
Ml(α + βεl)
(∂fl
∂E
)V,N
= kB
α∑
l
Ml
(∂fl
∂E
)V,N
+ β∑
l
Mlεl
(∂fl
∂E
)V,N
= kB
α
(∂N
∂E
)V,N
+ β
(∂E
∂E
)V,N
= kBβ (1.31)
という関係が得られる.よって未定乗数 βは 1/kBT である.同様に化学ポテン
シャルを求めると
−µ
T=
(∂S
∂N
)E,V
=∑
l
Ml
(∂S
∂fl
)E,V
(∂fl
∂N
)E,V
= kB
∑l
Ml(α + βεl)
(∂fl
∂N
)E,V
= kB
α∑
l
Ml
(∂fl
∂N
)E,V
+ β∑
l
Mlεl
(∂fl
∂N
)E,V
10
= kB
α
(∂N
∂N
)E,V
+ β
(∂E
∂N
)E,V
= kBα (1.32)
となって α = −µ/kBT であることがわかる.
[ボース粒子系]
ボース粒子系の熱平衡分布関数もフェルミ粒子系の場合と同様にエントロピー
最大の条件から求めることができる.1粒子のエネルギー準位 εiを粗視化して,束にして考える.ボース粒子は一つの準位にいくつでも入れるから,Nl個
の粒子の配置の仕方の数は
Ml | | | | | | | | | | | | |
というように,Nl個並べた粒子の間にMl − 1個の仕切りを入れる場合の数だ
から
Wl = Ml+Nl−1CNl
=Ml + Nl − 1
Nl!(Ml − 1)!(1.33)
である.これから,ある粒子数分布 Nlに対するエントロピーは
S = kB ln∏l
Wl
≈ kB
∑l
[(Ml + Nl) ln
(Ml + Nl)
e− Ml ln
Ml
e− Nl ln
Nl
e
]= kB
∑l
Ml [(1 + fl) ln (1 + fl) − fl ln fl] (1.34)
と表される.ラグランジュの未定乗数法を使って,N とEが一定のときにエン
トロピーが最大となる条件は
∂
∂fl
(S
kB
− αN − βE)
= Ml
(ln
1 + fl
fl
− α − βεl
)= 0 (1.35)
である.よって粗視化した状態 lの占拠率は
fl =1
eβεl+α − 1(1.36)
と求められる.未定乗数の αと βの決め方とその意味はフェルミ粒子の場合と
同様である.
11
ここではエントロピーが最大となるという条件から平衡状態での Nlあるい
は fl を決めたが,fl を使って定義されたエントロピーは,平衡状態に限らず
意味を持つことに注意しよう.分布関数の時間変化を追えば,それに伴うエン
トロピーの時間変化を求めることができるのである.このことはボルツマンが∫f(v) ln f(v)d3v によってエントロピーに相当する量を定義し,エントロピー
増大の法則を示したことに対応した,分布関数による記述である.
12
第2章 理想フェルミ気体
2.1 理想フェルミ気体の基底状態
絶対零度で理想フェルミ気体の熱平衡状態,つまり基底状態は何だろうか?
フェルミ粒子系については,統計力学以前の基底状態を理解しただけで,金属
電子や中性子星の内部などを理解する鍵が得られる.
[フェルミ球]
一辺 Lの立方体の箱に入った粒子の 1粒子準位は
ε(p) =1
2m
(p2
x + p2y + p2
z
)(2.1)
=h2
2m
(k2
x + k2y + k2
z
)(2.2)
である.ここで運動量 pと波数 kは nx, ny, nzを整数として
p = hk = h2π
L(nx, ny, nz) =
2πh
Ln (2.3)
で与えられる.nまたは kまたは pの空間での格子点がひとつの 1粒子状態で
ある.これにエネルギーの小さいほうから順番に番号 iをつけると (εi ≤ εi+1),
1粒子エネルギー準位が決まる.フェルミ粒子ではひとつの準位に一つの粒子
しか入れない.粒子がスピンを持つ場合には1,ひとつの運動量状態はスピン自
由度によって g = 2S + 1重に縮退している2.以下,とくに断らない限り電子
などのスピン 1/2の粒子を考え g = 2とする.
基底状態は,エネルギーの小さいほうから順に状態を埋めていったもので,運
動量空間で原点からある距離までの状態が占拠され,その外側は空いている.こ
の球の半径 (運動量空間での運動量の大きさ pF,波数空間での波数の大きさ kF)
をフェルミ運動量 (Fermi momentum)あるいはフェルミ波数,準位のエネルギー
をフェルミエネルギー (Fermi energy),εF(= p2F/2m),と呼ぶ.また vF = pF/m
はフェルミ速度と呼ばれる.このフェルミ球 (Fermi sphere)内に含まれる 1粒
子状態の数は全粒子数に等しい.エネルギー ε以下の 1粒子準位の数をN(ε)と
1フェルミ粒子ならば半整数のスピンを持っているはずだが,ときどき簡単のためにこれを無視してスピンのない仮想的なフェルミ粒子 (spinless fermion)が考察の対象となる.
2磁場がかかればゼーマンエネルギーによって縮退は解ける.
13
図 2.1: 絶対零度での運動量空間でのフェルミ分布.
書けば
N(εF) = 2 × 4π
3p3
F × V × 1
(2πh)3=
V
3π2
(pF
h
)3
=V
3π2k3
F. (2.4)
この関係から粒子数密度 n = N/V を与えたときのフェルミ運動量 (波数)が求
まる.
kF =(3π2N
V
)1/3
=(3π2n
)1/3(2.5)
[低温の金属電子]
金属中の電子を理想フェルミ気体と見なすと,フェルミエネルギーは,格子
定数を aとして
εF =h2
2mk2
F ∼ h2
ma2≈ (10−27)2
10−27(10−8)2≈ 10−11erg, (2.6)
フェルミ温度は εF/kB ≈ 10−11/10−16 ≈ 105K で室温に比べてずっと大きい.こ
のとき ε <≈ εFのほとんどの準位の占拠数は 1に近いので,基底状態が電子系の
かなりよい近似になる.フェルミ粒子の低エネルギー準位の占拠数が 1に近く
なっていることをフェルミ縮退といい,室温の金属電子のフェルミ縮退は十分
に強いと考えてよい.
ただし電子間の相互作用は,電子の運動エネルギーに比べて必ずしも小さい
とはいえないから,理想気体と考えるのがよい近似かどうかは個別に検討しな
ければならない.
金属ナトリウムを例にとって調べてみよう.ナトリウムは 1価金属で原子番
号 11,原子量は 23.0であり,室温での密度は 0.917g/cm3である.これをもとに
14
伝導電子を完全に縮退したフェルミ気体として諸量を見積もる.電子数密度は
n = 6.02 × 1023 × 0.917
23.0≈ 2.40 × 1022cm3 (2.7)
フェルミ波数と運動量は
kF =(3π2n
)1/3
= (3 × 3.142 × 2.4 × 1022)1/3 = (3 × 3.142 × 24)1/3 × 107
= 8.92 × 107cm−1 (2.8)
pF = hkF = 1.05 × 10−27 × 8.92 × 107 = 9.37 × 10−20g · cm/sec (2.9)
である.これからフェルミ速度は
vF =pF
me
=9.37 × 10−20
9.11 × 10−28= 1.03 × 108cm/sec (2.10)
これは約 1000km/secである.フェルミエネルギーは
εF =h2
2mk2
F =(1.05 × 10−27)2
2 × 9.11 × 10−28× (8.92 × 107)2 =
1.052 × 8.922
2 × 9.11× 10−12
= 4.81 × 10−12erg (2.11)
これは 3.01eV(= 4.81 × 10−12/1.60 × 10−12)で,温度に直すと
TF =εF
kB
=4.81 × 10−12
1.38 × 10−16= 3.49 × 104K (2.12)
で 3万度以上になる.
[基底状態のエネルギー]
理想フェルミ粒子系の基底状態のエネルギーは
E0 =2V
(2πh)3
∫ pF
0
p2
2m4πp2dp =
V
2π2h3m
∫ pF
0p4dp =
1
10π2
V p5F
h3m
=V
5π2
(pF
h
)3 p2F
2m=
3
5NεF. (2.13)
この関係は次のようにしても導かれる:
E0 = N〈 p2
2m〉 =
N
2m
∫ pF
0p2p2dp∫ pF
0p2dp
=N
2m
p5F/5
p3F/3
=N
2m
3
5p2
F. (2.14)
フェルミ粒子の基底状態の圧力は基底状態のエネルギー
E0 =3
5N
h2
2m
(3π2N
V
)2/3
(2.15)
15
を体積で微分して得られる:
P0 = −∂E0
∂V
= − ∂
∂V
[3
5N
h2
2m
(3π2N
V
)2/3]
=2
5
h2
2m
(3π2
)2/3(
N
V
)5/3
=2
3
E0
V=
2
5
N
VεF =
2
5nεF. (2.16)
ここで得られた関係
P =2
3
E
V(2.17)
は,理想気体であれば温度や統計性によらず必ず成り立つ非常に一般的なもの
である3.
さらに圧縮率 κは
1
κ= −V
∂P
∂V(2.18)
= −V∂
∂V
(3π2)2/3
5
h2
m
(N
V
)5/3 (2.19)
=(3π2)
2/3
3
h2
m
(N
V
)5/3
(2.20)
=2
3
h2
2m
(3π2n
)2/3n =
2
3nεF (2.21)
で与えられる.
金属ナトリウムの場合の数値を入れてみると圧縮率の逆数 (体積弾性率)は
1
κ=
2
3× 2.40 × 1022 × 4.81 × 10−12 = 7.7 × 1010erg/cm3. (2.22)
体積弾性率の実験値はスティフネス定数C11とC12より4
1
κ=
C11 + 2C12
3=
1
3(7.3 × 1010 + 2 × 6.2 × 1010) = 6.6 × 1010dyn/cm2(2.23)
と良い一致を示す.
[白色矮星と中性子星]
星は核反応によって生じた高温物質の高い圧力と重力が釣り合って作られる
定常的な状態にある.核反応が起きるだけの高温高密度に達しなかった質量の
小さい星や,核反応によって燃え尽きた星は,物質の重力によって収縮し高密
3演習問題参照,ただし相対論的な気体では成り立たない.4キッテル固体物理学 (1968)の表 4.2より
16
度の金属状態になる.このとき星を支えているのはフェルミ縮退した電子の圧
力である.このような星は白色矮星 (white dwarf)と呼ばれる.
質量M 半径Rの白色矮星を考えよう.密度が一様だとすると重力のポテン
シャルエネルギーは
U = −3GM2
5R≈ GM2
R(2.24)
である.力学のヴィリアル定理によれば有限領域内の運動については運動エネ
ルギーKの長時間平均について
2K = −∑
i
ri · pi =∑
i
ri · ∇iU (2.25)
の関係が成り立つ.ここで,重力ポテンシャルが座標の同次関数 (次数は -1)で
あることを使い,長時間平均と統計平均を同一視すると
2K = −U (2.26)
となる.物質を星にまとめているのが重力ポテンシャルであり,つぶれないよ
うに留めているのが電子系の運動エネルギーなので,この定理が適用できるだ
ろう.運動エネルギーはmNを原子核の質量として
K = E0 =3
5N
h2
2m
(3π2N
V
)2/3
(2.27)
≈ h2M5/3
mm5/3N R2
(2.28)
数係数を無視して (2.24)と (2.28)が同程度だという条件から
M1/3R ≈ h2
Gmm5/3N
≈ (1.05 × 10−27)2
6.67 × 10−8 × 9.11 × 10−28 × (1.67 × 10−24)5/3
≈ 1020g1/3cm (2.29)
質量が大きい星ほど半径が小さいことがわかる.このため重い星ほど密度とフェ
ルミエネルギーは増加する.密度は ρ ∼ M/R3 ∼ M2となって,全質量の 2乗
に比例して大きくなる.
ここではヴィリアルの定理を使って半径を見積もったが,全エネルギーが最
小になる条件を見ても良い.つまり運動エネルギーが (2.28)式,ポテンシャル
エネルギーが (2.24)式で与えられるとすると,全エネルギーは (数係数は無視)
E(R) =h2M5/3
mm5/3N R2
− GM2
R(2.30)
17
と書ける.半径が大きければ第 2項が勝りRは減少する.半径が小さければ第
1項が勝りRは増大し,(2.29)の条件で両者が釣り合ってエネルギーが最小に
なる.(2.28)式が正しい限りは安定な半径がある.
しかし,質量が大きくなると電子は相対論的になる.超相対論的なフェルミ
粒子のエネルギーは (演習問題参照)
E =3
4NcpF ∼ M
(M
V
)1/3
∼ M4/3
R(2.31)
なので重力エネルギーと同じ半径依存性を持つ.このため両者の係数の大小に
よって,運動エネルギーが勝てば非相対論的になるまで膨張し,重力エネルギー
が勝てば,星はどこまでも収縮すると考えられる.この境界となる臨界値は数
値計算によれば太陽質量の 1.44倍程度である5.星の進化の最終段階で核反応
が終わった,鉄を主成分とする質量の大きな星は,重力崩壊によって一気に収
縮し超新星爆発を起こす.その残骸が中性子星となる.これは高密度でフェル
ミエネルギーが中性子と陽子の静止エネルギー差を越えると p + e → n + νe の
電子捕獲反応が起こって,陽子が中性子になるためである.中性子星の内部は
縮退した中性子のフェルミ気体と見なせるようになる.このときの中性子によ
る運動エネルギーは (2.28)で電子質量mと核子質量mNを中性子質量mnで置
き換えればよく,(2.29)の関係式は
M1/3R ≈ 1017g1/3cm (2.32)
となる.この中性子星に対してもチャンドラセカール質量に対応する限界質量
が存在し,それを越える星は重力崩壊によってシュワルツシルト半径よりも小
さくなって,ブラックホールが形成される.
(2.29)や (2.32)の関係から太陽質量 2× 1033g程度の白色矮星の半径は 104km
程度,中性子星の半径は 10km程度になることが分かる.
5チャンドラセカール (Chandrasekhar)が詳しく研究し,この質量はチャンドラセカール限界質量と呼ばれる.
18
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0
Ε
Μ
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
1.2
1.4
f
図 2.2: 粒子数を変えたときのフェルミ分布関数.温度はピークの鋭いものから順に kBT/µ = 1/100, kBT/µ = 1/10,kBT/µ = 1.
2.2 有限温度理想フェルミ気体の性質
[理想気体の状態密度]
有限温度でのフェルミ分布関数を f(ε)とすると全粒子数と全エネルギーは
N =∑
i
f(εi), E =∑
i
εif(εi) (2.33)
で与えられる.分布関数はエネルギーだけの関数なので,1粒子状態について
の和∑
iをエネルギーのついての積分∫
dεに書き換ええおくと便利である.ま
ず 1粒子状態につての和を運動量空間での積分で表すと
∑i
⇒S∑
S′=−S
V
(2πh)3
∫d3p (2.34)
スピンについての和は磁場がなければ縮退しているから g = 2S + 1倍しておけ
ばよい.エネルギーが運動量の大きさだけの関数であることと
ε =p2
2m,
dε
dp=
p
m=
√2mε
m=
√2ε
m(2.35)
を使うと ∑i
⇒ gV
(2πh)3
∫4πp2dp
=gV
2π2h3
∫2mε
dp
dεdε
=∫
dεgV m3/2
21/2π2h3 ε1/2
≡∫
dεD(ε) (2.36)
19
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0
Ε
Μ
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
1.2
1.4
D f
図 2.3: 3次元での状態密度 D(ε)とフェルミ分布関数との積 D(ε)f(ε).温度kBT/µ = 1/10.フェルミエネルギー εFは µより少し大きい.
となる.この
D(ε) =gV m3/2
21/2π2h3 ε1/2 (2.37)
が 1粒子状態密度 (density of states)である.(2.4)で現れた ε以下の 1粒子準位
数との関係は
N(ε) =∫ ε
0D(ε′)dε′ ⇔ dN(ε)
dε= D(ε) (2.38)
である.
1粒子状態密度を使えば粒子数とエネルギーは
N =∫ ∞
0D(ε)f(ε)dε, (2.39)
E =∫ ∞
0εD(ε)f(ε)dε (2.40)
と書ける.1粒子状態密度は 1粒子エネルギースペクトル ε(p)と空間次元で決
まる.
縮退したフェルミ気体ではフェルミ面での状態密度が重要になる.
D(εF) = 2V4πp2
(2πh)3
dp
dε
∣∣∣∣∣p=pF
=V
π2h3mpF =3
2
V p3F
3π2h3
2m
p2F
=3N
2εF
(2.41)
この最後の結果はN(ε) ∝ ε3/2からすぐ分かることに注意しよう.
——————————————————♥全エネルギーと理想気体での 1粒子のエネルギー♥カノニカル分布を使っての全系のエネルギーと理想気体の分布関数を混同しないよ
うに簡単に復習しておく.熱平衡状態での物理量 Aの期待値は,全系の量子状態 nで
20
のAの値をAnとすると
〈A〉 =∑
n e−βEnAn∑n e−βEn
である.理想気体では,全系の状態は 1粒子状態 iにいくつの粒子がいるかを示すNi
の組 Niを使って表せる.つまりひとつの nには Niが対応する.ここで
N =∑
i
Ni, En =∑
i
Niεi
である.平衡分布関数 fiは,Niの熱平衡での期待値である.
fi = f(εi) = 〈Ni〉
物理量 Aが,粒子数,運動量,エネルギーなどのように 1粒子の物理量 aの和であれば,aiを aの 1粒子状態 iでの値として
〈A〉 = 〈∑
i
aiNi〉 =∑
i
ai〈Ni〉 =∑
i
aifi
となり,分布関数が分かればAの熱平衡期待値を計算できる.一辺の長さLの箱に入った自由粒子では,1粒子の固有状態は平面波であり,運動量
あるいはその波数を使って状態 iを指定できる.
p = hk =2πh
Ln =
2πh
L(nx, ny, nz)
となるから (nx, ny, nzは整数),ひとつの格子点nが一つの 1粒子状態を表す.nを連続変数と見なすと,pと nのスケールの比が 2πh/Lだから
∑i
· · · ⇒S∑
S′=−S
∫d3n · · · ⇒
S∑S′=−S
(L
2πh
)3 ∫d3p · · ·
これが (2.34)式である.
——————————————————
[化学ポテンシャルの温度変化]
ε以下の 1粒子準位数と 1粒子状態密度の関係 (2.38) に注意して,粒子数を
決める式 (2.39)を見てみる.この式は次のように書ける.
N =∫ ∞
0
dN(ε)
dεf(ε)dε
= N(ε)f(ε)
∣∣∣∣∣∞
0
+∫ ∞
0N(ε)
(− d
dεf(ε)
)dε
=∫ ∞
−∞N(ε)
(− d
dεf(ε)
)dε. (2.42)
ここでN(0) = 0,N(ε)f(ε) → 0 (as ε → ∞)であることを使った.また−f ′(ε)
が εF近傍のO(kBT )の領域以外はほとんど零になることを使って積分領域を広
21
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0
Ε
Μ
1
2
3
4
5- f ¢
図 2.4: 温度を変えたときのフェルミ分布関数の微分−f ′(ε).温度はピークの鋭いものから順に kBT/µ = 1/100, kBT/µ = 1/10,kBT/µ = 1.
げた.この形にしておくと後に掲げるゾンマーフェルトの公式を使って右辺の
低温での様子が分かる.
この公式を使えば (kBT/εF)2までの精度で
N = N(µ) +π2
6D′(µ)(kBT )2 + · · · (2.43)
= N(µ0) + D(µ0)(µ − µ0) +π2
6D′(µ0)(kBT )2 + · · · (2.44)
である.ここで粒子数が定まっているとすれば,N(µ0) = N だから
µ − µ0 = −π2
6
D′(µ0)
D(µ0)(kBT )2 + · · · (2.45)
であり,
µ = εF − π2
6
D′(εF)
D(εF)(kBT )2 + · · · (2.46)
が得られる.(2.37)式の状態密度から
D′(ε)
D(ε)=
d ln D
dε=
1
2ε(2.47)
だから
µ = εF − π2
12
(kBT )2
εF
+ · · ·
= εF
1 − π2
12
(kBT
εF
)2
+ O
(kBT
εF
)4 (2.48)
となり,化学ポテンシャルは温度とともに小さくなる.
22
化学ポテンシャルなどの温度依存性は状態密度の様子に依存してかわる.絶
対零度付近の化学ポテンシャルは,2次元系では温度によらず,1次元系では温
度とともに最初は上昇する (演習問題参照).
低温でのフェルミ分布に関する Sommerfeld の公式∫ ∞
−∞F (ε)
(−df(ε)
dε
)dε = F (µ) + 2
∞∑n=1
C2n (kBT )2n d2nF (ε)
dε2n
∣∣∣∣∣ε=µ
(2.49)
ここで,f(ε) = 1/[exp(ε − µ)/kBT + 1], F (ε) は任意の滑らかに変化する関数,係数は
C2n ≡ 1
Γ(2n)
∫ ∞
0
x2n−1
ex + 1dx (2.50)
=(1 − 21−2n
)ζ(2n) (2.51)
である.ただし,ガンマ関数は
Γ(m) ≡∫ ∞
0xm−1e−xdx, (2.52)
であり,n! = Γ(n + 1)である.Riemann のツェータ関数は
ζ(m) ≡∞∑
r=1
1
rm(2.53)
で定義される.(4.94)式の初めの数項を具体的に書くと
−∫ ∞
−∞F (ε)f ′(ε)dε = F (µ) +
π2
6(kBT )2F ′′(µ) +
7π4
360(kBT )4F ′′′′(µ) + · · ·(2.54)
となる.また,F ′(ε) = φ(ε)として
∫ ∞
0φ(ε)f(ε)dε =
∫ µ
0φ(ε)dε +
π2
6(kBT )2φ′(µ) +
7π4
360(kBT )4φ′′′(µ) + · · ·(2.55)
と書いてもよい.
[エネルギーと比熱]
縮退したフェルミ理想気体のエネルギーを求めるには (2.55)式で,φ(ε) =
εD(ε)とすればよい.∆µ = µ − µ0とすると
E =∫ ∞
0εD(ε)f(ε)dε
=∫ µ0+∆µ
0εD(ε)dε +
π2
6(kBT )2 (D(µ) + µD′(µ)) + · · ·
23
= E0 + µ0D(µ0)∆µ +π2
6(kBT )2 (D(µ0) + µ0D
′(µ0)) + · · ·
= E0 +π2
6(kBT )2D(µ0) + · · · . (2.56)
ここで (2.41)式を使って
E = E0 +π2
6
3N
2εF
(kBT )2 + · · ·
= E0 +π2
4N
(kBT )2
εF
+ · · ·
=3
5NεF
1 +5π2
12
(kBT
εF
)2
+ O
(kBT
εF
)4 . (2.57)
比熱 (正確には熱容量)は
C =dE
dT=
π2
2NkB
kBT
εF
(2.58)
で,古典的理想気体の kBT/εF倍程度の小さな値である.これは絶対零度での
階段関数的な分布が有限温度で崩れた全体の kBT/εF程度の粒子しか比熱に寄
与できないからである.フェルミエネルギー近傍の kBT 程度のエネルギー領域
の粒子が kBT 程度のエネルギーを持つからと言ってもよい.
ギブス自由エネルギーは (2.48)式から
G = Nµ = NεF
1 − π2
12
(kBT
εF
)2
+ O
(kBT
εF
)4 . (2.59)
これと理想気体で一般に成り立つ関係 PV = (2/3)Eを使って
G = E + PV − TS =5
3E − TS (2.60)
なので,簡単にエントロピーを求めることができる:
S =(5/3)E − G
T=
π2
2NkB
kBT
εF
+ · · · (2.61)
これから熱容量を求めれば再び (2.58)式が得られる.ヘルムホルツ自由エネル
ギーは
F = E − TS
=3
5NεF
1 − 5π2
12
(kBT
εF
)2
+ O
(kBT
εF
)4 (2.62)
である.
24
図 2.5: 磁場のあるときの状態密度と T = 0 でのフェルミ分布関数との積D(ε)f(ε).右が上向きスピンの電子,左が下向きスピンの電子.(横軸のスケールは任意)
[スピン常磁性]
外場がかかっていなければスピンの自由度は状態密度を 2倍にするだけであ
る.しかし磁場をかけるとスピン自由度のエネルギー縮退が解け,スピンの自
由度が観測できるようになる.外部磁場がかかると電子は (スピン)×(Landeの
g因子)×(Bohr磁子)×(磁場の強さ)=1/2 × 2 × µB × H = µBHのエネルギー変
化が起きる.磁場と平行および反平行なスピンの電子のエネルギーは
εp+ =p2
2m− µBH (2.63)
εp− =p2
2m+ µBH (2.64)
磁場がないときは逆向きスピンの磁化M+とM−が完全に打ち消しあい磁化は
ないが,磁場がかかるとこのエネルギー差による分布の変化によって,差額の
磁化が現れる.H = 0のときの基底状態のエネルギーを ε = 0とすると
M = M+ − M− = µB(N+ − N−)
= µB
∫ ∞
∞
D(ε + µBH)
2f(ε)dε − µB
∫ ∞
∞
D(ε − µBH)
2f(ε)dε
= µB
∫ ∞
∞
D(ε)
2(f(ε − µBH) − f(ε + µBH)) dε
≈ µ2BH
∫ ∞
∞D(ε)
(− ∂
∂εf(ε)
)dε
25
= µ2BH
(D(µ) +
π2
6D′′(µ0)(kBT )2 + · · ·
). (2.65)
ここでD(ε)は磁場がないときの状態密度である.磁場が弱いとき,絶対零度で
の磁化率は
χ0 =∂M
∂H
∣∣∣∣∣H→0
= µ2BD(εF) (2.66)
となり,フェルミ面の状態密度に他ならない.これをパウリ (Pauli)の常磁性
(paramagnetism)と呼ぶ.有限温度では
M = µ2BH
(D(µ0) + D′(µ0)(µ − µ0) +
π2
6D′′(µ0)(kBT )2 + · · ·
)
= µ2BH
[D(µ0) + D′(µ0)
(−π2
6
D′(µ0)
D(µ0)(kBT )2
)+
π2
6D′′(µ0)(kBT )2 + · · ·
]
= µ2BH
[D(µ0) +
π2
6
(D′′(µ0) −
(D′(µ0))2
D(µ0)
)(kBT )2 + · · ·
]
= µ2BH
D(µ0) + D(µ0)π2
6
d2 ln D(ε)
dε2
∣∣∣∣∣ε=µ0
(kBT )2 + · · ·
= µ2
BHD(µ0)
1 − π2
12
(kBT
εF
)2
+ O
(kBT
εF
)4 . (2.67)
ここでD(ε) ∼ ε1/2を使った.これから磁化率は
χ = χ0
1 − π2
12
(kBT
εF
)2
+ O
(kBT
εF
)4 . (2.68)
である.
26
第3章 理想ボース気体
3.1 ボース-アインシュタイン凝縮
絶対零度で理想ボース気体の熱平衡状態は,すべて粒子が 1粒子基底状態に
入った状態である.この一見空想的とも思える状況は,アインシュタインの理
論的予想から 70年後,実験によってこれに近い状態が実現されるようになった.
[理想ボース気体の分布関数]
1粒子基底状態のエネルギーを ε = 0にとると,理想ボース気体の分布関数は
g(ε) =1
e(ε−µ)/kBT − 1(3.1)
である.分布関数は ε ≥ 0に対し正でなければならないから,化学ポテンシャ
ルは µ ≤ 0である.T = 0の基底状態は,ε = 0の準位にすべての粒子が入り,
このときは µ = 0である.
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0Ε
1
2
3
4
5D, g, Dg
図 3.1: 3次元での状態密度D(ε)(細線)とBE凝縮した状態 (µ = 0)でのボース分布関数 g(鎖線)との積D(ε)g(ε)(太線).
有限温度で化学ポテンシャルを決める条件は,フェルミ気体のときの条件(2.39)
式でフェルミ分布関数 f(ε)をボース分布関数 g(ε)に代え,平均粒子数が与えら
れた数になるようにすればよい.1粒子状態密度は前と同じく (2.37)式で与え
27
られるから
N =gV m3/2
21/2π2h3
∫ ∞
0
ε1/2
eβ(ε−µ) − 1dε (3.2)
ここで積分変数を x = βεに代えると
N
V=
g(mkBT )3/2
21/2π2h3
∫ ∞
0
x1/2
ex−βµ − 1dx (3.3)
温度が低下するとともに積分の前の因子はだんだん小さくなる.積分が βµの
増加関数になっていることに注意しよう.密度一定の条件を保つためにはβµが
増大しなければならない.そして,ある温度 Tcで µ = 0になり積分は最大とな
る.µ = 0となる温度は (3.3)式の µ = 0とした積分の値が√
πζ(3/2)/2になる
ので (分子に x1/2があるので積分は収束する)
N
V= g
(mkBTc
2πh2
)3/2
ζ(3/2) (3.4)
で決まる.つまり
Tc =2πh2
mkB
(N
gζ(3)V
)2/3
(3.5)
が臨界温度である.
28
積分公式∫ ∞
0
xm
ex − 1dx =
∫ ∞
0
xme−x
1 − e−xdx
=∫ ∞
0xme−x
∞∑k=0
(e−x)kdx
=∞∑
k=0
∫ ∞
0tme−tdt
1
(k + 1)m+1t ≡ (k + 1)x
= Γ(m + 1)∞∑
k=0
1
(k + 1)m+1
= Γ(m + 1)ζ(m + 1). (3.6)
ガンマ関数,ツェータ関数のいくつかの値は
Γ(
1
2
)=
√π, Γ
(3
2
)=
√π
2, Γ
(5
2
)=
3√
π
4,
Γ (n) = (n − 1)!, (3.7)
ζ(2) =π2
6= 1.645, ζ(4) =
π4
90= 1.082, ζ(6) =
π6
945= 1.017,
ζ(
3
2
)= 2.612, ζ
(5
2
)= 1.341, ζ(3) = 1.202,
ζ(
7
2
)= 1.127, ζ(5) = 1.037. (3.8)
[ボース-アインシュタイン凝縮]
臨界温度 Tc以下の温度では (3.2)式を満たすことはできない.T = 0の状態
から出発して考えれば,初めはすべての粒子が ε = 0の準位に入っていて,温度
の上昇とともに少しずつ励起状態に移っていくのである.実際,(3.2)式の右辺
は励起準位にある粒子数だけを足しあげているから,残りの粒子はすべて ε = 0
の準位に入っている.g(ε = 0)はいくらでも大きくなるのだが,(2.37)式の状
態密度を使っているので ε = 0の準位は勘定から抜けてしまっているのである.
要するに,Tc以下の温度では,全粒子数N から (3.2)式で µ = 0とした粒子数
を引いたO(N)の巨視的な数の粒子が基底準位に入っている.これをボース-ア
インシュタイン凝縮 (Bose-Einstein condensation: BEC)と呼ぶ.
BECはEinsteinによって理論的には予想されていたものの,フェルミ縮退と
は違い,理想気体の理論が近似的にしろ適用できる系がなく,はっきり確認で
きる例がなかった.フェルミ系では密度が高くなればフェルミエネルギーが上昇
し,運動エネルギーが特徴的な相互作用エネルギーよりずっと大きくなる.こ
れに対し.ボース系ではゼロエネルギー状態への凝縮であるため分子が接触す
29
図 3.2: ボースとアインシュタイン.
図 3.3: 中性原子の BEC.速度分布関数の温度変化.BEC が起きると中央に鋭いピークが現れ,その形はポテンシャル井戸とは反対の方に伸びている.(http://nobelprize.org/nobel prizes/physics/laureates/2001/public.html)
るような密度では常に相互作用が相対的に強く,理想気体とは全く違ってしま
うのである.ロンドン (London)によって,液体ヘリウムの超流動がBECに伴
う現象であろうと指摘されていたが,理想気体とは程遠く微視的な理論の建設
は困難であった.相互作用が弱い場合の理論はボゴリューボフによって作られ
たが,現実のヘリウムとはかなり隔たりがあった.ところが 1995年に,アルカ
リ金属原子を気体状態で磁場中に閉じ込め,マイクロケルヴィンの極端な低温
まで冷却して,希薄気体の BECが実現された.それ以後,BECの研究は急速
に進展している.
[凝縮相の性質]
ε > 0の準位にある粒子数は,(3.2)式の右辺で µ = 0とした
Nε>0 = gV ζ (3/2)
(mkBT
2πh2
)3/2
= N(
T
Tc
)3/2
(3.9)
30
である.熱ドゥブロイ波長 (thermal de Broglie length)
λT =
(2πh2
mkBT
)1/2
=h√
2πmkBT(3.10)
を使って表せば
Nε>0
V= gζ (3/2)
1
λ3T
(3.11)
となる.つまり励起粒子数は一辺がλT の立方体中に 1個程度である.これを越
える粒子は基底準位に凝縮している.基底準位にある粒子数は
Nε=0 = N
[1 −
(T
Tc
)3/2]
(3.12)
と書ける.
凝縮相でのエネルギーは
E =gV m3/2
21/2π2h3
∫ ∞
0
εε1/2
eβε − 1dε (3.13)
と書ける.ここで積分変数を x = βεに代えると
E =gV m3/2
21/2π2h3 (kBT )5/2∫ ∞
0
x3/2
ex − 1dx
= gV2√π
(mkBT
2πh2
)3/2
kBT3√
π
4ζ
(5
2
)
=3
2ζ
(5
2
)gV
λ3T
kBT
=3
2ζ
(5
2
)Nε>0
ζ(
32
)kBT
=3
2
ζ(
52
)ζ
(32
)N(
T
Tc
)3/2
kBT ∼ T 5/2 (3.14)
という形になる.これから熱容量が
CV =dE
dT=
5E
2T=
15
4
ζ(
52
)ζ
(32
)N(
T
Tc
)3/2
kB (3.15)
と得られる.
エントロピーはCV = T (dS/dT ),CV = aT 3/2より
S =∫ T
0
CV
T ′ dT ′ =∫ T
0aT ′1/2
dT ′ =2
3aT 3/2 =
2
3CV =
5E
3T(3.16)
31
である.これからヘルムホルツ自由エネルギーは
F = E − TS = E − 5E
3= −2
3E (3.17)
と書ける.凝縮状態ではギブス自由エネルギーはG = µN = 0なので,グラン
ドポテンシャルは
Ω = −PV = F − G = F = −2
3E (3.18)
となる.つまり
PV =2
3E (3.19)
が得られる.圧力は,ヘルムホルツ自由エネルギーを体積で微分しても得られ,
P = −(
∂F
∂V
)T
= −2
3
(∂E
∂V
)T
=2
3
E
V(3.20)
となり,当然同じ結果が得られる.(3.19)式は,非相対論的理想気体で常に成
り立つ関係であることを指摘しておく (演習問題参照).圧力の表式を具体的に
書くと
P = gζ
(52
)λ3
T
kBT (3.21)
となり,体積によらない温度のみの関数である (このことは化学ポテンシャルが
零になる凝縮相の特徴).つまり等温圧縮率は無限大になっている.
[有限温度理想ボース気体の計算]
有限温度での理想ボース気体の粒子数とエネルギーの計算式をまとめておく.
粒子数の表式は
N =∫ ∞
0D(ε)g(ε)dε
= gV(mkBT )3/2
21/2π2h3
∫ ∞
0
x1/2
e−βµex − 1dx
= gV
(mkBT
2πh2
)3/22√π
∫ ∞
0
x1/2
z−1ex − 1dx. (3.22)
この式で,2/√
π = 1/Γ(3/2),z ≡ eβµ (≤ 1)である.同様にエネルギーの表
式は
E =∫ ∞
0εD(ε)f(ε)dε
= gV
(mkBT
2πh2
)3/2
kBT2√π
∫ ∞
0
x3/2
z−1ex − 1dx (3.23)
32
である.ここで
gn(z) ≡ 1
Γ(n)
∫ ∞
0
xn−1
z−1ex − 1dx
=∞∑
k=1
zk
kn(3.24)
という関数を定義する1 と,T > Tcでは,µ < 0 (z < 1)で
N = gV1
λ3T
g3/2(z) (3.25)
E = gV1
λ3T
kBT3
2g5/2(z) (3.26)
と表せる.また T < Tcでは,µ = 0 (z = 1)だから
Nε>0 = gV1
λ3T
ζ(3/2) (3.27)
E = gV1
λ3T
kBT3
2ζ(5/2) (3.28)
である.
12行目の式は∫ ∞
0
xn−1
z−1ex − 1dx =
∫ ∞
0
xn−1ze−x
1 − ze−xdx
=∫ ∞
0
xn−1ze−x∞∑
k=0
(ze−x)kdx
=∞∑
k=0
∫ ∞
0
tn−1e−tdtzk+1
(k + 1)nt ≡ (k + 1)x
= Γ(n)∞∑
k=1
zk
kn
= Γ(n)gn(z)
として導かれる.gn(1) = ζ(n)である.
33
3.2 黒体輻射:真空中の光子気体
ボース統計の応用例として初めに黒体輻射の問題を考えよう.すべての物体
はその温度に対応した光を放つ (図 3.4).この輻射のスペクトルは温度のみの関
数で物体の色とは無関係である (物体の色は外からの光をどのようなスペクト
ルで反射するかで決まる).反射を除いて輻射光のみを観測するには,一定温度
の空洞に小さな穴を開け,そこからどのような光が出てくるかを観測すればよ
い.箱の中は定常電磁波 (空洞の中の電磁波の定在波)の熱平衡分布になってい
るはずであり,小さな穴からの漏れを観測するのである.古典統計力学によれ
ば,等分配則よりすべての振動モードにそれぞれ kBT のエネルギーが分配され
る.しかしそれでは,いくらでも短い波長の電磁波があるから系のエネルギー
は発散してしまう.この困難の解決が量子力学の端緒となった.ここでは光子
気体の熱平衡状態という見方で黒体輻射のスペクトルを調べる.
図 3.4: 温度による黒体輻射の色の変化.(http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Color temp2.png)
[光子気体の熱平衡分布]
簡単のため空洞は直方体とする.定常電磁波の波数は
k =
(2π
Lx
nx,2π
Ly
ny,2π
Lz
nz
). (3.29)
これに対応する光子の運動量は p = hk,振動数は ωk = ck,エネルギーは
εk = hωk = hckである.古典電磁気学では,各振動モードは独立で相互作用は
ない.しかし壁との相互作用で光子の吸収,放出が起こっており,これが光子
気体を熱平衡分布にする2.光子の特徴は壁で自由に生成消滅ができることで,
光子数は体積と温度が与えられれば自由エネルギーが最小になるように決まる.
つまり
µ =
(∂F
∂N
)T,V
= 0 (3.30)
だから,化学ポテンシャルは常に零である.よって,熱平衡分布関数は
n(ε) = g(ε : µ = 0) =1
eε/kBT − 1(3.31)
2量子電磁気学では,真空中のゆらぎとして生成される物質を通して,光子と光子の間には相互作用があるが,これは弱すぎて熱平衡分布をもたらすには有効でない.
34
0 2 4 6 8 10
ÑΩ
T kB
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
1.2
1.4
x3
ãx- 1
図 3.5: 黒体輻射のエネルギー分布.
あるいは
n(k) =1
eβhωk − 1(3.32)
である.
光子はスピン 1のボース粒子で,静止系がないために縮退度は二つの偏光状
態に対応して g = 2である.したがって,1粒子状態密度は
2V4πp2dp
(2πh)3=
V
π2k2dk =
V
π2c3ω2dω (3.33)
より
D(ω) =V ω2
π2c3(3.34)
となる.
[プランクの輻射公式]
ある振動数 ω ∼ ω + dωをもつ光子数は
dNω = g(ω)D(ω)dω =V
π2c3
ω2
eβhω − 1dω (3.35)
であり,この範囲の振動数の輻射エネルギーは
dEω = hωg(ω)D(ω)dω =V h
π2c3
ω3
eβhω − 1dω (3.36)
である (図 3.5).これはプランク (Planck)の公式と呼ばれる3.
31900年 10月 14日「Wienのスペクトル分布式のひとつの改良について」,1900年 2月 14日「正常スペクトルにおけるエネルギー分布の法則と理論」
35
低振動数に対しては eβhω ≈ 1 + βhωより
dEω =V
π2c3kBTω2dω = D(ω)kBTdω (3.37)
となる.これは古典統計のエネルギー等分配則に相当し,レーリー-ジーンズ
(Rayleigh-Jeans)の公式と呼ばれる4.
逆に高振動数に対しては (eβhω − 1)−1 ≈ e−βhωより
dEω =V h
π2c3ω3e−βhωdω (3.38)
これはヴィーン (Wien)の公式と呼ばれる5.
(3.36)式や図 3.5から分かることは,輻射の全エネルギーが絶対温度の 4乗に
比例すること,エネルギー分布の形が振動数と温度の比だけによることである.
分布の形が ω/T だけの関数になることは断熱不変量の考えを使って 1893年に
ヴィーンによって示された.とくに最大エネルギーを与える振動数は絶対温度
に比例する.
[黒体輻射の熱力学的諸量]
光子気体のエネルギーは
E =∫ ∞
0dEω =
V h
π2c3
∫ ∞
0
ω3
eβhω − 1dω
=V h
π2c3
(kBT
h
)4 ∫ ∞
0
x3
ex − 1dx
=π2
15
V h
c3
(kBT
h
)4
. (3.39)
(積分は ζ(4)Γ(4) = 3 · 2 · 1 · π4
90= π4
15)
グランドポテンシャルは,µ = 0だから
Ω = β−1∑
i
ln(1 − e−βεi
)= β−1
∫ ∞
0D(ω) ln
(1 − e−βhω
)dω
=1
β
V
π2c3
∫ ∞
0ω2 ln
(1 − e−βhω
)dω.
部分積分をすると
Ω = − 1
β
V
π2c3
∫ ∞
0
ω3
3
βhe−βhω
1 − e−βhωdω
41900年に Rayleighによって導かれ,1905年に Jeansが係数の誤りを訂正した.プランクの公式との前後関係に注目!
5これは 1896年に輻射の全エネルギーが T 4に比例するというシュテファン-ボルツマンの法則と次に述べる遷移則をもとにヴィーンが提案した.
36
図 3.6: 小孔 dAから出て行く輻射は体積要素 cdt sin θdφ dθから出発する.
= − V h
π2c3
(kBT
h
)4 ∫ ∞
0
x3
3(ex − 1)dx
= −π2
45
V h
c3
(kBT
h
)4
. (3.40)
内部エネルギーと比べると,Ω = −PV だから
PV =1
3E (3.41)
の関係がある.この関係は超相対論的な (静止質量を無視できる)理想気体につ
いて一般的に成立する6.ヘルムホルツ自由エネルギーは
F = G − PV = 0 + Ω = Ω (3.42)
である.エントロピーは
S = −∂F
∂T=
4π2
45
V
c3kB
(kBT
h
)3
(3.43)
真空の熱容量は
CV = T∂S
∂T=
4π2
15
V
c3kB
(kBT
h
)3
(3.44)
[輻射強度]
黒体の単位面積から単位時間に放出される輻射のエネルギーを計算しよう.黒
体輻射の「つまった」容器の壁に面積 dAの穴を開け,ここを通り抜ける光子の
流れを調べる (図 3.6).穴から単位長さ離れた,図のような体積 sin θdθdφcdtの6係数 1/3の出所は,1粒子エネルギー準位の体積依存性 εi ∼ k ∼ L−1 ∼ V −1/3 にある.
37
要素を考える.球殻上のこれらの体積要素から出た光が,時間 1/cたった後に
dtの時間間隔の間に穴を通り向ける.光子気体の単位体積あたりのエネルギー
密度を uとすると,この体積中のエネルギーは cu sin θdθdφdtである.一般の
気体とは異なり,光子気体は速度がエネルギーによらないので,定まった距離
にある体積要素の寄与だけを考えればよい.ここから出て行く光子のうち穴を
通るものの割合は,ここから穴を眺める立体角を dΩ = dA sin θ sin φとすると,
dΩ/4πである.よって穴を通る光子のエネルギーは
cu sin θdθdφdt1
4πdA sin θ sin φ = cudtdA
1
4πsin2 θdθ sin φdφ. (3.45)
これを穴を中心にして半径 1,厚さ cdtの球殻について加え合わせると,通り抜
けるエネルギーは,
JEdAdt = cudtdA1
4π
∫ π
0sin2 θdθ
∫ π
0sin φdφ
=1
4cudAdt (3.46)
ここで JEがエネルギー流束密度である.(3.39)式から
JE =1
4cu =
π2
60
h
c2
(kBT
h
)4
≡ π2
60
k4B
c2h3T 4 = σT 4 (3.47)
輻射強度は温度の 4乗に比例し,比例係数 σはシュテファン・ボルツマン定数
と呼ばれる.輻射強度が温度の 4乗に比例するという法則は,1879年に Stefan
が実験的に確立し,1884年にBoltzmannが理論的に導いた.ボルツマンの導出
は量子論以前の熱力学によるものだから,この係数の値7
3.142
60
(1.38 × 10−16)4
(3 × 1010)2 × (1.05 × 10−27)3= 5.67 × 10−5 erg · sec−1 cm−2K−4 (3.48)
を求めることはできない.
——————————————————♥熱力学によるシュテファン-ボルツマンの法則♥黒体輻射のエネルギーが T 4に比例することが熱力学から導かれることは,熱力学に
威力と限界を分かりやすく示しているので,その導出法を説明しておく.マクスウェルの電磁気学によって,壁に垂直に光りが入射や反射 (これは光の入射と引き続く放出である)するとき,壁に及ぼす圧力が光りのエネルギー密度に等しいことが導かれる.つまり
P =E
V≡ u (3.49)
7左辺の値を計算しても右辺の値はこの精度では出ない.
38
である.容器の中の黒体輻射では,あらゆる方向に等方的に光りが入射,反射されるから,平均すれば (cos2 θの立体角についての平均は 1/3)
P =13u (3.50)
黒体輻射のエネルギー密度は温度のみの関数で,全エネルギーは体積に比例するから
E = u(T )V. (3.51)
温度が一定の条件で体積を変えればその変化率は uだから
u =∂E
∂V
∣∣∣∣∣T
= T∂S
∂V
∣∣∣∣∣T
− P
= T∂P
∂T
∣∣∣∣∣V
− P
=13T
du(T )dT
− 13u (3.52)
ここでマクスウェルの関係式を使った.uについての微分方程式
Tdu
dT= 4u (3.53)
が得られたので,積分すれば
u = AT 4 (3.54)
となる.
——————————————————
39
3.3 固体中のフォノン気体
[格子振動と固体の比熱]
低温では原子や分子はポテンシャルエネルギーが低くなるよう格子 (lattice)
を組んで結晶 (crystalつまり)固体 (solid)になる.低温で生きている低エネル
ギーの運動の自由度は,原子がポテンシャルの極小点の周りを運動する格子振
動である.この運動は固体の比熱として観測され,デュロンとプティは固体の
比熱が原子数のみで決まることを見つけた (Dulongと Petitの法則,1819年).
1871年,ボルツマンは独立な調和振動子の等分配則からCV = 3kBT を導いた.
1875年,ウェーバーはダイアモンド,ホウ素,珪素などについて,実験的に,
低温ではこの値よりもずっと小さいこと,高温ではこの値となることを確かめ
た.1907年,アインシュタインは,絶対零度では固体の比熱が零になることを
示した.
まずひとつの原子 (分子)の周囲の原子の作るポテンシャル中での運動を考え
よう.最も簡単に,各原子が等方的なポテンシャルの底にあると考えれば,3次
元の調和振動子
H =1
2m
(p2
x + p2y + p2
z
)+
1
2k
(x2 + y2 + z2
)(3.55)
が,N 個,あるいは ω =√
k/mの振動子が 3N 個あることになる (Einstein模
型).これは調和振動子系だから,低温ではCV ≈ e−βhω,高温ではCV ≈ 3NkB
となることが直ちに分かる.しかし実際には,ある原子の運動と隣の原子の運
動には相関があり,各原子は独立な振動子ではない.
[格子振動の 1次元モデル]
N 個の粒子が連なった 1次元系を考える.このとき 1番目の粒子とN + 1番
目に粒子を同一視すれば,周期的境界条件を課せる.輪になった系と考えれば
よい.隣接する 2粒子間のポテンシャルを v(xi − xj)とすれば (簡単のためポテ
ンシャルは次近接以遠には及ばないとする),ポテンシャルエネルギーは
U(x1, · · · , xN) =N∑
j=1
v(xj+1 − xj) (3.56)
平衡の位置を x0i とし,そこからの変位を uiと書くと
U =N∑
j=1
v(x0j+1 + uj+1 − x0
j − uj) = Nv(a) +N∑
j=1
1
2κ(uj+1 − uj)
2 + · · · . (3.57)
ただしここで,a = x0j+1 − x0
j は平衡での格子間隔であり,系全体の大きさは
L = Naである.平衡条件から aは v′(a) = 0を満たし,また κ ≡ v′′(a)である.
40
このポテンシャルから,j番目の原子の運動方程式は
md2uj
dt2= − ∂U
∂uj
= κ(uj+1 − uj) − κ(uj − uj−1) = κ(uj+1 − 2uj + uj−1) (3.58)
となる.
ここで ujの jによる変化がゆっくりな長波長の変形を考える.x0j = jaだか
ら,ujを平衡位置 x0j の関数と見なして uj ⇒ u(ja)とすると
uj+1 − 2uj + uj−1 ⇒ u(ja + a) − 2u(ja) + u(ja − a)
= a
(u(ja + a) − u(ja)
a− u(ja) − u(ja − a)
a
)
≈ a2u′(ja) − u′(ja − a)
a≈ a2u′′(ja) (3.59)
となる.この結果
m∂2u(x, t)
∂t2= κa2∂2u(x, t)
∂x2(3.60)
という連続体の波動方程式が得られる.この解は
u(x, t) = u0ei(kx−ωt) (3.61)
ただし振動数と波数の関係は (3.60)に代入して分るようにω =√
κ/makである.
波長の短いところも含めた運動方程式 (3.58)の一般的な解は
uj(t) = Qkei(jka−ωkt) (3.62)
と置いて (3.58)式に代入すると,
−mω2kQke
i(jka−ωkt) = κ(eika − 2 + e−ika)Qkei(jka−ωkt) (3.63)
がえられる.よって
−mω2k = κ(eika/2 − e−ika/2)2 = −4κ sin2 ka
2(3.64)
となり,振動数
ωk = 2
√κ
m
∣∣∣∣∣sin ka
2
∣∣∣∣∣ (3.65)
の調和振動子であることが分かる.ただし境界条件より eikNa = 1なので波数は
k = (2π/L)lでなければならない (lは整数).この分散関係を図 3.8(a)に示す.
図 3.8(b)はその状態密度である.
41
(a) 0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0ka
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
1
2Ω
m
Κ
(b) 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0
1
2Ω
m
Κ
1
2
3
4
LD
Π c
図 3.7: 1次元格子の (a)音波の分散と (b)状態密度.
(3.65)式は長波長,ka ¿ 1では
ωk = 2
√κ
m
ka
2=
√κ
mak = ck (3.66)
となって連続体の場合と一致する.音速は c =√
κ/maである.逆に,最も短
波長の振動は l = N/2,つまり k = π/aで,このとき隣の原子の変位は
u1 = Qπ/aeiπ−i2
√κ/mt = −Qπ/ae
−i2√
κ/mt = −u0 (3.67)
で,注目した原子と逆向きに振動している.
両隣の原子が動かないとするとアインシュタインのモデルでは
muj = −2κuj (3.68)
だから ω =√
2κ/mとなる.長波長の振動数はこの約 ka倍である.
[3次元の格子振動]
光子振動は原子の変位だから,ひとつの波数について,縦波と横波の 3つの
モードがある.長波長では,等方的な連続体固体の振動を考えればよく,縦波
ωlk = clkと二つの振動方向を持つ横波ωt
k = ctkがある.状態密度は光の場合と
同じく
Dl(ω) =3V
2π2c3l
ω2 (3.69)
Dt(ω) =3V
π2c3t
ω2 (3.70)
であり,両方合わせて
D(ω) =3V
2π2c3ω2 (3.71)
42
と書ける.ただし平均音速 cは
3
c3=
1
c3l
+2
c3t
(3.72)
で定義される.
長波長に限らない一般の場合は運動方程式を具体的に解いて固有振動を求め
なければならない.また長波長であっても結晶の対称性を反映して非等方な弾
性体と考えなくてはならず,音速は kの方向,つまり音波の伝播方向によって
異なる.長波長であれば cを音速のある種の平均として状態密度は (3.71)式と
同じ形に書ける.結晶の単位格子に 2個以上の原子がある場合には,長波長のと
ころに有限の振動数を持ったモードが現れる.これは 2個の原子が (単原子の場
合と同様)逆向きに振動するモードである.k → 0で振動数が零になるモードを
音響型分岐 (acoustic branch),有限になるモードを光学型分岐 (optical branch)
と呼ぶ.
[固体の格子比熱]
金属結晶の比熱には低温での電子のフェルミ面からの励起による寄与のほか
に格子振動の寄与がある.格子振動は,調和振動子と考えられ8,その量子化さ
れた励起はフォノン (phonon)と呼ばれる.フォノンは光子と同じく化学ポテン
シャルが零の理想ボース粒子と見なせる.したがって格子振動系のエネルギーは
E =∫ ∞
0
hω
cβhω − 1D(ω)dω + E0 (3.73)
と書ける (E0は零点振動のエネルギー).ここで状態密度は運動方程式の固有値
の分布から求められるものであり,振動数の小さなところは (3.71)式の形をし
ている.だが振動数の大きいところは複雑な形になる.
温度が低い (kBT ¿ hcπ/a)ときには,熱エネルギーと同程度以下のエネル
ギー (hck <∼ kBT )の振動,つまり長波長の音波のみが励起される.この場合の
エネルギーは,光子についての結果 (3.39)式を使い,c → cとして,モード数
の比 3/2をかければ
E =π2
10
V h
c3
(kBT
h
)4
(3.74)
が得られる.これから熱容量は
CV =∂E
∂T=
2π2
5
V
c3kB
(kBT
h
)3
(3.75)
となる.8隣の原子との結合が理想的なバネのようなものなら調和振動だが実際には原子の運動の振
幅が大きければ非調和性が重要になる.
43
0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4
T
Θ
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
CV
3 N kB
図 3.8: デバイモデルでの比熱および低温,高温極限の振舞い.
温度が非常に高いとき (hcπ/a ¿ kBT )は
hω
cβhω − 1≈ hω
βhω≈ 1
β(3.76)
だから
E − E0 ≈∫ ∞
0
1
βD(ω)dω = kBT
∫ ∞
0D(ω)dω = 3NkBT (3.77)
となりエネルギー等分配側が得られる.ただしここで振動モード数の総和が,
3Nになることを使った.黒体輻射の場合とは違い,格子間隔より短波長の振動
モードはないから,エネルギーが発散する心配はない.これから熱容量は
CV = 3NkB (3.78)
となって,これはデュロン-プティの法則 (Dulong-Petit’s law)である.
[デバイ模型]
一般の温度領域での熱容量を求めるには,格子振動の固有値を完全に求めて,
その状態密度から数値計算をすることが必要になる.しかし簡単なモデルを立
てることによって,格子比熱の概要を知ることが出来る.デバイの作ったモデ
ルは (Debye, 1912年)
D(ω)
=
3V
2π2c3ω2 ω ≤ ωD
= 0 ω ≥ ωD
(3.79)
というものである.ここでデバイ振動数と呼ばれる振動数のカットオフ ωDは
格子振動の全自由度が 3N になるという条件から決める.つまり∫ ωD
0
3V
2π2c3ω2dω =
3V
2π2
1
3
(ωD
c
)3
= 3N (3.80)
44
より
ωD = c(6π2N
V
)1/3
(3.81)
である.これは大きさとしては格子間隔を音速で割った程度である.
エネルギーは
E =3V
2π2c3
∫ ωD
0
hω3
eβhω − 1dω + E0 (3.82)
これから熱容量は
CV =dE
dT=
dβ
dT
dE
dβ=
1
kBT 2
3V
2π2c3
∫ ωD
0
h2ω4eβhω
(eβhω − 1)2dω
=h2
kBT 2
3V
2π2c3
∫ hωD/kBT
0
(kBT
h
)5x4ex
(ex − 1)2dx
= 3NkB3(
T
Θ
)3 ∫ Θ/T
0
x4ex
(ex − 1)2dx
≡ 3NkBD(
T
Θ
)(3.83)
ここに現れる温度Θ = hωD/kBはデバイ温度 (Debye temperature)と呼ばれる.
最後の式は 3NkBという原子数だけで決まる量と T/Θのみの関数D(
TΘ
)の積
である.後者をグラフにすると図 3.8のようになり,先ほど調べた低温の極限
と高温の極限を内挿する形になっている.
この結果は単純な格子をもつ物質の比熱をよく説明する.いくつかの物質につ
いて比熱の実測値をこのモデルに合わせたときのデバイ温度は: C: 2230K,Ne:
75K,Na: 158K,Al: 428K, Si: 645K, Ar: 92K, K: 91K, Ca:230K, Fe: 470K,
Ni: 450K, Cu: 343K, Ge: 374K, Ag: 225K, Sn: 200K, W: 400K, Pt: 240K,
Au:165Kなどで,数十度から数百度の程度だが,炭素のように 2000度という
ものもある9.このデータは低温の実測値の極限として決められたものである.
CV = (3/2)NkBとなる温度で比熱の測定値を (3.83)式に合わせて決めると,C:
1860K, Ne: 63K, Na: 150K, Al: 394K, Si: 625K, K: 100K, Ca: 230K, Fe: 420K,
Ni: 375K, Cu: 315K, Ge: 360K, Ag: 215K, Sn: 170K, W: 310K, Pt: 230K, Au:
170Kとなっている.10
9Kittel ”Thermal Physics” に引用されているデータ.10Ashcroft-Mermin ”Solid State Physics” に引用されているデータ.
45
第4章 相互作用する系と相転移
今まで統計物理学で学んできた多くの例は,系を熱平衡へ導くものとして弱い
相互作用の存在が仮定されてはいたが,実質的に相互作用を無視できるような
系であった.理想気体は相互作用が無視できる系で,容器内の粒子の運動エネル
ギーのみを考えるということである.格子振動は,原子間の相互作用の結果と
して現れるものだが,そこから調和振動を取り出せば,それは相互作用をしな
いボース粒子系として扱うことができた.この章では粒子間の相互作用が本質
的に重要になる系を扱う.粒子間相互作用がある系では,温度や圧力の変化と
ともに系の様相が突然一変することがしばしば起き,この現象は相転移 (phase
transition)と呼ばれる.物質の,気体,液体,固体の変化は相転移の代表的な
ものである.同じハミルトニアンで記述される系であっても温度などのパラメ
タの連続的な変化によって系の様相が不連続的に変化するのだ.
多くの場合,粒子の集団を記述するハミルトニアンに比べて,物質の状態は低
い対称性を持っている.たとえばスピン系のハミルトニアンは回転対称性 (Ising
スピンならば,向きの反転に対する対称性)を持っている.高温の系はハミル
トニアンと同じ高い対称性を持つが,低温になると磁化が特定の方向にそろい
対称性の低下した状態への変化が起きる.これが相転移である.物質の 3態の
場合は少し複雑だが,気体や液体は系の任意の並進移動に対し不変なのに対し,
固体では結晶の格子に対応する並進移動に対してのみ系は不変である.分配関
数の計算において素直に e−βHの状態和をとれば常にハミルトニアンの持つ対
称性が維持されてしまうので,系の対称性を破る相転移の記述には工夫が必要
になる.
以下では,相互作用する古典気体とスピン系の相転移の問題を取り上げる.
4.1 非理想古典気体
理想気体は分子間の相互作用を無視した模型であり,高温,低密度では現実
気体のよい近似だが,分子間の距離が近づくと,相互作用による補正が必要に
なる.ここでは古典力学に基づいて相互作用する分子系の振舞いを調べる.
46
図 4.1: (a) 分子間ポテンシャル v(r)と (b) 関数 f(r).
4.1.1 非理想古典気体の自由エネルギー
[非理想気体]
相互作用する粒子からなる気体は非理想気体または不完全気体 (imperfect gas)
と呼ばれる.内部構造を無視できる希ガスのような気体のハミルトニアンは
H =N∑
i=1
1
2mp2
i +∑
<i,j>
v(rij) (4.1)
と書ける1.< i, j >は分子のN(N − 1)/2組の対を表し,v(rij)はその分子対間
の距離 (rij = |ri − rj|)のみによる対ポテンシャルである.和は (1/2)∑N
i
∑Nj(6=i)
としたのと同じである.分配関数は
Z(T, V,N) =1
N !(2πh)3N
∫d3Np e−β
∑3N
ν=1
p2ν
2m
∫d3Nr e
−β 12
∑N
i
∑N
j( 6=i)v(rij)
=V N
N !(2πh)3N
(2mπ
β
)3N/21
V N
∫e−β 1
2
∑N
i
∑N
j( 6=i)v(rij)d3Nr
=V N
N !
(mkBT
2πh2
)3N/21
V N
∫e−β
∑<i,j>
v(rij)d3Nr (4.2)
となり,理想気体の分配関数に,ポテンシャルエネルギーを指数関数の肩に乗
せたものの積分がかかる.この第 2項の正確な計算は困難であり,近似的な扱
いが要求される.
e−βv(rij) 6= 1となるのは riと rj が近くにある配置だけであることに注目し
f(r) = e−βv(r) − 1と書くと,f(r)が有限の値をとるのは,rが小さく分子の大
1これは近似で,正確には第 3の分子が近くにいると 2分子間の相互作用に影響を与えるので,2体ポテンシャルの和だけでは表せず,3体のポテンシャルが必要である.
47
きさと同程度のときだけである (図 4.1).
e−β∑
<i,j>v(rij) =
∏<i,j>
(1 + f(rij))
= 1 +∑
<i,j>
f(rij) +∑
<i,j>
∑<k,l>( 6=<i,j>)
f(rij)f(rkl) + · · ·(4.3)
と展開すると,分配関数は
Z = Zideal gas
1 +V N−2
V N
∑<i,j>
∫ ∫f(rij)d
3rid3rj + · · ·
. (4.4)
この対数をとって,ヘルムホルツ自由エネルギーは
F = Fideal gas − kBT ln
1 +1
V 2
∑<i,j>
∫ ∫f(rij)d
3rid3rj + · · ·
. (4.5)
対数内の第 2項は勝手な対をひとつとってそれをN(N − 1)/2 ≈ N2/2倍すれば
よい.したがってこの項は
1
V 2
N2
2
∫ ∫f(r12)d
3r1d3r2 =
N2
2V
∫f(r12)d
3r2. (4.6)
ここでさらに
1
2
∫f(r)d3r =
1
2
∫(e−βv(r) − 1)d3r = −B(T ) (4.7)
と書く.Bは温度のみの関数で図 4.1(b)から分かるように |B|は分子体積のオーダーの量である.結局
F = Fideal gas − kBT ln [1 − NnB(T ) + · · ·]
= Fideal gas + kBTnNB(T ) + · · · . (4.8)
この展開が正しいのは,nB ∼ (分子の体積)/(分子 1個あたりの体積) なので,
NnB ¿ 1となるようなN についてだけ成り立つ式のように見える.しかし,
導かれた自由エネルギーの表式で展開の項もNに比例しているから,得られた
結果は展開が正当なNが小さい場合に限らず,もっと大きなNについても正し
いはずである.実際,高次の計算をていねいに行っても
Z = Zideal
(1 − NnB +
1
2!(NnB)2 − 1
3!(NnB)3 + · · ·
)= e−NnB (4.9)
となるので2
F = Fideal − kBT ln e−NnB = Fideal + kBTNnB (4.10)
2ただし特定の形の項だけの和である.長岡洋介 ‘統計力学’(岩波, 東京, 1994)など参照.
48
と全く同じ結果が得られる.
[ヴィリアル展開](virial expansion)
相互作用による補正項を加えた自由エネルギーは
F =3
2NkBT ln
(2πh2
mkBT
)+ NkBT ln
N
eV+ NkBT
N
VB(T ) (4.11)
これから圧力を求めると
P = −∂F
∂V
∣∣∣∣∣T,N
=NkBT
V+ NkBT
N
V 2B(T )
=NkBT
V(1 + nB(T )) . (4.12)
密度が低い極限では理想気体の状態方程式となり,展開によって得られたもの
は有限密度での相互作用による補正項を与えている.一般に状態方程式への補
正を密度のベキ展開
P =NkBT
V
(1 + nB(T ) + n2C(T ) + · · ·
)(4.13)
の形で表したものをヴィリアル展開,係数Bを第 2ヴィリアル係数,係数Cを
第 3ヴィリアル係数と呼ぶ.これらのの係数は f(r)を使って
B(T ) = − 1
2V
∫f(r12)d
3r1d3r2
C(T ) = − 1
3V
∫ ∫f(r12)f(r23)f(r31)d
3r1d3r2d
3r3
と表される3.
第 2ヴィリアル係数を評価してみよう.f(r)は図 4.1(b)のような形であり,.
高温では
f(r) =
−1 r < d
−v(r)
kBTr > d
(4.14)
と近似できるから
B(T ) ≈ −1
2
∫ d
0(−1)4πr2dr − 1
2
∫ ∞
d
(−v(r)
kBT
)4πr2dr
=2
3πd3 +
1
2kBT
∫ ∞
dv(r)4πr2dr
≡ b − a
kBT. (4.15)
3L. E. Reichl,A Modern Course in Statistical Physics, Wiley,New York, 1998, p.514
49
ここで bは剛体球体積の 4倍,定数 aは
a = −1
2
∫ ∞
dv(r)4πr2dr (4.16)
である.この積分が収束するためには v(r) ∼ 1/rnとしたときn > 3が必要であ
る.こうでないときには引力のために気体の一様性が破れると考えられる.中
性原子間に働くファンデルワールス力では n = 6である.
4.1.2 非理想古典気体の性質
[非理想気体の自由膨張]
理想気体の内部エネルギーは温度のみによっているので,理想気体を自由膨
張させても温度は一定である.非理想気体のエネルギーは
E = −T 2 ∂
∂T
(F
T
)(4.17)
= Eideal gas − T 2 ∂
∂T
[NnkB
(b − a
kBT
)](4.18)
= Eideal gas − Nna (4.19)
である.体積 V2の断熱壁に囲まれた箱の一部,体積 V1の部分に入った気体を,
仕切りを取って自由に膨張させたとき (図 4.2(a)),温度が T1から T2に変わった
とすると,エネルギー保存則から
3
2NkBT1 −
N2a
V1
=3
2NkBT2 −
N2a
V2
(4.20)
である.したがって温度の変化は
T2 − T1 =2a
3kB
(N
V2
− N
V1
)< 0 (4.21)
引力に逆らって仕事をするので気体の温度は低下する.
[ジュール-トムスン効果](Joule-Thomson effect)
図 4.2(b)のように圧力P1の気体 (体積は V1)を細孔を通して圧力P2(< P1)の
気体 (体積は V2)にする過程を考える.このとき気体は,左側で P1V1の仕事を
受け,右側で P2V2の仕事をする.気体の内部エネルギーをそれぞれE1,E2と
すると
E1 + P1V1 = E2 + P2V2 (4.22)
50
(a)
(b)
図 4.2: 気体の (a)自由膨張と (b)ジュールトムスン効果.
だから,この操作はエンタルピーH = E + PV が一定の過程である.エンタル
ピーは
H =3
2NkBT − N2a
V+ NkBT
[1 +
N
V
(b − a
kBT
)]=
5
2NkBT + NkBT
N
V
(b − 2a
kBT
)(4.23)
である.(4.12)式から体積は,NkBT/P ≈ V に注意すると,
V =NkBT
P(1 + nB(T ))
≈ NkBT
P+ NB(T ) (4.24)
と書ける.これから圧力変化に伴う温度変化は(∂T
∂P
)H
=∂(T,H)
∂(P,H)
=∂(T,H)
∂(T, P )
∂(T, P )
∂(P,H)
=
[V + T
(∂S
∂P
)T
] (− 1
CP
)
=1
CP
[T
(∂V
∂T
)P
− V
]. (4.25)
体積の表式 (4.24)を使うと(∂T
∂P
)H
=1
CP
[T
(NkB
P+ N
dB
dT
)−
(NkBT
P+ NB
)]
=N
CP
(T
dB
dT− B
)
51
=N
CP
(2a
kBT− b
)(4.26)
(4.26)式から圧力の低下に伴って,高温 (kBT > 2a/b)では温度が上がり,低
温 (kBT < 2a/b)では温度が下がることが分かる.逆転する温度は,水素では
193K,ヘリウムでは 100Kほどである.
4.1.3 ファンデルワールス状態方程式と気体液体の転移
(4.15)式,(4.12)式を少し書き換えると,現実気体の簡単かつ有用な現象論
的モデルであるファンデルワールス (van der Waarls)の状態方程式が得られる.
この方程式を使えば気体-液体の相転移の様子を理解することができる.
[ファンデルワールスの状態方程式]
低密度からの圧力の展開式は,(4.15)式,(4.12)式から
P =NkBT
V
[1 +
N
V
(b − a
kBT
)](4.27)
となる,これを少し書き換えてみる.
P +(
N
V
)2
a =NkBT
V
(1 +
N
Vb)≈ NkBT
V − Nb(4.28)
つまり (P +
(N
V
)2
a
)(V − Nb) = NkBT (4.29)
である.この式は,体積 b 程度の硬い芯 (hard core)と 2体の短距離引力を持つ
粒子系の状態方程式の最も簡単なモデルとして導入され,ファンデルワールス
の方程式として知られる.(4.29)は理想気体の状態方程式と同じ構造をしてい
る.圧力への補正は粒子数密度の 2乗に比例し (二つの分子が接近したときの作
用),容器の壁で計測される圧力P が分子間引力のため気体内部の本当の圧力よ
りも低く見えることを表す.第 2因子に入っている−Nbは,気体の実効的な体
積が各分子のハードコアのため小さくなることを示す.
[気体と液体の共存とマクスウェルの規則]
状態方程式から温度と体積の関数としての圧力P (T, V )が決まる (図 4.3).高
温では理想気体の状態方程式に近いが,温度が低下すると,体積が小さいとき
は引力の効果で圧力が下がり,体積減少にともなう圧力上昇がゆるくなる.あ
る温度以下では,谷と山が現れ,高密度相が液体,低密度相が気体を表す.中
間の領域は ∂P/∂V > 0だから熱力学的に不安定な状態である.
52
V
P
図 4.3: ファンデルワールス気体の PV 図 (左)と 3次元表示 (右)
現実の平衡系では,気体と液体が共存する圧力一定の状態を通って気相と液
相の間の変化が起きる.この共存線を決める条件を調べよう.温度 T を固定し
たとき,相転移点で気相 V1から液相 V2まで P (T, V )に沿って進めば内部エネ
ルギーの変化は,dE = TdS − PdV より
E2 − E1 = T (S2 − S1) −∫ V2
V1
P (T, V )dV (4.30)
である.気体と液体が共存する圧力をPlgとし,この共存線P = Plgに沿ってい
けば,∆Qを気化の潜熱として
E2 − E1 = ∆Q − Plg(V2 − V1) (4.31)
となる.(4.30)式と (4.31)式は等しいはずなので∫ V2
V1
P (T, V )dV = Plg(V2 − V1). (4.32)
このことは P (T, V )曲線と共存線に囲まれた二つの部分の面積が等しいことを
意味し,この条件で Plgを決めることができる.等面積の条件をマクスウェル
の規則 (Maxwell’s rule, Maxwell construction)と呼ぶ.
等面積の条件は一定温度での 2相の平衡条件
µ2 − µ1 =∫ 2
1vdP = 0 (4.33)
53
Peq
V1 V2V
P
図 4.4: マクスウェルの規則
からも直ちに得られる.
[ファンデルワールスの状態方程式の臨界点]
液体と気体の相境界 (phase boundary)が消失する臨界点 (critical point)は図
からわかるように∂P
∂V
∣∣∣∣∣Tc,Vc
= 0∂2P
∂V 2
∣∣∣∣∣Tc,Vc
= 0 (4.34)
の条件で決まる.ファンデルワールスの状態方程式で計算すると
Vc = 3Nb Tc =8a
27kBbPc =
a
27b2(4.35)
が得られる.よって臨界点で次の量は物質によらず普遍的な値をとることがわ
かる.PcVc
NkBTc
=3
8(4.36)
さらに体積の単位として Vc,温度の単位として Tc,圧力の単位として Pcをと
り,v = V/Vc,t = T/Tc,p = P/Pc,とするととると,状態方程式は次の普遍
的な形にかける. (p +
3
v2
)(3v − 1) = 8t (4.37)
54
4.2 磁性体の相転移
相転移によって系の対称性が変化し,自発的に秩序状態が生まれる相転移を
調べよう.話を具体的にするために,ここでは格子上に並んだイジングスピン
系を扱う.
4.2.1 イジングスピン系の相転移
[イジングスピン系]
イジング模型 (Ising model)は磁性体の最も簡単なモデルであり,2次元以上
の次元で相転移を起こす.このモデルは強磁性体や反強磁性体のモデルとなる
だけでなく,気体の凝集,合金の相分離をはじめ広範な現象の最も簡単なモデ
ルとなる.イジング模型では格子点に,上下二つの状態をとる「スピン」を配
置する.i番目の格子点のスピン Siのそれぞれの状態での値を
Si
= 1 (up spin : ↑)
= −1 (down spin : ↓)(4.38)
とする.電子スピンの sz = ±1/2の状態と思ってもよいが,ここでは古典的な
スカラー変数である.
ハミルトニアン4は
H0 = −JzN/2∑〈i,j〉
SiSj (4.39)
である.〈i, j〉は隣同士の組をあらわし,zはある格子点のまわりの最近接格子
点の数を表す5.たとえば,2次元正方格子ならば z = 4,三角格子なら z = 6,
3次元の単純立方格子なら z = 6,体心立方格子なら z = 8,面心立方格子なら
z = 12である.次の二つの和は同じことを表すことに注意しよう.
zN/2∑〈i,j〉
↔ 1
2
N∑i
z nearest neighbors of i∑j=1
(4.40)
強磁性体のモデルでは J > 0で,スピンがそろうとエネルギーが低下する.
4ハミルトニアンといっても系のダイナミクスを問題にしなければ,平衡系の統計力学では系のエネルギーを与える関数に過ぎない.時間変化を考えるときは運動法則が問題になり,量子力学的なダイナミクスを考えるのならば運動は Si = (i/h)[H,Si]に従う.非平衡系の統計力学では,スピンの時間変化に対し適当な確率的時間発展を仮定することが多い.たとえば,それぞれのスピンが勝手に反転する,あるいは,隣のスピンと向きを交換するなどである.いずれの場合も,反転が実現される確率を系のカノニカル平衡分布が実現するように設定する.
5端の問題を避けるために,系は周期的であると考える.
55
一般には,このスピン間相互作用エネルギーに外部磁場 hによるゼーマンエ
ネルギーが加わった系を考える.
H = H0 + Hext = −JzN/2∑〈i,j〉
SiSj − hN∑i
Si (4.41)
[熱平衡状態と相転移]
外部磁場がないh = 0のとき,この系の基底状態はスピンがすべて上か下にそ
ろった強磁性状態である.強磁性状態はエネルギー的には2重に縮退しているが,
巨視的な磁性体は二つの状態のうちどちらかしか取れない.逆に高温 (kBT À J)
の状態は,スピンが熱運動によってランダムに上下に向いた平均的には磁化の
ない常磁性 (paramagnetism)状態である.磁場をかければ,その強さに比例し
て,エネルギー的に有利な向きが多数派となり外場に比例した磁化が現れるか
らだ.高温では系は上下の反転に対して対称であり,低温では基底状態に似た
上か下のどちらかのスピンが多数派となる非対称な強磁性 (ferromagnetism)状
態が実現される.いったんどちらかの状態が実現すると,巨視的な系では磁化
が反転した状態は実現されないと考えてよい.このことを自発的な対称性の破
れ (spontaneous symmetry breaking)と呼ぶ.対称性の破れの程度,あるいはス
ピン秩序化の程度を特徴づけるのが秩序変数 (order parameter)である.今の場
合は磁化 (magnetization)がそれだ6.
M = 〈∑
i
Si〉. (4.42)
ここで 〈· · ·〉は熱平衡分布についての平均である7.だが,秩序変数としてむし
ろ 1スピンあたりの平均磁化
m =M
N= 〈Si〉 (4.43)
を使った方が,体系の大きさによらないので便利だ.一様な系ではこの平均は
場所 iにはよらない.
熱力学的に見れば,熱平衡で実現されるのは自由エネルギー
F = E − TS (4.44)
を最小にする状態である.高温では,エントロピーが大きい配置が有利で,上
向き下向き同数のスピンがスピンがランダムに並んだM = 0の状態が実現す
る8.低温 (kBT ¿ J)ではスピンの向きがそろったエネルギーの低い状態が実6本当の意味の磁化にするにはこれに磁気モーメントをかけなくてはいけない.7具体的な定義は (4.48)式.8mの関数としてエントロピーの具体的な表式は (4.64)
56
現される.外場がなくてもほとんどのスピンはどちらかのそろった方向を向い
ており,
|〈M〉| ≈ N or m ≈ 1 (4.45)
の強磁性状態である.(4.39)式のハミルトニアンは上下の反転に対する対称性
を持っているので,対称性からは 〈M〉 = 0が期待されるが,強磁性状態ではこ
の対称性は自発的に破れている.(もっとも現実の系では,はじめから環境に何
らかの対称性の破れが避けられないので (磁性体では地磁気の影響など)厳密な
意味での自発的対称性の破れを実現することは難しい.) 温度を変えていった
ときに,どこかで系の対称性が低下し,M が零から有限の状態に変わる.これ
を相転移 (phase transition)と呼ぶ.
[Isingスピン系の平均場近似]
相転移がいつどのように起こるかは,統計力学の立場からは自由エネルギー
が求められれば分かる.イジング模型では 1次元系の場合には自由エネルギー
が厳密に計算でき,相転移がないことが示される (演習問題参照).2次元系の
場合もオンサガー (Onsager)によって厳密解が求められ,相転移の存在が証明
されたが,3次元系で厳密な結果を得ることは絶望的である.一般に相互作用
のある系の分配関数や自由エネルギーを求めることは非常に困難で,何らかの
近似計算に頼らざるを得ない.ここでは Ising強磁性体モデルの平均場近似で自
由エネルギーの計算をやってみよう.平均場近似は,結果の正確さは保証の限
りでないが,いろいろな形でほとんどあらゆる系に対して適用することができ
るので,この考え方を理解することは重要だ.
系のハミルトニアンは (4.39)式である.分配関数は温度と外場の関数として
与えられ
Z(T, h) =∑n
e−βEn
=2N∑n
〈n|e−βH|n〉
=∑
S1=±1
∑S2=±1
· · ·∑
SN=±1
e−βH(Si) (4.46)
である.系の微視的状態 nは,それそれがスピンの向きのひとつの配置に対応
する: |n〉 = | ↑↓↓↓↑ · · · ↑〉など.この配置は 2N 通りあり,最後の行は各格子点
の二つのスピン配置についての和として表してある.
平均場近似 (mean field approximation)では,相互作用ハミルトニアンの中
の Siを平均値 〈Si〉とゆらぎ δSi = Si − 〈Si〉に分離して
H0 = −J∑〈i,j〉
SiSj
57
= −J∑〈i,j〉
[(Si − 〈Si〉)(Sj − 〈Sj〉) + Si 〈Sj〉 + 〈Si〉Sj − 〈Si〉 〈Sj〉](4.47)
と書き,ゆらぎ δS について 2次になっている第 1項を無視する.ここでの平
均は
〈Si〉 =
∑n〈n|Sie
−βH|n〉∑n 〈n|e−βH|n〉
(4.48)
という意味だ.その結果,平均場相互作用ハミルトニアンは
H0 ⇒ Hmf = −J∑
i
Si
n.n. of i∑j
〈Sj〉 +1
2J
∑i
n.n. of i∑j
〈Si〉 〈Sj〉
= −zJm∑
i
Si +1
2NzJm2 (4.49)
と表すことができる.このハミルトニアンを使うと,分配関数は相互作用のな
いときのものと同じ形なので
Z =∑
S1=±1
· · ·∑
SN=±1
eβheff(S1+S2+···+SN )e−12βNzJm2
=
∑S1=±1
eβheffS1
· · ·
∑SN=±1
eβheffSN
e−12βNzJm2
=(eβheff + e−βheff
)Ne−
12βNzJm2
=[e−
12βzJm2
2 cosh (βheff)]N
(4.50)
となる.ただし有効磁場を
heff = h + zJm (4.51)
と定義した.よって自由エネルギーは
F (V, T, h) = N
[1
2zJm2 − 1
βln [2 cosh(βheff)]
](4.52)
となる.これを外場で微分すれば磁化を求めることができる9.つまり
m = − 1
N
∂F
∂h= tanh(βheff) (4.55)
9イジングスピン系に限らず,一般に外場の関数としての自由エネルギーが分かっていれば,磁化を求めることができる.ここではベクトルスピン系で,仮想的に各格子点ごとに違う磁場hiがかかっているとしよう.こうすると形式的には各格子点ごとの磁化の計算ができる.分配関数と自由エネルギーは
Z(β, hi) =∑
n
〈n|e−βH0−∑
ihi·Si |n〉. F (β, hi) = − 1
βlnZ(β, hi) (4.53)
である.これをベクトル hiの各成分 hαi で微分すれば各格子点での磁化の各成分mα
i を求める
58
であるこれが (4.49)式で導入したm = 〈Si〉と同じになっていなければならない.つまりmは
m = tanh [β(h + zJm)] (4.56)
という自己無撞着方程式 (self-consistency equation)の解である.
(4.56)式を解けば各温度での磁化がわかる.ここで興味があるのは外場のな
い h = 0の場合である.このとき
Tc ≡zJ
kB
(4.57)
と書くと
m = tanh(
Tc
Tm
)(4.58)
となる.x = (Tc/T )mとして,y = tanh xと y = (T/Tc)xのグラフを書けば,
両者の交点として自己無撞着 (self-consistent)な解が求められる (図 4.5(a)).そ
れは
m =
0 for T > zJ/kB,
0, ±ms(T ) for T < zJ/kB
(4.59)
となる.T ≥ Tcでは解は x = 0だけであり,秩序変数 (磁化)の値は零である.
T ≤ Tcでは 3つの解がある.次節で見るようにm = 0は不安定な解で,ふたつ
のm = ±msが平衡状態を表す.この二つの可能な平衡状態は,あとで見るよ
うに,等しい自由エネルギーを持ち縮退している.現実の系では系の対称性が
破れて片方の状態が出現する.この相転移の起こる温度 Tcは臨界温度 (critical
temperature)と呼ばれる.
h = 0での自由エネルギーは
F = −N
βln [2 cosh (βzJms(T ))] +
1
2zNJms(T )2 (4.60)
ことができる.(一様磁場 hi = hとすれば,全磁化が求められる.)
mαi = 〈Sα
i 〉 =∑
n 〈n|Sαi e−β(H0−
∑ihi·Si)|n〉∑
n 〈n|e−β(H0−∑
ihi·Si)|n〉
=1Z
∂
∂(βhαi )
∑n
〈n|e−β(H0−∑
ihi·Si)|n〉
=1β
∂
∂(hαi )
ln Z(β, hi)
= − ∂
∂hαi
F (β, hi). (4.54)
(4.55)式はこれを 1成分にして,hi = hとしたものである.
59
(a)
-2 -1 1 2Βm
-1.0
-0.5
0.5
1.0
mΒ, tanhHΒmL
(b) -1.0 -0.5 0.5 1.0m
-1.2
-1.0
-0.8
-0.6
-0.4
fHmL
図 4.5: (a) 自己無撞着方程式 (4.56)のグラフによる解法.直線は,パラメタの値は,zJ = 1,β = 0.5, 1, 2.(b) Isingモデルの平均場近似での計算に現れるf(T,m)の形.自由エネルギーの値は (a)の交点に相当する,極大,極小の点でのみ意味を持つ.
である.msを独立変数と見なして (4.60)式のグラフを書けば図 4.5(b)のように
なっている.このグラフで物理的に意味のあるのは (4.56)式の解となる点 (微分
して分かるように (4.60)式の極値を与える点)だけである.高温ではm = 0が,
低温ではm = ±msが自由エネルギーの最小値をあたえる.
(4.56)式の解ms(T )を使って,エネルギーを求めれば
E =d(βF )
dβ= −N tanh (βzJms) zJms +
1
2zNJm2
s
+ (−NβzJ tanh (βzJms) + βzNJms)dms
dβ
= −1
2zNJm2
s (4.61)
となり (tanh (βzJms) = msに注意),(4.49)式の期待値と一致する.このモデ
ルではハミルトニアンに運動エネルギーがないので,磁化のない高温相では平
均場近似でのエネルギーは常にE = 0である.
4.2.2 秩序変数と自由エネルギー
ここでは,イジングスピン系の相転移を,系の自由エネルギーが秩序変数と
ともにどう変わるかを調べる.
[磁化の関数としての自由エネルギー]
外場がかかっていない系でどのような状態が実現されるかを考えるのに,系
の磁化の関数としての自由エネルギー F (β,M)を考えることは有用である.こ
れが分かれば,最も小さいF の状態を探せば実現される磁化の値がわかる.形
式的には,分配関数の計算で和をとるときに,ある磁化を持った微視的状態に
60
限った和をとればよい.
F (β,M) ≡ − 1
βln
∑states of given M
〈n|e−βH0 |n〉
(4.62)
全磁化がM(= Nm)の状態では,N+ = (N + M)/2個のスピンが上を向き
N− = (N − M)/2個のスピンが下を向いている.このようなスピン配置の数は
W (N,M) =N CN+ =N !
N+!N−!=
N !
N+!(N − N+)!(4.63)
だから,エントロピーは
S
kB
= ln W
= N lnN
e− N+ ln
N+
e− (N − N+) ln
N − N+
e
= −N+ lnN+
N− (N − N+) ln
N − N+
N
= −N(
N+
Nln
N+
N+
N − N+
Nln
N − N+
N
)= −N
(1 + m
2ln
1 + m
2+
1 − m
2ln
1 − m
2
)(4.64)
である.対応するエネルギーは,スピン配置によって一つ一つの微視的状態に
よって違っており,それらを実現確率の重みつきで加えなくてはならない.こ
れを遂行することは困難なので,スピン対エネルギーを
〈−JSiSj 〉M = −J〈Si〉M 〈Sj〉M = −Jm2 (4.65)
と積の平均値をスピン間の相関がないとして平均値の積で近似する10.ここで
〈. . .〉Mは磁化がMとなるという制限つきの平均である.最近接スピン対の数は
zN/2だから
E(m) = −1
2zNJm2 (4.66)
である.
よって自由エネルギーE − TSは
F (β,m) = −1
2zNJm2 +
N
β
(1 + m
2ln
1 + m
2+
1 − m
2ln
1 − m
2
)(4.67)
となる.このグラフは図 4.6(b)のようになっている.こうして磁化の関数とし
ての自由エネルギーが得られた.
[相転移と自由エネルギー]10隣同士のスピンの配置に全く相関がないとして,スピンが対が平行,あるいは反平行になる確率を計算すれば同じ結果がすぐに得られる.このような平均場近似はブラッグ-ウィリアムズ (Bragg-Williams)近似と呼ばれる.
61
(a)
-2 -1 1 2Βm
-1.0
-0.5
0.5
1.0
mΒ, tanhHΒmL
(b) -1.0 -0.5 0.5 1.0m
-1.2
-1.0
-0.8
-0.6
-0.4
fHmL
図 4.6: (a) 自己無撞着方程式 (4.56)のグラフによる解法 (図 4.5と同じ).直線は,パラメタの値は,zJ = 1,β = 0.5, 1, 2.(b) 平均場近似 (ブラッグ-ウィリアムズ近似)での磁化の関数としての自由エネルギー f(T,m).自由エネルギーの値は (a)の交点に相当する極大,極小の点は図 4.5と同じである.
平衡状態で実現されるのは F,あるいは 1スピンあたりの自由エネルギー
f = F/N が最小となるものである.
∂
∂mf = −zJm +
1
2βln
1 + m
1 − m= 0 (4.68)
より
βzJm =1
2ln
1 + m
1 − m(4.69)
の解となるmの状態である.(4.69)は
1 + m
1 − m= e2βzJm
e−βzJm(1 + m) = eβzJm(1 − m)
m = tanh (βzJm) (4.70)
と平均場近似の (4.58)式と全く同じ式である.
[相転移と磁化の温度変化]
図 4.6(b)の自由エネルギー f(T,m)を見れば温度変化の様子が良くわかる.高
温ではエントロピーの項が優勢でエントロピーが最大になるm = 1/2の状態が
自由エネルギーの最小値を与える.エネルギーは逆にm = 0の状態が最大なの
で,温度の低下とともに両者が競合し,T = Tcで f ′′(0) > 0から f ′′(0) < 0に
変わり,f(T,m)が最小になる点が両側に分かれていく.m = 0の点は極小か
ら極大に変わるので,T < Tcでこの点は不安定点であることがわかる.温度と
磁化の関数として自由エネルギーを 3次元的に書いたのが図 4.7(a),その等高
線を描いたのが (b)である.図 4.7(c)は f(T,m)の極値の位置を表示してある.
高温ではひとつだった極値が T = Tcで 3つに分岐する.
62
(a)
(b)0.0 0.5 1.0 1.5 2.0
-1.0
-0.5
0.0
0.5
1.0
TTc
m
(c)0.0 0.5 1.0 1.5 2.0
-1.0
-0.5
0.0
0.5
1.0
TTc
m
図 4.7: (a) 温度と磁化の関数としての自由エネルギー f(T,m).(b) 自由エネルギー f(T,m)の等エネルギー曲線.(c) 自由エネルギー f(T,m)の極値を表す(4.69)式の解曲線.m = ±1付近でがたついているのは計算精度が悪いためで,なめらかにm = ±1に近づいていく.
なお相転移が起きるのは外場がない場合だけであることに注意しよう.弱く
てもが外場がかかっていれば,常に外場の向きによって正または負の磁化が現
れ対称性は常に破れている.
4.2.3 関連した系
[スピン空間での回転対称性]
Isingスピンではなく,ベクトルスピンで相互作用がハイゼンベルグハミルト
ニアン
H0 = −Jn.n.∑〈i,j〉
Si · Sj (4.71)
で表されるような場合は,スピン空間で回転対称性がある.このとき自由エネ
63
(a) (b)
(c)
図 4.8: 磁化の関数としての自由エネルギーF (T, m)の形.(a) T > Tc,(b)T =
Tc,(c) T < Tc.
ルギーF は磁化の絶対値のみの関数となる.分かりやすいようにスピンベクト
ルの次元を落として,2次元スピンの場合 (XYモデルと呼ばれる),(mx,my)の
関数として自由エネルギーF (T, m)を図示すると,相転移温度Tcより高温では
図 4.8(a)のような回転放物面になる.最低エネルギーの状態はm = 0である.
低温 T < Tcでの自由エネルギーの形は図 4.8(c)のようなワインボトル型であ
る.ビンの形は転位温度近くでは底の平らなBourgogne型で,低温になると溝
の深いBordeaux型に変わる.m = 0の状態はエネルギーが極大になっている.
最低エネルギーの状態は,ハミルトニアンの対称性を反映してワインボトルの
底の |m| = m0の状態で連続的縮退を持っている.非常に小さな系ではいろい
ろな磁化の状態の量子力学的重ねあわせでm = 0となることもありうるが,現
実のマクロな系はひとつの磁化しかとり得ず (状態を表すHilbert空間が巨視的
な磁化が異なる場合には別物になる),スピン空間の回転対称性がやぶれた特定
の 〈m〉 (6= 0)の状態となる.
平均場近似による計算では,スピン空間の対称性 (上下の反転対称性しかな
い Isingスピンか,回転対称性を持つHeisenbergスピンか,2次元回転対称性を
64
持つXYスピンかなど)や,スピンの配置されている空間の次元によらず 2次相
転移を示す.これはスピンのゆらぎが無視された結果であり,ゆらぎを考慮す
れば低次元では相転移がなくなる場合もある.ゆらぎはスピン空間の対称性が
高くなるほど,空間の次元が低くなるほど大きい.Isingスピンでは,1次元で
は相転移がなく,2次元以上では 2次相転移である.XYモデルでは 2次元の場
合,有限温度で相転移があるが,T < Tcでも自発磁化はなく,相転移の次数も
Berezinskii-Kosterlitz-Thouless(BKT)転移と呼ばれる「滑らか」なものになる.
[問題] 「ゆらぎはスピン空間の対称性が高くなるほど,空間の次元が低くなるほど大
きい」理由を考えよ.
[反強磁性イジング模型]
単純立方格子や 2次元正方格子の上のイジング模型に立ち戻ろう.これらの
格子は隣同士の格子点をAとBの二種に分けることができる.正方格子ならば
AとBの格子点はそれぞれ一辺の長さが√
2aの 45度傾いた正方格子を作る.単
純立方格子ならば格子定数 2aの二つの面心立方格子を作る.以下,このような
二つの副格子 (sublattice)に分割できる格子を考える.今まではイジングスピン
の結合定数 J を正としたが,今度は J < 0とする.この場合相互作用をする最
近接対は一方がA格子,他方がB格子の上にある.J > 0の場合は隣同士のス
ピンがそろったが今度は逆向きがエネルギー的に有利となる.実際,(4.39)式
のハミルトニアンで J < 0としたものは
HAF0 = |J |
zN/2∑〈i,j〉
SAi SB
j (4.72)
と書けるが,ここで次のようにして新しいスピン変数を導入すると
σi = SAi , σj = −SB
j , J ′ = −J (> 0) (4.73)
ハミルトニアンは
HAF0 = J ′
zN/2∑〈i,j〉
σi(−σj) = −J ′zN/2∑〈i,j〉
σiσj (4.74)
となる.これは強磁性のハミルトニアンに他ならない.よってJ > 0のSBj の向
きをすべて逆転させればそれが J < 0に対応する.基底状態は明らかにA格子
と B格子のスピンが逆を向いた反強磁性 (antiferro magnetism)の状態である.
この場合の秩序変数は副格子の磁化
mA =2
N〈NA
+ − NA− 〉, mB =
2
N〈NB
+ − NB−〉. (4.75)
65
外部磁場がなければ対称性からmA = mB ≡ mである.である.強磁性体での
結果から,m = 0からm 6= 0への相転移は,平均場近似では
TN =1
kB
z|J | (4.76)
で起きる.この反強磁性体の相転移温度はネール (Neel)温度と呼ばれる.
以上の話は格子が二つのお互いに隣同士の二つの副格子に分割できる場合に
のみ成り立つ.たとえば三角格子はこのようなことは不可能で基底状態はフラ
ストレーションのため大きな縮退がある.
[格子気体]
イジングスピン系はさまざまな系の最も簡単なモデルになる.そのひとつ,格
子気体模型 (lattice gas model)を見てみよう.連続的な空間を離散化し,格子
点 iからなる空間を考える,各点での粒子の有無を区別する変数 niは,粒子が
存在すれば ni = 1,不在であれば ni = 0とする.粒子間には近距離で引力が働
き,二つの粒子が隣接する格子点にあると−φ (< 0)のエネルギーを持つとす
る.この系のポテンシャルエネルギーは
H = −φ∑〈i,j〉
ninj (4.77)
である.平衡状態の空間配置だけを問題にするなら,運動エネルギーは考える
必要がない (それでもスピン系と同様,ハミルトニアンと呼んでおこう)11.考
える状態は,粒子数が一定
∑i
ni = N (4.78)
のものだけである.引力があるので,基底状態は粒子がある領域に集合し残り
の空間は空である.有限温度では,この粒子の集合体の中に空孔が混ざりこみ,
逆に空の部分に粒子が点在する.粒子が集合した部分がこのモデルでの液体で
あり (固体と思ってもよい),粒子が点在する領域が気体である.温度が高くな
れば,液体中の空孔密度が増し,気体中の粒子密度も増す.温度が十分高くな
れば両相の粒子密度は接近し,ついには 2相の区別はなくなる.これは本物の
気体-液体の系では臨界温度を越えたことに対応する.
平衡状態を調べるときは,グランドカノニカル分布を使うのが便利なので,
−µN の項をつけておき
H = −φ∑〈i,j〉
ninj,−µ∑
i
ni (4.79)
11系の時間変化を問題にするときは,粒子のどのような位置変化が許されるのか重要になる.通常は隣接格子点への飛び移りのみが許される.
66
をハミルトニアンとして,可能なあらゆる粒子数Nの配置を考えることにする.
これをイジングスピン系に対応させる.
Si = 2ni − 1 ⇔ ni =1 + Si
2(4.80)
つまり,粒子のある状態を上向きスピン,ない状態を下向きスピンに対応させ
る.(4.80)式の niをハミルトニアンに入れて Siで表すと
H = −φ
4
∑〈i,j〉
SiSj −(
zφ
4+
µ
2
) ∑i
Si −µN
2(4.81)
となる.この式はグランドカノニカル分布で考えれば,格子気体の系と
J =φ
4, h =
zφ
4+
µ
2(4.82)
のイジングスピン系が等価であることを示している.
67
よく使われる公式
[ガウス (Gauss)積分] ∫ ∞
−∞e−ax2
dx =
√π
a(4.83)
∫ ∞
−∞x2e−ax2
dx =1
2a
√π
a(4.84)
一般に ∫ ∞
−∞x2ne−ax2
dx =(2n − 1)!!
2nan
√π
a(4.85)
[スターリング (Stirling)の公式]
n À 1でln n! ≈ n ln
n
e(4.86)
または,もう少し精度よく
n! ≈√
2πn(
n
e
)n (1 +
1
12n+ · · ·
)(4.87)
[ガンマ関数]
積分表示Γ(z) =
∫ ∞
0tz−1e−tdt (4.88)
nが零または自然数のとき
Γ(n + 1) = n! (4.89)
Γ(n +1
2) =
(2n)!
22nn!
√π (4.90)
[d次元球の体積]
Vd(R) =πd/2
(d/2)Γ(d/2)Rd (4.91)
[3次元理想気体の状態密度]
D(ε) =gV m3/2
21/2π2h3 ε1/2 (4.92)
[熱ドゥブロイ波長]
λT =
(2πh2
mkBT
)1/2
=h√
2πmkBT(4.93)
68
低温でのフェルミ分布に関する Sommerfeld の公式
∫ ∞
−∞F (ε)
(−df(ε)
dε
)dε = F (µ) + 2
∞∑n=1
C2n (kBT )2n d2nF (ε)
dε2n
∣∣∣∣∣ε=µ
(4.94)
ただし f(ε) = 1/[exp(ε − µ)/kBT + 1]
C2n ≡ 1
Γ(2n)
∫ ∞
0
x2n−1
ex + 1dx (4.95)
=(1 − 21−2n
)ζ(2n) (4.96)
Riemann のツェータ関数
ζ(m) ≡∞∑
r=1
1
rm(4.97)
(4.94)式の初めの数項
−∫ ∞
−∞F (ε)f ′(ε)dε = F (µ) +
π2
6(kBT )2F ′′(µ) +
7π4
360(kBT )4F ′′′′(µ) + · · ·(4.98)
また,F ′(ε) = φ(ε)として
∫ ∞
0φ(ε)f(ε)dε =
∫ µ
0φ(ε)dε +
π2
6(kBT )2φ′(µ) +
7π4
360(kBT )4φ′′′(µ) + · · ·(4.99)
ボース統計に関係した積分公式
∫ ∞
0
xn−1
z−1ex − 1dx = Γ(n)
∞∑k=1
zk
kn≡ Γ(n)gn(z) (4.100)
gn(1) = ζ(n)である.ガンマ関数,ツェータ関数のいくつかの値は
Γ(
1
2
)=
√π, Γ
(3
2
)=
√π
2, Γ
(5
2
)=
3√
π
4, (4.101)
ζ(2) =π2
6= 1.645, ζ(4) =
π4
90= 1.082, ζ(6) =
π6
945= 1.017,
ζ(
3
2
)= 2.612, ζ
(5
2
)= 1.341, ζ(3) = 1.202,
ζ(
7
2
)= 1.127, ζ(5) = 1.037. (4.102)
69