2
164 環状ポリエチレングリコールを利用した新奇医薬材料開発 環状ポリエチレングリコールを利用した 新奇医薬材料開発 * 山 本 拓 矢 * Development of Novel Pharmaceutical Materials Based on Cyclic Poly(Ethylene Glycol) * Takuya YAMAMOTO * Cyclic poly(ethylene glycol) (c-PEG) with high purity was successfully synthesized from linear PEG (HO-PEG-OH) with a molecular weight of 2, 3, and 10 kDa using the Williamson etherification. The dispersion stabilization ability of HO-PEG-OH, MeO-PEG-OMe and c-PEG was compared using gold nanoparticles (AuNPs) in a PBS physiological buffer solution with pH 7.4 and NaCl at 150 mM. In the results, AuNPs with no PEG, HO-PEG-OH and MeO-PEG-OMe precipitated in a short time. On the other hand, AuNPs with c-PEG remained dispersed after 1000 min. Moreover, the dispersion stability of AuNPs with a diameter of 10, 15, 20, 30, 40, and 50 nm using c-PEG with a molecular weight of 3 kDa was measured. No precipitation was observed for the AuNPs with a diameter of 30 nm and smaller. However, the absorption spectra significantly declined for AuNPs with a diameter of 40 and 50 nm. Therefore, c-PEG endows size-dependent stabilization for AuNPs. 1.緒言 近年、ナノ粒子系製剤を用いた遺伝子治療や核酸医薬品の研究が目覚ましく発展している 1–3 。遺伝子導入において、 アンチセンス DNARNAi やプラスミドなどはそのままでは導入が困難であり、キャリアが必要となる。とりわけ、生 体物質由来のリポソームはすでに製剤としての認可を受けており、核酸のキャリアとしても期待されている。しかし、 電荷を持つ物質をキャリアとすると、そのサイズや構造が保てなくなり、副作用が現れたり導入効率が低減することが 報告されている。 本研究は、環状高分子の特性を利用した薬物担体となる分散 安定剤を開発するものである。そのために環状ポリエチレングリ コール(PEG)の合成および Drug Delivery SystemDDS)に向 けた高分子材料としての検討を行った。ここで、数多くのナノ 粒子系医薬品の研究が進展しているが、薬物担体をはじめ多く は粒子表面が生体適合性の PEG で修飾されているものである 4 これらのナノ粒子は凝集しやすいため、実用化において分散安 定化が鍵となる。この問題に対し、効率的な環状 PEG の合成法 を確立し 5 、環状 PEG で修飾した金ナノ粒子(AuNPs)が高い 分散安定性を示すことを見出した。 2.実験・結果 様々な分子量の直鎖状 PEG および同分子量の環状 PEG で修 飾した AuNPs の分散安定性に関するテストを種々の塩濃度条件 において試行したところ、直鎖状 PEG 修飾の AuNPs は、僅か 45 mM NaCl 水溶液中で 3 時間内に塩析により水和水を失い凝 集・沈殿した。これに対し、環状 PEG を使用した場合、180 mM NaCl 水溶液中で 1000 分以上においても沈殿は観測され なかった。本データは、生理条件(150 mM NaCl)においても 利用可能であることを示唆するものである(図 1)。 図 1.上:実験開始直後(生理条件:PBSpH 7.4, 150 mM NaCl)、下:1000 分後のAuNPs 水溶液(5 nm, 0.05 mg/mLの写真。左から無修飾、末端OH PEG 修飾、末端OMe PEG 修飾、環状 PEG 修飾の AuNPs 水溶液。環状 PEG 修飾AuNPs のみが沈殿せず、表面プラズモンの赤色が確 認できる。 2019 3 8 受理 * 豊田理研スカラー 北海道大学大学院工学研究院応用化学部門

環状ポリエチレングリコールを利用した 新奇医薬材 …...環状ポ リエチレング コール を 利用した新奇医薬材料開発 165 また、UV–Vis測定では、直鎖状PEG修飾AuNPsの表面

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Page 1: 環状ポリエチレングリコールを利用した 新奇医薬材 …...環状ポ リエチレング コール を 利用した新奇医薬材料開発 165 また、UV–Vis測定では、直鎖状PEG修飾AuNPsの表面

164 環状ポリエチレングリコールを利用した新奇医薬材料開発

環状ポリエチレングリコールを利用した 新奇医薬材料開発

*山 本 拓 矢*

Development of Novel Pharmaceutical Materials Based on Cyclic Poly(Ethylene Glycol)

*Takuya YAMAMOTO*

Cyclic poly(ethylene glycol) (c-PEG) with high purity was successfully synthesized from linear PEG (HO-PEG-OH) with a molecular weight of 2, 3, and 10 kDa using the Williamson etherification. The dispersion stabilization ability of HO-PEG-OH, MeO-PEG-OMe and c-PEG was compared using gold nanoparticles (AuNPs) in a PBS physiological buffer solution with pH 7.4 and NaCl at 150 mM. In the results, AuNPs with no PEG, HO-PEG-OH and MeO-PEG-OMe precipitated in a short time. On the other hand, AuNPs with c-PEG remained dispersed after 1000 min. Moreover, the dispersion stability of AuNPs with a diameter of 10, 15, 20, 30, 40, and 50 nm using c-PEG with a molecular weight of 3 kDa was measured. No precipitation was observed for the AuNPs with a diameter of 30 nm and smaller. However, the absorption spectra significantly declined for AuNPs with a diameter of 40 and 50 nm. Therefore, c-PEG endows size-dependent stabilization for AuNPs.

1.緒言

 近年、ナノ粒子系製剤を用いた遺伝子治療や核酸医薬品の研究が目覚ましく発展している1–3。遺伝子導入において、

アンチセンスDNA、RNAiやプラスミドなどはそのままでは導入が困難であり、キャリアが必要となる。とりわけ、生

体物質由来のリポソームはすでに製剤としての認可を受けており、核酸のキャリアとしても期待されている。しかし、

電荷を持つ物質をキャリアとすると、そのサイズや構造が保てなくなり、副作用が現れたり導入効率が低減することが

報告されている。

 本研究は、環状高分子の特性を利用した薬物担体となる分散

安定剤を開発するものである。そのために環状ポリエチレングリ

コール(PEG)の合成およびDrug Delivery System(DDS)に向

けた高分子材料としての検討を行った。ここで、数多くのナノ

粒子系医薬品の研究が進展しているが、薬物担体をはじめ多く

は粒子表面が生体適合性のPEGで修飾されているものである4。

これらのナノ粒子は凝集しやすいため、実用化において分散安

定化が鍵となる。この問題に対し、効率的な環状PEGの合成法

を確立し5、環状PEGで修飾した金ナノ粒子(AuNPs)が高い

分散安定性を示すことを見出した。

2.実験・結果

 様々な分子量の直鎖状PEGおよび同分子量の環状PEGで修

飾したAuNPsの分散安定性に関するテストを種々の塩濃度条件

において試行したところ、直鎖状PEG修飾のAuNPsは、僅か

45 mMのNaCl水溶液中で3時間内に塩析により水和水を失い凝

集・沈殿した。これに対し、環状PEGを使用した場合、180 mMのNaCl水溶液中で1000分以上においても沈殿は観測され

なかった。本データは、生理条件(150 mM NaCl)においても

利用可能であることを示唆するものである(図1)。

図 1.上:実験開始直後(生理条件:PBS,pH 7.4, 150 mM NaCl)、下:1000分後のAuNPs水溶液(5 nm, 0.05 mg/mL)の写真。左から無修飾、末端OHのPEG修飾、末端OMeのPEG修飾、環状PEG修飾のAuNPs水溶液。環状PEG修飾AuNPsのみが沈殿せず、表面プラズモンの赤色が確

認できる。

2019年3月8日 受理* 豊田理研スカラー 北海道大学大学院工学研究院応用化学部門

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165環状ポリエチレングリコールを利用した新奇医薬材料開発

 また、UV–Vis測定では、直鎖状PEG修飾AuNPsの表面

プラズモン吸収はNaClを加えると消失したのに対し、環状

PEG修飾AuNPsのスペクトルはNaCl存在下でも変化しな

かった(図2)。加えて、銀ナノ粒子に対しても環状化した

PEGは高い安定性を与えることを見出した。これらの結果

は、直鎖状PEGと比べると環状PEGは高い分散安定性をナ

ノ粒子に与えることを明示するものである。さらに、分散

安定性向上にはサイズ選択性があり、分子量3000の環状

PEG(直径約 7.5 nm)を用いた場合、30 nm以下のAuNPsは分散安定化されたが、40 nm以上の場合安定化は見られ

なかった(図3)。また、動的光散乱測定によって、直鎖状

PEG修飾AuNPsは、無修飾のAuNPsと比較して、およそ1 nmの粒径増加が見られたのに対し、環状PEG修飾AuNPsの場合は、およそ5 nmの増加が確認された。一方、ゼータ

電位測定では、環状PEG修飾AuNPsは直鎖状PEG修飾

AuNPsと比較して、13 ~ 18 mVの負電位の軽減が見られ

た。これは、クエン酸イオンを表面に持つAuNPsを、環状

PEGが密に覆うことで負電位を緩和したものである。以上

の結果は、金属イオンに対するクラウンエーテルのよう

に、環状PEGがAuNPsをサイズ依存的に包摂することを示

唆している。加えて、環状PEGの環サイズを変化させたと

きの分散安定性も評価を行った(図4)。

3.結論・展望

 本研究によって環状PEGがAuNPsに対して非常に優れ

た分散安定性を付与することを見出した。

 本結果についての材料科学の視点からの最大の特徴は、

PEGの鎖長の変化や構造を修飾することなく、PEG 1本に

あたりわずか1 か所の反応で大きく変化する特徴を利用し、

新しい高分子材料を作製するという点であり、この手法は

材料科学分野のブレイクスルーとなり得ると考える。ま

た、環と直鎖を切り替えによる特徴を改善するという本手

法は、高分子の繰り返し単位に対する化学修飾ではないた

め、既存の高分子材料の高機能化にも広く適用可能であ

る。さらに、医薬材料設計への高分子トポロジーの導入

は、高分子科学、材料科学、医学、薬学および理論・計

算・測定を融合した新分野の確立に向けて大きな意義を持

つと考えられる。

REFERENCES

(1) Stark, W. J. Angew. Chem., Int. Ed. 2011, 50, 1242–1258.

(2) Anker, J. N.; Hall, W. P.; Lyandres, O.; Shah, N. C.; Zhao, J.; Van

Duyne, R. P. Nat. Mater. 2008, 7, 8–10.

(3) Kumar, A.; Vemula, P. K.; Ajayan, P. M.; John, G. Nat. Mater. 2008,

7, 236–241.

(4) Hutter, E.; Boridy, S.; Labrecque, S.; Lalancette-Hébert, M.; Kriz, J.; Winnik, F. M.; Maysinger, D. ACS Nano 2010, 4, 2595–2606.

(5) Cooke, J.; Viras, K.; Yu, G.; Sun, T.; Yonemitsu, T.; Ryan, A. J.; Price, C.; Booth, C. Macromolecules 1998, 31, 3030–3039.

図 2.点線:実験開始直後(生理条件:PBS, pH 7.4, 150 mM NaCl)、実線:1000分後のAuNPs水溶液(5 nm, 0.05 mg/mL)の吸収スペク

トル。環状PEG修飾AuNPsのみが沈殿せず、吸収スペクトルが変

化していない。

図 3.左から分子量3000の環状PEG(0.25 wt%)を含む50, 40, 30, 20, 15, 10 nm の AuNPs 水溶液の 1000 分後の写真。30 nm 以下の

AuNPsのみが沈殿せず、表面プラズモンの赤色が確認できる。40 nm以上のAuNPsは沈殿している。

図 4.赤:分子量2000の環状PEG修飾5 nm AuNPs、青:分子量

3000の環状PEG修飾5 nm AuNPs、緑:分子量10000の環状PEG修飾5 nm AuNPsの吸収スペクトルのλmaxのNaCl濃度依存性。分子

量2000の環状PEGを用いた場合、ほとんど凝集が進行しなかった。