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8 自由と正義 Vol.66 No.11 ひと筆 「無法協」といっても無法者の集まりではない。正式名称を「無線通信を愛好する 法律家協会」という。会長は、民事手続法学の泰斗、あの伊藤眞先生であり、私は 同協会の事務局長を仰せつかっている。 幼少時からラジオ少年であった私は、中高時代、英語リスニングの練習などと 称して遠く外国から聞こえる英語短波放送の聴取(いわゆる「BCL」)を趣味のひと つとしていたが、聴取だけでは飽き足らず、大学入学後、無線従事者の資格を取 得しアマチュア無線なる趣味を始め、郵政省(当時)から世界唯一のコールサイン 「7K1BIB」を与えられた。弁護士登録の後は多忙となり一旦無線趣味からは離れて いたが、数年前、自宅周辺の無線仲間と知り合い熱が復活。そして昨年、恩師・伊 藤先生から頂いた随想録の以下の記述と、運命的な出会いをすることになる。 「多趣味といえば聞こえがよいが、いわゆる下手の横好きで、古い順でいえば、 無線通信……などであるが、この中で一応の水準に達したのは、無線通信、 オーディオ・クラフト、そして家具製作くらいであろうか。……」 「もっとも、趣味の中で学んだことも多い。無線通信についていえば、当初 は超絶的技巧にみえた、モールス符号による欧文120字、和文100字(いずれ も1分間)送受信の水準に到達しえて、絶望しないことの大切さを心に刻み、 ……」(伊藤眞「千曲川の岸辺」28頁(有斐閣・2014年)) よもや先生が無線通信にご興味をお持ちとは、あの蝶ネクタイ姿から想像すらし ていなかったが、驚くべきは先生のモールス通信能力である。モールス符号は、短 点「トン」と長点「ツー」の組合せにより電文を送受信する通信方式で、最古のデジ タル通信といわれるが、上記の文字数は、「短点と長点がつながって聞こえる」プ ロ級のレベルである。これはよほどお好きに違いない。 さっそく伊藤先生にご面会をお願いしたところ、しばらく無線趣味からは離れて 無線通信と法の支配 ~「無法協」へのお誘い~ 第一東京弁護士会会員 山内 貴博 Yamauchi,Takahiro

無線通信と法の支配 ~「無法協」へのお誘い~ · 術的には可能になった。また、小型軽量の画像送信機をラジコン飛行機に組み 込み、地上の受信機にまるで操縦席から見ているかのような映像(FPV:

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8 自由と正義 Vol.66 No.11

ひと筆

「無法協」といっても無法者の集まりではない。正式名称を「無線通信を愛好する法律家協会」という。会長は、民事手続法学の泰斗、あの伊藤眞先生であり、私は同協会の事務局長を仰せつかっている。

幼少時からラジオ少年であった私は、中高時代、英語リスニングの練習などと称して遠く外国から聞こえる英語短波放送の聴取(いわゆる「BCL」)を趣味のひとつとしていたが、聴取だけでは飽き足らず、大学入学後、無線従事者の資格を取得しアマチュア無線なる趣味を始め、郵政省(当時)から世界唯一のコールサイン

「7K1BIB」を与えられた。弁護士登録の後は多忙となり一旦無線趣味からは離れていたが、数年前、自宅周辺の無線仲間と知り合い熱が復活。そして昨年、恩師・伊藤先生から頂いた随想録の以下の記述と、運命的な出会いをすることになる。

「多趣味といえば聞こえがよいが、いわゆる下手の横好きで、古い順でいえば、無線通信……などであるが、この中で一応の水準に達したのは、無線通信、オーディオ・クラフト、そして家具製作くらいであろうか。……」

「もっとも、趣味の中で学んだことも多い。無線通信についていえば、当初は超絶的技巧にみえた、モールス符号による欧文120字、和文100字(いずれも1分間)送受信の水準に到達しえて、絶望しないことの大切さを心に刻み、……」(伊藤眞「千曲川の岸辺」28頁(有斐閣・2014年))

よもや先生が無線通信にご興味をお持ちとは、あの蝶ネクタイ姿から想像すらしていなかったが、驚くべきは先生のモールス通信能力である。モールス符号は、短点「トン」と長点「ツー」の組合せにより電文を送受信する通信方式で、最古のデジタル通信といわれるが、上記の文字数は、「短点と長点がつながって聞こえる」プロ級のレベルである。これはよほどお好きに違いない。

さっそく伊藤先生にご面会をお願いしたところ、しばらく無線趣味からは離れて

無線通信と法の支配 ~「無法協」へのお誘い~

第一東京弁護士会会員

山内 貴博Yamauchi,Takahiro

自由と正義11月号.indb 8 2015/10/28 21:13:45

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自由と正義 2015年11月号 9

ひと筆

おられるものの、情熱は失っておられない。その場で、法曹関係者による無線クラブの創設構想が持ち上がり、先生に会長ご就任のご快諾をいただいた。かくして、伊藤会長のご命名による「無線通信を愛好する法律家協会(略称「無法協」)」が誕生したのである。

*  *  *  *  *

無線通信といえば工学のイメージを持たれるかもしれないが、実は、無線通信と法律とは切っても切れない深い関係がある。

1 無線通信は、国際レベルでは国際電気通信条約及び国際電気通信連合(ITU)が定める無線通信規則が支配し、国内レベルでは電波法及び下位規則により規律される。アマチュア業務は、「金銭上の利益のためでなく、もっぱら個人的に無線技術に興味を持ち、正当に許可された者が行う自己訓練、通信及び技術的研究の業務」と定義され(ITU無線通信規則1条78項)、アマチュア無線局を開局するには総務大臣の免許(電波法4条)とアマチュア無線従事者の資格(同法39条の13)が必要である。このような法規制を反映して、プロアマを問わず、無線従事者国家試験では、「無線工学」等に加え「法規」の科目に合格しなければならない。

2 無法協は、関東総合通信局長よりアマチュア社団局「JQ1ZOR」の免許を受けている。「社団」として無線局の免許を受けるためには、定款を定め、毎年1回招集される総会に事業計画等を付議しなければならない。無法協の創立総会は2015年2月26日に都内某所で開催され、創立時会員複数名により原始定款(ウェブサイト(https://jq1zor.wordpress.com/)に公開)、事業計画、予算の承認を得た。無法協は、立派に権利能力なき社団の要件を満たすであろう。

3 電波法規が試験科目に入っていても、我が国アマチュア無線界における法曹関係者の存在感はまだ小さい(米国ではさすが、アマチュア無線関連法規についても、愛好家団体による積極的なロビイング活動が行われていると聞く。)。そのためか、我が国では、法曹としては首をかしげたくなる法解釈が流布している。

(1)無線局に無線機を増設する場合、総務大臣の「許可」が必要である(電波法17条1項)が、近時の法改正により、アマチュア局において一定の条件を満たせば、増設後に遅滞なく届出を行えば足りることになった(同法17条3項、同9条1項ただし書き)。法曹の目から見れば、事前規制から事後規制への規制緩和

自由と正義11月号.indb 9 2015/10/28 21:13:46

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10 自由と正義 Vol.66 No.11

ひと筆

であることは明らかである。しかし、どこからか、電波法施行規則38条3項「その送信装置のある場所に……総合通信局長が発給する証票を備え付けなければならない。」との定めから、届出をしてもこの「証票」が当局から郵送されてくるまでは新しい無線機を使ってはいけないとの説が唱えられ、業界の「通説」となってしまった。せっかく規制緩和がされたのに、小さなシール1枚がそれを台無しにするような解釈(あるいは制度設計)は、いかにももどかしい。

(2)技術の進歩は無線趣味の世界にも及び、電波による音声通信をインターネットで遠隔地に中継する機器が登場しており、それを自宅等に中継局として設置して、小さなトランシーバーで世界中のアマチュア無線家と交信することが技術的には可能になった。また、小型軽量の画像送信機をラジコン飛行機に組み込み、地上の受信機にまるで操縦席から見ているかのような映像(FPV: First Person View)を伝送させる無線家もいる。しかし一部の解釈によれば、上記のように同一無線局に属する送信機と受信機を離れたところに置く運用方法は、「自局」と「自局」の交信になるので許されない、その根拠は、アマチュア局の免許状に「通信の相手方:アマチュア局」と書かれているから、通信の

「相手方」がいなければならず、「自局」は「相手方」になり得ないというのである。どうにも腑に落ちない技巧的な解釈であり、比較法的?に見ても我が国独自のもののようである。新たな技術を使った運用こそ許されなければ、「自己訓練、通信及び技術的研究」を目的とするアマチュア無線の名が廃る。

我が国に法の支配が足りない分野はまだまだ存在するが、無線通信の世界もそうかもしれない。無法協の事業目的には、「無線通信に関する法令についての調査研究」も含まれている(定款4条(3))。創立総会では伊藤会長より、無法協編「電波法概説」執筆のご提案もあり、無線界における法の支配の確立にわずかでも貢献できればと考えているが、基本的には趣味のサークルである。

インターネット時代・携帯電話の時代になぜ無線?と問われることがよくある。通信を成功させるための工学的あるいは地球電磁気学的工夫、自分で出した電波が時に地球の裏側まで飛んで行ったときの達成感等、いろいろ言うのだが、結局は、趣味を通じてよき仲間に出会える、という答えに行き着く。無法協の会員も10名を超え、女性会員、裁判官会員の参加も得て、無線通信をネタに、大先輩弁護士の戦時体験談を伺うなどの活動を行っている。ご興味をお持ちの方は、無線従事者資格の有無を問わず、ぜひウェブサイトのお問い合わせフォームよりご連絡いただきたい。

自由と正義11月号.indb 10 2015/10/28 21:13:46