地域と歩む子育て 第  第 3 部・保育の現場から(上) 6 NEXT 初版発行:2011 年 4 月 8 日

第3部・保育の現場から(上) 第 回 · 工藤雪枝園長( 48)は、そんな葛藤(かっと う)も抱えている。 ある母親が卒園式で言ってくれた言葉があ

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Page 1: 第3部・保育の現場から(上) 第 回 · 工藤雪枝園長( 48)は、そんな葛藤(かっと う)も抱えている。 ある母親が卒園式で言ってくれた言葉があ

地域と歩む子育て

未来をはぐくむ

第  回

第 3 部・保育の現場から(上)

6

NEXT 初版発行:2011 年 4 月 8 日

Page 2: 第3部・保育の現場から(上) 第 回 · 工藤雪枝園長( 48)は、そんな葛藤(かっと う)も抱えている。 ある母親が卒園式で言ってくれた言葉があ

 

午後5時。時計の針が勤務時間の終わりを伝えてい

た。今日は仕事がスムーズに進んだ。「何とか間に合

いそうだな」。

 

宇佐市内の会社に勤める男性(43)は慌ただしい空

気の残る職場をそっと抜け出した。

 

市中心部にある「くまのみどう小児科」に車を走ら

せる。同小児科は風邪など急病になった子どもを日中

に預かる「病児保育」を12年前から続けている。

 

保育園に通う長男(1歳9カ月)が、早朝から39度

を超える熱を出した。共働きの妻が出勤時間を遅らせ

頼みの綱、病児保育

 仕事休めぬ親を支える

2010年   

6月18日掲載

「のどが乾いたね」。親から預かった病気の子どもたちを、保育士や看護師が優しく見守る=宇佐市のくまのみどう小児科

て預け、職場が近い

男性が帰りの迎えを

担う。

 

働く親にとって、

子どもの急病は頭の

痛い出来事だ。

 

自宅で看病したい

ものの、仕事の責任

から毎回休みは取れ

ない。男性は市内の

実家に頼ることも多

いが、同居する家族

への気兼ねもある。

 

仕事と看病とのは

ざまで追い詰められ

ると、病児保育だけ

が頼りだ。※

 「親が働くのは子

どもを養うため。そ

れなら家族の生活を

守る受け皿が必要

だ」。

 

同小児科の熊埜御

「未来をはぐくむ ~ 地域と歩む子育て ~」 第3部・保育の現場から(上) p. 2

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堂義昭院長(62)は簡単に仕事を休めない親を支えるため、病児

保育に踏み切った。

 

昨年度の利用者は、初年度の約5倍となる621人。今月から

は保育定員を4人から6人に増やした。右肩上がりの利用者数は、

親たちの苦労を物語る。

 

ただ、病児保育の経営は非常に苦しい。行政から補助はあるが、

その額は前年度の実績で決まり、安定した経営は見込めない。預

かった子どもの数に関係なく、定員に応じて一定の保育士や看護

師を配置しなければならない。

 

現行制度には病児保育の現場から不満も漏れる。風邪の治りか

【病児・病後児保育施設】 医療機関による入院治療は必要ないが、風邪など急な病気になった子どもを、保護者に代わって一時的に預かる施設。保護者の就労支援という目的が強い。小児科を持つ医療機関が施設内に設けるケースが多いが、保育園が設置しているところもある。保育室には感染の恐れがある隔離室と、一般病児保育室がある。保育対象はゼロ歳児から小学校3年生まで。

けなど「病後児」を預かる日田市の

丸の内保育園。昨年度は延べ64人を

預かったが、基準では年間利用者が

50人を切ると補助金は激減する。池

永恵子園長(73)は「保育を利用効

率だけで考えていいのか」と疑問を

投げ掛ける。病児を施設が預かるこ

とには「病気のときぐらい親が看病

すべきだ」との声もある。それでも

熊埜御堂院長は思う。「看病したく

てもできない。親のつらい立場を理

解してあげたい」※

 

男性は〝お迎え時間〟の5時15分

までに小児科に着いた。保育室での

様子を聞きながら、保育士のひざの

上でうつらうつらする長男をそっと

抱き上げた。

 「寂しい思いをさせてごめん。で

も、お父さんもお母さんもおまえを

何より大切に思ってるんだよ。分

かってくれるかな」※

 

仕事と育児の両立―。保育園はい

ま、さまざまな社会的ニーズに応え

ている。その半面で、抱える課題も

多い。年間企画第3部では保育現場

をルポする。

大分市 大分こども病院、大分岡病院、西の台医院天心堂へつぎ病院

別府市 矢田こどもクリニック中津市 モリヤベビーホームエリートナーサリー日田市 丸の内保育園宇佐市 くまのみどう小児科豊後大野市 ニコニコ診療所、岡本病院、すがお保育園豊後高田市 健康交流センター花いろ

「未来をはぐくむ ~ 地域と歩む子育て ~」 第3部・保育の現場から(上) p. 3

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日が暮れた園庭のすべり台を保育室の明かりが照らしていた。

室内には、大好きなアンパンマンの塗り絵に熱中する雄ちゃん

(4)=仮名=の姿があった。

 

12

色の色鉛筆でアニメそっくりに仕上げていく。「ほんとに上

手ね」。保育士からほめられて、雄ちゃんはちょっと照れくさそ

うに答えた。「お母さんもうまいって言ってくれるんだ」

 

大分市大道町の「しらかば保育園」。県内の認可保育園として

は唯一、午後10時までの夜間の延長保育を行っている。

 

2人の保育士が園児と夕食を囲み、一緒に遊んだり、絵本を読

んだりして、付きっきりで親の迎えを待つ。「家族の時間を少し

でも補ってあげたい」。工藤雪枝園長(48)は言った。

「夜間」はより楽しく

〝甘えたさ〟を受け止める

2010年   

6月19日掲載

雄ちゃんお楽しみの夕食タイム。家庭的な雰囲気に包まれて、保育士と囲む食卓はいつもにぎやかだ=大分市のしらかば保育園

「未来をはぐくむ ~ 地域と歩む子育て ~」 第3部・保育の現場から(上) p. 4

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で、午後8時以降も開いているのは11カ所。全体の約4%にすぎ

ない。「夜間延長がある」との理由で、しらかば保育園に転園す

る親は少なくない。雄ちゃんの母親(40)もその一人だ。

 

市内の金融業で働く母親は、平日は残業のため、迎えの時間は

だいたい午後8時すぎ。仕事が立て込む月初めはさらにずれ込む。

経済的な余裕はなく、市内に頼れる身内や知人もいない。夜間延

長は母子2人の生活を土台から支える。

 

日中は笑い声があふれる園内も、夕闇とともに静けさが広がっ

ていく。夜間延長の子どもたちは、友達が次々と家に帰っていく

背中を見送る。寂しさと心細さ。どんな子でも慣れないうちは泣

いてしまったり、食欲がなくなったりする。

【延長保育】  初期救急から 24 時間対応しているのは、6小児医療圏の中で北部のみ。残りの医療圏では病院や開業医が輪番で夜間や休日の一部をカバーするか、各開業医が個別に応じる。2次救急は中核病院のある中部、東部、北部が各医療圏内で完結。南部、豊肥は症状によって県立病院や大分大医学部付属病院が対応。西部は福岡県久留米市の病院も受け皿となっている。

 「だからこそ夜間はより楽しく、

よりうれしい場所でありたい」。

保育士たちはみな、そう思ってい

る。

 

夜になれば、子どもは親に甘え

たくなるもの。夜間延長では基本

的に子どもたちのやりたいことを

する。保育士はそばに寄り添い、

語り掛け、温かく見守る。家庭的

な雰囲気で、甘えたい気持ちを受

け止める。

 

午後8時半。園庭入り口の門が

開く音が聞こえた。

 

小走りでやって来た雄ちゃんの

母親がガラス越しに手を振る。

 「お母さん!」。雄ちゃんは園の

玄関に飛び出し、母親に抱きつい

た。

 「今日は野菜をしっかり食べた

んですよ」。保育士がそう伝える

と、ふふっと笑う母親の横で雄

ちゃんが得意げにうなずいた。

 

園庭に出ると、親子は手をつな

いだ。母親を見上げて、雄ちゃん

がその日の出来事を話し始めた。

はじけるような笑顔だった。

「未来をはぐくむ ~ 地域と歩む子育て ~」 第3部・保育の現場から(上) p. 5

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大分市大道町のしらかば保育園。午後10時ま

での夜間の延長保育で、親が夜遅くまで働かざ

るを得ない家庭の子育てを支えてきた。

 

延長保育、病児保育、休日保育…。認可、無

認可を問わず、保育現場は多様化を続ける親の

ニーズを受け止めている。保育士は朝から夜ま

で、子どもの成長を見守り、しつけを担う。親

の悩みにも耳を傾ける。

 

保育の長時間化に対する賛否はさまざまだ。

親が仕事で忙しいからといって、保育園が遅く

まで預かることは子どもにとっていいことなの

か―。

 

工藤雪枝園長(48)は、そんな葛藤(かっと

う)も抱えている。

 

ある母親が卒園式で言ってくれた言葉があ

る。「夜間延長がなかったら、私はとても仕事

長時間「園」で過ごす

 ニーズ多様化…葛藤も

2010年   

6月21日掲載「先生、さようなら」。雄ちゃんは保育士に手を振った。片方の手は、母親

をずっと握っていた=大分市のしらかば保育園

「未来をはぐくむ ~ 地域と歩む子育て ~」 第3部・保育の現場から(上) p. 6

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【小1の壁】  地元の小児科診療所が閉鎖して以降、全国でも数少ない小児科空白地域の状態が13年間続いていた。2004 年から大分大学医学部が竹田市医師会に常勤小児科医を派遣。09 年 6 月にいったん休診したものの、市が設置した小児科専門診療所で同年 11月から診療を再開している。毎月1回、大分大学の別の専門医による「アレルギー外来」もしている。

を続けられなかった」。工藤園長は「その言葉

だけでも、夜間を続ける意義はあると思う」。

  

夜間の延長保育を利用する雄ちゃん(4)=

仮名=の母親(40)は、市内の金融業で正社員

として働く。

 

平日は残業があり、迎えはどうしても午後8

時を過ぎる。市外出身で、子どもの世話を頼め

る身内や知人は市内にいない。夜間延長は、も

はや生活の一部だ。

 

平日に親子でゆっくり話せるのは、送り迎え

の車中とお風呂のときぐらい。正直、仕事で疲

れ切っている日もある。

 

それでも、その日にあったことをうれしそう

に話すわが子を見ると、心からほっとする。た

まらなくいとおしいと思う。

 

長時間にわたって保育園を利用する生活に、

親として葛藤がないわけではない。だが、「そ

れを考え始めると前には進めない」。

 「延長・病児保育や、いろんな支援制度を活

用すれば、小さい子どもがいても働くことはで

きる。いまは、がむしゃらに働かないといけな

い時期だから」。葛藤はぐっと飲み込み、胸の

奥にしまい込む。

 

これからに不安もある。子どもの小学校入学

にあたり、多くの共働きの夫婦や、ひとり親世

帯がぶつかる問題。「小1の壁」だ。

 

延長保育が整っている保育園とは異なり、小

学校に通い始めると、夜遅くまで利用できる施

設は限られる。

 

有料サービスを利用しようにも、母親に経済

的な余裕はない。「むしろ、ずっと保育園のま

まならいいのに」とも思ってしまう。

 

この子が保育園を卒園したら、うちの生活は

どうなるのか―。「それを考えると、本当に怖

いんです」。必死に働き、子どもを育てている

母親の叫びだ。

「未来をはぐくむ ~ 地域と歩む子育て ~」 第3部・保育の現場から(上) p. 7

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■オオイタデジタルブックとは オオイタデジタルブックは、大分合同新聞社と学校法人別府大学が、大分の文化振興の一助となることを願って立ち上げたインターネット活用プロジェクト「NAN-NAN(なんなん)」の一環です。 NAN-NAN では、大分の文化と歴史を伝承していくうえで重要な、さまざまな文書や資料をデジタル化して公開します。そして、

読者からの指摘・追加情報を受けながら逐次、改訂して充実発展を図っていきたいと願っています。情報があれば、ぜひ NAN-NAN 事務局にお寄せください。 NAN-NAN では、この「未来をはぐくむ」以外にもデジタルブック等をホームページで公開しています。インターネットに接続のうえ下のボタンをクリックすると、ホームページが立ち上がります。まずは、クリック!!!

別 府 大 学

ⓒ 大分合同新聞社

デジタル版「未来をはぐくむ~地域と歩む子育て~」 第6回編集     大分合同新聞社初出掲載媒体 大分合同新聞(2010 年 4 月 20 日~ 2011 年 2 月 12 日)

《デジタル版》 2011 年4月 8 日初版発行編集 大分合同新聞社制作 別府大学メディア教育・研究センター 地域連携部/川村研究室発行 NAN-NAN 事務局    (〒 870-8605 大分市府内町 3-9-15 大分合同新聞社 企画調査部内)

ⓒ 大分合同新聞社

●デジタル版「未来をはぐくむ」について 「未来をはぐくむ」は、大分合同新聞社が 2010 年4月から翌 2011 年 2 月まで、同紙夕刊に掲載した連載記事。今回、デジタルブックとして再構成し、公開する。登場人物の年齢をはじめ文中の記述内容は、新聞連載時のもの。 閲覧には Adobe Reader をご利用下さい。ほかの PDF ビューアではリンクやボタン機能が使えない可能性があります。2011 年3月4日           NAN-NAN 事務局

「未来をはぐくむ ~ 地域と歩む子育て ~」 第3部・保育の現場から(上) p. 8