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From choice, a world of possibilities 死と拒絶 -安全でない人工妊娠中絶と貧困

死と拒絶 -安全でない人工妊娠中絶と貧困 - IPPF...今年だけでも、意図しない妊娠 や望まない妊娠に直面し、安全で ない中絶によって生命にかかわる

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From choice, a world of possibilities

死と拒絶 -安全でない人工妊娠中絶と貧困

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女性が合法的で安全な中絶を受けられるようにし、不完全な中絶や安全でない中絶による合併症の治療も受けられるようにすれば、毎年、何千人もの女性の生命が助かることになります。それはまた、女性が家族計画や避妊へのアクセスを得る重要な機会を提供することにもなり、中絶が繰り返されることを防ぐ助けになるでしょう。

刑罰のある法律を作ったり中絶を受ける手段を制限しても、中絶件数は減るどころかかえって危険が増すだけでしょう。その結果、さらに多くの女性が苦しむことになります。最も大きな代価を払うのが、わずかな治療費も支払えない最も貧しい女性であることは、驚くに値しません。理性的な議論と思慮深い行動が強く求められるテーマを扱ううえで、この報告書は大いに役に立つものと考えます。

2006年1月

世界にはリプロダクティブ・ヘルスサービスを受けられない女性が何百万人もいますが、妊娠するか否かの決定権がまったく、あるいはほとんどない女性となるとさらにその数は増えます。その結果、安全でない人工妊娠中絶に頼らざるを得ない女性は毎年約1900万人にも上っています。なかには生命を失う女性も多く、さらに多くの女性が死はまぬかれても一生治らない傷害を負っています。死亡したり傷害を受ける女性のほとんどすべてが貧しい国々に暮らす貧困層です。

これらの死亡と傷害は妊産婦死亡全体の13%を占めていますが、安全でない中絶をなくさない限りこれを防ぐことはできません。安全でない中絶による死亡のほとんどは予防可能です。望まない妊娠をしても女性は安全でない中絶に生命をかける必要はないのです。

死と拒絶ー安全でない人工妊娠中絶と貧困

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まえがきガレス・トーマス 国会議員 国際開発副大臣(英国)

「いかなる女性もどこにいようと、安全な中絶が受けられないばかりに死や障害に直面することがあってはなりません。妊娠によって死なない権利を女性がもつことに反対する人がいるでしょうか。誰かいますか? いませんね」。

ヒラリー・ベン閣下 国会議員国際開発大臣

カウントダウン2015グローバル・ラウンドテーブル

2004年、ロンドン

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今年だけでも、意図しない妊娠や望まない妊娠に直面し、安全でない中絶によって生命にかかわる影響を受ける女性は少女を含め1900万人に上ると推定される。その結果、7万人近くの女性と少女が亡くなり、何十万人もが健康を害する、それもしばしば一生にわたる傷害を抱えることになる。これらの女性の96%以上は世界の最貧国に住んでいる。

人権から宗教に至る様々な理由から、中絶は他のいかなる問題と比べても政治的・社会的に賛否が分かれる。多くの国で、それは依然として非常に感情的かつ複雑な問題であり、ときにはバランスのとれた議論の余地もないように思われる。

この報告書は、安全でない中絶に関する世界の現状を概観し、政府、国会議員、公衆保健、開発および医療の専門家、サービス提供者、さらに合法で安全な中絶を求め地球規模で活動するIPPF(国際家族計画連盟)のような政策提言者が、この問題について大いに必要な時宜を得た議論を起こすきっかけとなることを願っている。

安全でない中絶は、世界の妊産婦死亡の最大の原因のひとつとなっているが、これはまさに予防可能な人類の悲劇である。このことから明らかなのは、各国政府と国際社会が公衆保健の問題に取り組むことに失敗したことであり、それが富める国と貧しい国を分断するという最大の社会的不公正のひとつをはびこらせている。安全でない中絶は貧困と因果関係にあ

り、社会におけるジェンダーの不平等(訳注:女と男の間の不平等な力関係)とも密接なかかわりをもつ。それは女性、特に若い女性と少女が基本的なセクシュアル/リプロダクティブ・ライツを自ら行使できず、自分のからだをコントロールできないということである。そのことで彼女たちは、社会から排除されるか、あるいは安全でない中絶で自らの生命と健康を危険にさらすかという厳しい選択を迫られる。

2005年9月、国連の世界サミット会議の席上、世界の指導者たちは妊産婦死亡の減少と妊産婦保健の向上を含めたミレニアム開発目標の達成責任を改めて確認した。さらに誰もがリプロダクティブ・ヘルスを手に入れられるようにするという、以前の世界的公約を遂行することも明言した。しかし、5年前にミレニアム開発目標が採択されてから今日まで、この分野に関してはほとんど進展がみられないことが総括の過程で明らかになった。また、中絶が特に途上国の依然として高い妊産婦死亡率の主因であることもわかった。

独自の大規模調査によると、中絶を制限してもそれをなくすことにはつながらず、危険な闇中絶になるだけであることがわかる。安全でない中絶がいかに妊産婦の死亡と不健康の原因となっているかについて、保健当局や政治的指導者の理解が深まるにつれ、中絶に関する政策を再検討しようと準備する国が増えている。さらに、意図しない妊娠を防ぐことに新たな

関心をもつことで、家族計画とリプロダクティブ・ヘルスサービスが果たす予防的役割が大きいことが新たな焦点となってきた。

望まない妊娠を安全でない中絶に追いやる要因として、近代的避妊法が入手できないことも無視できない。

安全でない中絶の原因と結果にみられる根本的不公正について、オープンで十分な情報に基づく議論を早急に行う必要がある。中絶の権利について主導的立場をとる勇気ある政府はほとんど見当たらない。またそのような勇気のある国際組織もほとんどない。わずかに英国政府とIPPFの二者が、女性のウェル・ビーイングにとって非常に重要な闘いに勇気と決意をもって臨んでいる。

国際開発省の業務をとおして、英国政府は信用できる公衆保健の証拠に基づいて中絶に取り組むという方法を推進してきた。その結果、英国はその指導力と英知で国際的に高い評価を得ている。IPPFはこの取り組みで国際開発局のパートナーとして建設的役割を果たす覚悟である。妊産婦死亡の15%以上、アフリカや東南アジアの国々によっては50%が非合法の安全でない中絶に直接起因することを考えると、この予防可能な死因を減らすこと、あるいはなくすことに正面から取り組むことが重要である。

スティーブン W.シンディングIPPF事務局長

はじめに

「解決策がわかっているまぎれもない公衆保健の問題が、途上国、なかでもアフリカの女性にとっては多くの死者を出す大量殺害の場(キリング・フィールド)になってしまっている」。フレッド・サイ ガーナ大統領特別顧問による「安全でない中絶」に関する講演から。カウントダウン2015、グローバル・ラウンドテーブル、2004年、ロンドン

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ミレニアム開発目標、なかでも妊産婦保健の向上と妊産婦死亡の減少という目標を達成するには、幅広い分野を横断した行動が必要である。妊産婦の死亡と疾患の原因は多種多様で複雑を極めるが、女性が世帯の収入と子育てに100%近く責任をもつところでは、安全でない中絶による死亡と疾患は経済的・社会的に重い犠牲を強いることになる。

女子が男子と平等に教育を受けられるようにすることはミレニアム開発目標のもうひとつの重要なねらいである。教育をとおして女性の可能性が引き出せないと、女性は地域社会で経済的、社会的、政治的役割を十分果たせなくなり、それは直接貧困に結びつく。

貧困には、経済資源の不足、人権の欠如、不健康、選択の剥奪など、多くの側面がある。国連が2000年10月に開催したミレニアムサミットでは、191カ国が世界の貧困と不平等をなくすという責務に同意した。妊産婦保健を向上させ、妊産婦死亡数を1990年の4分の1に減らすことはその不平等をなくす重要な取り組みのひとつとして認められた。

妊産婦死亡のほとんどすべては開発途上国で起きており、規模においても不公正の度合においても先進国と途上国の保健格差を示す最たるもののひとつである。年間50万件の妊産婦死亡のうち、約7万件すなわち13%は安全でない中絶の合併症によるものである。

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安全でない中絶貧困との因果関係

世界保健機関(WHO)は、中絶が「必要な技術をもたない人によって、または最低限の医療水準にも満たない環境の下で、あるいはその両方の条件下で行われる」場合、その中絶は安全でないと定義している。安全でない中絶による結果をみると、先進国と途上国間の社会や公衆保健における不均衡な格差と、中絶が非合法または厳しく制限されている国の中での同様の格差が浮き彫りになる。単純な真実がひとつある。それは、安全でない中絶は、その国のなかでも最も貧しい女性に圧倒的影響を及ぼすということだ。

安全でない人工妊娠中絶、妊産婦死亡、ミレニアム開発目標

若い女性や少女が、意図しなかった望まない妊娠をすると、多くの場合、自分の生命と健康を賭けて安全でない中絶を受けるか、学校を退学して子どもを産むかのどちらかに決めざるを得ない。

「アフリカの多くの場所に住む貧しい女性は、妊娠や出産が原因で死に至る危険性が英国女性の200倍以上も高い」。英国国際開発省

IPPF/Chloe Hall

エチオピアのIPPF加盟協会は、農村部で地域社会に根ざした避妊サービスの配布体制をつくり、望まない妊娠の件数を減らす努力をしている。

「中南米の人たちは、中絶が単に妊産婦のモラルの問題ではなく、妊産婦死亡の問題であると考え始めている」。ニューヨーク・タイムズ2006年1月12日

死と拒絶ー安全でない人工妊娠中絶と貧困

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安全でない中絶によって、母、娘、姉、妹の誰が死亡してもその家族にとっては大きな悲劇だが、それと変わらず深刻なのが、何十万人もの女性が安全でない中絶の結果、身体の衰弱を招く傷害や疾患、または生涯にわたる障害に苦しんでいることである。

早いうちに治療を受けていれば合併症も多くの場合は治るのだが、信頼できるプライマリー・ヘルスケア施設を利用できない女性は数多い。安全でない中絶の合併症があっても、すべての女性が病院で治療を受けられるわけではない。10カ国のデータをみると問題の大きさとそれがヘルスケア制度にどのような影響を及ぼしているかがわかる。

安全でない中絶が健康に及ぼす影響

WHOのナイジェリアでの2000年調査によると、女性の75%が傷害ないしは疾患に苦しんでいた。ナイジェリアのイロリンで、安全でない中絶を受けた女性144人を対象に実施された調査は典型的合併症を示している。

敗血症 27%貧血 (出血) 13%死亡 9%腟頸部裂傷 5%腸の傷害 4%化学的刺激が誘因となって起こる腟炎 4%

貧血を伴う敗血症 3%骨盤膿瘍 3%腹膜炎を併発した子宮穿孔 3%子宮壁裂傷 3%膀胱腟瘻 1%

ケニアにおけるIpas(訳注:米国の民間団体。Ipasは略称ではない)のさらに新しい調査 (The Magnitudeof Abortion complications in Kenya,International Journal of Obstetrics andGynaecology「ケニアにおける大規模な中絶合併症」RCOG 国際産科婦人科ジャーナル)はナイジェリアのデータを裏付け、安全でない中絶は、「アフリカで最も軽視されて

いる保健問題である」と言明した。ケニアの保健制度のあらゆるレベルを対象に行った809件のケーススタディのうち80%以上に安全でない中絶による合併症がみられた。死亡7件のうち6件は、妊娠2/3期(訳注:妊娠中期)に入ってからの合併症だった。このことは安全で利用しやすい中絶サービスをできる限り妊娠早期に受けることがいかに必要であるかを示している。Ipasの調査は、安全でない中絶による合併症のためケニア人の女性2万893人が毎年入院することになると推定している。

中絶が非常に限定された条件でのみ許可される国では、毎年、何千人もの女性が安全でない手術による重症の合併症で入院している。

15-44歳の女性国 中絶関連入院者 千人当たりの入院

アフリカエジプト(1996) 216,000 15.3ナイジェリア(1996) 142,200 6.1

アジアバングラデシュ(1995) 71,800 2.8フィリピン(1994) 80,100 5.1

ラテンアメリカブラジル(1991) 288,700 8.1チリ(1990) 31,900 10.0コロンビア(1989) 57,700 7.2ドミニカ共和国(1990) 16,500 9.8メキシコ(1990) 106,500 5.4ペルー(1989) 54,200 10.9

アラン・グットマッハー研究所 「責任を分かち合う-女性、社会と世界の人工妊娠中絶」Alan Guttmacher Institute, Sharing Responsibility; Women, Society and Abortion Worldwide

既婚・未婚を問わず、多くの女性は自らの性生活を一切コントロールできない。彼女たちは、安全な家族計画サービスを利用できず、あるいは利用が許されず、その結果、いつ妊娠するか、あるいは妊娠するか否かを選択することがほとんどできない。多くの社会に広くみられる文化的・宗教的規範のため、女性、特に若い女性と少女は安全でない中絶による死亡や傷害に直面し、あるいは社会から排斥され見捨てられている。

社会での不平等な地位のため、少女や女性の多くは、基本的なセクシュアル/リプロダクティブ・ライツを享受することを阻まれている。

彼女たちには、意思決定や移動の権限がなく、家のなかの財産の管理もできないのと同様、自分自身の身体を自分でコントロールすることができない。この社会的、政治的、経済的不平等のため、女性の多くは安全なサービスの利用も、希望するサービスを要求することも阻害されている。

若い女性と思春期の女性および女児は特に性的強要や虐待、搾取を受けやすい。世界中で起きている性暴力の半数は、15歳以下の少女に対するものである。年長の男性が支配する人間関係の中で彼女たちは無力である。こうした関係によって望まない妊娠と安全でない中絶のリスクはさらに大きく

なり、多くの国で若い女性のHIV感染率増大に油を注ぐ重要な要因となっている。

ジェンダーの不平等、文化的規範、宗教的慣習および貧困はすべて、女性と少女が自らのセクシュアル・リプロダクティブ・ライフ(性や産む産まないにかかわる生活)について選択する機会を制限する要因である。そのため少女と女性はセックスに「ノー」という選択ができない。彼女たちが貧しく、社会の隅に追いやられている場合には、特にそうである。このような状況は多くの女性、とりわけ最も困窮している女性に悲惨な結果をもたらす。

安全でない中絶ジェンダーによる不平等の代価

何百万人もの女性が安全でない中絶による傷害と後遺症に苦しんでいる

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世界中で毎年2億1100万件の妊娠が起きているが、そのうち8700万人の女性は意図しない妊娠をし、4600万人近くは中絶をする。さらに3100万の妊娠は流産や死産に終わる。

世界のどの地域の女性も望まない妊娠を中絶によって終わらせたいと考えている。毎年、中絶を選択する女性4600万人のうち、78%は開発途上国、22%が先進国の女性である。毎年行われる中絶のうち1900万件は安全でなく、その96%は途上国で起きている。

多くの独自の調査によると、国の違いはあるにしても、女性が妊娠を中絶する時の理由は非常に似通っていることがわかる。

本報告書を編集するにあたり、IPPFは数多くの統計データを参考にした。なかでも最も多く使用したのは、アラン・グットマッハー研究所の画期的な出版物「責任を分かち合う-女性、社会と世界の人工妊娠中絶」(1999年)である。

•もう子どもは産まないことを選ぶ。

•子どもを産み、育てるには若すぎるか、経済力がなさ過ぎる。

•学業を修了したい。•出産間隔をあけるため、子どもを産む時期を延ばしたい。

•パートナーとの関係が終わってしまった、あるいは不安定である。

•出産によって健康が害されるだろう。

•レイプや近親姦で妊娠した。•社会通念、宗教上の信仰から未婚女性が妊娠を続けるのは難しい。

世界の計画外妊娠と安全でない中絶ヨーロッパの安全でない中絶

途上国の安全でない中絶

アフリカ     420万件アメリカとカリブ海地域

380万件アジア 1050万件

世界の地域別中絶

アフリカ 11%アジア 59%ヨーロッパ      17%中南米・カリブ海地域 9%米国・カナダ・オセアニア 3%

WHOは、ヨーロッパにおける安全でない中絶は、毎年50万件から80万件と推定している。東欧では依然として安全でない中絶により女性が死亡しているが、事態は改善に向かっている。中欧・東欧諸国における妊産婦死亡の6%から23%は安全でない中絶が原因である。

安全で合法的な中絶を利用しやすくするため、IPPFヨーロッパ・ネットワークは、他の組織と連携し、アルバニア、アルメニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、グルジア、カザフスタン、ポーランド、タジキスタン、ウズベキスタンの加盟協会の職員とボランティアを対象に2日間のワークショップを開催した。さらに彼らが提供する中絶サービスの質的向上を図るため、他のヨーロッパ加盟協会を集めて会議を開いた。

ルーマニアでは中絶を禁止する法律が1966年に可決された。その後、出生10万人当たりの妊産婦死亡は1964年の80件から1988年の180件にまで急増した。しかし、1989年にこの法律が廃止されてからは、妊産婦死亡率は出生10万人当たり40前後に減った。この減少部分のほとんどは安全な中絶が利用しやすくなり、安全でない中絶の合併症による死亡件数が減少したことに起因する。1966-1988年の間、安全でない中絶が原因で亡くなったルーマニア人女性は約2万人と推定される。

アラン・グットマッハー研究所 「責任を分かち合う-女性、社会と世界の人工妊娠中絶」Alan Guttmacher Institute, Sharing Responsibility; Women, Society and Abortion Worldwide

「世界の多くで保守主義的傾向と資源競争がみられるが、重要な課題はミレニアム開発目標にうたわれているように、貧困削減のため開発に向けた努力の重点を引き続きセクシュアル/リプロダクティブ・ヘルス/ライツにおくことである。そのためにIPPFは、同じ考えをもつ政府や組織とパートナーシップを組み、これまでの家族計画や特に安全な中絶のためのサービスをまさに拡大しながら、政策提言活動を強化していく必要がある」。ジャクリーン・シャープ博士 IPPF会長

死と拒絶ー安全でない人工妊娠中絶と貧困

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計画外の出産は世界中の女性にとってよく起きることである

0 10 20 30 40 50 60

コートジボアール

ケニア

ナイジェリア

ジンバブエ

エジプト

モロッコ

チュニジア

バングラデシュ

インド

インドネシア

フィリピン

ブラジル

コロンビア

メキシコ

ペルー

フランス

日本

カナダ

スウェーデン

米国

過去5年間の出生の割合(%)

望まない出産 もっと出産を先送りしたかった

アラン・グットマッハー研究所「責任を分かち合う-女性、社会と世界の人工妊娠中絶」Alan Guttmacher Institute, Sharing Responsibility; Women, Society and Abortion Worldwide

サハラ以南のアフリカ

北アフリカと中東

アジア

ラテンアメリカ

先進国

計画外の望まない妊娠とその原因

•ジェンダーの不平等とは、女性が自分の身体を自分で十分管理できないことを意味する。

•家族計画サービスが得られない。•近代的避妊法の情報不足と伝統的方法への依存。

•避妊の失敗または避妊薬(具)の使用が不規則。

•独身女性と避妊薬(具)の使用にまつわる偏見。

•女性には性行為に関しコントロールする力がない。

•性的暴力、レイプ、近親姦•文化的・宗教的規範のため、女性は避妊について交渉する力が弱い。

よりよい避妊法の選択

出産間隔を十分にあけ、希望どおりの家族規模にするには、女性の出産可能期間を通して、女性も男性も信頼性のある避妊法を正確に継続して使用しなければならない。

証拠に基づいて言えるのは、世界的にみて、既婚・未婚を問わず計画外妊娠を避けるため、常時近代的避妊法を使っている女性の数は、妊娠を遅らせたい、あるいはその間隔を十分にあけたいと望んでいる女性の数を下回っている。

その理由は複雑で、根の深い社会的・文化的通念や経済状態から、女性が相手に避妊について言い出せない関係にあることまで多岐にわたる。世界の多くの国にみられるもうひとつの理由は、避妊薬(具)のニーズが満たされていないことで、女も男も希望するだけの必要な家族計画サービスが入手できていない。カップルの多くは、避妊効果のない伝統的方法に頼らざるを得ないのである。これが必然的に計画外妊娠につながる。

小家族を希望する女性がますます増加している。サハラ以南のアフリカと他のわずかな国々を除き、小家族とはおおまかには2-3人の子どもをもつことを意味する。先進国の大半では、小家族は社会的規範となっている。それでも、世界全体では女性の多くは自分たちが望む以上の数の子どもを産み育てている

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ネパール

ネパールでは、若年結婚と度重なる計画外妊娠のため、多くの女性が安全でない闇の中絶に解決を求めてきた。中絶は2002年に特定の条件のもとで合法化され、2004年初頭に法律の施行が承認された。この法改定は、その他の女性の権利をうたった妊娠保護法のなかに取り込まれた。IPPF加盟のネパール家族計画協会(FPAN)は、2004年に3カ所の診療所で中絶サービスを開始した。

14歳の少女がFPANのバリー診療所を訪れ、中絶したいと言ってきた。はじめのうち、彼女は職員になかなか実情を話したがらなかったが、やがて遠い親戚と性的関係をもち、身ごもってしまったことを打ち明けた。成績優秀な生徒である彼女は、妊娠が次の試験に影響し、結局、学業を修了できないのではないかと心配していた。

それまではこれほど若い人が診療所にサービスを求めてきたことがなかったため、職員には手続きの基準となるものがなかった。急遽、サービス提供者と上級職員の会議が開かれ、法的な事項を検討し、この少女を助けるにはどうするのが一番よいかについて協議した。ネパールでは、父母または保護者の同意がない限り、16歳以下の女性に中絶サービスを提供することは非合法である。職員は、彼女が翌朝保護者の同意書をもってくれば、その日のうちに安全な中絶をすることを決定した。

次の日、少女が診療所に姿を見せなかったため、職員は心配した。FPANのフィールド・スタッフが注意深く問い合わせ、本人と密かに会って追加のカウンセリングを行った。約束の日に診療所に来なかったのは、その午前中に学校の試験があったからだということがわかった。それから週末がきて、診療所は休診になったが、支部責任者はこれ以上遅れるのを懸念して、保護者と一緒にやってくる少女のため特別に診療所を開いた。

家族計画協会アウトリーチ・ワーカーから協会のサービスについて話を聞いた36歳の妊婦が2005年半ば、診療所を訪れた。彼女と肉体労働者である夫は、すでに7人もの幼い子どもを育てることに四苦八苦していた。8人目の子どもを育てようとすれば、どの子どもにも十分食べさせることはできなくなると、明らかに彼女は落胆していた。

残念ながら、FPANは利用者全部に無料でサービスを提供することはできず、その妊婦は750ルピー(約6ポンド)の料金が支払えなかった。彼女の体調は非常に悪く、安全でない「伝統的」中絶方法に頼るかもしれないと恐れたスタッフは自分たちで手術の資金を集めることにした。

多くの女性にとって、安全な中絶手術は高すぎてとても支払えない。またそのために借金をすることなどは問題外である。これが安全でない中絶に依存する理由のひとつである。

36歳の女性は、安全な中絶手術と避妊を含む予後のカウンセリングを受けた。FPANの家族計画サービスをもっと早く知っていたなら、子どもの数を少なくする手段がとれたのに、と彼女は職員たちに話した。

ペルー

19歳のカルメンが、IPPFのペルーの加盟協会INPPARES の診療所にやってきた。彼女は落ち込み、情緒不安定の状態だった。話を聞くうち、彼女は6週間前にレイプされたが、それを恥と感じて、警察に報告をせず、治療も受けなかったことがわかった。絶望のあまり、彼女は薬物を使って流産しようと試みたが、それが原因で腟からの出血に苦しんでいた。

診療所にはカルメンのボーイフレンドと母親も一緒にきており、彼女は何が起こったかを包み隠さず話し、解決策についてもオープンに話し合うことができた。中絶後のケアに関する情報に加え、彼女はHIIVの検査やその他の性感染症についてもカウンセリングを受けた。彼女は手動の真空吸引法を受ける決心をし、手術は何の合併症もなく終わった。彼女がフォローアップのために診療所を再訪したとき、様々な避妊法についてカウンセリングを受けた。しかし、彼女の話によると、ボーイフレンドはレイプと中絶にまつわる偏見のため彼女のもとを去ってしまい、今はもう避妊薬(具)はいらないという。

すべてのケーススタディはIPPF加盟協会の報告による。

ケーススタディ計画外の妊娠

IPPF/Chloe Hall

モーリタニアの加盟協会のヌーアディボウ診療所で女性が避妊サービスを受けている。これらのサービスは望まない妊娠を防ぐ基本である。

IPPF/Christian Schwetz

タイの加盟協会では女性に様々な避妊法を教えるようにしている。

死と拒絶ー安全でない人工妊娠中絶と貧困

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グローバル・ギャグルール(口封じの世界ルール)

グローバル・ギャグルールは、1984年に初めて導入されたものを2001年にジョージ・ブッシュ大統領が再導入したもので、米国外の非政府組織(NGO)に対して女性の健康と権利を守る活動を続けるか、米国からの資金援助を失うかの二者択一を迫り、彼らを抗いがたい状況に追いやるものである。これは米国の資金援助を受けている組織に対し、自己資金であっても中絶に関する情報やサービス、ケアに使うことを認めず、中絶について話し合うことも安全でない中絶を批判することも禁止するというルールである。このルールはさらに、NGOがその国の政府の要請でこれらの問題に取り組むことすら禁止している。

ギャグルールは言論の自由を著しく制限し、医師と患者の関係を阻害し、中絶に関する法規制の緩和について公衆保健と人権の観点からバランスのとれた考察を行うことを妨害する。このルールを拒

絶したIPPFの加盟協会およびその他の組織は世界的に大きな打撃を受け、実際にセクシュアル/リプロダクティブ・ヘルスサービスを実施するために受けていた資金援助の多くを失ってしまった。この政策は、その規則に拘束された組織の言論の自由と結社の自由を制限している。しかし、中絶禁止を擁護する言論は認められており、ギャグルールの思想的側面を際立たせている。

ギャグルールの意図は、世界の中絶を減らすことにあるというが、それには失敗している。現実には、セクシュアル/リプロダクティブ・ヘルスサービスの実現に大打撃を与えてしまったため、結果として意図しない妊娠とそれに伴う中絶件数が増加しているのである。

「ギャグルールの影響を量的に測定するのは容易ではない。そこから派生する問題はひそかに拡大し、何年にもわたって影響を及ぼしてきた。ギャグルールがなかったら提供されたはずのサービスを受けられずに死んだ人が何人に上るか、公衆保健問題の壊滅的状況について発言を封じられた運動家が何人いたか、政府やその他のNGOと協力してさし迫ったヘルスケアニーズに応えようとしながらそれを禁止された組織がどれほどあったか、それらを追跡するのは不可能だ」。米国家族計画連盟「グローバル・ギャグルールに関する報告」2003

国際人口開発会議がカイロで1994年に開催された際、国際社会は2015年までに家族計画とセクシュアル/リプロダクティブ・ヘルスサービスを誰でも利用できるようにすると誓約した。その10年後、さらなる誓いが立てられたにもかかわらず、世界の指導者たちはその約束を果たしたとい

うにはほど遠いところにいる。事実、この間に、世界の家族計画サービスへの拠出金は削減されてしまった。

不十分な資金や政治的・宗教的反対により、家族計画サービスがまったくないか、あってもサービスの質が悪い場合、それは直接、

意図に反した望まない妊娠につながり、安全でない中絶による高率の妊産婦死亡と健康障害に結びつく。

家族計画に対する世界の約束

IPPF/Chloe Hall

エチオピアのウォンドゴネットで市場の立つ日に行われるアウトリーチ・サービスを受けるため、ブゼンスは徒歩で数時間かけて出かける。この土曜診療所は、避妊サービスを受けられる唯一の機会である。

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った出生率が4人強にまで急速に低下したのである。それでも妊産婦死亡率はなかなか減らず、中絶件数は依然として多い(現在の推定数年間30万件以上)。

中絶はケニアの法律で厳しく制限され、唯一の例外が母体の生命を救うためであることから、中絶の大多数は非合法で危険なものであり、全国の妊産婦死亡の30-50%を占めている。これがケニアの医療制度がもつ資源に大きな影を落としている。事実、ケニヤッタ国立病院の産婦人科病棟の60%は安全でない中絶の犠牲者で占められている。

ケニアでの家族計画の満たされないニーズは依然として高く、夫婦の24%は希望するサービスを受けられず、家族計画サービス自体も削減されてきている。その最大の理由は、グローバル・ギャグルールの導入である。それでも中絶率は依然として高く、ケニアの

各国の状況- ケニア

女性が相変わらず中絶に頼って出生を管理していることを示している。

避妊サービスが利用できると、計画外の妊娠とその後の中絶の件数が減る。ケニアの例でわかるように、家族計画と避妊薬(具)のニーズが満たされないところでは、女性は出産を避けるため、中絶に依存する。中絶が非合法か制限されている国では、それは女性が生命と健康を犠牲にしても安全でない中絶に頼ることを意味する。死亡を予防し、安全でない中絶による健康被害に取り組むには、効果的な家族計画およびリプロダクティブ・ヘルスサービスとともに安全で合法的な中絶サービスがなければならない。

避妊サービスが入手できるようにする必要性

IPPFは、中絶関連の妊産婦死亡を減らしたりなくすため二面作戦をとっている。ひとつは、中絶のニーズを減らすためのサービスを提供することである。良質の避妊サービスがあるところでは中絶率は低下する。しかし、いかに効果的な避妊サービスが提供され、利用されても、意図しない妊娠は起こる。

IPPFの第2の目標は、中絶をあらゆるところで合法化し安全なものにすることである。その根拠は明白だ。女性が安全な中絶サービスを受ける権利をもって初めて、安全でない中絶による医学上の合併症や妊産婦死亡が真にまれな出来事になるからである。

この二面作戦はケニアで劇的効果をみせた。家族の規模を小さくしたいと願う夫婦の声に押され、政府が家族計画の全国プログラムを開始した1980年から2000年の間に、女性1人当たり平均8人だ

ケニアとグローバル・ギャグルール

IPPFの加盟協会であるケニア家族計画協会(FPAK)は、この国の避妊とリプロダクティブ・ヘルスサービスのかなりの部分を担当している。米国国際開発庁からの資金と技術援助のすべてを失うか、安全な中絶のための活動をすべて中止するかの二者択一を迫られたFPAKは援助をあきらめ、ケニアの女性の健康とウェル・ビーイングを自由に支援できる道を選んだ。資金援助がなくなったため、FPAKは診療所3カ所の閉鎖、残りの診療所でのサービスの縮小、アウトリーチプログラムの経費の大幅削減に追い込まれた。その結果、貧しい人たちはますます家族計画サービスや情報を受けにくくなり、望まない妊娠と安全でない中絶が増えるのは必至とみられている。

中絶に関する法律再検討の必要性2004年の初頭、何人ものケニアの医師が中絶に携わっていたと告

発され、殺人の罪で裁判にかけられた。これに対抗して、全国から集められた代表で構成されるケニア・リプロダクティブ・ヘルス運営委員会が設置され、告発された医師たちの弁護とリプロダクティブ・ヘルス/ライツの拡大を目指した。

運営委員会の活動を通して、近い将来中絶法を緩和する草案が議会に上程されることになっており、現在は中絶に関し全国規模の包括的見直しが行われている。安全な中絶サービスを利用しやすくすることに賛同する人たちを集めたことは、それ自体現行の中絶法に対する挑戦となった。もしFPAKを含む組織が、ギャグルールに署名していたら、たとえ自国政府の要請があったとしても、このような挑戦はあり得なかっただろう。

「避妊薬(具)のニーズが満たされない状態が続き、避妊の失敗が繰り返されるならば、必然的に計画外の望まない妊娠の増大につながり、多くの女性は安全でない手段で妊娠を中絶せざるを得なくなる。その結果、容認しがたいほどの高率で不妊や長期にわたる疾患、死亡を含む合併症が起きる」。「ケニアにおける大規模な中絶合併症」RCOG 国際産科婦人科ジャーナル(The Magnitude ofAbortion complications in Kenya,RCOG International Journal ofObstetrics and Gynaecology)

死と拒絶ー安全でない人工妊娠中絶と貧困

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南米諸国では中絶が厳しく規制されたため、安全でない中絶による妊産婦死亡率が世界でも最も高い地域のひとつという荒廃した状態が長い間続いてきた。ベネズエラでは、中絶手術は、女性の生命を救う場合にのみ許可される。レイプや近親姦あるいは女性の健康保持という目的であっても例外は認められない。さらに法律には、中絶した女性には最高2年、施術者には最高30カ月の禁固刑がうたわれている。

2004年12月1日、中絶を犯罪としない法案が国会に提出された。安全でない中絶の合併症による女性の死を目の当たりにして疲弊しきっていた医療従事者にとっては、画期的な出来事だった。この法案は女性団体、大学、産婦人科医の会、保健省、さらにIPPFのベネズエラ加盟協会(Asociacion Civilde Planificacion Familiar)を含むリプロダクティブ・ヘルスの提供者など多くの人々の努力を具現したものだった。カトリック教会が強大な影響力をもつ国で、中絶を犯罪としない法案は、中絶に関する公開の法的議論に道を開く第一歩であった。それは大いに必要とされたことであった。

IPPFのベネズエラ加盟協会は法案の草稿づくりを助け、議会の女性・家族・青少年に関する委員会に中絶のもつ公衆保健上の問題について意見書を提出した。同委員会は現在この法案を支持している。委員たちが、安全な中絶を必要としていた女性の話を聞き、妊産婦死亡と疾患の実態を直接視察してから、委員会の姿勢は大きく変わった。彼らは、中絶を処罰の対象にしたところで中絶の予防になるわけでもニーズが減るわけでもなく、女性を苦しめるだけだということを認め、その結果、現行法の改正に賛同するようになった。

中絶の法改正を目指すベネズエラの努力1984年のグローバル・ギャグ

ルールにもかかわらず、29カ国が中絶法を緩和した。

アルバニア 1996年アルジェリア 1985年オーストラリア 2002年 (2州)ベルギー 1990年ベニン 2003年ボツワナ 1991年ブルガリア 1990年ブルキナファソ 1996年カンボジア 1997年カナダ 1988年チャド 2002年チェコ共和国 1986年エチオピア 2004年フランス 2001年ガーナ 1985年ギニア 2000年ギリシャ 1986年イラン 2005年マレーシア 1989年マリ 2002年メキシコ 2000年 (2州)モンゴル 1989年ネパール 2000年パキスタン 1990年ルーマニア 1989年スロバキア 1986年南アフリカ共和国 1996年スペイン 1985年スイス 2002年

IPPF/Asociacion Civilde Planificacion

IPPFのベネズエラ加盟協会とそのボランティアは中絶を処罰することに反対するベネズエラの運動の中心メンバーである。

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IPPF/Chloe Hall

加盟協会の診療所が提供する無料の家族計画サービスがミモーナたち女性の命を守り、モーリタニアの妊産婦死亡数を食い止めている(首都ヌアクショットにて)。

「効果的で利用しやすい家族計画サービスがあれば、妊産婦死亡の35%までは回避できる」「妊産婦死亡の削減-証拠と行動」国際開発省(DFID)のための戦略2004年9月(Reducing MaternalDeath: Evidence and Action, AStrategy for DFID, September2004)

西アフリカ15カ国を対象にした調査によると、避妊実行率が最も高い国では妊産婦死亡率が最も低く、反対に実行率の低いところでは妊産婦死亡率が高いことがわかった。

セクシュアル/リプロダクティブ・ヘルス/ライツの推進者は、米国、バチカンその他の保守政権や宗教指導者による敵意に満ちた政治的反対にますますさらされている。このことで、誰もがリプロダクティブ・ヘルスサービスを受けられるという希望の実現が、世界の大多数の貧困層からさらに遠のくことは必至である。その結果をまともに受けるのは世界中の女性と少女であり、彼女たちは今後とも、妊産婦死亡と安全でない中絶という問題の本質とその深刻さから目をそらす政策の矢面に立たされることになる。

家族計画に反対することは、望まない妊娠や安全でない中絶を減らす努力を阻害することである

家族計画の包括的サービスと情報が利用できるところでは、中絶件数は減少している。避妊薬(具)を使わない、あるいは伝統的方法を使っている女性が近代的方法に切り換えていたなら、アルメニアやカザフスタン、キルギス、ウズベキスタンでの中絶件数は半減していたはずである。

質の高い家族計画サービスを十分受けられるバングラデシュの女性の中絶率は、出生千対2.3だが、サービスが得られない女性の場合は6.8になる。

ダフ・ギルスピー「ランセット」363号、2004年1月(Duff Gillespie,The Lancet, Vol.363, January 2004)

死と拒絶ー安全でない人工妊娠中絶と貧困

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中絶を巡る思想的議論は、望まない妊娠がわかると、多くの女性は合法か否か、安全か否かにかかわらず中絶を求めるという語られない真実を覆い隠してしまう。それが致命的結果につながることは言うまでもない。女性は生命の危険にさらされ、生命を落としたり、あるいは一生にわたって障害に苦しめられる。中絶が非合法であることと、中絶には汚名がつきまとうため、証拠となる情報を探すのは困難である。しかし、調査を行い事実を分析すれば中絶の法規制を緩和し、同時に安全なサービス

を利用しやすくすることから目を背けることはできなくなる。

中絶を犯罪とみなすことが、中絶を減らすどころか、女性の生命を脅かすことにつながるという証拠は世界各地でみられる。中南米では、ほとんどの国が中絶を禁止したり厳しく制限しているが、中絶率は世界でも最も高いグループに入っており、西欧諸国や北米をはるかにしのいでいる。

女性の生命を救う場合であっても中絶を認めないコロンビアで

は、女性は出産可能期に平均して1人1回の中絶を行っている。ペルーでは、1人当たり2回に増える。貧しい女性は安全な治療が受けられないが、そのことは資格のない人による非合法で不衛生な安全でない手術に頼ることを意味する。

変革の基盤をつくる-証拠に基づく対策

いつ、どのように中絶を合法化するかを巡るウガンダの論争は、女性の身に現実に起きている悪循環を隠している。現在、中絶は非合法で、女性の生命を救う場合、または心身の健康を保持する場合にのみ例外的に許されている。しかし、中絶手術は登録された医師が行い、他に2人の医師の同意が必要なため、さらに行政上の障壁が加わる。ウガンダの刑法では,非合法中絶をすると、女性も医師も7年以下の禁固刑が科せられる。しかし、この法があるからといって安全でない中絶を減少させる助けにはほとんどなっていない。

ウガンダは人口の40%近くが貧困ライン以下で暮らしている世界最貧国のひとつである。英国国際開発省が資金援助をした2005年発表の調査により、ウガンダの女性の3分の1はサービスを受ける手段がないため、避妊を拒絶された状態にあることが明らかになった。これはウガンダ家族計画協会が出した証拠を裏付けるものであり、中絶法の改正に向け一般の人々の支持と政治上の約束を得るための現実的で実体のある議論構築につながる。

家族計画サービスの利用が制限された結果、平均的なウガンダ女性は生涯に7人の子どもを産んでいる。これは平均希望数よりも2人多い。望まない妊娠を終わらせようと、多くの女性は不衛生で危険な状況のもとで法を破る。その最大の影響を受けるのは、最も貧しい層の女性、なかでも農村部の女性であり、彼女たちは望まない妊娠を終わらせたいという絶望的な思いからやむなく鋭利な道具や薬草を使う。その75%以上は合併症を患っており、現在ウガンダでは、安全でない中絶が妊産婦死亡総数の3分の1を占めている。

このような事実に基づく証拠を無視することはできない。すでに変革を支援しようという高まりが起きている。2005年9月、IPPFとウガンダ家族計画協会はノルウェ-の国会議員による現地視察団を実現させた。その結果、同視察団は声明を出し、安全かつ合法的な中絶を利用しやすくすることが、特に弱い立場にある農村の貧しい女性にとって重要であると強調した。この声明についてはウガンダの国会議員と保健省担当官、報道関係者が公開で話し合い、一

各国の状況- ウガンダ

般の間にも大きな議論が起きた。その結果、リプロダクティブ・ヘルス・プログラムの責任者が、合法的中絶は妊産婦死亡を減少させると公式に認めるに至った。保健省は、中絶法の見直しを計画しており、安全でない中絶の合併症によってこれ以上無益な死と疾患が起きないよう現行法をいかによりよく解釈できるか検討している。

同国のIPPF加盟協会は、安全な中絶サービスを利用しやすくすることで、望まない妊娠を減らせることを裏付ける証拠を活用し、公衆保健の観点から制限の多い現行の中絶法を廃止するよう政府に訴えた。これはウガンダ家族計画協会がグローバル・ギャグルールに署名していたなら、到底できないことであった。

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モンゴルでは中絶は合法である。しかし、政府の政策は、必ずしも安全でない中絶を減らすための具体的サービスという形で実行されているわけではない。サービス提供に関する厳しい規則により、中絶は政府認可の医療施設で実施することが義務づけられている。この規則はサービスの質の高さを保証しているものの、女性にとっては、政府の病院以外に合法的選択肢がほとんどないのが現実であり、結局はサービスの利用が制限されることになる。政府の病院の長い行列と官僚主義的手続きのため、多くの女性はすぐに中絶

を受けられる無認可の民間診療所に行かざるを得ない。ただ、そこでは料金も高く手術は非合法である。中絶サービスを利用する手段は、特に農村部では依然として乏しい。このような状況から、IPPF加盟のモンゴル家庭福祉協会(MFWA)は、簡易診療所でも健康と安全基準を確保する手段をとって、安全で合法的な中絶が実施できるよう代替制度を提案している。

そのための第一歩として、MFWAは中絶に関する人々の意見と実態を知るため1700人を対象に調査を実

各国の状況- モンゴル

施した。各層の人々を面接調査した結果、回答者のほとんどが中絶サービスがどのような条件で利用できるかについてよく認識していることがわかった。近くに民間の診療所も公立病院もない農村地帯の住民は、中絶サービスを利用しやすくするという計画を支持した。これは安全な中絶サービスに対し、かなりのニーズがあることを示している。

• 1950年以前、安全な中絶は世界のほぼすべての国で非合法であるか、厳しく制限されていた。

•安全でない中絶の影響に関する関心が高まり、中絶を自由化し合法化する国が、主に先進諸国とその他の国々で急速に増加した。

•その傾向はグローバル・ギャグルールが初めて導入された1984年以降、鈍った。

• 1985年と1997年の間に、19カ国が中絶の法規制を緩和した。

•さらに最近、11カ国が中絶法を緩和した。

•同時に、5カ国が現行法を一層厳しくした。

•世界人口の25%は、現在も中絶が非合法ないしは厳しく制限された国に住んでいる。

•その他の国々では、中絶は一定の条件のもとでのみ合法だが、サービスや情報を得る手段は著しく制限されている。

•国の法解釈や施行および中絶に対する医療界の姿勢が、サービスが受けやすくなるか否かを左右する。

•複数の調査により、中絶の合法化も中絶法の緩和も全体の中絶率増加にはつながらないことが明らかになっている。

世界の中絶法-公衆保健上の課題

中絶についての適切な情報と安全で支払い可能な中絶サービスを利用できるようにすることは、中絶の合法化と同様に重要である。これらが同時に行われなければ、安全でない中絶は世界中で何百万人もの女性の生命を脅かし続けるだろう。

中絶が許可されている国々でも、法的障壁があると安全なサービスの利用が大幅に遅れ、その結果、女性の健康に悪影響を及ぼすことがある。待機期間の義務付け、配偶者または保護者の同意が必要なこと、また認定されたサービス提供者のところまで長い道のりを行かなくてはならないことなどが、安全な中絶を利用するうえの阻害要因になっている。

料金についても同じことが言える。安全な中絶は料金が高く、貧しい女性に最大の打撃を与え、危険な時期まで中絶を遅らせることになる。

インドでは、中絶が合法化されて30年経過したものの、現在でも非合法中絶6対合法中絶1という割合が続いており、中絶が妊産婦死亡率の原因の15%以上を占めている。これは主に中絶の法的地位に対する認識や、安全で衛生的な中絶サービス、熟練した医療者がいずれも不足しているためであり、それは特に農村部において顕著である。

安全で合法的な中絶サービスの利用

世界にみる中絶許可の根拠

女性の生命を救うため

また、心身の健康を保持するため

また、レイプや近親姦の場合

また、胎児に障害がある場合

また、経済的・社会的理由

また、要請に応じて

該当人口(単位100万) 国の数

「世界保健報告 2005」WHOThe World Health Report 2005, WHO

死と拒絶ー安全でない人工妊娠中絶と貧困

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エチオピアの22歳の女性ゲーテ(仮名)は、レイプされアディスアベバにある家庭指導協会の診療所を訪れた。彼女は北部のゴンドールに暮らしていたが、仕事を探しにアディスに来て、2004年から叔父叔母と一緒に住んでいる。

ゲーテはいとこの友人にレイプされた。その当時、エチオピアではレイプと近親姦を除いて中絶は非合法であり、中絶する場合もレイプを確認する警察の報告書が必要だった (現在、この法律は撤廃されている)。レイプと中絶に対する偏見があまりに強いため、ゲーテは警察に行くことをためらった。警察には信じてもらえないだろうという思いもあった。レイプされたことを叔父に告げると、家を追い出されてしまった。妊娠に気づいたとき、彼女は中絶を望み、恐怖心を抑えて警察に行った。警察はレイプを確認するため彼女を

診療所に送ったが、その時すでに妊娠4カ月に入っていたため、診療所のスタッフもレイプされたか否かの確認はできず、カウンセリングと、警察に対しては妊娠を確認するのがせいぜいだった。

「警察の正式な書類がない限り、安全な中絶のため彼女を医師に照会することは診療所としてはできないのです。このような場合、女性が非合法の堕胎医を訪ねるのはごく普通のことなのです」。シスターメケレ アディスアベバのモデル診療所の看護師長

各国の状況- エチオピア

薬剤を組み合わせて行う薬剤による中絶は、望まない妊娠を終わらせるための安全で効果の高い方法であり、多くの先進国と一部の途上国でより好ましい手段として広まっている。現在のところ、途上国の女性にはほとんど入手できない。訓練を受けたスタッフが投薬すれば、合併症はまれである。

抗プロゲストゲンのミフェプリストンを合成プロスタグランディン類似物と合わせて使用する薬剤による中絶は、自然流産のような効果を発揮する。医療や財政面からプライマリ・ヘルスケアシステムのなかでは外科的中絶が困難な国々にとって、薬剤による中絶は効果的かつ利用者にもやさしい方法であることが証明された。ここには、安全な中絶がそれを最も必要とする女性にとって利用しやすくなるという確かな希望がある。

妊娠9週以内に行われる薬剤による中絶は、診療所に2回行き、異なる薬剤を2回投与してもらう必要があるが、2回目の投薬は自宅ですることもでき、そのケースが増えつつある。2回目の受診でプロスタグランディンの投与を受けた女性の90%は、4-6時間の間に流産する。この方法の成功率は98%である。妊娠9週を過ぎると追加処置が必要となるが、外科的手術ほど身体への侵襲はなく、効果は97%である。

開発途上国にとって薬剤による中絶の大きな利点のひとつは、大多数の女性の場合、外来で行えるため必要な医療資源がずっと少なくてすむことである。

薬剤による中絶-資源の乏しい状況で生命を救うサラワティというインドの37

歳のヘルスケア・ワーカーは次のように語った。「私は若い頃望まない妊娠をしたのですが、そのときこの薬剤による中絶法があったらどんなによかったろうと思います。私は男性の医師に外科手術をしてもらうのがいやで、しかたなくダイ(伝統的ヒーラー)のところに行ったのですが、何日も痛みと熱がとれませんでした。その後、妊娠できない身体になってしまい、夫は私のもとを去ってしまいました」。

薬剤による中絶は10年以上にわたり多くのヨーロッパ諸国で実施されてきた。国によっては、現在では中絶の50%以上を占めている(スウェーデン51%、フランス56%、スコットランド61%)。

IPPF Chloe Hall

ゲーテは写真で顔がわからないようにして欲しいと言った。

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IPPF/Chloe Hall

イテネシはHIV陽性である。彼女はエチオピア家庭指導協会が運営する青少年センターに行き、HIV陽性ということが若い人たちの将来のリプロダクティブ・ヘルスにどのような意味をもつかについて話している。

家族をつくり、子どもを産むか否か、産むならいつ産むかを決定する権利は、女性のセクシュアル/リプロダクティブ・フリーダムの基本である。しかし、HIVと共に生きる女性にはこの権利がしばしば否定されている。社会もサービス提供者もHIV陽性の女性は子どもをもつべきではない、また性行動もとるべきではないと考えているからである。

これは悲劇的な絵図である。そこにはHIV陽性の女性が罪人であると同時に犠牲者として描かれており、意思決定の過程でどの程度の圧力が加えられたかが示唆されている。今日まで、HIV陽性の女性が産むか否かの決定をどのように行っているかについて調査したものはほとんどない。しかし、現在ある調査から明らかなのは、HIV陽性の女性の生命が尊重されず価値がないとみなされていることである。

出産可能年齢にあるHIV陽性の女性は、HIV陰性の女性と同じように計画外妊娠をすることがあり、同じように子どもを産むべきか否かという問題につきあたる。ただ、HIV陽性の女性の場合、個人や家族、さらに社会的、文化的、宗教的、医学的理由から、問題は一層複雑である。

HIVと共に生きる女性は、HIV陽性であることで汚名を着せられることが多いが、そのうえ妊娠したとなると、HIV陽性なのに無責任な性行動をとり妊娠したと非難される。彼女たちはときには家族やヘルスワーカーから中絶するよう圧力を受け、ときには、パートナーや世間から子どもを産むよう圧力をかけられる。HIVと共に生きる女性は、中絶を求めたり中絶したりすると悪魔扱いされることもある。母子感染予防のための包括的プログラムを利用できない状況で、HIV陽性の子どもを産んだ女性は、責められることが多い。

HIV陽性の女性と選択の権利

サービスの提供には、女性のセクシュアル/リプロダクティブ・ライツと意思決定を尊重することが基本になければならないのは明らかである。そこには、必要があれば安全で合法的な中絶に対する権利が含まれる。安全な中絶サービスを利用できるようにすることは、HIV陽性の女性には非常に重要である。というのも彼女たちは敗血症や大出血の合併症に苦しみ、より大きなリスクに直面しているため、安全でない中絶の危険度が著しく増すからである。

どのような立場にあっても、すべての女性は子どもを産むか産まないかを自分で決める権利をもつべきである。

死と拒絶ー安全でない人工妊娠中絶と貧困

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サンパウロにあるブラジル最大の公立病院オスピタル・ダス・クリニカスには、毎週女性が腟からのひどい出血で救急病棟に担ぎ込まれる。

そのほとんどは10代か20代初めで、南米最大の都市の周辺にある極貧のスラムに住んでいる。女性によってはなぜ出血するのか見当もつかないといい、あるいは月経が来なくなったと用心深く作り話をする女性もいる。

誰も本当のことを明かそうとはしない。中絶が非合法であるため、当局に引き渡されるのを恐れ、闇で手に入れた潰瘍の薬を腟に挿入して人工的に流産しようとしたことを認めないのだ。

ブラジルでは、ごくまれな場合を除いて、中絶は法的に許可されていないが、中絶率は途上国のなかでも最も高いグループに入る。保健省は妊娠総数のうち31%は中絶されると推計している。数字にすると年間140万件の中絶が、それもほとんどは違法に行われていることになる。

米国では1973年に中絶が合法化されたが、妊娠総数の25%は中絶に終わっている。世界で最も規制の少ない中絶法をもつ国のひとつであるオランダでは、その割合はほぼ10%である。

中絶が広く行われているにもかかわらず、最大のカトリック国ブラジルでは中絶を口にすることはタブーである。それでも状況は変わりつつある。というのは、市民グループや医療専門家の一部が、望まない妊娠を終わらせるという女性の権利のための闘いを通し、中絶について公に議論しようと働きかけているからである。彼らが目指すのは、闇中絶による女性の死を防ぐことである。

現在は、レイプと母体の生命が危険な場合にのみ中絶が許可されている。それでも、裁判官の認可をとるのが困難であり、医師の中には宗教的理由から手術を拒む者もいる。

ブラジルでは、中絶手術の失敗が妊産婦の死亡原因の第4位を占める。2004年には、24万4000人

の女性が公立病院で闇中絶による合併症の治療を受け、これに対して政府は3500万レアル(900万ポンド)を支出した。

ブラジルの中絶法には、社会の不平等も如実に現れる。金持ちの女性は、最低月額賃金の5倍もに相当する1500レアル(400ポンド)を払って、違法であっても安全な診療所で中絶する。

それに対して、貧しい女性のほとんどは、サイトテックという商品名で知られる潰瘍薬のミソプロストルに頼る。サイトテックを腟に挿入すると子宮収縮が起き、胚または胎児が体外に排出される。

ロイター通信の報告、2006年1月10日

各国の状況- ブラジル

IPPF/Jenny Matthews

ネパールでは中絶が犯罪でなくなり、違法中絶の罪で投獄されていた女性が釈放されたが、彼女たちは中絶にまつわる汚名が自分たちについてまわると強く感じている。

「こうして、多くの女性がその問題にぶつかるのだ。それも独りで」。グラディス・バザン博士 (IPPFのペルー加盟協会の婦人科医)

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死と拒絶のない未来は?

IPPFは以下のことを提唱する。「安全な中絶が受けられ、それを選べるという女性の権利を世界的に認めること、さらに安全でない中絶のリスクを減らすこと」

IPPF戦略の枠組み

中絶が合法でサービスが容易に利用でき、しかも安全な場合、外科手術あるいは薬物投与による中絶が原因で死亡したり身体に傷害を受ける危険性はわずかである。事実、中絶は最も安全な医療処置のひとつなのだ。だからこそ、毎日世界中で、実際には途上国で、200人近くの女性が安全でない中絶の合併症により死亡しているのは、公衆保健の悲劇なのだ。

限られた未来と社会の不平等にすでに直面している女性が望まない妊娠をしてしまった場合、彼女たちはさらに生命の危険に直面することがしばしばである。なぜなら、中絶が医学訓練を受けていない人によって不衛生な環境の下で行われたり、あるいは女性自ら伝統的方法を使い望まない妊娠を終わらせようとするためである。

この報告書は、中絶が法律で禁止されているか、厳しく制限されている国での中絶に関する重要な問題を、いくつかの焦点にしぼって取り上げた。私たちの希望は、安全でない中絶のために、女性が自分の生命と健康を危険にさらさなくていい日がいつか来ることである。それを実現するには、中絶は世界のどこでも合法で安全でなければならない。IPPFは、法律による不当介入によって、あるいは最低限の医療水準も技術もない状況下の死という極めて現実的なリスクによって、中絶するか否かを選ぶ女性の権利が脅かされてはならないと確信している。

家族計画とリプロダクティブ・ヘルスサービスを利用できるようにすることで、意図しない妊娠の割合が大幅に減り、中絶の必要性も低下することがこれまでに明らかになっている。

しかしながら、避妊法を最も効果的に使ったとしてもなお、望まない妊娠は起こる。

この報告書の最も重要なメッセージは、中絶を処罰しても問題はなくならないことを政府に理解して欲しいということである。この文書に示したように、女性はあらゆる理由で中絶を求め続け、そして死に続けるだろう。したがって、必要なことは、もし女性が中絶を選ぶならそれが安全で合法的であることを確実に保証することである。

この報告書を通して明らかにしてきたのは、次のことを実現するために、私たちは政治的意思を創り上げる必要があるということである。

1. 望まない妊娠を減らす。•セクシュアル/リプロダクティブ・ヘルス分野におけるこれまでの成果を土台に築き上げる。

•家族計画を利用しやすくする。•貧しい農村の女性と男性のニーズに焦点をあてる。

•女性の地位と権利を推進する。

2. 希望するすべての女性が安全で合法的な中絶サービスを受けられるようにする。

3. ジェンダーの不平等に取り組む。•女性が社会的、政治的、経済的にエンパワー(能力強化)されるような環境をつくる。

4. 不完全な中絶または中絶による合併症で苦しむ女性に対する中絶後のケアサービスが、公立および民間の保健サービスに含まれるようにする。

5. 安全でない中絶をなくす。•安全で合法的な中絶サービスを利用できる窓口を増やす。

•安全な中絶のために法的・社会的障壁を減らす。

6. 先進国と途上国の政府が状況改善のための実施責任を果たすよう監視する。

•安全でない中絶が女性、家族、社会に与える影響について記録する。

•安全でない中絶が引き起こす結果やその経費、社会的不公正について国民を教育する。

7. 中絶にまつわる汚名や差別をなくすことに取り組み、中絶および中絶が女性に及ぼす影響についてオープンに率直に話し合えるようにする。

国際開発省の約束は、英国が公衆保健の証拠に基づき中絶合法化のための世界的取り組みを今後とも引き続き推進していくことを意味している。IPPFはそのアプローチを強く支持し、英国政府その他の援助機関と協力して、この取り組みの先頭に立って活動をしていく。

安全で合法的中絶に対する信頼から、多くのIPPF加盟協会は米国の資金援助を拒否してきた。世界の政策立案者との対決は今も続いている。彼らによる懸命な努力がなければ、多くの国々の女性の未来は何ら変わることがないだろう。

徐々にではあるが、中絶のパラダイム・シフトが起きており、中絶法の緩和に向けた動きもある。この報告書がそのような勢いを継続させる一助となることを期待している。安全でない中絶による公衆保健上の影響、なかでもそれが社会の不平等と貧困に結びついていることを示す真の証拠を提示すれば、中絶を合法で安全なものにするよう政府を説得できるだろうと私たちは希望している。私たちは妊娠を中絶するか否かを選ぶ女性の権利について議論し続け、もし中絶を選んだ場合は、女性の生命と健康が危険にさらされないよう保証する努力を続けなくてはならない。そうして初めて私たちは、女性が死と拒絶というリスクにあわなくてすむ、より明るい未来に向かうことができるだろう。

死と拒絶ー安全でない人工妊娠中絶と貧困

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日本語版 2006年6月15日 第1刷発行校閲:芦野由利子・ジョイセフ評議員ISBN978 4-906581-18-4 P700E

© (財) 家族計画国際協力財団 (ジョイセフ)〒162-0843 東京都新宿区市谷田町1-10 保健会館新館電話 03-3268-3150 ファクス 03-3235-9776E-mail [email protected] http://www.joicfp.or.jp

英語版 (Death and Denial: Unsafe Abortion and Poverty, © IPPF 2006) は、IPPFのホームページでPDFファイルが見られます。

IPPFとは国際家族計画連盟(IPPF)は、すべての人々のセク

シュアル/リプロダクティブ・ヘルス/ライツを守るため、世界に向けて最も強力な意見を発する組織である。これらの重要な選択と自由が脅威にさらされている現在、私たちの活動はこれまで以上に必要とされている。

どんな活動をしているかIPPFはセクシュアル/リプロダクティブ・ヘルス/

ライツの提供者であり、提唱者でもある。IPPFは世界的ネットワークをもつ任意のNGOであり、182カ国に150の加盟協会がある。

IPPFの描く未来像私たちが描くのは、世界中のどこでも女性と男

性が自らの身体を自分でコントロールでき、そうすることで自らの運命も決めることのできる世界である。それは、親になるか否かを選ぶ自由、いつ何人の子どもを産むか否かを決める自由、望まない妊娠やHIVを含む性感染症の恐れなしに健康的な性生活を送る自由のある世界である。

現在と未来の世代のためにこれら重要な選択と権利を守るため、私たちはできうる限りのことを断固たる決意をもって行う。

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表紙写真:IPPF/Jenny Matthews

ISBN978 4-906581-18-4 P700E

定価700円 (税込み)